ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 3: モスクワ 2


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< 1.トロイツカヤ塔からクレムリンを出る >

 

今日も、前回に続いてクレムリンを紹介します。

ロシアとクレムリンの歴史に簡単に触れます。

 

 

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< 2. クレムリンと赤の広場の地図、地図の上が南 >

 

前回に続いて聖堂広場の裏手Sから、黄色の線に沿って徒歩観光した道順に従って紹介します。

赤線はグム百貨店の自由散策と夕食のレストランEへの道筋です。

食事後、バスに乗ってホテルに行きました。

 

今回、紹介するのは番号1から4までです。

 

 

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< 3.クレムリン内部 >

 

上の写真: 地図の番号1。

「鐘の皇帝」は18世紀前半に作れた世界最大の鐘だが、制作中に一部が欠けた。

右手奥に見えるのがスパスカヤ塔で、その向こうが赤の広場。

鐘の向こうの建物がロシア連邦大統領府。

しかしプーチン大統領はほとんどここにおらず、郊外の別の建物で執務をしている。

 

中央の写真: 「大砲の皇帝」。

16世紀後半に作られた当時世界最大の大砲で、口径が890mmある。

使用されたことはない。

 

下の写真: 地図の番号2から撮影。

中央にトロイツカヤ塔、右に兵器庫、左にクレムリン大会宮殿。

クレムリン大会宮殿は最も新しい建物で、1961年に完成した。

当初は、ソ連共産党大会などが行われていたが、今は国際会議場や劇場として使用されている。

 

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< 4. クタフィヤ塔を出たところ >

 

上の写真: クタフィヤ塔を出ると広場があり、左手がロシア国立図書館、右手がモスクワ馬術学校。

 

下の写真: 右手がクレムリンの城壁外側に伸びるアレクサンドロフスキー庭園で左手がモスクワ馬術学校。

奥にこれから行くマネージ広場が見える。

 

 

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< 5. クレムリン城壁周辺1 >

 

上の写真: 地図番号3。

兵器庫に接した塔の下に、「イタリアの洞窟」があり、右手に「ロマノフスキーのオベリスク」がある。

これらすべて、数度の戦いの破壊後に再建されたようです。

 

下の写真: 地図番号4の方を見ている。

城壁の角にある塔の手前に無名戦士の墓があり、その手前に英雄都市12の地名の石碑が並んでいる。

 

この城壁にそってアレクサンドロフスキー庭園の上部(北側)が続いています。

庭園の木々は黄葉していたので、陽が差していればさぞかし綺麗だったのに、残念です。

 

 

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< 6. クレムリン城壁周辺2、地図番号4 >

 

上の写真: これは12ある英雄都市の一つで、地名ケルチを示す。

下の地図の黒丸がケルチです。

 

中央の写真: 無名戦士の墓の灯火を二人の衛兵が守っている。

これは第二次世界大戦で死んだ無名戦士の墓です。

 

下の写真: 12の英雄都市の地図。

英雄都市とは、第二次世界大戦の独ソ戦(バルバロッサ)でドイツ軍の侵入に英雄的な戦いを行った都市に与えられた名誉称号です。

 

 

ケルチについて

ここは黒海北岸のクリミア半島の海峡に面した港湾都市で苦難の歴史を負っている。

 

ケルチは古代ギリシャ時代より交易路の交差点として栄え、後に東ローマ帝国に支配された。

紀元9世紀に興ったキエフ大公国がこの地を支配し、この国が後のウクライナやロシアの起源となった。

後にトルコとロシアの争奪の地となり、19世紀クリミア戦争で英国によって蹂躙された。

幾たびかの戦火を生き延びたが、第二次世界大戦の独ソ戦でロシア側は16万人以上の死者・捕虜を出し、戦後、英雄都市に指定された。

 

1991年、ケルチはソ連崩壊に伴い独立したウクライナに属した。

しかし、2014年のウクライナ騒乱により、クリミアは独立宣言を行い、プーチン大統領はロシアへの編入を表明した。

欧米諸国はこれをロシアの侵略として非難した。

 

 

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< 7. クレムリン城壁周辺3、地図番号4と5の間 >

 

上の写真: アレクサンドロスキー庭園の門を出て振り返ると、トロイツカヤ塔がライトアップされており、夕闇が迫っていた。

 

下の写真: 城壁に沿って進むと赤の広場に至る。

中央の白と緑の塔はニコリスカヤ塔です。

 

 

ロシアの歴史

私達日本人にとって、ロシアは独裁的で侵略的な怖い国のイメージがあります。

そこで簡単に歴史を振り返ります。

 

 

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< 8. ロシアの領土の推移 >

 

上の地図: キエフ大公国(882~1240年)。

ピンクがその領域。

 

中央の地図: モスクワ大公国(1390~1525年)。

緑がその領域。

二つの黒丸はモスクワとサンクトペテルブルグを示す。

 

下の地図: ロシアの領域拡大の推移。

 

 

ロシアの始まりは東スラブ人による9世紀後半に始まるキエフ大公国で、13世紀まで続きました。

この大公国は黒海からバルト海を結ぶように南北に伸びていました。

988年、東ローマ帝国からキリスト教を受け入れました。

この大公国の首都キエフは黒の矢印、重要な都市ノヴゴロドは白の矢印、先述のケルチは赤の矢印で示します。

キエフは現在のクライナの首都です。

二つの黄色の丸はモスクワとサンクトペテルブルグで、歴史に登場するのはまだ先になります。

 

13世紀末、モンゴルが大公国の南部を東方から侵略した。

最北部にあったノヴゴロド共和国はその支配を逃れたが、スウェーデンやドイツ騎士団の侵入に悩まされた。

やがて、その南部で接するモスクワ大公国が勢力を伸ばし、1472年イワン3世がモンゴルの支配を脱し統一を果たし、ロシア皇帝を始めて名乗った。

モスクワはカスピ海に至るヨーロッパ最長のボルガ川の水運の要衝であった。

 

このモスクワ大公国が周辺を併合しロシア帝国(1547~1917年)が誕生する。

1917年、第一次世界大戦中のロシア革命によって、ソ連が誕生した。

さらに1991年、ソ連崩壊により、他の共和国とロシア共和国が独立した。

 

 

クレムリンの歴史

 

 

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< 9. クレムリンの歴史1 >

 

上の絵: 13世紀後半のモスクワが描かれている。

椅子に座っているのがモスクワ大公国の王だろう。

 

中央の絵: イワン3世の時代(1462~1505年)のクレムリン。

 

下の絵: イワン3世の時代の聖堂広場。

左下の人物はイワン3世で、アルハンゲルスキー聖堂の建設を監督しているようです。

前回紹介したアルハンゲルスキー聖堂の屋根の飾りと似ており、聖堂広場での配置も一致する。

この聖堂はイワン3世が命じて1505~1508年に建設された。

 

 

クレムリンは1475~1489年に掛けて、三つの教会・聖堂が最初に建築された。

続いて1485~1499年にクレムリンの20の塔が建設された。

壁の総延長は2kmを越える。

1712から1914年まで、首都がサンクトペテルブルグに遷ったので、クレムリンの増改築は停滞した。

この間の1812年、ナポレオンがモスクワを占領しクレムリンの一部が破壊された。

 

 

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< 10. クレムリンの歴史2 >

 

ポーランド・モスクワ戦争(1605~1618年)はポーランド・リトアニアの軍が内戦に乗じてロシアに侵入した動乱時代と呼ばれる。

この絵は1612年、国民軍がモスクワのクレムリンを奪還し、ポーランド人を追い出している様子を描いている。

この絵は私達が歩いたトロイツカヤ塔と陸橋を描いているのだろう。

その奥に聖堂広場の教会群が見える。

この翌年より、ロマノフ王朝が始まった。

 

 

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< 11. クレムリンの歴史3 >

 

上の写真: 1820年当時のクレムリン宮殿。

現在はこの後地に大クレムリン宮殿が立っている。

 

中央の写真: 1908年当時のクレムリン。

 

下の写真: この絵の建物を壊して1961年に現在のクレムリン大会宮殿が建った。

 

中央のトロイツカヤ塔の先端にロシア帝国の国章「双頭の鷲」が乗っている。

この国章は東ローマ帝国との姻戚関係によって受け継いだ。

現在の塔の先端には赤い星が乗っている。

 

共産主義国家の創建者、レーニンとスターリンは共にクレムリンに住んだ。

しかしレーニンは大きな宮殿の片隅で慎ましく暮らしたが、スターリンは他をクレムリンから追い出したそうです。

 

 

次回は赤の広場の夜景やグム百貨店を紹介します。

 

 

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