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何か変ですよ 70: 日本の問題、世界の問題 6: バブル崩壊の果てに待ち受けるもの


 1

< 1. 1980年代、世界を変えた首脳達 >

 

 

前回、バブル崩壊と救済が繰り返されて深刻な事態になっていることをみました。

今回は、なぜこのようになったかを探ります。

これでバブル崩壊の考察を終えます。

 

 

 

 2

< 2. 世界の緩和マネー >

 

上のグラフ: 茶色の線がOECD+BRICsの合計マネーサプライで、青線が世界のGDP。

 

マネーサプライが上昇している時に3回のバブルが起きている。

そして2008年以降、歴史上はじめて先進国全体がGDPを超えるマネーサプライを供給し続けている。

現在は中央銀行バブルの最中だと警鐘を鳴らすエコノミストが増えている。

 

下左のグラフ: 大国はベースマネー(マネタリーベース)を競うように拡大している。

 

下右のグラフ: 赤線は世界のマネーサプライ。

 

 第一章 はじめに

先進国(日米など)に格差拡大と累積財政赤字の増大が深刻化していることがわかりました。

これが緩和マネーの増大と金融セクターの膨張と関係していることもみました。

さらに、この始まりは高々1980年代に始まったことも知りました。

 

この異常な事態は最近の人為的なこと、つまり国と中央銀行の政策の変化が起因してることも知りました。

事の起こりは米国にあり、さらに経済理論が様変わりしたことにある為、理解することは難しい。

 

ここでは、先進国の政治経済の大きな変化を取り上げ、何が元凶なのか、何が経済と金融政策を変えてしまったのかを探ります。

 

 

 

3

< 3. 世界のヘッジファンド >

 

第二章 なぜこのようなことになったのか?

皆さん、不思議に思いませんか?

世界を巻き込む巨大なバブル崩壊を繰り返し、また国内の所得格差を著しく拡大させている国は何処でしょうか?

それは民主主義と資本主義の先進国である米国です。

その結果、トランプ大統領が誕生したも言えるのです。

 

これは他人事ではなく、放置すればいずれ我が身に起きることなのです。

この事態は米国がリードでして来た二つの金融政策に端的に現れています。

 

バブルが起きる原因はどこにあったのか?

 

大きな要因の一つは、緩和マネーの巨大化でした。

中央銀行はバブル崩壊後の景気刺激策として大量の緩和マネーを市場に供給して来た(マネーサプライ)。

 

バブルが過熱する時は、必ず投機家が巨額資金(自己資金の20~30倍の借金)を金融商品に投じて高騰を煽っていました。

単純に考えて、彼らが自己資金内で運用する分には、高騰はそれほど起こらず、例え暴落が起きても破産の可能性は著しく低くなります。

つまり、バブルの過熱も崩壊もなくなります。

 

それではなぜ投機家はそのような莫大な借金が可能になったのでしょうか?

 

大きな要因の一つは、政府が高レバレッジ率を許して来たからです。

政府は金融セクターの要望に従ってあらゆる規制緩和をこれまで行って来た。

 

それではなぜ政府と中央銀行はこのような危険を冒すようになったのでしょうか。

 

 

 

 

4

< 4. 2007年度、米国の資産格差 >

 

上位1%の金融資産は、米国の42%になった。

 

 

第三章 危険を冒す政府、肥え太る人々

なぜ政府と中央銀行は危険を冒してまで、巨大な緩和マネーを投じ、金融の規制緩和を行うようになったかを見てみましょう。

 

この様変わりした政策については経済学派のケイジアンとマネタリスト、米国の民主党と共和党、ドイツと米国、日銀総裁の白川(元)と黒田(現)で意見が対立し、賛否が別れています。

これら論争を理解することは困難でも、現実に悪化する状況を直視すれば、また背景を理解出来れば、自ずと答えは見えて来るはずです。

出来れば良質な経済書をお読みください。

私が読んだ参考図書を末尾に紹介します。

 

 

政策が変わっていった背景を簡単にみます。

 

第一段階 1970年代より、先進国が金本位制を止めたことにより、緩和マネーの巨大化が可能になった。

 

最初に1971年のニクソン・ショックで米国が金本位制を止め、1978年から先進国が続いた。

これにより各国の中央銀行が金の備蓄量を気にせず貨幣を発行出来るようになった。

中央銀行は貨幣供給量の調整で物価対策と通貨対策、景気刺激策を自由に出来るようになった(マネタリズム)。

 

これ以前、各国は金本位制を幾度も止めては、また復帰を繰り返して来た。

 

 

 

第二段階 1979年から米国のFRBが貨幣供給量を制御するマネタリズム(フリードマンが唱えた経済政策)により、スタグフレーション(失業率上昇と物価上昇が併進)を収め、景気を回復させた。

 

これ以前の経済政策は、米国のニューディール政策に代表される、政府が市場に介入し公共投資や賃金アップ(労働組合奨励)などで需要を喚起するケイジアンが主流であった。

第二次世界大戦まではこれが功を奏したと言えるのですが、戦後の世界経済は好調後に、インフレからスタグフレーションへと突入した。

 

先進国の産業・経済界と保守派は、これをケイジアンからマネタリズムへの転換の絶好の機会と捉えた。

 

 

第三段階 1980年代より、先進国は「自由放任主義」を掲げる保守的な政策に転換した。

 

 

スタグフレーションの原因の一つに、強い労働組合による旺盛な賃金上昇があったとされ、先進国の産業・経済界はこぞってこの抑制を政府に訴えた。

彼らにとって、経済疲弊の病根は強い労働組合と公営企業の赤字であった。

また第二次世界大戦後の英国や米国は、日増しに高まる日独の輸出攻勢で経済は勢いを失っていた。

 

これを挽回するために、英国のサッチャー(1979~)、米国のレーガン(1981~)がマネタリズムと自由放任主義を推し進め、やがて他の先進国も追従した。

自由放任主義とは、市場は規制を受けない自由競争状態であればあるほど経済の効率が高まり、発展するとの考えです。

すべてを自由競争に委ねれば、企業家は意欲を増し、商品価格は低下し、経済効率は上昇し、経済は発展すると信じた人々は、また政府の裁量と財政規模を縮小すべしとした。

 

彼ら指導者は国営企業の廃止や労働組合の制限、産業・金融の規制緩和を推し進め、景気刺激策として公共投資から貨幣供給へと軸足を移した。

日本だけは後者のマネタリズムへの転換を日銀が拒んでいたので、公共投資を継続した。

 

確かに、経済を安定的に発展させるには成長に見合ったマネーサプライは不可欠ですが、行き過ぎた緩和マネーが問題であり、その限度、効能と弊害について意見が分かれています。

 

 

 

第四段階 米国では金融家達が徐々に政治を支配するようになっていた。

 

米国の金融家(銀行家)と大資産家らは、ロービー活動と選挙応援を通じて20世紀初頭より政治力を高めており、レーガン以降、その力は強力になっていた。

 

彼らは米国の経済復活には世界的な競争に勝つ必要があり、この為に世界大恐慌後(1929年~)の数々の経済・産業・金融の規制を撤廃すべしと政府に規制緩和を求め続けた。

保守的である共和党の方がより規制緩和を行い自由放任主義的な政策を採ったが、多くの民主党政権でも後退には至らなかった。

 

この規制緩和は多岐にわたりますが、そのポイントは国民の犠牲を防止する規制の廃止、一方で金融家の自由な投機を阻害する規制や監督を廃止したことです。

一例としてはシャドーバンキング(ヘッジファンド)の暗躍、高レバレッジが最近の金融危機の大きな要因になっている。

他に自由放任主義の施策としては企業経営者の報酬アップ(ストックオプション)、労働運動の制約、富裕層減税による累進課税のなし崩しがある。

 

 

現段階 こうしてバブル崩壊がほぼ10年毎に起こり、中央銀行は膨大な緩和マネー、政府は財政出動で金融救済と景気刺激策を繰り返すようになった。

 

こうして金融セクターが潤い巨大化し、富める者は益々富むようになり、さらなる政治支配が可能になった。

例えば、バブル崩壊後の2009年から2012年までの収入増加のじつに91%が、米国の最富裕層上位1%の懐に収まった。

このような状況では、米国の多くの政治家も経済学者も現状の自由放任主義とマネタリズムに追従することで主流に成り得る。

これになびく日本も同様です。

 

これが米国と、米国に追従する日本や他の先進国の状況です。

 

 

 

5

< 5. 2013年度、子供の貧困率 >

 

米国は世界で2番目に高く、日本は9番目に高い。

 

第四章 まとめ

結局、ここ40年ほどの金融家らによる政治と経済の転換は、著しい所得格差と莫大な累積赤字を生んでしまった。

そして多くの先進国では高い失業率と低経済成長がほぼ定着した。

さらに政治には国民の意向が反映されなくなり、失望の果てに日本、米国、ヨーロッパで右翼や国粋主義が台頭するようになった。

 

我々が今行わなければならないことは、先進国の金融セクターの横暴を止める政策を政府に採らせることです。

その対策の為には世界が一致団結して新たな金融政策、秩序ある競争を生み出す適切な世界的な規制と累進課税を採ることです。

 

経済学者スティグリッツは「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」で、抜本的な改革案を提示しています。

 

 

次回に続きます。

 

 

6

*6

 

 

参考図書

 

*「国家は破綻する 金融危機の800年」カーメン・M・ラインハート著、2011年刊。

内容: 世界中の国家の破綻、デフォルト、金融危機、通貨暴落、高インフレの全体像をデーターで俯瞰させている。

感想: 破綻が頻発している事実に驚かされたが、破綻のメカニズムの定性的な解説がなく、経済の素人には面白くないかもしれない。

 

*「ささっと不況を終わらせろ」ポール・クル-グマン著、2015年刊。

内容: バブル崩壊後の不況対策について、幾多の事例を参考にしながら主に米国について批判的に解説している。

感想: 様々な破綻が読みやすく語られ理解し易い。またクル-グマンの立ち位置が見えてくる。

 

*「2020年 世界経済の勝者と敗者」ポール・クル-グマンと浜田宏一著、2016年刊。

内容: 二人が米国、EU、中国の経済、アベノミクスについて対談している。

感想: 対談集なので底が浅く、二人の議論が噛み合っていないように思う。

クル-グマンは概ねアベノミクスが最善の方策であり期待もしている。

気になるのは彼が日本の達成を困難と見ていることと、次のバブル到来を危険視していないことです。

 

*「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」スティグリッツ著、2016年刊。

内容: 米国の経済政策(自由放任主義とマネタリズム)を批判し、米国と世界経済の復活を目指す改革案を提示している。

感想: 現状の経済の問題点を多角的に分析し、それぞれに対策を提言している。

しかし要点を絞って書いている関係で、専門の経済用語の知識がなければ理解が困難です。

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 65: Why was it exhausted ? 3: Why is the selfishness permissible?


中東に平和を! 65: なぜ疲弊したのか3: なぜ身勝手がまかり通るのか 

 

1a

< 1. TPP support enterprises >
< 1.TPP支援企業 >

 

Last time, we saw the selfishness of major nations and multinationals.
Why is the selfishness permissible, and why does it continue to happen?
We look at the motive of the major nations from now on.

前回、大国と多国籍企業の身勝手を見ました。
何ぜ身勝手がまかり通り、起こり続けるのか?
これから大国の動機を探っていきます。

 

2
< 2. an apparel factory in Bangladesh collapsed in 2013 >
< 2.2013年、バングラデシュのアパレル工場のビルが倒壊 >

 
The selfishness of major nations that has been permissible
In this chapter, we are going to look at why many countries on the Earth can’t choose but be exhausted, but there is a thing we have to know before that.
That is to say, “Why have the major nations and multinationals repeated the selfishness, and why have the people been indifferent to it?”

For one thing, because major nations and multinationals were hardly punished even if it were sacrificing weaker nations and the citizens, as in the previous four cases.
These cases are relatively recent, the world yet can’t do something about these.

Why can’t we stop the situation that the many lives and property of weaker nations are being lost and human rights are being ignored?
The reason is that major nation has overwhelming power in economics, diplomacy and military power, so many countries follow it.
This is a reality that does not require explanation.
For example, it is evident when looking at the neglect of the UN Framework Convention on Climate Change(COP), the starting the Iraq war, and the veto in the U.N.

 
まかり通る大国の身勝手
この章では、地球上の多くの国が疲弊せざるを得なくなった理由を見て行くのですが、その前に知っておくべきことがあります。
それは、「なぜ大国と多国籍企業が身勝手を繰り返し、また多くの国民はそれに無関心なのか?」と言うことです。

一つには、前回の4つの事例のように大国と多国籍企業が弱小国やその国民を犠牲にしてもほとんど罰せられないことがあります。
これらの事例は比較的最近のもので、世界はこれらにまだ対処出来ていない。

なぜ、弱小国の膨大な人命や財産が失われ、人権が無視されているのに止めることが出来ないのでしょうか。
その理由は、大国は経済、外交、軍事力で圧倒的な力を持ち、多くの国が追従していることにある。
これは説明を要しない現実です。
例えば気候変動枠組条約の無視、イラク戦争開始、国連での拒否権などを見れば明らかです。

 

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< 3. Celebrities >
< 3. 著名人 >

Takenaka: a Japanese economist who espouses globalization.
Piketty: a French economist who raises an alarm over the disparity of the world.
Pal: an Indian lawyer who protested Western imperialism.

・竹中平蔵: グローバル化を信奉する日本のエコノミスト。
・ピケティ: 世界の格差に警鐘を鳴らすフランスの経済学者。
・パール: 欧米の帝国主義に異議を唱えたインドの法律家。

 
Furthermore, selfishness of multinationals
The multinational is the most leading player in globalization and sometimes causes major problems.
The remarkable points are a perpetrator of a bubble economy, and the pollution and poor labor conditions in developing countries.
Even if we abandon a tyranny of major nation, we want just preventing a tyranny of multinationals, but this also is difficult.

Today, the total sales of multinationals (60 thousand companies) account for more than half of the world’s total production, and two-thirds of the world trade is the trade among multinationals. Annotation 1.
The sales of No. 1 multinational (Walmart) in 2015 is next to Sweden, the 24th largest in the world in terms of nominal GDP.
Actually, the problem is not only the scale but also the control.
Multinational is not stateless, but are protected by the major nation that it belongs in.
According to James B. Glattfelder. Annotation 2.
737 major shareholders have the power to control 80% of the value of multinationals.
The number of this major shareholders is about 0.1% of the total, and the US and UK financial institutions account for most of it.
Furthermore, 146 shareholders being a key part of it can control 40% of the value of multinationals in the world.
In addition, 1,400 worldwide billionaires have 1.5% of the world’s total assets. Annotation 3.

Person accepting the current situation says that selfishness is just one aspect of globalization, and we only leave it. ( Takenaka etc.).
Meanwhile, there are persons who say that the world has to control the selfishness and establish world-wide justice (law) . (Piketty, Pal)

The times that this capital and companies of major nations began to embark on the world is during the Age of Discovery, next it was extremely fierce in the imperialist era, and continue to the present time.

This continues the next time.

 
さらに多国籍企業の身勝手
グローバル化の立役者であり、大きな問題を引き起こすのは多国籍企業です。
目立つものでは、バブルの張本人や低開発国での公害や劣悪な労働があります。
大国の横暴は諦めたとしても、企業の横暴ぐらいは防ぎたいと思うのは人情ですが、これが難しい。

現在、多国籍企業(6万社)の総売り上げは世界の総生産の半分以上を占め、世界貿易の3分の2は多国籍企業間の貿易です。注釈1.
2015年の多国籍企業No1(ウォルマート)の売り上げは、名目GDPで世界24位のスウェーデンの次に来ます。
実は、問題は規模だけでなく、その支配にあります。
多国籍企業は無国籍ではなく、その国籍がある先進国によって守られています。

James B. Glattfelderによれば。 注釈2.
737の大株主が多国籍企業の価値の80%をコントロールする力を持つ。
この737という大株主の数は全体の0.1%程度で、アメリカとイギリスの金融機関がほとんどを占めます。
さらにその中核部の146の株主が世界の多国籍企業の価値の40%をコントロールできるのです。
なお世界の億万長者1400人が世界総資産の1.5%を持っている。注釈3.

これらは米国や英国など一部の人々(超富裕層)が世界経済を、さらには国をもコントロール出来ることを示唆しています。

現状肯定派は、これらはグローバル化の一側面に過ぎなく、手の打ちようが無く、放任するしかないと言う(竹中平蔵など)。
一方、この身勝手を食い止め、世界共通の正義(法)を確立せよと言う人もいる(ピケティ、パール判事など)。

この大国の資本と企業が世界に乗り出すのは大航海時代に始まり、帝国主義時代で熾烈を極め、そして現代へと続いている。

 
次回に続きます。

 
注釈1.
下記から抜粋引用。
http://www.geocities.jp/isciscisc52/middle/isc52______link/table2_doi.htm

注釈2.
下記から抜粋引用。

発言者は下記書物の著者です。
Decoding Complexity: Uncovering Patterns in Economic Networks

注釈3.
ピケティの「21世紀の資本論」の図12-1、2より。

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Bring peace to the Middle East! 58: when religions were born 6: Islam 1


中東に平和を! 58: 宗教が誕生する時 6: イスラム教 1

 

1
< 1. the Kaaba in Mecca >
< 1. メッカのカーバ神殿 >

I investigate the birth of Islam in twice.

二回に分けて、イスラム教の誕生を追います。

 

2b

< 2. Three trade routes >
< 2. 三つの交易ルート >

 
The age when Muhammad (around 570 – 632) was born
Two ancient civilizations were born in the Middle East, but the desert Arabian Peninsula was out of the area.
Country began to be born in the southwest and northern parts of the peninsula since about A.D., and several countries had contested there in about the 3 rd century.
Cities were born in plateaus and oases, camel caravans in the desert were responsible for trade, and caravan cities were made in the routes.
Nomads who were living in tents made tribal societies, sometimes joined hands and at other times separated from others, and repeatedly had fought.
There were three routes of east-west trade on the Peninsula, two sea routes going through the Persian Gulf (blue line) and the Red Sea (red line), and a land route (brown line) parallel to the Red Sea.
Mecca where Muhammad was born was one of the caravan cities in this land route.

 

ムハンマド(570頃―632年)が生まれた時代
二つの古代文明が中東で誕生していたが、砂漠のアラビア半島は園外だった。
紀元前後から半島の西南端と北部に国が誕生し始め、3世紀頃になると数ヵ国が分立するようになった。
高原やオアシスには都市が生まれ、砂漠ではラクダの隊商が交易を担い、隊商都市も出来た。
天幕で暮らす遊牧民は部族社会を造り、離散集合を繰り返し抗争していた。
半島には三本の東西交易のルートとしてペルシャ湾(青線)と紅海(赤線)を行く海上ルート、それに紅海に並行した陸上ルート(茶線)があった。
ムハンマドが生まれたメッカはこの陸上ルートの隊商都市の一つだった。

 

The Persia and the Byzantine Empire of the two great empires were fighting each other, it began to influence the whole peninsula since about the 4th century.
With this, civilization and the sophistication of weapons advanced throughout the peninsula.
On the other hand, when the Persia and the Byzantine Empire entered a peace treaty in the second half of the sixth century, the main trade route became the Persian Gulf, the caravan cities of the land route declined, the nomadic population increased in reverse, and the conflict intensified.
This is “Jahiliyyah” in Islam.
However, in the beginning of the 7th century, when both empires began war, trade route returned to the land route.

 
4世紀頃から、二大帝国のペルシャとビザンチンは互いに争いながら半島全域まで影響を及ぼし始めた。
これにより半島全体に文明化と武器の高度化が進んだ。
一方、ペルシャとビザンチンが6世紀後半に平和条約を結ぶと、交易ルートはペルシャ湾が主になり、陸上ルートの隊商都市が衰退し、遊牧民が増大し、抗争が激化することになった。
これがイスラムで言う「無明時代」です。
しかし、7世紀始め、両帝国が戦争を始めるとまた陸上ルートに交易が戻った。

At that time, the north-south ethnic groups of the peninsula deepened exchanges and had Arabic of common language.
In the peninsula, there was a polytheism of idolatry, but Christianity propagation progressed by the influence of the two great empires.
Judaism also had spread by Diaspora Jewry, and many Jews had lived in Medina.
In Mecca, there was the Kaaba that many statues were enshrined since a long time ago.

当時、半島の南北の民族は交流を深め、共通語のアラビア語を持つようになっていた。
半島には偶像崇拝の多神教があったが、二大帝国の影響によりキリスト教の布教が進んでいた。
また離散民によってユダヤ教も広まり、メディナには多くのユダヤ教徒が住んでいた。
メッカには古くから多くの像を祭った多神教のカーバ神殿があった。

 

 

3a

< 3. Muhammad in Medina >
< 3. メディナのムハンマド >

The act of the Muhammad
He was born as a member of a large tribe of Mecca, was married and had succeeded in commerce trading, but suddenly, heard the revelation of Allah of the one God at about the age of 40.
Because he preached this, made a group of believers, and accused the idolatry of the Kaaba, they were persecuted by ruler class in Mecca.
However, people of the Medina impressed with his doctrine asked him to save mess of the town.
Then, he moved to the Medina with his believers and family (Hijra).
Before long, he conflicted with Jewish in the Medina about ritual, defeated them in battle, and completed a strong Islamic community “Ummah”.
Then he won the fight against Mecca’s army corps.
He died shortly after dominating Mecca, but already the Islam had spread throughout the Arabian Peninsula.

This continues the next time.

 
ムハンマドの行い
彼はメッカの大部族の一員として生まれ、結婚し隊商交易で成功していたが、40歳頃、突如、唯一神アッラーの啓示を聞いた。
彼はこれを説いて信徒集団を作り、カーバ神殿の偶像崇拝を非難した為、彼らはメッカの支配層から迫害を受けた。
彼の教説に感銘を受けたメディナの人々が、彼に町の混乱を救って欲しいと要請した。
彼は信徒達や家族と共にメディナに移り住んだ(ヒジュラ)。
やがて、彼はメディナのユダヤ教徒と儀礼で対立し、これを戦闘で破り、強固なイスラム共同体「ウンマ」を完成させた。
次いでメッカの軍団との戦いに勝利した。
彼はメッカを支配後、まもなく死去したが、すでにイスラムはアラビア半島の全土に及んでいた。

次回に続きます。

 

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Went around Croatia and Slovenia 15:  The wonder of Dubrovnik 1


クロアチア・スロベニアを巡って 15: ドゥブロブニクの不思議 1

 

1

< 1. The port of Dubrovnik  >

< 1. ドゥロブニクの港 >

 

How did this small city-state survive between great powers?

It was the history that this city-state had continued demanding freedom.

From today, I will chase the wonder of this rare marine city-state.

 

この小さな都市国家が如何にして大国の狭間で生き延びることが出来たのだろうか?

それは自由を求め続けた歴史でもありました。

今日から、この希有な海洋都市国家の不思議を追います。

 

Preface

When I visited this old city, I was first surprised at the huge rampart being disproportionate to the small town.

In the Middle Ages, there were a lot of free cities and seafaring countries, but there quietly was this small marine city-state that enjoyed freedom in a corner of tumultuous Balkan Peninsula.

The activity of Dubrovnik was indirectly connected with European Renaissance and the Age of Discovery.

For over 1000 years, there were various magnificent dramas of the clash of civilizations among Europe, Asia, and Africa, and the trade that extended to the Indian Ocean from the Mediterranean Sea.

 

I survey Dubrovnik that lived in the Middle Ages

There are romances between people and sea, and a hint to peace here.

 

 

はじめに

私がこの旧市街を訪ねて最初に驚いたのは、小さな町に不釣合いな巨大な城壁でした。

中世、自由都市や海洋国家は数多くあったが、この騒乱のバルカン半島の片隅で人知れず、自由を謳歌した小国があった。

ドゥロブニクの活躍はヨーロッパのルネサンスと大航海時代と間接的につながっていました。

そこには、ヨーロッパとアジア、アフリカの文明の衝突、さらに地中海からインド洋に跨る交易の千年に及ぶ壮大なドラマがありました。

 

これから中世世界に生きたドゥロブニクを概観します。

そこには人々と海を巡るロマン、さらには平和へのヒントがあります。

 

 

 2海洋国家

 

< 2. These seafaring countries of Italia were leaders of the Mediterranean Sea in the Middle Ages >

< 2. 中世、地中海の覇者となったイタリアの海洋共和国 >

 

Explanation 

A fig.: It shows 8 seafaring countries of Italy and the Adriatic Sea.

Red circles are 3 countries that played an active part in the sea until the last.

 

B fig.: The length of Venice main island is about 5 km.

C fig.:   The width of Genoa harbor is about 3 km.

D fig.:   The castle width of Dubrovnik that was capital of Republic of Ragusa is about 500 m.

 

Dubrovnik was very small compared with two great powers Venice and Genoa.

 

解説:

A図: イタリアとアドリア海にあった8カ国の海洋共和国を示す。

赤丸は最後まで活躍した三つの共和国です。

B図: ベネチアの本島、その長さ約5km。

C図: ジェノバの港、その巾は約3km。

D図: ラグーサの首都ドゥブロブニクの城砦、その巾は約500m。

 

ドゥブロブニクは二大強国ベネチアとジェノバに比べて遥かに小さかった。

 

 

3船2

 

< 3. A sailing ship that started to play an active part in the 15th century >

< 3. 15世紀に活躍し始めた帆船 >

 

The history of Dubrovnik

In the about 7th century, this town’s history began from a Roman that lived at current seaside across a small canal from Slav of the mountainside.

In the 13th century, both people filled up the canal and merged.

 

ドゥブロブニクの歴史

7世紀頃、町は、今の旧市街の海側にローマ人、山側にスラブ人が小運河を隔て住み着いたことに始まる。

13世紀、両者は運河を埋め立てて統合した。

 

 

4名称未設定-5

 

< 4. Around the Adriatic Sea in the middle 14th century >

< 4. 14世紀中頃のアドリア海周辺 >

 

After being ruled by many peoples, from the 6th century, Dubrovnik was dominated by Byzantine Empire, subsequently Venice (1204-1359), Hungary (1359-1526), and Ottoman Turkey.

From the 12th century, Dubrovnik traded between Italy and Balkan, and carried industrial products from Italy, or raw materials from Balkan.

The large ship appeared from the 13th century, and Dubrovnik had large merchant ships more than 180 in the 16th century.

The last of the 15th century, when Dubrovnik was dominated by Ottoman Turkey, its overland trade in Balkan became more active.

Furthermore, Dubrovnik’s sea trade spread from the Adriatic Sea and the Mediterranean Sea to the Black Sea, the Atlantic, and the Indian Ocean.

And Dubrovnik put the consulates in 50 cities and reached its peak.

 

幾多の民族に支配された後、6世紀からビザンティン帝国、次いでベネチア(1204‐1359),ハンガリー(1359‐1526)、やがてオスマン・トルコの庇護下にあった。

12世紀から、ドゥブロブニクはイタリアの諸都市とバルカンの交易を担い、イタリアからは工業製品を、バルカンからは原料を運んだ。

13世紀からは大型船が登場し、16世紀には180隻を超える大型商船を持った。

15世紀後半、オスマン・トルコの支配下に入ると、バルカンとの陸上交易が活発になった。

さらに海上交易の範囲はアドリア海や地中海だけでなく,黒海、大西洋、インド洋にも及び、50都市に領事館を置き、全盛期を迎えた。

 

 

5-旧総督邸

 

< 5. Rector’s Palace >

< 5.旧総督邸 >

 

In 1359, since Dubrovnik was dominated by Hungary, it came to reject a governor accredited from the imperial country.

And Dubrovnik nobles mutually elected their governor.

After this, they had been promoting the domestic administration and diplomatic policy as an independent country.

All nobles 18 years or older performed legislation and picked the execution member.

They limited governor’s tenure to 1 month and avoided dictatorship.

The commoner who supported the economy wasn’t able to participate in it, but an aristocratic democratic system was performed.

This situation was made possible mainly due to the huge rampart and a large amount of contribution.

 

But it began to decline before long.

When the Age of Discovery began on the Atlantic side, the importance of the east Mediterranean Sea decreased.

Dubrovnik took part in two wars of Europe in the 16th and the 17th century and suffered big damage.

Furthermore, it received a crushing blow by a major earthquake of 1667, and the overland trade reduced when the influence of Ottoman Turkey began to drop.

Finally, Dubrovnik’s republic was extinct by the occupation of Napoleon in 1808 and it was dominated by the Austria territory in 1814.

 

This continues next time.

 

 

1359年、ハンガリー庇護下に入ると、それまでの宗主国からの総督派遣を退け、ドゥブロブニクの貴族層が自らの総督を互選するようになった。

これ以降、独立国として内政・外交政策を推進していった。

18歳以上のすべての貴族が立法を行い、執行メンバーを選出した。

彼らは総督の任期は1ヶ月とし独裁を避けた。

経済を支えた平民は参加出来なかったが、貴族的民主制を行った。

これを可能にしたのは、如何なる攻撃にも耐える巨大な城壁と多額の貢納でした。

 

しかしやがて陰りが見え始める。

大西洋側で大航海時代が始まると、東地中海の重要度は低下していった。

ドゥブロブニクは16、17世紀とヨーロッパの戦争に加担して大きな損害を被った。

さらに、1667年の大地震で壊滅的打撃を受け、陸上交易もオスマン・トルコの勢威が下降し始めると縮小していった。

最後に1808年ナポレオンの占領によって共和国は消滅し、1814年にはオーストリア領となった。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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False rumor, prejudice, blind spots 2; a rumor of the economy 2


 ジョージソロス

This time, I show that an epoch-making theory is dangerous.

 About “An exchange rate is decided by the ratio between the money supply of Japanese Yen and U.S. dollar.”

 

This is a remark of the popular person of the group of reflation.

He says it is very easy to make weak yen, and central bank should print paper money rapidly.

He grieves, because the people who do not understand even such a thing do politics.

 

It is very simple and wonderful, or another.

 

 

今回は、画期的な理論の危うさを見ます。

 

 「円と米国ドルの通貨量の比で為替レートは決まる」について

 

これは流行のリフレ派論客の発言です。

彼は円安に持って行くのは超簡単で、紙幣を刷れば良いだけだ。

こんなことすらわからない人々が政治をやっていると、嘆く。

 

非常にシンプルで素晴らしい、けれども・・・。

 

 

In the first place, why is the ratio of the money supply between two countries decided?

 

Is it a ratio of the national land and the population between the two countries?

 

Once, the world experienced a stagflation that proceeded simultaneously with a high inflation and a high unemployment, and each central bank controlled money supply in tandem with the economic growth.

Half a century ago, in addition, the American and European countries came into currency devaluation competition to get the advantage of domestic export, and the world economy was slowed down terribly.

To add to our concern, the expectation of the market price (animal spirit) controls most.

 

 

そもそも通貨量の比はどうして決まるのでしょうか?

 

両国の国土や人口の比率でしょうか?

 

かつて、高インフレと高失業率同時進行(スタグフレーション)を経験し、世界の中央銀行は経済成長に応じて通貨供給量をコントロールしてきました。

また欧米諸国は自国の輸出を有利するために通貨安競争に陥り、世界経済を失速させたことがあります。

さらにややこしいのは、相場の期待値(アニマルスピリット)が多くを左右するのです。

 

アジア通貨下落

The current exchange market changes dramatically by a short of the exchange of one hedge fund, such as Thai Bhat suddenly tumbled down at 1997.

George Soros of the ringleader says.

“Sometime, because somebody noticed a weak point of Thai Bhat and would carry it out, I had only done it first.”

In conclusion, the exchange rate is a result of the dealings among the government, the central bank, speculators, and companies of each country.

 

 

今の為替市場は、1997年のタイ・バーツ暴落のように、1ヘッジファンドの空売りで劇的に変化してしまうのです。

その張本人のジョージ・ソロスは言います。

「誰かがタイ政府の運営不備に気がついてやるだろうから、私が最初にやっただけさ。」

 

結局、為替レートは各国の政府、中央銀行、投機家、企業らがしのぎを削り、悪戦苦闘した結果なのです。

 

通貨供給量

 

We have to pay attention to any debater who say simple with certainty and talk exaggeratedly.

 

He only had said to an obese person, ” Your levels of neutral fat are only 20% more than the national average.”

A period of the graphs of his book was only a convenient period for him.

It was from 2007 to 2011 in the mentioned above graph.

 

We should understand the opinion while having doubt on the intention of an author.

 

 

単純に断定し、誇張する論者には注意が必要です。

   

それは、肥満の人に、「あなたは中性脂肪が平均より20%多いだけだよ」と指摘しているに過ぎないなのです。

彼が本のグラフには都合の良い期間(上記グラフの2007年~2011年)しか使われていません。

私達は、著者の意図や、信頼性を疑いながら理解すべきです。

 

 

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インフレ誘導策の前に、現状を再確認しよう!


 inflation

今日も日本の現状をグラフから解剖します。

日本経済と先進諸国を比較します。

 

実質経済成長率、the rate of economic growth、world

< 1 実質経済成長率の推移 >

このグラフでは日本の経済成長率は先進国中、著しく悪いとは言えません。

前回のグラフ1において日本だけが取り残されているようにみえました。

それは名目と実質の違いで、インフレ率3%が10年続くと1.8倍の経済規模になるのです。

結局、日本はそれほど悪いとは言えません。

 

失業率推移、world、 the unemployment [jobless] rate

< 2 失業率の推移 >

欧米と日本の失業率を比較したもので、リーマンショック後も他国に較べて低くなっています。

 

 

若者失業率、world、 the unemployment [jobless] rate、 youth

< 3 欧州の若者の失業率推移 >

欧州各国の若者の失業率では、ドイツを除いて高率です。米国も同様です。

欧米は日本に比べて失業率の点で経済不況が深刻化していると言えます。

ただし日本も若者の非正規雇用が増加し、50%を越えています(賃金が安い)。

 

日本の経常収支、transition、japan、 a current (account) balance

< 4 日本の経常収支 >

経常収支とは、海外貿易による国の収支で、商品・サービスの売買と外国投資による利益からなる。

貿易では輸出額が減り輸入額が増えて赤字、しかし海外への投資(金融と産業移転)による利益が増加傾向にある。

取りあえず円高による産業空洞化にあっても、投資利益が国内に還元され国内総生産額を上げている。

 

 

経常収支、transition、japan、 a current (account) balance

< 5 欧米各国の経常収支の推移 >

欧州各国のGDPに対する経常収支を見ると、ここでもドイツ以外は赤字傾向が顕著です。

ここでも日本はドイツと同様に良い状態にあると言えます。

 

 

歳入歳出グラフ、国債、a government bond、transition、japan、earnings and expenses

< 6 日本政府の歳入歳出の推移 >

 

平成2年が1990年で、この年から税収が低減し始めました。

しかし歳出は増え続け、その穴埋めに赤字国債の発行額は急激に増加しました。

日露戦争時、通常予算と同額の戦費(この時は外国から)を賄わなければなりませんでしたが、同じ状況です。

 

国債消化、a government bond、transition、japan

< 7 金融資産の帳尻の推移 >

そこで問題になるのが、1000兆円を越える負債残高です。

これについて巷では色々言われており、国内の民間と国の金融資産で消化可能、またはインフレにしてしまえば問題解消すると。

このグラフからは過去は均衡していましたが、家計(民間)の資産と一般政府の負債の推移から危険な状態になりつつあることがわかります。

日本では国民所得と税収が伸びないことと貯蓄率の低下が起こっているからです。

 

 

 金利、a rate of interest、world、transition

< 8 金利の推移 >

先進国の金利を比較したものです。この金利であるから現在の国債発行額で済むのです。

しかし信用失墜かインフレで金利が上昇すればたちまち問題です。

もし金利が1%上昇するなら借金1000兆円の利払いは年間10兆円増加します。

 

今回の話で重要なことは、日本は他の先進国とは異なる経済、財政、金融の動きをしていることです。

そしてそれが悪いか良いかということです。

失業率、触れませんでしたが所得格差などで他の先進諸国はここ5年ほどの間に急激に状況が悪くなっています。

それは19日のNHKの対談でノーベル経済学者クルーグマンとスティグリッツが共に指摘していました。

さらにスティグリッツは日本に謝らなければならないと言い、結局日本と同じ状況になってしまったと自戒していました。

 

次回は最終回の予定です。提言をまとめます。

 

 

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要約「交易がもたらしたもの」


紹介 : 紀元前5世紀頃に起きた精神革命(経典宗教、自然哲学、民主主義、芸術などの誕生)の主因を説明しています。それは複雑な文明や帝国の衝突に端を発してはいるのですが、飛躍的に発展した交易が大きく影響しているとの観点に立っています。

下記文章は親ブログ「交易がもたらしたもの」の要約です。詳しい本文へは「アクアコンパス」へのリンクをクリックして下さい。

要約 : キリスト教の基となったユダヤ教、仏教、儒教、ギリシャ哲学などが精神革命の時代に同時に始めて誕生した。この画期はなぜ起きたかのか? 多くの重要な共通点の中にある相違点はなぜ生じたのか? この謎を説いていきます。精神革命が咲き誇ったのは既に起きていた都市革命に起因している。しかし当時、巨大化しつつあった帝国による戦争と文明や国家の栄枯盛衰が影を落としていた。そこに鉄器、文字、交易の普及が関わり、その精神文化が花開き、その趣を変えていった。そのことを説明していきます。

構成 : 文化の融合/ 交易民の活躍ルート/ 交易がもたらすもの/ 交易とアルファベット/ 紀元前の人類史/ 運輸交通の発達/ 鉄器と文字と硬貨/ 世界の思想/ 彫像の歴史/ 交易が社会を変えるメカニズム/

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