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北欧3ヵ国を訪ねて 63: 古都ロスキレ 2


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今回はヴァイキング博物館内部を紹介します。

これでノルウェーヴァイキングとの違いが見えてくるはずです。

 

 

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< 2. バス停から博物館へ >

 

上: 右手前方の街路樹向こうに見える白い建物が博物館です。

 

中: 左手の船着場に小型木造船が数多く停泊しています。

後に訪問しますが、魅力ある体験の場になっています。

 

下: 道路の内陸側にはゆったりとした住宅街が広がっています。

 

 

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< 3. 展示物 >

 

上: ロスキレ湾に沈んでいたバイキング船が4隻並んでいます。

これらは11世紀、ヴァイキング時代末期に作られた船です。

これら5隻は湾内の水路に沈められていたのもので、1962年に発掘されたものです。

 

下: 船腹です。

ノルウェーのヴァイキング船と同じような作りですが、オスロの博物館で見た船よりは小さい。

 

この船が小さいのは国の違いではないかもしれません。

オスロの場合は外洋向けの船体であり権力者の副葬品でしたが、ロスキレの場合は、農耕主体の彼らが海上からの敵の侵入を防ぐ為に沈めたものだからです。

 

このロスキレは11世紀にはデンマーク王家の宮殿が建てられ、ロスキレ大聖堂には歴代国王の棺が安置され15世紀までは王都でした。

 

 

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< 4. 模型 >

 

 

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< 5. 他の展示 >

 

上: このロスキレのヴァイキング村の再現ジオラマのようです。

幾つか並んでいました。

 

下: この展示ブースは、ヴァイキング船が夜に航海をしている雰囲気を再現していました。

子供に人気でした。

 

 

 

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< 6. 沈められていた船の位置 >

 

左上: ロスキレの位置。

 

右上: 大きく複雑な湾の最奥部にあるロスキレ。

三角印は灯台、放射状マークは見晴台、一個の円は沈船の場所を示している。

 

下: 沈船箇所の拡大図。

この位置はロスキレのヴァイキング博物館より北方17kmにある。

湾が三つに色分けしてありますが、最も色の濃い部分の水深が1~3m、最も白い部分で5~7mです。

つまり、彼らは最も深い通行可能な水路を沈船で遮断したのです。

もっとも自分たちも航行できないと思うのですが。

 

 

 

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< 7. 北欧ヴァイキングの航海実績 >

 

デンマークのヴァイキングは西側から北海に直接出ることが出来たので、ヨーロッパを荒らした主役だった。

フランスのノルマンディーや英国の南部など。

 

一方、ノルウェーの者は北側のアイスランド、グリーンランドや英国の北部になった。

スウェーデンの者はバルト海から東部に出た。

 

 

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< 8. ヴァイキングの生活の地 >

 

上: ヴァイキング時代の定住地を赤で示している。

当時、デンマークの人口は50~100万人、男性の身長は170cm、男性の寿命は40歳ぐらいだった。

 

下: スカンジナビアの自然。

左側上二つの風景はノルウェー、深いフィヨルドが特徴。

中央二つはフィンランドとスウェーデン、深い森と湖が特徴。

下二つはデンマーク、平坦な地と干潟が特徴。

 

地域によって、かなり水辺や海岸の様子が異なることがわかる。

だから一括りでヴァイキングと言っても、地域で生業や交通手段が異なり、村の様子も異なったことだろう。

 

 

 

 

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< 9. ヴァイキングの生活 >

 

上: 左上の写真は、同じシェラン島にある別のヴァイキングの要塞遺跡を示す。

その右側の三つの円形は、それぞれ三ヵ所のヴァイキング要塞を示す。

その位置は、直ぐ下のデンマークの地図に描かれている。

その右側に要塞内にあった家屋の図です。

どうやら居住用と言うよりは要塞内で共同で過ごすホールの用です。

 

下: 戦闘時の装束、兜、剣などが分かります。

 

 

ここの博物館はオスロのものと違って目玉の遺物は少ない。

しかし、別の野外展示や作業再現の展示が素晴らしい。

 

 

次回紹介します。

 

 

 

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湖北の桜を訪ねて 1: びわ湖バレイ


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これから数回に分けて湖北の桜の名所を紹介します。

今回は、びわ湖バレイです。

 

 

これらの写真は、2019年4月8日に撮影したもので、クラブツーリズムの日帰りバスツアー『春爛漫!びわ湖バレイ・海津大崎 彦根・長浜・琵琶湖の桜決定版』で訪れた時のものです。

ほぼ快晴で桜も満開に近く、良い旅行となりました。

 

 

 

 

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< 2. ツアーの訪問地、 上が北 >

 

Aがびわ湖バレイで、ロープウェイで山頂に行き、琵琶湖を一望することが出来ます。

 

Bは海津大崎で、湖岸に沿って800本の桜が咲き誇ります。

 

Cは長浜の豊公園で、お城と湖岸の間を桜が埋め尽くしています。

 

AとBの中間の湖岸沿いの道路に6kmにわたり桜並木が続く、風車街道があります。

 

順次、紹介していきます。

 

 

 

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< 3. ロープウェイ >

 

上: 右側の山頂に向かってロープウェイが行きます。

 

下: ロープウェイのゴンドラからの眺め。

びわ湖の右側に微かにびわ湖大橋が見えます。

 

 

 

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< 4. 山頂駅 >

 

上: 残雪の山頂が見えますが、スキー場です。

私は若い頃、一度だけここのゲレンデ滑ったことがありました。

 

下: ロープウェイ山頂駅側から見た「びわ湖テラス」です。

 

 

 

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< 5.びわ湖テラス 1 >

 

水を張ったテラスからの眼下の眺めは素晴らしい。

手摺りが無い分、開放的です。

 

残念ながらこのテラスと同じ高さで雲が湧いていましたので、視界が完全に開けることはなかった。

 

 

 

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< 6. びわ湖テラス 2 >

 

迫り出した展望台はちょうど雲の中でした。

 

 

 

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< 7. びわ湖テラス 3 >

 

上: 左の建物がテラスカフェです。

 

下: カフェの内部から外を見たところ、ちょうど雲が立ち上っていました。

 

 

 

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< 8. ロープウェイ山麓駅 >

 

山麓駅と駐車場周辺の多くの桜が満開でした。

 

上: 対岸に見える遠くの山影は近江八幡と沖島です。

 

下: ロープウェイのゴンドラです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 62: 古都ロスキレ 1


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< 1. ヴァイキングの故地 >

 

 

今回は、コペンハーゲン港から古都ロスキレまでを紹介します。

私はデンマークではコペンハーゲンを中心にシェラン島を旅しました。

シェラン島の訪問地を簡単に紹介します。

 

 

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< 2. デンマークの訪問地、上が北 >

 

上: シェラン島の主な訪問地。

赤枠が主な訪問地で。黒線は電車です。

1日かけてコペンハーゲンを離れて北側の二ヵ所、お城と野外民俗博物館を訪ねた。

数時間かけてコペンハーゲンの西側にある古都ロスキレを訪ねた。

1日半かけてコペンハーゲン中心部の街並み、博物館、美術館、宮殿、教会、図書館などをバス、地下鉄や船など使い観光しました。

 

下: ロスキレではヴァイキング博物館と大聖堂を見て、公園と市街地を散策しました。

ピンク線は行きのバスで、青線は帰りの徒歩です。

黒線はコペンハーゲン間の電車です。

 

今回の写真は2019年6月7日、10:00~12:00に撮影したものです。

 

 

 

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< 3. フェリーを下船 >

 

上: 下船したばかりのフェリーを見上げる。

 

下: 予約していたシャトルバスからの眺め。

 

 

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< 4. シャトルバス >

 

上: 右側の路側帯に数多くの自転車が見える。

首都の中心部に近いのに車が少ない。

 

下: シャトルバスの停車場、普通の道路端で下車。

電車や地下鉄駅から少し離れた所で降りる。

 

 

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< 5.Nørreport駅付近 >

 

上: シャトルバスの停車場側からNørreport駅付近を望む。

 

下: この地下を電車(国鉄)や地下鉄が走っている。

 

 

私は電車を利用する前にCopenhagen Cardの72hを買う必要があった。

7-Elevenで販売していることが分かっていたので、写真のような道路中央にある店に入った。

 

ここで注意があります。

店員がカード使用開始時間を聞いてい来るので、今から使うのか、また使用開始の日時を指定する必要があります。

私は直ぐ使うので、カードのvalid form欄に購入時の時間10:30を記入してもらった。

初め何を言っているか分からず、戸惑った。

オスロのホテルでカードを買った時もそうだったのですが。

 

この地下に降り、電車に乗って2駅先のコペンハーゲン中央駅に向かう。

 

 

 

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< 6. コペンハーゲン中央駅 >

 

上: 地下1階のホームだが、地上は見える。

 

下: エスカレーターに乗って1階のコンコースに出た。

この写真は西側寄りから東側を見ている。

中央の青色の表示板が電車の行先表示で、ここで電車の発車時間とホームを確認した。

この周辺に案内係がいたので聞くことが出来た。

この写真の反対側のエレベーターで階下に降りて、ロッカーに荷物を預けた。

ここでは荷物を人手で預かってもくれる。

 

ホテルは近いのだが、この駅でスーツケースなどの荷物を預けた。

直接ロスキレに電車で向かう方が時間ロスが無いので。

ここには様々な飲食店やコンビニ、スーパーはあるのだが、11時少し前なので、食べずに電車に乗った。

 

Copenhagen Cardを買っておくと、今回の遠出と中心部の観光入場と交通がすべてフリーパスのなので、非常に楽です。

入場券と切符を買う手間暇がまったく不要でした。

 

 

 

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< 7. ホームにて >

 

上: コペンハーゲン中央駅のホームで電車を確認。

 

中: 電車内の表示で、行先と車両を確認。

 

下: ロスキレ駅に到着。

 

 

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< 8. ロスキレ駅 >

 

上: 待合室。

 

下: 待合室の前のバス停。

駅前のバス停からは目的地に行かないようです。

 

 

 

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< 9. バースターミナルに向かう >

 

上: 駅前の道路脇の表示板。

ヴァイキング博物館に行くには左に行く方が良いようです。

 

下: 駅を出て左側に進むと、バスターミナルが見えた。

 

数多くのバス停があったので、どのバス停で乗るべきかを近くの人に尋ねた。

ここでも若い女性に聞くと通じず、年配の男性が教えてくれた。

 

 

 

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< 10. バス停からバスに乗る >

 

上: バスターミナル横の店舗。

 

下: バスに乗った。

 

私が何処で降りるべきか不安がっていると、左前の女性が次で降りなさいと教えてくれた。

私がバスに乗車する時に、運転手に「ヴァイキング博物館に行きますか」と尋ねたのを聞いていたからだろうか。

 

旅ではちょっとした親切が身に沁みるものです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 61: フェリー 3


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今回は、室内の紹介、そしてクロンボ―城の眺めからコペンハーゲン港への入港までを紹介します。

 

 

 

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< 2. 船内の紹介 >

 

中: フロント階の直ぐ下の階。

 

下: その階の窓側にこのモニターがあったと思います。

 

朝4時頃からデッキに出てクロンボ―城の撮影を狙っていたのすが、いつまで経っても見えません。

それで船の位置を示すものは無いかと探していると、モニターを発見した。

モニターを見ると、赤い船の印はまだ海峡に入っていませんでした。

この時刻は6:07で、クロンボ―城に最接近したのは7:57でした。

 

 

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< 3. 船内の様子 >

 

上: フロント、案内所のある階。

 

中: 船内の紹介。

 

 

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< 4. 両側に陸地が見えて来た >

 

上: 前方左舷のスカンジナビア半島。

 

中: 前方右舷のシェラン島。

 

下: 前方に微かに海峡らしきものが。

 

 

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< 5. やっと海峡が見えた >

 

上: 左はスウェーデンのヘルシンボリ、右はデンマークのヘルシンオアです。

この海峡の幅は4kmで、スカンジナビア半島とシェラン島の距離が最も近い。

 

中: ヘルシンボリ側。

 

下: ヘルシンオア側の先に、クロンボ―城が見え始めた。

7:50です。

 

 

この海峡の狭さが、このクロンボ―城を歴史的に有名にした。

このことがハムレットの舞台になった理由かもしれない。

 

中世の時代、ドイツを除く西欧諸国は北方交易の為、船で北海からバルト海に行くには、この海峡を通過せざるをえなかった。

ドイツだけはリューベックから直接、バルト海に出ることが出来た。

このことがこの都市をハンザ同盟の中心都市にした。

この頃、バルト海からヴァイキングが去って久しく、ハンザ同盟も盛りを過ぎ、交易は各王国が主導権を担っていた。

中世初期の交易は地中海が注目されていた。

 

14世紀、デンマーク・ノルウェー・スウェーデンの3王国間連合が結ばれた。

この盟主となったデンマーク王は戦争による疲弊した財政を立て直す為に、この地にクロンボ―城を作り、通行税を徴収し始めた。

これが財政を豊かにさせた。

 

第二次世界大戦時、ドイツがノルウェーに侵攻した大きな理由は、英国海軍のバルト海進出とノルウェーの海運を封じる為でした。

 

この海域は西欧、北欧、東欧、ロシアにとって非常に重要だったのです。

 

 

 

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< 6. クロンボ―城 >

 

下: 最も近くなったところ。

 

 

 

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< 7.  離れて行く >

 

 

 

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< 8. 私のキャビン >

 

二段ベッドの二人部屋を一人で使ったので、狭くはなかった。

シャワーも使った。

安価なので窓はないが、気にはならない。

静かでよく寝れた。

 

 

 

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< 9. コペンハーゲン港が見えた >

 

上: コペンハーゲン港。

 

下: 中央に要塞島が見える。

これはかって英国との海戦でデンマーク側の守りの要になったことだろう。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 60: フェリー 2


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今回は、DFDSフェリーの食事とフェリーからの景色を紹介します。

今回でオスロ湾ともお別れです。

 

 

 

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< 2. 夕食 1 >

 

写真は予約していた18:00からのブッフェの光景です。

非常に沢山の北欧らしい食材と料理が並んでいます。

 

乗船客は時間を分けて予約しているので、多くの人が取り合うことは無かった。

下の写真の左、男性が今まさに取ろうとしているのは骨付きリブ肉で、一つが大きい。

私も取ろうとしたのですが、大き過ぎるので止めました。

 

 

 

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< 3. 夕食 2 >

 

上: シーフードのコーナー。

 

下: 最初に取った料理。

ビールは予約していたものです。

ウエイターはしきりにワンランク上の飲料を薦めたが断った。

 

 

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< 4. 夕食 3 >

 

二度目の料理とデザートです。

 

今回の北欧旅行で、レストランで食べったのはこれを含めて3回だけでした。

当初はスウェーデンの港町でバルト海のシーフードを食べるつもりでしたが、電車が突如不通になり、叶わなかった。

またデンマークの港町でも食べようとしたのですが、祭りの為か町のレストランの多くは閉まり、簡単なものしか食べられなかった。

 

どちらにしても北欧の物価は高く、貧乏旅行では高すぎて手が出なかった。

結局、ホテルの朝食を充分食べて、昼と夜はコンビニでサンドイッチのようなものを買って済ませた。

 

 

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< 5. オスロ湾に別れを 1 >

 

時刻は18:40前後です。

出港から2時間10分が経っていました。

左右の陸地は遠のき、その間を行き交うフェリーが見えます。

 

上中: 前方を見ている。

 

下: 後方を見ている。

 

 

 

 

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< 6. オスロ湾に別れを 2 >

 

時刻は18:45頃ですが、ジャグジーを楽しんでいる人々がいる。

 

 

 

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< 7. 船内 >

 

上: 免税店。

中: エレベーターホールに出る。

下: キャビンの通路。

 

 

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< 8. 夜明け 1 >

 

朝4:25、夜明けの瞬間です。

朝陽はスカンジナビア半島、スウェーデン側から昇ります。

 

この辺りは東側だけで陸地が微かに見える。

他の方向の眺め大洋を行くが如しです。

 

 

 

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< 9. 夜明け 2 >

 

時刻は4:40~4:55です。

 

上: 進行方向右側、西、デンマーク側を見ている。

漁船らしいものが数隻見える。

その奥に、ユトランド半島か島らしいものが微かに見える。

 

中: 進行方向左側、東、スウェーデン側を見ている。

望遠側で撮影すると、陸地に無数の風力発電用の風車が見える。

 

この手の風車を最初に製造したのはデンマークだった思います。

「持続可能な発展」を提唱したのノルウェーだったと思います。

北欧とは不思議な国です。

小国ながら自然に対して世界に先駆けた発想を持ち、やがて実現し、そして世界はそれを見習うようになった。

 

下: 前方に微かに島か陸地が見え始めた。

 

 

 

 

 

 

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< 10. 夜明け 3 >

 

時刻は5:50頃です。

 

やっと前方に、陸地が確認できる。

左はスカンジナビア半島、右はデンマークのシェラン島でしょう。

シェラン島にコペンハーゲンがある。

 

実は、早くから起きて海を見ているのには理由があります。

それはもうすぐ訪れる最も狭い海峡の一方にクロンボ―城が見えるはずだからです。

クロンボ―城はハムレットの舞台になった所です。

 

 

次回に続きます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 59: フェリー 1 


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これから最後の訪問国デンマークを目指します。

今回は、フェリーからのオスロ湾の眺めを紹介します。

晴天に恵まれ、そよ風に吹かれながら広大なフィヨルドを堪能しました。

 

 

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< 2. フェリーの航路 >

 

左上: 全航路オスロとコペンハーゲン間を黒い線で示す。

赤い矢印はオスカシボルグ要塞で、今回はオスロ出港からここまでを紹介します。

 

右上: オスロとオスカシボルグ要塞の間を拡大したものです。

 

フェリー出港は2018年6月6日、16:30です。

そしてオスカシボルグ要塞を過ぎたのは17:40頃です。

 

下: フェリーのフロア図。

かなり大きいですが、クルーズ船ほどには楽しめるスペースは無いようです。

 

 

 

 

 

 

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< 3. フェリー内 >

 

上: ここが唯一気楽に過ごせる、カフェでしょうか。

パンなども売られているので軽い朝食に良いでしょう。

奥に免税店が見えますが、高価なものが多いようです。

 

下: 屋上後部デッキ。

やはりクルーズと言えば、ここで皆、ビールでしょうか?

ところが、わりとジュースが目につきました。

 

 

 

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< 4. フェリーからオスロ市街を見渡す >

 

上: 白いのがオペラハウスです。

 

下: 左の森はアーケシュフース城、写真中央の遠方に見える二つの茶色の塔がオスロ市庁舎です。

 

 

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< 5. フェリーのデッキから 1 >

いよいよ出港です。

 

中: オスロ市街が遠くに見えます。

 

 

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< 6. フェリーのデッキから 2 >

 

 

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< 7. フェリーのデッキから 3 >

 

出港から30分ほど経った頃、不思議な光景を目にすることになりました。

それは進行方向右側の港から無数の高速ボートが白波を立て、このフェリーに近づいて来たのです。

そしてフェリーを囲み、追い越したりしていました。

 

まさか海賊、ヴァイキングとは思いませんでしたが。

どうやら観光のようでした。

 

 

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< 8. フェリーのデッキから 4 >

 

出港から40分ほど経っと前の海峡が非常に狭くなり、まるで塞がっているように見えました。

 

 

 

 

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< 9. フェリーのデッキから 5 >

 

フェリーは幾度も右左と大きく旋回し、島を避けながら海峡を抜けて行きます。

 

 

 

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< 10. オスカシボルグ要塞 >

 

狭い海峡を抜け、振り返ってみると何やら要塞らしきものが見えました。

後でグーグルマップで調べると、ここがオスカシボルグ要塞だと言うことが分かりました。

 

ひょっとすると、この三枚の写真のいずれかはドイツの戦艦が撃沈されたところかも知れません。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 57: オスロ16: ノルウェー抵抗運動博物館


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今回は、アーケシュフース城内にあるノルウェー抵抗運動博物館を紹介します。

ここには第二次世界大戦の抵抗運動の様子が展示されています。

小国の悲哀と独立への強い思いが錯綜する中で、希望へと導いた国王の行動が光ります。

 

 

 

 

 

 

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< 2. 博物館と関連映画 >

 

上: ノルウェー抵抗運動博物館の外観。

地下に展示室が広がり、狭いながらも十分に当時の状況を感じることが出来ます。

観光客は少ないが、学生や夫婦の見学者が少なからずいた。

 

左下: 抵抗運動の象徴になったノルウェー王ホーコン7世の肖像画。

 

右下: この抵抗運動が始まった三日間を描いた映画「ヒトラーに屈しなかった国王」のポスターです。

 

映画の主人公はホーコン7世です。

私は偶然、旅行に行く前にこの映画を見ることが出来ました。

これはノルウェー製でハリウッド製のような派手さはないが、当時の緊迫感と揺れる首脳陣の思いが伝わってくる良作でした。

 

 

 

 

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< 3. 展示物 1 >

 

左上: この地図はドイツ軍がノルウェーに侵攻した状況を示しているようです。

 

右下のオスロ湾に一群のドイツ艦隊が侵入しているのが分かります。

当時の政府首脳と国王はオスロにいました。

抵抗のドラマはオスロから始まりました。

 

ドイツ軍は雪が残る1940年4月にノルウェー各地に同時に侵攻した。

ドイツは前年、ポーランドに侵攻を開始し大戦が始まっていた。

破竹の勢いで進軍したドイツ軍は1940年6月にパリを陥落させた。

この5月にはチャーチルが英国首相となり、英国は和平から臨戦体制に転換した。

 

左下: おそらく左がホーコン7世のようです。

 

右で威張っているのが悪名高いクヴィスリング首相でしょう。

ノルウェー軍人の彼はナチスを信奉しており、前年にヒトラーにノルウェー侵攻を要請していた。

実は、彼はナチス主体の「北海帝国」を妄想していた。

いつの世にもこのような人物は出るようです。

彼はドイツ軍侵攻の混乱に乗じ、全権掌握を宣言し、自ら傀儡政権を任じます。

しかし彼はノルウェー首脳と国民からは疎んじられ、ヒトラーを除いてドイツ側も信用していなかった。

彼は戦後、裁判によって銃殺刑に処せられた。

彼の名は今でも「売国奴」と同義語として使用されている。

 

右下: おそらくドイツ軍に占拠されたオスロ港でしょう。

 

 

 

 

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< 4. 映画のシーン 1 >

 

上: 映画は冒頭、闇夜から始まった。

 

それはオスロ湾で最も狭いドレーバク水道にあるオスカシボルグ要塞の守備隊が舞台になります。

この要塞の島をフェリーか眺めることができました。

 

闇夜に乗じてドイツの戦艦が迫って来たので、守備隊長は王宮に判断を仰ごうとするのですが連絡が取れません。

ここで彼は砲撃の命令を独断で下し、戦艦を撃沈します。

(私には出来なかったでしょうが)

 

この彼の行動が国王に逃亡の時間を与え、後の抵抗運動に繋がった。

後に彼は勲章を授与されます。

 

 

下: 右はドイツ公使で左はドイツ将校です。

 

この映画で国王に次いで、心打たれた人物がノルウェー駐在ドイツ公使Curt Bräuerです。

 

映画の舞台は翌日のオスロに移ります。

彼はドイツ軍による支配を極力穏便に済まそうと調整に努めます。

ヒトラーとも直談判し、また侵攻して来たドイツ将校相手に孤軍奮闘します。

しかしホーコン7世はヒトラーから条件(傀儡政権を認める)を呑むことが出来ず、家族と政府首脳と共にオスロを去り列車で北部へ逃亡します。

 

大使の仲介の労は無に帰し、彼は任を解かれソ連への前線に送られ、9年間のソ連での捕虜生活に耐えることになる。

このような身の危険を顧みない他国を思う外交官がいたことに感動した。

 

 

 

 

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< 5. 映画のシーン 2 >

 

上: ホーコン7世と王子、そして政府首脳がドイツ軍の追撃から逃れているシーンです。

 

下: 国王一行を守る兵士は少なく、少年兵も参加している。

 

ホーコン7世は逃亡しながらドイツの降伏要求を拒否し続け、2か月後に国外脱出を果たすることになる。

この時「独立を取り戻すための戦い」の声明を残し、王家、政府と軍の要人500名と共に船で英国に亡命します。

ロンドンで亡命政府を樹立し、連合軍と共に戦うことを宣言し、ノルウェー国内の抵抗運動への指示と支援を続けます。

 

そして国民は一丸となって統率の取れた抵抗をおこなった。

初めは非協力・非暴力で抵抗し、地下に潜伏し、ドイツ軍の劣勢が伝わると武力闘争に切り替えっていった。

 

戦後、国王は帰国を国民の大歓迎で迎えられ、再び独立を取り戻した。

そして現在、世界で一番豊かで幸福な国と言われる。

 

 

 

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< 6. 展示物 2 >

 

ドイツ軍の侵略を模型で示したものです。

 

 

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< 7. 展示物 3 >

 

抵抗運動の主役たちと様々な抵抗の様子が展示されていました。

 

 

 

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< 8.展示物 4 >

 

これはどうやら抵抗運動側によるオスロでの破壊指令のようです。

 

指令書の地名は地図の黄色の破裂マークで、前回紹介したアーケシュフース城に至る道で、右側にオスロ中央駅があります。

指令書の目標名は、ドイツが創設したノルウェー内のナチス党組織です。

日時は終戦の前年の1944年です。

 

 

* 感想

 

この抵抗運動と映画も含めて感想を記します。

 

一番印象深いのは、劇中でのホーコン7世が語る言葉です。

 

彼は「私は国民から選ばれた王だから、もっとも尊重すべきは国民の声である」として、安易にドイツの言いなりなることは出来ないと悩みます。

ドイツに屈服して王家と国民の命を守るべきか、それとも半世紀前にやっと手に入れた独立を守るべきか。

 

実は、彼は1905年のノルウェー独立に伴い、国民投票でデンマークの王子からノルウェー王になっていたのです。

 

一方ドイツ侵攻で政府首脳はうろたえ、王は「君たちは国民から選ばれたのだから、国を率いる責務があるのだ」と諭します。

しかし彼らは答えを出しません。

 

王は象徴的な存在であって、政治に口出すべきでないとホーコン7世

は考えていた。

彼への国民の信頼は絶大で、ノルウェー政府も王の言葉を待ちで、ドイツも彼を条約調印の相手と見做していた。

 

彼は一人悩み「降伏拒否」を宣言することになる。

映画はここに至る3日間を描いている。

 

 

私が北欧に惹かれ、政治社会経済の良さを知りたいと願い、今回の旅にでました。

 

北欧三ヵ国に共通するのは立憲君主制ですが、大いに英国や日本と異なるものがある。

ここ数百年の歴史を見ると、北欧三ヵ国は王家の力が弱く、貴族と対抗させ、国民がまとまるため、国民が王家に国の統率を依頼するようなところがある。

これはヴァイキングが隆盛した社会背景と共通しているように思える。

 

ともかく議会制民主主義が国民と王家の信頼によってより強固になっている。

不思議な国です。

 

抵抗運動が分裂せず、スムーズに行われたのもこの国王への人気の賜物かもしれない。

 

 

実は、この館を退出する時、事務所の男性職員が目を合わせ「ありがとう」と言ってくれた。

 

 

次回に続く。

 

 

 

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春の淡路島


 

 

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2019年3月9日、快晴の中、明石海峡公園、明石海峡大橋、はなさじきを訪れました。

 

 

 

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< 2. 明石海峡公園 1 >

 

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< 3. 明石海峡公園 2 >

 

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< 4. 明石海峡公園 3 >

 

河津桜が満開でした。

 

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< 5. 明石海峡公園 4 >

 

小鳥が集まっていました。

 

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< 6. 明石海峡公園 5 >

 

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< 7. 明石海峡大橋 >

 

 

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< 8. はなさじき 1 >

 

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< 9. はなさじき 2 >

 

菜の花が青空に映えていました。

 

 

 

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 56: オスロ 15: アーケシュフース城


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今回は、海岸に面した丘に建つ古城、アーケシュフース城を紹介します。

北欧で訪れた城の中では最も郷愁を誘う佇まいでした。

 

 

 

 

 

 

 

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< 2.散策ルート、上が北 >

 

上: 赤枠が今回紹介する範囲です。

 

下: 赤線が散策ルートで、Sから初めて半時計周りに進みEに戻りました。

 

時間が無く、あまり興味もなかったので城の建物内には入りませんでした。

城の敷地内にあるノルウェー抵抗運動博物館には入りました。

ノルウェーの現代史、第二次世界大戦に関心がある方は参考になると思います。

後に紹介します。

 

散策したのは2018年6月6日の11:00~12:00で、途中、ノルウェー抵抗運動博物館を見ています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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上: 北側のウオータフロントを見ています。

前日、ボートで右側の港に着岸しました。

 

下: この城壁の上の道から港を見下ろしています。

 

 

 

 

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下: 湾奥右手に見える茶色の建物がオスロ市庁舎の一部です。

 

 

 

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左上: 衛兵の少年が観光客に人気で、また可愛い。

右上: 城の西側にある砲台に向かって下ります。

 

下: ほぼオスロ湾の西側を見ています。

 

 

 

 

 

 

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下: この建物が最も重要な城の建物なのでしょう。

撮影している私の後ろ、海側に砲列があります。

 

この城は、1299年に創建され、1527年、火災に遭い大部分が焼失した。

1600年代前半に宮殿として改築され、城壁も造られた。

敵軍に9回も包囲されたが、一度も陥落することはなかった。

現在は公式行事が行われ、王室関連の亡骸が城内に埋葬されている。

 

 

 

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上: 砲列は西側、オスロ湾に向かっています。

 

下: 小さな門をくぐり抜け、砲台を振り返った。

 

 

 

 

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上: 先ほどの門から多くの観光客が出て来た。

 

下: その門の右側、城の建屋を眺める。

 

 

 

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上: ほぼ上記と同じ位置から、これから戻る方向を望む。

 

下: 真直ぐ進み、右に折れると、最初に入って来た場所に戻ります。

 

一部、軍事関連の施設が有り、通れないところがあります。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 55: オスロ 14: 歴史博物館


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< 1. 歴史博物館 >

 

 

今回は、歴史博物館と王宮周辺を紹介します。

それとヴィーゲラン公園を出て上記2ヵ所を巡り、次にアーケシュフース城までの行き方について紹介します。

写真は2018年6月6日、9:00~11:00の撮影です。

 

 

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< 2. 観光ルート、上が北 >

 

上: 左上のヴィーゲラン公園を出て、右下のアーケシュフース城までのルートを示す。

赤線が徒歩、青線が2種類のトラム、黒矢印が歴史博物館、黒枠がアーケシュフース城です。

途中の赤線は王宮前の公園を抜けていく徒歩ルートです。

 

下: アーケシュフース城に行く為に、青線のトラムを下車し、黄色線のルートを歩き、城内に入った。

 

 

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< 3. トラムのFrogner plass駅 >

 

上: 左に折れて行くと王宮の方に行きます。

 

下: 乗るトラムがヴィーゲラン公園の方からやって来ました。

 

オスロのトラムの乗降は一切、切符のチェックがありません。

一度、無賃乗車のチェックで捕まっていた人を見たことがありました。

 

路線12番のトラムを利用し、王宮近くまで行きます。

実はここまで歩かなくとも、ヴィーゲラン公園の正面ゲート前にVigelandsparken駅があり、同じ12番線が利用できました。

下車駅はRuseløkkaです。

 

このような目的地に行く為のバスや地下鉄、トラムのルート選択は、事前に日本でグーグルマップで調べておきました。

非常に役立ちました。

バス停の位置が、少し正確でない時もありましたが、ストリートビューで詳細に調べることで多くは解決しました。

時間はかかりますが。

 

 

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< 4. トラムの様子 >

 

上: トラムのFrogner plass駅の表示。

路線図と路線の駅、時刻表が分かります。

 

下: これは乗ったトラムの車内です。

これは新しい車両ですが、他では古い車両にも乗りました。

 

一つ北欧らしいエピソードを紹介します。

私が中心街のトラムを乗っていた時のことです。

 

停留所でおばあさんが一人乗って来ました。

トラム内には若干空席がありました。

すると二人掛けの椅子で喋っていた二人の女性が、すくっと立ち上がりました。

そのおばあさんは、その二人掛けの椅子に座り、二人の女性は別の補助椅子を起こして座りました。

 

はたで見ていると、大げさな誘いや感謝などは無く、実に自然な行動でした。

 

彼女らは少しでも高齢者には楽に座って欲しいと思ったのでしょう。

日本でこのようなことは起きないでしょう。

 

 

 

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< 5. 王宮周辺 >

 

上: 王宮側から今来た道を見ている。

トラムのRuseløkka駅を降りて、緩い坂道を王宮に向かって歩きます。

 

下: 同じ位置から王宮を見上げる。

 

 

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< 6. 王宮 >

 

上: 王宮。

入りませんでした(夏季のみ、ガイドツアーで見学可)。

この建物は1848年の完成で、銅像は当時のカール・ヨハン王です。

この時期、ノルウェーはスウェーデンの支配下にあり、彼はスウェーデン王でした。

 

観光客と集団の学生の見学者が多かった

 

下: ちょうど反対方向を望む、カール・ヨハン通りがオスロ駅まで一直線に伸びている。

 

 

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< 7. 王宮の公園 >

 

上: 王宮前に広がる公園を抜ける。

振り返った所。

 

下: 鳥がさえずり、落ち着ける所でした。

 

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< 8. 歴史博物館 1 >

 

上: 1階、中世展示室。

木造教会模型の右奥に学生が円陣を敷いています。

この円陣の中央の床にヴァイキングの丸い木造の盾が置かれていました。

彼らはヴァイキングの歴史を学芸員から聞いていたようです。

 

下: ヴァイキング時代の船の風向計らしい。

 

この博物館は4階まであるのですが、工事中(展示の模様替え)の為か展示は少ない。

メインであるはずの中世も含めてヴァイキングの展示も少ない。

これに比べデンマークとスウェーデンの博物館の展示は豊富でした。

 

 

 

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< 9. 他の展示 >

 

左: 1階の同じ中世展示室。

石碑がありましたが、スウェーデンで見たルーン石碑とは異なるものでした。

外形は三角形で赤色、前面には馬などの絵が刻まれ物語を描いているようでした。

これはDynnastoneと呼ばれるもので、聖書のキリスト降誕の場面を描いているらしい。

ヴァイキング時代の終わり、ノルウェーにキリスト教がもたらされた11世紀頃のものです。

 

右: 中国製の工芸品でしょうか。

 

この博物館の展示に、ノルウェーの中世以外に、古代エジプト、世界各地の民族衣装、そして北米とユーラシアの北極圏の民俗展示があります。

北極とその周辺の民俗展示は、日本のアイヌも含めて文化の共通点が見られて面白かった。

 

残念なことは、全体に規模が小さいことです。

 

 

 

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< 10. アーケシュフース城に向かう >

 

上: 国立劇場前からトラムに乗ります。

奥の方に向います。

ここで路線13か19のトラムに乗り、Øvre Slottsgate駅で降ります。

途中停車駅はなし。

 

下: Øvre Slottsgate駅を降りた所。

これから右に折れて進みます。

 

 

 

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< 11. アーケシュフース城の城壁が見えて来た >

 

下: 左の方に入り口の一つがある。

入口は何か所もあり、分かり難い。

城内に入るのに入場料は必要がなかったようです。

建物の中に入るには入場料がいるはずですが、オスロ・パスがあれば無料です。

私は建物中には入らず、城内敷地を巡った。

けっこう古城の雰囲気を楽しむことが出来ます。

 

 

 

 

 

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< 12. いよいよ入場 >

 

上: 城内の地図。

非常に敷地は大きく、私が入念に見て回ったのは地図の上半分で、ノルウェー抵抗運動博物館もあります。

 

下側には美術館やArmed Forces Museum (Norway)があります。

 

ノルウェー抵抗運動博物館とArmed Forces Museum (Norway)に入りました。

この2つではノルウェーの半世紀前の苦しみと、その後の世界平和への貢献がわかります。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 54: オスロ 13: ヴィーゲラン公園へ行く


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今回は、ヴィーゲラン公園に林立する彫刻群を堪能します。

途中、オスロ市内の大きな墓地を通りました。

 

 

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< 2.散策ルート、上が北 >

上: 黒四角のホテルから青丸の国立劇場駅まで歩き、地下鉄でBorgen駅まで行きます。

そこから茶色線のように、大きな墓地を抜けヴィーゲラン公園を通り抜けました。

 

ヴィーゲラン公園に行くにはトラムで行く方法もあったのですが、同じ歩くのなら墓地を見てみたいと思ったからです。

 

 

下: 赤丸Sから墓地を抜け、彫刻公園の中央を進み、正面ゲートEに出ました。

 

この公園は無料で24時間開いています。

 

 

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< 3. 地下鉄駅Borgen >

 

2018年6月6日(水曜日)朝7:50に着いた。

 

上: 向かいのホームの中央に墓地への入り口が見える。

下: 私がやって来た中心部、東側を陸橋の上から見ている。

右手が墓地。

 

 

 

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< 4. 墓地 1 >

 

上: 日本では考えられないのですが、スウェーデンも同じで墓地内をジョギングする姿を見かけました。

 

墓地の形態はスウェーデンとまったく同じで、森林墓地とでも言うのでしょうか。

あまり飾り気が無く、大小の差があまりない石板の墓石が区画毎に整然と並んでいます。

だからと言って、広い区画を埋めつくすようなことは無く、小さな区画ごとに高木で囲まれています。

 

これら北欧の墓地のありようには、北欧人に根付いている心理が現れているように思える。

そのキーワードは「森と共に生きる」と「集団の絆」かもしれません。

これは個々に統率を乱すような主張をしない、共にあることを大事にしているように思える。

これはヴァイキングの精神でしょうか。

 

旅行中に出来るだけ世界中の墓地を見るようにしているが、そこにはその地域の文化が現れている。

墓地には文化の保守的な面が残っており、文化の深層を見ることが出来る。

 

 

 

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< 5. 墓地 2 >

 

上: 墓地に隣接する教会。

 

 

 

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< 6. 墓地 3 >

 

下: 墓地中央にある斎場。

 

 

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< 7. 墓地 4 >

 

上: 珍しく、大きな墓石があり花も飾られていた。

 

下: 左側にトイレがある。

この場所は墓地と公園の境目にあり、この道を進み左に折れると公園に入る。

この右手にはドッグラン用の芝生公園がある。

 

北欧もトイレが非常に少ないので事前に調べたのですが、行きたい所の野外にあるかどうかほとんどわからなかった。

 

私は墓地に入ると便意をもよおし、墓地を清掃している人に聞いたら、教会横にあると教えてくれた。

しかし行ってみると、時間的にまだ開いていなかった。

墓地を抜けた辺りで別の人に聞くと、この写真のトイレを教えてくれた。

このトイレはカード式で、クレジットカード決済で扉を開けます。

中は広く、清潔でした。

 

 

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< 8. ヴィーゲラン公園 1 >

 

上: 中央の石柱がモノリッテン

高さ14の花崗岩に121の人物像が浮き彫りにされている。

 

中央: モノリッテンのあるモノリスの丘の頂上から北西端にある生命の輪を望む。

 

下: 同じ場所から南東方向、正面ゲートがを望む。

今からこの方向へ進む、遠くに大聖堂の尖塔が見える。

 

 

この公園にはヴィーゲランの後半生に創作した212点の彫刻、人物像としては650体が配されている。

もっとも彼は粘土で原型を作り、弟子たちが鋳造や石像彫刻を行い、これだけの作品が20年間の間に生まれた。

彼の彫刻以外は置かれていない。

 

 

 

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< 9. ヴィーゲラン公園 2 >

 

上: 噴水の後方にモノリスの丘が見える。

左側の6人の男性が円盤を掲げているのが中心部の噴水ですが、今日は水が出ていませんでした。

周囲の彫像群は、樹木と人間が一体になっています。

 

 

 

 

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< 10. ヴィーゲラン公園 3 >

 

上: 市民がそれぞれ公園を楽しんでいました。

 

下: 彼の作品で最も有名な「怒りんぼう」

これは橋の欄干にある58点の内の一つです。

 

 

 

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< 11. ヴィーゲラン公園 3 >

 

上: 橋の彫刻。

 

中央: 橋の全景。

朝早いせいか、公園内の観光客は中国系の一組だけで、後は市民がそれぞれに楽しんでいました。

この公園を出る9時頃になると、珍しくインドからの観光の一団が正門から入って来ました。

 

下: 正面ゲート。

 

彼の作品は、圧倒的に普通の人物像、それも老若男女問わず、幼児までいる。

それらは頭髪や筋肉の表現が割愛され、衣服をまとわず、多くは豊満か肥満気味です。

 

一番多いのは家族や恋人との生活の中での一瞬の喜怒哀楽を表現しているようです。

それも単体では無く、人との関わりを体を接触させた群像として表現しています。

 

この手の彫刻は始めて見たような気がします。

人と人が関りながら生きている、こんな率直な生命賛歌の表現が今までにあっただろうか。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 53: オスロ 12: 国立美術館からカール・ヨハン通り


 

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今回は、ムンクの絵がある国立美術館から最も賑やかなオスロの中心街を歩きます。

 

 

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< 2. 散策ルート、上が北 >

 

赤丸がメトロの国立劇場駅、黄色矢印が国立美術館、ピンク矢印がオスロ大聖堂、白矢印がオスロ中央駅です。

 

最初、白線に沿って美術館に行き、次いでピンク線に沿って大聖堂の前まで歩き、それからカール・ヨハン通りに出て、中央駅まで歩いた。

中央駅の前を左に折れ、ショッピング街を目指した。

写真は撮影順に並んでいます。

 

 

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< 3. 通り >

 

上: 交差点から東側に伸びるカール・ヨハン通りを望む。

下: 同じ交差点からメトロ駅を振り返る。

 

 

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< 4. 美術館 >

 

この二つの建物は向かい合って建っている。

 

上: 歴史博物館。

翌日、訪れます。

 

下: 国立美術館。

大きくはないが、ウオータフロント再開発でこの美術館は移転します。

閉館時間の関係で、この日はこの美術館だけの入館になりました。

 

 

 

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< 5. ムンクの部屋 1 >

 

ノルウェーの画家で最もよく知られたムンクの絵が、ここにはあります。

別の場所にもムンク美術館はあるのですが、この国立美術館にはムンクの部屋があり、彼の主要な作品が展示されている。

 

当然、この国立美術館にはノルウェーの美術や西欧美術(モネ、グレコ、ゴッホなど)も展示されている。

デンマークの美術館と比べると小さく、規模や展示数は見劣りする。

 

上: 『ハンス・イェーゲルの肖像』1889年。

下: 「叫び」1893年。

もっとも有名な彼の絵で、連作の内の一つです。

 

 

 

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< 6. ムンクの部屋 2 >

 

上: 「マドンナ」1894-1895.

写真に撮れていないのですが、「生命の踊り」1899-1900がありました。

この絵は彼の悩める女性関係を夕陽が沈む海をバックにダンスする男女の群像で象徴しています。

「マドンナ」と時期が重なるこの絵の人物の表情からは悩ましい悲愴な恋慕の思いが伝わってきます。

 

下: 「橋の上の少女たち」1901.

 

ムンクの絵がこの部屋に30枚近くあったと思います。

おそらく彼の生涯を語るにふさわしい絵が揃っていたように思います。

 

 

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< 7. ノルウェー画家 1 >

 

上: ムンクの風景画。

下: ”View from Åsgårdstrand”, by Hans Heyerdahl, 1887.

オスロフィヨルドの中部の海岸が描かれている。

 

 

 

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< 8. ノルウェー画家 2 >

 

上: 『Leiv Eriksson oppdager Amerika』by Christian Krohg, 1893.

この絵はヴァイキングの偉業を説明する時によく使われます。

この絵はノルウェー人のエリクソンが1000年頃、初めてアメリカ大陸に到達した航海を描いています。

 

下:  “Winter Night in the Mountains”, by Harald Sohlberg,1914.

この絵が私には目立ちました。

 

オスロを巡り、美術館を見て感じた事の一つは、世紀末を象徴するアールヌーボー作品に出くわさなかったことです。

ムンクは、ちょうどアールヌーボーの時代、世紀末に活躍したのですが、精神性を重視する方向に向かった。

オスロではアールヌーボーの花や植物などを使った新しい装飾様式が建築物を彩ることがなかったようです。

このことはおそらく、この地が当時、経済的に繁栄しておらず、また西欧と深く結びついていなかったことの証のように思える。

当時、スウェーデンの支配下にあり、特に西欧商人の居留地でもなかったからでしょうか。

私はほんの一部しか見ていないので自信は無いが。

 

もう一つは、美術館のノルウェー絵画を見て、北欧の特色や個性のようなものを感じられなかった。

私のような素人目には西欧絵画と変わらないように思える。

北欧美術が西欧文化圏と一体だとしら、少し寂しい気がする。

最も後に紹介する彫刻家ヴィーゲランは別格だと思うが。

 

 

 

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< 9. 大聖堂 >

 

上: オスロの中心部を歩いていて、中世を感じさせる建物はこれぐらいではないでしょうか。

1697年に創建され、幾度も修復されて来た。

中には入っていません。

 

下: 大聖堂の向かいにある広場の花屋。

 

 

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< 10. カール・ヨハン通り >

 

下: 左のレンガ造りの建物はCafé Cathedralです。

 

やはりかなりの賑わいです。

私が写真を撮りながらふらふらと歩いていると、後ろから追い抜いていく男性と肩がぶつかりました。

この二人の男性は振り返るやいなや、「すいません」と日本語で謝りました。

私は驚き、笑顔で答えるだけでした。

 

 

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< 11. 中央駅前 >

 

上: カール・ヨハン通りを進むとちょうど中央駅前に出ます。

 

下: 中央駅の前で左に折れると、多くの高層ビルが見える。

そこは多くのショッピングモール、レストラン、ホテルが入っている。

 

 

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< 12. Jernbanetorgeの交差点 >

 

この交差点の周りが最も賑やかで、巨大なショッピングセンターが幾つもあります。

私はその内のオスロ・シティに入りましたが、様々な最新の店舗が多くの人で賑わっていました。

 

またこの交差点には多方面に向かうバスやトラムの通過点、停留所が数多くあります。

ここからトラムに乗ってホテルに戻り、初日のオスロ観光を終えました。

 

この6月5日は、地下鉄に乗り湖Songnsvannのに行き、バスでビィグドイ地区に入りノルウェー民族博物館、ヴァイキング博物館、フラム号博物館、ノルウェー海洋博物館を歩いて巡り、渡船でオスロ湾ミニクルーズを楽しみ、ノーベル平和センター、オスロ市庁舎を見学後、路線バスでMalmøyaとUlvøyaの島を巡り、戻って来てオペラ・ハウスから中央駅まで歩き、次いで地下鉄で移動し、国立美術館、大聖堂、カール・ヨハン通り、ショッピングセンターのオスロ・シティを歩いて巡りました。

 

朝、8時前にホテルを出て、ホテルに着いたのは午後7時半頃でした。

この日は昼食も夕食もとる暇がなく、14ヵ所以上見て、計画を何とかこなし、疲れでベッドに入りました。

次の日は半日オスロ観光すれば、フェリーでコペンハーゲンに向かいます。

 

事前にオスロの素晴らしを知っていればもっと宿泊数を増やしていたのですが、悔やまれる。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 52: オスロ 11: オペラハウスから中央駅へ


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島巡りのバスを降りて、オペラハウスからオスロ中央駅へ歩きました。

斬新で活気溢れるウオータフロントの再開発が進んでいました。

ノルウェーの勢いを感じました。

 

 

 

 

 

 

 

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< 2.散策ルート、HPから借用 >

 

上: 南側を望む、数年前の写真らしい。

 

下: 再開発中のウオータフロント全体の完成図らしい、西側を望む。

再開発はこの写真の範囲内の海岸沿い全てが対象で、集合住宅、商業施設、美術館などの文化施設が集積される。

 

赤線は島を巡ったバスのルート、ピンク線は今回紹介するバスを降りて散策したルート。

アルファベットのOはオペラハウス、Sは中央駅、Aはアーケシュフース城、Fはコペンハーゲン行きのフェリー乗り場、Rはオスロ市庁舎。

 

 

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< 3.バスを降りて >

 

 

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< 4. オペラハウスの横 1 >

 

下: オペラハウスの海側横を歩く。

デカい!

 

 

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< 5. オペラハウスの横 2 >

 

下: 海側を見るとガラスのオブジェ、その向こうにフェリーが見える。

左側に見えるのがDFDSフェリーで、翌日コペンハーゲンに向かって乗ることになります。

 

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< 6. オペラハウスの横 3 >

 

上: 不思議な建築だ!

 

下: 実は、このオペラハウスの屋根にあたる巨大な斜面は市民の憩いの場、日光浴する場所になるようです。

 

私は奇をてらった建築が嫌いなのですが、この斜面の効用には驚きました。

実に眺めの良い、周囲から視線を感じない、オープンな二次元空間なのです。

 

 

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< 7. オペラハウスの横 4 >

 

上: 海に浮かぶ派手な鳥型のゴムボート。

近づいてみると、何にかのTVインタビューをしていました。

 

下: 私もここで少し寝てくつろぎましたが、6月5日、15:45だと言うのに暑かった。

 

 

 

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< 8. オペラハウスの横 5 >

 

 

 

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< 9. オスロ中央駅1 >

 

上: 白い建物が駅舎で右側にホームが並びます。

こちらから見た駅舎の外観は古そうですが、反対側に増築されており、少し複雑で、現代的な面も持ち合わせています。

 

下: 古い方の駅舎内のフードコート。

 

 

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< 10. オスロ中央駅2 >

 

下: FLYTOGETの表記は空港に行く高速列車のことで、自動券売機があります。

 

 

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< 11. オスロ中央駅3 >

 

上: ホームを見ている。

ここには19本の列車ホームがあり、ここから国内、隣国スウェーデン、オスロ空港に行くことが出来る。

前日の真夜中、私はここを通りました。

 

この中央駅の周辺には、上記の列車以外に地下鉄、トラム、バスの駅が集まっている。

地下鉄駅は少し離れている。

トラムとバスは、Jernbanetorgetのように同じ名前の停留場が異なる通りなどに幾つもあるので、行先とバス番号の確認が必要です。

 

そうは言っても、ストックホルム中央駅と他の交通機関の乗り換えほど分かり難いことはない。

 

下: 次の観光地に向かう為に地下鉄駅に向かう。

 

 

次回に続きます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 51: オスロ 10: オスロ湾の島を尋ねる


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今回は、オスロ湾に面した島をバスで巡ります。

海沿いに素晴らしいリゾートエリアが広がっていました。

そこには豊かで嬉々とした暮らしぶりがありました。

 

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< 2. 紹介するルート >

 

 

上: 上が北。

黄線はAの市庁舎前からBのバス停までの徒歩ルート。

この周辺に同じ名称のバス停が幾つかあり、バスNo.の確認が必要。

BはJernbanetorget。

 

ピンク線はBから乗ったNo.85バスのルート。

普通の公共交通機関の路線バスを利用した。

このバスは先ずDまで行って折り返し、次いでEに行き、ここで少し時間待ちしてから、まったく逆のコースをBまで戻ります。

 

当初は途中で降りて散策し、30毎に来る次のバスに乗る予定だったのですが、そのまま乗って往復した。

往復の乗車は14:30頃からの約1時間でした。

ⅮはMalmøya、EはUlvøyaです。

 

Cはエーケベルグの丘で、画家ムンクが度々散策していたところだそうです。

ここで有名な「叫び」を構想し、連作を描いています。

ここへはトラムで行ける。

 

この日はこのバス乗車以外に11ヵ所を見学する予定だったので、気が急いていました。

また前日は、列車の遅れでホテル着が深夜2時を過ぎていたので疲れが出ていました。

 

下: 海側の市庁舎前にある彫刻が見える。

ここから歩き始める。

 

 

 

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< 3.バスに乗る >

 

写真はすべてバスの車窓からの撮影で、ほぼ撮影順に並んでいます。

 

上: 前方に見える観覧車はオスロ中央駅の前にある。

 

中: 大規模な再開発が行われているウオータフロント。

右手の白い建物が後に訪れるオスロ・オペラハウスです。

 

下: これはウオータフロントのちょうど裏手。

 

 

 

4

< 4. ムンクが見た景色? >

 

上: 裏手からウオータフロントを見る。

 

中: 道路は崖にへばり付く様に走り、高くなって来た。

 

下: 眼下にオスロ湾が見える。

 

きっとムンクもこのようなオスロ湾を見下ろしたことでしょう。

 

 

 

5

< 5. 最初の島に渡る >

 

中: 最初の島に渡る橋が前方に見える。

下: 橋からウオータフロント側を望む。

 

 

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< 6. 奥に続く島に向かう >

 

下: ちょうど橋を渡っているところで、右側車窓の景色。

 

橋を渡り切ると直ぐMalmøyaのバス停(地図D)があり、バスはここで折り返す。

 

 

7

< 7. 最初の橋に戻る途中 >

 

 

8

< 8. 次の島に向かう >

 

上: 次の橋が見えて来た。

 

中: ちょうど橋を渡っているところで、右側車窓からの景色。

電車が見える、この上は広い台地で住宅街が広がっている。

 

下: 同様に右側の景色。

 

 

9

< 9. 島の中央部へ >

 

中: ここが島の中央部でバス停Ulvøya(地図E)があります。

写真右側に小さなスーパーがありました。

バスはここで時間待ちして、来た道を戻って行きます。

 

下: この坂道を下ると海水浴場があるようです。

 

 

 

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< 10. 来た橋に戻る >

 

上: 高台にずらっと家が並んでいる。

左端に橋が見えた。

 

中: 橋の中央で学生らが、海へのダイビングを楽しんでいた。

高校生らしい男女が一緒になって騒いでいた。

左側では数人の男性が釣りをしていた。

 

下: 橋の上から右側を望む。

 

この後、ウオータフロントまで戻るのですが、一つ手前のバス停で降りて散策を始めました。

 

 

*あとがき

 

オスロ市街からこのバスに乗る人はほとんどいなかった。

乗って来た人は少なく、それも中高生だけで、皆島内で乗り降りした。

平日の昼過ぎなのに、春休み中なのか、島内に学生の姿を多く見た。

それにしても、のんびり自然を満喫する姿が羨ましい。

 

島で見たハウス全てが大きいわけではないが、ボートと桟橋、ボート小屋が海と海岸を埋め尽くしている。

この辺りのハウスはサマーハウスかもしれないが、充分に都心に通える距離なので、レジャーハウスと住居の兼用が出来る。

 

実に豊かな暮らし、それも自然と一体になった暮らしがそこにはあった。

 

どうか皆さんも一度は訪れてください。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 50: オスロ 9: オスロ市庁舎


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*1

 

今回は、オスロ市庁舎を紹介します。

この建物は、港に面した広場に建っています。

 

 

2

*2

 

上: 港側からの眺め。

下: 建物左側面(西側)の彫刻。

私は建物手前、左側から周り、正面玄関に向かった。

 

3

*3

 

上: 市庁舎横の公園。

下: 市庁舎の正面玄関から外側(北側)を望む。

 

 

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< 4. 正面入口 >

 

 

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< 5. 正面入口の脇 >

 

両側に16枚の木彫りがあり、北欧神話を示している。

 

 

 

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< 6. 入って直ぐの1階大広間 1 >

 

ほぼ全面に描かれた絵は色彩が鮮やかで、デフォルメされている。

絵の内容は、ドイツ軍占領下の国民の苦しみを描いたものです。

この建物の建設は、ちょうど第二次世界大戦にまたがっており、この間にドイツ軍の占領を受けていた。

 

ここでは毎年12月、ノーベル平和賞の授与式が行われている。

 

 

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< 7. 入って直ぐの1階大広間 2 >

 

上: この階段を昇って2階に進みます。

 

 

 

 

8

*8

 

下: ムンクの部屋。

ムンクの絵「人生」が掛けられている。

これは元々、ドレスデンにあったのだが、ヒトラーが毛嫌いし返還したものです。

往々にして独裁者はこのような絵を嫌うようです。

 

 

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< 9. 港側の正面にある彫刻群 >

 

この労働者の彫刻群はノルウェーを代表する彫刻家ヴィーゲランによるものです。

 

次回に続きます。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 49: オスロ 8: オスロ湾の渡船


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*1

 

 

今回は、オスロ湾の連絡ボートとノーベル平和センターを紹介します。

 

 

 

 

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< 2. オスロ湾の地図、上が北 >

 

赤線は博物館のあるビィグドイ地区から市庁舎前広場まで行くボートのルートです。

二本の黒線は番号4の三枚写真の視界範囲を示します。

茶色の矩形枠は市庁舎前広場を含むウオーターフロントを示します。

赤丸はノーベル平和センターです。

 

 

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< 3. フロム号博物館の横からボートに乗る >

 

フロム号博物館のすぐ横からボートが20~30分おきに出ている。

乗船はオスロパスで無料です。

私が訪問した博物館も同様にすべて無料です。

 

中: フロム号博物館のすぐ裏手にあるアムンゼン隊の像。

 

下: フロム号博物館を後にしてボートは出て行く。

 

 

 

 

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< 4. オスロ湾の眺め >

 

上から北西から南東へと俯瞰している。

 

中: この写真の右側がこれから向かうウオーターフロントです。

 

下: 後に、この写真の右側の島を訪ねてバスで巡ります。

 

 

 

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< 5. ボートからの眺め >

 

上: ボートの舳先から前方を望む。

 

中: 新しい観光スポット、ショッピング、レストラン、美術館などがあるウオーターフロントが迫って来た。

右手に茶色い二つの塔、オスロ市庁舎が見えて来た。

 

下: 後に訪れるアーケシュフース城が見える。

 

 

 

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< 6. ウオーターフロント(テュヴホルメン) >

 

上: 右手に着岸港と市庁舎が見えた。

 

中: 右手の建物はアートギャラリー。

驚くべきは、岸壁で多くの人が水着で日光浴を楽しんでいることです。

 

下: 最近創設された現代アートの美術館。

この写真の右下の海では泳いでいる人が見られる。

 

写真撮影は6月5日の火曜日、13時過ぎです。

つまり、日本では平日の勤務時間です。

陽射しはきついが、私にはけっして泳ぎたくなる気温ではありませんでした。

 

 

 

 

 

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< 7. いよいよ着岸 >

 

下: 市庁舎広場に降りて、東側を望む。

 

 

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< 8. ノーベル平和センターに向かう >

 

上: 市庁舎広場から先ほどのウオーターフロントを望む。

 

中: 後に訪れるオスロ市庁舎。

 

下: これから入るノーベル平和センターの白い建物が見える。

オスロパスで無料入場します。

 

 

 

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< 9. ノーベル平和センター内 >

 

上中: 二枚の写真はHPから借用。

上: 歴代ノーベル平和賞受賞者の顔写真の展示です。

斬新な展示方法です。

 

中: 平和に関するパネル展示で、常設だけでなく企画展も行っている。

建物は2階建てだったがあまり大きくはない。

 

下: 展示最後で、訪問者に問いかけているメッセージです。

実はこの問いかけこそが、このセンターの展示姿勢を示している。

 

「あなたの考えを教えてください」

 

「あなたは人生で何を成し遂げたいですか?」

「あなたは誰を称賛しますか? またその理由は?」

「あなたが持っているもので最も価値のあるものは何ですか?」

 

ここの展示は、単純に戦争は悲惨ですよ、戦争を止めようと訴えてだけではありません。

展示の一つは、現在、身の回りで起きている人間らしさを奪う社会の潮流に気付くべきだと、問題を投げ掛けていました。

その一つに巷に溢れている贅沢志向、名誉欲、金銭欲などがあるとしている。

写真パネルで納得できる展示でした。

 

また子供でも分るように訴えているようでした(詳細は分からないですが)。

 

このような所にも、福祉国家で先頭を行く北欧の意識を見ることが出来る。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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雪の北海道 10: 車窓から見た自然と暮らし


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*1

 

今回は、車窓から見た北海道の自然と暮らしを紹介します。

今回で、旅行記の連載を終わります。

 

 

2map

< 2. 今回のバス走行ルート >

 

1日目、1月28日: S新千歳空港から1十勝川温泉

2日目、1月29日: 1十勝川温泉から2阿寒湖温泉

3日目、1月30日: 2阿寒湖温泉から3温根湯温泉

4日目、1月31日: 3温根湯温泉からS新千歳空港

 

写真はほぼすべて撮影順に並んでいます。

ほとんどがバスの車窓からの撮影です。

 

 

3

< 3. 1日目 >

 

上: 新千歳空港へ着陸する直前。

中: ノーザンホースパークに向かう。

下: ノーザンホースパーク内の林。

 

 

4

< 4.1日目と2日目 >

 

上: 日高山脈を越える。

 

中: 2日目の朝、十勝川温泉近く。

下: 十勝川。

右下の川中に白鳥がいる。

 

 

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< 5. 2日目-2 >

 

上: 十勝平野、幸福駅近くの林。

中: 十勝平野。

酪農家でしょうか、干し草発酵用のサイロ(塔)が見える。

既にこれはほとんど使われておらず、今は干し草をビニールで円筒状にカバーして置いておく方式になっている。

 

下: 十勝平野。

 

 

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< 6. 2日目-3 >

 

十勝平野を行く。

 

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< 7. 2日目-4 >

 

利別川沿いの盆地から、白糠丘陵を抜ける。

 

 

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< 8.2日目-5 >

 

上: 新釧路川。

中: 釧路川。

この二つの川は太平洋に注ぐ。

 

下: 釧路湿原から阿寒湖に向かう。

 

 

 

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< 9. 3日目-1 >

 

上: 阿寒湖近く。

中: 走行中のバスから見かけた鹿とキタキツネ。

下: 立ち寄った硫黄山。

 

 

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< 10. 3日目-2 >

 

硫黄山からトウフツ湖まで。

 

上: この辺りも牧場が多かった。

中: 野上峠を越える。

眼下右には屈斜路湖がに見えるはずですが、雪で判然としません。

眼下左の噴煙は硫黄山でしょう。

 

下: ここはオホーツク海に面した平野部で斜里岳?が見える。

 

 

 

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< 11. 3日目-3 >

 

上: 小清水町を抜ける。

中: 網走港。

遠くに知床山系が見える。

 

下: 網走から北見を通り温根湯に向かう。

 

 

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< 12. 3日目と4日目 >

 

上中: 北見を抜け温根湯に向かう。

 

下: 4日目、温根湯を朝出発。

 

 

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< 13. 4日目-2 >

 

北見国道を進み石北峠を越えて層雲峡に向かう。

 

上: 除雪車が対向車線に見える。

 

 

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< 14. 4日目-3 >

 

層雲峡から上川町に向かう。

 

上: ここは層雲峡で、すぐ下をまだ小さな石狩川が流れている。

晴れていればこの向こうには数々の奇岩が見られるのだが、残念です。

 

下: 上川町辺りに来ると、降雪が凄い。

 

 

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< 15. 4日目-4 >

 

上川町を抜け旭川に向かう。

 

下: これは石狩川だと思うが、これは小樽近くで日本海に注ぐ。

北海道が三つの海に囲まれている。

 

 

 

 

 

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< 16. 4日目-5 >

 

これまで高速道路を走っていたのですが、吹雪の為に一部閉鎖になり、これから一般道路を走ることになる。

 

上: 広い畑の中に点在する家屋(農家らしい)を見ると、道路から家までの道が除雪されておらず、車や人が出入りしている様子が見られない。

それとも朝出勤した後の3時間ほどでここまで積雪があったのだろうか?

これら農家の働き手は出稼ぎをし、残りの人は家屋内で冬季を過ごしているのだろうか?

 

中: 猛吹雪で、すべてが真っ白です。

少し、新千歳空港からのフライト欠航と間に合うかが不安になる。

 

下: 街の家屋を見ていると、箱型で大きくは無く、ベランダが無く、窓が小さく、煙突が見える場合が多い。

これが雪国への対応なのでしょうか。

 

実際に高速道路を離れ、田園地帯や街中を走ってみると、豪雪地帯の人々の暮らしが身近に感じられた。

 

 

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< 17. 4日目-6 >

 

旭川から砂川に向かう。

ここでは高速道路に戻って走っている。

 

これ以降天候は良くなり、ここまでで予定より1時間以上掛かったのですが、飛行場には十分間に合い、欠航も無く無事帰れました。

 

 

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< 18. 4日目-7 >

 

砂川を抜けて札幌に向かう。

 

下: 札幌に入った。

 

*あとがき

今回は、北海道の震災後に設けられた復興割引に便乗して、急遽、極寒の北海道に旅行することにしました。

 

私は寒さに弱いので万全の準備をし、スーツケースにあらゆるものを詰めて旅立ちました。

オーバーズボンやホッカイロまで使わずともマイナス10~0℃の中を楽しむことが出来ました。

これは外出時、風がそれほど酷くなかったかもしれません。

また不思議に体が寒さに適応していることに驚きました。

気を付けるべきは、ホテルなどが暖かすぎることです。

重ね着で防寒対策をしないと、汗をかいて困ることになります。

 

このツアーには費用のかかるアクティビティや入場が付いていなかったのですが、主要な観光ポイントと車窓からの景色を見ることが出来た。

天候では、ホワイトアウトに近い吹雪を体験し、また素晴らしい快晴に恵まれた。

1月末は流氷が着岸しないことがあり観光時期としては良くなかったのですが、幸運に恵まれた。

快晴の下で摩周湖ブルーや白鳥にも会えた。

十勝川温泉や阿寒湖では、朝や夜の時間を使ってアクティビティ、イベント、散策を楽しむことが出来た。

 

猛吹雪の旭川を抜ける時、北欧の冬とヴァイキングの暮らしを連想することも出来た。

 

ほんとに旅して良かったと思います。

 

 

これで北海道旅行の連載を終わります。

お読み頂きありがとうございました。

 

 

 

 

 

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雪の北海道 9: 他の観光と楽しみ


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今回は、これまでの紹介で洩れた観光や楽しみを紹介します。

北海道ならではのショッピング、昼食、また雪国ならではのアクティビティ、夜のイベントなどです。

 

 

 

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< 2. 新千歳空港での食事 >

 

行きと帰りの待ち時間、ターミナルビル3階の「郷土料理ユック」で昼食と夕食を2回とりました。

今回の旅行では、この店の食事が最も北海道らしく、かつ手頃な値段で味わえました。

お薦めです。

 

 

 

3

*3

 

上: 新千歳空港近くのノーザンホースパーク。

写真はスノーラフティングを待つ人々です。

これは雪の林の中をスノーモービルで牽引するゴームボートに乗るアクティビティです。

一番人気で、多くは東アジアからの人のようでした。

 

ここは馬と遊べる牧場で、少ないが冬でも楽しめるアクティビティはあります。

ちょうど新雪が積もり、さらに降り続けていました。

私は初めて馬ぞりに乗りました。

スローですが、少しロマンチックな気分に浸りました。

 

 

下: 十勝川温泉のイベント、彩凛華(さいりんか)。

雪が積もった公園で、夜になると数多くの照明が様々に光ります。

寒いが、雪が降る中で幻想的な体験が出来ました。

ホテルから無料のシャトルバスが往復1回出ました。

 

 

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< 4. 彩凛華 >

 

下: この無数の三角錐の照明が音楽に合わせて様々に色を変えて光ます。

 

 

5

*5

 

上: 帯広にある幸福駅。

既に廃線になっているが、駅舎と電車が保存されいた。

この時、かなり吹雪いており、まさに雪国の趣がありました。

45年ほど前、ここで当時大人気の「愛国から幸福行き」の切符を買いました。

 

下: 釧路フィッシャーマンズワーフMOO。

町の中心部、釧路川沿いにある大きな商業施設で、1階は主に売店、2・3階はレストランです。

 

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< 6. 釧路フィッシャーマンズワーフMOO >

 

上: 1階。

下: 2階の「陸の屋台」です。

私はここで昼食を食べました。

雰囲気があり、数多くの屋台風の店とメニューが豊富で、北海道らしいものがあり、値段も手頃で楽しめます。

サラーリマンが昼食で常連にしている店もありました。

 

 

 

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< 7.網走刑務所 >

 

高倉健さんの映画を思い出します。

正に雪の厳しい刑務所暮らし、映画のワンシーンを思わせる。

 

 

8

*8

 

上: 上川町にある「北の森ガーデン」の熊牧場。

ここには休憩と土産のショッピングで寄りました。

幾つかの娯楽施設があり、その一つの熊牧場に行きました。

熊が餌を催促するので、皆さん買ってはあげていました。

 

下: 砂川ハイウェイオアシス。

昼食とショッピングに寄りました。

ショッピングフロアは大きい。

 

 

 

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< 9. 恵庭にある「えこりん村」 >

 

最後に寄った牧場です。

花壇やレストランがあり、家畜もおり、牧場らしい体験が出来るようです。

しかし、雪の季節は楽しめるものが限られるようです。

 

 

*温泉とホテルについて

この旅行では取り立てて紹介すべきものはないのですが、少し情報を提供します。

 

一泊目: 十勝川国際ホテル筒井

街からは離れた一軒のホテルで、造りは古い。

温泉は十勝川温泉特有の珍しいモール湯で茶褐色です。

景色は良くないが露天風呂も楽しめます。

 

二泊目: ホテル阿寒湖荘

温泉街の端にあるが、ボッケなどの遊歩道に近いのが良い。

大きいが、ここも造りは古い。

造りの良い露天風呂はあるが、眺めはいまいち。

 

三泊目: 温根湯ホテル、四季平安の館

一軒のホテルで大きいが造りは古い。

温泉は数種類の浴槽があり楽しめるが、露天風呂の眺めは良くない。

朝食バイキングが良かった。

 

これらホテルは特に欠点があるわけではないが、良いと言える所も少ない。

三ヵ所の泉質が異なるので温泉を楽しみ、十勝川温泉と阿寒湖温泉ではかつての北海道旅行を懐かしむことが出来た。

残念なのは、食事は安いせいか北海道の食材が豊富と言うわけではなかった。

 

それでも三泊四日で雪の北海道を効率よく堪能出来た。

 

 

次回は車窓からの北海道の自然を紹介し、この連載を終える予定です。

 

 

 

 

 

 

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雪の北海道 8: 濤沸湖(トウフツコ)の白鳥


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今回は、白鳥を紹介します。

天気が良かったので、絵のような光景に出会えた。

 

 

 

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< 2.濤沸湖の地図と白鳥公園 >

 

上: 上が北、赤丸が撮影地点の白鳥公園。

濤沸湖は自然が残っており、湖全体で白鳥だけでなく幾多の動物を見ることが出来る。

この白鳥公園は国道沿いにあり、駐車場やトイレ、展示館があり、便利な所です。

今は餌付けされていたないためか、訪門時、白鳥は視界の範囲で数十羽ぐらいだった。

バスの車窓から見た限り、むしろ隣りの西隣の藻琴湖に多くの白鳥がいた。

 

結氷が進むと白鳥は別の場所に行ってしまうそうです。

2019年2月7日のスタッフブログによると、白鳥公園にオオハクチョウが120羽いたそうです。

氷などの状況で、日によって数は変動します。

 

 

 

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*3

 

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< 4.鳥と狐 >

 

上: 右に白鳥、中央奥にキタキツネ、左にカモ?が見えます。

狐は氷上を歩いています。

 

下: そのキタキツネを拡大した。

 

 

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< 5. 濤沸湖と海別岳? >

 

 

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< 6. 南側を遠望 >

 

写真1~5、7、8はすべて東側を撮影したものですが、この二枚だけ南側を撮影。

下の写真は拡大したもので、氷が溶けている所に多くの白鳥が集まっていた。

 

 

 

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*7

 

 

 

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< 8. 氷 >

 

このデコボコのある氷は、実はオホーツク海からやって来たのです。

私達が訪れた前日の29日が流氷接岸初日で、これら氷はすぐ近くの河口から流れ込んだものです。

 

目の前にある氷はオホーツク海を北から1000km以上旅してやって来たのです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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雪の北海道 7: 阿寒湖を楽しむ


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今回は、阿寒湖の温泉街、アイヌ文化、氷上のイベントを紹介します。

これらは1月29日の夕刻から翌朝までのことでした。

 

 

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< 2. 阿寒湖の地図 >

 

左下の茶色の楕円枠がホテル、赤線が既に紹介した朝の散策ルートです。

今回紹介するのは、散策した温泉街の黒線と、氷上のイベント会場(紺色楕円枠)への徒歩ルートのピンク線です。

黒線の右端の赤い矢印に阿寒湖アイヌシアター「イコロ」があり、ここでアイヌ民族舞踊を見ました。

その手前がアイヌコタン(集落、土産物街)です。

オレンジ線は私達が乗った氷上のスノーモービルのコースです。

 

 

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< 3. 夕刻の阿寒湖氷上 >

 

氷上に出たのは16時過ぎから17時まででした。

日没は16時30分でした。

厚い雲が空を覆い、細かい雪が冷たい風に乗って湖上に吹き付けられていました。

 

上: 撮影場所は既に氷上で、湖の中央部を望む。

奥にイベント会場が見えている。

 

中央: 氷上を進んでいくとホテルの前辺りの氷上にフクロウの雪像が見えた。

 

下: このテントはすべてワカサギ釣り用のテントです。

既に釣り人はいないようです。

 

 

 

 

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< 4. イベント会場 >

 

上: イワナ釣りのテント内。

敷かれたコンパネの両側に数個の穴が並んでいます。

この場所はすべて有料で貸し出されています。

 

中央: 右側の小屋がイワナ釣りのレンタルを行っている。

良く釣る人は1日に3桁釣るそうです。

 

左側の小屋で、私はスノーモービルを申し込みました。

生まれて初めて乗りました。

妻と二人乗りで往復2kmを行きました。

湖上中央に向かって1kmも進むと、夕暮れと雪混じりで端が見えず少し不安になりました。

またスピードを出していると顔に雪が当たり視界が悪くなり必死でした。

久しぶりにスリルと爽快感を味わいました。

 

時間が遅いからでしょうが、スノーモービル客は数組で、私以外は中国系の人だったようです。

 

 

下: 帰路に着いて、湖に面したホテル街を撮影。

 

 

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< 5. 温泉街を散策 >

 

19:30頃からホテルを出て、温泉街を歩き、アイヌコタンの通りまで行きました。

さすがに雪が横殴り吹き付ける状況でしたので、人出は数えるほどでした。

ここでも家族やグループで歩いていたのは中国系の観光客でした。

 

 

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< 6. アイヌコタン >

 

上: この坂道がアイヌコタンで、両側にアイヌ民族の民芸品や物産の店が20数軒並んでいます(下側から撮影)。

この坂を上って右側にアイヌシアター「イコロ」があり、20:30から古式舞踊を見る予定です。

 

彫刻などの民芸品の店はまだ数軒開いていました。

45年前の学生時代にこの通りに来て、当時ブームだった熊の彫り物を一生懸命、品定めして買った記憶があります。

私は懐かしくて一軒の彫刻店に入りました。

店内に陳列されている彫り物の作風は依然とガラリと変わっていた。

厳しい自然をイメージさせる鮭をくわえた熊は消え、親しみのあるソフトな感じの彫り物、特に小さなものが多かった。

ここの店主と、土産品の彫り物の変遷などについて話しました。

日本中に熊の彫り物は行きわたり、売れなくなって久しいが、今は海外の観光客が買ってくれるそうです。

観光客は冬、1月こそ少ないが、5~10月には多く来てくれて、彫り物師の仕事はあるようです。

 

結局は何も買わずに出てきました。

 

この坂の上の左側に小さなアイヌ生活記念館があり、入りました。

無人で寄付をして入場します。

一応簡単なアイヌ民族の風俗がわかるようになっています。

 

 

下: アイヌシアター「イコロ」の古式舞踊。HPから借用。

 

1月の上演は日に1回、30分ですが、歌と踊り、簡単な祭祀を見ることが出来ます。

無料バスが温泉街のホテルとアイヌシアター「イコロ」間を行き来しています。

繁忙期は日に4~5回、さらに「イオマンての火まつり」の公演も夜1回あります。

 

貴重な先住民族の文化を知ることが出来ました。

 

 

 

 

7

< 7. 朝、氷上を歩く 1 >

 

一夜明けると快晴でした。

新雪が綺麗に辺り一面を覆っていました。

散策したの7:30から30分ほどでした。

日の出は6:43でした。

 

既にイベント会場の開店準備が進んでいました。

中央の写真の奥にスノーモービルが並んでいます。

 

 

 

 

 

 

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< 8. イベント会場 >

 

上: ワカサギ釣りのテント。

小さい方が一日貸し出し用のようです。

 

下: 右手が湖の中央側で、赤いネットの右側でスノーモービルを走らせます。

この快晴の下で、走れたら良かったのですが。

 

 

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< 9. ホテル街側を望む >

 

上: 雪上車が雪煙を上げて除雪している。

このような重機が氷上を行き来きするのですから驚きです。

 

下: 中央に雄阿寒岳、右手に阿寒湖荘が見えます。

 

 

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< 10. 氷上からホテルへ戻る >

 

上: 阿寒湖荘から氷上に出るには、氷が融解している所を避け、赤いネットで挟まれた左側の通路を通ります。

ちょうど私達がこの通路を帰りかけていると、後から除雪車が追って来ました。

ふっと足元を見ると、雪が少なく氷が露出している部分が目に入りました。

それを撮影したのが下の写真です。

どうやらこれがフロストフラワーのようです。

氷上に小さな花のような結晶群が見えます。

ここは通路なので、潰れているところもありますが。

 

じっくり写真を撮ることが出来ませんでしたが、こんなに簡単に出会えるたのは幸運でした。

このフロストフラワーを見るためには、雪の積もっていない凍った湖面が最低の条件なのです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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