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北欧3ヵ国を訪ねて 46: オスロ 5: ノルウェー民族博物館 3


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今回は、ノルウェー民族博物館の最後の紹介です。

後半で、19世紀のオスロの街並みを紹介します。

 

 

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< 2. 19世紀の農家 >

 

上の写真の一群の農家の説明書きは次の写真にあります。

これらは19世紀に建てられていた家屋で、その場所はオスロの南方の峡谷でした。

 

下の写真の小屋は同じ場所にあった14~15世紀の倉庫です。

上の写真の左側に見えます。

 

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< 3. 上記、一群の農家の説明書き >

 

 

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< 4. 上記の農家の内部 >

 

中央の大きな農家に入ることが出来ました。

中に入ると、写真のスタッフが訪問者に横の桶の用途を説明していました。

豆を貯蔵し、その後何かをする為の容器らしい。

少し質問をしたのですが、残念ながら理解出来ませんでした。

でも彼女は丁寧に対応してくれて、写真撮影にも快く応じてくれました。

 

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< 5.倉庫類 >

 

上: ノルウェー南部にあった1754年の倉庫です。

扉両側の模様が良い。

 

下: 同じノルウェー南部にあった1800~1850年の乾燥小屋。

乾燥するものが、木材なのか穀物なのかがわかりません。

ノルウェーでは木材は重要な産業ですが、これは窓が小さ過ぎるので穀物用なのでしょうか。

 

 

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< 6. オスロの古い街並み 1 >

 

この6と7の写真は19世紀後半のオスロの古い建物と通りを再現したものです。

オスロは10世紀頃から重要な都市ではあったが、その木造の古い街並みは幾度も大火災に遭っており、残っていない。

1814年以降、この地が首都になり、今のオスロの都市景観を形作るようになった。

 

 

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< 7. オスロの古い街並み 2 >

 

 

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< 8. オスロ郊外の家屋 1 >

 

1840年に建てられたオスロ北部の郊外の住居。

家屋は大きく無いが、幾つもの部屋が有り、郊外で自然を楽しみながら暮らしていた様子が窺える。

此処にきて初めて、農業や林業を生業としない暮らしの住まいを見ることが出来た。

 

 

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< 9. オスロ郊外の家屋 2 >

 

 

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< 10. オスロ郊外の家屋 3 >

 

写真の女性はスタッフです。

シンプルなデザインで、無垢の木材を生かした家具が印象的でした。

 

この住居が使われた時期は明治維新の30年前にあたり、今まで見て感じていた素朴で簡素な暮らしのノルウェーは一転、進んだヨーロッパ文化の香りがするようになった。

この時期の市民の暮らしが見えると、今の北欧の躍進を理解するヒントが得られるように思う。

つまり北欧の今の躍進は、半世紀あまりの急激な改革で勝ち取ったのか、それとも徐々に築き上げて来たものなのか?

残念ながら、この野外博物館だけでは分からない。

 

 

次回には巨大なヴァイキング船を紹介します。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 45: オスロ 4: ノルウェー民族博物館 2


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< 1. スターヴ(木造)教会の内部 >

 

今回は、ノルウェー民族博物館の2回目です。

最初に、スターヴ教会の内部を紹介します。

この野外博物館の家屋はノルウェーの自然の厳しさを教えてくれました。

 

 

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< 2. スターヴ教会 1 >

内部の写真はすべてフラッシュ撮影です。

 

左上: 正面玄関。

右上: 正面玄関の次にある入口。

この両側の柱の模様は北欧ヴァイキング時代からあったものでしょう。

これはツタと長身の獣が絡まった図柄で、スウェーデンのルーン石碑にも見られた。

 

左下: 内部、壁から天井を望む。

 

右下: 正面玄関を望む全景。

屋根が黒いのは防腐の為に塗布したタールの為です。

 

 

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< 3. スターヴ教会 2 >

 

入って最初に感じたのは、非常に暗く、小さく、そして天井が高いことでした。

西欧の古い教会、ロマネスク建築の教会は、暗い堂中にガラス窓からの光が差し込み、荘厳さがある。

この木造教会にも幾つもの小さな明り取りの穴があるのだが、暗闇に圧迫されそうな感じがする。

逆に言えば、燭台の明かりが一層引き立つのかもしれない。

この空間には、西欧の教会には無い、古代信仰に根差した神域のイメージが引き継がれているのだろうか。

この感覚はスペイン、アルハンブラ宮殿の石材で覆われた薄暗い部屋に入った時にもあった。

 

 

上の写真: 祭壇を正面から見ている。

最後の晩餐らしい絵が正面に飾られている。

非常に質素です。

 

下の写真: 壁と屋根が接する柱の上にそれぞれ人面の彫刻がある。

私には王冠を被った王のように見えるが、不明。

 

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< 4. スターヴ教会 3、Wikipediaより >

 

左: 別の木造教会の平面図。

今訪れている教会と同じで室内は十字架の形をしていない。

 

右: 今訪れている教会の構造図です。

柱上部に人面が見えます。

 

 

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< 5.小屋 >

 

上: 屋根瓦を見てください。

北欧三ヵ国で見た屋根瓦が非常に日本の瓦と形が似ています。

親しみを感じます。

 

下: 野外展示場の丘から見下ろしている。

 

 

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< 6. 農家 >

 

下の写真は大きな農家、大きな牛舎を持っています。

一方、上の写真は素朴な感じの農家です。

 

 

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< 7.農家と水力小屋 >

 

上の写真の左側に水力小屋が見えます。

それを撮ったのが下の写真です。

この小屋はノルウェーの南部西海岸、ノルウェー海に面するフィヨルドにあったものを再現中のようです。

本来、水車が内蔵されており、動力となる水はこの小屋の左側から右側に流れ落ちるようです。

小屋の作りが面白いので取り上げました。

 

 

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< 8. オスロ郊外北部の農家 >

 

建築が1845年の農家で、内部を見ることが出来ました。

この野外展示場では、内部に入れる家屋は多い。

下の写真はその内部で、左にベッドがあります。

 

 

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< 9. 少し広い所に出た >

 

上: ここで驚いたのは、中国からの観光ツアーの一団です。

この展示場はストックホルムのスカンセンと違って遊戯施設が無く、民俗家屋の歴史を学ぶ所に特化している。

従って、すれ違う人々の多くは北欧のティンエイジャーを連れた家族や学校の小学生以上の団体でした。

このような場所に、中国の団体観光客が来ているのに驚かされました。

もっとも都市部での観光地で、アジア人の観光ツアーで断トツに多いのが中国で、次いで韓国、そしてわずかに日本かインドでしょう(見た感じ)。

 

下: 畑を囲んでいる柵が見えますが、この斜めに木を並べる形は、ストックホルムのスカンセンと同じでした。

 

 

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< 10. パン焼き小屋 >

 

上: 表示にはパン焼き小屋とありました。

しかし中に入ることが出来なかったので、よくわかりません。

小屋の大きさの割に煙突が大きい。

 

下: これは別の小屋の内部です。

民族衣装を着たスタッフが、暮らしぶりを再現しています。

北欧で共通するようですが、暖炉と竈、暖房と料理は同じ場所で、非常に巨大なものが多い。

場合によっては一戸の家に複数ある。

その割には、この時代の壁の作りは断熱効果が乏しいように思える。

内壁となる丸太の木組みと外壁の板組の間に、断熱材が入れられているかどうかが分からない。

 

 

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< 11. 作業中のスタッフ >

 

私がこの野外展示場で感心したのは、スタッフの親しみ易さです。

作業中の所を背後から撮影すると、二人は振り返り、笑顔で答えてくれました。

この対応は、他の小屋のスタッフにも共通していました。

 

一方、ストックホルムのスカンセンでは、どちらかと言うと冷たい感じがしました。

オスロでは小屋内部のフラッシュ撮影はOKなのですが、ストックホルムでは禁止でした。

 

ストックホルムとオスロを旅していて、国民性の違いを感じた。

オスロの人はノンビリしており優しい感じがしました。

一方、ストックホルムではお年寄りは親切なのですが、概ね就業中の人はピリピリしているようです。

これはアジア人に対してだけの対応なのか、それえともシビアに作業をしているからなのかわかりませんでした。

さらに言えば北欧の中で、スウェーデンは移民問題と格差問題を多く抱えているからもしれません。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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連載中 何か変ですよ 210: 何がより良い選択なのか?


 

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「日本国民は何に不安を感じ、何を頼りにしているのか?」

私には見えてこない。

戦争か平和か、または繁栄か金融危機か、左右から罵り合う。

何が国民にとってより良い選択なのか?

 

 

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皆さんはどう思いますか?

 

  1. どうしたら戦争や侵略を防げるのか?

軍備を増強するべき

賛成: 小国は侵攻され易い。

反対: 大国と軍拡競争をしても無駄、むしろ敵愾心を煽る。

 

注釈 

繰り返される米ロ(ソ連)の軍事侵攻を見ていると、小国の悲哀は今なお現実です。

これら侵攻の多くは、民族や宗教対立で混乱している小国への大国の領土・資源・覇権争いと言えるでしょう。

また軍拡競争と軍事同盟の果ての大戦が二度も続き、これも深刻です。

 

一方で、不戦条約締結(1929年)以降、世界が一緒になって暴虐な国々の世界制覇を多大な犠牲を払って食い止めました(米国の力は大きいが、その後変節している)。

 

日本にとって確実な戦争回避策はあるのか?

 

例えば沖縄の基地をどう評価するのか?

沖縄は米国の中国への前進基地として防波堤の役割を担うのか、それとも最初の激戦地となり、日本も火の海になるのか?(沖縄は、以前より米国のアジア侵攻の発進地として使われているので、最初に攻撃されるだろう)

沖縄よりもグアムやハワイの方が、米国や日本にとっても戦略上優位なのではないか?(あまりにも日本と米国の本土から離れている)

 

北朝鮮の軍事緊張にしても、今回の一連の動きで判明したように米中次第であって、日本の役割は少ない(蚊帳の外で騒ぐだけだった)。

北朝鮮に睨みを利かすのは空母などの機動部隊がいる佐世保が最重要です。

 

結局、回避策は日本と米国、中国、ロシアの状況を的確に評価出来るかにかかっている(日本は過去に大きな見誤りを繰り返しており、いまだに反省していない。今度こそ島国を言い訳にしないでほしい)。

 

要は侵略する国、軍事同盟、抑止力、日本の立場―国際的と地政学上(大陸に近い島国)、をどう評価するかです。

少なくとも日本は小国では無く、今後米中の覇権争いは熾烈を極め、中国経済は益々巨大になり、やがて日本は米国依存一辺倒ではすまなくなるだろう。

 

ここ1世紀半の世界の流れを振り返ると日本の動きが見えてくる。

19世紀後半以降、英国の覇権は衰えて、米国はやがて断トツ一位の経済大国になって行く。

第一次世界大戦はドイツの経済が英国を抜きヨーロッパで一位になる時期と重なった。

また第二次世界大戦は、日本が経済の規模こそ及ばないが急伸し、軍事同盟先を英国からドイツに替えて始まった。

この間、米国は軍事でも世界第一位となり、日本は敗戦占領を期に米国に完全に追従することになった。

 

 

一言

ここ半世紀あまりの世界の戦争をみると、幼児帰りしているように思える(不戦条約締結以前に戻る)。

侵攻される小国に紛争や混乱などの火種があることもあるが、大国は一方的な口実を持って侵攻する。

その口実を、かって世界平和の為だったが、今は戦争の芽を摘むとして自己防衛と称している。(初期には当事者に大量の武器を売る一方で、やがて都合の悪い政府を潰し、それを傀儡政権に替え、挙句に侵攻して破壊する。特に米国。)

これはかっての戦争と何ら変わらない、いつの間にか中世から原始社会に戻ったようです。

 

 

次回に続きます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 44: オスロ 3: ノルウェー民族博物館 1


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< 1.スターヴ(木造)教会 >

 

 

これからノルウェー民族博物館を紹介します。

私は3ヵ国の野外博物館で民俗家屋を見比べることが出来ました。

最も楽しみにしていたのが、このスターヴ(木造)教会です。

 

 

  • ノルウェー民族博物館、Norwegian Folk Museum

ノルウェー民俗博物館は、屋内の博物館と野外の展示スペースに150 軒以上の歴史的建造物を展示しています。

ここにある建物はノルウェー中のさまざまな地域から移築され、改修されたものです。

フィヨルドの丘に建つ木造の教会から、ノルウェーのさまざまな時代の農場や山小屋などを直に触れ見ることが出来ます。

過去 600 年の人々の暮らしを、民族衣装を着て実演するスタッフを通じて知ることが出来ます(言葉はわからないが)。

園内を巡って行くうちに北欧の自然の厳しさをひしひしと感じることになりました。

 

 

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< 2. 地図 >

 

上の地図: ビィグドイ半島、上が北。

黄色三角がノルウェー民族博物館、赤丸がヴァイキング船博物館、白丸がフラム号博物館で、順次紹介して行きます。

上部ピンク線は乗って来たバスルート、半島内の灰色線は徒歩ルート、緑線は帰りの連絡船ルートです。

 

下の地図: ノルウェー民族博物館、上が西。

下側のゲートから入り、左側でオスロパスを見せてチケットを貰い、赤線に沿って園内に入った。

赤矢印がスターヴ(木造)教会です。

 

 

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< 3. 民族博物館入り口 >

 

上の写真: 入り口。

 

下の写真: 入り口をくぐってすぐの所から無人の改札口(中央、4本の金属筒)を見ている。

切符は撮影位置の直ぐ左の建物で取得します。

 

 

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< 4. いよいよ野外展示へ進む >

 

上の写真: ここは改札口を抜けたところの広場。

この広場を囲むようにして屋内展示館やレストランはありますが、私は入りませんでした。

 

下の写真: 広場から野外展示へ進むと、そこは森でした。

進んだルートはNo2の地図の赤線です。

英語表記の標識が助かります。

 

 

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第一印象は、スウェーデンのスカンセンと違って派手さが無い事です。

一周してわかるのですが、娯楽施設や遊具などを置かず、北欧の古い民家が大自然と如何に調和しているかを見せている。

スカンセンの方が観光的には有名ですが、こちらの方が北欧の民俗や風俗を知るには良い。

 

 

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< 6. 草ぶき屋根 >

 

実は、スウェーデンと比べるとノルウェーの方が古くて貧弱な民家が多いようです。

スカンセンでは白樺の皮で屋根を葺いていた小屋があったが、こちらでは写真のようなものが結構ありました。

これには断熱効果があるでしょうが、むしろ自然の厳しさ、建築材料の乏しさを連想させます。

正解はわからないが。

 

下の写真: これは19世紀半ばから使用された学校で、キリスト教団が運営したものです。

戸口に立つ女性はおそらくスタッフで、当時の教師の服装をしているのでしょう。

小学生の郊外学習なのでしょうか、これから入って行くところです。

 

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< 7. 夏期用の小屋、ログハウス >

 

上の写真は外観で、下の写真はその内部で、囲炉裏が見える。

この小屋の正面には次の写真のNo185の標識が掛かっていました。

場所はSetesdal(ノルウェー最南端)で、建築年代は1500~1600、用途はSummer cottageと書かています。

 

 

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< 8. 様々な解説と標識 >

 

英語表記で建物の場所、用途、年代、利用当時の写真が添えられています。

親しみを感じます。

 

左上の解説板: これは前述のNo6下の写真の学校の説明です。

 

右上の解説板: 木こり用小屋らしい。

1600年頃から使用されたオスロの北方の山中の小屋。

当時、木材が重要な資源となり、写真のような寝起きの為の仮の山小屋が作られた。

煙突が見えるので中に囲炉裏などがあるのでしょう。

 

 

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< 10. ゴール村から移築したスターヴ教会 >

 

この建築は1200年代です。

急こう配の屋根、鱗上の屋根板、龍の飾りが特徴的です。

東南アジアやタイの寺院の屋根を連想させる(最も蛇の象徴でしたが)

 

この手の木造教会は北ヨーロッパで11~12世紀に多く建てられ、最盛期には1000棟以上あった。

現在、最も多く残っているノルウェーでも、わずか28棟になった。

 

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< 11. スターヴ教会の外観 >

 

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< 12.ウルネスの木造教会、すべて借用 >

 

ここに写真を載せたのは、ノルウェーの教会建築と自然、大地の繋がりを感じてもらいたいからです。

 

上の写真: ルストラフィヨルドの高さ120mの崖の上にある教会で、建築は1130年とされている。

ヴァイキング建築とキリスト教会建築が結びついた教会で世界遺産です。

 

 

次回に続きます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 43: オスロ 2: Songnsvann湖からビィグドイ半島まで


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今回は、美しい湖から興味津々のビィグドイ半島までを紹介します。

湖畔を少し歩いた後、地下鉄とバスを乗り継いで半島まで行きます。

ちょうど市内の中心部を通過することになります。

 

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< 2. 行程マップ、上が北 >

 

上から始まります。

Songnsvann湖の茶色線を散策し、その後、黒線の地下鉄でオスロ駅に隣接するJernbanetorgetまで行きます。

それから少し歩き、駅前のバスターミナルJernbanetorget停に行き、赤線のバス№30に乗り、ビィグドイ半島内のFolkmusetで降ります。

 

写真は2018年6月5日8:38~10:01で撮影したもので、撮影順に並んでいます。

 

 

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< 3. 湖  >

 

 

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< 4. 湖を楽しむ人々 >

 

私が湖畔を散策したのは20分ほどなのですが、写真のように湖畔の遊歩道や広場で楽しむ多くの人々を見かけました。

多くは一人から三人までの一組で、ジョギングやウオークを始めた。

湖畔一周は約3.5kmあり、きっと冬は雪のクロスカントリースキーが素敵でしょう。

また女性が広場のベンチに腰掛けている姿も見た。

 

本当に、北欧の人は自然を大切にし、自然と共に暮らすことを大切にしている。

 

 

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< 5. Songnsvann駅に向かう途中 >

 

下の写真: 途中、ローラ―式クロスカントリースキーを行っている二組のグループを見た。

この建物はノルウェースポーツ科学学校で、この手前にオリンピックの名を関したスポーツホテルがある。

この一帯はどうやら冬のスポーツを楽しみ、訓練する場所のようです。

 

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< 6. 地下鉄からの眺め 1 >

 

上の写真: 遠くにオスロ湾の海面が見える。

地下鉄と言っても、私が乗ったほとんどは地上を走行した。

 

 

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< 7. 地下鉄からの眺め 2 >

 

北欧三ヵ国の電車はほとんど、いつ乗っても空いている。

ラッシュアワーでも、立つことはほとんど無かった。

どこでも車内はゆったりした独立シートで、人を詰め込むと言う発想が無いようだ。

但し、市中の路面電車は観光客も含め、人で一杯になることはある。

 

 

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< 8. オスロ駅に隣接するJernbanetorget駅 >

 

 

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< 9. オスロ駅の前を歩く >

 

上の写真: オスロ駅の東側にあるオスロ大聖堂が見える。

 

下の写真: どうやらリサイクルと環境保護を訴える廃品で造られた恐竜のようです。

さすが「持続可能性を追求する先進国」と納得した。

どこにもケバケバシイ看板や客引きのパフォーマンスを見ることはなかった。

陽光溢れる清々しい通りです。

 

 

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< 10. 駅前のバスターミナルJernbanetorget >

 

上の写真: 写真の赤いバスに乗って目的地に向かいます。

ここには幾つものバス停が並んでおり、同じバス№30でも、行先が違うので注意してください。

結局、私は待っている人にどのバスに乗るべきか確認しました。

バスの乗車に、何らパスなどの提示は必要ありません。

これは地下鉄と路面電車にも通じます、もちろん無料ではありませんが。

 

 

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< 11. 市内をバスで行く 1 >

 

下の写真: ここはウオータフロントで、右手にノーベル平和センターが見えます。

昼過ぎに再び訪れた時は、この一帯はたくさんの観光客や市民で溢れていました。

 

 

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< 12. 市内をバスで行く 1 >

 

この首都オスロは大火災と首都移転により、400年以内の歴史しかないので目立って古い建築物は無い。

その中で、これは目を惹いた教会でした。

 

 

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< 13. バスはビィグドイ半島に入っていく >

 

ほんとうに北欧の港にはヨットやボートが多い。

 

 

次回は、珍しいノルウェーの木造教会がある民族博物館を紹介します。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 42: オスロ 1


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これから二つ目の北欧の国、ノルウェーを紹介します。

初めて訪れたオスロは輝く海と深い森に囲まれた美しい都市でした。

私はこの小さな首都を2日間見て回りました。

 

 

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< 2. ノルウェーとオスロの地図、上が北 >

 

上の地図: 赤丸がオスロ、黒四角がカールスタッド、オレンジ線が乗って来た国際列車の路線、黄色線がこれから乗るコペンハーゲン行きのフェリーの航路です。

 

下の地図: この範囲(南北約2km)が首都オスロの中心部です。

赤丸が宿泊したホテル、茶色四角がオスロ中央駅、青色四角がフェリー乗り場です。

 

 

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< 3. 私が観光したオスロ、上が北 >

 

私がオスロを観光したのは2018年6月5日(火)と6日(水)です。

赤枠は私が訪れた所です。

地図の南北の長さは約14kmです。

 

今日紹介するのは、一番上の、湖がある自然公園Songnsvannです。

主な訪問地を示します。

Aは様々な博物館があるビィグドイ半島です。

Bは観光地ではないが、海沿いの暮らしが見たいと訪れたUlvøya islandです。

Cは中心部で、王宮、博物館、中央駅周辺、発展が著しいウオーターフロント、オスロ湾を望む古城などがあります。

Dは彫刻の公園と巨大な墓地があります。

 

以下の写真は撮影順に並んでいます。

撮影は5日の7:45~8:35です。

 

 

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< 4. ホテルからいざ出発 >

 

先ず、地下鉄に乗るために国立劇場駅まで歩きます

上の写真は駅の方向、下の写真は振り返った所。

 

素晴らしい朝、綺麗な青空が広がっています。

身が引き締まる冷気と温かい陽射しが気持ち良い。

 

 

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< 5. 王宮とカールヨハン通り >

 

上の写真: 広大な庭園の奥に王宮が見える。

 

下の写真: 反対方向を見ると、中央駅に向かうカールヨハン通りが見える。

 

 

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< 6. 国立劇場駅と国立劇場 >

 

上の写真: 交差点の向かい、写真中央に国立劇場駅が見える。

この駅には鉄道と地下鉄が通っている。

右手は王宮庭園です。

 

下の写真: 進行方向、左手に国立劇場が見える。

至る所、街路で花が咲き誇り、清々しい気分になる。

 

 

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< 7. 国立劇場駅 >

 

上の写真: 交差点から東側(進行方向左)、中央駅側を望む。

今回、幾度もこの手のトラムにお世話になりました。

 

下の写真: 右側が国立劇場駅。

 

 

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< 8. 国立劇場駅内部  >

 

上の写真: 中に入ると構内は意外に大きくて、また朝の通勤ラッシュで、多くの人が足早に通り過ぎて行った。

私がどちらに行くべきか思案していると、一人の女性が寄って来て、どうしたのですかと尋ねてくれた。

行先を伝えると、どのホームに行くべきか詳しく教えてくれた。

今回の旅行では、本当に多くの人に助けて頂いた。

特に北欧の年配女性の心遣いがうれしい。

一方で、なぜか若い女性は、道を聞いても知らない場合が多々あった。

 

 

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< 9. 地下鉄に乗って >

 

短い乗車時間だったが、貴重な体験をした。

途中の駅から乗って来たベビーカーを押している男性が、私に何やら親しげな表情を見せる。

やがて私の前の席が空くと、彼は子供(次男)を抱き上げ座った。

彼から声を掛けて来た。

 

彼の話では、数年前、奥さんと長男の三人で日本を1~2ヵ月旅行したとのことでした。

そして富士山登山もやり、日本の食べ物も気に入り、どうやら日本の大ファンのようです。

私は、これが二度目の北欧旅行で、前回、オスロに行っていないので、今回の訪問を楽しみにしていますと伝えた。

その後も話を続けたが、彼は急に今日の私の予定を聞いて来たので、私は今日の日程表を見せた。

そこには、朝8時から夕方7時まで、12ヵ所の訪問予定がびっしりと書き込まれていた。

彼はそれを見て残念そうに別れの挨拶をして途中の駅で下車した。

 

後で気付いたのだが、私は他の訪問を減らして、彼と共に下車して話し合いを続けるべきだったと悔やんだ。

 

 

彼との会話で感じたことがある。

彼は、スウェーデンのストックホルムよりもデンマークのコペンハーゲンに親しみを持っているようでした。

ノルウェーとスウェーデンは同じ自然風土を持ち、隣国同士なのになぜなのか?

この感情が、1世紀前までの長いスウェーデン支配とノルウェー王家がデンマーク王家の血筋によるものかどうかはわからない。

後にノーベル平和センターを訪問して、これへの理解が少し深まることになる。

 

彼の日本旅行とベビーカーから言えることがある。

それは育児と休暇の制度が日本より遥かに進んでいることです。

彼だけでなく男性がベビーカーを押している光景を北欧でよく見かけた。

これは男性が1年ほど女性に替わって育児を行うことが普及していることを示す。

当然前半の1年は女性が育休を取得するのだろうが。

また彼らは本当に長期休暇を楽しみ海外旅行に出かけているようだ。

年に1ヵ月は休暇を取らなければならない制度になっている(分割も可能だろうが)。

 

まことに羨ましい。

明らかに日本は遅れている。

北欧は生活エンジョイの先進国、日本は働き放題の後進国だと感じた。

 

 

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< 10. Songnsvann駅 >

 

この終着駅に降りて驚いたのは、改札も垣根も何にも無いことでした。

粗末なバス停と何ら変わらない。

車掌が改札をするわけでもない。

省人化が進んでおり、交通システムのコンセプトがまったく日本と異なる。

私はこれの方が良いと感じた。

 

 

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< 11. 湖が見えて来た >

 

 

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< 12. ノルウェーの森と湖 >

 

朝の8時半頃、学生の課外授業のようだ。

北欧を旅すると、このように自然の中での課外授業によく出くわした。

 

多くの水鳥が羽を休めていた。

 

 

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< 13. 湖 >

 

これまで見て来たスウェーデンの湖とはまた一味違う。

一つには山に囲まれていることと砂浜があることでしょうか。

木々は寒冷地特有の背の高いものが多いように思う。

正にこれがノルウェーの森かもしれない。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 41: カールスタッド 2


 

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今回はカールスタッド紹介の後半です。

パレードを見終わり、公園を散策し、次の列車に乗るために駅に戻りました。

私はここで大きなトラブルを経験することになりました。

 

 

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パレードを見終わって公園内を散策し始めたのは17:00頃でした。

掲載写真は撮影順に並んでいます。

次に乗る列車は18:30発なので、18:00までに駅に戻らなければならない。

 

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公園の至る所で卒業生と両親らが集い、記念写真を撮っていました。

 

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この公園は両側を川に挟まれた広い芝生で、所々に木々が植えられている。

人はまばらで、カップルがのんびりと日光浴を楽しむ姿が印象的でした。

 

下の写真: 若い女性グループが水着姿になり、川にせり出したウッドデッキで日光浴を楽しみ始めた。

 

スウェーデンでは飲酒が抑制されているらしく、パリで見たような多くの人がアルコール(シャンパン)片手に談笑する姿はほとんど見なかった。

 

 

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*5

 

上の写真: 中央に見える橋は私が渡って来た橋です。

 

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先ほどの橋のたもとにある小さな公園。

 

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*7

 

駅に向かって、大通りを戻る。

多くの市民が歩行者天国に出ていた。

この時刻は17:40です。

 

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< 8. 駅に戻る >

 

駅に戻ったのは17:45分頃でした。

待合室のロッカー(クレジットカード払い)から荷物を出し、駅舎のコンビニでサンドイッチとドリンクを買い、夕食とした。

 

後は、列車が来るのを待つだけです。

18:00になると、駅舎の切符窓口は閉まり、駅員は帰った。

私は特に用事が無いのだが、少し不安になった。

 

 

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< 9。 ホームに立つ >

 

この駅のホームは一つだが、番線は4ヶ所あり、長手方向で左右に分かれていた。

 

 

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< 10. やがて不安が現実のものになった >

 

 

到着予定の時間になっても列車が来ない。

周囲の旅行客が落ち着きをなくし始めた。

放送はあるが、私にはまったく理解できないし、駅員も居ないので確認も出来ない。

 

上の写真: 上に電光掲示板が見えます。

やがて電光掲示板に乗るべき列車の到着予定時刻が表示されているのが分かった。

しかし、その時刻が時と共に遅れて行く。

予定通りに行ってもオスロ駅到着は21:23で、この調子では日付が変わるだろう。

 

下の写真: 21:22の撮影です。

この列車は別の列車でした。

 

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< 11. 夜は更けていく >

 

上の写真: 9:26撮影。

空はまだ明るいが、夕陽が迫っている。

 

下の写真: 時計の針は既に私のオスロ到着時刻を過ぎていることを示していた。

昼はあれほど温かったのだが、夜は冷え込んで来た。

 

中央に乗客らが集まり情報交換をし始めたようです。

その内の一組の老夫婦のご主人が私に温かく声を掛けてくれたのだが、私は言葉が分からずその場を離れた。

言葉の通じないのが無性に悲しくなった。

 

オスロのホテルに、到着時間が大幅に遅れることを連絡しようとしたが、これまたなぜか電話を掛けることが出来なかった。

ホテルの電話番号の前に付ける国別などの番号に誤りがあったようだ。

私はなす術がなく、ただ時間の過ぎるのを待つばかりでした。

 

やっと4時間以上遅れて列車が到着した。

乗客は皆、急いで車両に駆け寄った。

一人の若い乗客がタラップで私に乗車と譲ってくれた。

非常にうれしかった。

 

この時、どこにも駅員や係員は一切居なかった。

省人化が進み、ボデイや荷物、チケットの確認が無く気楽なのだが、海外からの旅行客の私には少し不安だ。

 

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< 12. 白夜。車窓から21:52撮影 >

 

この光景はご褒美かもしれない。

 

列車内は満席でした。

ほっと一息付いたのですが、今度は列車の速度が非常に遅く、時折、途中で停車する始末で焦るばかりでした。

皆、疲れた様子ですが、不平で騒ぎ立てる人もいなかった。

もっとも文句を言いたい車掌も巡回に来ないのですが。

 

けっこうなお年寄りが一人で乗車しているのが見られた。

日本と違って、北欧のお年寄りは自立が当然で、国際列車での移動も一人で行うようです。

これは福祉政策の発展とは別の、ヴァイキング精神の名残り、個人の尊厳を大事にすることの現れかもしれません。

 

数時間かけてオスロ中央駅に着いたのですが、夜中の2時を過ぎていた。

 

真夜中に放送が大きな駅舎に鳴り響き、乗客にタクシーの利用を薦めているようでした。

駅員をほとんど見かけることもなく、最終駅から乗客は蜘蛛の子を散らすように出て行った。

私は駅から少し歩き、途中、真っ暗な大通りでタクシーを拾い、ホテルに無事着いた。

 

ホテルが24時間フロント対応であることを事前に確認しておいたが、若干不安はあった。

フロントの対応は良く、手短に手続きを終え、朝食予約とオスロパス購入を済ませた。

後は寝るだけ・・・・

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 40: カールスタッド 1


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これから2回に分けて、スウェーデンの湖畔の都市カールスタッドを紹介します。

訪れたのは2018年6月4日(火)の午後で、快晴の中をしばし散策しました。

アクシデントが歓喜溢れるパレードに巡り合わせてくれました。

 

 

  • カールスタッドに向かう

この都市を訪問すると決めたのはまったくの偶然でした。

それは列車の手配ミスが始まりでした。

 

当初、ストックホルムからオスロまで国際列車1本で行くつもりでしたが、5ヵ月前、予約する段になって、予定(正午前)の出発便が満席だとわかりました。

そこで私は慌ててしまい、列車を何処かで乗り継ぐことにした。

先ず地方鉄道のカールスタッド行きを予約し、次いでカールスタッドからオスロ行きの国際列車を予約した。

後で直ぐ気が付いたのですが、ストックホルムを午前早く出発する便か、この乗り継ぎの列車を始発から予約しておけば安く短い時間でオスロまで行けたのです。

 

もっともスウェーデンの別の都市をもう一つ訪問したい気持ちもありましたので、これで良かったのですが、オスロ訪問が短くなった。

 

カールスタッドはスウェーデン一の大湖ヴェーネルン湖北岸のデルタ地帯にある小島の上に建設された人口9万人ほどの都市です。

この都市はストックホルムとオスロの中間に位置し、その名は歴史的に幾度か出て来ます。

最近では、ある女性大臣が子供の養育の為に週の半分をこちらで執務し、残りをストックホルムに行くそうで、日本では考えられないことです。

 

ここを乗り継ぎ駅と決めた最大の理由は、駅にロッカーがあることが事前に分かっていたことと、近くに公園Mariebergsskogenがあることでした。

この公園には家族が楽しめる遊戯施設やネイティブ動物の動物園、そして湿地の動植物の観察所があります。

ここに是非とも行きたくなったからでした。

 

しかし、ここで1回目のアクシデントに見舞われて予定を変更することになりました。

列車のカールスタッド到着予定16:09が30分ほど遅れ、次の列車の発車予定が18:30なので滞在時間が2時間を切ってしまったからです。

駅からこの公園まで徒歩で往復40分ほどかかり、バスで行く事は切符購入やルート、運行間隔で不便でした。

仕方なく、町の中心部らしい方、北側を散策することにしました。

 

これが幸運を呼びました。

 

 

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< 2. カールスタッドの地図、共に上が北 >

 

上の地図: 地図の南北の範囲は約7km。

茶色マークがカールスタッド駅で、赤線が散策ルートです。

駅の左下に公園Mariebergsskogenがある。

 

下の地図: 地図の南北の範囲は1・3km。

矢印が駅、黄色線が行きの徒歩ルートで、オレンジ線は折り返して戻るルートです。

赤丸はビジターセンターです。

 

以下の写真は16:38から17:01に撮影したもので、ほぼ順番に並んでいます。

 

 

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< 3. カールスタッド駅 >

 

駅の敷地は広いのですが、駅舎は大きくありません。

しかし外観は伝統らしいものを感じさせます。

 

下の写真: 駅の北側にある大きい道路の中央分離帯に立ち、東側を望む。

 

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< 4. カールスタッド駅前 >

 

上の写真: 同じ中央分離帯から西側を望む。

 

下の写真: 駅前から北側に伸びる大通り。

ここを進むことになります。

 

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< 5。 大通りを進む >

 

上の写真: 最初に不思議に思ったのが、平日の16時半頃なのにテラス席で多くの人が寛いでいることです。

 

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< 6. やがて大きな川に出合う >

 

上の写真: 少し橋を渡りかけて西側を望む。

川面も照らす日差しはまるで夏のようでしたが、空気は清々しかった。

それでも歩き続けると汗が出て来ます。

 

下の写真: 橋を渡らず、少し戻り右に曲がると川沿いに沢山のテラス席が見えました。

レストランのようです。

もう既にお客で一杯でした。

平日のこの時間にレストランにこれだけの人が入っているとは驚きだ!

 

この時、前を歩く男性二人に声を掛け、「ビジターセンターに行きたいのですか?」と聞くと、彼らは笑顔で、詳しく道を教えてくれた。

その二人は、このレストランに入って行った。

 

 

 

 

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< 7. さらに進む >

 

上の写真: 来た道を振り返る。

 

下の写真: 道順を聞いたときに教えてくれた公園の端に来た。

ここで左に曲がる。

 

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< 8. 図書館(ビジターセンター)の前の通りを行く >

 

下の写真: 通りに面したショップの前で、楽しそうに糸を紡ぐ女性に出会った。

彼女に断って写真を撮らせて頂いた。

ストックホルムでもそうだったが、女性は高齢になってもオシャレを楽しんでいる。

 

 

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< 9。 何やら騒がしい >

 

上の写真: 通りの奥の方からボリュームを上げた賑やかな音楽が聞こえて来た。

 

下の写真: 右手の建物が図書館で、この中にビジターセンターがある。

なぜか多数のクラシックカーが行列を作り、ゆっくり進んでいる。

周囲の観客は嬉々として見ている。

 

取り敢えず私はビジターセンターに入り、数部の観光パンフレットを貰い、そこを出た。

 

 

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< 10. パレード 1 >

 

初めはまったく意味が分からなかった。

モデルのように着飾った若い男女が乗ったクラシックカー、そしてラフな格好の年配の運転手。

 

観客に聞いてみると、これは何と高校生の卒業パレードでした。

これが高校生!

特に女性は大人びて見えた。

 

 

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< 11. パレード 2 >

 

やっと理解出来た、運転手は親父なのだと。

それにしてもこのクラシックカーの数には驚かされた。

 

 

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< 12. パレードが終わって >

 

これから左手に広がる公園を散策します。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 39: 車窓からの眺め


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今回はストックホルムからカールスタッドまでの車窓の風景を紹介します。

スカンジナビア半島の雄大な自然の中を走り抜けます。

広大な森林と湖、草原が続き、時折、地方都市と農家が現れます。

 

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< 2. 鉄道のルート >

 

上の地図: 上が北。列車の走行ルートを示す。

右端がストックホルム中央駅で、左端がカールスタッド中央駅、その間は約330kmです。

ストックホルムを発車したのは6月4日月曜日、定刻の13:25で、到着予定時刻は16:09です。

S、K、H、D、Kは途中の駅名の頭文字です。

赤い星印は世界遺産のエンゲルスバーリ製鉄所です。

写真は撮影順に並んでいます。

 

中央と下の写真: 出発してから20分も経つと、ほとんど民家を見かけない大自然の中を走るようになります。

 

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< 3. Södertälje Kanal  >

 

上の写真:  Södertälje Kanal(運河)の下流を望む。

出発してから26分のところです。

ここを下るとバルト海に出る。

河口の西側に観光地で有名な海岸の町トローサがあり、東側に私が行けなかったNynäshamnの港がある。

 

中央の写真: 同じ運河の上流を望む。

ここを遡上するとメラーレン湖に至る。

ここは工業都市で港湾施設を有する国際都市でもあり、移民の割合が40%に迫る。

千年前、この運河は自然の川であり、ヴァイキングがメラーレン湖からバルト海に出るには最短コースでした。

しかし後に氷河の重みの反動で地盤隆起が進み、15世紀には掘削を始め、やがて運河が出来た。

私はここを経由してトローサまで行きたかったのですが、時間的に無理だったのでNynäshamnに行先を変更した。

 

下の写真: このような荒らしい岩肌がストックホルム南部の路線では頻繁に見られた。

この光景はロシア北部からバルト三国、ポーランドまでの車窓では見られなかった。

かつて同じように氷河で覆われた地形、起伏の少ない地形、多い湿原、似た植生でありながら、この違いはなぜなのだろうか?

 

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< 6. Katrineholm 駅 >

 

出発してから1時間10分ほどの所です。

カールスタッドまでの駅では大きさが1、2番でしょうか。

 

 

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< 7. 広大な農地 >

 

出発してから1時間36分ほどの所です。

 

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< 8. Hallsberg 駅 >

 

出発してから1時間40分ほどの所です。

町としては大きくはないが、駅舎が巨大で古く、大きな操車場もあります。

この駅でストックホルムを発った列車はオスロ方面とヨーテボリ方面に分かれる。

ヨーテボリはデンマークの対岸にある港湾都市で、スウェーデン第二の都市です。

ここも行きたかったのですが、オスロの途中に寄ることが出来ないので諦めました。

 

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< 9.SJ国際特急列車の路線 >

 

この地図でストックホルム、ハルスベリ、カールスタッド、ヨーテボリ、そしてオスロ、コペンハーゲンの位置関係が良くわかります。

 

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< 10. のどかな暮らし >

 

上の写真: たまたま撮った写真を良く見ると、湖岸で水着姿の人々が多数写っていた。

この日時は月曜日の15:10でした。

これは北欧の人々が短い夏を謳歌しようとしているのか、それともあくせく働かずゆったりと暮らしを楽しむからでしょうか。

 

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< 11. Degerfors 駅 >

 

上の写真: 小さな駅です。

この町は製鉄所で成り立っているようです。

この北部に世界遺産のエンゲルスバーリ製鉄所があります。

この一帯は古くは鉄鋼業が盛んで貿易と経済を支えた歴史を持つのです。

 

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< 13. Kristinehamn 駅 >

 

ここは比較的大きな町であり駅でした。

カールスタッドまであと20分ぐらいの距離です。

 

 

次回に続きます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 38: 列車でストックホルムを発つ


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今回は、ストックホルム中央駅で列車に乗るまでを紹介します。

ストックホルムと別れ、オスロに向かう途中、最後にもう一つ都市を訪れます。

列車チケットの手配の仕方も紹介します。

 

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< 2.ストックホルム中央駅 >

 

上の写真: 構内にあった駅の見取り図。右がほぼ北。

緑の矢印がスウェーデン国鉄SJの1階にあるチケット取扱所で、下の写真がその入り口。

茶色の矢印が昼食のレストラン。

ピンクの矢印が2階にあるホームに降りるエレベーターの一つ。

 

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< 3. チケット取扱所 >

 

上の写真: 受付カウンター。

最初に、写真左手前に見える番号発券機で順番の番号を入手し待つ。

受付カウンターの上部に表示される番号に従って行く。

 

下左の写真: 入った所にこの路線地図があり、ここに次の目的地カールスタッドとオスロの名があったので、ここでチケットの確認が出来ると安心した。

数日前に、中央駅のホームの車掌や地下1階のチケット取扱所で拒否されたのでほっとした。

 

下右の写真: はっきりは覚えていないのですが、上側の「Personlig service」を押して番号を得たと思います。

 

順番が来たので受付カウンターに行き、自宅で印刷したチケット(写真13)を見せて、「正規のチケットに交換したい」と言いました。

担当者は笑顔で「これでOK」と答え、拍子抜けしたが安堵もした。

事前の調べでは、正規チケット交換の必要ありと何処かに書かれていたように思ったので。

 

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< 4.1階ホールの列車発着表示板 >

 

上の写真: 1階で、緑のチョッキを着た係員が気軽に相談に乗ってくれます。

 

下の写真: この表示板は1階ホール中央にあります。

左から発車時刻、行先、ホーム、列車番号、列車の種別が表示されている。

 

 

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< 5. 1階ホール >

 

上の写真: 中央にある旅行案内所。

いつも人が並んでいる。

 

下の写真: ホールの北の端で、ここから長距離バス乗り場に行くことが出来る。

この写真の右手を少し戻った所に私が入った昼食のレストランがある。

 

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< 6. 2階からの眺め >

 

上の写真: 眼下にホームを見る。

南側を見ており、リッダーホルメン島の教会が中央に見える。

 

1984年11月末、私は企業視察でスウェーデンを訪れた折、この駅の近くのホテルに宿泊し、このホームを眺めていた。

おぼろげながら当時の面影が蘇り、歩いた通りのクリスマスの飾りつけと肌寒さが懐かしく思い出された。

やっと果たせた! 私が最初の欧州旅行で訪れた国であり、最もカルチャーショックを受け、いつかまた訪れたいと願っていたスウェーデンとデンマークに。

当時、福祉と男女平等、生活と家族を優先することにおいて最も理想に近い国であったが、今回訪れて、さらに暮らしやすさと経済力が向上していることに驚いた。

 

下の写真: 2階駅舎を西側に出て直ぐの所。

 

 

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< 7. 2階にて >

 

上の写真: 北側を見ている。

手前に高架の道路、その右手に長距離バスの乗り場が見える。

 

下の写真: 左手のボックスのようなものがエレベーターで、2階に幾つかある。

ホーム番号の表示があるので、これに乗り階下のホームに行くことが出来る。

エスカレータもある。

 

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< 8. 15番ホーム 1 >

 

下の写真: この列車がSJの車両です。

 

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< 9.16と15番ホーム >

 

上の写真: 地方鉄道の車両。

実は、カールスタッドまではこの列車に乗って行きます。

この発車時刻は13:25なのですが、10:15には16番ホームに停車していた。

ただ扉は間際まで開かない。

 

下の写真: ホームの奥(北側)に見えているのは、駅舎の2階です。

 

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< 10.昼食のレストラン >

 

上の写真: 私が注文したもの。

この店はスウェーデンでよく見かけたオープンサンドの店です。

私は既にパンの上に食材が盛りつけられたものを選びましたが、多くの人は様々な食材をチョイスしていました。

ホール内にあるので便利です。

食事する所や弁当(サンドイッチ詰め合わせ)の販売は、この一角にあります。

 

恥ずかしい話なのですが、今回の旅行でレストランらしい所に入るのはこれが初めてでした。

ホテルの朝食以外、ほとんどは食事抜きかコンビニのサンドイッチでしのいでいました。

理由は、食べる時間が惜しく、食事が高額で、また海岸のレストランをトラブルで一度逃したことなどです。

ちなみに上記注文の支払い額は150クローナ、1900円ほどです。

 

 

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< 11.  いよいよ乗車です >

 

車掌がやって来て扉を開け、私たちが乗車出来たのは出発の20分前だったと思います。

この頃には、各車両の扉の周辺に5~6人ほどの待ちが出来ていました。

乗ってみると、やはりローカル線の車両で室内の木張りは古びた感じがしました。

それでも座席はゆったりしており、趣のある室内でした。

これこそ一人旅と少し楽しくなりました。

これ以降、北欧で乗る車両は、一部の路面電車を除いて近代的で新しいものばかりでした。

 

やがて車掌が検札に来ました。

私は先ほどの印刷したチケットを見せ、無事すべての手続きが問題なく終わりました。

パスポートの提示や、ロシアで経験したような厳重な身体・荷物のチェックは遂になく、時間に余裕を見ていたのですが、あっさり終わった。

この検札の時、半数以上の客はスマホを提示していた。

 

私がこの中央駅に到着したのは9:30頃でしたから、3時間半も駅で時間を潰していました。

当初、この時間で市内を数か所見学したかったのですが諦めました。

それは疲れが溜まっていたのと、初めてのチケット手配と一人での列車乗車にびびってしまったからです。

 

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< 12. いよいよ出発 >

 

シグツーナとストックホルム4泊5日の旅はこれで終わりです。

好天と心温かい人々に恵まれ、様々なトラブルに見舞われながらも、多くのものに触れることが出来ました。

駆け足の旅で、何か得たものはあるのかと自問自答してみるが、この国の社会経済や人々の暮らしがわかったとは言えない。

しかし、人々の物心両面の豊かさが想像以上であり、発展と社会変革が続いており、これからも良くなるだろうと感じることが出来た。

少なくとも日本は完全に取り残されていると確信した。

このことを肌で感じられたことは大きい、けっして日本に居ては得られないものです。

 

しかしこの国の将来に一抹の不安も感じた。

それは移民の多さと経済が国際化する中で、米国と同じような分裂と格差が生じ始めていることです(一部は書籍の知識です)。

 

かけがえのない旅の1/3が終わろうとしています。

次は、スウェーデン最後のカールスタッドです。

 

 

 

  • 鉄道チケットの手配について

これまでの海外旅行はほとんどが添乗員の付いたツアーへの参加でした。

今回は観光ではなく、じっくりと北欧を観察したいと思い、個人で旅行することにしました。

但し、徹底的に節約することにし、手配はすべて自分で行いました。

事前に、ホテル、航空機、鉄道、フェリーを数か月前からインターネットで行いました。

ただし各都市のパス(観光や交通の利用し放題)は現地購入にしました。

 

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< 13.列車のチケット >

 

これはストックホルム中央駅からカールスタッド中央駅までのチケットです。

旅行の半年前にインターネットで申し込み、自分で印刷したチケットです。

これで乗車出来ました。

 

幾らか参考になる情報を記しておきます。

このチケットは2等で指定席、予約時にインターネットで座席図から席を自由に選べた。

鉄道は国鉄の運営ですが、この車両は地方鉄道のもので、Tågabの表記がそれを意味します。

チケットの発着駅記載の下にある表記は左から出発時間、到着時間、列車番号、車両番号、席、窓側を意味しています。

 

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< 14.鉄道チケットの予約サイト >

 

このサイトで手配していないのですが、旅行計画の初期はこのサイトを良く見ました。

ここで北欧三ヵ国の都市を効率よく最安値で巡るには、どの鉄道と航空機、フェリーを組み合わせるべきかを調べました。

他に日本の旅行会社のサイトも参考にしました。

 

しかし、チケットを手配する段になると、使えませんでした。

それは何か月も前の手配が出来ないこと、細かな選択が出来ないこと、さらに料金が高かったからです。

 

 

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< 15. チケットを手配したサイト、https://www.acprail.com >

 

これは偶然見つかり、使って行くと最も詳細に予約出来たので、これで手配しました。

サイトは英語表記ですが、google翻訳が可能です。

但し翻訳をかけると、表記がおかしくなるので注意。

 

このサイトの使い方について記します。

駅名は英語かスウェーデン語で入力してください(予めMapで駅名をコピー)。

片道なら、Departureだけに年月日を選択して下さい。

時間は早めを入力したらよい(以降リストアップされる)。

Senior(60以上)なら下の段に人数を、上の段はゼロを入力して下さい。

シニアは安くなるので必ず入力。

入力が終わったらSearchをクリックしてください。

 

 

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< 16. 記入欄 >

 

ここでは年齢を入力、他は同じです。

さらに進みます。

 

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< 17. 列車の候補 >

 

自分の気に入った時間の列者をクリックすると、クラスと料金が表示されます。

安いのは払い戻し不可能な分で、私はこのタイプにしました。

この金額をクリックし、先に進みます。

この先もいくつかの選択肢があります。

 

購入は早ければ早いほど安くなり、席も空いています。

私の場合、半年前でも最適な時間の列車で安い席は無くなっていました。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 37: Älvsjö駅周辺を散策


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今回は、早朝にホテルのあるÄlvsjö駅周辺を歩きました。

ここは都市通勤に便利な閑静な住宅街です。

北欧の人々の暮らしが見えて来ます。

 

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< 2. 散策ルート。上が北 >

 

上の写真: 写真の横幅2km、赤いバルーンがÄlvsjö駅です。

黄色の枠は下の写真の範囲を示します。

 

下の写真: 写真の横幅600m、赤枠が駅で、赤丸が私の宿泊したホテルです。

ホテルを出て、黄線に沿って歩き、森に入ってから、ピンク線に沿って折り返して来ました。

写真は2018年6月4日(月)7:10~8:10に撮影したものです。

写真は撮影順に並んでいます。

 

 

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< 3. 図書館 >

 

上の写真: 駅の直ぐ西側にある図書館。

私が行った時は閉まっていました。

 

扉にサービス時間が記されており、この建物の役割が見えて来ます。

図書館の開館時間

月火 12:00-19:00、17:00

水木金10:00-18:00、17:00

土  11:00-15:00

日曜日 閉館

ここに行政の出先機関があり、月~金の開館は概ね8:00-16:00で、土日閉館になっている。

 

日本と違って、図書館の開館時間が遅く、一方で閉館時間がやや遅くなっている。

これは住民サービスよりも雇用者の勤務時間を考えているのだろう。

当然、土曜日は短く日曜日は休館になっている。

 

私が北欧を旅行して困った事の一つは、店やビジターセンター、観光施設の開館が遅く、閉館が早いことです。

私としては朝早くから夕方遅くまで、多くを見学したいのだが、思うようにはかどらない。

 

 

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< 4. 閑静な住宅街と広い道路 >

 

通勤時間だと思うのだが、自動車の数は少ない。

 

 

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< 5. 寿司店 >

 

上の写真: 道路沿いにSushiの看板を掲げた店があった。

働いている人は東南アジア系のようだ。

 

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< 6. 大きな交差点 >

 

上の写真: 西側を望む。奥の方に広大な住宅街が広がる。

 

下の写真: 交差点から東側を望む。駅側に向かっていく人々。

自転車に乗っている人からローラースケート、バス、徒歩など多種多様な手段で通勤通学をしている。

 

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< 7. 建設ラッシュ >

 

非常に大規模な建設です。

 

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< 8. 通学の様子 >

 

上の写真: 建設中のプロジェクトを示す看板。

巨大な住宅開発が進んでいる。

写真を見ると、バラエティーに富んだ中層のアパート群が一帯を埋め尽くしています。

この不動産デベロッパーのHPを見ると、一戸の売り出し価格が2千万から9千万円でした。

北欧の一人当たり所得は日本の約2倍あり、更に夫婦共稼ぎで、日本のように男女の賃金格差が無いので、この購入価格は高くないと思う(円安で高くなっている)。

 

ここÄlvsjö駅からストックホルム中心まで、電車で9分と非常に便利です。

また周辺には緑もあり、住宅環境は良い。

 

下の写真: 父親が子供を連れている。

北欧ではベビーカーを押している育メンを多く見かけた。

 

 

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< 9.公的サービス >

 

上の写真: これは中層アパートの1階にある公的サービスセンターです。

看板の表記をHPで調べると、ここには自治体が運営する介護センター、学童・幼児用センター、レストランがあるようです。

 

下の写真: プランナーが工事担当者と植栽工事の打ち合わせをしているようでした。

至る所、街並みはさりげない植栽が施されており、気持ちの良い街づくりがなされている。

 

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< 10. 邸宅 >

 

上の写真: 古いが立派な邸宅が珍しく一軒ありました。

 

 

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< 11. 低層アパートの団地に入る >

 

上の写真: これは低層アパートの一階にある保健センターのようです。

表示によれば医院もあります。

この保健センターでは住民の心身の健康相談、予防接種、糖尿病のサポートなども行っているようです。

 

 

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< 12. 低層アパート団地を抜けて森に向かう >

 

上の写真: アパートの個々のベランダが憩いの場にしつらえられている。

椅子とテーブルがあり、簡素だが飾りつけもされている。

住人は自宅でも自然と触れる暮らしを大事にしている。

 

 

下の写真: 左手に遊戯施設のある公園が見える。

 

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< 13. 森の奥へ >

 

この道を歩いていると、駅の方に向かう人、逆に向かう人がいた。

朝の散歩をする人や通勤の人がいたが、人数は多くはなかった。

 

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< 14. 折り返す >

 

上の写真: 折り返し点で、来た道を振り返る。

折り返さず先に行くと、森の中に学校がありました。

 

下の写真: アパートの団地を抜けたところ。

 

 

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< 15. 駅とホテルに戻って来た >

 

上の写真: ホテルの建物が見えた。

 

下の写真: 駅前広場に出た。

 

少し街を散策するだけで、公共サービスや通勤通学の様子、朝の動きが見えて来ました。

中国のように大勢が一緒に体操している様子はなく、静かで落ち着いた暮らしがそこにはありました。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 36: バルト海を目指して


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*1

 

 

今回は、バルト海に面した港町を目指して列車に乗ったのですが、辿り着くことが出来なかった顛末を紹介します。

その町Nynäshamnはストックホルムから50kmほど南下した所にあります。

バルト海と海の幸を楽しみにしていたのですが・・・。

 

 

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< 2. ルート、上が北 >

 

上の地図: Nynäshamnは赤丸、ストックホルムは黒丸で示します。

黒線は今回利用した鉄道です。

黄地の赤丸はヴァイキングの故地を示し、下方にゴットランド島のヴィスビュー、上はメラーレン湖のビルカを示します。

ピンク線はNynäshamnとゴットランド島を結ぶフェリーです。

茶色の線は、ヴァイキングの代表的な航路です。

 

下の地図: 利用した鉄道ルートを示します。

これは郊外電車で、本来はストックホルム・シティーから乗り換えなしで目的地まで行けるはずでした。

しかし、途中の赤地の黒枠印のSkogås駅までしか行けませんでした。

左側の茶色の線はメラーレン湖からのかつてのヴァイキング航路の一つを示します。

 

 

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< 3. Nynäshamn、写真は借用 >

 

上の写真: 矢印は下の写真の場所を示します。

 

下の写真: 手前の赤い建物にビジターセンターがあり、鉄道のNynäshamn駅の直ぐ近くにあります。

 

 

私がここを目指したのは、是非ともバルト海と海岸、港町をこの目で見たかったからでした。

またゴットランド島へのフェリー港があり、かつてのヴァイキング航路に近いこともあり、何かヴァイキングとの関わりがあるのではないかと考えたからでした。

この地はガイドブックに観光地として載っていないが、風光明媚でサイクリングコースなどが整えられていた。

私は、事前にメールで自転車をレンタルすることにしていました。

またシーフードレストランでの食事を楽しみにしていました。

 

しかしハプニングが起きました。

 

 

 

 

 

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< 4. 二つの電車駅 >

 

上の写真: ストックホルム・シティー。

ここから直行の列車PendeltågでNynäshamnへ行くつもりでした。

この列車は約30分毎にあるはずでした。

しかしいくら待っても、行先表示の電光掲示板には終点であるはずのNynäshamn駅が表示されません。

ホームに居た若い女性に質問したのですが、言葉が通じずわからずじまいでした。

彼女は移民で来たばかりのようでした。

仕方なく、行けるところまで電車に乗ることにしました。

 

下の写真: そして乗った電車が止まり、すべての乗客が降りたのがこの駅Skogåsでした。

 

私にはまだ何が起きているのかわかりませんでした。

 

 

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< 5. 張り紙 >

 

私はホームに降りて、何か表示は無いか探しました。

するとベンチ横のボードにこの張り紙がありました。

路線図を見るとこの駅から、一つ先の駅までが不通になっている。

そう言えば、放送がバスの往復運転を伝えていました。

 

このまま続行すると帰りが不安な為、行くのを断念し、ここで折り返して帰ることにしました。

翌日は、ストックホルムを旅立たなければなりませんでした。

 

 

ストックホルムを数日旅行して感じたこと。

困って質問すると、ほぼ全員が親切に英語で教えてくれます。

そして年配の人ほど親切です。

しかし、交通機関の表示は、それほど親切ではないようです。

旅行客に異常事態(運行停止)を英語表記で丁寧に貼りだすことはないようです。

例えば、ストックホルム・シティでの表示など。

英語で放送しているのかもしれませんが、私は聞き取れない。

 

 

 

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< 6. Skogås駅からÄlvsjö駅まで 1 >

 

 

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< 7. Skogås駅からÄlvsjö駅まで 2 >

 

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< 8. Skogås駅からÄlvsjö駅まで 3 >

 

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< 9. Skogås駅からÄlvsjö駅まで 4 >

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 35: Hop On Hop Off Bus に乗って


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今回は、ストックホルム中心部を観光バスで巡ります。

初めてホップ・オン・ホップ・オフ・バスに乗りました。

バスの利用と車窓からの眺めを紹介します。

 

 

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< 2. Hop On Hop Off Busのルート、上が北 >

 

私が乗車したのは地図の赤線の番号1から17までです。

乗車した時間は2018年6月3日(日)13:25~14:50です。

 

*利用について

気づいたことを記します。

 

はじめに、このエリアの観光バスとしてはパノラマ(バス)とホップ・オン・ホップ・オフ(バスとボート)があります。

わたしが利用したのはホップ・オン・ホップ・オフ・バスです。

 

二つのバスは巡回ルートが若干異なり、前者は75分、後者は90分です。

料金は、前者で1回300SEK、後者で1日乗り放題SEK320です。

どちらもストックホルムパスで無料乗車出来ます。

前者(パノラマ)は季節によって異なりますが1日数回の定刻発車で、後者は日中の時間内で頻繁に発車しています。

前者は乗車降車位置が一か所で決まっていますが、後者は地図の番号19か所で乗り降り自由です。

両車両とも複数言語(日本語も)の観光案内の音声がイヤホーンで聞けます。

 

前者は、乗車前にSTROMMA.COMのブースでチケットの発行が必要になるでしょう。

私は王立オペラハウス横のStromgatan 通り、番号1から乗りました。

写真3のバスストップで受付嬢にストックホルムパスを見せるだけで乗れました。

前者のバス乗り場は、少し西のグスタブ・アドルフ広場からです。

 

前日にパノラマバスを利用するつもりでしたが、ストックホルム・マラソンで運行していなかったので、時間の制約がないホップ・オン・ホップ・オフを使うことにしました。

まったく問題ありませんでした、

 

 

 

 

 

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< 3. いよいよ乗車です >

 

受付の黒人女性がチャーミングで笑顔が印象的でした。

 

上の写真: バスの2階に座り、撮影。

 

下の写真: 通りに沿って東側を見ている。

 

 

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< 4. バスの様子 >

 

下の写真: バスに乗る時、運転席横にあるイヤホーンを貰い、これを写真の接続口に差し込み、日本語の番号を選択する。

 

 

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< 5. 国会議事堂 >

 

いざ観光です。

これから巡る場所の多くは、歩いており既に紹介していますが、おさらいです。

 

上の写真: 地図の番号2の手前辺り。

右手の建物は国会議事堂の一部です。

 

下の写真: ちょうど地図の番号2の辺り。

陸続きの西隣の島にあるリッダーホルム教会が見えている。

 

 

 

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< 6. 旧市街の西側 >

 

上の写真: 地図の番号3の辺り、Kornhamnstorg。

 

下の写真: 南側にあるセーデルマルム島に渡る途中。

 

 

 

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< 7.セーデルマルム島 1>

 

地図の番号5か6の辺り。

 

 

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< 8.セーデルマルム島 2 >

 

上の写真: 地図の番号4と5の間。

大きなクルーズ船が、二隻接岸していた。

 

この島の北側(走った所)は、最近整備が進み、ショッピングや観光地として注目されているようです。

 

 

 

 

 

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< 9. 折り返して >

 

上の写真: 地図の番号8。

王宮前の坂を下った岸壁近くに立つグスタブⅢ世の像。

 

下の写真: 地図の番号10の手前。

ベルツェリー公園から東南方向を望む。

 

 

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< 10.Strandvägen 通り >

 

地図の番号10の通りからの両サイドの眺め。

前日、ここでマラソンの熱戦が繰り広げられた。

 

 

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< 11.ユールゴーデン島に入る >

 

地図の番号11の手前から12まで。

 

下の写真: Gröna Lund、テーマパーク。

 

 

 

 

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< 12.ユールゴーデン島から出る >

 

上の写真: 地図の番号13。

スカンセンの前。

 

 

 

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< 13. 歴史博物館の近く >

 

地図の番号14の周辺。

 

 

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< 14.Karlavägen 通り辺り >

 

地図の番号14から15の間。

 

 

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< 15. フムレ公園 >

 

下の写真。 地図の番号15の手前にある大きなフムレ公園。

 

 

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< 16. もうすぐストックホルム中央駅 >

 

この巡回バスに乗って再確認したのは、北欧の首都の落ち着きです。

日本のようなけばけばし繫華街、飲み屋街を見かけないことです。

バスがたまたま行かない可能性もありますが、バスの観光案内や、30年前の訪問時の経験を踏まえて、ほぼ間違いないでしょう。

男性だけがたむろして夜遊びする生活スタイルが北欧には少ないのでしょう。

 

 

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< 17. 降車 >

 

地図に番号17。

 

次の目的地に行くためにここで降り、地下の駅からストックホルム南部の海岸を目指す。

ここで、この日最大のハプニングに出くわすことになりました。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 34: ストックホルム中世博物館


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< 1.謎の彫像 >

 

 

今回は、ストックホルム中世博物館を紹介します。

ここでガムラ・スタンの歴史がわかるはずです。

 

 

 

 

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< 2. 徒歩ルート、上が北 >

 

ドロットニングホルム宮殿からの戻りのボートを降りて、ストックホルム中世博物館まで歩いたルートを示します。

矢印がボート下船位置、四角印が博物館、青の破線が徒歩ルートです。

 

写真は2018年6月3日、12:20~13:00に撮影したものです。

 

 

 

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< 3. 右手にガムラ・スタン >

 

進行方向右手、川向かいにガムラ・スタンの大聖堂の鐘楼が見えます。

 

 

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< 4. 左手にクララ教会 >

 

進行方向左手、通りの奥にクララ教会の鐘楼が見えます。

 

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< 5. 国会議事堂が見える >

 

上の写真: 国会議事堂。

 

下の写真:国会議事堂前の幅の狭い川を東に見ている。

ガムラ・スタンへ北側から渡るには5本の橋があり、写真の橋はちょうど真中にあります。

 

 

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< 6. 国会議事堂に行く橋の前 >

 

上の写真: 後方右手を少し振り返ると、リッダーホルメン島の教会が見える。

 

下の写真: この橋を渡ると、国会議事堂を抜けて、ガムラ・スタンに入る。

 

実は、巻頭写真の彫像は、この撮影地点の右手、交差点の角にあります。

これはどうやら物乞いをする狐のようです。

意味不明だが、ユニークです。

 

 

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< 7. グスタフ・アドルフ広場 >

 

上の写真:  グスタフ2世アドルフの像が見える。

三十年戦争を戦ったスウェーデン王国最盛期の国王。

右手奥に、王立オペラ劇場。

 

下の写真: この広場の前から橋を渡って、ヘランズホルメン島に入ります。

その橋の上から東側を望む。

 

 

 

 

 

 

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< 8. 中世博物館へ向かう >

 

上の写真: 橋を渡りきって、島の中央に来るまでに、道の左側から階段を降ります。

 

下の写真: この階段を下ります。

 

 

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< 9. ストックホルム中世博物館 >

 

上の写真: 降りたら左手に公園があります。

 

下の写真: 降りて道路下の右側を見ると、目立たない入口が見ました。

これが博物館で、ここは入場無料です。

 

 

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< 10.博物館の展示物 >

 

上の写真: 借用した写真。

これはストックホルムの遺跡そのもののようです。

それを保存する形で、このような道路下の博物館になったようです。

展示館としては大きくありませんが、ストックホルム(ガムラスタン)の中世の変遷や人々の暮らしを下の写真のように再現しています。

 

 

 

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< 11. ガムラ・スタンの変遷 >

 

 

私はこの一連の模型と絵に最も興味を持ちました。

 

上の写真: 中世のガムラ・スタンの再現模型、左手が北です。

 

真中の2枚の写真: 島の中世時代の変遷模型。上が北側です。

実は模型は合計5体あって、変遷がわかるようになっていますが、その内、二つを抜粋しました。

左側が最も古く、13世紀半ばの砦の誕生期を示しているようです。

 

右手は新しい方のものです。

共に島の右上方に砦が見え、その左下に建物が見えます。

これは現在の王宮と大聖堂の位置に相当するのでしょう。

初期、島の中央部だけが壁らしいもので覆われており、その外には砂浜と桟橋があった。

桟橋が南側に多いのは、鉄の広場(荷上場)が南側にあるためでしょう。

 

時が経つにつれ人口が増え、等間隔に櫓が配された城壁が島全体を囲むようになった。

さらに白線で描かれているような現在の大きさにまで周辺が埋めらていった。

この間、博物館にあったのレンガ積みの遺跡のように、当時のものは地下3mほどに埋もれてしまった。

 

下の写真: 中世ガムラ・スタンの再現図。右手が北側です。

 

 

ストックホルムはヴァイキング時代後200年を経て、このメラーレン湖の東端に、ドイツのハンザ同盟と結びつきながらバルト海交易に乗り出した(ヴァイキング時代後期はハンザ同盟と競合し交戦相手でもあったのだが)。

これがストックホルムがここに誕生した理由なのでしょう。

ガムラ・スタンがバルト海から数十km内陸部にあることは、模範としたハンザ同盟の盟主リューベックが河口から10km内陸部にあることと不思議に似ている(北ヨーロッパの交易都市は川を遡上した所に多いようです)。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 33: ドロットニングホルム宮殿ツアー 3


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今回は、ドロットニングホルム宮殿の内部を紹介します。

この宮殿は以前紹介したガムラ・スタンの宮殿に替わって、現在王室の居城になっています。

 

 

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< 2. 衛星写真、上が北 >

 

上の写真: 中央に、湖に面して宮殿と庭が広がっている。

上部右手から道路が延びており、ここを通じてバスなどでストックホルムと行き交うことが出来る。

 

下の写真: 宮殿を拡大した。

右上にツアー用ボートの桟橋が見える。

 

写真は2018年6月3日10:47~11:56に撮影したものです。

 

 

 

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< 3. 宮殿の威容 >

 

下の写真: 桟橋から宮殿に向かっていくところ。

 

 

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< 4. 宮殿に近づく >

 

上の写真: この湖の奥の方からボートでやって来た。

 

下の写真: 前方の建物の間の道を進むと広大な庭園に入る。

 

 

 

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< 5. 宮殿内 1 >

 

上の写真: 宮殿に入る直前に、桟橋側を望む。

 

下の写真: Hedvig Eleonorasparadesängkammare

ヘドヴィク・エレオノーラ王妃の謁見用寝室で、ハイライトの一つです。

 

この地に16世紀初めに王族の庭園と城があったが、この王妃が命じて1662年より宮殿の建設が始まり、1756年まで増改築が行われた。

 

18世紀末より、この宮殿は次第に使われなくなったが、1882年からガムラ・スタンより環境の良いこの地に王家の居城が移った。

現在、この宮殿と庭園が世界遺産となっている。

 

見学できるのは2階と3階の一部です。

 

 

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< 6. 宮殿内 2 >

 

 

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< 7. 宮殿内 3 >

 

私が一番気に入ったのは、この1階から2階に続く階段です。

17世紀中頃に造られたものです。

 

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< 8. 宮殿の外を眺める >

 

上の写真: 東側、桟橋側を見る。

 

下の写真: 西側、庭園側を見る。

実に広大な庭です。

あまりにも大きいので見に行きませんでした。

 

 

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< 9. 宮殿内 4 >

 

上の写真: カール11世のギャラリー。

ここにはデンマークとスウェーデンが戦ったスコーネ戦争1675-1679年の絵が掲げられている。

この戦争はデンマークが仕掛け、膠着状態になり和平が模索された。

その過程でスウェーデン王カール11世とデンマーク王妹エレオノーラの婚約が成った。

こうしてしばしの間、両国に平和が訪れた。

 

 

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< 10. 帰路に着く >

 

結局、私は宮殿見学を30分で終わらせ、11:30のボートでストックホルムに向かった。

 

下の写真: 途中、メラーレン湖の船窓から見た光景です。

帰りのボートはがらすきでした。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 32: ドロットニングホルム宮殿ツアー 2


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今回は、ドロットニングホルム宮殿に向かう観光ボートからの眺めを紹介します。

楽しみにしていたメラーレン湖のクルージングです。

ここはかってヴァイキングが行き交ったところです。

 

 

 

 

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< 2.クルージングのコース、すべて上が北 >

 

上の地図: これまでの訪問地を示します。

Aは古都シグツーナ。

Bはストックホルム中心部で、私は最北部では自然歴史博物館、最東部ではスカンセン野外博物館、最南部では旧市街ガムラ・スタンを訪れました。

CはホテルのあるエルブシェÄlvsjöと墓地Sandsborgskyrkogårdです。

 

茶色の線は、今回に乗ったボートの航路です。

参考までに、三角印はヴァイキングの古都ビルカです。

 

 

下の地図: 青線がクルージングの航路です。

航路の長さは約12kmほどで、航行時間は50分間です。

左側の赤い四角枠がドロットニングホルム宮殿です。

 

写真は2018年6月3日(日)10:10~10:45に撮影したものです。

写真は撮影時間順に並んでいます。

 

 

 

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6月初旬ですが、温かく湖水浴日和です(現地の人にとっては)。

湖岸至の所、砂浜や岩盤では日光浴や泳ぐ人々で賑わっていました。

住宅と森がすぐ後ろに広がっています。

ここは都市部への通勤に便利で、自然があり、暮らすには良い所でしょう。

 

中央の写真: 地図に示めす南北に架かる最初の橋です。

 

 

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人々はカヌー、ボート、ヨットなどで湖を楽しんでいます。

 

 

 

 

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湖岸の家には自家用の小さな桟橋が多く見られます。

 

下の写真: 二番目の橋です。

 

 

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下の写真: 最初の桟橋に着岸するところ。

写真は着岸した桟橋ではなく、左側に見えた個人所有と思われる桟橋です。

ここは北岸で、島ではなく、すぐ後ろにバスや地下鉄がある。

それでも船を利用する人が居ます。

ハイシーズンであれば30分から1時間間隔でこのボートは寄港します。

 

 

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ここで大きく右に旋回しました。

地図で大きく北に向きを変えている場所です。

 

上の写真: 2階デッキの様子。

私は最後部の真ん中に座りました。

ここはほぼ180度の視界が開け、撮影に良い位置です。

 

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上の写真: ここは2番目に着岸した桟橋で、地元の人が乗船しました。

それを見送る人々が見えます。

この島は地図を見る限り何処とも橋が架かっておらず、移動手段は船しかないようです。

 

下の写真: 左手に、先ほどの桟橋が見えます。

 

 

 

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上の写真: 小さな島に桟橋と木立の中に家が見えます。

モーターボートならストックホルム中心部まで30分以内で行けるしょう。

自分の島! 優雅ですね!

 

下の写真: 左舷遠方にドロットニングホルム宮殿が見えて来ました。

 

次回に続きます。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 31: ドロットニングホルム宮殿ツアー 1


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これから、ドロットニングホルム宮殿観光とボートツアーを数回に分けて紹介します。

快晴の下、碧い空と湖面を、そよ風に吹かれながらボートで宮殿に向かいます。

今回は、ボートに乗るまでを紹介します。

 

 

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< 2.ボート乗り場までのルート、上が北 >

 

先ず、前回紹介した墓地北側の地下鉄駅Sandsborg(No. 18 T-bana)からセントラルステーションに行きます(青い線)。

次いで地下鉄のホームからセントラルステーション地上の東側に出ます。

そこから徒歩で南西側にある 船着き場Stadshusbronまだ500mほど歩きます(赤い線)。

ここのブースでチケットを入手し、ボートに乗船します。

そこはちょうど市庁舎の前になります。

 

 

 

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< 3. 地下鉄に乗る >

 

上の写真: 地下鉄駅Sandsborg。

 

中央の写真: ホーム。

 

下の写真: ホームからの眺め。

 

写真は2018年6月3日(日)8:00~10:10の撮影したものです。

 

 

 

 

 

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< 4.地下鉄からの眺め >

 

 

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< 5. セントラルステーションに向かう >

 

地下鉄とは言え、ほとんど地上を走り、セントラルステーション間際になって地下に潜りました。

 

下の写真: 地下鉄ホームに降りてからセントラルステーションに向かう地下1階の通路。

 

 

 

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< 6. セントラルステーション >

 

下の写真: セントラルステーションの東側玄関。

 

 

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< 7. 船着き場に向かう >

 

中央の写真: メラーレン湖に出た。

 

下の写真: ここで右に折れ、西に進む。

高架の向こうに市庁舎が見えた。

この高架の下を進む。

 

 

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< 8. 船着き場Stadshusbron >

 

上の写真: 右手の赤い日除けがあるブースがチケット発売所です。

 

下の写真: 多くの乗船客が既に待っています(違うボート)。

ここからはドロットニングホルム宮殿行き以外の観光ボートも出航しています。

ここには9時少し前に到着していましたが、ドロットニングホルム宮殿行きの始発は10時です。

 

 

* 宮殿観光とボートツアーについての情報

 

ドロットニングホルム宮殿の入場券は130SEKで、往復ボート料金は220SEKです。

この宮殿へは陸上ルート、バスなどを乗り継いで行くことも出来ますが、私は気楽な片道1時間の船旅を選びました。

私はストックホルムパスを買っていたので、上記二つを追加料金不要で、利用できます。

ただストックホルムパスでの利用は予約が出来ず、必ず当日、乗船前にチケットの入手が必要です。

満員であれば乗れない。

この日は日曜日だったので、早めに行って、催行会社STROMMAの指定ブース(写真)でチケットを入手する必要がありました(パスの提示必要)。

上記宮殿の入場券には中国や宮廷劇場の入場は含まれていないはずです。

 

 

 

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< 9. いよいよ乗船 >

 

確か、出発の30分前には乗船口に並ぶことが出来たので、数人目に並びました。

その後、どんどん乗客は増えました。

 

上の写真: 煙突から煙を吐いているのが乗船するボートです。

 

下の写真: 私は二階デッキの一番後ろ側に座りました。

どうやらボートの客室は一杯になり、デッキには立ち見の乗客が多数出ました。

撮影するには最適でした。

少し日差しが強かったが風があり、快適な船旅になりました。

 

 

 

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< 10. いよいよ出航 >

 

上の写真: 対岸を往復する船(フェリー)だと思います。

フェリーにはパスが使えますが、今回、利用するチャンスがなかった。

 

 

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< 11. 離れて行きます >

 

上の写真: 中央がセントラルステーションの方向です。

 

下の写真: ガムラ・スタンの方向ですが、手前のリッダーホルム島の教会の鐘楼が見えています。

 

 

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< 12. 遠ざかる市庁舎 >

 

 

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< 13. 船旅の始まり >

 

これからヴァイキング時代に栄えガムラ・スタンを生むことになるメーラレン湖を堪能します。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 30: ストックホルムの墓地を訪ねて


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今回は、北欧の墓地を紹介します。

当初、私は世界遺産のSkogskyrkogårdenを訪れるつもりでしたが、間違ってSandsborgskyrkogårdに入りました。

おかげで北欧の死生観がわかりました。

 

 

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< 2.二つの墓地の地図 >

 

上の写真: 二つの墓地を示す。左が北。

赤枠がSkogskyrkogårdenで、その左がSkogskyrkogårdenです。

私が歩いたルートは黄線、そしてスタート地点をSで示します。

世界遺産の墓地Skogskyrkogårdenと隣りの墓地Sandsborgskyrkogårdの大きさの違いがよくわかります。

黄色の矢印から撮影した写真が中央の写真(拝借)です。

 

下の写真: 墓地Skogskyrkogårdenの入り口にあった地図です。上が北。

歩行ルートを赤線で示し、SからEまでを歩きました。

バスを降りたのがS地点で、通り抜けて墓地を出た所がEです。

 

 

この日のハプニングの一つは、この墓地を間違えたことです。

間違ったのは、ここには世界遺産の墓地だけだと私が思い込んでおり、たまたま左手に入り口が見えたからでした。

看板の文字が異なることや、予め調べておいた方角とも異なっていたのですが。

間違っていると確信したのは、ほぼ真ん中まで行ってからでした。

 

 

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< 3. 墓地内 1 >

 

この墓地を歩いたのは7:30から8:00です。

写真はほぼ撮影順に並んでいます。

 

 

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< 4. 墓地内 2 >

 

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< 5. 墓地内 3 >

 

多彩なデザインの墓石の中から幾つか紹介します。

右下の写真は大きな樹木と墓石の組み合わせが印象的でしたので、取り上げました。

 

全体を見て感じた第一印象は、他を圧倒するような大きな墓石や目立つ墓がほとんど無い事です。

どちらかと言えば、シンプルな一枚の墓石、シグツーナで見たルーン石碑の小型判が整然と並んでいます。

そうは言っても画一的ではなく、それぞれの墓石には個性や主張が感じられる。

 

私がこの墓地内を歩いている内に、北欧の心を感じ取ることが出来ました。

 

他のキリスト教圏との違いの一つは、十字架の扱いです。

先ず、石造の十字架が無く、希にあっても墓石に十字架が小さく彫られている程度です。

これは北欧がプロテスタントだからかもしれませんが。

 

墓石は墓地全体でみると同じ方向を向いていませんが、区画ごとに同じ向きに並び整然としています。

どうやら墓石はすべて通り道に沿って正面を向き、奥であってもそれに合わしているようです。

 

世界中の墓地では、隣り同士であっても墓の大きさや向きがバラバラな所があります。

また大きな集団墓地にせず、畑や山の中に家族だけの墓地を設けるところがあります。

この二つの形態は東アジアと東南アジアで見ました。

ヨーロッパや日本の墓地では墓は概ね整然と並び、特に日本では墓石のデザインがは画一化されることが多い。

 

私が一番感銘を受けたのは、墓が多くの大きな樹木に囲まれていることです。

スペースは広いが、日陰になるほど樹木が配されている。

これは死後、人々は自然、つまり北欧の森に帰ることをイメージさせます。

堅牢な石でもなく、美しい草花でもなく、正に深い森に包まれることこそが、安らぎなのです。

 

この墓地は、北欧人の社会性(規範遵守)と個人尊重(尊厳)のバランス感覚を良く示しており、さらに自然感を反映しているように思う。

これと比べると日本の墓地は社会性が目立つ。

 

 

 

 

 

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< 6. 墓地内 4 >

 

 

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< 7. 墓地内 5 >

 

墓地の中央に教会があります。

 

 

 

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< 8. 墓地内 6 >

 

ここでもうすぐ墓地の端になります。

墓地の外側直ぐに地下鉄駅があり、ここから地下鉄に乗り次の観光に向かいました。

この墓地を見たことで旅行前の疑問が解けたので、世界遺産の墓地を訪問することを止めました。

 

 

* 世界遺産の「森の墓地、スコーグスシュルコゴーデン」について

 

 

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< 9. Skogskyrkogården、左が北 >

SkogskyrkogårdenのHPより借用。

赤丸がバスを降りた所です。

 

同国ではじめて火葬を前提とした葬祭場と墓地が計画され、設計コンペティションが行われた。

当時まだ無名であった若い二人の建築家が選ばれ、25年の歳月をかけ松の木が生い茂った古い砂利の採石場に火葬場が完成したのは1940年でした。

二人の建築家の死後も墓地の工事は現在まで断続的に続けられている。

1994年に、ユネスコの世界遺産に登録された。

20世紀以降の建築作品としては、世界で最も早い登録でした。

(この説明はWikipediaから引用要約)

 

 

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< 10. Skogskyrkogårdenの写真 >

 

写真はすべて借用しました。

 

旅行前、私はこのような新しく造られた墓地が世界遺産になっていることが不思議でした。

その理由は、概ね建築家はデザインに新規性を追求するものなので、文化的価値が乏しいと予想していたからです。

 

しかし、墓地Sandsborgskyrkogårdを見ていると、世界遺産の墓地のコンセプトに共通するものがあるとわかりました(写真で判断)。

この墓地Sandsborgskyrkogårdは1895年に出来ていたので、このコンセプトはスウェーデン本来のものだったと言うことです。

 

このことは後にオスロの墓地も見て、北欧に共通するものだと確信するようになりました。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 29: 世界遺産の墓地へ


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今回は、ホテルのあるÄlvsjö駅から世界遺産の墓地までの郊外を紹介します。

この日は2018年6月3日(日)で北欧訪問の4日目でした。

実は、この日も二つのハプニングに見舞われました。

 

 

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< 2.バスのルート、上が北 >

 

青線がバスのルートで、左のÄlvsjöから出発し右のSkogskyrkogårdenで降りました。

今回、紹介するのは主にバスの車窓から見た郊外の住宅地です。

 

実は、私は間違って隣りの墓地に入ってしまい、世界遺産を見ずじまいでした。

これがまた貴重な経験になりました。

 

地図の緑枠が、今回間違って入った墓地で、上の黒点は後にストックホルムに向かう為に乗った地下鉄(黒線)の駅です。

私が入った墓地は南北600mで、その南側にある世界遺産のSkogskyrkogårdenは南北に1800mもあります。

 

 

 

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< 3.朝のÄlvsjö駅 >

 

今回紹介する写真は6:50~7:30の撮影です。

 

上の写真: 駅舎の直ぐ横にバス停が並んでいる。

 

下の写真: バス停での出勤風景。

如何に移民が多いかがわかります。

 

 

 

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< 4. バスの情報、掲示物 >

 

乗るバスは事前にグーグルマップで調べていて、161番のバスで目的地、世界遺産のSkogskyrkogården ( Woodland Cemetery)を目指します。

 

上の掲示物: 茶色の丸が乗るバスの表示です。

 

下の提示物: 赤丸が乗車停留所と降車停留所です。

赤の矢印は曜日を示します。

 

 

 

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写真は時間順に並んでいます。

 

 

 

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* 住宅街を通って感じたこと

 

この地域は非常に緑が多く、少し起伏はあるが概ね平坦な土地です。

バスが急に減速したと思ったら、鹿が道路を横切っていました。

 

住宅は広い庭を確保し、木々で囲っている一戸建てが多い。

米国の郊外住宅のようにオープンではなく、少し閉鎖的なようだ。

豪邸や由緒ある建物は見えなかった。

割合は少ないが中層マンションのような建物もある。

 

全体的に新しい住宅が多く、比較的新しい街並みのようです。

ストックホルム全体を通して感じたのだが、建設ラッシュとは言えないまでも、発展中との印象を受けた。

Älvsjö駅周辺もそうなのですが、住宅回りや公共地の植栽が丁寧に行われている。

 

意外だったのは、一戸建て住宅の外観が多種多様で、あまり伝統に興味がないことです。

おそらくはこの地は新興の通勤圏であり、海外からの移住者が多い為に、このような形態になったと想像できる。

 

 

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< 11. バス停Skogskyrkogårdenで降車した >

 

上の写真: Sockenvägen通りの西側を望む。

 

下の写真: 右手の高架はメトロ18番線です。

ここでは地上を走り、ストックホルム手前で地下に潜ります。

私が撮影している側に地下鉄の駅があります。

 

 

 

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< 12. Sockenvägen通り >

 

共に通りの東側を見ている。

私が入ったのは左側(北側)の墓地Sandsborgs kyrkogårdで、右側(南側)がSkogskyrkogårdenでした。

 

 

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< 13. Skogskyrkogårdenに入る >

 

 

私は海外旅行をした折、出来るだけ墓地を見るようにしています。

そこには必ず、その国に根深く生き続ける精神、文化の保守的な面が表れるからです。

 

 

次回は墓地を紹介します。

 

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 28: ガムラ・スタンを歩く


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今回は、ストックホルムで最も楽しみにしていた旧市街ガムラ・スタンを紹介します。

この街は戦争による破壊を逃れた為、中世の街並みが残っています。

 

 

2maps

< 2. ガムラ・スタンの散策ルート、上が北 >

 

今回紹介するのは王宮入り口のSから地下鉄駅SlussenのEまでです。

赤線が歩いた路で、黄色線は入館したことを示します。

Cは大聖堂、Mは大広場、Pは小さな広場です。

 

写真は2016年6月2日(土)14:30~16:20のものです。

 

この島は直径600~700mほどの大きさで、私が歩いたところはその中心部に過ぎません。

それにしても、かつてのスウェーデン帝国(17世紀)の首都の中心部にしては小さ過ぎる。

ここにスウェーデンの歴史が凝縮されているはずです。

 

 

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< 3. 王宮に入る >

 

私は王宮の南側の坂道に面した入り口から、王宮に入りました。

中に入ると左右に2階に上る階段があり、右(東側)に上るとチャペル(下の写真)、左(西側)に上ると大きな会議室に行きます。

 

上の写真: チャペルの入口側から会議室の入口を見ています。

その下の階には宝物庫がありますが、入りませんでした。

会議室に入り、右に進むと王族の居室に入って行きます。

 

 

 

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< 4.王族の居室 >

 

下の写真: 2階から1階に下りる階段。

ここから正面玄関(西側)に出ました。

 

 

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< 5. 王宮の玄関前より >

 

下の写真: 大聖堂の鐘楼が見える。

 

 

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< 6. 大聖堂 1 >

 

上の写真: 大聖堂の前から西側を望む。

 

下の写真: 大聖堂の内部。

奥に祭壇と説教壇が見える。

 

 

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< 7. 大聖堂 2 >

 

上の写真: 正面入口側。

 

中央の写真: 木彫りの像「セント・ジョージと龍」。

 

これは素晴らしい像ですがそれだけではなく、ストックホルムと北ヨーロッパとの関わりを教えてくれます。

 

この像の作者はハンザ同盟が最盛期を迎えた14~15世紀に活躍したバーント・ノトケ(1435?-1509)で、この時代の北ヨーロッパで最も活躍したドイツの画家・彫刻家でした。

彼の作品で有名なものは、この像と髑髏が描かれた絵「死の舞踏」で

リューベックとタリンの教会にあった。

これら作品がある三つの都市は、すべてハンザ同盟に属す港湾都市で、リューベックはそのリーダーで北ドイツにあります。

 

つまり、ガムラ・スタン(スウェーデン)はハンザ同盟(ドイツが中心)と深く関わることによってバルト海・ボスニア湾・フィンランド湾の交易を通じて経済発展を成し得たのです。

その前のヴァイキング時代の東方交易が役立ってはいたのですが。

 

 

下の写真: タリンにあるノトケの「死の舞踏」。

この絵は黒死病に見舞われたヨーロッパの絶望をよく現わしており、この心情がやがて宗教改革に向かう原動力の一つになった。

北欧も黒死病に見舞われている。

 

 

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< 8. 大広場 1 >

 

西欧の大都市の広場、さらに他の小国の首都と比べてもやはりこの広場は小さい。

この旧市街は海と湖に挟まれた小さな島に、13世紀、城壁を持った都市として始まった。

 

「北欧3ヵ国を訪ねて 13: 戦争と平和」で書いたように、この大広場で起きた16世紀初めの「ストックホルムの血浴」を契機にして、スウェーデンはデンマークからの独立と帝国への道を歩み始めることになる。

 

小さいながらも、この地はやはり政治の中枢だった。

 

 

 

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< 9. ストックホルムの変遷 >

 

上の写真: 1570-1580年頃。

中央に王宮と大聖堂が見える。

この絵は北側からガムラ・スタンを見ているのだろう。

つまり左側がバルト海に通じる。

この時期、島以外はまだ未発展だった。

 

中央の写真: 1690年頃。

現在のストックホルム中心部が右側で、左側はセーデルマルム島でしょう。

つまり手前がバルト海に通じる。

 

この時期、スウェーデン帝国は繁栄の頂点にあったが、1700年から大北方戦争に突入し、ロシアに敗れ、1721年から没落が始まった。

 

二つの絵から百年の間にガムラ・スタンの両側は大きく発展していることがわかる。

 

 

下の写真: 時期は不明。

上の絵とちょうど逆の方向、西から見ているようです。

手前側がメーラレン湖側です。

 

 

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< 10. 大広場 2 >

 

下の写真: 奥に大聖堂の鐘楼が見えます。

右手の建物はノーベル博物館で、ノーベル賞の歴史などの展示があります。

 

 

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< 11. 小路 >

 

大広場からドイツ教会周辺の小道。

右下の鐘楼はドイツ教会のもので、ハンザ同盟の商人(多くはドイツ人)が1634から1648年にかけて建てたものです。

ハンザ同盟の各港湾都市では、ドイツ商人がその都市内に自らの社会を築き、教会を作った。

 

 

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< 12. 憩いの場>

 

これは地図のPで示され、二つの小路が交わって出来た三角形の広場です。

この賑わう旧市街にあって、ここは住民が憩う場所になっている。

 

石畳の広場に植えられた大きな木が木陰を作り、風が今にも吹き抜けていきそうです。

ヨーロッパの旧市街、例えばスペインのトレド、南仏のエクサンプロバンス、エストニアのタリンにもあるような片隅の広場なのですが、実に良いですね。

 

実は、ここは火災で建物が壊れた折、馬車の旋回スペースとして空き地にされたようです(1728年)。

 

 

 

 

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< 13. さらに南下する >

 

 

 

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< 14. 鉄の広場 >

 

ここは南の端にある広場で、昔、港に運ばれた鉄をこの広場に保管しておいたことからこの名前が付いた。

 

実は、この鉄こそがスウェーデンの産業発展を促し、またガムラ・スタンを首都にすることになった。

 

今もスウェーデン鋼は有名ですが、この国の鉄採掘の歴史は古く、鉱山はストックホルムの北西100から300kmの範囲に広がっていました。

そして鉄は広大なメーラレン湖を通じて国内外と交易されました。

ヴァイキング時代が終わりバルト海が安全になった13世紀頃、ハンザ商人が鉄を求めてストックホルムに多く寄港するようになりました。

 

これに呼応してスウェーデン王は、それまでの内陸部の首都から、バルト海への輸送に適したガムラ・スタンに拠点を移したのです。

 

旅行前、なぜ防衛上脆弱なガムラ・スタンが首都になったのか、私には不思議でした。

これが外国勢力から急襲されればひとたまりもないこんな小さな島に、わざわざ内陸部から拠点を移した理由だったのです。

 

そして一時はハンザ同盟と繁栄を共有したのでした。

 

 

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< 15. ガムラ・スタンの眺め >

 

上の写真: ガムラ・スタンを南側から見ている。

 

下の写真: 中央に地下鉄駅Slussenが見える。

 

私はこの駅から真直ぐホテルに戻りました。

疲れた1日でした。

 

 

* 6月1日と2日、ストックホルムとガムラ・スタンを歩いて

 

当初はガムラ・スタンをもう少し丁寧に見る予定でしたが、疲れもあり、真直ぐ南北を歩き抜けただけでした。

それでもおおよそ半分以上は見ました。

 

街並みは思っていたより古さ、郷愁のようなものを感じませんでした。

修復が良く行われているようです。

また街並みの建築には特別なデザインや目立つもの(バロック、アールヌーボー、北欧独特の様式など)を見かけることもなく、少し拍子抜けでした(あれば良いわけでもないが)。

 

それでも1日のシグツーナとストックホルム郊外、2日のストックホルム中心部、ユールゴーデン島、ガムラ・スタンと歩き、また自然歴史博物館、歴史博物館、北方民族博物館、ヴァーサ―号博物館、スカンセンを見学して、少しはスウェーデンの歴史や自然、社会や人々が見えて来たようです。

 

この2日間は驚きと発見の連続で、また様々なハプニングの洗練を受けた。

これがまた楽しいのですが、観光予定はズレるばかりです。

 

まだまだこの旅で最強のトラブルと発見の喜びを味わうことになります。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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