culture+society

何か変ですよ! 84: 何が問題か? 7


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前回、今の若者の政治意識とその背景について語りました。

しかし、その説明は不完全で、中途で終わっていました。

今回は、この補足と右翼化について考察します。

 

 

はじめに

今の若者の政治意識には無関心か右翼化が顕著です。

 

この無関心の理由として、私は先進国に共通している政治への不信感(無党派層)の増大を挙げました。

当然、日本は戦後、欧米と併進して来たのですから免れることは出来ません。

 

さらに日本に顕著な若者の人口比率の低下が、政治意識の低迷を招いていると指摘しました。

この影響の逆の証左として、団塊の世代による学生運動を例示しました。

この学生運動に懲りた政府は学校教育において生徒の目を政治から逸らすようにして来ました。

これが他の先進国に比べ政治への無関心を増長させた。

 

以上が、前回の要点です。

 

ただ、前回の説明で分かり難いのは、途中に非正規雇用の問題を入れた事かもしれません。

今の若者は他人から自身の政治意識が低いと言われてもピンと来ないでしょう。

そこで、あなた方の未来はかつてないほど悲惨であることを例示して、この状況においても今の政治に異論を唱えないのは政治意識が低いことになると知って欲しかった。

 

しかし、右翼化の説明を前回行っていませんでした。

 

 

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右翼化している実感はあるのか?

最初に日本のみならず世界が右翼化していることを確認します。

 

当然ですが、多くの右翼化している人々にとって自身は正常であり、偏っていないと思われているはずです。

一部の人は、これを認識しているか、確たる信念をお持ちのことだと思います。

これは左翼化も同じですが、今は世界が右翼化しています。

 

世界の右翼化とは、とりあえず愛国主義(自民族優先)、さらには強権(武力も含む)による排他主義の横行と言えます。

これは欧州での右翼政党の台頭、そして米国のトランプ大統領、日本の安倍首相の誕生の経緯や言動から明瞭です。

そして、この三つの現象は呼応するように起きました。

当然、右翼政党の党首とこれら首相や大統領は非常に気が合い、当然、オバマやメルケルとは合わない。

 

彼らの発言の「イスラム教徒を追い出そう」と「メキシコ人は強姦犯だ」が人気を博するのは社会が右翼化しているからです。

首相の国連演説での「多くの日本人が北朝鮮に拉致されたまま」と「私の討論をただ一点、北朝鮮に関して集中せざるを得ません」も同様の効果があります。

もっとも、この発言をそう理解しない人もいるはずです。

 

それではなぜ世界も日本も右翼化してしまったのでしょうか?

 

 

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なぜ世界は右翼化したのか?

この背景は複雑ですが、世界を見渡すと、ここ30年ほど大きな戦争は無いが、至るところで紛争が多発し、長期化するようになりました。

その結果、難民が増大し、これがまた対立を招いています。

これが欧米の右傾化に関わっている。

 

実は、このことを的確に指摘していた人物がいた。

サミュエル・P・ハンティントンは1996年の著書「文明の衝突」で、今後世界は文明間で紛争を激化させるとした。

この本は世界の右傾化の背景、つまり文明や宗教間の対立が深まる経緯をうまく説明しています。

 

「文明の衝突」のポイントを要約しておきます。

  • 20世紀前半に、多くの国が西欧の植民地支配から脱し、これらの国は低迷や成長を経験した。

 

  • グローバル化によって異文明間で深い接触が起こり、拒否反応が現れた。

 

  • イスラムの人口増加が他の文明を凌ぎ、また若者人口も増え、社会は熱気を帯び、前述の要因も加わり自文明への自覚が深まり、1980年代より宗教復興運動がイスラム圏で起こった。

 

  • 紛争が起きると世界の同一宗教圏から義勇兵と兵器、資金が紛争当事者に送られ紛争が拡大し長期化するようになった。これを可能にしたのもグローバル化です。

 

  • 冷戦終了(1989年)により、イデオロギー対立は紛争の原因で無くなった。

 

  • アフガニスタン戦争でのソ連軍撤退(1989年)が、ムスリムの団結(義勇軍派遣など)が勝利を生むとの確信をイスラム圏に与えた。

 

  • 紛争への肩入れはどの宗教圏(キリスト教、ユダヤ教など)も行っているが、イスラム圏は石油産出などで経済力をつけ、紛争への援助が潤沢になった。

 

  • 紛争を多発させる要因として、西欧のキリスト教圏とかつての植民地のイスラム圏の怨念があり、さらに米国の度重なる軍事介入(湾岸、イラクなど)が憎しみを増大させた。

 

  • 紛争を長引かせる要因として、イスラム圏には調停を主導出来る覇権国がないことがある。他の宗教圏ではヒンドゥー教のインド、正教会のロシア、キリスト教の一体化した欧米がその役割を担う。

 

これらが世界各地に紛争を多発させ社会経済を疲弊させ難民を増やし、その結果、欧州国内に排他的なムード(右傾化)をもたらした。

 

 

 

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さらに一歩踏み込んで

米国や日本、中国の右傾化には上記とは異なる要因も働いています。

 

米国は著しい経済格差が国内の分断を招いています。

経済大国になった中国は、資源確保などもあり覇権を目指し右傾化を強めることになった。

日本は、東アジアの周辺諸国の台頭と米国の軍事戦略の一環で右傾化しています。

ハンチントンはその著書で、米国は日本の中国寄りを阻止することが必要だと説いている。

日本は1世紀前から世界の最強国、英国に始まりドイツ、米国へといとも簡単に宗旨替えを行って来た。

 

これらが加わり、徐々に対立を煽り煽られて右傾化した世界にあって日本も右傾化を強めることになった。

そして日本の若者の一部が右傾化に強く染まっていったのです。

保守化(体制維持)するのはどちらかと言えば高齢者に多いが、愛国主義から強く排他的になるのは若者に多くなる。

 

 

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最後に

私はハンチントンの説を全面的に肯定しませんが、その著書の500頁に及ぶ洞察力と論理展開には驚嘆しました。

 

彼の説で気になることを数点挙げておきます。

一つは、「文明の衝突」が各宗教圏の対立に起因すると言う説明が弱いように思う。

その論拠は実際の戦闘集団の対立関係から推測出来るのですが、さらに社会学的、宗教心理学的、経済的な分析が欲しかった。

 

今一つは、論述の多くは戦争の開始と拡大に重点があり、仲裁関係の記述が少ないことです。

実際、著者が言うように終息を迎えた紛争は少ないのだが。

これは平和解決学の視点が弱く、戦争と外交の分析としては偏っているように思う。

 

しかし著者が唱える「文明の衝突」を回避する手段には重要なものがある。

 

一つ目は、米国が他国の紛争に軍事介入しない事。

二つ目は、紛争の調停をスムーズにする為に、イスラム圏の代表国を安保理の理事国などに加えることです(主要国による任期制の交代)。

 

 

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次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

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フランスを巡って 45: トゥールへ


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今日は、シャンボール城を出て、ホテルがあるトゥールまでの眺めを紹介します。

この日はキリスト昇天祭の休日で、ロワール川で憩う市民の姿が印象的でした。

撮影したのは2017年5月25日の17時から20時までと、翌朝の朝6時台です。

 

 

 

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< 2.バスのルートとトゥールの地図、上が北です >

上の地図: シャンボール城からトゥールまでのバスのルート。

ほとんどロワール川沿いを走りました。

 

下の衛星写真: HはホテルH、Sは市庁舎、Rは夕食のレストランを示しています。

レストランはメインストリートにあり、またホテルの直ぐ隣が鉄道駅です。

さらに北側にロワール川が流れています。

 

 

 

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< 3. シャンボール城付近の村 >

 

 

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< 5. ロワール川1 >

 

上と下の写真: 自然豊かな堤や河川敷に多くの車が見えます。

 

 

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< 6. ロワール川2 >

 

中央の写真: 川遊びをしているようだが、何をしているかは分からない。

 

下の写真: 河原でくつろぐ人々とキャンピングカーが見える。

フランスの至る所で、走っているキャンピングカーや何十台も駐車しているキャンピングカーを見た。

羨ましい限りです。

 

 

 

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< 7. ロワール川3 >

 

家族で楽しんでいるサイクリングを見ました。

 

 

 

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< 8. ロワール川4 >

 

上と中央の写真: 河原の砂地や林で、たくさんの家族で休日を楽しんでいた。

 

 

 

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< 9. トゥールに到着 >

 

上の写真: 右手中央が鉄道駅、左側にホテルが見える。

 

下の写真: 左手中央が市庁舎です。

 

 

 

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< 10. 市庁舎前のメインストリート >

 

上の写真: メインストリートの街路樹の下に設けられたレストランのテラス席。

地図のRです。

私達はこの一角で夕食をとりました。

 

 

 

 

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< 11. 鉄道駅1 >

 

翌朝、朝6時台に訪れました。

 

 

 

 

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< 12. 鉄道駅2 >

 

下の写真: 1台のピアノが置いてありました。

旅の思い出に弾けたらどんなに良いだろう・・・

まったく弾けないのが残念です。

 

 

 

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< 13. 鉄道駅3 >

 

 

次回に続きます。

 

 

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何か変ですよ! 83: 何が問題か? 6


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今の若者の政治離れと右傾化の一端を探ってみます。

そこには単純で普遍的な理由があったのです。

若者は好んで苦境から目をそらしているわけではない。

 

 

はじめに

先進国では軒並み、熱烈な政党支持者が減り、無党派層が増え、少数政党分立の傾向を深めた。

これは日本も同じです。

 

なぜこのようなことが起きたのでしょうか?

以前、私のブログでもこの問題を取り上げました。

この原因は、長引く経済と社会の低迷、例えば格差拡大や失業者の増大などに有効な手立てを打つことが出来ない政府にあった。

同時に、国民は長らく政治を牛耳る議員や官僚、また彼ら操っているエスタブリッシュメントに怒りを覚える一方で打破する手立てを持てず、諦めていた。

国民は、自分たちの希望や意思が政治に反映されないことに苛立ち、閉塞感を持っていた。

 

その一方、日本に限っては、長期低迷の経済にあっても国民はまだ格差拡大を深刻に捉えておらず、また社会は混乱もなく平和でした。

そして国民は概ね社会に満足している。

 

多くの日本人は閉塞感を抱いていないのだろうか?

私の見る所、政府を信じていると言うよりは日本社会への安心感のようなものがあるようです。

つまり、「何とかなる」と感じているのでしょう。

 

 

 

 

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< 2. 非正規雇用比率の推移、ガベージニュースより >

 

このグラフから若年労働者の非正規が増加傾向にあることがわかります。

 

 

 

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< 3. 男性の非正規雇用の状況 >

上のグラフはガベージニュースより、下のグラフは非正規雇用フォーラム・福岡より借用しています。

 

現時点では中高年層の非正規は少ないが、将来、景気の浮き沈みで多少変化するものの、中高年層にも拡大するのは間違いない。

それに応じて大半の労働者の所得は増加することなく横這いとなり、巷には低所得者が蔓延することになる。

こうならないとする根拠も政策もない。

 

実は女性の方が非正規率が高く、賃金も安く、状況は深刻です。

 

 

 

なぜこのような意識のズレが起きるのでしょうか?

今までも指摘して来ましたが、ここ20~30年の経済データーは明らかに低迷を示しています。

 

例えば、現実の社会を見てみましょう。

将来、労働者の数割が生涯非正規雇用になり、定期的に首を切られ、年収が0か200万円前後で一生暮らさざるを得ないとしたら将来の見通しが立つでしょうか?

これは若年労働者ほど厳しいが、今の自由放任主義経済のシステムが続くなら将来さらに深刻さを増すことになる。

そしてこのことが経済を更に低迷させることになる。

 

先ず、生活に不可欠な大きな生涯費用としては住居費5000万円(家賃購入共)、二人の子供の教育費3000万円、一人の医療介護費の自己負担額700万円(総額3100万円)が最低必要になり、合計8700万円でしょうか。

非正規の彼が運よく80年の生涯で、30年間毎年200万円稼げたとして、計6000万円です。

ここから税金(所得税、消費税)と社会保険料(医療・介護・年金)が徴収され、食費・衣料・水道光熱費を出費したら、収入がある時でも可処分所得は年間100万以下で計3000万円以下でしょう。

これで収入の無い時の生活費を賄い、さらに住居費と子供の教育費、医療介護費を支払うことは不可能です。

 

とてもじゃないが、結婚ができず住居や子供を持てず、医療介護も受けられない。

逆に結婚し、収入を合算して助け合う道もあるが、やはり生活はできないでしょう。

さらに彼らが退職の年齢になっても退職金は無く、年金は雀の涙です。

これでは結婚出来ないホームレスが1千万人を越える時代が来るかもしれない。

 

ここで不思議に想うのは、最も被害に合うと分かっている若年労働者が今の政治に無関心でこれを放置し、さらに右傾化に惹かれ肯定までしていることです。

さらに、不思議なのはより恩恵を受けている高齢者の方が政治に不満を持っているのです。

 

 

 

次のグラフから上記の理由が見えて来ます

 

 

 

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< 4. 日本の若者の人口比率 >

 

このグラフは日本の人口に占める15~24歳の割合の推移を示しています。

この15~24歳の割合は1965年にピークを示しています。

 

当時の社会はこれに同期するように大きなうねりを経験しました。

1960年代半ばから反戦運動、1968年頃から東大闘争、そして日本の学生運動は1970年まで燃え盛りました。

また1960年代半ばからフォークソングがブームとなりました。

世界的な流れがあってのことですが、日本の若者は呼応したのです。

 

実は戦後の復興期、1947年からの3年間に806万人と言う大量の子供が生まれ、彼らが20歳になったのが1967~1969年だったのです。

彼らを団塊の世代と言い、彼らの中には「学生は世の中をよくするために身を挺して立ち上がるべきだ」との信念に共感する者が少なからずいたのです。

 

 

 

 

 

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< 5. 日本の経済成長率 >

 

学生運動が盛り上がった1965~1970年は高度経済成長期(1954~1973年)でした。

けっして、この時代は沈滞した希望の無い時代では無かったのです。

むしろ、彼らは戦後の貧しさから抜け出す為に必死に働き、また苦悩しながら社会を変革しようとした希望多き時代だったのです。

その彼らは現在、退職し70~72歳になっています。

 

つまり、若年層が多い時代、彼らは政府を批判し、社会を改革しようとしたのです。

そして年をとっても、まだ社会を変えるべきだと思っている人がいるのです。

 

 

 

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一つだけ指摘するなら

結局、今の若者は平和と安逸に慣れてしまい、社会に対する若者らしい情熱を失ってしまったように見えるが、その大きな要因の一つは、単純に若年層の人口割合が学生運動華やかりし頃の半分にも落ち込んでしまったからと言えそうです。

この相関は人口統計学で指摘されています。

 

今の若い人に知って頂きたいことは、かつて若い世代(団塊の世代)が社会問題に立ち上がった事実です。

そして、あなた方の将来は団塊の世代の将来と比べものにならないほど劣悪なのです。

 

もう一つ指摘するなら、あなた方はかつての学生運動の反動で、政府(文科省)の通達により、学校で政治的なことから目を逸らすように教育されてしまつたのです。

これがさらに日本の政治文化を劣化させることになったのです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ! 82: 何が問題か? 5


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< 1. 旧約の預言者イザヤ >

古くから警鐘を鳴らす人はいたのだが、ユダヤ人は聞かなかった。

 

 

前回、大半の労働者にとって悪化している経済の現状を確認した。

それはここ半世紀の日本と先進国の経済政策が生み出したものでした。

しかし、問題の核心は別にあり、さらに根が深い。

 

 

 

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< 2.世界に占める日本のGDP >

 http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/no170-f7b5.htmlより

 

 

はじめに

前回紹介した、三つの政治経済の潮流。

A: 1980年代からの米国主導による自由放任主義経済。

B: ここ半世紀の日本与党の企業優先の政治。

C: 2013年からのアベノミクス。

 

私はこの三つが今の世界と日本をさらに劣化させ行くと見ています。

劣化とは、繰り返す倒産と失業で国民の大半は所得を減らし、中央政府への信頼を無くし、追い打ちをかけて国家債務のデフォルトが起こり、遂には争乱へと進むことを意味します。

私はこのことをこれまでのブログで取り上げて来ました。

 

Aの問題点については、世界的に著名な経済学者クルーグマン、スティグリッツ、ジャック・アタリ、ピケティ、経済評論家ジェフ・マドリックが指摘しています。

BとCについては、国内の一部の経済学者が指摘しています。

 

しかし、残念ながら多勢に無勢で、社会を変革する力にはなっていない。

この少数派の警鐘は、既得権益側による圧倒的な情報量と印象操作で掻き消えてしまうのでしょうか。

または不景気と好景気が繰り返されていれば、じんわりと社会経済が衰退を深めていても、人々は一縷の望みを託し現状にすがりついてしまうのでしょうか。

しかし、一度衰退が始まると、そんなわずかな望みさえも冷酷に踏みにじって来た。

それが歴史でした。

 

 

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< 3. かつての栄光、実は一人当たりの実力は? >

 

 

衰退に人々はどのように向き合ったのか?

かつて栄華を誇った国が衰退した例は数知れずあった。

古くは都市国家アテネ、ローマ帝国、スペイン、オスマントルコ、英国、ソ連がそうでした。

これらの国が衰退したのは、いずれも一人の権力者による失策が原因ではなかった。

むしろ起死回生を願い、末期にすら改革に立ち上がった人々がいた。

しかしその思いは既得権益層の抵抗と根付いた社会の流れにかき消されていった。

つまり、かつては繁栄をもたらした社会経済のシステムが社会に根を張り、これが逆に世界や国内の変化に対応できずに自壊していった。

 

衰退する運命にある文明や国は、どうあがいても再起が不可能なのかもしれない。

おそらく今のままでは米国そして追従する日本がこれに続くことになるでしょう。

両国のここ半世紀の経済データーを見ていると悲観せざるを得ない。

しかし、その一方で既に衰退した国もあれば方向転換を成し遂げた国(北欧やドイツなど)がヨーロッパ内にも存在する。

 

やはり、人類の英知を持ってすれば可能なのかもしれない。

もし国民や政府が真摯に警鐘に耳を傾け、痛みを伴っても方向転換を図っていれば良かったと思うターニングポイントが過去に少なからずあった。

いつの時代も、社会経済の異常や危険の芽を鋭敏に察知し、勇気をもって指摘した人は存在した。

日本が第二次世界大戦へと突き進む過程においても、その危険性を議員やジャーナリスト、言論人が命を張って訴えていた。

残念ながら、かき消されてしまったが・・・。

 

 

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< 4. 英国の辿った道、それは・・・ >

http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/no170-f7b5.htmlより

 

 

なぜ人々は警鐘に耳を傾けないのだろうか?

今の日本で想定される幾つかの理由を挙げます。

 

D: 政治に期待せず無関心な人々の増加。

E: パトロンとクライアントの関係が強い政治文化、「ジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)」の言葉で代表される。

F: 偏った報道や印象操作による洗脳。

G: 孤立した日本文明の弊害や歴史に根差すもの。

H: 人類に共通した心理。

 

いくら警鐘を鳴らす人が出ても、それを拒絶したり無視する人々が多くては話にならない。

これに怒っても事は解決には向かわない。

 

少しでも多くの人が、未来の危機を認識出来るかにかかっている。

私は、上記の理由が如何に重要な認識を阻害しているかをこの連載で明らかにしたい。

そして、未来の危機を回避し、子供や孫の世が平和で豊かになることを望見ます。

 

 

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< 5. 日本のターニングポイント  >

http://www.huffingtonpost.jp/yoshifumi-nakajima/japan-decline_b_7452352.html  より

 

この赤線を上下逆にするとグラフ2の山にほぼ重なるので不思議です。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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何か変ですよ! 78:  何が問題か? 1


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今回の2017年第48回衆議院選挙を見ていて戸惑うことがある。

議員達の情けない行動やその結果もさることながら、多くの国民が現状をどのように認識しているのかさっぱりわからない。

今回の選挙から見えて来る日本の問題を考えます。

 

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はじめに

獲得した与党の議席数は313で野党は152でした。

結果は与党がほぼ議席を維持した。

あれだけ評判を落とし続けていた首相が再認された。

選挙結果こそが民意のすべてだと豪語する人もいる。

 

一方、比例と小選挙区の合計得票数は、与党(自民、公明)で5300万票、野党(希望、共産、立憲、維新、他)で5800万票でした。

これが民意だと悔しがる人もいる。

低い投票率53.6%からすれば、棄権が少なくなれば状況は好転したと信じる人もいるだろう。

 

二つの民意の違いは、選挙制度(小選挙区制)と野党のマネジメントの未熟さ(敵失)の結果だと言える。

しかし私には、さらに深い問題が日本にはあるように思える。

そしてこれが日本を将来取返しのつかいない状況に追い込むことになる。

 

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私が恐れる危険な兆候

私が一番恐れるのは日本や世界が破滅の道を進み、いつかは戦争に巻き込まれることです。

 

これまで、この連載で見て来ましたが、先進国、特に米英が先導し、そして日本などが追従しているように思う。

ここでは危険な兆候だけについて見ます。

 

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世界について

A 自由放任主義が経済を破綻させる。

B 右翼化やナショナリズムが嵩じて戦端が開く。

C 核兵器が益々拡散し、人類崩壊に繋がる。

C 気候変動と資源の枯渇が紛争を招く。

D 覇権国家の盛衰が混乱を生む。

 

 

日本について

E 人口減が衰退を招く。

F 人々の村意識が災いを招く。

 

幸か不幸か、これら兆候が何年後に現実の災厄となるかは誰にもわかりません。

ただ確実に近づいているとは言える。

 

人々は破滅の兆候を無視しているのでしょうか?

それは知らないから、または信じたくないからでしょうか?

日々の糧や楽しみに目を奪われ、先の事は考えたくないのでしょうか?

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 77: 戦いの始まり 4


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< 1. 大統領(実業家)、金融資本家、右翼の合体 >

 

 

なぜ今、北朝鮮問題に火が付いたかをこれまで見て来ました。

そして国民は踊らされてヒステリックになっていることもみました。

実は、この状況は世界の潮流が招いたと言えるのです。

このことを確認し、連載を終えます。

 

 

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はじめに

私は世界が右傾化していると指摘しました。

また世界経済は自由放任主義によって金融偏重と格差拡大を招きました。

おそらく多くの方は、このことを実感しておられることでしょう。

 

しかし私はなぜ先進国が軒並み右傾化したのかを上手く説明できずにいました。

この理由として、欧米で所得格差が拡大したこと、中東の戦乱が移民や難民の大量流入を招いたことを挙げました。

しかし、これでは日本や米国の右傾化やポピュリズムをうまく説明出来ていない。

 

実は、1980年代頃から世界で経済とは異なる次元の変化が起きていた。

それはハンチントンが「文明の衝突」で指摘した現象と言えるかもしれません。

 

 

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世界の右傾化の背景にあるもの

はじめに、多くの方が知っている世界の幾つかの変化や遠因を挙げます。

 

私が連載「中東に平和を」で取り上げたように、イスラム復興運動が1980年代から中東で勃興し始めました。

この遠因として、パレスチナ問題や米国主導の中東での戦争がありました。

さらには20世紀前半に世界中で起こった植民地からの独立と国家再建運動がありました。

 

20世紀末には日欧米の経済はバブルを繰り返しながら停滞していました。

1991年にはソ連が崩壊しました。

一方で、かつての非欧米諸国、植民地だった国が高い経済成長を始めた。

これを象徴するのがブリックスの経済発展で、特に中国の躍進でした。

 

 

これらの事実を関連づける世界の潮流とは何か?

ポイントは三つあります。

 

一つは、欧米や日本などの経済が軒並み失速し、自信を無くしてしまった。

(米国経済は成長しているが、一握りの富裕層の富を増やしているだけです。)

この理由は定かではないが、日欧米では人口ボーナス期が終息していることが大きい。

これに欧米主導のグローバリズムによる産業構造の変化で起きた失業と格差拡大が加わった。

 

今一つは、多くの独立を遂げた国では、グローバリズムの荒波の中でアイデンティティを意識することになった。

これがイスラム教だけでなく他の世界宗教(キリスト教など)にも宗教復興(原理主義)へと向かわせた。

例えば、再建中の国では少なからず欧米化(近代化)を目指していたが、その軋轢(都市化による疎外感、混乱や貧困)に苦しむ二世代目を癒したのは連綿と続く文化(宗教団体の献身など)でした。

また経済発展を遂げた国、特に欧米化せずに成し遂げた国では自らの文明に誇りを持っようになった(中国や中東産油国)。

 

最後の一つは、冷戦終結に代表されるイデオロギー対立の終焉でした。

大きな対立が消えると、他者との新たな識別(文明、宗教、民族)による自己確認が生まれた。

 

こうして世界は文明毎(主に宗教単位)に団結を強めるようになっていった。

さらにこれに火に油を注ぐことが起きた。

 

 

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何が火に油を注いだのか?

分かり易いのはネオコン(新保守主義)が主導したイラク戦争でした。

ネオコンは、民主主義や自由主義を遅れた国に広める為には、武力も辞さないとした。

これは先進国の右派にも左派にもある意識で、それまでの繁栄による驕りが招いたと言える。

 

しかし、武力介入を受けた国では民主主義が定着するどころか欧米への反発を招く結果となった。

実際、アフリカや中東では数々の武力介入が、混乱と疲弊を招き、膨大な難民を発生させてしまった。

 

こうして、世界は文明毎(主に宗教や民族単位)に対立を深め、先進国は被害者意識を強め右傾化(ナショナリズム)し、さらには金融資本家が支配する信頼無き政治に絶望した国民はポピュリズムに走ってしまった。

こうしてトランプ、ルペン、安倍が人気を博すようになってしまった。

 

 

 

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まとめ

結局、100年前の帝国主義(植民地)の残滓に喘ぐ国々と、100年間ほど繁栄を謳歌し早くも衰退する日米欧が、ぶつかり合う中で今の右傾化とポピュリズムが起きている。

 

これは実に危険な兆候です。

恐らくはヨーロッパで帝国主義が沸き起こった背景にも、同様の国内外の葛藤が起きていたのでしょう。

 

出来れば、皆さんが冷静になり、歴史を踏まえて正しい判断をして欲しいと願います。

 

 

最後に

タイトルに「戦いの始まり」としたのは、朝鮮半島で戦争が始まろうとしていることを言いたかった。

さらには、国民にとって抗しがたいことですが、「右傾化とポピュリズム」と戦って、勝利して欲しいと願ってのことでした。

これは幾度も歴史上繰り返されて来た・・・・・

 

 

 

どうか皆さん、この選挙の一票を大事にしてください。

日本の将来が安泰であることを祈って、この連載を終えます。

 

 

 

 

 

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何か変ですよ 73: 日本の問題、世界の問題 9: 今、何を始めるべきか?


 

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今、選挙が始まろうとしています。

これは、まさに世界が加速度的に劣化していくことを象徴しています。

なんとか劣化を食い止めたいものです。

 

 

  •  はじめに

日本の首相は野党の体たらくにつけ込み、勢力拡大を狙い解散を行いました。

彼は実に政治の駆け引きが巧で、まさに独走態勢です。

一方、野党は未熟の一言に尽きます。

先進国では珍しいと言うか、世界はこの潮流に呑み込まれつつあります。

 

おそらく、選挙後、首相は憲法改変や軍事力増強を行い、短期的には周辺諸国との紛争突入の可能性が高まり、中期的には世界で火種が増し、長期的には国内で所得格差が拡大し、経済破綻が起こるかもしれません。

 

もしかすると、彼が采配を振るうことにより、逆に世界はより平和となり、やがて起こる経済成長が格差を縮め、経済破綻も防げるかも知れません。

 

ここが思案のしどころとお悩みの方も多いことでしょう。

 

検討すべきポイントは二つです。

一つは現政権の政策を押し進めて良いのか、または避けるべき政策があるのかと言うことです。

そうだとしても頼りない野党を選んで良いのかと言うジレンマもあります。

 

 

 

  •  現在の問題

この連載で、これまで様々な問題を指摘して来ましたが、最大のものは何でしょうか?

 

世界に関しては、際立つものとしては自由放任主義のグローバル化と米国の身勝手な軍事行動でしょう。

これを仕向けて来たのは一部の超富裕な金融資本家達の強欲と言えるでしょう。

このことを指摘するのは良識ある学者に留まらず右派・左派の論客にもいます。

 

日本に関して、放置すれば致命傷となるのは労働人口減と米国追従でしょう。

これらがなぜ放置されて来たかと言えば、戦後レジームの惰性、つまり長期与党の安逸な日々が続いたからと言えるでしょう。

 

あまりにも単純な指摘ですが、現在のように放置し続けると、痛いしっぺ返しを受けるでしょう。

つまり、今の政策以前に現与党の姿勢と、その背景にある世界の潮流に杭を打ち始めることが肝要です。

 

残念ながら、これらは即効性のない提案ばかりです。

とりあえず現政権の経済と軍事の暴走防ぎ、後は世界と共に手を打ち始めることから始めなければならない。

 

要点を以下に述べます。

 

 

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  •  世界を危険に陥れている問題
    1. 自由放任主義のグローバル化

既にこれまで説明して来ましたが、要点を述べます。

 

これが各国の所得格差を拡大させたことにより、多くの低所得層だけでなく中間層までが不満を持つようになった。

また金融セクターのエゴによって起こる金融危機は、各国の財政を悪化させ、緊縮財政による福祉の低下と大量失業が貧困層を増大させた。

 

 

  1. 米国の身勝手な軍事行動

米国だけが身勝手な軍事行動を行っているわけではないが、世界を戦火に巻き込み、内戦や難民を最も多く出しているのは米国です。

また米国は経済や諜報活動でも、世界に悪影響を与え続けている。

例えば、地球温暖化条約破棄やクーデター支援(政府転覆)などがこれにあたる。

 

この二つのことが半世紀以上続いたことにより生じた難民や移民が流れ込む先進国では高失業と重なり不平不満が高まり、エゴ剥き出しの排外主義が横行するようになった。

このことが、米国ではトランプ現象となり、EUや日本では右傾化が進んでいる。

これを象徴するスローガンが「米国一番」「都民ファースト」であり、人々を魅了することになった。

 

不思議な事に、日本では失業や難民問題が深刻でないにも関わらず、米国と中国・北朝鮮との対立に煽られて、キナ臭さから焦げ臭くなりつつある。

 

このまま進めば、先進国を含む世界はどうなるのだろうか?

はい、悪化するだけです。

このまま勝手に世界が正常に戻る理屈はない。

 

そうは言っても、各国の努力は無駄なのか?

米英日以外にうまくやっている先進国(北欧やドイツなど)もあるが、世界は一連托生にならざるを得ない。

景気刺激策が功を奏したら、必ず良くなると信じたいのは皆同じですが、同じ事が繰り返されるだけです。

 

上記、二つのこと放置したままでは、他の施策を行っても焼け石に水か、破綻を先延ばしするだけで、むしろ傷を深めることでしょう。

待ち受けるのは世界を巻き込む巨大な金融危機か資源獲得紛争、ついには核戦争でしょう。

 

 

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  •   日本を窮地に追い込む問題
    1. 労働者人口減

これは単純明解で、経済にマイナスです。

日本も遅れて、いくらか対策を嵩じてはいるが、あまりにも遅い。

また移民に対して嫌悪感があり、このまま行くと、長期減退は免れない。

 

  1. 米国追従

「米国追従の何が悪いのか?」と責められそうです。

また「お前は、反日か!」と罵られそうです。

 

これまでのように日本が米国追従を続けるなら、前述した「世界を危険に陥れている問題」を方向転換するどころか、英国と共に米国の身勝手をさらに加速させることになる。

 

一番の問題はこれらを無視して来た与党の姿勢であり、これを見過ごして来た国民にも責任の一端はある。

米国の意向に沿った原発促進や莫大な公共投資が何を招いたでしょうか?

前者の功罪は世界の判断から明確になった。

後者は日本の経済成長を呼び起こすはずのものだったが、その結果、零成長と世界でも群を抜く累積赤字となった。

これらは「NOとは言えない」与党政府が招いた結果の一部にしか過ぎない。

 

 

 

米国追従を望む人々は、米国の核の傘に入れば安心だと思っているようです。

 

しかし、私は技術的見て日本列島を核攻撃から守れるとは思えない。

むしろ、火種が増し、紛争の最前線となるのは極東の端にある日本列島でしょう(米国にとって防波堤)。

また米国との同盟強化による抑止力を期待する人もいるが、この効果は良くもあり、悪くもありと言うところです。

簡単に言うと、敵国が冷静で正確な情報を持っていれば抑止力は増すが、そうでない場合は、敵国は戦意を煽られ暴挙に出る可能性が高まる。

米国のおかげで防衛費が少なくて良かったと言う意見もあるが、現状の軍事費(GDP比率も)の国はいくらでもある。

 

重要なのは、大戦以降、米国の軍事行動の大半が世界中に戦火を広げ混迷の種を撒いて来たと言う事実です。

ましてトランプの下では危険性は高まるだけでしょう。

 

なぜ日本政府が米国追従なのか様々な憶測が飛び交っているが、戦後、政府の政策を見ていると、経済(構造協議)、金融(市場開放)、産業(民営化)、為替(プラザ合意)、軍事(海外派兵)すべてに米国の言いなりと言える。

おそらく密約やCIA等により日本政府が牛耳られていると言うよりは、単に自発的な交渉で米国(政府や議会)の機嫌を損なうよりは、言いなりが楽と言うことに尽きるのだろう。

この手の押し付け、自由放任主義の拡散は世界中に行われたが、日本は最も従順に受け入れて来た。

 

例えば、沖縄返還では、その結果によりノーベル賞を受賞した首相もいれば、その秘密交渉に尽力した外交官は、その結果に後悔して服毒自殺していた。

それでも対外交渉の矢面に立つ外務官僚は徐々に変わって来ているようだが、旗振り役の政治家はやはり国民受けのアピールを狙い、旧態依然とした手法に頼ることになるだろう。

 

 

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  •  現政権の長短
    1. 首相の長所

首相は政治駆け引きとリーダーシップに優れ、与党内からの反発が少なく、長期政権を担える。

また彼は外交にやりがいを感じており、日本はとりあえず目立つ存在になった。

 

  1. 首相の短所

今回の解散や消費税撤回、憲法改正の進め方、身内問題(加計など)などを見ていると、信頼出来る人物ではない。

つまり、国民の願う方向に向かうとは限らない。

麻生の言うように、いつの間にかナチスに牛耳られたと言うことになるかもしれない。

 

最も不安なのは、彼の認識の偏りとある拘りです。

かつての日本の戦争の評価や戦争回避の手法、また経済や政治運営において、今までの与党にもあった制約がなし崩しになって来た。

単に、右翼と言ってしまえばそれまでだが、それだけではない。

その目立つ強引さに比べ、将来招くことになる様々な弊害についての目配りが不足している。

ふるさと納税や年金の株式運用など、問題を訴えた官僚達は外され、顧みられることはない。

 

もう一つは、岸おじいさんへの極度の愛着で、これが彼を振る舞いの淵源だろう。

 

 

  1. 政策の問題

他の事で目立っても、自由放任主義のグローバル化や米国追従に積極的なのでは何ら解決にならない。

 

本来、円安誘導は米国を怒らすはずだったが、今回それが無かったのが不思議です。

考えられるのは、軍事的な追従で帳消しにされているのか、大量の米国債を買うことで許されているのかもしれない(将来、ドル安になれば大損害となる)。

 

アベノミクスによる経済効果はあっても一時的でしょう。

現内閣は誕生時から、世界の金融危機後の立ち上がりと言う幸運に恵まれていた。

もし効果があったとしても、その後、どこかで金融危機が起これば、膨大な貨幣供給により大きなしっぺ返しを被ることになるでしょう。

結局は、米国や英国の二の舞になるだけです。

 

結論としては、現政権の延長は、戦争と経済に関して危険が増すと言うことになる。

 

 

 

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  •  国のトップの資質について
    1. トランプに期待する人の意見

期待する理由は彼が財を成し得たのは優れた交渉術のおかげだと言うものです。

これが米国の再生を救うと信じている。

 

しかし、彼の事業手腕のポイントは法(破産、公共体からの融資、脱税など)を犯罪すれすれで悪用し、一方で悪徳で名高い弁護士によって事業を拡大して来たと言える。

つまり、極論すれば自分で法を犯しながら、国法に守らて来たと言える。

このような手法が、法を率先垂範すべき国のトップ、ましてや信頼が欠かせない各国間で通用するとは思えない。

各国間の懸案は脅しと軍事力でしか解決しないと考えれば、トランプは良い選択かもしれない(その結果は恐ろしいが)。

 

 

  1. 保守が期待するトップ像

ある日本の保守論客(元外交官)は、敵を作り紛争を繰り返す米国を悪の権化と言い募る。

さらに彼は欧米は国際金融勢力による傀儡であり、そのマスコミも牛耳られ、逆らうロシアなどを食い物にしようとしていると指摘する。

 

彼の指摘は事実も混じっているので面白いが、最大の難点は論理の飛躍があることです。

不思議なことに、日本政府はその害毒に毒されず、ましてや現首相は毅然とそれに立ち向かえると言うのです。

つまり、世界を救うのは今の首相しかいないと言うのです。

 

百歩譲って、それを認めたとして、現実の動きはどうでしょうか。

首相はトランプを諫め、暴挙を抑えようとしているでしょうか。

 

例え、互いに同意見だから協力しているとしても、最初の前提とは甚だしく異なっているように思えるのだが。

私にとってこの手の論説は、唯の好き嫌いを長々と述べているに過ぎないと思うのだが。

 

 

 

  •  世界と国内の関係について

自由放任主義のグローバル化が悪いと解っても、それを正す方法に問題がある。

 

ある識者は言う、自由を求めて広がるグローバル化を規制や税で制御すること自体に無理がある。

大半の経済学者も、これに賛同するだろう。

一理はあるが、明らかに災厄の原因が判明しているのに放置して良いことにはならない。

 

確かに、現状では多国間の貿易交渉さえまとまり難いのに、まして世界を統一された規制や税制で網羅しようとすることは不可能に近いかもしれない。

そうは言っても、世界は徐々に主要20カ国リーダー会議とか、フロン規制などで成果を積み上げて来ている。

 

ここで見方を変えて、災いの根源となっている超大国の横暴を抑えることが出来れば、世界は一歩前進するのではないでしょうか。

つまり、超大国に追従するばかりでなく、独仏が行っているように、友好国ではあるが、その都度是々非々で対応を判断するぐらいの自主性を持つことが、これからの日本に求められるのではないでしょうか。

 

もっとも大事なことは、少なくとも超大国の身勝手を、他の先進国と一緒になって抑えるようにならなくてはならない。

つまり、グローバル化の災いを招いている金融セクターの独走を米国から正すことです。

 

我々が、現状の世界経済の行く末を正すには、世界規模の改変か、米国(一部EU含む)を諫めて行くことから始めるしかない。

 

 

 

  •  今回の選挙にあたって

とりあえず、何を選んではならないかは見えて来ました。

しかし、それではどの政党を選べば良いのでしょうか?

 

残念ながら、私にも見えて来ない。

既存の野党はバラバラで、新しい政党に実力があるようには思えない。

 

また現実的に考えて、アベノミクス(リフレ策と財政出動)や自由放任主義のグローバル化を、日本から変えて行くことは困難でしょう。

改善策の経済政策が一部の経済学者により提唱されているが、残念ながらそれが広まる雰囲気はまだないように思う。

ましてや、追従か拒否かの両極端にある日本の政治家に、それを実行出来る豪胆さはないだろう。

 

そうなれば、ここは消極策で行くしかない。

つまり、現首相に「暴走するな!」と伝えるぐらいだろう。

それ以上の事を望めるとは思えないし、後は悪化が急速に進まないことを祈るぐらいしかないでしょう。

 

戦後の日本の政治を見ていると、反対する野党の存在が長期与党の独走を防ぎ、欧米流とは異なる大きな政府を生み出して福祉や医療制度で世界に誇れる国になったと私には思える。

 

 

皆さんの健闘と幸運を祈ります。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ 69: 日本の問題、世界の問題 5: バブル崩壊 3


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前回、バブル崩壊のメカニズムと被害についてみました。

これが繰り返されることにより先進国社会の深部が蝕まれています。

今回、この状況を確認します。

 

 

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第一章 はじめに

これまで3回にわたり、世界各国が如何に経済的な破綻に見舞われて来たかをみました。

お読みになった皆さんは、おそらく世界が金融的な破綻に益々晒されつつあると感じたはずです。

先進国、資本主義国に何か変調が起きているとも感じられたことでしょう。

 

一方で、一気に世界を巻き込むバブル崩壊は必然だとも思ったに違いない。

 

そうであればこそ、バブルが過熱しないようにするしかない。

この為にはバブルを過熱させる要因を世界から取り除くしかない。

この要因は各国政府が、ここ40年ほどで作り出して来たものです。

所詮、作り出したものですから取り止めることが出来るはずです。

 

傍観している内に、我々の世界は大きな濁流に飲み込まれるはずです。

 

 

 

 

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< 3. 米国のマネーサプライと負債 >

 

上のグラフ: 青線はマネーサプライM2の推移、左目盛り、10億ドル。

マネーサプライが急伸しているのがわかる。

(マネーサプライは中央銀行(FRB、日銀など)や金融部門全体から経済に対して供給される通貨の量で、一般の事業会社や個人、地方公共団体などが保有するお金の量を示し、国や金融機関が持っている現金は除きます。)

黒の破線は下のグラフの合計負債額/GDPの推移、右目盛り、%。

 

 

下のグラフ: 家計(青色)、非金融(赤色)、金融(緑色)の部門毎の債務残高/GDPの推移、%。

金融の負債がサブプライムローン危機の折に威勢よく上昇している。

しかも三部門の合計額は優にGDPの2.5倍になっていた。

この合計額がGDP(100%)を超えたのは、規制緩和とマネタリズムが隆盛になった1980年後半以降で、その後急伸している。

 

 

第二章 現在、バブル崩壊時に繰り返されている事

ここ40年ほど、先進国はバブル崩壊時に、金融危機の拡大を防ぐために莫大な救済金を金融機関に拠出して来ました。

 

この救済を行わない選択肢もあるのですが、しなければ1929年のウォール街大暴落に始まる世界大恐慌のようになります。

この時、米国の一人当たりの国民所得は最大35%低下し、元に戻るのに10年を必要としました。

失業率は一時約25%まで上昇した。

これがドイツや日本を経済的な窮地に追い込み、第二次世界大戦の引き金にもなりました。

 

 

 

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< 4. 世界大恐慌時の米国 >

 

上の写真: 当時の取り付け騒ぎ。

下のグラフ: 米国民一人当たりのGDP推移。

 

 

それまでの恐慌では多くの場合、政府は銀行の倒産を放置し、不良な銀行を淘汰することが良策と考えていた。

しかし、この放置策では恐慌による傷が深まるので、現在は政府と中央銀行が、大規模な金融機関を集中的に救済するようになった。

 

このことは、当初、国民から反発があったものの、現在では受け入れられるようになった。

しかし、これが二つの深刻な問題を引き起こし、社会を歪める大きな要因になってしまった。

 

このポイントは二つある。

 

一つには、この救済資金が政府の累積財政赤字の急伸を招いている。

これを前回、見ました。

 

いずれこの負債を国民が広く負担せざるを得なくなります。

言い換えれば、バブルで救済される一部の大規模金融機関と大資産家を、犠牲になった国民が等しく救済することになる。

 

 

注意すべき事!!

リフレ策(アベノミクスなど)によって、累積財政赤字が霧散すると断言するエコノミストもいるが、私にはむしろ大きな破綻を呼び込む可能性があると考える。

世界のどこかでバブル崩壊(金融危機)が起きてしまうと、金余り(緩和マネー、溢れるマネーサプライ)が多ければ多いほど崩壊の被害は甚大になる。

つまり、ヘリコプターマネーによる膨大な金余り状態が最も危険だと言える。

現在、日本では、行き場を失った緩和マネーが株式投資、不動産投資、サラリーマン金融に向かっている。

 

 

 

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< 5. 日本の不動産の値上がり >

 

上のグラフ: 値上がりは東京だけでなく全国に広がりつつある。

下右のグラフ: 銀行の不動産向け貸し出しの増加が値上がりに繋がっている。

 

 

二つには、救済されるのが大規模な金融機関に限られていることです。

 

救済される金融機関ほど、バブルの中核であったとも言える。

一方、救済対象から外されるのは圧倒的に大多数の被害者です。

かつて日本では自己責任が声高に叫ばれたことがあるが、これは真逆です。

 

崩壊と救済が繰り返される内に、以下のことが慢性化し深刻さを増しています。

特に米国において。

 

金融機関や資産家、特に大規模であればあるほど「モラル・ハザード」(倫理感の欠如)が浸透しています。

救済されることが分かっている彼らは悪辣な手で暴利を貪り食うことを厭わなくなりました。

金融機関は更なる大規模化を目指し合併を繰り返し、大資産家もこれに群がります。

 

大規模金融機関と大資産家は、バブル崩壊で失業し賃金低下に苦しむ大多数の人々をしり目に、救済策で破産を逃れます。

しかしそれだけではない。

 

景気刺激と金融安定化の為の大規模な金融緩和策で、崩壊後いち早く所得を増大させることになります。

これが繰り返されることにより顕著な所得格差が生み出されました。

これは米国の所得格差拡大の要因の一つに過ぎないが、根は一緒で、次回説明します。

 

 

さらに富を蓄え政治力を持つようなった大規模金融機関と大資産家は、国際競争と経済活性化と称する金融の規制緩和を政府に実行させて来ました。

1929年の世界大恐慌への反省から制定された規制が、なし崩しに廃止されて来ました。

 

こうしてここ40年ほどの間に、金融セクターが世界の繁栄を掌中に収めるようになったのです。

例えば、1950~1980年の間、米国の金融セクターは総企業収益の10~20%であったが、2001年には46%に成長している。注釈1.

その後、サブプライムローン危機で平均32%に低下している。

 

 

これが所得格差の元凶であり、結果であり、今後もバブル崩壊が繰り返さずを得ない理由なのです。

 

 

 

第三章 データーで確認します

 

 

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< 6. 米国の所得の推移 >

 

上のグラフ: トップ1%の所得(赤)と平均賃金(青)の推移。

平均賃金は生産性(緑線)よりも伸びが低い、つまり正当な分配とは言えない。

一方、トップ1%の所得は鰻登りで、バブル崩壊の度にその差は開いていく。

 

下のグラフ: 年収5分位の年収推移。

上位になればなるほど上昇し、下位になればなるほど伸びなくなり、両者の差は開くばかり。

この格差は規制緩和とバブル崩壊のみで起こっているのではなく、逆累進課税や労働組合の衰退、法人優遇なども影響している。

 

 

 

 

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< 7. 日本のマネーサプライと所得階層別の所得推移 >

 

上のグラフ: 緑線がマネーサプライ(マネーストック)、青線がマネタリーベース、赤線が名目GDP、紺色線が東証時価総額です。

 

通常、マネーサプライを増やせば、インフレや景気刺激を可能にし、抑えれば逆効果となります。

しかし不思議なことに、マネーサプライが続伸しているにも関わらず、GDPは増えず、停滞を続けている。

このGDPとマネーサプライのギャップ(緩和マネーの増大)が気になります、米国で起きたサブプライムローンの前兆を感じさせる(図3のグラフ)。

 

日銀が金融緩和などでコントロールするのはマネタリーベース(民間の金融機関が預金準備率に従って中央銀行に預けた貨幣総額)で、その何倍かが市中に出回るマネーサプライになる。

中央銀行がマネタリーベースをコントロールしたからと言って、マネーサプライを確実に調整することは出来ない。

 

ただここ数年の日銀のマネタリーベースは各段に多いので、株価を押し上げている。

株価上昇は日銀や政府機関が株購入していることも影響している。

 

 

下のグラフ: 赤線が下位90%の所得の推移で、橙色線は最上位0.01%の所得です。

下位90%の所得は3回のバブル崩壊で低下していったが、最上位0.01%の所得はバブルの度に上昇している。

米国ほどではないが、同じ傾向が見て取れる。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

注釈1.

スティグリッツ著、「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」2016年刊、p75より。

 

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フランスを巡って 34: パリからモンサンミッシェルへ


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今回は、パリからモンサンミッシェルまでの車窓の風景を紹介します。

これから待望のモンサンミッシェルに向かいます。

また2日後にはパリに戻って来ます。

 

 

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< 2. 走行ルート、上が北です >

このルート通りに走ったかは定かではありません。

 

移動したのは旅行8日目、5月24日(水)でした。

(前回紹介した「ランスからパリへ」の日時の記入が間違っていました。正しくは5月23日でした。)

今回、走行する7割ほどの地域はノルマンディーです。

今回の旅行中、二つの観光地間の移動としては最も長い距離を走りました。

 

朝8:00にパリのホテルを出発し、途中トイレ休憩し、モンサンミッシェルのホテルに着いたのは13:00でした。

その後、荷物をホテルに入れると、すぐ観光に出発しました。

 

出発時はあいにくの空模様で終始雲が空を覆い、走行中、小雨がぱらつくことがありました。

しかし、モンサンミッシェルを観光している途中から素晴らしい青空が出現しました。

今回の旅行は、好天に恵まれていました。

 

写真は撮影順に並んでいます。

 

 

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< 3. パリを抜けて行く >

 

 

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ノルマンディーは酪農が盛んなので牛を見かけることが多かった。

 

下の写真: 住宅らしいのですが、この地方は一階建てが多いようです。

庭先にキャンピングカーが見えますが、フランスでは観光地や自然豊かな所ではたくさんのキャンピングカーを見かけました。

フランス人はキャンピングカーライフを楽しむようです。

 

 

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天気が悪い為か、今まで通って来た地域と異なり、すこし裏寂しいように思えた。

南仏のようなカラフルな家屋をほとんど見かけることはなく、ノルマンディーも中ほどを過ぎると、屋根瓦はくすんだ灰色が多く、スレートのようでした。

道路沿いの疎らな農家には痛んだ家屋が目立った。

 

やはり、このノルマンディーはヴァイキング(ノルマン人)の移住の地らしく、他のフランス地方とは異なる風土があるようです。

 

今回のようにフランスのほぼ3/4の走り抜けると、地方の特色がバスの車窓からでもよく見えて来て面白い。

 

 

 

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下の写真: 中央の遠方に三角形のモンサンミッシェルが霞んで見えた。

この地域は海風が強いのか、防風林らしきものが耕作地の境界や家屋の周囲に多く見られる。

 

 

 

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上の写真: ホテル到着まで10分ほどの道路沿いから見えた家屋。

時刻が12:50だったので、家族で昼食中かもしれません。

 

下の写真: 中央遠方に小さくモンサンミッシェルが見えます。

 

 

次回に続きます。

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何か変ですよ 67: 日本の問題、世界の問題 3: バブル崩壊 1


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前回、金融的な破綻、デフォルトが世界で無数に繰り返されていることを知りました。

これから、バブル崩壊の問題点を見て行きます。

今回は、天才が引き起こす間抜けなバブル崩壊を見ます。

 

 

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第一章 はじめに

多くの人はほぼ10年ごとに起きるバブル崩壊が資本主義の宿命だと諦めているようです。

ひょっとすると竹森教授のようにバブルを成長の肥やしと考えているかもしれません。

 

バブル崩壊(恐慌)は、必ず起きる金融危機によって経済が深く傷つけられ、その後、不景気が数年から10年も続くことになる。

 

このことが繰り返されているにも関わらず、バブル途上では多くの人が浮かれ、また我先に利益を貪ろうと必死です。

かく言う私もかつては熱心な小口投資家の一人でした。

 

バブルの利益に預かる金融家や投資家だけでなく、もてはやされるエコノミストや企業家、政治家までが、この好況は未来永劫続くと称賛しているのが常です。

 

この不思議で滑稽な様はガルブレイス著「バブルの物語」(17から20世紀まで)に詳しい。

ガルブレイス曰く、「暴落の前に天才がいる」。

この天才達は画期的なシステム(経済、金融から事業モデルまで)を創造するが、一方で希代の詐欺師、妄想家、情熱家、独りよがりの無責任男とも言える。

 

 

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< 3. LTCMの総資産の推移 >

 

第二章 あるヘッジファンドの凋落

最近の事例として、1998年に破綻した米国のヘッジファンドLTCM(1994年創業)が特徴的です。

 

ノーベル経済学賞受賞者らが開発した画期的なプログラムで、様々な金融取引を自動で行わせ、数年間は驚異的な成績を叩き出した。

これにはFRB元副議長やソロモン・ブラザーズの元トレーダーも参画しており、人気はうなぎ上りで、各国から14兆円(レート110円/ドルで計算)の資金を集めていた。

しかしアジア通貨危機(1997年)、次いでロシアのデフォルト(1998年)で約5000億円の損失を出して破綻した。

 

ここから現代の病巣、米国が先導し世界に蔓延している金融の闇が見えて来る。

 

先ず、FRB(議長グリーンスパン)はLTCMの取引銀行に4000億円を融資させ、かつ市中銀行間での資金融通のフェデラル・ファンド金利を素早く大胆に下げて、金融不安の鎮静化を図った。

なぜ、こここまでして一企業を救済しなければならないのか?

 

放置すれば、被害が甚大だからです。

LTCMが実際に集めた資金は5200億でしたが、25倍のレバレッジをかけて、14兆円の資金(借金)を運用し、さらには世界の金融機関と138兆円の取引契約をしたからです。

(レバレッジとは、最大限の利益を得ようとして、手持ち資金の何十倍もの借金をすることです。国が規制緩和でこの率を許可している。)

 

 

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< 4. 米国の金融機関のレバレッジ率 >

 

 

ここで皆さんに、肝に銘じて欲しいことがあります。

それは世界の金融セクターでは、当方もなく貪欲な人々が、金の為なら無責任・無節操になり、あらゆる危険な手段に手を染めることです。

そして先進国はあらゆるかつての禁じ手(高率のレバレッジなど)を解禁し、私達の知らない闇の中でそれらが日々行われているのです。

これら禁じ手の多くは、1980年代以降に解禁されて来たのです。

 

 

またノーベル賞クラスの天才が、なぜ失敗したかを知っておくことも有意義です。

LTCMは「ロシアが債務不履行を起こす確率は100万年に3回だと計算していた」。

つまり想定外なのです。

これは前回の竹中平蔵会長やかつての福島原発事故での東電社長の言辞にもみられました。

この手のとんでも確率論は、原発事故の発生確率のように原発推進の米国著名学者が堂々と発し、また信じられて来たのと同じです。

どうやら想定外とは「当事者にとって将来起きてほしくない巨大な災厄」を意味するようです。

 

 

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< 5. 危機の後、証券化市場は壊滅した >

 

 

第三章 バブル崩壊を防ぐと信じられた夢の保証制度

当然、政府や中央銀行の当局者までもが、バブル絶頂期になっても崩壊が近いと気づかないことが多い。

 

サブプライム住宅ローン危機当時(2008年のリーマン・ショックから世界金融危機に発展)、「金融の神様」と呼ばれたグリーンスパンFRB議長はまったく安心していた。

彼は、当時構築されたばかりの世界に張り巡らされた画期的で高度な金融システム、見方を変えれば、複雑で誰が最終の責任を取るのかがまったく見えない様々なシステムに信頼を置いていたのです。

 

その一つが、CDS(クレジット・デフォルト・スワップ)と呼ばれる損害保険の金融商品で、これが急拡大し、2007年末に6800兆円に急拡大した。

 

簡単に言えばCDSは、A銀行がB企業に融資し、その貸し倒れリスクを避ける為に、A銀行が別のC銀行に保証料(例えば、融資額の0.3%)を払うことです。

もしB企業が倒産すれば、C銀行はA銀行にその融資額を支払うことになる。

もし倒産しなければ、C銀行は保証料が儲かる。

当時、CDSで保障すべきネットの金額は500兆円であった。

面白いのは、不安な融資元は平均して14倍も重複して保証させていた。

実はこれだけでも毎年の保証料は20兆円(保証額の0.3%として)にもなります。

 

グリーンスパン前議長は自叙伝で当時のシステムへの信頼をこう述べている。

「高率のレバレッジを効かせている貸し手からリスクを移転する金融商品は、グロバールな環境では、経済の安定に決定的に重要になる。・・・。

インターネット・バブル(2001年崩壊)がはじけて、・・・企業がかなりの割合で債務不履行に陥ったが、その結果、経営危機に陥った大手金融機関は一つもなかった。

最終的に損失を被ったのは、・・・CDSの主な売り手であった。

これらの機関は十分に損失を吸収することができた。・・・。」

 

結局、信頼はあっけなく崩壊した。

サブプライム住宅ローン危機では、三つの大規模金融機関(リーマンブラザースなど)が破綻し、金融危機は世界に広がった。

 

こんなカラクリは充分に破綻の危険があると、素人の私には思えるのだが。

  • 保証料を決めるデフォルト(破綻)の確率を読めるはずがない。

もっとも、当時、破綻の危険が読めないように信頼の低いサブプライムローンと他の金融商品を巧みに組み合わせ債務担保証券(CDO)を仕組んだのだろうが。

 

最大の問題は、緩和マネーが巨大であればあるほど市場はパニックになってバブル崩壊を急激で甚大なものにする。

つまり、CDSは小さな保証(自動車ローンの個人破産など)は出来ても、世界を巻き込む巨大なバブル崩壊、世界中の銀行の連鎖倒産などを止めることは出来ないはずです。

(緩和マネーとは、中央銀行が金融緩和により実体経済を凌ぐ莫大な資金を市場に投入した資金のことで、この行く先の無い資金が株などの投機に注がれることになる。)

 

 

6

< 6. 世界の債務は急拡大中 >

 

繰り返すバブル崩壊とその救済策の強固なメカニズムによって世界は衰亡に向かうのだろうか?

 

 

 

第四章 バブルと向き合う

バブル崩壊は人間の性「貪欲」が招いたとも言えるし、これが繰り返されるのは「今度は前回とは違う」という期待と逃避の心理によるとも言える。

 

しかし、バブル崩壊を人類の悪癖だからと簡単に納得してしまってはならない。

 

一つには、バブル崩壊が確実に繰り返され、被害がより深刻化しているからです。

 

今一つは、バブル崩壊を生み出すシステムが益々強固になっているからです。

これによって莫大な富が一部の人々に集中し、さらに彼らがこのシステムを強化しているからです。

 

上記二つのことを理解できれば、我々がこれから何をしてはいけないのか、また何をすべきが見えてくるはずです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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何か変ですよ 66: 日本の問題、世界の問題 2: 金融の罠


1

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前回、日本企業の繁栄と労働者の衰退を確認しました。

これからバブル崩壊などの金融がもたらす災厄をみます。

これら三つは世界的な根で繋がっています。

 

 

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はじめに

実は、バブル崩壊など金融がもたらす災厄や善処策について語るのは厄介なのです。

 

その理由を以下に記します。

 

一つ目、日本において、学者から政府、国民に至るまで金融がもたらす災厄に対して無関心に近い。

 

二つ目、金融がもたらす災厄を研究する経済学者は少ない(特に日本)。

 

三つ目、現在、最も収益を上げている業界は金融業界で、かつ加速度的に巨大化している(特に米国)。

 

少し解説します。

 

ここ半世紀の間に、主に金融家による富の集中が起きた為、彼らは莫大な銭をばら撒き議員や政府、研究や広報を手玉に取るようになった。

ここで言う金融家とは、生産行為より資金を動かすことで利益を得る人々を指す。

これを米国が先導している

 

すると優秀な経済学者や研究所は自身が稼げる金融テクニックの開発か、金融家に都合の良い研究と報告書作成に躍起になります。

こうして金融行為で生じた社会の損害に目を向ける学者は少なくなります。

議員達は莫大な選挙資金を求めて、金融家に都合の良い規制緩和に積極的となり、政府も同様となります。

 

こうなると国民は金融行為による莫大な損失から目を逸らされ、政府は金融家がより繁栄する政策を推し進めることになった。

 

国民は当然の如く、バブル崩壊などの発生メカニズムに疎くなり、これによる巨大な災厄を運命の悪戯と捉え、泣き寝入りすることになる。

これが先進国中、とりわけ日本の現状でしょうか。

 

 

ここで金融がもたらす災厄を簡単に見ておきます

国民に大きな被害をもたらす金融的な破綻としては、銀行危機や高インフレ、通貨暴落、デフォルトがあります。

これらは経済的な災厄なのですが、現状では金融の罠とも言えるメカニズムが大きく関わっています。

 

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  •  銀行危機

これはバブル崩壊、金融危機、恐慌とほぼ同義語です。

最初に産品や株価、不動産などの価格暴落が起こり、次いで破産や失業が広がり、経済は急激に落ち込むことになる。

 

これが起きる前、銀行を介して貨幣流通量の増大(信用創造)が起きており、価格暴落を切っ掛けに、一気に貨幣の回収(信用収縮)が始まる。

この回収が出来ずに多くの企業や銀行が倒産し、失業者が大量発生し、消費の急減が起こり、この悪循環が一国の経済をどん底に突き落とすことになる。

 

 

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  •  高インフレ

インフレは物価が上昇し続ける状態で、貨幣価値の下落が起こっているとも言える。

 

インフレがおおよそ年率5~10%を越え、さらに大きくなればなるほど社会にダメージを与える。

高インフレが起きる場合、以下の弊害が起きる。

金融資産(預金や保険満期金、現金)は見る見るうちに減価していくことになる。

(10%のインフレが20年続くと、100万が15万円に目減する。)

通常、物価上昇が先行し賃上げが遅れるので、労働者の生活は苦しくなる。

インフレに乗じて、投機で儲けることも可能だが、多くはバブル崩壊で自滅することになる。

スタグフレーションと呼ばれるインフレと景気後退が同時に起ることもある。

 

 

  •  通貨暴落

通貨の対外的な価値(ドル/円などの為替相場)が急激に下がることです。

 

国や経済への信用不安が起きると、海外の投資家はこの国から資金を引き上げる為に通貨を売り急ぎ、通貨安を加速させる。

 

国内の発展を支えていた外資が途絶えることにより経済が急停止することになる。

また通貨安になることで外貨建て海外債務の元利払いは急増することになる。

(例えば日本国内の企業がドルで借金し、円/ドルが100円から120円への円安になると、この企業の1億ドルの借金は100億円から120億円へと増加する)

こうなると国の経済は大打撃を受けることになる。

 

 

 

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  • デフォルト(債務不履行)

ここでは国が国内外の債権者に元利の返済が出来なくなったことを指す。

 

債務は地方自治体や民間、個人にもあるが、ここでは中央政府が発行した債券(国債、ソブリン債)や銀行からの借入金について問題にする。

多くの場合、国はまったく返済しないのではなく、協議の上で返済条件の緩和を行い、返済し続けることになる。

 

デフォルトが起きる切っ掛けは様々だが以下のものがある。

累積債務の増大による信用不安が発生し、海外からの資金引揚げ(債務国が発行した外債の売りなど)が集中し、国は返済不能になる。

また発展途上国が産品輸出の好調などによる好景気時に、先進国の金融業から高金利で融資を受けていたが、産品価格暴落や先進国連動の金利高騰などにより、返済不能となる場合です。

 

この結果、さらなる債権発行や借り入れが困難になり、経済発展に必要な資金が枯渇することになる。

また信用低下により借り入れ金利が高騰し、新規・既発債権の負担が重く圧し掛かる。

こうして国は急激な信用収縮と急激な経済低下を起こし、さらに緊縮財政(福祉切り捨てなど)と増税が国民を襲うことになる。

 

 

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日本の著名な経済学者の認識

政府に近い経済学者は金融がもたらす災厄をどのように見ているのでしょうか?

 

 

1.以前、実業家兼経済学者の竹中平蔵がこのような趣旨の事をテレビのインタビューでが言っていったと思う。

 

「累積債務が巨大になったからと言って国家が破綻したことはかってない。」

 

 

 

2.経済学者の竹森俊平が2008年刊「資本主義は嫌いですか」でバブルについて書いている。

 

「その結論を要約すれば、『バブルの頻発』は世界経済全体の高い成長率を維持する為に、経済システムの『自動制御装置』が働いた結果であった。

高成長率の維持が難しくなる局面に来ると、民間や政府が、様々な手段を動員して高成長の維持を図る。

そのことが繰り返され、結果としてバブルが生まれた。・・・・

 

・・・。

バブルの発生に歯止めをかけるということに重点を置いた調整がなされるのである。

その結果、バブルの頻発もさすがにストップする。

その代わり、世界経済の成長率は低下する。・・・。」p4~5.

 

著者は、この一冊で長々とサブプライム危機を語っているが、私の見たところ、「バブルは調整の失敗に過ぎず、経済に必要不可欠なもの」とみなしている。

 

 

3.日銀総裁黒田東彦が2005年刊「通貨の興亡」でアジア通貨危機について書いている。

 

「・・・・・。

 

短期の外貨を取り入れて、それを為替ヘッジも十分せずに、内貨で長期貸しをしていたということも問題であった。

ジョージ・ソロスが為替投機を行ったといって批判されたが、為替投機は確かにあったかもしれない。

しかし、やはり本質的には、タイを中心に、経済にいろいろな問題がたまっていて、それが一挙に爆発したということだと思う。」p.78.

 

著者は、3頁ほどでこの通貨危機の原因と過程を簡明に述べているが、この危機がもたらした甚大な被害は念頭になく、当然、問題意識はないようである。

 

 

この三人の認識には、経済主体の一方である国民への眼差しが欠如しているようです。

彼らの念頭にあるのは経済成長などの成果であって、必ず起きている副作用(バブル崩壊の後遺症や格差など)には無関心なようです。

後に紹介する世界的に著名な学者に比べれば、彼らは本分を置き去りにした学者に思える。

さらに感じるのは、1980年代から米国の政治経済を支配している概念(今後説明予定)に憑りつかれ、まったく疑いを持っていないようである。

 

国民にとって重要なことは、国民が被る災厄への問題意識が欠如している人物が行う改革では、けっして良い結果は生まれないと言うことです。

 

 

 

7

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それでは皆さんに質問があります

過去200年間、世界の国々がデフォルト(債務不履行)をどれぐらい行ったかを想像して下さい。

 

答えは10回、50回、300回のいずれでしょうか?

 

「1800年から2009年にかけて、ソブリン・デフォルトは対外債務について少なくとも250回、国内債務でも68回はあった。」

 

つまり318回以上あった。

この記述はカーメン・M・ラインハート&ケネス・S・ロゴフ著の「国家は破綻する」(2011年刊)p.77にあります。

 

この事実は常識とはかなり異なるはずです。

まだ、これは金融的な破綻の一部に過ぎないのです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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フランスを巡って 31: ランスの大聖堂 3


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今日は、大聖堂の内部を紹介します。

様々なステンドグラスが私達を魅了します。

なぜランスが聖なる街になったかも見ます。

 

 

 

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< 2.ファサードの内側 1 >

 

これらは正面中央の門を内側から見上げた写真。

 

上の写真: バラ窓。

 

下の写真: 扉の直ぐ上の円形のステンドグラス。

 

 

 

 

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< 3.ファサードの内側 2 >

 

上左の写真: 身廊の正面側(拝廊)から主祭壇(内陣)を望む。

 

上右の写真: 身廊の中央からバラ窓を振り返る。

 

下左の写真: 身廊の正面側(拝廊)からバラ窓を見上げる。

 

下右の写真: 正面の北側の門の上のステンドグラス。

 

 

 

 

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< 4.内部 >

 

 

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< 5.側廊 >

 

上左の写真: 側廊。

 

上右の写真: 聖人ジャンヌ・ダルクの像。

 

下の写真: 側廊のステンドグラス。

 

 

 

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< 6. 翼廊 >

 

北側翼廊の内外の写真。

 

上左の写真: 翼廊の三つの門の内、最も西側にある門を中央から見ている。

 

上右の写真: 上記の門を外から見たもの。

 

下の写真: 翼廊の三つの門の中央にあるバラ窓。

 

 

 

 

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< 7.ステンドグラス 1 >

 

様々なステンドグラスを紹介します。

多くはフランス革命の動乱、第一次世界大戦で失われました。

中世からの残っていますが、私にはわかりませんでした。

 

上左の写真: 翼廊南側のバラ窓を見上げる。

 

上右の写真: 身廊中央から見た内陣の奥上部にあるステンドグラス。

 

下左と右の写真: 内陣を囲むようにして並ぶ礼拝堂のステンドグラス。

右はドイツ人芸術家による2011年制作のステンドグラス。

 

 

 

 

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< 8.ステンドグラス 2 >

 

シャガールの1974年作の青色を基調としたステンドグラス。

 

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< 9.ステンドグラス 3 >

 

 

 

フランスの起源とランスについて

 

 

 

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< 10.フランク王国の誕生 >

 

5世紀、ゲルマン系諸集団がフン族に追われるようにして東方から西ローマ帝国に進入して来た。

451年、オランダ南部からベルギー辺りに住んでいたフランク族はローマ軍に徴用されフン族とカタラウヌムで戦った。

西ローマ帝国はフランク族や他の諸部族を傭兵とし戦わせ、彼らにロ―マ軍の装備や戦略を与えた。

これにより彼らは力を持ち王国を形成するようになった。

 

476年、西ローマ帝国はロ―マが蛮族に略奪されてことにより滅亡する。

482年、フランク族の王になったクロヴィス1世は領土拡大に向けて侵略を開始し、諸部族を併合していった。

511年、彼が死去した時には、現在のフランスとドイツの一部までを掌中にした。

 

 

 

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< 11.クロヴィス1世のフランク王国 >

 

クロヴィス1世が掌中に収めたフランク王国の全領土は濃い緑色部と「Conquests of Clovis」の範囲です。

 

 

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< 12.クロヴィス1世 >

 

左の絵: ランスでのクロヴィス1世の聖別戴冠式。

右の絵: クロヴィス1世。

 

 

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< 13.ランスとクロヴィス1世 >

 

一方、ランス(Reims)はローマ時代に遡る古い町で、レミ族(Remis)の中心的城市で、この名が訛ったものです。

ランスは3世紀には司教区となっており、8世紀に大司教区となった。

481年当時のフランク王国の支配地は地図の青色部であった。

しかし、486年、クロヴィス1世は紫色部のローマ滅亡後も残っていたローマ帝国の軍司令官区に侵攻し、奪い取った。

 

こうして498年、クロヴィス1世は新たに手に入れたランスで、司教による聖別戴冠式を行った。

次いで508年、フランク王国(メロヴィング朝)はパリに遷都した。

 

ここにフランスのおおまかな形が出来た。

フランク族の語義は「自由な人」「勇敢な人」を意味し、英語で率直な性格を表す「フランク」の語源となった。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

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Something is strange! 63: Why don’t they teach evolution theory


何か変ですよ 63: 進化論を教えないこと

 

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Turkey don’t teach evolution theory in high school, so our world begins retreating more.
With this, evolution theory is kept away not only in Christianity but also in Islam.
We briefly look at harmful results of not teaching evolution theory.

 

世界がまた一つ後退し始めた、トルコが高校で進化論を教えなくなるからだ。
これでキリスト教圏だけでなくイスラム教圏でも進化論が遠ざけられる。
進化論を教えない事の弊害について考えます。

 

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Introduction
The evolution theory Darwin advocated is widely recognized as science in the world.
On the other hand, many religions have individual creation myths about human birth, so they conflict with the evolution theory.
And people who believe that the scriptures are correct one by one is stubbornly opposed to introducing the evolution theory into their school education.

Is it a problem if the public can’t learn about evolution theory ?
It surely expose the advancement and peace of the world to risk, If the public can’t understand the key point of the evolution theory.
I will briefly explain this.

 

はじめに
ダーウィンらが唱えた進化論は世界で科学として広く認められている。
しかし、多くの宗教は独自の人間誕生の創造神話を持っており、これが進化論と衝突することになる。
そして聖典を一字一句正しいとする人々は、頑なに進化論を学校教育に導入することに反対する。

国民が進化論を教わらないことは問題でしょうか?
国民が進化論の要点を理解しないことは世界の発展と平和にマイナスになるはずです。
このことを簡単にみます。

 

Education Controversy about the evolution theory in the United States
In states that many Christian conservatives live in, from the 1920 ‘s, state laws prohibiting teaching the evolution theory at schools were established one after another.
On the other hand, liberal people disputed it and these ban laws were brought to the US Supreme Court and contested.

Finally, in 1987, these ban laws were considered unconstitutional and the contest of the evolution theory got determined.
During that time, conservative wing and liberal wing intensely controverted and had a PR war about ” Is the evolution theory a science? Is the Creation in the Bible a historical fact?”

Even now, about half of the Americans believe that ” God created humans about 10,000 years ago.”

 

 

米国での進化論教育論争
米国において、キリスト教保守派が多い州では1920年代から、進化論を学校で教えることを禁止する州法を次々と成立させた。
一方で、リベラルな人々がこれに異論を唱え、幾つものこれら禁止法が連邦最高裁判所まで持ち込まれ争われた。
そして遂に、1987年、禁止法は違憲であるとされ進化論裁判は決着した。
この間、保守派とリベラル派で「進化論は科学か? 聖書の天地創造は歴史的事実か?」を巡って激しい論争と広報合戦があった。

米国民は今でも、約半数の人が、「神が1万年ほど前に、人間を想像した」と考えている。

 

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Reason why the evolution theory is denied
“God made the heavens and earth. ….. God made a man in the image of God.”
This is at the beginning of the Bible, Genesis.
That’s why this God’s word contradicts the evolution theory.

On the other hand, the evolution theory explains as follows.
“Very simple primitive organisms had repeated various mutations, only things adapted to the environment remained, and various creatures were born by the natural selection. One kind of them became humanity.”

The evolution theory doesn’t require existence of God.
And, the natural selection theory gives people an image of the jungle law.
Furthermore, mankind that is only product of chance hasn’t greatness being due to be chosen by God.

Therefore, Christian conservatives (annotation 1) that think the Bible absolute are sure not to admit this.

 

 

進化論が否定される理由
「神が天と地をつくった。・・・。神は神に似せた人をつくった」
これが聖書、創世記の冒頭にあり、この神の言葉が進化論と矛盾するからです。

一方、進化論は以下のように説く。
「極めて単純な原始生物が様々な変異を繰り返し、環境に適応したものだけが残る自然淘汰によって様々な生物が生まれた。その一つが人類です。」

進化論は神の存在を必要としません。
また自然淘汰説は弱肉強食をイメージさせます。
さらに偶然の産物に過ぎない人類には神に選ばれた偉大さがありません。

これでは聖書を絶対と考えるキリスト教保守派(注釈1)は認めたくないはずです。

 

 

Other religions and the evolution theory
Since ancient times, there were creation myths in each place, the origins of heavens and earth, people, royal family etc. were explained in them.
And many religions, Judaism, Islam and Hinduism were incorporating them (annotation 2).

Naturally, the evolution theory was also unacceptable for Muslims.
Turkey, which was most advanced in secularization, finally removes the evolution theory from the curriculum following Saudi Arabia. (keep teaching at university)

 

 

他の宗教と進化論
古来より、各地に創造神話があり、天地や人、王家などの起源が説明されています。
そして多くの宗教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンドゥー教はそれを取り込んでいました(注釈2)。

当然、イスラム教にも進化論は受け入れがたいものでした。
世俗化が最も進んでいたトルコが、ついに厳格主義のサウジアラビアに次いで進化論を教育課程から外します(大学では教える)。

 

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What is the problem?
The greatest harm to deny the evolution theory to protect myths in the scripture is that people lose scientific mind.

Importance of the scientific mind is obvious from human progress, development of medicine and living environment.
The importance of the scientific mind is to know the limits that human can understand (annotation 3), and the theory is constantly being improved through actual proof.
People can keep superstitions and delusions away by knowing this.

Also, admitting only their creation myths will deepen the conflict between the religious believers and the other religious believers

There are other reasons why the evolution theory is important.

Human evolution theory – human beings born in Africa spread to the world and we are the descendants, and if we knew this fact, we easily can realize that mankind is one.

The other is to know the background that various human mentalities, deep affection, mutual respect, hatred, anxiety, etc. were born.
Because of this, many prejudices will be lost and understanding to others will deepen.

Much of the human mentalities grew for Animals’s survival through the process of evolution.
For example, our brain has an organ that secretes hormones enhancing romantic feeling, and this operation is determined by genes and individual growth processes.
But, because it has varied, some person may feel love the same sex.

 

 

何が問題なのか?
聖典の創造神話を守る為に進化論を否定する一番の弊害は、人々が科学的な視点を失うことです。

科学的な視点がなぜ重要かは、人類の進歩、医学や生活環境の発展を見れば一目瞭然です。
科学的な視点で重要な事は、人間の理解出来る限界を知り(注釈3)、その理論が絶えず実証を経て改良されていることです。
これを知ることで人々は迷信や妄信を遠ざけることが出来る。

また自分たちの創造神話だけしか認めないことは、どうしてもそれを信じる教徒と他の宗教徒の対立を深めることになる

進化論が重要な理由が他にもあります。

人類の進化論-アフリカで誕生した人類が世界に拡散し、我々はその子孫であることを知れば、我々は人類が一つであることを実感出来るはずです。

今一つは、人類の心性―深い愛情、助け合う心、憎しみ、不安感、などが生まれた経緯を知れば、多くの偏見が無くなり、他者への理解が深まることでしょう。

心性の多くは、進化の過程で動物がより生き残る為に育まれた。
例えば、男女の恋愛感情を高めるホルモンを分泌する器官が脳にあり、この働きは遺伝子と生育過程によって制約されている。
これにバラツキがあるので、同性にも愛を感じることがあるのです。

 

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At the end
I am really sad.
Although it can be said that many religions left a great footprint to mankind.

But, now also, for coming back to the source of the religion, the world invites conflict and seems to proceed in a nonscientific direction.

 

 

最後に
実に悲しいことです。
宗教は人類に偉大な足跡を残したと言えるが、今また、宗教の原点回帰と称して、世界は対立を招き、非科学的な方向に進むように思える。

 

 

注釈1.
キリスト教保守派とはプロテスタントの中でもキリスト教原理主義者などを言います。

注釈2.
仏教と儒教の宗祖、釈迦や孔子は宗教的・神話的なものを避けようとして、天地や人間の起源の説明に深入りしませんでした。

注釈3.
人間は宇宙や社会を完全には理解出来ないが、絶え間ない努力により、その限界を広げることが出来る。
人間は知を求めるものですが、知について謙虚であるべきです。

 

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デマ、偏見、盲点 20: 衆愚政治の恐ろしさ


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今日は、今、世界を席巻しつつある衆愚政治についてみます。

これは大衆迎合、ポピュリズム、右傾化、全体主義とも重なります。

世間ではこれを肯定する人々がまだ多数おり、危険な状態が続いている。

 

 

 

はじめに

皆さんはヒトラー総統やトランプ大統領は衆愚政治やポピュリズムを象徴する人物と思いますか?

 

言葉の厳密な定義は、学者でも意見が分かれていますので、気にしないでください。

イメージで結構です。

例えばヒトラーとトランプの似ている所はどのようなところでしょうか。

 

先ず、演説時の壇上のパフォーマンス、特に表情、手の扱いなどが似ています。

共に一貫性のある思想や政策がない(ヒトラーは適宜変節していった、トランプは支離滅裂か自由奔放)。

既存のエリート層、政治家、大企業、マスコミ、知識人を徹底的に否定する。

一方、我こそが大衆、労働者の味方で、雇用と労働条件向上を実現すると宣言する。

その達成手段は、自民族(ゲルマンかホワイト)だけの繁栄、他者(ユダヤかムスリム)を排除、そして力の行使(軍事力か経済力)で共通する。

 

二人は大変似ており、ヒトラーが衆愚政治によって生まれたのだから、トランプもも衆愚政治の産物と言えます。

それではなぜ、悲惨な歴史を知っているはずの人々が、未だにトランプを評価するのでしょうか?

 

トランプを肯定的に見る識者達の見解を要約すると以下のようになるでしょう。

一つは、彼らの多くは米国の共和党寄りのようで、単に民主党嫌いが理由のようです。

もう一つは、トランプが優れたトップの可能性を秘めいていると言うものです。

 

実は、ここに問題があるのです。

歴史的に見て、衆愚政治でトップになった人物は、その大言壮語なスローガンと破壊的な行動力が大衆から絶大な期待を集めていたのです。

 

衆愚政治のトップに共通する特徴があります。

彼らのほとんどは徳が無く下劣な品性の持ち主ですが、敵をやり込める口汚さなどの攻撃能力や大衆受けする芝居がかった振る舞いが前者の欠点を帳消しにして余りあるのです。

ヒトラーの場合は、クーデター未遂事件での収監時の態度が潔しとされ、トランプは身銭を切って選挙を戦ったことで好感されたように。

また共に、敵を徹底的に打ちのめします。

ヒトラーがスパイ紛いの汚い仕事をしていようが、トランプが税金を払わず、幾度も倒産して事業を拡大していようが人々は問題にしないのです。

 

衆愚政治の真の恐ろしさは、このようなトップを待ち望む人々がたくさん存在することなのです。

人々の期待を実現すると大風呂敷を広げ、行動力があると思わせれる人物が、衆愚政治のトップになるのです。

その結果、多くは破局に向かうのです。

 

破局に至る理由は簡単で、その手の行動力があると思われる人物は道理を顧みず、未来を深慮せず、他者を害することを厭わないからです。

社会が閉塞状態になったり、外からの脅威に晒されたと大衆が強く感じると、このような人物こそが、現状を打開できる人物と見なされ易くなるのです。

このことは米国で行われた心理学の泥棒洞窟実験が良く説明しています。

 

国が軍事的脅威に晒されると、粗野であっても、こわもてのトップが選ばれるのが常です。

衆愚政治から生まれたトップがいつも不幸をもたらすとは限らないが、社会が危険になる確率は高まる。

 

 

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衆愚政治の代表例

実は、世界史に名だたる衆愚政治の極め付きが2400年前にあった。

これは有名な古代ギリシャの都市国家アテナイで起きた。

この実に馬鹿げた悲惨な事件は、衆愚政治の愚かさをよく物語っています。

 

時は、紀元前415年、アテナイは200隻の軍船と数万の漕ぎ手と兵士をシチリアに向け出撃させた。

そして全滅するか、捕虜になってすべてが死んでいった。

 

戦史家トゥキュディデスはこの戦いを「ギリシャ史において、これ以上なく悲惨な敗北を喫し、完膚無きまでに打ち負かされた」と語っている。

 

 

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この戦いはなぜ始まったのか。

古代ギリシャとアテナイの絶頂期はペルシア軍を撃退した紀元前5世紀前半でした。

盟主アテナイは軍事力と軍事遠征で巨大な富を手に入れることに味を占め、やがてギリシャ全土が戦いに明け暮れるようになった。

その大きな戦争の一つがスパルタとアテネが勢力を二分して戦ったペロポネソス戦争(B.C.431-B.C.404)で、これが衰退の始まりでした。

 

アテナイは絶え間ない戦争で疲弊していたが、降ってわいたシチリアからの救援要請に、世論は慎重派と積極派に分かれた。

慎重派はアテナイの国力が前回の戦いから充分回復していない状況で、兵力が充分な手強いシチリアへの遠征は無謀だとした(これは的確な情報分析だった)。

 

すると、若い煽動家アルキビアデスは、シチリアは大きいとは言え、烏合の衆であり、気概のある相手ではなく、この際、支配権を拡大する絶好の機会だと訴えた。

そして大勢は決し、しかも大編成で行うことになり、彼は遠征軍の三人の司令官の一人に任命された。

 

ところが出撃すると、彼は神像破壊の容疑者としてアテナイから召喚を命じられます。

彼は日頃から傲慢で放埓であった為、敵が多く疑いがかけられたのです。

すると彼は敵国スパルタに亡命し、アテナイの情報を漏らし、スパルタにシチリア遠征を薦め、遂にアテナイ軍は殲滅されることになった。

 

なぜこんな裏切り者の軽薄なアルキビアデスの言をアテナイ市民は信じたのだろうか?

彼は名門貴族の出で、ソクラテスの弟子であり、演説家、政治家で、その美貌と才能によって市民に絶大な人気があった。

また彼は野心家で、それまでも遠征を焚き付けており、今回、成功すれば自分の名声と富が一層高まることをもくろんでいた。

彼の演説を聞いたアテナイの若者達は、昔の栄光の再来を夢見て、遠征に熱狂していったのです。

その後、アルキビアデスは各地で問題を起こし、ついには暗殺された。

 

この話には更に落ちがあります。

始め、アテナイはシチリアでの敗北を信じず、やがてパニックになった。

慎重派があれほど無謀だと指摘していたにも関わらず、現実逃避していたのです。

 

その後、アテナイの同盟国が次々と反旗を翻した。

その混乱の中、アテナイは民主政を捨て暴政にのめり込み、あらゆる面で衰退が加速していった。

ちょうどこの頃(B.C.399)、皮肉屋のソクラテスは濡れ衣を着せられ毒殺されることになった。

その後、アテナイはスパルタに占領され、さらに半世紀後(B.C.338)にはマケドニア王国に屈服し、ついに命脈は尽きた。

 

 

4ソクラテスにシケリア遠征の中止を説かれるアルキビアデス

< 4. ソクラテスがアルキビアデスにシチリア遠征の中止を説く >

 

 

何が問題なのか

まさに、アテナイのこの一連の事件には「はじめに」で紹介した衆愚政治のパターンが凝縮されている。

 

閉塞状態に陥っていたアテナイ市民は、アルキビアデスの欠点には目もくれず、途方もない夢だからこそ飛びついたと言える。

彼は野心家で、大言壮語し、責任を取るどころか裏切りすら平気な人物でした。

そんな人物に振り回され、あれだけ栄華を誇り、民主政を生み出した国家が無惨な結末を迎えたのです。

 

もしアテナイの市民が煽動家アルキビアデスを信じなければ、または彼が生まれていなければアテナイは繁栄を続けることが出来たのだろうか?

この文章でアルキビアデスをヒトラーに替えたら・・・・。

 

大なり小なり、代わりの人物がこのトップの役を担うことになるでしょう。

もっとも、アルキビアデスやヒトラーほど優秀(極悪)ではなく、損失はまだ少なくて済んだかもしれませんが。

つまり、最も恐ろしいのはこのような人物をトップに崇める人々、偏向したマスコミ、権益擁護者の存在なのです。

 

 

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現在、あなた国のトップは、このアルキビアデスのような人物ではありませんか?

その人物は家柄が良く人気があり、大言壮語し、力に頼り、敵を激しく罵り、簡単に辞めたり、方針転換したり、都合が悪くなれば逃げ回る人物ではありませんか?

 

もし居るとすれば、衆愚政治を支える人々が多く居ることの証であり、それが減らない限り、同じようなことが続くことになる。

とりあえず、そんなトップは居ない方が良いのですが。

 

 

皆さん、くれぐれも注意願います。

 

 

 

 

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フランスを巡って 27: アルザスに想う


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今回で、アルザス地方と諸都市の紹介を終わります。

私はこの地を旅して強く印象付けられたことがある。

この地の人々の暮らしに私は平和な世界が来ることを確信した。

 

 

 

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< 2. アルザスの地図、上が真北です >

 

上の地図: アルザスは赤線と東側の国境線で囲まれたところです。

フランスの東端にあり、ドイツとスイスに国境を接している。

赤丸はストラスブールとコルマールです。

 

ドイツとの国境を流れるライン川は交易を発展させ、その流域に石炭や鉄鋼の産地が連なり、産業を発展させた。

一方で、このことが絶え間ない国境紛争をもたらした。

 

下の地図: 赤丸はストラスブール、リグヴィル、コルマールを示す。

今回紹介する写真は、すべてストラスブール、リグヴィル、コルマール間のバスの車窓からの景色です。

 

 

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< 8. リクヴィル近くの村 >

 

 

 

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< 9.ヴォージュ山脈の裾野からドイツ側を望む >

 

この三枚の写真はリクヴィルを発って直ぐのストラスブールに向かう時のもので、東側を見ている。

遠くに黒い森(シュヴァルツヴァルト)が見える。

これはライン川に沿ったドイツ側に160kmほど続く森です。

 

 

 

アルザスの運命

今まで紹介したストラスブールやリグヴィル、コルマールは実に平和そのものでした。

ストラスブールを朝夕散策しても、治安の悪さや、何らかの戦争や憎しみの傷痕などを見ることはなかった。

また多くの人種や移民が共に暮らしている。

 

しかし、かつてのアルザスは際限なく戦乱に巻き込まれ、領主や宗主国が交代した。

簡単に、大きな戦乱と国境の変化を紹介します。

 

 

 

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< 10. 9世紀から11世紀の国境 >

赤の矢印はストラスブールを指す。

 

上の地図: 中部フランク王国(黄着色部)を示す。

紀元前1世紀にはローマ帝国が支配していたが、やがてゲルマン人がやって来てフランク王国を築きました。

そして9世紀に、フランク王国が三つに分割され、アルザスはライン川に沿う南北に延びる中部フランク王国の一部になった。

 

下の地図: 神聖ローマ帝国(赤線で囲まれた紫着色部)を示す。

10世紀になると中部フランク王国は東部フランク王国に吸収され、それが神聖ローマ帝国になり、16世紀まで続くことになった。

 

 

英仏による百年戦争(1337~1453年)の戦場はアルザスとは無縁だった。

しかし、休戦期に解雇された傭兵や敗残兵がアルザスに侵入し略奪した時期が幾度かあった。

 

 

 

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< 11. 宗教改革 >

 

16世紀初頭に始まる宗教改革は全ヨーロッパ、さらには世界に影響を与えた。

しかしその展開は複雑で、多くの戦争を生んだ。

一般には、これはドイツ中部で生まれたキリスト教聖職者ルターが教皇を痛烈に非難したことから始まるとされている。

しかし、その萌芽はヨーロッパ各地で以前から見られた。

 

アルザスが宗教改革と関わるのは、最初期の農民一揆からでした。

上の地図の灰色の部分はアルザスの北方(当時はアルザス)を指し、ここで15世紀末から農民一揆が起こっていた。

1524年になるとドイツの南西部(赤色)でドイツ農民戦争(~1525年)が起こり、瞬く間に、地図の茶色部分に広がり、ストラスブールを含むアルザスも騒乱状態になった。

立ち上がった彼らは、ルターの宗教改革思想を拠り所にしていた。

この2年間で30万人が蜂起し10万人が戦死し虐殺され、アルザスでも10万人が蜂起し3万人が死んだ。

 

この戦乱で、ドイツは疲弊し、帝国自由都市や小領主が衰退し、領邦国家が力もつようになり、領邦国家が次のプロテスタントとカトリック間の戦争を開始した。

これが神聖ローマ帝国内で始まり、やがてヨーロッパを巻き込んだ三十年戦争(1618-1648年)になった。

 

下の地図は1650年における、宗派間の色分けです。

ストラスブールを含む橙色はルター派のプロテスタント、周りを囲む草色はカトリック、下側の肌色はカルヴァン派のプロテスタントです。

 

実は、この後、アルザス一体(フランス東部)の領有権は細切れになり錯綜し、複雑な状況が1634年から1697年まで続きます。

 

一つ目は、1634年、スウェーデンがフランスにアルザスを全委譲した。

これは三十年戦争の間、アルザス(ストラスブールなど)はプロテスタントの雄スウェーデンから軍事援助を受けていたことによる。

 

二つ目は、1648年、三十年戦争の講話条約でアルザスが神聖ローマ帝国内からフランスに割譲された。

 

三つ目は、フランスのルイ14世が領土拡大に乗り出し、1673年、コルマールを奇襲し要塞を解体、1681年、ストラスブールを占拠し、1697年にはアルザス全域がフランス領となった。

 

 

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< 12.フランス革命戦争、1792~1802年 >

 

フランスで1789年に革命が起きると、周辺の王国はフランス王家を守る為に介入も辞さないと宣言した。

これを受けてフランスはオーストリアに宣戦布告し、ついには12ヵ国を相手に戦争することになった。

初期は劣勢であったが、義勇兵の参加と国家総動員などが功を奏し、やがて東方に領土を広げる侵略戦争へと変貌した。

 

上の絵: 初期の闘いでフランス軍が勝利したヴァルミーの戦い。

 

下の地図: フランス革命戦争による領土拡大図の一部。

赤矢印がストラスブール、白矢印がヴァルミー、黄矢印がパリです。

 

この革命と戦争によって、ストラスブールは略奪され、アルザスは荒廃し、数万人が難民となってドイツに流れた。

また軍人が力を持ち、ナポレオンの帝政を招くことになった。

 

 

 

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< 13. 普仏戦争、1870~1871年 >

 

三十年戦争後、神聖ロ―マ帝国は300以上の小国と帝国自由都市の集合体に解体されていたが、19世紀後半にはプロイセン王国がドイツの北方を占め、さらなる領土拡大を目指していた。

フランスはこの挑発に乗って、準備万端のプロイセンに宣戦布告し、一時はパリも占領されるほどの大敗を期した。

こうしてアルザスは隣のロレーヌと共にまたドイツ(プロイセン)に併合された。

 

上の絵: リヒテンベルクへの攻撃。

プロイセンの連合軍がストラスブール近郊の山城を攻撃している。

 

中央の地図: アルザスとロレーヌでの普仏軍の対陣を示す。

赤がフランス軍、灰色の丸がプロイセン連合軍です。

黄矢印がリヒテンベルクです。

 

下の地図: 1871年の領土。

水色がプロイセン連合軍の領土で、アルザスとロレーヌが含まれている。

 

 

 

 

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< 14. 西部戦線、1914~1918年 >

 

第一次世界大戦での西部戦線を示す。

赤線が塹壕のラインで、多くの死者を出したが、ドイツ軍の攻勢を英仏軍がここで防いだ。

ドイツ領であったストラスブールは戦火を免れたと思われる。

 

第一次世界大戦でのドイツの敗戦を受けて、1919年よりアルザスとロレーヌは再びフランス領となった。

 

 

 

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< 15. 第二次世界大戦、1939~1945年 >

 

上の地図: フランス国境の青線がマジノ線です。

これはフランスが対独防衛のため築いた大要塞線で、国境地帯に約400km にわたり建設された。

しかし1940年、赤の矢印の防衛ラインを独軍に突破された。

この時、フランス軍はストラスブールを無人状態で放棄した為、ナチスドイツが占領した。

黄矢印がストラスブール。

 

1945年、敗戦と共に、占領されていたアルザスとロレーヌはまたフランスに戻った。

 

下の写真: ストラスブール北側にあるマジノ線を見る連合軍兵士。

 

 

 

今、想うこと

団体の観光旅行ではあるが、ストラスブールやアルザスの他の町も出来る限り見て廻ったつもりです。

しかし、戦争の爪痕やフランスとドイツ両民族の軋轢を感じるものはなかった。

 

この地をよく案内している添乗員と日本人の現地ガイドに、ストラスブールやアルザスでの両民族の仲違いについて聞いた。

しかし二人共、まったくそんな事は聞いたことが無いと明言した。

まったく私の質問が的外れだった。

 

既に見たように、アルザスとストラスブールは数多くの戦火、混乱、破壊、略奪、殺戮に苛まれ、その後は民族や言語が異なる国家に組み込まれて来た。

特にドイツ圏とフランス圏とは幾度も入れ替わった。

 

アルザスは17世紀中頃までドイツ圏に属していたので、ドイツ圏の文化(家屋)や言語(アルザス語を併用)が根付いている。

おそらく食事もだろう。

 

それにしても、ドイツへの帰属願いや分離独立、ドイツ系とフランス系の人々にいがみ合いの無いのが不思議です。

傍から見る分には、年月が互いの不和を洗い流したゆえか、はたまたフランスが適切な融和策を執ったゆえか、どちらか分からない。

ストラスブールには欧州議会、欧州評議会、欧州人権裁判所、欧州合同軍の本部が置かれており、欧州統合の象徴であり中心と言える。

 

少なくとも言えることは、これだけの憎しみを生んだ苦難を経験しても、何事もなかったように平和に暮らせることです。

 

ただ心残りは、市民がどのように平和を紡いで来たのが分からなかったことです。

それでも私は、一つの大きな旅行の目的を果たしてほっとしている。

旅は素晴らしい!!

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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デマ、偏見、盲点 19: 既成概念を打破する


 

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世の中が保守的になってくると、人々は益々既成概念に囚われることになる。

必ずしも革新が良いわけではないが、発展が阻害されることになる。

今回は、既成概念を疑い打破することをお薦めします。

世の中を良くするヒントが見つかるかもしれません。

 

 

はじめに

人類は、長年信じられて来た既成概念を打破し、新しい取り組みを続けてこそ進歩を遂げることが出来た。

一方で大失敗をしたこともある。

 

既成概念を捨て新概念を生み出し成功している例を挙げます。

 

私有権(所有権)、訴訟権、仇討ち禁止、拷問禁止、商業手形発行、憲法制定、宗教改革、企業の無限責任から有限責任へ、<< 家族間の弁済責任(親の借金を子が弁済)の禁止 >>、三権分立、特許制度、奴隷制廃止、議会制民主主義、年金制度、所得税、累進課税、国連創設、普通選挙、金本位制離脱、軍の文民統制、労働基本権、化学兵器禁止条約・・・、ときりがない。

 

ひとつひとつに長期間にわたる生みの苦しみがあった。

既得権益層と新興勢力の対立、権力者と民衆の対立、国家間の対立などを乗り越え、平和や繁栄、安全、生活向上を求め大いなる決断と合意を繰り返して来た。

 

一方、新しい主義やシステムを過信し苦渋をなめた例を挙げます。

これは明確に失敗とは認識されていないが、人々に大きな損失をもたらしたと言える。

帝国主義、共産主義、ファシズム、2007年の世界金融危機を招いた金融手法が大きなものでしょうか。

 

既に見たように人類史は改革の積み重ねであり、既成のものから脱皮し続ける歴史でもありました。

その過程で失敗があっても、多くは改良し、稀に廃止することにより乗り越えて来たのです。

新規の技術や生産物は無数に生み出され、不要になったものや危険なものは使わなくなった。

 

それでは現実に常識として受け入れられている概念を一つ取り上げてみましょう。

 

 

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莫大な国の累積財政赤字

著名な政治家や経済学者の中には、財政健全化の為に増税するのは愚の骨頂で、むしろ赤字を拡大させてでも大幅な財政出動で、景気を浮揚させるべきだと言う。

これにより景気が良くなれば税収増となり、問題は解決すると言う。

 

既に日本が長年やって来た公共投資(土木・建築事業が無駄だっのかも)で赤字を増大させて来たのだが、まだ足りたいないと言う。

 

また、リフレ策が成功することにより経済成長とインフレの相乗効果で、いつしか累積債務が減少し、危険水域を脱すると言う。

現在、アベノミクスに、これらの良い兆しが見えていないが、成功は疑いないと言う。

 

ここで落とし穴があるか探ってみましょう。

 

当面、日本の累積財政赤字はGDPの250%程度になり、仮に危険水域は300%だとします。

アベノミクスが期待出来る一つのポイントは、インフレによって数十年後の累積財政赤字額が今の数分の1になることです。

これは単純な理屈で、順調に理想的な経済成長が実現さえすれば可能でしょう。

 

少し先のことを考えましょう。

 

今後、経済成長率よりもインフレ率が高くなると、未来の生活水準が今よりも低下することになる。

例えば経済成長率1%、インフレ率3.5%が30年続くと、生活水準は1/2になる。

この数値が逆転すれば生活水準は2倍になり、累積財政赤字額は1/3以下の可能性もある(通常、金利も上がるので赤字額の減り方は少なくなる。)。

 

しかしまだ以下の危険が存在する。注釈1.

 

*累積財政赤字の更なる増大はいつか取り付け騒ぎを起こす。

赤字はすべて国内債務で、国民は従順で国を信任し続けるはずだから取り付け騒ぎは起こらないと言う。

確率は低いが、株式や土地の暴落のパターンを見ると、信任の崩れる時が来る可能性はある。

 

*恐慌の影響が大きい。

日本自身でなくても中国や米国、EUで恐慌が起きる可能性を無視してはならない。

ほぼ10年毎に起きているので、繰り返す可能性は高い。

アベノミクスにより日本の経済と金融の体質(恐慌への耐性)が悪化しており、他国発の恐慌にさらに脆くなって行くと予想される。

 

*リフレ策で財政赤字を解消させる姿勢は、健全財政への意欲を低下させる。

政府は無駄遣いと赤字国債発行を続け、さらに日銀による国債直接引き受けが常習化することによりハイパーインフレを招くだろう。

 

つまり、仮に現役世代には良策であっても、未来の世代には愚策かもしれない。

私の推測では、日本の所得の推移は現役世代で横ばいか若干恩恵を受けるかもしれない。

しかし、その一方で未来世代は横ばいか悪化を経験するかも知れない。

今より国の財政・金融の体質が劣化していく可能性が高いからです。

 

私の推測通りに事が進むとは断言出来ないが、起こりうる不幸を考えると、以下の事が重要になる。

 

 

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我々は如何にすべきなのか

この問題の本質は、現役世代が借金で消費(浪費)して、その弁済を未来世代に押し着けていることです。

実は、このことを既成概念として我々は受容してしまっているのです。

 

既に見たように、人類は親の借金を子供に返済させることを禁止するようになって久しい。

数十年先の人々が文句を言わないからと言って、未来世代に弁済義務を押し付けることは、時代に逆行している。

 

ここでもきっと為政者達は経済の永続的な発展の為には、エゴを捨てるべきだと言うでしょう。

しかし、これを受け入れれば入れるほど、政府のモラルハザード「倫理の欠如」は劣化するでしょう。

 

この悪い例が、金融恐慌の度に、放埓三昧で暴利を貪った巨大金融業や金融家を数兆円から数十兆円の税金で毎回救済しなければならなかったことです。

残念なことに、現状では救済せずに倒産させると被害は更に拡大してしまいます。

これを知っているからこそ、彼らは幾度も繰り返す常習犯になってしまったのです。

 

当然、世代間の弁済義務を放棄する権利があっても良いはずです。

政府が行政改革をせず、湯水のように税金をばら撒き、赤字を増やし続けるなら、国民は泣き寝入りするべきではない。

本来は選挙で政策変更を勝ち取るべきですが、議員達はしがらみがあり真剣には考えない(既得権益や選挙地盤との慣れ合い、惰性など)。

 

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されば国民は、一点突破で国に直接猛省を促すべきです。

その方法は、皆さんが貯金を下ろすことです(本当は保険の解約も必要なのですが)。

 

政府が赤字国債を発行できるのは、国民の貯金が銀行や農協にあるからです。

現状では市中銀行が政府が発行する国債を引き受ける為には国民の預金が必要なのです。

これに抵抗する為に行うのです。

しかし政府発行の国債を日銀が直接引き受け続けるならば、国民の抵抗は無駄になります。

従って早く事を起こさないと、日本の将来は益々危険なものになるでしょう。注釈2.

以下のグラフにその兆候が現れています。

 

 

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現在、1年定期の利率など知れています。

まして前回の金融恐慌が2007年なのですから、どこかで恐慌がそろそろ起きても不思議ではありません。

貯金を1年ぐらい下ろしても痛くも痒くもないでしょう。

皆が一斉に1年ぐらい解約するだけで良いのです。

 

これによって政府は国債発行の危さを実感し、真剣に税の無駄使いと適正な税制(累進制のある所得税など)を目指し、赤字国債の発行を抑えるようになるかもしれません。

それが皆さんの孫やひ孫を救うことになるでしょう。

 

尚、国債解約の取り付け騒ぎは起こらないでしょう、著名な経済学者が太鼓判を押しているのですから。

 

 

大事なことは、現状を疑い、未来を真摯に憂うことです。

いつも社会の悪化は、振り返れば小さな兆しが既にあったのです。

その芽を見つけて前もって摘むことが必要なのです。

 

 

 

注釈1.

私はアベノミクス(リフレ策と大規模な財政出動)がまったくの愚策だとは思わない。

しかし、たとえ国民は一度好転を味わったとしても、挙げた三つの問題が発生し、従来より窮地に追い込まれる可能性が高いと考えます。

今の政府はこのことを厳密に検討せず、人気取りの為に猪突猛進しているように思える。

 

その典型的な悪例の一つに、幾度も指摘している「ふるさと納税」がある。

政府内で現状の返礼品競争と急増する額を施行前に予想出来る人、議員は無理でも官僚などにいたはずです。

それを官邸が抑え込んだのでしょう。

これを決断と実行の内閣と考えるのは早計です。

国民が地方自治体や民間企業を潤す良い施策と信じていることを良いことに、弊害には知らぬ振りです。

この手の姿勢、決断力と実行力をひけらかし、その実、稚拙であることが多い。

もしうまくいかなければ事実を隠蔽し、嘘をつき、過大に他を責め立てることが目立つ。

 

おそらくこの姿勢が続く限り、施策全体が信用出来ないものとなるでしょう。

 

 

 

注釈2.

本来、中央銀行(日銀)は中央政府から独立した機関であり、物価と金融システムの安定を図ることにより国民経済の発展に貢献するものです。

この目的の為に日銀は国の中で唯一紙幣(通貨)の発行が許されているのです。

 

通常であれば、日銀は景気刺激策の一環として市中銀行から国債の一部を買取り、通貨を銀行に供給し、間接的に国内の通貨流通量を増加させることをしてきました。

しかし、現在、上記グラフのように日銀は間接に、また政府から直接に国債を大量購入しています。

 

これが進むと、政府の財政規律が緩み、いつかは好きなだけ国債を発行するようになり、後にハイパーインフレが襲うことになります。

 

歴史的な反省から、これを避ける為に、世界では中央銀行を政府から独立した機関としたのです。

現状では、政府と日銀が一体となっているため、政府は国債発行と言うより、むしろ紙幣(通貨)を直接発行していると変わらない。

大規模な財政出動を増税無しにするには、手っ取り早い手のなのですが。

 

これは危険なことなのです。

単に1強では済まされない問題です。

 

 

 

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フランスを巡って 26: ストラスブール最後の夜


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今回は、ストラスブールの最後の夜の散策と出来事を紹介します。

わずかに夕陽の赤味を帯びた旧市街の様子、二つのレストラン、そして大型スーパーについて記します。

 

 

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< 2. 散策の概要 >

 

散策したのは、旅行日6日目、5月22日(月)、17:00~21:00です。

私達は最初にスーパーへ買い物に行き、一度ホテルに戻って荷物を置き、折り返し、旧市街に向かいました。

 

上の地図: 今回の散策ルート。上が真北です。

茶色線は大型スーパーSMに行った往復ルートです。

赤線は予約したレストランL1を目指して散策したルートで、黒線は代わりのレストランL2を経て帰ったルートです。

CAは大聖堂です。

 

下左の写真: 大型スーパーに行く途中で見かけたガンジーの像。

ストラスブールが幾多の紛争を乗り越え平和を獲得したことを如何にも象徴している像でした。

 

下右の写真: ガンジー像の周囲の花々の左奥に見えるのがショッピングモールで、このずーと奥に大型スーパーがあります。

 

大型スーパーはワンフロアですが非常に大きく、商品を探すのに苦労するほどでした。

ここでは主にお菓子とチーズを物色し、旅の途中なので少なめに購入したのですがミスをした。

帰国後、知ったのですが、ほとんどのチーズの正味期限が短いのです。

短いものでは1週間以内のがありました。

バルト三国でも買ったことがあり、柔らかいチーズは帰国までに形が崩れることは知っていたのですが、これには驚いた。

何種類も買って、帰国後が存分に楽しめたのですが、焦りました。

 

フランスを巡っていると、フランス人にとってワインとチーズは食事に本当に欠かせないものだと知りました。

 

 

 

 

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< 3. ホテルの裏手を行く >

 

瀟洒なアパート群が目を引きます。

運河にはボートを楽しむ人々と、のんびり泳ぐ白鳥の姿があった。

 

 

 

4

< 4. 運河を渡る >

 

朝な夕なに、ジョキングや散歩する人の姿が見られた。

この都市は空気が綺麗です。

 

 

 

5

< 5. 大聖堂が見える >

 

800年の長きにわたり、この鐘楼は市民の熱気と血なまぐさい闘争の歴史を見て来たことだろう。

 

下右の写真: ひょっとすると城門の跡かもしれない。

 

 

 

6

< 6. 南側のイル川を渡る >

 

 

 

7

< 7. イル川の堤を散策 1 >

 

 

 

8

< 8. イル川の堤を散策 2 >

 

堤のそこかしこに、夕暮れの川風を楽しむ人々の姿を多く見かけた。

 

 

 

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< 9. プチット・フランス 1 >

 

下の写真: 右奥に船の上下用の堰(閘門)が見える。

 

 

 

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< 10. プチット・フランス 2 >

 

 

 

11

< 11. レストランL2にて >

 

今回の旅行での私達夫婦の楽しみの一つは、日本でフランスのレストランを予約しておき、その地の雰囲気と食事を愉しむことでした。

1回目のリヨンでは成功しましたが、2回目のストラスブールではトラブルに合いました。

 

事前にメールで予約確認のやり取りを済ませて、予約時間に地図のレストランL1の前に行きました。

すると青年6~8人のグループが、店の前にたむろしており、店はクローズしているようでした。

彼らの人相は悪くは無かったのですが、周囲に人通りはなく、一瞬不安がよぎりました。

意を決して、彼らをかき分けるようにして、店のドアの前に進みました。

すると彼らは残念そうに「店は閉まっています」と教えてくれました。

彼らも予約客だったようです。

おそらく私の顔はこわばっていたことでしょう。

 

私達は、仕方なく店から直ぐに立ち去りました。

帰国後、この店から、この前日にメールがパソコンに入っていたのがわかりました。

「申し訳ありません。急にキッチンの水道が故障したので、予約当日は閉店させて頂きます。後日、予約を頂ければ幸いです。」

後の祭りでした。

それでも、このレストランはトリップアドバイザーで人気のある地元料理(ドイツ系)の店だったので残念でした。

 

その後、気を取り直し、メインの通りでレストランを探し、写真の店L2に入りました。

実はこの店はスペイン料理、タパスを出すバール「BAR」です。

スペインのバルセロには2回行ったのですが、憧れのバールに入ったことが無かったので、衝動的に入ったのです。

 

しかし、ここでもハップニングがありました。

先ず失敗だと分かったのは、メニューを見た時です。

フランス料理のメニューは下調べしていたのですが、フランス語のスペイン料理はチンプンカンプでした。

困り果てていると、たまたま空いていた隣の席にアジア系の男性二人が座りました。

 

なんと彼らは日本語を話しだしました。

すかさず私は、彼らに救いを求めました。

すると一人はドイツ語なら自信があるのですが、フランス語も少しは使えるとのことで、私達の注文を手伝って頂きました。

 

この二人はある国立大学の先生と院生で、次の日に太陽電池の研究発表があると言うことでした。

その後、彼らと太陽電池の将来などについて話が弾み、楽しい一時を過ごしました。

 

旅行先での人との触れ合いは実に刺激的で楽しい。

 

 

 

 

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< 12. メインの通り >

 

時刻は8:30前後でした。

月曜日は多くの店が閉まるのですが、夕時を愉しく過ごす人々が通りに溢れていた。

 

 

 

13

< 13. ストラスブールとのお別れ >

 

この大聖堂の姿を見ることが、ここ5年ほどの夢でした。

ヨーロッパの宗教革命の始まりや、ここ数世紀のストラスブールの苦難の歴史を調べているうちに、是非とも行きたくなっていた。

そして国境の町ストラスブールとアルザス地方を駆け足ながら直に見て感じることが出来ました。

 

 

次回は、アルザスとストラスブールについて語るつもりです。

 

 

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フランスを巡って 25: 「ブドウ畑の真珠」と呼ばれるリクヴィル


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*1

 

まるで中世そのままの町がブドウ畑の中にある。

さらにアルザスワインのワイナリーが数多くある。

私達は小さな村の散策を愉しみ、ワイナリーで試飲しました。

 

 

 

リクヴィルについて

この町はコルマールの北方12kmほどの処にあります。

 

ここは小高い山が途切れ、それに続くなだらかな斜面に広がるブドウ畑にあります。

この町は縦断するメインの通りが350mほどの長さしかない小さな町です。

しかし、第二次世界大戦の爆撃を幸いにも免れたことにより、16世紀以降の家並みが町全体に残っています。

 

また多くのワイナリー、アルザス最大手のワイナリーなどが町の中や周囲にあり、観光客を楽しませてくれます。

 

ここを訪れたのは旅行6日目、5月22日(月)、14:10~15:30です。

この日も快晴でした。

 

 

 

 

 

 

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< 2. リクヴィルの地図、右が真北です >

 

下の写真: 黄線はリクヴィルの散策ルートを示します。

駐車場Sに到着し、東西に延びるメインの通りをポート・オートGまで行き、少し戻ってワイナリーWに入った。

試飲が終わると、自由時間となり、私は教会Cの前を通り、村の外周の一部を歩いた。

その後、駐車場Sからストラスブールに戻った。

 

 

 

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< 3. 市役所と噴水 >

 

駐車場から最初に出会うのがこの市役所です。

この市役所のまえから西にメインの通りが伸びている。

 

 

 

 

 

 

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< 4. メインの通りを行く >

 

上の写真: 緩やかに上っているメインの通りを西に向かって進む。

 

下右の写真: 1561年に切妻壁の建物をつなげて造られた6階建ての家屋で、アルザス地方で一番背の高い木組みの家の一つです。

 

 

 

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< 5. 通りに面した店の顔 >

 

下二つの写真: アンシ作の看板。

 

この通りに面してアンシ美術館があります。

 

 

 

 

 

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< 6. ドルダー・タワー >

 

ドルダータワーは13世紀に壁に沿って建てられた望楼で、中には鐘がある。

非常時の警報用です。

 

上左の写真: メインの通りからドルダータワーを見た。

上右の写真: ドルダータワーをくぐり抜け振り返った。

 

 

 

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< 7. ポート・オート >

 

この門はドルダータワーの直ぐ外側に1500年に建てられた。

二重の重たい木からなる扉、ヨーロッパ一古いとされる落とし格子が備えられていた。

 

上の写真: 村の中側から見た。

 

下の写真: 村の外側から見た。

門の左側に壁らしいものが見える。

 

 

 

 

 

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< 8. ワイナリーで試飲 >

 

上左の写真: 試飲したワイナリーの入口。

 

 

 

 

 

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< 9. 教会と路地 >

 

ワイナリーの後は自由時間なので、私はこの路地を抜けて村の外に出ました。

 

下の写真: 路地から外に出るには、この写真右に見える民家にあるトンネルをくぐり抜けなければなりませんでした。

 

 

 

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< 10. 村の北側外周 >

 

村の外に出てから、外周に沿って市役所の方に回り込みました。

 

この時、私はやっと気が付きました、この村は単に古いワイン作りの村ではなく、堅固な城塞都市ではなかったのかと。

上の写真に見える村を囲む城壁のような家屋、下の写真に見える噴水は堀の跡ではないかと。

 

それであれば、既に見た二重の門、城壁のような壁の名残が合点出来る。

この最後に、リクヴィルの歴史と城塞の種明かしをします。

 

 

 

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< 11. メインの通り >

 

至るところに噴水が見られる。

 

 

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< 12. 村の南側 >

 

南側には、ブドウ畑の中に現代の住宅が広がっている。

この駐車場からこの村とはお別れです。

 

 

 

リクヴィルの歴史

この町はローマ時代に遡る。

11世紀、この地一体を寄付された修道院がブドウ畑とリクヴィールを所有した。

1269年、神聖ローマ皇帝がここに城を建設し、アルザスで一番最初に要塞化された町となった。

その後、城主は幾度も替わり、公爵の城下町として栄えた。

16世紀に住民の多くがプロテスタントへと改宗した。

1796年、フランス革命軍との戦いの結果、公爵家はリクヴィルを含むアルザスの所領を放棄し、ここはフランスに併合された。

そして第二次世界大戦中、この一帯で戦禍を免れた数少ない町となった。

 

 

 

 

 

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< 13. 城塞化の経緯 >

 

この地図から、1291年の城壁、さらに1500年、その外側に城壁が造られたのがわかる。

このことがドルダー・タワーとポート・オートの二重門が存在する理由でした。

 

 

 

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< 14. 1644年のリクヴィルの俯瞰図 >

 

これは町を東側から見たもので、手前が現在の市役所側になる。

二重の城壁と堀が見える。

 

 

私は、こののどかなアルザスの地にこれほど要塞化した村や都市が多いとは思わなかった。

今回訪れた、アルザスの三つの地がすべて要塞化されていた。

コルマールの要塞化については説明していませんでしたが、かつて城壁で囲まていた。

ストラスブールとコルマールは自由都市になっていた。

 

このアルザスはライン川が流れ、ドイツ(神聖ローマ帝国)とフランスの間にあって、交易上有利であったが戦火が絶えない地であったのだろう。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ! 63: 近視眼的


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*1

 

 

今、行われている施策が如何に近視眼的な術かを見ます。

これらは愚策ではあるが、繰り返される故に一層悲しい。

 

 

はじめに

ふるさと納税や核兵器禁止条約反対、気候変動取り組みのパリ協定離脱には共通するものがある。

これらは疑わない人々にとって喜ばしいことかもしれない。

 

実は、これらに共通するものがある。

これら施策は人々に手っ取り早く利益や安心、繁栄をもたらすと思わせる効果がある。

ほんとうにそうだろうか?

 

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*2

 

 

*ふるさと納税

今、凄い勢いで寄付額が増えています。

2015年の寄付総額1700億円で、ここ数年は毎年3から4倍と加速度的に増大しています。

この理由は、この制度に高額所得者優遇の構造があるからです。

 

これを放置すれば、数年後には総額数兆円を越え、景気刺激策として良策ではない上に二つの問題を引き起こします。

 

一番の問題は、この寄付が高額所得者の消費増大ではなく節税策として使われ、その不足分を国民が広く負担しなければならいことにあります。

言い換えれば、唯でさえ税収が少ないのに、高額所得者の贅沢品(返礼品)購入費を皆の税金で補填し、税金が必要な所に届かないことです。

もう一つは、確実にゆっくり進む格差拡大です。

 

残念ながら、多くの人は気づかないままです。

 

この悪弊は高率の返礼品と節税効果(寄付)のセットにあります。

どちらかが無くなれば、弊害は無くなるのですが。

 

この問題のポイントは、一見、即効性のある経済浮揚策に見えるものの、効果は薄く、長期的には社会に歪をもたらすことです。

実は、この手の施策は日本、特に米国で半世紀の間にわたり積み重ねられ、これが今回のトランプを生んだ一つの要因になっています(注釈1)。

 

 

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*3

 

*核兵器禁止条約の不参加

核兵器禁止条約は、核兵器の開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用及び威嚇としての使用の禁止ならびにその廃絶に関するものです。

この条約は2017年7月7日、国連で122ヵ国により採択された。

核保有国やそれに連なる38ヵ国が反対し、16ヵ国が棄権している。

当然、日本政府は米国の核の傘に入っているので反対した。

 

これに対する主な意見。

米国の核兵器によって日本が守られている以上、米国を裏切ることは出来ない。

唯一の被爆国が、核兵器廃絶への道を主導するどころか、裏切っている。

核保有国が参加していない条約なんか実効性がない。

 

例えれば、この条約は強盗団が銃放棄を拒否しているのに、一般の人が率先して銃の不使用を宣言しているようなものです。

それなのになぜ、多数の国がこの無謀で無益と思える条約に尽力したのでしょうか?

彼らは、なぜ日本のように全人類の数倍を瞬時に抹殺できる最強の核兵器で守ってもらうことを考えないのでしょうか?(笑い)

 

だが、一方で不安もある。

核拡散防止条約(核保有を5ヶ国に限る条約、1968年発行)以来、核保有国は9ヶ国になり、更に増えるでしょう。

米国の核兵器で、北朝鮮の核攻撃から日本を守れるでしょうか?

守ってくれるのは迎撃ミサイルなどであって核兵器ではない。

もし核兵器に抑止力が期待出来るとするなら、米国内の銃所持は抑止力とならず、なぜ殺人の増大を招いているのでしょうか?

北朝鮮はこの条約に賛成しており、まさに張本人が抑止力を否定している。

まさに軍拡競争への皮肉です。

 

こうしてみると、現状を放置することは核戦争の危機を一層の深めることになると考える国があっても不思議ではない。

彼らは最強の核兵器で守られることよりも、最悪の核兵器を無くすことで、人類の安全を守ろうしたのです。

それでもなぜ核保有国などの参加が見込めない条約を成立させようとしたのでしょうか?

 

歴史にヒントがあります。

第二次世界大戦後の国連憲章制定時、米ソの離脱を引き留める為に、悪弊が予想された集団安全保障と拒否権の採用に多くの中小国は妥協しなければなりませんでした。

その結果、機能しない国連になったと言えるでしょう。

もっとも、米ソの離脱の方がさらに悪い結果を招いた可能性はある。

その点、今回の核兵器禁止条約ではそのようなことにならない(注釈2)。

 

この122ヶ国の行為、多数の中小国が大国に「ノー」を突き付けたことは、歴史上の画期と言えるでしょう。

私は、これに人類が憲法を生み出した契機となった1215年の英国でのマグナカルタを想起する。

これはほんの一歩に過ぎないが、こうして人類はより民主的な社会を推し進めてきたのです。

 

現状維持では改善を望めない状況で、とりあえず米国追従で条約反対に回った日本の行為は、世界が団結して平和を掴む気運を削いでしまった。

日本は唯一の被爆国なのだから、なおさらです。

 

この問題のポイントは、一見、平和の為と映るものの、むしろ不安要因を増大させ、さらには平和と世界の協同化を後退させていることです。

 

 

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*4

 

 

*気候変動取り組みのパリ協定離脱

これはいつか来た道であり、また始まったのか大国のエゴと言わざるを得ない。

 

「米国と市民を守るという重大な義務を果たすため」

「我々は、よその指導者や国にもう笑われたくない」

「私はパリではなくピッツバーグの市民を代表するために選ばれた」

「パリ協定によって米国は国内総生産(GDP)3兆円と650万人の雇用を失う」

 

これはパリ協定離脱時のどこかの大統領の発言です。

この発言には、前回見た視野の狭さと狭い仲間意識が露骨に表れています。

 

南太平洋の島々の水没、南極やアルプスの氷河の融解は現実です。

例えば、30年後に地球の温暖化を認めてから、クーラーで地球を冷房しようとでも言うのでしょうか?

またパリ協定に合意した197ヶ国は自国の経済や雇用への影響を無視したのでしょうか?

日本を考えれば、一部の産業にデメリットはあっても全体では乗り越えて来たことがわかります。

 

かつての大統領や議会も自国の産業、石油・石炭産業を守る為に批准しなかったことがあった。

選挙での人気取りの為とは言え、欧米が身勝手な論拠を振りかざして大国のエゴを剥き出しにすることは今に始まった事ではないが、今の米国は世界一の経済大国だけに影響が甚大です。

単に協力しないと言うより、世界を苦境に陥れるものです。

 

 

この問題のポイントは、一見、雇用の為と見せかけるものの、実際は一部産業の保護でしかなく、世界を取返しのつつない危機へと陥れる軽挙妄動にすぎないのです。

 

 

おわりに

実に残念なことなのですが、これらの施策は国民に絶大な人気を博した国のトップが推し進めて来たことなのです。

 

それでは、事が失敗すれば、誰が責任を取るのでしょうか?

国のトップの軽挙妄動を断罪するのですか?

それともトップを信じた国民が断罪されるべきなのでしょうか?

 

 

皆さんならどうしますか?

 

 

 

注意1

米国で景気浮揚策と謳われ、半世紀の間に積み上げられた施策―金融規制緩和、課税の累進性排除、セーフティーネットの停滞、により格差が拡大し、白人労働者の状況が悪化した。

これがすべての原因ではなく、欧米先進国が共に進めて来た一連の施策の結果と言える、ただ米国が主導して来たとは言える。

これが今回の大統領選でのポピュリズムの台頭に繋がった。

 

日本も遅ればせながら歩調を合わせていたが、今や加速度的に追従している。

 

 

注釈2

この条約は既にある核拡散防止条約に影響を及ぼさず、また平和のための原子力を放棄している訳では無い。

 

 

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フランスを巡って 24: 可愛い町、コルマール


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今回は、アルザスワインの産地の中央に位置するコルマールを訪れ、木骨組み家屋の街並みを楽しみます。

ここはストラスブールから南に70kmの所にあり、ヴォージュ山脈の麓にあります。

訪問したのは、旅行6日目、5月22日(月)、11:30~13:40です。

この日も快晴に恵まれました。

 

 

 

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< 2.コルマールでの徒歩観光ルート、上が真北です >

 

写真下側の橋のSから観光を始め、黄線の道を上側のレストランRまで行きました。

このレストランで昼食をとり、次の観光地へと移動しました。

番号1~12は写真で紹介するスポットです。

 

 

 

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< 3.バスから見たコルマール >

 

バスで郊外からコルマールの中心部に入って行った時の車窓からの眺め。

 

下の写真: Place Rapp。

フランス革命で活躍したコルマール生まれの軍人Rappの像が立っている。

 

 

 

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< 4. プチットベニス >

 

上と下左の写真: 地図番号1。

小舟の遊覧船が発着していた。

 

 

 

 

5

*5

 

 

 

6

< 6. 運河沿い >

 

下の写真: 地図番号2。

右手の建物は市場ですが、この時は閉まっていた。

 

 

 

7

< 7.旧税関 >

 

上の写真: 15世紀に建てられた旧税関。

シュウェンデイの噴水の広場に面している。

屋根にはボーヌで見た釉薬瓦による模様が見られるが、こちらはアルザスの鱗状瓦です。

 

下の写真: シュウェンデイの噴水。地図番号3.

シュウェンディは、神聖ローマ帝国の将軍で、像の右手に掲げるのはぶどうの苗木。この像はコルマール出身で自由の女神の作者、バルトルディが製作したものです。

 

 

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< 8. バルトルディ美術館 >

 

左上の写真: バルトルディ美術館。地図番号6.

 

右上の写真: コルマールの入口のラウンドアバウト(環状交差点)に立っている自由の女神。

 

左下の写真: 通りで見かけた店舗の飾りつけ。

 

右下の写真: 店の看板。地図番号10.

アルザス地方(コルマール、リクヴィルなど)の多くの店にこのような看板が架かっている。

これはコルマール生まれの絵本作家アンシの絵です。

 

 

 

 

 

 

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< 9. 商人通り >

 

上の写真: 旧税関建物をくぐり抜けたら直ぐ見える商人通りの建物。

地図番号4.

 

左下の写真: 15世紀のプフィスタの家。地図番号5.

 

右下の写真: 13世紀のドミニカン教会。地図番号8.

 

 

 

10

< 10. サン・マルタン大聖堂 >

 

上の写真: 13世紀のサン・マルタン大聖堂。

これはゴシック建築で、建築は1234年に始まり1365年に完成している。

 

ところでコルマールも1226年に自由都市になっている。

つまり、この大聖堂の建設は自由都市になってから始めたことになる。

ストラスブールの大聖堂に比べ、これは建築工期が半分で規模も小さい。

両都市を見て、大聖堂のある広場が共に小さいことがわかる。

これは自由都市が、聖域としての広場を重視しなくなったからかもしれない。

 

下の写真: 通りの左側の手前近くに三階建てのアンシ博物館が見える。

 

 

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上の写真: Têtes 通りの商人の家。地図番号10.

 

下の写真: 元修道院で現在は美術館。地図番号11.

私は修道院が人里離れた所に建てられるものと思っていたが、修道会によっては村や町に造られ、地域の発展と共にあったのだろう。

 

 

 

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< 12. 運河、地図番号12. >

 

上の写真: 遠くに大聖堂の尖塔が見える。

 

 

 

13

< 13. レストラン >

 

上の写真: 中央の3階建の建物が昼食を食べたレストランです。

コルマール観光はここで終えて、食事後、駐車場まで行き、バスで次のリクヴィルに向かった。

 

下の写真: レストランに置かれていたアンシの絵皿。

 

 

次回に続きます。

 

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