私達の戦争 26: 戦争は何をもたらすのか 3


 1闇市

  • * 1

 

今回は、戦争による日本の経済的損出を見ます。

主に日中戦争と太平洋戦争による国内の損出になります。

 

 2空襲

  • * 2

 

日本の経済的損出とは

これらの戦争によって日本経済は、中国と東南アジアの資源と市場を手中に収めたことにより、一時は回復した。

しかし敗戦と共に、流血によって獲得した広大な占領地を一瞬にして失い、さらに全国200以上の都市が半年ほどの空襲で焼野になってしまった。

しかしこれだけが損失では無い。

戦争が深まるに連れて国民の暮らしは困窮し、また過去数十年間の血税と借金による巨額の軍事支出は無に帰した。

さらに戦時中から終戦かけて訪れたハイパーインフレと経済混乱は、さらに国民に追い討ちをかけた。

 

おそらく入手出来るはずだったものより、遙かに失ったものが多く、人的損害を考慮すると、その差は更に拡大する。

 

3買い出し

*3

 

失ったものとは

日本の国富(金融資産含まず土地含む資産)の戦争被害額は643億円(空襲、艦砲射撃などによる直接被害額486億円)であった(資1)。

被害額は日中戦争が始まる2年前(1935年)の国富の34%だが、土地評価を除くと実に49%(資2)、その年の国民総生産の3.9倍資(資2)に達した。

国富被害額の大きいものは、壊滅的打撃を受けた船舶(被害率81%)と工業用機械器具(同34%)、建築物(同25%)で他は7~17%だが、この船舶不足は別の深刻な被害を招いた(資3)。

 

国家予算に占める軍事費は1928年の30%から上昇し続け、日中戦争中75%、太平洋戦争末期の1944年には80%に達した(資3)。

戦争期間中の国家予算(平均単年度)に対する総軍事費は、日清戦争で3.8倍(年分)、日露戦争で4.2倍、日中戦争・太平洋戦争で9.6倍に達した(資2)。

この三度の軍事費合計は国家予算の17.6倍(年分)になり、この無駄になった額は結局、国民の生活と命を奪うものでしかなかった。

当時の軍事費は、現在の常識とはかけ離れており国民所得に占める割合は、低い時の1926年で12%、満州事変開始の1931年で14%、太平洋戦争開始の1941年46%、末期の1944年には最高の151%にもなった(資2)。

(国民所得(間接税を除く)は当時の国民総生産の約80%前後だった。(資2))

これを可能にしたのは増税と赤字国債の大量発行だった。

国債発行額は終戦後の1949年までの15年間膨張し続け200倍になり、当然、卸売物価は日増しに高騰し200倍となり、戦後、ハイパーインフレが高止まりした(資4)。

政府は徹底した経済統制と物価統制を行ったが、焼け石に水だった。

この戦時体制により、行政費の圧縮、生活物質の欠乏が進み、生活は困窮していくことになった。

その一方で軍需優先は関連財閥を肥やし、1930年度国家予算の1/4の利益を三菱重工1社で出すようになっていた(資5)。

 

4昆虫食

*4

 

国民はどれほど困窮したのか

太平洋戦争末期のエピソードを紹介します(資6)。

週刊誌記事の「食べられるもの色々、虫の項」に「ゲンゴロウ虫の羽、足、頭をもぎ取り、腹だけ醤油漬けにして煮付ける」とある。

新聞記事に、「人間の小便から塩を採る方法」があり、これは政府が塩不足を克服する為に、始めていた自給製塩運動の一環であった。

井伏鱒二の小説に、「魚は、配給のものは、平気で焼いたり煮たりしたが、闇買いのものは焼くことを遠慮して煮ることにしていた。」

これは隣り近所に匂いが行くのをはばかったためです。

 

5栄養失調

*5

 

数字で確認すると

1941年に米が配給制になり、成人男子1人当たり主食配給量が330gから45年には300gになった(以下、資7)。

これに麦やトウモロコシなどの混ぜものが増え、さらに代用食として芋類が配給されようになった。

魚の配給は、36gから10gへと減少した。

当時の必要摂取カロリーは1日2200kカロリーだが、1400kカロリー(36%不足)に過ぎなかった。

敗戦後の51年には1200kカロリーの地域もあった(以下、資5)。

小学生の体重は8年間で1割減り、国民は栄養不良状態に落ち込んでいった。

為に公定価格の10倍から200倍の闇価格であらゆる生活物資を買わなければならなかった。

衣類も配給制になり、靴下は1人1年に1足、男物のパンツは13人に1枚となった。

 

6輸送船撃沈

*6

 

なぜこのようになったのか

複雑な事情が絡むのだが、大きく三つの要因がある。

一つは強大な米国と広大なアジア・太平洋地域で戦う為に、すべてを軍需生産に向けなければならなかった。

ゆえに生活関連物資の生産に資金と労働力を割けなかった。

一つは、成人男性が戦場にとられたことによる農家の労働力不足と化学肥料不足が、農作物生産を低下させた。

今一つは、輸入物資の途絶です。

1935年(日中戦争の2年前)の国民総生産に占める輸入額は15%あった(資2)。

そのほとんどが米国とアジアで占めていた。

しかし日中戦争から太平洋戦争に進むにしたがって、最初は連合国の経済封鎖、次いでほとんどの輸送船を失ったことにより、輸入額はピーク(1938年)の1/5.5となった(資4)。

せっかく手に入れた東南アジアからの資源も届かなくなっていた。

さらに輪をかけて、東南アジアも連合国からの経済封鎖に喘いだ。

 

こうして総合農業生産指数は、1940年から急激に下がり、敗戦の1045年には60%に落ち込んだ。

味噌、石鹸、衣類などの生活必需品の生産指数は、同期間で、50%から数%に落ち込んだ。

 

最後に

私には理解出来ない。

当時の相次ぐ、世界的な戦争と恐慌の繰り返しの中で、日本政府は必死の金融・経済政策で苦難を乗り越えようとした。

その解決策として満州に手を出し、次いで中国に向かった。

しかし、どう考えても中国から米国までを相手に戦うことは、無謀に過ぎる。

正に狂気としか言いようがない。

それが一度、戦争への道を歩み出した帝国の末路かもしれない。

古代アテネやローマ帝国、秦帝国と同じ轍を踏んだのだ。

 

 

参考資料

資1:「日本経済史」宮本又朗編、放送大学刊、2008年。

資2:「数字で見る日本の100年」矢野一郎監修、国勢社、1981年刊。

資3:「図説日本史」東京書籍、2006年刊。

資4:「図説日本経済史」竹中靖一編、学分社、1972年刊。

資5:「アジア・太平洋戦争 日本の歴史20」集英社、森武麿著、1993年刊。

資6:「戦後世界経済史」猪木武徳著、中公新書、2009年刊。

資7:「日本経済史」石井寛治著、東京大学出版会、1991年刊。

 

 

 

 

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