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没落を食い止める! 17: 誰がこんな世界にしたのか 3: なぜ米英は大転換しなければならなかったのか?


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前回、1980年代、米英日何が起きたかを見ました。

しかし疑問が残る。

なぜこれらの国は大転換を行わなければならなかったのか?

この狙いから没落の本質が見えて来る。

* 大転換の前は国民には最良だったが

労働者にとって天国は経済界と富裕者にとっては地獄だった。

このことが大転換に向かわせるのですが、この背景の説明には、半世紀ほど時代を遡らなければならない。

20世紀初頭、米国とドイツは急速に経済を発展させていた。

さらに第一次世界大戦の軍需特需が米国経済を押し上げた。

産業構造の変化と大戦が、先進国の労働者(男女共)に権利意識を目覚めさせた。

そして労働者の権利向上と賃金上昇が進み、人類始まって以来の平等へと近づくことになる。

そして1929年、過度な投資ブームから米国発の大恐慌が発生した。

経済を立て直す為に、F.ルーズベルト大統領(民主党、1933/3-1945/4)がニューディール政策を行った。

この政策のポイントは大規模な公共投資と労働者の賃金上昇を図ったことでした。

経済は上向き始め、後半は第二次世界大戦の軍需特需で好況となった。

彼の人気は絶大で、大統領を13年も勤めた。

これが他の先進国にも広がり、労働者の権利と賃金が改善されていった。

彼は反対勢力に対しては大統領権限で強引に事を進めた。

反対勢力とは、企業家や富裕層を代弁する共和党と南部の上流階級です。

なぜなら、労働者や農民が日に日に力を付け、特権的な領域(不労所得)を浸食していたからでした。

そこで、彼らは金にあかして反ニューディールキャンペーンを徹底的に行った(研究所や学者を使い今も継続中)。

それでも功を奏せず、F.ルーズベルトの急死まで待つしかなかった。

第二次大戦後20年も経ずして世界に驚きが走った。

それは敗戦国の日本とドイツの急回復でした。

一方、米国はベトナムや中東の戦争に深入りし、経済は弱体化(空洞化)し、財政と貿易の双子の赤字に苦しみ、金兌換停止とドル安を求めることになる(このニクソンショックとプラザ合意は日本に痛手)。

既に英国は19世紀末には没落していた。

これらが大転換前の趨勢でしたが、さらに激震が襲います。

前述の労働者の賃上げ攻勢で定常的なインフレが起きていた。

そこに突如、石油価格の暴騰が加わり、世界は猛烈なインフレに晒された。

この巨大インフレは、戦争を拡大させる米国への抗議の為に中東産油国が一致団結した結果でした。

< 2. 歴史上初めて格差が大幅に減少していた >

大戦前、英米のトップ10%の所得シェアが全所得の45%を占める時代だったが、この時代30%へと落ちていた。

つまり格差が人類史上初めて大幅に減少したのです。

* まとめ

1960〜70年代は先進国の労働者にとって夢と希望が実現して行く時代でした。

特に、戦後復興を成し遂げた日本には最良でした。

一方、放漫経営が祟った米英は衰退を感じていた。

特に、英米の富裕層・保守層にとっては、旨味が減り続ける中での巨大インフレ到来が、絶対の窮地となった。

この事が彼らに牙をむかせることになった。

* データーで当時の状況を説明します

< 3. 世界各国のインフレ率の推移 >

https://chem.libretexts.org/Courses/Lumen_Learning/Book%3A_Principles_of_Macroeconomics_(Lumen)/07%3A_Module_5%3A_Measuring_the_Price_Level_and_Inflation/07.4%3A_Inflation

赤矢印が中曽根政権期。

第一次オイルショックが1973年に起き、凄いインフレが日本と英国を襲った(年率20%越え)。

これは、米国らが中東戦争に介入した為に起きた。

中東産油国はイスラエルを支援する米国らへの経済制裁として、初めて団結し(OPEC)、石油価格の上昇を図った(米国は巨額の兵器援助を行っていた)。

これが現在まで続き、当時、原油1バレル3ドルは、今や140~50ドルになった。

米国は産油国だったのでインフレの影響は軽微だった。

しかし以後、米国は世界の石油支配(メジャー)から手を引かざるをえなくなった。

1979年に第二次がまた起きた。

< 4. 日本の勤労世帯の実収入の推移 >

https://news.yahoo.co.jp/byline/fuwaraizo/20190305-00116564/

赤矢印が中曽根政権、黒矢印がそれ以前を示す。

黒矢印の時代が、如何に国民、勤労世帯にとって給与が上昇し続ける夢の時代であったかは一目瞭然です。

つまり大転換は不要だった。

< 5.日本の失業率推移 >

赤矢印が中曽根政権期。

彼の政権期でも失業率が漸次上昇し、その後バブルで急降下したが、バブル崩壊で、失業率はより激しく急増した。

元の木阿弥どころではない。

< 6. 日本の住宅建築数 >

中曽根政権の前まで、住宅建築数は増加傾向にあった。

しかし減速し始め、バブル崩壊と共に持ち家の夢は潰えた。

最悪のバブル崩壊はなぜ起きたのか?

この大きなバブルは日本だけに起き、かつ中曽根内閣(82-87年)に起因していた。

事の発端は、85年のプラザ合意(中曽根政権)が円高が不況をもたらし、その対策に政府・日本銀行の金融・財政政策による内需拡大と称した巨大な景気刺激策がバブルをもたらした。

(すべてレーガン政権による強い圧力による。レーガンと中曽根の親密さをロン・ヤス関係と日本は湧いたが、実態は従属に過ぎない)

これが後に30年以上、現在までのデフレの元を作った。

< 7. 「暮らし向き」について、日本の世帯主の世論調査 >

グラフの「中の中」が37から60%に拡大しており、国民の中流意識が向上している、つまり豊かさを実感していた。

インフレが定常化し、1973年に巨大インフレも起きているが、中曽根政権誕生前(1982年-)の日本は、如何に国民にとって希望のある社会だったかがわかる。

次回に続きます。

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国境の島、対馬を訪ねて 7: 厳原の街を歩く 5


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今回が、厳原紹介の最後になります。

朝鮮通信使の所縁の地も訪ねます。

< 2. 散策ルート >

今回紹介するルートは茶色線と黒線です。

始めは、赤線と茶色線の交わった所から茶色線に沿って北上し、黒矢印辺りで折り返し、次いで黒線を南下し茶色矢印まで行き、終わりました。

ピンク矢印: 対馬藩家老(氏江家)屋敷跡。

黒矢印: 高麗門

青矢印: 旧日新館門

赤矢印: 桟原城跡(陸上自衛隊駐屯地)

茶矢印: 国分寺

< 3. 大歳神社から始める >

上: 大歳神社

大きなクスノキと石の鳥居、石塀に囲まれた小さな社が、川沿いに祀らていた。

江戸時代の大火を機に子宝の神から防火の神として敬われているようです。

下: 小川沿いを北上する。

ちょうど小学生の朝の登校時間で、一時賑やかになりました。

< 4. 馬場筋通りに出た >

上: ちょうど馬場筋通りに出たところ

北側を見ている。

下: 馬場筋通りの高麗門を過ぎた辺りから北側の桟原城跡の方を見ている。

ここからまた戻る。

< 5. 対馬藩家老(氏江家)屋敷跡 >

馬場筋通りの西側に面して立派な石壁と門がある。

家老屋敷跡に、今は長崎県対馬支庁や対馬振興局がある。

上: 長屋門

下: 長屋門に掲げられていた地図。

これは江戸後期の厳原の地図で、赤矢印が家老氏江家の屋敷でひときわ大きい。

馬場筋通り沿いに武家屋敷が並んでいる様子がわかる。

< 6. 高麗門と氏江家屋敷の石塀 >

上: 高麗門は馬場筋通りの東側にあります

これは桟原城の高麗門を復元移転したもので、市立厳原幼稚園の前に建っています。

下: 氏江家屋敷の石塀

場所は、先に紹介した家老屋敷跡、長屋門の北側にあり、西に延びています。

風情があります。

< 7.旧日新館門 >

ここは散策ルートから外れているのですが、観光バスから撮影しました。

馬場筋通りの西側に面しています。

ここは対馬藩主宗氏の中屋敷門でしたが、幕末には藩校日新館に用いられた。

江戸末期の大名家の格式を備えた武家屋敷門としては、長崎県唯一のもので、立派でした。

この日新館は幕末、勤王党の拠点になり、内紛で多くの藩士が命を無くした。

< 8. 地図の黒線に沿って歩く >

上: 川沿いを南下

下: カレイの日干し。

かつて対馬はイカが大量に取れて、大量に干されていたが、今は減ったそうです。

< 9.国分寺の山門 >

ここが朝鮮通信使の客館があった寺です。

1807年、徳川家斉の将軍襲職を賀す朝鮮通信使が来ることになり、ここに客館と山門が建立された。

その後、国分寺は焼失したが山門は免れ、客館は明治時代に解体された。

< 10.国分寺の境内 >

山の麓に墓地が広がり、山門との間には広い敷地がある。

かつては大きな寺や客館があったのだろう。

何せ江戸時代の通信使は、500人ほどが朝鮮半島から渡海して来たのだから。

< 11. 朝鮮通信使 >

私が、朝鮮通信使に興味を持ったのは滋賀県の近江八幡を訪れた時でした。

近江八幡の狭い道を散策していると、此処を朝鮮通信使が通ったと記されていた。

朝鮮通信使は対馬藩1500名を加えて、2千名近い人数で大阪から江戸、あるいは日光まで陸路を行ったのでした。

遠路はるばると大行列が海路と陸路を行ったのです。

しかも1回に100万両を費やした(100万石大名の1年分)。

朝鮮通信使は室町時代に始まり、途中中断はあったが、江戸時代には主に将軍の代替わりに計12回来ている。

江戸時代、日本は鎖国し、中国とヨーロッパの4ヵ国とは貿易をしていたが、国交を持ったのは琉球と李氏朝鮮だけでした。

徳川幕府にとっては、通信使は将軍の権威を誇示する儀礼として、あたかも朝貢使のように見せようとした。

一方、朝鮮にとってはかつての倭寇や秀吉の朝鮮侵略の経験から日本を監視する意図があった。

また朝鮮半島の大陸側では異民族の脅威があり、日本と友好を保つことに価値があった。

それでは小さな一藩に過ぎない対馬にどんな意義があったのか?

既に紹介したように関ヶ原の戦いの後、生き残るには家康が希望する朝鮮半島との国交と貿易再開が必至だった。

当然、貧しい対馬が生き残るためにも貿易は最重要だった。

対馬は幾度も朝鮮半島と日本の紛争の狭間で生き延びて来た。

そして朝鮮半島との国交と貿易では日本で唯一の窓口となり、繫栄することが出来た。

対馬は朝鮮半島に数ヵ所の貿易所を有し、認可を受けた貿易船が対馬と朝鮮を行き来した。

対馬は藩の貿易から重臣らの私的貿易、密貿易、さらには朝鮮王朝から下賜される形で高価な品物を手に入れることが出来た。

朝鮮通信使を介して、漢学、儒教、医学などの知識も入って来た。

こうして対馬、特に厳原は江戸時代、朝鮮との橋渡しで重要な役割を果たしていた。

次回に続きます。

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何か変ですよ! 58:  備えて下さい!


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今、私は現政権の手腕を羨ましく思っています。

おそらくは多くの国民も感服していることだと思います。

もし二大政党が日本にあり、双方がこれだけの力量を持っていれば、

日本の将来は安泰でしょう。

 

 

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まえがき

巷を騒がせている森友学園や加計学園の問題は、今更、取り立ててあげつらうほどの問題でしょうか?

 

日本の政治文化を特徴づける三バン「ジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)」で成り立つ長期政権なら、このようなことは各地で日常茶飯事です。

何を今更、驚くのでしょうか?

多少どぎつい程度でしょう。

 

これは首相の強力なリーダーシップの賜物だと言えます。

中央官僚だけでなく、マスコミ、マスコミの寵児、地方までその影響力は行き渡っています。

今までの官邸や野党では不可能だったのではないでしょうか?

 

直ぐに人気が無くなる首相が相次いぐ中で、むしろ待望の決められるリーダーの誕生、それも長期政権だと喜んでいたはずです。

 

この現象を好意的に捉えるなら、待ちに待った官僚の上に立つ官邸の時代が到来したと言えます。

これまでは官僚が法律を発案し作り、国会での答弁書まで作って、大臣にレクチャーしていた。

これからは逆の本来の姿になるかもしれません。

 

そうは言っても不安がよぎるのも事実です。

私の不安が現実とならなければよいのですが。

 

 

不安とは何か?

一番は経済的なダメージで、大恐慌の到来です。

 

発生する時期を明言出来ませんが、近々起こるでしょう。

問題はその規模の巨大さであり、日本がまともに被害に合うことが予想されるからです。

 

可能性が高いのは中国の崩壊です。

今まで、中国の崩壊について多くのエコノミストが予言して来ましたが、幸い外れています。

これらの指摘に比べれば、中国政府はうまくやって来たと思います。

しかし、現在進行中の経済悪化(国営企業の低迷、過剰設備、巨大な負債、高失業率、格差拡大、成長率鈍化)が国民の不満に火を着ければ、コントロールが効かず、一気に恐慌に陥る可能性があります。

 

私の知り合いで、現地で活躍する二人の中国人は、恐慌が起きても不思議ではないと思っており、資産の海外移転を考えている様子です。

現在、中国は日本の輸出額シェアで18~19%を占め、米国15~20%と肩を並べています。

つまり、以前と違って中国がこけたら日本は大きな影響をうけるのです。

 

 

さらに別の不安要因が幾つかあります、英国のEU離脱もその一つです。

おそらく米国の株価好調と利上げテンポの遅いのが災いする可能性の方が大きい。

 

ここ半世紀ほど欧米を中心にして7年~10年毎に金融恐慌が間違いなく発生しています。

これは米国がリードした経済・金融構造とグローバル化の副産物だが、これは何ら改善されるどころか悪化しています。

残念ながら、2007年の世界金融危機以上のものが再来するでしょう。

現状のゼロ金利であれば、実業に向かうよりも遥かに巨額資金が災いを招く投機に向かい、更なる巨大なバブルが起きるのは必然です。

 

 

 

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何が問題なのか?

この恐慌の大惨事と、今の政権とどのように繋がるのでしょうか?

二つの事で、今の政権は恐慌の災いをより致命的にするでしょう。

 

一番はアベノミクスです。

現在、ヘリコプターマネーと称して市場に大量の資金が供給されています。

確かに少ないよりは多い方が景気には良いのですが、バブルが弾けた時に被害がより甚大になります。

現在、株式時価総額は600兆円ほどありますが、おそらく下落すれば200兆円ぐらいになるでしょう。

これは繰り返して来たことですが、今回は貨幣供給量が今までと比べものにならないほど増えたので下落率は拡大し、下手をすれば株式時価総額は1/4の150兆円もあるかもしれません。

 

その引き金として海外発、特に隣の中国発の恐慌が起きればひとたまりもないでしょう。

さらに、日銀と政府はこれまでと違って日本株を大量に買い支えているのですから、暴落すれば我々の年金はかなり減額になる。

 

この時、政府は謝罪し、責任を取るでしょうか?

たとえ良心があっても無理です。

なにせ数百兆円が一瞬にのうちに消え、おそらく100兆円の血税をつぎ込んで、やっと大手金融業が助かるぐらいでしょう。

 

もう一つは、首相の仲良し米国大統領が人気取りの為に何をするかわからないことです。

おそらく日本は特定秘密保護法と共謀罪の成立、次いで核兵器禁止条約への不参加と米国に盲従していくことになるでしょう。

 

この先にあるものは、経済と軍事の共倒れでしょう。

なにせ、即決と猪突猛進の首相なのですから。

 

 

最後に一言

恐慌に備え、株から手を引き、タンス預金にすることを薦めます。

もっとも金のある人は既にタックス・ヘイヴンしているでしょうが。

 

詳しくはいずれ連載で扱うつもりです。

 

 

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没落を食い止める! 16: 誰がこんな世界にしたのか 2: 始まりは何か


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これから先進国没落の起源を探ります。

皆さんは知って驚くはずです。

巷に流布されている事とは真逆なのですから。

これこそ、この没落の恐ろしさです。

没落を仕組んだ人々には悪意があったのだろうか?

否、彼らに悪意は無かったと信じたい。

当時、結果的に没落を招くとこになる大転換を推進した人々は輝きを放っていた。

それは主に三人の先進国の首脳でした。

彼らは、世界を悪の国から守り、自国の低迷した経済を救う救世主と見なされていた。

ただ、すべての先進国がこれに倣ったわけではなく、自制的であったり拒否する国もあった。

当時の私は期待せず、いずれ失敗すると見ていたが、概ね世論は好意的であり、今も突き進んでいる。

しかし、じわじわと経済と社会を疲弊させ、今頃になって取返しがつかない状況に至ったと一部の人は気付き始めた。

彼ら首脳は当時、何を変革しようとしたのか?

一言でいうと、国家による福祉・公共サービスを縮小し、大幅な規制緩和を行う事でした。

彼らは、新自由主義と呼ばれた経済思想=小さな政府と自由市場こそが経済を復活させると信じた。

実は、これはそれまでの半世紀間の先進国の流れを全否定し、大転換を図るものでした。

その三人とは米英日のレーガン、サッチャー、中曽根で、起源は1980年代の政権誕生に行き着く。

政権期間は、中曽根1982/11-1987/11、サッチャー1979/5-1990/11、レーガン1981/1-1989/1でした。

< 2.三ヵ国のGDPの推移、1870-2008年 >

https://www.nippon.com/en/in-depth/a04003/

三本の横線は各国の政権期間を示す。

GDPの推移からは大転換の必要性が特にないことがわかる。

< 3.三ヵ国のGDPの推移 1980-2012年 >

http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-87.html

三本の横線は各国の政権期間を示す。

このグラフからは、大転換に特別な成果があったように見えない。

逆に日本は、1980年台後半にバブルを招き、その後の崩壊が祟って成長を止めてしまった。

当時、私が胡散臭いと感じたのは、レーガンの大減税と軍拡、サッチャーの徹底した国営企業と労働組合の解体でした。

中曽根(と読売社主渡辺)は忠実に二人をお手本にした。

< 4. 財政赤字の推移、GDP比率 >

http://stockbondcurrency.blog.fc2.com/blog-entry-87.html

結局、三ヵ国の財政はどうなったのか?

米国と日本は財政赤字を増やし始め、英国は財政赤字を減らしたが、この間に失業率を増大させた。

当初、結果は三ヵ国で違ったが、リーマンショック後は同じになった。

この三人には上述の政策以外に共通するものがあった。

それは保守派・右派(軍拡)であり、マネタリズムの重視でした。

マネタリズムは貨幣供給量の増減で経済や物価を制御することであり、政府と中央銀行が管理する事になる。

(米国の経済学者フリードマンが自由市場とマネタリズムを主導した。私には疑念がある。一方で小さな政府を標榜しながら、他方で大規模な政府の介入を必要とし、商品市場は自由だが貨幣市場(発行)を管理する。)

実は、このことは当時目立たなかったが、後に最大悪弊の一つになった。

そして国民は、経済を二度と正常に取り戻すことが出来なくなった。

上記の大転換を視点を替えて見ると。

福祉・公共サービスの縮小は、大半の労働者、低所得層の国民を切り捨てることになった。

自由市場は切磋琢磨を連想させるが、その結果は強大なものがより強大になるだけでした。

グローバル化の推進も、悪弊を加速させることになった(良い面はあるが、放置すると悪い面が際立つ)。

三ヵ国の保守とは自民党、保守党、共和党で、その政策は経済界や富裕層を優遇して来た。

マネタリズムには長短があるが、その結果は金融依存、金融危機誘発、超富裕層の誕生を招き、より格差を拡大させた。

次回に続きます。

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没落を食い止める! 15: 誰がこんな世界にしたのか 1: はじめに


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これまで、日本と世界の惨状を見て来ました

これから、なぜこのような惨状が生まれたのかを説明します。

ここで大事なことは、人が歴史(没落)を創って来たという事実です。

少し、確認しておきます。

* いつもの苦渋

様々な人と現状の問題を話し始めると、直ちに絶望的な壁に突き当たる。

例えば、原発、政治腐敗、二大政党制、福祉国家、ジェンダーなど。

  1. 左右両極に対立し、前提条件が噛み合わない
  2. 外国事情や世界史の話が通じない
  3. 日本は特別な国で、今のままが良い

私が問題点を指摘し始めると、ある人々は頭から否定する。

そこで、私が諸外国や世界史から説明を加えようとすると、

その人は「日本は特別だ、外国の真似は必要ない」と言って話は終わる。

このケースは極端だが、多くの人にこの感覚は通じるでしょう。

しかしこの感覚は致命傷です。

一つは事実に反するから、より重要なのは、変化を拒む言い逃れになっており、概ね洗脳の結果です。

(感化され易い心性の違いはありますが)

* 事実とは

上記に関連して人類史と生物史から言えることがある。

地球上の人類に共通する歴史的メカニズムがある。

(これを否定すると社会科学を否定することになる)

一方で地域毎の個性(文明や国民性)も存在する。

ただこの個性も、前述のメカニズムから逃れることは出来ない。

理由は簡単で、歴史を創るのは社会であり人で、結局のところ、進化で生まれた人類に共通する脳の働きによる。

それは40億年かけて、環境との関りで変化した遺伝子が生み出したものです。

心理や社会性に影響を与える遺伝子の変化は数十万年単位以上でしか起きないことは進化学から判明している。

そうは言ってもピンと来ないかもしれない。

* 歴史から幾つかの例を見ます

宗教や神話は世界各地で様々です。

しかしユダヤ教からキリスト教さらにプロテスタント、バラモン教から仏教さらに大乗仏教への分岐は、希代の改革者と民衆の望みが一致したからでした。

そこには同じ変革の力が働いていました。

また日本で今なお持てはやされている王権神授説(現人神は原初的)は、世界各地の古代王国で存在し、王家が創り出したものでした。

今、法と憲法は広く世界に受け入れられている。

しかし、かつて法(成文法)すらない社会があり、憲法は高々800年前に創られ始めたに過ぎない。

社会の大多数の人々が自ら社会のあり方を決めるようになったのは、2500年前に過ぎない(民主制)。

民主主義の発達は古代ギリシャが有名だが、200年も続かなかった。

初期に造られた憲法は、社会の変化に適応すべく修正が続いている。

怠れば廃れ、改革はいつも必要でした。

国民の大多数が選挙に参加できるようになったのは高々150年前からです。

また労働組合のストが合法になり、男女や人種の平等が法に規定されてからまだ百年も経っていない。

上記の民主化が遅れた日本の政治文化(三バン主義)は特段優れた特有のものだろうか?

選挙の票の見返りに、利益誘導と身びいきの互恵関係は、南欧やアフリカ部族社会で広く見られたものでした。

地域による違いは、優れたものとは限らず、むしろ遅れているかもしれないと疑うべきです。

地域毎の特徴は、長短を併せ持つものであり、自覚して事に当たることが必要です。

例えば高い帰属意識(村意識)を持つ国は、強国になり得るが、独裁化し暴走し易い(日独)。

古くは王権神授説に始まり、太平洋戦争やベトナム戦争のように、為政者は隙あらば国民を洗脳しようとするものです。

* まとめ

私達が社会を造って来た。

しかし、その維持を怠ると、社会の崩壊や衰退を招きます。

また人類社会には共通点が多く、謙虚になって学び、反省と改革を進めるべきです。

次回に続きます。

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没落を食い止める! 14: 世界はなぜ悪化しているのか? 6


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今回は、経済に害悪をもたらす投機の横行について考えます。

* 投機が横行すると何が問題なのか?

株などの金融商品や先物商品への投機がなぜ経済発展を妨げるのか?

最大の問題は二つです。

* 一つは、資金が産業育成に向かわないからです。

金融商品には、商品価格の乱高下を補うヘッジや資金調達、保険など企業活動に必要なものもあります。

しかし高利回りを生む莫大な金融市場が存在する中で、事業家は資金を倒産覚悟で利益率の低い実業への投資に向けるでしょうか。

金融業界はバブル崩壊の危険はあるが、資金力の大きい銀行や投資会社は必ず政府によって助けられる。

バブル崩壊で実業(製造販売)も被害を受けるが、政府援助は届かない(金融は心臓血管、製造は手足でしょうか)。

< 2.如何に金融は肥大化したか >

37年間の増加率は、GDPで先進国5.8倍(年率5%)、株価は31.9倍でした。

つまり、資金を実業より株に注ぎ込む方が6倍(年率10%)多く増えるのです。

実は、このケースは19世紀後半英国を衰退させた原因でもありました。

英国は製造業が衰退すると、国内資本を発展途上国(主に米国)への融資しに集中させた。

そしてロンドンシティは活況を呈し、英国は頻繁する欧州恐慌の震源地となって行った。

中央銀行による貨幣供給量が年々増加し、富(通貨)が増えるので、借金してでも投資に便乗する方が得策です(個人投資家には難しい)。

さらに悪い事に、金融取引はタックスヘイブン(租税回避地、ケイマン諸島など)を介して行え、まったく無税で資金を増やすことが可能です(合法であり富裕層には天国)。

これでは真面目にやる人は馬鹿を見るだけです。

言い換えれば、現代は大資本家(投資家?)が中央銀行と政府の協力を得て、金融市場を通じて、ほとんど無料・無税で莫大な富を貰い続けている。

例えばこんな理不尽なことも日常茶飯事になった。

悪辣なファンドは、為替や株の先物の仕手買いで数千億円を瞬時に儲ける。

その一方、仕手を仕掛けられた国や企業は数年に亘り甚大な被害を受ける。

< 3. アジア通貨危機の被害国とGNP下落率 >

1997年のアジア通貨危機で5ヵ国は急激な景気後退(GDP40%減)に見舞われ、死者(緊縮による疾病や失業による自殺)が10万人?を越え、救援に3兆円の国際援助が必要になった。

しかし仕掛けたファンドは罰せられない。

黒田日銀総裁は著書「通貨の興亡」で、このアジア通貨危機に触れていた。

彼は、単にタイの通貨政策の甘さを指摘するだけで、ファンドの非や被害の甚大さには一言も触れていない。

こんな人物が日本経済を世界初の金融緩和に晒している。

出口戦略を批判されても意に介さない、おそらく失敗しても平気だろう。

これでは、汗水流して物づくりに励む実業家は報われない。

これらのことが実業家の生産性や付加価値上昇への意欲を減退させ、周り回って労働者の賃金を低下させ、苦しめることになる。

* もう一つは、益々酷くなる金融危機を招いているからです。

現代の金融危機は、単純に中央銀行の過剰な通貨供給が続いた後で起こっている(遅れることもあるが)。

かつて各国は恐慌の再来を防ぐ為に、国の通貨供給量を一元的に管理(抑制)する中央銀行を設け、かつ政府から独立する形にした(赤字国債の引き受けが常態化しないように)。

ところが最近の中央銀行は政府の下請けになり、積極的に金融危機を育てている(安倍やトランプで酷くなった)。

このことが災いし、ここ半世紀、金融危機はほぼ10年以内に繰り返すようになり、その被害は益々甚大になっている。

< 4. 金融危機と失業率 >

上のグラフ:

失業率(青破線)は金融危機で乱高下し、日本とユーロ圏で長期に悪化している。

賃金インフレ率はすべて低下傾向にあり、賃金は下落か横這いになった。

下のグラフ:

米国の72年間を見ると、金融危機を繰り返す度に失業率は増加傾向にある。

金融危機は、それまでのバブル時の好景気を、倒産と失業の増大で帳消しにしてしまう。

さらに悪い事に、実業家は金融危機の再来に備えて、固定費を抑え、人件費と投資を抑える(賃金下方硬直性、日本で顕著)。

そしてせっせっと内部留保に回し、金融商品や海外投資に精を出すことになる。

さらに成熟した国(高賃金国)は以前から工場を海外に移し、産業の空洞化が進んでいたので、なおさら被害は大きい。

また国民の預金・保険・年金は銀行・保険会社などで運用されているが、低金利を避け、以前よりリスクのある金融商品で運用するようになっている(株価暴落でGPIFはいずれ大損)。

こうなれば国内の産業発展や賃金上昇は望むべくもない。

さらに馬鹿げていることに、アベノミクスでは、60兆円もの海外投資を奨励し、企業減税を繰り返し、株の購入で衰退に拍車をかけて来た。

この60兆円は日本の年間設備投資額に匹敵し、政府がわざわざ大資本には海外で利益を、国内企業には衰退を奨励しているようなものです。

しかも、御目出度いことに国民は久々の国際援助で、首相は世界から賞賛されていると大歓迎、これでは良くなるはずがない。

もっとも、国が衰退し始めると、海外に触手を伸ばすのはこれまで大国の常套手段だったのですが(英仏の帝国主義)。

次回に続きます。

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没落を食い止める! 13: 世界はなぜ悪化しているのか? 5


*1

今回は、良くならない経済について考察します。

* なぜ経済は良くならないのか?

この答えが分かれば、日本も世界も救われるのですが。

取り敢えず、経済と社会を悪くしている先進国共通の問題をみます。

端的に言うと、最大の問題は次の三つです。

  • 賃金が上昇しない
  • 投機が横行している
  • 超富裕層が国を動かしている

これを排除出来れば、世界経済は順風満帆になり、国民生活と社会は良くなります。

早い段階での路線切り替えであれば良かったのですが、今となっては既成勢力が圧倒的な力を持っいているので不可能にすら感じる。

しかし放置すると、再度トランプ現象(脈絡なく窮鼠猫を噛む事態)を招き、遂にはヒトラーの再来になって滅亡するかもしれません。

残念ながら日本にはさらに上記以外に根深い問題が加わります。

* なぜ賃金が上昇しないことが問題なのか?

既に見たように、賃金が下降すれば、消費と住宅建設が減り、経済が落ち込むのは経済の基本で、この解決が絶対条件です。

単純に、昔と同じように働いているのに、貧しくなり学校に行けず、充分な衣食住が手に入れられず、結婚も出来ないことは異常です。

(発展途上国が追い上げても、変動為替相場制なので、日本の生産性が大きく落ち込まない限り現状維持は可能でしょう。だが一部の産業を守るために為替や経済を歪めると無理です)

普通に考えて、文明が発展し、国力が増しているのに多くの国民の生活が良くならない事に、国民は疑いを持つべきです。

* 三つの根深い勘違い

  • 人類は充分豊かになったので、これ以上は望むべくもない。

これは間違いです。

心身や自然を酷使する必要はないが、効率よく働き、文明の発展に相応した生活を手に入れることは当然です(医療・介護・教育の向上、労働時間を短くして暮らしを愉しむなど)。

事実、一部の富裕層は加速度的に富を増やし、望む限りの贅沢が出来る。

また福祉国家を目指した北欧では、国民全体の生活向上が続いている。

  • 企業や経営者・富裕者を優遇すれば、やがて国民におこぼれが回ってくる(トリクルダウン)。

これは洗脳で間違いです。

< 図2. 所得と消費の関係 >

これは日本の10分割された所得階層の中間と上位(右側)の所得推移を示す。

右側の赤線(可処分所得)が増えても、黄線(消費支出)は横這い。

上位所得層は所得が増えても消費を増やさない。

むしろ左側の中間所得層は赤線が横這いでも、黄線は増えている。

つまり上位所得層を減税しても消費が増えないので、トリクルダウンは起きない(給付や減税など方法によって効果は異なる)。

通常、所得が低い程、消費せざるを得ないので、消費税減税は効果がある。

現在、上位所得層を規制緩和、高給、減税などで幾ら優遇しても現実の経済は悪化の一途なので間違っているのは明白です。

しかし徹底的に刷り込まれて来たので、国民は疑わない。

こんな例がある。

日本では30年以上、電気事業連合会が総額2兆4000億円の広告費を投じ、この結果、世論は原発忌避から賛成へと変わった苦い過去がある。

さらに政官学に財界・裁判所・マスコミが一致団結し、市民の原発反対を無力化した。

本来、企業が従業員の賃金を上げて消費を増やし、企業が投資することにより競争力と付加価値を上げてこそ、経済が好循環する。

しかし今の日本の経済界は18世紀の英国と同じ轍を踏んでいる。

国民がこのプロバガンダに気付き反対しない限り、企業と政府は国際競争力を盾に賃金を下げ続けることになる。

  • 賃金は自由市場で決まるべきで、賃金の高い安いは当然。

これも深刻な嘘です。

経営者の高給は、自然淘汰と言うより、経営や資本を掌握する人々による謀議の結果です(日産の元ゴーン会長、関電のトップの給与など)。

知って頂きたい事は、自由市場は多くの場合、機能していないのです。

多くは資金力と、政府との癒着による保護と寡占です。

現在、各国政府は大企業の更なる寡占や独占を促しています。

また、ここ1世紀の歴史を見ても、労働者の賃金上昇は政府による労働者の権利擁護が契機になっています。

例えば、最低賃金制や同一労働同一賃金制、組合結成の奨励などです。

残念ながら米国主流の経済学は、金融で稼ぐ為のもので、現状(国民)を救う気はありません。

反骨の経済学者や現代貨幣理論の学者は違うようですが。

次回に続きます。

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没落を食い止める! 12: 世界はなぜ悪化しているのか? 4


*1

今回は、累積債務が増える理由を考えます。

* 身の回りで起きている怪奇現象

  1. なぜ株価は乱高下するのか? 済
  2. なぜ賃金は上がらないのか? 済
  3. なぜ物価は上がらないのか? 前回
  4. なぜ政府の累積債務は増え続けるのか? 今回
  5. なぜ経済は良くならないのか? 次回

* なぜ政府の累積債務は増え続けるのか?

< 2. 世界の政府の累積債務、GDPに対する% >

https://www.weforum.org/agenda/2015/11/how-should-the-world-deal-with-sovereign-debt-crises/

赤線は先進国、オレンジ線は世界全体、緑線は発展途上国。

かつて欧米は戦争によって巨大債務を背負うことがありましたが、その後減らすことに努めました。

しかし今は違い、先進国だけが急激に債務を増やし、大戦期に近づいています。

発展途上国は、これに比べると穏やかです。

単純に、債務の増大は年々の税収よりも出費が多いからですが、国によって状況は若干異なります。

< 3. 日本の各年の国債発行額 >

https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00714/

累積債務がGDPの270%に達して先進国最悪を突き進む日本について見ます。

グラフから、91年バブル崩壊とリーマンショックが二大要因だとわかる。

しかし日本は他の要因も抱えており、長年のバラマキ公共事業、二度の震災復興、経済低迷による税収減、法人や富裕層への大幅減税、高齢化で増加する社会保障、コロナ禍対策(160兆円増?)などです。

これらは政府の危機管理の未熟、贔屓の業界や富裕層・法人の優遇が招いたものです。

残念ながら現行の政府であれば、グラフのように悪化するのは必然です。

しかし世界が同じように悪化しているからには共通の理由があるはずです。

< 4. 米国政府の累積債務、GDPに対する% >

https://zfacts.com/national-debt/

赤線は共和党政権、青線は民主党政権時を示す。

ピンク矢印は米国で起こった金融危機、1987年、2000年、2008年を示す。

傾向として、大幅減税(富裕層)を実施し景気を煽った共和党で債務が増える。

一方、景気過熱後のバブル崩壊で財政出動しなければならない民主党でも債務は増える。

トランプ政権は大幅減税とコロナ対策失敗(300兆円?)。

グラフから1980年代に始まるレーガン政権が、現在の債務増大の先鞭をつけたことがわかる。

世界の債務(グラフ2)もこの時期から急増した。

この急増時期にこそ、現在の先進国衰退の秘密がある。

それは政府が税収ではなく、中央銀行に大量の貨幣供給を行わせ、借金(国債)で政府支出を賄うようになったからです。

加えて大量の貨幣供給がバブルを引き起こし、崩壊の後始末にさらなる膨大な貨幣供給を行わざるを得ない悪循環に陥ったからです。

* 今、世界は?

コロナ禍で日本の累積債務は1500兆円を越えるでしょう。

もし金利が5%になれば、年間の金利返済額だけでも75兆円になり、日本の税収65兆円を越えてしまう。

今は、不景気で金利が零なので助かっていますが、これは世界も同様の爆弾を抱えている。

膨大な金融緩和の結果、世界中の政府や企業、家計の債務残高は過去最大の約28000兆円に上っている。

(各国政府の債務以外では米国の学生ローン返済、オーストラリアの住宅ローン返済など)

これは世界全体のGDPの約3倍の規模で、地球上の全人口74億で割ると1人当たりほぼ380万円に相当する(一日1.9ドル以下で暮らす人は7億人)。

< 5. ピケティ『21世紀の資本』図表より >

ところが上記グラフを見ると、世界の資本はGDPの4.5倍に達している(参考)。

つまり巨大な借金があると言うことは、それに匹敵する資産を持つ人々がいるのです(当然)。

さらに残念な事に、一般国民はこの資本の一部しか持てず、その割合は減りつつある。

極論すれば、政府は国民に莫大な借金(国債)をする一方で、超富裕層は莫大な富を増加させる時代になったのです。

上記の説明は厳密ではありませんが、世界の全体像が掴めると思います。

次回に続きます。

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没落を食い止める! 11: 世界はなぜ悪化しているのか? 3


*1

今回は、物価が上がらない理由を考えます。

* 身の回りで起きている怪奇現象

  1. なぜ株価は乱高下するのか? 済
  2. なぜ賃金は上がらないのか? 前回
  3. なぜ物価は上がらないのか? 今回
  4. なぜ政府の累積債務は増え続けるのか? 次回
  5. なぜ経済は良くならないのか? 

* なぜ物価は上がらないのか?

本来、消費者にとって物価上昇は好ましくないのですが、アベノミクスの売りの一つがリフレ策だったので採り上げます。

リフレ策は、インフレを無理に起こし、国民が物価上昇前に消費を急ぐようになり、景気が良くなる事を狙った。

しかし御立派な学者が熱弁を振るい、日銀のバズーカ砲(ヘリマネ)が炸裂しても、見事に不発で失敗しました。

普通の人々は、景気が良くなって消費が増えこそインフレになると知っているのだが。

この政策の間が抜けているのは、肝心なことを見落としたからです。

日本のGDPに占める個人消費と民間住宅投資が60%もあるのに、80%ほどの国民の所得が下がり続け、さらに増税で財布の口を閉じさせて、消費が増えるはずがない。

これで景気が悪くなったことは、今、誰しも実感している。

つまり、物価が上がらない一番の理由は大多数の国民の所得が上がらないからです。

残念ながら、日本を牽引する東大出の経済学者と日銀総裁、私大出の財務大臣にはこれが分からない、今も反省の弁は聞かれない。

もっとも現代貨幣理論MMTは日本の現状を見抜いていますが。

実はここが問題なのです。

欧米各国も、わかっちゃいるがやめられないのです。

グローバル化で、国内産業が他国との厳しい競争に晒される中で、政府と経済界は労働者の低賃金化が最も手っ取り早いからです。

現実には競争に打ち勝つ手は幾つもあります。

国内への設備・開発投資による生産性向上、付加価値の高い新規産業の創出、労働者の転職を支援し旧態依然とした業界の刷新などです。

残念ながら、これは口で言うほどた易くなく、特に日本では旧態依然とした業界と政府の癒着が進んでいるので不可能に近い。

結局、経済界が望み政府がとる策は、最も安易な金融(投機)・富裕層の優遇と労働者の賃金低下しかないのです。

前者の言い訳として、安倍元首相は口角泡を飛ばして「トリクルダウンが国民を潤す」と賜っていた。

(ただ安倍は効果が無いと知れると早々と2015年から、白を切り始めたが、もともとご都合主義だったのだろう)

素晴らしいのか、残念なのか日本が最も賃金を下げることが出来た。

もし先進国の国民が、賃金の伸び悩みとデフレの関係に疑いを持てば、状況は変わるのでしょうが。

現実に、労働界は弱く、国民は労働条件の悪化に鬱鬱として従うだけです。

残念な事に、なぜかアングロサクソンの国と日本では政府はやりたい放題だが、フランスやドイツ、北欧4ヵ国では政府が気を使ってくれる。

トランプ現象は、国民の鬱積した不満が暴発したと言えるかもしれない。

(うまくガス抜きが出来ないと大爆発するかもしれないが)

つまり政府と御用学者は、労働者の賃金低下に白を切らざるを得ないのです。

もし国民が真実を知り賃金上昇を求めると、現代の経済システムを根底から覆すことになるからです。

ここ40年ほど、企業と富裕者に恩恵を与える経済システムを造り上げて来たのですから。

トリクルダウン等は付け足しの言い訳なのです。

次回に続きます。

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没落を食い止める! 10: 世界はなぜ悪化しているのか? 2


*1

今回は、賃金が上がらない理由を考えます。

* 身の回りで起きている怪奇現象

  1. なぜ株価は乱高下するのか? 前回
  2. なぜ賃金は上がらないのか? 今回
  3. なぜ物価は上がらないのか? 次回
  4. なぜ政府の累積債務は増え続けるのか? 
  5. なぜ経済は良くならないのか? 

< 2.日本と米国の所得推移 >

上: 日本で、10分割した所得階層毎の所得推移(青線)をみると、下位2分位と5分位は下がっているが、9分位は急上昇している。

下: 米国では下がってはいないが、下位59%以下の所得層の所得はほぼ横ばい。

* なぜ賃金は上がらないのか?

先進国では、ここ30年以上、約40~80%の国民の所得は横這いで、日本だけは低下している。

それでもGDPが伸びているのは、一部の富裕層の所得がそれを上回って上昇しているからです。

先進国では上位所得層の所得が数倍以上伸び、所得が多いほどその倍率は著しく高い(英米、次いで日本で顕著)。

つまり格差拡大と共に、大多数の国民の所得が伸びないのは先進国に共通している。

賃金が上昇しなくなった理由は大きく二つある。

労働組合の弱体化と非正規雇用・個人事業家などの雇用形態の悪化です。

労働組合が機能していれば、単純に恣意的な解雇を減せ、賃金も上がる。

しかし、各国政府と経済界は団結して労働組合を弱体化させて来た。

(産業構造の変化もあるが、影響は大きくない)

政府は公共事業体を潰し、民営化と称して職員を切り、替わりに身分不安定な非組合員が同じ仕事をするようになった。

また全国的に様々な組合活動を制限する規制、一方で雇用主には労働条件の緩和(働き改革や労働契約法による首切り、賃金カットと非正規雇用拡大)を行って来た。

例えば、組合が無く、首切りが自由になれば従業員は雇用主の脅しに泣き寝入りする。

日本の労働者にとって転職は不利なので、これも賃金低下の理由になる。

柔軟な転職は産業転換に不可欠ですが、以下の条件が整ってこそです。

つまり職業別最低賃金、労働市場、転職時の失業保障と再教育制度、労働者の生涯学習意欲です。

もちろん政府だけが悪役を演じたのではない。

経済界とこれに繋がる主流の経済学、御用マスコミも、労働組合の非効率と横暴を罵るキャンペーンを続け、国民もやがて洗脳されていった。

労働界は圧倒的に資金力が劣るので、負けるのは必至だった。

上記の動きは、日本だけでなく、多くの先進国で今も勢いを増している(後に説明)。

御用学者は言う。

「企業は世界相手に厳しい競争に晒されており、企業が生き残るには、柔軟な労働市場=素早い首切り、競争力向上=賃金低下による価格低下、が絶対だ!」

概ね、国民はこの手の説明を散々聞かされてきた。

しかしこの説明は一部正しいが、大きな間違いを犯し、没落の最大理由の一つになっている。

その反証は、現在の北欧や、かつてのF・ルーズベルト時代の米国、高度成長期の日本にある。(後に説明)

かつて日本は世界から羨望の的だった。

高度成長期、米国から「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と賞賛された。

この三つの社会に共通しているのは、格差が少なく、賃金が上昇し、経済が好調だったことです。

残念な事に、日本には経済効率を下げ、さらに賃金を下げる日本固有の悪弊が蔓延っている(後に説明)。

< 3.各国の賃金と日本の所得格差 >

上: 日本だけが1997年から8.2%下がっている。

別のエコノミストは言う。

日本の賃金が安いのは、生産性が低い中小企業が多いからで、これを刷新しなければならないと。

確かに日本の生産性の伸びは鈍化している。

一部正しいが、根本を見逃している。

なぜなら生産性が上昇している国でも同じだからです。

生産性の低い業界では淘汰が必要ですが、倒産を増やさないように最低賃金を徐々に上げて、体質改善を促すしかない。

しかし輸出産業でない限り、低賃金が生産性の低さで決まるわけではなく、別の要因がある(介護職など)。

最も重要な事は、付加価値の高い産業を国内に生み出し、そこに雇用を吸収させ、低賃金産業の縮小を補うことです。

現在、政府と経済界は労働者に負担を強いるだけで上記の対策を怠っている。

(生産性が高いとは、同じ物を安く造ること。付加価値が高いとは、高く買ってくれる物を提供することです。)

* まとめ

日本が、かつての賃金上昇時代から急速に低下時代に突入した理由は、世界的な経済の動き(悪い経済システムとグローバル化)が労働組合弱体化と雇用形態の悪化を招き、これに加え、日本固有の悪弊が災いしたからです(後に説明)。

次回に続きます。

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国境の島、対馬を訪ねて 6: 厳原の街を歩く 4


*1

朝7時から8時まで城下町を散策しました。

早朝の対馬を感じ取ることが出来ました。

また対馬と神々、朝鮮半島の深い繋がりを知る事が出来ました。

< 2. 散策ルート、上が北 >

赤線が今回紹介するルート、茶色線と黒線が次回紹介するルート。

下の対馬ホテル前から歩き始め、国分寺で撮影は終了。

上側の赤矢印が桟原城跡(陸上自衛隊駐屯地)、青矢印が旧日新館門。

左下側の黒矢印が金石城跡と万松院です。

つまりこの範囲が対馬藩時代の城下町になります。

< 3.ホテルから八幡宮神社まで >

上: 振り返ると右側にホテルが見える。

朝、ほとんど人を見ず、静かな通りというか寂れている気がした。

下: 八幡宮神社の鳥居が見えた。

後ろが清水山で、神社の前を左右に通るのが馬場筋通りです。

< 4.馬場筋通り >

上: 西側を望む

右手側に金石城跡がある。

下: 東側を望む

石塀や武家門が残る通りは、右手側にあります。

< 5. 八幡宮神社 1 >

一つ目の鳥居を抜けると、大きな駐車場があり、その奥に二つの鳥居がある。

山の麓まで森が延び、神社は木々でなかば覆われている。

上: 左側の鳥居を抜けると天神神社(今宮若宮神社)がある

ここには安徳天皇と菅原道真公が祀られていたが、後に小西マリアが合祀されました。

彼女は関ヶ原の戦いの翌年に宋義智に離縁されおり、後に怨霊を恐れてこちらに祀っられたようです。

下: 上の写真の右側の鳥居

この鳥居を真直ぐ抜けると宇努刀神社、右に行くと神門、八幡宮神社に至る。

ここには社が四つあり、由緒は古く日本書紀に始まる。

境内にある八幡宮神社と平神社は延喜式神名帳(平安時代中期)に記載されていた。

ただ当時は八幡宮神社でなく和多都美神社であった。

この経緯は面白いので後で説明します。

< 6. 神門と宇努刀神社 >

上: 階段の上の神門を右手に抜けると八幡宮神社

下: 宇努刀神社が見える

この左に天神神社があります。

< 7.八幡宮神社と宋義智公の像 >

上: 八幡宮神社の拝殿

この左奥に本殿があります。

下: 小さな公園に宋義智公の像が立っています。

これから公園右手の路に入ります。

< 8.中村地区 1 >

城下町の風情が石垣や門から感じられる。

上: 宋義智公の像がある公園

下: 半井桃水館

彼は明治期の新聞記者・小説家で、樋口一葉の師として知られている。

< 9.中村地区 2 >

通りを南北に望む。

  • 八幡宮神社から見えて来る対馬の古代

平安時代の延喜式に記載された神社(官社、式内社)が九州全体で98社あったが、うち約3分の1にあたる29社が対馬に集中し、九州最多で、壱岐の24社を加えると、両島で九州の半数を超えていた。

この理由は、和多都美神社を紹介する時に説明します。

この八幡宮神社は以前、対馬に三つあった海神を祀る和多都美神社の一つでした。

祭神が変わったのは、対馬で国防意識が高まり、三韓征伐を成し遂げた神功皇后を武神として祀るようになったからと考えられる。

日本が朝鮮半島に出兵したのは大きく四回ありました。

最初が神功皇后による三韓征伐、次いで天智天皇の白村江の戦い、豊臣秀吉による朝鮮出兵、日清戦争がありました。

すべてについて対馬は橋頭堡となりました。

一方、本土が朝鮮半島から攻められたのは元寇だけでした。

対馬に限れば、上記外に幾度も攻防がありましたが。

八幡宮神社の社伝によれば、

「神功皇后が三韓征伐からの帰途、対馬の清水山に行啓し、この山は神霊が宿る山であるとして山頂に磐境を設け、神鏡と幣帛を置いて天神地祇を祀った。」

とあります。

< 10. 三韓征伐 >

地図

三韓征伐は、神功皇后が自ら新羅に出兵し、新羅・百済・高句麗を服属させたとされる戦争です。

日本書紀などに記載されたこの戦争は2~3世紀と推定される。

これが伝説だとしても、この前後の6世紀間に亘り、倭国は新羅や百済などの王朝と深く関わり、幾度も半島に出兵していることは事実です。

上: 三韓征伐の絵

下: 神功皇后の航路

青破線が行き、赤破線が帰りの航路。

ここで興味深いのは、朝鮮半島と九州との往来は、対馬を島伝いに北の比田勝港と南の厳原港を拠点にし、行きは東海岸、帰りは西海岸を使っていることです。

なぜ対馬は朝鮮半島により近いのに、倭国の文化圏に入ったのか?

この答えのヒントになりそうです。

これは対馬海流が年中、対馬の両側を南から北へ流れ、流れは8月が最も強く、2月が最も弱く、半分にもなり、冬になると季節風が朝鮮半島から対馬に向かって吹いてくることと関係していると考える。

おそらく夏は九州から海流に乗り壱岐を経て対馬へ行くことは容易だったのだろう。

帰りは、冬の季節風(北西風)を待てば、海流も弱く追い風で帰れたのだろう。

さらに対馬の西側(朝鮮海峡)の海流は東側に比べ弱いことが、朝鮮半島からの往来が不利になったのだろう。

この時代はまだ帆船を使っていなかったから、櫂で漕ぐとなればなおさらだった。

神功皇后は10月に朝鮮半島に渡り、12月には福岡に戻っていた。

これはほぼ理に叶った航海時期と言えるかもしれない。

おそらくこうして対馬は倭国、日本の文化圏に属したのだろう。

< 11. 対馬の神社と神話 >

下図: 現在、対馬の神社130社の位置

江戸初期、対馬には神社が455社もあった。

この地図では、平地が少ない対馬らしく、社は海岸に近い所に多いが、かつては山頂などにも多かった。

上表: 日本神話と対馬の神々の関り

日本神話の神々と広く関りがあるが、豊玉姫などの海神とのかかわりが強いようです。

後に詳しく語ります。

次回に続きます。

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没落を食い止める! 9: 世界はなぜ悪化しているのか? 1


*1

欧米の経済が停滞し、格差が拡大しているのは明白です。

しかし、その元凶はカモフラージュされており見難い。

身近な例から読み解きます。

* 身の回りで起きている摩訶不思議な現象

  1. なぜ株価は乱高下するのか? 
  2. なぜ賃金は上がらないのか?
  3. なぜ物価は上がらないのか?
  4. なぜ政府の累積債務は増え続けるのか?
  5. なぜ経済は良くならないのか?

これらの疑問から経済の問題点が見えて来ます。

* なぜ株価は乱高下するのか? 

現在、株や土地、金、石油、為替など、あらゆる物が投機対象になっている。

売買に投じられる投機資金は、今や需要に必要な額の10倍を越え、さらに世界の投機資金は年々増加している。

現代は製造ではなく、利益率の高い金融で儲ける経済になってしまった。

金融商品には経済活動に必要なものもあり、国民の多くの保険や年金などの運用はこれに頼っている。

経済界や富裕層だけでなく政府も金融依存から抜け出せなくなった。

しかし、やがて購入が過熱し暴騰が続いたある日、突如として暴落を始めることになる。

(世界は暴落の予想と予防が出来ない)

暴落が始まると銀行は融資していた投機資金を競うように引き上げる。

この連鎖反応が全経済の資金の流れを止め、瞬く間に世界は金融危機に陥る。

(日本のGDPは540兆円だが、株の時価総額は600兆円、1/3に暴落すれば半年で400兆円が吹き飛ぶ)

これが大量の倒産と失業を生む。

政府はこれを食い止めるべく、主に銀行などの金融業に毎回GDPの10%を越える救援資金を注ぎ込む(年々増加)。

もし国が金融危機を放置すれば、大恐慌が起こる事は歴史が示している。

こうして富裕層は投機で所得を増やし、かつ暴落後も政府のお陰で所得を急回復させる。

一方で、投機に縁の無い多くの人は前述の救援資金を税金と赤字国債の形で負担することになる。

< 2.GDPと株式時価総額の推移 >

https://media.moneyforward.com/articles/2519?page=3

上のグラフ:

1980~2017年の世界GDPと株式総額の成長は7.2倍と31.6倍です。

さらに株式総額は1985年以降、増加の一途で、遂にはGDPを越え、今後さらに上昇する。

下のグラフ:

1982年から、日本はバブル経済に突入し株式総額は鰻登りの後、急降下し、乱高下を繰り返している。

これを境にGDPは停滞したままで、株式総額に越されてしまった。

実は、格差の酷い国、米英日では既に株価総額はGDPを越えており、格差の少ない国、独仏では越えていない。

< 3. 欧米日の株価推移 >

グラフ:

2000年までは日本の株価は、独歩高だったが、それ以降は、欧米と足並みを揃えた値動きになっている。

これは投機資金が世界を駆け巡り、世界の株式が同じように動き、かつ拡大している証左です。

* なぜこんなことになったのか?

一番は、投機家が商品価格の上下だけで莫大な利益を得るようになったからです。

本来、株式は企業資金の調達手段に過ぎないはずが、今や国の経済規模を越えて拡大しつつある。

資金量が多ければ多いほど、またコンピューター・情報を駆使出来れば出来るほど、莫大な利益が生まれる。

(先物で仕手: ファンドが恣意的に価格を上下させ、それを売買するだけで数千億円を稼ぎ、その資金は手持ち資金の50倍ほどまで借りることが可能)

こうして投機資金と情報が超富裕層に益々集中し、商品価格の乱高下が大きくなって行く。

それだけではない。

政府と中央銀行は連携し、金融危機後に景気回復の為と称して投機を煽る政策をとる。

当然、腐敗した政府・議員はこの富裕層の資金力に操られることになる。

こうして貨幣供給量の増大に拍車をかけ、企業と富裕層に大幅減税を行い、金融の規制緩和を加速させて来た。

こうして株価の乱高下の悪循環を断ち切れなくなった。

このような金融の利殖に群がる状況は異常だと気が付くべきだ。

次回に続きます。

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国境の島、対馬を訪ねて 5: 厳原の街を歩く 3


*1

今回は、宗氏の菩提寺万松院と歴代藩主の墓所を紹介します。

江戸開幕と共に対馬初代藩主となった、宗義智は怒涛の時代を生き抜いた。

< 2. 万松院と境内地図 >

上: 万松院の門

右手の石橋は墓所への階段に通じる。

下: 万松院と御霊屋の地図、上が概ね南

上が万松院、下が墓所御霊屋。

赤線が散策路で、現在地からスタートし戻った。

< 3.山門と御霊屋への石橋 >

上: この山門は残存する対馬最古の建築物で、江戸時代初期のものです。

仁王像も古い。

下: 御霊屋への石橋

< 4. 万松院に入る >

下: 本堂

この寺は、2代藩主義成が先代義智の為に1615年に建立したが、二度の火災で山門以外は消失した。

当時の隆盛を示す様々な建築物は無く、こじんまりしている。

内部の本尊や什器には鎌倉時代の作品もある。

< 5. 堂内に入る >

下: 三具足

朝鮮国より贈られた青銅製の祭礼用三具足(みつぐそく)、鶴亀の燭台と香炉、花瓶の3点。

朝鮮通信使が奉納した三具足は日光東照宮にもあったが、火災で消失し、現在の物は日本で造り直したものです。

すると万松院の三具足は貴重です。

(幕府の要望により、朝鮮通信使は江戸を経て日光東照宮まで参拝することがあった。)

< 6. 徳川家のお位牌 >

上: 徳川歴代将軍のお位牌

ガラス貼りで暗い為、良く見えないのですが、位牌は数多くありました。

ここに徳川家の位牌があるのは、対馬藩の大事件、柳川一件と関りがあります。

家光の裁可により無罪となった2代藩主は、徳川家に忠誠を尽くすとし、また朝鮮との交渉役との関係もあり、ここに位牌の安置を許された。

かつて境内にあった東照宮は火災で消失した。

下: 諫鼓(かんこ)

かつて諫鼓と呼ばれる鼓が置かれていて、君主に訴え(諫言)をおこす時に叩かれた。

鼓が鳴らないことは諫言の必要が無く善政の証しだとされたが、疑問が残る。

叩くことになれば目立つので、諫言(かんげん)を控えるはずだからです。

< 7. 御霊屋(おたまや)に向かう >

深い木々に囲まれて荘厳な雰囲気のある墓所でした。

ここは、金沢市の前田藩、萩市の毛利藩とともに日本三大墓地の一つらしい。

左上: 132段の百雁木(ひゃくがんぎ)と呼ばれる石段。

丁寧な石組みの段の横に石灯篭が並び、趣がある。

右上: もうすぐ最上部に着く

下: 階段を登り切ると、左右に歴代藩主の墓がある。

< 8. 天然記念物の大杉 >

上: 樹齢1200年と言われる大スギ

下: 階段を登る時、向かって左にある墓所

< 9. 初代藩主の墓 >

上: 初代藩主義智の墓

< 10. 下御霊屋 >

下: 石段の途中にある宗氏の墓地

* 宗義智と柳川一件にみる対馬の苦難と繁栄の礎

宗義智(そう よしとし)は宗氏19代目当主であり、対馬藩初代藩主でした。

彼は豊臣秀吉の九州征伐、続いて二度の朝鮮出兵、関ヶ原の戦いに駆り出された。

また徳川の世になると、李氏朝鮮との和平条約に奔走し成立させ、この功績により家康から独自に朝鮮との貿易を許され繁栄の礎を築いた。

宗氏は明治まで続くことになった。

< 11. 2回の朝鮮出兵 >

朝鮮出兵前、彼は秀吉から朝鮮を服属させよとの命を受けていた。

そして彼は、秀吉の全国統一の祝賀使節を朝鮮に要請し、来日した朝鮮使節を秀吉には服属使と偽った。

結局、朝鮮出兵は決まり、前回記したように清水城を築き、5千の兵を出し、対馬は7年に及ぶ戦役で大打撃を受けた。

秀吉が死に関ヶ原の戦いが起きた。

彼の妻は西軍の大名、共に戦った小西行長の娘、小西マリアでした。

家康が天下を取ると、彼は朝鮮の交渉役を期待され、罪は問われなかったが、恭順の意を示す為、戦いの翌年、妻を離縁した。

以前から、対馬の宗氏が朝鮮との交易を一手に引き受けて来たが、江戸時代も続くことになり、農耕に適さない地で繁栄することが出来た。

だが、朝鮮との外交交渉は、昔から綱渡りで、息子の代に大事件、柳川一件が起きた。

対馬藩2代目藩主の世になって、徳川は対馬に朝鮮出兵の後始末の交渉を任した。

ここでも対馬は幕府と明・李氏朝鮮とのかけ離れた要求の間に立ち、嘘と国書の改竄で逃れようとした。

朝鮮出兵の際に王陵を荒らした戦犯を差し出すように朝鮮から要求された。

すると、出兵とは全く無関係の藩内の罪人の喉を潰して声を発せられなくした上で「朝鮮出兵の戦犯」として差し出した。

お陰で他の要因もあり、朝鮮側は融和的になった。

朝鮮が徳川家から先に国書を送るように要求すると、対馬藩は国書を偽造し朝鮮へ提出した。

朝鮮が派遣した「回答使」を、対馬藩は幕府に「通信使」と偽り、江戸城で家康らと謁見させた。

対馬藩は回答使の返書も改竄し、三次に渡る交渉でもそれぞれ国書の偽造、改竄を行い、貿易協定(和平も)を何とか締結させることが出来た。

ここまでは良かったのだが、20年を経て、対馬藩の家老が己の出世の為に幕府に改竄を訴えた。

だが家光の裁可により、藩主は無罪、家老と他に関わった要人は流罪となり、決着した。

対馬は、このように日本の中央政府と大陸の狭間で、戦役と外交で苦労を重ねて来た。

対馬の外交を見ていると、如何に日本の中央は海外に無知だと言うのが分かる。

次回に続きます。

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没落を食い止める! 8: 現状を見る 2


*1

前回に続いて、世界と日本の現状を見ます。

はじめに、起こるであろう経済危機について、

次いで日本一国だけが衰退している状況を見ます。

* 世界的な経済危機!!

今後数年以内に想定される金融危機について考えます。

多くの方、特に若い方は金融危機の恐ろしさを知らない。

一言でいうと、株価が暴落し、多くの金融業に始まり、全産業で企業の倒産が相次ぎ、巷に失業者が溢れることです。

これはここ半世紀、ほぼ10年毎に起こり、その経済ダメージは益々酷くなっている。

これは19世紀後半の英国、20世紀始めの米国でも起こり、世界が戦争へと駆り立てられていった要因の一つでした。

この危機がなぜ迫っていると言えるのか?

< 2.世界全体のGDPと主要国中央銀行の貨幣供給量の推移 >

https://www.rieti.go.jp/jp/columns/s15_0010.html

グラフから、赤の破線が示す赤線の急上昇が金融危機発生直前に起きているのがわかる。

つまり中央銀行による急激な貨幣供給量の増加があった。

しかもリ―マンショック後の金融緩和による貨幣供給量は、歴史上始めてGDPを越え、急上昇している。

これが次に起きる金融危機の巨大さを暗示している。

これまでは、貨幣供給量はGDPに見合うものだったのだが。

なぜこのようなことになったのか。

日米英などが金融を野放し、かつ依存するようになり、金融危機と緩和の泥沼に陥ったからです。

< 3.世界主要国の実質経済成長率の比較 >

http://aruconsultant.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/gdp-b314.html

グラフを見ると、赤線の日本が一人負けしているのがわかる。

2008年の金融危機後の巨大な緩和策で、2012年以降世界経済は持ち直した。

しかし、騒がれたアベノミクスに成果はなく最下位を続けている。

< 4.日本の実質GDP、実質経済成長率の推移 >

https://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h24/hakusho/h25/html/n1112000.html

1970年中頃から日本経済は低下し始め、80年代後半には一段と下げた。

グラフにはないが、1990~2019年は平均1%を維持出来たが、2020年以降はパンデミックでさらに悲惨な状況になっている。

黒田日銀が世界に類を見ない金融緩和を行っても、せいぜい株価が上昇したに過ぎない(むしろこれが今後災厄になるかも)。

70年代の落ち込みは、米国の圧力による円高と、米国が介入した中東戦争が引き起こしたオイルショックが切っ掛けになった。

次いで米国の要求による内需拡大策が仇となり1990年にバブル崩壊、米国発の2008年リーマンショックを経て日本経済は成長しなくなった。

(ただ戦後の日本発展は米国のお陰であることを忘れてはならない)

しかし、これだけでは日本だけの落ち込みを説明できない。

ここ30年間、多くの国際的指標で日本は先進国から脱落し、さらに悪化し続けている。

かつて日本の世界ランキングは、ベスト20以内もあったが、現在は30から100位半ばまで落ち、特に社会政治については安倍政権になってからの悪化が著しい。

(OECD加盟国37か国、ランキングされる国は約200)。

悪化の例としては、相対貧困率、勤労所得、財政赤字、所得格差、生産性、産業と企業の競争力、デジタル技術、エネルギーと食料の自給率、人口減と高齢化、報道の自由度、ジェンダー指数、幸福度、政治腐敗認知度などがある。

良いのは治安と長寿命、失業率ぐらいだが、日本では金融危機の年に失業した世代の再起が難しいなど固有の問題もある(就職氷河期世代)。

これに加え、日本では地方の過疎化と経済衰退が著しい、また自治体の自律的な動きも封じられている。

次回に続きます。

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国境の島、対馬を訪ねて 4: 対馬のフェイクニュース


*1

今回は、対馬を貶めたフェイクニュースについて。

以前、対馬は韓国人に荒らされていると報道されていた。

私は多くの島民にお話を聞き、予想もしなかった事実に出会いました。

*2

私は対馬に強い歴史的な関心を持っていました。

しかし、一部マスコミは対馬が韓国人観光客に荒らされていると報道しており、私も不安になっていました。

この手の煽られた恐怖心を韓国旅行の前にも感じたことがあったのですが、行ってみて、まったくの嘘だと知った経験がありました。

そこで今回、コロナ騒動で韓国人が減っていると知って、事実を確認すべしと考えた。

*3

* 街角でのインタビューを紹介します。

A 厳原のショッピングモール内で

二人の女性店員の感想です。

韓国人観光客は、日本茶やコーヒーをよく買ってくれた。

彼らにまったく嫌な感じを持ったことがない。

やはり彼らが来なくなったのは辛い、また来て欲しい。

店員さん達は、私が感じていて不安を吹き飛ばしてくれた。

B 厳原の観光情報館にて

対馬の観光事情に詳しい担当者と話した。

私は韓国人の来日客が無くなったことについて聞いた。

彼は問題がないと断言した。

なぜなら対馬を訪れる人の多くは日本国内からで、韓国人はその内の数割に過ぎないとのことでした。

私がネットで調べた訪問者数や、他の情報を勘案すると、やはり経済的影響は少なくないはずです。

私は、彼が韓国人観光客をことさら問題にすることに苛立っているように思えた。

C 厳原の街を散策中に

通りすがりの女性に道を聞いたついでに、韓国の旅行者で気になる事はありますかと質問した。

彼女は、すぐに答えることが出来ず、私が幾らか誘導するように聞くと。

彼らが道路脇に座って、食べている姿が気になると答えた。

日頃は韓国人旅行者を気にしていないようでした。

D 厳原のホテルのフロント係に聞いた

このホテルに、以前はかなりの韓国人観光客が宿泊したそうです。

特にマナーの点で気になることはなかったとのことです。

韓国人観光客に戻って来て欲しいようでした。

E 男性の観光ガイドから多くの事を学びました。

初老の彼は対馬の歴史と観光のガイドについては第一人者でしょう。

ここでは韓国人の観光について紹介します。

韓国人観光客は1泊か日帰りで、対馬での楽しみは海釣りと登山が多いそうです。

彼らの中には、たくさんの釣果を持ち帰り、釜山で販売する人もいるそうです。

彼の口から韓国人の悪口はまったく聞けなかった。

後で、分かるのですが彼は韓国人にまったく偏見を持っていない。

結局、5人に聞いた話を総合すると、韓国人観光客は対馬にとって迷惑どころか、賑わいをもたらす客でした。

*4

* 厳原や比田勝の街や港を見て

比田勝は釜山との間に幾つもの高速船が往来してる玄関口、厳原は観光の拠点です。

両方の街を見ましたが、韓国語の看板や、韓国人相手の店は少なかった。

報道のような、占拠され荒らされている雰囲気はない。

壱岐行きのフェリー乗り場に、釣り客に撒き餌を注意する掲示物がありました。

ことによるとこれに韓国人が関わっているかもしれませんが不明です。

* 私の目を開いてくれた情報

もう一台の観光バスの女性ガイドは韓国人名で、少したどたどしい日本語を喋っていた。

最後に、例の初老の観光ガイドが教えてくれたこと。

元々対馬には戦前から朝鮮半島の人々が多く住んでおり、まったく普通に近所付き合いをしていたそうです。

私は大戦時、朝鮮人への差別が起きた事を予想して質問したら、共に戦った仲間同志だから疑いの余地はなかったと、私をたしなめるように答えた。

(大戦時、沖縄戦で本土の軍人が沖縄人をスパイと疑った過去があった)

* まとめ

マスコミは不安を煽り、関心を呼んで視聴率を上げたいのか、右翼的な意図で韓国を悪しざまに罵りたいのか。

対馬にまったく問題が無い上に、さらに国内からの旅客を減らす事にもなり、踏んだり蹴ったりです。

偏向したマスコミ報道に腹が立ちます。

国境の島は、このような事でも災いを受けてしまう。

次回に続きます。

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没落を食い止める! 7: 現状を見る 1


*1

最初に先進国の現状を見ます。

まさに衰退しつつある文明と言えるかも。

今の日本は、例えれば先進国を押し流す濁流に、舵も櫂も無く沈むに任せている状況です。

* 世界の現状  

ある時期から、先進国のほとんどで経済成長が鈍化し、貧富の差が拡大し、巨大な金融危機がほぼ10年毎に繰り返すようになった。

それに連れて米英日を筆頭に、社会の分裂が進み、右翼化し、煽情が得意なトップが歓迎され、国家間の協調体制に亀裂が入り、やがて抗争へと進む恐れが高まった。

先進国が低迷する一方で、北欧4ヵ国、ベネルクス3ヵ国、スイス、カナダなどは幸福度や所得など、多くのランキングで常に最上位を占めている。

また多くの発展途上国では生活や衛生状態、治安等が向上し、人口増加も落ち着きつつある。

中国の経済力と技術力が高まり、覇権国家間の均衡が崩れつつある。

要約すると、かつて繁栄した欧米先進国は、今や停滞し病んでいる。

その一方で、幾つかの先進国と多くの発展途上国は順調に発展を続けている。

* データーで確認します

< 2。主要国の格差の推移 >

1980年代から上位10%の富裕層の所得が米英日で急激に増えている。

ここで知って頂きたいことがある。

格差はけっして自然では無く、特に人類はここ1世紀の間、政治的に解決を図り、また敗れもしているのです。

例えば、フランスとスウェーデンは格差拡大を抑え込んでいる。

19世紀までは格差の大きい時代が続いたが20世前半、米独等は格差を縮小させた。

しかし二つの大戦で世界的に格差は拡大した。

だが大戦後、先進国政府は以前よりもまして格差を抑え、成長をも手に入れる偉業を成し遂げた。

しかしやがて逆襲が始まった。

< 3. 米国の年収推移 >

年収層別に年収の推移を見たグラフ。

年収が多い層ほど年収は急伸しているが、最低年収層では40年間上昇していない。

別の資料で、上位年収層を見ると、上位5%よりは1%、さらに0.1%になるほど増加は著しい。

2008年のリ―マンショックで、すべての層の年収が低下したが、1991年の落ち込み後も上位年収層ほど急回復しているように、現在も同じことが起きている。

< 4. 世界の経済成長率 >

このグラフはインフレ分を除いた一人当たりGDPを示しているので、もっとも実態を反映している。

主要先進国OECD37ヵ国の経済成長率が1970年頃から低下し続けている。

一方、中所得国や低所得国は経済を伸ばしている。

(CRB指数、商品先物の価格は世界の景気やインフレを反映する)

ポイントは、先進国は格差が拡大するにつれて経済が低迷していることです。

先進国は、1950と60年代、格差も少なく素晴らしい成長を遂げていたにも関わらず。

これは単なる偶然ではありません。

* わかったこと

私達日本人は、いつの間にか30年以上のデフレや景気低迷に慣れてしまって、幾ら日本政府が頑張っても良くならないと諦めている。

しかし、見てきたように1970~80年代に何かが先進国で起きた。

これが今の状況を招いていることは明白だ。

きっと脱出の糸口があるはずです。

次回に続きます。

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国境の島、対馬を訪ねて 3: 厳原の街を歩く 2


*1

今回は、厳原の二つの城跡と御船江を紹介します。

安土桃山時代から江戸時代の対馬の姿が蘇ります。

< 2. 厳原の地図、上が北 >

上: 厳原の中心部

赤枠が御船江跡で、黄色枠が金石城跡と清水山城跡のエリアです。

下: 赤矢印が御船江跡

四つの突堤が見える。

赤線が徒歩ルートです。

< 3. 御船江跡 1 >

上と中央: 湾岸を通る道路上から海側と御船江側を望む。

上の写真の左奥に厳原の金石城跡がある。

中央写真の右が御船江、左は川。

下: 御船江の奥の方を見ている

右に少し突堤が見えるが、思ったより浅い。

< 4. 御船江跡 2 >

上: 突堤が見える

ここは対馬藩の御用船を係留した船溜まりです。

現在の遺構は寛文3年(1663)に造られました。

築堤の石積みは当時の原形を保ち、正門、倉庫、休息の建物跡が残っている。

満潮時には木造の大船が出入でき、干潮時には干上がるように出来ている。

現在これほど原形を遺している所は全国でも珍しい。

中央: 御船江から湾に出る水路

水路の幅は最小約7mで、上の写真の小舟がある突堤間の広さは奥行きが約30m、幅が約8mです。

これから言うと船は最大で長さ27m、幅5mぐらいだったかもしれない。

この大きさの船で江戸や朝鮮半島まで行ったのだろう。

下: 御船江から出た湾側

< 5. 当時を偲ばせるもの >

上: 他の藩で使われた御座船の模型

これと似た船が対馬藩で使われたことだろう。

下: 1800年頃の厳原の古地図

左下に御船江が見える。

中央の一文字の堤が見える所が中矢来で、漂民屋も見える。

朝鮮通信使は、ここに着岸して広い通り(馬場筋通り)を北上し、直ぐ左に折れて金石城に入った。

< 6. 金石城と清水山城 >

上: 黄線が山頂に沿って築かれた清水山城、赤枠が金山城(かねいし)です。

清水山城は三つの曲輪からなり、左から一の丸で始まる。

上部の黄矢印の方向、金山城から北に馬場筋通りを1.7km行った高台にかつて浅原城(さじきばら)があり、現在は自衛隊駐屯地になっている。

青矢印が宗氏菩提寺の万松院(ばんしょういん)、ピンク矢印が歴代藩主の墓所です。

これら造営はすべて歴代宋氏による。

私達はピンク線に沿って右から左に進みました。

下: 金石城の古絵図、1804~1817年

赤矢印が櫓門、青矢印が「からめ手門」、茶色矢印が心字池のある金石城庭園です。

私達は黄色線に沿って右から左へと進みました。

< 7. 金石城の楼門 >

この門は1990年に再現されたものです。

上: 右の山頂に、わずかに石積みが見えているのが清水山城の一部です。

下: 左の道を真直ぐ進むと万松院に着く。

< 8. 万松院が見えた >

上: 奥に万松院の正門が見えた

川沿いに真っ赤な彼岸花が今を盛りとたくさん咲いていた。

下: からめ手門の石垣が見える

万松院の前の広場の右側にある。

< 9.からめ手門 >

上: 小川を渡る橋の上から万松院を望む。

この橋が金石城の南西の端になる。

下: 基礎になる石垣しか残っていない。

櫓門から「からめ手門」まで凡そ250mです。

10万石の対馬藩としては堅牢さを感じさせない平城です。

1665年、朝鮮通信使を迎える為に、戦国時代16世紀はじめに造営された金石屋形を城郭に改造した。

対馬藩は石高の割に、農地が少なく実際の石高が遥かに少なかったので、豪勢な城を造る事は出来なかっただろう。

宗氏は前述の浅原城を造り居館としていた。

< 10. 資料、すべて拝借した写真 >

上: 心字池のある金石城庭園

上から二つ目: 清水山城の「一の丸」

標高208mの峰に三つある曲輪の最も西のもの。

明や朝鮮の軍が、ここまで侵入することを想定していたのだろう。

上から三つ目: 18世紀の釜山浦草梁倭館図

対馬藩は朝鮮との交易を一手に引き受けており、朝鮮半島で三つの倭館を運営していた。

釜山の倭館は長崎出島の25倍以上の広さを有し、常時400~500人が滞在していた。

幕府は鎖国をしてはいたが、この交易は別だった。

下: 朝鮮通信使の船

全長三十数mはあったらしい。

* 宋氏、対馬藩と城について

宋氏は、代々朝鮮半島との交易と日本の中央政府との外交交渉を一手に引き受けて来た。

多くの朝鮮半島との紛争に巻き込まれ、また紛争の調停に重要な役割を果たしてきた。

この重要な役割があればこそ、関ヶ原で西軍に付きながらも宗氏は改易を逃れた。

対馬の宗氏の歴史は古く、渡来系の秦家の末裔で12世紀に遡る。

実は、宗氏は途中から平家の末裔と称し、厳原の西部に安徳天皇御霊墓地がある。

南北朝時代、一度、守護から外されたが、直ぐに再任され明治維新まで存続した。

前述の清水山城は、秀吉が朝鮮出兵に際し、中継拠点として宗氏に造営を命じたものだが、撤退後はすぐに廃城となった。

この時、第一軍出兵では小西軍の7000人に次いで対馬軍は5000人が駆り出された。

人口の少ない対馬では健康な男は、ほとんどいなくなっただろう。

(現在の人口は日本12000万、対馬3万で、1600年頃で日本2000万人とするなら、当時対馬は5000人となる)

戦争により主要な収入源である貿易が絶たれる一方、朝鮮語を話せる対馬の人が通訳として駆り出された。

対馬はこのような苦渋を幾度もなめることになった。

次回に続きます。

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没落を食い止める! 6: はじめに 6: 何を語りたいのか


*1

これまで悲惨かつ八方塞がりの日本を、

さらに日米を覆っている危うさを見ました。

今回は、この連載で語りたい事を記します

* 私の想い

19世紀の英国がそうだったように、日本もかつての繫栄を取り戻すことはないように思える。

私達の国は、今自滅の道を進んでいる。

取返しがつかなくなる前に転換を図るべきです。

しかし多くの人は意に介さない。

もし皆さんが日本の悲しい実態、さらにそれが一部の人々の望むように作られたものだと知ったら、どうでしょうか?

なぜ日本だけが欧米から脱落してしまったのか?

また欧米も衰退しつつあるのはなぜか?

このまま放置すればどうなるのか?

その元凶は何か、いつから始まったのか?

誰が得をし損をしているのか?

なぜこの状況から脱することが出来ないのか?

私はこれらを語りたい。

* 主なテーマ 

  • 欧米先進国の何が悪くなっているのか?
    • 何が悪くなったのか?
    • それはいつから始まったのか?
    • それはなぜ起こったのか?
    • なぜ起死回生策が失敗するのか?
    • 行き着く先は? 
  • なぜ日本だけが先進国の中で没落を極めるのか?
    • 日本はどれほど悪くなったのか?
    • 日本の何処に問題があるのか?
    • 誰がもっとも被害を受け、また恩恵を受けたのか?
  • 地球規模の危機への対処について。
  • 今、世界は迫る巨大な危機に対処出来ないでいる。
  • このままでは人類の崩壊を免れないかもしれない。
  • 何処に問題があるのか?

(「連載 世界が崩壊しない前に」では、多くの危機について触れています)

  • 私達は何を目指すべきなのか?
    • 改革すべき基本的な要点。
    • 改革を進めるための幾つか知見、歴史などを紹介します。

* 私が重視すること

私がもっとも力を入れたいのは現状分析です。

改革を成功させる最大のポイントは、問題点とその原因の把握だと思っています。

困難な事案ほど重要です。

日本の問題は世界と深く関わっている。

日本固有の問題もありますが、世界を通して見ることで、よりその欠点が明確になります。

文明や国の盛衰は歴史上繰り返され来ました。

世界と日本の歴史から、様々な教訓が導き出せるはずです。

次回に続きます。

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国境の島、対馬を訪ねて 2: 厳原の街を歩く 1


*1

これから対馬の中心地、厳原の街を紹介します。

数回に分けて紹介しますが、今回は街の南側、中心から港までです。

この街には一千年を越える歴史があります。

< 2. 対馬 >

左上: 対馬全体図、上が北

赤線が航空路、黒線がバス、赤矢印が厳原を示す。

対馬の地形は南北82km、東西18kmと細長く、ほとんどリアス式海岸で囲まれ、山がちです。

かつて中央部は地峡で繋がっていたが、運河が開削され分離した。

また対馬は朝鮮半島まで50km、博多湾まで120kmだが、壱岐までなら50kmに過ぎない。

こうして対馬は特に古代において海上交通で重要な役割を果たすことになった。

右上: 厳原全体図、上が北

赤枠が今回紹介する範囲で、厳原の一部に過ぎない。

下: 伊丹から福岡空港に着陸

< 3. 対馬に至る >

上: 福岡空港でプロペラ機に乗るところ

離島への旅に、期待感が盛り上がる。

中央: 対馬空港に到着

下: 空港から厳原に向かう車窓風景

内陸部を走っている為か、あまり本土の風景と代り映えしない。

* 対馬の歴史は古い

対馬北部(上対馬)の西海岸に、対馬最古の遺跡があり、縄文早期末(約1万年前)の遺物(土器た石器)が見つかっている。

これら遺物には北九州と対馬、朝鮮半島との交流の跡が見られる。

一方、厳原の歴史は飛鳥時代に遡る。

朝廷が対馬の厳原に国府(行政庁)を置いたとされている。

厳原は鎌倉時代から江戸時代まで、宋氏の居館、対馬藩の城下町として発展した。

< 4. 厳原に到着 >

上: 厳原の中心地、観光情報館、ふれあい処つしま、の前から望む

中央(西側)に旧金石城庭園の楼門、左に市役所が見える。

下: 茶色枠が今回紹介する範囲、上が西

散策は、観光情報館の前から下り、川に沿って船溜まり跡まで行き、また戻りました。

< 5. 観光情報館の辺り >

上: 向かいにあるショッピングセンター(1階)

下: ショッピングセンター側から観光情報館、ふれあい処つしまを望む。

ここには観光案内所、土産物屋、レストラン、展示・催事場があります。

今回、GO TOトラベルのクーポン券を貰ったが、使える場所はここだけだったので、昼食と土産品購入をここで済ませた。

観光案内所の人は親切で、滞在中、合計3人の方と対馬について詳しく伺うことが出来た。

観光パンフレットも揃っていた。

< 6. 大町通り >

上: 大町通りの北側を望む

左に、武家屋敷風外観のふれあい処つしまの建物が見える。

これから右側、東側に進む。

下: 今屋敷公園横の通り(横町通り)、防火壁美観地区

この辺りには、至る所にこのような石積みの壁が通りに沿って見える。

これは江戸時代、しばしば大火に見舞われた為、延焼を防ぐ為に作られたものが遺っている。

どうやら海峡を吹き抜ける風が強いのでしょう。

< 7. 川端通り >

横町通りを真直ぐ進むと川にぶつかり、この川沿いの道が川端通りです。

上: 来た道を振り返った。

下: 進行方向(東)を見ている。

この東西の盆地の距離は400mに過ぎない。

< 8. 二つの川 >

上: 川端通りの北側を望む

川の左側の高い建物がホテル対馬で、今回二泊しました。

下: 上の川と別の川です

古い町並みが残っている。

この川の左側の通りの対馬醤油の向こうに村瀬家土蔵がある。

< 9.村瀬家土蔵 >

通りから撮った写真ではよく見えないが、2階の窓の左右に絵があります。

これは漆喰で練り上げて立体的に描かれた龍と虎だそうです。

明治時代に描かれたものです。

背伸びをして写真を撮っていると、通りすがりの高齢の女性が、すまなそうに、これは大したものではありませんがと労をねぎらってくれた。

< 10. 地蔵さん >

私が歩いた範囲は、厳原の中でも地蔵さんが多い。

狭い範囲に20ヶ所はありそうです。

私が見た数ヵ所の地蔵さんには、お茶や衣が捧げられていた。

< 11. 中矢来と漂民屋跡 >

上: 中矢来(なかやらい)

中世からの船溜まり。

かつてはここに朝鮮通信使が上陸したのだろう。

下: 漂民屋跡

石積みのある所が漂民屋跡です。

その右にある建物が自衛隊の支所で、この横を通って行けるはずなのですが、案内の標識が破損していて分からなかった。

駐在の自衛官に聞いてやっと分かりました。

この場所は、海に注ぐ二つの川に挟まれた先端部にある。

* 漂民屋について

この漂民屋に、国境の島、大陸と関わる苦難の一端が見える。

この漂民屋に江戸時代、海難事故で遭難した日本と朝鮮の漂着民が一時的に収容された。

対馬藩は脱走や住民とのトラブルなどを恐れてこの地を選んだのだろう。

漂民屋の建物は戦後まで残り近隣の住民から「朝鮮長屋」と呼ばれていたらしい。

朝鮮の船が遭難し日本に漂着した場合、各藩は幕府の長崎奉行所に移送した。

取り調べの後、対馬藩の長崎藩邸から対馬に送られ、「漂民屋」に収容された。

ここから船便を待って釜山の対馬藩の倭館に送られ、朝鮮側の役人に引き渡し落着した。

日本の船が朝鮮で遭難した場合は、逆ルートで行われた。

この優れた難民送還策は一朝一夕に出来たものではない。

この遥か以前から対馬は、大陸・朝鮮半島との間で捕虜や略奪された民の奪還や返還に悪戦苦闘して来た歴史がある。

対馬は、大陸の騒乱に幾度も巻き込まれ、逆に日本の覇者が朝鮮半島侵攻の足掛かりとした地だったから。

対馬は、日本において戦争と平和を紡いだ稀有な地だった。

次回に続きます。

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没落を食い止める! 5: はじめに 5: 災厄から逃れられない国


< 1. 災厄勃発時の首相、順番に並ぶ >

これまで日本の異様な社会状況を一瞥して来ました。

それは腐敗政治、狂信化するウヨ、真実を伝えないマスコミ、

歪められた教育でした。

今回は、列島を立て続けに襲う災厄を振り返ります。

< 2.災厄の写真、順番に並ぶ >

* 世界に類を見ない不幸な国

日本は1991年、1995年、2008年、2011年、2020~21年に巨大な災厄に見舞われている。

30年間に5度も、そして今も喘いでいる。

1番目、バブル崩壊後の8年間で1000兆円を越える土地・株の資産が失われた。

平均1家族2千万円にのぼる暴落は、国民に長期の経済停滞を強いたが、バブル時、投機家はこれを凌ぐキャピタルゲインを得ていた。

2番目、阪神・淡路大震災では死者が6千人を越え、兵庫県の被害総額は10兆円だった。

3番目、リーマン・ショック後、経済はマイナス成長になり、元に戻るまでに5年を要し、160兆円もの国民所得が失われた。

これが経済を更に突き落とした。

4番目、東日本大震災では死者が2万人を越え、原発事故は世界を震撼させた。

その被害額は原発関連で11兆円、総額36兆円とされる。

5番目、新型コロナの感染は現在進行中で、凡そ今後数年間で凡そ200兆円を越える国民所得が失われるだろう。

上記の経済損失はほんの一例に過ぎす、さらに頻発する台風・地震の被害も加わり、発展の巨大な足枷となった。

これらは、突然の天災と海外が元凶と思われがちですが、実はかなり人災の面が強い。

< 3.災厄と経済停滞 >

赤は金融危機、ピンクは天災、紫はパンデミック。

* 何故なのか?

バブル崩壊では、バブルを放置した非もあるが、その以前に日銀と政府が米国から要求された内需拡大(財政投資と通貨増発)に前のめりになったことが大きい。

今日銀は同じ轍を踏もうとしている。

阪神・淡路大震災は正に寝耳に水でした。

リーマン・ショックでは、日銀が上記の反省から緊縮していた事で、欧米ほどの甚大な被害を逃れたが、それでも金融偏重の経済が災いした。

東日本大震災では、大津波に加えて原発事故が被害を甚大にした。

原発の危険性は以前から指摘されていた。

国会において電源停止の危険性が指摘され、また各地で原発停止の訴訟が行われていた。

これだけ地震が頻発していても、政府や裁判所はすべてを無視し、また退けた。

実は、ここにも政府とマスコミ・裁判所の癒着が壁となって立ちはだかっている。

極めつけは、新型コロナの猛威です。

日本人は東アジア人と同じ体質(ファクターX)と考えられるが、グラフで一目瞭然のように感染状況は日増しに群を抜いて悪化している。

これは政府が台湾・中国・韓国と異なる対応に固執した結果です(PCR検査軽視など)。

*4

* 日本が没落せざるを得ない理由が見えて来る

  1. 政府は、金融危機や天災、パンデミックへの事前対策を無視して来た。その主因は強固な議員・産官学・マスコミの腐敗に尽きる。
  • 例え失敗しても、産官学・マスコミ・司法が一体となって、政府の不備を隠蔽し、擁護し続ける(大本営発表と酷似)。
  • これに加え、米国盲従と米国流の経済システムが経済・社会を没落させている。

こうして経済は衰え、政治は危機に対応出来なくなっていった。

次回に続きます。

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