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私達の戦争 25: 戦争は何をもたらすのか 2


1戦場

  • * 1

 

前回は人的損出を見ました。    

今回は経済的損出を見ます。

 

 2戦場2

  • * 2

 

最初に知って欲しいこと

戦争を始める為政者がよく使う台詞に、「我が国の国益や人命が奪われることは耐え難い」があります。

皆さんには、戦争によって得るものと戦争によって失うものを冷静に比べていただきたい。

 

米国の南北戦争で82万人が死にました。
後にある経済学者が試算しました。

「もし南部の奴隷所有者から国が奴隷を買い取り、その奴隷に土地と家畜を買い与えたとしても、その費用総額は戦争で失ったものよりも少なかった。」

 

ヒトラーは国民に、失った広大なドイツ帝国の領土を回復し、経済を飛躍させると約束し、軍事侵攻を正当化しました。

日本の為政者も、中国の資源と市場を得ることで、低迷する経済から脱することを企図しました。

その結果は、さんざんなものでした。

 

為政者が始める多くの戦争に共通していることは、「戦争を楽勝と見て、損出を無視し、かつ得るものは不明朗で、強いて言えば名誉など」ではないでしょうか。

 

4兵器

*3

 

驚くべき戦争コスト

スティグリッツの「世界を不幸にする戦争経済」から戦争のコストを見ます。

詳しくは「戦争の誤謬 15: 戦争による損出」にあります。

 

開戦直前、米国の国防長官は「必要なイラクの戦費は550億ドル(7兆円)」と言った。

(以下、2001年の為替レート125円で換算します)

 

イラク・アフガン侵攻による米国のコストを見ます。

総額58110億ドル(726兆円)にもなる。

これは2001年、米国の歳出18632億ドルの3.1倍になる。

また2001年、日本の実質GDP477兆円の1.5倍になる。

 

3ラムズヘルド

*4

 

コスト内訳(2007年までの計算で、実際はさらに膨らむ)

  1. 2001~2007年の実際の支出   : 6460億ドル  (81兆円)

ここで既に12倍にもなっており、如何に矮小化しているかが分かります。

  1. 将来必要な撤退、武器交換などの費用  : 9130億ドル (114兆円)
  2. 退役軍人の医療、障害補償、社会保障費用: 7170億ドル  (90兆円)
  3. その他軍事費(隠された国防費など)  : 4040億ドル  (51兆円)
  4. 利息コスト(ほとんどが借入金)    : 8160億ドル (102兆円)
  5. 費用見直し(低い兵士補償額など)   : 4150億ドル  (52兆円)
  6. マクロ経済の損出           : 19000億ドル(238兆円)

戦争による原油高が世界の景気低迷を招き、米国の輸出を減らしGDPが低下し税収が減る。さらに莫大な戦費の出費により国の負債総額が増えた。このような機会損出額は計り知れなく大きい。

 

この結果、米国と世界が得たものは・・・

私の知る限り、世界も米国も得たものは無かった。

安全保障は向上したでしょうか?

益々、米国は憎まれ、テロを誘発することになる。

イラクとアフガンは平和になったでしょうか?

予想以上に、混乱が続き、先は見えません。

 

米国の効果としては、J・ブッシュの一時的な人気と反テロへの熱狂、軍事産業の活況でした。

しかし、これは更なる災厄をもたらすことになった。

テロ対策として、アメリカ国家安全保障会議を中心に情報産業、マスコミ、議会が一体となり、無差別の情報収集(盗聴)と情報管理が秘密裏に進行されることになった。

これを告発したのがスノーデンでした。

 

5ブッシュ

  • * 5

 

まとめ

多くの戦争指導者は、当初得るものが多く、失うものが少なく見えるようです。

一つには、小競り合いだけで終わるとか、楽勝で勝利すると思いたがるようです。

いま一つは、目先に囚われて先の事を考えないか、反戦感情を生む詳細な被害予測など不要なのでしょう。

 

おそらく戦争をしたがる為政者は、政治力に長けているのでしょう。

彼は、真意を隠しながら自分の望む方向に持っていくには、国民に何を訴えれば良いのかが誰よりも理解出来、タイミングよく出来る人なのでしょう。

一方、そのような人は、俗に言う大局(?)は見えても、国民の痛みや先の損出は見たくないようです。

多くの戦争がそのことを物語っています。

 

 

 

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社会と情報 13: 大統領府で何が起きていたのか? 1


安全保障会議

< 国家安全保障会議 >

 

大統領は、ベトナム戦争の政策をどのように決定したのだろうか?

ここでは歴代大統領と大統領府に共通する行動パターンを見ます。

ホワイトハウスとベトナムをよく知るエルズバーグ博士が書いた1972年刊「ベトナム戦争報告」を参考にします。

 

はじめに

最高指揮官の大統領は国家安全保障会議の助言を得て、戦略・作戦を決定する。

但し、その実施には議会の承認が必要になる。

安全保障会議には、大統領と外交(国務省)、情報(CIA)、軍事(国防総省)のトップ、主要補佐官が参加する。

 

ベトナム紛争は、世界の紛争に目を配り、百万の軍隊を動かす大統領にとって国内外の処理すべき1案件にすぎない。

例えば、ケネディ以降の3人の大統領は、米ソの緊張緩和、中近東問題、アポロ計画、人種差別、環境保全、中国承認、核兵器削減など、大きな仕事を成し遂げていた。

 

ペンタゴン

< 国防総省 >

 

彼らの行動パターンは?

非常に乱暴な要約ですが、彼らに共通するものでしょう。

 

大統領

  1. 自分の任期中には、共産主義者にベトナムを明けわたさない。
  2. 国民や議会の不人気や反発を招く戦争拡大は避け、かつ弱腰と見られたくない。

軍部

  1. 米兵の死傷者を少なくするために、核の使用や空爆を優先し、地上軍派遣は抑えたい。
  2. しかし中途半端でなく、早めに大兵力で相手を徹底的に叩いてこそ勝利するとの信念がある。

全体(上級スタッフ、軍部、官僚)

  1. 米国の為の戦いだから、ベトナム側の被害には関心がない。
  2. 作戦の失敗には触れない、新たな作戦に活路を見出し、作戦や援助には希望があることを示す。

 

 

狙撃兵に対抗して乱射

< ベトナムでの夜間攻撃 >

 

この行動パターンからベトナム戦争が見えてくる。

 

大統領達は軍部が要請する増派と爆撃に対して、かなり控え目に決断することが多い。

公表では、自国の派兵や損害を目立たなくし、将来の増派や戦線と被害の拡大が少ないように印象付ける。

したがって、ベトナムで戦火が広がり、南ベトナムの不利が明白になるまで手を打たず、概ね大統領就任時や最悪期、または選挙を睨んで手を打つことになる。

このことが、20年間で5人の大統領による戦争へのテコ入れが5回繰り返された理由だろう。

こうして戦火は拡大しながら継続することになった。

結果的に、大統領達は米国初の敗戦の将の不名誉を避け、次ぎに譲ったように見える。

 

南ベトナム政府が統治の呈を成していないことを彼らは充分承知の上で、これを伏せ、援助すれば、戦いに希望があると訴えた。

米国には反共産の強権的な傀儡政権が必要で、このことが弾圧と腐敗を深める政権を生み、南ベトナム国民は離反していった。

米国の助言を聞かないこの政府は豊富な物資と軍事援助を流用するだけだった。

米国のゲリラ対策失敗も重なり、始め非共産だった人々も、北ベトナムに呼応することになり、益々兵力投入が必要になった。

ケネディは一度、この政権を見限ろうとしたが出来なかった、後にこの政権は転覆させられる。

 

次回に続きます。

 

 

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Misunderstanding of war 8: the Vietnam War 2


 

ベトナム戦争、the Vietnam War

< the Vietnam War, Wikipdeia >

In the Vietnam War, both countries repeated big misunderstanding.

While both leaders started the war and the damage was expanded, why didn’t they notice that?

The heads of that time of the U.S. army and the North Vietnam army gathered in one spot.

This time, we learn the cause from the meeting of the reflection on the war 

 

This meeting was done in 1997, and it was 22 years in postwar days. 

Former Defense Secretary McNamara who advanced the Vietnam War under President Kennedy requested meeting to Vietnam.

Their remark was filled to sincerity.

The contents of this meeting are written to “why did we fight? “.

I make some extract from this book, and introduce. 

ベトナム戦争において両国は大きな誤解を重ねた。

両首脳は戦争を開始し、被害が拡大していく中で、なぜそのことに気がつかなかったのか?

米国軍と北ベトナム軍の当時の首脳が一箇所に集まりました。

今回は、その反省の会議からその原因を学びます。

 

この会議は戦後22年経った97年に行われた。

ケネディ大統領の下でベトナム侵攻を進めたマクナマラ元国防長官がベトナム側に会議を要請した。

彼らの発言は誠意に満ちたものでした。

この会談の内容が「我々はなぜ戦争をしたのか」に書かれています。

私はこの本から抜粋し紹介します

本の表紙、why did we fight? 、我々はなぜ戦争をしたのか

< ”why did we fight? “ >

Situation judgment of those days

Misunderstanding of the U.S.:  If the action of Vietnam is allowed, the communist power will occupy the Indo-China whole region. North Vietnam and Viet Cong do not aim at independence movement. But rather they are manipulated by China, and aim at the communist revolution. 

The opinion of Vietnam: we have fought for our independence for a long time、 and if we lost the independence means a slave. Export of communist revolutions is not considered. We do not desire export of communist revolutions.

Misunderstanding of VietnamThe U.S. refused all of our democratic independent state construction, and supported the unjust puppet government. Although we expected the U.S. at first, it turned out immediately that you were an aggressor.

The opinion of the U.S.: We desire the democracy and have not taken the colonial policy.

The history of the Vietnam War shows that the opinion of both countries is true. After all, the reason for the outbreak of war was perfect misunderstanding. When knowing the partner’s history and society mutually,both countries may be able to read real intention each other . One who knows the Vietnam situation well were not even in the White House of a major nation.

There may be some persons who still believe that communization prevention was attained by that the U.S. soldier died in the Vietnam War. However, it is certain that “misunderstanding” is just a reason for a war start.

 

米の誤解: ベトナムを許せば共産主義勢力がインドシナ全域を占領する。北ベトナムとベトコンは独立運動を目指すのではない。むしろ中国に操られて彼らは共産主義革命を目指している。

ベトナムの主張:長く独立を戦って来ており、負ける事は奴隷を意味する。私達は共産革命の輸出を望んでいない。

ベトナムの誤解: 米国は我々の民主的な独立国家建設をすべて拒み、非道な傀儡政権を支援した。最初、我々は米国に期待していたが、すぐに侵略者だとわかった。

米の主張:我々は民主主義を望んでおり、植民地政策はとっていない。

両国の主張が真実であることはベトナム戦争の歴史が示している。結局、開戦理由は完全な誤解であった。互いに相手の歴史と社会を知っていれば、真意を読み取れる可能性があった。ベトナムの状況をよく知っている者は大国のホワイトハウスにさえいませんでした。

ベトナムでの米兵の戦死者によって、共産化阻止が可能になったとまだ信じる人もいるかもしれない。しかし「誤解」こそが戦争開始の理由であることは間違いありません。

 

マクナマラとケネディー、McNamara and  Kennedy

< McNamara and  Kennedy  >

Some misunderstandings

Misunderstanding of VietnamAlthough Chairman Ho Chi Minh of ours sent the letter which desires friendship to President Tallman in 1945 years, you ignored it

The opinion of the U.S.: We did not know well Vietnam those days. Naturally, Mr. Ho Chi Minh was not known. We did not ignore him. 

Misunderstanding of the U.S.:  We feared communization of Asia very much. Why didn’t you explain more the de-Communization to us?

The opinion of VietnamWe had already fought in the jungle for 15 years. That We know was only France, and didn’t know such a thing. 

Misunderstanding of the U.S.In 1965, the our President couldn’t decide the right or wrong of the war. Then, we carried out to an inspection of Vietnam. Just at the moment, you attacked our main base and about 100 persons died. You indicated, “There is no intention of surrendering against the United States”. Then, we advised the President the bombing-of-North-Vietnam start immediately.

The opinion of Vietnam: One commander dogmatically ordered that attack. Only 30 persons’ unit attacked The South Vietnam army. We did not know that there was an American investigating commission there. It is not a fact 

 

誤解のあれこれ

ベトナムの誤解:我々のホーチミン主席が1945年、トールマン大統領に友好を望む書簡を送ったのに無視した。

米国の主張:我々は当時、ベトナムをよく知らなかった。当然、ホーチミン氏を知らなかった。無視したのではない。

米国の誤解: 我々はアジアの共産化を非常に恐れていた。我々になぜ非共産化を説明しなかったのか。

ベトナムの主張: 私達は以前に15年もジャングルに籠もって闘っていたのです。知っているのはフランスぐらいです。そんなこと知るわけがない 。

米国の誤解: 1965年、大統領は戦争をすべきか迷っていた。それで私達がベトナムの視察に行った。ちょうどその日にあなた方は我々の拠点基地を攻撃し、100名近くが負傷した。あなた方は「アメリカに屈服するつもりなどない」と意志表示した。それで直ちに我々は北爆開始を大統領に進言した。

ベトナムの主張:あの攻撃は、一司令官が独断で命令したものです。たった30人の部隊で南ベトナム軍を攻撃しただけです。我々はそこにアメリカの調査団がいることを知らなかった。それは事実ではありません。

Also after this, much mistakes come out further, each enemy’s intentions are misunderstood mutually, and the unripe diplomatic skill of Vietnam, and a belief of the U.S. that Vietnam is intimate with China.

Without knowing an enemy, each heads began war easily and expanded it.

This meeting brought about the wonderful result. It taught us what is required in order for us not to cause any war.

 

この後も、敵の意図を互いに誤解、ベトナムの外交術の未熟、米国は中国とベトナム親密だとの思いこみ、等がどんどん出て来る。

よくもこれだけ相手を知らないで各首脳は戦争を安易に仕掛け拡大したものだ。

この会談は、確かにすばらしい内容をもたらした。私達が戦争を二度と起こさないようにするためには何が必要かを教えてくれた。

 

 

 

 

 

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Misunderstanding of war 7: the Vietnam War 1


映画プラトーン,films Platoon  

< films Platoon >

Do you know the Vietnam War (19601975 years)? After World War II, it was the maximum, and a longest and miserable war.

A lot of youth of Vietnam don’t know the Vietnam War.  Although the movie describing the war is famous for a “platoon” and “Apocalypse Now”, about 90 works were manufactured in the world. 

Those days Japan and the U.S. enthusiastically hold the demonstration against the Vietnam War, but it was difficult to stop it.

Why did Vietnam of small country perform the war that died 6 million people with both sides?  This time, I analyze it.

 

皆さんはベトナム戦争(1960~75年)を知っているだろうか? 第二次世界大戦後、最大、最長かつ悲惨な戦争でした。

ベトナム青年のほとんどは、その戦争を知りません。それを描いた映画では「プラトーン」「地獄の黙示録」が有名ですが、世界で90作ほど製作されました。 

当時、日米ではベトナム戦争への反戦デモが盛んでしたが、それを止めることは困難だったのです。

今回は、なぜ小国ベトナムが独立を勝ち取る為にだけに双方で死者600万人を出す戦争し続けたのでしょうか、それを分析します。

 

 ベトナム戦争, the Vietnam War

< the Vietnam War, Wikipedia > 

This war had big misunderstanding between Vietnam and U.S. leaders from the beginning.

A victorious nation always got immense profits, as we have seen already. 

A purpose of The U.S. was only to prevent communization going southward.

On the other hand, Vietnam repetitively was invaded and ruled by Chinese over 2000 years. 

Especially the northern part of Vietnam often fought the war of independence, and it was the bushfighting in jungle.

From 130 years ago, Vietnam was occupied by France, and by Japan during several years in the World War II, after the War, they began to fight aiming at independence.

In 1930, before the World War Ⅱ, Vietnam aimed for independence in communist state by gaining assistance of the Soviet Union and China.

 

この戦争の特徴は、最初からベトナムと米国首脳の間に大きな誤解がありました。

既に取り上げた戦争では、戦勝国には莫大な利益がありました。米国には共産化の南下を防ぐ目的だけでした。一方、ベトナムは2千年にわたり、中国の侵略・支配が繰り返されていた。特に北部は独立戦争を幾たびか経験し、それは伝統的にジャングルに逃げ込むゲリラ戦だった。

130年前からはフランスに占領され、第二次世界大戦中、数年間日本の占領を受け、大戦終了後、独立を目指して戦い始めました。大戦前の1930年、ソ連と中国の援助を受け、共産政権樹立による独立を目指していました。

 

Although the U.S. opposed the France colonial policy in Vietnam at first, the U.S. changed its mind by strain (cold war) with the Soviet Union, and there also was the fear of communism. 

After the World War Ⅱ, the U.S. and Soviet confronted each other, and began nuclear competition and  obtained each alliance countries all over the world.

Further, In 1950, North Korea invaded South Korea suddenly, and the Korean War broke out, and also the China army also participated in the war. 

Thereby, the U.S. felt the threat for the communist country at a stretch. 

The U.S. is the greatest economic big power and had already self-confident for the police (military power) in the world.

An independent war of northern Vietnam spread soon, and France withdrew in 1954.

The military aid of the Soviet Union and China was effective against this.

Although another political power made the Declaration of Independence in southern Vietnam next year, this was a puppet government by the U.S. that succeeded the policy of France.

Then, the U.S. scraps a promised north-south general election, decides north-south division, and begins to give the South Vietnam government economy and military aid.

This policy is based on the Communist bloc containment strategy (domino theory), was taken over to the President for generations, and was performed.

Soon, the U.S. increased the military aid and started Hanoi bombing in 1965, and swelled the expeditionary force of the ally to 550,000 peoples in 1969.

 

最初、米国はベトナムでのフランス植民地政策には反対でしたが、米ソ緊張(冷戦)と共産化の恐れがそれを転向させたのです。大戦終了後、米ソは対峙し、世界中で核競争と同盟諸国獲得の覇権争いをするようになっていました。さらに1950年、北朝鮮が突如韓国に攻め込み朝鮮戦争が勃発し、さらに中国軍も参戦した。これにより、米国は一気に共産国に脅威を感じた。既に米国は最大の経済大国になっており、世界の警察(軍事大国)を自負するようになっていた。

やがてベトナム北部から独立の戦火が広まり、1954年、フランスは敗退します。これにはソ連と中国の武器援助が効いていました。翌年、ベトナム南部で別の政権が独立宣言をしますが、これはフランス政策を引き継いだ米国の傀儡政権でした。その後、米国は約束の南北統一選挙を反故にし南北分断を確定し、南ベトナム政府に経済と軍事援助を行い始めます。この政策は共産圏封じ込め戦略(ドミノ理論)によるもので、代々の大統領に引き継がれて行ったのです。やがて軍事援助は増大し、1965年ハノイ爆撃開始、1969年の同盟国による派遣軍は55万人に膨れ上がりました。

On the other hand, the southern puppet government killed hundreds of thousands of people who demand north-south unification using the secret police.

Also after that, the southern political power repeated decomposition and autocracy, and was disliked by the public.

In this way, Viet Cong who aims at release of South Vietnam was born from South Vietnam in 1960.

North Vietnam and Viet Cong connect an alliance, and hold bushfighting in a jungle.

The South Vietnam government troops and the U.S. allied forces fought against it.

The U.S. forces became an uphill battle.  With the napalm bomb and the defoliant, burned jungle and weeded until nothing.

It was ineffective, one part of the U.S. soldier who became mentally cornered burned down the whole village, and killed all people.

 

一方、南の傀儡政権は秘密警察を使って南北統一を要求する人々を数十万人にも殺しました。その後も南の政権は代替わりしても腐敗と独裁を繰り返し民衆から嫌われていました。こうして1960年、南ベトナムの解放を目指すベトコンが南ベトナムから生まれたのです。

北ベトナムとベトコンは同盟を結び、ジャングルでゲリラ戦を行います。それを南ベトナム政府軍と米国同盟軍が掃討することになります。米軍はゲリラに苦戦した。米軍はジャングルをナパーム弾と枯れ葉剤で焼き尽くし除草しました。それでも効果は上がらず、精神的に追い詰められた米軍兵士には、村ごと焼き払い、村民を虐殺する者も出て来ました。

反戦デモ,A U.S. ,antiwar demonstration 

< A U.S. antiwar demonstration >

Although the Vietnam War had repeated alternation between advance and retreat, the President was not able to back out from war.

Since 1964, an antiwar demonstration broke out all over the world as the miserable situation or increase of the U.S. soldier’s dead is found in Vietnam.

The U.S. Forces had spent 60,000 dead persons of the U.S. soldier, and the immense cost of war (equivalent to GDP of Japan for 1970 years), with no victorious prospect.

In 1969, when a slaughter case in the My Lai village was reported to the world, the greatest antiwar demonstration in the U.S became 1 million people.

President Nixon is the 4th President from a war start, and He made the war finish.

 

ニクソンと毛沢東の会談,The talk between Nixon and Mao Tse-Tung

< The talk between Nixon and Mao Tse-Tung > 

Nixon immediately visited China and the Soviet Union in February and May 1972.

He thawed “fear and hostility between liberalism and communism” in an moment.

In 1973, the U.S. and Vietnam became the end of the war.

Then, the liberation army attacked Saigon, the capital of South Vietnam, the war of independence ended here, and north and south were unified. 

 

Next time, we find how the military leader of the both countries made war escalate at the time of the Vietnam War.   

 

ベトナム戦争は一進一退を繰り返していましたが、大統領は戦争から手を引くことが出来ませんでした。

1964年以降、ベトナムでの悲惨な状況や米兵の死者増が知れ渡ると、世界中で反戦デモが起きるようになります。

こうして米軍は勝利の目途も立たないまま、米兵の死者6万人、莫大な戦費(70年の日本のGDPに相当)を費やしていた。1969年、ソンミ村での虐殺事件が世界に報道されるや、米国の反戦運動は最大の百万人のデモになった。ニクソン大統領は、戦争開始から4人目の大統領で幕引きを行った。1972年2月と5月、電撃的に中国とソ連を訪問し、「自由主義と共産主義間の恐怖と敵意」を一瞬にして氷解させた。これにより73年のパリ和平協定へと進んだ。

1973年、米国とベトナムは終戦となった。その後、解放軍が南ベトナムの首都サイゴンを攻略し、ここに独立戦争が終結し、南北が統一された。

 

次回は、ベトナム戦争当時の両国の軍事責任者が如何に戦争をエスカレートさせたかを見ます。

 

 

 

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