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フランスを巡って 37: モンサンミッシェル 3


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今日は、メインストリートと修道院の入場までを紹介します。

 

 

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< 2. 今回紹介する徒歩ルート >

 

Sの王の門からスタートし、メインストリートのグランド・リュを進み、Eの修道院の内部に入るまでを赤線で示します。

 

 

 

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< 3. 王の門 >

 

上と左下のの写真: 王の門

右下の写真: 王の門をくぐって、通りを進む。

 

 

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< 4. 賑やかなグランド・リュ >

 

狭い坂道と階段は観光客で一杯でした。

左右には土産物屋や飲食店がひしめいていた。

 

 

 

 

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< 5.サン・ピエール教会 >

 

左上の写真: サン・ピエール教会。

階段の途中、商店が途切れた時、左手に小さな教会が見えた。

教会の入口にジャンヌ・ダルクの像が見える。

 

ジャンヌ・ダルクは英仏の百年戦争の時、モンサンミッシェルを目指したことがあったが、結局来ていなかったはずです。

この像は、彼女が聖ミカエルのお告げを聞いて、初めてフランス王の為に立ち上がることを決意したことに由来するらしい。

 

 

右上の写真: この階段の突き当りで通りは終わり、左に曲がると修道院が見える。撮影場所の左手がサン・ピエール教会です。

 

下の写真: 教会の前は小休止するには良い場所で、私達が行くと、写真の少年たちが声をかけて来ました。

 

彼らは「ジャパン! ジャパン!」と尋ねました。

「イエス、イエス」と答えると、彼らは嬉しそうに「ナルト! ナルト!」と連呼しました。

 

日本のアニメの威力は凄いです。

彼らはオランダから来たらしい。

 

 

 

 

 

 

 

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< 6. 修道院が聳える >

 

階段を上り切ると、直立する修道院が聳えていた。

下の写真: 来た道を振り替えった所。

 

 

 

 

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< 7. いよいよ修道院へ >

 

 

 

 

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< 8. 修道院に沿ってさらに階段を上る >

 

 

 

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< 9. さらに階段を上る >

 

 

 

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< 10. 階段を上り切った所で >

 

見上げると、金色の聖ミカエルの像が青空に輝いていた。

 

 

 

 

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< 11. テラスから見下ろす >

 

ここは高度80mぐらいになります。

 

中世、この険しい岩山の上に、かくも壮大でそそり立つ教会を建てたものだと驚嘆した。

当時、ここには人々の篤い信仰と高度な建築技術があった。

 

 

 

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< 12. いよいよ入場します >

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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フランスを巡って 27: アルザスに想う


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今回で、アルザス地方と諸都市の紹介を終わります。

私はこの地を旅して強く印象付けられたことがある。

この地の人々の暮らしに私は平和な世界が来ることを確信した。

 

 

 

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< 2. アルザスの地図、上が真北です >

 

上の地図: アルザスは赤線と東側の国境線で囲まれたところです。

フランスの東端にあり、ドイツとスイスに国境を接している。

赤丸はストラスブールとコルマールです。

 

ドイツとの国境を流れるライン川は交易を発展させ、その流域に石炭や鉄鋼の産地が連なり、産業を発展させた。

一方で、このことが絶え間ない国境紛争をもたらした。

 

下の地図: 赤丸はストラスブール、リグヴィル、コルマールを示す。

今回紹介する写真は、すべてストラスブール、リグヴィル、コルマール間のバスの車窓からの景色です。

 

 

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< 8. リクヴィル近くの村 >

 

 

 

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< 9.ヴォージュ山脈の裾野からドイツ側を望む >

 

この三枚の写真はリクヴィルを発って直ぐのストラスブールに向かう時のもので、東側を見ている。

遠くに黒い森(シュヴァルツヴァルト)が見える。

これはライン川に沿ったドイツ側に160kmほど続く森です。

 

 

 

アルザスの運命

今まで紹介したストラスブールやリグヴィル、コルマールは実に平和そのものでした。

ストラスブールを朝夕散策しても、治安の悪さや、何らかの戦争や憎しみの傷痕などを見ることはなかった。

また多くの人種や移民が共に暮らしている。

 

しかし、かつてのアルザスは際限なく戦乱に巻き込まれ、領主や宗主国が交代した。

簡単に、大きな戦乱と国境の変化を紹介します。

 

 

 

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< 10. 9世紀から11世紀の国境 >

赤の矢印はストラスブールを指す。

 

上の地図: 中部フランク王国(黄着色部)を示す。

紀元前1世紀にはローマ帝国が支配していたが、やがてゲルマン人がやって来てフランク王国を築きました。

そして9世紀に、フランク王国が三つに分割され、アルザスはライン川に沿う南北に延びる中部フランク王国の一部になった。

 

下の地図: 神聖ローマ帝国(赤線で囲まれた紫着色部)を示す。

10世紀になると中部フランク王国は東部フランク王国に吸収され、それが神聖ローマ帝国になり、16世紀まで続くことになった。

 

 

英仏による百年戦争(1337~1453年)の戦場はアルザスとは無縁だった。

しかし、休戦期に解雇された傭兵や敗残兵がアルザスに侵入し略奪した時期が幾度かあった。

 

 

 

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< 11. 宗教改革 >

 

16世紀初頭に始まる宗教改革は全ヨーロッパ、さらには世界に影響を与えた。

しかしその展開は複雑で、多くの戦争を生んだ。

一般には、これはドイツ中部で生まれたキリスト教聖職者ルターが教皇を痛烈に非難したことから始まるとされている。

しかし、その萌芽はヨーロッパ各地で以前から見られた。

 

アルザスが宗教改革と関わるのは、最初期の農民一揆からでした。

上の地図の灰色の部分はアルザスの北方(当時はアルザス)を指し、ここで15世紀末から農民一揆が起こっていた。

1524年になるとドイツの南西部(赤色)でドイツ農民戦争(~1525年)が起こり、瞬く間に、地図の茶色部分に広がり、ストラスブールを含むアルザスも騒乱状態になった。

立ち上がった彼らは、ルターの宗教改革思想を拠り所にしていた。

この2年間で30万人が蜂起し10万人が戦死し虐殺され、アルザスでも10万人が蜂起し3万人が死んだ。

 

この戦乱で、ドイツは疲弊し、帝国自由都市や小領主が衰退し、領邦国家が力もつようになり、領邦国家が次のプロテスタントとカトリック間の戦争を開始した。

これが神聖ローマ帝国内で始まり、やがてヨーロッパを巻き込んだ三十年戦争(1618-1648年)になった。

 

下の地図は1650年における、宗派間の色分けです。

ストラスブールを含む橙色はルター派のプロテスタント、周りを囲む草色はカトリック、下側の肌色はカルヴァン派のプロテスタントです。

 

実は、この後、アルザス一体(フランス東部)の領有権は細切れになり錯綜し、複雑な状況が1634年から1697年まで続きます。

 

一つ目は、1634年、スウェーデンがフランスにアルザスを全委譲した。

これは三十年戦争の間、アルザス(ストラスブールなど)はプロテスタントの雄スウェーデンから軍事援助を受けていたことによる。

 

二つ目は、1648年、三十年戦争の講話条約でアルザスが神聖ローマ帝国内からフランスに割譲された。

 

三つ目は、フランスのルイ14世が領土拡大に乗り出し、1673年、コルマールを奇襲し要塞を解体、1681年、ストラスブールを占拠し、1697年にはアルザス全域がフランス領となった。

 

 

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< 12.フランス革命戦争、1792~1802年 >

 

フランスで1789年に革命が起きると、周辺の王国はフランス王家を守る為に介入も辞さないと宣言した。

これを受けてフランスはオーストリアに宣戦布告し、ついには12ヵ国を相手に戦争することになった。

初期は劣勢であったが、義勇兵の参加と国家総動員などが功を奏し、やがて東方に領土を広げる侵略戦争へと変貌した。

 

上の絵: 初期の闘いでフランス軍が勝利したヴァルミーの戦い。

 

下の地図: フランス革命戦争による領土拡大図の一部。

赤矢印がストラスブール、白矢印がヴァルミー、黄矢印がパリです。

 

この革命と戦争によって、ストラスブールは略奪され、アルザスは荒廃し、数万人が難民となってドイツに流れた。

また軍人が力を持ち、ナポレオンの帝政を招くことになった。

 

 

 

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< 13. 普仏戦争、1870~1871年 >

 

三十年戦争後、神聖ロ―マ帝国は300以上の小国と帝国自由都市の集合体に解体されていたが、19世紀後半にはプロイセン王国がドイツの北方を占め、さらなる領土拡大を目指していた。

フランスはこの挑発に乗って、準備万端のプロイセンに宣戦布告し、一時はパリも占領されるほどの大敗を期した。

こうしてアルザスは隣のロレーヌと共にまたドイツ(プロイセン)に併合された。

 

上の絵: リヒテンベルクへの攻撃。

プロイセンの連合軍がストラスブール近郊の山城を攻撃している。

 

中央の地図: アルザスとロレーヌでの普仏軍の対陣を示す。

赤がフランス軍、灰色の丸がプロイセン連合軍です。

黄矢印がリヒテンベルクです。

 

下の地図: 1871年の領土。

水色がプロイセン連合軍の領土で、アルザスとロレーヌが含まれている。

 

 

 

 

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< 14. 西部戦線、1914~1918年 >

 

第一次世界大戦での西部戦線を示す。

赤線が塹壕のラインで、多くの死者を出したが、ドイツ軍の攻勢を英仏軍がここで防いだ。

ドイツ領であったストラスブールは戦火を免れたと思われる。

 

第一次世界大戦でのドイツの敗戦を受けて、1919年よりアルザスとロレーヌは再びフランス領となった。

 

 

 

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< 15. 第二次世界大戦、1939~1945年 >

 

上の地図: フランス国境の青線がマジノ線です。

これはフランスが対独防衛のため築いた大要塞線で、国境地帯に約400km にわたり建設された。

しかし1940年、赤の矢印の防衛ラインを独軍に突破された。

この時、フランス軍はストラスブールを無人状態で放棄した為、ナチスドイツが占領した。

黄矢印がストラスブール。

 

1945年、敗戦と共に、占領されていたアルザスとロレーヌはまたフランスに戻った。

 

下の写真: ストラスブール北側にあるマジノ線を見る連合軍兵士。

 

 

 

今、想うこと

団体の観光旅行ではあるが、ストラスブールやアルザスの他の町も出来る限り見て廻ったつもりです。

しかし、戦争の爪痕やフランスとドイツ両民族の軋轢を感じるものはなかった。

 

この地をよく案内している添乗員と日本人の現地ガイドに、ストラスブールやアルザスでの両民族の仲違いについて聞いた。

しかし二人共、まったくそんな事は聞いたことが無いと明言した。

まったく私の質問が的外れだった。

 

既に見たように、アルザスとストラスブールは数多くの戦火、混乱、破壊、略奪、殺戮に苛まれ、その後は民族や言語が異なる国家に組み込まれて来た。

特にドイツ圏とフランス圏とは幾度も入れ替わった。

 

アルザスは17世紀中頃までドイツ圏に属していたので、ドイツ圏の文化(家屋)や言語(アルザス語を併用)が根付いている。

おそらく食事もだろう。

 

それにしても、ドイツへの帰属願いや分離独立、ドイツ系とフランス系の人々にいがみ合いの無いのが不思議です。

傍から見る分には、年月が互いの不和を洗い流したゆえか、はたまたフランスが適切な融和策を執ったゆえか、どちらか分からない。

ストラスブールには欧州議会、欧州評議会、欧州人権裁判所、欧州合同軍の本部が置かれており、欧州統合の象徴であり中心と言える。

 

少なくとも言えることは、これだけの憎しみを生んだ苦難を経験しても、何事もなかったように平和に暮らせることです。

 

ただ心残りは、市民がどのように平和を紡いで来たのが分からなかったことです。

それでも私は、一つの大きな旅行の目的を果たしてほっとしている。

旅は素晴らしい!!

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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蟹と紅葉を楽しみました 3: 高源寺


 

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今日は、紅葉で知られた高源寺を紹介します。

 

 

高源寺について

場所は丹波市青垣町にある臨済宗のお寺です。

山裾から山の斜面にかけて多くの仏閣が建てられている。

創建は14世紀ですが、戦国時代に焼失し、江戸時代に復興された。

 

 

 

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< 2. 高源寺の参道 >

 

 

 

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< 3. 惣門 >

 

上の写真: 惣門、最初の門。

 

下の写真: 惣門を入って右側の庭。

 

 

 

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< 4. 山門に向かう階段 >

 

 

 

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< 5. 山門 >

 

上の写真: 山門。

 

下の写真: 山門前から振り返る。

 

 

 

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< 6. 石碑 >

 

 

 

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< 7. 心字の池 >

 

奥の石垣の上から一筋の滝が流れ落ち、手前の「心字の池」に注いでいます。

 

 

 

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< 8. 方丈と鐘楼 >

 

下の写真: 方丈と鐘楼。

 

 

 

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< 9. 多宝塔 >

 

 

 

 

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< 10. 黄葉と紅葉 >

 

 

残念ながら、紅葉のピークは過ぎていました。

おそらく1週間前頃がピークだったのでしょう。

いつかまた来たいものです。

 

 

 

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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蟹と紅葉を楽しみました 2: 銀山湖から黒川渓谷へ


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今日は、銀山湖から黒川渓谷を紹介します。

 

 

 

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< 2.播但連絡有料道路 >

 

上の写真: 市川サービスエリアからの眺め。

下の写真: 播但連絡有料道路を走行中、フロントガラス越しの眺め。

 

 

 

 

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< 3. 銀山湖 1 >

 

霧雨が時折降る天気でしたが、雲がたなびく山々と紅葉が湖面に映えていました。

 

 

 

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< 4. 銀山湖 2 >

 

 

 

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< 5. 銀山湖 3 >

 

 

 

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< 6. 黒川渓谷、下流側を望む >

 

この場所がこの渓谷で紅葉が最も美しい所かどうかはわかりませんが、紅葉の盛りは過ぎていました。

川に沿って429号線が走っていたここで撮影しました。

銀山湖と黒川渓谷は標高400mを越えています。

 

 

 

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< 7. 黒川渓谷、上流側を望む  >

 

 

 

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< 8. 429号線を下って青垣を目指す  >

 

この道は急な下りが続き、かつ道幅が狭く、対抗車が来たらお手上げです。

それでも杉の森と笹の緑と紅葉が雨に濡れて鮮やかで、深山幽谷を堪能しました。

 

 

 

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< 9. 鹿野馬神社 >

 

目的の高源寺手前で偶然見つけた紅葉の美しい神社を見つけました。

 

 

 

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< 10. 鹿野馬神社の前から  >

 

上の写真: 今下って来た山側を振り返る。

下の写真: 神社の前に架かる橋の上から河岸のもみじを写す。

 

 

次回に続きます。

 

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 2: モスクワ 1


 

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< 1.ブラゴヴェシチェンスキー聖堂、地図2のD >

今日は、最初の訪問地モスクワを紹介します。
空港からモスクワのクレムリンまでの車窓の眺めとクレムリンの聖堂広場を紹介します。
はじめに
私達の飛行機はドバイ空港の混雑で出発がかなり遅れて、クレムリン到着は5時になり、また曇天だった為、薄暗い中での観光になった。
教会の閉館時間が迫り、拝観出来たのは一つだけだった。

しかし、良いこともあった。
それは次回紹介する赤の広場のイルミネーションを見ることが出来たことです。

 

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< 2. 地図1: 空港からクレムリンまで >
衛星写真はすべて上が北です。

上の写真: 到着したドモジェドヴォ空港からモスクワ中心部のクレムリンまで約45km。

下の写真: S印は赤の広場を示す。
その下側の三角形の茶色の城壁で囲まれた部分がクレムリンです。
さらに下側を流れるのがモスクワ川です。

 

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< 3. 地図2:クレムリン内の聖堂広場 >

私達は左上のクタフィヤ塔から入場し、トロイツカヤ塔をくぐり、クレムリン内に入った。
そして白い近代的な建物のクレムリン大会宮殿(下側)と兵器庫の間を通り、聖堂広場に向かった。

 

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< 4.空港からモスクワ中心部まで 1 >

上の写真: ドモジェドヴォ空港。
空港周辺は鬱蒼とした森林とのどかな田園地帯です。

 

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< 5.空港からモスクワ中心部まで 2 >

やがて高層のアパートが増えて来ますが、建物は無味乾燥で古いものが多い。

 

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< 6.空港からモスクワ中心部まで 3 >
すべてモスクワ川です。

下の写真: モスクワ川に立つピュートル大帝像。

ここまで来ると人口1200万人の大都会を彷彿とさせます。

 

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< 7. クレムリンに到着 >

上の写真: モスクワ川に沿って続くクレムリンの城壁。
下の写真: トロイツカヤ塔がクレムリンの入り口。

 

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< 8. トロイツカヤ塔の直前 >

上の写真: アレクサンドロスキー庭園を見下ろす。
下の写真: クタフィヤ塔の向こうに市街が広がる。

 

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< 9. 聖堂広場に向かう >

上の写真: パトリアーシエ宮殿の下をくぐると、聖堂広場に出る。地図2のA。
下の写真: イワン大帝の鐘楼。地図2のB。

 

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< 10. 聖堂広場の真ん中から >

上の写真: 奥にパトリアーシエ宮殿、右手にイワン大帝の鐘楼、左手にウスペンスキー大聖堂(地図2のC)が見える。
時間が間に合っていれば、ウスペンスキー大聖堂の内部に入った。

下の写真: 内部を見ることが出来たアルハンゲルスキー聖堂。地図2のE。

 

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< 11. アルハンゲルスキー聖堂内部 >
内部は撮影禁止なので、画像をhttp://archangel-cathedral.kreml.ru/から借用した。

アルハンゲルスキー聖堂について
これは天使ミカエルを祭ったロシア正教会の聖堂です。
現在の建物は14世紀の大聖堂のあった場所に16世紀初め建設された。
壁面を埋め尽くすフレスコ画は16から17世紀に制作された。
奥の部屋との仕切りになっているイコノスタシスには17~19世紀のイコンがはめ込まれている。
ここには17世紀までの54名の皇帝や王が埋葬されている。

上の写真: 華麗なイコノスタシス。
中央の扉を開けると最も神聖な場所に至る。
この扉の上にキリストと聖母マリアの絵が連なっている。
さらに最後の晩餐の小さな絵が扉のすぐ上にあり、これは正教会の決まりだそうです。

下の写真: 出口に向かって壁面右側上部に最後の審判の絵がある。
思うこと
私が正教会の内部を見るのはモンテネグロのコトル以来ですが、これほど絵画で埋め尽くされた建物を見るのは初めてだった。

特に印象深かったことは、「最後の晩餐」と「最後の審判」が重要な場所に描かれていることでした。
「最後の晩餐」はイエスが信じる人々に恩寵(パンと葡萄酒:血と肉)を与える重要なシーンです。
「最後の審判」はイエスが再臨し、良き人々を永遠に救うことを意味する。

信者は扉に向かって礼拝するとき、神の恩寵の思い、また退出する時には、最後の審判による永遠の安らぎを確信することになる。

次回に続きます。

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 1: はじめに


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< 1. 霧に包まれたビルニュス歴史地区 >

 

私達はバルト海に面する国々を訪れました。

大国ロシアとヨーロッパの端にある小国バルト3国、ポーランドを巡りました。

サンクトペテルブルグの黄葉と黄金に輝く宮殿、世界遺産の中世の街並み、ユーラシア大陸の自然を愉しみました。

今日は、この旅行の概要を紹介します。

 

旅行の概要

旅行の日程は2016年9月28日から10月5日です。

(株)ジャンボツアーズのツアーに参加しました。

モスクワに飛び、地図の赤丸の各都市に6泊し、黒丸を含めて7箇所を観光し、ワルシャワを発ちました。

添乗員が同行し、各地では現地ガイドの説明を受けました。

 

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< 2. 訪問地の地図 >

モスクワとサンクトペテルブルグの間は新幹線で移動しました。

サンクトぺテルブルグからワルシャワまでは観光バスで移動しました。

総距離は2200kmを越えます。

 

この旅行の目玉

丸印の観光地について

No1: クレムリンを中心にモスクワ観光。

No2: 2つの宮殿とエルミタージュ美術館を含むサンクトペテルブルグ観光。

No3: 国境の河岸に立つナルヴァ城観光。

No4: エストニアの首都タリン、バルト海の交易で栄えた旧市街地を徒歩観光。

No5: ラトビアの首都リガ、ロシアとヨーロッパの中継貿易で栄えた旧市街地を徒歩観光。

No6: リトアニアの首都ビリニュス、苦難の歴史を生き抜いた旧市街地を徒歩観光。

No7: ポーランドの首都ワルシャワ、破壊から蘇った旧市街地を徒歩観光。

 

秀逸だったこと

至る所で黄葉が見頃を迎えていた。

新幹線と観光バスの車窓から眺めは、ユーラシア大陸の大平原を堪能させてくれた。

5つの都市で、一つの巨大デパート、3つの大型スパー、一つの中央市場を訪問し、買い物をした。

現地ガイドとの説明や対話を通じて、この国の歴史を身近に感じることが出来た。

 

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< 3. モスクワ >

上の写真: クレムリン。

下の写真: 赤の広場近くの通り。

 

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< 4. サンクトペテルブルグ >

上の写真: エルミタージュ美術館。

下の写真: エカテリーナ宮殿。

 

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< 5. ペテルゴーフとナルヴァ >

上の写真: ペテルゴーフにあるピュートル大帝の夏の宮殿。

下の写真: エストニア側のナルヴァ城から見た対岸のロシア側の要塞。

 

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< 6. 丘から見下ろしたタリンの旧市街 >

街の向こうにバルト海が広がり、その先にフィンランドの首都ヘルシンキがある。

 

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< 7. リガ >

上の写真: アールヌーヴォーの街並み(ユーゲントシュティール建築群)。

下の写真: ブラックヘッドの会館。

 

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< 8. ショッピング >

上の写真: サンクトペテルブルグのホテル近くの大型スーパー。

下の写真: リガの中央市場。

 

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< 9. ビリニュスの夜景 >

上の写真: 大聖堂。

下の写真: 旧市街地への散策の帰り道。

 

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< 10. ビリニュス >

上の写真: 聖アンナ教会。

下の写真: 聖ペテロ・パウロ教会。

 

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< 11. ワルシャワ 1 >

上の写真: 旧市街地の王宮広場。

下の写真: ワジェンキ宮殿。

 

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< 12. ワルシャワ 2 >

上の写真: ランドマークの文化科学宮殿。

下の写真: 旧市街で出会った笑顔が素敵なグループ。

 

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< 13. 車窓からの眺め 1 >

上の写真 : 新幹線から。

中央の写真: 観光バスからペテルゴーフ近郊。

下の写真 : ペテルゴーフとナルヴァの間。

 

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< 14. 車窓からの眺め 2 >

上の写真 : ナルヴァからタリンの間。

中央の写真: タリンからリガの間。

下の写真 : ビリニュスからワルシャワの間。

 

思ったこと

バルト3国とポーランドの旧市街の街並みに、かつての繁栄と苦難の歴史が刻まれていた。

それはこの地域がロシアとドイツに挟まれたバルト海沿岸であったことによる。

さらにこの地域の自然とスカンジナビア半島の影響が民族形成を複雑にした。

 

旧市街を歩き、バスの車窓の景色を眺めながらこれらの国々の成り立ちに思いを巡らした。

 

次回より、この旅行記の連載を始めます。

 

 

 

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南信州を訪ねて 7:  馬の背からの眺望


 

 

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< 1. 駒ヶ岳を望む >

 

 

今日は、阿智村の馬の背からの眺めを紹介します。

今日で、この連載を終えます。

 

馬の背について

ここは阿智村の南端にある治部坂高原近くにあります。

昼神温泉から車で153号線を行き、治部坂高原から曲がりくねった山道を登ります。

途中の尾根に標高1457mの馬の背があります。

 

ここを知ったのは、宿泊したホテルのロビーで、ここから撮影した綺麗な写真を見たからです。

 

 

 

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< 2. 馬の背に到着 >

 

蛇峠山を目指して登って行くと、途中で道路がゲートで塞がっています。

それ以上は測候所で侵入禁止です。

その手前が空き地になっていて、駐車出来ました。

そこに馬の背があります。

 

上の写真: ここを少し下ると駐車場です。南側です。

中央の写真: ここは真ん中で、西側、名古屋方面を見ています。

下の写真: ここを進むと駒ヶ岳を望めます。北側です。

 

 

 

 

 

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< 3.馬の背からの眺め 1 >

 

上の写真: 西側を望む。

下の写真: 北西を望む。山頂は横岳でしょうか。

 

まだ暑かったが少し秋の気配を感じた。

 

 

 

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< 4. 馬の背からの眺め 2 >

 

ほぼ北側を望む。

一番高い山は南駒ケ岳です。

 

 

 

 

 

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< 5. 馬の背からの眺め 3 >

 

下の写真: 薄い紫色に霞む山並みが幾重にも重なっている。

 

 

 

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< 6. 山を下る途中で >

 

遠方の山は南駒ケ岳です。

眼下の谷間を通る153号線をまた戻る。

 

この日は曇ってはいたが、時折、晴れ間が見えて、青空と白い雲、緑の山と木々の対比が美しかった。

 

 

あとがき

いつも中央自動車道を走りながら、この南信州を一度訪れてみたいと思っていました。

今回、ほんの一部を訪問しただけですが、その自然と歴史を垣間見て、人々の息づかいを感じることが出来ました。

旅は本当にいいものです。

 

 

次回から、モスクワ、サンクトぺテルブルグ、エストニア、ラトビア、リトアニア、ワルシャワの旅を紹介します。

 

 

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南信州を訪ねて 6:  昼神温泉と周辺


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< 1. 昼神温泉 >

 

 

今日は、昼神温泉と朝市、阿智神社の奥宮を紹介します。

のどかな温泉郷と、静寂な神域に浸って来ました。

 

 

 

 

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< 2. 昼神温泉周辺の地図 >

地図の上側は西方向です。

 

二つの白い矢印は、「ヘブンスそのはら」のロープウェイの上下の駅を指している。

上駅で星空を堪能しました。

赤い矢印は、阿智神社の奥宮を示しています。

青い矢印は、私達が宿泊した「湯本ホテル阿智川」です。

黄色の線は朝市の場所です。

昼神温泉は青い矢印から始まり、黄色の線の辺りが中心部になります。

中央を流れているのが阿智川です。

 

 

 

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< 3. 昼神温泉と宿泊したホテル >

 

上の写真: 橋の上から阿智川上流を望む。

両側に温泉宿がある。

 

中央の写真: 宿泊した「湯本ホテル阿智川」。

 

下の写真: このホテルの露天風呂と洞窟風呂。

ホテルの写真を借用。

 

 

昼神温泉について

ここは昭和48年、偶然に発見された比較的新しい温泉郷です。

ここは規模が小さいのですが、古い温泉街にあるようなけばけばしさがなく、自然に囲まれた落ち着いた温泉郷です。

温泉宿は20軒ほどですが、全体にゆったりとした感じがします。

 

 

 

 

 

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< 4. 昼神温泉の朝市 >

 

写真撮影時はまだ早く、準備中で人出が無かったが、やがてたくさんの宿泊客が来ました。

結構、品揃えが豊富で、私達は野菜と果物をたくさん買いました。

 

 

 

 

 

 

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< 5. 阿智神社の奥宮に向かう >

 

上の写真: 阿智川の上流に向かう。

下の写真: こんもりとした小さな丘の麓に奥宮の鳥居がありました。

 

 

 

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< 6. 社殿 >

 

鳥居をくぐり、参道を少し登ると丘の頂上に来ました。

高い杉の木が神域を包み込み、早朝でもあり周囲は薄暗い。

その奥の平地に、社殿と舞台が見えました。

 

 

 

 

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< 7. 磐座 >

 

この丘の高みに磐座があり、社殿から道が続いています。

磐座(いわくら)とは、神が降臨する岩で、社殿が常設される以前の古代信仰の場所です。

岩の長軸は東を向いている。

 

 

 

 

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< 8. 阿智神社の奥宮の位置 >

 

地図の上側が西方向です。

赤の矢印が社殿、黄色の矢印が磐座の位置を示す。

この丘は二つの支流が合流して阿智川になる場所にある。

如何にも、周囲から隔絶した神域を思わせる雰囲気がある。

 

 

 

 

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< 9. 一方の支流 >

 

 

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< 10. 合流地点の川 >

 

朝の冷気の中、神域の森といい、清流といい、すべてがすがすがしい気持ちにさせます。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

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南信州を訪ねて 3: 阿智村


 

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< 1. 馬の背から北側を見た >

中央の高い峰は標高2841mの南駒ヶ岳で、手前一帯が阿智村の範囲です。

馬の背は下の地図の番号5です。

 

 

今日は、長野県南部にある阿智村を紹介します。

私達は、ここで様々な感動に巡り合えました。

 

 

 

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< 2. 阿智村 >

両地図共、上が北側です。

 

上の地図: 阿智村と訪問地を示します。

阿智村の境界は茶色の折れ線です。

赤い点や丸が訪問地です。

黄色い線は中央自動車道で、左端は恵那山トンネルになります。

 

番号1: 満蒙開拓平和記念館。

番号2: 宿泊地の昼神温泉。朝市も楽しみました。

番号3: 阿智神社奥宮。古代のロマンを感じました。

番号4: 高原「ヘブンスそのはら」で星空を堪能した。

番号5: 治部坂高原近くの「馬の背」から眺望を楽しんだ。

 

下の地図: 黄色の枠が阿智村。

中央遠方の雪を頂いた峰々は、最高峰の奥穂高岳3190mを含む北アルプスです。

その手前右側は、最高峰の駒ヶ岳を含む中央アルプスです。

その右側に伊那盆地が広がっています。

 

 

阿智村について

阿智村は長野県の南、伊那盆地の南の端に位置し、山深い谷間にあります。

ここはちょうど中央自動車道の高架下のような所で目立ちません。

 

ここを訪問した主な目的は、園原高原から「日本一の星空」を見ることでした。

そして昼神温泉を中心に観光し、この山深い所ならではの自然、作物、歴史を感じることが出来ました。

 

 

 

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< 3. 阿智村の中心部 >

国道153号線から阿智村役場の方を見下ろす。

 

上の写真: 東側を望む。ここを行くと塩尻です。

中央の写真: 眼下の盆地に阿智村役場と満蒙開拓平和記念館がある。

下の写真: 西側を望む。この山間を行くと昼神温泉、左に折れると山越えで名古屋に至ります。

 

 

 

 

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< 4. ある農家 >

 

治部坂高原に行く途中、私達は観光農園を探して、この農家を訪問しました。

残念ながら観光農園はもう止めていました。

 

このような山深い畑で多くの野菜を育てておられました。

中央の写真には、トウモロコシ畑があり、この地方の名産です。

この高地の寒暖の差が甘味のあるトウモロコシを造るのだそうです。

帰りに、たくさんのキュウリを貰いました。

 

この山深い村だからこそ、担う歴史の重みがあり、また必死に村起こしに挑んでいる。

そんな人々の心意気を感じる旅でもありました。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

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Visited a southern part of the Shinshu region 2: Komagane highland


南信州を訪ねて 2: 駒ヶ根高原

 

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< 1. A dry riverbed >
< 1. 河原 >

 

Today, I introduce Komagane highland.
We played with our grandchildren in this dry riverbed.

 

今日は、駒ヶ根高原を紹介します。
ここには孫達と河原で遊ぶ為に来ました。

 
Komagane highland
There is this highland in front of where a river flowing from Mt. Komagatake in Kiso Mountains ( the central Alps) joins Tenryu River.
This highland is 800m above sea level at the maximum in Ina Basin.
Here is a ropeway for climbing on the mountain, ski areas and hotels, and it becomes a huge resort area.

 

駒ヶ根高原
この高原は、中央アルプスの駒ヶ岳から流れる川が天竜川に合流する手前にあります。
この高原は伊那盆地で最大で、標高800mあります。
ここには登山用のロープウェイやスキー場、ホテルがあり、一大リゾート地です。

 

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< 2. Arrived at the destination >
< 2.到着 >

It was fine weather, and the sunlight was strong.

快晴で、日差しは強かった。

 

 

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< 3. Walking the suspension bridge >

< 3. 吊り橋を歩く >

 

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< 4. Views from the suspension bridge >
< 4. 吊り橋からの眺め >

Upper photo: upstream direction.
Lower photo: downstream direction.
We can see Ina Basin in the back, and beyond it, see Southern Alps.

上の写真: 上流側。
下の写真: 下流側。
遠くに伊那盆地、その向こうに南アルプス、白根三山が連なる。

 

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< 5. going down to the dry riverbed >
< 5. 河原に降りる >

Many families enjoyed playing in the water.

 

多くの家族連れが水遊びを楽しんでいた。

 

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< 6. On the dry riverbed >
< 6. 河原 >

The water of the river was not so cold because probably it was shallow.
Our grandchildren touched with nature and were joyful.
We were having happiest moment.

 

This continues the next time.

 
川の水は、浅いせいかそれほど冷たくなかった。
孫たちは、自然と戯れ喜々としていた。
至福の時が流れて行きました。

 
次回に続きます。

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Visited a southern part of the Shinshu region 1: Narai-juke, a post town


南信州を訪ねて 1: 奈良井宿

 

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< 1. Narai-juke >
< 1.奈良井宿 >

 

From now on, I introduce a Southern part of Nagano prefecture that we traveled in summer.
Today, I introduce the Narai-juke that is a one of old post towns.

 

これから、夏に旅行した長野県南部を紹介します。
今日は古い宿場町の奈良井宿を紹介します。

 

Abut this trip
We went round each place by our car.
The period is from August 19 to 22, 2016.
I can’t introduce the sightseeing of the 20th due to a drizzle.
But it was fine weather every day except for the day.

 
今回の旅行
車で各地を巡りました。
期間は2016年8月19日から22日までです。
20日の観光は霧雨で紹介出来ませんが、他は快晴に恵まれました。

 

2訪問地2
< 2. visited places >
< 2.今回の訪問地 >
Upper side of the photo is the north side.

 

No. 1: Narai-juke.
We walked around the old post town.

 

No. 2: Komagane highland.
We played with our grandchildren in the riverbank.

 

No. 3: Achi village
We visited the Peace Memorial Hall for Volunteer Pioneer of Manchuria and Mongolia, and the inner shrine of Achi-jinja Shrine.
We stayed at Hirugami Onsen, a hot spring resort and went to the morning market.

 

No. 4: “Heavens Sonohara” , a plateau.
We had gazed at the star-sprinkled sky while sitting on the plateau at the night.

 

No. 5: Jibusaka Kougen, a plateau.
We enjoyed a view from the peak called a horseback.

 

上側が北です。

 

番号1: 奈良井宿。
宿場町を散策した。

 

番号2: 駒ヶ根高原。
河原で孫と遊びました。

 

番号3: 阿智村。
満蒙開拓平和祈念館、阿智神社奥宮を訪問した。
昼神温泉に宿泊し、朝市に行きました。

 

番号4: ヘブンスそのはら。
夜の高原で満点の星空を観察しました。

 

番号5: 治部坂高原。
峰(馬の背)から眺望を楽しみました。

 

3map

< 3. Maps of Narai-juke >
< 3.奈良井宿の地図 >

 

Upper photo: the five land traffic routes in the Edo period.
Nakasen-do Road is indicated in a brown line connecting between two red points, and connected Edo and Kyoto.

 

Central photo: upper side of the photo is the north side.
A elongated town is Narai-juke, and if you go to the right-hand road, you can arrive at Edo.

 

Lower photo: the expansion of Narai-juke.
We parked our car in a parking area B and crossed a big bridge.
we started to take a walk from the east end S, and turned back at the west end E.

 
上の写真: 江戸時代の五街道。
中山道は茶色線で、赤丸の京都と江戸を結んだ。

 

 

中央の写真: 写真上が北。
中央の街並みが奈良井宿で、右に行けば江戸に至る。

 

 

下の写真: 奈良井宿の拡大。
駐車場Bに車を止めて、大きな橋を渡った。
東端のSから散策を始め、西端のEで折り返した。

 

 

Narai-juke
Narai-juke was one of the post towns on the Nakasen-do Road, and was flourished by travelers who prepared crossing the “Torii Pass” which was hardest pass on the Kiso.
In addition, Narai-juke is at the highest altitudes in the Nakasen-do Road, and the town having approximately 1km long is the longest post town in Japan.
Narai-juke was established as a relay station in 1601, and there were 8 various accommodations for samurai and average people.
Narai-juke was famous for the wood industry such as lacquerware and hair comb, and these were popular as a souvenir of travelers.

 

Nakasen-do Road connected between Edo and Kyoto, and passed through mountain area unlike Tokai-do Road passing along sea shore.
In despite of flat road, Tokai-do Road had defects such as getting stuck at swollen rivers, and strict controls.
Thus, 67 post towns and Narai-juke on Nakasen-do Road prospered in the Edo period.

 
奈良井宿
ここは中山道の宿場町で、木曾の難所、鳥居峠を南に控え、多くの旅人が泊まった。
また中山道の中で最も標高が高く、約1kmの街並みは日本最長の宿場町です。
1601年に宿駅に指定され,江戸時代後期には本陣1軒・脇本陣2軒・旅籠5軒があった。
江戸時代から曲げ物、櫛、漆器などの木工業が盛んで、旅の土産物として人気があった。

 

中山道は京都と江戸を結び、海岸沿いの東海道に比べ山間部を通った。
平坦な東海道であったが、増水した川での足止め、厳しい取り締まりなどの欠点があった。
こうして中山道の67箇所の宿場、そして奈良井宿は江戸時代に栄えた。

 

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< 4. parking area B >
< 4.駐車場Bにて >

 

Upper photo: Kiso-Ohashi bridge.
this is a largest class in wooden bridges which don’t have a supporting beam.

 

Central photo: I saw the east side from the top of the bridge.
Going this direction, the road goes through Shiojiri and reaches Edo.

 

Lower photo: I saw the west side from the top of the bridge.
There is Torii Pass in this side and the road reaches Kyoto.

 
上の写真: 木曽の大橋。
橋脚を持たない木製の橋としては大きい。

 

中央の写真: 橋の上から東側を望む。
塩尻を抜け江戸に至る。

 

下の写真: 橋の上から西側を望む。
こちら側に鳥居峠があり、京都に至る。

 

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< 5. finally enters the post town >
< 5.いよいよ宿場に入る >

 

Upper photo: the east end S.
Lower photo: the street.
There is a water fountain at the near left side.
These were 6 water fountains for travelers passing through Narai-juke.

 
上の写真: 東端の地点S.
下の写真: 街並み。
左側の手前に水場がある。
ここには6か所の水場があり、当時の旅人の喉を潤した。

 

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< 6. appearance of the street, 1 >
< 6. 街並み 1 >

 

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< 7. appearance of the street, 2 >
< 7. 街並み 2 >

 

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< 8. inside view of 3 houses >
< 8. 建物の中を覗く >

 

Upper photo: a shop of folk art object.
Central photo: a shop of lacquerware.
Lower photo: a Japanese inn.
There are some inns, ryokan and minshuku opening now.

 

上の写真: 民芸品の店。
中央の写真: 漆器の店。
下の写真: 旅館。
現在も営業している旅館や民宿があります。

 

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< 9. I reach the west end soon >
< 9. そろそろ端に来ました >
Upper photo: a temple.
Central photo: a Shinto shrine was seen at the back of the street.
Here is the west end E.

 

Lower photo: Kosatsu site(street bulletin board).
This is the site that Shogunate and feudal lords wrote a law and rules to the board and put up it here.

 
上の写真: 浄龍寺。
中央の写真: 通りの向こうに神社が見えて来た。
ここが西の端、地点Eです。

 

下の写真: 高札場。
ここは幕府や領主が法律や掟を板に書いて掲げた場所です。

 

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< 10. at the west end of the post town >
< 10. 宿場の西端 >

 

Upper photo: I see the Shinto shrine from the street.
Lower photo: I see the street from the Shinto shrine.
There is a water fountain and Kosatsu site at the near left side.

 

This continues the next time.

 
上の写真: 通りから鎮神社(しずめ)を見る。

 

下の写真: 鎮神社から通りを見る。
左側の手前に高札場と水場が見える。

 
次回に続きます。

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地中海クルーズとカナリヤ諸島クルーズ 29: ローマ3、終わり


 

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< 1.コンスタンティヌスの凱旋門、4世紀  >

 

 

今日は,この旅行記の最後になります。

ローマを紹介して、この旅行を簡単に振り返ります。

 

 

 

 

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< 2.サンタンジェロ城、2世紀 >

 

 

 

 

 

 

3

< 3.テヴェレ川沿い >

上の写真: テヴェレ川の向かいにアヴェンティーノの丘が見える。

ここはローマの発祥の地となった七丘の一つで、5世紀に遡る教会がある。

 

中央の写真: このテヴェレ川の右岸がアヴェンティーノの丘。

下の写真: 「真実の口」の彫刻があるサンタ・マリア・イン・コスメディン教会。

 

 

 

 

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< 4. パラティーノの丘 >

上の写真: 手前の広場は紀元前の戦車競技場跡、チルコ・マッシモ。

その後ろはパラティーノの丘で、最も歴史が古く、ローマ建国神話に繋がる紀元前8世紀に遡る。

この丘の奥に古代ローマの遺跡で有名なフォロ・ロマーノがある。

 

下2枚の写真: 上記の拡大。

 

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< 5.コロッセオ >

 

 

あまりにも有名な円形競技場コロッセオです。

左にコンスタンティヌスの凱旋門がある。

 

 

 

 

 

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< 6. コロッセオとフォロ・ロマーノ >

 

コロッセオの向こうにフォロ・ロマーノが見える。

 

 

 

 

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< 7. チビタベッキアに向けて 1 >

 

いよいよ帰国の途に着きます。

チビタベッキア港からジェノバに戻り、ミラノから空路で帰国です。

 

 

 

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< 8.チビタベッキアに向けて 2 >

 

この日は折しも曇天で、旅行の終わりがよりわびしくなりました。

 

 

ローマに思う

イタリアは私にとって古代ローマから中世に至るヨーロッパ史を知るには重要な所と考えていました。

しかし、今回ミラノ、ジェノバ、ローマを観光して、その思いは萎えてしまいました。

特に、ローマの中心部の街並みを見るにつけ、すべてが古いままのたたずまいであることに不安を感じた。

 

これでは観光地としては良いが、発展への妨げになるのではないかと思えた。

 

 

私は人類の未来を知る為に、以前は先史から古代史を理解することが大事だと考えたが、今は直接的に中世以降の世界の紛争や戦争に関心があります。

その意味で、私にはローマが遠い存在になってしまったようです。

 

 

 

 

 

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*9

 

この旅行を終えて

 

この15日間の旅行、内12日間のクルーズは、私達夫婦にとって貴重な経験でした。

出発前、初めてのことで色々不安はあったが添乗員のおかげで無事、かつ充分な満足感を持って終えることが出来た。

 

数々の思いでが蘇ります。

イタリア3都市、スペイン2都市、モロッコ1都市、大西洋の2島を観光した。

冬の地中海と大西洋を経験し、大航海時代の始まりを告げる2島を見た。

この島では、大自然を感じることが出来た。

アフリカのイスラム圏であるカサブランカを体験した。

二度目のスペインで、ガウデイとピカソに触れることが出来た。

クルーズ船内の生活をエンジョイし、クルーズならでは街歩きを楽しんだ。

様々な遺跡、景色、洋上の朝日夕日を写真に撮った。

そして、海外の人々と船内や町歩きで触れ合うことが出来た。

 

すべて貴重で楽しい思い出になりました。

 

 

 

 

 

 

10

*10

 

 

長らくこの旅行記にお付き合い頂きありがとうございました。

 

10月には、ロシア、バルト三国、ポーランドを巡る旅に行きますので、報告することを楽しみしています。

 

 

 

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淡路島の山上からの夜景


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*1

 

淡路島の山上からの夜景を紹介します。

撮影は2016年8月12日、夜9時頃です。

 

 

 2DSC04631-1

< 2.神戸方面を望む >

一番明るいのは須磨方面で、その右側遠方が神戸方面です。

この日は流星群を見るために山上に行きました。

二つの流星を見ることが出来ました。

 

空は晴れていたのですが、この時期、淡路島全体がすっぽりと水蒸気に包まれており、月の光がそれに乱反射し、天空がほんのり乳白色になっているように感じました。

星はくっきりとは見えませんが、味わい深い夜景が広がっていました。

残念なことに、私の写真ではその雰囲気をお伝え出来ませんでした。

 

 

 

 

 

3DSC04632-2

< 3.眼下に大阪湾を望む >

 

 

4DSC04641-1

< 4.月を見上げる >

 

この南の方向に淡路島の山の稜線が伸びているのですが、遠くの山影は写っていませんでした。

 

 

5DSC04644-1

< 5.明石海峡大橋が見える >

 

この町の明かりは明石海峡の対岸にある明石の街並みです。

 

 

いつか鮮明な夜景を紹介したいと思っています。

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地中海クルーズとカナリヤ諸島クルーズ 26: マラガ 2


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< 1.ピカソの像 >

 

 

今日は、マラガの後半、ピカソに関連するものを主に紹介します。

 

 

 

2

< 2. カテドラルからメルセー広場に向かう >

 

上の写真: カテドラルの北側。

中央の写真: 賑やかな通り。

下の写真: 通りのベランダ。

 

 

 

 

 

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< 3. サンティアゴ教会 >

上の写真: 教会の正面。

マラガがキリスト教徒に奪還された3年後の1490年に建設された。

ピカソが洗礼を受けた教会らしい。

入場しなかった。

 

下の写真: 教会の尖塔。

尖塔の側面の模様にはイスラム文化(ムデハル様式)の影響が色濃く残っている。

 

 

 

 

 

 

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< 4. メルセー広場とピカソの生家 >

上の写真: 通りからメルセー広場が見えた。

中央の写真: メルセー広場。

この広場の奥の方にピカソの像(No.1の写真)と生家がある。

ピカソはこの広場で10才まで遊んだ。

 

下の写真: 正面の建物の左側1階に、生家への入り口がある。

入場しなかった。

 

 

 

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< 5. ピカソ美術館 >

 

美術館のホームページ。

http://www.museopicassomalaga.org/en/history-mpm

 

上の写真: 16世紀の宮殿を改造した美術館。

塔の左側に入り口がある。

ピカソの親族からの寄贈された200点ほどの作品が収められている。

 

下の写真: 美術館内。

 

 

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< 6. ピカソの美術館作品 1 >

ピカソの作品を古い方から並べました。

 

No.1: OLGA KHOKHLOVA IN A MANTILLA、1917年作。

No.2: MATHER AND CHILD、1921年作。

No.3: WOMAN WITH RAISED ARMS、1936年作。

 

ピカソについて

ピカソは1881年にマラガで生まれ、11歳にはここを出てスペイン内の二か所の美術学校で学んだ。

21歳で、パリに居を構え制作に専念し、その後もフランスで活動し、1973年に死去した。

 

 

彼はキュビスム(No.3、4のような作品)の創始者の一人ですが、彼の作風はめまぐるしく変化した。

その変化の陰に、数多くの女性がいた。

ピカソはその出会いから多くのインスピレーションを受けたが、悲劇的な結末をむかえた女性もいた。

美術館の解説で、多くの妻や子供のエピソードが絵に込められているのが面白かった。

 

 

 

 

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< 7. ピカソの美術館作品 2 >

 

No.4: JACQUELINE SEATED、1954年作。

No.5: BATHER PLAYING、1958年作。

No.6: BATHER、1971年作。

 

 

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< 8.アルカサバ >

 

上の写真: パセオ・デル・パルケ通りから見た。

中央の写真: 西側から見た。

下の写真: 埠頭から見た。

 

この城塞は古代ローマの要塞跡に、11世紀中期にイスラム教徒によって建設された。

残念ながら入場していないが、写真で見る限りグラナダのアルハンブラ宮殿と似た造りです。

 

やはり、この地にはイスラム文化が色濃く残っていたに違いないと思った。

 

 

 

 

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< 9. 市役所の前で >

 

街歩きを終えて戻っている時、マラガ市役所の前で、報道陣に囲まれた一団がいた。

彼らは、テロ犠牲者の家族だそうです。

 

治安が良いこの地でテロがあったことに驚いた。

 

 

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< 10. マラガとお別れ >

 

これでマラガの紹介は終わります。

 

次回に続きます。

 

 

 

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Visiting from Tajima shore to Tango Peninsula 11:  Visiting Tango Peninsula 3


但馬海岸から丹後半島を巡って 11: 丹後半島を巡る 3

 

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< 1. Ine bay >
< 1.伊根湾  >

 

I introduce scenes from Ine bay in Tango Peninsula to Amanohashidate today.
This is the end of my itineraries of when I traveled from May 12 to 14, 2016.

 

今日は、丹後半島の伊根湾から天橋立を紹介します。
これで2016年5月12~14日の旅行記を終わります。

 

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< 2.  Maps show we visited places, its top is the north  >
< 2.旅行したルート、上が北  >
Upper map: A red line shows areas that I already introduced, and a yellow line shows areas that I introduces from this time.
Lower map: a yellow line shows areas that I introduces from this time.
Two red arrows show famous sightseeing areas, Ine bay and Amanohashidate.
上の地図: 赤線がこれまで紹介した所で、黄線が今回紹介する所。
下の地図: 今回、ドライブした所。
赤の矢印が有名な観光地、伊根湾と天橋立です。

 

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< 3. Ine bay  >
< 3. 伊根湾 >
Upper photo: this is a satellite photo that is a expansion of Ine bey.
The map’s top is the north.
A yellow circle is an observation deck in “Funaya” (boat houses) of Ine bay.
No. 1 and 2 are the shooting locations from the port.
A red arrow shows the direction that I took the lower photo from.

Lower photo:  I watch Ine bay from the south side.

 
上の写真: 衛星写真を拡大。上が北です。
黄丸が伊根湾舟屋群展望台、番号1と2が港からの撮影地点です。
矢印は下の写真を撮影した方向を示します。

下の写真: 伊根湾を南側から見ている。

 

4

<  4. Scenery of When I was crossing a mountain >
< 4.山越えの景色 >

 

This time, the road along the shore from Kyougasaki cape was closed suddenly, so we crossed the mountain and went to Ine bay.

Upper photo: we can see the sea of Tango-matushima distantly.
Lower photo: a stock farm on the way.
There were persons who enjoyed collecting edible wild plants of spring.

 
今回、経ケ岬からの海岸沿いの道が通行止めで、山越えで伊根湾に向かった。

上の写真: 遠くに丹後松島の海が見える。
下の写真: 途中の牧場。
春の山菜採りを楽しむ人々がいた。

 

5
< 5. I am overlooking Ine bay from the observation deck >
< 5.展望台から伊根湾を見下ろす >
These photos are arranged from the top in order of taking the photos from the left side to right side.

The reason why this Ine fishing port is a natural good port is that three elements overlapped.
There is a large volume of fish caught in Wakasa bay.
Then, the bay is oriented to the south that doesn’t suffer from winter angry waves while it faces the Sea of Japan.
Furthermore, the wind has little influence on the big bay because there is an island in the center of the entrance of the bay.

 

上から順番に左側から右側を見ている。

この伊根港が天然の良港なのは三つの要素が重なったからです。
一つは魚影が濃い若狭湾にあること。
次いで、日本海にありながら冬の荒波を受けない南向きにあること。
さらに、湾の入口中央に島があり、風の影響が少ないこと。

 

6
< 6. expansion of boat houses  >
< 6.舟屋群の拡大 >

 

 

7
< 7. Views from No.1 of the map  >
< 7.地図番号1からの眺め >

 

8

<  8. Views from No.2 of the map >
< 8.地図番号2からの眺め >

 
Lower photo: “Funaya” (boat houses).

The first floor is garage-like space at sea level for mooring a boat and families live on the floor above.
It is because the wind has little influence on the Ine bay

 

下の地図: 舟屋の拡大。

舟屋は、1階が船の格納庫で2階が居室になっています。
船を海から直接にこの格納庫に入れることが出来ます。
これも波の影響が少ない伊根湾ならではです。

 

9
<  9.  sceneries between Ine bay and Amanohashidate >
< 9. 伊根湾を出て天橋立まで >

Upper photo: I see the back (the south side) of Wakasa Bay.
Central photo: I see a peninsula at the back of Miyazu bay.
Lower photo: a green thin belt that is extending over the sea is rows of approximately 8,000 pine trees of Amanohashidate.

Thank you for affection you have read this article for a long time.

 

上の写真: 若狭湾の奥(南側)を望む。
中央の写真: 宮津湾の向こうに岬が見える。
下の写真: 緑の細く続く帯が天橋立の約8000本の松並木です。

長らくお読みいただきありがとうございました。

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Visiting from Tajima shore to Tango Peninsula 10:  Visiting Tango Peninsula 2


但馬海岸から丹後半島を巡って 10: 丹後半島を巡る 2

 

1
< 1. Lighthouse of Kyougasaki cape >
< 1. 経ケ岬の灯台 >

I introduce scenes from Tango-matushima to Kyouga-cape.

今日は、丹後松島から経ケ岬までを紹介します。

 

 

 

2
< 2.  map of places we visited >
< 2.今回の訪問地MAP >
Upper photo: this shows the range that we visited this time.
The map’s top is the north.
We started from the left side ( west side).

Lower photo: this shows the range I introduce with my photos.
The map’s top is the south.

No.1= Inugasaki park. No.2= a cape. No.3=Kyougasaki cape.

上の地図: 今回走った範囲です。上が北です。
左側(西側)からスタートしました。

下の地図: 写真で紹介する範囲です。上が南です。
番号1=犬ケ岬園地。番号2=岬。番号3=経ケ岬。

 

 

3

< 3. Views of Tango-matushima from Inugasaki park >
< 3. 犬ケ岬園地から丹後松島を望む >
A cape thrusting into distant sea is Kyougasaki cape that is the northern end of Kyoto prefecture.
As we rotate around that cape, we go along Wakasa Bay.


It is the video of 19 seconds that I shot here.

遠くに突き出している岬が京都の最北端になる経ケ岬です。
あそこ回ると若狭湾に沿って進むことになります。

この場所から撮影した19秒のビデオです。

 

4
< 4. the cape 1 >
< 4. 岬から 1 >
When we are driving a car, I found a favorite cape.
This cape was shown No.2 of the map.

車で走っていて、気に入った小さな岬を見つけました。
この岬は地図番号2です。

 

5
<  5. the cape 2 >
< 5.岬から 2 >
I was surprised that people have made many fields on top of the narrow cape, and moreover have built their graveyard on the tip.
It was just time of the rice planting.
Their village stretches long and thinly on the mountain-side slope across the road.

私が驚いたのは、海に突き出した細い岬の上に田畑を作り、その突端に墓地を設けていたことです。
ちょうど田植えの時期でした。
村は道路を挟んで山側斜面に細長く広がっていました。

 

6
< 6. the cape 2  >
< 6.岬から 3 >

It is a view of the west side from the cape.
Inugasaki cape is seen distantly.
A small fishing port is seen on the way.

岬の突端から西側を望む。
犬ケ岬が遠くに見える。
途中に中浜漁港が見える。

 

7
< 7. Views from the observation deck on the Kyougasaki cape >
< 7. 経ケ岬の展望台から >
I overlook the west side from the observation deck.
Upper photo: Tango-matushima.
Lower photo: an expansion of the upper photo.
A yellow arrow shows the cape having the graveyard.
The sea side of the graveyard is covered in the trees of windbreak.

展望台から西側を見下ろしている。
上の写真: 丹後松島を見ている。
下の写真: 上の写真の拡大。
黄色い矢印が、先ほどの墓地がある岬を示している。
墓地の海側は風除けの木々で覆われている。

 

8

< 8. at the front of Kyougasaki cape  >
< 8. 経ケ岬の手前から >
Upper photo: a hill of Kyougasaki cape is seen.
We climbed from the parking area to the observation deck being in the top.

Lower photo: I look at the opposite direction (the west side).
A bathing beach and fishing village are seen.

Untouched nature remains on the shoreline that we drove a car along, and this is a wonderful place for sea creature (Takeno Beach etc.).

上の写真: 経ケ岬の山が見える。
私達は駐車場からあの頂上にある展望台まで登った。

下の写真: 逆方向(西側)を見ている。
袖志海水浴場と村が見える。

今回、走った海岸線には自然が多く残っており、海の生き物にとって素晴らしい所(竹野海岸など)です。

 

 

9
<  9. Kyougasaki cape >
< 9. 経ケ岬から >
A parking area is seen at the lower right.
The back of this sea is Wakasa Bay.

This continues the next time.

右下に駐車場が見える。
この海の奥は若狭湾です。
駐車場から展望台に登る途中で撮影した。
次回に続きます。

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Visiting from Tajima shore to Tango Peninsula 9:  Visiting Tango Peninsula 1


 

但馬海岸から丹後半島を巡って 9: 丹後半島を巡る 1

 

1

< 1. The island of Taiza fishing village >
< 1. 間人(たいざ)の城島 >

From today, I introduce Tango Peninsula in North Kyoto.
今日から、京都北部の丹後半島を紹介します。

 

2全体地図
< 2. maps of Tango Peninsula and Amino >
< 2. 丹後半島と網野の地図 >
Upper map: the red line is our route of Tango Peninsula.
The top of the map shows the north.
Today, I introduce No. 1 Amino, No. 2 Taiza, and No. 3 Tateiwa rock.

Lower map: this is a satellite photo that is a expansion of Amino (NO.1) in the upper map.
The top of the map shows the south.
No. 1 is the ancient burial mound of Choshi mountain I introduce today.
NO.2 is a peninsula with an ancient burial mound in the lake, NO.3 is the beach, and No. 4 is Amino fishing port that I introduced previous time.

上の地図: 赤線が私達がドライブした丹後半島のコースです。
上が北です。
今日、紹介するのはNo.1の網野、No.2の間人、No.3の立岩です。

下の図: 上図のNO.1の網野を拡大した衛星写真です。
上が南です。
今日、紹介する銚子山古墳はNO.1です。
NO.2は離湖の古墳がある半島、NO.3は八丁浜、NO.4は網野漁港で、前回紹介しました。

 

3銚子山
< 3.  the ancient burial mound of Choshi mountain >
< 3. 銚子山古墳 >
Upper map: this ancient burial mound was built on the edge of the small hill at the end of fourth century.
The top of the map shows the north.
We walked along the brown line.

Lower map: a detailed map of the ancient burial mound.
The large keyhole-shaped tomb mound in the center is 200 meters in the total length, 20 meters in height, and has two small ancient burial mounds at the both sides.
This ancient burial mound is the largest in the Sea of Japan side, and “ three ancient burial mounds by the Sea of the Japan” including it are all in this Tango Peninsula.

It suggests this area were connected to Yamato sovereignty in Nara, and this king had extensive authority.
In addition, we saw this area were connected with the continent at previous time.

上の地図: この古墳は小高い丘の端に、4世紀末に造られた。
上が北です。
私達は茶色の線を歩きました。

下の地図: 古墳の詳細図。
中央の前方後円墳は全長200メートル、高さ20メートルで、その両側に二つの小さな古墳を持っている。
この古墳は日本海側で最大級であり、丹後半島にはこれを含めた日本海三大古墳がある。

如何にこの地が奈良のヤマト王権に繋がり、ここの王が力を持っていたが伺える。
また、大陸とも繋がりがあったこも前回見ました。

 

 

4a

< 4. walking on the top of the ancient burial mound  >
< 4.古墳の頂上を歩く >
Upper photo: walking the northeast side of the burial mound.
You can see the steps at the end of the road.

Lower photo: a view of top like circle mound from under the steps.

上の写真: 古墳の前方部(北東側)を歩いている。
奥に階段が見える。

下の写真: 階段下から後円部の頂上を見ている。

 

5a

< 5. Views from the burial mound  >
< 5. 古墳からの眺め >
Upper photo: a view of seaside from the circle mound.
When it was built, under this mountain was a lagoon.

Lower photo: a view of the mountain side (southeast side) from the road.

上の写真: 後円部頂上から海側を見ている。
これはパノラマ合成写真で、通常より視野角は広い。
古墳が造られた当時は、この直ぐ下が潟湖だった。

下の写真: 前方部から山側(東南側)を見ている。
丘の上は畑作が行われていた。

 

6
< 6. seashore on the way to Taiza >
< 6. 間人までの海岸 >
Upper photo: a small hill thrusting into the sea is around Taiza.
Lower photo: looking back at our road from Taiza.

上の写真: 海に突き出した小山が間人の城島です。
下の写真: 間人側から来た道を振り返る。

 

7

< 7.  Taiza fishing village >
< 7. 間人(たいざ) >
Upper photo: a small island connecting the village with a bridge.
Central photo: a shrine in the island.
Lower photo: the fishing port.

This port is famous for snow crab, and this area has many legends concerning Prince Shotoku ( the 6th -7th century).
In addition, there was once a custom of facing a dead person toward continent and burying it.
This also indicates the connection with an Imperial Court of Nara in ancient times and with the continent.

上の写真: 城島。
中央の写真: 城島の神社。
下の写真:  間人漁港。

この地はズワイガニ(間人蟹)で有名で、聖徳太子に纏わる伝説が多い。
また、死者を大陸に向けて埋葬する風習がかって残っていた。
ここにも、奈良の古代朝廷と大陸の繋がりがあった。

 

8

<  8. inlet of the port >
< 8. 間人の入り江 >
we see colorful seaweeds in pellucid seawater.

透明な海中に色とりどりの海藻が見える。

 

9
< 9.  going a circuit of the island >
< 9. 島を一周 >

 

10
< 10. Tateiwa rock >
< 10.立岩 >
高さ20mの柱状節理の岩が海岸に突き出している。

Impression
I was often surprised when I went round this peninsula without preparing.
This secluded area facing the Sea of Japan had ever the connection with continent and ancient Nara.
I find an ancient romance in original scenery of Japan.

This continues the next time.
感想
下調べもせずに、この地を巡っていると驚くことが多かった。
この日本海に面したへんぴな地が、かつては大陸と古代の奈良と繋がりがあったのです。
原風景の中に古代のロマンを見た。
次回に続きます。

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地中海とカナリヤ諸島クルーズ 19: テネリフェ島 1


1

< 1. テイデ山 >

 

今日から、数回に分けてスペイン領カナリヤ諸島にあるテネリフェ島を紹介します。

この日の観光は、自然の神秘さや雄大さ、異様さに驚かされた1日でした。

2016年3月8日に訪れました。

 

テネリフェ島について

この島は標高3718mの火山テイデが大西洋から突き出した形をしており、島の最大長さは約80kmあります。

 

私が旅行前に興味を持っていたのは、この大西洋上の島々がイベリア半島の航海者達に遠洋航海を慣れさせ、大航海時代が始まるとアメリカ大陸への中継地となったことでした。

しかし来てみると、この島は人口90万を擁する瀟洒な建物が並ぶ大リゾート地でした。

 

しかし、驚きはそれだけではなかった。

 

 

2map

< 2. テネリフェ島の地図 >

上の地図: 三つの赤丸は寄港地を示しています。

黄線は航路で、我々はカサブランカからテネリフェ島に行き、次いでマデイラ島に寄り、地中海に戻ります。

 

真ん中の写真: 我々の船は赤矢印のサンタクルス港に着岸し、そこからバスに乗り黄線の峰伝いに進んだ。

青い矢印が途中、休憩したレストランです。

今日の写真は、この間のものです。

テイデ山の火口部とサンタクルスの町の紹介は後になります。

 

3

< 3. 漆黒の向こうに、島の灯りが >

 

夜明け前から、待ちきれずデッキに出て島影を追いました。

遙か遠くに、町の灯りで皿を伏せたような島影が浮かび上がっていました。

島に近づくにつれて、島は厚い雲で覆われているのがわかりました。

全景が見られないのは無念であったが、微かに見える海に落ち込む裾野はその長大さを想像させるには充分だった。

 

 

4

< 4. テネリフェ島に上陸 >

 

夜明け後、下船し観光バスに乗り、一路、テイデ山に向かう。

途中、飛行場のあるかつての主都、ラ・ラグーナを抜けて進む。

厚い雲に覆われた森林を進む内に、私は意気消沈気味になっていた。

 

 

5

< 5. 厚い雲を抜けると >

 

かなり標高を上り森の様子が変わる頃、厚い雲は途切れ始め、やがて大きく視界が広がった。

我々は、何時しか雪で覆われた山肌に囲まれていた。

そしてギラギラ輝く太陽が降り注いでいた。

 

 

6a

< 6. 雲海の上 >

 

雲海はテネリフェ島から遙か遠くまで広がっていた。

 

 

7

< 7. テイデ山の山頂を望む >

 

途中、バスを下車して、しばし撮影タイム。

 

この場所で撮影した18秒の映像です。

https://www.youtube.com/watch?v=yiefS_miSo8

 

8a

< 8. レストランにて >

 

道路の分岐点にレストラン、Restaurante El Portilloがあり、ここで休憩を取りました。

着いた時は晴れていたのですが、またガスがかかり始めました。

ここには観光客だけでなく、登山を楽しむ人がここから出発していました。

テイデ山の頂上が大きく見えて来ました。

次回は、この道を進んだ所にある山頂の南側に広がる火口を紹介します。

 

9

< 9. テイデ山に別れを告げて >

 

この2枚の写真は、火口を観光後、午後、帰路についたバスから撮影したものです。

正に、神が与えたもうた景色。

この時期、大西洋上で雪山を見るとは思っていなかった。

 

10

< 10. 雲海に向かって下山 >

 

素晴らしい景色ともお別れです。

 

 

次回は火口を紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Visiting from Tajima shore to Tango Peninsula 5: went along Tajima shore


但馬海岸から丹後半島を巡って 5: 但馬海岸を行く

 

1

  • * 1

 

Today, I introduce the scenery from Yumura Onsen to the estuary of Maruyama River.

We saw fisherman villages and beaches while we drove through mountain villages and drove along Tajima shore.

 

今日は、湯村温泉から円山川の河口までの景色を紹介します。

山村を抜け、但馬海岸の海岸線をドライブし、漁村と浜を眺めました。

 

 2map

< 2. sightseeing map >

< 2. 観光地図 >

 

Two red markings show Yumura Onsen and Hamasaka Port that I already introduced.

A-F in the map is mainly spots that I took a picture.

 

赤い印は既に紹介した湯村温泉と浜坂港です。

AからFが写真で紹介する景色です。

 

 

 

 3

< 3. a shrine by a mountain village, A of the map >

< 3. 金屋と熊野神社、地図番号A >

 

On the way to Hamasaka port from Yumura Onsen, there was original scenery of Japan.

The shrine was in the deep forest by a small village.

 

湯村温泉から浜坂港までの途中に、日本の山村に残る原風景がありました。

小さな村のすぐ横の深い森に神社が建っていました。

 

 

 4

< 4. Amarube, B of map >

< 4. あまるべ、地図番号B >

 

Formerly, the railroad bridging of the right hand was famous for beautiful iron bridge, but it was reshaped since a train fall accident of 30 years ago.

 

以前、右手の鉄道架橋は美しい鉄橋で有名でしたが、30年前の列車転落事故により造り直されました。

 

 

5

< 5. Kasumi, C of map >

< 5. 香住、地図番号C >

 

This port town was crowded with crabbing in winter, but was empty at this time.

We had lunch in tribute to crab here.

The sky began to cloud over suddenly.

 

この港は、冬に蟹漁で賑わいますが、この時期は閑散としていました。

ここで蟹にちなんだ昼食を頂きました。

急に空が曇って来ました。

 

 6

< 6. spots near to Kasumi port >

< 6. 香住港の近く >

 

Two lower photos, D of map: a bathing beach.

下2枚の写真、地図番号D: 佐津海水浴場。

 

 7

< 7. neighborhoods of Takeno beach >

< 7. 竹野浜付近 >

Lower photo, E of map: Takeno bathing beach.

下の写真、地図番号E: 竹野浜海水浴場。

 

In the summer about 30 years ago, I came here for sea bathing with my family well.

And I came to Kannabe Kogen of this mountainside for skiing in winter.

I brought back pleasant memories.

 

30年ほど前の夏、家族を連れて海水浴によく来ました。

冬はここの山手にある神鍋高原にもスキーに来ました。

楽しい思い出で蘇ります。

 

 8

< 8.  neighborhoods of the estuary of Maruyama River >

< 8. 円山川の河口付近を望む >

 

Upper photo, F of map: the shoreline of Tango Peninsula extends in the back.

 

Now this sea is calm, but this Sea of Japan becomes stormy in winter.

Thereby, this shoreline becomes rugged, and this sea near to the deep mountains brings rich food.

However, the fisherman must fish at the risk of life.

 

This continues next time.

 

 

上の写真、地図番号F: この奥に丹後半島の海岸線が延びています。

下の写真: この険しい崖の松の木に隼が生息している。

今回の旅行で、幾度か崖に照準を合わせたカメラマン達の姿を見た。

 

今は穏やかな海だが、この日本海は冬に大しけになる。

それで海岸線は荒々しくなり、深い山が迫るこの海は豊かな幸をもたらすことになる。

しかし漁師は命がけで漁をしなければならない。

 

次回に続きます。

 

 

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Visiting from Tajima shore to Tango Peninsula 4: Pleasure boat of Tajima shore


但馬海岸から丹後半島を巡って 4: 但馬海岸の遊覧船

 

1

  • * 1

 

We went around Tajima shore of San’in Kaigan Global Geopark with a pleasure boat on May 13, 2016.

On this day, it was fine, and I enjoyed watching various strangely shaped rocks along with being blown by a sea breeze.

 

2016年5月13日、午前中、山陰海岸ジオパークの但馬海岸を遊覧船で巡りました。

この日は快晴で、爽やかな潮風に吹かれて奇岩を楽しみました。

 

 

2

< 2. map >

< 2.地図 >

Upper photo: the green range is San’in Kaigan Global Geopark, and spans about 100 km from east to west.

Two yellow wide arrows indicate each range of below two maps, and three blue arrows do the Hamasaka port that our Pleasure boat sailed from.

 

Lower photo: this satellite photo is a view from the north side.

A blue long oval shows the range of the pleasure boat.

We did a round trip of embarkation along the shoreline of approximately 9 km for 50 minutes from 10:00.

 

上の地図: 緑色の範囲が東西100kmに及ぶ山陰海岸ジオパークです。

黄色の矢印は下の地図の範囲を示し、青の矢印は遊覧船が浜坂港から出航することを示している。

 

下の地図: この衛星写真は北側から見ています。

青の楕円が遊覧船の範囲で、矢印は出航を示す。

10時から50分間の乗船で、約9kmの海岸線を往復した。

 

 

 

3

< 3. finally start >

< 3. いざ出発 >

Upper photo: our boarding boat was new glass-bottom boat.

Central photo: Hamasaka Port and the cityscape that we sailed now.

Lower photo: The rugged cliff that we see first.

 

上の写真: 乗船した遊覧船は新造されたばかりのグラスボートでした。

真ん中の写真: 今、出航して来た浜坂港と町並みが見える。

下の写真: 最初に見に入る荒々しい崖。

 

 

4

< 4. strangely shaped rocks >

< 4. 奇岩 >

Lower photo: The pattern of dislocation of the rocks running perpendicularly is similar to a dragon ascending to the sky.

 

上の写真: 鬼門岬。

下の写真: 竜宮洞門。

垂直に走る断層の模様は、龍が天に昇る姿に似ている。

 

 

About San’in Kaigan Global Geopark

These beautiful appearances of shore are constructed from various rocks, which had been created by the volcanic activity, and were changed by repeated mountain making and the abrasive action.

The Japanese archipelago began to separate from a continent since 23 million years ago, and the Sea of Japan was made before long.

It can be said that this scenery and rich and varied seafood are created in this process.

 

山陰海岸ジオパークについて

この海岸の姿は火山活動によって出来た岩が造山運動を繰り返し、侵食されて出来たものです。

日本列島は2300万年前から大陸と分離し始め、やがて日本海が出来ました。

この地の景観や豊かな海の幸は、大陸と一体だった時から日本海形成に至る過程で生み出されたと言えます。

 

 

 

5

< 5. rock reef >

< 5.田井 >

 

This place is dotted with many rocks and fish and seaweed are rich.

 

上の写真: 田井の浜。

下の二枚の写真: 田井の松島。

ここらは数多くの小さな島が点在し、魚や海草が豊富です。

 

 

6a

< 6. best fishing spot >

< 6.絶好の釣り場 >

 

 

 

7a

< 7. islands and sea caves >

< 7.島と洞門 >

Upper photo: Mio Oshima Island.

Lower photo: Shitaara Sea Cave.

 

上の写真: 三尾大島。

下の写真: 下荒洞門。

 

 

8a

< 8. Shitaara Sea Cave >

< 8.下荒洞門 >

Upper photo: A cave of the front made by erosion passes till the left side surface (photo below).

A canoe can pass through this cave.

 

上の写真: 海食で出来た正面の洞穴が、左側面(下の写真)まで抜けている。

この洞窟はカヌーなどで抜けることができます。

 

 

 

9a

< 9. cape and sea cave >

< 9.鋸岬と旭洞門 >

Upper photo: a white point in the middle of the cape is a sea cave of the lower photo.

 

Our boat doubled back here.

 

上の写真: 岬の真ん中に見える白い点は下の写真の旭洞門です。

 

船はここで折り返します。

 

 

10a

< 10. we returned >

< 10. 戻って来ました >

Hamasaka Port is seen in the distant place.

遠方に浜坂港が見えて来た。

 

This video footage from pleasure boat is 17 seconds.

但馬遊覧船から写した17秒の映像です。

https://www.youtube.com/watch?v=deGBgs9oDKU

 

This continues next time.

次回に続く。

 

 

 

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