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何か変ですよ 41: 今、何が重要なのか?


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今、日本政府は経済を好転させる努力をしています。

今の政策を加速させるべきだと言うエコノミストもいます。

今日は、この事を考察します。

 

私の経験から

私は30年以上、株にはじまり不動産や金、ファンドに投資して来ました。

そして色々失敗し、勉強した末に悟っていることがあります。

それは、エコノミストの画期的な理論や予測が、いとも簡単に外れることです。

また長いスパンで見ると先進国の経済には大きな底流があるように思えます。

 

現状はどうなっているのか

安部政権の誕生は2012年の12月でした。

そこで2012年度から2016年6月までの経済データーを見ます。

 

2a

< 2. 代表的な日本経済の指数の推移、「世界経済のネタ帳」より >

青枠は2012年から2016年の期間を示す。

 

グラフA: ドル円為替レートは約80円から最高124円をつけ、現在106円になった。

グラフB: 日経平均株価は約9000円から最高20600円をつけ、現在16700円に下落。

グラフC: インフレ率は約0%から最高2.8%をつけ、今年の予測―0.2%に低下。

グラフD: 実質GDP成長率は1.7%で始まり、その後低下し、今年の予測0.5%。

グラフCとDの予測値は2016年4月のIMFの値。

 

安部政権になってから、株高と円安は一度進んだが、現在、足踏みか反転傾向にも見える。

実質GDP成長率とインフレ率は、なかなか期待通りに行かないようです。

 

失業率は4.3%から徐々に低下し現在3.3%になっている。

これは前回説明した高齢者(団塊世代)の大量退職が続く為で、今後も続くことにより日本経済の足を引っ張ることになる。(グラフFで説明します)

 

 

現状をどう見るのか

株価上昇は起こせても、円安とインフレの定着、さらに経済成長させることは困難なようです。

以前にも書きましたが、2012年の日本の株高と円安への反転は、ヨーロッパの金融危機が去ったことが引き金になっている。

 

以前、私は構造改革が出来ず、相変わらず公共投資に頼るだけなら、リフレ策の方がまだましだと言いました。

リフレ策にはマイナス面もあるが、もしうまくいけば、デフレを脱却し景気回復と莫大な累積赤字の拡大を防ぐ可能性があった。

 

現状を見ると、今の経済政策を失敗とまで断定出来ないが、このまま過度な金融緩和を続けると重大な副作用を招く可能性がある。

 

 

何が問題なのか

一番、重要なことは将来の経済悪化を招くかもしれないことです。

 

一つのケースは、実体経済が良くならないで、だぶついた資金が金融資産(株などの投機資金)に集中し、やがてバブルが弾けることです。

他にも、災いをもたらすケースは幾通りもありますが。

 

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< 3. 日本の一般会計税収の推移、「アダム・スミス2世の経済解説」より >

ピンク枠は2012~2014年の期間。

黒線は日経平均、赤線は名目GDP(インフレ率込み)、青棒は税収を示す。

 

グラフEから、現在、税収が増えてプライマリーバランス(基礎的財政収支)が良くなっていることがわかります。

このまま続ければ、税収が増え続け、構造改革や増税をしなくてもやがて赤字は無くなると政府は言います。

 

実は、これは幾度も繰り返して来た夢想です。

このグラフの2007年(リーマンショックの前年)も税収が増えていますが、その後は極端に減っています。

つまり、株価上昇(黒線)によって株価総額が数百兆円増加し税収が増えても、バブルが弾けると激減するのです。

結局、実体経済(赤線)は良くなるどころか、悪くなりました。

 

ここで本質的なことは、日本経済に潜在的な成長力があるのか、またその成長力の根源は何かを知ることです。

もし成長力が無いのに、金融だけで刺激すると既に指摘した問題が発生します。

 

 

 

日本に潜在的な成長力はあるのか

 

4b

< 4. 日本の人口と生産性の推移、「総務省」と「文部科学省」より >

 

人口構造と人口が一定であれば、生産性(労働、資本、技術)が上昇することにより経済は成長します。

しかしグラフFが示すように、1995年から生産年齢人口割合(一番上の折れ線)が減少の一途です。

つまり今後、数十年間、生産年齢人口(青棒)が減ることにより、生産性が一定でも経済は減速を強いられます。

このことはグラフGの生産性寄与度の合計よりも、GDP成長率(青線)が下がっていることでも確認できます。

(グラフ内の全要素生産性寄与度は、様々な経済指標から他の二つの寄与度を計算した残余で、この生産性による分析は不明瞭な所があります。)

 

それでは、なぜ生産性が長期に衰退傾向にあるのでしょうか?

実は、別の人口要因が生産性を低下させている可能性があるのです。

 

 

5a

< 5.平均寿命増加率とGDP成長率の関係、グラフIは厚生省のデーター使用 >

 

グラフHによれば、平均寿命は1950年から急激に伸び始め、2010年以降、その伸びは急速に鈍化している。

 

グラフIは、グラフHの平均寿命から増加率を計算しグラフにしたものです。

これによると、平均寿命の増加が戦後の1960~70年代の経済成長を呼び込み、その後の日本経済の長期低迷も説明しているように見える。

青枠は、敗戦後からベビーブームの高校生が就職し始めるまでの期間で、彼らが生産に関与していない時期です。

 

平均寿命が急速に延びる時、生活環境の好転と健康増進が起きており、人々は将来に希望を抱き、労働意欲に燃え、老後に備えて貯蓄します。

この高い貯蓄率が投資に向けられ、経済成長の好循環が起きると考えられます。

この相関は一部の経済学者によって確認されているが、まだ解明途上のように思います。

私は、文明史や人口学、社会学、心理学の視点から言って、もっともうまく説明していると思います。

 

もしこれが真実なら、今後、日本経済は容易に成長しないことになる。

 

 

結論

折に触れてブログに書いているが、現在の欧米の経済政策では、益々景気不景気の波が高くなり、国内と国家間の貧富の差が拡大し続け、破綻の可能性があると私は懸念しています。

 

真実に目を背け、行き過ぎた夢想に期待することは危険です。

真実に目を向け、対策を立てるなら、必ず道は開けるはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 18: Seeing the Middle East and Arab world in films 11: Israeli-Palestinian conflict 1


中東に平和を! 18: 映画に見る中東とアラブ世界 11: イスラエルとパレスチナの紛争 1

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< 1. Jerusalem >

< 1. エルサレム >

 

I introduce the main point of Israeli-Palestinian conflict some times from today.

This is a religious war and ethnic cleansing that have continued for more than half a century.

And, the hatred and the fight penetrated into the Middle East, and their peace fades away more and more.

 

今日からイスラエルとパレスチナの紛争の要点を紹介します。

この争いは半世紀あまり続く宗教戦争であり民族浄化です。

そして、憎しみと戦いは中東に蔓延し、平和は益々遠のいている。

 

 

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< 2. Israeli-Palestinian conflict >

< 2.イスラエルとパレスチナの紛争 >

Upper photo: a suicide bombing in Israel.

Lower photo: Israeli attacked on the Gaza Strip.

 

上の写真: イスラエルでの自爆テロ。

下の写真: イスラエル軍によるガザ攻撃。

 

The beginning of this conflict

The conflict began between Jew who came over and Palestinian who was living in there from before.

In the early 20th century, a Judaist, Muslim and Christian had coexisted in the area of present Israel.

However, Jew of Europe started movement for rebuilding their nation on Palestine from the end of the 19th century. (Zionism)

 

After the First World War, the U.K. that had governed Palestine supported the movement first, and the League of Nations accepted the establishment of their nation, too. (Balfour Declaration in 1919, and British Mandate of Palestine during 1920-1948)

While the Holocaust attracted sympathy after the Second World War, the U.K. continued to limit immigration to Palestine to control the collision incidents that happened frequently by a Jewish rapid increase.

However, this intensified anti-British struggle by Jewish radicals, the U.K. gave up the mandatory administration by a large-scale blast incident, and entrusted the United Nations with the issue. (King David hotel bombing in 1946)

Then, the United Nations acknowledged that an Arab and a Jew divide this ground and are independent. (United Nations Partition Plan for Palestine in 1947)

The Jew received this and performed the establishment of Israel in 1948, but the Arab refused it.

 

During this time, the conflict became more intense, the Middle East war between Israel and the Arabic countries broke out at last in 1948, and occurred four times in total by 1973.

After that, the terrorism by Palestinian side, and the military offensive and rule expansion by Israel continue. (Lebanese Civil War, Gaza War, construction of separation barrier, and territory expansion)

Many Palestinians became refugees in the shadow of the conflict, and a Jew in the Middle Eastern was persecuted adversely.

 

The films that I already introduced, “ Lawrence of Arabia” “Schindler’s List” “ the other son” vividly talks about these process.

 

 

紛争の発端

争いの発端は、以前から住んでいたパレスチナ人と、後からやって来たユダヤ人にあります。

20世紀始めには、イスラム教徒、キリスト教徒とユダヤ教徒が今のイスラエルの地で共存していました。

 

しかし、19世紀末からヨーロッパで、ユダヤ人が自分の国をパレスチナに再建しょうとする運動を起こします。(シオニズム)

それを第一次世界大戦後、パレスチナを統治していた英国が最初に支持し、国際連盟も建国を認めます。(1919年のバルフォア宣言、1920-1948年のイギリス委任統治領パレスチナ)

第二次世界大戦後、ホロコーストが同情を集める一方、英国はユダヤ人急増で頻発する衝突事件を抑制する為に、パレスチナへの移民制限を継続していた。

しかしこれがユダヤ人過激派による反英闘争を激化させ、大規模爆破事件を切っ掛けに英国は委任統治を諦め、英国は国連にその後を委ねることにした。(1946年のキング・デイヴィッド・ホテル爆破事件)

そして国連はこの地をアラブ人とユダヤ人が分割して独立することを認めた(1947年のパレスチナ分割決議案)

これをユダヤ人は受け入れ、1948年にイスラエルを建国するが、アラブ人は拒否した。

 

この間、紛争は激しくなる一方で、ついに1948年、イスラエルとアラブ諸国との中東戦争が勃発し、1973年までに計4回の中東戦争が起こった。

その後も、パレスチナ側のテロとイスラエルによる軍事攻勢と支配拡大が続く。(レバノン内戦、ガザ侵攻、分離壁建設、領土拡大)

その影で多くのパレスチナ人が難民となり、逆に中東のユダヤ人は迫害された。

 

既に紹介した映画「アラビアのロレンス」「シンドラーのリスト」「もうひとりの息子」はこれらの経緯を如実に語っています。

 

 

What are Jew and Palestinian at odds with each other?

What is Jew?

 

Most people of Israel are Jew who came from all over Europe, Africa, the Middle East, and the world.

Now, by the law of Israel, Jew is defined by being born from Jewish mother or becoming a believer in Judaism.

There is a freedom of religion in Israel, so 5,200,000 Judaists, 1,100,000 Muslim, and 140,000 Christian coexist.

 

それでは、対立するパレスチナ人とユダヤ人とは何か?

 

ユダヤ人とは何者か?

映画「もうひとりの息子」を見て、両者の違いに疑問を持たれた方もおられるかもしれません。

 

イスラエル国民の多くはヨーロッパやアフリカ、中東、世界中から来たユダヤ人です。

現在、イスラエルの法律ではユダヤ人はユダヤ人の母親から生まれたか、ユダヤ教に入信

しているかです。

イスラエルには信仰の自由があり、ユダヤ教徒520万人、ムスリム110万人、キリスト教徒14万人が共存しています。

 

 

 

3

< 3. well-known Jewish American >

< 3.皆さんが良く知っているユダヤ系の米国人 >

 

From the top, scientist Einstein, diplomat Kissinger, economist Bernanke, investors George Soros, and actress Natalie Portman.

 

They emigrated to the United States or are descendant of the emigrant, and the most of them came from Europe.

Jew is a group attaching great importance to Judaism beyond language, and race.

And they have influence in the world as well as the United States and have a strong sense of unity.

 

上から科学者アインシュタイン、外交官キッシンジャー、経済学者バーナンキ、投資家ジョージ・ソロス、女優ナタリー・ポートマン。

 

彼らは米国に移住したか移民の子孫で、多くはヨーロッパから来た人です。

つまり、ユダヤ人は民族や人種、言語を越えたユダヤ教を重視する集団なのです。

そして、彼らは米国のみならず世界に影響力を有し、強固な一体感を持っているのです。

 

Who is Palestinian?

Until the beginning of the 20th century, they are Arab that has always lived in Palestine.

The origin is old, and is considered from that Jews were converted to Islam and became an Arab.

In other words, Jew should be nearer racially than the Israeli that came later.

 

一方、パレスチナ人とは何者か?

20世紀初めまで、パレスチナに以前から住んでいたアラブ人のことです。

古くはユダヤ人などがイスラムに改宗しアラブ化したのが起源です。

つまり、人種的には後から来たイスラエル人よりはユダヤ人に近いはずです。

そうは言っても、この地は三大陸の結節点なので、多くの民族や人種が入り混じっているのですが。

 

 

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< 4. well-known Middle Eastern Arabic person >

< 4.著名な中東アラブ系の人 >

 

From the top, current President of Syria Al-Assad, Nissan’s CEO Carlos Ghosn, late President of Egypt Nasser, scholar Edward Saeed, and actor Omar Sharif.

 

上から現シリア大統領アサド、日産CEOカルロス・ゴーン、故エジプト大統領ナセル、学者エドワード・サイード、俳優オマル・シャリーフ。

 

What was the cause of the fight of both?

Jew had survived the history of the persecution for 2000 years, and therefore they strongly united together, and demanded a ground of living in peace.

During the Great War, Europe ruled Palestine and permitted the Jewish settlement as an atonement of the persecution.

However, people to immigrate en masse were only strangers to people that have lived from old times in there and been suddenly ruled.

Thus, the collision incidents advanced to war at last.

 

This continued next time.

 

両者の争いの原因は何だったのか。

結局、2千年の迫害の歴史を生き抜いたユダヤ人が、それゆえに強く団結し、安住の地を求めた。

そして、大戦の間隙を縫って、ヨーロッパがパレスチナを支配し、迫害の罪滅ぼしとユダヤ人の入植を許した。

しかし、従来から住む支配された人々にとって、大挙して入植する人々はよそ者に過ぎなかった。

かくして、小競り合いは遂に戦争へと進んだ。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 17: Seeing the Middle East and Arab world in films 10: the other son


 

中東に平和を! 17: 映画に見る中東とアラブ世界 10: もうひとりの息子

 

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Today, I introduce the film ”the other son” that was filmed on location in Israel and Palestine.

This film asks what the ethnic battle is through a bond of parent and child.

 

今日は、イスラエルとパレスチナで撮影された映画「もうひとりの息子」を取り上げます。

この映画は親子の絆を通して民族紛争とは何かを問いかける。

 

 

2

< 2. setting of the film >

< 2.映画の舞台 >

Current Israel and Palestine are setting of the film.

現在のイスラエルとパレスチナが舞台です。

 

Summary of the film

-Production-

It was made in France in 2012.

 

-Contents-

This story opens with two families of Israel and Palestine surrounded by separation barriers.

 

The Middle East conflict between a Jew and an Arab continues for half a century.

Giant Israel strengthens the racial discrimination, and weak Palestine increases hatred.

Still the two families were living happily.

 

One day, the parents know that there was an accident at the time of the birth of their sons.

It brought two families conflicted feeling, but before long two sons became ..…

 

映画の概要

 

―製作―

フランス、2012年。

 

―内容―

イスラエルと分離壁で囲まれたパレスチナの二つの家族によって話は展開する。

 

半世紀にわたるユダヤ人とアラブ人の泥沼の中東紛争がある。

強者イスラエルは人種差別を強固にし、弱者パレスチナは憎悪を募らせるばかりです。

それでも二つの家族は幸せに暮らしていた。

 

そんなある日、息子の誕生時に事故があったことを両親は知る。

それは家族に葛藤をもたらすが、やがて二人の息子は・・・・。

 

Story

ストーリ

 

3

< 3. beginning >

< 3.発端 >

Upper photo: sons of the leading player.

Israeli Joseph in the right side, and Palestinian Yacine in the left side.

 

Central photo: a beginning scene of the film.

After this, Joseph takes an examination for conscription, and the accident at the time of his birth becomes clear.

 

Lower photo: their parents.

Joseph’s parents in the left side, and Yacine’s parents in the right side.

For the first time, they know the facts that Yacine and Joseph was mixed up at the time of their birth in a hospital.

 

上の写真: 主役の息子達。

右がイスラエル人のヨセフ、左がパレスチナ人のヤシン。

 

真ん中の写真: 映画の冒頭シーン。

この後、ヨセフは徴兵検査を受け、誕生時の事故が明らかになる。

 

下の写真: 互いの両親。

左がヨセフの両親、右がヤシンの両親。

ここでヨセフとヤシンが出生時、病院で取り違えられたことが知らされる。

 

4

< 4. Yacine returns to his home >

< 4.ヤシンの帰郷 >

Yacine returned home from studying in France.

He received an inspection by Israeli military and came back to his home in the separation barrier.

There were parents, an older brother, and a younger sister welcoming him.

 

ヤシンはフランス留学から帰国した。

彼はイスラエル軍の検問を受け、分離壁の中の我が家に帰って来た。

そこには温かく迎える両親や兄、妹がいた。

 

5

< 5. Joseph >

< 5.ヨセフ >

 

Joseph has enjoyed a freedom before his conscription and has lived with a family happily.

 

By the accident that mixed up them, his parents became not only other persons but also he suddenly belonged to fighting enemy.

Furthermore, he lost his religious identity because his mother was not a Jew.

Even if he desired to be a Judaist, the rabbi pronounced that he could not be it.

 

Then he passes through a checkpoint, and goes to meet his biological family of Palestine.

 

ヨセフは徴兵前の自由を楽しみ、家族と幸せに暮らしていた。

 

取り違え事故によって、両親が他人であるだけでなく、自分は争う敵の一員になった。

さらに母がユダヤ人で無いことは、ヨセフから宗教的アイデンティティーを奪い取った。

ラビは、彼が望もうがユダヤ教徒ではありえないと宣告した。

 

そして彼は検問所を通り、血のつながったパレスチナの家族に逢いに行く。

 

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< 6. Yacine’s family >

< 6.ヤシンの家族 >

 

Yacine’s family is invited from Joseph’s family, and they go in Israel.

The older brother of Yacine refused to go to Israel that he should hate.

 

ヤシンの家族はヨセフの家族から招待を受けて、イスラエルに入る。

ヤシンの兄は、憎むべきイスラエルに行くことを拒否した。

 

7

< 7. at the end >

< 7.最後に >

 

Each parent and older brother agonizes for anger against enemy and despair, but each mother recognizes this fact before long.

Two sons have a conflicted feeling with the bond of parent and child, but they become friends while they are looking for identity in adverse country.

 

One day, Joseph is stabbed by a ruffian at a shore of Israel, and he come into hospital.

The older brother (biological brother) of Yacine and Yacine came to visit Joseph.

 

Yacine: “I called your parents. They are coming.”

Joseph:   “ My parents? Which ones?”

 

The film ends here.

 

 

互いの両親と兄は敵への怒りと絶望で苦悶するが、やがて母親らはこの事実を受容していく。

息子達は、親子の絆に葛藤しながらも、アイデンティティーを互いの国に探し求める内に、仲良くなって行く。

 

ある時、ヨセフがイスラエルの海岸で暴漢に刺され入院することになる。

そして、ヤシンとヤシンの兄(ヨセフの血縁の兄)が見舞いに来た。

 

ヤシン:「私は君の両親を呼んだ、すぐに来るよ!」

ヨセフ:「私の両親? どちらかな?」

 

ここで映画は終わる。

 

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There is the whole film of 1 hour and 45 minutes in You Tube, and it is not in Japanese.

YouTubeの映画全編1時間45分、日本語ではありません。

https://youtu.be/iQfsEITimac

 

Sentiments

This film carefully describes “love of the family” happening in maelstrom of the intense ethnic antagonism.

 

The accident of mixed up babies comes to break the reliability of a source of conflict.

How much meaning does the difference of race and religion that creates the hatred between Jew and Arab have?

 

This film shows that there is a hope in the Middle East conflict.

 

 

感想

この映画は、激しい民族対立の渦中で起こる「家族の愛」を丁寧に描いている。

 

一つの赤子の取り違え事故が、両者対立の信憑性を突き崩すことになる。

ユダヤ人とアラブ人の憎悪の根にある宗教や民族の違いはどれほどの意味があるのだろうか。

 

この映画は今の中東紛争にも希望があることを示している。

 

About the Middle East conflict between Israel and Palestine

Unfortunately, the reality is much more miserable.

Therefore I introduce some helpful points of the understanding of the Middle East conflict on the next time.

 

What is Israel and Palestine?

What did the Middle East conflict bring?

 

This continues next time.

 

 

イスラエルとパレスチナの中東紛争について

残念ながら、現実は遙かに悲惨です。

そこで中東紛争の理解の助けになる、いくつかのポイントを次回紹介します。

イスラエル、パレスチナとは何か?

中東紛争は何をもたらしたのか?

 

次回に続きます。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 16: Seeing the Middle East and Arab world in films 9: Refugee issue 2


中東に平和を! 16: 映画に見る中東とアラブ世界 8: 難民問題 2

 

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< 1. a demonstration against refugees in Eastern Europe >

< 1.東欧の難民反対デモ >

 

I consider the issue of migration and Syrian refugees, today.

今日は、移住による問題とシリア難民を考えます。

 

 

2

< 2. refugees of the current world >

< 2.現在の世界の難民 >

 

The forcibly displaced people in the world are 59,500,000, and 19,500,000 of them are the refugees.

Half of refugees are less than 18 years old, and the maximum birthplace of refugees are three Islamic nations.

 

世界で移住を強いられた人は5950万人、その内、難民は1950万人です。

難民の半数は18歳以下、難民の最大発生地はイスラム圏の三ヵ国です。

 

 

What of the migration is problem?

Harmful influences caused by migration are, in old times, the invasions by great transmigration of race, and at present, the deterioration in the security situation by refugees.

 

Why will the migrator cause the deterioration in the security situation?

The society where different races and religion groups live a life with being mixed together has a risk of the deterioration in the security situation.

This is because the big groups discriminate and enclose small groups, and small groups unite against it.

A crack between both is only going to grow bigger, and at last, the confrontation may become violent by a tension with foreign country and a recession.

This is not only problem in current Europe and America but also universal problem, as well as the Holocaust, the conflict in Yugoslavia, conflict of Northern Ireland.

After all, the problem occurs depending on the discrimination combining with the difference between each race and religion.

 

There is not excellent means solving this at one sweep, but it is important that we know the factor and the measures.

Graph 3 indicates the one example.

 

 

移住の何が問題か

移住によって起きる大きな弊害は、古くは民族大移動での侵略、現在は難民による治安悪化でしょう。

 

移住によって治安悪化はなぜ起きるのでしょうか。

異なる民族や宗教集団が混住している社会は治安悪化の危険性を孕んでいます。

これは大きな集団が小さな集団を差別し囲い込みをすることと、それに対抗して小集団が団結する為です。

こうして両者の亀裂は深くなるばかりで、不況や外国との緊張を切っ掛けに、ついにその対立は暴力的になることがある。

これは現在の欧米だけでなく、ホロコースト、ユーゴ紛争、アイルランド紛争に見られる普遍的問題です。

結局、民族や宗教の違いと差別が相俟って問題が発生します。

 

これを一挙に解決する妙薬はありませんが、その要因と対策を知っておくことは重要です。

一例をグラフ3に示します。

 

 

3

< 3. ratio of NEET in second-generation immigrants and non-immigrants >

< 3. 移民2世と非移民のニートの割合 >

 

The green bar graph shows second-generation immigrant, and the orange does the non-immigrant.

 

In Spain on the extreme right, the NEET (Note 4) ratio is a big difference between 42% of second-generation immigrants and 17% of non-emigrants.

Spain economy is slowing down, so this difference is expanding.

When such situation continues, the security situation of the society will turn worse.

 

In Canada on the extreme left, the difference is few and reverse.

In such society, the deterioration in the security situation is hard to occur, that is there are the measures.

 

 

緑色の棒グラフは移民2世、橙色は非移民を示す。

右端のスペインでは、ニート(注釈4)の割合は移民2世42%、非移民17%と大きな格差がある。

スペインは経済不調もあり、この差が拡大傾向にあります。

このようなことが続くと、その社会の治安は悪化することになる。

 

左端のカナダでは、その差が少なく逆転もしている。

このような社会では治安悪化は起こり難い、つまり対策はあるのです。

 

 

4

< 4. Syrian refugees >

< 4. シリア難民 >

Lower photo: The Syrian refugees occurred from 2011 and rapidly increased to 2016.

The Syrian refugees go toward the country that does not discriminate against immigrants.

 

下のグラフ: シリア難民は2011年から発生し、2016年へと急拡大した。

シリア難民は移民を差別しない国を目指している。

 

 

Handling of Syrian refugees 

The world concluded a treaty for refugee relief half a century ago.

The refugee relief is important from a humanist standpoint, but the persuasion to Europe and America will be useless in the situation that the public sentiment is shifting to the right wing.

In addition, further acceptance of refugees domestically causes a danger of accidental explosion. Note 2.

 

Even so, what we must know is it will connect to big riot and war to ignore this situation with only refusing the refugees. Note 3.

Regardless of great power’s purpose, they are adding oil to the fire by supply weapons and military aid, and the war only spreads in the Middle East more than half a century. Note 4.

In addition, many areas that produce large numbers of refugees are countries that Europe and America colonized or interfered afterwards.

 

It cannot say that Europe and America is not responsible really. Note 5.

 

 

シリア難民への対処

半世紀前、世界は難民救済の条約を結びました。

人道的見地から難民を救済することは重要ですが、欧米が右傾化している状況で説得は無駄でしょう。

また、これ以上の難民受け入れは国内で暴発の危険があります。注釈2.

 

それでも知っておかなければならないことは、難民を拒否するだけでその状況を放置すれば、やがて大きな暴動や戦争に繋がることです。注釈3.

目的がどうであれ、大国は武器供給や軍事援助で火に油を注ぎ続けており、ここ半世紀以上、中東の戦火は拡大するばかりです。注釈4.

また現在、大量の難民が発生しているほとんどの地域はかつて欧米が植民地にし、その後干渉した所です。

欧米にまったく責任が無いとは言えないでしょう。注釈5.

 

 

5

< 5. Syria and Turkey >

< 5. シリアとトルコ >

Upper map: the country that is accepting the biggest refugees is Turkey.

The Turkey is not in the group of Arab, but is a country that is the most aggressive in conflict resolution and refugee relief as a fellow Muslim now.

Besides, the Turkey doesn’t ally with Europe and America easily, and unashamedly says sound argument to Israel.

 

Lower photo: Turkey contacts at a long border with Syria.

 

上の地図: 最大の難民受け入れ国はトルコです。

トルコはアラブでは無いが、現在、イスラムの同朋として紛争解決や難民救済に最も積極的な国です。

しかも欧米に組せず、イスラエルに臆するところがありません。

 

下の地図: トルコはシリアと長い国境線で接しています。

 

In that case, the means is only one

Turkey accepts less than 2 million refugees now.

 

We set up a buffering zone between Syria and Turkey and should provide accommodation for Syrian refugees. Note 6.

Turkey suggests this.

The world cooperates and protects this area with armaments and should promote independence by our help.

 

This continues next time.

 

そうなると手段は一つしかない。

現在、トルコは200万近い難民を受け入れています。

 

シリアとトルコの国境に緩衝帯を設け、そこに難民を収容すべきです。注釈6.

トルコがこれを提案しています。

世界が協力し、この地域を軍事力で保護し、援助によって自立を促すべきです。

それは難民キャンプを発展させたものです。

 

次回に続きます。

 

 

注釈1: ニートとは、15~34歳で就労と就学のいずれも行っていない人を指す。

 

注釈2: ヒトラーが不況による不満のはけ口をユダヤ人に向けたことで、ドイツ国民が彼の独裁を歓迎したと言える。

社会に大きな不況や不安がある時、国民は内外にスケープゴートを求めやすくなり、それを巧みに煽動する者が社会を先導し、最悪、戦争が起きる。

 

注釈3: 明言出来ないのですが、古代の難民の多くは紀元前2千年紀の東地中海の「海の民」のように侵犯を行った。

放浪していたユダヤ人はカナンの地を侵犯し、これを征服したと聖書に記されている。

難民集団はいつまでも定住出来ず生業を得られないなら、貧困と治安悪化が亢進し、紛争やテロの温床になるでしょう。

 

注釈4: 多くは同盟国援助や紛争低減を目指している。

しかし同盟国援助は対立する大国が、対立する紛争当事国を軍事強化する隘路に陥り、ベトナム戦争やイラン・イラク戦争、アフガン紛争の二の舞になっている。

また紛争低減と言えども、供与された大量の最新武器が過激派に回り、また市民生活の破壊を拡大させ、戦争の再生産を招いている。

 

注釈5: 1世紀前に国が犯した侵略を裁き、その責任を問い、賠償させる法はこの世に存在しません。

まして相手は勝利国でかつ多数の大国です。

戦争犯罪で個人を処罰する法とその執行はやっと緒につきました。

今後、世界は協同してこの問題に取り組まないと、いつまで経っても大国の恣意的な軍事行動や侵犯行為の被害に泣くことになるでしょう。

 

注釈6: かつてクロアチアの南部国境地帯が難民を受け入れる緩衝帯とされました。

これは軍事上の防衛線として企図された為、後にユーゴ紛争の火種になった。

またイスラエルは、1世紀あまりで、ほぼ人口5万人の地方都市から800万人の先進国家となりました。

犠牲は大きかったが、無からでも国家の誕生が現代でも可能なことを示している。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 15: Seeing the Middle East and Arab world in films 8: Refugee issue 1


 

中東に平和を! 15: 映画に見る中東とアラブ世界 8: 難民問題 1

 

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  • * 1

 

I consider refugee issue in twice from now on.

We look at various migrations at first.

 

これから2回に分けて、難民問題を考察します。

はじめに様々な移住について見ます。

 

 

History of human migrations (Note 1)

Our Homo sapiens spread throughout this earth along with migrating for hundred thousands years from the birth.

Most of great transmigration of race was caused by each climate change, it arose on several occasions, and the migration spread like playing billiard. (Note 2)

In ancient times, an Assyrian and a Greek emigrated far and wide to enlarge their commercial domain. (Note 3)

In the middle Ages, a German actively colonized Eastern Europe.

By these results, our ancestors had many parents of different ethnic groups all over the world, and these traces remain in our gene.

This is shown in figure 2.

 

European 60 million people left the mother country and emigrated between the 19th and the 20th century.

In Japan, 3,200,000 people except soldier returned home by this defeat from the emigration area.

About million people emigrated all over the world in 2005.

 

 

移住の歴史 注釈1.

新人類は誕生から十数万年かけて移住しながら地球全域に拡散しました。

多くは気候変動によって、幾たびも民族の大移動が起き、玉突きの如く移住は広がりました。注釈2.

古代、アッシリア人やギリシャ人は商圏を広げる為に遠くまで移住しました。注釈3.

中世、ドイツ人は盛んに東欧に植民しました。

これらの結果、私達の祖先は世界中で混血し、その痕跡が私達の遺伝子に残っています。

それを図2に示します。

 

19世紀から20世紀にかけて、欧州から6000万人が母国を離れ移住した。

日本では敗戦によって軍人を除く320万人が移住先から帰国した。

2005年には2億近い人達が世界中で移民を行った。

 

 

2

< 2. Human migrations and Japanese race >

< 2. 人類の移動と日本民族 >

Upper map: a history of human migrations supposed by genes.

The numerical values indicate how many years ago.

 

Lower map: we are able to understand the roots of Japanese people by our genetic variation.

The blue line shows current Japanese people, and others show an African or a European.

During this 150 thousands years, Japanese ancestors had many parents of different ethnic groups all over the world, and came in the Japanese Archipelago on several occasions.

Because Japan of an island is so, people of the world are of more mixed parentage.

 

上の地図: 遺伝子から推測した人類移動史。

数値は何年前を示す。

 

下の地図: 遺伝子の変異からわかる日本人のルーツ。

青線が現在の日本人を、他はアフリカ人かヨーロッパ人を示す。

過去15万年の間に、日本人の祖先は世界各地で他の人種と幾度も枝分かれし、日本列島にやって来た。

島国の日本でこうですから、世界中の人々はもっと混血していることになります。

 

 

3

< 3. emigrants reached New York >

< 3. ニューヨークに着いた移民 >

 

 

4

< 4. how America’s source of immigrants has changed over time between 1850-2013 >

< 4. 各州で最大を占めるアメリカ移民の母国、1850~2013年の間の変遷 >

その構成は年々変化している。

 

What the migration brings

Immigrant was indispensable for the development of the United States, and approximately 70 million people entered this country in the past two centuries.

President Kennedy who was a grandchild of immigrant spoke it in this way.

“…. The society of imigrants who began the new life. … The country of people having courage to investigate new frontier. …. This is the secret of the United States’s success.”

 

Merchants of overseas Chinese, an Arab, an Indian, and a Jew jumped to the world and played an active part.

In ante-Christum, Propagation would have been late if a Jew hadn’t translated the Bible into Greek in Alexandria. (Note 4)

In the middle ages, the Renaissance might not have blossomed in Europe if there weren’t a Christian that escaped in Baghdad, and an Arab in Toledo.   (Note 5)

How would this society and culture of Japan have turned out if immigrants never have come to this island from beyond the sea?

 

In the 19th century, France having been hurt for labor shortage accepted quickly immigrants from the neighboring countries, and also did it from Algeria in early the 20th century.

The ratio of foreigners in the total population of France was 1% of 1851 and 6% of 2006.

Europe and America accepted many emigrant laborers positively to make up for the population decline due to the drop of the birth rate, and enabled economic growth.

Each country needed the immigrant who could receive dangerous, dirty, and difficult jobs at a low price.

EU that aimed for an ideal confederation of states wanted to cancel the economic disparity of each country, and person and capital could move freely within the region.

 

The motives of migrations are to escape from war, famine, or persecution, and for trade or working.

This doesn’t disappear from the world in the least.

There would not be the present world if migrations were not possible at all.

 

This continues next time.

 

 

移住がもたらすもの

アメリカの発展に移民は不可欠で、過去2世紀で約7000万人が入国した。

移民の孫だったケネディ大統領は、こう述べている。

「・・新しい人生を始めた移民の社会。・・新たなフロンティアを探る勇気を持った人たちの国… それがアメリカの成功の秘密である」

 

華僑(中国人)やアラブ、インド、ユダヤの商人が世界に飛び出して活躍した。

もし紀元前にユダヤ人がアレクサンドリアで聖書をギリシャ語に翻訳していなければ、布教は遅れたことだろう。注釈4.

もし中世に逃れて来たキリスト教徒がバクダードで、またアラブ人がトレドにいなければヨーロッパでルネサンスは開花しなかったかもしれない。注釈5.

もし、海外からこの列島に移住者(渡来者)が来なければ、日本の社会や文化はどうなっていただろうか。

 

19世紀、労働者不足に窮したフランスはいち早く近隣諸国から、また20世紀初頭にはアルジェリアからの移民を受け入れた。

フランスの総人口における外国人の割合は1851年の1%から2006年の6%になった。

欧米は出生率の低下による人口減少を補う為に、労働移民を積極的に受け入れ、経済成長を可能にした。

各国は汚い、危険、過酷な労働を安く請けてくれる移民を必要とした。

理想の国家連合を目指したEUは人や資本が自由に移動出来ることで、各国の経済格差を解消しようとした。

 

移住の動機は飢饉や戦争、迫害から逃れる為、また貿易や就労の為などで、これが世界から無くなることはない。

もし移住がまったく出来なかったら、今の世界はなかったでしょう。

 

次回に続きます。

 

 

注釈1: 人々の移動を指す用語には移住、移民、難民、殖民、居留民などがあり、少しずつ意味が異なりますが、最も広い意味を持つ移住を使います。

 

注釈2: 有名なのはアーリア人やゲルマン人の民族移動などです。

また約6000年前、オーストロネシア人は東南アジアから太平洋諸島へカヌーによって移住しました。

これは中国南部の人々が北方から押し出される形で起きたと考えられます。

 

注釈3: 少し時代は下りますが、華僑(中国人)や倭寇(日本人)は主に商業や貿易が目的で移住しました。

 

注釈4: 当時、貿易都市アレクサンドリアには多くの外国商人がおり、ギリシャ語が普及していました。

ヨーロッパへの布教にはギリシャ語聖書が必要だったのです。

 

注釈5: ルネサンスが始まったのは古代ギリシャの文献が、中東アラブからスペインやイタリアを通じてヨーロッパに紹介されたのが切っ掛けでした。

古代ギリシャの文献はイラクのバクダードでギリシャ語からアラビア語に訳され保存されていた。

スペインのトレドではアラビア語からラテン語に翻訳されました。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 14: Seeing the Middle East and Arab world in films 7: Terraferma


中東に平和を! 14: 映画に見る中東とアラブ世界 7: 海と大陸

 

1

  • * 1

 

I introduce the film “Terraferma” that was filmed on location in a small beautiful island of Italy.

In 2013, when refugees hadn’t become big problem in Japan, I saw this film and was shocked.

 

今日は、イタリアの小さな美しい島で撮影された映画「海と大陸」を取り上げます。

日本で難民があまり問題になっていない2013年に、私はこの映画を見て、衝撃を受けました。

 

 

 

2

< 2. Setting of the film >

< 2. 映画の舞台 >

Upper map: a blue star is Isola di Linosa is setting of the film.

Lower photo: Isola di Linosa.

 

上の地図: 青い星印が、映画の舞台になったリノーサ島です。

下の写真: リノーサ島。

 

 

Summary of the film

― Production ―

It was made in Italy in 2011.

 

― Contents ―

The setting is a small island being full of pleasure guests in the present day, and the story opens with a young fisherman Filippo rescues some refugees that are drifting from Africa at sea.

 

This island’s people intend to change its economy from fishery that continued to decline to tourist business.

Filippo is puzzled among mother who wants to begin new life on the mainland, an uncle who turned to tourist business, and a grandfather who are going to continue fisherman.

 

In this sea area, drifting refugees from Africa increase increasingly, and the dead bodies are washed ashore of this island frequently.

One day, Filippo and the grandfather rescue a pregnant mother and child of refugee, and shelter them in house.

This holy act will cause disturbance.

 

 

 

映画の概要

―制作―

イタリア、2011年。

 

―内容―

舞台は現代、観光で賑わう小さな島の若い漁師フィリッポがアフリカから流れ着いた難民を救ったことから話は展開する。

 

この島は衰退の一途をたどる漁業から観光に転換しようとしていた。

フィリッポは漁師を続けようとする祖父、観光業に転じた叔父、本土で新生活を始めたい母との間で戸惑う。

 

この海域には、日増しにアフリカからの難民が漂流し、島に死体が打ち上げられることも度々だった。

そんなある日、フィリッポと祖父は難民で身重の母子を救い、家で匿うことになる。

この尊い行為が波乱を呼ぶことになる。

 

Story

ストーリ

 

3

< 3. chief character and his family >

< 3.主人公と家族 >

This is a chief character Filippo.

Lower photo: his mother objects to the continuation of fishery proposed by his grandfather.

 

この青年が主人公のフィリッポ。

下の写真: 母は祖父の漁業継続に反対する。

 

 

4

< 4. rescuing the mother and child of refugee >

< 4.難民の母子を救出 >

 

One day, Filippo find refugees from fishing boat.

The grandfather saves the mother and child without hesitating, and Filippo shelters it in his house in violation of a law.

The pregnant mother gives a birth in the house.

 

ある日、出漁していて難民のボートを発見します。

海の掟を重んじる祖父は躊躇することなく母子を救い、法に違反して家に匿う。

そして、その身重の母は出産します。

 

 

5

< 5. the island being full of pleasure guests >

< 5.観光で賑わう島 >

 

Filippo helps with tourist business of his uncle, remodels his home, and starts a guesthouse together with mother.

Lower photo: many drifting refugees from Africa reached the beach full of pleasure guests.

 

フィリッポは叔父さんの観光業を手伝い、また自宅を改造し母と共に民宿を始めた。

下の写真: 海水浴客で賑わう浜辺に、アフリカの難民が多数流れ着いた。

 

 

6

< 6. Refugee issue >

< 6. 難民問題 >

Upper photo: Police officers take the refugees of the beach.

Central photo: The refugees are deported to their homeland.

Lower photo: villagers talk about refugees, and his grandfather is sitting down midmost.

” We want to help refugees, but must take away them to police as soon as finding them”

“Refugees and dead bodies drifted frequently give damage to sightseeing of our island”

Most of the opinions are negative for refugees.

 

 

上の写真: 浜辺に漂流した難民を連行する警察官達。

真ん中の写真: 強制送還される難民。

下の写真: 真ん中に座る祖父と村人が難民について話し合います。

「難民を助けてやりたい気持ちもあるが、見つけ次第、警察に届けなければならない」

「頻繁に流れ着く難民や死体は、島の観光にダメージを与える」

多くは難民に否定的である。

 

 

 

7

< 7. the last >

< 7.最後に >

 

His mother who was against sheltering refugees at first becomes sympathizing with the mother and child before long.

One day, the grandfather decides to smuggle the mother and child to mainland that her husband lives in.

Filippo departs taking the mother and child on a small fishing boat at the midnight, and the film becomes last.

 

難民を匿うことに反対だった母も、やがて母子に共感するようになる。

ある日、祖父はこの母子を彼女の夫がいる本土に密航させることを決断する。

フィリッポは真夜中に小さな漁船に母子を乗せて出港し、映画のラストになる。

 

 

8

There is the whole film of 1 hour and 29 minutes in YouTube, and it is not Japanese.

YouTubeの映画全編1時間29分、日本語ではありません。

https://youtu.be/R19t5mrZ2GM

 

Impression

This film, without terminating in the happy ending, casts a difficult problem, and impresses us with a certain thing deeply.

It is refugees that must do a voyage risking own death, and persons that cannot stop saving refugees.

 

About refugees

Should we rescue refugees from humanitarian viewpoint, or refuse them for stopping social anxiety?

 

Now, a reason that Europe and America drift to the right is due to the public opinion of refugee’s refusal becoming strong.

Such scapegoat has been repeated historically.

The ground of the refusal is that refugees invite the decline in the security situation and the increase of unemployment rate.

We cannot ignore this reason, and if you regard the rescue of refugees as only humanitarianism being void, this argument is putting it too bluntly.

 

This continues next time.

 

感想

映画は、ハッピーエンドで終わることなく、私達に難問を投げかけ、あることを深く印象付けた。

それは死を賭して渡航する難民、それを救わずにはいられない人間の存在です。

 

私は切実な難民問題と解決の困難さを知り、2年後のクロアチア旅行で思い知ることになった。

 

難民について

難民を人道的立場から救出すべきか、それとも社会不安を助長しないように拒絶すべきか?

 

現在、欧米が極右化しているのは、歴史的に繰り返されて来たスケープゴート、難民拒絶が強まっているからです。

拒絶の根拠は難民が治安悪化と失業率の増大を招いていると言うものです。

これを偏見と無視することは出来ませんので、救出を人道的な絵空ごとと捉えてしまえば、身も蓋もありません。

 

次回、この問題について考察します。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 13: Seeing the Middle East and Arab world in films 6: The historical backdrop


 

中東に平和を! 13: 映画に見る中東とアラブ世界 6: その時代背景

 

1

< 1. Central player of three films >

< 1. 三つの映画の主役 >

 

There is a common historical backdrop in the setting of “Lawrence of Arabia”, “The Four Feathers” and “The Wind and the Lion”.

It was imperialism, colonization by powerful countries.

I make the argument clear today.

 

 

既に紹介した三つの映画「アラビアのロレンス」「サハラに舞う羽根」「風とライオン」の舞台には共通する時代背景がありました。

それは帝国主義、列強による植民地化でした。

今日は、この問題を整理します。

 

In that time, what was taking place in the Middle East and Arab world?

この時代、中東とアラブ世界で何が起きていたのか

 

 

2

< 2. Colonization >

< 2. 植民地 >

Upper map: The greatest domain of Ottoman Empire.

Lower map:   Colonies at the time of 1914.

上の地図: オスマン帝国の最大領域。

下の地図: 1914年当時の殖民地。

 

An Algerian feudal lord was angry with France that continued avoiding paying a debt, and beat a consul in 1827.

France sent fleets on the pretext of it and Algeria surrendered at last by the armed forces.

France obtained Algeria without a difficulty in this way.

 

Egypt was ruled by the U.K. since 1882 as we saw in the case of “The Four Feathers”.

 

In 1911, Italy having got behind declared the war against Ottoman Empire suddenly to obtain Libya, and made it surrender.

 

Morocco had been an independent country for a long time, and the reason was Morocco could escape from the rule of Ottoman Empire because it was on the west edge,

However, the armed forces of powerful countries had been stationed as we saw in the case of “The Wind and the Lion”, and the scramble began.

In 1912, France divided North Africa with the U.K. and Italy, pushed out Germany attempting to interrupt, and possessed Morocco.

 

1827年、アルジェリアの太守が借金を踏み倒し続けるフランスに怒り、領事を叩いた。

フランスはこれを口実に艦隊を送り、ついには軍隊で降伏させた。

こうしてフランスは難なくアルジェリアを手に入れた。

 

エジプトは「サハラに舞う羽根」で見たように1882年から英国に支配されていた。

 

1911年、遅れをとっていたイタリアは、リビアを手に入れる為に突然、オスマン帝国に宣戦布告し、これを降伏させた。

 

モロッコは、西の端にあったおかげでオスマン帝国の支配を逃れ、長らく独立国であった。

しかし、「風とライオン」で見たように列強の軍隊が駐留し、取り合いが始まっていた。

1912年、フランスは北アフリカを英国とイタリアで分割し、割り込もうとしたドイツを排除し、モロッコを領有した。

 

 

3

< 3. Middle Eastern colony >

< 3. 中東の植民地 >

 

The subjection of the Middle East began between 1920 and 1921, Syria and Lebanon was ruled by France, and Jordan, Palestine and Iraq was ruled by the U.K.

This stamped on the independence, the promise with the Arab of “Lawrence of Arabia”.

When the U.K. had governed Palestine, it was the beginning of the present conflict in Israel to have promised Jewish return.

 

In this way, powerful countries took advantage of Ottoman Empire’s weakness, had divided the Middle East and Arab world from about the 1870s, and subsequently had did the most of Africa.

 

中東は、1920から21年にかけて、シリア・レバノンはフランスの支配、ヨルダン・パレスチナ・イラクはイギリスの支配となった。

これは独立の為に戦ったアラブ、「アラビアのロレンス」の人々との約束を踏みにじるものでした。

英国がパレスチナを統治し、ユダヤ人の帰還を約束したことが、今のイスラエル紛争の発端になった。

 

こうして欧州列強は、1870年代頃より、オスマン帝国の弱体に付込み、中東とアラブを手に入れ、次いでアフリカ全土を分割していった。

 

 

4

< 4. Colonies in the world in 1914 >

< 4. 1914年の世界の殖民地 >

 

Why did imperialism rise suddenly?

Since the mid-19th century, why did powerful countries fiercely compete for acquiring colonies by the armaments?

 

Some reasons.

Along with the changes of the industrial structure and economy in the powerful countries, they needed to expand the export of capital, the import of the food or raw materials, and the export of industrial products.

The domestic economy suffered from big recession many times, and the government had to turn away the people’s dissatisfaction from their own countries.

The prohibition of slave trade in the mid-19th century forced the economy and trade of related countries to change.

 

Furthermore, a decline of the U.K., a rise of Germany and America, and advancing southward of Russia happened, and the balance of power among nations begun to collapse.

They worked synergistically and it began.

 

Before long, if a large amount of capital was spent in the colony and the people’s residence to the colony advanced, the powerful countries needed to keep that security.

Like this, the powerful countries came to have to continue forcing it even if the colony management was deficit.

After all, the powerful countries used tax, and flowed the people’s blood, and then they oppressed many colonies.

 

This irrationality is due to the fact that they fall into the competition for acquiring colonies in large part with being tormented by uneasiness.

 

 

なぜ帝国主義が勃興したのか

19世紀中期以降、なぜ列強は軍事力によって植民地獲得にしのぎを削ったのだろうか。

 

いくつかの理由

列強の経済と産業構造の変化に伴い、列強は資本輸出、食料と原料輸入、工業製品輸出の拡大が必要になった。

その国内は幾度も大不況に見舞われ、政府は国民の不満を外部に逸らす必要があった。

19世紀半ばの奴隷貿易の禁止は、該当国の経済と貿易に変革を迫った。

 

さらに、英国の衰退、ドイツと米国の台頭、ロシアの南下など、国家間の均衡が崩れ始めた。

これらが相乗して始まった。

 

やがて植民地に多額の資本が投入され、国民の居留が進むと、列強はそれらの安全を守る必要が生じた。

こうなると植民地経営が赤字であろうが、列強はそれを強行し続けなければならなくなった。

結局、列強は税金を使い、国民の血を流したあげくに植民地を虐げることになった。

 

この不合理は、列強が不安に苛まれ、領土獲得競争に陥ったことが大きい。

 

5

< 5. The imperialism caused the World War >

< 5. 帝国主義は世界大戦を招いた >

 

Lesson of the history

As described above, the imperialism made the independence reproduction (democracy and economic independence) of the ex-colony difficult.

 

However, there is more.

The competition for acquiring colonies converged to the opposition between the two huge groups (Triple Entente, Triple Alliance) before long.

In Balkan Peninsula, as one bullet desiring for national liberation was shot, the two huge groups fought to the full extent of the power, and Europe became weak.

 

After all, they checked opponents by territory expansion and armaments reinforcement, and destroyed themselves due to have depended on expansion of the alliance.

 

In the days of the law of the jungle, there were some countries that did not this folly in Europe.

It is Switzerland or Sweden.

 

This continues next time.

 

歴史の教訓

既に見たように、帝国主義はかつての植民地の自立再生(民主主義、経済自立)を困難にした。

 

しかしそれだけではない。

領土分割競争は、やがて2大陣営(三国協商、三国同盟)による対立へと収束していった。

そうしてバルカン半島での民族解放を求める一発の銃弾から、2大陣営が死力を尽くし戦い、欧州は弱体化した。

 

結局、列強は領土拡大と軍事力増強で相手を牽制し、さらに同盟拡大に頼ったことにより、自滅した。

これは今風に言えば、抑止力を高め集団的自衛権を行使したことになる。

第二次世界大戦後、国連でこの過ちを二度と犯すまいと議論されたのだが・・・・

 

当時、弱肉強食の時代にあって、この愚を犯さない国が欧州内にあった。

それはスイスやスウェーデンなどです。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Visiting from Tajima shore to Tango Peninsula 1: First


但馬海岸から丹後半島を巡って 1: はじめに

 

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We traveled in San-in from May 12, 2016 to 14.

I enjoyed hot spring and Japanese food along with looking for original scenery of Japan.

Today, it is the digest

 

2016年5月12日から14日にかけて、山陰を旅行しました。

日本の原風景を探しながら、温泉と日本料理を味わって来ました。

今日は、そのダイジェストです。

 

 2map

< 2. Our traveling area >

< 2. 旅行した所 >

Upper map:   The yellow frame is the range of following map.

Lower map:   A yellow line is the route that we drove, and the range that I took a picture.

Red dot is places to stay.

 

上の地図: 黄色の枠が下の地図の範囲です。

下の地図: 黄色の線が今回、私達がドライブした道筋で、写真撮影をした範囲です。

赤丸は私達が宿泊した場所です。

 

3

< 3. Scenery of mountainous district >

< 3. 山地の風景 >

These mountains and trees were just the season of fresh green.

まさに山と木々は新緑の季節でした。

 

4

< 4. Appearance of a fishing village >

< 4. 漁村のたたずまい >

 

 

5

< 5. Hot spring resort >

< 5. 温泉地 >

Our Japanese trip is always accompanied by hot spring, moreover a kaiseki ryori ( an elegant Japanese meal served in delicate courses) and a morning bath are indispensable.

I very yearned for Japanese food used of seafood when I ate European dishes in the cruise of the Mediterranean Sea.

I introduce at a later date the dish that our hotels served.

 

 

日本人の旅には温泉が付きもので、会席料理と朝風呂は不可欠です。

クルーズでヨーロッパ料理を食べていると無性に海の幸の日本料理が恋しくなりました。

旅館で出た料理を後に紹介します。

 

 

6

< 6. Enjoying San-in shore >

< 6. 山陰海岸を楽しむ >

 

We enjoyed the superb view of the shore on a pleasure boat from Hamasaka Port.

浜坂港で遊覧船に乗り、海岸の絶景を楽しみました。

 

7

< 7. Aspect of shore >

< 7. 海岸の表情 >

 

8

< 8. An original scenery of Japan >

< 8. 日本の原風景 >

The rice field being on a small cape, and many houses standing on the coastal slope remain the mode of old living of Japan.

岬の上に作られた水田、海沿いの斜面に並ぶ家々は、日本の昔の暮らしを物語っています。

 

9

< 9. Ine-wan bay >

< 9. 伊根湾 >

This fishing port is famous for the funaya houses (there is a boathouse in a private house), and the mode comes from blessings bestowed by nature.

ここは舟屋で有名な漁港で、その姿は自然が生んだ良港の賜物です。

 

10

< 10. Daijo-ji Temple in Kasumi >

< 10. 香住の大乗寺 >

 

It was lucky to have visited this temple.

In the old main temple, there are a lot of paintings of painter Oukyo Maruyama of the middle of the Edo era, and we can see it as the sliding panel paintings of each room.

I introduce it at a later date.

 

This continues the next.

 

この寺に出会えたことは幸運でした。

この古い寺の本堂に江戸中期の画家円山応挙と一門の絵が多数あり、それも各部屋の襖絵として見ることが出来ます。

後に、詳しく紹介します。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 7: A popular book 2


中東に平和を! 7: 人気がある本 2

 

 1

< 1. The first President Ataturk of Turkey >

< 1.トルコの初代大統領アタチュルク >

 

I examine again above-referenced book “ What Went Wrong? Western Impact and Middle Eastern Response”

前回に続いて、本「イスラム世界はなぜ没落したか?」を検討します。

 

Disappointing result of this book

The author in this book radically despises the Islamic society of the Middle East.

He introduces poor performances that the administration officials of the past Islamic nations did in the diplomacy or the politics, and so he induces laughter.

Most of Westerner taking pride in advanced society may recognize the Islamic society is stagnation.

However, his book has unfair writing style that you cannot see in normal history book.

For example, as for apprehending the society, he picks up some trifling anecdotes from the Ottoman Empire several hundred years ago, and doesn’t describe it with a holistic approach such as economy, and therefore it becomes emotional.

If modern Japan is evaluated as an underdeveloped country by an anecdote of the Edo Period, can Japanese understand it?

 

この本の残念な点

この本は中東のイスラム社会を侮蔑することに終始している。

過去のイスラム国家の外交や政治、あるいは高官のお粗末さを紹介し笑いを誘う。

先進社会を自負する欧米人から見れば、この社会は停滞に写るだろう。

しかし、通常の歴史書ではありえない公正さを欠いた書き方です。

 

例えば、数百年前のオスマン帝国を話題に取り上げ、些末な逸話で笑いを取り、経済など全体的に捉えるのではなく情緒的なものが多い。

もし江戸時代の逸話をもって現代の日本も後進国であると嘲笑されても、あなは納得するだろうか。

 

2

< 2. Istanbul was a capital of Ottoman Empire >

< 2. オスマン帝国の首都だったイスタンブール >

 

Let us say that there will be bad political culture that keeps on living in the present day in the Islamic world.

If so, from hopeless Ottoman Empire, why would a republican system of government be born?

Moreover, it had secular politics, separation of power, creation of a constitution, and woman’s suffrage.

And Turkey developed the economy smoothly.

 

Here, the author says, “ The success was largely due to that Ataturk had had a Western air.”

On the other hand, he presses the reason that Arab cannot modernize, because Arab hates westernization, being unlike a Turk.

Such a self-serving argument is seen everywhere.

 

In other words, he uses any topic for criticism, but completely ignores the result that you should recognize.

However, unfortunately, this book became a bestseller in the United States.

 

The society that he should curse with is not large Islamic world, but the Middle East then Arab being Israeli enemy.

 

一歩譲って、イスラム世界には現代に通ずる低俗な文化が存在するとしよう。

もしそうであれば、その絶望的なオスマン帝国から、なぜ政教分離、三権分立、憲法制定、女性参政権を行った共和制が生まれたのだろうか。

そして、トルコは順調に経済を発展させて来た。

 

ここで著者は言う、「その成功はアタチュルクが西洋かぶれしていたおかげだと」。

一方で、アラブ人が近代化出来ないのは、トルコ人と違って西洋化を嫌悪するからだと責めでしょう。

このような我田引水が至るところに見られる。

 

要は、彼は批難すべき話題は何でも使うが、認めるべき成果を完全に無視している。

しかし、残念なことに米国ではこれがベストセラーになった。

 

彼が罵るべき社会は広大なイスラム圏ではなく、中東、それもイスラエルの敵であるアラブなのです。

 

3

< 3. Royal families of Saudi Arabia>

< 3. サウジ王家 >

 

However, his indication about the Middle East is important

  1. Lack of civil society (p166, explanatory notes 1): It is inclined toward authoritarian monarchy and dictatorial government.
  2. Lack of tolerance (p170): It punishes severely Islamic law violator.
  3. Backlash against laicism (p159): It dislikes separation of church and state, and desires to back to the source of Islam.
  4. Backlash against Western Europe (p235): To hate Western Europe is to shut an only modernization.
  5. Can’t do self-criticism (p252): It attribute current slump of Arab to the European and American developed country.

 

しかし彼の指摘は重要です

 

A 市民社会の欠如(p166、注釈1): 権威主義的で王制や独裁制に陥り易い。

B 寛容性の欠如(p170): イスラム法違反に厳しく、寛容性を持たない。

C 世俗主義への反発(p159): 政教分離を嫌い、イスラム教の原点回帰を望む。

D 西欧への反発(p235): 西欧を嫌悪することは、唯一の近代化を閉ざす。

E 自己批判が出来ない(p252): 現在のアラブの低迷を欧米先進国のせいにする。

 

4

< 4. Bourkha of Islamic clothes  >

< 4. イスラムの風習ブルカ >

 

What is on the authorial mind seems following opinion.

“ Decaying Arab has held unjust hostile sentiments against Western Europe, and has given birth to terrorism.

We should fight them firmly.”

 

I will explain about the error of his indication, and the background later.

 

This continues next time.

 

Explanatory notes1: The number is the page of the Japanese edition book with mention of related matters.

 

 

著者の念頭にあるのは、“腐敗しているアラブは西欧に言われ無き敵対感情を抱き、テロを生みだしており、西欧は毅然と戦いを挑むべきである”でしょうか。

 

後に、私はこれら指摘の誤りと、その背景について説明を試みます。

 

次回に続きます。

 

 

注釈1: 関連事項の記載がある日本語版著書のページ。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 6: A popular book 1


中東に平和を! 6: 人気がある本 1

 

 

 1

< 1. The book >

< 1. 本  >

 

 

Today, I introduce a popular book,” What Went Wrong? Western Impact and Middle Eastern Response”

 

今日は、人気がある本「イスラム世界はなぜ没落したか?」を紹介します。

 

Summary of this book

The author is Bernard Lewis, and he is an authority in the history study of the Middle East in the U.S.A.

The following summary of this book is a quote from a comment of the translation supervisor, Akira Usuki.

 

“ In the first place, Islamic world had an advanced civilization, and actually, was superior to the politics, economy, military and culture of the Christendom of Europe.

However, the Muslim have been satisfied with the world of their self-centeredness, ignored the modernization such as the technology development that Europe accomplished, and have delayed.

Coming into the 19th century, Islamic world experienced the colonization by the European Great Powers.

 

In the result, Muslim did not change oneself, and directed their ire toward the European colonialism first.

And next, they do it toward the United States after the World War II.

The author says that they haven’t made effort to reorganize oneself. ”

 

 

本の概要

著者は米国の中東史研究の権威バーナード・ルイスです。

この本の要約を監訳者臼杵陽のコメントから引用します。

 

「そもそもイスラムは先進的な文明をもっており、実際、ヨーロッパ・キリスト教世界に対して政治的、経済的、軍事的、文化的に優越していた。

ところが、ヨーロッパが成し遂げたテクノロジーの発展などの近大化に対してムスリム自身は唯我独尊の世界に充足して停滞してしまい、イスラム世界は19世紀に入るとヨーロッパ列強による植民地化を経験してしまう。

・・・結果的に、ムスリムは自らを変えるのではなく、怒りの矛先を最初はヨーロッパ植民地主義に向け、そして第二次世界大戦後はアメリカに責任の転嫁をし、みずからを変革する努力怠ってきたというものである。」

 

 

 

2

< 2. A street corner of Arab >

< 2. アラブの街角 >

 

Something that existed in the background of this book

The book became a bestseller of the consecutive top for 15 weeks in the New York Times in 2002.

When I saw the current evaluation for this book in English version of Amazon.com, it was 3.5, and the number of the reviews was 190.

It is still strongly popular.

 

This book is easy to read because it is a jumble of several lectures, but lacks coherence.

However, some fanatics will be encouraged by his encyclopedic knowledge and straightforward explanation.

This is the best book for certain people.

 

この本の背景にあるもの

この本は2002年、ニューヨーク・タイムズで15週連続トップのベストセラーになった。

アマゾン英語版で現在の評価を見ると星3.5でレビュー数は190件でした。

いまだに根強い人気があります。

 

この本は、数編の講演原稿を集めたもので読みやすいのですが、まとまりに欠けます。

しかし、彼の博覧強記と単純明快な語りに、熱狂者達は勇気づけられるでしょう。

これは、ある人々には最良の書です。

 

 

3

< 3. September 11 attacks and neo-conservatives  >

< 3. 同時多発テロとネオコン >

 

Upon receiving the news of ”the September 11 attacks in 2001″, the advice from the author about the Middle Eastern policy was very appreciated by Vice President Cheney.

He was an instructor of the neo-conservatives (neo-con) of the Bush administration in those days.

When the fighting spirit became heated in the United States and the United States began to invade Afghan, and next would do Iraq, this book was just published.

 

He seemed to have converted to an adviser of the Middle Eastern policy from a historian since about 1980s.

In these days, Israel had won the Arab–Israeli conflict, invaded Lebanon, massacred refugees in it, and made PLO weaken.

But Israel came to receive criticism strongly from the world and Arab.

He was a Jewish family.

 

著者が2001年の同時多発テロ事件を受けて行った中東政策の進言はチェイニー副大統領から非常に感謝された。

当時、彼はブッシュ政権のネオコン(新保守主義)の指南役でした。

まさに米国で戦意が沸騰し、アフガンからイラクへと侵攻する時期に、この本が刊行された。

 

彼は、1980年代(?)より歴史家から中東政策のアドバイザーに転向したようです。

この時期、イスラエルは中東戦争に勝利し、レバノン侵攻と難民虐殺を行い、PLOを弱体化させたが、世界とアラブから強く非難を受けるようになっていた。

彼はユダヤの家系であった。

 

4

< 4. Palestine Liberation Organization >

< 4. PLO >

 

My impression

I strongly felt prejudice and searing commentary that we have never seen in books written by well-known historian, especially because the author used the one-sided exposition.

However, on the other hand, his indication about the Arab world includes some things that I cannot ignore.

I strongly thought that I must write this serialization when I read this book.

 

On the next time, I examine the main point about his indication.

 

私の感想

著者の一方的な語りに、私は著名な歴史家には見られない偏見と煽情を強く感じた。

しかし、一方で彼のアラブ世界への指摘には無視出来ないものがある。

私がこの連載を書かなければならないと強く思ったのは、この本を読んだからでした。

 

次回、著者の指摘について要点を検討します。

 

 

 

 

 

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何か変ですよ 40: 見たくない、知りたくないこと


 1

< 1.震災を受けた熊本城 >

 

今日は、日本で起きている不可思議な現象を追います。

それは将来訪れる可能性のある身と経済の危険についてです。

人は往々にして見たくないものにはそっぽを向くようです。

 

 

熊本地震との関わり

2016年4月14日に発生した熊本地震は震度7で、非常に強い揺れでした。

 

気になるのは、この時発生した最大加速度が1580ガルと言うことです。

例えば、この値は鹿児島県川内原発の耐震性基準620ガルの2.5倍です。

この基準は福島事故を受けて372ガルから引き上げられた。

 

ここで気づいて頂きたいことは、加速度が基準値を超えれば原子炉を破壊することです。

例えば、地震の加速度「ガル」が2.5倍になると原子炉に想定の2.5倍の力が働きます。

これは配管から容器、燃料棒などあらゆる部品を破壊する力が2.5倍になることを意味します。

 

2

< 2. 原子炉の破壊 >

左図: 原子炉容器と配管の振動シミュレーション。

赤部が強度的に弱い所で、加速度が増えるとこの部分から破壊が進む。

 

右図: 福島原発事故。

 

日本の地震で2008年の宮城岩手内陸地震の4022ガルが最大でした(基準の6.5倍)。

重要なのは、マグニチュードや震度、地震の深さではなく原子炉に作用する加速度なのです。

揺れの時間は瞬間であっても破壊します。

 

日本列島では、いつどこで、どれだけの加速度の地震が発生するか分からないのです。

 

 

3

< 3. 失業率の推移 >

 

高卒の就職状況との関わり

現在、私は高校で教えており、就職状況の好転は歓迎すべきことです。

しかし、気になることがある。

それは生徒達がアバノミクスのおかげで良くなっていると思い込んでいることです。

事実は、そんな楽天的なものではなく将来に不安がある。

 

先ず、失業率が低下している理由を見ましょう。

 

 

4

< 4. 日本の人口推移 >

 

このグラフから厳密な説明は出来ないのですが、その理由は理解しやすい。

15~64歳人口(棒グラフの青色)の低下は14歳以下人口(緑色)の低下よりはるかに急激です。

これは高校から大学までの学卒の就職希望者より、団塊世代の退職の方が多いことに関連しています。

つまり、このギャップが学卒の就職を有利にさせ、失業率の低下になっているのです。

 

それでは、なぜ今起きたかと言うと、主に改正高年齢者雇用安定法で企業の定年が5年ほど遅れたことによるのです。

つまり今回だけ後回しになっただけなのです。

 

具体的な数字で確認しましょう。

2010年度で団塊世代人口(61~63才)は669万人です。

退職が4年遅れるとして、2014年度の就職可能な若年人口(20~22才)は373万人です。注釈1

3年間の需給の差は296万人不足、退職者が圧倒的なのです。

 

2015年の全学卒者(高校、専修学校、高専、短大、大学)232万で、就職希望者92万人です。

2010年度の60歳人口230万人、これが5年後に退職するとしたら、その需給ギャップは138万人不足です。

これが1年間で起きたかもしれないのです。

 

実際は、他の世代や女性の就労等で、全就業者数はわずかながら増加し、定年延長で日本社会は急場を凌いでいます。

しかし今、人手不足が高齢者の多い中小企業を直撃しているはずです。

 

実は、問題はこれからなのです。

グラフのような生産年齢人口の減少を食い止めない限り、日本は景気後退を深めるでしょう。

欧米は、主に移民労働者の受け入れでこれを防いで来ました。

 

理由は簡単で、労働人口が減り、国民所得と需要が減り、総労働人口の減少分に応じて企業は規模の縮小に向かわざるを得ない。

ここで企業の淘汰が起こり、倒産が増えます。

この現象は、一人当たりのGDPが変わらなくても、減少の過渡期において起きます。

 

今、大事なことは、皆さん一人ひとりが他人任せでなく、社会で起きていることを直視することです。

 

 

注釈1: 就職可能な人口の20~22才は、私が目安に設定した年齢で、各種学卒の比で決めました。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 5:   Outline of conflicts in the Middle East 2


 

中東に平和を! 5: 中東の紛争のあらまし 2        

 

 

 1

 

Today, we look at the factors of the Middle Eastern side causing the expansion of the conflict.

今日は、紛争拡大を招いている中東の要因を見ます。

 

2 

 

Flash point of internal opposition

In this area, there are countries of republican institutions, but most are monarchy or military government.

If the people demand reform, they must conflict with the despotic government, so the large-scale demonstration such as “the Arab Spring” is at the beginning.

 

There were invariably the severely oppressing and White Terror by Israel or the Arabic governments before the attack and suicide bombing by the radicals increased in each place.

Which started the fight first is always ambiguous, but the powerless people receive overwhelming violence by them.

There is full of hatred and distrust against each other, and it makes a situation that they cannot talk.

This situation began around the middle of the 20th century and it continues turning worse.

 

 

対立の火種

この地域には共和制の国もあるが、ほとんどが王制か軍事政権です。

国民は改革を求めるなら、この強権的な政府と抗争することになり、「アラブの春」のような大規模デモによる訴えは始めてだった。

 

各地で過激派の攻撃や自爆テロが増大する前に、必ずイスラエルやアラブ政府による大弾圧や白色テロがあった。

どちらが先に手を出したかは微妙だが、非力な民衆側は圧倒的な暴力を受けることになる。

両者には不信と憎しみが渦巻き、対話不能な状況がある。

この状況はおおよそ20世紀中頃から始まり、悪化し続けている。

 

3a

 

There is other flash point of internal opposition, too

As for ethnic antagonism, there is not only an antagonism between Palestine and Israel, but also it among Arab and Turkey and Iran, and furthermore there is a struggle for independence of Kurd.

 

As for the religion, there is an antagonism between Shiite and Sunni Muslims, and it between Muslim and Christian in Lebanon.

 

Thus, each country performs a diversion and a trick to the adverse country for a territory or petroleum in addition to the mentioned antagonism, and it develops into an armed power conflict at last

The most skillful with it is maybe Israel and the Mossad (Israel’s intelligence agency).

 

対立の火種は他にもある。

民族対立はパレスチナとイスラエルの間だけでなく、アラブとトルコ、イランにもあり、さらにクルド人の独立闘争がある。

 

宗教ではイスラム教のシーア派とスンニ派の対立、レバノンでのイスラム教徒とキリスト教徒の対立もある。

 

こうして各国は上記対立に加え、領土や石油が絡み、相手国に牽制や謀略を行い、遂には武力紛争に発展する。

最も巧みなのがイスラエルであり、モサド(イスラエル諜報特務庁)でしょう。

 

 

 

4

 

The reason why radicals increased

As the First Middle East War and the Afghan Civil War, in the Islamic world, there is a tradition that volunteer soldiers participate in a war across a border and Islamic tribes support it.

 

In addition, a thought of back to the source also has been in a part of Islam, and this has applied for the strict interpretation of the doctrine.

When fighting against an invader (enemy), a person of power of the Islamic world often used a word ” Jihad ” historically.

The radicals borrow these by preference.

 

There are two reasons why this trend increases currently.

One is that oil-producing countries of the monarchy support the radicals operating in other countries.

In particular, Saudi Arabia has a deep connection with a radical since the birth of the nation.

Another one is that the whole Arab have expected for the Islamic Renaissance since about 1980, as reaction in despair about the policy (modernization, westernization) of the previous nationalism.

 

過激派が増加した理由

第一次中東戦争やアフガニスタン紛争のように、イスラム圏では同朋が侵略されると、義勇兵が国境を越えて参戦し、部族が支援する伝統がある。

 

また、イスラム教にも原点回帰の思想が一部にあり、これが教理の厳格な解釈を求めている。

「聖戦」は、歴史的にイスラム圏の権力者などにより侵略者(敵)と戦う時に発せられることがあった。

これらを過激派が都合よく借用している。

 

現在、この風潮が勢力を増している理由が二つある。

一つは、王制の石油産出国が他国で活動する過激派を支援していることです。

特にサウジアラビアは国家誕生時から過激派と深い繋がりがある。

 

もう一つは、1980年頃より、アラブ全体で、それまでの民族主義の政策(近代化、欧米化)に失望し、反動としてイスラム復興に期待するようになったことです。

 

5

 

Further geopolitical reason

The Middle East was a strategic point linking the east and west from ancient times, and became a ground of a struggle for ruling power due to being the point of contact of each continent.

Furthermore, petroleum and Palestinian issue affected it, so Europe, the Soviet Union, and the United States increased the interference and support.

Thus, The most countries of the Middle East nears the top of country importing weapons in the world, excepting large countries such as China, and became the major consuming areas of weapons.

 

Over the past century, oil-producing countries like Saudi Arabia and Gulf countries is enabling the maintenance of monarchy and reinforcement of armaments, by keeping close friendship with European nations and the United States.

This becomes a reason why the radicals increased and Arab countries split.

 

さらに地政学的な理由がある

古来より、中東は東西を結ぶ要衝の地で、各大陸の接点であったことにより覇権争いの地となった。

さらに石油とパレスチナ問題が絡み欧州・ソ連・米国の干渉と支援が増大した。

こうして中東各国は、中国などの大国を除けば武器輸入の上位になり、一大消費地となった。

 

この1世紀の間、サウジアラビアや湾岸諸国等の石油産出国は欧米と親密さを保ちながら、王制の維持と軍備強化を可能にしている。

このことが、過激派の増殖とアラブが分裂する理由にもなっている。

 

Finally

It becomes a remote cause of the conflict of the Middle East in the early 20th century that a Jew began settling in Jerusalem.

Originally, Arab was nomad in desert, and had not border and nation awareness.

However, suddenly the borders of straight lines were drawn, their ground was divided in pieces, and they were imposed king and the territory upon.

This was an ending of the colonial policy of Britain and France that began at the middle of the 19th century.

 

This continues next time.

 

最後に

この地の紛争は、20世紀始めに、ユダヤ人がエルサレムに入植を始めたことが遠因になっている。

元来、アラブは砂漠の遊牧民であり、国境や国民意識は無かった。

それが突如、直線の国境を引かれ分割され、王や領土をあてがわれた。

これは19世紀中頃に始まる英仏の植民地政策の結末だった。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 2: What do I aim at?


 

 1

< 1. The Kaaba in Mecca >       

< 1. メッカ、カーバ神殿 >

 

I describe what I want to do by this serialization.

 

この連載で私が何をしたいのかを書きます。

 

What I feel about the Middle East now.

I traveled in Egypt and Turkey for 13 days five years ago.

And so, I had a good feeling about the Muslim’s behavior in Turkey, on the other hand, I was disappointed at the social stagnation in Cairo.

However, I was attracted to the personality of the each local guide in the two countries.

I visited Bosnia and Herzegovina half a year ago.

And I knew the misery of Muslim who received ethnic cleansing.

I visited Casablanca half a month ago and the citizen were seen being bursting with vitality and resting together with family in the holiday.

 

I visited the Moslem countries and felt that Islam isn’t the root of the evil.

 

 

私が今感じていること

5年前、エジプトとトルコを13日間旅行し、トルコではイスラム教徒の立ち振る舞いに好感を持ち、カイロでは社会の低迷ぶりに失望した。

しかし、一方で私は両国の現地ガイドの人柄が惹かれた。

半年前にボスニア・ヘルツゴビナを訪れ、民族浄化を受けたイスラム教徒の悲惨さを知った。

半月前にカサブランカを訪れ、活気に溢れ、休日に家族で憩う市民の姿を見た。

 

私はイスラムの国々を訪問し、イスラム教が災いの根源では無いと感じた。

 

2

< 2. Saladin, a hero of Islam >

< 2. サラディン、イスラムの英雄 >

 

Purpose of this serialization

Most of the Middle East is the countries of Arab and Muslim, and in desert.

For Japanese people, the culture and religion of this area are heterogeneous, furthermore there is not almost the opportunity to know the history, and therefore we are hard to understand it.

As for books about the dispute of the Middle East and Islam, there are things being going to remove the misunderstanding of it and a lot of things inciting uneasiness, and rather the influence by the latter is bigger.

Furthermore, it is difficult for us to know the truth if large countries having interests in it control the information.

The people must be stimulated by the most recent miserable news.

 

By enriching our understanding about the dispute and confusion of the Middle East, I want to help to remove the prejudice and misunderstanding against the Middle East.

 

この連載の目的

中東の多くは、イスラム教徒であるアラブ人の国で砂漠です。

日本人にとっては、この地の文化や宗教は異質であり、ましてその歴史を知る機会は無く、理解し難い。

 

巷に溢れる中東の紛争やイスラムの本には、誤解を解こうとするものもあるが、不安を煽るものも少なくなく、むしろこの影響の方が大きい。

さらに、利害がからむ大国が情報操作しているとしたら、我々が真実を知ることは難しい。

どうしても、人々は直近の悲惨なニュースに刺激されてしまいます。

 

私は、中東の混乱と紛争への理解を深め、偏見と誤解を取り除く手助けをしたい。

 

4

< 3. Bin Laden >

< 3. ビンラディン >

Fear to a heterogeneous thing

“Islam is stagnating the society”

” Muslim is belligerent”

Does Islam really cause the social stagnation and dispute?

 

The people of the world live a life with faith every day.

The religion was making a great contribution in humanity until now.

On the other hand, it often caused disaster.

 

Therefore we want to enrich our understanding about Islam by comparing it with other religion.

 

 

異質なものへの恐れ

「イスラム教が社会を停滞させている」

「イスラム教徒は好戦的である」

本当にイスラム教が社会の停滞や紛争を招いているのだろうか?

 

世界中の人々は日々、信仰と共に暮らしています。

これまで宗教は人類社会に多大な貢献をして来ました。

一方で災いを招くこともありました。

 

そこで、他の宗教と比べながらイスラム教への理解を深めます。

 

3

< 4. The Iraqi War >

< 4. イラク戦争 >

 

Reality and background of the dispute of the Middle East

I introduce the scene of the dispute of the Middle East, and I introduce the difficult situations and opinions of people living there.

In addition, I will approach the refugees, suicide bombing, and Islamic extremists.

I chase these disputes of Syria, Iraq, and Palestine mainly.

By the pursuit of the history of Middle Eastern countries for 1-2 centuries, I prove the cause and background of these disputes.

In addition, by comparing it with representative dispute and social stagnation of the world, the problem that keeps happening in the Middle East will become clear.

 

This continues to the next time.

 

 

中東の紛争の現実と背景

中東紛争の現場と、そこに暮らす人々の苦境や意見を紹介します。

また難民や自爆テロ、イスラム過激派にも迫ります。

主にシリア、イラク、パレスチナなどの紛争を追います。

主に、ここ1~2世紀の中東諸国の歴史を追い、紛争の原因と背景を探ります。

また、世界の代表的な紛争や社会停滞と比較することにより、中東で起きている問題点が明確になるでしょう。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 1: At the start


 

中東に平和を! 1: はじめに

  1a

  • * 1

 

Our world is really amid big confusion now.

It is a far-off incident as for Japan, but the dispute occurring in the Middle East becomes more serious.

The disaster will spread to not only the West but also the world soon if it is not addressed immediately.

How should we confront the dispute of the Middle East?

 

今、世界は混乱の真っ直中にあります。

日本にとっては遠い出来事ですが、中東で起きている紛争は深刻さを増しています。

放置すれば災厄は欧米だけでなく、やがて世界に拡大するでしょう。

私たちは、中東の紛争にどう向き合えば良いのでしょうか?

 

 2

  • * 2

 

What is the problem?

By civil war, a vast amount of human life and property continue being lost, the environment and economy continue to be destroyed.

Enormous refugee occurred, and the confusion spread to the area accepting the refugee.

The causes of the conflict increased rather than decreased, and it came to spill all over the world.

Discrimination and hatred spread, and the world is being tormented by uneasiness, and the world cooperation system may collapse before long.

If this did happen, each countries become exclusive and iron hand, and have a much better chance to retreat and collide.

This is similar to the world headed for World War II.

 

 

 

何が問題か

中東の戦火により莫大な人命と財産が失われ、環境と経済が破壊されています。

膨大な難民が発生し、難民の受け入れ先でも混乱が広がっています。

紛争の火種は減るどころか増え続け、世界中に飛び火しています。

差別や憎悪が拡散し、世界は不安に苛まれ、やがて協調体制は崩れるでしょう。

そうすれば各国は閉鎖的で強権的になり、後退と衝突へと向かう可能性が高くなります。

これは第二次世界大戦へと向かったことに似ています。

 

I cannot see the sign of the convergence at all.

In war between nations once, they would have begun discussion for agreement to end the war if the disadvantage became remarkable.

However, the dispute in the Middle East transcends national borders, a lot of unidentifiable armed groups is concerned with it, furthermore the military aid by plural large countries accelerates the confusion.

The prolonged dispute makes the society that disorder and hatred prevail in, and would push our world at last into a society where crime and violence spread over.

 

Now I think that radical coping is necessary, but do not know how I understand the present conditions.

 

まったく収束の兆しは見えません。

かつて、国家間の戦争では、劣勢が顕著になると終戦協議が始まりました。

しかし、中東で起きている紛争は国境を越え、正体不明の武装集団が多数関わり、さらに複数の大国による軍事援助が混乱に拍車をかけています。

長引く紛争は、無秩序と憎悪をはびこらせ、ついには世界を犯罪と暴力が蔓延する社会へと突き落とすことになる。

 

今こそ、抜本的な対処が必要だと思うのですが、現状をどう理解してよいかわからない。

 

3

  • * 3

 

On the other hand, how do knowledgeable persons see Middle East conflict?

A “What Went Wrong?” by Bernard Lewis.

He is a famous American scholar about Mideastern history.

In this book, he explains that the backward predisposition of the Islamic world brought the slump and dispute of the civilization.

 

B “ The United States cannot beat the extremist organization IS” by Osamu Miyata.

He is an Islam researcher in Japan.

In this book, he explains that the Middle East conflict occurred by the intervention of Britain and France, and next America.

 

C “THE GREAT THEFT” by Khaled Abou El Fadl.

He is an American Islamic jurist.

In this book, he explains that Islamic extremists deviate from original Islam, and are abusing the jihad.

 

These opinions of knowledgeable persons all over the world are various, and I cannot see the truth.

 

I want to close in on the truth of the Middle East conflict, Islam and Arab from now on.

 

 

一方、識者は中東紛争をどう見ているのか

 

A バーナード・ルイス著「イスラム世界はなぜ没落したか?」

彼は米国の著名な中東史研究家で、この著書で、イスラム世界の後進的な体質が、文明の低迷と紛争をもたらしたとする。

 

B 宮田律著「アメリカはイスラム国に勝てない」

彼はイスラム研究者で、この著書で、中東紛争は初期に英仏、後に米国の介入が招いたとする。

 

C カリード・アブ・エル・ファドル著「イスラムへの誤解を越えて」

彼は米国のイスラム法学者で、この著書で、イスラム過激派は本来のイスラムから逸脱し、ジハードを悪用しているとする。

 

世界の識者の見解も様々で真実が見えない。

 

これから、中東紛争、イスラム教とアラブの真相に迫りたいと思います。

 

 

 

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Went around Croatia and Slovenia 18:  The wonder of Dubrovnik 4


クロアチア・スロベニアを巡って 18: ドゥブロブニクの不思議 4

     1

< 1. Dubrovnik >

< 1. ドゥブロブニク >

 

I see how Dubrovnik coped with the situation change, and what happened in Europe.

This is my last entry in the theme.

 

今日は、ドゥブロブニクが情勢変化にどのように対応し、またヨーロッパに何が起きたかを見ます。

これで終わります。

 

 

 2ネウム

< 2. Neum of dusk >

< 2. 夕暮れのネウム >

 

Skillful diplomacy of Dubrovnik

Hungary kept a patron of Dubrovnik in place of Venice from 1359 until it suffered a crushing defeat by the Ottoman Empire in 1526.

However, Dubrovnik continued to reject the dispatch of governor from Hungary, and started to pay tributes to the Ottoman Empire in 1458.

Because of this, Dubrovnik was allowed for the commercial activity in Balkan and other conquest places, became a counterbalancing power against Venice, and was at the height of the prosperity in the 15-16th century.

Furthermore, in 1699, it devolved territory Neum (photo 2) to the Ottoman Empire and assumed it a shield to the Venice navy.

Small town Neum of a shore belongs to a territory of Bosnia and Herzegovina currently, and has made Dubrovnik the enclave of Croatia.

Here was our accommodation, and I introduce it later.

 

ドゥブロブニクの巧みな外交

ハンガリーは1359年からベネチアに代わり、1526年にオスマンに大敗するまでドゥブロブニクの庇護者であり続けた。

しかし、ドゥブロブニクはハンガリーからの総督派遣を断り、1458年にはオスマンへの朝貢を開始した。

これによりオスマンからバルカンや他の征服地の商業活動を認められ、ベネチアと対抗するまでになり15~16世紀にかけて全盛期を迎えた。

さらに1699年、領地ネウム(写真2)をオスマンに譲り、ベネチア海軍への盾とした。

 

海岸の小さな町ネウムは、現在、ボスニア・ヘルツェゴビナ領で、ドゥブロブニクを飛び地にしている。

ここは私たちの宿泊地で、後で紹介します。

 

 

3

< 3. The Mediterranean Sea >

< 3.地中海 >

1: Dubrovnik 2: Venice 3: Genoa 4: Constantinople(Istanbul) 5: Alexandria 6: Lisbon 7: Ceuta   8: Athen 9: Rome 10: Jerusalem.

 

1: ドゥブロブニク 2:ベネチア 3: ジェノバ 4: コンスタンティノープル(イスタンブール) 5: アレキサンドリア 6: リスボン 7: セウタ 8: アテネ 9: ローマ 10:エルサレム

 

What decided the outcome of Genoa and Venice?

The two countries continued the East-West trade through Ethiopia of Christianity country and Egypt of the Islamic power (annotation 1).

However, this decrepit Islamic dynasty practiced the monopolization of spice in 1428, and the price jumped up.

The purchase price from Egypt increased to approximately 1.5 times than before, and became 16 times in comparison with the direct purchase from India.

 

On the other hand, Genoa defeated by Venice found its way into the Atlantic Ocean, and joined with Portugal.

Portugal that had accomplished Reconquista (annotation 2) captured Ceuta of the opposite shore in 1415, and aspired to trade with India around the west side of Africa.

At last, it became possible by Vasco da Gama’s expedition in 1498

In the early 16th century, most of the spice did not arrive at Egypt from India.

 

Thus, Venice that had been proud of its prosperity by the monopoly fell rapidly.

Spain participated in it and since the Age of Geographical Discovery began, Genoa survived by banking

 

ジェノバとベネチアの明暗を分けたもの

両国はイスラム勢力(注釈1)のエジプトやキリスト教国のエチオピアを通じて東西交易を続けていた。

しかし、弱体化したこのイスラム王朝は1428年、香辛料の専売制を始め、値段が跳ね上がった。

エジプトからの購入価格は従来の1.5倍以上、インドでの直接購入に比べ約16倍にもなった。

 

一方、ベネチアに敗れたジェノバは以前から大西洋に活路を見出し、ポルトガルと手を組んでいた。

レコンキスタ(注釈2)を成し遂げていたポルトガルは、1415年、対岸のセウタを攻略し、アフリカの西回りでインドとの交易を目指し、1498年、ヴァスコ・ダ・ガマの遠征で可能にした。

16世紀初めには、エジプトにインドから香辛料はほとんど入荷しなくなった。

 

こうして、独占で隆盛を誇ったベネチアは急速に没落していくことになる。

スペインが参加し大航海時代が始まるとジェノバは銀行業で生き残った。

 

4

< 4. Renaissance fine art. By “Web gallery of art” >

< 4.ルネサンス美術。「Web gallery of art」より >

 

Two shocks of Europe

One of them is the beginning of the Age of Geographical Discovery, as we have seen already.

 

The other one is the beginning of Renaissance.

Greek classical study flowed out to Italy from the declined Byzantine Empire, and Renaissance flowered in Italy by combining with cities that prospered in trade

The Greek classical study was popular from ancient times in Byzantium, and was also spreading to Islamic world.

Knowledge of Islamic world and the Greek classical study were introduced to Europe via Spain already.

 

After this, European development shifted to the west and north of it along with the Age of Geographical Discovery, and Italy became an economical undeveloped area in the middle of the 17th century.

Three maritime republics of the Mediterranean Sea died out by the armed forces and cannon of Napoleon before long.

 

ヨーロッパの二つの衝撃

この内の一つ、大航海時代の始まりを既に見ました。

 

もう一つはルネサンスの始まりです。

衰退していくビザンティンからギリシャの古典研究がイタリアに流出して行き、交易で栄えた都市と相俟って、イタリアでルネサンスは開花した。

ビザンティンでは古来よりギリシャの古典研究が盛んで、それはイスラム圏にも波及していた。

既にスペイン経由でイスラムの学問とギリシャの古典もヨーロッパに紹介されていた。

 

この後、大航海時代と相俟ってヨーロッパの発展は西部と北部に移り、17世紀半ばにはイタリアは経済の後進地となっていた。

やがてナポレオンの軍隊と大砲によって地中海の三つの海洋都市国家は滅んだ。

 

 

5べレンの塔

< 5. Torre de Belen in Lisbon >         

< 5. リスボンのベレンの塔 >

 

Thing that I think about this history

Venice made the Byzantine Empire weak by the sea power, and got full prosperity, but it hastened the expansion of the Ottoman Empire and came to cut its throat.

Genoa was defeated by Venice, found its way into the west, and got good luck.

 

Small Dubrovnik didn’t depend on the sea power, and crossed between great nations by the trade and the diplomacy.

I think to be because this city had tolerance that absorbs different ethnic groups and heathenism since the beginning.

 

In the world, there are many examples that small countries fight desperately between great nations, such as Israel, Korean Peninsula and Vietnam.

But the success example of Dubrovnik was rare.

 

I introduce sightseeing spots from the next time again.

 

 

 

この歴史から思うこと

ベネチアは海軍力でビザンティンを弱体化させ東地中海で隆盛を極めたが、これがオスマンの膨張を早め、自滅に繋がった。

ジェノバはベネチアに負け、西方に活路を見出し、幸運を掴んだ。

 

小さいドゥブロブニクは海軍力に頼らず、貿易と外交で大国の間を渡り歩いた。

これは、この都市が元々異民族や異教を受け入れる度量があったことによるのだろう。

 

世界には、大国の狭間で小国が悪戦苦闘する例がイスラエル、朝鮮半島、ベトナムなど数多くある。

しかしドゥブロブニクの成功例は希有と言える。

 

次回より、観光地を紹介します。

 

Annotation 1: The Ottoman Empire of Islam isn’t included in the Islamic power.

 

Annotation 2: Reconquista was the continued war that Christian expelled Islamic power that invaded since 711 year from Iberian Peninsula.

The war began at 722, Portugal completed it by 1290, and Spain did it in 1492 by falling Granada.

Through this process, both Portugal and Spain kingdoms were formed.

 

注釈1: ここではイスラム教のオスマンをイスラム勢力に含めていない。

 

注釈2: レコンキスタは、キリスト教徒が、711年イベリア半島に侵入したイスラム勢力を駆逐するために行なった国土回復運動です。

戦いは722年に始まり、ポルトガルは1290年に、スペインは1492年グラナダ陥落で完了した。この過程で、ポルトガル・スペイン両王国が成立した。

 

参考文献

「イスラーム歴史物語」後藤明著、講談社刊。P177,193,227,245.

「東西文明の交流 3、イスラム帝国の遺産」島田襄平編集、平凡社刊。P199,215,217.

「東西文明の交流 2、ペルシアと唐」山田信夫編集、平凡社刊。P395,427.

「図説 世界の歴史4、ビザンツ帝国とイスラーム文明」J.M.ロバーツ著、創元社刊。P105,109,185.

「世界の歴史 8、イスラーム世界の興隆」佐藤次高著、中央公論刊。P277,313,331,341.

「世界の歴史 11、ビザンツとスラブ」井上浩一著、中央公論刊。P19,157,163,185,201.

「世界の歴史 16、ルネサンスと地中海」樺山紘一著、中央公論刊。P79,p115.

「歴史入門」 フェルナン・ブローデル著、太田出版。P49.

「中世西欧文明」ジャック・ル・ゴフ著、論創社。P123,217.

「クロアチアを知るための60章」柴宣弘著、明石出版。P47.

「旅名人ブックス84、クロアチア・・・」日経BP刊。P29.

「図説 大航海時代」増田義郎著、河出書房新社刊。P49.

「知の再発見 黄金のビザンティン帝国」ミシェル・カプラン著、創元社。

「人類の歴史200万年」リーダーズダイジェスト刊。P155,126.

「図説 ビザンツ帝国」根津由喜夫著、河出書房新社刊。P70.

「ヨーロッパ歴史地図」原書房刊。

「最新世界史図表」第一学習社刊。

「世界大百科事典」

「Wikipedia」の記事と多くの写真を使いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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Went around Croatia and Slovenia 17:  The wonder of Dubrovnik 3


クロアチア・スロベニアを巡って 17: ドゥブロブニクの不思議 3

 

     1

< 1. The Crusade was capturing Constantinople >

< 1. 十字軍によるコンスタンティノーブル攻略 >

 

Today, we look at huge wave undulation surrounding the Mediterranean Sea in those days.

The Keywords are the Byzantine Empire (the Eastern Roman Empire), Islamic power, the Crusade, the East-West trade and the Ottoman Empire.

 

今日は、当時の地中海を取り巻く大きなうねりを見ます。

キーワードはビザンティン(東ローマ帝国)、イスラム勢力、十字軍、東西交易、オスマンです。

 

 2

< 2. Byzantine territory. Blue dot is Dubrovnik >

< 2. ビザンティンの領土、青点がドゥブロブニク >

 

The Byzantine Empire (the Eastern Roman Empire)

In 476, the Western Roman Empire was ruined, but the Byzantine Empire continued in capital city Constantinople (Istanbul) in succession to the Roman Empire for approximately 1,000 years.

The emperors who reined over Church ruled over the territory having multiethnic population that lay astride Europe and Asia.

This Empire had got the usurpation of the throne many times, but was succeeded to as Christian country, exclusive Caesar’s country, and country that prided its biggest prosperity.

The Constantinople was Europe’s biggest city holding 400,000 people, and the prosperity was an object of envy from the east and west.

This prosperity was a blessing from the East-West trade between Europe and Asia.

 

However, it began to decline before long.

One factor was an antagonism between Europe and the Byzantine Empire, such as the birth of Holy Roman Emperor in the 10th century.

This might be due to the division between Catholic Church and Orthodox Church, and the Byzantine Empire becoming a Greek country.

At last, in 1202, the Constantinople was attacked by the fourth Crusade, and was plundered thoroughly and continued to decline after this.

This betrayal came at the instruction of Venice.

 

Other factor was largely a result of the rise of Asia power like Islamic power and the Ottoman Empire.

The Byzantine Empire fell by invasion of the Ottoman Empire in 1453.

 

ビザンティン(東ローマ帝国)

476年、西ローマ帝国は滅亡したが、ビザンティンはローマ帝国を継承して首都コンスタンティノープル(イスタンブール)で約千年間存続した。

教会の上に立つ皇帝が、多言語・他民族を抱えたヨーロッパとアジアに跨る領土を支配した。

この帝国は幾度も簒奪にあうが、キリスト教国、ローマ皇帝の国、最大の栄華を誇る国として継承された。

コンスタンティノープルは40万人を抱えるヨーロッパ最大の都市で、繁栄ぶりは東西から羨望の眼で見られていた。

この繁栄はヨーロッパとアジアの東西交易の賜であった。

 

しかしやがて陰り始めた。

一つは、神聖ローマ皇帝の誕生(10世紀)に見られる西欧とビザンティンとの対立でした。

これはカトリックと正教会の分裂、またビザンティンがギリシア語の国になったことが大きい。

ついに1202年、コンスタンティノープルは十字軍(第4回)に攻撃され徹底的に略奪され、この後、衰退の一途を辿った。

この裏切りはベネチア主導であった。

 

今一つは、アジア民族の勃興で、イスラム勢力とオスマンが大きかった。

ビザンティンは1453年オスマン帝国の侵攻により滅びた。

 

 

3

< 3. Territory of Islamic power. Blue dot is Dubrovnik. Red line is main route of the East-West trade. >

< 3. イスラム帝国の領土、青点がドゥブロブニク、赤線が東西交易ルート >

 

Islamic power

Islam was born in the Arabian Peninsula in the early seventh century, and Islamic power spread from the Iberian Peninsula to Iranian Plateau such as surrounding Europe at the end of the eighth century.

Furthermore, the Islamic power came to rule the west Mediterranean Sea.

 

During the 11th century and the 12th century, Christianity countries performed the Crusade for recapture of Palestine and fought against Islamic power.

Since about the 11th century, Muslim has begun to sell spice of the Indian Ocean to the Maritime republics of Italia via Egypt and the Red Sea.

This East-West trade to Europe continued even if it was broken off by wars.

In Europe, the demand for spice increased due to its growth since about the 12th century.

 

イスラム勢力

イスラム教はアラビア半島で7世紀初めに誕生したが、イスラム勢力は8世紀の終わりにはイベリア半島からイラン高原まで、ヨーロッパを囲むように拡大した。

さらにイスラム勢力は西地中海の制海権も握るようになった。

 

11~13世紀、キリスト教国はパレスチナの奪還を目指して十字軍遠征を行いイスラム勢力と戦った。

11世紀頃から、イスラム人はエジプト・紅海経由でインド洋の香辛料をイタリアの海洋国家に売り始めた。

戦争で途切れることはあっても、このヨーロッパとの東西交易は続いた。

12世紀頃から西欧は成長を始め、香辛料などの需要が旺盛になっていた。

 

 

4

< 4. Territory of Ottoman Empire. Red is Dubrovnik >

< 4. オスマンの領土、赤点がドゥブロブニク >

 

The Ottoman Empire

Turk who came over from the Central Asia began to take on power in Iran and Asia Minor.

The Ottoman Empire became powerful at the end of the thirteenth century, destroyed the Byzantine Empire later, and renamed the capital to Istanbul.

Before long, it moved toward the north in Balkan Peninsula and surrounded Vienna of Austria in 1529.

It was defeated by the Venetian navy at first, but controlled the sea of the Mediterranean Sea in the 16th century.

 

However, in the end of the 16th century, it abandoned Balkan Peninsula and reduced its rule areas, due to the offensive by Europe and the moving toward the south of Russia.

 

 

オスマン

中央アジアからやって来たトルコ人がイランと小アジアで勢力を持ち始めた。

13世紀末、オスマントルコが強大となり、後にビザンティンを滅ぼし、その首都をイスタンブールと改称した。

やがてオスマンは、バルカン半島を北上し1529年にはオーストリアのウィーンを包囲した。

初めこそベネチア海軍に負けたが、16世紀には地中海の制海権を握った。

 

しかし16世紀末にはヨーロッパの攻勢もあり、バルカン半島を放棄し、さらにロシアの南下により支配地を減らしていった。

 

 

5

< 5. Spice >

< 5. 香辛料 >

 

What divided the life and death of the three maritime republics

As for Dubrovnik, the change of the ruler of Balkan Peninsula was important.

As for Genoa and Venice, the movement of Egypt that was a linchpin of the East-West trade was important.

 

On the next time, we will see how this change of scenery influenced Dubrovnik and Europe.

 

3ヵ国の海洋都市国家にとって何が生死を分けたのか

ドゥブロブニクにとっては、バルカン半島の支配者の交替が重要でした。

ジェノバやベネチアにとっては、東西交易の要であったエジプトの動向が重要でした。

 

 

次回、この状況の変化がドゥブロブニクとヨーロッパにどう影響したかを見ます。

 

 

 

 

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I very much look forward for your support


支援のお願い

  1

*1

 

I want you to support refugee aid and Henoko Fund.

If we will disregard to the both, the world and Japan may get dragged into the mud.

I very much look forward for your support for suffering people.

 

皆さんに、難民救済と辺野古基地建設反対の支援をお願いします。

共に放置すれば、世界と日本は泥沼に足を取られるかもしれません。

苦しんでいる人々に募金をお願いします。

 

World refugee

This refugee issue has continued for a long time, and there are 14 million refugees now in the world.

The United Nations including Japan has performed the refugee assistance locally.

However, the situation is getting worse.

Europe is going to accept Syrian refugees in large quantities now.

But, there is a limit, and unfortunately it maybe be braked because of happening “November 2015 Paris attacks”.

Now, I think that what we can do for it is to support local refugees.

 

If the refugee issue of the Middle and Near East and Africa continue to worsen, economic disparity and ethnic discrimination become more serious.

Then, it becomes a hotbed of terrorism, and the terrorism will occur in a row.

If this occurs, we can’t stop it more and more, and in the worst case, a war may happen.

 

A part of cause for increasing the terrorism is previous military policy and diplomatic policy of major countries.

Straightening this is important, but it is getting worse, too.

First of all, we shall begin from what we can do.

 

I did some donation in this site.

https://www.japanforunhcr.org/

 

世界の難民

難民問題は以前から続いており、現在1400万人の難民が世界にいます。

日本も含め国連などが現地で難民支援を行って来ました。

しかし事態は悪化しています。

現在、ヨーロッパがシリア難民を大量に受け入れてくれようとしています。

しかし限度があり、さらに今回のパリ同時多発テロ事件が災いし、ブレーキがかかる可能性があります。

日本人が今出来ることは、先ず現地の難民支援に手を差し伸べることだと思います。

 

もし中近東やアフリカの難民問題が悪化し続ければ、経済格差と民族差別がより深刻になり、それがテロの温床となり、テロが続発することになるでしょう。

そうなれば止める手段は益々遠くなり、まかり間違えば戦争と言うことにもなりかねません。

 

テロの増大は大国のこれまでの外交・軍事政策に一因があり、これを正すことが重要ですが、これも悪化するばかりです。

先ずは出来るところから、始めて欲しいと思います。

 

私はここで募金(サイトで)をしました。

https://www.japanforunhcr.org/

 

2

*2

 

Henoko fund

U.S. bases issue in Okinawa has been complicated, and I understand that there are various consciousnesses about it.

I traveled Okinawa, learned the history and feel as follows now.

“Okinawa had miserable experiences in the past and has been still sacrificed for an egoism of Japan proper in economy and U.S. bases”

There must be people who do not think so among young person and some people receiving economical benefits.

 

Here, most important is a problem of forcing the illogicality on some people.

If we need the base, we also should be responsible for building the base in Japan proper.

In addition, such as areas that atomic power plant is in, even if it objects to the planning construction of the plant at first, after that, it almost changes to agreement because of an economical benefit

But in Okinawa, the opposition movement for the base continues for a long time.

In this situation, it’s a problem to forsake the people doing the opposition movement.

 

Our democracy may crack before long.

First of all, we shall begin from what we can do.

 

I did some donation to this site by paying through a bank transfer.

http://henokofund.okinawa/about

 

Thank you for your help.

 

 

辺野古基金

沖縄の基地問題は複雑で、色々な見解があることは承知しています。

私は沖縄を旅行し、歴史を学んで以下のように感じています。

「沖縄は過去に悲惨な目に遭い、今も経済と基地で日本本土のエゴの犠牲になっている」

若い人や経済的恩恵を受けている人の中にはそう思わない人もいるでしょう。

 

ここで大事なことは、一部の人に不合理を押し付けることの問題です。

国防上、基地が必要であれば本土でも負担すべきです。

また原子力村のように、初め反対しても建設後は経済的恩恵から賛成になることが多いのに、沖縄では長く反対が続いています。

この状況で基地反対運動をしている人々を見捨てることは問題です。

 

やがて民主主義に亀裂が入るかもしれません。

先ずは出来るところから、始めて欲しいと思います。

 

私はここで募金(銀行振込み)をしました。

http://henokofund.okinawa/about

 

皆さんよろしくお願いします。

 

 

 

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社会と情報 69: 戦った報道 26 最後に


  1明治時代の新聞売り   

< 1. 明治時代の新聞売り >

 

これまで、明治から昭和初期まで、日本の報道が激動の社会とどう関わったかを見ました。

あれほど活躍した報道がいとも簡単に国民を裏切ったこと、またその背景も見てきました。

今日はこのテーマの最後で、まとめになります。

 

この連載の概要

「戦った報道 1~6」: 明治維新から太平洋戦争までの道のりと報道の役割を概観した。

「戦った報道 7~11」: 具体的に、1920~1930年代の新聞の活躍と転向を追いました。

「戦った報道 12~26」: なぜ新聞が転向したかを、軍事大国化、財政・経済、人々の暮らし、軍事戦略、政治、ファシズムの観点から見ました。

各記事を見るにはカタゴリーかテーマ、ラベルで「社会と情報」を選択するのが便利です(YAHOOはなし)。

 

2

  • * 2

 

新聞が転向した理由のまとめ

既に見たように日本はファシズム化し、軍のもとに一丸となって戦争へと進んだ。

このファシズム化は社会を沸騰させ、その過程で起きたのが報道への弾圧であり、新聞の転向でした。

これは、鍋料理を火に掛け、具がぐつぐつと煮えたことに例えられる。

「具が出来たから、鍋は出来た」と言えるが、「具のせいで、スープが熱くなった」とは言わない(具が新聞、スープと火は・・)。

 

ファシズム化は人類社会の根にあって、民族紛争を悪化させ、社会が戦争に向かう時、今も起こり続けています。

これは、暴力に頼る集団興奮状態で、悪化した社会状況とある組織文化を持った社会におき易い。

 

戦争は、例えばベトナム戦争のように、いくつものステップを踏み誤り、ついには引き戻せなくなって起きる。

これには数多くの大統領が関わっているが、その発端はトルーマン・ドクトリン(1947年)にあり、その後、徐々に抜け出せなくなり1960年に戦闘が始まった。注釈1.

 

今まで見てきた戦前の社会変化を「戦争の甘い罠」にかかった状態と言えます。

これは私の連載「戦争の誤謬」「私達の戦争」などで詳しく説明しています。

ある社会が一度戦争で味を占めると、社会の主要な要素(国民感情や経済、軍隊など)が戦争を常態化させる力として働くようになります。

残念ながら、多くの社会は敗戦で徹底的に叩かれるまで気づかないことが多い。

稀に、大失敗しても気づかない社会もあれば、その途中で、その罠から脱する社会もあります。

 

3

  • * 3

 

 

どう理解すれば良いのだろうか

残念ながら、歴史を辿り、日本が戦争に向かう道筋を理解したとしても、あなたの心は晴れないでしょう。

かつて朝日新聞の幹部が、「我々が道を踏み誤ったのは、1918年の米騒動の折、白虹事件で政府に折れた」ことだったかもしれないと記していた(弾圧の初期)。

確かに、新聞が何処で踏みとどまれば良かったのか、また本当にそのようなことが出来たかは難題です。

 

今、私はファシズム化と太平洋戦争への道を振り返り、あの事件、あの法案、あの人物の誤断がなければ、また公の場で誤りを指摘した人が幾人かでもいたのだから、国民の意識が高ければ防げたのではないかと思うことがある。

しかし、それすら過去の選択や予期せぬ出来事の積み重ね、さらには社会や文化の成熟度により、選択の余地がなかったようにも思える。

 

例えば、昭和恐慌を手際良く収めた高橋蔵相が次いで行った通貨膨張策によって際限のない軍事費膨張が起きたと批難されることがある。

彼はこれを防ごうとして、軍部の恨みを買い二・二六事件において銃弾に倒れた。

彼が通過膨張策を採用しなかったら軍部の独走が起こらなかったと思うこともあるが、彼は天才が故に誰よりも早く行っただけで、所詮、誰かが似たことを行っただろう。

 

4

< 4.言論弾圧 >

 

私達は何を学ぶべきか

 

新聞の転向に限れば、一番の罪は当時の朝日と毎日新聞にあっただろう。

なぜならこの両新聞が最大の影響力を持ち、反権力代表としてデモクラシーをリードして来たのだから。

 

しかし我々がこの過ちを繰り返さない為には、数々の言論弾圧を推し進めた政府・議会、それを国民が看過した誤りに気がつかないといけない。

政府による報道支配は、世界中、ファシズムや戦争開始時には必ず起きているのだから。

かつて米国の上院議員が言った「戦争が起こった時、最初の犠牲者は真実である」と・・・

注釈2.

 

結局、一人ひとりが事の正否、ここでは社会が悪化する要因を知って常日頃からその事を注視するしかありません。

 

今まで見てきた戦前の社会悪化(ファシズム化)の要因をいくつか挙げます。

項目が左から右にいくほどより深い要因を示しています。

 

拡大した貧富の差< 逆累進性の苛酷な税(低い所得税)< 膨大な軍事費、工業優先、普通選挙未完。

 

社会運動弾圧< 治安維持法、不敬罪、憲兵の司法警察権 < 未熟な人権意識が労働運動弾圧に繋がった。

(欧米は20世紀初めに累進課税と労働権擁護を行っていたので、1920年代、労働運動を敵視することがなかった)

 

言論支配< 検閲、新聞紙条例、軍の情報支配 < 「言論の自由」「公正な報道」の価値認めず。

(島国日本にとって軍部が国内と海外の情報を牛耳ったことは致命傷だった)

 

腐敗政治< 利権争いと汚職の藩閥政治から金権体質の政党政治へと続いただけだった < 未熟な民主主義、低い政治意識(金や地縁で決まる投票行動)。

 

軍部の専横< 貧弱な国家戦略、軍の身内に甘い処分、陸軍と海軍の反目、統帥権による文民統制欠如 < 縄張り根性(日本の組織文化)、憲法不備(天皇の大権)と拡大解釈。

 

これらの要因を当時、取り除くことが出来れば大事に至らなかったかもしれない。

しかし、今も遅れたままの法意識と政治意識の現状で当時どれだけのことが出来ただろうか。

 

また、これら要因やファシズムについて異なる意見もあります。

中には、人々に心地良い簡単明瞭な答えが準備されています。

残念ながら、これら答えや歴史認識には歪曲され、都合良く解釈され、党利党略で歪められたものがあります。

これらの正否を確認するには、合理的な疑いを持ち、自ら日本の歴史や社会を知る努力が必要です。

 

結局、行き着く先は、我々が社会の真実を歪められることなく知るにはどうすれば良いか、その為には何が重要かを理解することです。

それがこの連載「社会と情報」のテーマでもあります。

 

 

ここで問題です

 

 5

 

< 5. NHK受信契約者数と新聞部数の推移 >

凡例: 黄線は満州事変を示しています。

解説: 日本のラジオ放送は国営の放送局が1925年から始めました。

この放送局の初代総裁は後藤新平で、彼は台湾総督府長官、満鉄総裁などを歴任した植民地経営者であり、右翼を使った新聞社妨害の噂もあり、正力が読売を買収する際に多額の資金援助もしていました。

 

当時、そのような国のラジオ局が放送を始め、人気が出てくると既存の反権力新聞と御用新聞にはどのような影響が出ると思われますか。

ファシズム化が進んでいる状況で、どちらが危機的状況になり、どちらに追い風が吹くでしょうか?

そのことにより何が起きたかは、現実の証拠を挙げなくても、多くは察しが付くはずです。

このように、いくつかの証拠を合理的に疑うことで、真実が見えて来るはずはずです。

 

 

今回で、「戦った報道」シリーズを終え、一端休息の後、また別のテーマで始めるつもりです。

皆さま、長らくお読み頂き頂いたことを心から感謝します。

 

 

注釈1: 「戦争の誤謬7,8:ベトナム戦争1,2」「社会と情報8~11:**」にてベトナム戦争を説明しています。

 

注釈2: これは米国が第一次世界大戦の参戦を決めた時に、米国のグラハム上院議員が発言した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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社会と情報 68: 戦った報道 25


    1

< 1. 現在も繰り返されるファシズム >

 

前回、軍人が暴走する様子を見ました。

今回は最も重要な「日本はなぜファシズム化したのか?」を検討します。

 

はじめに

ファシズムを広辞苑より引用します。

「全体主義的あるいは権威主義的で、議会政治の否認、一党独裁、市民的・政治的自由の極度の抑圧、対外的には侵略政策をとることを特色とし、合理的な思想体系を持たず、もっぱら感情に訴えて国粋的思想を宣伝する」

 

ファシズム化の三段階を想定します。

A: 人々は社会と政治に絶望していた。

B: 人々は対外的なものに不安を感じ、かつ対外的なものにこそ活路があると信じ始めていた。

C: 人々は、この絶望と不安を解消し、一気に解決してくれるカリスマ的指導者を待望した。

 

これを同時期のドイツと比べてみます。

 

2

  • * 2

 

A: 絶望。

長く続いた元勲や軍閥の政治から政党政治に変わっても政治状況は良くならなかった。

人々が期待した政党政治(2、3党)も金権腐敗(賄賂、癒着、利権)と罵り合いに明け暮れるだけで、社会と経済は良くならなかった(既に見ました)。

1921年から1931年までは日本初の政党政治の開花時期だったが、未成熟なところに運悪く最悪の経済状況が圧し掛かり、うまく対応出来なかったことで混乱に陥った。

1920年代に連続した災厄や恐慌の半分は政府に起因したものではなかった。

また日本は集約農業から一気に重化学工業(資本主義経済、都市化)への転換と巨大な軍事費に喘いでいたので無理からぬものがあった。

私が注視するのは、累進性の無い苛税と貧弱な社会資本投資の為に農民が困窮し続けて、貧富の差が目立ち、やがて蓄積された不満のエネルギーが爆発したことです。

 

この状況はドイツの方がひどかった。

 

 

B: 対外的なものに抱く不安と活路。

明治維新以来、帝国列強の侵略と、1910年代以降、海外で吹き荒れた共産主義革命への恐れがあった。注釈1.

急激な都市部の発展に連れて盛んになる労働運動(一部過激なテロまで進む)、それを煽る反権力の新聞は政府や軍部にとって邪魔ものでしかなかった。

政府は体制批判に繋がるすべての社会運動と言論の封じ込めを強化していった。

一方、裏で左翼を嫌う右翼(国粋主義者)の利用と容認も進んだ。

こうして議会は国民が待望した普通選挙法を1925年(28年実施)に成立させる一方、同年に治安維持法を成立させた。

この言論弾圧の体制は徐々に進行していて、この治安維持法の前身となる法は議会で一度廃案になっていたが、緊急勅令(23年、天皇許可)で成立していた。

かつて憲政の父、尾崎行雄が、桂首相を罵倒した時も「・・玉座をもって胸壁となし、詔勅(天皇の意思)をもって弾丸に代えて、・・」と指摘したように、天皇の口添えは幾度も繰り返されて来たことでした。

こうして国民は望むはずもない首輪を自らの首にかけることになった。

 

これにより政府転覆(左翼革命)への恐怖を取り除いたかに見えた。

これを望むのは、概ね体制を維持することで権益を守り発展させることが出来る人々です。ドイツなどでは中間層(保守層)がファシズムを支えたことがわかっています。

当然、このような形で社会への抑圧が進む時、二つのことが起きた。

一つは、底辺の人々の訴えと生活が無視されていくことになった(貧富の差拡大)。

不思議な事に、ファシズムのスローガンとは逆の事が起きて行きます(ドイツも同じで本質的)。

今、一つは敵対者を暴力で排除する社会になったことです。

 

3

  • * 3

 

 

一方で、1910年までに日清・日露戦争と朝鮮併合を終え、日本国民は植民地での抗日闘争の激化もあり、異民族への嫌悪を深めていた。

政府は植民地での都合の悪い事実を隠蔽・捏造し、さらに武力による制圧を繰り返す内に益々、両国において憎悪と蔑視が深まることになった。

 

軍部の考えは世界一を決する日米対立が最大の焦点であり、ソ連の恐怖は二の次とした。注釈2.

ソ連との決戦は満州に出ることにより必然となるが、当時ソ連は革命中で、外征は眼中になかった。

さらに政府は、平和ボケした米国が日本を相手に戦う気は無いと楽観していた。

中国については、相手にもしていなかった。

予測はすべて見事に外れるのだが。

当然、これら情報は必要に応じて針小棒大に喧伝された。

 

こうして、希望の実現の為に暴力で不安と恐怖を排除する合意が出来上がりファシズム化が始まりました。

人々は、一致団結して海外の不埒な民族を武力で制圧することで、国民は新たな天地を得て絶望から脱せると信じ始めた。

当時、五族共和とか大東亜共栄圏と謳われ、多くの人々が願いまた信じたが、結果は一方的な武力制圧に終始したので侵略に他ならなかった。

 

この経緯はドイツと日本では多少異なるのですが、暴力と外征に向かう状況は一緒でした。

 

4

  • * 4

 

C: 立ち上がった軍人達がいた。

ここから日本とドイツのファシズムに大きな違いが出て来ます。

この前段階の「絶望」「対外的な不安と活路」は基本的に同じと言えます。

 

ドイツと異なるのは、右翼勢力(ナチス)を率いる独裁者(ヒトラー)が日本には存在せず、多数の軍人(文民政治家も)が入れ替わり立ち替わり戦争拡大を担ったことです。

言い方を変えれば、「皆で渡ろう・・・」(集団無責任体制?)に似ている。

 

ヒトラーは絶望する民衆に「かつての大帝国の復活(領土を取り戻す)、ユダヤ人排斥、反共産主義」を訴えることで国民の絶大なる信認を得た。

日本も「大帝国を築く(満州からアジア全域)、他民族の上に立つ(五族共和)、反共産主義」と、基本的なスローガンは一緒でした。

ドイツでは社会主義革命以降、既に国軍(幹部は貴族出身)が政権を握っていたが、初めヒトラーを信用しておらずファシズムとまでは言えなかった。

ヒトラーは初めこそ労働者の不満を利用したが、政府転覆の為に資本家と国軍トップに擦り寄り、ナチス独裁を成し得た。

 

日本では長らく軍事大国への道を突き進み、成功体験もあり、さらに未発達な民主主義の下、クーデターの混乱に乗じ軍閥が再度政権をより完璧に掌握することが出来た。

国民の一致団結に必要なカリスマ的指導者に、ここでも天皇が祭り上げられた。

こうして、この象徴の下に一丸となって進むことが出来た。

 

この軍閥を中堅将校が暴走し牽引する形で、容易に戦争を拡大させ、ここにファシズム体制が完成した。

日本では、右翼の存在は左翼潰しと言論封じ込めに利用され、混乱を招いて軍閥政治移管に利用されただけに見える(ドイツに比べて)。

 

次回で最終話になります。

 

注釈1: 今回のテーマでは一貫して海外列強の脅威を大きく扱っていません。

これは重要なのですが、話が複雑になることもあり割愛しました。

それに変わるとも劣らない大事なことがあります。

日本が日清戦争から太平洋戦争へに至る過程で、敵国が初めから立ちはだかっただけでなく、日本の侵略行為が相手の敵愾心を増大させたことです。

例えば太平洋戦争中盤(1943年)になると、米国は日本の北方領土割譲を餌にソ連の参戦を促しました。

このように自国の軍事行動が戦争拡大を招くる過程はあらゆる戦争、ベトナム戦争、ユーゴ内戦、イラク戦争などで見られます。

もう一つは、戦争が敵国の存在云々よりも自国の内部要因により起こることが多々あります。

その典型がドイツのファシズムです。

したがって国内状況の分析が非常に重要なのです。

 

注釈2: 1920年代以降の帝国国防方針、石原莞爾の「我が国防方針」、陸軍幕僚による木曜会の満蒙領有論から推察した。

 

 

 

 

 

 

 

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社会と情報 66: 戦った報道 23


 1 本

  • * 1

 

前回、ファシズムを牽引した右翼と軍人の言説を見ました。

今回は、政府首脳が当初から抱いていた大陸感と中国の状況を見ます。

 

 2桂大久保

 

< 2.桂太郎(左)と大隈重信 >

 

 

外征は初めから首脳たちの念頭にあった  

前回見た石原や軍の中堅将校が、なぜ焦ってまで満蒙に火を着けたのだろうか?

その淵源は明治維新の攘夷論まで遡ることも出来るだろうが、ある時期から政府首脳の言説に明確に現れ始めた。

 

日清戦争後の1896年、桂太郎台湾総督(長州閥、陸軍軍人、後に首相)の提出した「台湾統治意見書」より。

「ロシアの脅威を朝鮮半島、日本海以北に阻止して日本の安全を確保し、台湾を立脚地として清国内部に日本の利益権を扶植し、これが完成すれば、さらに南方群島に発展していく」

 

日露戦争後の1906年、政界で活躍していた大隈重信(後に首相)の雑誌の特集「戦後経営」への寄稿より。

「日本国民は、これからは航海業、商業、移民業を拡張していかなければならない。商業的に発展していく地域は、東亜から・・南北アメリカである。移民を待ち受けている地域は、人口希薄な南北アメリカ、・・・、満州である。・・日本は戦勝の結果として得た満州における利益を基礎として、大陸に向かって経済的に発展していくべきである」

 

二つの戦争を勝利してロシアへの脅威が薄れ、また多大な犠牲を払ったことも加わり、首脳達は台湾や満州を手始めに拡大策を公然と訴えるようになっていた。

 

しかしこれは大きな危険を孕んでいた。

大陸侵攻が拡大すれば、中国やソ連、さらには欧米列強を次々と敵に回すことになる。

そうなれば日本の国力では太刀打ち出来ないことは国防戦略の立案者には明らかだった。

一方で、最強の複数国と戦うにはアジアの資源と商圏も絶対必要だった。

そこで軍の戦略立案者はある制約条件「最大の敵は攻めてこない」と「敵一国だけとの短期決戦」を設けざるを得ず、他は想定外とした。

さらにまずい事に薩長閥以来の遺恨が続く陸軍と海軍で敵国(ソ連か米)の想定が異なった。

こうして軍首脳は現実に目をつむり、勝ちたいとの思いだけで、一貫した戦略なしで右往左往しながら、沼るみに足を取られるように深入りしていった(注釈1)。

 

私が奇異に思うのは、勝つ可能性がゼロに等しく、莫大な消耗をもたらす敗戦に向かっているのに、最高のエリート集団の作戦本部や軍令部から誰一人として疑問の声が上がらなかったことです。

少なくとも国民には国益の為と公言してはばからなかったのですから。

始まった戦争のブレーキ役を軍人に期待出来ないのかもしれないが、これは異常です。

これは今も続く実に日本らしい精神の原風景で原発産業にも見られる組織文化です。

 

 

3 地図

 

< 3. 中国の勢力図 >

解説: 上の地図は日露戦争後の中国、下の地図は1910年代の中国の勢力図。

この勢力の変化は、第一次世界大戦と世界恐慌、民族独立運動によって起こったと言える。

 

当時、中国北部(満蒙)は狙い目だった

軍部はなぜ満蒙を真っ先に狙ったのか?

満州事変が始まる前、1930年前後の世界と中国の状況を確認します。

 

第一次世界大戦と世界恐慌が尾を引き、欧州は国内政策で手一杯、ドイツではヒトラーの大躍進で暗雲が立ち込め始め、欧州勢はあれほど奪い合った中国から手を引いていた。

そこで欧州は日本の満蒙侵略を国連で批難はするが、躍進する共産国家ソ連を東方に釘付けする役割を日本に期待した。

ソ連はまだ革命の混乱が続き、スターリンが体制固めに奔走している時期であり、外には目が向いていなかった。

一方、米国は深刻な経済不況で貿易額を往時の30%に落とし、平和志向に戻り日本との貿易継続を重視した。

 

日本は日露戦争で南満州鉄道を租借した後、満州の軍閥に肩入れし傀儡政権樹立によって世界の批判をかわしながら権益を拡大して来た。

第一次世界大戦以降、青島(山東省、上地図の青塗り部)を手に入れ、対華21カ条要求により中国全土にも権益(商圏)を拡大していた。

 

中国は、1911年の孫文による辛亥革命以降、内戦状態に突入にしていた。

北部(満州)では軍閥が割拠し続けていたが、やがて中央で共産党軍と覇権を争っていた国民党軍が北伐を1926年に開始し、北部の軍閥は日本の手から離れようとした。

そこで関東軍は1928年、傀儡軍閥の張作霖を爆殺した。

こうして、満州事変へと繋がっていった。

 

 

まとめ

軍の中堅将校の思想で一番重要なのは以下の点です。

 

最強の国になることが国を災厄から守ることであり、その為に隣国の莫大な資源と商圏を領有し、自給圏と軍需産業を早急に育成しなければならない。

それは同時に国民の窮状を救うことにもなる。

その為に、少ない損害で勝利を確実にする奇襲や謀略による侵攻を当然と考えた。

この考えは、太平洋戦争にも持ち込まれ、これが逆効果になるとは露ほども考えなかったようです。

彼らは欧米や中国の干渉と反感を抑える為に満州に傀儡政権を立て、国内の反戦気運を削ぐために国民には虚偽報道で戦意を煽ることも忘れなかった。

 

ここに長年の軍事大国化が生んだ弊害を見ることが出来る。

戦争を牽引し、反乱事件を操った当時の陸軍将校はすべて陸大のエリートでした。

満州で謀略を行った板垣、河本、石原らはいずれも1980年代生まれで、日清戦争から日露戦争の間に14歳前後で陸軍地方幼年学校に入校し、陸軍士官学校、陸軍大学校を卒業している。

首相となった東条英機も彼らと同様でしたが、彼の父は軍人(陸軍中将)で、彼は軍人2世でした。

彼らは、小さい時から軍人だけの隔離された学校社会で、また戦争の世界で出世を夢見て来た人々でした。

そう単純ではないが、日本流の組織文化に生きる精神がそうさせたとでも言うべきでしょうか。

軍人としては優れていても、視野狭窄になりやすい。

 

善意に解釈して、憂国の士であった彼らは現状打開の為に先ず戦端を開くことに賭けた。

 

次回から、最後の問題、政治の何が国民を大陸侵攻に向かわせたかを探ります。

 

注釈1: 二つの相反する戦略があり、陸軍は対ソ連戦想定で満州以北への「北進」で、海軍は対米戦想定で東南アジアへの「南進」であった。日本の国力から見ればどちらかに限定すべきだったが、両者の対立に折り合いが着かず両論併記で国防方針が決まっていった。常識的に見て、この時点で国力の違いから戦争続行は不可能であり、軍首脳や戦略立案者の脳裏には「破れかぶれ」が去来したことだろう。

 

参考文献

「日本を滅ぼした国防方針」黒野耐著、文芸春秋刊、p23、26.

「中国文明史」エーバーハルト著、筑摩書房刊、p319~333。

「近代国際経済要覧」宮崎編、東京大学出版会刊、p116.

「集英社版日本の歴史19」

「集英社版日本の歴史20」p19~59。

「図説日中戦争」河出書房新社刊。

「図説ソ連の歴史」河出書房新社刊。

「アジア太平洋経済圏史1500―2000」川勝平太編、藤原書店刊、p145~164。

「Wikipedia」<石原莞爾><日本改造法案大綱>

「世界大百科事典」<石原莞爾><日本改造法案大綱>

 

 

 

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