中国の外縁を一周して 26: 敦煌艺术馆と蘭州博物館


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今回は、二つの博物館を紹介します。

珍しい物を見ることが出来ました。

 

 

当初、蘭州に行く最大の目的は炳霊寺石窟で、それがダメなら甘粛省博物館と思っていたのですが、両方とも訪れることが出来なかった。

しかし中国旅行直前に現地ガイドと観光地の選定をメールでしていると、敦煌艺术馆が急浮上しました。

この博物館は最近出来て、ガイドブックにも載っていない。

ここで敦煌の莫高窟を紹介している。

かつて莫高窟に憧れていたが、見学は諦めていました。

しかし今回、雰囲気を味わうことが出来、ラッキーでした。

 

甘粛省博物館はシルクロード、漢民族と西方・北方民族が織りなす文化と歴史を知るには恰好の巨大な博物館です。

有名な展示物は「馬踏飛燕」でしょうか、これは「汗血馬」が空を駆ける姿を表現したものです。

漢民族の馬は北方騎馬民族の馬に比べ貧弱でした。

漢の時代、シルクロードの西方に優れた馬「汗血馬」がいることがわかった。

その後、蘭州で馬の飼育が盛んに行われた時代があった。

 

 

 

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< 2. 仏教美術―壁画と仏像の宝庫、巨大な石窟群 >

 

左からシルクロード沿いにある敦煌の莫高窟、蘭州の炳霊寺石窟、天水の麦積山石窟です。

洛陽の龍門石窟は、シルクロード沿いにはなく王朝の首都近郊に造営された。

私は龍門石窟だけを以前見学している。

これら石窟の壁面には仏画が描かれ、仏像が掘り出されている。

中に僧侶らが修行や祈りの生活を続けた痕跡が残っている。

 

なぜこの地には数百もの石窟群からなる仏教遺跡が幾つもあるのでしょうか?

これら四つの石窟群は4~5世紀に造営が始まり、石窟によっては元から清の時代まで造営や改修が続き数百から千近くまで増えた。

 

当時、南下していた北方遊牧民族(匈奴、鮮卑ら)は中国の北半分からシルクロード一帯を占拠し分立していた。

彼らは漢民族の文化、特に仏教を積極的に受容し石窟の造営を始めた。

 

仏像は主にこのシルクロードを通じて中国に伝わり、既に中国でも製作は始まっていた。

インドでは仏像誕生後、一度廃れていたが、5世紀になるとヒンドゥー教と競うように、巨大な石窟群を開窟するようになった。

こうしてシルクロードの石窟にも、インドの様式が取り入れられるようになった。

 

 

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< 3.蘭州の街 >

 

白塔山から敦煌艺术馆まで。

 

 

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< 4. 敦煌艺术馆に到着 >

 

下: 中央に見える1階の建物が博物館です。

入口が中央に見える。

 

 

 

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< 5.石窟内の壁画 1 >

 

それぞれ石窟の一部の壁画を再現している。

様々な年代の様式が見られる。

 

上: 天井の壁画。

中央: 側壁。

この二つは初期の物でしょう。

 

下: これはどうやら西夏(11~13世紀)のものでしょう。

この作風は遼時代(10~13世紀)のものに似ている。

前者はチベット系で後者は北方系(契丹)だが、南北で境界を接していた。

 

 

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< 6. 石窟内の壁画 2 >

 

中央: チベット仏教の影響がみられる。

 

 

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< 7. 仏像 >

 

上: 初唐時代の彩色塑像。

下: 北魏時代の塑像。

造営初期の4~6世紀の仏像で、顔の形が細長い。

衣の表現はマトゥラー仏に似て薄く襞が少ない。

 

 

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< 8. インド風の石窟 >

 

北魏時代のもので、石窟全体を再現している。

この原型はインドの石窟群に見られるもので、礼拝者が仏像の安置された祠を周回出来るようになっている。

祠は掘り出されているので天井は繋がっている。

私はレプリカであっても初めて見ることが出来たので嬉しかった。

 

 

全体の感想

展示のコンセプトは石窟の部分的な再現にあるようで、全体の雰囲気を容易に掴むことが出来る。

この便利な地、蘭州で手軽に敦煌莫高窟を楽しめるのは有難い。

 

少し残念なのは、少しレプリカが雑なように思う。

表記は中国語だけです。

今後増えるかもしれないが、現時点で展示が少なめです。

 

 

 

 

 

 

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< 9. 蘭州博物館 >

 

上: 入り口。

省都の博物館でありながら、小さい。

それでも見る価値はあると思います。

 

中央: 半山類型(馬家窯文化)の彩陶鼓。

左に写っている土器が太鼓です。

土器の下部に皮などを被せ、紐で無数の突起に縛ったらしい。

5000~4000年前のものらしい。

西安から遠く離れたこの乾燥した地に、人々が文化を育んでいたとは思いもよらなかった。

 

下: これは浮橋で、前回紹介した中山橋(黄河第一橋)の前進にあたるものです。

黄河の両岸にそれぞれ二本の鉄の杭を打ち、縄を張り、小舟を繋いだ。

 

 

 

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< 10. 金城 >

 

蘭州が初めて行政区になったのは前漢の時代(紀元前1世紀)で、金城県と呼ばれた。

この城の模型は、初期の金城県の城を示しているのでしょう。

今の蘭州中心部より西側にあった。

 

 

 

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< 11. 発展した蘭州 >

 

 

何時から今の蘭州中心地に移ったかはわかりませんが、黄河に面して巨大な城砦となった。

下の写真の左下に水車が見える。

 

玄奘三蔵などはこの城を通って、西域を目指したのでしょう。

 

 

全体の感想

 

写真を載せていませんが、遊牧民の文化が中国初期の土器に影響を与えた袋状の三本足の土器もありました。

展示品は少ないが、西域と接する文化を少しは感じることが出来た。

 

見学途中、突如、蘭州のテレビ局のインタビューを受けた。

蘭州の感想を尋ねられたが、適当に褒めるだけで終わった。

なにせ来たばかりなので。

最近は日本人の観光客が少ないようで、驚いていた。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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