社会と情報 66: 戦った報道 23


 1 本

  • * 1

 

前回、ファシズムを牽引した右翼と軍人の言説を見ました。

今回は、政府首脳が当初から抱いていた大陸感と中国の状況を見ます。

 

 2桂大久保

 

< 2.桂太郎(左)と大隈重信 >

 

 

外征は初めから首脳たちの念頭にあった  

前回見た石原や軍の中堅将校が、なぜ焦ってまで満蒙に火を着けたのだろうか?

その淵源は明治維新の攘夷論まで遡ることも出来るだろうが、ある時期から政府首脳の言説に明確に現れ始めた。

 

日清戦争後の1896年、桂太郎台湾総督(長州閥、陸軍軍人、後に首相)の提出した「台湾統治意見書」より。

「ロシアの脅威を朝鮮半島、日本海以北に阻止して日本の安全を確保し、台湾を立脚地として清国内部に日本の利益権を扶植し、これが完成すれば、さらに南方群島に発展していく」

 

日露戦争後の1906年、政界で活躍していた大隈重信(後に首相)の雑誌の特集「戦後経営」への寄稿より。

「日本国民は、これからは航海業、商業、移民業を拡張していかなければならない。商業的に発展していく地域は、東亜から・・南北アメリカである。移民を待ち受けている地域は、人口希薄な南北アメリカ、・・・、満州である。・・日本は戦勝の結果として得た満州における利益を基礎として、大陸に向かって経済的に発展していくべきである」

 

二つの戦争を勝利してロシアへの脅威が薄れ、また多大な犠牲を払ったことも加わり、首脳達は台湾や満州を手始めに拡大策を公然と訴えるようになっていた。

 

しかしこれは大きな危険を孕んでいた。

大陸侵攻が拡大すれば、中国やソ連、さらには欧米列強を次々と敵に回すことになる。

そうなれば日本の国力では太刀打ち出来ないことは国防戦略の立案者には明らかだった。

一方で、最強の複数国と戦うにはアジアの資源と商圏も絶対必要だった。

そこで軍の戦略立案者はある制約条件「最大の敵は攻めてこない」と「敵一国だけとの短期決戦」を設けざるを得ず、他は想定外とした。

さらにまずい事に薩長閥以来の遺恨が続く陸軍と海軍で敵国(ソ連か米)の想定が異なった。

こうして軍首脳は現実に目をつむり、勝ちたいとの思いだけで、一貫した戦略なしで右往左往しながら、沼るみに足を取られるように深入りしていった(注釈1)。

 

私が奇異に思うのは、勝つ可能性がゼロに等しく、莫大な消耗をもたらす敗戦に向かっているのに、最高のエリート集団の作戦本部や軍令部から誰一人として疑問の声が上がらなかったことです。

少なくとも国民には国益の為と公言してはばからなかったのですから。

始まった戦争のブレーキ役を軍人に期待出来ないのかもしれないが、これは異常です。

これは今も続く実に日本らしい精神の原風景で原発産業にも見られる組織文化です。

 

 

3 地図

 

< 3. 中国の勢力図 >

解説: 上の地図は日露戦争後の中国、下の地図は1910年代の中国の勢力図。

この勢力の変化は、第一次世界大戦と世界恐慌、民族独立運動によって起こったと言える。

 

当時、中国北部(満蒙)は狙い目だった

軍部はなぜ満蒙を真っ先に狙ったのか?

満州事変が始まる前、1930年前後の世界と中国の状況を確認します。

 

第一次世界大戦と世界恐慌が尾を引き、欧州は国内政策で手一杯、ドイツではヒトラーの大躍進で暗雲が立ち込め始め、欧州勢はあれほど奪い合った中国から手を引いていた。

そこで欧州は日本の満蒙侵略を国連で批難はするが、躍進する共産国家ソ連を東方に釘付けする役割を日本に期待した。

ソ連はまだ革命の混乱が続き、スターリンが体制固めに奔走している時期であり、外には目が向いていなかった。

一方、米国は深刻な経済不況で貿易額を往時の30%に落とし、平和志向に戻り日本との貿易継続を重視した。

 

日本は日露戦争で南満州鉄道を租借した後、満州の軍閥に肩入れし傀儡政権樹立によって世界の批判をかわしながら権益を拡大して来た。

第一次世界大戦以降、青島(山東省、上地図の青塗り部)を手に入れ、対華21カ条要求により中国全土にも権益(商圏)を拡大していた。

 

中国は、1911年の孫文による辛亥革命以降、内戦状態に突入にしていた。

北部(満州)では軍閥が割拠し続けていたが、やがて中央で共産党軍と覇権を争っていた国民党軍が北伐を1926年に開始し、北部の軍閥は日本の手から離れようとした。

そこで関東軍は1928年、傀儡軍閥の張作霖を爆殺した。

こうして、満州事変へと繋がっていった。

 

 

まとめ

軍の中堅将校の思想で一番重要なのは以下の点です。

 

最強の国になることが国を災厄から守ることであり、その為に隣国の莫大な資源と商圏を領有し、自給圏と軍需産業を早急に育成しなければならない。

それは同時に国民の窮状を救うことにもなる。

その為に、少ない損害で勝利を確実にする奇襲や謀略による侵攻を当然と考えた。

この考えは、太平洋戦争にも持ち込まれ、これが逆効果になるとは露ほども考えなかったようです。

彼らは欧米や中国の干渉と反感を抑える為に満州に傀儡政権を立て、国内の反戦気運を削ぐために国民には虚偽報道で戦意を煽ることも忘れなかった。

 

ここに長年の軍事大国化が生んだ弊害を見ることが出来る。

戦争を牽引し、反乱事件を操った当時の陸軍将校はすべて陸大のエリートでした。

満州で謀略を行った板垣、河本、石原らはいずれも1980年代生まれで、日清戦争から日露戦争の間に14歳前後で陸軍地方幼年学校に入校し、陸軍士官学校、陸軍大学校を卒業している。

首相となった東条英機も彼らと同様でしたが、彼の父は軍人(陸軍中将)で、彼は軍人2世でした。

彼らは、小さい時から軍人だけの隔離された学校社会で、また戦争の世界で出世を夢見て来た人々でした。

そう単純ではないが、日本流の組織文化に生きる精神がそうさせたとでも言うべきでしょうか。

軍人としては優れていても、視野狭窄になりやすい。

 

善意に解釈して、憂国の士であった彼らは現状打開の為に先ず戦端を開くことに賭けた。

 

次回から、最後の問題、政治の何が国民を大陸侵攻に向かわせたかを探ります。

 

注釈1: 二つの相反する戦略があり、陸軍は対ソ連戦想定で満州以北への「北進」で、海軍は対米戦想定で東南アジアへの「南進」であった。日本の国力から見ればどちらかに限定すべきだったが、両者の対立に折り合いが着かず両論併記で国防方針が決まっていった。常識的に見て、この時点で国力の違いから戦争続行は不可能であり、軍首脳や戦略立案者の脳裏には「破れかぶれ」が去来したことだろう。

 

参考文献

「日本を滅ぼした国防方針」黒野耐著、文芸春秋刊、p23、26.

「中国文明史」エーバーハルト著、筑摩書房刊、p319~333。

「近代国際経済要覧」宮崎編、東京大学出版会刊、p116.

「集英社版日本の歴史19」

「集英社版日本の歴史20」p19~59。

「図説日中戦争」河出書房新社刊。

「図説ソ連の歴史」河出書房新社刊。

「アジア太平洋経済圏史1500―2000」川勝平太編、藤原書店刊、p145~164。

「Wikipedia」<石原莞爾><日本改造法案大綱>

「世界大百科事典」<石原莞爾><日本改造法案大綱>

 

 

 

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