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記事が日本語で書かれているか、英語との併記の両方の場合があります。

北欧3ヵ国を訪ねて 63: 古都ロスキレ 2


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今回はヴァイキング博物館内部を紹介します。

これでノルウェーヴァイキングとの違いが見えてくるはずです。

 

 

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< 2. バス停から博物館へ >

 

上: 右手前方の街路樹向こうに見える白い建物が博物館です。

 

中: 左手の船着場に小型木造船が数多く停泊しています。

後に訪問しますが、魅力ある体験の場になっています。

 

下: 道路の内陸側にはゆったりとした住宅街が広がっています。

 

 

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< 3. 展示物 >

 

上: ロスキレ湾に沈んでいたバイキング船が4隻並んでいます。

これらは11世紀、ヴァイキング時代末期に作られた船です。

これら5隻は湾内の水路に沈められていたのもので、1962年に発掘されたものです。

 

下: 船腹です。

ノルウェーのヴァイキング船と同じような作りですが、オスロの博物館で見た船よりは小さい。

 

この船が小さいのは国の違いではないかもしれません。

オスロの場合は外洋向けの船体であり権力者の副葬品でしたが、ロスキレの場合は、農耕主体の彼らが海上からの敵の侵入を防ぐ為に沈めたものだからです。

 

このロスキレは11世紀にはデンマーク王家の宮殿が建てられ、ロスキレ大聖堂には歴代国王の棺が安置され15世紀までは王都でした。

 

 

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< 4. 模型 >

 

 

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< 5. 他の展示 >

 

上: このロスキレのヴァイキング村の再現ジオラマのようです。

幾つか並んでいました。

 

下: この展示ブースは、ヴァイキング船が夜に航海をしている雰囲気を再現していました。

子供に人気でした。

 

 

 

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< 6. 沈められていた船の位置 >

 

左上: ロスキレの位置。

 

右上: 大きく複雑な湾の最奥部にあるロスキレ。

三角印は灯台、放射状マークは見晴台、一個の円は沈船の場所を示している。

 

下: 沈船箇所の拡大図。

この位置はロスキレのヴァイキング博物館より北方17kmにある。

湾が三つに色分けしてありますが、最も色の濃い部分の水深が1~3m、最も白い部分で5~7mです。

つまり、彼らは最も深い通行可能な水路を沈船で遮断したのです。

もっとも自分たちも航行できないと思うのですが。

 

 

 

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< 7. 北欧ヴァイキングの航海実績 >

 

デンマークのヴァイキングは西側から北海に直接出ることが出来たので、ヨーロッパを荒らした主役だった。

フランスのノルマンディーや英国の南部など。

 

一方、ノルウェーの者は北側のアイスランド、グリーンランドや英国の北部になった。

スウェーデンの者はバルト海から東部に出た。

 

 

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< 8. ヴァイキングの生活の地 >

 

上: ヴァイキング時代の定住地を赤で示している。

当時、デンマークの人口は50~100万人、男性の身長は170cm、男性の寿命は40歳ぐらいだった。

 

下: スカンジナビアの自然。

左側上二つの風景はノルウェー、深いフィヨルドが特徴。

中央二つはフィンランドとスウェーデン、深い森と湖が特徴。

下二つはデンマーク、平坦な地と干潟が特徴。

 

地域によって、かなり水辺や海岸の様子が異なることがわかる。

だから一括りでヴァイキングと言っても、地域で生業や交通手段が異なり、村の様子も異なったことだろう。

 

 

 

 

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< 9. ヴァイキングの生活 >

 

上: 左上の写真は、同じシェラン島にある別のヴァイキングの要塞遺跡を示す。

その右側の三つの円形は、それぞれ三ヵ所のヴァイキング要塞を示す。

その位置は、直ぐ下のデンマークの地図に描かれている。

その右側に要塞内にあった家屋の図です。

どうやら居住用と言うよりは要塞内で共同で過ごすホールの用です。

 

下: 戦闘時の装束、兜、剣などが分かります。

 

 

ここの博物館はオスロのものと違って目玉の遺物は少ない。

しかし、別の野外展示や作業再現の展示が素晴らしい。

 

 

次回紹介します。

 

 

 

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湖北の桜を訪ねて 1: びわ湖バレイ


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これから数回に分けて湖北の桜の名所を紹介します。

今回は、びわ湖バレイです。

 

 

これらの写真は、2019年4月8日に撮影したもので、クラブツーリズムの日帰りバスツアー『春爛漫!びわ湖バレイ・海津大崎 彦根・長浜・琵琶湖の桜決定版』で訪れた時のものです。

ほぼ快晴で桜も満開に近く、良い旅行となりました。

 

 

 

 

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< 2. ツアーの訪問地、 上が北 >

 

Aがびわ湖バレイで、ロープウェイで山頂に行き、琵琶湖を一望することが出来ます。

 

Bは海津大崎で、湖岸に沿って800本の桜が咲き誇ります。

 

Cは長浜の豊公園で、お城と湖岸の間を桜が埋め尽くしています。

 

AとBの中間の湖岸沿いの道路に6kmにわたり桜並木が続く、風車街道があります。

 

順次、紹介していきます。

 

 

 

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< 3. ロープウェイ >

 

上: 右側の山頂に向かってロープウェイが行きます。

 

下: ロープウェイのゴンドラからの眺め。

びわ湖の右側に微かにびわ湖大橋が見えます。

 

 

 

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< 4. 山頂駅 >

 

上: 残雪の山頂が見えますが、スキー場です。

私は若い頃、一度だけここのゲレンデ滑ったことがありました。

 

下: ロープウェイ山頂駅側から見た「びわ湖テラス」です。

 

 

 

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< 5.びわ湖テラス 1 >

 

水を張ったテラスからの眼下の眺めは素晴らしい。

手摺りが無い分、開放的です。

 

残念ながらこのテラスと同じ高さで雲が湧いていましたので、視界が完全に開けることはなかった。

 

 

 

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< 6. びわ湖テラス 2 >

 

迫り出した展望台はちょうど雲の中でした。

 

 

 

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< 7. びわ湖テラス 3 >

 

上: 左の建物がテラスカフェです。

 

下: カフェの内部から外を見たところ、ちょうど雲が立ち上っていました。

 

 

 

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< 8. ロープウェイ山麓駅 >

 

山麓駅と駐車場周辺の多くの桜が満開でした。

 

上: 対岸に見える遠くの山影は近江八幡と沖島です。

 

下: ロープウェイのゴンドラです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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平成の哀しみ16: 深まる亀裂 14: 沖縄と本土 4


 

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深い亀裂

 

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沖縄の問題は日本の閉鎖性、同胞外への無関心さと冷酷さを示す。

 

海を隔ているだけで、同じ日本なのに本土は一方的に犠牲を強いる。

この風潮は近年益々強まっている。

 

これまで沖縄は本土の犠牲であり続けた。

 

沖縄は14世紀に統一王朝を成したが、やがて本土から差別的な支配を受ける。

そして大戦中は本土の盾となり玉砕の地と化した。

大戦後は米軍の支配下に置かれ、社会経済は破壊され、日本への復帰後も基地は存続した。

 

沖縄の基層文化は西九州と同じか、より古いと言える。

 

沖縄が基地反対と言えば、本土側と既得権益層からデマ(中国分派などと)と批判、分断が繰り返され支援金も減らされた。

 

 

為政者が一部の人々に犠牲を強いても、日本人は自分に関わらなければ無視する。

この政治意識の低さがやがて我が身を滅ぼす。

 

為政者が自己責任をよく口にするが、これは非正規で貧しくなるのは個人の勝手だと言うのと同じです。

まさに公共の福祉が後退している。

今、国民は分断され、徐々に権利を剥奪されつつある。

 

同じ日本人でさえ分断と差別が可能なら、民族の異なる隣国と宥和など叶うはずもありません。

 

まるで日本は絶望の淵に迷い込んだようです。

 

 

次回に続きます

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 58: オスロ17: 陸軍博物館からフェリー乗船まで


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今回は、アーケシュフース城の横にある陸軍博物館を紹介します。

またコペンハーゲン行きのフェリーの乗船も紹介します。

これでオスロとお別れです。

 

 

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上: アーケシュフース城(右側の城壁)を出た所。

海側を見ている。

通りを隔てた広い敷地(写真左側)に現代美術館や陸軍博物館などがあります。

 

下: この敷地からアーケシュフース城を望む。

 

 

 

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< 3. 陸軍施設 >

 

上: 建物の表側。

手前のコンテナには「国際派遣の為のノルウェー団体」との記載があります。

 

下: 上記写真の建物の右側を通って、振り返った所。

先ほどの裏側を見ている。

私の立っている背中側に陸軍博物館がある。

 

 

 

 

 

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< 4. 陸軍博物館 >

 

世界各地での平和維持活動や派兵の実績を展示。

 

上: この建物の右正面に入り口がある。

左の木の手前の木陰に砲台をこちらに向けた戦車が置いてある。

 

下: これはおそらく中東、ベイルートなど高原に建てられた見張り台のようです。

 

 

 

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< 5. 平和維持活動の展示 1 >

 

上: アフガンの多国籍軍派兵かもしれない。

 

 

ノルウェーは小さい国ながら、20世紀以来、ずっと世界の平和と紛争調停に積極的に関わって来た。

 

以前紹介した探検家ナンセンは初代難民高等弁務官として活躍し、難民の父と呼ばれている。

国連安保理立案者の一人で初代国連事務総長になったのはノルウェーの外務大臣でした(前回紹介したドイツ占領時の亡命政府)。

ノルウェーがノベール平和賞の選定と授与を行っている。

 

ノルウェーは数多くの紛争調停に関わっているが、オスロ合意が最も有名でしょう。

当時絶望的であったイスラエルとアラブとの紛争にあって、突如、光明が射したことを覚えています。

1993年、犬猿の仲であったイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で合意がなった。

残念ながらイスラエルの侵攻で無に帰したが。

この時、クリントン大統領が全面に出ていたが、実はそこに至るお膳立てはノルウェー政府と民間人によってなされていたのです。

またクラスター爆弾の禁止条約の立役者でもあります。

 

北欧のスウェーデンとノルウェーは世界平和への貢献が素晴らしい。

大国が身勝手な戦争をする傍らで、両国の政府、軍、民間NGO、研究機関が世界各地に出て、平和と紛争解決に尽力している。

 

なぜ彼らが我が身を惜しまずにここまでやるのか、おそらく日本人の理解を越えているだろう。

ここ数世紀の小国の悲哀、プロテスタント、スカンジナビアの地政学的な背景が関わっているのか?

ひょっとしたらヴァイキング時代からの世界志向が、そうさせているのかもしれない。

 

 

 

 

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< 6. 平和維持活動の展示 2 >

 

上: ノルウェーは実に多くの地域で活躍している。

 

下: これから乗るフェリーが見える。

荷物をホテルに取りに帰る為に、バス停に行く途中。

 

 

 

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< 7. ホテルに戻る >

 

上: バス停。

もし、この付近に荷物を預ける場所があれば、ホテルに戻らず、このままフェリーに乗ることが出来たのですが。

事前にインターネットで探したが見つからなかった。

フェリー会社に、ターミナルにロッカーが有るかとメールで尋ねたのですが、無いとの返事でした。

 

荷物(スーツケース)の扱いが、旅行の自由度をかなり制限します。

 

下: バスでもう一度中央駅付近に戻り、トラムに乗り換え、ホテルに行きます。

 

 

 

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< 8. フェリーDFDSに乗船 >

 

上: 乗るフェリーが見えます。

同じバス停に戻って来た。

手前にターミナルがあります。

 

下: ターミナルの検札を無事通過して、振り返った所です。

実はターミナルに入った所にロッカーがあったのですが、スーツケースが入るかは不明です。

 

私は係員から、ここで注意を受けました。

それはインターネットでの予約書(印刷物)で通過しようとしたら、発券機でチケットを発券しなさいとのことでした。

私が躊躇していると、今回初めてだから良いが、次回から自分でやりなさいと言い、その場で発券してくれました。

感謝!

 

 

簡単にフェリーを紹介します。

 

当然、初めて乗ったのですが、大変お薦めです。

便利で快適、コストパフォーマンスが良く、景色が良く、さらに夕食も素晴らしい。

オスロ発16:30でコペンハーゲン着翌日の9:45で、一日一便です。

料金は全部で146ユーロ(19600円)です。

 

明細を記します

Transportation Oslo – Copenhagen  0.00 EUR

2-bed inside cabin with bunk beds  88.00 EUR

(部屋の種類が多いが安い方の一部屋の料金。一人で使う)

7 Seas Restaurant 18:00 CET 7 Seas Dinner Buffet incl 1 drink 7 Seas Dinner Buffet incl 1 Drink      43.60 EUR

(ビール一杯付きの夕食料金。オプションから時間などを指定する)

 

Transfer bus: DFDS terminal – Nørreport St. 

Transfer bus: DFDS Terminal – Nørreport station 3.00 EUR

(コペンハーゲンのターミナルから地下鉄駅近くまでの送迎バス料金)

 

Booking Fee   10.00 EUR

Credit card fee 1.51 EUR

 

事前に日本からインターネットで申し込んだのですが、非常に細かくオプションを指定しなけらばならない。

後日予約内容を変更したが無事問題無く、予約は出来ました。

 

オスロとコペンハーゲン間の移動は、他に鉄道と航空機が有りますが、ターミナルがオスロ市街地に近いこと、夜の移動で時間短縮になり、ホテル代込み運賃としては安いのが魅力です。

予想以上に良かったのは食事とオスロ湾とヘルシングボリの海峡の景色でした。

 

フェリー内には、このバイキングのビュフェ以外にレストランが有りますが安くはない。

もっとも、北欧のまともなレストランは私には高いのですが。

 

パンとコーヒーを販売している小さなストアはあります。

もしかしたら、外から弁当を持ち込んでも良いのではないでしょうか。

荷物のチェックはありませんでしたから。

 

 

 

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< 9.ターミナルから船内へ >

 

上: ターミナル側の渡り廊下。

地中海クルーズで利用したMSCのクルーズ船と違って、乗船はあっけないものでした。

検札などの大渋滞はなく、荷物チェックもなく、ターミナル内部も簡素で迷うことは無い。

 

下: 通路から最初に乗船したフロア。

この上の階にインフォメーションがあります。

 

 

 

 

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< 10. 船内 >

 

上: 船室。

何の手続きも必要なく、自分の船室に入ることが出来ます。

ただ清掃の関係か、船内で定められた入室時間まで待つことになりました。

この様子だと早く行く必要はないかもしれない。

もっともチェックイン15:15~16:15で、私が検札を通ったのが14:15でした。

 

私が乗船した時の乗船客は、アジア系やヒスパニックが多く、数人のグループが多かった。

気楽に利用している感じがした。

 

下: インフォメーション。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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平成の哀しみ5: 深まる亀裂 3: なぜ軍備を増強するのか


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隣国はなぜ軍拡に走るのか?

 

 

北朝鮮は建国以来、ソ連援助の下で核開発を行っていた。

ソ連崩壊後、この庇護が無くなり、核兵器こそが米国への抑止力とみなされた。

 

一方、米国はそれまでの宥和策から強硬策に転じ、北朝鮮を悪の枢軸と名指した。

これに呼応するように北朝鮮はミサイル発射と2006年から核実験を繰り返した。

 

この米国の転換は子ブッシュ大統領(2001~2009)と取り巻きのネオコン(新保守主義)による。

彼らは米国の覇権を守るためには武力行使も辞さないとし、対外戦争と軍事費増大を図った。

これは彼らが軍産複合体で収入を得ていたことと、同時多発テロも影響している。

 

 

2無題

 

3無題3

 

 

1980年代、中国経済は躍進を始め、歴史的に貧弱だった海軍力をシーレーン確保の為に増強する。

その後、台湾の領有を巡り米国との間で緊張が生じ、ロシアと協力し欧米を牽制した。

2010年頃から、南シナ海への侵出を強めた。

これは米国の核攻撃と海空軍の中国本土攻撃に対抗する目的で、核ミサイル原潜の深い航路と空軍の滑走路確保と考えられている。

 

現在、中国の軍事力は世界第3位になり、米国海軍艦艇の大半が太平洋に配されている。

 

 

次回、米国の戦争を見ます。

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北欧3ヵ国を訪ねて 57: オスロ16: ノルウェー抵抗運動博物館


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今回は、アーケシュフース城内にあるノルウェー抵抗運動博物館を紹介します。

ここには第二次世界大戦の抵抗運動の様子が展示されています。

小国の悲哀と独立への強い思いが錯綜する中で、希望へと導いた国王の行動が光ります。

 

 

 

 

 

 

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< 2. 博物館と関連映画 >

 

上: ノルウェー抵抗運動博物館の外観。

地下に展示室が広がり、狭いながらも十分に当時の状況を感じることが出来ます。

観光客は少ないが、学生や夫婦の見学者が少なからずいた。

 

左下: 抵抗運動の象徴になったノルウェー王ホーコン7世の肖像画。

 

右下: この抵抗運動が始まった三日間を描いた映画「ヒトラーに屈しなかった国王」のポスターです。

 

映画の主人公はホーコン7世です。

私は偶然、旅行に行く前にこの映画を見ることが出来ました。

これはノルウェー製でハリウッド製のような派手さはないが、当時の緊迫感と揺れる首脳陣の思いが伝わってくる良作でした。

 

 

 

 

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< 3. 展示物 1 >

 

左上: この地図はドイツ軍がノルウェーに侵攻した状況を示しているようです。

 

右下のオスロ湾に一群のドイツ艦隊が侵入しているのが分かります。

当時の政府首脳と国王はオスロにいました。

抵抗のドラマはオスロから始まりました。

 

ドイツ軍は雪が残る1940年4月にノルウェー各地に同時に侵攻した。

ドイツは前年、ポーランドに侵攻を開始し大戦が始まっていた。

破竹の勢いで進軍したドイツ軍は1940年6月にパリを陥落させた。

この5月にはチャーチルが英国首相となり、英国は和平から臨戦体制に転換した。

 

左下: おそらく左がホーコン7世のようです。

 

右で威張っているのが悪名高いクヴィスリング首相でしょう。

ノルウェー軍人の彼はナチスを信奉しており、前年にヒトラーにノルウェー侵攻を要請していた。

実は、彼はナチス主体の「北海帝国」を妄想していた。

いつの世にもこのような人物は出るようです。

彼はドイツ軍侵攻の混乱に乗じ、全権掌握を宣言し、自ら傀儡政権を任じます。

しかし彼はノルウェー首脳と国民からは疎んじられ、ヒトラーを除いてドイツ側も信用していなかった。

彼は戦後、裁判によって銃殺刑に処せられた。

彼の名は今でも「売国奴」と同義語として使用されている。

 

右下: おそらくドイツ軍に占拠されたオスロ港でしょう。

 

 

 

 

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< 4. 映画のシーン 1 >

 

上: 映画は冒頭、闇夜から始まった。

 

それはオスロ湾で最も狭いドレーバク水道にあるオスカシボルグ要塞の守備隊が舞台になります。

この要塞の島をフェリーか眺めることができました。

 

闇夜に乗じてドイツの戦艦が迫って来たので、守備隊長は王宮に判断を仰ごうとするのですが連絡が取れません。

ここで彼は砲撃の命令を独断で下し、戦艦を撃沈します。

(私には出来なかったでしょうが)

 

この彼の行動が国王に逃亡の時間を与え、後の抵抗運動に繋がった。

後に彼は勲章を授与されます。

 

 

下: 右はドイツ公使で左はドイツ将校です。

 

この映画で国王に次いで、心打たれた人物がノルウェー駐在ドイツ公使Curt Bräuerです。

 

映画の舞台は翌日のオスロに移ります。

彼はドイツ軍による支配を極力穏便に済まそうと調整に努めます。

ヒトラーとも直談判し、また侵攻して来たドイツ将校相手に孤軍奮闘します。

しかしホーコン7世はヒトラーから条件(傀儡政権を認める)を呑むことが出来ず、家族と政府首脳と共にオスロを去り列車で北部へ逃亡します。

 

大使の仲介の労は無に帰し、彼は任を解かれソ連への前線に送られ、9年間のソ連での捕虜生活に耐えることになる。

このような身の危険を顧みない他国を思う外交官がいたことに感動した。

 

 

 

 

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< 5. 映画のシーン 2 >

 

上: ホーコン7世と王子、そして政府首脳がドイツ軍の追撃から逃れているシーンです。

 

下: 国王一行を守る兵士は少なく、少年兵も参加している。

 

ホーコン7世は逃亡しながらドイツの降伏要求を拒否し続け、2か月後に国外脱出を果たすることになる。

この時「独立を取り戻すための戦い」の声明を残し、王家、政府と軍の要人500名と共に船で英国に亡命します。

ロンドンで亡命政府を樹立し、連合軍と共に戦うことを宣言し、ノルウェー国内の抵抗運動への指示と支援を続けます。

 

そして国民は一丸となって統率の取れた抵抗をおこなった。

初めは非協力・非暴力で抵抗し、地下に潜伏し、ドイツ軍の劣勢が伝わると武力闘争に切り替えっていった。

 

戦後、国王は帰国を国民の大歓迎で迎えられ、再び独立を取り戻した。

そして現在、世界で一番豊かで幸福な国と言われる。

 

 

 

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< 6. 展示物 2 >

 

ドイツ軍の侵略を模型で示したものです。

 

 

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< 7. 展示物 3 >

 

抵抗運動の主役たちと様々な抵抗の様子が展示されていました。

 

 

 

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< 8.展示物 4 >

 

これはどうやら抵抗運動側によるオスロでの破壊指令のようです。

 

指令書の地名は地図の黄色の破裂マークで、前回紹介したアーケシュフース城に至る道で、右側にオスロ中央駅があります。

指令書の目標名は、ドイツが創設したノルウェー内のナチス党組織です。

日時は終戦の前年の1944年です。

 

 

* 感想

 

この抵抗運動と映画も含めて感想を記します。

 

一番印象深いのは、劇中でのホーコン7世が語る言葉です。

 

彼は「私は国民から選ばれた王だから、もっとも尊重すべきは国民の声である」として、安易にドイツの言いなりなることは出来ないと悩みます。

ドイツに屈服して王家と国民の命を守るべきか、それとも半世紀前にやっと手に入れた独立を守るべきか。

 

実は、彼は1905年のノルウェー独立に伴い、国民投票でデンマークの王子からノルウェー王になっていたのです。

 

一方ドイツ侵攻で政府首脳はうろたえ、王は「君たちは国民から選ばれたのだから、国を率いる責務があるのだ」と諭します。

しかし彼らは答えを出しません。

 

王は象徴的な存在であって、政治に口出すべきでないとホーコン7世

は考えていた。

彼への国民の信頼は絶大で、ノルウェー政府も王の言葉を待ちで、ドイツも彼を条約調印の相手と見做していた。

 

彼は一人悩み「降伏拒否」を宣言することになる。

映画はここに至る3日間を描いている。

 

 

私が北欧に惹かれ、政治社会経済の良さを知りたいと願い、今回の旅にでました。

 

北欧三ヵ国に共通するのは立憲君主制ですが、大いに英国や日本と異なるものがある。

ここ数百年の歴史を見ると、北欧三ヵ国は王家の力が弱く、貴族と対抗させ、国民がまとまるため、国民が王家に国の統率を依頼するようなところがある。

これはヴァイキングが隆盛した社会背景と共通しているように思える。

 

ともかく議会制民主主義が国民と王家の信頼によってより強固になっている。

不思議な国です。

 

抵抗運動が分裂せず、スムーズに行われたのもこの国王への人気の賜物かもしれない。

 

 

実は、この館を退出する時、事務所の男性職員が目を合わせ「ありがとう」と言ってくれた。

 

 

次回に続く。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 56: オスロ 15: アーケシュフース城


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今回は、海岸に面した丘に建つ古城、アーケシュフース城を紹介します。

北欧で訪れた城の中では最も郷愁を誘う佇まいでした。

 

 

 

 

 

 

 

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< 2.散策ルート、上が北 >

 

上: 赤枠が今回紹介する範囲です。

 

下: 赤線が散策ルートで、Sから初めて半時計周りに進みEに戻りました。

 

時間が無く、あまり興味もなかったので城の建物内には入りませんでした。

城の敷地内にあるノルウェー抵抗運動博物館には入りました。

ノルウェーの現代史、第二次世界大戦に関心がある方は参考になると思います。

後に紹介します。

 

散策したのは2018年6月6日の11:00~12:00で、途中、ノルウェー抵抗運動博物館を見ています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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上: 北側のウオータフロントを見ています。

前日、ボートで右側の港に着岸しました。

 

下: この城壁の上の道から港を見下ろしています。

 

 

 

 

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下: 湾奥右手に見える茶色の建物がオスロ市庁舎の一部です。

 

 

 

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左上: 衛兵の少年が観光客に人気で、また可愛い。

右上: 城の西側にある砲台に向かって下ります。

 

下: ほぼオスロ湾の西側を見ています。

 

 

 

 

 

 

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下: この建物が最も重要な城の建物なのでしょう。

撮影している私の後ろ、海側に砲列があります。

 

この城は、1299年に創建され、1527年、火災に遭い大部分が焼失した。

1600年代前半に宮殿として改築され、城壁も造られた。

敵軍に9回も包囲されたが、一度も陥落することはなかった。

現在は公式行事が行われ、王室関連の亡骸が城内に埋葬されている。

 

 

 

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上: 砲列は西側、オスロ湾に向かっています。

 

下: 小さな門をくぐり抜け、砲台を振り返った。

 

 

 

 

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上: 先ほどの門から多くの観光客が出て来た。

 

下: その門の右側、城の建屋を眺める。

 

 

 

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上: ほぼ上記と同じ位置から、これから戻る方向を望む。

 

下: 真直ぐ進み、右に折れると、最初に入って来た場所に戻ります。

 

一部、軍事関連の施設が有り、通れないところがあります。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 55: オスロ 14: 歴史博物館


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< 1. 歴史博物館 >

 

 

今回は、歴史博物館と王宮周辺を紹介します。

それとヴィーゲラン公園を出て上記2ヵ所を巡り、次にアーケシュフース城までの行き方について紹介します。

写真は2018年6月6日、9:00~11:00の撮影です。

 

 

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< 2. 観光ルート、上が北 >

 

上: 左上のヴィーゲラン公園を出て、右下のアーケシュフース城までのルートを示す。

赤線が徒歩、青線が2種類のトラム、黒矢印が歴史博物館、黒枠がアーケシュフース城です。

途中の赤線は王宮前の公園を抜けていく徒歩ルートです。

 

下: アーケシュフース城に行く為に、青線のトラムを下車し、黄色線のルートを歩き、城内に入った。

 

 

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< 3. トラムのFrogner plass駅 >

 

上: 左に折れて行くと王宮の方に行きます。

 

下: 乗るトラムがヴィーゲラン公園の方からやって来ました。

 

オスロのトラムの乗降は一切、切符のチェックがありません。

一度、無賃乗車のチェックで捕まっていた人を見たことがありました。

 

路線12番のトラムを利用し、王宮近くまで行きます。

実はここまで歩かなくとも、ヴィーゲラン公園の正面ゲート前にVigelandsparken駅があり、同じ12番線が利用できました。

下車駅はRuseløkkaです。

 

このような目的地に行く為のバスや地下鉄、トラムのルート選択は、事前に日本でグーグルマップで調べておきました。

非常に役立ちました。

バス停の位置が、少し正確でない時もありましたが、ストリートビューで詳細に調べることで多くは解決しました。

時間はかかりますが。

 

 

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< 4. トラムの様子 >

 

上: トラムのFrogner plass駅の表示。

路線図と路線の駅、時刻表が分かります。

 

下: これは乗ったトラムの車内です。

これは新しい車両ですが、他では古い車両にも乗りました。

 

一つ北欧らしいエピソードを紹介します。

私が中心街のトラムを乗っていた時のことです。

 

停留所でおばあさんが一人乗って来ました。

トラム内には若干空席がありました。

すると二人掛けの椅子で喋っていた二人の女性が、すくっと立ち上がりました。

そのおばあさんは、その二人掛けの椅子に座り、二人の女性は別の補助椅子を起こして座りました。

 

はたで見ていると、大げさな誘いや感謝などは無く、実に自然な行動でした。

 

彼女らは少しでも高齢者には楽に座って欲しいと思ったのでしょう。

日本でこのようなことは起きないでしょう。

 

 

 

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< 5. 王宮周辺 >

 

上: 王宮側から今来た道を見ている。

トラムのRuseløkka駅を降りて、緩い坂道を王宮に向かって歩きます。

 

下: 同じ位置から王宮を見上げる。

 

 

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< 6. 王宮 >

 

上: 王宮。

入りませんでした(夏季のみ、ガイドツアーで見学可)。

この建物は1848年の完成で、銅像は当時のカール・ヨハン王です。

この時期、ノルウェーはスウェーデンの支配下にあり、彼はスウェーデン王でした。

 

観光客と集団の学生の見学者が多かった

 

下: ちょうど反対方向を望む、カール・ヨハン通りがオスロ駅まで一直線に伸びている。

 

 

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< 7. 王宮の公園 >

 

上: 王宮前に広がる公園を抜ける。

振り返った所。

 

下: 鳥がさえずり、落ち着ける所でした。

 

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< 8. 歴史博物館 1 >

 

上: 1階、中世展示室。

木造教会模型の右奥に学生が円陣を敷いています。

この円陣の中央の床にヴァイキングの丸い木造の盾が置かれていました。

彼らはヴァイキングの歴史を学芸員から聞いていたようです。

 

下: ヴァイキング時代の船の風向計らしい。

 

この博物館は4階まであるのですが、工事中(展示の模様替え)の為か展示は少ない。

メインであるはずの中世も含めてヴァイキングの展示も少ない。

これに比べデンマークとスウェーデンの博物館の展示は豊富でした。

 

 

 

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< 9. 他の展示 >

 

左: 1階の同じ中世展示室。

石碑がありましたが、スウェーデンで見たルーン石碑とは異なるものでした。

外形は三角形で赤色、前面には馬などの絵が刻まれ物語を描いているようでした。

これはDynnastoneと呼ばれるもので、聖書のキリスト降誕の場面を描いているらしい。

ヴァイキング時代の終わり、ノルウェーにキリスト教がもたらされた11世紀頃のものです。

 

右: 中国製の工芸品でしょうか。

 

この博物館の展示に、ノルウェーの中世以外に、古代エジプト、世界各地の民族衣装、そして北米とユーラシアの北極圏の民俗展示があります。

北極とその周辺の民俗展示は、日本のアイヌも含めて文化の共通点が見られて面白かった。

 

残念なことは、全体に規模が小さいことです。

 

 

 

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< 10. アーケシュフース城に向かう >

 

上: 国立劇場前からトラムに乗ります。

奥の方に向います。

ここで路線13か19のトラムに乗り、Øvre Slottsgate駅で降ります。

途中停車駅はなし。

 

下: Øvre Slottsgate駅を降りた所。

これから右に折れて進みます。

 

 

 

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< 11. アーケシュフース城の城壁が見えて来た >

 

下: 左の方に入り口の一つがある。

入口は何か所もあり、分かり難い。

城内に入るのに入場料は必要がなかったようです。

建物の中に入るには入場料がいるはずですが、オスロ・パスがあれば無料です。

私は建物中には入らず、城内敷地を巡った。

けっこう古城の雰囲気を楽しむことが出来ます。

 

 

 

 

 

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< 12. いよいよ入場 >

 

上: 城内の地図。

非常に敷地は大きく、私が入念に見て回ったのは地図の上半分で、ノルウェー抵抗運動博物館もあります。

 

下側には美術館やArmed Forces Museum (Norway)があります。

 

ノルウェー抵抗運動博物館とArmed Forces Museum (Norway)に入りました。

この2つではノルウェーの半世紀前の苦しみと、その後の世界平和への貢献がわかります。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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平成の哀しみ1: はじめに


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今年で平成の年号は終わります。

これから日本はどうなるのだろうか?

その兆しは平成にあるはずです。

これから平成を振返り、探って行きます。

 

 

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*2

 

 

平成は1989年から始まったが、何が起きていたのか?

特徴的な事件、経済、政治は・・

 

国内では

  •  大震災が二度起き、大きな原発事故が起きた。
  •  バブル崩壊が三回あった。
  •  汚職事件で自民党、不祥事で官僚への信頼が低下した。
  •  万年野党が二回政権を担った。
  •  経済は長期停滞し日本の地位は低下し続けている。
  •  国も地方も累積赤字が増大している。
  •  右翼的な言動が熱を帯びて来た。
  •  しかし平成の終わりは経済好調で終わるようだ。

 

 

海外、特に欧米について

  •  ソ連が崩壊した。
  •  テロとの戦いが始まった。
  •  米国の覇権、EUの団結に陰りが見え始めた。
  •  中国の経済力と影響力が増している。
  •  右翼政党が勢力を増している。
  •  移民問題と格差拡大で不満が高まっている。
  •  世界は地球温暖化防止で団結するようになった。
  •  一方で世界は国から逃げ出す巨額の金への課税に対処できない。
  •  核兵器と原発への恐れが増した。
  • セクハラ被害の告発運動が起こる。

 

この中の幾つかが未来を決める兆しになるでしょう。

 

 

次回は、身近な変化を拾ってみます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 49: オスロ 8: オスロ湾の渡船


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今回は、オスロ湾の連絡ボートとノーベル平和センターを紹介します。

 

 

 

 

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< 2. オスロ湾の地図、上が北 >

 

赤線は博物館のあるビィグドイ地区から市庁舎前広場まで行くボートのルートです。

二本の黒線は番号4の三枚写真の視界範囲を示します。

茶色の矩形枠は市庁舎前広場を含むウオーターフロントを示します。

赤丸はノーベル平和センターです。

 

 

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< 3. フロム号博物館の横からボートに乗る >

 

フロム号博物館のすぐ横からボートが20~30分おきに出ている。

乗船はオスロパスで無料です。

私が訪問した博物館も同様にすべて無料です。

 

中: フロム号博物館のすぐ裏手にあるアムンゼン隊の像。

 

下: フロム号博物館を後にしてボートは出て行く。

 

 

 

 

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< 4. オスロ湾の眺め >

 

上から北西から南東へと俯瞰している。

 

中: この写真の右側がこれから向かうウオーターフロントです。

 

下: 後に、この写真の右側の島を訪ねてバスで巡ります。

 

 

 

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< 5. ボートからの眺め >

 

上: ボートの舳先から前方を望む。

 

中: 新しい観光スポット、ショッピング、レストラン、美術館などがあるウオーターフロントが迫って来た。

右手に茶色い二つの塔、オスロ市庁舎が見えて来た。

 

下: 後に訪れるアーケシュフース城が見える。

 

 

 

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< 6. ウオーターフロント(テュヴホルメン) >

 

上: 右手に着岸港と市庁舎が見えた。

 

中: 右手の建物はアートギャラリー。

驚くべきは、岸壁で多くの人が水着で日光浴を楽しんでいることです。

 

下: 最近創設された現代アートの美術館。

この写真の右下の海では泳いでいる人が見られる。

 

写真撮影は6月5日の火曜日、13時過ぎです。

つまり、日本では平日の勤務時間です。

陽射しはきついが、私にはけっして泳ぎたくなる気温ではありませんでした。

 

 

 

 

 

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< 7. いよいよ着岸 >

 

下: 市庁舎広場に降りて、東側を望む。

 

 

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< 8. ノーベル平和センターに向かう >

 

上: 市庁舎広場から先ほどのウオーターフロントを望む。

 

中: 後に訪れるオスロ市庁舎。

 

下: これから入るノーベル平和センターの白い建物が見える。

オスロパスで無料入場します。

 

 

 

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< 9. ノーベル平和センター内 >

 

上中: 二枚の写真はHPから借用。

上: 歴代ノーベル平和賞受賞者の顔写真の展示です。

斬新な展示方法です。

 

中: 平和に関するパネル展示で、常設だけでなく企画展も行っている。

建物は2階建てだったがあまり大きくはない。

 

下: 展示最後で、訪問者に問いかけているメッセージです。

実はこの問いかけこそが、このセンターの展示姿勢を示している。

 

「あなたの考えを教えてください」

 

「あなたは人生で何を成し遂げたいですか?」

「あなたは誰を称賛しますか? またその理由は?」

「あなたが持っているもので最も価値のあるものは何ですか?」

 

ここの展示は、単純に戦争は悲惨ですよ、戦争を止めようと訴えてだけではありません。

展示の一つは、現在、身の回りで起きている人間らしさを奪う社会の潮流に気付くべきだと、問題を投げ掛けていました。

その一つに巷に溢れている贅沢志向、名誉欲、金銭欲などがあるとしている。

写真パネルで納得できる展示でした。

 

また子供でも分るように訴えているようでした(詳細は分からないですが)。

 

このような所にも、福祉国家で先頭を行く北欧の意識を見ることが出来る。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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雪の北海道 10: 車窓から見た自然と暮らし


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今回は、車窓から見た北海道の自然と暮らしを紹介します。

今回で、旅行記の連載を終わります。

 

 

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< 2. 今回のバス走行ルート >

 

1日目、1月28日: S新千歳空港から1十勝川温泉

2日目、1月29日: 1十勝川温泉から2阿寒湖温泉

3日目、1月30日: 2阿寒湖温泉から3温根湯温泉

4日目、1月31日: 3温根湯温泉からS新千歳空港

 

写真はほぼすべて撮影順に並んでいます。

ほとんどがバスの車窓からの撮影です。

 

 

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< 3. 1日目 >

 

上: 新千歳空港へ着陸する直前。

中: ノーザンホースパークに向かう。

下: ノーザンホースパーク内の林。

 

 

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< 4.1日目と2日目 >

 

上: 日高山脈を越える。

 

中: 2日目の朝、十勝川温泉近く。

下: 十勝川。

右下の川中に白鳥がいる。

 

 

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< 5. 2日目-2 >

 

上: 十勝平野、幸福駅近くの林。

中: 十勝平野。

酪農家でしょうか、干し草発酵用のサイロ(塔)が見える。

既にこれはほとんど使われておらず、今は干し草をビニールで円筒状にカバーして置いておく方式になっている。

 

下: 十勝平野。

 

 

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< 6. 2日目-3 >

 

十勝平野を行く。

 

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< 7. 2日目-4 >

 

利別川沿いの盆地から、白糠丘陵を抜ける。

 

 

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< 8.2日目-5 >

 

上: 新釧路川。

中: 釧路川。

この二つの川は太平洋に注ぐ。

 

下: 釧路湿原から阿寒湖に向かう。

 

 

 

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< 9. 3日目-1 >

 

上: 阿寒湖近く。

中: 走行中のバスから見かけた鹿とキタキツネ。

下: 立ち寄った硫黄山。

 

 

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< 10. 3日目-2 >

 

硫黄山からトウフツ湖まで。

 

上: この辺りも牧場が多かった。

中: 野上峠を越える。

眼下右には屈斜路湖がに見えるはずですが、雪で判然としません。

眼下左の噴煙は硫黄山でしょう。

 

下: ここはオホーツク海に面した平野部で斜里岳?が見える。

 

 

 

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< 11. 3日目-3 >

 

上: 小清水町を抜ける。

中: 網走港。

遠くに知床山系が見える。

 

下: 網走から北見を通り温根湯に向かう。

 

 

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< 12. 3日目と4日目 >

 

上中: 北見を抜け温根湯に向かう。

 

下: 4日目、温根湯を朝出発。

 

 

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< 13. 4日目-2 >

 

北見国道を進み石北峠を越えて層雲峡に向かう。

 

上: 除雪車が対向車線に見える。

 

 

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< 14. 4日目-3 >

 

層雲峡から上川町に向かう。

 

上: ここは層雲峡で、すぐ下をまだ小さな石狩川が流れている。

晴れていればこの向こうには数々の奇岩が見られるのだが、残念です。

 

下: 上川町辺りに来ると、降雪が凄い。

 

 

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< 15. 4日目-4 >

 

上川町を抜け旭川に向かう。

 

下: これは石狩川だと思うが、これは小樽近くで日本海に注ぐ。

北海道が三つの海に囲まれている。

 

 

 

 

 

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< 16. 4日目-5 >

 

これまで高速道路を走っていたのですが、吹雪の為に一部閉鎖になり、これから一般道路を走ることになる。

 

上: 広い畑の中に点在する家屋(農家らしい)を見ると、道路から家までの道が除雪されておらず、車や人が出入りしている様子が見られない。

それとも朝出勤した後の3時間ほどでここまで積雪があったのだろうか?

これら農家の働き手は出稼ぎをし、残りの人は家屋内で冬季を過ごしているのだろうか?

 

中: 猛吹雪で、すべてが真っ白です。

少し、新千歳空港からのフライト欠航と間に合うかが不安になる。

 

下: 街の家屋を見ていると、箱型で大きくは無く、ベランダが無く、窓が小さく、煙突が見える場合が多い。

これが雪国への対応なのでしょうか。

 

実際に高速道路を離れ、田園地帯や街中を走ってみると、豪雪地帯の人々の暮らしが身近に感じられた。

 

 

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< 17. 4日目-6 >

 

旭川から砂川に向かう。

ここでは高速道路に戻って走っている。

 

これ以降天候は良くなり、ここまでで予定より1時間以上掛かったのですが、飛行場には十分間に合い、欠航も無く無事帰れました。

 

 

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< 18. 4日目-7 >

 

砂川を抜けて札幌に向かう。

 

下: 札幌に入った。

 

*あとがき

今回は、北海道の震災後に設けられた復興割引に便乗して、急遽、極寒の北海道に旅行することにしました。

 

私は寒さに弱いので万全の準備をし、スーツケースにあらゆるものを詰めて旅立ちました。

オーバーズボンやホッカイロまで使わずともマイナス10~0℃の中を楽しむことが出来ました。

これは外出時、風がそれほど酷くなかったかもしれません。

また不思議に体が寒さに適応していることに驚きました。

気を付けるべきは、ホテルなどが暖かすぎることです。

重ね着で防寒対策をしないと、汗をかいて困ることになります。

 

このツアーには費用のかかるアクティビティや入場が付いていなかったのですが、主要な観光ポイントと車窓からの景色を見ることが出来た。

天候では、ホワイトアウトに近い吹雪を体験し、また素晴らしい快晴に恵まれた。

1月末は流氷が着岸しないことがあり観光時期としては良くなかったのですが、幸運に恵まれた。

快晴の下で摩周湖ブルーや白鳥にも会えた。

十勝川温泉や阿寒湖では、朝や夜の時間を使ってアクティビティ、イベント、散策を楽しむことが出来た。

 

猛吹雪の旭川を抜ける時、北欧の冬とヴァイキングの暮らしを連想することも出来た。

 

ほんとに旅して良かったと思います。

 

 

これで北海道旅行の連載を終わります。

お読み頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

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雪の北海道 9: 他の観光と楽しみ


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今回は、これまでの紹介で洩れた観光や楽しみを紹介します。

北海道ならではのショッピング、昼食、また雪国ならではのアクティビティ、夜のイベントなどです。

 

 

 

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< 2. 新千歳空港での食事 >

 

行きと帰りの待ち時間、ターミナルビル3階の「郷土料理ユック」で昼食と夕食を2回とりました。

今回の旅行では、この店の食事が最も北海道らしく、かつ手頃な値段で味わえました。

お薦めです。

 

 

 

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上: 新千歳空港近くのノーザンホースパーク。

写真はスノーラフティングを待つ人々です。

これは雪の林の中をスノーモービルで牽引するゴームボートに乗るアクティビティです。

一番人気で、多くは東アジアからの人のようでした。

 

ここは馬と遊べる牧場で、少ないが冬でも楽しめるアクティビティはあります。

ちょうど新雪が積もり、さらに降り続けていました。

私は初めて馬ぞりに乗りました。

スローですが、少しロマンチックな気分に浸りました。

 

 

下: 十勝川温泉のイベント、彩凛華(さいりんか)。

雪が積もった公園で、夜になると数多くの照明が様々に光ります。

寒いが、雪が降る中で幻想的な体験が出来ました。

ホテルから無料のシャトルバスが往復1回出ました。

 

 

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< 4. 彩凛華 >

 

下: この無数の三角錐の照明が音楽に合わせて様々に色を変えて光ます。

 

 

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上: 帯広にある幸福駅。

既に廃線になっているが、駅舎と電車が保存されいた。

この時、かなり吹雪いており、まさに雪国の趣がありました。

45年ほど前、ここで当時大人気の「愛国から幸福行き」の切符を買いました。

 

下: 釧路フィッシャーマンズワーフMOO。

町の中心部、釧路川沿いにある大きな商業施設で、1階は主に売店、2・3階はレストランです。

 

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< 6. 釧路フィッシャーマンズワーフMOO >

 

上: 1階。

下: 2階の「陸の屋台」です。

私はここで昼食を食べました。

雰囲気があり、数多くの屋台風の店とメニューが豊富で、北海道らしいものがあり、値段も手頃で楽しめます。

サラーリマンが昼食で常連にしている店もありました。

 

 

 

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< 7.網走刑務所 >

 

高倉健さんの映画を思い出します。

正に雪の厳しい刑務所暮らし、映画のワンシーンを思わせる。

 

 

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上: 上川町にある「北の森ガーデン」の熊牧場。

ここには休憩と土産のショッピングで寄りました。

幾つかの娯楽施設があり、その一つの熊牧場に行きました。

熊が餌を催促するので、皆さん買ってはあげていました。

 

下: 砂川ハイウェイオアシス。

昼食とショッピングに寄りました。

ショッピングフロアは大きい。

 

 

 

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< 9. 恵庭にある「えこりん村」 >

 

最後に寄った牧場です。

花壇やレストランがあり、家畜もおり、牧場らしい体験が出来るようです。

しかし、雪の季節は楽しめるものが限られるようです。

 

 

*温泉とホテルについて

この旅行では取り立てて紹介すべきものはないのですが、少し情報を提供します。

 

一泊目: 十勝川国際ホテル筒井

街からは離れた一軒のホテルで、造りは古い。

温泉は十勝川温泉特有の珍しいモール湯で茶褐色です。

景色は良くないが露天風呂も楽しめます。

 

二泊目: ホテル阿寒湖荘

温泉街の端にあるが、ボッケなどの遊歩道に近いのが良い。

大きいが、ここも造りは古い。

造りの良い露天風呂はあるが、眺めはいまいち。

 

三泊目: 温根湯ホテル、四季平安の館

一軒のホテルで大きいが造りは古い。

温泉は数種類の浴槽があり楽しめるが、露天風呂の眺めは良くない。

朝食バイキングが良かった。

 

これらホテルは特に欠点があるわけではないが、良いと言える所も少ない。

三ヵ所の泉質が異なるので温泉を楽しみ、十勝川温泉と阿寒湖温泉ではかつての北海道旅行を懐かしむことが出来た。

残念なのは、食事は安いせいか北海道の食材が豊富と言うわけではなかった。

 

それでも三泊四日で雪の北海道を効率よく堪能出来た。

 

 

次回は車窓からの北海道の自然を紹介し、この連載を終える予定です。

 

 

 

 

 

 

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雪の北海道 8: 濤沸湖(トウフツコ)の白鳥


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今回は、白鳥を紹介します。

天気が良かったので、絵のような光景に出会えた。

 

 

 

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< 2.濤沸湖の地図と白鳥公園 >

 

上: 上が北、赤丸が撮影地点の白鳥公園。

濤沸湖は自然が残っており、湖全体で白鳥だけでなく幾多の動物を見ることが出来る。

この白鳥公園は国道沿いにあり、駐車場やトイレ、展示館があり、便利な所です。

今は餌付けされていたないためか、訪門時、白鳥は視界の範囲で数十羽ぐらいだった。

バスの車窓から見た限り、むしろ隣りの西隣の藻琴湖に多くの白鳥がいた。

 

結氷が進むと白鳥は別の場所に行ってしまうそうです。

2019年2月7日のスタッフブログによると、白鳥公園にオオハクチョウが120羽いたそうです。

氷などの状況で、日によって数は変動します。

 

 

 

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< 4.鳥と狐 >

 

上: 右に白鳥、中央奥にキタキツネ、左にカモ?が見えます。

狐は氷上を歩いています。

 

下: そのキタキツネを拡大した。

 

 

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< 5. 濤沸湖と海別岳? >

 

 

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< 6. 南側を遠望 >

 

写真1~5、7、8はすべて東側を撮影したものですが、この二枚だけ南側を撮影。

下の写真は拡大したもので、氷が溶けている所に多くの白鳥が集まっていた。

 

 

 

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< 8. 氷 >

 

このデコボコのある氷は、実はオホーツク海からやって来たのです。

私達が訪れた前日の29日が流氷接岸初日で、これら氷はすぐ近くの河口から流れ込んだものです。

 

目の前にある氷はオホーツク海を北から1000km以上旅してやって来たのです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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雪の北海道 7: 阿寒湖を楽しむ


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今回は、阿寒湖の温泉街、アイヌ文化、氷上のイベントを紹介します。

これらは1月29日の夕刻から翌朝までのことでした。

 

 

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< 2. 阿寒湖の地図 >

 

左下の茶色の楕円枠がホテル、赤線が既に紹介した朝の散策ルートです。

今回紹介するのは、散策した温泉街の黒線と、氷上のイベント会場(紺色楕円枠)への徒歩ルートのピンク線です。

黒線の右端の赤い矢印に阿寒湖アイヌシアター「イコロ」があり、ここでアイヌ民族舞踊を見ました。

その手前がアイヌコタン(集落、土産物街)です。

オレンジ線は私達が乗った氷上のスノーモービルのコースです。

 

 

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< 3. 夕刻の阿寒湖氷上 >

 

氷上に出たのは16時過ぎから17時まででした。

日没は16時30分でした。

厚い雲が空を覆い、細かい雪が冷たい風に乗って湖上に吹き付けられていました。

 

上: 撮影場所は既に氷上で、湖の中央部を望む。

奥にイベント会場が見えている。

 

中央: 氷上を進んでいくとホテルの前辺りの氷上にフクロウの雪像が見えた。

 

下: このテントはすべてワカサギ釣り用のテントです。

既に釣り人はいないようです。

 

 

 

 

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< 4. イベント会場 >

 

上: イワナ釣りのテント内。

敷かれたコンパネの両側に数個の穴が並んでいます。

この場所はすべて有料で貸し出されています。

 

中央: 右側の小屋がイワナ釣りのレンタルを行っている。

良く釣る人は1日に3桁釣るそうです。

 

左側の小屋で、私はスノーモービルを申し込みました。

生まれて初めて乗りました。

妻と二人乗りで往復2kmを行きました。

湖上中央に向かって1kmも進むと、夕暮れと雪混じりで端が見えず少し不安になりました。

またスピードを出していると顔に雪が当たり視界が悪くなり必死でした。

久しぶりにスリルと爽快感を味わいました。

 

時間が遅いからでしょうが、スノーモービル客は数組で、私以外は中国系の人だったようです。

 

 

下: 帰路に着いて、湖に面したホテル街を撮影。

 

 

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< 5. 温泉街を散策 >

 

19:30頃からホテルを出て、温泉街を歩き、アイヌコタンの通りまで行きました。

さすがに雪が横殴り吹き付ける状況でしたので、人出は数えるほどでした。

ここでも家族やグループで歩いていたのは中国系の観光客でした。

 

 

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< 6. アイヌコタン >

 

上: この坂道がアイヌコタンで、両側にアイヌ民族の民芸品や物産の店が20数軒並んでいます(下側から撮影)。

この坂を上って右側にアイヌシアター「イコロ」があり、20:30から古式舞踊を見る予定です。

 

彫刻などの民芸品の店はまだ数軒開いていました。

45年前の学生時代にこの通りに来て、当時ブームだった熊の彫り物を一生懸命、品定めして買った記憶があります。

私は懐かしくて一軒の彫刻店に入りました。

店内に陳列されている彫り物の作風は依然とガラリと変わっていた。

厳しい自然をイメージさせる鮭をくわえた熊は消え、親しみのあるソフトな感じの彫り物、特に小さなものが多かった。

ここの店主と、土産品の彫り物の変遷などについて話しました。

日本中に熊の彫り物は行きわたり、売れなくなって久しいが、今は海外の観光客が買ってくれるそうです。

観光客は冬、1月こそ少ないが、5~10月には多く来てくれて、彫り物師の仕事はあるようです。

 

結局は何も買わずに出てきました。

 

この坂の上の左側に小さなアイヌ生活記念館があり、入りました。

無人で寄付をして入場します。

一応簡単なアイヌ民族の風俗がわかるようになっています。

 

 

下: アイヌシアター「イコロ」の古式舞踊。HPから借用。

 

1月の上演は日に1回、30分ですが、歌と踊り、簡単な祭祀を見ることが出来ます。

無料バスが温泉街のホテルとアイヌシアター「イコロ」間を行き来しています。

繁忙期は日に4~5回、さらに「イオマンての火まつり」の公演も夜1回あります。

 

貴重な先住民族の文化を知ることが出来ました。

 

 

 

 

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< 7. 朝、氷上を歩く 1 >

 

一夜明けると快晴でした。

新雪が綺麗に辺り一面を覆っていました。

散策したの7:30から30分ほどでした。

日の出は6:43でした。

 

既にイベント会場の開店準備が進んでいました。

中央の写真の奥にスノーモービルが並んでいます。

 

 

 

 

 

 

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< 8. イベント会場 >

 

上: ワカサギ釣りのテント。

小さい方が一日貸し出し用のようです。

 

下: 右手が湖の中央側で、赤いネットの右側でスノーモービルを走らせます。

この快晴の下で、走れたら良かったのですが。

 

 

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< 9. ホテル街側を望む >

 

上: 雪上車が雪煙を上げて除雪している。

このような重機が氷上を行き来きするのですから驚きです。

 

下: 中央に雄阿寒岳、右手に阿寒湖荘が見えます。

 

 

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< 10. 氷上からホテルへ戻る >

 

上: 阿寒湖荘から氷上に出るには、氷が融解している所を避け、赤いネットで挟まれた左側の通路を通ります。

ちょうど私達がこの通路を帰りかけていると、後から除雪車が追って来ました。

ふっと足元を見ると、雪が少なく氷が露出している部分が目に入りました。

それを撮影したのが下の写真です。

どうやらこれがフロストフラワーのようです。

氷上に小さな花のような結晶群が見えます。

ここは通路なので、潰れているところもありますが。

 

じっくり写真を撮ることが出来ませんでしたが、こんなに簡単に出会えるたのは幸運でした。

このフロストフラワーを見るためには、雪の積もっていない凍った湖面が最低の条件なのです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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雪の北海道 6: 澄み渡る摩周湖


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*1

 

 

今回は、予想以上の美しさを見せてくれた摩周湖を紹介します。

最高の舞台が待っていました。

 

 

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< 2.摩周湖周辺の地図、上が北 >

 

上: 赤四角は摩周湖の展望台、赤い線は阿寒湖から摩周湖までのバスのルート。

摩周湖の上(北側)には、知床に連なる斜里岳があり、さらに北にはオホーツク海がある。

 

下: 摩周湖はカルデラ湖で、周囲を標高約600mの壁で囲まれ、その右(東側)に摩周岳(標高857m)がある。

摩周湖の左(西側)に白い円環状のものが見えるが、これが硫黄山(アトサヌプリ)です。

 

 

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< 3. 摩周岳が見え始めた、車窓より >

 

中央に摩周湖のカルデラ壁の外周が見える。

 

 

 

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< 4. 摩周湖の第一展望台 >

 

下: この展望台には展望デッキが2ヵ所あり奥に1ヵ所が見え、手前側の下には売店がある。

路面は凍っているのでスリップに注意してください。

 

 

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*5

 

この日は霧、雲、風一つない、素晴らしい天気でした。

今回、初めてこの「摩周ブルー」を堪能することが出来た。

私が訪れたのはこれで三回目だが、夏と秋の2回とも霧の摩周湖だった。

このブルーは世界で2番目の透明度と、急激に深くなっていることから生じるらしい。

 

 

 

 

 

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*6

 

上: 湖中央に小さな島が見えるが、これは溶岩ドームの頂上部分が見えている。

 

下: カルデラ壁が如何に急峻かがわかる。

 

 

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< 7. 摩周岳 >

 

摩周岳はアイヌ語で神の山(カムイヌプリ)です。

 

 

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*8

 

 

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< 9.展望台から外側を望む >

 

上: ほぼ南側、見えないがこの先は釧路になる。

 

中: ほぼ西側、雄阿寒岳がそそり立つ、あの向こうに阿寒湖がある。

 

下: 西北、中央にお椀を伏せたような白く小さな山が見える、これが硫黄山でしょう。

後に観光します。

 

 

 

次回に続きます。

 

 

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雪の北海道 5: 釧路湿原と鶴


 

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今回は、楽しみにしていた雪の中の丹頂鶴を紹介します。

少し吹雪いていましたが、数十羽の丹頂鶴を見ることが出来ました。

 

 

 

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< 2. 釧路湿原と鶴居村の地図、上が北 >

 

緑の枠がおおよその釧路湿原の範囲で非常に大きく、また釧路市の街に近い。

赤丸が、湿原を見る為に訪れた北斗展望台です。

黒丸が、丹頂鶴を見る為に訪れた鶴居村です。

 

 

 

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< 3. 釧路湿原と展望台 >

 

ここからの眺めでは湿原の様子はわかりませんでした。

また雪を被っていることもあり、何処が川かもわかりません。

しかし広いということを実感しました。

 

 

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< 4. 鶴居村 >

 

北海道にはいくつか丹頂鶴を見れるところがありますが、ここは釧路湿原の一角で、阿寒湖への途中にあります。

丹頂鶴は渡り鳥で、ここでは11月頃から3月頃まで約200羽が飛来して来るそうです。

鶴がここにやって来るのは、個人で長らく給餌活動をしていた方がおられたからです。

 

ここを訪れたのは2019年1月29日、14時から半時間ほどでした。

ここに来ると生憎、横殴りの細かい雪になっていた、少し小降りになる時もあったが。

 

鶴の撮影は近くに寄れないので、望遠が使えると良いです。

 

 

 

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*5

 

 

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*6

 

川に居る丹頂鶴なども見たかったのですが、見学場所も時間も限られていました。

 

 

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*7

 

 

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*8

 

 

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*9

 

 

 

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*10

 

鶴見台の前の道からこれから行く阿寒湖の方を望む。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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雪の北海道 4: 網走の流氷


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*1

 

今回は、網走や知床の海を覆い尽くす流氷を紹介します。

今年は流氷の着岸が早く、天気も良好で、最高の眺めを楽しめました。

 

 

 

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< 2. 網走の地図、上が北 >

 

上: 赤丸が天都山、右に突き出した半島が知床、白い矢印がオホーツク海の流氷。

 

下: 赤丸が天都山、天都山の右上方に網走、右側下にトウフツ湖、天都山の左側に網走湖、熊取湖が広がる。

オホーツク海の海外線とトウフツ湖に挟まれるように釧網本線と国道244号線が走っている。

 

 

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< 3. 国道244号線から 1 >

 

上: 無人駅「北浜駅」越しに流氷。

 

下: 藻琴湖の河口に見えるのは閉じ込められた流氷か?

実は、濤沸湖(トウフツ)よりも藻琴湖の方に多くの白鳥がいました。

 

 

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< 4. 国道244号線から 2 >

 

上: 網走の漁港の一つに流氷が閉じ込められていた。

 

下: 天都山展望台。

立派な建物で、オホーツク流氷館(有料)や売店、休憩所があり、屋上が展望台です。

 

 

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< 5. 展望台からの眺め 1 >

 

上: 屋上から東側を望む。

手前から網走、トウフツ湖、知床連山が見えます。

左側にオホーツク海から流れて来た流氷が見えます。

今年の流氷は例年より2週間も早く海岸に着岸したのですが、風の影響で数日前に流氷は少し沖に戻ってしまった。

 

下: 屋上から西側を望む。

右手に蛇行する網走川と網走の町、左手に網走湖、その奥に熊取湖が見える。

この二つの湖は完全に結氷し、その上に雪が積もっている。

 

 

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< 6. 展望台からの眺め 2 >

 

上: 中央に見える山は知床半島の根元にある海別岳(標高1419)でしょうか。

 

下: 知床半島が見えます。

右から二つのピークは遠音別岳(標高1330)や羅臼岳(標高1661)でしょうか。

 

 

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< 7. 展望台からの眺め 3 >

 

上: 知床半島を拡大。

 

下: 斜里岳(標高1547)が見える。

この山も摩周湖辺りまで延びる知床連山の一つです。

 

 

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< 8. 展望台からの眺め 4 >

 

上: 中央に網走川河口の漁港にある帽子岩が見える。

 

 

 

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< 9. 展望台からの眺め 5 >

 

流氷を拡大。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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雪の北海道 3: 阿寒湖の新雪を踏みしめて


 

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今回は、阿寒湖岸の雪に埋もれた散策道を紹介します。

日の出後、前日の吹雪が嘘のような快晴の中を歩きました。

辺り一面を包み込んだ新雪が、朝陽に白く輝いていました。

 

 

 

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< 2. 阿寒湖、上が北 >

 

上: 阿寒湖下側の赤線が散策ルート。

 

下: 阿寒湖温泉街を拡大。

赤線が散策ルートで、黄色丸がホテル。

このルートは「湖のこみち」の一部で、ホテル阿寒湖荘の裏側から弁慶の足湯を経て、ボッケに行くことが出来、さらにこの半島を一周することが出来ます。

散策したのは2019年1月30日、8:00から往復40分ぐらいでした。

 

 

 

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*3

 

上: 湖岸から阿寒湖荘と「湖のこみち」の半島を望む。

左側は全面結氷した湖面。

阿寒湖荘の前は温泉が湧きだしている為、一部氷が溶けています。

 

下: いよいよ「湖のこみち」に入ります。

この数日の間に、雪道は幾らか踏みしめられており、歩くと雪面から20~30cm沈む込むが、ブーツを履いていればブーツに雪が入ることもなく歩けた。

但し、歩くのに時間はかかる。

私はかつて秋の頃ボッケまでこの道を歩いたことがあるので、もう一度行こうとした。

ボッケとは、高温の泥土がガス共に噴き出し、煮え立つ池のように見える所です。

 

 

 

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上: 半島側から温泉が阿寒湖に注ぎ、氷が解けている。

この右側に弁慶の足湯がある。

 

左下: 温泉が湖に流れて込む小川。

 

右下: この小川の両サイドをよく見ると、白い小さな花が群生しているように見えます。

雪か氷の結晶が成長したもののようです。

これが「フロストフラワー」と呼ばれるものかはわかりませんが。

 

 

 

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上: 阿寒湖の氷上に一面に積もった雪を望む。

朝陽が昇って来ると、湖上に急に霧が立ち込め、見る間に層を成して覆い尽くした。

さらに陽が昇るにつれ霧は消えてゆき、この散策の間に完全に無くなった。

 

 

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下: やっと雄阿寒岳が見えるところまで来れた。

 

さらにボッケまで行こうとしたのですが、これより先は雪が踏み固められておらず、行くのを断念し戻ることにした。

 

 

 

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爽快な朝の散策でした。

 

北海道旅行3日目の朝、体も連日のマイナス気温に慣れて、この日のマイナス18℃も苦にはならなかった。

風が無かったことと、防寒対策をしたからなのですが。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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雪の北海道 2: 千変万化する冬の空


 

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今回は、北海道の冬の空を紹介します。

4日間で、しんしんと降る雪に始まり、吹雪と快晴が目まぐるしく変わった。

時間を追って、急変する厳しい自然を感じて頂きます。

 

 

 

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上: 1月29日、9時45分、車窓より。

十勝平野、利別川?の橋を通過中。

遠くの山並みは大雪山のある石狩山系だろう。

28日中と29日の朝までは雪が降り続けていたが、この頃には雪が止んだ。

 

下: 1月29日、9時59分、車窓より。

北上するうちに空が少し晴れて来た。

 

 

 

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上: 1月29日、11時57分、車窓より。

釧路の中心部に来る頃には、また分厚い雪雲が空を覆った。

 

下: 1月29日、13時47分、降車して。

釧路湿原に入る頃には、また青空がのぞき始めた。

 

 

 

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上: 1月29日、15時02分、車窓より。

釧路湿原を北に抜け、阿寒湖に近づいた。

 

下: 1月29日、20時頃。

夕食後、阿寒湖の温泉街にあるアイヌコタン通りを散策。

夜になると雪が激しく降って来た。

 

 

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200メートルほど異なる阿寒湖の氷上から同じ方向を撮影。

 

上: 1月29日、16時23分。

細かい雪が吹き付けていた。

 

下: 1月30日、7時46分。

朝は完全な快晴になり、ほぼ風も治まっていた。

しかし日の出前の6時にはマイナス18℃になっていた。

これが今回の旅行での最低気温でした。

 

 

 

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1月30日、10時51分。

摩周湖展望台より、摩周湖の反対側に見える雄阿寒岳を望む。

 

 

 

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上: 1月30日、12時27分、車窓より。

摩周湖からトウフツ湖への北上途中の右側に見えた斜里岳?と知床山系。

この日は1日中快晴に恵まれ、素晴らしい景観を楽しめた。

 

下: 1月30日、13時14分、車窓より。

網走港に近い国道244号線を北上する。

オホーツク海がまじかに見えた。

 

 

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上: 1月30日、16時12分、降車して。

ここは網走から温根湯に向かう途中の北見辺り。

北海道の日暮れは早い。

 

下: 1月31日、6時23分、温根湯のホテルの部屋から。

日の出前の町の様子、ここには温泉街が無い。

日の出は6時45分。

 

 

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上: 1月31日、9時17分、車窓から。

吹雪の石北峠付近を走行中。

 

下: 1月31日、12時31分、車窓から。

層雲峡を抜け、旭川も過ぎて札幌に向かって南下中。

 

旭川が最も吹雪いた為、高速道路は一部区間が閉鎖となり、一般道を走った。

この区間を過ぎると吹雪がましになり、また開通している高速道路を走行した。

積雪や吹雪きの道を車で移動するのは、簡単に1時間や2時間遅れになる。

スリップによる渋滞、視界不良や凍結による低速走行などが起こる。

 

 

 

 

 

 

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*10

 

砂川を通り、南下を続け、もうすぐ札幌に近くなる。

 

上: 1月31日、14時28分、車窓から。

また吹雪になる。

 

下: 1月31日、14時35分、車窓から。

数分の違いで吹雪から晴れ間へと変わった。

 

旭川から札幌間は日本海に近く、大陸の寒気団の影響を受け易いようです。

今回の旅行では、釧路で太平洋、網走でオホーツク海を見て、この区間では日本海の影響を感じることが出来た。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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雪の北海道 1: 雪の中にこそ輝くものがある


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< 1. 暮れなずむ雪原 >

 

 

これから北海道旅行を数回に分けて紹介します。

訪れたのは2019年1月28日から4日間でした。

様々な冬の景色や体験を堪能して来ました。

 

 

 

2map

< 2.北海道の旅行ルート、上が北 >

 

ツアー会社の観光バスで地図の青線を巡って来ました。

新千歳空港を起点にして半時計周りで巡りました。

 

この旅行の目玉の一つは十勝川温泉、阿寒湖温泉、温根湯温泉での宿泊です。

また雪や氷に包まれた大地や湖や海、特に丹頂鶴や白鳥などの動物、阿寒湖や摩周湖などの湖、硫黄山や雄阿寒岳などの山、オホーツク海の流氷を見ることです。

他に、夜の雪上のイベントや氷上のイベント、アイヌの民俗舞踊なども楽しみました。

 

予想外に素晴らしかったのは新雪の山野、紺碧の空を映す湖面、猛吹雪の峠越えなど、冬の千変万化を直に体験出来たことです。

マイナス15℃の朝、阿寒湖の氷上を歩き、また林間の新雪を歩きました。

 

 

 

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< 3. 十勝平野からの日高山脈 >

 

車窓から撮影。

 

 

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< 4. 丹頂鶴 >

 

釧路の鶴居村で撮影。

 

 

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< 5. 阿寒湖 >

 

日の出直後の林間から凍った阿寒湖を撮影。

 

 

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< 6.摩周湖 >

 

展望台から撮影。

 

 

 

 

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< 7. 白鳥 >

 

濤沸湖(トウフツ)で撮影。

 

 

 

 

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< 8.知床と流氷 >

 

天都山の展望台から撮影。

眼下に網走、そして迫る流氷、その向こうに知床山系が見える。

 

 

 

 

 

 

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< 9.早朝の温泉地 >

 

温根湯温泉のホテルの窓から撮影。

月が印象的でした。

 

 

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< 10. 吹雪 >

 

温根湯から層雲峡に抜ける途中にある石北峠付近で吹雪になった。

かすむ太陽、水墨画の趣がある。

車窓から撮影。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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