国境の島、対馬を訪ねて 5: 厳原の街を歩く 3


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今回は、宗氏の菩提寺万松院と歴代藩主の墓所を紹介します。

江戸開幕と共に対馬初代藩主となった、宗義智は怒涛の時代を生き抜いた。

< 2. 万松院と境内地図 >

上: 万松院の門

右手の石橋は墓所への階段に通じる。

下: 万松院と御霊屋の地図、上が概ね南

上が万松院、下が墓所御霊屋。

赤線が散策路で、現在地からスタートし戻った。

< 3.山門と御霊屋への石橋 >

上: この山門は残存する対馬最古の建築物で、江戸時代初期のものです。

仁王像も古い。

下: 御霊屋への石橋

< 4. 万松院に入る >

下: 本堂

この寺は、2代藩主義成が先代義智の為に1615年に建立したが、二度の火災で山門以外は消失した。

当時の隆盛を示す様々な建築物は無く、こじんまりしている。

内部の本尊や什器には鎌倉時代の作品もある。

< 5. 堂内に入る >

下: 三具足

朝鮮国より贈られた青銅製の祭礼用三具足(みつぐそく)、鶴亀の燭台と香炉、花瓶の3点。

朝鮮通信使が奉納した三具足は日光東照宮にもあったが、火災で消失し、現在の物は日本で造り直したものです。

すると万松院の三具足は貴重です。

(幕府の要望により、朝鮮通信使は江戸を経て日光東照宮まで参拝することがあった。)

< 6. 徳川家のお位牌 >

上: 徳川歴代将軍のお位牌

ガラス貼りで暗い為、良く見えないのですが、位牌は数多くありました。

ここに徳川家の位牌があるのは、対馬藩の大事件、柳川一件と関りがあります。

家光の裁可により無罪となった2代藩主は、徳川家に忠誠を尽くすとし、また朝鮮との交渉役との関係もあり、ここに位牌の安置を許された。

かつて境内にあった東照宮は火災で消失した。

下: 諫鼓(かんこ)

かつて諫鼓と呼ばれる鼓が置かれていて、君主に訴え(諫言)をおこす時に叩かれた。

鼓が鳴らないことは諫言の必要が無く善政の証しだとされたが、疑問が残る。

叩くことになれば目立つので、諫言(かんげん)を控えるはずだからです。

< 7. 御霊屋(おたまや)に向かう >

深い木々に囲まれて荘厳な雰囲気のある墓所でした。

ここは、金沢市の前田藩、萩市の毛利藩とともに日本三大墓地の一つらしい。

左上: 132段の百雁木(ひゃくがんぎ)と呼ばれる石段。

丁寧な石組みの段の横に石灯篭が並び、趣がある。

右上: もうすぐ最上部に着く

下: 階段を登り切ると、左右に歴代藩主の墓がある。

< 8. 天然記念物の大杉 >

上: 樹齢1200年と言われる大スギ

下: 階段を登る時、向かって左にある墓所

< 9. 初代藩主の墓 >

上: 初代藩主義智の墓

< 10. 下御霊屋 >

下: 石段の途中にある宗氏の墓地

* 宗義智と柳川一件にみる対馬の苦難と繁栄の礎

宗義智(そう よしとし)は宗氏19代目当主であり、対馬藩初代藩主でした。

彼は豊臣秀吉の九州征伐、続いて二度の朝鮮出兵、関ヶ原の戦いに駆り出された。

また徳川の世になると、李氏朝鮮との和平条約に奔走し成立させ、この功績により家康から独自に朝鮮との貿易を許され繁栄の礎を築いた。

宗氏は明治まで続くことになった。

< 11. 2回の朝鮮出兵 >

朝鮮出兵前、彼は秀吉から朝鮮を服属させよとの命を受けていた。

そして彼は、秀吉の全国統一の祝賀使節を朝鮮に要請し、来日した朝鮮使節を秀吉には服属使と偽った。

結局、朝鮮出兵は決まり、前回記したように清水城を築き、5千の兵を出し、対馬は7年に及ぶ戦役で大打撃を受けた。

秀吉が死に関ヶ原の戦いが起きた。

彼の妻は西軍の大名、共に戦った小西行長の娘、小西マリアでした。

家康が天下を取ると、彼は朝鮮の交渉役を期待され、罪は問われなかったが、恭順の意を示す為、戦いの翌年、妻を離縁した。

以前から、対馬の宗氏が朝鮮との交易を一手に引き受けて来たが、江戸時代も続くことになり、農耕に適さない地で繁栄することが出来た。

だが、朝鮮との外交交渉は、昔から綱渡りで、息子の代に大事件、柳川一件が起きた。

対馬藩2代目藩主の世になって、徳川は対馬に朝鮮出兵の後始末の交渉を任した。

ここでも対馬は幕府と明・李氏朝鮮とのかけ離れた要求の間に立ち、嘘と国書の改竄で逃れようとした。

朝鮮出兵の際に王陵を荒らした戦犯を差し出すように朝鮮から要求された。

すると、出兵とは全く無関係の藩内の罪人の喉を潰して声を発せられなくした上で「朝鮮出兵の戦犯」として差し出した。

お陰で他の要因もあり、朝鮮側は融和的になった。

朝鮮が徳川家から先に国書を送るように要求すると、対馬藩は国書を偽造し朝鮮へ提出した。

朝鮮が派遣した「回答使」を、対馬藩は幕府に「通信使」と偽り、江戸城で家康らと謁見させた。

対馬藩は回答使の返書も改竄し、三次に渡る交渉でもそれぞれ国書の偽造、改竄を行い、貿易協定(和平も)を何とか締結させることが出来た。

ここまでは良かったのだが、20年を経て、対馬藩の家老が己の出世の為に幕府に改竄を訴えた。

だが家光の裁可により、藩主は無罪、家老と他に関わった要人は流罪となり、決着した。

対馬は、このように日本の中央政府と大陸の狭間で、戦役と外交で苦労を重ねて来た。

対馬の外交を見ていると、如何に日本の中央は海外に無知だと言うのが分かる。

次回に続きます。

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