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何か変ですよ! 61: よくあるタカ派礼賛


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今回は、経済学者の惜しい勘違いを御紹介します。

共著「世界経済の勝者と敗者」での浜田先生のお言葉です。

なんとゲーム理論を使ってタカ派こそが中国を制すると説いています。

 

 

浜田先生のお言葉

この本の最後に、『コラム 中国編: 「ゲーム理論」から考える中国との向き合い方』があります。(216~219頁)

 

僭越ながら抜粋要約します。

 

危なっかしい中国と付き合うには、囚人のジレンマ(ゲーム理論の一つ、注釈1)によるコンピューターシュミレーションの結果(注釈2)を援用することです。

つまり「しっぺ返し戦略」が最良なのです。

これは最初は相手を信頼して協力しあうのだが、相手が裏切って敵対してきたら、確実にやり返す戦略です。

この点、タカ派の安部首相が最適です。

 

またニクソン大統領は電撃的に中国と和解した。

さらにレーガン大統領も冷戦を終結させた。

この二人もタカ派(共和党)でした。

 

私はこれを読んで、やはり安部首相の側近になる人は凄いなと感心した。

しかし、著名な先生の発言だけに悪影響が大きいので、少し誤解を解きたいと思います。

 

 

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「しっぺ返し戦略」引用のおもしろさ

これは動物行動がどうして進化したかを知るには面白いテーマで、かつ有名です。

しかし知ったかぶりの都合の良い御説はいただけません。

 

この手の実験は、コンピューター上の行動が実際の個人や社会と異なり、相手の行動を予測したり学習出来るのか、また協力した時の利益と裏切られた時の不利益の配分が問題になります。

例えば、不利益は単に利益が減るだけなのか、極論すれば1回でも裏切られれば死を意味するかなどです。

とりあえず、一国の外交戦略に即使えるものではありません。

 

しかし、この手の多くの実験や理論から動物や人間行動(利他行動、同胞愛)の進化などがある程度説明出来ることも事実です。

 

ここでは長谷川寿一著「進化と人間行動」(2000年刊)から、この「しっぺ返し戦略」の解説を一部引用します。

 

「しっぺ返し戦略」は、「上品さ」(何はともあれ初回は協力する)、「短気さ」(やられたらすかさずやりかえす)、「寛容さ」(古い過去にとらわれず、相手が協力に出たら、すぐに協力する)、「わかりやすさ」(単純である)という特徴を備えています。

人間社会でも、これらのキャラクターを兼ね備えていれば、つきあう相手として皆に好かれるでしょう。

「しっぺ返し戦略」に限らず、上位を占めたコンピュータープログラムの特徴は、基本的に「協力」的な(少なくとも初回は「協力」から入る)ものでした。

 

・・・

これらの研究から得られたメッセージは、互いに何度もつき合いを続けていくような関係においては、協力行動は遺伝的に進化し得るということです。

つまり、社会生活を送るのが常であるような動物には、「他個体によくする」という行動が進化し、それを引き起こすような心理メカニズムが存在するだろうということです。

 

素人の浜田先生と専門の長谷川先生の違いはどうでしょうか?

まったく正反対の解釈に思えます。

おそらく、浜田先生は右翼の心性をお持ちか、その手の解釈を教条的に受け入れているだけなのでしょう。

この手の人は、どうしても強い者や力で抑えること、未知の者を敵視する傾向が強い。

この人に悪意は無く、軽い気持ちで都合の良い引用しただけなのだろう。

 

 

多くの研究(注釈3)では、動物の進化と共にタカ派的な行動(裏切りや攻撃が主な行動)を緩和するハト派的な行動(思いやりや協力が主な行動)が発展して来たことが知られています。

単純に言えば、タカ派的な行動が社会を覆ってしまえば、その成員は生命の危機を招き、社会は利益を減らし、発展出来なくなります。

 

私が驚いたのは、本の最後に安部さんを讃えるために、このテーマを取り上げていることでした。

経済学は財の数量を扱うものであり、財を扱う人々の心理を扱うのは苦手だと思うが、これはお粗末な人間理解です。

実は、経済を動かし、バブルを生み出しているのは合理的でないアニマルスピリットなのです。

これを扱えてこそ、浜田先生は本当の経済の指南役になれるでしょう。

是非とも精進して欲しいものです。

 

 

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事実は奇なり

浜田先生の御説は危なっかしいが、本来、この手の研究(注釈3)は私達に社会や人間への正しい理解を与えてくれています。

 

数多くの中から二つ重要な知見を紹介します。

 

動物は弱肉強食の世界だと一般に強く信じられていますが、儀式的な闘争(儀闘)が進化し、無駄な争いを防いでいます。

よく知られているように、鮎やライオンなどは同種の相手が縄張りに侵入した時、徹底的に殺し合うことをしません。

基本的に威嚇で始まり、優劣が決まればそこで止めます。

それ以上に進むこともありますが。

詳しくは「心の起源 連載8」に説明があります。

残念ながら、チンパンジーや人類の方が弱肉強食(残酷)になる場合があります。

 

社会心理学にトラッキング・ゲームがあります。

これは競争(脅迫)と協力(譲歩)のどちらが社会全体に利益をもたらすかを教えてくれています。

 

 

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< 4. トラッキング・ゲームの図 >

 

この社会実験は二人がA社とB社に別れ、自社のトラックで自社の出発点から目的地へ、多くの荷物を運ぶのが目的です。

曲線の道は時間がかかり過ぎるので、真ん中の直線道路を使うと早く運べるのですが、相手のトラックの通行をコントロールゲートで止めることが出来ます。

但し、相談は出来ません。

 

多くの実験をした結果、二つのゲートが無い場合は、直線道路の前で譲り合う人がいると、共に多くの荷物を運べました。

しかし、ゲートを設けた途端に二人の運べる荷物の総量は極端に減りました。

 

つまり、互いに相手の足を引っ張り合いを始め、激化し自滅したのです。

これは、如何に「競争関係」より「信頼関係」を築くことの方が得策かを示し、人は「脅迫(軍備)」の力を持つと簡単に自滅してしまうことを教えてくれています。

 

 

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浜田先生の歴史観のおもしろさ

彼はニクソン大統領とレーガン大統領の功績を讃えていました。

確かに、否定は出来ないが、単純で一方的過ぎます。

つまり、相手の存在と歴史の流れをあまりにも無視し、ここでも我田引水なのです。

 

冷戦終結は、レーガン大統領の功績だと喧伝されているのは事実です。

しかし、少し考えれば疑問が湧くはずです。

 

レーガンが大統領になったのは1981年でした。

一方、ゴルバチョフの書記長は就任こそ1985年でしたが、1978年頃から中央で改革を主導し頭角を現していた。

また彼は書記長就任の年、外相にシェワルナゼを抜擢していた。

 

そして1987年、大統領と書記長が「中距離核戦力全廃条約」に調印し、冷戦が終息に向かった。

大統領の圧力(スターウォーズ)と言うより、既にソ連内部に変革の兆しがあり、書記長と外相の融和的な方針が功を奏したように思える。注釈4.

また冷戦の軍拡競争によるソ連の経済疲弊や米ソの軍縮は以前から進んでいた。

 

 

1972年2月のニクソン大統領の電撃的な中国訪問は驚きでした。

 

これにはキッシンジャーの活躍もあるが、やはりここでも中国の周恩来の存在が重要です。

この年の9月には、彼は早くも田中角栄と日中共同声明を調印しているのです。

周恩来の融和的な姿勢が無ければ不可能だった。

また1971年、対米強硬派(タカ派)の林彪が死亡したことも幸いしている。

 

こうしてみると、ソ連と中国のハト派の貢献が浮かび上がり、浜田先生のタカ派絶賛は怪しくなりました。

要は、身びいきが過ぎると言うことでしょうか。

 

成功のポイントは、タカ派二人の大統領の交渉意思と、相手国のハト派二人のトップの存在があってこそなのです。

もしも、両国がタカ派同士、ハト派同士であればどうなっていたでしょうか?

一方だけを強調するのは、よくある右派と左派の言説で、注意が必要です。

 

 

最後に

せっかく愉しみに買ったクルーグマン共著の「世界経済の勝者と敗者」でしたが、先に結論辺りから読んだのが悪かった。

興覚めです。

諦めないで、また初めから読むつもりですが。

 

 

 

 

注釈1.

二人の間で、共に協力する方が多くの利益を得ることが分かっていても、相手の行動が予測できない時、協力しない方が確実に少しの利益を得る状況では互いに協力しなくなる、というジレンマを指す。

 

注釈2.

1980年、米国の政治学者ロバート・アクセルロッドが、様々な研究者からゲーム戦略を募集し、コンピュータープログラムで総当たり対戦を行った。

そして様々な戦略の中から「しっぺ返し戦略」が最高得点を取って優勝した。

 

注釈3.

動物行動学、ゲーム理論、進化心理学、進化生物学、社会心理学など。

このジャンルの本を推奨します。

「生物の社会進化」ロバート・トリヴァース著、産業図書:難しいが驚くべき慧眼です。

「共感の時代へ」フランスア・ドゥ・ヴァール著、紀伊国屋書店: 動物の愛に涙します。目からうろこです。

「進化の人間行動」長谷川寿一著、東京大学出版会: 大学のテキスト。全体像がわかる。

「社会心理学キーワード」山岸俊男著、有斐閣: 要領よくまとまっている。

 

注釈4.

創元社刊「世界の歴史10」J.M.ロバーツ著。

p186~188に、似たような記載があります。

 

 

 

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何か変ですよ! 52: トランプの評価を巡って


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不思議なことがある。

大衆はなぜ突如として極端な行動に出るのだろうか?

トランプ大統領の選択がその好例です。

 

不思議なこと

私はトランプに関する本を6冊読んだが、トランプ大統領の評価は混乱している。

 

彼の就任は悪化している米国の現れか、彼の希代の才能ゆえか、それとも何かの間違いか?

我々は彼に期待すべきか、はたまた最悪の事態に備えるべきか?

これは世界にとって吉兆なのか、それとも凶兆なのか?

 

これら相矛盾する評価から、米国社会と世界の混沌が見えて来ます。

 

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相矛盾する評価

 

*トランプ氏に対する評価

意見は大きく二つに分かれる。

 

トランプを高評価する人は、彼は群を抜いた交渉力を持ち、幾多の困難を乗り越えたビジネスマンで、機を見るに敏だと言う。

また彼は自己資金で戦ったので既成勢力と無縁で、正直者だからと期待されている。

 

彼を否定する人は、彼は感情的、ナルシスト、守銭奴だから信用出来ないと言う。

また彼は政治経験がなく、極右で、煽動家だから危険だとされている。

 

 

*トランプ氏が選ばれた背景

概ね以下のように要約できる。

 

幾多の有力候補やヒラリーが嫌われ、投票率が低い背景に、ホワイトハウスへの根深い不信感があり、大衆は既成政治との断絶を求めた。

さらに白人層の危機感と女性蔑視が大きく作用した。

 

彼は大衆の不満(移民、ムスリム、派兵、失業など)を積極的に取り上げ、既成概念に囚われない解決法を示した。

それをデマゴーグと非難するマスコミと他候補に対して、彼は悪態とメール発信でやり込めることが出来た。

 

彼はテレビ番組の人気者であったが、当初、泡沫候補と見られていて、マスコミは興味本位に彼を扱ったことより、露出度が非常に高まった。

マスコミは彼の人気が出てから批判を始めたが、既成勢力と非難され、逆効果となった。

 

他に、米国における闇の支配者などの陰謀説もある。

 

 

*著者たちのトランプ大統領の評価

 

彼をレーガンやエリツインになぞらえ、彼こそが米国で創造的破壊を起こしてくれるとの期待がある。

確かに、他の候補では超富裕層による支配、戦争継続、移民増大、格差拡大が続く可能性がある。

 

当然、危険視する意見もある。

彼のほとんどの解決策はデタラメで、特に経済政策、結局は米国と世界を混乱に陥れる可能性が高いと見られている。

 

結局、ジリ貧になっていく白人層は、溺れる者は藁をも掴む心境のようだ。

日本もこうならないように願いたいのだが。

 

 

様々な疑問

 

A: 経済に創造的破壊は必要だが、大統領が旗を振ってうまく行くのだろうか?

 

歴史的には、イギリスの産業革命などのように、良い創造的破壊が起きる時は、それぞれの利益を代表する集団が交渉し妥協しながら自由裁量権を得て、イノベーションへの意欲が持続する時です。

残念ながら、現状は金権政治(超富裕層による支配)で社会の調整機能が失われているのですが。

 

彼が進める公害防止や金融規制などの緩和・撤廃、また相続税廃止などの富裕層減税は、明らかに弱者を増やすだけで、創造的破壊とは別物です。

 

世界を牽引している米国の情報通信などのイノベーションは政府の関与とは言えない、また移民も大きく関わっている。

 

 

 

B: 大統領に破壊を期待すると、何が起きるか?

 

レーガンの経済政策により、後に米国は双子の赤字と格差拡大で苦しむことになり、日本は円高を飲まされることになった。

 

エリツィンの経済政策により、ロシアはハイパーインフレを起こし経済破綻し、プーチンの独裁を招くことになった。

 

ヒトラーの例は既に述べました。

 

レーガンはインフレを抑制し冷戦終了を導いた、またエリツィンはソ連崩壊と共産経済の低迷からの脱出を導いたと言える。

 

結局、国民は混乱に備え、相当の覚悟が必要です。

 

 

 

C: 大統領に人格や見識は必要ないのだろうか?

 

例えば、彼は数度の倒産にもめげず大富豪に成り得たのだから素晴らしい胆力と能力を持っていると評価される。

見方を替えれば、幾度も借金を踏み倒し、従業員を路頭に迷わせたのだから、無計画で無責任な人間とも言える。

 

実際、彼のビジネス手法には違法まがいが目立ち、また脱税(節税)しているらしい。

はたしてこのような人物に国を任して良いのだろうか。

 

 

D: トランプを期待する心理の不思議。

 

概ねトランプを評価する著者らは共和党寄りのように思える。

彼らは民主党政権には辛辣だが、共和党への悪口がまったくない共通点がある。

逆も真なりですが。

 

例えば、ヒラリーは多額の献金を受け、戦争を拡大させ、裏で汚い事をしていると罵る。

また民主党政権は中東で手を打たなかったから戦火が拡大したと言い、一方でトランプは外国に干渉しないから、世界は平和になるとも言う。

中東を大きく混乱させたのはブッシュ親子だと思うのだが。

 

私は、どっちもどっちで、まだ民主党の方が少しましなように思えるが。

 

また、盛んに陰謀論を唱える福島隆彦は2016年7月出版の本で、ロックフェラーがトランプに決めたと自慢げに書いている。注釈1。

キッシンジャーとトランプの娘婿の父親は共にユダヤ系の大物であり、彼らが仲介したと説得的でした。

 

しかしその年の4月の彼の本を見ると、ロックフェラーがヒラリーに決めたと書いていた。注釈2.

 

陰謀論は読んでいてワクワクするが、少し考えれば腑に落ちないことが見えてくる。

 

 

まとめ

やはり、米国は病んでいる。

米国主導のグローバリズムによって世界も病んでいる。

グローバリズムが悪いわけでは無いが、自由放任が悪い。

 

いつしか、既得権益層が社会を牛耳り、格差拡大が蔓延し、大衆の団結を防ぐ為に疑心暗鬼が煽られ、分断が深まった。

そして社会を変えられない大衆が焦り、そしてポピュリズムによる大きな左右への揺れが起きた。

 

この状況は、帝国主義やファシズムを生み出した社会と酷似しているように思えるのだが。

この時も、ナショナリズムと保護主義が世界に蔓延して行き、2度の大戦へと繋がった、

 

皆さん、どうか自分の身を守る術を考えておいてください。

 

 

 

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参考文献の紹介

*「トランプがはじめた21世紀の南北戦争: アメリカ大統領選2016 」

渡辺由佳里著、2017年1月刊。

 

彼女は米国で長年暮らしているジャーナリスト。

この度の大統領選の集会などを直に取材し、市民の眼からレポートしている。

トランプを支持する人々(主に白人)の実態が良く伝わってくる。

彼女はヒラリー寄りで、リベラル派の惨敗に気落ちしている。

 

 

*「トランプ政権でこうなる! 日本経済 」

岩崎博充著、2016年12月刊。

 

彼は日本在住の経済ジャーナリスト。

この大統領選挙を取材ではなく資料や本から分析しているようです。

トランプが選ばれた背景を妥当な情報で分かりやすく解説している。

私の感じでは、中立的な立場で、トランプ政権の今後を占っている。

彼はトランプによって災いが起きることを恐れている。

 

 

*「なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか? 」

佐藤 則男著、2015年11月刊。

 

彼はニューヨーク在住40年を超えるジャーナリスト。

書かれたのが序盤戦(予備選)の時期なので切実感はないが、米国大統領選の裏表を見せてくれる。

また序盤でのトランプへの悪評とヒラリーへの嫌悪感がよく伝わってくる。

彼は共和党寄りです。

 

 

*「トランプ大統領とアメリカの真実」

副島隆彦著、2016年7月刊。

 

彼はアメリカ政治思想研究の第一人者と自称している。

大統領選が混沌としている中で、早々とトランプで決まりと発言している。

本は読んでいて面白い。

米国の政治思想史や支配層の人脈を縦横に駆使しながら大統領選を鮮やかに分析している。

陰謀説で、踏み込んで断定する割には、2017年2月20現在において、多くが外れている。

極端で眉唾ものと思って読む分にはよい。

なぜか、この手の本はアマゾンでは評価が高い・・・。

 

 

*「『闇の支配者』最後の日々」

ベンジャミン・フルフォード著、2016年4月刊。

 

彼はカナダ出身のジャーナリストで日本に帰化。

この本ではトランプは扱われていませんが、米国の裏側を知りたいと思って読みました。

日本、米国、世界を股にかける闇の支配者が出て来ます。

私には、真贋を検証する力がありませんので、途中で放棄しました。

これもアマゾンでは評価が高い・・・。

 

 

*「トランプ・シフト これからの世界経済に備える14のこと」

塚口直史著、2016年12月刊。

 

彼は大成功しているヘッジファンドマネージャーで、世界の政治史にも見識がある。

この本は、トランプ後の世界の経済・金融を理解するには必見です。

経済用語が出て来て読みづらいところはあるが、読めば世界の現状と混乱の広がる様子を知ることが出来ます。

日本のアベノミクス、日銀政策についても明快な判定を下しています。

 

彼は、現実に大きな資金を運用する立場にある為、この危機にあって、今は様子待ち(手元流動性を高め)を行い、しっかりと備えるべきと警鐘を鳴らしています。

 

私がトランプの次に恐れているのは、中国経済の崩壊ですが、これがトランプによって更に悪化するかもしれない。

世界の悲運は、政府の些細な判断ミスや外交ミスの積み重ねで訪れるものです。

 

これで終わります。

 

 

注釈1

既述の「トランプ大統領とアメリカの真実」

 

 

注釈2

「マイナス金利「税」で凍りつく日本経済」副島 隆彦 著。

 

 

 

 

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ドラマ「東京裁判」を見て


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今日は、素晴らしい再現ドラマ「東京裁判」を紹介します。

これはNHKのテレビ番組で、この12月12~15日に放送されたものです。

YouTubeで「東京裁判 NHKドラマ」が見れます。

 

 

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< 2. 実在の主役達 >

 

上の写真: 東京裁判の被告席。

中央の写真: 東条内閣。

下の写真: 東京裁判の11人の判事達。

 

 

 

はじめに

東京裁判は、勝者の意趣返し、または戦争否定に繋がったと評価が分かれている。

また私にとって東京裁判はいつか全貌を知らなければならない課題でした。

 

それは、「日本を戦争へと突き進ませた状況をどう見るか?」でした。

言い換えれば、「戦争の責任は国の指導者、国際状況、国民のいずれがより重いのか?」になる。

 

今一つは、「国際法(国家間で作った条約など)に期待を託せるのか?」でした。

言い換えれば、「国際法で国家や戦争を裁くことが可能か?」になる。

 

その答えは先送りになったが、私はドラマに救われた思いがした。

ドラマでは各国から派遣された11人の判事が「日本の戦争」に真剣に取り組み、篤く議論する姿が描かれていた。

彼らは「悲惨な戦争の再発防止」「残虐行為への懲罰」「厳密な法適用」「戦争への根源的な問い」など、それぞれの信条に従い議論し、ぶつかりまた協力して行く。

そして半年で終わるはずの裁判は2年半に及んだ。

 

超難題を抱える裁判の裏側を、各国の名優が演じ切った。

素晴らしい人間ドラマです。

 

 

東京裁判について、マイペディアよりコピー

 

「極東国際軍事裁判が正称。

1946年1月19日連合国最高司令官マッカーサーの命令で設立された極東国際軍事裁判所が日本の戦争指導者に対して行った裁判。

原告は米・英・中・ソのほか7ヵ国。

同年5月3日より東京市谷で開廷。

裁判長はオーストラリアのウェッブ。

首席検察官は米国のキーナン。

戦争犯罪を〈平和に対する罪〉〈殺人の罪〉〈通常の戦争犯罪と人道に対する罪〉に分けて満州事変以来の日本軍閥の侵略を追及。

1948年11月12日判決。

東条英機ら7名が絞首刑,荒木貞夫ら16名が終身禁錮。

ニュルンベルク裁判とともに二大国際裁判といわれる。」

 

 

日本の戦争

満州事変に始まり日中戦争へ、さらに真珠湾攻撃から太平洋戦争へと突き進んだ。

そして、最後は日本全土の空襲と原爆投下で終戦となった。

この第二次世界大戦で世界の人口の2.5%(民間人5500万人、軍人2500万人)が死んだ。

 

 

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< 3.日本の戦争 >

 

 

 

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< 4. ドラマのシーン 1>

 

上の映像: 判事達が裁判に臨むシーン。

先頭にいるのはオーストラリアのウエッブ裁判長。

 

下の映像: 判事全員が被告人の罪の有無、量刑について議論するシーン。

 

初めは、まとまっているように見えたが、やがて亀裂が走り始める。

その一つの論点は「平和に対する罪」で被告を裁けるかどうかでした。

 

実は、世界はながらく戦争を国家の権利(自衛権)と見なしていたのです。

どう法律家があがいても、戦争する国を止めることが出来なかったからです。

一方、戦闘手段の制限は12世紀頃から国際法として徐々に発展し、戦争犯罪が確定していった。

しかし、世界は第一次世界大戦後の壮絶な殺し合いを経験し、戦争を違法とするパリ不戦条約を発行した。

しかし、これは不完全であり、また戦争を再発させてしまった。

その反省から、第二次世界大戦中の1995年に連合国が中心となり「平和に対する罪」を規定した国際軍事裁判所憲章を急遽作った。

 

それに加え、様々な論点が波乱を呼んだ。

 

 

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< 5.ドラマのシーン2 >

 

一番上の写真: オランダのレ-リンク判事と竹山道雄(「ビルマの竪琴」の著者)との交友。

レ-リンク判事はパール判事に感化され、後に判決に対する反対意見書を提出した。

彼は事後法の問題は逃れえるが、日本の指導者への極刑は過ぎると反対した。

ドラマでは、彼が中心になっているように思える。

 

二番目の写真: 英国のパトリック判事(中央)が中心となって日本の戦争指導者に断固、極刑を課する多数派を結成する。

アメリカ、中国、フィリピン、ロシア、カナダ、ニュージーランドがこれに同調し、弱腰の裁判長の追い出しや判決文作成を担った。

彼らは国際軍事裁判所憲章の順守とニュルンベルク裁判の成果を損ねないことを盾にした。

そこには各国の事情や個人の偏見や復讐心が垣間見えた。

 

三番目の写真: インドのパール判事。

彼は当初から、法の恣意的な適用に断固反対し、1235ページに及ぶ別個の判決文を提出した。

日本の行った戦争犯罪を裁くことは可能だが、法のプロが事後法の「平和に対する罪」を適用することがあってはならないとした。

また焦土と化した日本を見て、欧米先進国の身勝手さと思い上がりを痛烈に批判した。

それは原爆投下、また世界に害悪をもたらした帝国主義、日本を軍事大国に追い込んだかもしれない行為を顧みない姿勢です。

 

四番目の写真: フランスのベルナール判事。

彼も法律家として、東京裁判が正当化出来ないとして、反対の立場から意見書を提出した。

 

 

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<6.資料 >

 

上の地図: 第二次世界大戦での日本の最大占領地。

中央の写真: マッカーサーと天皇。

二人は東京裁判での日米の主役でした。

 

下の写真: 実写フイルム。

東京裁判で日本側弁護人となった米国のブレイクニーの口からから発せらた驚くべき言葉。

「キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる。」

 

 

あとがき

私はこの手のNHKの活躍を誇り思い感謝します。

これまでもNHKは、ベトナム戦争や日本の戦争について徹底した調査を行い、分かりやすい形で放送して来た。

このドラマはオランダ、カナダとの共同制作で、8年もの歳月をかけたらしい。

 

ドラマで描かれた赤裸々な葛藤や苦悶、断固意思を貫く人々が絡み合う血の通った論争シーン、どれもが私を魅了した。

 

一方で残念なこともある。

無理だとは思うが、国際法の今後、「世界が国家の不正義を裁くこと」の意味を語って欲しかった。

 

残念ながら、現在の状況を見るとパール判事の言った、「世界はまだ未成熟である」が70年後も変わらないようです。

相変わらず、大国は恣意的な戦闘や軍事援助を行い続け、止める算段がないどころか、深みにはまるばかりです。

 

お読みいただき感謝します。

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 35: chain of retaliation 5 : Israel and Palestinian 2


中東に平和を! 35: 報復の連鎖 5 : イスラエルとパレスチナ 2

 

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< 1. A caricature of the intifada (revolt) >

< 1. インティファーダ(蜂起)の風刺画 >

 
Today, I confirm the present conditions of Palestine and Israel.

 

今回は、イスラエルとパレスチナの現状を確認します。

 

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< 2. The book I extracted this passages from >
< 2. 引用した本 >
The book
“ voices of local people living in Palestine and Israel”

A Middle Eastern specialized journalist interviewed people of every hierarchy of both areas between 1993 and 2003.

 

I took up interviews of two families in Gaza Strip, and extracted and summarized it.

 
引用した本
「現地ルポ パレスチナの声、イスラエルの声」
土井敏郎著、岩波書店刊。
中東専門のジャーナリストが1993年から2003年にかけて、両地域のあらゆる階層の人々にインタビューを行った。

私は、ガザ地区の家族の発言を取り上げ、抜粋要約しました。

 
Gaza Strip
At the time of the interview, Israel promoted people’s settling in Gaza, but withdrew from Gaza in 2005.
Gaza became a base of Palestinian radicals, and Israeli military forces was stationed in Gaza in those days.

 

Presently, the Israel surrounds Gaza with separation barrier, bombs Gaza in retaliation for terrorism, and thoroughly performs to blockade at two checkpoints.

 

Gaza is one of two autonomous areas of the Palestinians, the land space is small in 6% of the whole, but it occupies 38% of population of the whole.

 
ガザ地区
インタビュ-当時、イスラエルはガザへの入植を推進していたが、2005年、ガザから撤退した。
ガザはパレスチナ過激派の拠点になっていて、当時はイスラエル軍がガザに駐屯していた。

 

現在、イスラエルはガザを分離壁で囲み、テロの報復として空爆を行い、2か所の検問所で徹底した封鎖を行っている。
ガザは二つあるパレスチナ自治区の一つで、面積は全体の6%と小さいが人口の38%を占めている。

 

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< 3. Gaza Strip in 2003 >
< 3. 2003年のガザ地区 >

 

Blue arias are the Israeli settlements of those days.
Rafah is on a border with Egypt, at lower left-side in Gaza.

 

青色が当時のイスラエル入植地。
ラファはガザ内の左下エジプトとの国境にある。

 
Israeli settler
This is a interview in 2002.
This husband of a Israeli family settled in here by the government assistance several years ago.

 

“This situation has changed really since the autumn of 2000 when the intifada began in.

 

Rocket bombs come flying at here almost every night.”

 

“In 1948 when Israel was born, an Arab picked war with us.
Then our Israel did not have a option other than fighting.
And we won the war.

 

This Israel is land that a Jew was promised for by God, as it is written in the Bible.
The United Nations admitted that this land was our land. “

 

“I wish that we can coexist sometime.
However, I do not think that we can give a Palestinian an independent nation, their land, and armed forces.
Because they cannot trust them. ”

 
イスラエル入植者
2002年のインタビュー、数年前に政府援助で入植したイスラエル家族の夫。

 

「インティファーダが始まった2000年秋からまったく状況が変わってしまいました。
ロケット弾や爆弾がほとんど毎晩飛んできます。
それでも私達がここに留まるのは、ここは私達の土地だという信念のためです。」

 

「イスラエルが誕生した1948年、アラブ人が私達に戦争を仕掛けてきました。
イスラエルは戦う以外に選択肢がなかったのです。
私達はその戦争に勝ちました。
・・・・
イスラエルの土地は聖書に書かれている通り、ユダヤ人が神から約束された土地です。
聖書を信じる全世界が知っています。
国連はここの土地が我々の土地だと認めました。」

 

「いつの日か、共存出来ればと願っています。
しかしパレスチナ人に独立国家や土地、軍隊を与えることが出来るとは思いません。
彼らは信用できませんから。」

 
Explanation
The family didn’t receive a damage by terrorism directly, but he explains the position of Israel well.
The points that he points out.
A: Arab began the war, and Israel won it.
B: the Israeli settling has been written in the Bible, the United Nations recognizes it.
C: the intifada that was begun by Palestinian worsened the situation.

 

Most of them wish Palestinian leave this land.

 
説明
この家族はテロによる被害を直接受けていないが、イスラエル側の立場をよく代弁している。
彼が指摘するポイント。
A: アラブ人が戦争を始め、イスラエルは勝った。
B: イスラエルの定住は、聖書が定めており、国連が認めている。
C: パレスチナ人が始めたインティファーダが状況を悪くした。

 

彼らの多くは、パレスチナ人がこの地から去るのを望んでいる。

 

4a

< 4. Gaza Strip >
< 4. ガザ >

 
Palestinian
This is a interview in 2003.
This husband of a Palestinian family who earned money by working away from home, and built a house in Rafah in seven years.

 

“In September, 2001, we had slept in the house.
We heard an explosion suddenly and woke up.
Israeli military forces soon came over near, and began to blow up neighboring houses.

 

We evacuated to the neighborhood hastily.
I went to see our house the next morning, it had been approximately completely destroyed.”

 

“Till the intifada, I had worked in Israel.
Our former livelihood level was around 70% of average livelihood, but the present livelihood is zero.

 

In here, we were in constant fear of bulldozer, tank, gundown, and massacre.”

 

“We always heard, “a colloquy,and a colloquy”,and already felt disgust for it.

 

Since when the Intifada began, our circumstances continue to worsen everyday during two and a half years.
When two or three Palestinians were murdered, the news was spread to all over the world.
However, 15 or 20 people are murdered every day now.”

 

パレスチナ人
2003年のインタビュー、出稼ぎの金で国境の街ラファに7年かけて家を建てた家族の夫。

 

「2001年9月、私達は家で寝ていました。
突然、爆発音がして目が覚めました。
まもなくイスラエル軍がやって来て、近所の家々を爆破し始めた。

 

私達は急いで近所に避難しました。
朝、自分の家を見に行くと、ほぼ完全に破壊されていた。」

 

「インティファーダ以前は、イスラエルで働いていました。
以前の生活レベルは平均的な生活の70%ぐらいでしたが、今の状況はゼロです。
ここでの生活はブルドーザーや戦車、銃撃、殺戮の恐怖の下にあります。」

 

「我々がいつも聞くのは『会談、会談』。もううんざりです。

 

インティファーダが始まってこの二年半、・・・日々悪くなる一方です。
以前はパレスチナ人が2,3人殺されたニュースを聞くと、世界中にその話題が広がりました。
しかし今では毎日15人、20人が殺されている。

 

また毎日、全体で60軒、100軒の家が破壊されている。」

 
Explanation
Anyone of his family members didn’t die, but he explains the situation of Gaza well.
A fear of death, hopeless life, and indifference rule them.

 

The reason why Israel destroys all houses of Rafah is to cut off supporting terrorism from the Egypt.

 
説明
この家族から死者は出ていないが、ガザの状況をよく説明している。
死の恐怖、絶望的な生活、無気力が支配している。

 

イスラエルがラファ一帯の住居を破壊し更地にするのは、エジプト国境からのテロ支援を断ち切る為です。

 
One reality
一つの現実

 

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< 5. Death toll of both areas by the battle, by visualizingpalestine >
< 5. 両地域の戦闘による死者数 >
Dead persons of Palestinian are much more than Israel, and the killing continues after the Gaza withdrawal in 2005.

 

This continues the next time.

 
圧倒的にパレスチナ側の死者が多く、2005年(ガザ撤退)以降も殺戮は続いている。

 
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 28: about terrorism 8 : terrorists and a conscientious objector


中東、戦争と平和 28: テロについて 8: テロ犯と兵役拒否者

 

1

< 1. a suicide bombing in Israel >
< 1.イスラエルでの自爆テロ >

 

We get to the heart of 3 youths feeling desperate in Palestine and Israel.

今日は、パレスチナとイスラエルの3人の若者の必死の思いに迫ります。

 
Farewell note of a suicide bomber
A youth performed a suicide bombing in a route bus of Jerusalem and had written this note three days ago.


…….
I feel blessed in becoming a member of Hamas being a tolerant organization. (annotation 1)
……
First I am murdered in a bomb, and I feel blessed to be able to murder our enemy at the same time.
This is not because I want to murder but because I wish Palestinian live a life in common with other race.
…….
My father and mother, and all the relatives, I was not forced to go ahead this way.
…….
I pray to God for leading my family to heaven through me on the day of judgment.
…….
Please don’t feel sorrow at my departure, and don’t cry.
If God chooses it, we may meet soon in heaven. ”
(annotation 2)

He learned Islam in a graduate school and additionally aimed at lawyer.
However, he expected the Liberation of Palestine, and murdered 20 private citizens by this incident.

Why did he perform this cruel suicide bombing?

 
ある自爆犯の遺書
この遺書はエルサレムの路線バスで自爆テロを行った若者がその3日前に書いたものです。

「・・・・
ハマス(注釈1)という寛大な組織の一員にして下さり、・・・幸せに思います。
・・・・
まず私が爆弾に殺され、同時に敵を殺せることを幸せに思います。
私は殺人がしたいからではなく、パレスチナ人が他の民族と同じように生きることを望んでいるからです。
・・・
お母さま、お父さま、親戚のみなさん、私はこの道を進むことを強制されたわけではありません。
・・・
最後の審判の日、神が私を通じて家族を天国に導くことを、神に祈ります。
・・・
私の旅立ちを、悲しみ、泣かないで下さい。
神が望まれるならば、私達は近いうちに天国で会えるでしょう。」
(注釈2)

彼は大学院でイスラムを学び、さらに法律家を目指していた。
しかし、彼はパレスチナ解放を望み、この事件で民間人20人を殺した。

なぜ彼は残酷な自爆テロを行ったのだろうか?

 

 

2

< 2. Lebanese refugee camp in where battle continues. in July 2007 >
< 2. 戦闘が続くレバノンの難民キャンプ、2007年7月 >

 

Family of a terrorist
A Japanese photojournalist was making a book of photographs of a Palestinian girl.
He visited her family after four years.
Her house in a camp was destroyed by bombardment, and this family lived at a relative’s house in Beirut.


Her mother protested against right wing militiamen who had ruled the camp, so she was hit with a gun, and underwent major surgery.
Her father received a cannonball of Israeli military and was operated on.
Her eldest brother had worked in a factory in the camp but he was arrested by Israeli military.
He was tortured and ousted, then he went to Africa, and has suffered heavy disease.
Her second brother died during a battle in the camp.
The husband of her eldest sister was hit by bomb fragments of Israeli military, and he has suffered total paralysis.
Her uncle received a bullet of radicals to eyes, but narrowly escaped death.
Her younger brother was killed in bombardment. “
(annotation 3)

There was not her older sister (18 years old) here.
A small group of guerrillas that she led entered Israel, and she was caught by Israel after a battle.
She received torture in a prison, but seems to still live.

Many people may think so.
“I can understand her sorrow and hatred, but why does she fight?
Because, there is surely the retaliation of Israel that is much more severe and indiscriminate.”
Maybe these youths merely be hell-bent on revenge?

These two terrorists of Palestine would maybe think as mentioned below.
” At a crisis of destroying our country, we don’t care our own life.”

 

あるテロ犯の家族
日本のフォトジャーナリストがパレスチナの少女の写真集を作っていた。
彼は4年ぶりに彼女の家族を訪れた。
この家族は、キャンプの住まいを砲撃で破壊され、ベイルートの親戚の家に居候していた。
「母親はキャンプを支配した右派民兵に抗議して、銃で殴られ大手術をした。
父親はイスラエル軍の砲弾を受け手術した。
長男はキャンプの工場で働いていたが、イスラエル軍に逮捕され、拷問され、追放されてアフリカに渡り重い病気になった。
次男はキャンプでの交戦中に死亡した。
長女の夫は、イスラエル軍の爆弾の破片が当たり全身不随になった。
叔父は過激派の銃弾を目に受けたが、命を取り留めた。
弟は爆撃で死んだ。」
(注釈3)

そこに彼女の姉(18歳)の姿はなかった。
この姉が率いるゲリラの小グループがイスラエルに進軍し、交戦の末、彼女は捕まった。
彼女は収容所で拷問を受けたが、まだ生存しているらしい。
この収容所は、国際赤十字もアムネスティも立ち入ることが出来ない。

多くの人は思うだろう。
「彼女の悲しみと憎しみは理解出来るが、なぜ戦うのか?
イスラエルのはるかに過酷で無差別な報復が返って来るのに。」
この若者達は単に復讐の鬼と化したのだろうか?

このパレスチナの二人のテロ犯の胸中にあるのは「亡国の危機にあっては、自分の命を厭わない」ではないだろうか?

 

 

3
< 3. Israeli high school students refused to do military service in 2014 >
< 3.イスラエルの高校生が兵役拒否で投獄、2014年 >

 

a statement of a conscientious objector

“……
Our Israeli nation has extended a pure Jewish residential area by force since the founding of the country.
But I cannot understand how a security of the area becomes supported strongly.
I cannot understand how it is useful for our society to do attack being more cruel and large-scale than Palestinian terrorism, for suppressing the resistance of Palestine.
…..
The majority of Israeli people want to change such a situation.
…….
The Israeli military men and capitalists perform every thing to maintain their authority.
………
Our true enemies are these people.
Jew and Arab should confront them together.”
(annotation 4)

This is a statement that third-year high school students in Israel sent to the prime minister when they refused to do military service.
This youth seems to have understood a sentiment of the above-mentioned terrorist.

 
ある兵役拒否者の声明文

「・・・・
イスラエル国家が建国以来、力づくで造ることに固執している純粋なユダヤ人居住地域が、どのように我々の安全を強化するのか私は理解出来ません。
パレスチナのテロによる抵抗を抑圧するために、テロよりもさらに残酷で大規模な攻撃がどのようにして私の社会のためになるのか、私は理解出来ない。
・・・・
大多数のイスラエル国民が、このような事態を変えたいと望んでいます。
・・・
イスラエル軍人と資本家は権力を維持するためにあらゆることを行います。
・・・・
これらの人々が真の敵であり、・・・。彼らにこそ、アラブ人とユダヤ人は共に立ち向かうべきです。
・・・」
(注釈4)

これはイスラエルの高校3年生達が兵役拒否運動を行い、首相宛に出した声明文です。
この若者には前述のテロ犯の思いが通じているようです。

 

4
< 4. A boy throws a stone at an Israeli tank >
< 4.イスラエルの戦車に投石する少年 >

 

Afterword
From the times of the Ottoman Empire to the beginning of the 20th century, Christian, Jew, and Muslim had coexisted peacefully in same town Jerusalem of Palestine.
But this area was transformed into a horrific battlefield due to a large influx of Jewish settlers.

During the initial stage, the Palestinian side did not almost act terrorism to aim at unrelated private citizens and foreigners.
In addition, it was said that the suicide bombing acts counter to Islam, but it gradually came to be allowable for jihad driving out the invader.

After all, as war escalates, growing inequality of military power differentiated how to fight between both groups.
This continues the next time.

 
あとがき
オスマン帝国の時代から20世紀の始めまで、パレスチナではキリスト教徒、ユダヤ教徒、ムスリマは同じ町エルサレムで平和に共存していた。
それが修羅場と化したのは、ユダヤ人の大量入植後のことです。

初期には、パレスチナ側は無関係な民間人や外国人を狙うテロをほぼ行わなかった。
また自爆テロはイスラム教に反するとされていたが、徐々に侵略者を追い出す聖戦の為なら可とされるようになった。

結局、戦争がエスカレートするにつれ、軍事力の差が両集団の戦いの違いになった。

次回に続きます。

 

注釈1
「ハマス」(HAMAS)は,1987年12月,パレスチナ・ガザ地区で発生したインティファーダを契機に反イスラエル運動がパレスチナ全域に拡大した際,同地区の「ムスリム同胞団」の最高指導者シャイク・アフマド・ヤシン(2004年にイスラエルによる掃討で死亡)が,武装闘争によるイスラム国家樹立を目的として設立したスンニ派武装組織。

注釈2
引用要約、「正直な気持ちを話そう」p141より。

注釈3
引用要約、「パレスチナ」p96より。

注釈4
引用要約、「正直な気持ちを話そう」p95より。

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何か変ですよ! 44: 本当に恐ろしいことは・・・


 1

 

安全や平和を守るには我々は何を優先すべきか?

身近な所にその答えはあります。

 

 

2

< 2. 日本の交通事故と銃による死者数 >

 

車社会と銃社会

日本では、交通事故の死者は毎年約4千人、銃による死者は毎年10人ほどで共に減少しています。

米国では、交通事故の死者は毎年約3万人、銃による死者は毎年約3万人で近年増加傾向にあります。

尚、米国の人口は日本よりも2.5倍多い。

 

両国共に、非常にたくさんの人が死んでいますが、日本の方が遥かに安全で平和です。

この違いにヒントがあり、最も本質的な視点が隠れています。

 

交通事故と銃犯罪には共通点があり、それは国民が被害者にも加害者にもなることです。

そこで、日本では加害者の発生を減らすべく、警察が交通違反と暴力団の取り締まりを強化することで、共にピークの1/4に減らすことが出来ました。

一方、米国では有効な施策がとれず、特に、銃による死者は増加傾向にあります。注釈1.

米国の一人一丁以上の銃保有率は、明らかに銃犯罪と自殺者の増大を招いている。注釈2.

 

そこには基本的な社会通念の違いがあります。注釈3.

日本では、銃は武器と考えられ禁止されているが、米国では逆に防具または抑止力とみなされ奨励されている。

 

3

< 3. 米国の交通事故と銃による死者数 >

上の図: 米国の銃社会の一面。

下の図:赤線が銃殺人、青線が交通事故死。

 

 

このことから言えること

人々は毎年多くの人が周囲で死亡していても、その事件や事故に自分が遭遇するとは考えず、ましてや加害者になるとは思わない。

しかし、加害者の発生を極力減らすことで、社会の安全性は格段に高まる。

米国社会は、銃によって死者だけでなく、あらゆる犯罪も増大させてしまった。

 

米国はなぜ日本のように銃規制が出来ないのだろうか?

色々理由はあるが、一つ重要なことがあります。

それは一度、銃が蔓延してしまうと、そこから徐々に銃を無くすことが困難だと言うことです。

その理由は、個人にとって銃使用(攻撃)のメリットは明確だが、保有する損失がほとんどないことで保有競争に陥り易いことによります。

しかし社会全体、長期的にみればその損失は非常に大きいのです。

この理解は重要で、最新科学でかなり解明されています。注釈4.

 

 

まだ解決手段は一つ残っており、かつて各国で、日本でも行われたことはあります。

 

 

4

< 4. タカハトゲーム >

重要な用件として、ハトは全員に餌が行き渡るメリット、タカは怪我をするデメリットがある。

 

皆さんに知って頂きたいこと

安全や平和を確保することは容易ではありません。

目先の危険や恐怖に目を奪われ、一歩道を踏み誤ると取り返しのつかないことが起こりうるのです。

そして逆戻りは困難で、行き着くところまで行ってしまうのです。

 

それは日本の明治維新から太平洋戦争への道、米国のトールマンドクトリンからベトナム戦争への道、英国の委任統治領パレスチナから中東戦争への道が語ってくれています。

このことから教訓を得ることは難しいが、一度進み始めると止めることが不可能だったことだけは理解出来るはずです。

 

一つの問題点が判明しても、まだまだ現実の恐怖や他の危険がこの社会にはあります。

 

次回に続きます。

 

 

注釈1

かつて米国の銃保有率は、銃規制世論の高まりを受けて低下傾向にあったのですが、現在はまた高まっている。

米国の二大政党は銃規制と銃擁護と正反対の政策を採っており、州や年代によって銃保有率と犯罪発生に差があります。

 

注釈2

テロ事件が起きると銃が買われ、その必要性が訴えられるが逆効果です。

米国の2003年から10年間の銃による死者は35万人で、テロによる死者は312人で、その差には1千倍の開きがある。(US版『WIRED』より)

むしろ銃が増えるほど、犯罪と自殺者が増える。

米国の自殺は銃によるものが多く、銃の保有率と自殺率はほぼ比例している。

この状況は、私の連載「私達の戦争17~22: 銃がもたらすもの1~6」で詳しく説明しています。

 

注釈3

米国では、憲法で自衛権として銃の保有と自警団が認められています。

これは建国時、英国から銃で独立を勝ち取った事、さらには北米原野を銃で開拓していった経緯が今に尾を引いていると言えます。

この自警団と各州の独立性を堅持する姿勢により、第二次世界大戦後の国連で米国が戦争拡大の主要因であった集団自衛権を強く唱えることになり、米国の離反を恐れた各国が条約に盛り込まざるを得なかったのです。

もし盛り込むことが出来なければ、米国議会が批准せず、国連による団結は瓦解したのです。

 

注釈4

この手の問題は、タカ―ハトゲームと呼ばれるゲーム理論で扱われています。

これは闘争を好む固体と闘争を好まない固体が、一つの集団内で淘汰を繰り返しながら安定する状態をシュミレーションしています。

その結果は多くの人にとって常識とは異なりますが、実際の動物社会と比較しながら研究が続いています。

この理解は、社会や進化への理解を助けてくれます。

本「進化ゲームとその展開」佐伯・亀田編著、共立出版刊をお奨めします。

認知科学、進化論、動物行動学、心理学で研究されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 19: Israeli-Palestinian conflict 1: voices of the young 1


中東の平和を! 19: イスラエルとパレスチナの紛争 1: 若者の声 1

 

 1あ

< 1. the book >

< 1. 本 >

 

I introduce voices of people living in Israel and Palestine where the conflict continues, several times.

My reference comes from the books reported on the actual place.

“Seeing the Middle East and Arab world in films” finished.

 

これから数回に分けて、紛争が続くパレスチナとイスラエルに住む人々の声を紹介します。

現地をルポした本を参照にします。

都合で、「映画に見る中東とアラブ世界」を終了しました。

 

The book

This book was published in 2003.

The book’s title means “would talk about own honest feeling”.

The author is Yagi Kenji, photographer, is addressing the Palestinian issue, and interviewed 100 people locally.

In the book, he introduces voices of Muslim and Judaist, the will of an Israeli refusenik or a Palestinian suicide bomber.

He does 15 common questions to 45 youths and the readers can understand their thought about the conflict.

The targets of the questions are 25 men, 20 women, 22 Judaist of Israeli, 21 Muslim of Palestinian, 2 persons from other religion, and their age is 15-25 years old.

 

I choose five cases from the questions, summarize the result and introduce my impression and the background in twice.

A note, total number of people isn’t equal to total number of the answers because the answers to the questions have the plural number.

 

 

参照する本

著者は八木健二、「正直な気持ちを話そう」(株)たちばな出版、2003年刊。

彼はカメラマンだが、パレスチナ問題に取り組み、現地で百人にインタビューした。

この本ではイスラム教徒とユダヤ教徒、両者の声と、イスラエルの兵役拒否者やパレスチナの自爆テロ犯の遺書も紹介している。

対象者45人に共通の質問15件を行い、若者の紛争への思いや考えがわかるようにしている。

質問の対象者は男25人、女性20人で、イスラル人(ユダヤ教徒)22人、パレスチナ人(イスラム教徒)21人、他宗教2人、年齢は15~25歳です。

 

私は2回に分けて、その質問の中から5件を選び、その結果を要約し、私の感想と背景について紹介します。

尚、質問に対する回答は複数がありますので、件数の合計と人数は一致しません。

 

 

2あ

< 2. Israel and autonomous Palestinian areas >

< 2. イスラエルとパレスチナ自治区 >

Black dashed line indicates the cease-fire line in 1949, green part does the autonomous Palestinian areas, cream part does Israeli territory, and many triangle marks are Israel forces garrisons.

 

黒破線が1949年の休戦ライン、緑色部がパレスチナ自治区、クリーム部がイスラエル支配地域、三角印がイスラエル軍駐屯地です。

 

 

Question, ” What do you think religion? Do you think that God exists?”

Something seeing from the answers

 

Their religious devotion is fervent, and all the Palestinians believe in God.

 

This may be caused by Palestinian is earnest Muslim, and in addition, their religious devotion is deep when the society becomes hopeless.

 

Four Israelis occasionally doubt God and think that God may bring an evil.

As Israel becomes dominant and rich, the young feels war-weariness from the protracted conflict.

 

質問 「宗教とは何だと思いますか? 神は存在すると思いますか?」

回答から見えるもの

 

両者共に信仰心は篤く、パレスチナ人全員が神を信じている。

 

 

これはパレスチナ人が熱心なイスラム教徒であることもあるが、社会が絶望的な時ほど信仰心が高まることに起因しているのかもしれない。

 

4人のイスラエル人は神に時折、疑いを持ち、災いをもたらす場合もあると考えている。

これはイスラエルが支配的で豊かになるに連れ、若者は長引く紛争に厭戦感を抱くようになったことが起因しているのだろう。

 

3

< 3. the conflict and change of the territory >

< 3. 紛争と領土の変化  >

4 pictures are arranged in order of the following titles from the top, the First Middle East War in 1948, Israeli territory (white) keeps spreading, and the Fourth Middle East War in 1973.

The bottom map shows the autonomous Palestinian areas of the current West Bank.

The red lines show the separation barrier described in mentioned “the other son”, and many blue points are the Jewish settlement that keeps increasing.

 

上から順番に、1948年の第一次中東戦争、拡大を続けるイスラエル領土(白色)、1973年の第四次中東戦争を示す。

一番下の地図は現在のヨルダン川西岸のパレスチナ自治区を示す。

赤線が映画「もうひとりの息子」で写されていた分離壁、青い点が増え続けるユダヤ人入植地です。

 

 

Question, “What is the war?”

Something seeing from the answers

 

質問 「戦争とは何ですか?」

回答から見えるもの

 

The most of them consider in common that the war is an evil and due to a stupid act objectively.

 

I feel that they have a feeling of war-weariness from a lot of the answers.

I think that they together come to regard themselves as the victims by the war and terrorism, during half a century from beginning of the war.

 

However, some Palestinians think they should continue the war for justice.

 

両者共に多くは、戦争は災いであり、愚かな行為であると客観的に見ている。

 

若者の多くは、剥き出しの貪欲さや弱肉強食が戦争をもたらしていると考えている。

また、多く回答から厭戦感が漂っている。

戦争を冷静に見ていると言うより、戦争開始から半世紀を経て、共に戦争やテロの被害者との気持ちが強いようです。

 

しかし、幾人かのパレスチナ人は正義の為に戦争を続行すべきだと考えている。

 

4

  • * 4

 

 

Question, ” Who is in fault concerning the war during this 50 – 100 years? “

Something seeing from the answers

 

質問 「この50年から100年の間、誰が悪いと思いますか?」

回答から見えるもの

 

I was surprised they one-sidedly don’t consider each antagonist in fault.

The answers indicating this are 11 cases of Palestinians, and 17 cases of Israelis, and this tendency is strong in Israeli.

 

I include “both side’s fault, no comment, obscurity, all the members, a fate, and nobody’s fault” in the answers.

The second most answers of Palestinian are 8 cases of neighboring countries (Arab, radicals, Jordan, Iran, Iraq), next 6 cases of the U.S.A, 5 cases of the U.K., and 3 cases of Israel.

There was not Palestinian answering own country is in fault.

 

私が驚いたのは、互いに敵対者を一方的に悪いと見なしていないことです。

 

これを示す回答は、パレスチナ人で11件、イスラエル人で17件あり、イスラエル人にその傾向が強い。

この回答には「両方が悪い、ノーコメント、不明、全員、運命、誰のせいでもない」を含めています。

 

パレスチナ人の回答で次いで多いものを挙げると、近隣諸国(アラブ、急進派、ヨルダン、イラン、イラク)の合計8件、米国の6件、英国の5件、イスラエルの3件が続く。

自国が悪いと答える人はいなかった。

 

 

The reasons that I suppose

  • l The Arab countries began the Middle East war, but they suffered a crushing defeat and recognized Israel with forsaking Palestine.
  • l The neighboring countries only arrange everything to suit their own convenience, and don’t rescue Palestine. Jordan of the east side seems to have been regarded that way in particular. And the oil-producing countries such as Saudi Arabia close to the United States, after all, it brings benefits to Israel.
  • l Various radicals repeat terrorism and let the conflict spread, but the neighboring countries (including Saudi Arabia, Syria, Iran) support each radical separately.
  • l The United States performed various interventions in the Middle East and the Islam zone (Arab and Afghan) more than half a century and planted the war and confusion.
  • l The U.K. established a border in the Middle East after the World War I without permission, and finally escaped when it became problems.

 

 

 

私が推測する彼らが悪いと見なす理由

  • * アラブ諸国は中東戦争を始めたが惨めな敗北を喫し、パレスチナを置き去りにしたままイスラエルを認めた。
  • * 近隣諸国は自国の都合しか念頭になく団結して救援してくれない。東隣のヨルダンは特にそう思われており、またサウジなど産油国は米国に擦り寄り、イスラエルを利することになる。
  • * 過激派がテロを繰り返し、紛争を拡大させているが、近隣諸国(サウジ、シリア、イランなど)はバラバラにそれぞれの過激派を支援している。
  • * 米国は、ここ半世紀以上、中東やイスラム圏(アラブとアフガン)に様々な介入を行い、戦火と混乱を植え付けた。
  • * 英国は、第一次世界大戦後、勝手に中東の国境を定め、もめると最後には逃げた。

 

 

The second most answers of Israeli are 2 cases of Arab, 2 cases of anti-Judea, 2 cases of Europe and America (include the U.K.), and next 1 case of the own country.

There wasn’t person answering Palestine is in fault.

 

 

イスラエル人で次いで多いものを挙げると。アラブ2件、反ユダヤ2件、欧米(英国含む)2件、自国の1件が続く。

パレスチナが悪いと答えた人はいなかった。

 

I was surprised there is the anti-Judea in the answers.

When the world criticizes the severe act of Israel, they seem to consider it as age-old discrimination against Jew (anti-Judea).

Israel became more and more high-handed (the right wing) since Prime Minister Rabin (winning Nobel Peace prize) of the moderates was assassinated in 1995 by the Jewish young man objecting to the peace.

As one of the outcome, the separation barrier began to be made in the West Bank since 2002, and the total extension becomes 700km now.

In contrast, the United Nations did censure resolution, and there is certain American Jew group that stood up to have to correct such Israeli excessive act.

 

The young of the both sides don’t blame the responsibility of the war on each other, and consider that the causes are due to both sides, Arabic neighbor countries, and European and American.

 

This continues next time.

 

ここで注目するのは、反ユダヤが挙がっていることです。

世界がイスラエルの苛酷な行為を非難すると、彼らは昔から続くユダヤ人差別(反ユダヤ)と受け取るようです。

1995年に穏健派のラビン首相(ノーベル平和賞受賞)が和平反対派のユダヤ人青年に暗殺されてから、イスラエルは益々、強権的(右翼的)になっている。

その現れとして、ヨルダン側西岸に分離壁が2002年から造られ始め、現在総延長は700kmにもなっている。

これに対して国連は非難決議をし、こうしたイスラエルの行き過ぎを是正すべきとして立ち上がった米国のユダヤ人団体もある。

 

両者の若者は概ね、戦争の責任を相手国だけに押し付けるのではなく、双方またはアラブ周辺国と欧米にあるとみている。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 18: Seeing the Middle East and Arab world in films 11: Israeli-Palestinian conflict 1


中東に平和を! 18: 映画に見る中東とアラブ世界 11: イスラエルとパレスチナの紛争 1

 1

< 1. Jerusalem >

< 1. エルサレム >

 

I introduce the main point of Israeli-Palestinian conflict some times from today.

This is a religious war and ethnic cleansing that have continued for more than half a century.

And, the hatred and the fight penetrated into the Middle East, and their peace fades away more and more.

 

今日からイスラエルとパレスチナの紛争の要点を紹介します。

この争いは半世紀あまり続く宗教戦争であり民族浄化です。

そして、憎しみと戦いは中東に蔓延し、平和は益々遠のいている。

 

 

 2

< 2. Israeli-Palestinian conflict >

< 2.イスラエルとパレスチナの紛争 >

Upper photo: a suicide bombing in Israel.

Lower photo: Israeli attacked on the Gaza Strip.

 

上の写真: イスラエルでの自爆テロ。

下の写真: イスラエル軍によるガザ攻撃。

 

The beginning of this conflict

The conflict began between Jew who came over and Palestinian who was living in there from before.

In the early 20th century, a Judaist, Muslim and Christian had coexisted in the area of present Israel.

However, Jew of Europe started movement for rebuilding their nation on Palestine from the end of the 19th century. (Zionism)

 

After the First World War, the U.K. that had governed Palestine supported the movement first, and the League of Nations accepted the establishment of their nation, too. (Balfour Declaration in 1919, and British Mandate of Palestine during 1920-1948)

While the Holocaust attracted sympathy after the Second World War, the U.K. continued to limit immigration to Palestine to control the collision incidents that happened frequently by a Jewish rapid increase.

However, this intensified anti-British struggle by Jewish radicals, the U.K. gave up the mandatory administration by a large-scale blast incident, and entrusted the United Nations with the issue. (King David hotel bombing in 1946)

Then, the United Nations acknowledged that an Arab and a Jew divide this ground and are independent. (United Nations Partition Plan for Palestine in 1947)

The Jew received this and performed the establishment of Israel in 1948, but the Arab refused it.

 

During this time, the conflict became more intense, the Middle East war between Israel and the Arabic countries broke out at last in 1948, and occurred four times in total by 1973.

After that, the terrorism by Palestinian side, and the military offensive and rule expansion by Israel continue. (Lebanese Civil War, Gaza War, construction of separation barrier, and territory expansion)

Many Palestinians became refugees in the shadow of the conflict, and a Jew in the Middle Eastern was persecuted adversely.

 

The films that I already introduced, “ Lawrence of Arabia” “Schindler’s List” “ the other son” vividly talks about these process.

 

 

紛争の発端

争いの発端は、以前から住んでいたパレスチナ人と、後からやって来たユダヤ人にあります。

20世紀始めには、イスラム教徒、キリスト教徒とユダヤ教徒が今のイスラエルの地で共存していました。

 

しかし、19世紀末からヨーロッパで、ユダヤ人が自分の国をパレスチナに再建しょうとする運動を起こします。(シオニズム)

それを第一次世界大戦後、パレスチナを統治していた英国が最初に支持し、国際連盟も建国を認めます。(1919年のバルフォア宣言、1920-1948年のイギリス委任統治領パレスチナ)

第二次世界大戦後、ホロコーストが同情を集める一方、英国はユダヤ人急増で頻発する衝突事件を抑制する為に、パレスチナへの移民制限を継続していた。

しかしこれがユダヤ人過激派による反英闘争を激化させ、大規模爆破事件を切っ掛けに英国は委任統治を諦め、英国は国連にその後を委ねることにした。(1946年のキング・デイヴィッド・ホテル爆破事件)

そして国連はこの地をアラブ人とユダヤ人が分割して独立することを認めた(1947年のパレスチナ分割決議案)

これをユダヤ人は受け入れ、1948年にイスラエルを建国するが、アラブ人は拒否した。

 

この間、紛争は激しくなる一方で、ついに1948年、イスラエルとアラブ諸国との中東戦争が勃発し、1973年までに計4回の中東戦争が起こった。

その後も、パレスチナ側のテロとイスラエルによる軍事攻勢と支配拡大が続く。(レバノン内戦、ガザ侵攻、分離壁建設、領土拡大)

その影で多くのパレスチナ人が難民となり、逆に中東のユダヤ人は迫害された。

 

既に紹介した映画「アラビアのロレンス」「シンドラーのリスト」「もうひとりの息子」はこれらの経緯を如実に語っています。

 

 

What are Jew and Palestinian at odds with each other?

What is Jew?

 

Most people of Israel are Jew who came from all over Europe, Africa, the Middle East, and the world.

Now, by the law of Israel, Jew is defined by being born from Jewish mother or becoming a believer in Judaism.

There is a freedom of religion in Israel, so 5,200,000 Judaists, 1,100,000 Muslim, and 140,000 Christian coexist.

 

それでは、対立するパレスチナ人とユダヤ人とは何か?

 

ユダヤ人とは何者か?

映画「もうひとりの息子」を見て、両者の違いに疑問を持たれた方もおられるかもしれません。

 

イスラエル国民の多くはヨーロッパやアフリカ、中東、世界中から来たユダヤ人です。

現在、イスラエルの法律ではユダヤ人はユダヤ人の母親から生まれたか、ユダヤ教に入信

しているかです。

イスラエルには信仰の自由があり、ユダヤ教徒520万人、ムスリム110万人、キリスト教徒14万人が共存しています。

 

 

 

3

< 3. well-known Jewish American >

< 3.皆さんが良く知っているユダヤ系の米国人 >

 

From the top, scientist Einstein, diplomat Kissinger, economist Bernanke, investors George Soros, and actress Natalie Portman.

 

They emigrated to the United States or are descendant of the emigrant, and the most of them came from Europe.

Jew is a group attaching great importance to Judaism beyond language, and race.

And they have influence in the world as well as the United States and have a strong sense of unity.

 

上から科学者アインシュタイン、外交官キッシンジャー、経済学者バーナンキ、投資家ジョージ・ソロス、女優ナタリー・ポートマン。

 

彼らは米国に移住したか移民の子孫で、多くはヨーロッパから来た人です。

つまり、ユダヤ人は民族や人種、言語を越えたユダヤ教を重視する集団なのです。

そして、彼らは米国のみならず世界に影響力を有し、強固な一体感を持っているのです。

 

Who is Palestinian?

Until the beginning of the 20th century, they are Arab that has always lived in Palestine.

The origin is old, and is considered from that Jews were converted to Islam and became an Arab.

In other words, Jew should be nearer racially than the Israeli that came later.

 

一方、パレスチナ人とは何者か?

20世紀初めまで、パレスチナに以前から住んでいたアラブ人のことです。

古くはユダヤ人などがイスラムに改宗しアラブ化したのが起源です。

つまり、人種的には後から来たイスラエル人よりはユダヤ人に近いはずです。

そうは言っても、この地は三大陸の結節点なので、多くの民族や人種が入り混じっているのですが。

 

 

 4

< 4. well-known Middle Eastern Arabic person >

< 4.著名な中東アラブ系の人 >

 

From the top, current President of Syria Al-Assad, Nissan’s CEO Carlos Ghosn, late President of Egypt Nasser, scholar Edward Saeed, and actor Omar Sharif.

 

上から現シリア大統領アサド、日産CEOカルロス・ゴーン、故エジプト大統領ナセル、学者エドワード・サイード、俳優オマル・シャリーフ。

 

What was the cause of the fight of both?

Jew had survived the history of the persecution for 2000 years, and therefore they strongly united together, and demanded a ground of living in peace.

During the Great War, Europe ruled Palestine and permitted the Jewish settlement as an atonement of the persecution.

However, people to immigrate en masse were only strangers to people that have lived from old times in there and been suddenly ruled.

Thus, the collision incidents advanced to war at last.

 

This continued next time.

 

両者の争いの原因は何だったのか。

結局、2千年の迫害の歴史を生き抜いたユダヤ人が、それゆえに強く団結し、安住の地を求めた。

そして、大戦の間隙を縫って、ヨーロッパがパレスチナを支配し、迫害の罪滅ぼしとユダヤ人の入植を許した。

しかし、従来から住む支配された人々にとって、大挙して入植する人々はよそ者に過ぎなかった。

かくして、小競り合いは遂に戦争へと進んだ。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 17: Seeing the Middle East and Arab world in films 10: the other son


 

中東に平和を! 17: 映画に見る中東とアラブ世界 10: もうひとりの息子

 

1

  • * 1

 

Today, I introduce the film ”the other son” that was filmed on location in Israel and Palestine.

This film asks what the ethnic battle is through a bond of parent and child.

 

今日は、イスラエルとパレスチナで撮影された映画「もうひとりの息子」を取り上げます。

この映画は親子の絆を通して民族紛争とは何かを問いかける。

 

 

2

< 2. setting of the film >

< 2.映画の舞台 >

Current Israel and Palestine are setting of the film.

現在のイスラエルとパレスチナが舞台です。

 

Summary of the film

-Production-

It was made in France in 2012.

 

-Contents-

This story opens with two families of Israel and Palestine surrounded by separation barriers.

 

The Middle East conflict between a Jew and an Arab continues for half a century.

Giant Israel strengthens the racial discrimination, and weak Palestine increases hatred.

Still the two families were living happily.

 

One day, the parents know that there was an accident at the time of the birth of their sons.

It brought two families conflicted feeling, but before long two sons became ..…

 

映画の概要

 

―製作―

フランス、2012年。

 

―内容―

イスラエルと分離壁で囲まれたパレスチナの二つの家族によって話は展開する。

 

半世紀にわたるユダヤ人とアラブ人の泥沼の中東紛争がある。

強者イスラエルは人種差別を強固にし、弱者パレスチナは憎悪を募らせるばかりです。

それでも二つの家族は幸せに暮らしていた。

 

そんなある日、息子の誕生時に事故があったことを両親は知る。

それは家族に葛藤をもたらすが、やがて二人の息子は・・・・。

 

Story

ストーリ

 

3

< 3. beginning >

< 3.発端 >

Upper photo: sons of the leading player.

Israeli Joseph in the right side, and Palestinian Yacine in the left side.

 

Central photo: a beginning scene of the film.

After this, Joseph takes an examination for conscription, and the accident at the time of his birth becomes clear.

 

Lower photo: their parents.

Joseph’s parents in the left side, and Yacine’s parents in the right side.

For the first time, they know the facts that Yacine and Joseph was mixed up at the time of their birth in a hospital.

 

上の写真: 主役の息子達。

右がイスラエル人のヨセフ、左がパレスチナ人のヤシン。

 

真ん中の写真: 映画の冒頭シーン。

この後、ヨセフは徴兵検査を受け、誕生時の事故が明らかになる。

 

下の写真: 互いの両親。

左がヨセフの両親、右がヤシンの両親。

ここでヨセフとヤシンが出生時、病院で取り違えられたことが知らされる。

 

4

< 4. Yacine returns to his home >

< 4.ヤシンの帰郷 >

Yacine returned home from studying in France.

He received an inspection by Israeli military and came back to his home in the separation barrier.

There were parents, an older brother, and a younger sister welcoming him.

 

ヤシンはフランス留学から帰国した。

彼はイスラエル軍の検問を受け、分離壁の中の我が家に帰って来た。

そこには温かく迎える両親や兄、妹がいた。

 

5

< 5. Joseph >

< 5.ヨセフ >

 

Joseph has enjoyed a freedom before his conscription and has lived with a family happily.

 

By the accident that mixed up them, his parents became not only other persons but also he suddenly belonged to fighting enemy.

Furthermore, he lost his religious identity because his mother was not a Jew.

Even if he desired to be a Judaist, the rabbi pronounced that he could not be it.

 

Then he passes through a checkpoint, and goes to meet his biological family of Palestine.

 

ヨセフは徴兵前の自由を楽しみ、家族と幸せに暮らしていた。

 

取り違え事故によって、両親が他人であるだけでなく、自分は争う敵の一員になった。

さらに母がユダヤ人で無いことは、ヨセフから宗教的アイデンティティーを奪い取った。

ラビは、彼が望もうがユダヤ教徒ではありえないと宣告した。

 

そして彼は検問所を通り、血のつながったパレスチナの家族に逢いに行く。

 

6

< 6. Yacine’s family >

< 6.ヤシンの家族 >

 

Yacine’s family is invited from Joseph’s family, and they go in Israel.

The older brother of Yacine refused to go to Israel that he should hate.

 

ヤシンの家族はヨセフの家族から招待を受けて、イスラエルに入る。

ヤシンの兄は、憎むべきイスラエルに行くことを拒否した。

 

7

< 7. at the end >

< 7.最後に >

 

Each parent and older brother agonizes for anger against enemy and despair, but each mother recognizes this fact before long.

Two sons have a conflicted feeling with the bond of parent and child, but they become friends while they are looking for identity in adverse country.

 

One day, Joseph is stabbed by a ruffian at a shore of Israel, and he come into hospital.

The older brother (biological brother) of Yacine and Yacine came to visit Joseph.

 

Yacine: “I called your parents. They are coming.”

Joseph:   “ My parents? Which ones?”

 

The film ends here.

 

 

互いの両親と兄は敵への怒りと絶望で苦悶するが、やがて母親らはこの事実を受容していく。

息子達は、親子の絆に葛藤しながらも、アイデンティティーを互いの国に探し求める内に、仲良くなって行く。

 

ある時、ヨセフがイスラエルの海岸で暴漢に刺され入院することになる。

そして、ヤシンとヤシンの兄(ヨセフの血縁の兄)が見舞いに来た。

 

ヤシン:「私は君の両親を呼んだ、すぐに来るよ!」

ヨセフ:「私の両親? どちらかな?」

 

ここで映画は終わる。

 

8

There is the whole film of 1 hour and 45 minutes in You Tube, and it is not in Japanese.

YouTubeの映画全編1時間45分、日本語ではありません。

https://youtu.be/iQfsEITimac

 

Sentiments

This film carefully describes “love of the family” happening in maelstrom of the intense ethnic antagonism.

 

The accident of mixed up babies comes to break the reliability of a source of conflict.

How much meaning does the difference of race and religion that creates the hatred between Jew and Arab have?

 

This film shows that there is a hope in the Middle East conflict.

 

 

感想

この映画は、激しい民族対立の渦中で起こる「家族の愛」を丁寧に描いている。

 

一つの赤子の取り違え事故が、両者対立の信憑性を突き崩すことになる。

ユダヤ人とアラブ人の憎悪の根にある宗教や民族の違いはどれほどの意味があるのだろうか。

 

この映画は今の中東紛争にも希望があることを示している。

 

About the Middle East conflict between Israel and Palestine

Unfortunately, the reality is much more miserable.

Therefore I introduce some helpful points of the understanding of the Middle East conflict on the next time.

 

What is Israel and Palestine?

What did the Middle East conflict bring?

 

This continues next time.

 

 

イスラエルとパレスチナの中東紛争について

残念ながら、現実は遙かに悲惨です。

そこで中東紛争の理解の助けになる、いくつかのポイントを次回紹介します。

イスラエル、パレスチナとは何か?

中東紛争は何をもたらしたのか?

 

次回に続きます。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 14: Seeing the Middle East and Arab world in films 7: Terraferma


中東に平和を! 14: 映画に見る中東とアラブ世界 7: 海と大陸

 

1

  • * 1

 

I introduce the film “Terraferma” that was filmed on location in a small beautiful island of Italy.

In 2013, when refugees hadn’t become big problem in Japan, I saw this film and was shocked.

 

今日は、イタリアの小さな美しい島で撮影された映画「海と大陸」を取り上げます。

日本で難民があまり問題になっていない2013年に、私はこの映画を見て、衝撃を受けました。

 

 

 

2

< 2. Setting of the film >

< 2. 映画の舞台 >

Upper map: a blue star is Isola di Linosa is setting of the film.

Lower photo: Isola di Linosa.

 

上の地図: 青い星印が、映画の舞台になったリノーサ島です。

下の写真: リノーサ島。

 

 

Summary of the film

― Production ―

It was made in Italy in 2011.

 

― Contents ―

The setting is a small island being full of pleasure guests in the present day, and the story opens with a young fisherman Filippo rescues some refugees that are drifting from Africa at sea.

 

This island’s people intend to change its economy from fishery that continued to decline to tourist business.

Filippo is puzzled among mother who wants to begin new life on the mainland, an uncle who turned to tourist business, and a grandfather who are going to continue fisherman.

 

In this sea area, drifting refugees from Africa increase increasingly, and the dead bodies are washed ashore of this island frequently.

One day, Filippo and the grandfather rescue a pregnant mother and child of refugee, and shelter them in house.

This holy act will cause disturbance.

 

 

 

映画の概要

―制作―

イタリア、2011年。

 

―内容―

舞台は現代、観光で賑わう小さな島の若い漁師フィリッポがアフリカから流れ着いた難民を救ったことから話は展開する。

 

この島は衰退の一途をたどる漁業から観光に転換しようとしていた。

フィリッポは漁師を続けようとする祖父、観光業に転じた叔父、本土で新生活を始めたい母との間で戸惑う。

 

この海域には、日増しにアフリカからの難民が漂流し、島に死体が打ち上げられることも度々だった。

そんなある日、フィリッポと祖父は難民で身重の母子を救い、家で匿うことになる。

この尊い行為が波乱を呼ぶことになる。

 

Story

ストーリ

 

3

< 3. chief character and his family >

< 3.主人公と家族 >

This is a chief character Filippo.

Lower photo: his mother objects to the continuation of fishery proposed by his grandfather.

 

この青年が主人公のフィリッポ。

下の写真: 母は祖父の漁業継続に反対する。

 

 

4

< 4. rescuing the mother and child of refugee >

< 4.難民の母子を救出 >

 

One day, Filippo find refugees from fishing boat.

The grandfather saves the mother and child without hesitating, and Filippo shelters it in his house in violation of a law.

The pregnant mother gives a birth in the house.

 

ある日、出漁していて難民のボートを発見します。

海の掟を重んじる祖父は躊躇することなく母子を救い、法に違反して家に匿う。

そして、その身重の母は出産します。

 

 

5

< 5. the island being full of pleasure guests >

< 5.観光で賑わう島 >

 

Filippo helps with tourist business of his uncle, remodels his home, and starts a guesthouse together with mother.

Lower photo: many drifting refugees from Africa reached the beach full of pleasure guests.

 

フィリッポは叔父さんの観光業を手伝い、また自宅を改造し母と共に民宿を始めた。

下の写真: 海水浴客で賑わう浜辺に、アフリカの難民が多数流れ着いた。

 

 

6

< 6. Refugee issue >

< 6. 難民問題 >

Upper photo: Police officers take the refugees of the beach.

Central photo: The refugees are deported to their homeland.

Lower photo: villagers talk about refugees, and his grandfather is sitting down midmost.

” We want to help refugees, but must take away them to police as soon as finding them”

“Refugees and dead bodies drifted frequently give damage to sightseeing of our island”

Most of the opinions are negative for refugees.

 

 

上の写真: 浜辺に漂流した難民を連行する警察官達。

真ん中の写真: 強制送還される難民。

下の写真: 真ん中に座る祖父と村人が難民について話し合います。

「難民を助けてやりたい気持ちもあるが、見つけ次第、警察に届けなければならない」

「頻繁に流れ着く難民や死体は、島の観光にダメージを与える」

多くは難民に否定的である。

 

 

 

7

< 7. the last >

< 7.最後に >

 

His mother who was against sheltering refugees at first becomes sympathizing with the mother and child before long.

One day, the grandfather decides to smuggle the mother and child to mainland that her husband lives in.

Filippo departs taking the mother and child on a small fishing boat at the midnight, and the film becomes last.

 

難民を匿うことに反対だった母も、やがて母子に共感するようになる。

ある日、祖父はこの母子を彼女の夫がいる本土に密航させることを決断する。

フィリッポは真夜中に小さな漁船に母子を乗せて出港し、映画のラストになる。

 

 

8

There is the whole film of 1 hour and 29 minutes in YouTube, and it is not Japanese.

YouTubeの映画全編1時間29分、日本語ではありません。

https://youtu.be/R19t5mrZ2GM

 

Impression

This film, without terminating in the happy ending, casts a difficult problem, and impresses us with a certain thing deeply.

It is refugees that must do a voyage risking own death, and persons that cannot stop saving refugees.

 

About refugees

Should we rescue refugees from humanitarian viewpoint, or refuse them for stopping social anxiety?

 

Now, a reason that Europe and America drift to the right is due to the public opinion of refugee’s refusal becoming strong.

Such scapegoat has been repeated historically.

The ground of the refusal is that refugees invite the decline in the security situation and the increase of unemployment rate.

We cannot ignore this reason, and if you regard the rescue of refugees as only humanitarianism being void, this argument is putting it too bluntly.

 

This continues next time.

 

感想

映画は、ハッピーエンドで終わることなく、私達に難問を投げかけ、あることを深く印象付けた。

それは死を賭して渡航する難民、それを救わずにはいられない人間の存在です。

 

私は切実な難民問題と解決の困難さを知り、2年後のクロアチア旅行で思い知ることになった。

 

難民について

難民を人道的立場から救出すべきか、それとも社会不安を助長しないように拒絶すべきか?

 

現在、欧米が極右化しているのは、歴史的に繰り返されて来たスケープゴート、難民拒絶が強まっているからです。

拒絶の根拠は難民が治安悪化と失業率の増大を招いていると言うものです。

これを偏見と無視することは出来ませんので、救出を人道的な絵空ごとと捉えてしまえば、身も蓋もありません。

 

次回、この問題について考察します。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 13: Seeing the Middle East and Arab world in films 6: The historical backdrop


 

中東に平和を! 13: 映画に見る中東とアラブ世界 6: その時代背景

 

1

< 1. Central player of three films >

< 1. 三つの映画の主役 >

 

There is a common historical backdrop in the setting of “Lawrence of Arabia”, “The Four Feathers” and “The Wind and the Lion”.

It was imperialism, colonization by powerful countries.

I make the argument clear today.

 

 

既に紹介した三つの映画「アラビアのロレンス」「サハラに舞う羽根」「風とライオン」の舞台には共通する時代背景がありました。

それは帝国主義、列強による植民地化でした。

今日は、この問題を整理します。

 

In that time, what was taking place in the Middle East and Arab world?

この時代、中東とアラブ世界で何が起きていたのか

 

 

2

< 2. Colonization >

< 2. 植民地 >

Upper map: The greatest domain of Ottoman Empire.

Lower map:   Colonies at the time of 1914.

上の地図: オスマン帝国の最大領域。

下の地図: 1914年当時の殖民地。

 

An Algerian feudal lord was angry with France that continued avoiding paying a debt, and beat a consul in 1827.

France sent fleets on the pretext of it and Algeria surrendered at last by the armed forces.

France obtained Algeria without a difficulty in this way.

 

Egypt was ruled by the U.K. since 1882 as we saw in the case of “The Four Feathers”.

 

In 1911, Italy having got behind declared the war against Ottoman Empire suddenly to obtain Libya, and made it surrender.

 

Morocco had been an independent country for a long time, and the reason was Morocco could escape from the rule of Ottoman Empire because it was on the west edge,

However, the armed forces of powerful countries had been stationed as we saw in the case of “The Wind and the Lion”, and the scramble began.

In 1912, France divided North Africa with the U.K. and Italy, pushed out Germany attempting to interrupt, and possessed Morocco.

 

1827年、アルジェリアの太守が借金を踏み倒し続けるフランスに怒り、領事を叩いた。

フランスはこれを口実に艦隊を送り、ついには軍隊で降伏させた。

こうしてフランスは難なくアルジェリアを手に入れた。

 

エジプトは「サハラに舞う羽根」で見たように1882年から英国に支配されていた。

 

1911年、遅れをとっていたイタリアは、リビアを手に入れる為に突然、オスマン帝国に宣戦布告し、これを降伏させた。

 

モロッコは、西の端にあったおかげでオスマン帝国の支配を逃れ、長らく独立国であった。

しかし、「風とライオン」で見たように列強の軍隊が駐留し、取り合いが始まっていた。

1912年、フランスは北アフリカを英国とイタリアで分割し、割り込もうとしたドイツを排除し、モロッコを領有した。

 

 

3

< 3. Middle Eastern colony >

< 3. 中東の植民地 >

 

The subjection of the Middle East began between 1920 and 1921, Syria and Lebanon was ruled by France, and Jordan, Palestine and Iraq was ruled by the U.K.

This stamped on the independence, the promise with the Arab of “Lawrence of Arabia”.

When the U.K. had governed Palestine, it was the beginning of the present conflict in Israel to have promised Jewish return.

 

In this way, powerful countries took advantage of Ottoman Empire’s weakness, had divided the Middle East and Arab world from about the 1870s, and subsequently had did the most of Africa.

 

中東は、1920から21年にかけて、シリア・レバノンはフランスの支配、ヨルダン・パレスチナ・イラクはイギリスの支配となった。

これは独立の為に戦ったアラブ、「アラビアのロレンス」の人々との約束を踏みにじるものでした。

英国がパレスチナを統治し、ユダヤ人の帰還を約束したことが、今のイスラエル紛争の発端になった。

 

こうして欧州列強は、1870年代頃より、オスマン帝国の弱体に付込み、中東とアラブを手に入れ、次いでアフリカ全土を分割していった。

 

 

4

< 4. Colonies in the world in 1914 >

< 4. 1914年の世界の殖民地 >

 

Why did imperialism rise suddenly?

Since the mid-19th century, why did powerful countries fiercely compete for acquiring colonies by the armaments?

 

Some reasons.

Along with the changes of the industrial structure and economy in the powerful countries, they needed to expand the export of capital, the import of the food or raw materials, and the export of industrial products.

The domestic economy suffered from big recession many times, and the government had to turn away the people’s dissatisfaction from their own countries.

The prohibition of slave trade in the mid-19th century forced the economy and trade of related countries to change.

 

Furthermore, a decline of the U.K., a rise of Germany and America, and advancing southward of Russia happened, and the balance of power among nations begun to collapse.

They worked synergistically and it began.

 

Before long, if a large amount of capital was spent in the colony and the people’s residence to the colony advanced, the powerful countries needed to keep that security.

Like this, the powerful countries came to have to continue forcing it even if the colony management was deficit.

After all, the powerful countries used tax, and flowed the people’s blood, and then they oppressed many colonies.

 

This irrationality is due to the fact that they fall into the competition for acquiring colonies in large part with being tormented by uneasiness.

 

 

なぜ帝国主義が勃興したのか

19世紀中期以降、なぜ列強は軍事力によって植民地獲得にしのぎを削ったのだろうか。

 

いくつかの理由

列強の経済と産業構造の変化に伴い、列強は資本輸出、食料と原料輸入、工業製品輸出の拡大が必要になった。

その国内は幾度も大不況に見舞われ、政府は国民の不満を外部に逸らす必要があった。

19世紀半ばの奴隷貿易の禁止は、該当国の経済と貿易に変革を迫った。

 

さらに、英国の衰退、ドイツと米国の台頭、ロシアの南下など、国家間の均衡が崩れ始めた。

これらが相乗して始まった。

 

やがて植民地に多額の資本が投入され、国民の居留が進むと、列強はそれらの安全を守る必要が生じた。

こうなると植民地経営が赤字であろうが、列強はそれを強行し続けなければならなくなった。

結局、列強は税金を使い、国民の血を流したあげくに植民地を虐げることになった。

 

この不合理は、列強が不安に苛まれ、領土獲得競争に陥ったことが大きい。

 

5

< 5. The imperialism caused the World War >

< 5. 帝国主義は世界大戦を招いた >

 

Lesson of the history

As described above, the imperialism made the independence reproduction (democracy and economic independence) of the ex-colony difficult.

 

However, there is more.

The competition for acquiring colonies converged to the opposition between the two huge groups (Triple Entente, Triple Alliance) before long.

In Balkan Peninsula, as one bullet desiring for national liberation was shot, the two huge groups fought to the full extent of the power, and Europe became weak.

 

After all, they checked opponents by territory expansion and armaments reinforcement, and destroyed themselves due to have depended on expansion of the alliance.

 

In the days of the law of the jungle, there were some countries that did not this folly in Europe.

It is Switzerland or Sweden.

 

This continues next time.

 

歴史の教訓

既に見たように、帝国主義はかつての植民地の自立再生(民主主義、経済自立)を困難にした。

 

しかしそれだけではない。

領土分割競争は、やがて2大陣営(三国協商、三国同盟)による対立へと収束していった。

そうしてバルカン半島での民族解放を求める一発の銃弾から、2大陣営が死力を尽くし戦い、欧州は弱体化した。

 

結局、列強は領土拡大と軍事力増強で相手を牽制し、さらに同盟拡大に頼ったことにより、自滅した。

これは今風に言えば、抑止力を高め集団的自衛権を行使したことになる。

第二次世界大戦後、国連でこの過ちを二度と犯すまいと議論されたのだが・・・・

 

当時、弱肉強食の時代にあって、この愚を犯さない国が欧州内にあった。

それはスイスやスウェーデンなどです。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 12: Seeing the Middle East and Arab world in films 5: The Wind and the Lion


中東に平和を! 12: 映画に見る中東とアラブ世界 5: 風とライオン

 

1

*1

 

I introduce the film “ The Wind and the Lion” starring Sean Connery today.

The film is based on a kidnapping that happened in Morocco.

One Arabic patriarch defied Europe and America.

 

今日は、ショーン・コネリー主演の映画「風とライオン」を取り上げます。

これは、モロッコで起きた誘拐事件の映画化です。

一人のアラブの族長が欧米に挑んだ。

 

 

2

< 2. Setting of the film >

< 2. 映画の舞台 >

 

The black dot is the town Tangier where the kidnapping case happened.

Raisuli who caused the incident was a patriarch of Rif area (above red line).

In this area, many revolts happened against the rule of powerful countries in Europe.

 

黒丸が誘拐事件の起きた町タンジールです。

事件を起こしたのはリーフ地方(赤い線より上)の族長ライズリーでした。

この地方では、欧州列強の支配に対して幾度も反乱が起きている。

 

Summary of the film

― Production ―

The U.S. made it in 1975.

 

― Contents ―

The setting was the time that powerful countries in Europe competed with each other in order to rule the North Africa.

The Kingdom of Morocco that lasted for nearly 400 years had formed a friendship with Europe for a long time, but the independence began to be violated from the late 19th century.

 

In 1904, Raisuli that had Mohammed’s blood line kidnapped American Eden mother and children for aiming at elimination of foreign power.

As soon as the U.S. President Roosevelt scheduled to have re-election knew this, he dispatched the Marine Corps to Morocco for the rescue.

 

Raisuli released the mother and children subject to the withdrawal of the foreign soldiers, but he was arrested by the armed forces of Germany and France.

This was a betrayal by a Moroccan feudal lord of his relatives.

Mrs. Eden received protection of the United States Marine Corps to rescue Raisuli, subordinates of Raisuli increased more, and the rescue succeeded after a heroic fight.

 

 

映画の概要

―製作―

米国、1975年。

 

―内容―

舞台は欧州列強が北アフリカの支配を巡って凌ぎを削っていた時代です。

400年近く続くモロッコ王朝は、長らく欧州と友好政策を採っていたが、19世紀後半から独立が侵され始めていた。

 

1904年、モハメッドの血を引くライズリーは、外国勢力の排撃を目指し、米国のイーデン母子を誘拐し連れ去った。

再選を控えていた米国大統領ルーズベルトはこれを知ると、奪還のためにすぐさま海兵隊をモロッコに派遣した。

 

ライズリーは外国兵の撤退を条件に母子を釈放したが、ドイツとフランスの軍隊に捕らえられた。

これは身内のモロッコ太守の裏切りであった。

イーデン夫人は、ライズリーを救出する為に米国海兵隊の援護を受け、さらにライズリーの部下も加わり、壮烈な戦いの末に救出は成功した。

 

 

Story

ストーリ

 

 3

< 3. Raisuli >

< 3.ライズリー >

 

He is a Berber and was able to speak English.

The Berber had been an indigenous people before Arab came over, and is Muslim.

They occupy the half of population of Morocco, and the royal family that has lasted until today is Berber.

 

彼はベルベル人で、英語が話せた。

ベルベル人はアラブ人がやって来る前の先住民で、イスラム教徒です。

彼らはモロッコの人口の半数を占め、現在に続く王家もベルベル人です。

 

 

 

 4

< 4. Mrs. Eden >

< 4.イーデン婦人 >

 

She was kidnapped, but she was attracted by his personality.

彼女は誘拐された。

しかし、彼女は彼の人柄に惹かれて行く。

 

 

 5

< 5. President Roosevelt >

< 5.ルーズベルト大統領 >

 

These are the president doing his election campaign, and a scene of the dispatch of Marine Corps.

遊説中の大統領と海兵隊の出動シーン。

 

 

 6

< 6. Dramatic rescue operation >

< 6. 救出劇 >

 

Mrs. Eden who was angry at betrayal led the Marine Corps to rescue him.

Berber goes toward the rescue.

The Marine Corps attacks a palace.

 

A letter from Raisuli arrived to Roosevelt who became the winner.

“I (Raisuli), like the lion, must remain in my place, while you, like the wind, will never know yours.”

 

At the last, Raisuli leaves on the back of sun falling into the desert.

 

裏切りに怒ったイーデン夫人が救出を先導する。

救出に向かうベルベル人部族。

海兵隊が宮殿を攻める。

 

勝者となったルーズベルトの下にライズリーからの書簡が届く。

「あなたは風のごとく、私はライオンの如し。・・」

 

ラストで、ライズリーは砂漠に落ちる夕陽を背景に去って行く。

 

People who defied powerful countries

In the Rif area of Morocco, Berber fought against Spain (1893, 1909, 1920) three times.

In 1920, a patriarch Abd el-Krim beat off Spain for a period of time in the third fight, and he founded a republic.

However, he was beaten by French military, and the republic collapsed in 1925.

This became the pioneer of national liberation movement of Morocco.

 

列強に抗った人々

モロッコのリーフ地方では、ベルベル人が三度スペイン(1893、1909、1920年)と戦った。

1920年、族長アブド・アルカリームが蜂起した三度目の戦いでは、一時はスペインを追いやり、共和国を建国した。

しかし介入したフランス軍に敗れ、1925年に共和国は崩壊した。

これはモロッコの民族解放運動の先駆けとなった。

 

 

 

7

< 7. Abdelkader El Djezairi and his fight >

< 7. アブド・アルカーディールと戦い >

Two of lower pictures: It is Battle of Smala in 1843, and a series of pictures.

下の二枚の絵: 1843年のBattle of Smala。続きの絵です。

 

Abdelkader El Djezairi is called the father of national liberation movement.

Novelist Victor Hugo described him as ” A valiant military officer and dignified religious leader”.

 

When France began to invade Algeria, he who was a leader of Islam declared jihad against it.

In 1831, their liberation army made an attack against a Foreign Legion first, and French military was made complete fools of by them.

At the peak, they had 12000 soldiers, and gained control of 2/3 of the territory.

However, the French military thoroughly burnt down villages being in favor of the liberation army and massacred these villagers.

Thus, the support of the people collapsed, and the whole family of about 60,000 was driven into the desert.

In 1842, they got away into Morocco and plotted a comeback.

However, in 1847, they suffered crushing damage and surrendered after the fight during sixteen years.

 

France released him though confined him at first, and he became a recipient of a decoration.

He got respect from an ally and enemy.

 

This continues next time.

 

 

民族解放運動の父と呼ばれている人物がアブド・アルカーディールです。

小説家ヴィクトル・ユーゴーは彼を「凛々しい軍人、威厳のある宗教指導者」と形容した。

 

フランスがアルジェリアを侵略し始めると、イスラム教の指導者であった彼はジハードを宣言した。

1831年、彼ら解放軍は外人部隊への襲撃を皮切りに、盛時には12000の兵を要し、フランス軍を翻弄し、領土の2/3を制圧した。

しかしフランス軍は、開放軍に味方する村々を徹底的に焼き払い、村人を殺戮していった。

こうして民衆の支持は崩れ、6万人ほどの一族郎党が砂漠に追い込まれ、1842年にはモロッコに逃れ、再起を図った。

しかし1847年、壊滅的な損害を受け、16年間の戦いの末に投降した。

 

彼は幽閉されるも釈放されフランスから受勲されるなど、敵味方から敬意を払われた人物だった。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 11: Seeing the Middle East and Arab world in films 4: The Four Feathers


 

中東に平和を! 11: 映画に見る中東とアラブ世界 4: サハラに舞う白い羽根

 

1a

 

Today, I introduce action film “The Four Feathers”.

This is the sixth time the British novels “The Four Feathers” in 1902 was made into a film.

The love and friendship of British officer are expressed through adventure and battle in desert.

 

今日は、冒険映画「サハラに舞う白い羽根」を取り上げます。

これは、1902年の英国の小説「The Four Feathers」の6度目の映画化です。

英国将校の恋愛と友情が砂漠の冒険と戦闘を通じて描かれています。

 

 

2

< 2. Setting of the film >

< 2.映画の舞台 >

A red arrow shows the main battlefield Khartoum, current capital of Sudan.

赤い矢印が主な戦場ハルツーム、現在のスーダンの首都です。

 

Summary of the film

― Production ―

It is a collaboration of Britain and the United States in 2002.

The director is Shekhar Kapur and Heath Ledger is playing the role of Harry.

 

― Contents ―

This fiction was derived from a colonial war.

 

The setting is Sudan that was under the control of Egypt in the end of the 19th century.

In those days, the U.K. was the largest empire having maximum colonies, obtained the Suez Canal (1969 completion) in 1975, and ruled over Egypt since 1882.

The U.K. dispatched a British general in 1884 to suppress an independence war that Muslim started in Sudan.

 

This story revolves around this war.

In the U.K. four young elite officers had enjoyed youth, and Harry had gotten Ethne.

However, they were ordered the troops deployment to Sudan.

Harry was having a suspicion about own country’s imperialism, and decided leaving the military, but his three friends went to the battlefront.

In those days, the economy of the U.K. had begun to get dark, and the profligate colonial policy drew criticism often.

 

Four white feathers reached him from friends and his fiancé, it meant “a coward”, and she left him.

However, when he knew that the friends of the battlefield were numerical inferiority, he went toward the battlefield by oneself.

And He continued struggling as having narrow escape from death often in the battlefield of desert.

 

 

映画の概要

―制作―

英米合作、2002年。シェカール・カブール監督、ヒース・レジャー主演(ハリー役)。

 

―内容―

これは殖民地戦争を題材にしたフィクションです。

 

舞台は19世紀末、エジプトの支配下にあったスーダンです。

当時、英国は最大の植民地を有する大帝国で、1975年にスエズ運河(1969年完成)を手に入れ、1882年からエジプトを支配していた。

スーダンで起きたイスラム教徒の独立戦争を治める為に、英国は1884年に英国人将軍を派遣した。

 

この戦争を軸に物語は展開していく。

英国では、4人の若いエリート将校が青春を謳歌し、ハリーは婚約者エフネを得ていた。

しかし、彼らにスーダン出兵が命じられた。

ハリーは自国の帝国主義に疑問を抱き、除隊を決意し、一方3人の友は戦地に向かった。

当時、英国経済は陰り始め、金食い虫の植民地政策に批判もあった。

 

4枚の白い羽根が友人と婚約者から彼に届く、これは「臆病者」意味し、彼女も去った。

しかし、彼は戦場の友人達が劣勢だと知り、一人戦場に向かう。

彼は、砂漠の戦場で九死に一生を得ながらも奮闘し続ける。

 

Story

ストーリ

 

 3

< 3. While experiencing extremely smooth sailing >

< 3.順風満帆な時 >

Harry and friend Jack.

Harry and his fiancé Ethne.

Ethne comes to be linked to Jack due to his leaving the military.

 

ハリーと友人ジャック。

ハリーと婚約者。

ハリーの除隊で、婚約者はジャックと結ばれていく。

 

 

 4

< 4. Battlefield   >

< 4. 戦場 >

 

His friends went toward the battlefront to suppress the revolt of Sudan.

スーダンの反乱を鎮圧する為に、友人は戦地に向かった。

 

 

 5

< 5. Harry fights a lonely battle >

< 5.ハリーの孤軍奮闘 >

 

Harry crosses the desert to fight together friends by oneself, and enters a mercenary force.

Then he gets to know a black Abou.

He entrust the Abou with telling a British military corps about an ambush of the enemy, but the corps was severely defeated due to not believing Abou.

 

ハリーは友人達と共に戦う為に、一人で砂漠を横断し、傭兵部隊に入る。

そこで黒人アブーと知り合う。

英国部隊に敵の待ち伏せを知らせようとアブーに託すが、信じてもらえず、部隊は壊滅する。

 

 

 6

< 6. Tremendous battle >

< 6.壮絶な戦い >

 

While the British military is defeated many times by Arabic military of Sudan, Harry rescues friends as being helped by Abou.

 

Finally, you understand who true brave man was.

 

英軍はスーダンのアラブ軍に幾度も敗退する中で、ハリーはアブーに助けられながら、友人達を救出していきます。

 

そして最後に真の勇者は誰だったのかがわかる。

 

 

In those days, what was taking place in Egypt and Sudan?

この時代、エジプトとスーダンで何が起きていたのか

 

 7

< 7. Arab world in those days >

< 7.当時のアラブ世界 >

Upper map:   The territory of the Ottoman Empire.

Central map: The territory of the Muhammad Ali dynasty.

Lower map:   Colonies since the end of the 19th century.

 

上の地図: オスマン帝国の領土。「Acquisition」は獲得を意味する。

真中の地図: ムハンマド・アリー朝の領土。

下の地図: 19世紀末からの植民地。

 

Egypt was under the control of the Ottoman Empire, but Albanian Muhammad Ali dynasty (1805-1953 years) held real power and conquered Sudan in the early 19th century.

In 1840, Sudan was placed under the protection of the U.K.

The above-mentioned independence war (1883-) of Sudan was suppressed, and Sudan was placed under the rule of the U.K. from 1899.

Egypt had enormous debts from Britain and France by excessive modernization, and was incapable of moving by financial interference of the U.K.

When a national revolution happened in Egypt, the U.K. dispatched the armed forces on the pretext of this, and made Egypt a protected nation in 1882.

 

 

エジプトはオスマン帝国の支配下にあったが、アルバニア系のムハンマド・アリー朝(1805-1953年)が実権を握っており、19世紀始めにスーダンを征服した。

1840年、スーダンは英国の保護下に置かれた。

前述のスーダンの独立戦争(1883~)は制圧され、1899年から英国の統治下に置かれた。

エジプトは過度な近代化で英仏からの膨大な負債を抱え、英国の財政干渉で身動きが取れなかった。

エジプトで民族革命が起きると、これを口実に英国は軍隊を派遣し、1882年、エジプトを保護国にした。

 

 

As a result, what had happened?

この結果、何がもたらされたのか

 

When an independence movement broke out again in Sudan in 1924, the U.K. strengthened the north and south division policy.

This restricted all interchange between the northern Muslim area and southern Christian area, and made the united movement difficult.

This is important reason why the domestic warfare of Sudan still has continued today.

Most of domestic warfare, ethnic conflicts, in the world are caused by this.

 

In Egypt, British Government directly did oppressive taxation for the enormous debt collection, and the life of the people fell into extreme poverty.

In addition, British Government suppressed the education expense so that social awareness does not arise among people, and the literacy rate of them was not above 1% through the 19th century. ( obscurantist policy)

Furthermore, the latifundism system of cotton supply was left unattended, and British Government succeeded on maintaining the politics regime. (monoculture)

These three colonial policies, division policy, obscurantist policy, monoculture, continue obstructing reproduction of democratization and economy, and it is big reason why many former colony in the world cannot regenerate after independence, too.

 

 

スーダンで、1924年にまた独立運動が勃発すると、英国は南北分断政策を強化した。

これは北部のムスリム地域と南部のキリスト教徒地域の交流を規制し、統一運動を困難にした。

これが今日に続く、スーダン内戦の重要な契機になっている。

世界の民族紛争は、多くがこれに起因している。

 

エジプトでは、英国政府が膨大な債権回収の為に直接に苛税し、民衆の生活は困窮を極めた。

また社会意識が芽生えないように教育費を抑え、19世紀を通じて識字率は1%を越えることはなかった。(愚民政策)

さらに綿花供給の大土地所有制度を温存し、体制維持を図った。(モノカルチャー)

 

これら三つの植民地政策、分断政策、愚民政策、モノカルチャーが、民主化と経済の再生を阻害し続け、世界の旧植民地国が独立後も再生出来ない大きな理由です。

 

Lesson of the history

歴史の教訓

 

The white feather symbolizes the fate of a military power.

The military officer who is excellent and elated at the victory is indispensable to maintain the empire.

While the tradition had been built, people came to consider ” escaping military draft is great shame deserving of death”.

This got up even during continuing military buildup of Japan for about half a century.

Achieving a balance between social justice and patriotism is difficult.

 

This continues next time.

 

 

白い羽根は軍事大国の宿命を象徴している。

帝国を維持するには優秀で意気軒昂な将校が不可欠です。

その伝統が築き上げられる中で、「徴兵拒否は死に値する恥」とされるようになった。

これは日本の高々半世紀ほどの軍事大国化でも起きた。

人類の正義と、愛国心のバランスは難しい。

 

日本が欧米の力(武力と借金)に頼らず、自力で明治維新を成し遂げようとしたのは、エジプトのお陰だとも言えます。

幕末から明治にかけて、欧州視察の為、福沢諭吉も含めてスエズ運河を経由しエジプトに寄った人々は、英国の仕打ちと惨状を知ることになった。

エジプトが欧州に近く重要拠点で既に虐げられていたことが、日本には救いとなったと言える。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 10: Seeing the Middle East and Arab world in films 3: Schindler’s List


中東に平和を! 10: 映画に見る中東とアラブ世界 3: シンドラーのリスト

 

1

  • * 1

 

Today, I introduce the masterpiece “Schindler’s List”.

This describes a Jewish genocide (the Holocaust) that happened during World War II.

You will get a flash of anger and feel tears welling up.

 

今日は、名作「シンドラーのリスト」を取り上げます。

第二次世界大戦中に起こったユダヤ人の大量虐殺(ホロコースト)を扱っています。

涙と怒りが込み上げてくる映画です。

 

 

2
< 2. Setting of the film, 1939-1945 >

< 2. 映画の舞台、1939-1945年 >

Upper map:   Beginning the World War II, Germany invaded the east mainly.

Lower map:   A map of the Holocaust during the World War II.

Star mark is city with ghetto, skeleton mark is extermination camp, and black mark is concentration camp (prison or forced-labor camp).

Red arrow shows Krakow where a factory of Schindler was in Poland.

There is Auschwitz extermination camp near that.

 

For a long time, Jewish people of Europe have emigrated to Eastern Europe and America for escaping from persecution, but the situation turned worse since when Nazi began autocracy in 1933.

Besides, when German military invaded Eastern Europe, Jewish people were forcibly shut in by ghetto and camp, and their escape and emigration became mostly impossible.

 

 

上の地図: 第二次世界大戦が始まると、ドイツは主に東方に侵攻した。

下の地図: 大戦中のホロコースト地図。

星印はゲットー(居住地)、ドクロ印は絶滅収容所、黒四角は他の収容所(監獄、強制労働所)です。

赤矢印は、シンドラーの工場があったポーランドのクラクフです。

近くにアウシュヴィッツ絶滅収容所があります。

 

以前から西欧のユダヤ人は迫害を逃れ東欧や新大陸などに移住していたが、ナチスが独裁を始めた1933年頃から状況は悪化した。

しかもドイツ軍が東欧に侵攻してくると、ユダヤ人は強制的にゲットーや収容所に閉じ込められ、ほとんどが逃亡や移住が不可能になった。

 

Summary of the film

― Production ―

It was made in The U.S.A. in 1993.

The director is Steven Spielberg, and Liam Neeson is playing the role of Schindler.

 

― Contents ―

It is a fictionalization of true-life story.

The setting is Poland under German military occupation during World War II.

A German businessman Schindler aimed at making a profit in the war, and came over here from Germany.

He bought a deceased company and employed Jews from ghetto as cheap laborer and entrusted a Jewish accountant with the management.

Because he was a playboy and a member of Nazi party, he ingratiated himself to Schutzstaffel (SS), and his company accomplished rapid growth as a munitions factory, by being provided with the benefit of the military.

 

However, since a coldhearted man was assigned a new post of the head chief at near Płaszów Concentration Camp, the massacre and cruelty to Jews became widespread.

When the danger approaches Jewish workers of his factory before long, he has a change of heart, and begins to devote himself to Jewish relief.

 

Furthermore, he plans harboring Jews as the personnel necessary for his munitions factory, for preventing Jews from being sent to extermination camp.

Therefore, he makes “List”, corrupts and deceives the Schutzstaffel (SS) by himself almost, and succeeds in their rescue.

He became penniless at last.

 

More than 1100 Jews were able to survive after the war in this way.

 

 

映画の概要

―制作―

米国、1993年、スティーヴン・スピルバーグ監督、リーアム・ニーソン主演(シンドラー役)。

 

―内容―

この映画は実話を題材にしています。

舞台は第二次世界大戦中のドイツ軍占領下のポーランドで、ドイツ人実業家シンドラーは戦争で一儲けを狙いドイツからやって来た。

彼は潰れた工場を買い取り、安価な労働力としてゲットーのユダヤ人を雇い、ユダヤ人会計士に経営を任せていた。

彼は遊び人でナチ党員でもあったので、ナチス親衛隊にうまく取り入り、軍需工場として便宜を図ってもらいながら急成長を遂げる。

 

しかし、近くのプワシュフ強制収容所に冷酷な所長が赴任してくると、ユダヤ人への虐待や殺戮が横行するようになる。

やがて工場に働くユダヤ人にも危険が迫って来ると、彼の心境に変化が現れ、ユダヤ人の救援に心砕くようになる。

 

さらに、彼はユダヤ人が絶滅収容所に送られるの防ぐ為に、ユダヤ人を軍需工場要員として匿うことを企てる。

その為に「リスト」を作り、ほぼ彼一人で親衛隊員らを買収し騙し、見事救出に成功する。

ついに彼は無一文になった。

 

こうして、1100人以上のユダヤ人が戦後も生き残ることが出来た。

 

 

Story

ストーリー

 

3

< 3. Storm of persecution >

< 3.迫害の嵐 >

 

Poland occupied by the German military became a hell for Jews.

They were discriminated against by the citizen, too.

 

ドイツ軍に占領されたポーランドはユダヤ人にとって地獄になった。

彼らは市民からも差別された。

 

4

< 4. Schindler >

< 4. シンドラー >

Central photo: A Jewish accountant and Schindler.

 

真中の写真: ユダヤ人会計士とシンドラー。

 

5

< 5. A new head chief of Concentration Camp >

< 5.新しい収容所所長 >

 

The head chief described by this film despised Jews abnormally and massacred them without hesitating.

He, Amon Göth was actual person and was executed in the war criminals after the war.

 

映画で描かれている所長は、異常なまでにユダヤ人を蔑視し、殺戮を躊躇せずに行った。

彼、アーモン・ゲートは実在の人物で、戦後、戦争犯罪人で死刑になった。

 

6

< 6. Rescure >

< 6.救出 >

 

Schindler makes “List” and negotiates with Göth head chief or other soldiers.

The rescue from freight trains protected by many German soldiers is very dramatic.

 

シンドラーはリストを作成し、ゲート所長ら軍人らと交渉する。

ドイツ兵に守られた貨物列車からの救出劇はハラハラドキドキの連続です。

 

 

7

< 7. The last >

< 7. ラスト >

Upper photo: He is presented a gold ring by Jews saved by him.

Lower photo: By his will, his grave was made in Israel.

The bereaved families of the people he rescued gathered around it.

 

上の写真: 救ったユダヤ人から、金歯から作った指輪をプレゼントされる。

下の写真: 彼の遺言により、墓はイスラエルに設けられた。

その周りに、彼が救った人々の遺族が集まった。

 

 

What was running on in this time?

この時代に何が起きていたのか

 

 8c

< 8. Jewish emigration before the world war >

< 8.大戦までのユダヤ人の移住 >

From the late 19th century, Jews immigrated to the East Coast (mainly New York) of the American for escaping from persecution.

It was continued after when Hitler began autocracy in Germany in 1933.

Later, they come to have political ability to move the United States and are supporting Israel strongly.

 

19世紀後半から、ユダヤ人は迫害を逃れ、米国の東海岸(ニューヨーク)へと多くが移住していた。

それはドイツでヒットラーが独裁を始めた1933年以降も続いた。

後に、彼らは米国を動かす政治力を持つようになり、強力にイスラエルを支援することになる。

 

 

 

 

9

< 9. Jewish emigration after the world war  >

< 9.大戦後のユダヤ人の移住 >

 

Jews who lived in Palestine in 1917 was approximately 50,000 people, but the population was increased by the emigration such as people expelled from Nazis, following the British mandatory administration times,

After the forming of the Israeli state in 1948, the population increased rapidly and became 8 million at the present day.

 

1917年、パレスチナの地に住むユダヤ人は5万人ほどだったが、英国の委任統治時代を経て、ナチスに追われた人達などの移住で増加した。

1948年のイスラエル建国以降は、その数は急速に膨れ上がり、現在800万人となった。

 

 

Lesson of the history

The Jew that was despised so much is a strong people like supporting Israel and the United States now.

At this moment, it is hard to imagine the persecution for 2000 years by Christian in Europe.

 

The people that had been persecuted seem to have begun new persecution.

It seems to be difficult to cut off the persecuted fear.

The prohibition to the doctrine violation that every religion has may cause justification of persecution.

 

This continues next time.

 

 

歴史の教訓

あれほど蔑視されたユダヤ人は、現在、イスラエルや米国を支える強力な民族となった。

欧州のキリスト教徒による2千年の迫害はまるで嘘のようです。

 

迫害された人々は新たな迫害を始めたようです。

迫害された恐怖を、断ち切ることは難しいようです。

あらゆる宗教が持つ教義違反への戒めは迫害の正当化を招くことがある。

 

次回に続きます。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 9: Seeing the Middle East and Arab world in films 2: Lawrence of Arabia


 

中東に平和を! 9: 映画に見る中東とアラブ世界 2: アラビアのロレンス

 1

 

Today, I introduce the epic “Lawrence of Arabia”.

The scene of men fighting in desert was pictured by splendid beautiful images and music.

It is one of the unforgettable movies.

 

今日は、大作「アラビアのロレンス」を取り上げます。

砂漠で戦う男達の姿が、素晴らしい映像美と音楽で描かれています。

忘れられない映画の一つです。              

 

 2

< 2. Setting of the film, 1916-1918 >

< 2. 映画の舞台、1916-1918年 >

A brown line is a railroad that was an important supply route of the Ottoman Empire.

 

The red marks show the main setting.

No.1 is Cairo, the capital of British protected country Egypt at that time, and there was a headquarters of the British military.

No.2 is Medina, one of the Holy sites of Islam being comparable to Mecca, and father of Faisal I who appeared in this film had ruled over this eastern coast of the Red Sea (Kingdom of Hejaz).

No.3 is Aqaba, and there was a fortress of the Ottoman Empire here because having been a strategic point of the marine traffic at that time, therefore it was an obstacle of supply route for the British military.

No.4 is Damascus, and was a provincial capital of the Ottoman Empire at that time.

 

The light red range is desert Nafud that Lawrence succeeded in traversing.

 

茶色の線はオスマン帝国の重要な補給路であった鉄道です。

 

赤丸は主要な舞台です。

No.1は カイロで、当時、英国の保護国エジプトの首都で英軍の司令部があった。

No.2はメデイナで、メッカと並ぶイスラム教の聖都の一つで、この映画に登場するファサル1世の父がこの紅海東岸一帯(ヒジャーズ王国)を支配していた。

No.3はアカバで、海上交通の要衝で、当時、オスマン帝国の要塞があり、英国軍にとって補給路の障害であった。

No.4はダマスカスで、当時、オスマン帝国の州都の役割を担っていた。

 

薄い赤の範囲はネフド砂漠で、ロレンスは過酷な横断に成功する。

 

 

Summary of the film

― Production ―

The U.K. made it in 1962. The director is David Lean and Peter O’Toole is playing the role of Lawrence.

 

― Contents ―

It is a fictionalization of true-life epic historical story.

The setting is the west side of Saudi Arabia in 1916-1918 of the last of the World War I.

British officer Lawrence was first ordered reconnaissance of Prince Faisal who had led a struggle for independence of Arab.

However, he led the struggle of Arab, and before long succeeded in attack of fortress and railroad of the Ottoman Empire.

At last, he and Arab captured Damascus by themselves, and the Ottoman Empire collapsed by the attack of the British military.

 

However, after the victory, the national congress by the Arabic patriarch became out of control due to clash of their egos.

And Lawrence left the Middle East in frustration.

 

 

映画の概要

―制作―

英国、1962年。デヴィッド・リーン監督、ピーター・オトゥール主演(ロレンス役)。

 

―内容―

この映画は実話を題材にしています。

舞台は第一次世界大戦末期(1916-1918)のサウジアラビア西部です。

英国の将校ロレンスは、最初、ファサル1世が率いるアラブ独立闘争の偵察を命じられる。

しかし、やがて彼はアラブ独立闘争の先頭に立ち、オスマン帝国の要塞や鉄道の攻撃に成功する。

遂にアラブの部族だけでダマスカスを攻略し、そして英軍の進攻によりオスマン帝国は瓦解した。

 

しかし勝利を得たアラブの族長らによる国民会議は、エゴがぶつかり合い収拾がつかなくなる。

そして、ロレンスは失意のうちに中東を去る。

 

 

Story

ストーリー

 

 3

  • * 3

Upper photo: Lawrence gets orders in a headquarters of the British military of Cairo.

Central photo: Prince Faisal who leads a struggle for independence of Arab.

Lower photo: The discourse with the Prince Faisal in Medina neighborhood.

Here, Lawrence deviates from his reconnaissance duty, proposes a major offensive and will lead in the struggle later.

 

上の写真: カイロの英軍司令部で命令を受けるロレンス・

真中の写真: アラブ反乱軍のリーダーであるファイサル王子。

下の写真: メデイナ近くでファイサル王子との会談。

ここでロレンスは偵察任務から逸脱し、大攻勢を提言し、後に率先することになる。

 

 

4

  • * 4

Upper photo: The Arabic patriarchs being main players in the struggle get together.

Central photo: They begin an easy advance while riding on camels.

Lower photo: This Aqaba fortress just before their attack.

 

上の写真: 戦いの主役、アラブの族長が勢ぞろい。

真中の写真: 駱駝に乗って快進撃を始める。

下の写真: 攻撃直前のアカバ要塞。

 

5

  • * 5

Upper photo: Just blasted railroad.

2nd photo from top: The Arabic patriarchs recognize Lawrence, and a clothes of the patriarch is presented to him.

3rd photo from top: Arab alternates between hope and despair to spoils.

 

Lower photo: They attack to a strategic place Damascus of Ottoman military.

 

上の写真: 鉄道の爆破。

上から2番目の写真: アラブの族長達から認めら、族長の衣服を贈与されたロレンス。

上から3番目の写真: 略奪品に一喜一憂するアラブの族長。

下の写真: オスマン軍の要衝ダマスカスへ侵攻。

 

 

6

  • * 6

Upper photo: Lawrence angers at confused Arab national congress in Damascus.

Central photo: Lawrence became an unneeded man for Prince Faisal and the U.K.

Lower photo: An actual photo. The center is the Prince Faisal, and the right back of that is Lawrence.

 

上の写真: ダマスカスでの、混乱するアラブ国民会議に怒るロレンス。

真中の写真: ファイサル王子と英国にとって不要となったロレンス。

下の写真: 実物写真。中央がファイサル王子、右後がロレンス。

 

Highlight

A delicate white handsome man adapts himself to desert and Arab, and he comes to be recognized as a hero by his strategy and courage.

However, during the battle, desire for revenge and overconfidence come to lead him to madness.

 

When the struggle is over, in contrast with his deep sympathy for Arab, the situation goes.

The heroic image of Lawrence becomes the interference for occupation policy of mother country, the U.K., and for Arabic patriarchs that wish themselves independence.

The scene that Lawrence is leaving in frustration seems to indicate confusion of the Middle East.

 

After that, Britain and France are adept at managing Arabic patriarchs, draw boundary lines in the Middle East, and will allocate King and inhabitants to the territory.

As a result, Syria, Iraq, Lebanon, and Jordan were created.

 

 

見所

華奢で白人の美男子が砂漠とアラブの部族に溶け込み、彼の戦略と勇気によって、やがて彼は英雄と見なされる。

しかし彼の心は戦いの中で復讐心と過信が錯綜し、狂気を帯びていく。

 

戦いが終わってみると、彼のアラブへの篤き思いとは裏腹に、事態は進行していく。

自らの手で独立を切望するアラブの族長達と母国英国の占領政策にとってロレンスの英雄像は邪魔になった。

ロレンスの消沈して去る姿は、中東の混迷を予感させる。

 

その後、英仏がアラブの族長達を手玉に取り、中東を線引きし、王や住民をその領地にあてがうことになる。

こうして、シリア、イラク、レバノン、ヨルダンなどが生まれた。

 

 

Problem point

At that time of movie release, I didn’t mind that the film had described Arab as thoroughly barbarian and ignorant.

But I have a feeling of strangeness of it now.

It is connected with an Indian coming out by horse opera of Hollywood.

 

This continues next time

 

 

問題点

公開当時、気にならなかったのですが、今はアラブの族長達が徹底して野蛮で無知に描かれていることに違和感を持ちます。

ハリウッドの西部劇映画で出てくるインディアンに通じるものがある。

一方的に、彼ら弱者の欠点を並べ立て、敵に仕立て上げ勧善懲悪を楽しむところがある。

歴史や社会を知れば真実は見えてくるのですが、これらメディアによって多くの人はこの白人優位に納得してしまうようです。

 

 

次回に続く。

 

 

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Bring peace to the Middle East! 8: Seeing the Middle East and Arab world in films 1: The beginning


中東に平和を! 8: 映画に見る中東とアラブ世界 1: はじめに

 

 1

< 1. A scene of Lawrence of Arabia (film) >

< 1. アラビアのロレンスの1場面 >

 

Did you see two films, “Lawrence of Arabia” and “Schindler’s List”?

We approach the heart of the Middle East and Arab world through some films in installments from now on.

I easily introduce these films today.

 

皆さんは、映画「アラビアのロレンス」や「シンドラーのリスト」を見られたことがありますか。

これから数回に分けて、いくつかの名作を通じて、中東とアラブの世界に迫ります。

今日は、扱う映画を簡単に紹介します。

 

The beginning

By these films, we can feel an intimate connection with the current problems or history that this area has its own burden of.

I comment on the point of the history and society by using these films.

 

はじめに

これら映画は、誇張や事実と異なる所はありますが、この地域が背負っている歴史や現状の問題を身近に感じさせてくれます。

私は、映画を材料に、歴史や社会のポイントを解説します。

 

 

 2

< 2. Map showing the setting of these films >

< 2. 映画の舞台 >

The number in the map is number of the film.

 

地図中の番号は映画の番号です。

 

 

Films that I will introduce

紹介する映画

 

 3

  • * 3

 

  1. “Lawrence of Arabia”

Production: The United Kingdom, in 1962.

Contents: A fictionalization of true-life epic historical story.

The setting is Saudi Arabia in 1916-1918 of the last of the World War I.

British army officer Lawrence led a revolt of Arab, and led to the Ottoman Empire collapse from the rear.

All borders of the Middle East and Arab will have been decided after this.

 

1 映画「アラビアのロレンス」

制作: 英国、1962年。

内容: 実話を映画化。

舞台は第一次世界大戦末期(1916-1918)のサウジアラビアで、英国の将校ロレンスがアラブの反乱を先導し、オスマン帝国を背後から崩壊へと導いた。

この後、中東とアラブの国境が決まって行くことになります。

 

4

  • * 4

 

  1. “Schindler’s List”

Production: The United Sates, in 1993.

Contents: A fictionalization of true-life historical story.

The setting is an occupied territory by Germany army in Eastern Europe during the World War II.

A German businessman Schindler saved the life of 1,100 Jews of the employee.

Part of them wished to go to Israel as a new world.

 

2 映画「シンドラーのリスト」

制作: 米国、1993年。

内容: 実話を映画化。

舞台は第二次世界大戦中のドイツ軍占領地の東欧で、ドイツ人実業家シンドラーが従業員のユダヤ人1100名の命を救った。

彼らの一部はイスラエルに新天地を求めた。

 

 

5

  • * 5

 

  1. “The Four Feathers”

Production: The United Sates and the United Kingdom, in 2002.

Contents: A fictionalization of a novel.

The setting is the Sudan in North East Africa and the United Kingdom in the last of the 19th century.

One young army officer is torn between irrational domination in Africa by the U.K. and friends fighting the battlefield.

 

 

3 映画「サハラに舞う羽根」

制作: 英米合作、2002年。

内容: 小説の映画化。

舞台は19世紀末の英国とスーダンで、一人の若い士官は英国のアフリカ支配の不合理と戦場で戦う友人の間で葛藤する。

 

 

6

< 6. “The Wind and the Lion” and “Ertuğrul 1890” >

< 6. 「風とライオン」と「海難1890」 >

 

  1. “The Wind and the Lion”

Production: The United Sates, in 1975.

Contents: Fictionalization of a fighting story of true-life man.

This setting is Morocco that Europe and America have intervened in the early 20th century.

Berber, the head of a family, that rose in rebellion but he was defeated at last.

 

4 映画「風とライオン」

制作: 米国、1975年。

内容: 実在の人物を題材にした映画。

舞台は20世紀初頭の欧米が介入するモロッコで、ベルベル人の族長が反乱を企て、最後には敗れる。

 

  1. “Ertuğrul 1890”

Production: Japan and Turkey, in 2015.

Contents: Fictionalization connected two true-life historical stories.

In 1985 at the outbreak of the Iran-Iraq war, only Turkey sent a rescue airplane and saved many Japanese.

This is perhaps a repayment to Japanese villagers having rescued crews from the Turkish warship that went onto rocks in the coast of Wakayama in 1890.

 

5 映画「海難」

制作: 日本・トルコ合作、2015年。

内容: 二つの実話を結びつけた映画。

イラン・イラク戦争勃発時の1985年、トルコだけが救援機を飛ばし日本人を救ってくれた。

これは1890年の和歌山沖で座礁したトルコ軍艦から村民達が乗組員を救出したことへの恩返しだった。

 

 

7

  • * 7

 

  1. “Terraferma”

Production: Italy and France, in 2011.

Contents: Fiction.

This setting is in the present day, and is a small island being crowded with tourists in southern Italy.

The story started when young fisherman rescued refugees who had drifted here from Africa.

 

 

6 映画「海と大陸」

制作: イタリア、2011年。

内容: 舞台は現代、イタリア南部の観光で賑わう小さな島で、若い漁師がアフリカから流れついた難民を救ったことから話は展開する。

 

 

8

  • * 8

 

  1. “The Other Son”

Production: France, in 2012.

Contents: Fiction.

This setting is modern Israel, and one fact suddenly plunged two families of Palestine and Israel into emotional turmoil.

It was that the two family’s sons were switched at birth.

 

This continues next time.

 

7 映画「もうひとりの息子」

制作: フランス、2012年。

内容: 舞台は現代のイスラエルで、ある事実がパレスチナとイスラエルの二つの家族を深い葛藤へと陥れた。

それは互いの息子が出生時に取り違えられていたことでした。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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地中海とカナリヤ諸島クルーズ 9: クルーズ船からの眺め


 

1

 

今日は、クルーズ船からの眺めを紹介します。

洋上の船から見る景色には、観光バスや海岸から見る景色と異なる趣があります。

 

 

2

< 2.船からの眺め >

上の写真: ビュッフェレストランからの眺め。

真中の写真: バーからの眺め。

下の写真: 部屋のベランダからの眺め。

ここからの撮影はほとんどありません。

良いシャッターチャンスを得る為に、ほとんど15階のデッキで撮影しました。

但し、いつも船首から船尾まで、毎日幾度も走り回っていました。

他の場所からの撮影は視界が遮られ、汚れたガラス窓越しになるので適していません。

三脚は風、揺れ、手摺りがあり使えませんでした。

 

3

< 3.明け方から真夜中まで >

上の写真: 明け方の大西洋上。

下の写真: 真夜中のジブラルタル海峡、スペイン側の灯り。

 

撮影のタイミングは、キャビン内のテレビと毎日配られる船内新聞で凡そわかります。

テレビは船の位置を常時示しており、ライブカメラが船上の明るさを教えてくれます。

船内新聞に日の出、日の入り時刻が明記されています。

但し、時差に気をつけてください。

 

 

4

< 4.カサブランカの港 >

上の写真: 早朝、カサブランカの港に接近。

下の写真: 夕暮れ、出航を待つ。

 

5

< 5.テネリフェ島 >

上の写真: 早朝、島の灯りが見え始めた。

下の写真: 1時間後の入港直前。

 

6

< 6. マラガ港への入港 >

夜明け前に入港し、30分の間に船の上から洋上の日の出を拝んだ。

 

ビデオ

このビデオの時間は20秒です。

https://www.youtube.com/watch?v=YV4l7E4EcAo

 

 

7

< 7.朝陽に向かう船 >

イタリアのチビタベッキア港へと向かう船。

それはちょうど、日の出を追いかける形になりました。

 

 

8

< 8.港の眺め >

上の写真: 朝のマデイラ島の港。

下の写真: バルセロナを出航時、多くの海鳥が見送ってくれた。

 

 

9

< 9.早朝、ジェノバ港へ >

これでクルーズが終わります。

 

感想

一番の楽しみは、日の出と日の入りで、遮るものがありません。

次いで港への入港で、特に明け方の島への接近は心躍るものがあります。

但し、日没は夕食時間とすべて重なったので、コース料理を止めてブッフェにし、写真を撮りました。

 

鳥の見送りや漁船の出入りなどは風情があるのですが、クルーズ船が着岸する港は大きすぎて期待外れでした。

夜の海峡通過や星空を眺めるのは良いのですが、写真が撮れません。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 7: A popular book 2


中東に平和を! 7: 人気がある本 2

 

 1

< 1. The first President Ataturk of Turkey >

< 1.トルコの初代大統領アタチュルク >

 

I examine again above-referenced book “ What Went Wrong? Western Impact and Middle Eastern Response”

前回に続いて、本「イスラム世界はなぜ没落したか?」を検討します。

 

Disappointing result of this book

The author in this book radically despises the Islamic society of the Middle East.

He introduces poor performances that the administration officials of the past Islamic nations did in the diplomacy or the politics, and so he induces laughter.

Most of Westerner taking pride in advanced society may recognize the Islamic society is stagnation.

However, his book has unfair writing style that you cannot see in normal history book.

For example, as for apprehending the society, he picks up some trifling anecdotes from the Ottoman Empire several hundred years ago, and doesn’t describe it with a holistic approach such as economy, and therefore it becomes emotional.

If modern Japan is evaluated as an underdeveloped country by an anecdote of the Edo Period, can Japanese understand it?

 

この本の残念な点

この本は中東のイスラム社会を侮蔑することに終始している。

過去のイスラム国家の外交や政治、あるいは高官のお粗末さを紹介し笑いを誘う。

先進社会を自負する欧米人から見れば、この社会は停滞に写るだろう。

しかし、通常の歴史書ではありえない公正さを欠いた書き方です。

 

例えば、数百年前のオスマン帝国を話題に取り上げ、些末な逸話で笑いを取り、経済など全体的に捉えるのではなく情緒的なものが多い。

もし江戸時代の逸話をもって現代の日本も後進国であると嘲笑されても、あなは納得するだろうか。

 

2

< 2. Istanbul was a capital of Ottoman Empire >

< 2. オスマン帝国の首都だったイスタンブール >

 

Let us say that there will be bad political culture that keeps on living in the present day in the Islamic world.

If so, from hopeless Ottoman Empire, why would a republican system of government be born?

Moreover, it had secular politics, separation of power, creation of a constitution, and woman’s suffrage.

And Turkey developed the economy smoothly.

 

Here, the author says, “ The success was largely due to that Ataturk had had a Western air.”

On the other hand, he presses the reason that Arab cannot modernize, because Arab hates westernization, being unlike a Turk.

Such a self-serving argument is seen everywhere.

 

In other words, he uses any topic for criticism, but completely ignores the result that you should recognize.

However, unfortunately, this book became a bestseller in the United States.

 

The society that he should curse with is not large Islamic world, but the Middle East then Arab being Israeli enemy.

 

一歩譲って、イスラム世界には現代に通ずる低俗な文化が存在するとしよう。

もしそうであれば、その絶望的なオスマン帝国から、なぜ政教分離、三権分立、憲法制定、女性参政権を行った共和制が生まれたのだろうか。

そして、トルコは順調に経済を発展させて来た。

 

ここで著者は言う、「その成功はアタチュルクが西洋かぶれしていたおかげだと」。

一方で、アラブ人が近代化出来ないのは、トルコ人と違って西洋化を嫌悪するからだと責めでしょう。

このような我田引水が至るところに見られる。

 

要は、彼は批難すべき話題は何でも使うが、認めるべき成果を完全に無視している。

しかし、残念なことに米国ではこれがベストセラーになった。

 

彼が罵るべき社会は広大なイスラム圏ではなく、中東、それもイスラエルの敵であるアラブなのです。

 

3

< 3. Royal families of Saudi Arabia>

< 3. サウジ王家 >

 

However, his indication about the Middle East is important

  1. Lack of civil society (p166, explanatory notes 1): It is inclined toward authoritarian monarchy and dictatorial government.
  2. Lack of tolerance (p170): It punishes severely Islamic law violator.
  3. Backlash against laicism (p159): It dislikes separation of church and state, and desires to back to the source of Islam.
  4. Backlash against Western Europe (p235): To hate Western Europe is to shut an only modernization.
  5. Can’t do self-criticism (p252): It attribute current slump of Arab to the European and American developed country.

 

しかし彼の指摘は重要です

 

A 市民社会の欠如(p166、注釈1): 権威主義的で王制や独裁制に陥り易い。

B 寛容性の欠如(p170): イスラム法違反に厳しく、寛容性を持たない。

C 世俗主義への反発(p159): 政教分離を嫌い、イスラム教の原点回帰を望む。

D 西欧への反発(p235): 西欧を嫌悪することは、唯一の近代化を閉ざす。

E 自己批判が出来ない(p252): 現在のアラブの低迷を欧米先進国のせいにする。

 

4

< 4. Bourkha of Islamic clothes  >

< 4. イスラムの風習ブルカ >

 

What is on the authorial mind seems following opinion.

“ Decaying Arab has held unjust hostile sentiments against Western Europe, and has given birth to terrorism.

We should fight them firmly.”

 

I will explain about the error of his indication, and the background later.

 

This continues next time.

 

Explanatory notes1: The number is the page of the Japanese edition book with mention of related matters.

 

 

著者の念頭にあるのは、“腐敗しているアラブは西欧に言われ無き敵対感情を抱き、テロを生みだしており、西欧は毅然と戦いを挑むべきである”でしょうか。

 

後に、私はこれら指摘の誤りと、その背景について説明を試みます。

 

次回に続きます。

 

 

注釈1: 関連事項の記載がある日本語版著書のページ。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 6: A popular book 1


中東に平和を! 6: 人気がある本 1

 

 

 1

< 1. The book >

< 1. 本  >

 

 

Today, I introduce a popular book,” What Went Wrong? Western Impact and Middle Eastern Response”

 

今日は、人気がある本「イスラム世界はなぜ没落したか?」を紹介します。

 

Summary of this book

The author is Bernard Lewis, and he is an authority in the history study of the Middle East in the U.S.A.

The following summary of this book is a quote from a comment of the translation supervisor, Akira Usuki.

 

“ In the first place, Islamic world had an advanced civilization, and actually, was superior to the politics, economy, military and culture of the Christendom of Europe.

However, the Muslim have been satisfied with the world of their self-centeredness, ignored the modernization such as the technology development that Europe accomplished, and have delayed.

Coming into the 19th century, Islamic world experienced the colonization by the European Great Powers.

 

In the result, Muslim did not change oneself, and directed their ire toward the European colonialism first.

And next, they do it toward the United States after the World War II.

The author says that they haven’t made effort to reorganize oneself. ”

 

 

本の概要

著者は米国の中東史研究の権威バーナード・ルイスです。

この本の要約を監訳者臼杵陽のコメントから引用します。

 

「そもそもイスラムは先進的な文明をもっており、実際、ヨーロッパ・キリスト教世界に対して政治的、経済的、軍事的、文化的に優越していた。

ところが、ヨーロッパが成し遂げたテクノロジーの発展などの近大化に対してムスリム自身は唯我独尊の世界に充足して停滞してしまい、イスラム世界は19世紀に入るとヨーロッパ列強による植民地化を経験してしまう。

・・・結果的に、ムスリムは自らを変えるのではなく、怒りの矛先を最初はヨーロッパ植民地主義に向け、そして第二次世界大戦後はアメリカに責任の転嫁をし、みずからを変革する努力怠ってきたというものである。」

 

 

 

2

< 2. A street corner of Arab >

< 2. アラブの街角 >

 

Something that existed in the background of this book

The book became a bestseller of the consecutive top for 15 weeks in the New York Times in 2002.

When I saw the current evaluation for this book in English version of Amazon.com, it was 3.5, and the number of the reviews was 190.

It is still strongly popular.

 

This book is easy to read because it is a jumble of several lectures, but lacks coherence.

However, some fanatics will be encouraged by his encyclopedic knowledge and straightforward explanation.

This is the best book for certain people.

 

この本の背景にあるもの

この本は2002年、ニューヨーク・タイムズで15週連続トップのベストセラーになった。

アマゾン英語版で現在の評価を見ると星3.5でレビュー数は190件でした。

いまだに根強い人気があります。

 

この本は、数編の講演原稿を集めたもので読みやすいのですが、まとまりに欠けます。

しかし、彼の博覧強記と単純明快な語りに、熱狂者達は勇気づけられるでしょう。

これは、ある人々には最良の書です。

 

 

3

< 3. September 11 attacks and neo-conservatives  >

< 3. 同時多発テロとネオコン >

 

Upon receiving the news of ”the September 11 attacks in 2001″, the advice from the author about the Middle Eastern policy was very appreciated by Vice President Cheney.

He was an instructor of the neo-conservatives (neo-con) of the Bush administration in those days.

When the fighting spirit became heated in the United States and the United States began to invade Afghan, and next would do Iraq, this book was just published.

 

He seemed to have converted to an adviser of the Middle Eastern policy from a historian since about 1980s.

In these days, Israel had won the Arab–Israeli conflict, invaded Lebanon, massacred refugees in it, and made PLO weaken.

But Israel came to receive criticism strongly from the world and Arab.

He was a Jewish family.

 

著者が2001年の同時多発テロ事件を受けて行った中東政策の進言はチェイニー副大統領から非常に感謝された。

当時、彼はブッシュ政権のネオコン(新保守主義)の指南役でした。

まさに米国で戦意が沸騰し、アフガンからイラクへと侵攻する時期に、この本が刊行された。

 

彼は、1980年代(?)より歴史家から中東政策のアドバイザーに転向したようです。

この時期、イスラエルは中東戦争に勝利し、レバノン侵攻と難民虐殺を行い、PLOを弱体化させたが、世界とアラブから強く非難を受けるようになっていた。

彼はユダヤの家系であった。

 

4

< 4. Palestine Liberation Organization >

< 4. PLO >

 

My impression

I strongly felt prejudice and searing commentary that we have never seen in books written by well-known historian, especially because the author used the one-sided exposition.

However, on the other hand, his indication about the Arab world includes some things that I cannot ignore.

I strongly thought that I must write this serialization when I read this book.

 

On the next time, I examine the main point about his indication.

 

私の感想

著者の一方的な語りに、私は著名な歴史家には見られない偏見と煽情を強く感じた。

しかし、一方で彼のアラブ世界への指摘には無視出来ないものがある。

私がこの連載を書かなければならないと強く思ったのは、この本を読んだからでした。

 

次回、著者の指摘について要点を検討します。

 

 

 

 

 

Categories: book+ film+drama, culture+society, history+evolution, <english language, <japanese language, politics, Series: Bring peace to the Middle East | Tags: , , , , , , | Leave a comment

I visited colored leaves of Nara prefecture 2


奈良の紅葉を訪ねて 2

 

1-DSC05550

< 1. A main hall in the right side and A main gate in the left >

< 1. 右が本堂、左が楼門 >

 

I introduce Chogakuji temple of Nara prefecture.

I went to see colored leaves, but our sightseeing time was over by an explanation by a picture of hell almost.

However, this was very good.

 

今日は奈良県天理市の長岳寺を紹介します。

紅葉を見に行ったのですが、ほとんど大地獄絵の絵解き説法で観光時間が終わりました。

これが非常に良かった。

 

 2DSC05561

< 2. the main gate >

< 2. 楼門 >

 

This is the oldest main gate with bell house that a bell once was set up the upper part of, and was built in the last of the 12th century of the Heian era.

 

日本最古の鐘楼門で、上層に鐘を吊った遺構があり、平安時代末期頃(12世紀頃)の建築です。

 

 

3DSC05514

< 3. a view of prayer hall from the main hall >

< 3. 本堂前から拝堂側を見る >

 

4DSC05531

< 4. a view of a pond from the main hall >

< 4. 本堂の縁側から放生池を望む >

 

5DSC05540

< 5. a view of the main hall from the pond >

< 5. 放生池から本堂を望む >

 

7

< 6. Amida Triad statue in the main hall >

< 6. 本堂にある本尊の阿弥陀三尊像 >

 

Zocho-ten that was one of the Four Guardian Kings is seen to the left, and there is Tamon-ten that was one of the same in the right side.

 

向かって左に増長天が見え、その右には写っていないが多聞天がある。

 

About Chogakuji temple

This temple was built in 824, and there were as many as 48 sub-temples and about 300 Buddhist monks at the peak.

Amida Triad statue was made in the last of the Heian era (about the 12th century),

And Zocho-ten and Tamon-ten was older than it.

Now, this temple became little, but seasonal flowers in the vast precincts seem to be famous.

 

I was surprised that I can look near the 5 statues being National Important Cultural Property.

 

長岳寺について

ここは真言宗の寺で、創建は824年と古く、盛時には48の建物、僧侶300名ほどを要したそうです。

阿弥陀三尊像は平安末期(12世紀頃)、増長天・多聞天は平安中期と更に古い。

今は寂れた寺だが、境内12000坪の花が有名だそうです。

 

私が驚いたのは、国指定重要文化財の5体の仏像を間近でじっくり味わえることでした。

 

6ssDSC05527

< 7. the left is the Amida statue, and the right is Tamon-ten >

< 7. 左が阿弥陀如来像、右が多聞天像 >

 

When I sat near front of Tamon-ten and I heard the explanation by a chief priest about a picture of hell along with seeing it, I was overcome by deep emotion.

The exposition of the picture of hell is limited at this time of year.

Once, Many believers would feel an intimate connection with a crime and the Pure Land by seeing a similar picture of hell, and they would be assured of Buddha’s help with seeing gentle Amida Buddha and rageful Tamon-ten.

 

多聞天の直ぐ前に座り、壁に掛かった地獄絵を見ながら住職の絵解き説法を聞いていると

感慨深いものがあった。

大地獄絵の御開帳はこの時期に限定されています。

かつて、多くの信徒が地獄絵で罪と浄土を身近に感じ、憤怒の多聞天と柔和な如来に接して救いを確信したことだろう。

 

8地獄絵1

< 8. large picture of hell >

< 8. 大地獄絵 >

 

The main story of this picture: After cremation, dead persons go through Hades in numerical order, and it judged whether they are sent to hell or the Buddhist paradise at the last.

 

地獄絵のストーリー: 死者は火葬された後、番号順に冥界を進み、最後に地獄か極楽行きかが決まる。

 

About large picture of hell 

This was drawn in the early of the Edo era (the 16-17th century), the mean size of 9 hanging pictures is about 90 cm in width, and about 250 cm in length.

The story of this picture originates in Buddhist scripture “Ojoyoshu” of the 10th century, and furthermore its origin is from the Pure Land Faith birthed in India in about the first century.

 

この大地獄絵について

これは江戸時代初期(16~17世紀)の作で、一つ掛け軸の巾約90cm、縦約250cmで9幅の連作です。

地獄絵のストーリーは10世紀の源信の仏書「往生要集」が元になり、さらにその起源は1世紀頃に生まれたインドの浄土信仰(大乗仏教の経典「阿弥陀経」など)に遡る。

 

9地獄絵

< 9. the main points of the large picture of hell >

< 9. 大地獄絵の要点 >

Upper picture: In upper part of No. 5, Emma Daio judges merits and demerits of a dead parson.

Central picture: In central part of No.6, person having had crime gets dropped into the blaze hell.

Lower picture: In central part of No.9, Buddha comes to pick up good person to the Buddhists’ paradise.

 

“ Keep on doing good deeds” of Buddhism and “devote to own parents” of Confucian still are living teachings in our mind.

 

 

上図: 掛け軸5番の上部。閻魔大王が、死者の功罪を審判している。

中央図: 掛け軸6番の中央部。 罪ある者は火焔地獄などに堕とされる。

下図: 掛け軸9番の中央部。 善行ある者は如来が極楽浄土へと迎えに来てくれる。

 

今も日本人の心に、仏教の「善行を積む」と儒教の「孝徳を尽くす」の教えが息づいている。

 

10念仏

< 10. A sacred book and Buddhist invocation >

< 10. 経典と念仏 >

 

Very roughly speaking, the Japanese Buddhism was divided into popular religion of believers chanting the Nenbutsu (Buddhist invocation) and Zen Buddhism of samurai attaching importance to discipline own mind.

I think the Nenbutsu became very popular among the common people under favor of the picture of hell and “Ojoyoshu”.  

The Pure Land Faith preached the Nenbutsu as means to go to the Buddhists’ paradise.

On the other hand, sacred books of Buddhism had been written in Chinese character, and many people were not able to read.

Thus, the explanation by a picture of hell became very popular across the whole country by street performers and priests in the Edo era.

 

Afterword

Accidentally, I was surrounded by Buddhist statues of the Heian Period and could hear the explanation of a picture of hell.

I could contact a Japanese culture descending from ancient times.

 

 

日本の仏教は大雑把に言って、念仏を唱える民衆の宗教と、精神修養を重視する武士の禅宗に別れました。

南無阿弥陀仏など、仏の名前を唱える念仏が広まったのは、「往生要集」と「地獄絵」のおかげとも言えます。

浄土信仰は、極楽浄土に行く手段として念仏を説いていた。

一方、仏教の経典は中国の漢字で書かれており、多くの民衆は読むことが出来なかった。

こうして地獄絵の絵解き説法は江戸時代には大道芸人や僧侶によって全国に普及するようになっていた。

 

 

あとがき

私は偶然にも、平安時代の仏像に囲まれて地獄絵の絵解き説法を聞くことが出来ました。

いにしえからの日本の文化に触れる思いがしました。

 

 

 

 

 

 

 

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