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何か変ですよ! 54: 捨てることが出来るか


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誰しも既存のものに固執していると、発展のチャンスを失うことがある。

しかし、なかなか馴れ親しんでいるものをキッパリと捨て去ることは難しい。

今の社会について、少し考えてみましょう。

 

 

はじめに

手描きで行っていたデザインを、これからパソコンで描きなさいと言われれば、特に年配者には苦痛だろう。

慣れたやり方を捨てるのは辛いものです。

 

一念発起して海外に飛躍を求めるなら、人は友や故郷と別れなければならない。

サラリーマンは定年退職すると、それまでの収入や地位を捨てなければならない。

買った物を捨てることが出来ない人は、やがて家中が不用品で一杯になってしまうだろう。

 

捨てることは、結構辛い意思決定を伴います。

 

しかし今日、皆さんと考えたい問題は、社会や人類の未来についてです。

 

私達は多くの新しい技術や社会システム、思想を得て進歩して来ました。

一方で、私達は同時に多くのものを捨てて来ました。

 

我々が特別に意識せずとも、古いものが自然と廃れていくこともありますが、逆になかなか捨てることが困難な場合もあります。

 

知って頂きたい事は、かつて人類が捨てることを英断し、新しい局面を切り開いて来た事実です。

これなくして今の人類社会はなかったのです。

 

 

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人類は何を捨てて来たのか?

最も古いものとしては、四足歩行ではないでしょうか。

二足歩行で手が使えるようになった化石人類は、早く走れて安定性のある四足歩行を捨てることになりました。

 

歴史時代になって、人類は科学的な思考を取り入れたことにより多くの事を捨てて来ました。

それまで人々は病気や不幸の多くは、遥か昔の因果や実体のない穢れなどによると考えていました。

医学や技術の進歩と共に、これらは迷信と見なされ廃れて行きました。

新しい宗教を生み出したイエスや釈迦、孔子でさえ、一歩進んだ科学的理解を持っていました。

 

これらは長い年月をかけて発展し人類に多大な影響を与えました。

 

身近なもので、陳腐になってしまったものにはどのようなものがあるでしょか?

レコード盤、そろばん、戦艦大和などは明快な例でしょう。

いずれもこれら道具や武器は性能が劣ってしまったので使われなくなりました。

これらの転換を止めることは難しい。

 

逆に転換が困難なものもあります。

フロンガス、洗浄用の有機溶剤、自動車の排ガスなどです。

 

フロンガスはオゾン層を破壊することがわかり、現在、世界が協力して使用制限を行っています。

毒性の強い有機溶剤や排ガスも規制されるようになりました。

これらの規制は、社会の安全性の点からは必要なものでしたが、経済コストとの兼ね合いで、産業界から強い反対がありました。

 

逆の事例もあります。

日本が石炭から石油に転換を図る時、落命の危険がありながらも失業を恐れた労働者側は転換に反対しました。

一方、産業界側は石油の方がコスト的に優位だったこともあり、大きな労働争議となったが、結局、転換が図られました。

これで良かったのですが。

 

 

今の社会の礎となっているもので、大きな発想の転換が必要だったものには何があったでしょうか?

 

土地所有、特許状、株式会社、金本位制などは大きな転機となりました。

 

古くは、部族社会において土地は概ね共有であり私有ではありませんでした。

 

かって特許状の主なものは、王が恣意的に商人などに独占権を与えていたのですが、やがて、画期的な発明に対して国が発明家に独占権を与えるようになりました。

 

以前、事業者は負債を全額返済すべきでしたが、株式会社になると出資金(資本)の範囲だけの返済責務を負うだけになりました。

 

現在の経済と産業の発展は、この三つの要素が機能してこそだと言えます。

 

かつて金本位制は国家経済の安定に不可欠だと考えられていました。

貨幣が金に兌換出来ることで信用が得られ、また国も金保有量に応じた歳出しか出来ず、野放図を抑えることになりました。

現在は、これを放棄することにより経済成長(金融)を比較的自由にコントロール出来るようになりました。

 

我々は個人から国家、世界まで多くの事と決別して来たのです。

 

 

何が問題なのか?

人類と社会はより良くなるために、かつての栄光や習慣的なもの、また危険で害を及ぼす物など使用を止めるようになりました。

 

規模の大きい転換はけっして容易ではなく、あらゆる既得権益層(産業側や労働側など)の抵抗がありました。

また人々の意識転換が必要なものもありました。

 

今、私が問題だと思うのは二つです。

 

一つは原子力産業です。

福島の原発事故被害の甚大さ、東芝の原子力事業の膨大な負債を見れば、これからも国が原子力産業を推し進めてくべきものとは思えません。

これは単純に既得権益層の擁護と惰性から続けているだけに過ぎない。

 

人類が幾度も乗り越えて来た捨てることの英断を、今こそ行うべきです。

 

 

いま一つは、トランプ現象と関わる問題です。

米国が主導して来た野放図なグロ―バル化によって、米国の中間層以下の労働者は仕事を無くして来ました。

 

グローバル化は世界にとって必然であり、国全体として経済的メリットを享受することは明らかです。

しかし、各国の競争力のない産業はやがて衰退する運命にあることも明白です。

この部分が、あたかも自己責任として放置されて来た結果、不満が爆発した。

 

ここに二つの問題があります。

一つは、グローバル化の恩恵が偏在しており、逆にそのしわ寄せが労働者にのしかかり続けていたのです。

つまり所得格差で拡大であり、米国は特に大きくなっています

これは政府サイドの問題です。

 

もう一つは、労働者側の問題です。

誰しも仕事していれば理解出来るはずです。

皆さんは作業方法の変化や、製品と業種の栄枯盛衰を身に染みて感じているはずです。

すべて国任せで、仕事や企業の衰退を補うことは出来ません。

 

やはり、自ら変化や衰退に備えて、自己の革新を日頃から行わなければなりません。

今や米国は、かっての英国病のように、国力の衰退だけでなく、精神的にも衰退しているようです。

 

 

何が大事なのか?

国政でも、個人でも、既成や惰性と決別し、前に向かっていく心意気をもたなくてはいけない。

 

それが出来ない社会は衰退するしかいないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ! 52: トランプの評価を巡って


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不思議なことがある。

大衆はなぜ突如として極端な行動に出るのだろうか?

トランプ大統領の選択がその好例です。

 

不思議なこと

私はトランプに関する本を6冊読んだが、トランプ大統領の評価は混乱している。

 

彼の就任は悪化している米国の現れか、彼の希代の才能ゆえか、それとも何かの間違いか?

我々は彼に期待すべきか、はたまた最悪の事態に備えるべきか?

これは世界にとって吉兆なのか、それとも凶兆なのか?

 

これら相矛盾する評価から、米国社会と世界の混沌が見えて来ます。

 

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相矛盾する評価

 

*トランプ氏に対する評価

意見は大きく二つに分かれる。

 

トランプを高評価する人は、彼は群を抜いた交渉力を持ち、幾多の困難を乗り越えたビジネスマンで、機を見るに敏だと言う。

また彼は自己資金で戦ったので既成勢力と無縁で、正直者だからと期待されている。

 

彼を否定する人は、彼は感情的、ナルシスト、守銭奴だから信用出来ないと言う。

また彼は政治経験がなく、極右で、煽動家だから危険だとされている。

 

 

*トランプ氏が選ばれた背景

概ね以下のように要約できる。

 

幾多の有力候補やヒラリーが嫌われ、投票率が低い背景に、ホワイトハウスへの根深い不信感があり、大衆は既成政治との断絶を求めた。

さらに白人層の危機感と女性蔑視が大きく作用した。

 

彼は大衆の不満(移民、ムスリム、派兵、失業など)を積極的に取り上げ、既成概念に囚われない解決法を示した。

それをデマゴーグと非難するマスコミと他候補に対して、彼は悪態とメール発信でやり込めることが出来た。

 

彼はテレビ番組の人気者であったが、当初、泡沫候補と見られていて、マスコミは興味本位に彼を扱ったことより、露出度が非常に高まった。

マスコミは彼の人気が出てから批判を始めたが、既成勢力と非難され、逆効果となった。

 

他に、米国における闇の支配者などの陰謀説もある。

 

 

*著者たちのトランプ大統領の評価

 

彼をレーガンやエリツインになぞらえ、彼こそが米国で創造的破壊を起こしてくれるとの期待がある。

確かに、他の候補では超富裕層による支配、戦争継続、移民増大、格差拡大が続く可能性がある。

 

当然、危険視する意見もある。

彼のほとんどの解決策はデタラメで、特に経済政策、結局は米国と世界を混乱に陥れる可能性が高いと見られている。

 

結局、ジリ貧になっていく白人層は、溺れる者は藁をも掴む心境のようだ。

日本もこうならないように願いたいのだが。

 

 

様々な疑問

 

A: 経済に創造的破壊は必要だが、大統領が旗を振ってうまく行くのだろうか?

 

歴史的には、イギリスの産業革命などのように、良い創造的破壊が起きる時は、それぞれの利益を代表する集団が交渉し妥協しながら自由裁量権を得て、イノベーションへの意欲が持続する時です。

残念ながら、現状は金権政治(超富裕層による支配)で社会の調整機能が失われているのですが。

 

彼が進める公害防止や金融規制などの緩和・撤廃、また相続税廃止などの富裕層減税は、明らかに弱者を増やすだけで、創造的破壊とは別物です。

 

世界を牽引している米国の情報通信などのイノベーションは政府の関与とは言えない、また移民も大きく関わっている。

 

 

 

B: 大統領に破壊を期待すると、何が起きるか?

 

レーガンの経済政策により、後に米国は双子の赤字と格差拡大で苦しむことになり、日本は円高を飲まされることになった。

 

エリツィンの経済政策により、ロシアはハイパーインフレを起こし経済破綻し、プーチンの独裁を招くことになった。

 

ヒトラーの例は既に述べました。

 

レーガンはインフレを抑制し冷戦終了を導いた、またエリツィンはソ連崩壊と共産経済の低迷からの脱出を導いたと言える。

 

結局、国民は混乱に備え、相当の覚悟が必要です。

 

 

 

C: 大統領に人格や見識は必要ないのだろうか?

 

例えば、彼は数度の倒産にもめげず大富豪に成り得たのだから素晴らしい胆力と能力を持っていると評価される。

見方を替えれば、幾度も借金を踏み倒し、従業員を路頭に迷わせたのだから、無計画で無責任な人間とも言える。

 

実際、彼のビジネス手法には違法まがいが目立ち、また脱税(節税)しているらしい。

はたしてこのような人物に国を任して良いのだろうか。

 

 

D: トランプを期待する心理の不思議。

 

概ねトランプを評価する著者らは共和党寄りのように思える。

彼らは民主党政権には辛辣だが、共和党への悪口がまったくない共通点がある。

逆も真なりですが。

 

例えば、ヒラリーは多額の献金を受け、戦争を拡大させ、裏で汚い事をしていると罵る。

また民主党政権は中東で手を打たなかったから戦火が拡大したと言い、一方でトランプは外国に干渉しないから、世界は平和になるとも言う。

中東を大きく混乱させたのはブッシュ親子だと思うのだが。

 

私は、どっちもどっちで、まだ民主党の方が少しましなように思えるが。

 

また、盛んに陰謀論を唱える福島隆彦は2016年7月出版の本で、ロックフェラーがトランプに決めたと自慢げに書いている。注釈1。

キッシンジャーとトランプの娘婿の父親は共にユダヤ系の大物であり、彼らが仲介したと説得的でした。

 

しかしその年の4月の彼の本を見ると、ロックフェラーがヒラリーに決めたと書いていた。注釈2.

 

陰謀論は読んでいてワクワクするが、少し考えれば腑に落ちないことが見えてくる。

 

 

まとめ

やはり、米国は病んでいる。

米国主導のグローバリズムによって世界も病んでいる。

グローバリズムが悪いわけでは無いが、自由放任が悪い。

 

いつしか、既得権益層が社会を牛耳り、格差拡大が蔓延し、大衆の団結を防ぐ為に疑心暗鬼が煽られ、分断が深まった。

そして社会を変えられない大衆が焦り、そしてポピュリズムによる大きな左右への揺れが起きた。

 

この状況は、帝国主義やファシズムを生み出した社会と酷似しているように思えるのだが。

この時も、ナショナリズムと保護主義が世界に蔓延して行き、2度の大戦へと繋がった、

 

皆さん、どうか自分の身を守る術を考えておいてください。

 

 

 

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参考文献の紹介

*「トランプがはじめた21世紀の南北戦争: アメリカ大統領選2016 」

渡辺由佳里著、2017年1月刊。

 

彼女は米国で長年暮らしているジャーナリスト。

この度の大統領選の集会などを直に取材し、市民の眼からレポートしている。

トランプを支持する人々(主に白人)の実態が良く伝わってくる。

彼女はヒラリー寄りで、リベラル派の惨敗に気落ちしている。

 

 

*「トランプ政権でこうなる! 日本経済 」

岩崎博充著、2016年12月刊。

 

彼は日本在住の経済ジャーナリスト。

この大統領選挙を取材ではなく資料や本から分析しているようです。

トランプが選ばれた背景を妥当な情報で分かりやすく解説している。

私の感じでは、中立的な立場で、トランプ政権の今後を占っている。

彼はトランプによって災いが起きることを恐れている。

 

 

*「なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか? 」

佐藤 則男著、2015年11月刊。

 

彼はニューヨーク在住40年を超えるジャーナリスト。

書かれたのが序盤戦(予備選)の時期なので切実感はないが、米国大統領選の裏表を見せてくれる。

また序盤でのトランプへの悪評とヒラリーへの嫌悪感がよく伝わってくる。

彼は共和党寄りです。

 

 

*「トランプ大統領とアメリカの真実」

副島隆彦著、2016年7月刊。

 

彼はアメリカ政治思想研究の第一人者と自称している。

大統領選が混沌としている中で、早々とトランプで決まりと発言している。

本は読んでいて面白い。

米国の政治思想史や支配層の人脈を縦横に駆使しながら大統領選を鮮やかに分析している。

陰謀説で、踏み込んで断定する割には、2017年2月20現在において、多くが外れている。

極端で眉唾ものと思って読む分にはよい。

なぜか、この手の本はアマゾンでは評価が高い・・・。

 

 

*「『闇の支配者』最後の日々」

ベンジャミン・フルフォード著、2016年4月刊。

 

彼はカナダ出身のジャーナリストで日本に帰化。

この本ではトランプは扱われていませんが、米国の裏側を知りたいと思って読みました。

日本、米国、世界を股にかける闇の支配者が出て来ます。

私には、真贋を検証する力がありませんので、途中で放棄しました。

これもアマゾンでは評価が高い・・・。

 

 

*「トランプ・シフト これからの世界経済に備える14のこと」

塚口直史著、2016年12月刊。

 

彼は大成功しているヘッジファンドマネージャーで、世界の政治史にも見識がある。

この本は、トランプ後の世界の経済・金融を理解するには必見です。

経済用語が出て来て読みづらいところはあるが、読めば世界の現状と混乱の広がる様子を知ることが出来ます。

日本のアベノミクス、日銀政策についても明快な判定を下しています。

 

彼は、現実に大きな資金を運用する立場にある為、この危機にあって、今は様子待ち(手元流動性を高め)を行い、しっかりと備えるべきと警鐘を鳴らしています。

 

私がトランプの次に恐れているのは、中国経済の崩壊ですが、これがトランプによって更に悪化するかもしれない。

世界の悲運は、政府の些細な判断ミスや外交ミスの積み重ねで訪れるものです。

 

これで終わります。

 

 

注釈1

既述の「トランプ大統領とアメリカの真実」

 

 

注釈2

「マイナス金利「税」で凍りつく日本経済」副島 隆彦 著。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 51: 忠犬の何が悪いのか?


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日本の未来は安倍首相の肩にかかっている。
去年まで、日本の政治は規定路線の延長から右旋回を始めたぐらいに思えた。
しかし、今回の日米首脳会談で、ある恐れが現実のものになった。

 
何が恐ろしいのか?
アベノミクスは変化があっても、せいぜいバブルの後に、より深い経済と財政の悪化を招くだけでしょう。
それは欧米の長年の悪戦苦闘の結果を見ればわかります。
それを遅れて真似ただけなのですから。

私が最も恐れるのは日本の安全保障です。
ここで二つの視点があります。

一つは、アジア大陸からの侵略です。
仮に中国や北朝鮮、ロシアが攻めて来た場合、まして核弾頭が撃ち込まれれば一たまりもありません。注釈1.
米国が後ろ盾になっていれば安心と思うのも無理はありません。

一方で、大戦後を振り返ればあることに気付きます。
戦争は核弾頭によるものではなくて、大国の周辺で果てしなき代理戦争が行われたことです。

ここで問題になるのは、日本の立位置です。
米国と敵対するのは危険ですが、さりとて、かつて侵略した中国と敵対するのも危険です。
やはり、ここはEUのように米国から一歩引いて民主主義と平和を守る自由主義圏の同胞として付き合うのが無難でしょう。

最大の問題は別にあります。
それは米国への従属です。
これは今までも議論されて来ましたが、今回、その懸念は現実のものとなった。

米国への従属がなぜ悪いのでしょうか?
中東やベトナム、アフガンの紛争を見ていると、米国は現地に親米政権(傀儡政権)を作り、望んでいたとまでは言えないが、代理戦争の一方の旗頭に祭り上げ、その結果、国民はどん底に叩き落された。
始めは米兵が世界の正義のために血を流してくれていたのですが、徐々に様変わりし、現在、現地は最新兵器の償却の場となった観がある。
歴史的に見て、欧米は異民族、異教徒を最後には利用するだけになった場合が多い。

 

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日本は米国の属国になったのか?
これが問題です。
簡単に言えば、米国に操られ、言いなりになり、挙句は捨て駒になってしまうことが悲しいのです。

実は、私はこの手の情報を様々な本から知る機会があっても、今まで確証はなかった。
しかし、今は確信に近いものがあり、放置すると危険であり、早急に手を打つべきと考えます。

安倍政権になってからの米国寄りの姿勢、ましてや今回の首相の訪米を見ていると、露骨な米国追従です。
トランプ氏の発言を聞く限り、大方のEU首脳の反応こそが世界の平和と安全には正しいと思います。

しかし、今の日本はやわな指摘では済まされない状況にある。

特定秘密保護法や共謀罪の強引な成立には裏があったのです。
この一連の法整備には違和感があった。
かつての治安維持法の恐ろしさを知っていれば、強行採決など出来なかったはずです。

実は、これは米国から日本への指示だったのです。
小笠原みどり著「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」2016年11月刊(p90)でスノーデンが暴露しています。

彼は米国のアメリカ国家安全保障局 (NSA) および中央情報局 (CIA) の優秀な元局員で、横田基地のNSAでも業務していた。
彼は米国の悪辣な諜報行為、米国民だけでなく同盟諸国すら盗聴し監視する体制の底なしの闇に恐怖と怒りを持った。
最初、彼は長官に事実の公表を求めたが、否定されたので暴露せざるを得なくなった。

私はグリーンウォルド著「暴露:スノーデンが私に託したファイル」も読んでいますが、彼の米国を想い、将来を憂う真摯な態度に感銘を受けた。

一方、日本はこのように扱われても米国に対して全く異論を唱えない。
当然、防諜対策も米国への逆の諜報活動もしない。
実に今の日本政府は従順な忠犬というところでしょうか。

 

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忠犬のどこが悪いのか?
きっとこんな指摘をする人がいるはずです。

実は、忠犬が悪いのでは無く、国民が知らない内に米国に操られていることなのです。

例えば、米情報機関は電話やメールをすべて盗聴しているので、政府にとって都合の悪い官僚や政治家の秘密を握り、マスコミに情報を流して、簡単に追い落とすことが出来ました。
現実に、米国ではベトナム戦争反対派の封じ込めなどの常套手段でした。

当然、日本でも行われており、確証とまでは言えませんが、野党や中国寄りの政治家などの追い落としは孫崎享著「戦後史の正体」で指摘されています。
日本での米情報機関による大々的な盗聴は揺るがない事実ですが、日本政府が何処まで積極的に追従しているかは闇の中です。

これを陰謀説と一笑に付することも出来ますが、ロシアのKGB出身のプーチン大統領、かつての東欧共産圏の監視社会などを思い起こせば、空恐ろしくなるはずです。
これは世界各国の政治史、宮廷ドラマではありふれた謀略に過ぎない。

米国の監視社会は世界にとっても危険の極みにあり、他山の石ではない。

 

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結論
日本は米国への盲従を止め、少なくとも米国の監視下から脱して、EUの首脳並みの態度が取れるように方向を修正すべきです。
放置すれば、やがて大陸の境界に位置する日本列島は代理戦争の大きな災厄に見舞われるでしょう。

どうか、歴史を自力で確認し、何が真実かを見極めて頂きたい。

唯々、祈るばかりです。
「南無阿弥陀仏、アーメン、アッラー・・・」

 

 

注釈1.
迎撃ミサイルによる防御には限界があり、非現実的です。
このことは他の記事で幾度も解説しています。
実際問題、米ソの核開発競争を振り返れば、答えが無くて、その結果、核弾頭の廃棄物が山のように溜まっただけでした。

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Bring peace to the Middle East! 68: Why was it exhausted ? 6: The period background of imperialism 1


中東に平和を! 68: なぜ疲弊したのか 6: 帝国主義の時代背景 1

 

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We have seen who has scattered the disaster to the world until now.
It seemed like ordinary people fascinated by demons.
However, this eventually will push our world into the mire.

これまで誰が世界に災厄を撒き散らしたのかを見て来ました。
それは悪魔に魅入られた普通の人々のように思える。
しかし、このことがやがて世界を泥沼に突き落とすことになる。

 

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< 2. colonial countries that were once controlled by Western Europe >
< 2. かつてヨーロッパの植民地だった国 >

 

Introduction
Later, we see that the imperialism which colonized almost all countries of this earth was deeply involved in the confusion and conflicts of present developing countries.
But before that, there is something we need to confirm.

That is to say, why was the imperialism that was selfish, violent and ruthless done by the people.
Why did the people do the inhumane exploitation?
Why could the people be cruel to indigenous people?
This was at most half a century ago.

Until now, we’ve looked at some cases, but people easily sacrifice other people.
If the imperialism was done by not so much demon but consensus of ordinary people, even now, their minds do not change, it may be a possibility of repeating easily.

 

はじめに
後に、地球上のほぼすべての国を植民地化した帝国主義が、現在の発展途上国の混迷と止まない紛争に深く関わっていることを見ます。
しかし、その前に確認したいことがあります。

それは身勝手で、暴力的で、無慈悲であった帝国主義がなぜ行われたのかと言うことです。
なぜ人々は人道に反する搾取を行ったのか?
またなぜ人々は先住民に対してあれほど残虐になれたのか?
これはたかだか半世紀前のことです。

今まで、事例を見て来ましたが、人々はいとも簡単に他者を犠牲にします。
もし、帝国主義が悪魔ではなく普通の人々の総意で行われていたとしたら。
今でも、その心性は変わらず、容易に繰り返す可能性があるかもしれません。

 

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What is the imperialism?
It is a policy to make other country a colony and dependent country by military power.
Although there was an expansionism and conquestism from a long time ago, especially it refers to the policy done by nations that became a monopoly capitalism stage since the end of the 19th century.
It began with the African division of Western Europe and then spread to the world.

The essential point is like that, but strangely the opinion of historians about it has divided.
The imperialism is an undeniable fact, but they can not identify its motive.
It is largely divided into three opinions. Annotation 1.

A: A capitalist state developed through the industrial revolution was seeking many export destinations for not only goods but also excessive capital to the world.

B: At that time, economic depression repeatedly had occurred, income disparity was bigger than now, the dissatisfaction was accumulating in the countries.
In addition, the reversal of economic power was occurring among countries having many colonies (Britain) and countries no having it (Germany).
Thus, the Western European countries tried to divert the public’s dissatisfaction by making an advance outside the area, and it became a competition.

C: The imperialism progressed sequentially by the interaction between the ruling side and the colonial side, and the factors differed from region to region.
In addition to the two above-mentioned reasons, the major factors were for recovering the losses due to prohibition of a slave trade, and the resistance and looting in the locale against the Westerners’ residents and immigrants.
After all, it was tangled with the past Western intervention, and it headed for further intervention.

In other words, rather than that the imperialism was initiated for a purpose, it can be said that it occurred as a result of various factors overlapping.

 
帝国主義とは何か

軍事力で他国を植民地や従属国にする政策。
古くから膨張主義や征服主義はあったが、特に19世紀末以降、独占資本主義段階に至った国家が行った政策を指す。
これは西欧のアフリカ分割から始まり、その後、世界に蔓延していった。

要点はこうなるが、不思議なことに歴史学者の意見が分かれている。
帝国主義の事実は動かせないのですが、その動機を確定出来ないのです。
大きく三つに分かれています。注釈1.

A: 産業革命を経て発展した資本主義国家は、商品だけでなく過剰な資本の輸出先を世界に求めていた。

B: 当時、恐慌が繰り返し発生し、今より所得格差は大きく、国内に不満が鬱積していた。
また植民地を多く持つ国(英国など)とそうでない国(ドイツ)で経済力の逆転が起こりつつあった。
こうして西欧諸国は、域外に進出することで国民の不満をそらそうとし、競争することにもなった。

C: 帝国主義は支配側と植民地側との相互作用で順次進行し、地域ごとで要因が異なる。
主要な要因としては、上記二つの理由に加えて、奴隷貿易の禁止による損失挽回の動き、西欧人の居留民や移民に対する現地の抵抗や略奪などがある。
これにしても、以前からの西欧の介入で紛糾し、さらなる介入を招いたことになる。

つまり、帝国主義は目的を持って始められたと言うよりは、対立国との競争、国内の不満回避、植民地との紛争を巡って、いつしか泥沼に突き進んだしまったと言える。

 

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Something seen from a misunderstanding
There are persons who say that the former action is not exploitation against East Asia because the Empire of Japan made huge investments (dam and railroad) for it.

Actually, the imperialist countries of the Western Europe came to have large loss due to deployment of troops and investment in the locale, and the people disliked it in the late stage.
Even so, the governments continued to take the policy for securing the colonial security and prestige of the state.

Similarly in Japan, the people amassed a huge debt (foreign bonds) for the war, lost everything in the defeat, and had to keep returning the foreign bonds even after the war.

In other words, in the time of the imperialism, it expanded because there were people got profit even though the government and the people were suffering.

 

This continues to the next time.

 
誤解の先に見えるもの
かつて大日本帝国は東アジアに莫大な投資(ダム、鉄道など)をしたのだから、搾取ではないと言う人がいる。

実は、西欧の帝国主義国家も軍隊派遣や現地への投資で、政府としては損失が大きく、末期には国民に嫌われていた。
それでも植民地の安全確保や国家の威信の為に続行された。

日本も同様で、戦争の為に莫大な借金(外債)を行い、敗戦ですべてを失っただけでなく、戦後も外債を返却し続けなければならなかった。

つまり、帝国主義の時代、政府と国民は苦しんでいても、利を得る存在があるからこそ拡大していったのです。
次回に続きます。

 
注釈1.
この説明は主に「講座/世界史5 強者の論理/帝国主義の時代」p.44を参考にしています。

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 32: ワルシャワ2


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今日は、快晴の旧市街を紹介します。

前回紹介した早朝歩いた場所と幾分重なりますが、ガイドの説明を聞くと印象はがらっと変わりました。

 

 

 

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< 2. 地図 >

 

上の地図: 早朝歩いたルートです。上が東側です。

緑線が行きのルートで、青線が行きと異なる帰りのル-トです。

緑字のSはホテルで、赤字のSはツアーの徒歩観光の起点です。

赤字のDは城壁で囲まれた旧市街の中心に位置するマーケット・プレイスです。

上の川はポーランド最長のヴィスワ川です。

 

中央の地図: ツアーの徒歩観光のルートです。上が東側です。

S:起点。 A:ワルシャワ・ゲットの記念碑。 B: キュリー博物館。 C:城門バルバカン。 D: 旧市街のマーケット・プレイス。 E: 展望台。 F:聖ヨハネ大聖堂。

 

下の地図: ポーランドとワルシャワを示す。上が北側です。

 

 

 

3

< 3. クランシスキ宮殿とワルシャワ蜂起記念碑 >

 

上の写真: 左にクランシスキ宮殿、右に最高裁判所。

 

下の写真: 最高裁判所の前のワルシャワ蜂起記念碑。

ワルシャワ蜂起については後で解説します。

地図のS地点から撮影。

 

 

 

 

 

4

< 4. ワルシャワ・ゲットの記念碑 >

 

上の写真: 最高裁判所の横。

 

下の写真: ワルシャワ・ゲットの境界跡と記念碑。

地図のA地点で撮影。

ワルシャワ・ゲットの解説は次回行います。

 

 

 

 

5

< 5. 新市街 >

 

上の写真: 北側を見ている。

地図のB地点で撮影。

すぐ右手の白い建物はキュリー博物館です。

彼女は放射能の研究で最初のノーベル賞をもらった。

彼女はここで生まれ、青春時代を過ごし、学業と研究の為にポーランドを出てパリに移り住んだ。

当時、ポーランドは帝政ロシアに併合されており、教育者だった両親ら知識層は行動を制約されていた。

 

下の写真: 南側を見ている。

ここを真っすぐ行くと旧市街の城門に至る。

 

 

 

6

< 6. 旧市街の城門 >

 

上の写真: 旧市街の城門バルバカン。

最初は16世紀に造られたが、第二次世界大戦で破壊され、1952年に17世紀の様式で再現された。

地図のC地点で撮影。

 

下の写真: 旧市街の広場に向かう通路。

 

 

 

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< 7.マーケット・プレイス  >

 

上下の写真: マーケット・プレイス。

18世紀末までワルシャワの中心でした。

1944年のワルシャワ蜂起に対するドイツ軍の報復で完全に破壊されたが、1950年代に再建された。

地図のD地点で撮影。

 

 

 

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< 8. 旧市街のたたずまい >

 

上の写真: ハトが青空に舞い上がる。

この地は幾度も強国ロシア(ソ連)とドイツに交互に、または同時に蹂躙されて来た。

今度こそは平和が長く続きますように祈ります。

 

下左の写真: これは何の変哲もない古い民家の門に見えるのですが、再建時、瓦礫となった石材や美術記録など頼りに忠実に再現されたものです。

戦火の傷跡が生々しい。

 

下左の写真: 屋根に取り付けられたドラゴン。

 

 

 

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< 9. 展望台 >

 

上の写真: マーケット・プレイスの裏手にある展望台からヴィスワ川を望む。

地図のE地点で撮影。

 

中央の写真: 展望台から聖ヨハネ大聖堂の裏手に行く途中。

バルコニーの支えの部分に銃弾の跡が見える。

これはワルシャワ蜂起の激戦の痕跡です。

 

下の写真: 聖ヨハネ大聖堂の裏手。

地図のF地点付近。

 

 

 

 

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< 10. 聖ヨハネ大聖堂周辺 >

 

上左の写真: 右のレンガ建築が聖ヨハネ大聖堂の側壁です。

塔の下のトンネルを抜けると聖ヨハネ大聖堂の正面の通路に出ます。

地図のF地点付近。

 

上右の写真: 指さしているのはポーランド抵抗の印です。

上述のトンネルの中ほどにありました。

至る所に見られます。

 

下の写真: 上述の聖ヨハネ大聖堂の側壁に埋め込まれた軽戦車のキャタピラ。

ワルシャワ蜂起のものです。

 

 

 

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< 11. 聖ヨハネ大聖堂の正面 >

 

すぐ右が聖ヨハネ大聖堂の正面です。

この通路を行くとマーケット・プレイスに出ます。

地図のF地点付近。

 

 

 

ワルシャワ蜂起

第二次大戦末期に起こったポーランド地下軍とワルシャワ市民によるドイツ占領軍に対する蜂起。

ソ連軍によるワルシャワ解放が目前と思われた1944年7月下旬に一斉蜂起した。

8月1日、ほとんどの市民が蜂起に参加し市の中心部が解放された。

ソ連は進軍するかに見えたが、ヴィスワ川対岸で停止して、いっさいの援助をしなかった。

ようやく9月10日以降、ポーランド人部隊の渡河作戦を許したが、蜂起を救うには遅すぎた。

孤立した蜂起軍と市民はドイツ軍によって徹底的に全市を破壊され20万の死者を出した。

ついにワルシャワ蜂起は10月2日の降伏で無惨に終わった。

 

この時のソ連(スターリンがトップ)の行動は、反ソ感情の強いポーランドが衰弱してから占領する方が得策と考えたからでした。

 

 

 

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< 12. ワルシャワ蜂起 >

 

A: 赤枠はポーランド地下軍が蜂起した場所。

黒の四角は私達のホテル、黒の円枠は旧市街の城壁。

 

B: ドイツ軍が占領しているビルを銃撃するポーランド兵士。

 

C: ワルシャワ蜂起62周年の再現シーン。

 

D: 当時の若いポーランド兵士。

 

E: 旧市街で戦うポーランド兵士。

写真9や10で見た戦闘の傷跡はこの時のものです。

 

F: ドイツ軍によって破壊され炎上する旧市街。

 

G: 完全に破壊されたワルシャワ。

 

 

現在のワルシャワの人はこの蜂起をどのように見ているのだろうか?

直接、一人のポーランド女性と日本語で話すことが出来ましたので、質疑を要約します。

 

質問1:

「皆さんはドイツとロシアについてどう思っているのでしょうか?」

 

答え:

「ポーランド人にとって両国は長年の侵略国であるが、ロシアを嫌っています。

ドイツは戦後、謝罪したが、ロシアはその事実を否定しているからです。」

 

参考:

<カチンの森事件>不誠実な一例として。

1940年、ソ連軍はポーランド侵攻時、ポーランド将兵らの捕虜を2万人以上銃殺した。

ソ連は事件発覚後もドイツの犯行としていたが、ゴルバチョフが再調査し、1990年、事実を認め遺憾の意を示した。

 

 

質問2:

「皆さんはワルシャワ蜂起をどう見ているのですか?」

 

答え:

「毎年、議論されているが評価が分かれています。

 

悪いとする意見

将来ある多くのインテリゲンチャが若死にし、生き残った青年では将来を担うには力不足であった。

また関係のない多くの人が巻き添えになって死んだ。

 

良いとする意見

戦う伝説が作られた。

人々は、これからも他国の理不尽に対し戦う勇気を持つことが出来るだろう。」

 

 

私の感想

リトアニアでも同様でしたが、大国の侵略に対し蜂起したことに自画自賛だけで終わらない姿勢が素晴らしい。

 

ワルシャワ蜂起は、結局、ソ連に支配され続けただけなので、私には無駄死に思える。

しかし、今回巡って来た東欧四ヵ国の異民族支配への強い抵抗に、私は想像以上の篤い想いを見た。

だからと言って、私達日本人は経験したことのないこの想いをたやすく理解出来るとは思えない。

 

私達が、この想いを少しでも理解しょうとするなら、他国を戦争で侵略した後に取るべき態度とは何かが自ずと解るはずです。

それはこの女性が言った「謝罪したドイツを許している」からも明白です。

 

残念ながら日本は島国で平和に暮らして来たことが、他者への理解で災いしているように思える。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 63: Why was it exhausted ? 1: Introduction


中東に平和を! 63: なぜ疲弊したのか 1 :はじめに

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*1
From now on, we are going to pursue the troublesome problems related not only to the Middle East but also to the world.
It is about many societies that had to be exhausted.

これから中東だけでなく世界に関わる厄介な問題を追います。
それは疲弊せざるを得なかった多くの社会のことです。

 

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*2

 

Introduction
We have seen the conflict of the Middle East until now and if keeping track of its origin and background, you must notice the tremendous darkness.
Many people seem to know it, but actually don’t know it.

About ten years ago, I have asked three men about some conflicts.

Question 1, “Why are there many civil wars in Africa?”

The answer, “I am sure the reason is because each tribe is blocked by jungle.”

Question 2, “Why are there less conflicts in Southeast Asia (Continent)?”

The answer, “I think it is because each country is blocked by several mountain ranges.”

Question 3, “Do you think it was good that the Cold War ended?”

The answer, ” The world got worse. The world was peaceful because the United States and the Soviet Union were facing each other, but the civil wars began to occur in various places since then.”

Those who answered were ordinary men, but I think their social consciousness was somewhat high.
What do you think of their answers?
It seems to be like certainly true.
At that time, in the process of looking for the answer, I felt a little query about the answers, but I could not deny it.

After all, it is necessary to know the truth to understand the problems of the Middle East.

 
はじめに
今まで中東の紛争を見て来ましたが、その起源や背景を追って行くと、途方もない闇に気付くことになります。
多くの方は、このことを知っているようで知らない。

十年ほど前、私は身近な三人に紛争について質問したことがあります。

質問1 「なぜアフリカに内戦が多いのでしょうか?」

答え 「それは各部族がジャングルで遮らているからに決まっている。」

質問2 「東南アジア(大陸部)はなぜ紛争が少ないのでしょうか?」

答え 「それは各国が幾つもの山脈によって遮られているからだと思う。」

質問3 「冷戦が終わって良かったと思いますか?」

答え 「悪くなった。米ソが睨み合っているからこそ世界は平和だったのに、タガが外れたから各地で内戦が起きたではないか。」

答えた方は一般の人ですが、社会意識は若干高いと思います。
皆さんはこの答えをどう思いますか。
一理あるようにも思えますね。
当時、私は答えを模索中で、この答えに疑問を持ったのですが否定出来なかった。

やはり中東問題を理解するには真実を知る必要があります。

 

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*3

 
What does it mean to know this truth?
There are three stages.

A: There are structural factors that certain society (nation) continues to be exhausted.

B: Many of its origins occurred by external pressure.

C: Everyone else is indifferent to the external pressure.

You can consider two examples.

Case 1
A large earthquake hit an island and half of the houses collapsed.
On the other hand, the fields and the fishing ground were safe.
All residents were able to help each other, receive assistance from nearby islands, and the island returned to normal living.

Case 2
A gold mine was discovered on an island, and eventually struggle began.
A continental merchant who knew it sold the islanders weapons and the battle became decisive.
This winner and the merchant gained wealth.
Later, when a massive earthquake struck the island, nobody helped each other, and it turned into a battlefield again.

This simple cases illustrates the mentioned three stages.
I think you roughly understand about the stage A and B.
I think it is difficult to understand the stage C.
The problem is to say that people of the continent do not know the acts of the merchant and are indifferent about it.
But actually, the people of the continent indirectly got the economic benefit, and the islanders were holding a grudge against it.

 

この真実を知るとは、どのような事なのか?
三つの段階があります。

A 社会(国家)が疲弊し続ける構造的要因がある。

B その起源の多くは外圧によって起こった。

C 他者はその外圧に無頓着である。

二つの例で考えてみます。

事例1
ある島を大地震が襲い、家屋の半分は倒壊した。
一方、田畑や漁場は無事だった。
住民は助け合い、近隣の島からも援助を受けて、やがて島は平常の暮らしに戻った。

事例2
ある島で金鉱が発見され、やがていがみ合いが始まった。
それを知った大陸の商人が武器を売り、勝敗は決した。
この勝者と商人は富を得た。
その後、大地震が島を襲った時、誰も助ける者はなく、また戦場と化した。

この単純な事例は前述の三つの段階を説明しています。
段階AとBについては雰囲気が分かっていただけると思います。
段階Cは分かり難いと思います。
問題は、その商人の行為を大陸の人は知ることもなく、無頓着だと言うことです。
実は、大陸の人は間接的に経済的に潤い、かつ島の人からは恨まれているのです。

 

4pos
*4

 

What I want to clear
From now on, we pursue the disasters brought by colonization (imperialism) for centuries and the Cold War for half a century.
Countries that didn’t suffer this disaster doesn’t seem to exceed 10 among 200 countries.
The important point is not the hugeness of the casualties and deprivation but what reason a lot of societies had to continue to be exhausted.

Unless we can understand this, human beings deepens the breakup, and there is a possibility of entering the century of war again.

My way of doing deals with some representative facts and will summarize its structure.

This continues the next time.

 
これから明らかにすること
これから私達は、数百年間の植民地化(帝国主義)と半世紀の冷戦がもたらした災いを追います。
この災いを受けなかったのは世界200国中、10カ国を越えないでしょう。
重視すべきは、死傷者や収奪の甚大さではなく、どのようして多くの社会が疲弊し続けることになったかと言うことです。

これを理解できない限り、人類は分裂を深める、再び戦争の世紀に突入する可能性があるからです。

進め方は、幾つかの代表的な事実を扱い、その構造を概括することになります。
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 62: Religion and Politics 2


中東に平和を! 62: 宗教と政治 2

1ko

*1

 
Last time, we thought about religion and politics.
We think about contemporary relationship between religion and law this time.

前回、宗教と政治について考えました。
今回は現代の宗教と法の関係について考えます。

 

2binrada

*2

 

About Holy War (Jihad)
The problem that we are most concerned about the Islam of the Middle East seems to be jihad.

Extremism advocating jihad is abnormal beliefs from a standpoint of moderate beliefs being the overwhelming majority of Muslim.
However, the extremism (rigorism) continues to live historically, and then is in Saudi Arabia now.
Although, biased beliefs such as fundamentalism are also in other religions.

What is the problem?
First of all, currently, it is to admonish the jihad ( fatwa for starting an armed struggle) very easily.
Furthermore, there is no end to the number of men who participate in it with indignation and support it.
In the past, there were many cases that voluntary armies contributed in the world, but the current state of the Middle East is a lawlessness without controlling, and the some groups may be a group of thieves.

 

聖戦(ジハード)について
私達が中東のイスラム教で一番気になる問題はジハードでしょう。

ジハードを唱える過激思想は、穏健なムスリム全体から見れば異常なものです。
しかし、過激思想(厳格派)は歴史上も、現在のサウジアラビアにも生き続けています。
もっとも、他の宗教でも原理主義など偏向した思想は存在します。

何が問題なのでしょうか。
先ず、現在、ジハード(武力闘争開始のファトワー)がいとも簡単に発せられていることです。
さらに、それに義憤を感じて参加する人、また支援する組織が後を絶たないことです。
かつて世界には義勇軍が貢献した例は多々ありますが、中東の現状は統率なしの無法状態で、盗賊団になり下がている場合もある。

 

3abu

<3. Father of liberation of Algeria >
< 3. アルジェリア解放の父 >

Jihad is one of the obligations for Muslim, and means “effort” and “struggle”.
Once, it was declared at a defense of their community and an attack on enemy, and it is something they can’t do without.
However, the current jihads only expand many conflicts and deepen cracks between people.

The problem is not interpretation of the jihad (holy war) or the extremism beliefs.
The essence is “Islamic law can not punish jihad involving violence as a crime”.
Looking back on legal history of the world, most society has been advancing the concept of justice in time with the change, and unifying it in time with the unity of countries.
Then, people has been creating a social system for achieving the justice.
In conclusion, it is necessary to move away from the Islamic law to go to the national law.
In other words, the society has to be controlled by a legal system built by a democratic regime (separation of the three branches of government),
ジハードはムスリムにとって「努力」「奮闘」の意味で義務の一つです。
かつて、共同体の防衛や進攻に際し宣言され、共同体に無くてはならないものでした。
しかし、現状のジハードは紛争を拡大させ、亀裂を深めるだけです。

問題はジハード(聖戦)の解釈や過激思想にあるのではない。
本質は「イスラム法では暴力を伴うジハードを犯罪として処罰出来ない」ことにあると考えます。
世界の法制史を振り返ると、社会は発展と統合に合わせて正義の概念を変え、かつ統一し、それを実現する社会体制を造り挙げて来たのです。

結論を言うと、イスラム法から国法への脱皮、つまり民主的な政体(三権分立)で築かれた法制度に社会を委ねることです。

 

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< 4. Radhabinod Pal >
< 4. パール判事 >

Indian Pearl Judge who advocated Japan’s innocence in the Tokyo Tribunal of War Criminals said as below.

“The law is a dynamic human force that allows to survive our human society”

He said that the law must express “truth” (Hindu law), but to keep the social order, and it is essential that humans continue to improve the law.

There is a possibility that current Islamic legal system(the relationship between Sharia and national law)can not adapt successfully to real society.
Especially as for violence involving people in conflict, it is necessary to apply strict law, and it can’t be said that it is merely the difference of interpretation.
For this purpose, people have got to consolidate the democratic administrative body that has a consistent legislation, judicature, and section getting tough on crime.

This is a secular politics.

However, it may not be necessary to accomplish this at a stroke.
Even in Iran of a Islamic Republic, the status of women is improving.
I think lots of Ulema widely cooperate and should begin from improving application of jihad.

I start another theme from next time.

 

東京裁判で日本無罪論を唱えたインドのパール判事はこう述べています。

「法は人間社会の存続を可能とする動的な人間力である」注釈1.

彼は、法は「真理」(ヒンドゥー法)を表現しなければならないが、社会秩序を保持する為に、人間が法を改善し続けることこそが必要不可欠と言っている。

現在のイスラム圏の法制度、シャリーアと国法の関係は、現実社会に対応出来なくなっている可能性があります。
特に社会を紛争に巻き込む暴力に対しては、厳格な法の適用が必要で、解釈の違いで済まされないのです。
この為には民主的で一貫性のある立法、裁く司法、犯罪を取り締まる行政が整備されなければならない。

これは政教分離と言えるでしょう。

但し、これを一気呵成に成し遂げるこ必要はないかもしれません。
イスラム共和制のイランでさえ、女性の地位は向上しつつある。
広くウラマーが協力し、ジハードの適用から改善していくべきだと思います。
次回からは別のテーマで始めます。

 
注釈1.
この文は1984年の東京裁判研究会からの引用です。
彼はヒンドゥー法を専攻し、インドの法学部教授や裁判所判事、国連国際法委員長を歴任した。
彼の日本無罪論は、日本に戦争や虐殺に対する責任はあるが、法的に侵略罪を問うことが出来ないと言うものです。

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Bring peace to the Middle East! 45: Now, something I think. 1


中東に平和を! 45: 今、思うこと 1

1

*1

 

I widely have investigated the problems of the Middle East till now.
Here, I marshal the problems and show next evolvement.

 

私は、今まで多方面から中東問題を見て来ました。
ここで、少し問題を整理し、今後の展開を示します。

 

About the problems of the Middle
The most important problem is civil wars and terrorism that keep happening in the Middle East.
Next problem is exhaustion, refugees, and worsening security in whole Middle East.
Furthermore, it is terrorism that keeps happening all over the world by Islamic extremists.
It is a serious problem that enormous casualties, refugees, and destruction of living area by bombing.
However, it doesn’t seem that the problems stop and peace comes.
For us being outsider, the damages will have become familiar objects.

 

On the other hand, Europe and America limit refugees of from the Middle East and regard more and more Muslims with hostility.
I am worrying whether it doesn’t cause further worsening.

 

The situation only gets more serious.

 
中東問題について
やはり一番の問題は、中東で起き続けている内戦とテロです。
次いで、中東全体の疲弊と難民、治安悪化です。
さらにイスラム過激派による世界各地のテロです。
膨大な死傷者や難民、爆撃による生活圏の破壊は甚大です。
しかし、これらが止み平和が来る兆しは見えません。
部外者である私達にとって、この被害も見慣れたものになってしまった。

 

一方、欧米では中東からの難民を制限し、ムスリムへの敵視しが深まっています。
これが更なる悪化を招かないかと心配です。

 

事態は深刻さを増すばかりです。

 

2

*2

 

What an absurd world
At first, I wanted to clarify who worsened the Middle East.
Is there a fault in the Middle East?
Or, is there a fault in Europe and America?

 

In sum, the Middle East became impoverished by the colonization by Ottoman Empire, and by next Empires of Britain and France, and became a undemocratic society.
Furthermore, after World War II, the Britain and the United Nations left a cause of a conflict in Palestine at the time of its withdrawal from the Middle Eastern colony.
After the conflict began, Europe and America, and the Soviet Union supplied a large amount of weapon to both opposing group, for weapon sale and leadership competition in the Cold War and to protect their own interest.
Thus, the war enlarged and came to continue.

 

On the other hand, if the Middle East merged together and cooperated with the world, this situation would not become so terrible.
However, it was approximately impossible because of the aftereffects of the colony times.
The society was divided to prevent people’s solidarity of the nation and a lot of ignorant people was made by the colonial rule like always.
This still continues to bring evil in the world.
In the world, many countries that have an internal trouble and remain stagnant are almost the countries that became the colony once.

 
不条理な世界
私はこの連載を書くにあたって、誰が悪いのかを明らかにしたかった。
中東に非があるのか?
はたまた、欧米に非があるのか?

 

要約すると、オスマントルコ、次いで英仏による植民地化で中東は疲弊し非民主的な社会になってしまった。
さらに第二次世界大戦後、中東植民地からの撤収時、英国と国連はパレスチナに紛争の種を残した。
紛争が始まると、欧米とソ連は権益確保、武器販売と冷戦の覇権争いの為に、敵対する両方に武器を大量供給し、戦場は拡大し継続するようになった。

 

一方で、もし中東が大同団結し、世界と協力していればここまで事態は酷くならなかっただろう。
しかし、これも植民地時代の後遺症の為にほぼ不可能だった。
植民地支配によって、国民の団結を防止するために社会は分断され、また愚民化されたのです。
これは今でも世界に害悪をもたらしている。
世界で内紛を続け低迷している多くの国は、概ね植民地になっていた国です。

 

3
*3

 

Who is bad? Who should take responsibility? 
In simple terms, one that damaged the Middle East is bad, and the responsibility of reviving is clear.
However, ethnic groups to have invaded and countries to have colonized didn’t once achieve appropriate responsibility.

 

Whom should we impose the obligation on to even if it is clear what is bad?
It will be impossible to impose the obligation of 500 years ago on current Turkish people, or impose the obligation of 100 years ago on current people of Britain and France.
By doing this, Spaniard may demand the compensation for damages of 700 years ago to the Middle East.
And, do you impose the obligation on Bush and Blair who bombed Iraq for Iraqi imputed crime?

 

It is hard to say, I think that to forget the grudge as Arab was unlucky is fast road to lucky.
Actually, defeated countries forgot the grudge, and achieved reconstruction by the help of large country of the winner.
In Asia, Vietnam and Japan will be the fine examples.

 

I feel so empty now.

 

This continue the next time.

 
誰が悪いのか? 誰が責任を取るべきか?
単純に考えれば、中東に損害を与えた方が悪く、回復させる責任も明確なはずです。
ところが、過去に侵略した民族や植民地を作った国が応分の責任を果たしたことはない。

 

仮に悪いとしても、誰に責任を取らせば良いのでしょうか?
500年前の責任を現在のトルコ国民に、100年前の責任を現在の英仏国民に、これは無理でしょう。
これを言えば、スペイン人は700年前の損害賠償を中東に請求するかもしれません。
また13年前、無実のイラクを爆撃したブッシュとブレアに責任を取ってもらいますか?

 

言い難いことですが、アラブの人は運が悪かったと諦め、気持ちを切り替えることが幸せへの近道だと思います。
実際、幾つかの敗れた国は過去を水に流し、勝者の大国の援助により復興を果たして来た。
アジアではベトナムと日本がその好例でしょう。

 

まったく空しい気持ちになります。

 
次回に続きます。

 

 

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Bring peace to the Middle East! 44: What is the cause ? 3


中東に平和を! 44: 何が原因か? 3

1

< 1. the Baltic Way joined three Baltic countries in 1989 >
< 1.1989年のバルト三国の人間の鎖 >

 

Last time, I considered the sparks of the Middle East that have caused wars and terrorism frequently.
This time, I investigate causes of the sparks furthermore.

前回、戦争とテロが頻発する中東社会の火種を考察しました。
今回は、さらにその原因を探ります。

 
Preface
In the Middle East, why can’t people join together ?
And why do they shut out the world by themselves?
There are scholars who obstinately insisted that it is a backwardness rooted in Islam.
They have a intention to justify their religion with despising Islam now, as with having despised Judaism once.

 

These causes, sparks, are deeply rooted in former colonial rule and poverty, but I think that these causes can be solved by the Middle East’s own.

 

はじめに
なぜ中東では大同団結が出来ず、自ら世界を閉ざしてしまうのでしょうか?
それをイスラム教に根差す後進性だと強弁する学者もいました。
彼らは、かつてユダヤ教、今はイスラム教を侮蔑することで自分の宗教を正当化すする意図を持っています。

 

これら火種は、かつての植民地支配や困窮が大きく影響しており、根は深いのですが、中東が自ら対処することで解決可能な原因と思われます。

 

2-2
< 2. a village and mosque of Upper Egypt >
< 2.上エジプトの村とモスク >

 
What is the cause to produce the sparks?
I think that three causes are big.

 

A : close nature
The range where people can sympathize is limited to small range such as a village or a tribe.
This tendency is strong in countryside in particular.

 

For example, when the Arab Spring happened in Egypt, the people were positive toward democratization at first, but became conservative after all.

 

In January, 2011, a large-scale demonstration occurred in Egypt by the aftermath of the Arab Spring, and the President Mubarak being a dictator left.
This revolution was mainly triggered by the young of the urban areas.
They demanded democratization and thought that it was the most important to stop military organization return and moneyed election by the local influential person.
However, when the parliamentary elections finished in November, 2011, the Islamic movement scored an emphatic victory as distinct from the pro-democracy movement.
This reason was such political party had not grown up, not only that but also people of countryside returned back to conservative. Annotation 1.

 

It is supposed that this was because people join together only within each village, tribe, and mosque (denomination).

 
火種を作る原因とは何か?
三つの原因が大きいと思います。

 

A: 閉鎖性
人々の共感出来る範囲が村や部族などの小さな範囲に限られている。
特に地方ではこの傾向が強い。

 

例えば、エジプトでアラブの春が起きた時、人々は一度は民主化に前向きになっていたが、結局は保守的になってしまった。

 

2011年1月、アラブの春の余波でエジプトに大規模なデモが発生し、独裁者のムバーラク大統領が辞めた。
これを主に担ったのは都市部の若者で、彼らは民主化を求め、そのためには軍制復帰と地方の有力者による金権選挙の阻止が最重要だと考えていた。
しかし、2011月11月、人民議会選挙が蓋を開けると、民主化勢力ではなくイスラム勢力が圧勝した。
これは政党が育っていない事もあるが、地方が保守に回帰してしまったことが大きい。注釈1.

 

この背景に、人々が村や部族、モスク(宗派)毎にまとまってしまうことが大きいと推測される。

 
B: low literacy rate

 

When the literacy rate being closely related to the above problem rises, the people can share same sense of values in more larger area. Annotation 2.
In addition, more people can adopt many success examples and get universal judgments of all of the world.
Thus, the people can perform a shift to democracy smoothly.

 

The literacy rate of some nations being stable comparatively, such as Turkey, Iran, Tunisia, and Egypt, early had increased relatively among the Middle East. Annotation 3.

 

B: 低い識字率
上記と密接に関わっている識字率が上昇してこそ、人々はより広い地域で価値観を共有出来るようになる。注釈2.
またより多くの人が世界の成功例や普遍的な見識を取り入れることが出来る。
こうして、人々は民主主義への移行をスムーズに行うことが可能になる。

 

安定しているトルコ、イラン、チュニジア、エジプトなどは比較的識字化が早かった。注釈3.

 

3

< 3. Koran >
< 3. コーラン >

 

C: an application of the Islamic law
I think that certain application have a problem.

 

Ulama (Islamic scholars) pronounces a fatwa (proclamation) for each occasion.

 

I understand the importance of having been pronounced the fatwa of jihad by paramount Ulama against invader once. Annotation 4.
However, I feel confused about Osama bin Laden pronounced “kill people of the United States and the ally” as a fatwa.
This problem is that various Muslims have pronounced a fatwa of starting a battle that will embroil the country and a large number of the citizens.
Naturally there are Ulama criticizing the behavior of the Islamic State.

 
C: イスラム法の適用
私は、一部の適用に問題があると考えます。

 

ウラマー(イスラム法学者)はファトワー(布告、裁断)を時に応じて発します。
過去に、最高位のウラマーが侵略者に対してジハードを発したことの重要性は理解します。注釈4.
しかし、ウサーマ・ビン・ラーディンがファトワー「アメリカと同盟国の国民を殺害せよ」を発したことに困惑します。
問題は、国や大勢の市民を巻き添えにする戦闘開始のファトワーを様々なムスリマが発していることにある。
当然、イスラム国の所業を非難するウラマーもいる。

 

In addition, an American Islamic law researcher indicated that the rigorism of Islam grows in strength in certain cases than the moderatism, in his book.
And he explains that most of Islamic extremists were poisoned by it. Annotation 5.

 

What is the problem?
In the Islamic world, the law of the country and religion law that based on the Koran are one in the same.
It should be usually one system of law in one country.
We think that personal rule, creed, and belief are free.
However, if things implicated in violence and armaments become free because of religion creed, the society clearly become conflict situation.
I think Muslims must limit the application of jihad for using violence, establish it as Islamic Sharia law, and it is necessary to disseminate it to Muslims widely.

 

The resolution of these causes can’t possibly be achieved overnight, but there would be not true solution unless doing so.
I ask your forgiveness as a outsider points out the problem.

 

This continues the next time.

 

また米国のイスラム法研究者が、その著書でイスラム教には穏健主義に対して厳格主義が勢力を持つことがあり、過激派はそれに毒されていると言う。注釈5.

 

何が問題なのでしょうか。
イスラム世界は国法とコーランを中心とした宗教法が混然一体となっています。
通常、一つの国には一つの法体系であるべきです。
私達からすれば、個人の規範や信条、信仰は自由であって良いのです。
しかし、暴力や軍事力に関わることまで宗教信条だとして放任すれば、社会は紛争状態になるのは明らかです。
ジハードの暴力的な適用について限定を設け、シャーリア(イジュマーなど)として定め、広くムスリマに周知させる必要があると思います。

 

これら原因は一朝一夕に解決出来ないが、これを放置して真の解決はないと思います。
部外者の私が問題を指摘することをお許しください。
次回に続きます。

 

注釈1.
この間の事情は加藤博・岩崎えり奈共著「現代アラブ社会」に詳しい。
注釈2.
エジプトの15~24歳の識字率は、1976年で51%であったものが、2006年で85%に上昇している。
これがアラブの春を呼び込んだと言える。
しかし、エジプトの地方(上エジプトなど)の文盲率(非識字率)は40%(2006年)を越える所があり、特に高齢者や女性に多い。
エジプト全体で若者の27%が義務教育を修了していない。
上記「現代アラブ社会」より。

これが民主化への阻害要因の一つになっていると考えられる。
注釈3.
この間の事情はエマニュエル・トッド著「アラブ革命はなぜ起きたか」に詳しい。
注釈4.
1830年、フランスがアルジェリアに侵略し始めると、イスラム教の指導者であったアブド・アルカーディールはジハードを宣言し、自ら軍を率いて戦った。
注釈5.
カリード・アブ・エル・ファドル著「イスラムへの誤解を超えて」に詳しい。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 43: What is the cause ? 2


中東に平和を! 43: 何が原因か? 2

 

1

*1

 

We looked at two causes of wars and terrorism that have been frequent in the Middle East last time.
I consider another important cause, sparks, this time.

 

前回、中東で戦争とテロが頻発する二つの原因を見ました。
今回は、もう一つの重要な原因、火種を考察します。

 

2a

*2

Preface
Last time, we looked that the problems of the Middle East became worse like sparks were blasted by strong wind in dry grassy grassland.
These two causes were aftereffects of once colony and the Cold War, and the biggest external cause.
Improvement to and coping with these are necessary, and besides, there is another important thing.
I think the Middle East should improve a cause that is inherent in the Middle East by oneself.
I assumed it “sparks”.
はじめに
前回、乾燥した草原の火種が強風に煽られようにして中東問題は深刻化したことを見ました。
二つの原因とは最大の外因である植民地の後遺症と冷戦でした。
これらへの改善と対処も必要ですが、もう一つ大事なことがあります。
それは中東に内在する原因で、中東自ら対処すべき問題だと思います。
私はそれを火種としました。

 

3

< 3. Scenery of Islamic towns >
< 3.イスラム世界の風景 >
What is the sparks?
In the Middle East, why do conflicts begin everywhere?

 

As for the problem in Palestine, Islam and Judaism strengthen exclusiveness each other and produced hatred and gap, so it is not said that the cause is only unilateral religion.
However, we must notice particular problems in the Middle East when we compare both handling of it.
The main problems are that they can’t merge together, and are to shut out the world by themselves.

 

Internal troubles, coups, and wars in the Middle East that I considered until now
came to worsen through a similar process.
The examples of the conflicts are President Nasser and Moslem Brotherhood (Sunni) in Egypt, President Assad (Alaouite) and Moslem Brotherhood in Syria, and Sunni (the mainstream of President Hussein’s era) and Shiite in Iraq.
Opposition between denominations or for modernization (secularization) is taking place among the same Muslims.

 

Why cannot they solve each other dissatisfaction by talking?
So they must oppose and fight each other.

 

In addition, the Islamic extremists such as the Islamic State are born almost every day, they cooperate each other in some cases, but they smash and absorb each other in most cases.
The numbers may exceed 50 in the Middle East.
They act apart even in this situation.

 
火種とは何か?
なぜ中東では、こうも至るところで抗争が始まってしまうのだろうか?

 

パレスチナ問題では、イスラム教とユダヤ教が互いに排他性を強固にし、憎悪や格差を生んでいたのであって、一方の宗教だけが元凶とは言えない。
しかし、両者の対応を見ていると中東特有の問題が浮かび上がって来ます。
その主なものは彼らが大同団結が出来ないことと、自ら世界を閉ざしていることです。

 

いままで考察した中東の内紛やクーデター、戦争、どれも同じような経緯を辿って、拡大し深刻化しました。
代表的な対立の例は、エジプトでのナセル大統領とムスリム同胞団(スンナ派)、シリアでのアサド大統領(アラウィ派)とムスリム同胞団、イラクでのスンナ派(フセイン大統領時代の主流)とシーア派です。
同じイスラム教徒の中で近代化(世俗派)や宗派間で対立が起きている。

 

なぜ彼らは不満を話し合いで解決出来ず、敵対し暴力に結び付けてしまうのか?

 

またイスラム国などのイスラム過激派は日々生まれ、協力することもあるが、潰し合い吸収されもしている。
その数はゆうに50を越えるのではないだろうか。
ここでもバラバラの動きをしている。

 

4

< 4. November 2015 Paris attacks >
< 4. 2015年のパリ同時多発テロ >

 

Furthermore, terrorism all over the world that the Islamic State performs and was initiated by al-Qaeda only drives Muslims all over the world into a corner surely and is the worst for everyone.
Once, anti-establishment terrorism plunges the leaders of own country into fear to aim to a policy changeover, but is different from it.
What will be different?
For example, three Baltic countries, Korea, and South Africa, in spite of being small countries, achieved the purpose with gaining cooperation of the world, particularly the Europe and America, to get out of the rule of large countries.
The nation-building of Israel is similar to it.
They have asked for understanding to the world and have avoided useless fight by transcending a difference in ideology or religion, and a historic grudge.
Though, it must have been worst condition for the Arab, because Europe and America was once ruler of the colonies and heathen countries.

 

Terrorism of Islamic extremist rightly goes against the times.

 

I think if the Middle East does not try to decrease such sparks, there is not the future of the Middle East.

 

The next time, I consider the cause that they shut out the world and can’t merge together.

 
さらに、アルカイダに始まり、イスラム国が行っている世界各地のテロは、世界のムスリマを確実に窮地に追い込むだけで、誰にとっても最悪です。
かつて反体制側のテロは自国の首脳を恐怖に落とし入れ、政策転換を図る狙いがあったが、これとは異なる。
何が違うのだろうか。

 

ここ1世紀、反体制側や弱小国の中には、世界の良心に訴え、世界を味方に付けて、体制挽回や独立を実現して来たところがある。
例えば、バルト三国や韓国、南アフリカなどは大国の支配から脱却するために、世界、特に欧米先進国の協力を得て小国ながら目的を達した。
イスラエルの建国も、これに似ている。
彼らはイデオロギーや宗教の違い、歴史的な遺恨を横に置いて、世界に理解を求め無駄な戦い避けて来た。
もっとも、アラブにとって欧米は異教徒であり植民地の支配者であったので厳しい条件ではあるのだが。

 

まさにイスラム過激派のテロは時代に逆行している。

 

この火種を減らす努力をする以外に中東に未来はないように思える。

 

次回は、大同団結が出来ず自ら世界を閉ざす原因について考察します。

 

 

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Bring peace to the Middle East! 39: chain of retaliation 7 : the Middle East war


中東に平和を! 39: 報復の連鎖 7 : 中東戦争

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< 1. Palestinian refugees in Syria in 1848 >
< 1.シリアのパレスチナ難民、1848年 >

 

A background of the intifada in the previous description was Palestinian complaint that was due to that their territory had been reduced and ruled over by little and little.
I look back on the four Middle East wars that determined adverse circumstances of Palestine today.

 

前回紹介のインティファーダ(民衆蜂起)の背景に領土をなし崩しに減らされ、支配されていくパレスチナの不満がありました。
今日は、パレスチナの逆境を決定づけた4回の中東戦争を振り返ります。

 

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< 1. The Middle East war >
< 2. 中東戦争 >

 

A: The Israel forces of the first Middle East war.
B: The Egyptian forces of the second Middle East war.
C: The Israeli air forces of the third Middle East war.
D: The Syrian forces of the fourth Middle East war.

 

A: 第1次中東戦争のイスラエル軍。
B: 第2次中東戦争のエジプト軍。
C: 第3次中東戦争のイスラエル空軍。
D: 第4次中東戦争のシリア軍。

 
Summary of the Middle East war
*the first Middle East war, from May, 1948 to March, 1949.
After the British Mandate of Palestine, the Jew declared Nation-building of Israel, but the Arabic countries went to war against them.
The military forces of the Arabic countries was defeated, and they ceased fire by the good offices of the United Nations, but many Palestinians (Arab) became refugees and were robbed of their land.

 

*the second Middle East war, from October, 1956 to March, 1957.
After the Egyptian Revolution overturned an imperial rule, President Nasser declared the nationalization of the Suez Canal.
The U.K. was indignant at this, and confederated with France and Israel.
Then, Israel first invaded and attacked on Sinai Peninsula, and subsequently Britain and France attacked Egypt.
However, the United States announced the immediate withdrawal against this, and led the cease-fire through the United Nations.
By this, Egypt obtained the Suez Canal, and Nasser that alone fought with the three countries was praised as the leader of Arab.

 

*the third Middle East war, from 5 to10 on June, 1967.
The military collisions of Palestine guerrilla and Israel occurred in a row, and tension had escalated in the region.
When Nasser heard that an offensive of Israel would be performed soon, he blockaded a
strait and put Egyptian forces on alert.
And Israel forces started the attack, and Egypt and the Arabic countries defended, but lost big.
By this, Gaza, Sinai Peninsula, Golan Heights of Syria , the West Bank were occupied, and Palestinian refugees increased more.

 
中東戦争のあらまし
*第1次中東戦争、1948年5月~1949年3月。
英国の委任統治終了後、ユダヤ人はイスラエル建国を宣言したが、アラブ諸国はこれに反対し開戦した。
アラブ軍は破れ国連の仲介で停戦したが、多くのパレスチナ人(アラブ人)が難民となりその土地は奪われた。

 

*第2次中東戦争、1956年10月~1957年3月。
王政転覆を果たしたエジプト革命の後、ナセル大統領はスエズ運河の国有化を宣言した。
これに憤慨した英国はフランス、イスラエルと共謀し、先ずイスラエルがシナイ半島に侵攻し、次いで英仏がエジプトを攻撃した。
ところが米国はこれに反対し、国連で即時撤退を主導して停戦となった。
これによりエジプトはスエズを手に入れ、単独で3カ国と戦ったナセルはアラブから盟主と称えられた。

 

*第3次中東戦争、1967年6月5日~10日。
イスラエルとパレスチナ・ゲリラの武力衝突が続発し緊張が高まっていた。
イスラエルの攻勢が近いと知らされたナセルは海峡封鎖を行い警戒態勢を敷いた。
そして、イスラエルは攻撃を開始し、エジプトとアラブ諸国は防戦したが大敗した。
こうしてガザ,シナイ半島,シリアのゴラン高原,ヨルダン川西岸地区は占領され、パレスチナ難民はさらに増加した。

 

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< 3. The result of the third Middle East war >
< 3. 第3次中東戦争の結果 >

 
*the fourth Middle East war, from 6 to 24 on October, 1973.
This time, Egypt (President Sadat) in partnership with Syria made a surprise attack on Israel from both sides.
At the beginning of the war, Egypt and Syria was ascendant, but the Israel forces recovered in the latter half and ceased fire with advantage.
Arabic oil-producing countries united and decided that they perform an oil embargo until Israel withdraws, for applying pressure on the Israel support countries (the first oil crisis).

 

In 1979, Egypt-Israel peace treaty was concluded, and Sinai Peninsula was returned to Egypt.
After this, the full-scale war with Israel and the Arabic countries became a thing of the past.

 

*第4次中東戦争、1973年10月6日~24日。
今度はエジプト(サダト大統領)がシリアと組み、両方からイスラエルに奇襲攻撃を行った。
緒戦はエジプト側らが優勢であったが、イスラエル軍は後半立ち直り有利のうちに停戦した。
この間、アラブ産油国は結束しイスラエルが撤退するまで石油禁輸を行うことを決定し、イスラエル支援国に揺さ振りをかけた(第一次石油危機)。

 

1979年、エジプト・イスラエル平和条約が締結され、シナイ半島がエジプトに返還された。
この後、イスラエルとアラブ諸国との本格的な戦争は無くなった。

 

4

< 4. A change of Israeli territory >
< 4. イスラエルの領土の推移 >

 

A red frame shows a change between the partition plan of the United Nations and after the third Middle East war.

赤枠が国連の分割案と第3次中東戦争の後の変化を示します。

 
What did the Middle East war bring?
The Arabic countries began this war, but they repeated defeat, and left out of the war last.
When it is over, Israel increased territories, Palestinian was shut in Gaza and the West Bank, their freedom was robbed, and colonization was strengthened afterwards.

 

In 1947, before the outbreak of the war, there were Jew 630,000 and Palestinian 1,310,000 in area of British Mandate of Palestine.
But in 1973 of the end of the war, it became Jew 630,000 and Palestinian 1,310,000 in reverse.
And the Jewish territory became 78% of the whole area.
Meanwhile, more than 700000 Palestinians lost houses, and now the refugees that became a total of 5,600,000 are forced to live hand-to-mouth in the autonomous areas of the Palestinians and neighbor countries.
Due to Israeli invasion in Lebanon in addition to it, the Palestinian government (PLO) weakened, and the radicals became widespread.

 
中東戦争は何をもたらしたのか
アラブ諸国がこの戦争を始めたが、敗戦を繰り返し、最後にアラブは手を引いた。
終わって見るとイスラエルは領土を増やし、パレスチナ人はガザとヨルダン川西岸に閉じ込められ自由を奪われ、その後、植民が強化されていくことになる。

 

開戦前の1947年、ユダヤ人63万人、パレスチナ人131万人だったが、終戦の1973年にはそれぞれ285万人、49万人に逆転した。
そしてユダヤ人の領土は、全体の78%になっていた。
その間、70万人以上のパレスチナ人が家を失い、現在総数560万人の難民がパレスチナ自治区と周辺国で耐乏生活を続けている。
その後のイスラエルのレバノン侵攻もあり、パレスチナ政府(PLO)は弱体化し、過激派が横行することにもなった。

 
What made the difference between winning and losing?
At the time of the outbreak of the first Middle East war, the Arabic side was superior as the size of the forces, but, they were just a jumble of militias.
On the other hand, Israel was desperate and bought many weapons abroad while a truces performed by the United Nations.
And they unified chains of command and was able to counterattack.

 

The armaments of Israel were clearly superior to the Arabic side after the second Middle East war.
This is due to economic force of Israel and Jews around the world.
But that’s not all, Israel thoroughly had been supported by Britain and France that had an interest in the Middle East, and the United States during the Cold War.
There may not have been present Israel even though the weapon supply of the U.S. is delayed for a couple of days.
The Soviet Union also supported Egypt and other Arabic countries, but there was a limit, and the Arabic countries were impoverished economically.

 

After the fourth Middle East war, the Arabic countries have opposed to each other, and it was triggered by the Iranian Revolution, petroleum, and some wars caused by the United States.
And they became to avoid the Palestine refugees than helping them.

 
何が勝敗を分けたのか
第1次中東戦争の開戦時、アラブ側は優勢であったが諸隊の寄せ集めに過ぎなかった。
一方、イスラエルは必死であり、国連仲介による休戦の間に海外で兵器調達を行い、指揮系統を統一し反撃することが出来た。

 

第2次中東戦争以降はイスラエルの軍事力はアラブ側より勝っていた。
これは自国と世界中のユダヤの経済力もあるが、中東の権益維持を図る英仏と冷戦中の米国が徹底的にイスラエルを支えたことにある。
もし米国の兵器支給が遅れるだけで、今のイスラエルは無かったかもしれない。
ソ連もエジプトやアラブ側を支援したが限度があり、アラブ諸国は経済的に疲弊していた。

 

第4次中東戦争以降、アラブはイラン革命や石油、米国絡みの戦争で敵対し、パレスチナを助けるよりも難民を避けるようになった。

 
Afterword
When I look at process of the Middle East war, I noticed Israel was very superior in the strategy, leadership and an intelligence-gathering operation.
I am amazed Jew, people without a country for 2000 years, established the nation-building at a dash.

However, on the other hand, I am surprised they are cold-blooded and use an insidious way.
I imagine the end of the North American Indian to Palestinian people.

 

This continues the next time.

 
あとがき
中東戦争の経緯を見ると、作戦指揮においてイスラエルが一枚も二枚も上手で諜報戦にも長けている。
よくぞ、亡国の民が一気に国を立ち上げ、ここまでになるとは驚きです。

 

しかし、その一方で、冷酷で狡猾な手口にも驚く。
私はパレスチナの民に北米インデアンの末路を想像してしまう。

 
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 38: chain of retaliation 6 : the intifada


中東に平和を! 38: 報復の連鎖 6 : インティファーダ

 

1

< 1. The poster in 1990 >
< 1.1990年のポスター >

 

At the time of 2003, Israeli and Palestinian together had pointed out that the intifada caused the aggravation of fighting as I already introduced in this serialization.
Today, I look back on this intifada.

 

2003年当時、既に紹介したようにイスラエルとパレスチナの人々が共に、インティファーダが状況の悪化を招いたと指摘していました。
今日は、このインティファーダを振り返ります。

 

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< 2. Intifada >
< 2.インティファーダ >

 

About the intifada of Palestine
This means two popular uprisings that happened in Palestine against the occupation of Israel.
Israeli and Palestinian caused four Middle East wars and Lebanese War so far.

 

In December of 1987, when a traffic accident happened in Gaza Strip under the occupation by Israel, the public caused the protest movement with stone-throwing and going on strike.
And it expanded to the West Bank.
The intense suppression of Israel in this time caused international criticism, and the movement burnt low when Middle Eastern peace negotiations began in 1991.

 

However, the second intifada began when Sharon (later the prime minister) entered Al-Aqsa Mosque with many guards in 2000.

 
パレスチナのインティファーダについて
これはパレスティナで起きたイスラエル占領に対する2度の民衆蜂起をさす。
これまでに4度の中東戦争とレバノン戦争を起こしていた。

 

1987年12月、イスラエル占領下のガザ地区で起きた交通事故を機に,大衆の投石,ストなどによる抗議行動が発生,ヨルダン川西岸地区にも拡大した。
この時のイスラエルの激しい鎮圧は国際的非難を呼び,1991年に中東和平交渉が始まると運動は下火になった。

 

しかし、2000年、シャロン(後に首相)が多数の護衛兵と共にアル・アクサーモスクに入場すると、第2次インティファーダが始まった。

 

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< 3. Al-Aqsa Mosque >
< 3. アル・アクサーモスク  >

 

What did the intifada bring about?
“The inhabitants confront the tyrant with a stone, and the Israel forces wipe out women and children with latest weapon.”, this news and video spread around the world.
And the world opinion drew Israel into a negotiation of Middle Eastern peace.

 

Then, following Oslo agreement was concluded in 1993.
1. Mutually, Israel approves PLO as Palestinian autonomous government, and PLO approves Israel as a nation for the first time.

 

2.The Israel forces withdraws provisionally from the occupied territory, meanwhile, Israel accepts self-government of Palestine.

 

3.In future we will discuss about the border, the return of refugees, and the position of Jerusalem

 

This agreement was epoch-making, but the self-government range of Palestine had been decreased to 5% of the whole land substantially.

 

In 1995, middle-of-the-road Prime Minister Rabin was assassinated, and a hawkish party held the political power of Israel.
Then, the Israeli settlement movement to the West Bank were accelerated, and then division and rule of Palestine deepened more due to the separation barriers of 440 km, and the checkpoints of more than 70.

 

At that time, Sharon, the leader of Likud marched with 1,000 guards into the mosque which was a sacred place of Islam.
He showed that all of Jerusalem was under the control of Israel.
Against this provocation, Palestinian new groups did a severe reaction.
And Israel used the overwhelming military capability, then Palestine countered with a gun and a suicide bombing and they entered into all-out war.

 
インティファーダがもたらしたもの
「石つぶてで圧政者に立ち向かう住民と、それを最新兵器で女子供含め掃討するイスラエル軍」の映像が世界に流れ、国際世論はイスラエルを中東和平に引き込んだ。

 

そして1993年、以下のオスロ合意がなされた。
1.イスラエルを国家として、PLOをパレスチナの自治政府として初めて相互に承認する。

 

2.イスラエル軍は占領地から暫定的に撤退し、その間、パレスチナの自治を認める。

 

3.両者の境界、難民の帰還、エルサレムの地位等については今後協議する。

 

合意は画期的だったが、実質、パレスチナの自治範囲は全土の5%になっていた。

 

1995年、穏健派のラビン首相が暗殺され、タカ派がイスラエルの政権を握る
と、イスラエルのヨルダン川西岸への入植は加速され、440kmの分離壁、70を越える検問所によって、パレスチナ人の分断と支配はより深まった。

 

そんな折、シャロン・リクード党首が護衛兵1000名を連れてイスラムの聖地であるモスクに乗り込んだ。
彼はエルサレムのすべてがイスラエルの支配下にあることを見せつけた。
この挑発に対して、パレスチナの新手のグループが過激な反応をした。
そしてイスラエルは圧倒的な軍事力を行使し、パレスチナは銃と自爆テロを激化させて、全面戦争へと突入した。

 

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< 4. Autonomous areas of the Palestinians are green, and they haven’t a police authority on the half part of it. >
< 4. パレスチナ自治区は緑色、警察権の無い地域も含む >

 

Why do they fall into such futile impasse?
Israel builds checkpoints and separation barriers, in addition, Israel does military strikes and stays their troops.
Israel have explained the reason is because Palestinian breaks a promise and repeats terrorism.
On the other hand, the territory of Palestine continues to decrease to 9% even if including the incomplete autonomous districts, in comparison with two years (1946) before the founding of the nation of Israel, because the settlement movement and the occupation of Israel advances.
Furthermore, Israel have blocked information, supplies, water, and jobs from the Palestinian people.

 

The dissatisfaction went off accidentally, and the first intifada spread at a stretch, but the people still could do self-control.
However, in the situation that continues to worsen, the radicals who could not be satisfied with previous leadership PLO responded to a provocation of Israel, and blasted.
As a result, Israeli control advanced as expected.

 
なぜこのような不毛な隘路にはまり込むのか
イスラエルはパレスチナが約束を守らず、テロを繰り返すから、検問所や分離壁を設け、軍事攻撃と駐屯を行うと説明する。
一方、パレスチナの領土はイスラエル建国の2年前(1946年)に比べ、イスラエルの入植と占領が進み、不完全な自治区をいれても9%と減る一方だった。
さらにパレスチナの人々は、情報、物資、水、仕事を遮断されてしまった。

 

第一次インティファーダは溜まった不満が暴発し、一気に拡大したが、まだ民衆には自制心があった。
しかし、悪化し続ける状況で、それまでの指導部PLOに満足できない過激派がイスラエルの挑発にまんまと乗って暴発した。
こうして、イスラエルの想定通りに支配が進むことになった。

 
A matter for regret
Against Israel that has the overwhelming military capability and was supported by advanced countries, Palestine and Arab are inferior with economic force and military capability, and also cannot form a coalition together and only do patchwork response.
This was similar to the Middle East war.
Israel strengthened the control, and Palestine deepens division and isolation.
They went into an inescapable plight.

 

This continues the next.

 
残念なこと
圧倒的な軍事力と先進国の支援があるイスラエルに対して、パレスチナとアラブ側は、経済力と軍事力で劣るだけでなく、まとまりにかけ、その場限りの対応に終始している。
これは中東戦争でも同様でした。
パレスチナは支配を強化され、分断と孤立を深め、追い込まれ続けている。
まるで蟻地獄に落ち込んだようだ。
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 36: I beg a favor of you.


中東に平和を! 36: お願いがあります

 

1

*1

I ask a favor of many people around the world.
Please tell me your opinion about peace of the Middle East.

 

世界の皆さんにお願いがあります。
中東の平和について、ご意見を聞かせて下さい。

 
One thing I ask you to
I began this serialization ”Bring peace to the Middle East!” on this March, and a half year passed since it.
I knew how the present conditions and the history of the Middle East are miserable, but haven’t hopes for peace yet.

Under the circumstances, I think that the Middle East escapes from the quagmire is impossible.

An important matter I think now is “ problems of your side, or points that your side should make a compromise”.
Because the problems of your enemy is already known.
Furthermore, in history of conflict around the world, mutual understanding is indispensable to get peace without unilateral complete defeat.

Therefore I want to know how a Muslim and a Jew living in the Middle East have understood this problems.

 
お願いしたいこと
私はこの連載「中東に平和を!」を3月から始めて半年が過ぎました。
中東の現状と歴史が如何に悲惨であるかを知りましたが、未だに展望が開けません。

今のままでは、中東は泥沼化からの脱出が不可能だと思えます。
現在、私が重要だと感じているのは「自分の側にある問題点、歩み寄るべき点」です。
なぜなら、既に敵対側の問題点はよく知られいる。
さらに世界の紛争史において、一方の完敗以外で平和を得るには相互理解が不可欠です。

そこで、中東に暮らす人々、ムスリマやユダヤ人が問題点をどう見ているかを知りたい。

 

Please write your thought about the following questions about “conflict and peace of the Middle East”.
you answer any one of the questions.
It is also good to be written by person except the Middle East or to write about the topic except these questions.

Question A: What of your side (country, denomination, race, principles) is an obstacle to the peace?

Question B: What should your side improve to approach peace?

Question C: What of your side causes a quagmire of the conflict ?

Question D:  What do you want to the rest of the world except the Middle East?

 
「中東の紛争と平和」に関して以下の質問についてお考えを書いてください。
どれか一つで結構です。
中東以外の人の書き込み、質問以外の話題でも結構です。

質問A: あなたの側(国、宗派、民族、主義)の何が平和の障害になっているか?

質問B: あなたの側の何が改善されれば、平和に近づくのでしょうか?

質問C: あなたの側の何が紛争を泥沼化させているのか?

質問D: 中東以外の世界に望むことは何でしょうか?

 
About description
Less than 500 characters, please.
Please write your country, sex, and age if possible.

 
記入について
500文字以内にしてください。
出来れば、お住まいの国、男女の別、年齢を記入して下さい。

 

My blog
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私のブログ
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「アクアコンパス 3」 http://blog.goo.ne.jp/aqacompass
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The blog written in Japanese and English.

英語を併記したブログ

“aquacompass 7” https://aquacompass7.wordpress.com/
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“ aquacompass-eng” http://aquacompass-eng.blogspot.jp/
“aquacompass9” http://yamadamanabu.livejournal.com/

Thanks in advance.

This serialization still continues.

 
よろしくお願いします。
この連載はまだ続けます。

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Bring peace to the Middle East! 34: chain of retaliation 4 : Israel and Palestinian 1


中東に平和を! 34: 報復の連鎖 4 : イスラエルとパレスチナ 1

 

1

*1
I look back on the endless wars of between Israel and Palestinian from now on.

これから、イスラエルとパレスチナの泥沼の戦いを振り返ります。

 
Preface
When I see the Middle East conflict, I am surprised there are the composition of many conflicts and these are very complex.
For example, focusing on only large things, there are sectarian struggles, interstate confrontations, and ethnic conflicts.
And then, there are many more conflicts among extremists, between government and anti-government, between the United States and Russia (the Soviet Union), and the West and the Middle East.

 
はじめに
中東紛争を見る時、実に多くの対立の構図が絡まっていることに驚かされます。
大きなものでも宗派間、国家間、民族間、過激派間、政府と反政府、米国とロシア(ソ連)、欧米と中東などがあります。

 

2

*2

Looking at only sectarian struggles, there are main conflicts among Islam, Jewish religion, and Maronite Church of Christianity (Lebanon).
And then, there are in Islam the conflicts among Sunni, Shiah (Iran, Syria), Alawites (the hierarchy of Syria), Wahhabi (Saudi Arabia).
Furthermore, in the USA, evangelical Christian (Republican Party support) and Judaist (Democratic Party support) support Israel and it makes the struggle deep.
Judaist, Christian and Muslim that have worshiped a same God continue being opposed to each other more than 1,000 years.

 

Looking at only interstate confrontations in the Arab of the Middle East, various conflicts have taken place among autocratic state (military affairs, kingship), Islamic state (Iran, Saudi Arabia), secular nation (socialism, Arab nationalism), non-Arab country (Turkey, Iran), and oil country.
This interstate confrontation stems from racial or borderline problems that resulted from having been a colony, an opposition that resulted from the Cold War, and securing the oil.
For example, nation of absolute monarchy (Saudi Arabia, Persian Gulf countries) which is a rich oil-producing country tries to smash the democratization of the surrounding nations for maintaining own autocracy system, and it is intensified by the financial power, armaments, and a supporting of European and American.

 
例えば、宗派間の対立にしても、イスラム教のスンナ派、シーア派(イラン、シリア)、アラウイ派(シリア支配層)、ワッハーブ派(サウジアラビア)、キリスト教マロン派(レバノン)、ユダヤ教が対立しています。
さらに米国のキリスト教福音派(共和党支持)とユダヤ教徒(民主党支持)がイスラエルを支援し、対立を深めています。
大きく言えば、ユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が同じ神を仰ぎながら千年以上も対立し続けている。

中東内の国々に限っても、独裁国家(軍事、王政)、イスラム国家(イラン、サウジアラビア)、他の国家(社会主義、アラブ民族主義)、アラブと非アラブ(トルコ、イラン)、産油国などが対立を招いている。
この国家間の対立には、植民地だったことに端を発する国境と民族問題、また冷戦に由来するもの、そして偶然が生んだ原油が大きく関わっている。
例えば、豊かな産油国である王政国家(サウジアラビア、湾岸諸国)は独裁体制の維持の為に、周辺諸国の民主化勢力を潰そうとし、さらにその財力、軍事力、欧米の支援が一層拍車をかけている。

 

 

3

*3

 

All these opposition didn’t begin as one.
For example, I look at an engagement of the United States.
The United States spent total cost 300 trillion yen on the Iraqi War (2003 – 2011), and Iraq fell into a state of confusion.
Before it, the United States defeated the Iraq in the Gulf War (1991), but had given military assistance to the Iraq to defeat Iran during the Iran-Iraq war (1980 – 1988).
Besides, the United States began assistance to Israel in the middle of the Middle East war (1948 – 1973) between Palestine and Israel.
However, the United States hardly interfered in the Middle East until the early 20th century.

 

The reason the United States began to interfere to the Middle East was for warning against the Soviet Union, and securing of oil, and then supported Israel afterwards.
To support Israel is due to election circumstances in the United States, and Israel becomes a bridgehead in the Middle East.

 

In the composition of such opposition that connected with each other complicatedly, it is not easy to find fundamentally cause of these conflicts and the solution.

 
However, there is one clear thing.
It is said that the incidents that set off a train of these wars happened from the mid-20th century, and the tinderbox spread sequentially afterwards.
It is important to know the background and groundwork that cause conflict easily in the Middle East, but it is also important to know the extended process of the conflict.

 

これらすべての対立が一斉に始まったわけではない。
例えば、米国を見ます。
米国はイラク戦争(2003~11年)で総費用300兆円を費やし、イラクは混乱状態に陥りました。
それ以前、米国は湾岸戦争(1991年)でイラクを叩き、イラン・イラク戦争(1980~88年)ではイランを叩く為にイラクに軍事支援を行いました。
さらには、米国はイスラエルとパレスチナの中東戦争(1948~73年)の途中からイスラエルに加担を始めました。
しかし米国は20世紀前半まで中東にほとんど干渉していなかったのです。

 

米国が中東に干渉し始めたのはソ連への牽制、石油確保の為で、その後イスラエル支援に舵を切りました。
イスラエルの支援は米国内の選挙事情と中東での橋頭保になるからでした。

このような複雑に絡み合う対立の構図にあって、紛争原因の特定と解決法を見出すことは容易ではありません。

 

しかし、明らかなことが一つあります。
それは、紛争の発端になった事件が20世紀中頃から起こり始め、その後、紛争の火種が順次広がっていったことです。
中東に紛争を招きやすい背景や素地があることは重要ですが、紛争の拡大過程を知ることも重要です。

 

4

*4

 

We try to see a process of the Middle East war between Israel and Palestine which became the greatest cause in a beginning of the Middle East conflict from now on.

 

We look back at the history of the Middle East war in reverse, and we want to find “which began the war?”
Later, we will know what this means.

 

This continues the next tome.

 

これから、中東紛争の最初で最大の原因になったイスラエルとパレスチナとの中東戦争の過程を見て行きます。

 

私は両者間の戦争を逆に辿り、「どちらが抗争を始めたのか?」を探って行きます。
これが何を意味するかは、後でわかることになります。
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 33: chain of retaliation 3 : in Syria and Lebanon


中東に平和を! 33: 報復の連鎖 3 : シリアとレバノンで

 

1
*1
This time, I keep track of the chains of retaliations that happened in Syria and Lebanon.

 

今回は、シリアとレバノンで起こった報復の連鎖を追います。

 

2

< 2. Countries during the conflict, by Uppsala Conflict Data Program >
< 2.紛争中の国、 >

 

The green areas show countries during the conflict.
The line graph is a change of the number of conflicts. ( annotation 1)

 

緑色は紛争中の国を示す。
折れ線グラフは3種類の紛争件数の推移。(注釈1)

 

3s
< 3. The death toll from conflicts, By Uppsala Conflict Data Program >
< 3.紛争による死者数 >

 

The size of circles is proportionate to total death tolls since 1989.
The line graph is a change of annual death tolls of conflicts.

 

丸の大きさが、1989年以降の累計死者数の多さを表している。
折れ線グラフは紛争3種類による死者数の推移。

 

Preface
Conflicts are now taking place in the world everywhere.
Therefore, one third of the world’s population lives in the disputed area, annual number of war deaths is 50,000-100,000, and forcibly displaced people worldwide amounts to 60 million people.

 

It is difficult to find only complete assailant in many cases of conflict.
In conflicts, a small collision escalates into military struggles while a quarrel continues.

 

はじめに
現在、世界の至る所で紛争が起きている。
その結果、世界人口の1/3は紛争地域に住み、毎年の戦死者は5~10万人、住まいを追われた人は6000万人に上ります。

 

多くの紛争で完全な加害者だけを見つけることは困難です。
多くの紛争は、いがみ合いが続く中で、小さな衝突から武力闘争に拡大している。

 
In Syria
Current Syria is in a state of the civil war that “the Arab Spring” triggered in 2011, but hatred and discord had filled already.
President Assad (father of the current President) became irritated with a confrontation posture of “the Moslem Brotherhood” after 1970, performed many containment, and arrested one of the leader in 1976.
In 1979, when he died, the Islamic extremist attacked the Syrian military academy for a retaliation and killed 83 cadets. (Alawites, annotation 1).
In 1980, Syrian military forces raided a village and murdered more than 200 villagers.
In another district, they arrested 8,000 or more, and the commander shouted, “I keep killing 1,000 people per day until the Moslem Brotherhood disappears.”

 

The same year, the Moslem Brotherhood planned an assassination of Assad, but it failed.
The Syrian military forces shot to kill approximately 1,000 people of the Moslem Brotherhood in a cell as retaliation for it.
This time, high government official in favor of
Assad was assassinated .
In 1982, the Syrian military forces killed 10,000-40,000 citizens in a main city of the Moslem Brotherhood. (Hama massacre)
The Moslem Brotherhood exploded a bomb in the capital against this holocaust, sacrificed 200 people, and started on terrorism that attacks citizen.

 

The Syrian government killed leaders of Muslim, citizen and labor union.
In 1982, the younger brother of President Assad who commanded many erasure boasted that he had been killing approximately 40,000 people.

 

The main point
While each massacre was repeated, it expanded, but this is a typical pattern of the world disputes.
To prevent a catastrophe, this initial stage of conflict is very important.

 
シリアで
現在のシリアは「アラブの春」が引き金になった2011年以降の内戦状態ですが、その前に憎悪と不和が沸騰していました。

 

アサド大統領(現大統領の父)は1970年以降、「ムスリム同胞団」の対決姿勢に業を煮やし、数々の封じ込めを行っていたが、1976年、指導者の一人を捕らえた。
彼が死亡すると、1979年、イスラム過激派は報復としてシリア軍士官学校を襲い、士官候補生83人(アラウィー派、注釈2)を殺害した。
1980年、シリア軍は村を急襲し、200人以上の村民を殺した。
また別の地区では8000人以上を逮捕し、司令官は「同胞団がいなくなるまで、一日1000人を殺す」と叫んだ。

 

同年、同胞団はアサドの暗殺を謀るが失敗する。
シリア軍は、この報復として監房内で同胞団の囚人約1000名を射殺した。
今度は、アサドに近い政府高官が暗殺された。
1982年、シリア軍は同胞団の拠点都市で1~4万人の市民を殺害した(ハマー虐殺)。
同胞団は、この大虐殺に対抗して首都で爆弾を炸裂させ200人を犠牲にし、市民へのテロ攻撃を始めた。

 

シリア政府は、ムスリムの指導者、市民や労働組合の指導者を殺した。
1982年、数々の抹殺の指揮を執って来たアサド大統領の弟は約4万人を葬ったと豪語した。

 

要点
双方の殺戮は繰り返すうちに拡大していったが、これは世界の紛争の典型的なパターンです。
大惨事を防ぐには紛争の初期段階が重要です。

 

4

*4

 
In Lebanon
In Lebanon, three groups of Islam and four groups of Christianity had coexisted till that time.

 

However, when Palestinian and PLO (annotation 1) flowed into Lebanon from Jordan because Israeli military forces had driven them away, a violence case happened by sectarian struggle in 1970.

 

In 1976, Syrian military forces invaded Lebanon by a request of Lebanese government, and repressed PLO of Sunnites to protect Shiites.
In 1978, the Syrian military forces in Lebanon cannoned and violated an agreement with Israel, which was triggered by the provocation of a school of Christianity (Maronite Church).
Israel was hostile toward it, and Israeli military forces invaded Lebanon, but the collision of these two countries was avoided by the good offices of the United States.

 

In 1982, a radicals attempted to assassinate an Israeli ambassador to Great Britain. (annotation 2)
Taking this opportunity, Israeli military forces again invaded Lebanon as retaliation for PLO.
This was a plan Israel had warmed up for a long time.
Thus, only for ten weeks, Lebanon was destroyed thoroughly, and 20,000 people of Lebanese and Palestinian were murdered.
The war was stopped by the good offices of the United States, and PLO left from Lebanon.

 

After that time, a radical young man in favor of Syria assassinated a Lebanese President in favor of Israel with bomb.
And, militiamen of the Maronite Church slaughtered nearly 3000 people of Palestinian refugees camping in Lebanon under the supervision of Israeli military forces. (Sabra and Shatila massacre in 1982)

 

The main point
Finally, Lebanese Civil War became mired in involving neighboring countries due to the war between Israel and Palestine.

 
レバノンで
レバノンでは、キリスト教4派とイスラム教3派が共存していた。
しかし、1970年、イスラエル軍にヨルダンを追われたパレスチナ人とPLO(注釈4)がレバノンに流入したことにより、宗派対立による暴力事件が起きた。
1976年、レバノン政府の要請によりシリア軍がレバノンに侵攻し、シーア派を守る為にスンナ派のPLOを制圧した。
1978年、レバノンのシリア軍はキリスト教一派(マロン派)の挑発に乗り、イスラエルとの協定に違反する砲撃を加えた。
これに反発してイスラエル軍はレバノンに侵攻したが、米国の仲介で両国の衝突は避けられた。

 

1982年、過激派がイスラエル駐英大使の暗殺未遂事件を起こした。(注釈2)
これを機に、イスラエル軍はPLOへの報復を口実にレバノンに再び侵攻した。
これはイスラエルにとって以前から温めて来た作戦だった。
こうして10週間で、徹底的にレバノンは破壊され2万人近いレバノン人とパレスチナ人が殺された。
米国の仲介により戦闘は停止され、PLOはレバノンを去った。

 

その後、イスラエル寄りのレバノン大統領はシリア寄りの過激派青年に爆殺された。
またマロン派の民兵がイスラエル軍監視の下でレバノンのパレスチナ難民キャンプで3000人近くを虐殺した(1982年、サブラー・シャティーラ事件)。

 

要点
結局、イスラエルとパレスチナとの戦争が周辺国を巻き込んで、レバノンを内戦に引き込んだ。

 
Summary
A conflict only begins from a trifling collision accident, but after all it expands a war by mere revenge and breaking.
In the background of many cases of conflict of the Middle East, various sectarian conflicts and interstate confrontations cause serious harm to it.

 

This continues the next time.
まとめ
最初は、些細な衝突事件から始まるが、後は単なる復讐による潰し合いになる。
中東での衝突の背景に、宗派間と国家間の対立が大きく災いしている。

 
次回に続きます。

 

注釈1
紛争は「国家暴力=state-based violence」「非国家暴力=non-state violence」「一方的な暴力=one-sided violence」に分けられている。

注釈2
アサド大統領はシーア派の一派で、少数派のアラウィー派に属している。

注釈3
PLO=パレスチナ解放機構。
パレスチナ人とPLOはイスラム教スンナ派です。

注釈4
この犯行グループのリーダーはかってPLOに属していたがアラファト議長に除名されると、PLO要人の暗殺を行い、イラクやリビアの手先としてテロを行っていた。

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南信州を訪ねて 4: 満蒙開拓平和記念館


 

 1

< 1.満蒙開拓平和記念館  >

 

今日は、満蒙開拓平和記念館を紹介します。

念願かなって、満州移民の実情を知ることが出来たことは幸いでした。

   

満蒙開拓平和記念館について

http://www.manmoukinenkan.com

 

満州移民の実態がわかりやすく展示されています。

また全国で、この種の展示はここだけですので、非常に貴重です。

私達が訪問した時は、多くの人が来ておられました。

 

しかしこの場所はわかりにくいので注意してください。

 

 

2

< 2.阿智村と満州 >

上の地図: 赤丸が阿智村、赤枠がかっての満州、満蒙開拓団の地です。

 

下の図: 県別の開拓移民数。

全国の開拓移民数27万人に対し、長野県は断トツに多かった。

長野県は満蒙開拓青少年義勇軍10万人でも、最大の送り手だった。

 

 

3

< 3.満蒙開拓民の現実 >

この3枚の写真は満州の記録写真です。

館内は撮影が出来ませんので、HPから転載しました。

 

上の写真: 記念館の入場券。

中央の写真: 16~19歳の青少年からなる満蒙開拓青少年義勇軍。

下の写真: 記念館内の展示。

 

  

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< 4. 満蒙開拓平和祈念館  >

 

館内は大きくないが、要点を絞ってわかりやすく展示している。

また、学芸員が質問に丁寧に答えてくれ、多くの疑問が解消した。

 

展示内容

*満州移民の歴史

*満州での開拓団の映像

*入植地図や満州の生活。

*敗戦と逃避行。

*引揚げと再出発。

*引揚げ者のコメントと証言ビデオ。

*中国残留孤児と帰国支援事業。

など

 

 

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< 5. 満蒙開拓のポスター >

 

参考に、当時の満蒙開拓民募集のポスター。

 

 

 6

< 6. 満蒙開拓民の所在地 >

 

参考に、当時の開拓民の所在地。

 

 

満蒙開拓平和記念館に思う

満蒙開拓は満州事変と共に始まり、農民は国の移民奨励を疑わず希望を抱き海を渡った。

しかし、現実の暮らしは劣悪で、その本当の狙いは軍主導による人間の盾でした。

農民はそれを奥地への配置と敗戦時の置き去りで身をもって知ることになった。

そして長野県の未帰還者は49%に上りました。

その後の引揚げも遅々として進まず、さらに引揚げ者の多くは故郷に帰れず、全国各地の未耕作地に割り当てられた。

 

さらに二つの事実も忘れてはならないでしょう。

それは当時の長野県の自治体と教育者が積極的に移民に関与したこと、満州の中国人がさらに過酷な目にあったことです。

ここで不思議に思うのは、長野県は社会運動が盛んな土地柄でしたが、治安維持法などで反戦派が潰されると、対立する好戦派が攻勢に出た感があることです。

 

ここが開館したのは最近の2013年で、民間施設では日本ではここだけです。

なぜなのか?

それはこの地が長野県でも最大の移民者を出し、悲哀を味わったこともあります。

しかしそれだけではありません。

現在、「戦争する国」の悲劇を伝える語り部、引揚げ者の高齢化が進んでいます。

この地の人々は危機感を持って平和と中国友好に向けて行動したのです。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 32: chain of retaliation 2 : What is bad?


中東に平和を! 32: 報復の連鎖 2: 何が悪いのか?

 

1
*1

Here, we get back to a basic theme.
Why is a soldier and terrorist to kill citizens bad ?
There is no longer any doubt about it, but it has an important meaning.

 

ここで基本的な問題に立ち返ります。
なぜ兵士やテロリストが一般市民を殺しすことは悪いのでしょうか?
これに疑いの余地はないのだが、非常に重要な意味があります。

 

2

< 2. Srebrenica massacre. Annotation 1. >
< 2. スレブレニツァの虐殺。注釈1.>

Terrorism is a crime!
The World Trade Center bombing in September 11, 2001 gave a serious shock to the whole world.
As a result, the U.S. President immediately declared, “this is war!”, and began the war on terrorism with enthusiastic support of the people.
This case well shows that massacring citizens produces bigger hatred.

 

Well then, in the Yugoslav wars, what kind of a reaction did the world show to the slaughter of Bosnian citizen performed by military? ( annotation 1)
In 2016, the International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia pronounced a judgment of 40-year imprisonment to the ex-President who commanded the slaughter.
In fact, this person was a hero for Serbian citizens, and the extradition did not advance for 13 years.

 

By the way, it is fairly recent that all the world other than the countries concerned came to
judge war crimes after the war in this way.

 

テロは犯罪だ!
2001年9月11日の世界貿易センタービルの破壊は全世界に衝撃を与えました。
これを受けて、米国大統領は即刻、「これは戦争だ!」と宣言し、国民の熱狂的な支持を得て対テロ戦争を始めました。
この事件は、一般市民の殺戮が大きな憎悪を生むことをよく示しています。

 
それではユーゴ内戦時、軍によるボスニア民間人の虐殺はどうだったのでしょうか。注釈1.
2016年、国連戦争犯罪法廷は、虐殺を指揮した元大統領に禁錮40年を言い渡した。
実は、この人物はセルビア人にとっては英雄で、13年間も引き渡しは進まなかった。

 

ところで、このように戦争犯罪を戦争後に当事国以外が裁くようになったのは最近のことなのです。

 
What is important?
War is the largest disaster that the human race brought, but, on the other hand, the human race has brought about various policies that prevent conflict and war in a long time.

 

One of the policies is the application of the war crimes including “ crimes against peace” “crimes against humanity” after the World War II.
This progress occurred only half a century ago while the history of war for 5,000 years.

 

More important is the human race continues bringing about preventive measures strenuously.

 

何が重要なのか?
戦争は人類が生み出した大きな災厄ですが、一方で、人類は長い年月をかけて戦争や紛争を防止する方策を生み出して来た。
その一つが第2次世界大戦以降、「平和に対する罪」「人道に対する罪」を含めた戦争犯罪の適用です。

 

いまだに自国のこれら戦争犯罪を認めたくない人々がいるのも事実ですが、5000年に及ぶ戦争の歴史にあって、この進歩は高々半世紀前のことなのです。

 

重要なことは、人類が営々と防止策を生みだし続けていることです。

 

3

*3

What is a meaning of judging it by war crimes (law)?
In fact, most of law has been created to prevent conflict.

 

In prehistoric times, a taboo and custom were created for prevention of conflict, and ritualized fighting grew, a council of elders was created for to avoid expansion of struggles as a reconciliatory role.
Those rules bore fruit in “Code of Hammurabi” or “the Ten Commandments” before long.

 

At this point in time, these had to depend on authority of God.

 

In more recent years, human society came to aim at having consistency in the system of law by a concept of “justice”.

 
戦争犯罪(法)で裁くことの意味
実は、多くの法は紛争を防ぐ為に整備されて来たのです。

 

先史時代、紛争防止の為にタブーや慣習が生まれ、拡大を避ける為に闘争の儀礼化、調停役としての長老会などを生み出しました。注釈2.
やがてそれら取り決めが「ハムラビ法典」や「旧約の十戒」などに結実しました。
この時点で、これらは神の権威に頼らなければなりませんでした。
また世界宗教の開祖(イエス、釈迦、ムハンマド)の教えが、紛争を抑える役目を果たしました。

 

やがて、時代が下ると「正義」の概念によって、社会は一貫性のある法体系を目指すようになった。

 

4

*4
What is justice?
In fact, this is a difficult problem, but there is one thing it is sure.
It is that the human race can decide “justice” by ourselves now.

 

I assume, ” Justice is a judgmental standard that a society judges whether a human act is right or bad” .
Seeing it from a viewpoint of conflict, I can say, “ a bad act is an act to cause a conflict, and to spread it”.

 

One of the bad acts to cause a conflict and to spread it is to increase people’s hostility and hatred to extreme.

 

At last we can see what is bad.

 

“You must not bomb a hospital ship.
You must not abuse a captive.
You must not use cluster bomb or poisonous gas.”

 

These produce the massacre of noncombatants and citizen, the people feel strong hatred for it, and will accept the retaliation of the further massacre.
By punishing such war crimes, our world becomes preventing the harshness of war and the civil war.

 
正義とは何か?
実は、これが難題なのですが、ひとつ言えることは現在、人類は「正義」を自ら決めることが出来るようになったことです。

 

とりあえず「正義とは、人間の行為を正しいか正しくないかを判断する基準」とします。
これを紛争の観点から見るなら、「正しくない行為とは、紛争を招き、拡大する行為」でしょうか。
「紛争を招き、拡大させる行為」の一つは、人々に極度の敵愾心や憎悪を募らせることでしょう。

 

これでやっと、何が悪いのが見えて来ました。

 

「病院船を爆撃してはならない。
捕虜を虐待してはならない。
クラスター爆弾、毒ガスを使用してはならない。」

 

これらは非戦闘員や一般市民の殺戮を生み、これに対して人々は強烈な憎悪を抱き、更なる殺戮の報復を容認するようになる。
端的に言えば、このような戦争犯罪を罰することで、戦争や内戦の苛烈化を防ぐ意味があるのです。

 

At the end
What is the terrorism that the Middle Eastern extremists perform in the world?

 

This only drives people around the world to hate for the Middle East, Arab and Islam, and rather the extremist’s hope only more goes away.
Already, the world as well as the Middle East is filled with hostility, and it bring a vicious circle that puts the Middle East in a difficult spot moreover.
Their terrorism is unlike past terrorism in one country as for making enemies of the world, and the result is greatly different.

 

I wish that the extremists, neighboring people, and particularly Islamic leaders think about a series of the human wisdom .

 
This continues the next time.

 

 

 

最後に
それでは中東の過激派が世界で起こしているテロはどうなのでしょうか?

これによって世界中の人々が中東アラブとイスラムへの憎悪を高めるだけで、過激派の望むものは遠ざかるだけです。
すでに中東だけでなく世界は敵愾心で満ち溢れ、それがまた中東を一層窮地に陥れる悪循環を生んでいる。
過去のような一国内のテロとは異なり、欧米と世界の人々を敵にするのでは結果は大きく異なります。

過激派、周辺の人々、特にイスラム教の指導者はこの一連の人類の知恵に思いを巡らしていただきたい。

次回に続きます。

 

注釈1
1995年、ボスニア・ヘルツェゴビナ内のスルプスカ共和国のカラジッチ元大統領がスレブレニツァでボスニア系民間人8000人の虐殺を指揮した。
セルビアのミロシェヴィッチ元大統領も同様の戦争犯罪で裁判中、病死した。

注釈2
その端的な例が北米先住民にあります。
部族内で殺人が起きると、部族が穢されたとして部族全員で厄払いの儀式を行った。
そして犯人は追放されるが、数年して犯人は自身の請願により復帰した。
ここでは、両親族間で生じる復讐心を儀式と追放で抑制している。
人類は、意識するしないに関わらず、紛争防止の巧みな策を設けて来た。

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Bring peace to the Middle East! 31: chain of retaliation 1 : in the end


中東に平和を! 31: 報復の連鎖 1: その果てに

 

1a

*1

We looked at some assassinations, terrorism and the background till now.
From now on, we examine a chain of retaliation taking place in the Middle East, such as massacre repeated.
This time, I explain the final stage that a society arrives at when assassinations and terrorism rage, through the history.

 

今まで、暗殺とテロ、そしてその背景を見て来ました。
これからは、殺戮が繰り返される中東、その社会で起きている報復の連鎖について考察します。
今回は、暗殺やテロが吹き荒れる社会の行き着く先を歴史から読み解きます。

 
What there is in the end of assassinations and terrorism?
Looking around the world, the assassinations and terrorism were a desperate resistance of weak group, or an initial state of revolution.
Even the American constitution predicates a citizen fights with a weapon.
( annotation 1)

 

The situation starts with assassinating a influential person or a leader of an opposition group, but will invite a chain of genocide and the retaliation adversely.
Thus, massacre and violence spread, and more terrible tragedy will attack the society.

 

I explain the examples.

 
暗殺とテロの果てに
世界を見渡すと、暗殺やテロは弱者集団の必死の抵抗であったり、革命の初期状態だったことがある。
米国の憲法ですら、武器を持って市民が戦うことを含意している。(注釈1)

 

事態は、暴虐な権力者や反対派の指導者を暗殺することなどで始まるが、逆に大量虐殺や報復の連鎖を招くことになる。
こうして殺戮や暴力が蔓延し、さらに恐ろしい悲劇が襲うことになる。

 

その例を読み解きます。

 

2a

*2

In the case of Japan
Rightly, the situation were same as 1920s and 1930s in Japan. (annotation 2)

 

In those days, the extensive people’s movement had happened, so the government ruled by local military groups by central figures of the Meiji Restoration was finished, and party politics began to move for the first time.

 

However, the unripe government was attacked by the growing disparity caused by a military-first policy, several depressions, and an aftermath of the Communist Party revolution.
The domestic situation became turbulent, the protest movement became harsh, and the government began to oppress it by the military and police.
At last, the assassination of a leading figure continued by young officers or right wing and the society was unified.
Thus, Japan became a complete military affairs autocracy again.

 

In the background, there was an important change that the Japanese society became affirmative for war and violence, while the Japanese military had steadily advanced an invasion in the continent for preparing for a potential threat from imperialism Great Powers, Europe and America, or Russia.

 
日本の場合
1920と1930年代がまさにその状況でした。(注釈2)

 

当時、広範な国民運動が起こり、明治維新の立役者らによる地方軍閥主導の政治を脱し、初めて政党政治が動き出した。
しかし、それまでの軍事優先による格差拡大と数度の恐慌、共産革命の余波が未熟な政府を襲った。
国内は騒然とし抗議行動が苛烈化し、政府は軍と警察による弾圧を始めた。
ついに、右翼や軍の青年将校による要人暗殺が続き、社会は一本化された。
こうして、日本は再度、完全な軍事独裁国家となった。

 

この背景に、帝国主義列強の欧米とロシアの脅威に備えた軍の大陸侵攻が着々と進み、国内は戦争と暴力に肯定的になっていたことがある。

 

3

*3

In the case of Germany
The situation were same as 1920s and 1930s at the birth of Nazi government. (annotation 3)

 

The society and the economy got into the worst situation by suffering the aftereffects of the World War I.
The people lost sight of the future of own country, and various policy opinions (including socialism and communism) were in conflict.
At first, they were aimed at a socialist state, but the military authorities having taken a place in the World War I came to rule the politics before long.

 

The unemployment rate became 30%, so the young men who lost a job formed radicals group and repeated fighting in city and each place.
Nearly 100 people died only for one month in Prussia, and the injured person surpassed 1,000 people.
Under such circumstances, an violence revolution attempt that Hitler participated in in Munich occurred.
They attacked the capital of Prussia by weapon of the military authorities and aimed at to usurp political power.
The people felt hopeful about the proposal of Hitler, the revival of empire, the nationalism (anti-emigrant and anti-Semitism), and the totalitarianism (fascism).

 

After this, the Nazi that Hitler led was received enthusiastically by people, and a dictatorial regime was born.

 
ドイツの場合
ナチス政権誕生期の1920と1930年代も同様でした。

 

第一次世界大戦の尾を引き、社会と経済は最悪へと突き進んだ。
国民は国の行く末を見失い、様々な路線(社会主義、共産主義など)が対立していた。
始めこそ社会主義国家を目指していたが、やがて大戦時の軍部が政治を支配するようになっていた。

 

失業率は30%になり、失業した青年らは過激派集団を形成し都市や各地で抗争を繰り返した。
プロイセン州だけで1ヶ月100名近くが死に、負傷者は1000人を越えた。
こうした中、ミュンヘンでヒトラーが関わる暴力革命未遂事件が発生した。
彼らは軍部の武器によりプロイセンの首都を襲い政権奪取を狙っていた。
国民はヒトラーが唱える帝国復活や民族主義(移民・ユダヤ人排斥)、全体主義(ファシズム)に希望を見た。

 

この後、ヒトラー率いるナチス党が熱狂的に受け入れられ、独裁政権が誕生した。

 

4

*4

What was taking place there?
These two examples have a certain thing in common.
Firstly these societies deepened confusion and stagnation, and the demonstration for reform and dissatisfaction escalated into violence cases.
As a result, the people wanted to quiet the confusion and clung to a stronger power to step forward powerfully.
And two fascism shook the world.
But it doesn’t always occur on the end of the confusion of the assassination and terrorism.
(annotation 3)

 

An important thing is to create more powerful military power finally, even if the violence was a small blow at first.
One of these may be Islamic nation (ISIL).

 

Unfortunately the power having the powerful armaments often becomes tyrannous, and it becomes the thing unlike the hope of the people.
I can say the reason is “It takes a thief to catch a thief.”

 
何が起きていたのか
この二つの例に共通していることがある。
始めに、社会は混乱と低迷を深め、改革を求めるデモや不満による暴力沙汰が起きた。
その結果、国民はその混乱を鎮め、力強く踏み出すためにより強力な権力にすがった。
そして二つのファシズムが世界を震撼させることになった。
但し暗殺とテロの先に、いつもこれが起きるわけではありません。(注釈4)

 

大事なことは、これら暴力は始め小さな一撃であっても、やがて拡大し混乱すると、最後にはより強大な力を生むことになるのです。
その一つがイスラム国(ISIL)かもしれません。

 

残念な事に、その力は往々にして強大な軍事力を有し暴虐となり、国民の希望とは異なるものになるのです。
その理由は、「毒をもって毒を制する」と言えます。

 

 

5

*5

 

Thing we must not overlook
In either case, a violence produces many violence, and people will be trained to accept abnormal circumstance before long.

 

In the Middle East, the family is subjected to violence and killed, the town is destroyed, people suffer a difficult life even to live, and such a state continues for half a century.
Will the children grow up in a normal way?
The dilapidation of people’s mind is imperative.
Where does the future of this society go toward?

 

This continues the next time.

 

見逃してはならないこと
いずれの場合も暴力が暴力を生み、やがて人々は正常では居られなくなることです。
暴力を受け虐殺される家族、破壊された町、生きることすら困難な生活、このような状態が半世紀も続く中で、子供がまともに育つでしょうか。
精神の荒廃は必然です。
この社会の行く末は・・・・・。

 
次回に続きます。

 

注釈1
18世紀後半に制定された合衆国憲法修正第2条。
「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるので、
人民が武器を保有し、携帯する権利は、これを侵してはならない」

注釈2
私のブログ「社会と情報:戦った報道 1~26」に詳しい。

注釈3
私のブログ「戦争の誤謬 : ヒトラー総統の誕生 1、2」「図解 ヒトラー総統の誕生」「ナチスの亡霊」に詳しい。

注釈4
日本とドイツは、社会の混乱時に独裁者を求める傾向が世界で最も強い。
これはエマニエル・トッドが指摘するように、両国が直系家族の文化だからです。
この文化は、遺産分配や兄弟関係の有り様から、「権威と不平等」を受け入れます。
したがって、中国、ロシア、中東またはフランス、米国では異なった反応が起こるでしょう。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 30: about terrorism 10 : fight of believer


中東に平和を! 30: テロについて 10: 信者の戦い

 

1

< 1. Japanese-Russo War >
< 1.日露戦争 >

We can understand “God and heaven” that a suicide bomber of the Middle East wrote, by knowing how believers confronted own massacre.

信者が殺戮とどう向きあったかを知ると、中東の自爆テロ犯が語る「神と天国」が見えて来ます。

 

2 ドロヘダ攻城戦
< 2. Siege of Drogheda >
< 2.ドロヘダ攻城戦 >

Certain Christian
“I believe firmly that this is a righteous judgement of God on these barbarous wretches, who had imbrued their hands with so much innocent blood.”

This is a sentence of the report at when British Cromwell (1599-1658) suppressed rebel armies in Ireland. (Siege of Drogheda in 1649)
At this time, the citizens and monks in the city were almost slaughtered as well as combatants.
He justifies own act as Protestant provided justice to Catholic.

The example of such a justification is also seen in the Crusades.
This increased participants in the Crusade, and on the other hand, it caused plunder and massacre to increase.

 
あるキリスト教徒

「これは、無実な人々の血でその手を染めた野蛮な恥知らずどもへの、神の正しき裁きであると私は確信する。」

これは英国のクロムウェル(1599-1658)がアイルランドで反乱軍を鎮圧した時の報告書の一文です。(ドロヘダ攻城戦、1649年)
この時、戦闘員だけでなく、ある都市の市民や修道士などがほぼ全員虐殺された。
彼はプロテスタントがカトリックに裁き(復讐)を与えたとして、自らの行為を正当化している。

このような正当化の事例は十字軍遠征にも見られる。
参加した者には免責が与えられ、戦闘で死んだ者は殉教者になるとされた。
これは十字軍への参加者を増大させた一方、略奪や殺戮を横行させる結果となった。

 

3

< 3. armed priest >
< 3. 僧兵 >

Certain Buddhists
At previous night of all-out attack of the Russo-Japanese War (1904), a Japanese army Buddhist priest told to believers.
“This war doesn’t contradict Sessho-kai (a Buddhist precept of the prohibition of killing living things.), and rather this is a battle for peace.”
And soldiers of the believer charged ahead with saying “Namuamidabutsu (Buddha in paradise)” all together.

In the Russo-Japanese War, this denomination (Jodo Shinshu sect of Buddhism) thought a national feeling of unity is necessary, and encouraged the believers to accepts military service.
Since a long time ago, the believers of the denomination performed against samurai groups fierce fights with weapon of farming implements on several occasions, and they kept self-government.

 

ある仏教徒

日露戦争の旅順総攻撃の前夜(1904年)、日本の従軍僧が信者らに「この戦争は仏教の殺生戒に矛盾せず、平和の為の戦いである」と語った。
そして、信者の兵士らは一斉に「南無阿弥陀仏」と唱えて突撃していった。

日露戦争において、この宗派(浄土真宗)は挙国一致であるべきとして、兵役に積極的に応じている。
古くからこの教団信徒は農具を武器に武士団と壮絶な戦いを行い、自治を守り通したこともある。(福井県の吉崎御坊など)

 

4

< 4. the yellow turban rebellion >
< 4.黄巾の乱 >

Originally, the Buddhism had a prohibition of indiscriminately killing living things and a non-war.
But Japanese large temples had employed armed priests since a long time ago.
The Buddhist fought in Korean Peninsula, China, and Southeast Asia.
In Goguryeo (kingdom of Korea), armed priests in the Korean Peninsula had fought against a great number of invaders of China and nomads with a weapon for defending own country.
In China, a certain school of Taoism caused the yellow turban rebellion, and the Three Kingdoms period began(184 – ).
Next a certain school of Buddhism caused a rebellion, and it led the birth of the Ming (1368 – ).
In China, a large group of farmers that were led by religious organizations caused many revolutions many times.

 
本来、仏教は殺生を禁じ非戦のはずですが、古くから日本の大寺院は武装した僧兵を養っていた。
朝鮮半島や中国、東南アジアでも仏教徒は戦った。
高句麗時代、朝鮮半島の僧兵は中国や騎馬民族の侵略に対し武器を持って戦い、国を守った。
中国では、道教の一派(太平道)が反乱(黄巾の乱)を起こし三国時代(184年~)が始まり、また仏教の一派(白蓮教)が反乱(紅巾の乱)を起こし明(1368年~)の誕生に至る。
この白蓮教は清の時代にも反乱を起こしている。

 

5
< 5. Crusade >
< 5. 十字軍 >

Fight of believer
Looking around the world, it may be said that there was not the religion that did not ever fight.
The enemy was a pagan (sect), devil, unbeliever, in addition an invader and plunderer.
Many widely accepted religion universally has Love and mercy in the doctrine, and infrequently includes the abstinence from taking life.

Why do these believers perform fierce fights in violation of the fundamental creed?
At many fact pattern, religious organizations greatly had influenced it.
It may be said there was a result that the sense of unity and infallibility of the religion was raised by the organizations.

It isn’t a problem usually, but when our society begins to become confused and corrupt, it will bring a bad habit.
信者の戦い
世界を見まわして、かつて戦わなかった宗教はなかったと言えます。
その敵は異教徒(分派)、悪魔、不信仰者に始まり、侵略者、略奪者であった。
広く受け入れられている宗教の教義には愛と慈悲が普遍であり、稀に不殺生も含まれます。

なぜ信者は根本教義に反して壮絶な戦いを行うのでしょうか?
その多くは教団の力が大きく影響しており、宗教がもたらす一体感と無謬性が高度に高められた結果と言えます。

通常、問題にならないが、社会が混乱し疲弊しだすと悪弊が生じることになる。

 

Is there a thing you can understand?
The Palestinian suicide bomber wrote about “God and heaven” in his farewell note.
Because he can go to heaven, did he practice the terror?

As those facts of the world show, first there were necessity for the fight, and the people alleviated a conflict of own death and murder with resorting to God and Buddha.

In world history, many religious organizations have permitted fighting, but Jesus and Buddha will grieve at this.
Probably, I think that Mohammed points out the mistake if he see the present confusion of the Middle East, too.

It isn’t limited to Islam that suicide bombers talk about “God and heaven”.
It is only one of the light and shade that religion brings.

 

This continues the next time.

 
通じるものはあるのか
パレスチナの自爆テロ犯は遺書で「神と天国」を語っていました。
彼らは天国に行けるから自爆を行ったのでしょうか?

世界の例からわかるように、先ず戦う必要に迫られ、次いで死や殺人への葛藤を神や仏が和らげることになるのです。

歴史上、多くの宗教教団は戦いに免罪符を与えることがありますが、イエスや釈迦はこれを嘆いたことでしょう。
おそらくマホメッドも、今の中東の混乱を見れば間違いを指摘したことでしょう。

自爆テロ犯が「神と天国」を語るのは、イスラムに限ったことではないのです。
宗教がもたらす明暗の一つに過ぎないのです。
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 29: about terrorism 9 : Two combatants


中東、戦争と平和 29: テロについて 9: 二人の戦闘員

 

1

< 1. Kamikaze Special Attack Units >
< 1. 神風特別攻撃隊 >

 

Today, we approach the difference from the terrorism of the Middle East, through confessions of two combatants.

今日は、二人の戦闘員の告白を通じて、中東のテロとの差異に迫ります。

 

 

2

< 2. Kaiten Special Attack Units >
< 2. 回天特別攻撃隊 >

 

Farewell note of a suicide attacker
“Mother, please forgive me .
I think about the sadness of my family.
However, it must be an importance for me, but I can’t think seriously so.
Now, I am thinking of me as a child of this country more than as a child of mother, because I know that my small life even become a big key of the enemy destruction.
But surely I think to be able to die with having pride that I am a child of father and mother.
(annotation 1)

This is a farewell note of a dead youth at Kaiten Special Attack Units in the end stage of the Pacific War.
They had to enter the navy while he was still in college.
One day, they were said from a senior officer suddenly.
“The person who wants to enter the special attack units should apply by tomorrow morning”
In the result, 40 out of 400 people applied for it, and he was one of then.
Though, after all, the remaining youths also were assigned to the special attack units.
(annotation 2)

This note indicates this young man’s thought, “ As much as possible, I want to stop the crisis of our country destroyed by own life.”
I see a dignity (self-sacrifice) common to all humankind to the youth who applied for it.
This suicide attack was a brave act from Japanese side, but the U.S.A. (enemy country) viewed it as an insane action and seemed to be afraid of it.

This was a desperate measure that the Navy brass created on the occasion of an approaching defeat.
But there were many youths who responded it by own life.
This background had a factor of Japanese culture including Bushido, but the most important was the war situation being continuous for half a century such as creating many war heroes.

This is a thing to be connected with a Palestinian suicide bomber mentioned above, except at “killing private citizens” and ” blessing”.

 

 

ある自爆攻撃者の遺書

「母さんお許しください。
私は家の人々の嘆きを考える。
けれどもこれほど私に重大に思えるくせに、何でもないことはないのだ。
お母さんの子がひとたび戦争に出て、そしてそこに敵撃滅の大きな鍵を私の小さな命であがなえることを知った時、やっぱり、私だってお母さんの子としてよりも、祖国の子としての自分を顧みるようになるのです。
でも私は、きっと私がお父さんの子であり、お母さんの子供だったことを叫んで死んでゆけることと思います。」注釈1.

これは太平洋戦争末期、人間魚雷「回天」で死んだ若者の遺書です。
彼は大学在学中に学徒出陣で海軍に入ることになった。
彼らはある日、突然、上官から「特別攻撃隊に入隊したい者は明日朝までに志願すること」と言われた。
その結果、400人中40名が志願し、彼はその一人でした。
もっとも残りの若者も後日、強制的に特攻に配属された。
注釈2.

この遺書から若者の「亡国の危機を自らの命で少しでも食い止めたい」との思いが伝わってくる。
私は、志願した若者に人類共通の尊厳、自己犠牲を見る。

この自爆攻撃は日本から見れば勇敢な行為だが、米国(敵国)から見れば狂気の沙汰と恐れられただろう。
これは軍上層部が迫る敗戦で生み出した苦肉の策でしたが、自らの命でそれに応える若者が多くいたのです。
これには日本文化(武士道など)の素因もあるが、数々の軍神を生んだようにやはり半世紀にわたる戦争の常態化が引き起こしたと言える。

これは前述したパレスチナの自爆テロ犯の遺書と「民間人殺害」、「神への祈り」で異なるものの、通じるものがある。

 

3 首都グロスヌイ、2000年
<3. Terrible sight of the capital of Chechnya in 2000>
< 3. チェチェンの首都の惨状、2000年 >

 

Explanation of a bomb terrorist
Chechen Islamic militant caused a bomb terror in Russia, and the criminal was arrested.
He spoke like this to the authorities.
“I murdered tens of people, but, the Russia killed tens of thousands people of our citizens.”

He thinks his act is nothing more than insufficient retaliation.

 
ある爆破テロ犯の弁明
チェチェンのイスラム武装勢力がロシアで爆破テロを起こし、犯人が逮捕された。
彼は当局に対してこう述べた。

「私は数十人を殺したが、ロシアは我々市民を数万人殺したではないか。」

彼は、自分の行為を不十分な報復でしかないと捉えている。

 
Difference from the terrorism of Palestine
Thing being common to two examples mentioned above and the terrorism of Palestine is a response a small armaments does against huge armaments.

I pick up this example from the world.
Guerrilla is subtly different from the terrorism, but these are used in the similar situation.

パレスチナのテロとの相違
上記二つの例とパレスチナのテロで共通していることは、巨大な軍事力に対する弱小側の対応だと言うことです。

この例を世界から拾ってみます。
テロとゲリラは微妙に違うのですが、共によく似た状況で用いられています。

 

 

4
< 4. Spanish independence war by Goya >
< 4. ゴヤが描いたスペイン独立戦争 >

 

Guerrilla in wartime.
The Spanish guerrilla against Napoleon forces in Spanish independence war.
The Chinese guerrilla against Japanese military in the Japan-China War.
The Yugoslav Partisan against German military in the World War II.
The guerrilla of Viet Cong against the U. S. Armed Forces in the Vietnam War.
These were mainly fights local citizen performed against the invading army.

Terrorism during a conflict
The terrorism having aimed at abolition of Apartheid in South Africa.
The terrorism by the IRA having aimed at independence of Ireland in the U.K.
The terrorism aiming at independence of Palestine in Israel.
The terrorism by Islamic extremist advocating anti-western idea all over the world.
It is said that these aim at giving the authority fear mainly.

A difference of killing combatants is outstanding between these terrorism and these guerrillas, but it is only difference in situation.

In fact, there are many private citizens massacred by regular army in the war, such as Dresden bombing, Chongqing bombing, atom bomb on Hiroshima and Nagasaki, retaliation to guerrilla (Nanjing Incident and My Lai Massacre).

 
戦時下のゲリラ。
スペイン独立戦争でのナポレオン軍に対するスペインのゲリラ。
日中戦争での、日本軍に対する中国のゲリラ。
第二次世界大戦での独軍に対するユーゴスラビアのパルチザン。
ベトナム戦争での米軍に対するベトコンのゲリラ。
これらは主に現地の市民が侵略軍に対して行ったものです。

 

5

<5. Former IRA>
< 5. かつてのIRA >

 

紛争中のテロ。
南アフリカでのアパルトヘイト撤廃を目指したテロ。
英国でのアイルランド独立を目指したIRAのテロ。
イスラエルでのパレスチナ独立を目指すテロ。
世界中で反欧米を唱えるイスラム過激派によるテロ。
これらは主に権力側に恐怖を与えることを狙っていると言えます。

これらゲリラとテロでは戦闘員殺害の差が目立つが、状況の違いでしかない。
実は、戦争において正規軍が民間人を殺戮することは、ドレスデン爆撃、重慶爆撃、広島長崎の原爆投下、ゲリラへの報復(南京事件、ソンミ村事件)など数多くの大量殺戮があった。

 

Important thing
Terrorism is a crime that we should hate.

However, there were lots of villainy before then, such as discrimination, destruction and slaughter.
Originally, it should be brought to justice as war crimes together.
Unfortunately it is difficult to punish rulers, and it is usual that the information is deflected by these rulers.

The important thing is we don’t look away from the background that the terrorism occurs on.

Mutual understanding was indispensable for the end of bloody conflict that happened in the world.
When there was not it, there only was submission or erasure.

On the next time, I approach a relation of religion and terrorism.

 

 
重要なこと
テロは憎むべき犯罪です。
しかし、多くはそれまでに数多くの非道(差別、破壊、虐殺)があったのです。
本来は共に戦争犯罪として裁かれるべきものです。
残念なことに支配者を罰することは困難で、さらにその情報は支配者によって偏向させられるのが常です。

重要な事は、私達がテロが生まれる背景から目をそらさないことです。

世界で起きた血みどろの紛争の終結には、必ず相互理解が不可欠でした。
それが無い時は、忍従か抹殺しかありませんでした。

 
次回は、テロと宗教の関係を追います。

 

 
注釈1
本「特攻隊だった僕がいま若者に伝えたいこと」p40より。

注釈2
日本の特別攻撃の航空(神風)・海中(回天)・海上を合わせて約6000名が死んだ。
冥福をお祈りします。

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