社会と情報 51: 戦った報道 8


1山本権兵衛

< 1.山本権兵衛第、16・22代の内閣総理大臣 >

 

今日は、国民と報道が続けて腐敗した政権を引きずり降ろした状況を見ます。

そこでは大正デモクラシーが光りを放っていた。

 

勝手ながら10日間ほど、ブログを休ませていただきます。

 

2シーメンス事件の風刺画

< 2. シーメンス事件の風刺画 >

 

この時代

明治の終わりから大正にかけて、多くの馴染みのある文学や事典が出版され隆盛を迎えた。

文学作品では夏目漱石「吾輩は猫である」、石川啄木「一握の砂」、芥川龍之介「羅生門」、事典では三省堂「辞林」、丸善「ブリタニカ」、文庫では岩波文庫、新潮文庫などが発刊された。

まさに出版と報道が一体になって政治と社会に物言い、国民はそれを期待した時代だった。

 

政権はどうなっていたのだろうか

1901年からの内閣を見ると、桂(長州陸軍)、西園寺(公家)、桂、西園寺、桂と元老のお手盛りで首がすげ替えられていた。

前回、紹介した大正政変で桂内閣は総辞職したが、次いで政権を取ったのは山本(薩摩海軍)だった。

それは山本が護憲運動を訴え議会の過半数を制していた政友会を閣僚の椅子を餌に抱き込んだからだった。

これは前任者の陸軍増強から、軍艦建造による海軍増強に代わっただけで、むしろ国庫の圧迫は酷くなり、国民の望んだ減税は遠のくばかりだった。

 

3村田保

< 3. 村田保、貴族議員、法制官僚 >

 

この時、事件が起きた

1914年1月、ロイター電が入った。

「ドイツのシーメンス商会が高地位にある日本の海軍官吏に贈賄したること明である」(「東京新聞」の報)

この1ヶ月後、野党は内閣弾劾決議案を提案したが、多勢に無勢で否決された。

数万の民衆が議会を取り囲み、政友会本部、政府系の新聞社が襲撃され、ついには軍隊の出動で蹴散らされた。

さらに1ヶ月後、議会で一人の貴族院の老議員村田が、山本内閣に訴えた。

「この貴族院が、この海軍補充計画に大削減を加えましたのは、・・・今の内閣は、国家の体面を傷つけ、人民の世論に背き、・・・人民が営業税の苛税に苦しんでいるからです。」

「兵力を用いず凶器をも用いぬ者を、兵力を発して、これを鎮圧するとは陛下に対してもすまぬこと」

最後に、「もし大西郷が生きていたら、閣下も切腹せられるべき一人ではないか」と言い、辞職を迫った。

この発言で、彼は議員を辞めさせられた。

 

4シーメンス事件の号外

< 4. シーメンス事件の裁判を知らせる号外 >

 

新聞は事件をどう報じていたのだろうか

「東京朝日」は連載で海軍の不敗をキャンペーンした。

「海軍の痛嘆すべき不正行為、即ち収賄の源泉は30年前に発している。帝国海軍の最初の大臣に始まり、山本に至っては金の置き場所が日本一国では足らず、遠くイングランド銀行にまで隠しているほど」

 

「東京日日」も連載で海軍の金権体質を指摘した。

「大阪毎日」

「・・建造を海外に依頼しているが、・・・日本のエージェントは日本からの注文には、みな何割かのコミッション(5%?)を贈ることになっている。ゆえに海軍拡張を真面目くさって主張し要求するゆえんのものは私腹と私権を肥やすためと言われても仕方がない」

 

日清日露戦争を通じて、日本軍国主義は確立し伸長した。

国民はその軍国をむしろ助長さえした、しかし、やがて軍政や軍閥の横暴に嫌悪し始めた。報道もそれに加勢した。

 

記者達はどう行動したのか

民衆が議会を取り囲んだおり、警官隊が抜刀しで民衆に切りつけ、「東京日日」の記者も頭部に重傷を負った。

この事件を取り上げて攻撃した新聞はあいついで発禁を命じられた。

 

もはや座視するわけにはいかないとし、同年2月、全国記者大会を開いて言論擁護、原内相弾劾決議をおこなった。

さらに、その代表であった新聞「万朝報」社主が天皇への上奏文を書いた。

彼は、内閣への紙上攻撃を部下に任せ、演説会で弁舌を奮った。

一方、警察は「万朝報」社の門前で張り番し、版を差し押さえた。

この攻防は繰り返されたが、ついに山本内閣は退陣となった。

 

ここに日本の国民と貴族院、報道が力を合わせ、政府の横暴(薩長の軍拡競争、元老の暗躍、増税)に拒否を示し、二度まで内閣を退陣させた。

 

5万朝報と社主黒岩

< 5、 「万朝報」の社主黒岩 >

 

しかし陰りも見え始めた

山本内閣が倒れた後、「万朝報」の社主は出馬をしぶる大隈を説得するために、全面的な協力を申し出た。

そして大隈内閣が誕生した。

しかし、これは彼の信条「反権力新聞」を放棄したことになる。

新聞は大隈の政敵政友会の打破に一役かい、第一次世界大戦の日本出兵を支持した。

こうして「万朝報」は御用新聞化し、読者はみるみる減り、昭和の初めには消えた。

 

次回は、報道の転機となった事件を追います。

 

 

 

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