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福知山の神代から戦国時代の息吹を感じる : 神秘的な元伊勢内宮


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今回は、宮津街道沿いにある元伊勢内宮皇大神社、日室ヶ嶽遥拝所、天岩戸神社を紹介します。

そこには山岳信仰の神髄が集約されているように思える。

 

 

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< 2. 散策マップ、上が北 >

 

ピンク線が散策コースで、黒四角の駐車場から半時計周りに、赤四角で示す元伊勢内宮皇大神社、日室ヶ嶽遥拝所、天岩戸神社を順番に巡りました。

茶色線が大江山から下って来た宮津街道です。

 

元伊勢内宮は小高い山の中腹部、そこを西側に少し下って遥拝所、さらに宮川まで降りて天岩戸に辿り着きます。

この宮川は前回紹介した「日本の鬼の交流博物館」の横から流れています。

 

地図に見える神社の左にある城山が、日室ヶ嶽遥拝所から望む山のはずですが、その名称がおかしい。

この城山は日室ヶ嶽や岩戸山と呼ばれているらしく、グーグルマップでは日室ヶ嶽は別にある。

 

散策時間は、途中で弁当を食べて1時間と少しかかりました。

 

 

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< 3. 駐車場から歩き始める >

 

参拝口の近くに大小駐車場が2ヶ所あります。

門前町らしいものはなく、村の端の階段から登って行きます。

 

 

 

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< 4. 京都丹後鉄道宮福線の車両が走って行く >

 

静かな所なので、列車の音が谷間に響いていました。

また宮川の流れも、発電所があるためか、よく聞こえました。

 

 

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< 5. 森の静寂に包まれた階段を登る >

 

おそらく高低差100m以内の、緩い傾斜の階段が巨木の杉の森の中を進む。

境内が見え始めた。

 

 

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< 6. 本殿が見えた >

 

広い境内に幾つかの伝統的な神社の建物が建っている。

訪れている人は私達以外に一組の夫婦だけでした。

 

上: 奥に見えるのが元伊勢内宮皇大神社の本殿です。

 

下: 本殿の内部。

 

 

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< 7. 参拝を終え、日室ヶ嶽遥拝所に向かう >

 

少し下るが、道は広く勾配も少なく歩きやすい。

 

上: 至る所に巨木の盛り上がった根があり、それらが苔むしている。

深い森、群生するシダ、せせらぎの音、木漏れ日の道、実に、深山幽谷の神社を訪ねる趣がある。

それも手軽に味わえるのが良い。

 

下: やがて三角形の山頂が見えて来た。

これが日室ヶ嶽(城山、岩戸山)です。

 

 

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< 8. 日室ヶ嶽遥拝所 >

 

上: 遥拝所より日室ヶ嶽を望む。

この山が元伊勢内宮皇大神社の御神体です。

頂上付近には岩の祭祀跡があるとされる。

夏至の日には日室ヶ嶽の山頂に太陽が沈む神秘的な光景も見られるそうです。

実に、この展望台は日本人好みの山がちょうど西側にあると言う好立地です。

 

下: 遥拝所から天岩戸神社までは、急な下り坂が折り返しながら続きます。

 

 

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< 9. 宮川に辿り着いた >

 

上: 宮川沿いの道に出た。

右奥に見える小さな社は、龍燈明神です。

 

左下: 宮川に降りる階段が見える。

 

右下: 途中の踊り場から階段を見上げた。

 

 

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< 10. 踊り場からさらに下る >

 

上: 踊り場にある鳥居。

この鳥居を抜けてさらに、急な階段を川まで降りる。

 

左下: 降りる階段を見下ろしている。

 

右下: 階段を降り切った所から上流側を望む。

残念ながら水嵩が増しており、道が冠水して天岩戸神社の下まで行けない。

 

 

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< 11. 天岩戸神社 >

 

上: 降り切ったところから下流を望む。

 

左下: 同じ場所から天岩戸神社を見上げる。

身を乗り出して何とか見ることが出来た。

社殿は岩盤の上に建てられており、裏手に御座石がある。

参拝するためには備え付けの鎖で登る必要がある。

私達が弁当をここで食べている間に、一人の若者が熱心に礼拝に来ていまっした。

 

右下: 踊り場に戻ると、小さな参拝所があり、そこから天岩戸神社を撮影。

 

 

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< 12. 踊り場から谷を望む >

 

上: 谷底を見下ろす。

 

下: 目の前の木立の新緑に目を奪われた。

生命力を感じさせる素晴らしい淡い緑が谷を覆っている。

 

きっと紅葉の時は美しいだろう。

 

 

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< 13. 駐車場までの戻り道 >

 

緩やかな道が1km弱はど続きます。

但し、車でここに入って来ると、対向車を交わすのが困難だと思います。

 

この元伊勢神宮はお薦めです。

豊かな自然の中にある神秘的な三つの場所、大きな神宮、山を見上げる展望台、渓谷の社が素晴らしい。

日本の神道、山岳信仰をコンパクトに体験できます。

 

 

* 元伊勢内宮について *

 

なぜこの地が伊勢神宮と関りがあるのだろうか?

これが福知山に惹かれた理由の一つです。

 

調べてみると天照大御神を祭る元伊勢内宮は、中部地方から山陽までに数十ヶ所もあります。

それは、崇神天皇がそれまで居所内に祀っていた天照大御神の神霊を娘に託し、約1世紀かけて遷座を繰り返し、今の伊勢神宮に落ち着くことなった神話と関りがあります。

それは約2000年前の事とされています。

 

そして遷座の位置は説によって異なり、その一つがここなのです。

この宮津街道を南に3km行った所に元伊勢外宮がありますが、これも同じような理由で遷座しています。

元伊勢外宮は神体が異なります。

 

 

次回に続きます。

 

 

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世界が崩壊しない前に 1: はじめに


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今、世界は急激に悪化しています。

突如として破局が訪れる可能性もあります。

私達の家族とその未来を守るにはどうすれば良いのでしょうか?

事実を集めながら検討します。

 

 

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< 2. 緊急情報です! 拡散願います >

https://www.youtube.com/watch?v=W3X3RSmf7ds

 

 

はじめに

 

皆さんは世界が崩壊すると思いますか?

何か予兆を感じることはありますか?

 

地球の生命38億年、人類300万年、新人類10万年、文明5千年間で似た事はあったでしょうか?

 

いや待てよ、これまで無数の予言はあったが、どれも事なきを得たではないか?

聖書の予言(ハルマゲドン)、ノストラダムスの大予言、核戦争勃発、資源枯渇(ローマクラブが警鐘)、中国崩壊など・・・。

 

しかし様々な民族が故郷を捨て大移動し、時には戦い、遂には姿を消してしまったことは限りなくあった。

その切っ掛けの多くは乾燥や寒冷化などの気候変動によるものでした。

例えば紀元前2千年紀の気候変動が、ナイル川の水位低下と西アジアの難民を生み、エジプト王国の衰退とユダヤ王国の誕生に繋がった。

 

また自ら環境を破壊し、衰退した文明もあった。

例えば古代ギリシャ人の入植地(港湾)やイースター島の放棄は、河川上流や島全体の森林破壊が原因でした。

 

現在はこれが巨大化している。

例えばチェルノブイリや福島などの原発事故です。

危機を脱することは出来たが、フロンガスによるオゾン層破壊もありました。

 

こうして振り返ると、あることが見えて来る。

 

生物や人類の進化は、地球の大規模な気候変動(多くは寒冷化)が切っ掛けでした。

やがて人類が地球を覆うようになると、気候変動は多くの民族や文明の盛衰の切っ掛けになりました。

しかし遂には、人類が自ら地球の自然(システム)を破壊し、行き場を失う可能性が高まって来ました。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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人はなぜ愚行を繰り返すのか? 30: 見たくない危機 5


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<  世界に引導を >

 

これから二つの危機について考察します。

くれぐれも騙されないように留意してください。

 

 

地球温暖化を考えてみよう。

 

多くの科学者や極致に住む人々(氷河地帯や南海の小さな島)は温暖化が迫っていることを訴えている。

しかし大半の人は意に介さない。

 

不思議な事にウヨも否定している、愛国心からか、科学に疎いためなのか?

理由は簡単、体制側(米国と経済界べったり)に付くからです。

 

体制側は原発安全を喧伝するが地球温暖化には声を上げない。

原発を進めたいなら地球温暖化に反対でも良いのだが、これは過去の誇大広告がまだ国民の記憶にあるからバツが悪い。

一番は欧州で主流の再生可能エネルギーの利用に切り替える気が無いからです。

また米国大統領が温暖化を否定しているので追従するしかない。

 

こうして多くの国民は地球温暖化の危機に疎くなる。

 

しかし、本当だったら取り返しのつかないことになるのは明白です。

 

ここ1万年ほどの人類史を見れば、地球平均気温の2度程度の違いが、各地に乾燥・多雨・冷夏などを招いた。

これがもとで民族大移動と争いが繰り返された。

 

一番の問題は、温度上昇が起きてしまえば防ぐ手立てが無いことです。

今の科学技術で、地球全体を1℃でも冷やすことは出来ない。

(太陽の不活発期、地球寒冷期の到来が温暖化を緩和する説は当てに出来ない、眉唾がバレたら終わりです)

 

皆さんは体制側の発する巧みなデマを見分ける眼力が必要です、益々。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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晩秋の北関東をドライブしました 5: 草津温泉から吹割まで


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今回は、草津温泉から吹割の滝までの景色を紹介します。

紅葉と谷間の風景を堪能しました。

 

 

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< 2. ドライブコース、上が北 >

 

左の草津温泉から右の吹割の滝までのルートです。

赤いダイヤマークが停車し撮影した場所です。

約80km、2時間半のドライブです。

 

実は途中、沼田を通過している時に、あるミスに気が付きました。

それは、ここに真田家の拠点となった沼田城があったことで、それも近くに。

ここが北関東の要衝の地、上杉・北条・武田氏が争奪戦の地だったとは・・・。

 

この日は予定が詰まっていましたので寄ることが出来ませんでした。

 

 

 

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< 3. 道の駅 六合 >

 

ここは草津温泉から10km以内の292号線上です。

産地直売所などがありました。

 

上: 来た道を振返る。

 

下: 進行方向。

 

 

 

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< 4.上沢渡川沿い >

 

ここは草津温泉から25kmほど来た55号線上です。

旧大岩学校(牧水学校)を過ぎた辺りのはずです。

かつて若山牧水が立ち寄り、詩を読んだことにちなんで、学校に牧水と名付けた。

 

上: 進行方向(東)、中央に有笠山(標高888m)らしいものが見える。

クライミングやボルダリングで人気があるそうです。

北関東ではこのような岩肌が露出した急峻な山を多く見かけた。

 

下: 真右横の眼下に上沢渡川が流れる。

 

 

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< 5. 来た道を振り返る >

 

上記と同じ場所から。

 

 

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< 6. 中之条町大字横尾辺り >

 

草津温泉から35kmほど来た145号線上です。

 

上: 進行方向

 

下: 進行方向左に、切り立った嵩山(たけやま、標高798m)らしきものが見える。

 

 

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< 7. 遠景に榛名山 >

 

来た道を振り返ると榛名山が見えた。

榛名山は円錐形と思っていたのですが、違うようです。

今回のドライブでは、赤城山と榛名山の麓を遠回りで一周することになりました。

 

 

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< 8. 吹割の滝に到着 >

 

走っていると120号線沿いに多くの食堂や駐車場が見えて来た。

呼び込みが賑やかです。

私は沼田方面から来て最初の無料駐車場(進行方向右手)に車を止めました。

ここは道の駅 吹割です。

滝の降り口までは、さらに道路を150mほど進むと左手にあります。

 

上: この左手の店は、滝を見て道路120号線に戻ってから、昼食を食べた所です。

ここから300m下ると道の駅です。

 

下: 降りて行くと紅葉が迫って来た。

 

 

 

 

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< 9. 眼下に鱒飛の滝 >

 

 

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< 10.鱒飛の滝 >

 

紅葉に期待が膨らむ。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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晩秋の北関東をドライブしました 1: はじめに


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念願の草津温泉と日光東照宮を訪れ、

二十数年ぶりの北関東をドライブしました。

時は晩秋で、爽やかな快晴の中、絶景と美しい紅葉に出会えました。

これから数回に分けて紹介します。

 

 

*旅行の概要

 

トラピックスのホテル+航空券+レンタカーのセットを申し込みました。

宿泊は草津温泉と鬼怒川温泉です。

飛行機で神戸と茨木空港の往復です。

レンタカーは丸三日間利用で、総走行距離は730kmぐらいでしょうか。

 

訪れたのは2019年11月17日(日曜日)から19日です。

少し曇った時もあったが、全般に快晴で風が心地よかった。

 

今回の狙いは、観光としては温泉と紅葉、日光東照宮です。

また北関東の街並みや山野の風景、そして歴史遺産を訪問し、北関東をよく知りたかったからです。

 

 

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< 2. 旅行のルート、上が北 >

 

上: 赤線が飛行機、茶線がドライブルート、赤線の四角が宿泊地です。

 

下: 拡大図。

地図の番号に従って訪問地を紹介します。

 

  •  史跡足利学校: 最も古い学校として知られ、平安時代の足利家に由来する。

 

  •  富岡製糸場: 日本初の官営製糸場で世界遺産。

 

  •  草津温泉: 「にっぽんの温泉100選」で第一位。

 

  •  吹割の滝: 知名度は高くないが、川床が割れた滝で、渓谷が紅葉で覆われ美しかった。

 

この間、標高1840mほどの峠を越える時、道路脇の日陰に雪が残っていたのでヒヤリとしました。

 

  •  戦場ヶ原: 中禅寺湖の上にある湿原、この時期は枯れ野に過ぎないが。

 

  •  中禅寺湖と華厳滝: いろは坂も紅葉は過ぎていた、残念!

 

  •  鬼怒川温泉: 「にっぽんの温泉100選」で第二十一位。

 

  •  弘道館: 水戸藩の藩校で、藩校の中では最大規模。

水戸学発祥の地であり、徳川斉彬・慶喜との因縁が深い。

 

  •  予科練平和祈念館と雄翔館: 海軍航空隊での活躍を目指した若者が、時代に翻弄され特攻隊員として散っていた。これを記録展示している。

 

  • 日光東照宮と輪王寺: 徳川家康と家光の霊廟があり、世界遺産です。

 

1~7までは番号順に訪問しましたが、日光は鬼怒川温泉宿泊の翌日、朝一番に訪れ、その後、8,9と訪れました。

 

 

 

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< 3. 足利学校と富岡製糸場 >

 

足利学校は地元の人によって今も文化と教育の場としての伝統が守られていました。

 

富岡製糸場には入らなかった。

元々時間が足らなかったが、駐車場のある駅前で秋祭りをやっていて、祭りのだんじりを見たからです。

 

 

 

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< 4. 草津温泉の湯畑 >

 

非常に多くの観光客が、夜にも関わらず訪れていました。

ライトアップされた湯畑は、冷気もあってか、身震いするほど素晴らしかった。

 

 

 

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< 5. 吹割の滝と戦場ヶ原 >

 

吹割の滝は想像以上にスケールが大きく、紅葉も最高潮でした。

 

高度が高い戦場ヶ原の周辺は既に紅葉が完全に終わり、広大な枯れ野は冬の到来を待つだけのようです。

 

 

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< 6. 中禅寺湖 >

 

正に晩秋の湖、失恋の詩が似合う景色でした。

 

 

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< 7. 華厳滝 >

 

到着した時は陽が沈みかけており、色合いが残念でした。

 

 

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< 8. 鬼怒川温泉 >

 

朝、温泉の湯船に浸かっていると至福の時が流れます。

 

 

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< 9. 東照宮の陽明門 >

 

さすがに豪華絢爛の陽明門!

大修理が終わった後なので、ラッキーでした。

境内は紅葉の盛りで、これまた幸いでした。

 

 

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< 10. 水戸の弘道館と霞ヶ浦の予科練平和祈念館 >

 

弘道館は江戸時代の建物がそのまま残っており、尊王攘夷の志士や慶喜などの息遣いが伝わってくるようでした。

 

予科練平和祈念館と雄翔館は、かつてあった霞ヶ浦に面しています。

若者の壮絶な死に涙し、出た頃には霞ヶ浦は真っ赤な夕陽に包まれていました。

 

 

次回に続きます。

 

 

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雪の北海道 6: 澄み渡る摩周湖


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今回は、予想以上の美しさを見せてくれた摩周湖を紹介します。

最高の舞台が待っていました。

 

 

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< 2.摩周湖周辺の地図、上が北 >

 

上: 赤四角は摩周湖の展望台、赤い線は阿寒湖から摩周湖までのバスのルート。

摩周湖の上(北側)には、知床に連なる斜里岳があり、さらに北にはオホーツク海がある。

 

下: 摩周湖はカルデラ湖で、周囲を標高約600mの壁で囲まれ、その右(東側)に摩周岳(標高857m)がある。

摩周湖の左(西側)に白い円環状のものが見えるが、これが硫黄山(アトサヌプリ)です。

 

 

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< 3. 摩周岳が見え始めた、車窓より >

 

中央に摩周湖のカルデラ壁の外周が見える。

 

 

 

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< 4. 摩周湖の第一展望台 >

 

下: この展望台には展望デッキが2ヵ所あり奥に1ヵ所が見え、手前側の下には売店がある。

路面は凍っているのでスリップに注意してください。

 

 

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この日は霧、雲、風一つない、素晴らしい天気でした。

今回、初めてこの「摩周ブルー」を堪能することが出来た。

私が訪れたのはこれで三回目だが、夏と秋の2回とも霧の摩周湖だった。

このブルーは世界で2番目の透明度と、急激に深くなっていることから生じるらしい。

 

 

 

 

 

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上: 湖中央に小さな島が見えるが、これは溶岩ドームの頂上部分が見えている。

 

下: カルデラ壁が如何に急峻かがわかる。

 

 

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< 7. 摩周岳 >

 

摩周岳はアイヌ語で神の山(カムイヌプリ)です。

 

 

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< 9.展望台から外側を望む >

 

上: ほぼ南側、見えないがこの先は釧路になる。

 

中: ほぼ西側、雄阿寒岳がそそり立つ、あの向こうに阿寒湖がある。

 

下: 西北、中央にお椀を伏せたような白く小さな山が見える、これが硫黄山でしょう。

後に観光します。

 

 

 

次回に続きます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 42: オスロ 1


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これから二つ目の北欧の国、ノルウェーを紹介します。

初めて訪れたオスロは輝く海と深い森に囲まれた美しい都市でした。

私はこの小さな首都を2日間見て回りました。

 

 

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< 2. ノルウェーとオスロの地図、上が北 >

 

上の地図: 赤丸がオスロ、黒四角がカールスタッド、オレンジ線が乗って来た国際列車の路線、黄色線がこれから乗るコペンハーゲン行きのフェリーの航路です。

 

下の地図: この範囲(南北約2km)が首都オスロの中心部です。

赤丸が宿泊したホテル、茶色四角がオスロ中央駅、青色四角がフェリー乗り場です。

 

 

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< 3. 私が観光したオスロ、上が北 >

 

私がオスロを観光したのは2018年6月5日(火)と6日(水)です。

赤枠は私が訪れた所です。

地図の南北の長さは約14kmです。

 

今日紹介するのは、一番上の、湖がある自然公園Songnsvannです。

主な訪問地を示します。

Aは様々な博物館があるビィグドイ半島です。

Bは観光地ではないが、海沿いの暮らしが見たいと訪れたUlvøya islandです。

Cは中心部で、王宮、博物館、中央駅周辺、発展が著しいウオーターフロント、オスロ湾を望む古城などがあります。

Dは彫刻の公園と巨大な墓地があります。

 

以下の写真は撮影順に並んでいます。

撮影は5日の7:45~8:35です。

 

 

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< 4. ホテルからいざ出発 >

 

先ず、地下鉄に乗るために国立劇場駅まで歩きます

上の写真は駅の方向、下の写真は振り返った所。

 

素晴らしい朝、綺麗な青空が広がっています。

身が引き締まる冷気と温かい陽射しが気持ち良い。

 

 

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< 5. 王宮とカールヨハン通り >

 

上の写真: 広大な庭園の奥に王宮が見える。

 

下の写真: 反対方向を見ると、中央駅に向かうカールヨハン通りが見える。

 

 

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< 6. 国立劇場駅と国立劇場 >

 

上の写真: 交差点の向かい、写真中央に国立劇場駅が見える。

この駅には鉄道と地下鉄が通っている。

右手は王宮庭園です。

 

下の写真: 進行方向、左手に国立劇場が見える。

至る所、街路で花が咲き誇り、清々しい気分になる。

 

 

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< 7. 国立劇場駅 >

 

上の写真: 交差点から東側(進行方向左)、中央駅側を望む。

今回、幾度もこの手のトラムにお世話になりました。

 

下の写真: 右側が国立劇場駅。

 

 

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< 8. 国立劇場駅内部  >

 

上の写真: 中に入ると構内は意外に大きくて、また朝の通勤ラッシュで、多くの人が足早に通り過ぎて行った。

私がどちらに行くべきか思案していると、一人の女性が寄って来て、どうしたのですかと尋ねてくれた。

行先を伝えると、どのホームに行くべきか詳しく教えてくれた。

今回の旅行では、本当に多くの人に助けて頂いた。

特に北欧の年配女性の心遣いがうれしい。

一方で、なぜか若い女性は、道を聞いても知らない場合が多々あった。

 

 

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< 9. 地下鉄に乗って >

 

短い乗車時間だったが、貴重な体験をした。

途中の駅から乗って来たベビーカーを押している男性が、私に何やら親しげな表情を見せる。

やがて私の前の席が空くと、彼は子供(次男)を抱き上げ座った。

彼から声を掛けて来た。

 

彼の話では、数年前、奥さんと長男の三人で日本を1~2ヵ月旅行したとのことでした。

そして富士山登山もやり、日本の食べ物も気に入り、どうやら日本の大ファンのようです。

私は、これが二度目の北欧旅行で、前回、オスロに行っていないので、今回の訪問を楽しみにしていますと伝えた。

その後も話を続けたが、彼は急に今日の私の予定を聞いて来たので、私は今日の日程表を見せた。

そこには、朝8時から夕方7時まで、12ヵ所の訪問予定がびっしりと書き込まれていた。

彼はそれを見て残念そうに別れの挨拶をして途中の駅で下車した。

 

後で気付いたのだが、私は他の訪問を減らして、彼と共に下車して話し合いを続けるべきだったと悔やんだ。

 

 

彼との会話で感じたことがある。

彼は、スウェーデンのストックホルムよりもデンマークのコペンハーゲンに親しみを持っているようでした。

ノルウェーとスウェーデンは同じ自然風土を持ち、隣国同士なのになぜなのか?

この感情が、1世紀前までの長いスウェーデン支配とノルウェー王家がデンマーク王家の血筋によるものかどうかはわからない。

後にノーベル平和センターを訪問して、これへの理解が少し深まることになる。

 

彼の日本旅行とベビーカーから言えることがある。

それは育児と休暇の制度が日本より遥かに進んでいることです。

彼だけでなく男性がベビーカーを押している光景を北欧でよく見かけた。

これは男性が1年ほど女性に替わって育児を行うことが普及していることを示す。

当然前半の1年は女性が育休を取得するのだろうが。

また彼らは本当に長期休暇を楽しみ海外旅行に出かけているようだ。

年に1ヵ月は休暇を取らなければならない制度になっている(分割も可能だろうが)。

 

まことに羨ましい。

明らかに日本は遅れている。

北欧は生活エンジョイの先進国、日本は働き放題の後進国だと感じた。

 

 

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< 10. Songnsvann駅 >

 

この終着駅に降りて驚いたのは、改札も垣根も何にも無いことでした。

粗末なバス停と何ら変わらない。

車掌が改札をするわけでもない。

省人化が進んでおり、交通システムのコンセプトがまったく日本と異なる。

私はこれの方が良いと感じた。

 

 

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< 11. 湖が見えて来た >

 

 

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< 12. ノルウェーの森と湖 >

 

朝の8時半頃、学生の課外授業のようだ。

北欧を旅すると、このように自然の中での課外授業によく出くわした。

 

多くの水鳥が羽を休めていた。

 

 

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< 13. 湖 >

 

これまで見て来たスウェーデンの湖とはまた一味違う。

一つには山に囲まれていることと砂浜があることでしょうか。

木々は寒冷地特有の背の高いものが多いように思う。

正にこれがノルウェーの森かもしれない。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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湖北・湖東の紅葉を訪ねて 5: 永源寺 2


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今回で、湖北・湖東の紅葉の紹介を終わります。

小雨と薄暮にあっても幻想的な紅葉を楽しむことが出来ました。

これも山里やお寺のお世話があっての事だと感謝しています。

 

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日が暮れると共にライトアップの光が目立つようになって来ました。

 

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薄暮の中の紅葉はけっして鮮やかではないが、深みを感じさせる。

 

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上: 本堂。

 

下: 鐘楼。

この写真は11月22日、16:40のものですが、周囲はかなり暗くなっていました。

ISO1600で、手持ちで撮影し編集で明度を上げてこの状態です。

 

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この2枚の写真は、前回紹介した禅堂前を撮ったものです。

同じ所でも20分ぐらい時間が経つと、ライトアップの効果が際立つようになりました。

まるで豪華な日本らしい舞台のセットを見ているようです。

 

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薄暮から夕闇にかけて、ライトアップやフラッシュで撮影した光景。

 

右下: 最初の石段沿いにある16羅漢(岩壁に石像が彫られている)。

 

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1時間後に戻って来た時は、真っ暗になっていた。

橋の近くの広場には数軒の屋台が並んでいた。

 

 

  • 今回の紅葉巡りで感じたこと

これら紅葉は総合芸術、日本で洗練された文化だとつくづく実感した。

 

北欧やロシア、北米には雄大な一大紅葉地帯がある(一部しか見ていないが)。

それと比べると日本の場合、数百本程度の広葉樹が密集ではなく最適な位置に配されている。

また日本の紅葉の樹は高く伸びた大木と言うより、背が低く枝が横に広がる木が好まれているようだ。

境内の赤や黄色の広葉樹は苔むした岩や石灯篭、小さな池や建物の間に配される。

石畳や地面に積み上がり、池や小川、手水鉢に浮かぶ落ち葉すら重要な背景になる。

人々は境内の参道や回廊を巡る内に、様々に形を変え黄色や朱色の木々と様々な背景色の組み合わせの妙を楽しむことになる。

 

 

人類は原初来、赤色に神秘性を感じ、多くの宗教は聖なるものとして取り入れた。

そして特に東アジアは、今でも赤(朱色)を宮殿、神社仏閣に使用している。

中でも紅葉が広く見られる日本(韓国も)では、なぜか寺院の境内に紅葉が重視されるようになった

元来インド起源の仏教には朱色を愛でる習慣は無かったと思うのだが。

 

推測に過ぎないが、朱色に対する無意識の神聖感と、大乗仏教特有の死生観―末世に至る滅びと冬の到来を告げる紅葉が結びつけられ、広く受け入れられるようになったのだろう。

 

一方、キリスト教では、死後の世界は仏教と異なり希望溢れるものなので、落ち葉や冬を連想する紅葉は聖なる場所には不向きと見られたのだろう。

キリスト教圏では、宮殿に大規模な紅葉を取り入れるところはあっても、教会には無いように思う。

どちらかと言うと、春や誕生をイメージさせる花が多いように思う。

 

こんなことを感じながら、楽しい1日を過ごして来ました。

 

 

それでは終わります。

 

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湖北・湖東の紅葉を訪ねて 3: 多良峡


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< 1. 人で溢れる吊り橋 >

 

 

今回は美濃、大垣にある多良峡を紹介します。

この辺りはまったく来たことがありませんでした。

ここは広い森林公園になっています。

 

 

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< 2.今回の日帰り旅行の訪問地、上が北 >

 

観光地としては番号1の鶏足寺、2の多良峡、3の永源寺です。

この順序で観光しました。

途中、昼食のレストランが「花伊吹」です。

 

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< 3. 多良峡の地図、上が北 >

 

上の地図: 多良峡は赤丸で、鶏足寺から多良峡へのルートを赤線で、多良峡から永源寺へのルートは黄色の線で示す。

 

下の地図: 多良峡の拡大写真。川は北に向かって流れている。

渓谷沿いの車一台がやっと通れる林道のS地点でバスを降りて、赤線に沿って吊り橋まで行きました。

この道では車は一方通行で、私たちが戻るのに合わせて順番に観光バスが迎えに来ます。

黄色の線が吊り橋で、これを往復してまた来た道を戻りました。

 

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< 4.いざ多良峡へ >

 

上の写真: 車窓から見た伊吹山付近の景色。

この写真は道路を挟んで伊吹山の反対側を見ています。

この時の伊吹山は上半分が厚い雲に覆われていました。

翌日、伊吹山は今年の初冠雪になりました。

 

下の写真: バスを降りて、渓谷沿いの細い道を歩きます。

 

 

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< 5. 吊り橋の上から >

 

上の写真: 下流を望む。

下の写真: 上流を望む。

 

残念ながら紅葉は期待したほどではありませんでした。

しかし、春の新緑や夏の川遊びには良い所でしょう。

 

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< 6. 紅葉 >

 

少しの晴れ間から日が差すと、紅葉が輝きを始めました。

 

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< 7. 森と渓谷そして山の彩 >

 

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< 8. 多良峡から関ヶ原までの景色 >

 

 

次回は、永源寺を紹介します。

 

 

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湖北・湖東の紅葉を訪ねて 2: 鶏足寺 2


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前回に続いて鶏足寺の後半です。

今回紹介する所が最大の見せ場です。

 

 

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< 2.森を抜けると・・・真っ赤な >

 

竹藪や茶畑を横目に細い山道を抜けると、急に視界が開け、深紅と黄金色の一角が現れた。

ここは山腹の御堂に続く階段の両側に広がる紅葉エリアの最も下にあたる。

 

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< 3. パンフレットで良く見る参道 >

 

落ち葉の風情を楽しむ為に、ここだけ立ち入り禁止になっている。

 

上の写真: 下側から望む。

下の写真: 上側から望む。

 

誰かが、この紅葉を称して「まるで血を撒いたようだ」と話していた。

始め、この言葉に抵抗を感じたが、しばらくするうちに納得するようになっていた。

 

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ちょうど小雨が降り始め、赤や黄色に色づいた葉がしっとりと濡れて少し輝きを増したようです。

 

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雨傘の列が、御堂からの石の階段を下りて行く。

ここの石段はほぼ自然石のまま並べられているので歩き難い。

非常に人が多く、上り下りに危険を感じている人もいた。

幸いにも小雨はすぐ止んだので、石段がそれほど濡れずに済んだ。

 

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今回は紅葉の最盛期に来られたようで幸いでした。

さすがに人が多く、人を避けて写真を撮ることは出来ませんでした。

雨は降ったが、傘を持たずに撮影できる程度だったのが不幸中の幸いでした。

 

誰がいつの頃にこれだけのもみじ植えてくれたのか、至福の時を得させて頂いたことに感謝し、ここを後にした。

 

 

次回は多良狭を紹介します。

 

 

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淡路島のテーマパークを訪ねて 1: イングランドの丘 前編


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今回から、淡路島の二つのテーマパークを紹介します。

イングランドの丘(旧ファームパーク)とONOKORO淡路ワールドパークです。

二つは小さなお子さんと家族で楽しむには絶好の場所です。

今回はイングランドの丘の半分、以前ファームパークだったエリアを紹介します。

 

 

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< 2. テーマパークの概要 >

 

上の地図: 淡路島の全景、上が北。

黒い星印がイングランドの丘、赤い星印が淡路ワールドパークです。

 

下の地図: イングランドの丘の観光マップ。

今回紹介するのは右半分のグリーンヒルエリア(旧ファームパーク)です。

 

 

  • イングランドの丘について

このパークへは車で行くことになり、地図右下の駐車場に近い入園ゲートから入ります。

このパークは、小動物(コアラ、ウサギなど)に接し花々を見ることが出来る動物園と植物園があるグリーンヒルエリアと、遊具施設、お花畑、レストラン、フード&ショップがあるイングランドエリアからなります。

パークの右側(地図の赤い屋根)にはレストランと産直市場があり、南淡路の新鮮な野菜が並んでいます。

 

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< 3. 入園ゲート >

 

上の写真: 駐車場から入園ゲートに向かいます。

右手がゲートで、奥の遠方にイングランドエリアがあります。

 

下の写真: 入園ゲートからグリーンヒルエリアに向かって進みます。

 

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< 4. 小動物の施設群 >

 

真直ぐ進むと、右手にウサギやモルモット、オウムやエミューなどが居る施設が並んでいます。

一部のウサギと触れ合うことが出来ます。

 

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< 5. コアラ館 >

 

最も奥にある白い大きな建物に数匹のコアラが居ます。

 

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< 6. 鳥と猿のバードケージ >

 

少し戻った所にある大きなケージに、カンムリヅルやリスザルがいます。

 

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< 7. ロックガーデン1 >

 

バードゲージの横、丘の斜面に広がっているのがロックガーデンです。

 

上の写真: コアラ館の前からゲート側を望む。

 

下の写真: ロックガーデンには世界中の山野草850種が集められているようです。

残念ながら季節外れなのか、綺麗に花が咲いていたのは南米区に多かった。

それでも気候の違う草花がこれだけ野外に集められているのは凄い。

 

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< 8. ロックガーデン2>

 

上の写真: ロックガーデンの上部から南の方を見下ろす。

この方向に淡路の山系、諭鶴羽山があります。

この日は、霞が立ち込めており、遠景は望めませんでした。

 

下の写真: 木々が紅葉し始めていた。

 

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< 9. 植物館 >

 

上の写真: ロックガーデンの南米区の木々や草花は色とりどりの花を咲かせていた。

 

下の写真: 植物館の全景。

 

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<10.植物館1 >

 

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<11.植物館2 >

 

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<12.シャトルバス >

 

上の写真: 植物館の内部。

 

下の写真: 二つのエリアの間を無料で乗せて行ってくれる列車型のバス。

たくさん来園者がいたのですが頻繁に往復していたので助かりました。

 

 

今回、無料開放期間中で、快晴だったの久ぶりに訪れました。

子供が小さいときは幾度か来たことはありましたが、ここ二十年以上来たことはなかった。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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沼島を訪ねて 4


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今回で、沼島の紹介は終わります。

峰伝いの小道、沼島八十八ヵ所霊場巡りから海水浴場までを行きました。

 

 

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< 2. 散策マップ、上が北 >

 

今回紹介するのは黄線と茶色線です。

黄線は沼島八十八ヵ所霊場巡りの約半分にあたります。

左側の赤丸はおのころ神社です。

茶色線は漁港沿いの道で、左の黒丸は海水浴場、右の黒丸は昼食をとった食事処「水軍」です。

 

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< 3. お地蔵様 >

 

この八十八ヵ所霊場巡りの小路の両側には、なんと88の地蔵様が祀らています。

里から離れたわざわざ峰伝い、かくも不便なところに多くの地蔵様があります。

 

これは明治時代、戦争や伝染病で多くの人が亡くなり、その慰霊の為に

祀られたのだそうです。

鎮魂の為の霊場巡りなら、こここそ最適だったのでしょう。

 

 

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< 4. 上立神岩 >

 

小路を行くと、見晴らしの良い所からこのような絶景を眺め、また爽やかな潮風を受けることが出来ます。

 

 

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< 5. 小路 >

 

見晴らしの良い所もあれば、生い茂る木々が日陰になってくれるところもあります。

ほとんど人が通った形跡はありませんが、道はあります。

 

 

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< 6. 森林浴 >

 

 

 

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< 7. 分岐点を右へ >

 

途中、右は「おのころ神社まで0.5km」と書かれた看板がありました(上の写真)。

それで右に折れ、さらに鬱蒼とした森の中へ入って行きました。

少し不安はありましたが、小路が微かに見え、方向的にも正しそうなので、行きました。

 

 

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< 8. 小路を下る >

 

小路には枯葉が積もっているのですが、雑草が少なく、歩きやすい道でした。

 

 

 

< 99. おのころ神社(自凝神社) >

 

ここには神殿と二神の像があります。

二神の像は伊弉諾尊と伊弉冊尊で、国生み神話の中で伊弉諾尊が天沼矛を使うシーンを表しています。

神殿は出来て百年も経っていないのですが、この山は御神体山であり18世紀末に小祠を建て、村人が祭礼を行って来た。

 

この階段は急で長いのですが、下る方だったので助かりました。

眼下に港が見えます。

 

 

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< 10. 沼島海水浴場 1 >

 

神社の階段をさらに下り、海岸沿いの道に出て、左に曲がると、海水浴場の賑わう声が聞こえてきた。

 

 

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< 11. 沼島海水浴場 2 >

 

この海水浴場には、脱衣所、トイレ、シャワーがあり、監視員も居ました。

 

 

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< 12. 店と手押し車 >

 

上の写真: 昼食をとった海鮮漁師料理「水軍」の店内。

海岸沿いの道から見える飲食店はこれを含めて2軒だったと思います。

少し中に入れば他の店や、鱧料理を出す民宿もあります。

 

この店は味はともかく、手ごろな値段で多彩な海鮮料理を出してくれるようです。

手軽に立ち寄れるので良いと思います。

 

下の写真: 沼島特有の手押し車。

 

 

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高速艇に乗って、帰路につきます。

高速艇で沼島に到着してから4時間が経ちました。

 

 

* 感想

 

8月18日、天気が良かったので急にドライブしたくなり、妻が沼島に行きたいと言い出しました。

私たちは淡路島に40年以上も居ながら、一度も行ったことがありませんでした。

 

私ははじめ、沼島は小さく魚釣りと鱧料理と上立神岩だけの島と思っていたのですが、なかなか歴史ロマンを秘めた島でした。

私にとっては特に海人族の痕跡とルーツが魅力でした。

 

また適度に散策が楽しめ、海水浴や、そして海鮮料理も楽しめます。

そして観光化されていないところが良い。

 

 

これで終わります。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 26: スカンセン(野外博物館) 2


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今回で、スカンセンの紹介を終わります。

写真は2018年6月2日(土)、12時から12時半までの撮影です。

 

 

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< 2. スカンセンの地図、上が北 >

 

青線が今回紹介する徒歩ルートで、Sがスタート、Eが終わりを示します。

 

私は1時間かけて見て歩いたのですが、観光時間は、じっくり伝統文化を知ろうとするなら2~3時間、また動物園や遊戯施設もありますので子供らと家族で楽しもうとするなら半日以上が必要でしょう。

 

 

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下の写真: 鱗状の木の板を重ねた外壁。

フランスのストラスブールで民家の屋根に鱗状瓦を見たのですが、このようなものは初めてです。

 

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上の写真: 孔雀がのんびり散歩しており、怖がる様子はありませんでした。

 

 

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上の写真: 子供向けの催し。

多くの家族が参加していました。

 

下の写真: 18世紀の木造の教会。

これはスウェーデン南部のVästergötland地方、大きな湖のある地域に建てられていたものです。

No4の下の写真は、この教会を裏側から撮ったものです。

 

 

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< 8. 風車小屋 >

 

 

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上の写真: 18世紀の農家兼邸宅です。

左右に納屋のようなものがあり、工具、蹄鉄、鍬などが制作されていた。

建てられていたのはストックホルムから西に200kmほど行ったNärke地方です。

この地域は先ほどのVästergötland地方の北東で接しています。

 

このスカンセンは主に古い農家や街の家、教会などを移築し、庶民の暮らしがわかるようにしているのですが、この邸宅だけは別格で大きい。

 

 

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< 10.展望広場から  >

 

南側の対岸、セーデルマルム島を見ています。

現在、この地域が住宅地、観光地として発展しているようです。

 

下の写真: 手前にスカンセンの直ぐ下にあるチボリ公園が見えています。

この日は土曜日なので、このユールゴーデン島は人出が多かった。

 

 

* 感想

古民家を見て、スウェーデンの18世紀はあまり豊かではない印象を受けた。

そうは言っても、日本の江戸時代末期と同時代なのですから、遜色はないのかもしれません。

 

豊かな木材資源を使って太い木材が大量に使用されている一方で、構造材としての石材や壁材としての粘土の使用が見られなかった。

これは北欧の厳しい自然、貧しい土壌、乏しい資源を象徴しているようでした。

もっとも人口密度が低いので暖房用の薪は充分に入手出来た。

 

北欧を旅行して感じたのは、他の地域に比べ、民族舞踊や歌唱などの伝統文化を売りにした観光が見当たらないことです。

四季折々の祭典やヴァイキング村の再現はあるのですが、ポルトガルのファドやスペインのフラメンコのようなものが無い。

 

多くの外国人は美しい自然と整った街並みを楽しみに、この北欧を訪れる。

そこで観光資源として伝統の歌舞演劇などをもっと押し出しても良いと思うのだが。

結構、古い歴史と文化があるはずなのに不思議です。

 

そのような中で、19世紀の終わりにこのような伝統文化として民家を残し得たのは非常に良かったと思います。

これは国民の為なのでしょうが。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 25: スカンセン(野外博物館) 1


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これから数回に分けて、スカンセン(スウェーデンの伝統的な建物を移築した巨大なテーマパーク)を紹介します。

多くの家族連れや観光客で賑わっていました。

写真は2018年6月2日(土)、11時半から12時までの撮影で、快晴に恵まれました。

 

 

 

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< 2.スカンセンの地図、上が北 >

 

黒線はトラム、赤線は今回紹介する徒歩ルート、緑線はエスカレーター、オレンジ枠は今回紹介する農家です。

 

 

* スカンセンについて

 

1981年に開園した世界初のこの野外博物館には、スウェーデン全土から移築された160以上もの代表的な家屋や農園が点在しています。

広大な園内(直径600mの木々に覆われた丘)には動物園や水族館、様々な工房街やミュージアムショップもあり、大人も子供も楽しめるテーマパークです。

 

私はここで北欧文化の基層、昔の生活の一端を見ることを楽しみにしていました。

私はスウェーデンだけでなく、ノルウェーとデンマークにある同様の博物館も訪れたました。

それらから3ヵ国の相違、建物の構造や生活、展示方法などの違いに気づくことも出来ました。

 

 

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< 3.停留所Nordiska Museet/VasamuseetからSkansenまで >

 

ヴァーサ―号博物館を出てもう一度、北方民族博物館の前に出てトラムに乗り、スカンセンで降りた。

この間、バスもあります。

実は記憶が定かでは無いのですが、降りたのは大通りにある下の写真のトラム停留所だったと思う。

スカンセンのゲート前にも停留所(バスやトラム)はあったと思うのだが。

 

 

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< 4. スカンセンの入場ゲート >

 

上の写真: 入場ゲート。

 

下の写真: ゲートから入場して、少し上った平坦部から振り返ったところ。

 

 

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< 5. いよいよ野外展示場へ >

 

上の写真: 平坦部を奥に進むと大きな岩をくり貫いた入り口が見えます。

中にあるエスカレーターに乗り、さらに丘の上に行きます。

 

下の写真: 丘の上に出て、今来たゲート側(南側)を見下ろしている。

 

 

 

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< 6. 伝統家屋 1 >

 

最初に見た伝統家屋群。

この辺りは下り坂の周囲に当時の民家やショップが集まっている。

家庭菜園も再現されている。

 

 

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< 7. 伝統家屋 2 >

 

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< 8. 伝統家屋 3 >

 

ちょうどショップから出てきた女性。

この方は係員なのでしょう。

この野外博物館には、所々に説明や作業の模擬の為、また店員としてこのような衣装を着ている女性がいました。

 

 

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< 9. 伝統家屋 4 >

 

この二つは屋敷や公的な建物などで、民家ではないようです。

 

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< 10. 伝統家屋 5 >

 

これら建物には入れるものとそうでないものがあります。

また入れても、デモや説明をしている建物は限られています。

建物には、建築年代や建築地、使用目的などが書かれた看板がある場合もあります。

 

下の写真: 1810年代に建てられた商人の邸宅です。

北欧の赤壁の家を見るのを楽しみにしていましたが、ここにはたくさんありました。

 

 

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< 11. 農家 1 >

 

上の写真: 邸宅の庭園だろう。

 

下の写真: 中で説明が行われていた農家。

地図でオレンジ枠のあるところです。

 

この境界を囲む柵の形は北欧3ヵ国に共通していました。

 

 

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< 12. 農家 2 >

 

この一群の建物は、ノルウェーとの国境に近いスウェーデン中央部Härjedalen、ストックホルムから北西に約400km行った標高500mの高原地帯にある農場を再現しています。

この地の主な生業は牛の繁殖で、土壌は貧弱だったので大麦を栽培し、林業も重要でした。

周囲の森には熊、狼、ヘラジカが生息しており、冬は雪に覆われます。

 

建築材は全てが木材と言えます。

壁は構造体であり、いわゆる木組みのログハウスです。

屋根材も分厚い木材を縦に並べ、その下に白樺の樹皮らしいものが敷いてありました。

断熱の為のレンガや土壁の使用は無かったが、室内にある竈は大きく、暖炉も兼ねているようです。

 

 

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< 13. 農家 3 >

 

これらは牛などの厩舎なのでしょう。

今考えれば不思議なのですが、周辺に狼がいるのに、上の写真の厩舎の入り口は簡単な柵だけでした。

 

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< 14. 農家 4 >

 

建材から家具、生活用品なども多くは木製です。

北欧の人々が、木工製品に優れている理由がわかります。

 

下の写真: この左端にほぼ天井に迫る大きな暖炉があります。

ここは食堂兼居間なのでしょう。

 

 

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< 15. 農家 5 >

 

上の写真: 部屋に入ると、観光客の前で写真の女性が何かの家事作業のデモをちょうどしているところでした。

この部屋は煮炊きが出来る竈があるので作業場兼台所なのでしょうか?

しかし調理場らしいものが見当たらなかった。

この竈の右横に薪が積み上げられていた。

このメインの一軒の数部屋の内、二つの部屋に暖炉(竈)があった。

 

私は知らずにフラッシュを使い、彼女から禁止だと注意を受けて、一瞬笑いが起きました。

 

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

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沼島を訪ねて 2


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今回は沼島の中心部、漁村にある神社を紹介します。

なぜか小さい島に神社が多い、そこには沼島ならではの歴史があります。

 

 

 

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< 2. 散策ルート、上が北 >

 

下の地図: 赤線が今回紹介する散策ルートで、Sは高速艇乗り場です。

赤丸は上から厳島神社、沼島八幡神社、梶原五輪塔、沼島庭園を示します。

 

 

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< 3. 厳島神社 >

 

別名弁天さんと呼ばれ、また戎神社も祀られている。

立派な石組みや石段、巨大な松がありました。

漁師たちが安全を祈願する神社として、当時は岬の先端に建てられていたのでしょう。

 

 

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< 4. 港に沿って歩く >

 

上の写真: 遠くに厳島神社が見える。

 

下の写真: 進行方向を見ている。

 

 

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< 5.沼島八幡神社 1 >

 

上の写真: 村のほぼ中央、山の裾野の小高い丘の上に神社が見える。

これが沼島八幡神社です。

 

下の写真: 石段を上り切った境内から。

 

 

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< 6. 沼島八幡神社 2 >

 

上の写真: 境内から見下ろす。

港と漁村が一望できます。

遠くの山影は淡路島、右下に神宮寺が見えます。

 

下の写真: 境内にある本殿です。

 

 

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< 7. 沼島八幡神社の本殿 >

 

上の写真: 沼島八幡神社の本殿内側正面に掛けられている大きな絵。

この絵は「賤ケ岳合戦」(1583年)を描いており、これが淡路島、沼島の歴史と深く関わっているのです。

 

この合戦で秀吉は柴田勝家との雌雄を決した。

この合戦で活躍した賤ヶ岳の七本槍の一人、猛将脇坂甚内安治は秀吉から淡路島を与えられます。

 

淡路島と沼島は古くから、大阪湾の守りの要であり、瀬戸内海に往来する海路の要衝でした。

またこの海峡沿いには由良水軍、鳴門水軍、そして沼島には沼島水軍が存在しました。

後に朝鮮出兵で、脇坂は水軍を束ねる三人の将の一人となります。

 

淡路島は奈良王朝の時代から天皇家の直轄地で、海水産物を献上する御食国でした。

実は、淡路島、沼島には海人族(海運や漁労を生業とする外来の集団)がいたのです。

このことが漁労や水軍の発展に結びついたのです。

沼島には縄文人の土器が見つかっており、古くから人々は暮らしていた。

 

古事記の国生み神話に出てくる「おのころ島」の候補地の一つとして、沼島が挙げらています(候補は淡路島島内と周辺の島を含めて11ヵ所)。

この国生み神話の原型は中国の長江流域の稲作文化にあります。

おそらくは大陸から、(対馬)、九州、瀬戸内を経て淡路島に到達した海人族が神話を伝承し、それを天皇家が自らの創世神話に拝借したのでしょう。

 

沼島と淡路島は、大陸と日本の古代を結ぶ架け橋の一つだったのです。

 

 

下の写真: 梶原五輪塔を示す看板。

漁村特有の密集する民家の路地を奥まで進むと、右手にこの看板がありました。

この右手に空き地があり、村人に聞くと、昨日ここで地蔵盆を行っていたとのことでした。

 

 

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< 8. 梶原五輪塔 >

 

下の写真: 右手に二基ある五輪塔の右側が梶原景時の墓と言われています。

 

梶原景時は源頼朝に仕え、今の明石から広島までの山陽道の守護に任じられ、幕府宿老まで上り詰めていた。

しかし後に義経と対立し、幕府から追放され一族は滅ぼされた(1200年)。

彼は後世、義経の判官びいきとは逆に大悪人と見なされて来た。

 

梶原景時の墓と呼ばれるものは鎌倉にもあるが、真贋は如何に。

 

「梶原一族と沼島水軍」によると、以下のように説明されています。

http://www.minamiawaji.ed.jp/jimuken/11sougou/2002/13saihakken/13kagetoki/kajiwara.htm

 

滅ぼされた年に梶原景時の一族が、沼島城主になった。

これは水軍つながりだそうです。

後に梶原家が沼島八幡宮を創建した。

1521年、足利十代将軍義植が流浪の末、沼島に来て梶原の庇護を受ける。

この将軍が梶原家に後に紹介する沼島庭園を贈呈した。

神宮寺は梶原家の菩提寺でした。

しかし16世紀末、滅ぼされて梶原の治世は終わる。

 

こうしてみるとこの小さな漁村に、多くの神社仏閣、沼島八幡宮、神宮寺、蓮光寺(居城)、西光寺があることが理解できる。

これらはすべて梶原家の創建によるものだそうです。

墓がここに建立された可能性はあるが、景時が討たれたのは静岡でした・・・。

 

 

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< 9. 沼島庭園 1 >

 

上の写真: 路地を奥まで進むと看板が見えた。

この看板には「伊藤庭(沼島庭園)」と記されていた。

右手に入って行くと、雑草が生い茂る空き家があった。

 

 

下の写真: この空き家を迂回して裏に回る。

ここは個人宅の庭です。

 

 

 

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< 10. 沼島庭園 2 >

 

すると打ち捨てられた石組みの小さな庭が見えた。

鬱蒼と茂る木々の陰になって、庭はいっそう暗く侘しい佇まいでした。

 

これが室町時代、戦乱と内紛を逃れた10代将軍が過ごした場所であり、庭だと思うと虚しさを感じる。

 

一方で、淡路島と沼島に不思議な存在感を感じた今回の散策となった。

 

 

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< 11. 沼島庭園 3 >

 

久しぶりに見たサワガニです。

昔は、淡路島の小川では至る所で見られたのですが、ついぞ見なくなりました。

私があまり外出しなくなったからもしれないが。

 

沼島を散策して不思議に思ったのが、こんな小さな島なのに沢をよく見かけたことです。

水が豊富なようです。

 

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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沼島を訪ねて 1


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*1

 

 

これから数回に分けて、淡路島の南端に浮かぶ小さな島、沼島を紹介します。

この島は海の幸と神話で知られています。

訪れたのは素晴らしい快晴の2018年8月18日(土)でした。

 

 

 

 

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< 2.沼島の地図、上が北 >

 

上の地図: 矢印が沼島です。

紀伊水道の北端にあり、西に行くと鳴門海峡を抜け瀬戸内海、東に行くと大阪湾の入り口、南下すると太平洋に出ます。

 

中央の地図: 沼島に渡る方法。

淡路島の南端の土生港から沼島港まで1日10便の高速艇が往復しています。

船の所要時間10分、運賃は往復900円です。

紺色の線が船のルートです。

茶色の線が自動車で土生港に至る道の一つです。

 

 

下の地図: 沼島全体図。

島は周囲9.5km、最高地点は117mで、北西部の湾にある集落を除いて深い森に覆われ、険しい崖によって囲まれています。

 

茶色、橙色、赤線が今回散策したルートです。

矢印は沼島の景観を代表する上立神岩(かみたてがみいわ)です。

 

 

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< 3. 沼島が眼下に >

 

淡路島の南端は淡路島の最高峰、諭鶴羽山が急峻なまま海に落ちており、海岸沿いを一本の道路がへばり付く様に走っている。

 

上の写真: 沼島と土生港が見えて来た。

 

下の写真: 西側を向くと四国徳島が見える。

 

 

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< 4. 土生港の高速艇乗り場 >

 

ここの有料駐車場に車を預ける。

 

 

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< 5. いよいよ乗船 >

 

 

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< 6. いよいよ出港 >

 

 

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< 7. しばしの船旅 >

 

この船は快適なのですが、オープンデッキがなく、窓ガラス越しの撮影になるのが残念です。

 

上の写真: 淡路島の稜線が落ちた先、右手遠方に加太、和歌山方面が見えます。

 

中央の写真: 沼島の端が見えて来ました。

この先端の海岸には、世界的に珍しい同心円構造の鞘型褶曲(さやがたしゅうきょく)の岩石が見られます。

 

下の写真: 沼島の港が見えて来ました。

 

 

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< 8. 着岸しました >

 

上の写真: 港に入るところ。

遠景は淡路島、土生港の方です。

 

下の写真: 多くは海水浴客と鱧料理目当ての旅館客のようです。

結構、船は乗船客で一杯でした。

 

 

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< 9. 高速艇乗り場 >

 

 

 

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< 10. 漁港へ >

 

高速艇乗り場から奥に広がる漁港と漁村に向かう。

 

 

次回に続きます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 1: はじめに


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< 1. ストックホルム空港に到着 >

 

 

私はスカンジナビア3ヵ国を12日間旅行して来ました。

今回はまったく旅行会社に頼らず、初めて一人で海外旅行をしました。

旅行の概要を紹介します。

 

 

旅行の概要

期間: 2018年5月31日(木)~6月11日(月)

訪問先: スウェーデン、ノルウェー、デンマークの首都を中心に。

移動手段: 空路は北京経由のエアチャイナで往復、首都間の移動は列車とフェリー、観光はパス(公共交通機関乗り放題)と徒歩。

ホテル: 交通が便利でほぼ最安値のホテルに連泊した。

観光地: 主だったものは一通り見ました。

 

 

旅行を終えた感想

詳しい見聞や感想は今後紹介していきます。

 

・ 以前に比べ移民が非常に多くなり、また食文化や服装などに大きな変化があった。

 

・ スマホなどのIT技術による省力化が進み、また都市の再開発が進行中。

 

・ やはり経済と幸福度で優れていると感じた。但し、物価は高い。

 

・ 毎日のようにアクシデントがあり、毎日10時間の徒歩観光で疲れた。

 

・ 事前の予約と調査が役に立ち、拙い旅行用の英会話でも役に立った。

 

・ 毎日快晴で日が長いので良い旅行季節だった。

 

・ フリーならではのハプニングや人々の出会いを経験し、郊外や住宅街を散策し、人々の暮らしを直に知ることが出来た。

 

 

 

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< 2.旅行ルート、上が北、地図の縦の距離600km >

 

図の表示: 赤枠が観光範囲。黒線は鉄道。茶色線はフェリー。

 

空路でスウェーデンに入り、4泊した。

次いで、鉄道でオスロに向かう途中、カールスタートで下車し、1時間半ほど散策。

オスロで2連泊後、オスロ港から一泊するフェリーでコペンハーゲン港に着いた。

コペンハーゲンでは3連泊し、空路で帰国。

 

 

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< 3. ストックホルムと郊外 >

 

 

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< 4. ストックホルムの郊外 >

 

 

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< 5. カールスタート >

 

 

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< 6. ストックホルムの観光、上が北、地図の縦の距離50km >

 

図の表示: 赤枠が観光範囲。黒線は鉄道。緑線はバス。茶色線は船。黒四角はホテル、Aで1泊、Bで3連泊。ピンク四角は空港。

 

主な訪問地

1 シグツーナ : バイキング時代からの古い町、湖に面した景勝地。

2 ストックホルム大学と自然史博物館

3 ドロットニングホルム宮殿: 大きな庭園と湖に囲まれた宮殿。

4 スクーグシェルコゴーデン: 世界遺産「森の墓地」。間違って隣の墓地を見学した。

5 ストックホルム中心: ガムラ・スタン(旧市街)、ユールゴーデン島(スカンセン、博物館2か所)、歴史博物館など。

6 Nynäshamn: サイクリングとシーフードを楽しみにしていた南端の漁港に向かったが、鉄道が不通の為行けなかった。

 

 

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< 7. オスロの郊外 >

 

 

 

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< 8. オスロ湾 >

 

 

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< 9. オスロの観光、上が北、地図の縦の距離15km >

 

図の表示: 赤枠が観光範囲。黒線は鉄道。緑線はバス。茶色線は船。黒四角のホテルで2連泊。茶色四角はフェリー港。

 

主な訪問地

1 Sognsvann: 美しい湖。

2 ヴィーゲラン公園: 広い公園にユーモラスな人体彫刻群が並んでいる。

3 ビィグドイ地区: ノルウェー民族博物館、ヴァイキング船博物館、他の博物館2か所。

4 Ulvøya: 郊外にある二つの島を路線バスに乗ったまま訪ねた。

5 オスロ中心: ノーベル平和センター、オスロ市庁舎、アーケシュフース城、ノルウェー抵抗運動博物館、陸軍博物館、歴史博物館、国立美術館、王宮庭園など。

 

 

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< 10.コペンハーゲンの郊外 >

 

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< 11. コペンハーゲン >

 

 

 

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< 12. コペンハーゲンの観光、上が北、地図の縦の距離65km >

 

図の表示: 赤枠が観光範囲。黒線は鉄道。茶色線はフェリー。黒四角のホテルで3連泊。茶色四角はフェリー港。ピンク四角は空港。

 

主な訪問地

1 クロンボー城: ハムレットの舞台。

2 フレデリクスボー城: 湖に面した美しい城。

3 野外博物館: 広大な敷地にデンマークの古民家を移築。ノルウェー民族博物館、スカンセンと同種。

4 ロスキレ: 古都。大聖堂とヴァイキング博物館

5 コペンハーゲン中心: 国立博物館、クリスチャンボー城、骨董市、王立図書館、救世主教会、ローゼンボー離宮、国立美術館、植物園、運河クルーズ、労働者博物館、トーベヘルネ(マーケット)など。

 

 

 

この旅行で目指したもの

1984年に一度、スウェーデンとデンマークを訪問し、この時、この国の企業の経営姿勢、福祉政策、人々のライフスタイルに感銘を受けていた。

現在も、北欧5ヵ国(アイスランド、フィンランドも)は経済や国民の幸福度などで世界をリードし続けている。

自分の目で確認し、日本の現状の打開策を探りたかった。

 

 

 

この旅行記でお伝えしたいこと

・ フリーの旅行者に役立つ、実際に経験した役立ち情報、トラブル、観光情報を紹介します。

 

・ 北欧の人々の暮らしを写真で紹介します。

 

・ 北欧の社会・経済と歴史、ヴァイキングなどを解説予定。

 

・ 現地で出会った人々やアンケ―ト結果を紹介します。

 

どうか皆さん、特に若い人は北欧を旅して欲しい。

幸福で豊かな暮らしを手に入れている国があることを知って頂きたい。

そこでは日本と何が違うかを肌で感じることが出来るはずです。

 

国民全員が政治を担い、常に教育改革を行い、労働環境を整え、国際競争力を高めることにより良い生活を手に入れている姿がそこにはある。

 

 

次回に続きます。

 

 

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Bring peace to the Middle East! 64: Why was it exhausted ? 2: selfishness of major nations and multinationals


中東に平和を! 64: なぜ疲弊したのか 2: 大国と多国籍企業の身勝手

 

1

*1

 

The selfishness is inconspicuous, but the damage of weaker nations is enormous.
This is deepening the division of the world.

大国の身勝手は目立たないのですが弱小国の被害は甚大です。
これにより世界の分断が深まっています。

 

2mennka

< 2. a particular of a subsidy policy >
< 2. 補助金政策の顛末 >

· cotton growers in the USA and Africa.
· the Graph shows a change of cotton price, and the red frame is in the time of Bush administration.

・米国とアフリカの綿花農家。
・グラフは綿花価格の推移、赤枠はブッシュ政権時。

 

Case A
In the time of the Bush administration, he doubled the cotton subsidies.
The USA issued the subsidies of $ 3 to 4 billion to 25,000 cotton growers.
This amounted to about 40% of the cotton production value of the USA, and the export price fell by this.
The cotton production value of the USA is the third largest in the world and accounts for 10%.

As a result, about 10 million farm families suffered a sever damage in Sub-Saharan Africa alone.
If this situation continues for several years, the small-scale farmers will not be able to recover.

Brazil, the production is the fifth highest in the world, sued the subsidy to the WTO, and the adjudication of a ban against the subsidy was issued.
While major nations say free trade, they sacrifice weaker nations by using all means such as export subsidies.
事例A
ブッシュ政権の時に、綿花の補助金を2倍に引き上げた。
米国は25000戸の綿花栽培農家に30~40億ドルの補助金を出した。
これは米国の綿花生産高の約40%になり、輸出価格はこの分下がった。
米国の綿花生産高は世界第3位で10%を占めている。

これによってサハラ以南のアフリカだけで約1000万戸の農家が打撃を受けた。
このようなことが数年も続くと、零細農家は再起不能になる。

生産高5位のブラジルはこの補助金をWTOに提訴し、補助金禁止の裁定が下された。
大国は自由貿易を謳っていながら輸出補助金などあらゆる手段を使い、弱小国を犠牲にする。

 

3ajia
< 3. Asian currency crisis >
< 3.アジア通貨危機 >

· Thailand of a victim country and the USA of a financial heaven.
· The damaged countries (orange), and the changes of the GDP in the time.

・被害国タイと金融天国の米国。
・被害国(橙色)とGDPの推移。

Case B
In 1997, the hedge fund led by George Soros suddenly made a short-sale against Thai currency, and the currency fell sharply (Asian currency crisis).
Thus, the economy of the five countries in which 500 million people live, mainly Southeast Asia suffered a sever damage, and the number of poverty rate and suicide doubled by the increase in unemployment.
Furthermore, the deaths from a disease also increased due to the reduction of welfare budget.
For this, the IMF and Japan etc. proffered a total of 5 trillion yen for the affirmative relief.

In exchange for the lives of about 100,000 blameless Asian, the speculators of major nation gained over several hundred billion yen in profit.
However, their conduct is not illegal and is also protected by major nations. Annotation 1
事例B
1997年、ジョージ・ソロスが率いるヘッジファンドがタイの通貨を空売りし、通貨が大幅に下落した(アジア通貨危機)。
そして、東南アジアなど5億人が暮らす5カ国の経済は大打撃を受け、失業の増大により貧困率と自殺者は概ね倍増した。
さらに福祉予算の削減により疾病による死者も増加した。
このためにIMFと日本などは合計5兆円の救済を行った。

罪のないアジアの約10万人の命と引き換えに、大国の投機家は数千億円以上の利益を得た。
ところが彼らの行為は違法ではないし、さらに大国によって守られてもいる。注釈1。

 

4bakuhatu0
< 4. Explosion accident at a chemical plant >
< 4.化学工場の爆発事故 >

· The exploded chemical plant, the injured persons, and the demonstrations.

・爆発した工場と被害者、デモ。
Case C
In 1984, a toxic gas outflow accident occurred in the chemical plant of “Union Carbide Corporation” of the USA in Bhopal, India, and thousands of people died.
After the accident, more than 20,000 people died and about 100,000 people suffer from health problems such as respiratory diseases and eye diseases.
About 600,000 people including the families are damaged.

The Indian government accused the management team of the factory to the court, but the USA refused to hand over a responsible person and he is still running away.
The amount of the compensation was 500 dollars per person and it was only one sixth of the bill, furthermore the damage is expanding by the outflowing material.
事例C
1984年、インド、ボパールの米国の化学工場「ユニオンカーバイト」で有毒ガス流出事故が発生し、数千人がなくなった。
事故後、2万人以上が死亡し、約10万人が呼吸器疾患や眼病などの健康被害を受けた。
家族を含めて総勢60万人近くが被害を受けた。

インド政府はこの工場の経営陣を裁判所に告発したが、米国は責任者の身柄引き渡しを拒み、彼は現在も逃亡中です。
賠償額は一人500ドルで訴訟請求額の6分の一に過ぎず、さらに流出物質により被害は拡大している。

 

 

5papua3

< 5. pollutants dumping from a mine >
< 5. 鉱山の汚染物質投棄 >

· the location of the mine and the polluted river.

・鉱山の位置と汚染された川。
Case D
The mine “Ok Tedi” of the world’s largest Australian resource development company had mined gold and copper in Papua New Guinea for more than 20 years.
This mine had earned 30% of the total export value of this country.

Eighty thousand tons of ore (pollutant) was kept flowing in the river every day.
Malformation occurred due to mineral poison, a large amount of earth and sand was accumulated in the entire downstream area, and enormous forest disappeared.
It is said that this recovery will take 200 years.

When this company was accused of the environmental destruction in 2002, it decided to close it in 2010, by considering depletion of the mine and huge damages compensation.
As a result, the local government had to clean up it.

This continues the next time.

 

事例D
世界最大のオーストラリア系資源開発会社の鉱山「オク・テディ」が20年以上、パプアニューギニアで金・銅を採掘していた。
この鉱山は、この国の輸出総額の3割を稼いでいた。

毎日8万トンの鉱石(汚染物質)を川に流し続けていた。
鉱毒で奇形が発生し、大量の土砂が下流全域に堆積し、膨大な森林が消滅した。
この回復には200年を要すると言われている。

この会社は2002年に環境破壊で訴えられると、鉱山の枯渇と膨大な損害賠償を考慮し、2010年に閉鎖することにした。
その結果、地元政府はこの後始末をしなければならなくなった。
次回に続きます。

 
注釈1.
ジョージ・ソロスは、タイの通貨管理がお粗末なので、どうせ誰かが仕掛けて破綻しただろうと言い、微塵も責任を感じていない。
これを例えるなら、衛生状態が悪い地域で病原菌を増殖させ、疫病が蔓延した後に薬剤を高値で売りつけるのと変わらない。
これで10万人の死者が出ても、世界は見過ごすだろうか。
大国のした事なら文句は言えないかもしれないが。

参考文献
「スティグリッツ教授の経済教室」スティグリッツ著。
「世界経済を不幸にしたグローバリズムの正体」スティグリッツ著。
「世界に格差をばら撒いたグローバリズムを正す」スティグリッツ著。

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地中海クルーズとカナリヤ諸島クルーズ 29: ローマ3、終わり


 

1

< 1.コンスタンティヌスの凱旋門、4世紀  >

 

 

今日は,この旅行記の最後になります。

ローマを紹介して、この旅行を簡単に振り返ります。

 

 

 

 

2

< 2.サンタンジェロ城、2世紀 >

 

 

 

 

 

 

3

< 3.テヴェレ川沿い >

上の写真: テヴェレ川の向かいにアヴェンティーノの丘が見える。

ここはローマの発祥の地となった七丘の一つで、5世紀に遡る教会がある。

 

中央の写真: このテヴェレ川の右岸がアヴェンティーノの丘。

下の写真: 「真実の口」の彫刻があるサンタ・マリア・イン・コスメディン教会。

 

 

 

 

4

< 4. パラティーノの丘 >

上の写真: 手前の広場は紀元前の戦車競技場跡、チルコ・マッシモ。

その後ろはパラティーノの丘で、最も歴史が古く、ローマ建国神話に繋がる紀元前8世紀に遡る。

この丘の奥に古代ローマの遺跡で有名なフォロ・ロマーノがある。

 

下2枚の写真: 上記の拡大。

 

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< 5.コロッセオ >

 

 

あまりにも有名な円形競技場コロッセオです。

左にコンスタンティヌスの凱旋門がある。

 

 

 

 

 

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< 6. コロッセオとフォロ・ロマーノ >

 

コロッセオの向こうにフォロ・ロマーノが見える。

 

 

 

 

7

< 7. チビタベッキアに向けて 1 >

 

いよいよ帰国の途に着きます。

チビタベッキア港からジェノバに戻り、ミラノから空路で帰国です。

 

 

 

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< 8.チビタベッキアに向けて 2 >

 

この日は折しも曇天で、旅行の終わりがよりわびしくなりました。

 

 

ローマに思う

イタリアは私にとって古代ローマから中世に至るヨーロッパ史を知るには重要な所と考えていました。

しかし、今回ミラノ、ジェノバ、ローマを観光して、その思いは萎えてしまいました。

特に、ローマの中心部の街並みを見るにつけ、すべてが古いままのたたずまいであることに不安を感じた。

 

これでは観光地としては良いが、発展への妨げになるのではないかと思えた。

 

 

私は人類の未来を知る為に、以前は先史から古代史を理解することが大事だと考えたが、今は直接的に中世以降の世界の紛争や戦争に関心があります。

その意味で、私にはローマが遠い存在になってしまったようです。

 

 

 

 

 

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この旅行を終えて

 

この15日間の旅行、内12日間のクルーズは、私達夫婦にとって貴重な経験でした。

出発前、初めてのことで色々不安はあったが添乗員のおかげで無事、かつ充分な満足感を持って終えることが出来た。

 

数々の思いでが蘇ります。

イタリア3都市、スペイン2都市、モロッコ1都市、大西洋の2島を観光した。

冬の地中海と大西洋を経験し、大航海時代の始まりを告げる2島を見た。

この島では、大自然を感じることが出来た。

アフリカのイスラム圏であるカサブランカを体験した。

二度目のスペインで、ガウデイとピカソに触れることが出来た。

クルーズ船内の生活をエンジョイし、クルーズならでは街歩きを楽しんだ。

様々な遺跡、景色、洋上の朝日夕日を写真に撮った。

そして、海外の人々と船内や町歩きで触れ合うことが出来た。

 

すべて貴重で楽しい思い出になりました。

 

 

 

 

 

 

10

*10

 

 

長らくこの旅行記にお付き合い頂きありがとうございました。

 

10月には、ロシア、バルト三国、ポーランドを巡る旅に行きますので、報告することを楽しみしています。

 

 

 

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淡路島の山上からの夜景


 1DSC04675-1-1

*1

 

淡路島の山上からの夜景を紹介します。

撮影は2016年8月12日、夜9時頃です。

 

 

 2DSC04631-1

< 2.神戸方面を望む >

一番明るいのは須磨方面で、その右側遠方が神戸方面です。

この日は流星群を見るために山上に行きました。

二つの流星を見ることが出来ました。

 

空は晴れていたのですが、この時期、淡路島全体がすっぽりと水蒸気に包まれており、月の光がそれに乱反射し、天空がほんのり乳白色になっているように感じました。

星はくっきりとは見えませんが、味わい深い夜景が広がっていました。

残念なことに、私の写真ではその雰囲気をお伝え出来ませんでした。

 

 

 

 

 

3DSC04632-2

< 3.眼下に大阪湾を望む >

 

 

4DSC04641-1

< 4.月を見上げる >

 

この南の方向に淡路島の山の稜線が伸びているのですが、遠くの山影は写っていませんでした。

 

 

5DSC04644-1

< 5.明石海峡大橋が見える >

 

この町の明かりは明石海峡の対岸にある明石の街並みです。

 

 

いつか鮮明な夜景を紹介したいと思っています。

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