politics

Bring peace to the Middle East! 74: Why was it exhausted ? 12: When did the world stand at a crossroad? 3


中東に平和を! 74 なぜ疲弊したのか 12: 何が岐路になったのか? 3

 

1a
< 1. Tel Aviv in Israel >
< 1. イスラエルのテルアビブ >

 
As we have seen, the country that has been exhausted was once a colony or a communist country.
This time, we deepen the understanding a little more.

 
今まで見て来たように、疲弊が進んでいる国はかつて植民地か共産主義国家でした。
今回は、もう少し理解を深めます。

 
Introduction
Why were those countries exhausted if it became a colony or a communist country?
It was severe domination that one thing was common to both two groups of those countries of those days.

In the colony, immigrant different ethnic group had been depriving everything from the majority of indigenous peoples.
In the communist country, a part of bureaucrats were depriving the freedom of all citizens.
The important thing is that the domination of both groups extended over everything from politics to economy, and military affair, etc.
This is the big reason why these countries are hard to get out of exhaustion even if they became a independent or constituted a departure from a communist regime.

 
はじめに
植民地にされたり、共産主義国家になるとなぜ国家は疲弊するのでしょうか?
両者に共通していたことは過酷な支配が定着していたことです。

植民地では異民族が大多数の先住民からあらゆるものを収奪していました。
共産主義国家では一部の官僚が全国民の自由を奪っていました。
重要な事は、両者の支配は政治・経済・軍事などあらゆるものに及んでいたことです。
このことが、せっかく独立を果たしても、また共産主義体制から離脱しても、なかなか疲弊から抜け出せない理由です。

 
Let’s see a clear example
In Israel, many Jews immigrated in a short period and made the country from scratch.
There was not a system of deprivation among the Jews who account for 75% of the population.
And the economic force of this country is high, the stage of the corrupt government is low, and the income gap is small. Annotation 1.
Now, we are hard to imagine the Jews had been despised in the past.
Unfortunately they are depriving many lands from the indigenous Arab.

 
端的な例を見てみましょう
イスラエルでは、多数のユダヤ人が短期間に移住して国を一から作りました。
人口の75%を占めるユダヤ人の間には収奪する制度が生まれなかった。
そして、この国の経済力は高く、政治の腐敗度は低く、所得格差も少ない。注釈1.
あれだけ蔑まれたことがまるで嘘のようです。
残念なことに彼らは先住のアラブ人の土地を収奪し続けているのだが。

 

2a

< 2. Egypt of Arab Spring >
< 2. エジプトのアラブの春 >

 
How about Egypt and Turkey in the same Islamic area?
The per capita income of Egypt is one third of that of Turkey.
Turkey separated religion from politics a hundred years ago, is advancing modernization, and is a favorable economy.
Meanwhile, Egypt tried to push forward modernization from half a century ago, but fell into a military dictatorship, and the economy stays stagnant due to repeated wars.
The difference is that Egypt once was dominated by different ethnic Turkey, next was dominated by the UK, on the other hand Turkey had never been dominated.

 
同じイスラム圏のエジプトとトルコはどうだろうか?
エジプトの一人当たりの所得はトルコの3分の1です。
トルコは百年前に政教分離を行い近代化を進め順調です。
一方、エジプトは半世紀前から近代化を推し進めようとしたが軍事独裁に陥り、その後は度重なる戦争などで低迷している。
この違いは、かつてエジプトは異民族のトルコ、続いて英国に支配されたが、トルコは支配されたことがなかったことにある。

 
What is wrong?
After all, we knew that country’s exhaustion – a faltering economy, political corruption, or income disparity – is not decided due to difference of ethnicity, religion or race, but rather is decided due to whether it has received severe domination over the long term.

Then, if white people became to be a majority in the colony such as the US, Australia and Chile, why are the countries not exhausted ?
Some people must think that this represents a white people’s excellence.

 
何が悪いのか
結局、国の疲弊-経済の低迷や政治腐敗、所得格差-は民族や宗教、人種の違いではなく、過酷な支配を長期間受けたかどうかで決まることがわかりました。

しかし、それでは米国やオーストラリア、チリのように、なぜ白人が植民地で大勢を占めると疲弊しないのか。
これこそ白人の優秀さを示してると考える人もいるはずです。

 

3

< 3. a gap between the rich and the poor in South Africa >
< 3. 南アフリカの貧富の差 >

 

For example, in South Africa that was a British territory, white people dominated nine-fold black people.
The white people did not admit free passage, land ownership, and voting rights of black people, and overworked them with low wages.
At those times, the per capita income was higher in Africa, because the income of the white people stood out.
Although the racial discrimination policy was abolished in 1994, the number of murders is still large and the economy is still sluggish.

 

例えば、英国領だった南アフリカは白人の入植者が9倍ほどの黒人を支配していた。
白人は黒人の自由な移動や土地所有、選挙権を認めず、低賃金で酷使した。
当時、一人当たりの所得はアフリカでは高い方であったが、それは一部の白人の所得が突出していたからでした。
1994年に人種差別政策は撤廃されたが、今も殺人件数が多く、経済は低迷している。

 

4

<4. settlement of the American West of the US >
< 4. 米国の西部開拓時代 >

 

On the other hand, why do the three countries not get exhausted?
This is the result that they had to work hard themselves rather than doing deprivation from the indigenous people at the founding of the countries, because the indigenous people was few.
In other words, they could not organize a system of deprivation.
However, the US seems to have become a country that tolerates large income disparity, as they were using black slaves and usurping the land of indigenous peoples.

In sum, this key point is also a presence of the system of deprivation.
Mankind often discriminate alien people even if they treat their relatives in an equal way.

 
一方、前述の三ヵ国はなぜ疲弊しなかったのでしょうか。
これは建国初期に先住民が少ないか減少した為に、収奪ではなく自ら働く社会を作らなければならなかった結果なのです。
しかし米国は、黒人奴隷の使役や先住民の土地を収奪していたこともあり、大きな所得格差を許容する国になったと考えられます。

つまり、ここでも収奪制度の有無がポイントでした。
人類は、往々にして身内には平等であっても異なる人々を差別します。

 

5a

*5
There is still doubtful thing
Should they drag things of such old colonial era for all time?
There are persons thinking they should make a recovery by self-responsibility.

For example, when was the French Revolution that was begun in 1789 completed?

I think It was in 1870, when the Third Republic was established after overcoming repeated counterattacks from the ancient regime and obstruction by neighboring countries.
For nearly a hundred years, they were dropping a lot of blood, then they left off the royal government, and separated religion from politics.

 
まだ疑問が残る
そんな昔の植民地時代のことをいつまで引き摺っているのか、自己責任で立ち直るべきだと思う人がいるはずです。

例えば、1789年に始まったフランス革命は、いつ完成したのだろうか。

それは、度重なる旧体制側からの反撃や周辺諸国からの妨害を乗り越えて、第三共和政が樹立された1870年ではないだろうか。
つまり、ほぼ百年の間、多くの血を流して王政を脱し、政教分離を手にいれたのです。

 

6a

*6

 
When did Japan that had achieved the Meiji Restoration in 1868 become a truly democratic country ?

Although Japan became a powerful country, on the other hand, could not suppress the armed faction and the company syndicate, and rushed toward the great war.
After the defeat of 1945, under the occupation of the US military, the company syndicate and the armed faction were dismantled, women’s right to vote was permitted, and finally Japan became a democratic system.

In other words, it is not easy for a country to switch from a system of deprivation to a democratic regime.

 

This continues to the next time.

 
1868年に明治維新を成し遂げた日本が真に民主的な国になったのは何時の事だろうか?

富国強兵で強国となったが、軍閥と財閥の肥大化を抑えることが出来ず、大戦へと突き進んだ。
そして1945年の敗戦後、米軍の占領下で財閥や地主の解体、女性選挙権の開始が進められ、やっと民主的な体制となった。

つまり、一つの国が収奪的な体制から民主的な体制に転換することは生易しいものではないのです。
次回に続きます。

 
注釈1.
イスラエルの建国は他の例と異なり、豊富な資本が集まり、また高度な技術者が集まった。
このことが今の経済や産業を支えている大きな理由です。

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何か変ですよ! 55: 何が欠けているのか


 1

*1

 

 

今、籠池氏の発言(森友学園への格安国有地払下げ問題)で野党は色めき立っている。

一方、与党は毅然と構え、国民は蚊帳の外に置かれている。

ここには何かが欠けている。

 

 

はじめに

結論から言えば、これは些細な問題に過ぎず、このようなことに議会が精力と時間を掛けるべきではない。

 

確かに、これは本質的で深刻化している政治状況の一発露ではあるが、これ事態を追及しても、違法性を確認することは難しいだろう。

ここは与野党共に無駄な努力をせず、早急に事を治めるべきです。

国民はゴシップ記事のようなつまらない事件に振り回されるべきではない。

 

むしろ、国民はこの事件から見えて来たある政治状況に気づき、またマスコミや野党はもっと将来を見据えて行動すべきです。

 

 

この事件のポイント

真相解明は半ばで、この先も確たる証拠は出てこないでしょう。

だが、あえて私はこの事件のポイントを要約しておきます。

 

A: 保守的な一教育者が政治家をうまく利用しながら事業を拡大して来た。

 

B: 保守的な内閣が誕生し、強力な体制を構築した。

 

C: 身に降りかかる事件が発覚すると首相は強気の抗弁をした。

 

D: 批判的なマスコミと野党がこれを追及し、主役を吊るしあげた。

 

E: 主役は開き直り、今までの経緯を全面的に開示した。

 

F: 関与している政府や議員、官僚から都合の悪い資料は一切出て来ない。

そして泥沼試合となった。

 

 

 

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*2

 

 

簡単に考察します

この経緯を見てみると、取り立てていうほどの犯罪的で重大な問題はないように思える。

 

A:

この手の政界絡みの便宜供与は従来から、特に長期政権の与党にはつきもので、贈収賄などの犯罪で摘発されるのは氷山の一角に過ぎない。

 

B:

今回のような事件が起こる状況は当然進んでいる。

 

最近の文科省の天下りの常態化からも察せられるように、官僚や議員の振る舞いはは益々官邸の姿勢で決まります。

つまり官僚が忖度し便宜を図るようなことは今後益々常態化するでしょう。

日本の政治はジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)で成り立っているのであり、それが集中化するだけです。

 

C:

現首相の強弁、常識的には虚言と思われる発言が、歴代首相の中では目立つはずです。

「強行採決はしたことが無い」「憲法改正の発議は私と無縁」とか。

 

D:

嘆かわしいのですが、誰かれなしに叩き、運よく行けば現内閣を倒せると目論んでいる。

これで内閣が倒れて、誰が替わって政権を担当するのか?

今の野党に、より良い経済政策や外交政策があるようには思えない。

 

おそらく多くの国民は、将来、日本が軍事大国化しようが、分裂気味のトランプに追従しようが、直ぐ先で景気が良くなり、米国が日本を守ってくれることの方を望んでいる。

これが正しい判断かは別だが、少なくとも野党はこの望みを叶える方策を提示できない。

 

E:

証人喚問での主役の言動を見ると、保守人としての誇りを失わず、堂々と権力の理不尽さに立ち向かう姿が印象的でした。

私は彼の思想ややり方に賛同出来ませんが、トカゲの尻尾切りにされている状況に同情したくなる。

バレなければ、強力な保守政権だからこそ、ぬくぬくと甘い汁を吸えたはずなのに。

 

F:

これは正に、日本の政治文化で最も重大な欠点の一つです。

 

財務省が許認可を行った経緯の議事録を破棄したと堂々と発言していることです。

このような事例は、最近のスーダンの陸自日誌破棄事件や古くは福島原発事故の記録公開などのように、国民やマスコミには政府や官僚の行動をチェックする方法が断たれていることを示す。

また秘密保護法などで、さらに都合の悪い政府側の資料が出て来なくなっている。

 

 

 

何が最重要な問題なのか?

大きく二つあります。

 

一つは、マスコミと野党の追及姿勢です。

今回の追及は益なしで、むしろ弊害の方が大きい。

国民の多くは現内閣を信頼しており、その信頼を突き崩すことに躍起になるあまり、度を越して追及すればするほど、逆効果になる可能性がある。

 

日本がかつて治安維持法を採択した経緯の中に、当時のマスコミや野党が政府のあら捜しで国民を煽り過ぎて、逆に暴徒化を鎮圧する口実を政府に与えてしまったことがあった。

ここまでは行かないだろうが、行き過ぎは世論を激しく左右に分裂させてしまい、米国のようにポピュリズムで極右のトランプ政権誕生に繋がった。

この傾向は欧米で顕著になっており、さらに危険な状況を生むことになる。

 

 

今一つは、政府や官僚の情報公開です。

日本には、都合の悪い議事録を遺さない、また内部告発を行わない組織文化があります。

法律はこれらを改善しようとしているのですが、進んでいない。

 

さらに悪いことに、ここ数年、日本は米国に追従して、情報を益々秘匿する方向に向かっています。

 

これらはやがて、日本の政治を取返しのつかない方向に追い込むことになるでしょう。

 

どうか、皆さん細かいことに目を奪われずに、大局を見て頂きたい。

 

 

 

 

 

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何か変ですよ! 54: 捨てることが出来るか


 1

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誰しも既存のものに固執していると、発展のチャンスを失うことがある。

しかし、なかなか馴れ親しんでいるものをキッパリと捨て去ることは難しい。

今の社会について、少し考えてみましょう。

 

 

はじめに

手描きで行っていたデザインを、これからパソコンで描きなさいと言われれば、特に年配者には苦痛だろう。

慣れたやり方を捨てるのは辛いものです。

 

一念発起して海外に飛躍を求めるなら、人は友や故郷と別れなければならない。

サラリーマンは定年退職すると、それまでの収入や地位を捨てなければならない。

買った物を捨てることが出来ない人は、やがて家中が不用品で一杯になってしまうだろう。

 

捨てることは、結構辛い意思決定を伴います。

 

しかし今日、皆さんと考えたい問題は、社会や人類の未来についてです。

 

私達は多くの新しい技術や社会システム、思想を得て進歩して来ました。

一方で、私達は同時に多くのものを捨てて来ました。

 

我々が特別に意識せずとも、古いものが自然と廃れていくこともありますが、逆になかなか捨てることが困難な場合もあります。

 

知って頂きたい事は、かつて人類が捨てることを英断し、新しい局面を切り開いて来た事実です。

これなくして今の人類社会はなかったのです。

 

 

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人類は何を捨てて来たのか?

最も古いものとしては、四足歩行ではないでしょうか。

二足歩行で手が使えるようになった化石人類は、早く走れて安定性のある四足歩行を捨てることになりました。

 

歴史時代になって、人類は科学的な思考を取り入れたことにより多くの事を捨てて来ました。

それまで人々は病気や不幸の多くは、遥か昔の因果や実体のない穢れなどによると考えていました。

医学や技術の進歩と共に、これらは迷信と見なされ廃れて行きました。

新しい宗教を生み出したイエスや釈迦、孔子でさえ、一歩進んだ科学的理解を持っていました。

 

これらは長い年月をかけて発展し人類に多大な影響を与えました。

 

身近なもので、陳腐になってしまったものにはどのようなものがあるでしょか?

レコード盤、そろばん、戦艦大和などは明快な例でしょう。

いずれもこれら道具や武器は性能が劣ってしまったので使われなくなりました。

これらの転換を止めることは難しい。

 

逆に転換が困難なものもあります。

フロンガス、洗浄用の有機溶剤、自動車の排ガスなどです。

 

フロンガスはオゾン層を破壊することがわかり、現在、世界が協力して使用制限を行っています。

毒性の強い有機溶剤や排ガスも規制されるようになりました。

これらの規制は、社会の安全性の点からは必要なものでしたが、経済コストとの兼ね合いで、産業界から強い反対がありました。

 

逆の事例もあります。

日本が石炭から石油に転換を図る時、落命の危険がありながらも失業を恐れた労働者側は転換に反対しました。

一方、産業界側は石油の方がコスト的に優位だったこともあり、大きな労働争議となったが、結局、転換が図られました。

これで良かったのですが。

 

 

今の社会の礎となっているもので、大きな発想の転換が必要だったものには何があったでしょうか?

 

土地所有、特許状、株式会社、金本位制などは大きな転機となりました。

 

古くは、部族社会において土地は概ね共有であり私有ではありませんでした。

 

かって特許状の主なものは、王が恣意的に商人などに独占権を与えていたのですが、やがて、画期的な発明に対して国が発明家に独占権を与えるようになりました。

 

以前、事業者は負債を全額返済すべきでしたが、株式会社になると出資金(資本)の範囲だけの返済責務を負うだけになりました。

 

現在の経済と産業の発展は、この三つの要素が機能してこそだと言えます。

 

かつて金本位制は国家経済の安定に不可欠だと考えられていました。

貨幣が金に兌換出来ることで信用が得られ、また国も金保有量に応じた歳出しか出来ず、野放図を抑えることになりました。

現在は、これを放棄することにより経済成長(金融)を比較的自由にコントロール出来るようになりました。

 

我々は個人から国家、世界まで多くの事と決別して来たのです。

 

 

何が問題なのか?

人類と社会はより良くなるために、かつての栄光や習慣的なもの、また危険で害を及ぼす物など使用を止めるようになりました。

 

規模の大きい転換はけっして容易ではなく、あらゆる既得権益層(産業側や労働側など)の抵抗がありました。

また人々の意識転換が必要なものもありました。

 

今、私が問題だと思うのは二つです。

 

一つは原子力産業です。

福島の原発事故被害の甚大さ、東芝の原子力事業の膨大な負債を見れば、これからも国が原子力産業を推し進めてくべきものとは思えません。

これは単純に既得権益層の擁護と惰性から続けているだけに過ぎない。

 

人類が幾度も乗り越えて来た捨てることの英断を、今こそ行うべきです。

 

 

いま一つは、トランプ現象と関わる問題です。

米国が主導して来た野放図なグロ―バル化によって、米国の中間層以下の労働者は仕事を無くして来ました。

 

グローバル化は世界にとって必然であり、国全体として経済的メリットを享受することは明らかです。

しかし、各国の競争力のない産業はやがて衰退する運命にあることも明白です。

この部分が、あたかも自己責任として放置されて来た結果、不満が爆発した。

 

ここに二つの問題があります。

一つは、グローバル化の恩恵が偏在しており、逆にそのしわ寄せが労働者にのしかかり続けていたのです。

つまり所得格差で拡大であり、米国は特に大きくなっています

これは政府サイドの問題です。

 

もう一つは、労働者側の問題です。

誰しも仕事していれば理解出来るはずです。

皆さんは作業方法の変化や、製品と業種の栄枯盛衰を身に染みて感じているはずです。

すべて国任せで、仕事や企業の衰退を補うことは出来ません。

 

やはり、自ら変化や衰退に備えて、自己の革新を日頃から行わなければなりません。

今や米国は、かっての英国病のように、国力の衰退だけでなく、精神的にも衰退しているようです。

 

 

何が大事なのか?

国政でも、個人でも、既成や惰性と決別し、前に向かっていく心意気をもたなくてはいけない。

 

それが出来ない社会は衰退するしかいないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 72: Why was it exhausted ? 10: When did the world stand at a crossroad? 1


中東に平和を! 72: なぜ疲弊したのか 10: 何が岐路になったのか? 1

 

1

< 1. Various countries >
< 1. 様々な国 >

A is Japan, H is Bolivia, I is Syria, and C is Switzerland.

Aは日本、Hはボリビア、Iはシリア、Cはスイスです。
Now in the world, there are countries that enjoy prosperity and peace, on the other hand, there are countries that suffer from poverty and conflict.
What was this gap caused by?
There is something we need to learn from it.

 

今、世界には繁栄と平和を享受している国がある一方で貧困と紛争に喘ぐ国がある。
この落差は何に起因しているのだろうか?
そこには我々が学ぶべきものがある。

 

2植民地の影響b
< 2. See the differences in the world >
< 2.世界各国の違いを見る >

Upper map: Gross domestic product, per-capita GNP. The rate is higher as much as the darker blue color.

Lower map: Degree of corrupt politics. the degree is worse as much as the darker red color.

 

上の図: 一人当たりの国内総生産GDP。濃い青色ほど高い。
下の図: 政府の腐敗度。濃い赤色ほど悪い。

 
Introduction
We may have accepted this gap as a matter of course.
But, what will you think abut it if this gap is caused by certain common cause?
Let’s see the current state of the world easily.

 

I think that the representative of good countries are A Japan, C Switzerland, D America, and E Australia. Annotation 1.
These countries have the high gross domestic product, are low degree of political corruption, and have not become civil war.

 

The countries over 180 on other continents are struggling mightily.
In many cases, the economy is stagnant, the public safety is bad, and the politics is corrupt.

 

Once America and Australia were colonies, but became a white country.
Switzerland has not become a colony.
Japan has never been dominated by other countries at all.

 

The common point among these is only that it is not a country of people (indigenous people) under colonial rule.
Besides, it is important that these countries have not experienced Communist dictatorship. Annotation 2.

 

はじめに
私達はこの落差を当然な事として受け入れている。
しかし、この落差がある共通の原因で起こっているとしたらどうだろうか?
世界の現状を簡単に見てみましょう。

 

順調な国の代表としてはA日本、Cスイス、Dアメリカ、Eオーストラリアでしょう。注釈1.
これらの国は国内総生産が高く、政治の腐敗度も低く、内戦もない。

 

他の大陸の180ヵ国を越える国々は悪戦苦闘している。
多くは経済が低迷し、治安が悪く、政治は腐敗している。

 

かつてアメリカとオーストラリアは植民地だったが、白人の国になった。
スイスは植民地になっていない。
日本はまったく他国に支配されたことがない。

 

これらに共通しているのは植民地支配を受けた人々(先住民)の国ではないことに尽きる。
他に、共産主義による独裁を経験していないことも重要です。注釈2.

 

3植民地2b

< 3. a few countries just did not experience colony >
< 3. 植民地を経験していない国 >

 

The world is almost full of colonized countries except for Europe, Russia and Japan.

植民地になっていない国はヨーロッパ、ロシア、日本を除いてほとんどない。

 

4aaa

< 4. 過酷な植民地化を逃れた国々 >

 

Countries that escaped from harsh colonization
Will a country always be exhausted if it became a colony?
Rare countries could escaped from the difficulty even if these countries were colonized and the indigenous people are a major part.

 

French Tahiti (annotation 4) in the South Atlantic Ocean and French Guiana in the South America are rather supported because the both are less resource or have harsh natural conditions.

 

F Botswana in Africa is a relatively smooth country even within harsh colonies.
The Botswana was the poorest country at the time of independence in 1966, but has achieved steady economic growth. Annotation 5.
This was because several kings cooperated and secured independence for own country through a diplomacy at that time.
But it seems an important reason is because there were no products or mineral resources in there.

 

In other words, a country without resources to rob escaped the difficulties.

 

B Thailand is only country that has kept up own independence even in colonized Southeast Asia, and has not experienced miserable civil war. Annotation 6.
This reason was because not only the excellent diplomacy skills of the royal family but also this area was a buffer zone of British forces and French forces.

 

As in Thailand, C Switzerland and A Japan in a small country could escape the difficulty of colonization by primarily geopolitical reasons.

 

Also, even if a country was a colony, the circumstances will change if white settlers account for the majority.

 

At that time, E Australia, was similar to D the U.S., could not make a social system to abuse the indigenous people and to rob the produce because of the barren land, so these settlers had to make an equal society for getting engaged in production by themselves.
In the meantime, the indigenous people were suffering the harsh destiny and reduced the population.

 

Summarizing the complicated history daringly, the common point among these countries is that a harsh domination structure by colonies did not form in it.
Unfortunately, these were rare cases.

 

This continues to the next time.

 

過酷な植民地化を逃れた国々
植民地になれば必ず疲弊すべき国になるのでしょうか。
例え植民地化され、先住民が主体の国でも稀に難を逃れた国はあります。注釈3.

 

南大西洋に浮かぶフランス領のタヒチ(注釈4)と南米のギアナは、資源が少ないか過酷な自然条件なため、むしろ支援を受けています。

 

Fボツワナは過酷な植民地となったアフリカにあって、比較的順調な国と言えます。
1966年の独立当時、最貧国でしたが、順調な経済成長を遂げています。
注釈5.
これは当時、複数の王が協力し外交によって自立性を維持したからでした。
しかし、ここでも重要なのは、ここには産物も鉱物資源もなかったからでした。

 

つまり、搾取すべき資源が無い国は難を逃れたのです。

 

Bタイは、植民地化された東南アジアにあって唯一独立を通し、内戦の憂き目に合っていない。注釈6.
これは王家の優れた外交手腕のおかげもあったが、実は、英仏勢力の緩衝地帯にあったからです。

このタイと同様に主に地政学的な理由で、小国のCスイスやA日本が植民地化の難を逃れたと言えます。

 
また、たとえ植民地だったとしても、白人移住者が大半を占めてしまうと状況は変わります。

 

EオーストラリアはDアメリカと同様なのですが、当時、不毛な大地ゆえに先住民を酷使し産物を奪取する社会体制が成り立たず、入植者達は自ら生産に携わる平等な社会を作るようになったのです。
この間に、先住民は過酷な憂き目に合い、人口を減らしていくことになるのですが。

複雑な歴史を敢えて要約すると、これらの国々の共通点は、植民地による苛烈な支配構造が出来なかったことです。
残念ながら、これらは稀なケースでしかないのですが。
次回に続きます。

 
注釈1.
他にも、西欧や北欧、北米に良好な国はあります。
西欧は植民地化を行った国なので省きます。

注釈2.
共産主義の独裁を経験した国も疲弊する国家へとなってしまうのですが、ここでは話を簡略化するために割愛します。

注釈3.
植民地になった国の多くは先住民(黒人、インディオなど)が主体です。
しかし、入植者の白人や強制連行された黒人が先住民より多い国もあります。

注釈4.
IMFによる国内総生産額 (一人当り購買力平価)では世界で46位(2012年)です。

注釈5.
世界銀行による国内総生産額 (一人当り購買力平価)では世界で69位(2013年)です。
これは世界の平均75位より高い。

注釈6.
今の王家になってからは内戦や戦争の難を逃れているが、軍部によるクーデターは幾度も起こっている。
その度に、王が仲裁に入り、事態の悪化を逃れている。

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何か変ですよ! 52: トランプの評価を巡って


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不思議なことがある。

大衆はなぜ突如として極端な行動に出るのだろうか?

トランプ大統領の選択がその好例です。

 

不思議なこと

私はトランプに関する本を6冊読んだが、トランプ大統領の評価は混乱している。

 

彼の就任は悪化している米国の現れか、彼の希代の才能ゆえか、それとも何かの間違いか?

我々は彼に期待すべきか、はたまた最悪の事態に備えるべきか?

これは世界にとって吉兆なのか、それとも凶兆なのか?

 

これら相矛盾する評価から、米国社会と世界の混沌が見えて来ます。

 

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相矛盾する評価

 

*トランプ氏に対する評価

意見は大きく二つに分かれる。

 

トランプを高評価する人は、彼は群を抜いた交渉力を持ち、幾多の困難を乗り越えたビジネスマンで、機を見るに敏だと言う。

また彼は自己資金で戦ったので既成勢力と無縁で、正直者だからと期待されている。

 

彼を否定する人は、彼は感情的、ナルシスト、守銭奴だから信用出来ないと言う。

また彼は政治経験がなく、極右で、煽動家だから危険だとされている。

 

 

*トランプ氏が選ばれた背景

概ね以下のように要約できる。

 

幾多の有力候補やヒラリーが嫌われ、投票率が低い背景に、ホワイトハウスへの根深い不信感があり、大衆は既成政治との断絶を求めた。

さらに白人層の危機感と女性蔑視が大きく作用した。

 

彼は大衆の不満(移民、ムスリム、派兵、失業など)を積極的に取り上げ、既成概念に囚われない解決法を示した。

それをデマゴーグと非難するマスコミと他候補に対して、彼は悪態とメール発信でやり込めることが出来た。

 

彼はテレビ番組の人気者であったが、当初、泡沫候補と見られていて、マスコミは興味本位に彼を扱ったことより、露出度が非常に高まった。

マスコミは彼の人気が出てから批判を始めたが、既成勢力と非難され、逆効果となった。

 

他に、米国における闇の支配者などの陰謀説もある。

 

 

*著者たちのトランプ大統領の評価

 

彼をレーガンやエリツインになぞらえ、彼こそが米国で創造的破壊を起こしてくれるとの期待がある。

確かに、他の候補では超富裕層による支配、戦争継続、移民増大、格差拡大が続く可能性がある。

 

当然、危険視する意見もある。

彼のほとんどの解決策はデタラメで、特に経済政策、結局は米国と世界を混乱に陥れる可能性が高いと見られている。

 

結局、ジリ貧になっていく白人層は、溺れる者は藁をも掴む心境のようだ。

日本もこうならないように願いたいのだが。

 

 

様々な疑問

 

A: 経済に創造的破壊は必要だが、大統領が旗を振ってうまく行くのだろうか?

 

歴史的には、イギリスの産業革命などのように、良い創造的破壊が起きる時は、それぞれの利益を代表する集団が交渉し妥協しながら自由裁量権を得て、イノベーションへの意欲が持続する時です。

残念ながら、現状は金権政治(超富裕層による支配)で社会の調整機能が失われているのですが。

 

彼が進める公害防止や金融規制などの緩和・撤廃、また相続税廃止などの富裕層減税は、明らかに弱者を増やすだけで、創造的破壊とは別物です。

 

世界を牽引している米国の情報通信などのイノベーションは政府の関与とは言えない、また移民も大きく関わっている。

 

 

 

B: 大統領に破壊を期待すると、何が起きるか?

 

レーガンの経済政策により、後に米国は双子の赤字と格差拡大で苦しむことになり、日本は円高を飲まされることになった。

 

エリツィンの経済政策により、ロシアはハイパーインフレを起こし経済破綻し、プーチンの独裁を招くことになった。

 

ヒトラーの例は既に述べました。

 

レーガンはインフレを抑制し冷戦終了を導いた、またエリツィンはソ連崩壊と共産経済の低迷からの脱出を導いたと言える。

 

結局、国民は混乱に備え、相当の覚悟が必要です。

 

 

 

C: 大統領に人格や見識は必要ないのだろうか?

 

例えば、彼は数度の倒産にもめげず大富豪に成り得たのだから素晴らしい胆力と能力を持っていると評価される。

見方を替えれば、幾度も借金を踏み倒し、従業員を路頭に迷わせたのだから、無計画で無責任な人間とも言える。

 

実際、彼のビジネス手法には違法まがいが目立ち、また脱税(節税)しているらしい。

はたしてこのような人物に国を任して良いのだろうか。

 

 

D: トランプを期待する心理の不思議。

 

概ねトランプを評価する著者らは共和党寄りのように思える。

彼らは民主党政権には辛辣だが、共和党への悪口がまったくない共通点がある。

逆も真なりですが。

 

例えば、ヒラリーは多額の献金を受け、戦争を拡大させ、裏で汚い事をしていると罵る。

また民主党政権は中東で手を打たなかったから戦火が拡大したと言い、一方でトランプは外国に干渉しないから、世界は平和になるとも言う。

中東を大きく混乱させたのはブッシュ親子だと思うのだが。

 

私は、どっちもどっちで、まだ民主党の方が少しましなように思えるが。

 

また、盛んに陰謀論を唱える福島隆彦は2016年7月出版の本で、ロックフェラーがトランプに決めたと自慢げに書いている。注釈1。

キッシンジャーとトランプの娘婿の父親は共にユダヤ系の大物であり、彼らが仲介したと説得的でした。

 

しかしその年の4月の彼の本を見ると、ロックフェラーがヒラリーに決めたと書いていた。注釈2.

 

陰謀論は読んでいてワクワクするが、少し考えれば腑に落ちないことが見えてくる。

 

 

まとめ

やはり、米国は病んでいる。

米国主導のグローバリズムによって世界も病んでいる。

グローバリズムが悪いわけでは無いが、自由放任が悪い。

 

いつしか、既得権益層が社会を牛耳り、格差拡大が蔓延し、大衆の団結を防ぐ為に疑心暗鬼が煽られ、分断が深まった。

そして社会を変えられない大衆が焦り、そしてポピュリズムによる大きな左右への揺れが起きた。

 

この状況は、帝国主義やファシズムを生み出した社会と酷似しているように思えるのだが。

この時も、ナショナリズムと保護主義が世界に蔓延して行き、2度の大戦へと繋がった、

 

皆さん、どうか自分の身を守る術を考えておいてください。

 

 

 

3

*3

 

 

参考文献の紹介

*「トランプがはじめた21世紀の南北戦争: アメリカ大統領選2016 」

渡辺由佳里著、2017年1月刊。

 

彼女は米国で長年暮らしているジャーナリスト。

この度の大統領選の集会などを直に取材し、市民の眼からレポートしている。

トランプを支持する人々(主に白人)の実態が良く伝わってくる。

彼女はヒラリー寄りで、リベラル派の惨敗に気落ちしている。

 

 

*「トランプ政権でこうなる! 日本経済 」

岩崎博充著、2016年12月刊。

 

彼は日本在住の経済ジャーナリスト。

この大統領選挙を取材ではなく資料や本から分析しているようです。

トランプが選ばれた背景を妥当な情報で分かりやすく解説している。

私の感じでは、中立的な立場で、トランプ政権の今後を占っている。

彼はトランプによって災いが起きることを恐れている。

 

 

*「なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか? 」

佐藤 則男著、2015年11月刊。

 

彼はニューヨーク在住40年を超えるジャーナリスト。

書かれたのが序盤戦(予備選)の時期なので切実感はないが、米国大統領選の裏表を見せてくれる。

また序盤でのトランプへの悪評とヒラリーへの嫌悪感がよく伝わってくる。

彼は共和党寄りです。

 

 

*「トランプ大統領とアメリカの真実」

副島隆彦著、2016年7月刊。

 

彼はアメリカ政治思想研究の第一人者と自称している。

大統領選が混沌としている中で、早々とトランプで決まりと発言している。

本は読んでいて面白い。

米国の政治思想史や支配層の人脈を縦横に駆使しながら大統領選を鮮やかに分析している。

陰謀説で、踏み込んで断定する割には、2017年2月20現在において、多くが外れている。

極端で眉唾ものと思って読む分にはよい。

なぜか、この手の本はアマゾンでは評価が高い・・・。

 

 

*「『闇の支配者』最後の日々」

ベンジャミン・フルフォード著、2016年4月刊。

 

彼はカナダ出身のジャーナリストで日本に帰化。

この本ではトランプは扱われていませんが、米国の裏側を知りたいと思って読みました。

日本、米国、世界を股にかける闇の支配者が出て来ます。

私には、真贋を検証する力がありませんので、途中で放棄しました。

これもアマゾンでは評価が高い・・・。

 

 

*「トランプ・シフト これからの世界経済に備える14のこと」

塚口直史著、2016年12月刊。

 

彼は大成功しているヘッジファンドマネージャーで、世界の政治史にも見識がある。

この本は、トランプ後の世界の経済・金融を理解するには必見です。

経済用語が出て来て読みづらいところはあるが、読めば世界の現状と混乱の広がる様子を知ることが出来ます。

日本のアベノミクス、日銀政策についても明快な判定を下しています。

 

彼は、現実に大きな資金を運用する立場にある為、この危機にあって、今は様子待ち(手元流動性を高め)を行い、しっかりと備えるべきと警鐘を鳴らしています。

 

私がトランプの次に恐れているのは、中国経済の崩壊ですが、これがトランプによって更に悪化するかもしれない。

世界の悲運は、政府の些細な判断ミスや外交ミスの積み重ねで訪れるものです。

 

これで終わります。

 

 

注釈1

既述の「トランプ大統領とアメリカの真実」

 

 

注釈2

「マイナス金利「税」で凍りつく日本経済」副島 隆彦 著。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 51: 忠犬の何が悪いのか?


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*1

 
日本の未来は安倍首相の肩にかかっている。
去年まで、日本の政治は規定路線の延長から右旋回を始めたぐらいに思えた。
しかし、今回の日米首脳会談で、ある恐れが現実のものになった。

 
何が恐ろしいのか?
アベノミクスは変化があっても、せいぜいバブルの後に、より深い経済と財政の悪化を招くだけでしょう。
それは欧米の長年の悪戦苦闘の結果を見ればわかります。
それを遅れて真似ただけなのですから。

私が最も恐れるのは日本の安全保障です。
ここで二つの視点があります。

一つは、アジア大陸からの侵略です。
仮に中国や北朝鮮、ロシアが攻めて来た場合、まして核弾頭が撃ち込まれれば一たまりもありません。注釈1.
米国が後ろ盾になっていれば安心と思うのも無理はありません。

一方で、大戦後を振り返ればあることに気付きます。
戦争は核弾頭によるものではなくて、大国の周辺で果てしなき代理戦争が行われたことです。

ここで問題になるのは、日本の立位置です。
米国と敵対するのは危険ですが、さりとて、かつて侵略した中国と敵対するのも危険です。
やはり、ここはEUのように米国から一歩引いて民主主義と平和を守る自由主義圏の同胞として付き合うのが無難でしょう。

最大の問題は別にあります。
それは米国への従属です。
これは今までも議論されて来ましたが、今回、その懸念は現実のものとなった。

米国への従属がなぜ悪いのでしょうか?
中東やベトナム、アフガンの紛争を見ていると、米国は現地に親米政権(傀儡政権)を作り、望んでいたとまでは言えないが、代理戦争の一方の旗頭に祭り上げ、その結果、国民はどん底に叩き落された。
始めは米兵が世界の正義のために血を流してくれていたのですが、徐々に様変わりし、現在、現地は最新兵器の償却の場となった観がある。
歴史的に見て、欧米は異民族、異教徒を最後には利用するだけになった場合が多い。

 

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*2

 

日本は米国の属国になったのか?
これが問題です。
簡単に言えば、米国に操られ、言いなりになり、挙句は捨て駒になってしまうことが悲しいのです。

実は、私はこの手の情報を様々な本から知る機会があっても、今まで確証はなかった。
しかし、今は確信に近いものがあり、放置すると危険であり、早急に手を打つべきと考えます。

安倍政権になってからの米国寄りの姿勢、ましてや今回の首相の訪米を見ていると、露骨な米国追従です。
トランプ氏の発言を聞く限り、大方のEU首脳の反応こそが世界の平和と安全には正しいと思います。

しかし、今の日本はやわな指摘では済まされない状況にある。

特定秘密保護法や共謀罪の強引な成立には裏があったのです。
この一連の法整備には違和感があった。
かつての治安維持法の恐ろしさを知っていれば、強行採決など出来なかったはずです。

実は、これは米国から日本への指示だったのです。
小笠原みどり著「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」2016年11月刊(p90)でスノーデンが暴露しています。

彼は米国のアメリカ国家安全保障局 (NSA) および中央情報局 (CIA) の優秀な元局員で、横田基地のNSAでも業務していた。
彼は米国の悪辣な諜報行為、米国民だけでなく同盟諸国すら盗聴し監視する体制の底なしの闇に恐怖と怒りを持った。
最初、彼は長官に事実の公表を求めたが、否定されたので暴露せざるを得なくなった。

私はグリーンウォルド著「暴露:スノーデンが私に託したファイル」も読んでいますが、彼の米国を想い、将来を憂う真摯な態度に感銘を受けた。

一方、日本はこのように扱われても米国に対して全く異論を唱えない。
当然、防諜対策も米国への逆の諜報活動もしない。
実に今の日本政府は従順な忠犬というところでしょうか。

 

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*3

 

忠犬のどこが悪いのか?
きっとこんな指摘をする人がいるはずです。

実は、忠犬が悪いのでは無く、国民が知らない内に米国に操られていることなのです。

例えば、米情報機関は電話やメールをすべて盗聴しているので、政府にとって都合の悪い官僚や政治家の秘密を握り、マスコミに情報を流して、簡単に追い落とすことが出来ました。
現実に、米国ではベトナム戦争反対派の封じ込めなどの常套手段でした。

当然、日本でも行われており、確証とまでは言えませんが、野党や中国寄りの政治家などの追い落としは孫崎享著「戦後史の正体」で指摘されています。
日本での米情報機関による大々的な盗聴は揺るがない事実ですが、日本政府が何処まで積極的に追従しているかは闇の中です。

これを陰謀説と一笑に付することも出来ますが、ロシアのKGB出身のプーチン大統領、かつての東欧共産圏の監視社会などを思い起こせば、空恐ろしくなるはずです。
これは世界各国の政治史、宮廷ドラマではありふれた謀略に過ぎない。

米国の監視社会は世界にとっても危険の極みにあり、他山の石ではない。

 

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*4

 
結論
日本は米国への盲従を止め、少なくとも米国の監視下から脱して、EUの首脳並みの態度が取れるように方向を修正すべきです。
放置すれば、やがて大陸の境界に位置する日本列島は代理戦争の大きな災厄に見舞われるでしょう。

どうか、歴史を自力で確認し、何が真実かを見極めて頂きたい。

唯々、祈るばかりです。
「南無阿弥陀仏、アーメン、アッラー・・・」

 

 

注釈1.
迎撃ミサイルによる防御には限界があり、非現実的です。
このことは他の記事で幾度も解説しています。
実際問題、米ソの核開発競争を振り返れば、答えが無くて、その結果、核弾頭の廃棄物が山のように溜まっただけでした。

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Bring peace to the Middle East! 68: Why was it exhausted ? 6: The period background of imperialism 1


中東に平和を! 68: なぜ疲弊したのか 6: 帝国主義の時代背景 1

 

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*1
We have seen who has scattered the disaster to the world until now.
It seemed like ordinary people fascinated by demons.
However, this eventually will push our world into the mire.

これまで誰が世界に災厄を撒き散らしたのかを見て来ました。
それは悪魔に魅入られた普通の人々のように思える。
しかし、このことがやがて世界を泥沼に突き落とすことになる。

 

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< 2. colonial countries that were once controlled by Western Europe >
< 2. かつてヨーロッパの植民地だった国 >

 

Introduction
Later, we see that the imperialism which colonized almost all countries of this earth was deeply involved in the confusion and conflicts of present developing countries.
But before that, there is something we need to confirm.

That is to say, why was the imperialism that was selfish, violent and ruthless done by the people.
Why did the people do the inhumane exploitation?
Why could the people be cruel to indigenous people?
This was at most half a century ago.

Until now, we’ve looked at some cases, but people easily sacrifice other people.
If the imperialism was done by not so much demon but consensus of ordinary people, even now, their minds do not change, it may be a possibility of repeating easily.

 

はじめに
後に、地球上のほぼすべての国を植民地化した帝国主義が、現在の発展途上国の混迷と止まない紛争に深く関わっていることを見ます。
しかし、その前に確認したいことがあります。

それは身勝手で、暴力的で、無慈悲であった帝国主義がなぜ行われたのかと言うことです。
なぜ人々は人道に反する搾取を行ったのか?
またなぜ人々は先住民に対してあれほど残虐になれたのか?
これはたかだか半世紀前のことです。

今まで、事例を見て来ましたが、人々はいとも簡単に他者を犠牲にします。
もし、帝国主義が悪魔ではなく普通の人々の総意で行われていたとしたら。
今でも、その心性は変わらず、容易に繰り返す可能性があるかもしれません。

 

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What is the imperialism?
It is a policy to make other country a colony and dependent country by military power.
Although there was an expansionism and conquestism from a long time ago, especially it refers to the policy done by nations that became a monopoly capitalism stage since the end of the 19th century.
It began with the African division of Western Europe and then spread to the world.

The essential point is like that, but strangely the opinion of historians about it has divided.
The imperialism is an undeniable fact, but they can not identify its motive.
It is largely divided into three opinions. Annotation 1.

A: A capitalist state developed through the industrial revolution was seeking many export destinations for not only goods but also excessive capital to the world.

B: At that time, economic depression repeatedly had occurred, income disparity was bigger than now, the dissatisfaction was accumulating in the countries.
In addition, the reversal of economic power was occurring among countries having many colonies (Britain) and countries no having it (Germany).
Thus, the Western European countries tried to divert the public’s dissatisfaction by making an advance outside the area, and it became a competition.

C: The imperialism progressed sequentially by the interaction between the ruling side and the colonial side, and the factors differed from region to region.
In addition to the two above-mentioned reasons, the major factors were for recovering the losses due to prohibition of a slave trade, and the resistance and looting in the locale against the Westerners’ residents and immigrants.
After all, it was tangled with the past Western intervention, and it headed for further intervention.

In other words, rather than that the imperialism was initiated for a purpose, it can be said that it occurred as a result of various factors overlapping.

 
帝国主義とは何か

軍事力で他国を植民地や従属国にする政策。
古くから膨張主義や征服主義はあったが、特に19世紀末以降、独占資本主義段階に至った国家が行った政策を指す。
これは西欧のアフリカ分割から始まり、その後、世界に蔓延していった。

要点はこうなるが、不思議なことに歴史学者の意見が分かれている。
帝国主義の事実は動かせないのですが、その動機を確定出来ないのです。
大きく三つに分かれています。注釈1.

A: 産業革命を経て発展した資本主義国家は、商品だけでなく過剰な資本の輸出先を世界に求めていた。

B: 当時、恐慌が繰り返し発生し、今より所得格差は大きく、国内に不満が鬱積していた。
また植民地を多く持つ国(英国など)とそうでない国(ドイツ)で経済力の逆転が起こりつつあった。
こうして西欧諸国は、域外に進出することで国民の不満をそらそうとし、競争することにもなった。

C: 帝国主義は支配側と植民地側との相互作用で順次進行し、地域ごとで要因が異なる。
主要な要因としては、上記二つの理由に加えて、奴隷貿易の禁止による損失挽回の動き、西欧人の居留民や移民に対する現地の抵抗や略奪などがある。
これにしても、以前からの西欧の介入で紛糾し、さらなる介入を招いたことになる。

つまり、帝国主義は目的を持って始められたと言うよりは、対立国との競争、国内の不満回避、植民地との紛争を巡って、いつしか泥沼に突き進んだしまったと言える。

 

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Something seen from a misunderstanding
There are persons who say that the former action is not exploitation against East Asia because the Empire of Japan made huge investments (dam and railroad) for it.

Actually, the imperialist countries of the Western Europe came to have large loss due to deployment of troops and investment in the locale, and the people disliked it in the late stage.
Even so, the governments continued to take the policy for securing the colonial security and prestige of the state.

Similarly in Japan, the people amassed a huge debt (foreign bonds) for the war, lost everything in the defeat, and had to keep returning the foreign bonds even after the war.

In other words, in the time of the imperialism, it expanded because there were people got profit even though the government and the people were suffering.

 

This continues to the next time.

 
誤解の先に見えるもの
かつて大日本帝国は東アジアに莫大な投資(ダム、鉄道など)をしたのだから、搾取ではないと言う人がいる。

実は、西欧の帝国主義国家も軍隊派遣や現地への投資で、政府としては損失が大きく、末期には国民に嫌われていた。
それでも植民地の安全確保や国家の威信の為に続行された。

日本も同様で、戦争の為に莫大な借金(外債)を行い、敗戦ですべてを失っただけでなく、戦後も外債を返却し続けなければならなかった。

つまり、帝国主義の時代、政府と国民は苦しんでいても、利を得る存在があるからこそ拡大していったのです。
次回に続きます。

 
注釈1.
この説明は主に「講座/世界史5 強者の論理/帝国主義の時代」p.44を参考にしています。

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 32: ワルシャワ2


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今日は、快晴の旧市街を紹介します。

前回紹介した早朝歩いた場所と幾分重なりますが、ガイドの説明を聞くと印象はがらっと変わりました。

 

 

 

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< 2. 地図 >

 

上の地図: 早朝歩いたルートです。上が東側です。

緑線が行きのルートで、青線が行きと異なる帰りのル-トです。

緑字のSはホテルで、赤字のSはツアーの徒歩観光の起点です。

赤字のDは城壁で囲まれた旧市街の中心に位置するマーケット・プレイスです。

上の川はポーランド最長のヴィスワ川です。

 

中央の地図: ツアーの徒歩観光のルートです。上が東側です。

S:起点。 A:ワルシャワ・ゲットの記念碑。 B: キュリー博物館。 C:城門バルバカン。 D: 旧市街のマーケット・プレイス。 E: 展望台。 F:聖ヨハネ大聖堂。

 

下の地図: ポーランドとワルシャワを示す。上が北側です。

 

 

 

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< 3. クランシスキ宮殿とワルシャワ蜂起記念碑 >

 

上の写真: 左にクランシスキ宮殿、右に最高裁判所。

 

下の写真: 最高裁判所の前のワルシャワ蜂起記念碑。

ワルシャワ蜂起については後で解説します。

地図のS地点から撮影。

 

 

 

 

 

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< 4. ワルシャワ・ゲットの記念碑 >

 

上の写真: 最高裁判所の横。

 

下の写真: ワルシャワ・ゲットの境界跡と記念碑。

地図のA地点で撮影。

ワルシャワ・ゲットの解説は次回行います。

 

 

 

 

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< 5. 新市街 >

 

上の写真: 北側を見ている。

地図のB地点で撮影。

すぐ右手の白い建物はキュリー博物館です。

彼女は放射能の研究で最初のノーベル賞をもらった。

彼女はここで生まれ、青春時代を過ごし、学業と研究の為にポーランドを出てパリに移り住んだ。

当時、ポーランドは帝政ロシアに併合されており、教育者だった両親ら知識層は行動を制約されていた。

 

下の写真: 南側を見ている。

ここを真っすぐ行くと旧市街の城門に至る。

 

 

 

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< 6. 旧市街の城門 >

 

上の写真: 旧市街の城門バルバカン。

最初は16世紀に造られたが、第二次世界大戦で破壊され、1952年に17世紀の様式で再現された。

地図のC地点で撮影。

 

下の写真: 旧市街の広場に向かう通路。

 

 

 

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< 7.マーケット・プレイス  >

 

上下の写真: マーケット・プレイス。

18世紀末までワルシャワの中心でした。

1944年のワルシャワ蜂起に対するドイツ軍の報復で完全に破壊されたが、1950年代に再建された。

地図のD地点で撮影。

 

 

 

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< 8. 旧市街のたたずまい >

 

上の写真: ハトが青空に舞い上がる。

この地は幾度も強国ロシア(ソ連)とドイツに交互に、または同時に蹂躙されて来た。

今度こそは平和が長く続きますように祈ります。

 

下左の写真: これは何の変哲もない古い民家の門に見えるのですが、再建時、瓦礫となった石材や美術記録など頼りに忠実に再現されたものです。

戦火の傷跡が生々しい。

 

下左の写真: 屋根に取り付けられたドラゴン。

 

 

 

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< 9. 展望台 >

 

上の写真: マーケット・プレイスの裏手にある展望台からヴィスワ川を望む。

地図のE地点で撮影。

 

中央の写真: 展望台から聖ヨハネ大聖堂の裏手に行く途中。

バルコニーの支えの部分に銃弾の跡が見える。

これはワルシャワ蜂起の激戦の痕跡です。

 

下の写真: 聖ヨハネ大聖堂の裏手。

地図のF地点付近。

 

 

 

 

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< 10. 聖ヨハネ大聖堂周辺 >

 

上左の写真: 右のレンガ建築が聖ヨハネ大聖堂の側壁です。

塔の下のトンネルを抜けると聖ヨハネ大聖堂の正面の通路に出ます。

地図のF地点付近。

 

上右の写真: 指さしているのはポーランド抵抗の印です。

上述のトンネルの中ほどにありました。

至る所に見られます。

 

下の写真: 上述の聖ヨハネ大聖堂の側壁に埋め込まれた軽戦車のキャタピラ。

ワルシャワ蜂起のものです。

 

 

 

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< 11. 聖ヨハネ大聖堂の正面 >

 

すぐ右が聖ヨハネ大聖堂の正面です。

この通路を行くとマーケット・プレイスに出ます。

地図のF地点付近。

 

 

 

ワルシャワ蜂起

第二次大戦末期に起こったポーランド地下軍とワルシャワ市民によるドイツ占領軍に対する蜂起。

ソ連軍によるワルシャワ解放が目前と思われた1944年7月下旬に一斉蜂起した。

8月1日、ほとんどの市民が蜂起に参加し市の中心部が解放された。

ソ連は進軍するかに見えたが、ヴィスワ川対岸で停止して、いっさいの援助をしなかった。

ようやく9月10日以降、ポーランド人部隊の渡河作戦を許したが、蜂起を救うには遅すぎた。

孤立した蜂起軍と市民はドイツ軍によって徹底的に全市を破壊され20万の死者を出した。

ついにワルシャワ蜂起は10月2日の降伏で無惨に終わった。

 

この時のソ連(スターリンがトップ)の行動は、反ソ感情の強いポーランドが衰弱してから占領する方が得策と考えたからでした。

 

 

 

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< 12. ワルシャワ蜂起 >

 

A: 赤枠はポーランド地下軍が蜂起した場所。

黒の四角は私達のホテル、黒の円枠は旧市街の城壁。

 

B: ドイツ軍が占領しているビルを銃撃するポーランド兵士。

 

C: ワルシャワ蜂起62周年の再現シーン。

 

D: 当時の若いポーランド兵士。

 

E: 旧市街で戦うポーランド兵士。

写真9や10で見た戦闘の傷跡はこの時のものです。

 

F: ドイツ軍によって破壊され炎上する旧市街。

 

G: 完全に破壊されたワルシャワ。

 

 

現在のワルシャワの人はこの蜂起をどのように見ているのだろうか?

直接、一人のポーランド女性と日本語で話すことが出来ましたので、質疑を要約します。

 

質問1:

「皆さんはドイツとロシアについてどう思っているのでしょうか?」

 

答え:

「ポーランド人にとって両国は長年の侵略国であるが、ロシアを嫌っています。

ドイツは戦後、謝罪したが、ロシアはその事実を否定しているからです。」

 

参考:

<カチンの森事件>不誠実な一例として。

1940年、ソ連軍はポーランド侵攻時、ポーランド将兵らの捕虜を2万人以上銃殺した。

ソ連は事件発覚後もドイツの犯行としていたが、ゴルバチョフが再調査し、1990年、事実を認め遺憾の意を示した。

 

 

質問2:

「皆さんはワルシャワ蜂起をどう見ているのですか?」

 

答え:

「毎年、議論されているが評価が分かれています。

 

悪いとする意見

将来ある多くのインテリゲンチャが若死にし、生き残った青年では将来を担うには力不足であった。

また関係のない多くの人が巻き添えになって死んだ。

 

良いとする意見

戦う伝説が作られた。

人々は、これからも他国の理不尽に対し戦う勇気を持つことが出来るだろう。」

 

 

私の感想

リトアニアでも同様でしたが、大国の侵略に対し蜂起したことに自画自賛だけで終わらない姿勢が素晴らしい。

 

ワルシャワ蜂起は、結局、ソ連に支配され続けただけなので、私には無駄死に思える。

しかし、今回巡って来た東欧四ヵ国の異民族支配への強い抵抗に、私は想像以上の篤い想いを見た。

だからと言って、私達日本人は経験したことのないこの想いをたやすく理解出来るとは思えない。

 

私達が、この想いを少しでも理解しょうとするなら、他国を戦争で侵略した後に取るべき態度とは何かが自ずと解るはずです。

それはこの女性が言った「謝罪したドイツを許している」からも明白です。

 

残念ながら日本は島国で平和に暮らして来たことが、他者への理解で災いしているように思える。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 67: Why was it exhausted ? 5: History repeats itself


中東に平和を! 67: なぜ疲弊したのか 5: 歴史は繰り返す 

1a

< 1. a border fence along the US–Mexico border >
< 1. メキシコの壁  >

 

Last time we looked at that the treacherous social situation is occurring in the United States.
Here we trace back history a bit and examine this has been possible situation any time.

前回、危惧すべき社会状況が米国で起こっていることを見ました。
ここで少し歴史を遡り、このような状況がいつでも起こりうることを見ます。

 

2
< 2. Drought >
< 2. 旱魃  >

What is the president trying to sacrifice now?
The US president is trumpeting that other countries steal interests of the United States with unfair trade and that immigrants are depriving the public of their jobs.

Although there may be such an aspect, the many causes are due to the diplomacy and trade agreements in the past, and naturally the major nation (company) must have gained more profit.
For example, as a background of increasing Mexican immigrants, cheap imported corn from the US by the North American Free Trade Agreement (NAFTA) in 1994 robbed Mexico’s fifteen million farmers’ life. Annotation 1.

Furthermore, he is going to carry out terrible policies aiming only for prosperity of their own country on the sacrifice of other countries.

For example, he is trying to destroy the Framework Convention on Climate Change, but this will have a huge impact on the world.
Currently, the global warming is progressing, the drought in the world has already caused the rise in wheat prices repeatedly and it has caused sea level rise too.
With this discard, the US industry (16% of the world’s CO2 emission) will undoubtedly increase the emission.
And the unity of the world will be disturbed, then global warming will accelerate further.
As a result, huge hurricanes frequently must have come to the United States, and the world that passively observed it will pay the penalty.

The selfish policy of major nations will drive the world into a corner all the more because its national strength is large, with everything such as environment, war, or economy.

Actually, the current American society is similar to the era when Europe moved to imperialism from the 1870s, and also the time of Hitler’s dictatorship.

 
今、大統領は何を犠牲にしようとしているのか
米国大統領はしきりに他国が不公平な貿易で米国の利益を奪い、移民が国民の職を奪っていると喧伝している。

その一面はあるかもしれないが、多くは今までの外交や貿易協定によるもので、当然、大国(企業)がより利益を得ているはずです。
例えば、メキシコ移民が増大する背景に、1994年の北米自由貿易協定(NAFTA)による米国からの安価な輸入トウモロコシがメキシコの1500万人農民の仕事を奪った。注釈1.

さらに、他国の犠牲の上に自国の繁栄を目指す恐ろしい政策が行われようとしている。

例えば、気候変動枠組条約を破棄しようとしているが、これは世界に大打撃を与える。
現在、地球温暖化が進み、すでに世界で大旱魃による小麦価格の暴騰が繰り返され、また海面上昇を招いている。
この破棄により米国の産業(世界のCO2排出量の16%)は気兼ねなく排出を増やすだろう。
そして世界の結束は乱れ、さらに地球温暖化が加速することになるだろう。
その結果、米国には大型ハリケーンが頻繁に来襲し、それを傍観した世界にも報いは訪れる。

大国の身勝手な政策は、その国力が大きいだけに、環境・戦争・経済などあらゆることで益々世界を窮地に落とし入れることになる。

実は、今の米国社会はヨーロッパが1870年代から帝国主義に突き進んだ時代、またヒトラー独裁の時代と似ているのです。

 

3

*3
The time of Hitler
Here we can compare the current American society with the German society of the Nazis easily.

“Communists and Jews are putting our nation into turmoil! Let’s recover our former territory!”
Hitler’s statement was gaining tremendous popularity, and he was able to become a dictator.

What is it about Hitler took hold in the mind of people?
Its reason is due to that he attributed all cause of the deterioration to others, then proposed a method without pain for the public by sacrificing others (exclusion, expansion of territory).

Hitler is fascism, and Trump is called populism.
Although there are different things in these, there are similarities too.
The both deny existing elite layers (politicians, intellectuals, mass media) and declare that they can solve easily with exclusionary policies. Annotation 2.
And people who supported the two men are middle class in Germany and White in the United States.
People can easily accept the reckless proposal to sacrifice others if they become safe.

Furthermore, there are more interesting similar features.
At first, Hitler showed being on worker side and exclaiming against owners of capital.
However, from halfway, he sponged on some capitalists and accomplished the dictatorship with the cooperation of the military.

From the beginning, he didn’t have logical and constructive assertion, so the policy was only patchwork response.
When the people noticed that they were deceived by his snow job, it’s too late.

This continues to the next.

 
ヒトラーの時代
ここで今の米国社会とナチスのドイツ社会を簡単に比較します。

「共産主義者とユダヤ人が国家を混乱に陥れている! かつての領土を取り戻せ!」
このヒトラーの発言が絶大な人気を呼び、彼は独裁者になることができた。

ヒトラーの何が多くの心を捉えたのでしょうか。
それは悪化の原因を他者に帰し、自身は痛みを伴わない方法、つまり他者を犠牲にする方法(排除、領土拡大)を提案したからです。

ヒトラーはファシズムで、トランプはポピュリズムと呼ばれています。
これは異なるところもありますが、共通点があります。
二人は共に既存のエリート層(政治家、知識人、マスコミ)を否定し、排他的な手法でいとも簡単に解決すると明言する。注釈2.
そして二人を支持した人々はドイツでは中間層、米国では白人です。
人はいとも簡単に、自身が安泰なら他者を犠牲にする無謀な提案を受け入れてしまうのです。

さらに面白い類似の特徴があります。
ヒトラーは最初、労働者の味方で資本家を非難する素振りを見せていた。
しかし途中から裏で、一部の資本家にすがり、軍部の協力を得て独裁を成し遂げた。

元々、彼には論理的で建設的な主張がなかったので、政策はその場しのぎに過ぎなかった。
後に国民はその巧みさに騙されたと悔しがったが、後の祭りでした。
次回に続きます。

 

注釈1.
2017年1月、大統領はNAFTA再交渉を明言。

注釈2.
排他的な手法とは、ヒトラーの場合はアーリア人以外を強制排除(抹殺)、そして軍事力による自国の領土拡張でした。
トランプの場合は、白人とキリスト教徒以外の排除、保護貿易と2か国間交渉による自国優位です。

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Bring peace to the Middle East! 64: Why was it exhausted ? 2: selfishness of major nations and multinationals


中東に平和を! 64: なぜ疲弊したのか 2: 大国と多国籍企業の身勝手

 

1

*1

 

The selfishness is inconspicuous, but the damage of weaker nations is enormous.
This is deepening the division of the world.

大国の身勝手は目立たないのですが弱小国の被害は甚大です。
これにより世界の分断が深まっています。

 

2mennka

< 2. a particular of a subsidy policy >
< 2. 補助金政策の顛末 >

· cotton growers in the USA and Africa.
· the Graph shows a change of cotton price, and the red frame is in the time of Bush administration.

・米国とアフリカの綿花農家。
・グラフは綿花価格の推移、赤枠はブッシュ政権時。

 

Case A
In the time of the Bush administration, he doubled the cotton subsidies.
The USA issued the subsidies of $ 3 to 4 billion to 25,000 cotton growers.
This amounted to about 40% of the cotton production value of the USA, and the export price fell by this.
The cotton production value of the USA is the third largest in the world and accounts for 10%.

As a result, about 10 million farm families suffered a sever damage in Sub-Saharan Africa alone.
If this situation continues for several years, the small-scale farmers will not be able to recover.

Brazil, the production is the fifth highest in the world, sued the subsidy to the WTO, and the adjudication of a ban against the subsidy was issued.
While major nations say free trade, they sacrifice weaker nations by using all means such as export subsidies.
事例A
ブッシュ政権の時に、綿花の補助金を2倍に引き上げた。
米国は25000戸の綿花栽培農家に30~40億ドルの補助金を出した。
これは米国の綿花生産高の約40%になり、輸出価格はこの分下がった。
米国の綿花生産高は世界第3位で10%を占めている。

これによってサハラ以南のアフリカだけで約1000万戸の農家が打撃を受けた。
このようなことが数年も続くと、零細農家は再起不能になる。

生産高5位のブラジルはこの補助金をWTOに提訴し、補助金禁止の裁定が下された。
大国は自由貿易を謳っていながら輸出補助金などあらゆる手段を使い、弱小国を犠牲にする。

 

3ajia
< 3. Asian currency crisis >
< 3.アジア通貨危機 >

· Thailand of a victim country and the USA of a financial heaven.
· The damaged countries (orange), and the changes of the GDP in the time.

・被害国タイと金融天国の米国。
・被害国(橙色)とGDPの推移。

Case B
In 1997, the hedge fund led by George Soros suddenly made a short-sale against Thai currency, and the currency fell sharply (Asian currency crisis).
Thus, the economy of the five countries in which 500 million people live, mainly Southeast Asia suffered a sever damage, and the number of poverty rate and suicide doubled by the increase in unemployment.
Furthermore, the deaths from a disease also increased due to the reduction of welfare budget.
For this, the IMF and Japan etc. proffered a total of 5 trillion yen for the affirmative relief.

In exchange for the lives of about 100,000 blameless Asian, the speculators of major nation gained over several hundred billion yen in profit.
However, their conduct is not illegal and is also protected by major nations. Annotation 1
事例B
1997年、ジョージ・ソロスが率いるヘッジファンドがタイの通貨を空売りし、通貨が大幅に下落した(アジア通貨危機)。
そして、東南アジアなど5億人が暮らす5カ国の経済は大打撃を受け、失業の増大により貧困率と自殺者は概ね倍増した。
さらに福祉予算の削減により疾病による死者も増加した。
このためにIMFと日本などは合計5兆円の救済を行った。

罪のないアジアの約10万人の命と引き換えに、大国の投機家は数千億円以上の利益を得た。
ところが彼らの行為は違法ではないし、さらに大国によって守られてもいる。注釈1。

 

4bakuhatu0
< 4. Explosion accident at a chemical plant >
< 4.化学工場の爆発事故 >

· The exploded chemical plant, the injured persons, and the demonstrations.

・爆発した工場と被害者、デモ。
Case C
In 1984, a toxic gas outflow accident occurred in the chemical plant of “Union Carbide Corporation” of the USA in Bhopal, India, and thousands of people died.
After the accident, more than 20,000 people died and about 100,000 people suffer from health problems such as respiratory diseases and eye diseases.
About 600,000 people including the families are damaged.

The Indian government accused the management team of the factory to the court, but the USA refused to hand over a responsible person and he is still running away.
The amount of the compensation was 500 dollars per person and it was only one sixth of the bill, furthermore the damage is expanding by the outflowing material.
事例C
1984年、インド、ボパールの米国の化学工場「ユニオンカーバイト」で有毒ガス流出事故が発生し、数千人がなくなった。
事故後、2万人以上が死亡し、約10万人が呼吸器疾患や眼病などの健康被害を受けた。
家族を含めて総勢60万人近くが被害を受けた。

インド政府はこの工場の経営陣を裁判所に告発したが、米国は責任者の身柄引き渡しを拒み、彼は現在も逃亡中です。
賠償額は一人500ドルで訴訟請求額の6分の一に過ぎず、さらに流出物質により被害は拡大している。

 

 

5papua3

< 5. pollutants dumping from a mine >
< 5. 鉱山の汚染物質投棄 >

· the location of the mine and the polluted river.

・鉱山の位置と汚染された川。
Case D
The mine “Ok Tedi” of the world’s largest Australian resource development company had mined gold and copper in Papua New Guinea for more than 20 years.
This mine had earned 30% of the total export value of this country.

Eighty thousand tons of ore (pollutant) was kept flowing in the river every day.
Malformation occurred due to mineral poison, a large amount of earth and sand was accumulated in the entire downstream area, and enormous forest disappeared.
It is said that this recovery will take 200 years.

When this company was accused of the environmental destruction in 2002, it decided to close it in 2010, by considering depletion of the mine and huge damages compensation.
As a result, the local government had to clean up it.

This continues the next time.

 

事例D
世界最大のオーストラリア系資源開発会社の鉱山「オク・テディ」が20年以上、パプアニューギニアで金・銅を採掘していた。
この鉱山は、この国の輸出総額の3割を稼いでいた。

毎日8万トンの鉱石(汚染物質)を川に流し続けていた。
鉱毒で奇形が発生し、大量の土砂が下流全域に堆積し、膨大な森林が消滅した。
この回復には200年を要すると言われている。

この会社は2002年に環境破壊で訴えられると、鉱山の枯渇と膨大な損害賠償を考慮し、2010年に閉鎖することにした。
その結果、地元政府はこの後始末をしなければならなくなった。
次回に続きます。

 
注釈1.
ジョージ・ソロスは、タイの通貨管理がお粗末なので、どうせ誰かが仕掛けて破綻しただろうと言い、微塵も責任を感じていない。
これを例えるなら、衛生状態が悪い地域で病原菌を増殖させ、疫病が蔓延した後に薬剤を高値で売りつけるのと変わらない。
これで10万人の死者が出ても、世界は見過ごすだろうか。
大国のした事なら文句は言えないかもしれないが。

参考文献
「スティグリッツ教授の経済教室」スティグリッツ著。
「世界経済を不幸にしたグローバリズムの正体」スティグリッツ著。
「世界に格差をばら撒いたグローバリズムを正す」スティグリッツ著。

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Bring peace to the Middle East! 63: Why was it exhausted ? 1: Introduction


中東に平和を! 63: なぜ疲弊したのか 1 :はじめに

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*1
From now on, we are going to pursue the troublesome problems related not only to the Middle East but also to the world.
It is about many societies that had to be exhausted.

これから中東だけでなく世界に関わる厄介な問題を追います。
それは疲弊せざるを得なかった多くの社会のことです。

 

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*2

 

Introduction
We have seen the conflict of the Middle East until now and if keeping track of its origin and background, you must notice the tremendous darkness.
Many people seem to know it, but actually don’t know it.

About ten years ago, I have asked three men about some conflicts.

Question 1, “Why are there many civil wars in Africa?”

The answer, “I am sure the reason is because each tribe is blocked by jungle.”

Question 2, “Why are there less conflicts in Southeast Asia (Continent)?”

The answer, “I think it is because each country is blocked by several mountain ranges.”

Question 3, “Do you think it was good that the Cold War ended?”

The answer, ” The world got worse. The world was peaceful because the United States and the Soviet Union were facing each other, but the civil wars began to occur in various places since then.”

Those who answered were ordinary men, but I think their social consciousness was somewhat high.
What do you think of their answers?
It seems to be like certainly true.
At that time, in the process of looking for the answer, I felt a little query about the answers, but I could not deny it.

After all, it is necessary to know the truth to understand the problems of the Middle East.

 
はじめに
今まで中東の紛争を見て来ましたが、その起源や背景を追って行くと、途方もない闇に気付くことになります。
多くの方は、このことを知っているようで知らない。

十年ほど前、私は身近な三人に紛争について質問したことがあります。

質問1 「なぜアフリカに内戦が多いのでしょうか?」

答え 「それは各部族がジャングルで遮らているからに決まっている。」

質問2 「東南アジア(大陸部)はなぜ紛争が少ないのでしょうか?」

答え 「それは各国が幾つもの山脈によって遮られているからだと思う。」

質問3 「冷戦が終わって良かったと思いますか?」

答え 「悪くなった。米ソが睨み合っているからこそ世界は平和だったのに、タガが外れたから各地で内戦が起きたではないか。」

答えた方は一般の人ですが、社会意識は若干高いと思います。
皆さんはこの答えをどう思いますか。
一理あるようにも思えますね。
当時、私は答えを模索中で、この答えに疑問を持ったのですが否定出来なかった。

やはり中東問題を理解するには真実を知る必要があります。

 

3tai

*3

 
What does it mean to know this truth?
There are three stages.

A: There are structural factors that certain society (nation) continues to be exhausted.

B: Many of its origins occurred by external pressure.

C: Everyone else is indifferent to the external pressure.

You can consider two examples.

Case 1
A large earthquake hit an island and half of the houses collapsed.
On the other hand, the fields and the fishing ground were safe.
All residents were able to help each other, receive assistance from nearby islands, and the island returned to normal living.

Case 2
A gold mine was discovered on an island, and eventually struggle began.
A continental merchant who knew it sold the islanders weapons and the battle became decisive.
This winner and the merchant gained wealth.
Later, when a massive earthquake struck the island, nobody helped each other, and it turned into a battlefield again.

This simple cases illustrates the mentioned three stages.
I think you roughly understand about the stage A and B.
I think it is difficult to understand the stage C.
The problem is to say that people of the continent do not know the acts of the merchant and are indifferent about it.
But actually, the people of the continent indirectly got the economic benefit, and the islanders were holding a grudge against it.

 

この真実を知るとは、どのような事なのか?
三つの段階があります。

A 社会(国家)が疲弊し続ける構造的要因がある。

B その起源の多くは外圧によって起こった。

C 他者はその外圧に無頓着である。

二つの例で考えてみます。

事例1
ある島を大地震が襲い、家屋の半分は倒壊した。
一方、田畑や漁場は無事だった。
住民は助け合い、近隣の島からも援助を受けて、やがて島は平常の暮らしに戻った。

事例2
ある島で金鉱が発見され、やがていがみ合いが始まった。
それを知った大陸の商人が武器を売り、勝敗は決した。
この勝者と商人は富を得た。
その後、大地震が島を襲った時、誰も助ける者はなく、また戦場と化した。

この単純な事例は前述の三つの段階を説明しています。
段階AとBについては雰囲気が分かっていただけると思います。
段階Cは分かり難いと思います。
問題は、その商人の行為を大陸の人は知ることもなく、無頓着だと言うことです。
実は、大陸の人は間接的に経済的に潤い、かつ島の人からは恨まれているのです。

 

4pos
*4

 

What I want to clear
From now on, we pursue the disasters brought by colonization (imperialism) for centuries and the Cold War for half a century.
Countries that didn’t suffer this disaster doesn’t seem to exceed 10 among 200 countries.
The important point is not the hugeness of the casualties and deprivation but what reason a lot of societies had to continue to be exhausted.

Unless we can understand this, human beings deepens the breakup, and there is a possibility of entering the century of war again.

My way of doing deals with some representative facts and will summarize its structure.

This continues the next time.

 
これから明らかにすること
これから私達は、数百年間の植民地化(帝国主義)と半世紀の冷戦がもたらした災いを追います。
この災いを受けなかったのは世界200国中、10カ国を越えないでしょう。
重視すべきは、死傷者や収奪の甚大さではなく、どのようして多くの社会が疲弊し続けることになったかと言うことです。

これを理解できない限り、人類は分裂を深める、再び戦争の世紀に突入する可能性があるからです。

進め方は、幾つかの代表的な事実を扱い、その構造を概括することになります。
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 62: Religion and Politics 2


中東に平和を! 62: 宗教と政治 2

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*1

 
Last time, we thought about religion and politics.
We think about contemporary relationship between religion and law this time.

前回、宗教と政治について考えました。
今回は現代の宗教と法の関係について考えます。

 

2binrada

*2

 

About Holy War (Jihad)
The problem that we are most concerned about the Islam of the Middle East seems to be jihad.

Extremism advocating jihad is abnormal beliefs from a standpoint of moderate beliefs being the overwhelming majority of Muslim.
However, the extremism (rigorism) continues to live historically, and then is in Saudi Arabia now.
Although, biased beliefs such as fundamentalism are also in other religions.

What is the problem?
First of all, currently, it is to admonish the jihad ( fatwa for starting an armed struggle) very easily.
Furthermore, there is no end to the number of men who participate in it with indignation and support it.
In the past, there were many cases that voluntary armies contributed in the world, but the current state of the Middle East is a lawlessness without controlling, and the some groups may be a group of thieves.

 

聖戦(ジハード)について
私達が中東のイスラム教で一番気になる問題はジハードでしょう。

ジハードを唱える過激思想は、穏健なムスリム全体から見れば異常なものです。
しかし、過激思想(厳格派)は歴史上も、現在のサウジアラビアにも生き続けています。
もっとも、他の宗教でも原理主義など偏向した思想は存在します。

何が問題なのでしょうか。
先ず、現在、ジハード(武力闘争開始のファトワー)がいとも簡単に発せられていることです。
さらに、それに義憤を感じて参加する人、また支援する組織が後を絶たないことです。
かつて世界には義勇軍が貢献した例は多々ありますが、中東の現状は統率なしの無法状態で、盗賊団になり下がている場合もある。

 

3abu

<3. Father of liberation of Algeria >
< 3. アルジェリア解放の父 >

Jihad is one of the obligations for Muslim, and means “effort” and “struggle”.
Once, it was declared at a defense of their community and an attack on enemy, and it is something they can’t do without.
However, the current jihads only expand many conflicts and deepen cracks between people.

The problem is not interpretation of the jihad (holy war) or the extremism beliefs.
The essence is “Islamic law can not punish jihad involving violence as a crime”.
Looking back on legal history of the world, most society has been advancing the concept of justice in time with the change, and unifying it in time with the unity of countries.
Then, people has been creating a social system for achieving the justice.
In conclusion, it is necessary to move away from the Islamic law to go to the national law.
In other words, the society has to be controlled by a legal system built by a democratic regime (separation of the three branches of government),
ジハードはムスリムにとって「努力」「奮闘」の意味で義務の一つです。
かつて、共同体の防衛や進攻に際し宣言され、共同体に無くてはならないものでした。
しかし、現状のジハードは紛争を拡大させ、亀裂を深めるだけです。

問題はジハード(聖戦)の解釈や過激思想にあるのではない。
本質は「イスラム法では暴力を伴うジハードを犯罪として処罰出来ない」ことにあると考えます。
世界の法制史を振り返ると、社会は発展と統合に合わせて正義の概念を変え、かつ統一し、それを実現する社会体制を造り挙げて来たのです。

結論を言うと、イスラム法から国法への脱皮、つまり民主的な政体(三権分立)で築かれた法制度に社会を委ねることです。

 

4pa-ru

< 4. Radhabinod Pal >
< 4. パール判事 >

Indian Pearl Judge who advocated Japan’s innocence in the Tokyo Tribunal of War Criminals said as below.

“The law is a dynamic human force that allows to survive our human society”

He said that the law must express “truth” (Hindu law), but to keep the social order, and it is essential that humans continue to improve the law.

There is a possibility that current Islamic legal system(the relationship between Sharia and national law)can not adapt successfully to real society.
Especially as for violence involving people in conflict, it is necessary to apply strict law, and it can’t be said that it is merely the difference of interpretation.
For this purpose, people have got to consolidate the democratic administrative body that has a consistent legislation, judicature, and section getting tough on crime.

This is a secular politics.

However, it may not be necessary to accomplish this at a stroke.
Even in Iran of a Islamic Republic, the status of women is improving.
I think lots of Ulema widely cooperate and should begin from improving application of jihad.

I start another theme from next time.

 

東京裁判で日本無罪論を唱えたインドのパール判事はこう述べています。

「法は人間社会の存続を可能とする動的な人間力である」注釈1.

彼は、法は「真理」(ヒンドゥー法)を表現しなければならないが、社会秩序を保持する為に、人間が法を改善し続けることこそが必要不可欠と言っている。

現在のイスラム圏の法制度、シャリーアと国法の関係は、現実社会に対応出来なくなっている可能性があります。
特に社会を紛争に巻き込む暴力に対しては、厳格な法の適用が必要で、解釈の違いで済まされないのです。
この為には民主的で一貫性のある立法、裁く司法、犯罪を取り締まる行政が整備されなければならない。

これは政教分離と言えるでしょう。

但し、これを一気呵成に成し遂げるこ必要はないかもしれません。
イスラム共和制のイランでさえ、女性の地位は向上しつつある。
広くウラマーが協力し、ジハードの適用から改善していくべきだと思います。
次回からは別のテーマで始めます。

 
注釈1.
この文は1984年の東京裁判研究会からの引用です。
彼はヒンドゥー法を専攻し、インドの法学部教授や裁判所判事、国連国際法委員長を歴任した。
彼の日本無罪論は、日本に戦争や虐殺に対する責任はあるが、法的に侵略罪を問うことが出来ないと言うものです。

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 24: リガ 3


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*1

 

今日は、首都リガ紹介の3回目です。

 

 

2

< 2. リガの地図 >

 

地図: 今回紹介する範囲で、上が南です。

黄色線が徒歩観光ルート。

Sは前回に続いて聖ペテロ教会、Aは猫の家、Bは火薬塔、Cはスウェーデン門、Dは聖ヤコブ教会、Eはドゥァマ広場。

 

下左の写真: 前回紹介した聖ペテロ教会。

 

下右の写真: 猫の家に向かっていく途中の通り。

 

 

3

< 3. 猫の家 >

 

上の写真: 猫の家はリーヴ広場に面している。

 

下の写真: 猫の家。

屋根の上の猫は、かつて反対方向を向いていた。

この家の裕福なラトビア商人が、ビッグ・ギルドに加わりたいと願った。

しかしギルドはドイツ人が支配的であった為、拒否された。

そこで怒った商人は、猫の尻をギルドに向けた。

 

 

4

< 4. 火薬塔 >

 

上左の写真: 薬草酒の販売店。

添乗員に連れられて皆は店内に入りました。

試飲するとアルコールが効いて、雨に濡れて冷えた体が一気に火照りました。

結局、小瓶を買いました。

このリガの町には、いくつか同様の店があるようです。

 

上右の写真: これで2度目の火薬塔です。

 

下の写真: 奥に赤いレンガ積みの城壁があり、さらに奥に火薬塔の緑の屋根が見えます。

写真のすぐ右側にスウェーデン門がある。

前日の夜、この通りの左側のレストランで食事をしました。

 

 

 

5

< 5. スウェーデン門の今昔 >

 

上の写真: 現在のスウェーデン門。

左が外側から、右が内側から写した写真です。

 

下の写真: 1991年のバリケード事件の写真。

スウェーデン門の外側にはトラックを置き、内側で市民が暖を取っています。

 

 

6

< 6.聖ヤコブ教会 >

 

上の写真: 聖ヤコブ教会の横から見たイェーカバ通り。

突き当りにドゥァマ広場が見える。

右側に碑が見え、「1991年、バリケード」と書かれている。

 

下の写真: 聖ヤコブ教会。

この教会の最初の記録は13世紀と古く、15世紀に建て直された。

 

 

7

< 7. ラトビア国会議事堂の今昔 >

 

上の写真: ラトビア国会議事堂。

この建物はイェーカバ通りに面し、聖ヤコブ教会と向き合っている。

 

下の写真: 1991年のバリケード事件の写真。

右にラトビア国会議事堂、左に聖ヤコブ教会が見える。

多くの市民が集まっており、数台のトラックが見える。

 

 

8

< 8. 三人兄弟 >

 

上の写真: 「三人兄弟」の建物を左右から見ている。

 

下の写真: この三つの建物は中世の住宅で、外観は当時の姿をほぼ保っている。

右の17番が15世紀のもので、リガの一般住宅としては最も古い。

中央の19番が17世紀中頃のもの。

左の21番が17世紀後半のもので、土地が少なくなった為か窮屈になっている。

しかし窓税の廃止により、17番に比べて窓を大きくとっている。

 

 

 

9

< 9. 昼食のレストラン >

 

ここは聖ヤコブ教会のすぐ近くにあるニンニク料理の店です。

私は始めてニンニク入りのビールを飲みました。

美味しく、温まりました。

 

 

10

< 10. ドゥァマ広場に戻って来ました >

 

下の写真: イェーカバ通りからドゥァマ広場のリガ大聖堂の雄姿を再び見ることになりました。

右に少し見る赤い建物は証券取引所で、風格があります。

 

 

11

< 11. ドゥァマ広場の今昔 >

 

下の写真: 1991年1月のバリケード事件の写真。

上下の写真はほぼ同じ位置から撮影しています。

ここでも多くの市民と車が集まっています。

 

 

 

12

< 12. バリケード事件 >

 

1991年1月のバリケード事件について

1991年の8月までに、すべてのバルト三国がソ連の軛を脱し独立した。

そして同年12月にソ連は崩壊した。

ラトビアで起きたこの事件は、これらと深く関わっていました。

 

既に紹介したように、1988年、エストニアのタリンで「歌う革命」が起きていた。

これを境に、バルト三国はソ連支配からの独立を共同で目指し始めました。

 

一方、ソ連国内ではゴルバチョフ主導のペレストロイカにより、連邦内の各共和国の意見が反映されるようになっていた。

しかしモスクワでは旧体制への揺り戻しが起き、混乱していた。

こうした中、リトアニアが1990年3月、一番に独立を宣言しました。

 

すると1991年1月、リトアニアの首都ビルニュスで親モスクワ派がデモを敢行し、これに呼応してソ連軍の戦車が侵攻し、14人の死者と数百人の負傷者が出た。

この様子はメディアを通じて世界に伝えられ、世界の同情を集めた。

 

この翌日、ソ連軍はリガの占拠を開始した。

これに対して数万の市民は車や廃材を持ち込み、旧市街の要所にバリケードを造り、非暴力で防衛した。

この日(13日)、エリツインがタリンを訪問し、エストニアの支持を表明した。

1月20日、モスクワで10万人のデモが起こり、バルト三国への支持を訴えた。

 

こうして同年の8月、残り二か国は独立宣言に至る。

この間のリガの死傷者は6人でした。

 

 

あとがき

この美しく静かな中世の街並みと石畳は、バルト三国の人々の自由への熱望と英知を秘めていたのです。

バルト三国は数百年に及ぶ異民族や最後のソ連による支配に喘ぎ続けていた。

しかし彼らは、非暴力と三国の協力をもって、さらに世界の支持を得て、ほぼ無欠の革命と独立を成し遂げたのです。

 

私はこの事件の写真を見ながら、その石畳の上に立っていた自分に熱いものを感じています。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 59: when religions were born 7: Islam 2


中東に平和を! 59: 宗教が誕生する時 7: イスラム教 2

 

1
*1

I again investigate the birth of Islam.

前回に続いて、イスラム教の誕生を追います。

 

2

< 2. oasis town >
< 2. オアシス都市 >

What Muhammad indicated
Since immigrating to the Medina, he reigned as a religious leader, a commander of the military, and a policymaker of the town.
He was acknowledged by many people and tribes as a superior commander through a distribution of loot and a release of slaves, and also as a prophet who appeared in Arabia.
He thoroughly fought against antagonistic tribes, behaved generously to obedient tribes, and eventually created a solid empire tied by faith.
As a result of this, a peace came to the peninsula where was constantly at war.

ムハンマドが示したもの
彼はメディナへの移住以降、宗教指導者、軍の司令官、また町の為政者として君臨した。
彼は戦利品の分配や奴隷の解放などによって、優れた統率者として、またアラビアに出現した預言者として多くの人々と部族から認められた。
彼は、対立する部族には徹底抗戦し、従う部族には寛大に接し、やがて信仰で結ばれた強固な帝国を作り上げた。
これによって抗争が絶えなかった半島に平安が訪れた。

God’s revelation lasted until his later years, and because he was illiterate, the revelation was handed down orally by his disciples.
The Koran was compiled at 20 years after his death.
Hadith is an important book next to the Koran.
This was a book that Muhammad’s words and actions handed down and was compiled from around the 9th century.

神の啓示は彼の晩年まで続き、彼は文盲であった為、啓示は弟子たちの口頭により伝承された。
コーランは彼の死後20年経ってから編纂された。
コーランに次ぐ重要な書物としてハディースがある。
これはムハンマドの言葉や行動が伝承されたもので、9世紀頃から編纂された。

 

3-2

< 3. Film “Lawrence of Arabia” >
< 3.映画「アラビアのロレンス」 >

Point of the doctrine
Muhammad himself said I am not God but the last prophet.
Islam had received the same God Allah as Christianity and Judaism.
But he said the revelation was given to Muhammad because the above religions had made a mistake.
In these three monotheism doctrines, there are many similarities such as “resurrection”, “prohibition of idolatry”, “angel” and so on, and Islam is similar to Judaism in “pork evasion” and “emphasis on precepts”.
The duty of Muslims is Aqidah and Five Pillars, and well-known faith, prayer, Charity, fasting, pilgrimage to Mecca are the Five Pillars.

教義のポイント
ムハンマド自身が、私は神では無く最後の預言者と言っている。
またイスラム教はキリスト教とユダヤ教と同じ唯一神アッラーを戴くが、前述の宗教は間違いを犯しているのでムハンマドに啓示が下ったのだとする。
これら三つの一神教の教義には「復活」「偶像崇拝禁止」「天使」などの共通点も多く、イスラム教は「豚肉忌避」「戒律重視」でユダヤ教と似ている。
イスラム教徒の義務は六信五行で、よく知られている信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼が五行にあたる。

 

4
< 4. Islamic prayer >
< 4. イスラムの礼拝 >

Point of the Islam
Muslims have very large numbers of laws and norms, not just their obligations to God, and then their scope of application extends to every detail of life situations, marriage, heritage, trade, punishment, trial and so on.
Many of them, such as “Jihad”, “polygamy system”, “ban of interest” and so on, were effective for rule the chaos in the 6th century.

イスラム教のポイント
イスラム教には法と規範が非常に多く、神への義務だけでなく、その適用範囲はあらゆる生活場面、結婚、遺産、交易、刑罰、裁判などの細部に至る。
そこにある「聖戦」「一夫多妻制」「利息禁止」などは、多くが6世紀の乱世を治めるには効果を発揮したものでした。

The law of early Islamic community was only the Islamic law (Sharia).
Besides the Koran and Hadith, laws were added daily by the agreement of the community and Islamic scholars (Ulama).
There is also an admonition (Fatwa) by Ulama.
Currently it is used in conjunction with the law of the country.

In the early Muslimic country, the calipf (leader) who took over Muhammad had the highest authority of the religion.
Before long, the monarch (Sultan) became to grasp the real power of politics and religion.
The characteristic of the Islamic society is basically that there is no full-time religious worker and does not have a hierarchical governance structure.
This is based on the principle that Muslims are all equal, and it is still being.
There are educational institutions (universities) such as Islamic law scholars.

This continues to the next.

 
初期のイスラム共同体の法はイスラム法(シャリーア)のみでした。
それはコーランやハディーズ以外に、共同体やイスラム法学者(ウラマー)の合意によって日々、法は追加されていった。
またウラマーによる勧告(ファトワー)も行われている。
現在は国家の法と併用されている。

初期のイスラム国家ではムハンマドを引き継いだカリフ(指導者)が宗教の最高権威者であった。
やがて君主(スルタン)が政治と宗教の実権を握るようになっていった。

イスラム社会の特徴は、基本的に専従の宗教従事者がなく、階層的な支配構造を有していないことです。
これはムスリマはすべて平等であるという原則によるもので現在も貫かれている。
尚、イスラム法学者などの教育機関(大学)は存在します。
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 57: when religions were born 5: Confucianism


中東に平和を! 57: 宗教が誕生する時 5: 儒教

 

1

<1. Confucius>
< 1. 孔子 >

This time, I investigate the birth of Confucianism.

今回は儒教の誕生を追います。

 

The times when Confucius was born
A first Chinese dynasty was born in the 17th century B.C., but it was divided in approximately 200 countries since the 8th century B.C., and the unification of a country was completed after wars for 500 years.
Since the middle period, the farming had advanced by ironware and the trade had developed, and many city states grew up.
At that time, the wars among nations and the internal trouble of royal families continued, and it occurred frequently that a person of lower rank overthrew a superior either politically or militarily, and then supplanted the superior’s position in society.
On the other hand, the royalty and the aristocracy employed a talented and wise person than a blood relative and tried to get predominance .
Under such circumstances, various thinker groups “The Various Masters of the 100 Schools” having an independent opinion were born.
Most of them serve the royalty and the aristocracy, and proposed a policy and an stratagem.
The Confucius was born in such situation in China in the sixth century B.C.

 
孔子が生まれた時代
中国の最初の王朝は黄河中流域に紀元前17世紀に生まれていたが、紀元前8世紀には二百カ国ほどに分裂し、五百年間の戦争を経て統一に至る。
この中期頃から、鉄器による農耕と交易が進み、都市国家は成長していった。
国家間の戦争と王家の内紛は絶えることなく、下位の者が上位の者を脅かす下剋上がはびこっていた。
一方で、王侯貴族は血縁よりも才能や知恵ある者を採用し強勢を計るようになった。
こうした中、独自の主張を持つ多様な思想家集団「諸子百家」が生まれた。
彼らの多くは王侯貴族に仕官し政策や術策を提言した。
このような紀元前6世紀に孔子は生まれた。

 

2

< 2. The Confucius traveling on foot >
< 2. 孔子の遊説行脚 >

The act of the Confucius
He worked his way through school, served a historic state ”Lu”and became a prime minister.
However, he was balked of his hope and opened a private school to common people.
After that, he visited states in each places with disciples, preached his ideal politics, and requested to get into the government service.
After all, he couldn’t realize his dream, came back to his hometown, and devoted myself to organize old documents that had been handed down to the state, and to educate people.

 
孔子の行い
孔子は苦学して由緒ある王家(魯)に仕え、宰相まで登りつめた。
しかし、彼は夢破れ職を辞し、民衆相手に私塾を開いた。
その後、弟子達と共に各地の王家を訪ね、理想の政治を説いて回り、仕官を願った。
結局、夢叶わず故郷に戻り、王家に伝わる古文献の整理と教育に専念した。

 
Afterwards
After the death of Confucius, his teaching was spread out by disciples, it was as popular to common people as Bokka at that time.
Bokka advocated a love of humanity, pacifism, faith, and a simplification of rites
, and conflicted with a scholar of Confucianism, after that it was ruined.
The Confucianism became the state religion of the Han empire in the second century B.C., and existed as an indispensable for the most of governments afterwards.
It was introduced into Korean Peninsula and Japan before long, and the Confucianism took root in the East Asia as morality to keeping social order.
Sacred books of Confucianism(the Four Books and Five Classics of Confucianism) consisted about old documents on the history and formality of the states that Confucius imitated.
“The Analects of Confucius” is one of the sacred books, and is a book that his disciples wrote down the words and acts of Confucius in.
Mental attitude and how to get along in life are written in the book.

 
その後
孔子の死後、その教えは弟子達によって広まり、民衆の人気を墨家と二分した。
墨家は人類愛、戦争反対、信心、祭儀の簡素化を訴え儒家と対立し、後に滅んだ。

紀元前2世紀、儒教は漢帝国の国教となり、その後も国政に不可欠なものとして存続した。
やがて朝鮮半島や日本に伝わり、儒教は東アジアに社会秩序をもたらす道徳として定着した。

儒教の経典(四書五経)は孔子が模範とした王家の歴史や儀礼や易(占い)の古文献が集められたものです。
論語ものその一つで、弟子達が孔子の問答や言行を記したものです。
そこには心構えや処世術が書かれている。

 

3

< 3. a Confucian temple >
< 3. 孔子廟 >

Thought of the Confucius
He thought policymakers must become better to end the turbulent age.
Therefore, he said it was important that the policymaker doesn’t depend on strict penalty and machinations, treats people with a good heart, and must be worshiped by people.
He thought that the model for this is a dynasty ” Zhou ” approximately 500 years ago.

The basics are “Ren” and “Li”.
“Ren” means benevolence or humaneness, and then it was necessary that policymakers seek after virtue and common people have morals.
“Li” means formality or rites, and then it aimed at the succession of the social order (patriarchy, ancestor worship).

He reproved that disciples depended on God, on the other hand, he thought succeeding to the rites make sense.
He didn’t deny royal politics, avoided religious things, advocated the revival of traditional mind and norm daringly in the turbulent age.

 
孔子の思想
彼は、この戦乱の世を終わらせるには為政者が良くならなければならないと考えた。
その為には、為政者は厳格な罰則や謀略に頼るのではなく、善良な心で民に接し、民から敬われることが重要とした。
その手本は、五百年ほど前の周王朝にあるとした。

基本は「仁」と「礼」です。
「仁」とは、自己抑制と思いやりを指し、為政者には「徳」、民には「道徳」を求めた。
「礼」とは、礼儀や祭儀を指し、社会秩序(家父長制、祖先崇拝)の継承を目指した。

彼は、弟子に神を頼ることをたしなめたが、一方で、祭儀を守ることは天の意志に叶うとした。
彼は王家を否定せず、宗教的なものを避け、戦乱の世に敢えて伝統的な精神と規範の復活を訴えた。

 

Point of the Confucianism
Confucius disfavored the politics that puts emphasis on law of punishment and reward, and put emphasis on conscience.
On the other hand, he thought that policymaker (king) with virtue was indispensable for good politics.
This thought was not accepted in the times of the war, but the situation changed when a unified country appeared.
In other words, the doctrine that taught people to have to obey morality, succession of social order, and politics (King), administered to national stability rightly.

This continues the next time.

 
儒教のポイント
孔子は、人々を功利的にさせる法重視(信賞必罰)の政治を嫌い、良心を重視した。
一方で、良い政治には徳を持った王こそが不可欠と考えた。
この考えは、戦乱の時代には受け入れられなかったが、統一国家が出現すると状況は変わった。
つまり、人々に道徳や社会秩序の継承、政治(王)に従うべきと説く教義は、国家の安定にまさに合致するものでした。

 
次回に続く。

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Bring peace to the Middle East! 45: Now, something I think. 1


中東に平和を! 45: 今、思うこと 1

1

*1

 

I widely have investigated the problems of the Middle East till now.
Here, I marshal the problems and show next evolvement.

 

私は、今まで多方面から中東問題を見て来ました。
ここで、少し問題を整理し、今後の展開を示します。

 

About the problems of the Middle
The most important problem is civil wars and terrorism that keep happening in the Middle East.
Next problem is exhaustion, refugees, and worsening security in whole Middle East.
Furthermore, it is terrorism that keeps happening all over the world by Islamic extremists.
It is a serious problem that enormous casualties, refugees, and destruction of living area by bombing.
However, it doesn’t seem that the problems stop and peace comes.
For us being outsider, the damages will have become familiar objects.

 

On the other hand, Europe and America limit refugees of from the Middle East and regard more and more Muslims with hostility.
I am worrying whether it doesn’t cause further worsening.

 

The situation only gets more serious.

 
中東問題について
やはり一番の問題は、中東で起き続けている内戦とテロです。
次いで、中東全体の疲弊と難民、治安悪化です。
さらにイスラム過激派による世界各地のテロです。
膨大な死傷者や難民、爆撃による生活圏の破壊は甚大です。
しかし、これらが止み平和が来る兆しは見えません。
部外者である私達にとって、この被害も見慣れたものになってしまった。

 

一方、欧米では中東からの難民を制限し、ムスリムへの敵視しが深まっています。
これが更なる悪化を招かないかと心配です。

 

事態は深刻さを増すばかりです。

 

2

*2

 

What an absurd world
At first, I wanted to clarify who worsened the Middle East.
Is there a fault in the Middle East?
Or, is there a fault in Europe and America?

 

In sum, the Middle East became impoverished by the colonization by Ottoman Empire, and by next Empires of Britain and France, and became a undemocratic society.
Furthermore, after World War II, the Britain and the United Nations left a cause of a conflict in Palestine at the time of its withdrawal from the Middle Eastern colony.
After the conflict began, Europe and America, and the Soviet Union supplied a large amount of weapon to both opposing group, for weapon sale and leadership competition in the Cold War and to protect their own interest.
Thus, the war enlarged and came to continue.

 

On the other hand, if the Middle East merged together and cooperated with the world, this situation would not become so terrible.
However, it was approximately impossible because of the aftereffects of the colony times.
The society was divided to prevent people’s solidarity of the nation and a lot of ignorant people was made by the colonial rule like always.
This still continues to bring evil in the world.
In the world, many countries that have an internal trouble and remain stagnant are almost the countries that became the colony once.

 
不条理な世界
私はこの連載を書くにあたって、誰が悪いのかを明らかにしたかった。
中東に非があるのか?
はたまた、欧米に非があるのか?

 

要約すると、オスマントルコ、次いで英仏による植民地化で中東は疲弊し非民主的な社会になってしまった。
さらに第二次世界大戦後、中東植民地からの撤収時、英国と国連はパレスチナに紛争の種を残した。
紛争が始まると、欧米とソ連は権益確保、武器販売と冷戦の覇権争いの為に、敵対する両方に武器を大量供給し、戦場は拡大し継続するようになった。

 

一方で、もし中東が大同団結し、世界と協力していればここまで事態は酷くならなかっただろう。
しかし、これも植民地時代の後遺症の為にほぼ不可能だった。
植民地支配によって、国民の団結を防止するために社会は分断され、また愚民化されたのです。
これは今でも世界に害悪をもたらしている。
世界で内紛を続け低迷している多くの国は、概ね植民地になっていた国です。

 

3
*3

 

Who is bad? Who should take responsibility? 
In simple terms, one that damaged the Middle East is bad, and the responsibility of reviving is clear.
However, ethnic groups to have invaded and countries to have colonized didn’t once achieve appropriate responsibility.

 

Whom should we impose the obligation on to even if it is clear what is bad?
It will be impossible to impose the obligation of 500 years ago on current Turkish people, or impose the obligation of 100 years ago on current people of Britain and France.
By doing this, Spaniard may demand the compensation for damages of 700 years ago to the Middle East.
And, do you impose the obligation on Bush and Blair who bombed Iraq for Iraqi imputed crime?

 

It is hard to say, I think that to forget the grudge as Arab was unlucky is fast road to lucky.
Actually, defeated countries forgot the grudge, and achieved reconstruction by the help of large country of the winner.
In Asia, Vietnam and Japan will be the fine examples.

 

I feel so empty now.

 

This continue the next time.

 
誰が悪いのか? 誰が責任を取るべきか?
単純に考えれば、中東に損害を与えた方が悪く、回復させる責任も明確なはずです。
ところが、過去に侵略した民族や植民地を作った国が応分の責任を果たしたことはない。

 

仮に悪いとしても、誰に責任を取らせば良いのでしょうか?
500年前の責任を現在のトルコ国民に、100年前の責任を現在の英仏国民に、これは無理でしょう。
これを言えば、スペイン人は700年前の損害賠償を中東に請求するかもしれません。
また13年前、無実のイラクを爆撃したブッシュとブレアに責任を取ってもらいますか?

 

言い難いことですが、アラブの人は運が悪かったと諦め、気持ちを切り替えることが幸せへの近道だと思います。
実際、幾つかの敗れた国は過去を水に流し、勝者の大国の援助により復興を果たして来た。
アジアではベトナムと日本がその好例でしょう。

 

まったく空しい気持ちになります。

 
次回に続きます。

 

 

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Bring peace to the Middle East! 44: What is the cause ? 3


中東に平和を! 44: 何が原因か? 3

1

< 1. the Baltic Way joined three Baltic countries in 1989 >
< 1.1989年のバルト三国の人間の鎖 >

 

Last time, I considered the sparks of the Middle East that have caused wars and terrorism frequently.
This time, I investigate causes of the sparks furthermore.

前回、戦争とテロが頻発する中東社会の火種を考察しました。
今回は、さらにその原因を探ります。

 
Preface
In the Middle East, why can’t people join together ?
And why do they shut out the world by themselves?
There are scholars who obstinately insisted that it is a backwardness rooted in Islam.
They have a intention to justify their religion with despising Islam now, as with having despised Judaism once.

 

These causes, sparks, are deeply rooted in former colonial rule and poverty, but I think that these causes can be solved by the Middle East’s own.

 

はじめに
なぜ中東では大同団結が出来ず、自ら世界を閉ざしてしまうのでしょうか?
それをイスラム教に根差す後進性だと強弁する学者もいました。
彼らは、かつてユダヤ教、今はイスラム教を侮蔑することで自分の宗教を正当化すする意図を持っています。

 

これら火種は、かつての植民地支配や困窮が大きく影響しており、根は深いのですが、中東が自ら対処することで解決可能な原因と思われます。

 

2-2
< 2. a village and mosque of Upper Egypt >
< 2.上エジプトの村とモスク >

 
What is the cause to produce the sparks?
I think that three causes are big.

 

A : close nature
The range where people can sympathize is limited to small range such as a village or a tribe.
This tendency is strong in countryside in particular.

 

For example, when the Arab Spring happened in Egypt, the people were positive toward democratization at first, but became conservative after all.

 

In January, 2011, a large-scale demonstration occurred in Egypt by the aftermath of the Arab Spring, and the President Mubarak being a dictator left.
This revolution was mainly triggered by the young of the urban areas.
They demanded democratization and thought that it was the most important to stop military organization return and moneyed election by the local influential person.
However, when the parliamentary elections finished in November, 2011, the Islamic movement scored an emphatic victory as distinct from the pro-democracy movement.
This reason was such political party had not grown up, not only that but also people of countryside returned back to conservative. Annotation 1.

 

It is supposed that this was because people join together only within each village, tribe, and mosque (denomination).

 
火種を作る原因とは何か?
三つの原因が大きいと思います。

 

A: 閉鎖性
人々の共感出来る範囲が村や部族などの小さな範囲に限られている。
特に地方ではこの傾向が強い。

 

例えば、エジプトでアラブの春が起きた時、人々は一度は民主化に前向きになっていたが、結局は保守的になってしまった。

 

2011年1月、アラブの春の余波でエジプトに大規模なデモが発生し、独裁者のムバーラク大統領が辞めた。
これを主に担ったのは都市部の若者で、彼らは民主化を求め、そのためには軍制復帰と地方の有力者による金権選挙の阻止が最重要だと考えていた。
しかし、2011月11月、人民議会選挙が蓋を開けると、民主化勢力ではなくイスラム勢力が圧勝した。
これは政党が育っていない事もあるが、地方が保守に回帰してしまったことが大きい。注釈1.

 

この背景に、人々が村や部族、モスク(宗派)毎にまとまってしまうことが大きいと推測される。

 
B: low literacy rate

 

When the literacy rate being closely related to the above problem rises, the people can share same sense of values in more larger area. Annotation 2.
In addition, more people can adopt many success examples and get universal judgments of all of the world.
Thus, the people can perform a shift to democracy smoothly.

 

The literacy rate of some nations being stable comparatively, such as Turkey, Iran, Tunisia, and Egypt, early had increased relatively among the Middle East. Annotation 3.

 

B: 低い識字率
上記と密接に関わっている識字率が上昇してこそ、人々はより広い地域で価値観を共有出来るようになる。注釈2.
またより多くの人が世界の成功例や普遍的な見識を取り入れることが出来る。
こうして、人々は民主主義への移行をスムーズに行うことが可能になる。

 

安定しているトルコ、イラン、チュニジア、エジプトなどは比較的識字化が早かった。注釈3.

 

3

< 3. Koran >
< 3. コーラン >

 

C: an application of the Islamic law
I think that certain application have a problem.

 

Ulama (Islamic scholars) pronounces a fatwa (proclamation) for each occasion.

 

I understand the importance of having been pronounced the fatwa of jihad by paramount Ulama against invader once. Annotation 4.
However, I feel confused about Osama bin Laden pronounced “kill people of the United States and the ally” as a fatwa.
This problem is that various Muslims have pronounced a fatwa of starting a battle that will embroil the country and a large number of the citizens.
Naturally there are Ulama criticizing the behavior of the Islamic State.

 
C: イスラム法の適用
私は、一部の適用に問題があると考えます。

 

ウラマー(イスラム法学者)はファトワー(布告、裁断)を時に応じて発します。
過去に、最高位のウラマーが侵略者に対してジハードを発したことの重要性は理解します。注釈4.
しかし、ウサーマ・ビン・ラーディンがファトワー「アメリカと同盟国の国民を殺害せよ」を発したことに困惑します。
問題は、国や大勢の市民を巻き添えにする戦闘開始のファトワーを様々なムスリマが発していることにある。
当然、イスラム国の所業を非難するウラマーもいる。

 

In addition, an American Islamic law researcher indicated that the rigorism of Islam grows in strength in certain cases than the moderatism, in his book.
And he explains that most of Islamic extremists were poisoned by it. Annotation 5.

 

What is the problem?
In the Islamic world, the law of the country and religion law that based on the Koran are one in the same.
It should be usually one system of law in one country.
We think that personal rule, creed, and belief are free.
However, if things implicated in violence and armaments become free because of religion creed, the society clearly become conflict situation.
I think Muslims must limit the application of jihad for using violence, establish it as Islamic Sharia law, and it is necessary to disseminate it to Muslims widely.

 

The resolution of these causes can’t possibly be achieved overnight, but there would be not true solution unless doing so.
I ask your forgiveness as a outsider points out the problem.

 

This continues the next time.

 

また米国のイスラム法研究者が、その著書でイスラム教には穏健主義に対して厳格主義が勢力を持つことがあり、過激派はそれに毒されていると言う。注釈5.

 

何が問題なのでしょうか。
イスラム世界は国法とコーランを中心とした宗教法が混然一体となっています。
通常、一つの国には一つの法体系であるべきです。
私達からすれば、個人の規範や信条、信仰は自由であって良いのです。
しかし、暴力や軍事力に関わることまで宗教信条だとして放任すれば、社会は紛争状態になるのは明らかです。
ジハードの暴力的な適用について限定を設け、シャーリア(イジュマーなど)として定め、広くムスリマに周知させる必要があると思います。

 

これら原因は一朝一夕に解決出来ないが、これを放置して真の解決はないと思います。
部外者の私が問題を指摘することをお許しください。
次回に続きます。

 

注釈1.
この間の事情は加藤博・岩崎えり奈共著「現代アラブ社会」に詳しい。
注釈2.
エジプトの15~24歳の識字率は、1976年で51%であったものが、2006年で85%に上昇している。
これがアラブの春を呼び込んだと言える。
しかし、エジプトの地方(上エジプトなど)の文盲率(非識字率)は40%(2006年)を越える所があり、特に高齢者や女性に多い。
エジプト全体で若者の27%が義務教育を修了していない。
上記「現代アラブ社会」より。

これが民主化への阻害要因の一つになっていると考えられる。
注釈3.
この間の事情はエマニュエル・トッド著「アラブ革命はなぜ起きたか」に詳しい。
注釈4.
1830年、フランスがアルジェリアに侵略し始めると、イスラム教の指導者であったアブド・アルカーディールはジハードを宣言し、自ら軍を率いて戦った。
注釈5.
カリード・アブ・エル・ファドル著「イスラムへの誤解を超えて」に詳しい。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 43: What is the cause ? 2


中東に平和を! 43: 何が原因か? 2

 

1

*1

 

We looked at two causes of wars and terrorism that have been frequent in the Middle East last time.
I consider another important cause, sparks, this time.

 

前回、中東で戦争とテロが頻発する二つの原因を見ました。
今回は、もう一つの重要な原因、火種を考察します。

 

2a

*2

Preface
Last time, we looked that the problems of the Middle East became worse like sparks were blasted by strong wind in dry grassy grassland.
These two causes were aftereffects of once colony and the Cold War, and the biggest external cause.
Improvement to and coping with these are necessary, and besides, there is another important thing.
I think the Middle East should improve a cause that is inherent in the Middle East by oneself.
I assumed it “sparks”.
はじめに
前回、乾燥した草原の火種が強風に煽られようにして中東問題は深刻化したことを見ました。
二つの原因とは最大の外因である植民地の後遺症と冷戦でした。
これらへの改善と対処も必要ですが、もう一つ大事なことがあります。
それは中東に内在する原因で、中東自ら対処すべき問題だと思います。
私はそれを火種としました。

 

3

< 3. Scenery of Islamic towns >
< 3.イスラム世界の風景 >
What is the sparks?
In the Middle East, why do conflicts begin everywhere?

 

As for the problem in Palestine, Islam and Judaism strengthen exclusiveness each other and produced hatred and gap, so it is not said that the cause is only unilateral religion.
However, we must notice particular problems in the Middle East when we compare both handling of it.
The main problems are that they can’t merge together, and are to shut out the world by themselves.

 

Internal troubles, coups, and wars in the Middle East that I considered until now
came to worsen through a similar process.
The examples of the conflicts are President Nasser and Moslem Brotherhood (Sunni) in Egypt, President Assad (Alaouite) and Moslem Brotherhood in Syria, and Sunni (the mainstream of President Hussein’s era) and Shiite in Iraq.
Opposition between denominations or for modernization (secularization) is taking place among the same Muslims.

 

Why cannot they solve each other dissatisfaction by talking?
So they must oppose and fight each other.

 

In addition, the Islamic extremists such as the Islamic State are born almost every day, they cooperate each other in some cases, but they smash and absorb each other in most cases.
The numbers may exceed 50 in the Middle East.
They act apart even in this situation.

 
火種とは何か?
なぜ中東では、こうも至るところで抗争が始まってしまうのだろうか?

 

パレスチナ問題では、イスラム教とユダヤ教が互いに排他性を強固にし、憎悪や格差を生んでいたのであって、一方の宗教だけが元凶とは言えない。
しかし、両者の対応を見ていると中東特有の問題が浮かび上がって来ます。
その主なものは彼らが大同団結が出来ないことと、自ら世界を閉ざしていることです。

 

いままで考察した中東の内紛やクーデター、戦争、どれも同じような経緯を辿って、拡大し深刻化しました。
代表的な対立の例は、エジプトでのナセル大統領とムスリム同胞団(スンナ派)、シリアでのアサド大統領(アラウィ派)とムスリム同胞団、イラクでのスンナ派(フセイン大統領時代の主流)とシーア派です。
同じイスラム教徒の中で近代化(世俗派)や宗派間で対立が起きている。

 

なぜ彼らは不満を話し合いで解決出来ず、敵対し暴力に結び付けてしまうのか?

 

またイスラム国などのイスラム過激派は日々生まれ、協力することもあるが、潰し合い吸収されもしている。
その数はゆうに50を越えるのではないだろうか。
ここでもバラバラの動きをしている。

 

4

< 4. November 2015 Paris attacks >
< 4. 2015年のパリ同時多発テロ >

 

Furthermore, terrorism all over the world that the Islamic State performs and was initiated by al-Qaeda only drives Muslims all over the world into a corner surely and is the worst for everyone.
Once, anti-establishment terrorism plunges the leaders of own country into fear to aim to a policy changeover, but is different from it.
What will be different?
For example, three Baltic countries, Korea, and South Africa, in spite of being small countries, achieved the purpose with gaining cooperation of the world, particularly the Europe and America, to get out of the rule of large countries.
The nation-building of Israel is similar to it.
They have asked for understanding to the world and have avoided useless fight by transcending a difference in ideology or religion, and a historic grudge.
Though, it must have been worst condition for the Arab, because Europe and America was once ruler of the colonies and heathen countries.

 

Terrorism of Islamic extremist rightly goes against the times.

 

I think if the Middle East does not try to decrease such sparks, there is not the future of the Middle East.

 

The next time, I consider the cause that they shut out the world and can’t merge together.

 
さらに、アルカイダに始まり、イスラム国が行っている世界各地のテロは、世界のムスリマを確実に窮地に追い込むだけで、誰にとっても最悪です。
かつて反体制側のテロは自国の首脳を恐怖に落とし入れ、政策転換を図る狙いがあったが、これとは異なる。
何が違うのだろうか。

 

ここ1世紀、反体制側や弱小国の中には、世界の良心に訴え、世界を味方に付けて、体制挽回や独立を実現して来たところがある。
例えば、バルト三国や韓国、南アフリカなどは大国の支配から脱却するために、世界、特に欧米先進国の協力を得て小国ながら目的を達した。
イスラエルの建国も、これに似ている。
彼らはイデオロギーや宗教の違い、歴史的な遺恨を横に置いて、世界に理解を求め無駄な戦い避けて来た。
もっとも、アラブにとって欧米は異教徒であり植民地の支配者であったので厳しい条件ではあるのだが。

 

まさにイスラム過激派のテロは時代に逆行している。

 

この火種を減らす努力をする以外に中東に未来はないように思える。

 

次回は、大同団結が出来ず自ら世界を閉ざす原因について考察します。

 

 

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Bring peace to the Middle East! 40: chain of retaliation 8 : Why the Middle East war began? 1


中東に平和を! 40: 報復の連鎖 8 : なぜ中東戦争は始まったのか? 1

 

1

< 1. Jerusalem mayor which surrendered to the British Army in 1917 >
< 1.1917年、英国軍に降伏するエルサレム市長 >

 

I looked back on the Middle East war last time.
Why did the Arabic countries deprecate nation-building of Israel and open war with Jew?
Before investigating this reason, I take up a rumor about the Middle East war.

 

前回、中東戦争を振り返りましたが、なぜアラブ諸国はユダヤ人の建国に反対し戦端を開いたのでしょうか?
この理由を探る前に、中東戦争に関するある風説を取り上げます。

 
About the rumor
“Arab opened war with Jew, and was defeated, so the present tragic situation of Palestinian is a natural consequence.”
This is an excuse that Israelis often use.

 

Is it really true?
I regard this rumor as malicious false rumor due to the following reasons.

 

ある風説について
「アラブがユダヤに戦争を仕掛け、負けたことが悲惨な現状を生んだのであり、パレスチナは自業自得である。」
これはイスラエル側でよく語られる風説です。

 

本当にそうだろうか?
私は以下の理由で、この風説は悪意あるデマと考えます。

 

2map

< 2. The Middle East of 1920s >
<2.1920年代の中東 >

 
1. The Arab was not able to defeat Jew.
Around that time, the West and the Soviet Union banished Jew from own country, and gave anything including supply weapons in order to let Jew settle down in other area.
In a twist of irony, it did not need to be Palestine.
The world, particularly Christianity countries gave approval of it with atonement and antipathy in their eyes.

 

In order to win the war, the Arabic countries might have to have opened the war during 1920s.
But it was impossible in those days because the Arab was under the rule of Britain and France.

 
2. The conflict continued even if the Arab won.
The Jew must have counterattacked by thorough resistance and terrorism, and I think Israel defeated the Arab in some time or other.
We know the Jew ever practiced radical terrorism in the Middle East.

 
3.Even if the Arab did not open the war, Palestine could not change the situation.
It is difficult for us to understand this.
This reason is because the Jew had financial power, intellect, and network which had overwhelmed Palestinian Arab.
They connected to the world through the Mediterranean Sea by basing on Israel even if it was small.
This is almost same as the Solomon empire in 3,000 years ago.
Thus, Israel overwhelmed Palestine by economic power, military capability, and political might.

 

This is a typical pattern of the offensive and defensive battle that have been repeated between advanced colonist and indigenous people.
If left untreated, the result is clear.

 

In other words, the Middle East war did not cause the present tragic situation of Palestine, and was only one derived phenomenon.

 
1. アラブはユダヤに勝つことが出来なかった。

 

当時、欧米やソ連はユダヤ人を自国から追い出し、別の地域に定住させるために、兵器供与など何でも行った。
それはパレスチナでなくても良かったのだが。
世界、特にキリスト教国は罪滅ぼしと同情、そして嫌悪が混じる眼差しで、これに賛同した。

アラブ諸国が勝つには、ユダヤ移民が始まった1920代に開戦すべきだったかもしれないが、当時、アラブは英仏の統治下にあったので不可能だった。

 
2. もしアラブが勝っていても、紛争は続いた。

 

今度は、ユダヤ人が徹底抗戦とテロで反撃し、早晩イスラエルはアラブを打ち負かしただろう。
中東におけるユダヤ人の徹底抗戦と過激なテロは実績がある。

 

3-1947map2

< 3. Jewish settlement in 1947 >
< 3. 1947年のユダヤ人入植地 >
3. アラブが開戦しなくても、パレスチナのアラブ人の状況を変えることは出来なかった。

 

ここが分かり難いところですが、ユダヤ人にはパレスチナのアラブ人を圧倒する資金力と知力、ネットワークがあった。
彼らは小さくてもイスラエルの地を拠点することにより、地中海を通じて世界と繋がった。
これは3000年前のソロモン帝国に通じるものがある。
こうして、イスラエルは経済力、軍事力、政治力によって、パレスチナを圧倒した。

 

これは繰り返されて来た、先住民と先進の入植者との攻防のパターンです。
これを放置すれば、その結果は明白です。

 

つまり、中東戦争の有無が今のパレスチナ問題を決定づけたのではなく、中東戦争は派生した一つの現象にすぎないのです。

 
What! Is there a problem?
My point is, a fact unfortunately has been repeated, that a superior group tried to take in and rule an inferior group, and banished and eliminated if the latter did not the follow.

On the other hand, the Jew has been oppressed even though the Jew was an excellent race.
And, now, they seem to get their revenge for 2500 years.
Ironically, the people that were discriminated have oppressed other people adversely.

Even if there is Jew who recognizes the pain of others from the experience, the group’s reaction is different unfortunately.
It is a historical fact that most come to overwhelm an enemy from a sense of fear and a chain of the retaliation happens at last.

On the next time, I will consider the situation the Middle East war began.

 
何が問題なのか
アラブの人々は、私の指摘に怒るかもしれない。
アラブ人を先住民と一緒にするのは言語道断だと!

 

私が言いたいのは、優勢な集団が劣勢の集団を取り込み支配し、従わなければ追い出し抹殺することは、残念ながら繰り返されて来た事実だということです。

 

一方、ユダヤ人は優秀な民族であるにも関わらず、虐げられて来た。
そして、今、2500年間の怨念を晴らしているかのようです。
皮肉なことに、差別され虐げられた人々が、逆にそれを繰り返しているのです。

 

その経験によって他者の痛みを理解するユダヤ人もいるでしょうが、残念ながら集団となると違うのです。
多くは恐怖心から、身構え敵を圧倒するようになり、ついには報復の連鎖が起きてしまうのが歴史です。

 

次回、具体的に中東戦争が始まる状況を考察します。

 

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Bring peace to the Middle East! 39: chain of retaliation 7 : the Middle East war


中東に平和を! 39: 報復の連鎖 7 : 中東戦争

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< 1. Palestinian refugees in Syria in 1848 >
< 1.シリアのパレスチナ難民、1848年 >

 

A background of the intifada in the previous description was Palestinian complaint that was due to that their territory had been reduced and ruled over by little and little.
I look back on the four Middle East wars that determined adverse circumstances of Palestine today.

 

前回紹介のインティファーダ(民衆蜂起)の背景に領土をなし崩しに減らされ、支配されていくパレスチナの不満がありました。
今日は、パレスチナの逆境を決定づけた4回の中東戦争を振り返ります。

 

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< 1. The Middle East war >
< 2. 中東戦争 >

 

A: The Israel forces of the first Middle East war.
B: The Egyptian forces of the second Middle East war.
C: The Israeli air forces of the third Middle East war.
D: The Syrian forces of the fourth Middle East war.

 

A: 第1次中東戦争のイスラエル軍。
B: 第2次中東戦争のエジプト軍。
C: 第3次中東戦争のイスラエル空軍。
D: 第4次中東戦争のシリア軍。

 
Summary of the Middle East war
*the first Middle East war, from May, 1948 to March, 1949.
After the British Mandate of Palestine, the Jew declared Nation-building of Israel, but the Arabic countries went to war against them.
The military forces of the Arabic countries was defeated, and they ceased fire by the good offices of the United Nations, but many Palestinians (Arab) became refugees and were robbed of their land.

 

*the second Middle East war, from October, 1956 to March, 1957.
After the Egyptian Revolution overturned an imperial rule, President Nasser declared the nationalization of the Suez Canal.
The U.K. was indignant at this, and confederated with France and Israel.
Then, Israel first invaded and attacked on Sinai Peninsula, and subsequently Britain and France attacked Egypt.
However, the United States announced the immediate withdrawal against this, and led the cease-fire through the United Nations.
By this, Egypt obtained the Suez Canal, and Nasser that alone fought with the three countries was praised as the leader of Arab.

 

*the third Middle East war, from 5 to10 on June, 1967.
The military collisions of Palestine guerrilla and Israel occurred in a row, and tension had escalated in the region.
When Nasser heard that an offensive of Israel would be performed soon, he blockaded a
strait and put Egyptian forces on alert.
And Israel forces started the attack, and Egypt and the Arabic countries defended, but lost big.
By this, Gaza, Sinai Peninsula, Golan Heights of Syria , the West Bank were occupied, and Palestinian refugees increased more.

 
中東戦争のあらまし
*第1次中東戦争、1948年5月~1949年3月。
英国の委任統治終了後、ユダヤ人はイスラエル建国を宣言したが、アラブ諸国はこれに反対し開戦した。
アラブ軍は破れ国連の仲介で停戦したが、多くのパレスチナ人(アラブ人)が難民となりその土地は奪われた。

 

*第2次中東戦争、1956年10月~1957年3月。
王政転覆を果たしたエジプト革命の後、ナセル大統領はスエズ運河の国有化を宣言した。
これに憤慨した英国はフランス、イスラエルと共謀し、先ずイスラエルがシナイ半島に侵攻し、次いで英仏がエジプトを攻撃した。
ところが米国はこれに反対し、国連で即時撤退を主導して停戦となった。
これによりエジプトはスエズを手に入れ、単独で3カ国と戦ったナセルはアラブから盟主と称えられた。

 

*第3次中東戦争、1967年6月5日~10日。
イスラエルとパレスチナ・ゲリラの武力衝突が続発し緊張が高まっていた。
イスラエルの攻勢が近いと知らされたナセルは海峡封鎖を行い警戒態勢を敷いた。
そして、イスラエルは攻撃を開始し、エジプトとアラブ諸国は防戦したが大敗した。
こうしてガザ,シナイ半島,シリアのゴラン高原,ヨルダン川西岸地区は占領され、パレスチナ難民はさらに増加した。

 

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< 3. The result of the third Middle East war >
< 3. 第3次中東戦争の結果 >

 
*the fourth Middle East war, from 6 to 24 on October, 1973.
This time, Egypt (President Sadat) in partnership with Syria made a surprise attack on Israel from both sides.
At the beginning of the war, Egypt and Syria was ascendant, but the Israel forces recovered in the latter half and ceased fire with advantage.
Arabic oil-producing countries united and decided that they perform an oil embargo until Israel withdraws, for applying pressure on the Israel support countries (the first oil crisis).

 

In 1979, Egypt-Israel peace treaty was concluded, and Sinai Peninsula was returned to Egypt.
After this, the full-scale war with Israel and the Arabic countries became a thing of the past.

 

*第4次中東戦争、1973年10月6日~24日。
今度はエジプト(サダト大統領)がシリアと組み、両方からイスラエルに奇襲攻撃を行った。
緒戦はエジプト側らが優勢であったが、イスラエル軍は後半立ち直り有利のうちに停戦した。
この間、アラブ産油国は結束しイスラエルが撤退するまで石油禁輸を行うことを決定し、イスラエル支援国に揺さ振りをかけた(第一次石油危機)。

 

1979年、エジプト・イスラエル平和条約が締結され、シナイ半島がエジプトに返還された。
この後、イスラエルとアラブ諸国との本格的な戦争は無くなった。

 

4

< 4. A change of Israeli territory >
< 4. イスラエルの領土の推移 >

 

A red frame shows a change between the partition plan of the United Nations and after the third Middle East war.

赤枠が国連の分割案と第3次中東戦争の後の変化を示します。

 
What did the Middle East war bring?
The Arabic countries began this war, but they repeated defeat, and left out of the war last.
When it is over, Israel increased territories, Palestinian was shut in Gaza and the West Bank, their freedom was robbed, and colonization was strengthened afterwards.

 

In 1947, before the outbreak of the war, there were Jew 630,000 and Palestinian 1,310,000 in area of British Mandate of Palestine.
But in 1973 of the end of the war, it became Jew 630,000 and Palestinian 1,310,000 in reverse.
And the Jewish territory became 78% of the whole area.
Meanwhile, more than 700000 Palestinians lost houses, and now the refugees that became a total of 5,600,000 are forced to live hand-to-mouth in the autonomous areas of the Palestinians and neighbor countries.
Due to Israeli invasion in Lebanon in addition to it, the Palestinian government (PLO) weakened, and the radicals became widespread.

 
中東戦争は何をもたらしたのか
アラブ諸国がこの戦争を始めたが、敗戦を繰り返し、最後にアラブは手を引いた。
終わって見るとイスラエルは領土を増やし、パレスチナ人はガザとヨルダン川西岸に閉じ込められ自由を奪われ、その後、植民が強化されていくことになる。

 

開戦前の1947年、ユダヤ人63万人、パレスチナ人131万人だったが、終戦の1973年にはそれぞれ285万人、49万人に逆転した。
そしてユダヤ人の領土は、全体の78%になっていた。
その間、70万人以上のパレスチナ人が家を失い、現在総数560万人の難民がパレスチナ自治区と周辺国で耐乏生活を続けている。
その後のイスラエルのレバノン侵攻もあり、パレスチナ政府(PLO)は弱体化し、過激派が横行することにもなった。

 
What made the difference between winning and losing?
At the time of the outbreak of the first Middle East war, the Arabic side was superior as the size of the forces, but, they were just a jumble of militias.
On the other hand, Israel was desperate and bought many weapons abroad while a truces performed by the United Nations.
And they unified chains of command and was able to counterattack.

 

The armaments of Israel were clearly superior to the Arabic side after the second Middle East war.
This is due to economic force of Israel and Jews around the world.
But that’s not all, Israel thoroughly had been supported by Britain and France that had an interest in the Middle East, and the United States during the Cold War.
There may not have been present Israel even though the weapon supply of the U.S. is delayed for a couple of days.
The Soviet Union also supported Egypt and other Arabic countries, but there was a limit, and the Arabic countries were impoverished economically.

 

After the fourth Middle East war, the Arabic countries have opposed to each other, and it was triggered by the Iranian Revolution, petroleum, and some wars caused by the United States.
And they became to avoid the Palestine refugees than helping them.

 
何が勝敗を分けたのか
第1次中東戦争の開戦時、アラブ側は優勢であったが諸隊の寄せ集めに過ぎなかった。
一方、イスラエルは必死であり、国連仲介による休戦の間に海外で兵器調達を行い、指揮系統を統一し反撃することが出来た。

 

第2次中東戦争以降はイスラエルの軍事力はアラブ側より勝っていた。
これは自国と世界中のユダヤの経済力もあるが、中東の権益維持を図る英仏と冷戦中の米国が徹底的にイスラエルを支えたことにある。
もし米国の兵器支給が遅れるだけで、今のイスラエルは無かったかもしれない。
ソ連もエジプトやアラブ側を支援したが限度があり、アラブ諸国は経済的に疲弊していた。

 

第4次中東戦争以降、アラブはイラン革命や石油、米国絡みの戦争で敵対し、パレスチナを助けるよりも難民を避けるようになった。

 
Afterword
When I look at process of the Middle East war, I noticed Israel was very superior in the strategy, leadership and an intelligence-gathering operation.
I am amazed Jew, people without a country for 2000 years, established the nation-building at a dash.

However, on the other hand, I am surprised they are cold-blooded and use an insidious way.
I imagine the end of the North American Indian to Palestinian people.

 

This continues the next time.

 
あとがき
中東戦争の経緯を見ると、作戦指揮においてイスラエルが一枚も二枚も上手で諜報戦にも長けている。
よくぞ、亡国の民が一気に国を立ち上げ、ここまでになるとは驚きです。

 

しかし、その一方で、冷酷で狡猾な手口にも驚く。
私はパレスチナの民に北米インデアンの末路を想像してしまう。

 
次回に続きます。

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