culture+society

平成の哀しみ19: 深まる亀裂 17: 日本に欠けているもの 2


 

1

歴史を俯瞰しない人

 

歴史の評価が分かれる時、奇妙な事が起きている。

 

時に歴史を知ろうとして人物や著作に拘る人がいるが、なぜか右派的傾向を持ち易い。

歴史は人間によって作られるのだが。

 

 

例えば

邪馬台国問題で魏志倭人伝の文言に拘り、世界の都市発展と比較する視点がない。

 

南京虐殺は大量の死体遺棄が不可能だから無かったと言うが、すぐ横を大河長江が流れている。

 

ソ連軍が満州の日本人居留民を殺したが、日本軍は彼らを軍事境界線上にも配した。

世界各地、中国や旧ユーゴでも国境に人々を強制移住させることはあったが、多くは不平士族や異民族で日本の例は少ないはずです。

 

 

2

 

朝鮮半島と台湾の植民地支配が同列視されるが、産業発展の差と陸続きの有無が日本支配の苛烈さ変えた。

これは東西に通じるスエズを有するエジプトが苛烈な支配を受けたのと似ている。

 

 

何が欠けているのか?

 

これは木を見て森を見ないと言える。

または空間的、経済的、世界的な視点が乏しいと言える。

 

実は東アジア人は欧米人に比べ、木より森を見る傾向が強いのです。

しかし右派的思考は、右脳左脳の連携が弱くシステム思考に向かないとの説がある。

 

当然、左派的思考にも危うさはあるが。

 

 

次回に続く

 

 

Advertisements
Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , | Leave a comment

平成の哀しみ18: 深まる亀裂 16: 日本に欠けているもの 1


1

批判精神

 

 

日本に欠けているもの

 

 

2

ジャーナリズム

 

* 高校生の感想

 

「戦争は経済が潤うから悪くない」

 

「愛国心のあるネットウヨに好感が持てる」

 

私は指摘した

 

「米国はイラク戦争で300兆円を費やした、イラクの被害は別にして」

 

「愛国心は誰にもある。オリンピックの応援を見ればわかる」

 

これでは彼らは簡単に煽情される。

 

 

 

3

 

* ワルシャワで通訳に今次大戦について聞いた

 

「この地はドイツとソ連に酷い扱いを受けたが、皆はどう感じているのか?」

 

彼女はきっぱりと答えた。

「ドイツは許せるがソ連は許せない」

 

「破壊と虐殺はドイツ軍の方が酷かったのでは」

と聞くと彼女は答えた。

 

「ドイツは謝ったが、ソ連はいまだに認めない」

 

 

この心情は重要です。

 

 

 

* ストラスブールで通訳に町の平和について聞いた

 

「千年に渡り仏独はこの地を奪い合ったが、現在トラブルはありませんか?」

 

「両民族が共に暮らしているが問題無い」

と彼女は答え、ベテラン添乗員も同意した。

 

異民族の混住は紛争の引き金になり易いので、さらに疑問をぶつけたが怪訝な顔をされた。

 

これはフランスとEUの積極的な融和策が功を奏しているからです。

 

 

この違いは日本の政治・教育・文化の貧困に起因しているのです。

 

 

次回に続く

 

 

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , , | Leave a comment

平成の哀しみ17: 深まる亀裂 15: なぜ亀裂は深くなるのか


 

 

 

1

 

亀裂を深めるもの?

 

2

 

 

 

 

 

ここ半世紀の大戦争は民主的な国によっても始めらた。

 

国内に不満や不安が鬱積すると、これをうまく煽動出来る者が為政者になり、隣国への圧力を訴え始める。

やがて隣国と小競り合いが起きると、互いに敵意がエスカレートし、遂に開戦し、完全な敗北まで突き進む。

この手の為政者は発言と人格に問題が多いのですが、当初は歓迎されます。

 

もし適切に世論が形成されれば、この暴挙を止めることが出来るはずです。

 

世論の形成は昔、各地域の名士、最近までは新聞やテレビが大きく、今はSNSの影響が大きくなりつつある。

 

 

昔、日本の世論は中国侵攻直前に急転回した。

これは反政府新聞への弾圧と国営ラジオの放送が大きく、その後、御用新聞に押されて反政府新聞も戦争礼賛へと傾く。

 

原発反対の世論が20年かけて賛成になったのは電気事業連合会による毎年1000億円のマスコミ広告でした。

これを仲介するのがオリンピックも扱う電通です。

 

同様に平成の右翼化を担う企業がある。

「ゴーマニズム宣言」や新しい歴史教科書をつくる会、「国民の歴史」などを支援し出版したのはフジサンケイグループです。

 

私達は既にマスコミの術中に嵌っているかも。

 

 

 

次回に続きます

 

 

 

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , | Leave a comment

平成の哀しみ14: 深まる亀裂 12: 沖縄と本土 2


 

 

1

沖縄の問題とは?

 

2

 

 

 

俗説

A 左翼や海外からの支援に毒されているだけで基地反対は一部。

B 法外な補助金を貰い軍事基地の恩恵を受けながら身勝手。

C 日本の防衛を無視。

 

A 今回、間違いだったことが判明した。

基地反対への県外からの支援はあるだろうが、むしろ基地賛成派(自民党、公明党、既得権益層)の締め付けを跳ね返しての結果でした。

 

 

B 複雑だが誤解がある。

 

沖縄は国の補助金(交付税、振興予算)を貰っているが、総額で全国12位、一人当たりで5位、最大ではない。

 

問題は、一人当たりの県民所得が全国最低で、全国平均より30%も少ないことです。

これは大戦後の27年間の米軍支配で産業経済が破壊されたことが大きい。

この時の本土復帰に反対したのは米軍と言うより、基地利権を持っていた人々でした。

その後も軍事基地化が続き、自立するチャンスを失っている。

 

 

沖縄の人口は日本全体の1/89、本島の面積は本土の1/190。

ところが米軍の人数は本土の2.4倍、米軍基地は平地の少ない沖縄本島の面積の18%を占める。

ベトナム戦争当時、従軍した米兵による市民の被害が続出した。

 

沖縄にとって米軍基地は深刻な生活問題です。

 

 

次回、Cを検討します

 

 

 

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , | Leave a comment

平成の哀しみ12: 深まる亀裂 10: 捏造される歴史


1

*1

 

2

 

なぜ日本では歴史が簡単に否定されるのか?

 

 

 

 

 

歴史を否定する人は、日本は大陸の侵略も非道もしていない、自ら望んで戦争したのでは無いと言う。

そこには惨劇があったかもしれないが、日本に非が無いと言う。

 

世界の歴史家が答えを出しているので、ここでは捏造され易い日本固有の事情を考えます。

 

A 記録を残さない、不都合な事実を隠蔽する

記録を残す場合もあるが、都合が悪ければ隠蔽し消却する。

また最後まで平然と大嘘を続け、責任を取らない。

 

大戦時の軍部から現在の政権までこの体質は続いている。

 

 

B 人々は組織の守りに徹し、権威に盲従する

所属する組織に都合が悪ければ、社会正義に反していようが口をつぐむ。

ボスに付き従い、裏で悪口は言っても表立って批判しない。

 

こうした組織文化が軍隊、官僚、企業からの内部告発を許さない。

 

 

C 日本列島に閉じ籠る

これは地理的、言語的に避けられないのですが、さらに残念なことに日本人は海外に関心が薄い。

 

だから大陸で起きた事実を直接見聞出来ないだけでなく、確認しようともしない。

 

これは最悪です。

正しい歴史を持つためには、近隣諸国と共通歴史書を作るしかない。

今は不可能だが欧州共通教科書の例もある。

 

 

次回に続く

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , | Leave a comment

平成の哀しみ11: 深まる亀裂 9: 美化される歴史


 

1

なぜ美化されるのか

 

2

 

 

 

日本の歴史は自虐史観によって歪められていると説く人がいる。

 

彼らは、日本民族は他と異なり特段に優れ、長い歴史を持つ神代の国で、文化は物真似ではなく独創的であるとする。

これを聞いて思い当たるものがある。

 

これは紀元前後の聖書、史記や日本書紀などの国史に通じる。

これらは民族や国がまとまりつつある時期に、為政者側で作られた。

そこには悲願や正統性が高らかにうたわれている。

面白いことに、他の宗教や民族から見ると眉唾物だとされる。

 

一方、古代ギリシャのヘロドトスの歴史やトゥキディデスの戦記は、これらと異なる。

この二つは個人が書き上げ、市民に当時の二大戦争を語るものでした。

 

何が異なるのだろうか?

 

歴史を見る目、意図が真逆です。

前者は国民に国体を、後者は市民に真実を伝えるものでした。

 

ある時は自国の歴史を見直すことにより独立機運を高めた、また戦争の歴史を確認し自戒を求めたこともあった(聖書の預言書も)。

 

一方で、幾たびも現れるホローコースト否定論、これは反ユダヤ主義者を勢いづけて来た。

ヒトラーもゲルマン民族の歴史を美化し、他民族への敵意を煽った。

 

歴史の美化は曲解をうみ易く危険です。

 

 

次回に続く

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , , | Leave a comment

平成の哀しみ9: 深まる亀裂 7: 勘違い 1


 

 

1

*1

 

 

帝国主義、ああ勘違い

 

2

 

 

 

日本の大陸侵攻は西欧の帝国主義と異なると信じる人がいる。

 

その根拠は

A 五族協和、大東亜共栄圏を願った

B アジア各国の独立に貢献した

C 朝鮮や台湾で教育と莫大な投資を行った

 

D 日本人は善良であり、人畜にも劣ることはしない

次回検討します。

 

 

西欧と比べます

A 未開人にキリスト教を広めることを願った

実際は人種差別と利益優先で現地を虐げた。

 

結局、スローガンは自己満足。

 

 

B 内乱や革命を支援し傀儡政権を作った

私人として革命家を援助した日本人は多数いたが、軍部が行った反乱分子を育てる策は侵略の常套手段。

 

 

C 植民地政策は国として儲からなかった。

宗主国は植民地に設備投資と軍隊派遣で莫大な出費をし、多くの人命も失った。

利益を回収するつもりだったが、せいぜい食料を掠め取るぐらいしか出来なかった。

英国では赤字続きの為、国会で植民地放棄が議論された。

結局、先走った自国の企業家と資本家、居留民を保護する為に行わざるをえず、さらには覇権争いに陥ってしまった。

 

一部に日本の評判が良いのは、日本が西欧や中国の酷い植民地支配から開放することになり、その後、直ぐに撤退する羽目になったことが幸いしている。

 

 

次回に続きます

 

 

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , , , | Leave a comment

平成の哀しみ8: 相争う 6: 繰り返す過ち 2


1

*1

 

なぜ人は過ちを繰り返すのか?

 

2

 

  • 子ブッシュ米国大統領

 

彼は2001年同時多発テロ直後の勇ましい発言で史上最高の支持率を得たが、任期終了時は史上最低だった。

 

外部に敵を作り、罵倒する姿勢は絶大な人気を得ることがある。

人々は愛国心に燃え敵意を高ぶらせ不満を忘れる。

これはヒトラーのような悪辣な為政者の常套手段で多くは悲惨な結果に終わる。

 

一方で希に敵を正しく捉え世界を救う為政者もいる、ルーズベルトやチャチールのように。

 

 

  • 繰り返すナショナリズム

 

日本では負の歴史を自虐史観と罵り、美化する機運が高まっている。

 

実は、これは世界の潮流でもある。

冷戦などにより後進国で内戦が蔓延し、欧米への難民とテロが頻発し、文明対立が強く意識されるようになった。

一方で欧米は経済が伸び悩み、格差を拡大させ、国民の不満が高まっている。

こうして国内では分断、海外には排他的になった。

しかし、これが安易に受け入れられようになったのは大戦後70年以上経ったからです。

 

さらに日本では歴史を自省していないことが災いしている。

これは19世紀末に、国内の停滞を植民地に活路を求めた西欧の状況と非常に似ている。

そして第一次世界大戦が始まった。

 

次回に続く

 

 

 

 

 

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , , | Leave a comment

平成の哀しみ7: 深まる亀裂 5: 繰り返す過ち 1


1

*1

 

 

いつも争う国同士には、ちぐはぐな激情が吹き荒れる。

 

 

「言論NPO」の世論調査の結果を使い、日本・韓国・中国の心の揺らぎを見ます。

 

 

 

2

*2

 

赤線:日本の嫌中は中国が尖閣領有を主張した2007年に急騰。

紫線:中国の嫌日は日本が国有化した翌年2013年に急騰。

この間、競い合うように悪化。

 

2018年も日本の嫌中は90%を越えるが、一方で中国の嫌日は78%まで下がっている。

 

 

3

*3

 

赤線: 日本の嫌韓は続いている。

紫線: しかし韓国の嫌日は改善している。

 

 

4

*4

 

韓国では日本の現首脳と慰安婦合意への評価が非常に悪い。

 

 

5

*5

 

日本は韓国に軍事的脅威を感じていないが、韓国は感じている。

 

 

6

*6

 

日本の最大脅威は北朝鮮、次いで中国。

中国の最大脅威は米国、次いで日本だが、北朝鮮には感じていない。

 

中韓が世界8位に過ぎない軍事力の日本を恐れている(中国2位、韓国10位)。

 

2018年、中国は最大脅威を米国ではなく日本(76%)に感じている。

これは最近の日米軍事同盟強化が大きく、これがまた軍拡競争を招く。

 

 

歴史と海外に関心が薄いと井の中の蛙になってしまい、自国の振る舞いの影響を押し計ることが出来ない。

これが日本の哀しみの一つです。

 

 

次回に続く

 

 

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , | Leave a comment

平成の哀しみ6: 深まる亀裂 4: なぜ米国は変わったのか


1

*1

 

 

なぜ米国は戦争をするのか?

 

ある時まで米国はヨーロッパに干渉せず、対外戦争を避ける国でした。

しかし第一次世界大戦(1914~)で米国は戦争を終わらせる為に参戦します。

そして二度の大戦で大きな犠牲を払い、また経済援助によって世界平和に貢献した。

 

 

 

無題

*2

 

この間、米国は軍需景気で潤い、最大の経済大国に上り詰めた。

第二次世界大戦以降、米国の軍産共同体は肥大化し、各国への支援は経済覇権を拡大させた。

 

初め、米国はヨーロッパなどの植民地政策を批判し、是正しようと各地で介入した。

だがソ連の共産圏拡大が進むと、米国は対決姿勢を強め、互いに軍拡、同盟国造り、反同盟国潰しへの競争を激化させていった。

両国の暗躍により、発展途上国でクーデター、独裁政権誕生、そして内戦へと戦火は拡大していった。

さらに米国が途中からイスラエルに加担したことで、中東はまさに火の海となった。

 

世界は核戦争を逃れたが、紛争が多発し憎悪と飢餓は広がり、難民はブーメランとなって欧米を痛めた。

 

いつしか米国は世界中に火種を撒き、時には火消し役も務めた。

それは米国の経済(負債)と社会にも深く傷を残した。

 

これは繰り返された盛者必衰の一幕かも

 

 

次回に続く

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , , | Leave a comment

北欧3ヵ国を訪ねて 58: オスロ17: 陸軍博物館からフェリー乗船まで


1DSC03263-1

*1

 

 

今回は、アーケシュフース城の横にある陸軍博物館を紹介します。

またコペンハーゲン行きのフェリーの乗船も紹介します。

これでオスロとお別れです。

 

 

2

*2

 

上: アーケシュフース城(右側の城壁)を出た所。

海側を見ている。

通りを隔てた広い敷地(写真左側)に現代美術館や陸軍博物館などがあります。

 

下: この敷地からアーケシュフース城を望む。

 

 

 

3

< 3. 陸軍施設 >

 

上: 建物の表側。

手前のコンテナには「国際派遣の為のノルウェー団体」との記載があります。

 

下: 上記写真の建物の右側を通って、振り返った所。

先ほどの裏側を見ている。

私の立っている背中側に陸軍博物館がある。

 

 

 

 

 

4

< 4. 陸軍博物館 >

 

世界各地での平和維持活動や派兵の実績を展示。

 

上: この建物の右正面に入り口がある。

左の木の手前の木陰に砲台をこちらに向けた戦車が置いてある。

 

下: これはおそらく中東、ベイルートなど高原に建てられた見張り台のようです。

 

 

 

5

< 5. 平和維持活動の展示 1 >

 

上: アフガンの多国籍軍派兵かもしれない。

 

 

ノルウェーは小さい国ながら、20世紀以来、ずっと世界の平和と紛争調停に積極的に関わって来た。

 

以前紹介した探検家ナンセンは初代難民高等弁務官として活躍し、難民の父と呼ばれている。

国連安保理立案者の一人で初代国連事務総長になったのはノルウェーの外務大臣でした(前回紹介したドイツ占領時の亡命政府)。

ノルウェーがノベール平和賞の選定と授与を行っている。

 

ノルウェーは数多くの紛争調停に関わっているが、オスロ合意が最も有名でしょう。

当時絶望的であったイスラエルとアラブとの紛争にあって、突如、光明が射したことを覚えています。

1993年、犬猿の仲であったイスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)の間で合意がなった。

残念ながらイスラエルの侵攻で無に帰したが。

この時、クリントン大統領が全面に出ていたが、実はそこに至るお膳立てはノルウェー政府と民間人によってなされていたのです。

またクラスター爆弾の禁止条約の立役者でもあります。

 

北欧のスウェーデンとノルウェーは世界平和への貢献が素晴らしい。

大国が身勝手な戦争をする傍らで、両国の政府、軍、民間NGO、研究機関が世界各地に出て、平和と紛争解決に尽力している。

 

なぜ彼らが我が身を惜しまずにここまでやるのか、おそらく日本人の理解を越えているだろう。

ここ数世紀の小国の悲哀、プロテスタント、スカンジナビアの地政学的な背景が関わっているのか?

ひょっとしたらヴァイキング時代からの世界志向が、そうさせているのかもしれない。

 

 

 

 

6

< 6. 平和維持活動の展示 2 >

 

上: ノルウェーは実に多くの地域で活躍している。

 

下: これから乗るフェリーが見える。

荷物をホテルに取りに帰る為に、バス停に行く途中。

 

 

 

7

< 7. ホテルに戻る >

 

上: バス停。

もし、この付近に荷物を預ける場所があれば、ホテルに戻らず、このままフェリーに乗ることが出来たのですが。

事前にインターネットで探したが見つからなかった。

フェリー会社に、ターミナルにロッカーが有るかとメールで尋ねたのですが、無いとの返事でした。

 

荷物(スーツケース)の扱いが、旅行の自由度をかなり制限します。

 

下: バスでもう一度中央駅付近に戻り、トラムに乗り換え、ホテルに行きます。

 

 

 

8

< 8. フェリーDFDSに乗船 >

 

上: 乗るフェリーが見えます。

同じバス停に戻って来た。

手前にターミナルがあります。

 

下: ターミナルの検札を無事通過して、振り返った所です。

実はターミナルに入った所にロッカーがあったのですが、スーツケースが入るかは不明です。

 

私は係員から、ここで注意を受けました。

それはインターネットでの予約書(印刷物)で通過しようとしたら、発券機でチケットを発券しなさいとのことでした。

私が躊躇していると、今回初めてだから良いが、次回から自分でやりなさいと言い、その場で発券してくれました。

感謝!

 

 

簡単にフェリーを紹介します。

 

当然、初めて乗ったのですが、大変お薦めです。

便利で快適、コストパフォーマンスが良く、景色が良く、さらに夕食も素晴らしい。

オスロ発16:30でコペンハーゲン着翌日の9:45で、一日一便です。

料金は全部で146ユーロ(19600円)です。

 

明細を記します

Transportation Oslo – Copenhagen  0.00 EUR

2-bed inside cabin with bunk beds  88.00 EUR

(部屋の種類が多いが安い方の一部屋の料金。一人で使う)

7 Seas Restaurant 18:00 CET 7 Seas Dinner Buffet incl 1 drink 7 Seas Dinner Buffet incl 1 Drink      43.60 EUR

(ビール一杯付きの夕食料金。オプションから時間などを指定する)

 

Transfer bus: DFDS terminal – Nørreport St. 

Transfer bus: DFDS Terminal – Nørreport station 3.00 EUR

(コペンハーゲンのターミナルから地下鉄駅近くまでの送迎バス料金)

 

Booking Fee   10.00 EUR

Credit card fee 1.51 EUR

 

事前に日本からインターネットで申し込んだのですが、非常に細かくオプションを指定しなけらばならない。

後日予約内容を変更したが無事問題無く、予約は出来ました。

 

オスロとコペンハーゲン間の移動は、他に鉄道と航空機が有りますが、ターミナルがオスロ市街地に近いこと、夜の移動で時間短縮になり、ホテル代込み運賃としては安いのが魅力です。

予想以上に良かったのは食事とオスロ湾とヘルシングボリの海峡の景色でした。

 

フェリー内には、このバイキングのビュフェ以外にレストランが有りますが安くはない。

もっとも、北欧のまともなレストランは私には高いのですが。

 

パンとコーヒーを販売している小さなストアはあります。

もしかしたら、外から弁当を持ち込んでも良いのではないでしょうか。

荷物のチェックはありませんでしたから。

 

 

 

9

< 9.ターミナルから船内へ >

 

上: ターミナル側の渡り廊下。

地中海クルーズで利用したMSCのクルーズ船と違って、乗船はあっけないものでした。

検札などの大渋滞はなく、荷物チェックもなく、ターミナル内部も簡素で迷うことは無い。

 

下: 通路から最初に乗船したフロア。

この上の階にインフォメーションがあります。

 

 

 

 

10

< 10. 船内 >

 

上: 船室。

何の手続きも必要なく、自分の船室に入ることが出来ます。

ただ清掃の関係か、船内で定められた入室時間まで待つことになりました。

この様子だと早く行く必要はないかもしれない。

もっともチェックイン15:15~16:15で、私が検札を通ったのが14:15でした。

 

私が乗船した時の乗船客は、アジア系やヒスパニックが多く、数人のグループが多かった。

気楽に利用している感じがした。

 

下: インフォメーション。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 北欧3ヵ国を訪ねて, history+evolution, <japanese language, travel+photo, uncategorized | Tags: , | Leave a comment

平成の哀しみ5: 深まる亀裂 3: なぜ軍備を増強するのか


1

 

 

隣国はなぜ軍拡に走るのか?

 

 

北朝鮮は建国以来、ソ連援助の下で核開発を行っていた。

ソ連崩壊後、この庇護が無くなり、核兵器こそが米国への抑止力とみなされた。

 

一方、米国はそれまでの宥和策から強硬策に転じ、北朝鮮を悪の枢軸と名指した。

これに呼応するように北朝鮮はミサイル発射と2006年から核実験を繰り返した。

 

この米国の転換は子ブッシュ大統領(2001~2009)と取り巻きのネオコン(新保守主義)による。

彼らは米国の覇権を守るためには武力行使も辞さないとし、対外戦争と軍事費増大を図った。

これは彼らが軍産複合体で収入を得ていたことと、同時多発テロも影響している。

 

 

2無題

 

3無題3

 

 

1980年代、中国経済は躍進を始め、歴史的に貧弱だった海軍力をシーレーン確保の為に増強する。

その後、台湾の領有を巡り米国との間で緊張が生じ、ロシアと協力し欧米を牽制した。

2010年頃から、南シナ海への侵出を強めた。

これは米国の核攻撃と海空軍の中国本土攻撃に対抗する目的で、核ミサイル原潜の深い航路と空軍の滑走路確保と考えられている。

 

現在、中国の軍事力は世界第3位になり、米国海軍艦艇の大半が太平洋に配されている。

 

 

次回、米国の戦争を見ます。

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, history+evolution, <japanese language, uncategorized | Tags: , , | Leave a comment

北欧3ヵ国を訪ねて 57: オスロ16: ノルウェー抵抗運動博物館


1DSC03156-2

*1

 

 

今回は、アーケシュフース城内にあるノルウェー抵抗運動博物館を紹介します。

ここには第二次世界大戦の抵抗運動の様子が展示されています。

小国の悲哀と独立への強い思いが錯綜する中で、希望へと導いた国王の行動が光ります。

 

 

 

 

 

 

2

< 2. 博物館と関連映画 >

 

上: ノルウェー抵抗運動博物館の外観。

地下に展示室が広がり、狭いながらも十分に当時の状況を感じることが出来ます。

観光客は少ないが、学生や夫婦の見学者が少なからずいた。

 

左下: 抵抗運動の象徴になったノルウェー王ホーコン7世の肖像画。

 

右下: この抵抗運動が始まった三日間を描いた映画「ヒトラーに屈しなかった国王」のポスターです。

 

映画の主人公はホーコン7世です。

私は偶然、旅行に行く前にこの映画を見ることが出来ました。

これはノルウェー製でハリウッド製のような派手さはないが、当時の緊迫感と揺れる首脳陣の思いが伝わってくる良作でした。

 

 

 

 

3

< 3. 展示物 1 >

 

左上: この地図はドイツ軍がノルウェーに侵攻した状況を示しているようです。

 

右下のオスロ湾に一群のドイツ艦隊が侵入しているのが分かります。

当時の政府首脳と国王はオスロにいました。

抵抗のドラマはオスロから始まりました。

 

ドイツ軍は雪が残る1940年4月にノルウェー各地に同時に侵攻した。

ドイツは前年、ポーランドに侵攻を開始し大戦が始まっていた。

破竹の勢いで進軍したドイツ軍は1940年6月にパリを陥落させた。

この5月にはチャーチルが英国首相となり、英国は和平から臨戦体制に転換した。

 

左下: おそらく左がホーコン7世のようです。

 

右で威張っているのが悪名高いクヴィスリング首相でしょう。

ノルウェー軍人の彼はナチスを信奉しており、前年にヒトラーにノルウェー侵攻を要請していた。

実は、彼はナチス主体の「北海帝国」を妄想していた。

いつの世にもこのような人物は出るようです。

彼はドイツ軍侵攻の混乱に乗じ、全権掌握を宣言し、自ら傀儡政権を任じます。

しかし彼はノルウェー首脳と国民からは疎んじられ、ヒトラーを除いてドイツ側も信用していなかった。

彼は戦後、裁判によって銃殺刑に処せられた。

彼の名は今でも「売国奴」と同義語として使用されている。

 

右下: おそらくドイツ軍に占拠されたオスロ港でしょう。

 

 

 

 

4

< 4. 映画のシーン 1 >

 

上: 映画は冒頭、闇夜から始まった。

 

それはオスロ湾で最も狭いドレーバク水道にあるオスカシボルグ要塞の守備隊が舞台になります。

この要塞の島をフェリーか眺めることができました。

 

闇夜に乗じてドイツの戦艦が迫って来たので、守備隊長は王宮に判断を仰ごうとするのですが連絡が取れません。

ここで彼は砲撃の命令を独断で下し、戦艦を撃沈します。

(私には出来なかったでしょうが)

 

この彼の行動が国王に逃亡の時間を与え、後の抵抗運動に繋がった。

後に彼は勲章を授与されます。

 

 

下: 右はドイツ公使で左はドイツ将校です。

 

この映画で国王に次いで、心打たれた人物がノルウェー駐在ドイツ公使Curt Bräuerです。

 

映画の舞台は翌日のオスロに移ります。

彼はドイツ軍による支配を極力穏便に済まそうと調整に努めます。

ヒトラーとも直談判し、また侵攻して来たドイツ将校相手に孤軍奮闘します。

しかしホーコン7世はヒトラーから条件(傀儡政権を認める)を呑むことが出来ず、家族と政府首脳と共にオスロを去り列車で北部へ逃亡します。

 

大使の仲介の労は無に帰し、彼は任を解かれソ連への前線に送られ、9年間のソ連での捕虜生活に耐えることになる。

このような身の危険を顧みない他国を思う外交官がいたことに感動した。

 

 

 

 

5

< 5. 映画のシーン 2 >

 

上: ホーコン7世と王子、そして政府首脳がドイツ軍の追撃から逃れているシーンです。

 

下: 国王一行を守る兵士は少なく、少年兵も参加している。

 

ホーコン7世は逃亡しながらドイツの降伏要求を拒否し続け、2か月後に国外脱出を果たすることになる。

この時「独立を取り戻すための戦い」の声明を残し、王家、政府と軍の要人500名と共に船で英国に亡命します。

ロンドンで亡命政府を樹立し、連合軍と共に戦うことを宣言し、ノルウェー国内の抵抗運動への指示と支援を続けます。

 

そして国民は一丸となって統率の取れた抵抗をおこなった。

初めは非協力・非暴力で抵抗し、地下に潜伏し、ドイツ軍の劣勢が伝わると武力闘争に切り替えっていった。

 

戦後、国王は帰国を国民の大歓迎で迎えられ、再び独立を取り戻した。

そして現在、世界で一番豊かで幸福な国と言われる。

 

 

 

6

< 6. 展示物 2 >

 

ドイツ軍の侵略を模型で示したものです。

 

 

7

< 7. 展示物 3 >

 

抵抗運動の主役たちと様々な抵抗の様子が展示されていました。

 

 

 

8DSC03186-4

< 8.展示物 4 >

 

これはどうやら抵抗運動側によるオスロでの破壊指令のようです。

 

指令書の地名は地図の黄色の破裂マークで、前回紹介したアーケシュフース城に至る道で、右側にオスロ中央駅があります。

指令書の目標名は、ドイツが創設したノルウェー内のナチス党組織です。

日時は終戦の前年の1944年です。

 

 

* 感想

 

この抵抗運動と映画も含めて感想を記します。

 

一番印象深いのは、劇中でのホーコン7世が語る言葉です。

 

彼は「私は国民から選ばれた王だから、もっとも尊重すべきは国民の声である」として、安易にドイツの言いなりなることは出来ないと悩みます。

ドイツに屈服して王家と国民の命を守るべきか、それとも半世紀前にやっと手に入れた独立を守るべきか。

 

実は、彼は1905年のノルウェー独立に伴い、国民投票でデンマークの王子からノルウェー王になっていたのです。

 

一方ドイツ侵攻で政府首脳はうろたえ、王は「君たちは国民から選ばれたのだから、国を率いる責務があるのだ」と諭します。

しかし彼らは答えを出しません。

 

王は象徴的な存在であって、政治に口出すべきでないとホーコン7世

は考えていた。

彼への国民の信頼は絶大で、ノルウェー政府も王の言葉を待ちで、ドイツも彼を条約調印の相手と見做していた。

 

彼は一人悩み「降伏拒否」を宣言することになる。

映画はここに至る3日間を描いている。

 

 

私が北欧に惹かれ、政治社会経済の良さを知りたいと願い、今回の旅にでました。

 

北欧三ヵ国に共通するのは立憲君主制ですが、大いに英国や日本と異なるものがある。

ここ数百年の歴史を見ると、北欧三ヵ国は王家の力が弱く、貴族と対抗させ、国民がまとまるため、国民が王家に国の統率を依頼するようなところがある。

これはヴァイキングが隆盛した社会背景と共通しているように思える。

 

ともかく議会制民主主義が国民と王家の信頼によってより強固になっている。

不思議な国です。

 

抵抗運動が分裂せず、スムーズに行われたのもこの国王への人気の賜物かもしれない。

 

 

実は、この館を退出する時、事務所の男性職員が目を合わせ「ありがとう」と言ってくれた。

 

 

次回に続く。

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 北欧3ヵ国を訪ねて, history+evolution, <japanese language, travel+photo, uncategorized | Tags: , | Leave a comment

平成の哀しみ4: 深まる亀裂 2: 何が起きたのか


1

*1

 

 

隣国との諍いは何を意味するのか?

 

2

 

 

 

 

韓国と中国は日本に対して二島の領有を主張し、さらに植民地支配への反省を求めている。

また中国は軍事大国へ、北朝鮮は核兵器開発とテロ国家へと突き進んでいる。

一方、日本は過去を賛美するタカ派が政権を担い、軍事大国を目指し始めた。

 

 

少し動きを確認します。

 

中韓のように侵略された国が当時の非道を後になって訴える事は、ドイツや東欧でもあった。

それは戦時中のしがらみ(ナチス加担や独裁政権など)から政治や社会が抜け出せたこと、また社会運動の高まりも影響している。

 

尖閣問題は中国と台湾が資源獲得を狙ったのが発端だが、日中間で保留扱いにしていたものを日本の国有化で火に油を注ぐ結果になった。

 

一方、日本も様変わりしていた。

 

経済は長期に衰退し、政府の景気対策はことごとく失敗していた。

人々は諦めながらも、かつての繁栄を微かに期待もしている。

一方で大戦を知らず歴史を軽視する人々が増えた。

 

このような中、大戦を美化し、対外強硬策こそが日本復活の切り札との訴が人気を博するようになった。

 

これは世界史で繰り返されるパータンだが、日本のいつか来た道かもしれない。

 

 

次回は隣国の軍拡を考察します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , , , | Leave a comment

平成の哀しみ3: 深まる亀裂 1: 日本と隣国


1無題2

*1

 

 

日本と隣国の関係はどうなったか?

 

 

従軍慰安婦

既に議論されていたが1990年代になると、韓国側からの訴訟、国連の賠償勧告が続き、首相は謝罪した。

 

漫画 ゴーマニズム宣言

1992年連載開始、痛烈な社会批判で右翼ブーム到来。

 

北朝鮮の核

1993年からミサイル発射実験、2006年から核実験始める。

 

新しい歴史教科書をつくる会

1996年設立、歴史(自虐史観)を否定する保守団体。

 

日本会議

1997年設立、軍備増強、首相に強権集中、旧体制の復活などの憲法改正を訴える保守団体。

 

国民の歴史

1999年、自国賛美でベストセラー。

 

竹島

韓国は以前から強硬であったが、2000年代から日本で問題視される。

 

拉致

2002年、北朝鮮が初めて小泉首相に拉致を認めて謝罪。

 

韓流ブーム

2003年の冬のソナタが契機になり、韓国への好感度が上がる。

 

尖閣諸島

2012年、石原都知事による購入計画に対抗して日本政府が国有化。

 

自民党の日本国憲法改正草案

2012年発表、天皇明文化など日本会議の意向に沿った制定を盛り込む。

 

防衛費増大

2018年、防衛省は攻撃型空母を検討。

首相は米国より7年前の5倍以上になる5兆円の武器購入。

 

 

 

2無題

 

何やらキナ臭くなった

 

 

次回に続く

 

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , | Leave a comment

平成の哀しみ2: 身近な変化


 

1

平成に起きた身近な変化を見ます。

 

2

 

1989年以降、身の回りで起きた事

 

  •  民間給与は一度大きく下がり、その後ゆっくり下がっている。
  •  ブラック企業が増えた。
  •  サービス業で働く高齢者が増えた。
  •  失業率は長期に悪化していたが、ここ数年良くなった。
  •  金利は年々が下がっているが、ここ数年、株価は上昇した。

 

  •  グルメと健康のTV番組が増えた。
  •  露天風呂の人気が定着した。
  •  AKB48などのグループアイドルが活躍。
  •  オーム真理教や幸福の科学が注目された。

 

  • 若者の海外留学が減った。
  • 投票率は年々低下しているが、特に若者で著しい。
  • 所得の低い非正規雇用が増え続けている。
  • スマホやSNSが普及し、TVや新聞、書籍の視聴が減少。
  • 平均初婚年齢が上昇中。

 

  • メイドイン中国は当たり前。
  • かつての優良メーカーに勢いが無く、外国人社長が増えた。
  • 海外からの観光客や労働者が増えた。
  • 介護サービスが定着した。
  • 世論調査で生活の満足度は低下傾向にあったが、ここ10年は上昇。

 

  • 「ゴーマニズム宣言」「年収300万円時代・・」が一世を風靡。
  • 高視聴率だった報道番組ニュースステーションが終了。
  • 嫌韓や嫌中が露骨になり、大戦時の問題が蒸し返されている。
  • ネットウヨの隆盛。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

Categories: book+ film+drama, culture+society, economy, 連載 平成の哀しみ, uncategorized | Tags: , , | Leave a comment

平成の哀しみ1: はじめに


1a

*1

 

 

今年で平成の年号は終わります。

これから日本はどうなるのだろうか?

その兆しは平成にあるはずです。

これから平成を振返り、探って行きます。

 

 

2

*2

 

 

平成は1989年から始まったが、何が起きていたのか?

特徴的な事件、経済、政治は・・

 

国内では

  •  大震災が二度起き、大きな原発事故が起きた。
  •  バブル崩壊が三回あった。
  •  汚職事件で自民党、不祥事で官僚への信頼が低下した。
  •  万年野党が二回政権を担った。
  •  経済は長期停滞し日本の地位は低下し続けている。
  •  国も地方も累積赤字が増大している。
  •  右翼的な言動が熱を帯びて来た。
  •  しかし平成の終わりは経済好調で終わるようだ。

 

 

海外、特に欧米について

  •  ソ連が崩壊した。
  •  テロとの戦いが始まった。
  •  米国の覇権、EUの団結に陰りが見え始めた。
  •  中国の経済力と影響力が増している。
  •  右翼政党が勢力を増している。
  •  移民問題と格差拡大で不満が高まっている。
  •  世界は地球温暖化防止で団結するようになった。
  •  一方で世界は国から逃げ出す巨額の金への課税に対処できない。
  •  核兵器と原発への恐れが増した。
  • セクハラ被害の告発運動が起こる。

 

この中の幾つかが未来を決める兆しになるでしょう。

 

 

次回は、身近な変化を拾ってみます。

 

 

Categories: culture+society, economy, 連載 平成の哀しみ, <japanese language, uncategorized | Tags: , , , , | Leave a comment

北欧3ヵ国を訪ねて 54: オスロ 13: ヴィーゲラン公園へ行く


1DSC03048-1-1

*1

 

 

今回は、ヴィーゲラン公園に林立する彫刻群を堪能します。

途中、オスロ市内の大きな墓地を通りました。

 

 

2

< 2.散策ルート、上が北 >

上: 黒四角のホテルから青丸の国立劇場駅まで歩き、地下鉄でBorgen駅まで行きます。

そこから茶色線のように、大きな墓地を抜けヴィーゲラン公園を通り抜けました。

 

ヴィーゲラン公園に行くにはトラムで行く方法もあったのですが、同じ歩くのなら墓地を見てみたいと思ったからです。

 

 

下: 赤丸Sから墓地を抜け、彫刻公園の中央を進み、正面ゲートEに出ました。

 

この公園は無料で24時間開いています。

 

 

3

< 3. 地下鉄駅Borgen >

 

2018年6月6日(水曜日)朝7:50に着いた。

 

上: 向かいのホームの中央に墓地への入り口が見える。

下: 私がやって来た中心部、東側を陸橋の上から見ている。

右手が墓地。

 

 

 

4

< 4. 墓地 1 >

 

上: 日本では考えられないのですが、スウェーデンも同じで墓地内をジョギングする姿を見かけました。

 

墓地の形態はスウェーデンとまったく同じで、森林墓地とでも言うのでしょうか。

あまり飾り気が無く、大小の差があまりない石板の墓石が区画毎に整然と並んでいます。

だからと言って、広い区画を埋めつくすようなことは無く、小さな区画ごとに高木で囲まれています。

 

これら北欧の墓地のありようには、北欧人に根付いている心理が現れているように思える。

そのキーワードは「森と共に生きる」と「集団の絆」かもしれません。

これは個々に統率を乱すような主張をしない、共にあることを大事にしているように思える。

これはヴァイキングの精神でしょうか。

 

旅行中に出来るだけ世界中の墓地を見るようにしているが、そこにはその地域の文化が現れている。

墓地には文化の保守的な面が残っており、文化の深層を見ることが出来る。

 

 

 

5

< 5. 墓地 2 >

 

上: 墓地に隣接する教会。

 

 

 

6

< 6. 墓地 3 >

 

下: 墓地中央にある斎場。

 

 

7

< 7. 墓地 4 >

 

上: 珍しく、大きな墓石があり花も飾られていた。

 

下: 左側にトイレがある。

この場所は墓地と公園の境目にあり、この道を進み左に折れると公園に入る。

この右手にはドッグラン用の芝生公園がある。

 

北欧もトイレが非常に少ないので事前に調べたのですが、行きたい所の野外にあるかどうかほとんどわからなかった。

 

私は墓地に入ると便意をもよおし、墓地を清掃している人に聞いたら、教会横にあると教えてくれた。

しかし行ってみると、時間的にまだ開いていなかった。

墓地を抜けた辺りで別の人に聞くと、この写真のトイレを教えてくれた。

このトイレはカード式で、クレジットカード決済で扉を開けます。

中は広く、清潔でした。

 

 

8

< 8. ヴィーゲラン公園 1 >

 

上: 中央の石柱がモノリッテン

高さ14の花崗岩に121の人物像が浮き彫りにされている。

 

中央: モノリッテンのあるモノリスの丘の頂上から北西端にある生命の輪を望む。

 

下: 同じ場所から南東方向、正面ゲートがを望む。

今からこの方向へ進む、遠くに大聖堂の尖塔が見える。

 

 

この公園にはヴィーゲランの後半生に創作した212点の彫刻、人物像としては650体が配されている。

もっとも彼は粘土で原型を作り、弟子たちが鋳造や石像彫刻を行い、これだけの作品が20年間の間に生まれた。

彼の彫刻以外は置かれていない。

 

 

 

9

< 9. ヴィーゲラン公園 2 >

 

上: 噴水の後方にモノリスの丘が見える。

左側の6人の男性が円盤を掲げているのが中心部の噴水ですが、今日は水が出ていませんでした。

周囲の彫像群は、樹木と人間が一体になっています。

 

 

 

 

10

< 10. ヴィーゲラン公園 3 >

 

上: 市民がそれぞれ公園を楽しんでいました。

 

下: 彼の作品で最も有名な「怒りんぼう」

これは橋の欄干にある58点の内の一つです。

 

 

 

11

< 11. ヴィーゲラン公園 3 >

 

上: 橋の彫刻。

 

中央: 橋の全景。

朝早いせいか、公園内の観光客は中国系の一組だけで、後は市民がそれぞれに楽しんでいました。

この公園を出る9時頃になると、珍しくインドからの観光の一団が正門から入って来ました。

 

下: 正面ゲート。

 

彼の作品は、圧倒的に普通の人物像、それも老若男女問わず、幼児までいる。

それらは頭髪や筋肉の表現が割愛され、衣服をまとわず、多くは豊満か肥満気味です。

 

一番多いのは家族や恋人との生活の中での一瞬の喜怒哀楽を表現しているようです。

それも単体では無く、人との関わりを体を接触させた群像として表現しています。

 

この手の彫刻は始めて見たような気がします。

人と人が関りながら生きている、こんな率直な生命賛歌の表現が今までにあっただろうか。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 北欧3ヵ国を訪ねて, travel+photo, uncategorized | Tags: , | Leave a comment

北欧3ヵ国を訪ねて 52: オスロ 11: オペラハウスから中央駅へ


1DSC02915-1

*1

 

 

島巡りのバスを降りて、オペラハウスからオスロ中央駅へ歩きました。

斬新で活気溢れるウオータフロントの再開発が進んでいました。

ノルウェーの勢いを感じました。

 

 

 

 

 

 

 

2z

< 2.散策ルート、HPから借用 >

 

上: 南側を望む、数年前の写真らしい。

 

下: 再開発中のウオータフロント全体の完成図らしい、西側を望む。

再開発はこの写真の範囲内の海岸沿い全てが対象で、集合住宅、商業施設、美術館などの文化施設が集積される。

 

赤線は島を巡ったバスのルート、ピンク線は今回紹介するバスを降りて散策したルート。

アルファベットのOはオペラハウス、Sは中央駅、Aはアーケシュフース城、Fはコペンハーゲン行きのフェリー乗り場、Rはオスロ市庁舎。

 

 

3

< 3.バスを降りて >

 

 

4

< 4. オペラハウスの横 1 >

 

下: オペラハウスの海側横を歩く。

デカい!

 

 

5

< 5. オペラハウスの横 2 >

 

下: 海側を見るとガラスのオブジェ、その向こうにフェリーが見える。

左側に見えるのがDFDSフェリーで、翌日コペンハーゲンに向かって乗ることになります。

 

6

< 6. オペラハウスの横 3 >

 

上: 不思議な建築だ!

 

下: 実は、このオペラハウスの屋根にあたる巨大な斜面は市民の憩いの場、日光浴する場所になるようです。

 

私は奇をてらった建築が嫌いなのですが、この斜面の効用には驚きました。

実に眺めの良い、周囲から視線を感じない、オープンな二次元空間なのです。

 

 

7

< 7. オペラハウスの横 4 >

 

上: 海に浮かぶ派手な鳥型のゴムボート。

近づいてみると、何にかのTVインタビューをしていました。

 

下: 私もここで少し寝てくつろぎましたが、6月5日、15:45だと言うのに暑かった。

 

 

 

8

< 8. オペラハウスの横 5 >

 

 

 

9

< 9. オスロ中央駅1 >

 

上: 白い建物が駅舎で右側にホームが並びます。

こちらから見た駅舎の外観は古そうですが、反対側に増築されており、少し複雑で、現代的な面も持ち合わせています。

 

下: 古い方の駅舎内のフードコート。

 

 

10

< 10. オスロ中央駅2 >

 

下: FLYTOGETの表記は空港に行く高速列車のことで、自動券売機があります。

 

 

11

< 11. オスロ中央駅3 >

 

上: ホームを見ている。

ここには19本の列車ホームがあり、ここから国内、隣国スウェーデン、オスロ空港に行くことが出来る。

前日の真夜中、私はここを通りました。

 

この中央駅の周辺には、上記の列車以外に地下鉄、トラム、バスの駅が集まっている。

地下鉄駅は少し離れている。

トラムとバスは、Jernbanetorgetのように同じ名前の停留場が異なる通りなどに幾つもあるので、行先とバス番号の確認が必要です。

 

そうは言っても、ストックホルム中央駅と他の交通機関の乗り換えほど分かり難いことはない。

 

下: 次の観光地に向かう為に地下鉄駅に向かう。

 

 

次回に続きます。

 

 

Categories: culture+society, 連載 北欧3ヵ国を訪ねて, travel+photo, uncategorized | Tags: , | Leave a comment

北欧3ヵ国を訪ねて 51: オスロ 10: オスロ湾の島を尋ねる


1DSC02731-1

*1

 

今回は、オスロ湾に面した島をバスで巡ります。

海沿いに素晴らしいリゾートエリアが広がっていました。

そこには豊かで嬉々とした暮らしぶりがありました。

 

2

< 2. 紹介するルート >

 

 

上: 上が北。

黄線はAの市庁舎前からBのバス停までの徒歩ルート。

この周辺に同じ名称のバス停が幾つかあり、バスNo.の確認が必要。

BはJernbanetorget。

 

ピンク線はBから乗ったNo.85バスのルート。

普通の公共交通機関の路線バスを利用した。

このバスは先ずDまで行って折り返し、次いでEに行き、ここで少し時間待ちしてから、まったく逆のコースをBまで戻ります。

 

当初は途中で降りて散策し、30毎に来る次のバスに乗る予定だったのですが、そのまま乗って往復した。

往復の乗車は14:30頃からの約1時間でした。

ⅮはMalmøya、EはUlvøyaです。

 

Cはエーケベルグの丘で、画家ムンクが度々散策していたところだそうです。

ここで有名な「叫び」を構想し、連作を描いています。

ここへはトラムで行ける。

 

この日はこのバス乗車以外に11ヵ所を見学する予定だったので、気が急いていました。

また前日は、列車の遅れでホテル着が深夜2時を過ぎていたので疲れが出ていました。

 

下: 海側の市庁舎前にある彫刻が見える。

ここから歩き始める。

 

 

 

3

< 3.バスに乗る >

 

写真はすべてバスの車窓からの撮影で、ほぼ撮影順に並んでいます。

 

上: 前方に見える観覧車はオスロ中央駅の前にある。

 

中: 大規模な再開発が行われているウオータフロント。

右手の白い建物が後に訪れるオスロ・オペラハウスです。

 

下: これはウオータフロントのちょうど裏手。

 

 

 

4

< 4. ムンクが見た景色? >

 

上: 裏手からウオータフロントを見る。

 

中: 道路は崖にへばり付く様に走り、高くなって来た。

 

下: 眼下にオスロ湾が見える。

 

きっとムンクもこのようなオスロ湾を見下ろしたことでしょう。

 

 

 

5

< 5. 最初の島に渡る >

 

中: 最初の島に渡る橋が前方に見える。

下: 橋からウオータフロント側を望む。

 

 

6

< 6. 奥に続く島に向かう >

 

下: ちょうど橋を渡っているところで、右側車窓の景色。

 

橋を渡り切ると直ぐMalmøyaのバス停(地図D)があり、バスはここで折り返す。

 

 

7

< 7. 最初の橋に戻る途中 >

 

 

8

< 8. 次の島に向かう >

 

上: 次の橋が見えて来た。

 

中: ちょうど橋を渡っているところで、右側車窓からの景色。

電車が見える、この上は広い台地で住宅街が広がっている。

 

下: 同様に右側の景色。

 

 

9

< 9. 島の中央部へ >

 

中: ここが島の中央部でバス停Ulvøya(地図E)があります。

写真右側に小さなスーパーがありました。

バスはここで時間待ちして、来た道を戻って行きます。

 

下: この坂道を下ると海水浴場があるようです。

 

 

 

10

< 10. 来た橋に戻る >

 

上: 高台にずらっと家が並んでいる。

左端に橋が見えた。

 

中: 橋の中央で学生らが、海へのダイビングを楽しんでいた。

高校生らしい男女が一緒になって騒いでいた。

左側では数人の男性が釣りをしていた。

 

下: 橋の上から右側を望む。

 

この後、ウオータフロントまで戻るのですが、一つ手前のバス停で降りて散策を始めました。

 

 

*あとがき

 

オスロ市街からこのバスに乗る人はほとんどいなかった。

乗って来た人は少なく、それも中高生だけで、皆島内で乗り降りした。

平日の昼過ぎなのに、春休み中なのか、島内に学生の姿を多く見た。

それにしても、のんびり自然を満喫する姿が羨ましい。

 

島で見たハウス全てが大きいわけではないが、ボートと桟橋、ボート小屋が海と海岸を埋め尽くしている。

この辺りのハウスはサマーハウスかもしれないが、充分に都心に通える距離なので、レジャーハウスと住居の兼用が出来る。

 

実に豊かな暮らし、それも自然と一体になった暮らしがそこにはあった。

 

どうか皆さんも一度は訪れてください。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 北欧3ヵ国を訪ねて, travel+photo, uncategorized | Tags: , | Leave a comment

Create a free website or blog at WordPress.com.

joe's blog

Don't knock built a door

SkyLibrarian Ranvling - Wildlife Blog and Novel

I am working on gathering fund for a book campaign which will be utilised in support of the WWF-Malaysia conservation project on Borneo elephants in Sabah and other wildlife.

Maldito silencio

Un blog de Jesús Miguel Pacheco Pérez

theolounge.blog

einer wilden welt weise worte / for a wild world wise words

トラック選手 コニ太郎の日記

サイクリング 写真 ラン二ング 商品レビュー

Lilly's Wonderland

Food Travel and more!

Best Indian Food Blog

ALL INDIAN FOODS UNDER ONE ROOF

Reflexiones. Líneas de vida con Vals y Nika

Variedad de poemas sobre experiencias vividas, derechos de autor reservado

My Pets Weird Behavior

Lets Talk About Pets.

Daily Life's Journey

"There's always something good in everyday."

TEJIENDO LAS PALABRAS

CON LOS HILOS INVISIBLES DEL ALMA

Cumbria | The Lake District

An Eclectic Mix Of Revelation By Baldy. A Blog About Cumbria, Home Of The UNESCO Lake District National Park. Photographs, Paintings, Sketches & More. Mountains Are My Bones; Rivers My Veins; Forests My Thoughts.

Authentic Writer

The best Shayri, poetry, Story,philosophy , blogs & novel Writer

The Flying Tofu

Japan . Travel . Food

Gabriele ROMANO 📎 bLOG

Post, news, diary... All the world around me, ALL THE WORDS AROUND YOU

PEMBANGUNAN MENERANGI DAN MENCERDASKAN

Jln Gereja Moria RT25 RW06 Kelurahan Liliba Kupang NTT

Crazartt

Good things are going to happen@Mehakkhorana

フラワーエッセンスの不思議

フラワーエッセンスのエネルギーで皆さんを神秘の世界へと誘います。