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フランスを巡って 27: アルザスに想う


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今回で、アルザス地方と諸都市の紹介を終わります。

私はこの地を旅して強く印象付けられたことがある。

この地の人々の暮らしに私は平和な世界が来ることを確信した。

 

 

 

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< 2. アルザスの地図、上が真北です >

 

上の地図: アルザスは赤線と東側の国境線で囲まれたところです。

フランスの東端にあり、ドイツとスイスに国境を接している。

赤丸はストラスブールとコルマールです。

 

ドイツとの国境を流れるライン川は交易を発展させ、その流域に石炭や鉄鋼の産地が連なり、産業を発展させた。

一方で、このことが絶え間ない国境紛争をもたらした。

 

下の地図: 赤丸はストラスブール、リグヴィル、コルマールを示す。

今回紹介する写真は、すべてストラスブール、リグヴィル、コルマール間のバスの車窓からの景色です。

 

 

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< 8. リクヴィル近くの村 >

 

 

 

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< 9.ヴォージュ山脈の裾野からドイツ側を望む >

 

この三枚の写真はリクヴィルを発って直ぐのストラスブールに向かう時のもので、東側を見ている。

遠くに黒い森(シュヴァルツヴァルト)が見える。

これはライン川に沿ったドイツ側に160kmほど続く森です。

 

 

 

アルザスの運命

今まで紹介したストラスブールやリグヴィル、コルマールは実に平和そのものでした。

ストラスブールを朝夕散策しても、治安の悪さや、何らかの戦争や憎しみの傷痕などを見ることはなかった。

また多くの人種や移民が共に暮らしている。

 

しかし、かつてのアルザスは際限なく戦乱に巻き込まれ、領主や宗主国が交代した。

簡単に、大きな戦乱と国境の変化を紹介します。

 

 

 

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< 10. 9世紀から11世紀の国境 >

赤の矢印はストラスブールを指す。

 

上の地図: 中部フランク王国(黄着色部)を示す。

紀元前1世紀にはローマ帝国が支配していたが、やがてゲルマン人がやって来てフランク王国を築きました。

そして9世紀に、フランク王国が三つに分割され、アルザスはライン川に沿う南北に延びる中部フランク王国の一部になった。

 

下の地図: 神聖ローマ帝国(赤線で囲まれた紫着色部)を示す。

10世紀になると中部フランク王国は東部フランク王国に吸収され、それが神聖ローマ帝国になり、16世紀まで続くことになった。

 

 

英仏による百年戦争(1337~1453年)の戦場はアルザスとは無縁だった。

しかし、休戦期に解雇された傭兵や敗残兵がアルザスに侵入し略奪した時期が幾度かあった。

 

 

 

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< 11. 宗教改革 >

 

16世紀初頭に始まる宗教改革は全ヨーロッパ、さらには世界に影響を与えた。

しかしその展開は複雑で、多くの戦争を生んだ。

一般には、これはドイツ中部で生まれたキリスト教聖職者ルターが教皇を痛烈に非難したことから始まるとされている。

しかし、その萌芽はヨーロッパ各地で以前から見られた。

 

アルザスが宗教改革と関わるのは、最初期の農民一揆からでした。

上の地図の灰色の部分はアルザスの北方(当時はアルザス)を指し、ここで15世紀末から農民一揆が起こっていた。

1524年になるとドイツの南西部(赤色)でドイツ農民戦争(~1525年)が起こり、瞬く間に、地図の茶色部分に広がり、ストラスブールを含むアルザスも騒乱状態になった。

立ち上がった彼らは、ルターの宗教改革思想を拠り所にしていた。

この2年間で30万人が蜂起し10万人が戦死し虐殺され、アルザスでも10万人が蜂起し3万人が死んだ。

 

この戦乱で、ドイツは疲弊し、帝国自由都市や小領主が衰退し、領邦国家が力もつようになり、領邦国家が次のプロテスタントとカトリック間の戦争を開始した。

これが神聖ローマ帝国内で始まり、やがてヨーロッパを巻き込んだ三十年戦争(1618-1648年)になった。

 

下の地図は1650年における、宗派間の色分けです。

ストラスブールを含む橙色はルター派のプロテスタント、周りを囲む草色はカトリック、下側の肌色はカルヴァン派のプロテスタントです。

 

実は、この後、アルザス一体(フランス東部)の領有権は細切れになり錯綜し、複雑な状況が1634年から1697年まで続きます。

 

一つ目は、1634年、スウェーデンがフランスにアルザスを全委譲した。

これは三十年戦争の間、アルザス(ストラスブールなど)はプロテスタントの雄スウェーデンから軍事援助を受けていたことによる。

 

二つ目は、1648年、三十年戦争の講話条約でアルザスが神聖ローマ帝国内からフランスに割譲された。

 

三つ目は、フランスのルイ14世が領土拡大に乗り出し、1673年、コルマールを奇襲し要塞を解体、1681年、ストラスブールを占拠し、1697年にはアルザス全域がフランス領となった。

 

 

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< 12.フランス革命戦争、1792~1802年 >

 

フランスで1789年に革命が起きると、周辺の王国はフランス王家を守る為に介入も辞さないと宣言した。

これを受けてフランスはオーストリアに宣戦布告し、ついには12ヵ国を相手に戦争することになった。

初期は劣勢であったが、義勇兵の参加と国家総動員などが功を奏し、やがて東方に領土を広げる侵略戦争へと変貌した。

 

上の絵: 初期の闘いでフランス軍が勝利したヴァルミーの戦い。

 

下の地図: フランス革命戦争による領土拡大図の一部。

赤矢印がストラスブール、白矢印がヴァルミー、黄矢印がパリです。

 

この革命と戦争によって、ストラスブールは略奪され、アルザスは荒廃し、数万人が難民となってドイツに流れた。

また軍人が力を持ち、ナポレオンの帝政を招くことになった。

 

 

 

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< 13. 普仏戦争、1870~1871年 >

 

三十年戦争後、神聖ロ―マ帝国は300以上の小国と帝国自由都市の集合体に解体されていたが、19世紀後半にはプロイセン王国がドイツの北方を占め、さらなる領土拡大を目指していた。

フランスはこの挑発に乗って、準備万端のプロイセンに宣戦布告し、一時はパリも占領されるほどの大敗を期した。

こうしてアルザスは隣のロレーヌと共にまたドイツ(プロイセン)に併合された。

 

上の絵: リヒテンベルクへの攻撃。

プロイセンの連合軍がストラスブール近郊の山城を攻撃している。

 

中央の地図: アルザスとロレーヌでの普仏軍の対陣を示す。

赤がフランス軍、灰色の丸がプロイセン連合軍です。

黄矢印がリヒテンベルクです。

 

下の地図: 1871年の領土。

水色がプロイセン連合軍の領土で、アルザスとロレーヌが含まれている。

 

 

 

 

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< 14. 西部戦線、1914~1918年 >

 

第一次世界大戦での西部戦線を示す。

赤線が塹壕のラインで、多くの死者を出したが、ドイツ軍の攻勢を英仏軍がここで防いだ。

ドイツ領であったストラスブールは戦火を免れたと思われる。

 

第一次世界大戦でのドイツの敗戦を受けて、1919年よりアルザスとロレーヌは再びフランス領となった。

 

 

 

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< 15. 第二次世界大戦、1939~1945年 >

 

上の地図: フランス国境の青線がマジノ線です。

これはフランスが対独防衛のため築いた大要塞線で、国境地帯に約400km にわたり建設された。

しかし1940年、赤の矢印の防衛ラインを独軍に突破された。

この時、フランス軍はストラスブールを無人状態で放棄した為、ナチスドイツが占領した。

黄矢印がストラスブール。

 

1945年、敗戦と共に、占領されていたアルザスとロレーヌはまたフランスに戻った。

 

下の写真: ストラスブール北側にあるマジノ線を見る連合軍兵士。

 

 

 

今、想うこと

団体の観光旅行ではあるが、ストラスブールやアルザスの他の町も出来る限り見て廻ったつもりです。

しかし、戦争の爪痕やフランスとドイツ両民族の軋轢を感じるものはなかった。

 

この地をよく案内している添乗員と日本人の現地ガイドに、ストラスブールやアルザスでの両民族の仲違いについて聞いた。

しかし二人共、まったくそんな事は聞いたことが無いと明言した。

まったく私の質問が的外れだった。

 

既に見たように、アルザスとストラスブールは数多くの戦火、混乱、破壊、略奪、殺戮に苛まれ、その後は民族や言語が異なる国家に組み込まれて来た。

特にドイツ圏とフランス圏とは幾度も入れ替わった。

 

アルザスは17世紀中頃までドイツ圏に属していたので、ドイツ圏の文化(家屋)や言語(アルザス語を併用)が根付いている。

おそらく食事もだろう。

 

それにしても、ドイツへの帰属願いや分離独立、ドイツ系とフランス系の人々にいがみ合いの無いのが不思議です。

傍から見る分には、年月が互いの不和を洗い流したゆえか、はたまたフランスが適切な融和策を執ったゆえか、どちらか分からない。

ストラスブールには欧州議会、欧州評議会、欧州人権裁判所、欧州合同軍の本部が置かれており、欧州統合の象徴であり中心と言える。

 

少なくとも言えることは、これだけの憎しみを生んだ苦難を経験しても、何事もなかったように平和に暮らせることです。

 

ただ心残りは、市民がどのように平和を紡いで来たのが分からなかったことです。

それでも私は、一つの大きな旅行の目的を果たしてほっとしている。

旅は素晴らしい!!

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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何か変ですよ! 61: よくあるタカ派礼賛


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今回は、経済学者の惜しい勘違いを御紹介します。

共著「世界経済の勝者と敗者」での浜田先生のお言葉です。

なんとゲーム理論を使ってタカ派こそが中国を制すると説いています。

 

 

浜田先生のお言葉

この本の最後に、『コラム 中国編: 「ゲーム理論」から考える中国との向き合い方』があります。(216~219頁)

 

僭越ながら抜粋要約します。

 

危なっかしい中国と付き合うには、囚人のジレンマ(ゲーム理論の一つ、注釈1)によるコンピューターシュミレーションの結果(注釈2)を援用することです。

つまり「しっぺ返し戦略」が最良なのです。

これは最初は相手を信頼して協力しあうのだが、相手が裏切って敵対してきたら、確実にやり返す戦略です。

この点、タカ派の安部首相が最適です。

 

またニクソン大統領は電撃的に中国と和解した。

さらにレーガン大統領も冷戦を終結させた。

この二人もタカ派(共和党)でした。

 

私はこれを読んで、やはり安部首相の側近になる人は凄いなと感心した。

しかし、著名な先生の発言だけに悪影響が大きいので、少し誤解を解きたいと思います。

 

 

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「しっぺ返し戦略」引用のおもしろさ

これは動物行動がどうして進化したかを知るには面白いテーマで、かつ有名です。

しかし知ったかぶりの都合の良い御説はいただけません。

 

この手の実験は、コンピューター上の行動が実際の個人や社会と異なり、相手の行動を予測したり学習出来るのか、また協力した時の利益と裏切られた時の不利益の配分が問題になります。

例えば、不利益は単に利益が減るだけなのか、極論すれば1回でも裏切られれば死を意味するかなどです。

とりあえず、一国の外交戦略に即使えるものではありません。

 

しかし、この手の多くの実験や理論から動物や人間行動(利他行動、同胞愛)の進化などがある程度説明出来ることも事実です。

 

ここでは長谷川寿一著「進化と人間行動」(2000年刊)から、この「しっぺ返し戦略」の解説を一部引用します。

 

「しっぺ返し戦略」は、「上品さ」(何はともあれ初回は協力する)、「短気さ」(やられたらすかさずやりかえす)、「寛容さ」(古い過去にとらわれず、相手が協力に出たら、すぐに協力する)、「わかりやすさ」(単純である)という特徴を備えています。

人間社会でも、これらのキャラクターを兼ね備えていれば、つきあう相手として皆に好かれるでしょう。

「しっぺ返し戦略」に限らず、上位を占めたコンピュータープログラムの特徴は、基本的に「協力」的な(少なくとも初回は「協力」から入る)ものでした。

 

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これらの研究から得られたメッセージは、互いに何度もつき合いを続けていくような関係においては、協力行動は遺伝的に進化し得るということです。

つまり、社会生活を送るのが常であるような動物には、「他個体によくする」という行動が進化し、それを引き起こすような心理メカニズムが存在するだろうということです。

 

素人の浜田先生と専門の長谷川先生の違いはどうでしょうか?

まったく正反対の解釈に思えます。

おそらく、浜田先生は右翼の心性をお持ちか、その手の解釈を教条的に受け入れているだけなのでしょう。

この手の人は、どうしても強い者や力で抑えること、未知の者を敵視する傾向が強い。

この人に悪意は無く、軽い気持ちで都合の良い引用しただけなのだろう。

 

 

多くの研究(注釈3)では、動物の進化と共にタカ派的な行動(裏切りや攻撃が主な行動)を緩和するハト派的な行動(思いやりや協力が主な行動)が発展して来たことが知られています。

単純に言えば、タカ派的な行動が社会を覆ってしまえば、その成員は生命の危機を招き、社会は利益を減らし、発展出来なくなります。

 

私が驚いたのは、本の最後に安部さんを讃えるために、このテーマを取り上げていることでした。

経済学は財の数量を扱うものであり、財を扱う人々の心理を扱うのは苦手だと思うが、これはお粗末な人間理解です。

実は、経済を動かし、バブルを生み出しているのは合理的でないアニマルスピリットなのです。

これを扱えてこそ、浜田先生は本当の経済の指南役になれるでしょう。

是非とも精進して欲しいものです。

 

 

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事実は奇なり

浜田先生の御説は危なっかしいが、本来、この手の研究(注釈3)は私達に社会や人間への正しい理解を与えてくれています。

 

数多くの中から二つ重要な知見を紹介します。

 

動物は弱肉強食の世界だと一般に強く信じられていますが、儀式的な闘争(儀闘)が進化し、無駄な争いを防いでいます。

よく知られているように、鮎やライオンなどは同種の相手が縄張りに侵入した時、徹底的に殺し合うことをしません。

基本的に威嚇で始まり、優劣が決まればそこで止めます。

それ以上に進むこともありますが。

詳しくは「心の起源 連載8」に説明があります。

残念ながら、チンパンジーや人類の方が弱肉強食(残酷)になる場合があります。

 

社会心理学にトラッキング・ゲームがあります。

これは競争(脅迫)と協力(譲歩)のどちらが社会全体に利益をもたらすかを教えてくれています。

 

 

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< 4. トラッキング・ゲームの図 >

 

この社会実験は二人がA社とB社に別れ、自社のトラックで自社の出発点から目的地へ、多くの荷物を運ぶのが目的です。

曲線の道は時間がかかり過ぎるので、真ん中の直線道路を使うと早く運べるのですが、相手のトラックの通行をコントロールゲートで止めることが出来ます。

但し、相談は出来ません。

 

多くの実験をした結果、二つのゲートが無い場合は、直線道路の前で譲り合う人がいると、共に多くの荷物を運べました。

しかし、ゲートを設けた途端に二人の運べる荷物の総量は極端に減りました。

 

つまり、互いに相手の足を引っ張り合いを始め、激化し自滅したのです。

これは、如何に「競争関係」より「信頼関係」を築くことの方が得策かを示し、人は「脅迫(軍備)」の力を持つと簡単に自滅してしまうことを教えてくれています。

 

 

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浜田先生の歴史観のおもしろさ

彼はニクソン大統領とレーガン大統領の功績を讃えていました。

確かに、否定は出来ないが、単純で一方的過ぎます。

つまり、相手の存在と歴史の流れをあまりにも無視し、ここでも我田引水なのです。

 

冷戦終結は、レーガン大統領の功績だと喧伝されているのは事実です。

しかし、少し考えれば疑問が湧くはずです。

 

レーガンが大統領になったのは1981年でした。

一方、ゴルバチョフの書記長は就任こそ1985年でしたが、1978年頃から中央で改革を主導し頭角を現していた。

また彼は書記長就任の年、外相にシェワルナゼを抜擢していた。

 

そして1987年、大統領と書記長が「中距離核戦力全廃条約」に調印し、冷戦が終息に向かった。

大統領の圧力(スターウォーズ)と言うより、既にソ連内部に変革の兆しがあり、書記長と外相の融和的な方針が功を奏したように思える。注釈4.

また冷戦の軍拡競争によるソ連の経済疲弊や米ソの軍縮は以前から進んでいた。

 

 

1972年2月のニクソン大統領の電撃的な中国訪問は驚きでした。

 

これにはキッシンジャーの活躍もあるが、やはりここでも中国の周恩来の存在が重要です。

この年の9月には、彼は早くも田中角栄と日中共同声明を調印しているのです。

周恩来の融和的な姿勢が無ければ不可能だった。

また1971年、対米強硬派(タカ派)の林彪が死亡したことも幸いしている。

 

こうしてみると、ソ連と中国のハト派の貢献が浮かび上がり、浜田先生のタカ派絶賛は怪しくなりました。

要は、身びいきが過ぎると言うことでしょうか。

 

成功のポイントは、タカ派二人の大統領の交渉意思と、相手国のハト派二人のトップの存在があってこそなのです。

もしも、両国がタカ派同士、ハト派同士であればどうなっていたでしょうか?

一方だけを強調するのは、よくある右派と左派の言説で、注意が必要です。

 

 

最後に

せっかく愉しみに買ったクルーグマン共著の「世界経済の勝者と敗者」でしたが、先に結論辺りから読んだのが悪かった。

興覚めです。

諦めないで、また初めから読むつもりですが。

 

 

 

 

注釈1.

二人の間で、共に協力する方が多くの利益を得ることが分かっていても、相手の行動が予測できない時、協力しない方が確実に少しの利益を得る状況では互いに協力しなくなる、というジレンマを指す。

 

注釈2.

1980年、米国の政治学者ロバート・アクセルロッドが、様々な研究者からゲーム戦略を募集し、コンピュータープログラムで総当たり対戦を行った。

そして様々な戦略の中から「しっぺ返し戦略」が最高得点を取って優勝した。

 

注釈3.

動物行動学、ゲーム理論、進化心理学、進化生物学、社会心理学など。

このジャンルの本を推奨します。

「生物の社会進化」ロバート・トリヴァース著、産業図書:難しいが驚くべき慧眼です。

「共感の時代へ」フランスア・ドゥ・ヴァール著、紀伊国屋書店: 動物の愛に涙します。目からうろこです。

「進化の人間行動」長谷川寿一著、東京大学出版会: 大学のテキスト。全体像がわかる。

「社会心理学キーワード」山岸俊男著、有斐閣: 要領よくまとまっている。

 

注釈4.

創元社刊「世界の歴史10」J.M.ロバーツ著。

p186~188に、似たような記載があります。

 

 

 

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デマ、偏見、盲点 18: 左翼と右翼の戦争


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今回は、右翼と左翼が思い描く戦争を通して、戦争の危うさを考えます。

ここで指す右翼とは、右翼寄りの人、右傾化した人も含み、左翼も同様です。

 

 

はじめに

先日、私がトランプ大統領の指南役スティーブン・バノンのことを話していたら、思わぬ問がありました。

 

今回のトランプ大統領誕生の最大の功労者はバノンで、彼がいなくては大統領は人気を博すスピーチも政策立案もままならなかったでしょう。

このバノンは政治に強い関心を持ち、右翼のオンラインニュースを立ちあげていた。

彼が目指したの、ホワイトハウスとエスタブリッシメント(支配層)を破壊することで一種のクーデターであり、実現の為にトランプを祭り上げた。

その理由は、現状の腐敗し体たらくなホワイトハウスでは第三次世界大戦を凌ぐことが出来ないと考えたからでした。

 

ここまで説明すると、ある人が「右翼は戦争をしたがる筈なのに?」と言って腑に落ちないようでした。

 

この問には、右翼と戦争に対する誤解がある。

 

それでは皆さん、右翼と左翼どちらが戦争をするのでしょうか? 注釈1.

 

左翼は、右翼こそが軍隊と戦争を望むと信じているようです。

逆に右翼は、左翼こそが暴力を容認し、一方で負け犬になると信じているようです。

 

 

 

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この見方は正しいのでしょうか?

右翼の中には、ヒトラーが社会主義者だから、極悪な戦争を始めたと信じている人がいる。

一つには、ナチスが「国家社会主義ドイツ労働者党」の略称だからでしょう。

歴史を知れば、彼は国粋主義者(ファシスト)で右翼だとわかるはずです。

 

それでは日本が満州事変へと突き進んだ1930年代、この大陸進攻を牽引したのは社会主義者か国粋主義者のどちらでしょう。

牽引した多くは軍人でした。

 

これらの解釈に混同があるのは、偏ったマスコミや言論などの影響が大きい。

端的な例として、満州事変が始まる前、売り上の上位は朝日と毎日で、読売はかなり少なかった。

しかし、事変が始まると他社より遥かに売上を急伸させたのは読売新聞でした。

朝日や毎日も売り上げを伸ばしてはいたが。

これは読売が最も戦争に反対していたからでしょうか?

 

この手の勘違いは、熟慮せずに心地良い説に飛びついたからなのですが、実は、ここに右翼の心性があるのです。

当然、左翼の心性もあります。

後に、両者の心性について解説します。

 

 

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米国の戦争を振り返り、右翼と左翼の違いをみます

軍事大国の米国で、民主党と共和党のどちらがより戦争をしていると思いますか?

 

主な戦争を始めた政党と大統領を挙げます。

開戦には複雑な経緯があるのですが簡略化しています。

 

南北戦争はリンカーン(共和党)。

第一次世界大戦(ウイルソン)と第二次世界大戦(ルーズベルト)は民主党。

朝鮮戦争は民主党。

ベトナム戦争はケネディー(民主党)。

コソボ紛争への介入はクリントン(民主党)。

湾岸戦争とイラク戦争はブッシュ親子(共和党)。

 

こうして見ると、ハト派と見做されている民主党の方が、大きな戦争に加担し、多くの死者を出している。

 

皆さんは、民主党と共和党の戦争に違いがあると思いますか?

一般には以下のように言われている。

民主党は、世界の平和や人権を守る為に、他国に介入し戦争も行う。

共和党は、他国への介入を避けるが、自国の主義や権益擁護の為には断固戦う。

 

それではこれら戦争を簡単に検討します。

*南北戦争で決着をつけたからこそ、国の分裂を防いだと信じらている。

*二度の世界大戦と朝鮮戦争への参戦、コソボ紛争介入がなければ、より酷い状況になった可能性がある。

*ベトナム戦争とイラク戦争は誤解に基づいた開戦で、より酷い結果を招いたと言える。

*湾岸戦争は予防的な開戦で、不要だった可能性がある。

(これら戦争には、参戦や開戦、介入の是非を巡りいまだに賛否両論がある。)

 

これらの戦争は、2度の世界大戦以外、自国が攻撃されたから反撃したのではなかった。

つまり、自己防衛ではなく、同盟傘下の保護または予防的な戦争と言える。

これには放置すればいつか自国に悪影響が及ぶかもしれないので、早めに叩かなければならないとの思惑がある。

当然、米国は世界や自国の安全保障の為に戦争を始めたと言うでしょうが。

 

つまり、右翼(共和党)も左翼(民主党)も戦争を行うのです。

どうしても軍事大国になると安易に戦争を始めやすい。

 

 

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予防的な戦争について知っておくことがあります

予防的な戦争が許されないのは当然ですが、実は無視してはならない歴史的教訓があります。

 

ヒトラーがドイツで台頭し始めた時、周辺国では宥和策をとりました。

(日本はドイツと共に戦ったので別です。)

目立つのは米国のケネディ―大使(大統領の父)、英国のチェンバレン首相、そして隣国フランスです。

彼らは戦争を避ける手段として相手を刺激しない、または同じ独裁者ならスターリンを倒してくれるヒトラーを選んだのです。

しかしこれは間違いでした。

 

やがて英国で、軍人出身のチャーチルがヒトラーとの抗戦を表明した。

さらに米国のルーズベルトは米国民の厭戦気分を押して、参戦に持っていった。

こうして多大な犠牲を払ったが、世界が協力してドイツと日本の進攻を挫くことが出来た。

 

このことから、侵略軍を撃退出来る体制作り(軍備など)や心づもりは必要だと言えます。

とは言え、それほど単純ではなく、周辺諸国との軍拡競争を招く危険があります。

 

これと逆のケースがベトナム戦争です。

朝鮮戦争を経験した米国は、共産勢力を恐れ、南ベトナムで過剰防衛(予防的な戦争)に走り、ベトナム戦争に踏み切ったと言える。

 

この二つのケースは、過去の悲惨な戦争の経験や恐怖が尾を引き、リーダーや世論が選択を誤った例です。

 

ハト派的な宥和策もタカ派的な強硬策も共に巨大な戦争を招いたのです。

 

 

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右翼と左翼の心性とは何か?

右翼の心性には、見知らぬに他者への著しい恐怖心があるようです。

私が外国旅行をすると言えば、右翼の人ほど、現地(イスラム圏や韓国など)に不安を感じるようです。

これは彼らが偏見を煽るマスコミに影響されていることもあるが、やはり未知のものや他人に強い恐怖心や不安感を持つことにある。

 

一方、左翼の心性には、他者への不安感が少なく友情すら築けると思うようです。

一見、良いように聞こえるが、うがった見方をすれば甘い理想家とも言えます。

 

この両極端の心性が社会の変化に感応し、真逆のマスコミや言論界に共鳴し、益々偏りを深めることになる。

 

本来、この二つの心性は一人一人の脳内に共存しています。

 

未知のものに楽天的で、チャレンジする心性と、未知のものを恐れ、慎重に対処する心性は、人類が進化する過程で獲得したもっとも重要な相反する二つの能力です。

この二つの心性が、各人の生育過程で脳内ホルモンの分泌や左脳右脳の連携機能の発達具合により、人類の平均値よりそれぞれ一方に偏ってしまうのです。

 

願わくは、両方がうまく相乗効果を発揮すれば良いのですが。

もしかすると、この心性が年齢や男女差で異なり、ばらついていることが人類の発展と安全を生み出しているのかもしれません。

安心はできませんが。

 

ここで注意が必要なのは、左翼や右翼と呼ばれる人々が、本当にこの心性を有しているとは限らないことです。

例えば、一方に属すことにより得失がある場合などです。注釈2.

 

 

ここで簡単なシミュレーションをしてみましょう 注釈3.

敵対しつつある二つの軍事大国を考えます。

 

ここでは両者の心性の動きを中心に考えます。

それぞれの国が極端な右翼や左翼に支配されていればどうなるでしょうか?

 

一番分かり易いのは、両国が極端な左翼(ハト派)に支配されている場合でしょう。

おそらく宥和策が図られ、軍事衝突は遠のくでしょう。

 

次いで、両国が極端な右翼(タカ派)に支配されている場合はどうでしょうか。

これも単純明快でしょう。

互いに猛烈な恐怖心を抱き、宥和策を取れず疑心暗鬼に陥り、ついには軍拡競争、衝突に進むでしょう。

 

最後に、右翼が支配する国と左翼が支配する国が対峙している場合はどうでしょうか。

うぅ・・・・・・、難しい。

 

ヒントは、それぞれの国に左翼寄りと右翼寄りの心性を持った国民が同数いることです。(小さな集団は別にして、人類全体で見ると心性をもたらす能力は正規分布している)

右翼支配の国は不安を感じないが、左翼支配の国にやがて変化が起きるでしょう。

左翼支配の国民と言えども、右翼支配の国に恐怖心を抱き、急速に右傾化していくことになります。

こうなると結局、両国は共鳴するように軍拡競争を始め、衝突の可能性が高まるでしょう。

 

戦史を見ると、適切な政治文化と優れたリーダーに恵まれない多くの国が、この悲惨な状態に陥るのです。

 

元来、相手が本当にハト派だとか、タカ派だとか、軍事力が同等かを見定めるのは困難です。

現在は、地球全体が監視され、また以前に比べて互いの国情をより知ることが出来るようになっている。

しかし、それでも自国の政府やマスコミに報道の制限や偏向があるので、正しい情報が国民に伝わるとは言い難い。

 

 

要点はこうです。

 

一つは、互いが疑心暗鬼になり牽制を始めると、益々、亀裂は深まり、やがて軍拡競争、衝突につながる。

単純に、一国の過大な軍備は危険因子になる。

 

一つは、上記の過程が、外界に対する恐怖心の高まりを受けて、一気に加速する。

この恐怖心を強く抱き、牽制すべしと行動させるのが右翼の心性です。

 

一つは、互いの国情と内情を正確に把握できない為に、疑心暗鬼が増幅される。

これを防ぐにはひとえに国民の知る権利が守られることであり、特に為政者にとって都合の悪い情報を捏造・隠ぺいする政府と偏向したマスコミの存在が危険です。

 

 

 

6

*6

 

まとめ

これまで検討して来たことを整理しましょう。

 

*過大な軍事力は戦争を招きやすい。

 

*侵略に対する備えは必要ですが、軍拡競争や軍事大国化への注意が必要。

説明は省きますが、今後、世界は新たな防衛体制に進むことになるでしょう。

 

*極端な宥和策も強硬策も戦争を招きやすい。

 

*恐怖が高まると右傾化が興り、疑心暗鬼、軍拡競争へと進み、戦争を招きやすい。

だからと言って単純に左翼だから安全、右翼だから危険とは言えいない。

 

*国内外の情報が正確に素早く伝わることで疑心暗鬼を抑え、戦争の誘発を避けることが出来る。

 

 

追記

上記のことを踏まえれば、右翼を自認し挙動不審な現首相に憲法改正や軍事を任せることは、戦争の危機を高めることになるでしょう。

 

 

 

注釈1.

左翼と右翼の明確な区別や定義は複雑ですが、ここでは簡単に、左翼は革新、リベラル、ハト派で、右翼は保守、ナショナリズム、タカ派としておきます。

 

元来、左翼と右翼の意味は時代や社会で変化します。

各人が左翼的か右翼的となるのは、個人の心理的、文化的、政治的、社会的、思想的な背景、それに加えてマスコミ、言論界など多彩な影響によります。

一言で言えば、多くの人は属している社会とムードで両端に振れることになる。

 

注釈2.

共産主義の中国上層部や軍部には右翼の心性を持った人が多いはずです。

特に保守的な傾向を持つからこそ出世出来るはずです。

例えば、右翼的な教育を目指す学校建設を謳えば政府からの支援があるような場合などです。

 

注釈3.

この説明は、「互いを牽制することが如何に状況を悪化させるか」の社会学的実験の結果、脳科学の知見を参考に書いています。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 80: At the end


中東に平和を! 80: 終わりに 

1

*1
A year has passed since I started this series.
I write a summary and impressions at the end.
この連載を始めて1年が過ぎました。
終えるにあたり、まとめと感想を記します。

 

2

*2

Contents

1. At the start
2. What do I aim at?
3. About the Middle East and Arab
4. Outline of conflicts in the Middle East
5. Outline of conflicts in the Middle East 2
6. A popular book 1
7. A popular book 2
8. Seeing the Middle East and Arab world in films 1: The beginning
9. Seeing the Middle East and Arab world in films 2: Lawrence of Arabia
10.Seeing the Middle East and Arab world in films 3: Schindler’s List
11.Seeing the Middle East and Arab world in films 4: The Four Feathers
12.Seeing the Middle East and Arab world in films 5: The Wind and the Lion
13.Seeing the Middle East and Arab world in films 6: The historical backdrop
14.Seeing the Middle East and Arab world in films 7: Terraferma
15.Seeing the Middle East and Arab world in films 8: Refugee issue 1
16.Seeing the Middle East and Arab world in films 9: Refugee issue 2
17.Seeing the Middle East and Arab world in films 10: the other son
18.Seeing the Middle East and Arab world in films 11: Israeli-Palestinian conflict 1
19.Israeli-Palestinian conflict 1: voices of the young 1
20.Israeli-Palestinian conflict 2: voices of the young 2
21.about terrorism 1 : at the beginning
22.about terrorism 2 : an assassination
23.about terrorism 3 : the background 1
24.about terrorism 4 : the background 2
25.about terrorism 5 : Various assassination
26.about terrorism 6 : maneuver secretly in Mossad
27.about terrorism 7 : Love and hate of Mossad
28.about terrorism 8 : terrorists and a conscientious objector
29.about terrorism 9 : Two combatants
30.about terrorism 10 : fight of believer
31.chain of retaliation 1 : in the end
32.chain of retaliation 2 : What is bad?
33.chain of retaliation 3 : in Syria and Lebanon
34.chain of retaliation 4 : Israel and Palestinian 1
35.chain of retaliation 5 : Israel and Palestinian 2
36.I beg a favor of you.
37.Thank for your answers.
38.chain of retaliation 6 : the intifada
39.chain of retaliation 7 : the Middle East war
40.chain of retaliation 8 : Why the Middle East war began? 1
41.chain of retaliation 9 : Why the Middle East war began? 2
42.What is the cause ?
43.What is the cause ? 2
44.What is the cause ? 3
45.Now, something I think. 1
46.Now, something I think. 2
47.religion and persecution 1: at the beginning
48.religion and persecution 2: Prejudice against Islam
49.religion and persecution 3: Persecution of Jewish people 1
50.religion and persecution 4: Persecution of Jewish people 2
51.religion and persecution 5: Persecution of Jewish people 3
52.religion and persecution 6: Persecution of Jewish people 4
53.when religions were born 1: preface
54.when religions were born 2: Judaism
55.when religions were born 3: Christianity
56.when religions were born 4: Buddhism
57.when religions were born 5: Confucianism
58.when religions were born 6: Islam 1
59.when religions were born 7: Islam 2
60.when religions were born 8: concluding section
61.Religion and Politics 1
62.Religion and Politics 2
63.Why was it exhausted ? 1: Introduction
64.Why was it exhausted ? 2: selfishness of major nations and multinationals
65.Why was it exhausted ? 3: Why is the selfishness permissible?
66.Why was it exhausted ? 4: When do major nations become selfishness?
67.Why was it exhausted ? 5: History repeats itself
68.Why was it exhausted ? 6: The period background of imperialism 1
69.Why was it exhausted ? 7: The period background of imperialism 2
70.Why was it exhausted ? 8: The mentality of the imperialism 1
71.Why was it exhausted ? 9: The mentality of the imperialism 2
72.Why was it exhausted ? 10: When did the world stand at a crossroad? 1
73.Why was it exhausted ? 11: When did the world stand at a crossroad? 2
74.Why was it exhausted ? 12: When did the world stand at a crossroad? 3
75.Why was it exhausted ? 13: What happened in Congo ? 1
76.Why was it exhausted ? 14: What happened in Congo ? 2
77.Why was it exhausted ? 15: What happened in Congo ? 3
78.Why was it exhausted ? 16: What happened in Congo ? 4
79.Why was it exhausted ? 17: What happened in Congo ? 5
80.At the end

 

目次

1.はじめに
2.私が目指すこと
3.中東とアラブについて
4.中東の紛争のあらまし 1
5.中東の紛争のあらまし 2
6.人気がある本 1
7.人気がある本 2
8.映画に見る中東とアラブ世界 1: はじめに
9.映画に見る中東とアラブ世界 2: アラビアのロレンス
10.映画に見る中東とアラブ世界 3: シンドラーのリスト
11.映画に見る中東とアラブ世界 4: サハラに舞う白い羽根
12.映画に見る中東とアラブ世界 5: 風とライオン
13.映画に見る中東とアラブ世界 6: その時代背景
14.映画に見る中東とアラブ世界 7: 海と大陸
15.映画に見る中東とアラブ世界 8: 難民問題 1
16.映画に見る中東とアラブ世界 8: 難民問題 2
17.映画に見る中東とアラブ世界 9: もうひとりの息子
18.映画に見る中東とアラブ世界 11: パレスチナ紛争 1
19.イスラエルとパレスチナの紛争 1: 若者の声 1
20.イスラエルとパレスチナの紛争 2: 若者の声 2
21.テロについて 1: はじめに
22.テロについて 2: ある暗殺
23.テロについて 3: その背景 1
24.テロについて 4: その背景 2
25.テロについて 5: 様々な暗殺
26.テロについて 6: モサドの暗躍
27.テロについて 7: モサドの恩讐
28.テロについて 8: テロ犯と兵役拒否者
29.テロについて 9: 二人の戦闘員
30.テロについて 10: 信者の戦い
31.報復の連鎖 1: その果てに
32.報復の連鎖 2: 何が悪いのか?
33.報復の連鎖 3: シリアとレバノンで
34.報復の連鎖 4: イスラエルとパレスチナ 1
35.報復の連鎖 5: イスラエルとパレスチナ 2
36.お願いがあります
37.ご意見に感謝します
38.報復の連鎖 6: インティファーダ
39.報復の連鎖 7: 中東戦争
40.報復の連鎖 8: なぜ中東戦争は始まったのか? 1
41.報復の連鎖 9: なぜ中東戦争は始まったのか? 2
42.何が原因か? 1
43.何が原因か? 2
44.何が原因か? 3
45.今、思うこと 1
46.今、思うこと 2
47.宗教と迫害 1: はじめに
48.宗教と迫害 2: イスラム教への偏見
49.宗教と迫害 3: ユダヤ人の迫害 1
50.宗教と迫害 4: ユダヤ人の迫害 2
51.宗教と迫害 5: ユダヤ人の迫害 3
52.宗教と迫害 6: ユダヤ人の迫害 4
53.宗教が誕生する時 1: はじめに
54.宗教が誕生する時 2: ユダヤ教
55.宗教が誕生する時 3: キリスト教
56.宗教が誕生する時 4: 仏教
57.宗教が誕生する時 5: 儒教
58.宗教が誕生する時 6: イスラム教 1
59.宗教が誕生する時 7: イスラム教 2
60.宗教が誕生する時 8: 最後に
61.宗教と政治 1
62.宗教と政治 2
63.なぜ疲弊したのか 1: はじめに
64.なぜ疲弊したのか 2: 大国と多国籍企業の身勝手
65.なぜ疲弊したのか 3: なぜ身勝手がまかり通るのか
66.なぜ疲弊したのか 4: 大国が身勝手になる時
67.なぜ疲弊したのか 5: 歴史は繰り返す
68.なぜ疲弊したのか 6: 帝国主義の時代背景 1
69.なぜ疲弊したのか 7: 帝国主義の時代背景 2
70.なぜ疲弊したのか 8: 帝国主義の心性 1
71.なぜ疲弊したのか 9: 帝国主義の心性 2
72.なぜ疲弊したのか 10: 何が岐路になったのか? 1
73.なぜ疲弊したのか 11: 何が岐路になったのか? 2
74.なぜ疲弊したのか 12: 何が岐路になったのか? 3
75.なぜ疲弊したのか 13: コンゴで何があったのか 1
76.なぜ疲弊したのか 14: コンゴで何があったのか 2
77.なぜ疲弊したのか 15: コンゴで何があったのか 3
78.なぜ疲弊したのか 16: コンゴで何があったのか 4
79.なぜ疲弊したのか 17: コンゴで何があったのか 5
80.終わりに

 

3
*3

 

What was I writing about in this series?
I have felt distress at violence of Islamic State (IS), and plight of refugees and Palestine.
Then I got a book criticizing Islamic civilization by Bernard Lewis (annotation 1).
This book was full of contempt but was a bestseller in the United States.
This had showed many people affirm the action of the United States that had plunged the Middle East into confusion, and so I had a sense of crisis.
In it, there is a prejudice of Western civilization (Judaism, Christianity) against Islamic civilization.
So I started this series.

Initially I tried to introduce the present situation in the Middle East and the outline of the colonial era.
Next, I looked for the motives and background of terrorism that prolonged the conflict.
And I looked at a chain of retaliation all over the place.
The chain of retaliation is the most universal mechanism to expand every war.
The hatred producing the retaliation was between tribes and sects, and even between different civilizations and religions.

Then, to search for origin of the hatred between civilizations and the religious persecution, I compared the birth of world religions.
The difference in religion is certainly an origin of the confrontation, but is only a part.

On the other hand, in having examined the history of the Middle East, the colonial domination was understood as the origin of hatred and exhaustion.
If you look at the world, many countries other than the Middle East also are being distressed by conflict, dictatorship and economic downturn.
And, the more harshly a country was treated by the Western colonial domination a century ago, the more likely a country was exhausted.
Even after independence, the conflicts are frequent and prolonged due to the proxy war of the Cold War.

So, I examined the colonial domination.
Why did Western Europe do harsh colonial domination?
Why was the colonial society being exhausted?
Why do the conflict and stagnation continue even after independence?

And today I finish this series.

 
この連載で何を語って来たのか
私は、イスラム国の暴虐、難民とパレスチナの苦境に心を痛めた。
そしてバーナード・ルイスのイスラム文明批判の一冊(注釈1)を手に取った。
この本は侮蔑で溢れていたが、米国でベストセラーでした。
このことは中東を混乱に陥れた米国の行為を肯定するものであり、私は危機感を持った。
そこにはイスラム文明に対する西欧文明(ユダヤ教、キリスト教)の偏見がある。
それで私はこの連載を始めた。

当初、中東の現状と植民地時代の概要を紹介することに努めた。
次いで、紛争を長引かせるテロの動機や背景を探った。
そしておぞましい報復の連鎖に行き着いた。
報復の連鎖は最も普遍的な戦争拡大のメカニズムです。
この報復を生む憎悪は部族と宗派、さらには異なる文明と宗教間にもありました。

そして文明間の憎悪と宗教上の迫害の起源を求めて、世界宗教の誕生を比較した。
宗教の違いは確かに対立の起源だが、一部でしかない。

一方、中東史を調べると憎悪と疲弊の根源に植民地支配があることがわかる。
世界に目をやれば、中東以外に紛争、独裁、経済低迷に喘ぐ国々は非常に多い。
そして、疲弊が酷い国ほど1世紀前、西欧の植民地下で過酷な支配を受けていた。
また独立後も、冷戦の代理戦争などにより紛争が頻発し長引いてる。

そこで、私は植民地支配を調べた。
なぜ西欧は苛烈な植民地支配を行ったのか?
植民地社会はなぜ疲弊し続ける事になったのか?
独立後も、なぜ紛争と低迷が続くのか?

そして今日、この連載を終えます。

 

4

*4

 

Something I think now
I hope that my article solves the misunderstandings about the Middle East and Islam in any way and is useful for the world peace.
Unfortunately, I could not find even a clue for bringing peace in the Middle East.

In the course of this investigation, I lost my energy every time knowing a state of utter confusion.
However, I have continued with the desire to have to avoid the world going this wrong way any more.

In an extreme instance, it can be said that the war and exhaustion of the Middle East began from the colonial domination of Western Europe.
However, we can not say to Western Europe having responsibility for it.

The world must be very peaceful if there aren’t the imperialism and violence of great nation that is continuing even now.
Discrimination emotions and hatred have approved the violence, but this is not limited to Westerners.
My concern is that the pursuit of greed and strong power on the pretext of freedom is increasing momentum.
Forenamed Bernard Lewis justified the military invasion by despising the Islamic world as backward civilization and frail society.
Still, a logic of imperialism continues to live.
Naturally, within a nation ruled by law, this logic is denied, but this trend is increasing momentum, mainly in Europe and the United States.
It is a truly dangerous sign.

At the very least, the Europe and the United States reflect on the past conduct, should stop the invasion and intervention.

On the other hand, there seem to be no way to recover the former colonial society once destroyed.
Have we no choice but to expect a fortuity, passing years, or correspondences changed of great nation?

However, there is a faint hope.

Certainly, humanity has repeated folly, but also produced unexpected solutions.

Buddha led to a freedom from the corrupt politics, Jesus did to it from the invaded and exhausted society, and Mohamed did to it from the society where conflict persisted.
Their behaviors changed the world.

After that, Gandhi in India, Robert Schuman in France (Annotation 2), Reverend King in the United States, Mandela in South Africa, and Shevardnadze in the Soviet Union asked for reconciliation rather than confrontation, and left a mark on the world.

The world is also cooperating with the United Nations (UN), the European Union (EU) and the Convention on Climate Change Framework Convention (COP).

In this greedy world, Medecins Sans Frontieres, Amnesty International and International Consortium of Investigative Journalists (ICIJ) (annotation 3) are working for the Peace and protection of human rights by people’s goodwill and dedication.

 
今、思うこと
私の記事が、少しでも中東とイスラムへの誤解を解き、世界の平和に役立つ事を願います。
残念なことは、中東に平和をもたらす糸口すら見つけることが出来なかったことです。

今回の調査の途中で、私はその混迷の深さに幾度も気力が萎えてしまった。
しかし、これ以上、世界が誤った道を進むことを避けたいとの願いで続けて来ました。

極論すると、中東の戦乱と疲弊は西欧の植民地支配から始まったと言える。
しかし、このことで西欧に責任を取れとは言えない、ましてや今の国民に。

帝国主義と今も続く大国の暴力が無ければ、世界はどれだけ平和だったかと思う。
差別感情と憎悪がこの暴力を容認にしているが、これは西欧人に限ったことではない。
気がかりなのは、自由に名を借りた強欲と強権の追及が勢いを増していることです。
かのバーナード・ルイスはイスラムを遅れた文明、虚弱な社会と侮蔑し、軍事進攻を正当化した。
いまだに、帝国主義の論理が生き続けている。
法治国家内では、当然、この論理は否定されるが、欧米を筆頭にこの風潮が勢いを増している。
まことに危険な兆候です。

せめて欧米と大国は猛省し、侵略や介入を止めるべきだと願うばかりです。

一方、一度破壊されたかつての植民地社会が立ち直る術は見当たらない。
何らかの偶然か、年月か、先進国の対応の変化に期待するしかないのだろうか。
しかし、かすかな希望もある。

確かに、人類は愚行を繰り返して来たが、予想外の解決法も生み出して来た。

釈迦は腐敗した政治から、イエスは侵略され疲弊した社会から、マホメッドは抗争が絶えない社会からの脱却を導いた。
彼らの言動が世界を変えた。

その後も、インドのガンジー、フランスのロベール・シューマン(注釈2)、米国のキング牧師、南アフリカのマンデラ、ソ連のショワルナゼなどが対立ではなく和解の道を求め、偉大な足跡を残した。

また世界は国連(UN)、欧州連合(EU)、気候変動枠組条約締約(COP)で協同するようになった。

この強欲な世界にあって、人々の善意と献身によって国境なき医師団、アムネスティ・インターナショナル、国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)(注釈3)が平和と人権擁護の為に活動している。

 

5

< 5. Please give a donation >
< 5. 募金をお願いします >

 

I hope the world is peaceful.
Until now, thank you from the bottom of my heart for reading my articles.
世界が平和であることを願って終わります。
今まで、拙い連載にお付き合い下さり、心より感謝します.

注釈1.
「イスラム世界はなぜ没落したか?」2003年刊。
著者はユダヤ系で中東史の泰斗であり、ネオコンの思想を支えた。

注釈2.
彼は独仏和解を願い、EUの前身となる欧州石炭鉄鋼共同体の設立に尽力した。

注釈3.
この団体が租税回避を記したパナマ文書を解明し発表した。

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Bring peace to the Middle East! 79: Why was it exhausted ? 17: What happened in Congo ? 5


中東に平和を! 79 なぜ疲弊したのか 17: コンゴで何があったのか 5

 

1

< 1. A movie of Congo Crisis >
< 1.コンゴ動乱の映画 >
We have seen how societies were destroyed by colonization.
Today, we see what happened to the independent Congo.
There was typical mechanism of civil war there.

 

これまで、植民地化によって社会が如何に破壊されるかを見て来ました。
今日は、独立したコンゴに何が起こったかを見ます。
そこには典型的な争乱のメカニズムが働いていました。

 

2

*2

 

Independence and civil war of Congo.
The Congo had been divided and dominated by Belgium and France.
And in 1960, each became an independent nation and now is Democratic Republic of the Congo and Republic of the Congo.
And, Cabinda that an Angolan enclave of Portuguese territory, that was sandwiched between the both Congo nations, also became independent nation along with the home country in 1975.

The beginning took place at the end of the harsh colonial occupation of Belgian Congo.
Christianity had been widespread in this area, and Kimbangu Sect that be fused with an indigenous faith and Christianity had started up in the 1920s.
It prognosticated the Messianic of the Black eventually would destroy the Caucasian, so the resistance movement broadened.
This was oppressed by the government and the Kimbangu died in prison.

From the 1950s, the momentum of independence gradually rose, and Lumumba and Kasa-Vubu began struggle severally.
Meanwhile, the Belgian government and white settlers decided to retreat from the area immediately.

But this was the beginning of the civil war.
At the time of the independence, there was no person that could be responsible for the administration as members of the government, and degree recipients were only 16 people.
Until then, Belgium had done colonial management in their home country, and did not let Africans participate in the politics at all.
In addition, the national economy was held by private companies, and one multinational company accounted for 27% of the country’s national income.

 
コンゴの独立と動乱
コンゴはベルギーとフランスに分割支配されていた。
そして1960年、それぞれが独立し、現在のコンゴ民主共和国とコンゴ共和国に至る。
またポルトガル領のアンゴラの飛び地、両コンゴに挟まれたカビンダも、1975年に本国と共に独立した。

その始まりは、過酷なベルギー領コンゴの末期に起きた。
この地ではキリスト教が根を下ろしており、これと土着信仰を融合させたキンバンギ宗が1920年代に興った。
これは黒人の救世主がやがて白人を打ち滅ぼすとされ、抵抗運動が広がた。
これは政府によって弾圧されキンバンギは獄死した。

50年代より、徐々に独立の機運が盛り上がり、ルムンバとカサブブが別々に独立闘争を開始した。
一方、ベルギー政府と白人入植者達は、この地から即刻手を引くことを決めた。

しかし、これが動乱の始まりでした。
独立時に行政を担える人材は皆無で、学位取得者は16名しかいなかった。
それまで、ベルギーは本国で植民地管理を行い、まったくアフリカ人を政治に参加させていなかった。
国の経済は民間企業に握られており、多国籍企業一社だけで国家収入の27%に達していた。

 

3

< 3. Documentary on Katanga >
< 3.カタンガを描いたドキュメンタリー >

 

Although the Congo became an independence nation by president Kasa-Vubu and prime minister Lumumba, they soon were opposed each other to take priority of which of tribe or integration.
Meanwhile, Tshombe that was supported by Belgium and international capital aiming to secure the mines, declared independence of Katanga.

Belgium intervened militarily on pretense of the suppression, and so the Lumumba requested the United Nations force, but it meant his death.
The UN forces was standing on the Western side and protected the Katanga regime, and so he approached the Soviet Union quickly.
Colonel Mobutu, who been supported by the United Nations and the United States, raised a coup d’etat and the Lumumba was killed.

 
カサブブを大統領、ルムンバを首相とし独立したが、部族優先か統合かで対立した。
一方、鉱山確保を狙ったベルギーと国際資本に支援されたチョンベはカタンガの独立を宣言した。

ベルギーは鎮圧を口実に軍事介入したので、ルムンバは国連軍を要請するが、これが彼の命取りとなった。
国連軍は西欧側に立ちカタンガ政権を保護したので、彼はソ連に急接近した。
そして国連と米国の支援を受けたモブツ大佐がクーデターを起こし、ルムンバは殺された。

 

4
*4

 

Approximately 100,000 people were killed in this Congo Crisis from 1960 to 1965.
The Mobutu became president and reigned as a dictator until 1997.
His accumulated wealth is said to be 600 billion yen, which is equivalent to the country’s external debt.
He defected in the midst of other intense civil war and died in Morocco.

After that, the Congo is caught up in many wars such as civil war or war with neighboring country, due to ethnic conflicts and resource acquisition.
And each time, hundreds of thousands of people were killed, starved to death, became refugees.

 
この1960年から1965年のコンゴ動乱で約10万人が殺された。
モブツは大統領になり1997年まで独裁者として君臨した。
彼の蓄財は国の対外債務に等しい6000億円と言われた。
彼は、後の内戦激化の折に亡命しモロッコで死んだ。

その後も、コンゴは民族対立と資源獲得を巡り、内戦と周辺諸国との戦争に巻き込まれていく。
そして何十万単位で殺され、餓死し、難民が発生している。

 

6a

< 5. A movies on Katanga civil war >
< 5. カタンガ内戦の映画 >
There is certain common mechanisms in this endless wars.

A. Birth of new religion: dissatisfaction toward the colonial domination created religions that had to be competitive with white man’s religion (Christianity).

Christianity was regarded the same as colonial domination, and so the indigenous people asked indigenous faith, Islam or new religion for help, next it led to a massive resistance movement.

B. The atrocity by former colonial master and foreign companies: the former colonial master and foreign companies (international capital, multinational corporations) forever dominate the colony in order to secure interests.

To that end, they don’t hesitate to support the puppet government, dictators, and do coup aid or military intervention.

C. Proxy War of the Cold War: the United States and the Soviet Union carried the military support and military intervention in order to collapse each other’s allies.

Supercountry refuses support unless a small country belongs to the supercountry, and conversely the supercountry counts the small country as enemy when the small country asks for assistance to the other supercountry.
In particular, the United States did this not only to Congo but also Vietnam, Egypt, and Iraq, and has plunged the region into crisis.

In the next time, I end this serialization, “Bring peace to the Middle East! ”

 

この果てしない争乱には共通のメカニズムがある

A. 新興宗教の誕生: 植民地支配への不満は、白人の宗教(キリスト教)に対抗する宗教を生み出した。

キリスト教は白人支配と一体と見なされ、先住民は土着信仰やイスラム教、新興宗教に助けを求め、これは大規模な抵抗運動につながった。

B. 宗主国と海外企業の横暴: かつての宗主国と海外企業(国際資本、多国籍企業)は、権益確保の為に、いつまでも植民地を支配する。

その為には傀儡政権や独裁者の支援、クーデター幇助、軍事介入を辞さない。

C. 代理戦争(冷戦): 米ソは互いに相手の同盟国を潰す為に、軍事支援と軍事介入を行った。

超大国は、ある国が自国の傘下に入らなけらば支援を拒否し、逆に相手国に支援を求めたら敵と見なして来た。
特に米国は、コンゴだけでなくベトナム、エジプト、イラクでもこれを行い、地域を戦乱に陥れた。
次回で、「中東に平和を!」を終了します。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 57: 今ある恐怖 2


1

*1

 

 

前回、米国で何が起きているかを見ました。

今、歴史上初めての変動と繰り返す災厄が力を増しています。

さらに、これらが世界を巻き込み、やがて大きな危機を招く可能性があります。

 

 

2

*2

 

はじめに

前回、指摘した米国で起きている状況を要約します。

 

A: 一部の金融資産家に都合の良い社会が到来しつつある。

 

国の富が彼らに集中し、また政府が彼らを支援することにより、益々、この状況は加速している。

一方、99%の国民は取り残され、政府への不信を高めているが、政治を変える有効な手段を持たない。

 

B: 不満を募らせた国民は益々煽動され易くなっている。

 

政治が国民の不満や不信に対処出来なくなると、国民は勢い短絡的で強権的な解決策に飛びつき始める。

扇動者はスケープゴートを強烈に訴えることで、大半の国民の心を掴むようになった。

 

Aの状況は、ここ30年の間に進行し、加速している。

一方、Bの状況はAによって誘発され、ここ数年で急に表面化した。

 

しかし、この問題は米国内に留まらず、世界を巻き込む大きな危機へと発展している。

 

3

< 3.ダボス会議 >

 

世界で何が起きているのか

私は世界が二つの段階を経て、混乱から危機に突入するように思える。

 

だがその説明の前に、米国で起きている事が世界とどのように関わって来たかを確認します。

 

ここ半世紀、米国が金融の規制緩和を牽引した結果、格差が拡大し続けている。

しかし、自由経済を標榜する国々も同時に熾烈な競争に巻き込まれ、規制緩和に突き進み、同様に格差が拡大している。

 

あたかも1970年代、英米を筆頭に同じ自由経済圏がスタグフレーションに巻き込まれたのと酷似している。

この時は、国民だけでなく、むしろ経済界の方が不満の声を挙げ、各国政府は対策を行ったが、今回は大きく異なる。

今の経済界や政界のエリートは現状に不満を示さず肯定的である。

 

それはなぜなのか?

最も明確な当時との違いは経済が拡大している中で貧富の差が拡大していることです。

この状況は富が集中するエリート(主に金融資産家と一連托生の仲間)にとっては天国だからです。

 

これを示す好例があります。

世界から選ばれた数千名の賢人が毎年集まるダボス会議があります。

ここでは学者やジャーナリスト、経営者、政治家などのトップが一堂に会し、議論を行っています。

しかし、ここから発信されるメッセージは概ね現状に肯定的です。

これは世界に「改革が必要ない」ことを間接的にアピールしているようなものです。

 

かって学者が主導したローマクラブの功績とは似て非なるものです。注釈1.

それもそのはずで、「地球上の富の85%をダボス会議の参加者が握っている」のですから。注釈2.

私は、このサロンに過ぎないエリートの集まりは「不作為の罪」を背負うことになると思う。

このような交流は必要だが富裕層やエリートに役立つだけだろう。

 

つまり、今起きている富が偏在するメカニズムは完全に世界を巻き込み、富の集中を享受する人々によってこのシステムは強化されつつあるのです。

 

 

4

< 4. 右傾化の背景 >

 

何がポイントなのか

グローバル化する世界にあって、自由経済の国が競争に晒されるのは必然です。

従って無為無策で競争を放置(自由に)すれば、経済を通じて社会に歪(失業や格差)が生じるのは当然です。

 

この時、国内の労働者や企業が競争力低位の産業から優位の産業にスムーズに転換出来ればその歪は少なくなるのですが、これがなかなか困難な現状です。

今、フランスや米国で起きている右傾化に賛同する農民や労働者達はこの犠牲者達です。

現在の指導者は、保護主義と自由貿易の板挟みの中で、制度的(規制など)な解決を放棄し、自己責任として労働者を自由競争の中に晒すだけなのです。

これでは世界経済の落ち込みが激しくなると、彼らの怒りは頂点に達するでしょう。

この危ない綱渡り状態が日本も含めた先進国で続いています。

 

自由競争を否定しませんが、違法まがいの弱肉強食により正常な競争が出来なくなっていることが問題なのです。

 

結局、現代のグローバル化した経済では、ほんの一握りの富裕者は益々富み、貧者は益々貧しています。

これは隠しようのない現実ですし、そうならざるを得ない経済的メカニズムが確立し、増殖中なのですから。

この歪は、今は目立たない国でも高進するのは時間の問題です。

 

これは主に、1980年以降の自由経済圏の大国が先導して来た政策によるものです。

この政策とは、グロ―バル化に向けた経済・金融・労働・産業に対する規制緩和、企業・金融・富裕者の活性化と称する減税、貨幣供給量と累積赤字の増大の是認、中央銀行の役割改変などです。

それに比べ、不思議なことに労働者の活性化云々の政策や保護はあまり聞かない。

この関係は複雑ですが、大きな流れは前回説明しました。

幾つかの国(ドイツや北欧など)は、危険を認識してこれらの政策採用を抑制気味だが、巻き込まれつつある。

 

実は、今の富裕者の減税は19世紀まで無税が一般的でしたが、20世紀になると政府が強力に累進課税や規制緩和を国民や国家の為に導入したのです。

ところが国民が浮かれ、よそ見している間に中世の社会に戻ってしまったのです。

 

 

 5

*5

 

これから起きる悲劇とは何か

悲劇の第一段階は、B項の「煽動と右傾化」です。

 

もう既に起きています。

各国で差別的な言動を好む人ほど政府を信任していることからも頷けます。

これは数年前から、日本や欧米などで顕著になっています。

 

国民の不満が高まり、何ら改善出来ない政府への不信感が高まると強権的な解決を望む声が高まります。

そこで不満を上手く操る煽動家の出現となります。

これは歴史的に繰り返されて来たことで、必然と言えます。

 

今は、まだほんの始まりに過ぎない。

例えば、今回、北朝鮮の核実験やミサイル発射は何時から騒がしくなったのか。

それは米国のトランプ大統領の誕生前後からでしょう。

始めは、数匹の狂犬の遠吠えから始まったが、いつの間にか周りを巻きんで大合唱となり、ついには何処かの国の地下鉄まで止まりました。

一方の狂犬は脅しが効いたのですから喜んでいることでしょう。

 

実は、歴史上、戦争の始まりの多くはこのような些細ないがみ合いが嵩じて始まっています。

第二次世界大戦前の独仏の状況がその一例です。

両国は、ライン川を挟んで国土の奪い合いを繰り返していました。

フランスは先の第一次世界大戦に懲りて、ドイツの再軍備防止の為にドイツ経済を困窮させる莫大な賠償金を請求し、また賠償として炭鉱地帯を占領しました。

この手の敗戦国への仕打ちは一般によく行われることでした。

 

しかしこの二つの行為が、間接的にドイツ経済をどん底に突き落とし、ドイツ国民はヒトラーに不満を煽られ、軍事力で反撃することを選択するようになった。

一方、フランスはこれに対抗して右傾化して行きました。

こうしてまたも大戦が短期間のうちに再発した。

 

しかし私が恐れる悲劇は、これだけではありません。

私はまだ世界の良識に希望を持っており、多くの国民が直ちに戦争開始に応じることは無いように思います。

 

それでは何をさらに恐れるのか?

 

 

6

*6

 

 

私が想定する第二段階の悲劇

それは、右傾化とナショナリズムにより各国が交流を断ち始めることです。

つまりグローバル化と反対の方向に進むことです。

この結果、たとえ今すぐの戦争開始を逃れたとしても、最終的に世界は益々、混迷と対立を深め、ついには戦争から逃れられない状況に陥ることになるでしょう。

 

これは既に始まっています。

西欧国内のEU離脱運動の盛り上がりや一部首脳による挑発的で利己的な行動に顕著です。

 

EU離脱は、最も象徴的な例です。

EUは独仏が戦争回避を願って、大戦への反省から奪い合っていた中間地帯の鉱物資源を共有する為に始められたのですから。

EU統合の手法に問題があるにしても、EUの分裂は平和と経済に悪影響を与えることは明らかです。

 

さらに間違いが明確なのは、自国優先の為に各国が保護貿易に走り、世界貿易が縮小し、廻りまわって自国に不況の波がさらに大きくなって返って来たことでした。

第二次世界大戦を世界に拡大させてしまったのは、各国の保護貿易が恐慌の傷をさらに深くしてしまい、日独伊の国民が不満を募らせ扇動者の尻尾に乗ったことにある。

この手の危機の兆しはそれぞれの国内で20年ほど前からあったのですが、独裁と暴発は数年の短期間で決定的なものとなったのです。

このような悲劇を幾度も繰り返す愚は避けたいのもです。

 

益々、世界は経済や軍事、外交などで孤立と対立を深めていくことでしょう。

しかし、これもまだほんの始まりにすぎません。

 

7

*7

 

 

何が恐ろしい結末へと導くのか?

私が恐れるのは、世界の平和と繁栄に最も必要なものが反グローバル化によって破壊されることです。

 

皆さんは、グローバル化こそが金融資本家と多国籍企業の横暴を招き、世界の人々を不幸にしている元凶ではないかと思っているかもしれません。

今まで、私がそのように説明をして来たではないかとお叱りを受けそうです。

半分は正しいのですが、半分は問題があります。

 

例えて言うなら、琵琶湖周辺の人々が川に好き勝手に(自由に)汚水を流し、汚染が酷くなったので琵琶湖に流入する河川を遮断すべしと言っているようなものです。

本来は、すべての人々が汚水の排水規制を守れば済むだけのことなのです。

現在の問題は、この規制が無きに等しい為に起こっているのであり、一部の特権層による規制外しの圧力が世界を席巻していることです。

 

 

少し目先を変えて、以下の困難な問題をどう解決すれば良いか考えてみましょう。

 

A: 枯渇する地球の資源(鉱物、石油、水産農作物、水)の持続的な使用。

B: 北朝鮮やイスラム国(IS)などのテロ国家や組織の抑制・制圧。

C: 地球温暖化の防止。

D: 大国の横暴(軍事行動や占領、経済・金融政策)の制止。

E: 多国籍企業や金融家の横暴(タックスヘイブンやヘッジファンド)の規制と取り締まり。

F: 格差の拡大と富の集中を抑制する世界的な規制と税制。注釈3

D: 移民・難民の発生低減と保護、移住先の摩擦低減。

 

これらは手をこまねいている内に拡大し深刻の度を増しています。

 

例えば、どこかの大統領や首相のように国益を重視し、他国を敵視し、特定の大国との従属を深めるならどうなるでしょうか。

結果は明らかです。

上記7つの問題を解決するどころか、戦争へと発展する危険の方が高いでしょう。注釈4.

 

解決するには何が必要なのでしょうか?

それは世界の国々が等しく協力し合うことです。

解決を遠ざけるものは分裂と対立、そして大国の身勝手です。

 

私の連載「中東に平和を!」で紹介していますが、現在世界中で起きているテロや内紛、難民の多くはここ百数十年間の大国の身勝手に起因しています。

この因果関係と責任問題に関してまだ定説はありませんが。

また嫌われるグローバル化の汚点も、大国の庇護を受けた多国籍企業や金融家の横暴が背景にあります。

この問題が見過ごされるのは、世界が共有出来る法意識が未発達なのと、その形成を妨害する情報秘匿やデマの力が大きい為と考えます。

例えば、タックスヘイブンやヘッジファンドの横暴によって、日常的に世界の庶民は多大な害を受けているにもかかわらず、規制が無いに等しく、増加の一途です。

 

 

平和的に問題を解決する手段は、人類が生み出した民主主義を世界に取り入れる以外に道はない。

益々、地球はあらゆる危機に直面しているのですから。

 

残念ながら、これは非常に難しい。

半世紀前の東京裁判の折、インドのパール判事は、いつか世界が一つになり国家の不正義を裁く時代が来ることを願っていた、しかし、当時はまだ機が熟していないと判断した。注釈5.

「あなた方はいつまで惰眠を貪るのか?」とパール判事は悲しんでいることでしょう。

 

 

しかし皆さん、思い出してください!

世界や国内で格差が拡大し、国民が政府に絶望するようになった理由はどこにあったのでしょうか?

 

答えは先進国で1980年代から加速した富裕層の優遇策でした。

極論すると、それは規制緩和と税制変更が元凶でした。

そしてこれが自由経済圏の先進国から地球全域に蔓延していったのです。

この人間(エリート)が行った制度改悪を、人間(国民)の手でより良い制度に戻せば良いのです。

 

これは、各国が個々に解決出来るものではありません。

幾分はドイツやかつての日本、北欧など幾つかの国は抵抗して来ましたが、グローバル化した現在において無傷で難を逃れることは出来ない。

 

一番、目立たない問題ではあるが放置すると、徐々に世界の傷は深くなり、ついには良識が通用しない社会、衰退する地球になると予想されます。

これも歴史が示すところです。

 

残念なことに、危機を予測出来て解決策が見えても、これを世界が実行出来るかは皆さんの手中にあるとしか言えないのです。

 

 

以上で終わります。

どうもお読みいただきありがとうございました。

 

 

 

 

注釈1.

ローマクラブは当時、科学的に証拠をもって世界の地下資源が数十年後から枯渇し始めると警鐘を鳴らしました。

世界はこれに対応すべく省資源に取り組み、現在、地球の寿命が伸びています。

 

注釈2.

「世界一の会議」、斎藤ウィリアム著、p30より。

 

注釈3.

世界の貧しい下位50%(36億人)の総資産が富豪上位62人の保有資産に匹敵している。注釈2.

 

注釈4.

B項のテロ対策には軍事力が必要ですが、超大国に頼ることのメリットよりも、超大国の身勝手な軍事行動の方がマイナスです。

 

注釈5.

パール判事は当時、事後法の「平和に対する罪」で日本の戦犯を裁く事に反対しましたが、他の戦争犯罪については同意しています。

彼の意見は法律家としては正しい。

彼の意見と思いから学ぶべきは、「平和に対する罪」が裁ける世界になるべきだと言うことだと思います。

 

 

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Bring peace to the Middle East! 77: Why was it exhausted ? 15: What happened in Congo ? 3


中東に平和を! 77 なぜ疲弊したのか 15: コンゴで何があったのか 3

1

< 1. White mercenaries hired by Congo >
< 1. コンゴに雇われた白人傭兵 >
In 1960, although the Congo was able to be independent, it had to go to a road of suffering afterward, too.
I will investigate why the Congo must be exhausted.
That is because the colonial occupation completely destroyed the society.

 

1960年、コンゴは独立したのですがその後も苦難の道を歩みます。
なぜコンゴが疲弊せざるを得なかったのかを探ります。
それは植民地下の仕打ちが、社会を完全に破壊してしまったからです。

 

2

*2

Introduction
Most countries except the West and Japan had become colonies in the last few centuries.
In ancient time, even the West was colonized or was ruled by different ethnic groups.

What of the colonial occupation in these centuries destroyed this society ?
I organize the problems.
はじめに
欧米と日本を除く世界のほとんどの国はこの数世紀の間に植民地になりました。
古くは欧米でさえ異民族に支配されたか植民地になっていました。

ここ数世紀の植民地政策の何が社会を破壊してしまったか。
問題点を整理します。

 

3

*3

 

A.  Monoculture: colonial master compelled the colony to cultivate only a kind of crop.

The reason was for importing cheap food and raw materials and exporting own industrial products.
As a result, the colony became impossible to be self-sufficient, and starvation caused by unseasonable weather could occur.
In addition, the industrialization of the colony became underdeveloped, and it became impossible to escape from dependence on the colonial master .
Even after independence, these colonies were exposed to dumping ( by various agricultural protection policies) of agricultural crops of major powers and many farmers were hard hit.

B. An obscurantist policy: colonial education was kept to a minimum in order to keep costs down and to prevent awakening of indigenous people’s political consciousness.

As a result, their literacy rate became lower, a modern political culture did not grow up, and it became a factor hindering their democratization.

C. Division policy: colonial master gave important posts to one side of tribes and sects, and fanned the flames of hatred and distrust against each other, to prevent independence and rebellion by indigenous peoples,

This led to division and conflict after independence.

D. Puppet regime: colonial master preserved colonial exploitation regimes and made a puppet of the top or king in the interest of saving time.

The colonial master or multinational enterprise has supported the puppet regime being a dictatorship and prevented all democratic movements in order to securing interests (resource exploitation) even after the independence.
A モノカルチャー: 宗主国は植民地に単一の農作物だけを栽培させた。

理由は安価な食料・原料輸入と工業製品輸出の為でした。
これにより植民地は自給自足が不可能になり、天候不順による飢餓が発生し易くなった。
また植民地は工業化が未発達になり、宗主国からの依存から抜け出せなくなった。
独立後も、植民地は大国の農作物のダンピング(農業保護政策による)に晒され農民は大打撃を受けた。

B 愚民化: 植民地の教育は費用を抑え、先住民の政治意識の覚醒を防止する為に最低限度に留められた。

これにより植民地の識字率が低くなり、近代的な政治風土が育たず、民主化を阻む要因になった。

C 分断政策: 先住民による独立や反乱を防ぐ為に、部族や宗派などの一方だけを重用し、相互不信と憎悪を植え付けた。

これが独立後の分裂と紛争に結びついた。

D 傀儡化: 宗主国は手間を省く為に植民地の搾取体制を温存しトップを傀儡化した。

宗主国やグローバル企業は独立後も利権確保(資源収奪)の為に独裁者の傀儡政権を支え、民主的な動きを封じて来た。

 

 

4

*4

F. Border determination: the border was determined by the convenience of some colonial masters, and the relation between existing tribes were broken.

Many tribes had been coexisting within the enforced border, and the borders were only an obstacle for nomadic people or farmers of jungle land.
Also during the Great War, many colonial masters added fuel to ethnic independence and eventually betrayed them, but this also became a source of internal conflict later.

The reason why a former colony being independent do not go well can be summarized in these, but it is still not enough.
F 国境決定: 国境は宗主国同士の都合で決まり、既存の部族間の繋がりが断ち切られた。

強制された国境内には多くの部族が共存していた、また遊牧民族や焼き畑農耕民にとって国境は障害だった。
また大戦時、宗主国は民族独立を煽り、最後には裏切ったが、これが後の内紛の火種にもなった。
かつての植民地が独立してもうまく行かない理由はこれらに集約出来るのですが、まだ不十分です。

 

 

5

*5
A deeper reason

“The Western countries that were once invaded are developing.
But the Africa and the Middle East still are exhausted.
Why are there different among these? ”

This point is important.

Looking back on the war and domination among Western European countries since the Middle Ages, the aforementioned five problems were not as harsh as against colonies of other areas.
Furthermore, it was a few centuries ago that the Western Europe countries became national states.

So then, why was not it harsh?

They were the same Christians, and also belonged to the same civilization having similar languages and ethnic groups.
And they continued to evolve in the same way, and the military power almost had been held in equilibrium.
This affected ways of the war and domination.

In reverse, this thing resulted in a difference from colonial rule against the Africa and Middle East.

This continues to the next time.
さらに深い理由があります

「 かつて侵略された欧米は発展している。

しかしアフリカや中東は未だに疲弊している。
なぜ違うのか?  」

この指摘は重要です。

中世以降の西欧諸国間の戦争と支配を振り返ると、前述の5つの問題は他の地域の植民地ほどには過酷でなかった。
さらに西欧は現在の国民国家の形になって数世紀を経っています。

それでは、なぜ過酷ではなかったのでしょうか?

彼らは同じキリスト教徒で、言語や民族も似通った同じ文明圏に属していました。
そしてはぼ同様に発展し続け、軍事力でもほぼ均衡していた。
このことが戦争や支配の仕方に影響を及ぼした。

逆に、このことがアフリカや中東の植民地支配との違いを生んだのです。
次回に続きます。

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平成イソップ物語 15: 「津波とモグラ」の補足


 1

< 1.津波で残った一本松 >

 

 

前回投稿した「津波とモグラ」が何を意味しているのか解らないとの意見がありました。

ご指摘の通りだと思います。

ここに陳謝し、蛇足ながら説明したいと思います。

 

 

私が言いたかったこと

 

人々は今ある恐怖や不安に囚われて、往々にして理性的な判断が出来ず、目先の安心に飛びついてしまうことがある。

 

これは危機を先延ばするだけでなく、より深めることになる。

 

この手の愚を、社会は幾度も繰り返して来ました。

 

そして、この傾向は今の日本や欧米で顕著です。

 

 

 

 

2

*2

 

ミサイル防衛について

ここ数日、北朝鮮のミサイルに関して政府や与党からミサイル防衛や日米同盟の必要性が強調されています。

この意味を考えてみましょう。

 

例えば、迎撃ミサイルシステム(サード、パトリオット)を考えます。

日本が無数のイージス艦を日本海に配備し、陸上配備の迎撃ミサイルを全土に20km毎に配備しようが、北朝鮮のミサイルを完全に防ぐことは出来ません。

それはなぜでしょうか?

 

色々、想定できますが、一つは偽装船による近海からのミサイル発射です。

北朝鮮がこの技術を獲得するのは簡単です。

こうなれば、首都ぐらいは守れても本土全体を守ることは出来ないでしょう。

 

この手の落とし穴や矛盾はかつての米ソの核開発競争を振り返れば歴然としています。

核兵器の進歩はその都度、米ソの核ミサイル防衛構想を無に帰して来ました、例えば潜水艦発射ミサイルの普及のように。

結局は、互いに完全に破壊し尽くす体制をとることで、互いが馬鹿な攻撃を自制するだろうと言うことに落ち着いた。

米国の核戦略担当者から見ればこれも立派な抑止力でしょうが。

そして膨大な数の核兵器を作り、現在、大量の核ゴミに困っている。

 

ミサイル防衛は完璧ではなく、その後の多国間のミサイル開発競争を促進させるだけなのです。

例えば、イスラエルに核兵器を持たせたことによりイランが対抗して核開発を望んだように、またインドとパキスタンの関係も同じで、連鎖し拡大するのです。

一方、完全な迎撃ではなく抑止力を高める為に核兵器を保有する話もあります。

そこには相手が良識ある判断をするものと想定している落とし穴があるのです。

例えば、狂気のヒトラーにそれを期待出来たでしょうか?

特に核ミサイルについては、残念ながら物理的な迎撃手段は絶望的でしょう。

 

つまりミサイル防衛システム「モグラの堤」を作って、一時期のミサイルの脅威「津波」を防いだとしても、次の脅威の発生を招くことになるだけなのです。

むしろ抜本的な手を打つべきなのです。

そして新たな危機の前兆が「地中の水の流れ」であり、新たな危機が「洪水」でした。

一番の問題は、一時の安心の為に根本的な解決策を遠ざけてしまうことなのです。

この手の愚行は、かっての世界も現在の世界でもまかり通っているようです。

 

「モグラの母子が高台に逃れた」のは消極策のように見えるが、扇情に惑わされず、「津波と洪水」のどちらに対しても完璧な策を選んだことを示しています。

 

 

それであればどうすれば良いのでしょうか?

私は中国を動かすしかないと考えています。

中国は得体の知れない国ですが、例えば発展途上国への援助姿勢に良い変化が見られるように、私達は中国のすべてを拒否すべきではないでしょう。注釈1.

 

北朝鮮をいままで支えて来たのは、かつてはロシア、そして今は中国です。

中国にとっての北朝鮮は、かつての大日本帝国の防波堤であった朝鮮半島のような存在なので、中国はそう簡単には手放さないでしょうが。

しかし北朝鮮の暴挙を封じ込めるには中国しかないでしょう。

 

残念ながら、今の日本には中国を動かす力もなければ、相手も応じないでしょう。

なにせ現在、最も敵対しているのですから。

 

 

3

*3

 

 

少し全体像を俯瞰してみましょう

今、世界はイスラム国のテロに翻弄され、益々敵愾心むき出しの危険な状況に陥ろうとしています。

 

何がこの状況を作ったのでしょうか?

良く知らているように、この発端は9.11事件後の米国のイラク進攻にありました。

 

要点を言えば、米国がイラクの国家機能を完全に破壊したことにより、無法と無秩序の中からイスラム国が増殖して来ました。

私の連載「中東に平和を」でも解説しています。

この愚かな進攻は、大統領の人気、軍需産業と石油産業に恩恵をもたらしただけです。

これにより中東と世界が混迷しただけでなく、米国自身も莫大な国税(300兆円)を使い、この後、マスコミはホワイトハウスに従順になると言う大きな代償を払うことになりました。

 

リーダーの受け狙いの行動が、世界を困惑させた最も分かり易い例と言えるでしょう。

米国は世界の警察として重要な役割を果たしたこともあるが、一方でベトナム戦争のようにとてつもなく愚かな戦争もしている。

 

この点を鑑みれば、いつまでも米国に盲従して行くことは危険です。

きっとこのように言えば、誰が日本を守ってくれるのだとお叱りを受けることになるでしょう。

 

その答えは、米国が守ろうとしたベトナムの末路を見ればわかります。

米国は、南ベトナムの傀儡政権を守る為に、ベトナム全土を焦土にし、800万人が死にました。

 

なぜなら米国にとって最大の関心事は共産化を太平洋の果てで食い止める事にあったのですから。

もっとも北ベトナムと言う敵があってのことですが。

どちらにしてもこの愚かな戦争拡大の経緯は私の連載「戦争の誤謬:ベトナム戦争」で解説しています。

 

いざ有事の時に何が日本列島で起きるかは容易に予想がつくはずです。

もっとも小規模な衝突で紛争が止まるなら、日米同盟は役に立つかもしれませんが。

 

私が心配する大きな危機の一つがこれです。

 

 

最後に

上記に示したような危機への対応を寓話に例えることに無理がありました。

しかし、理詰めで説明するだけでは、今起きている危機を身近に感じることが難しいとも思っています。

 

これからも世界の歴史、社会、経済、文化について懲りることなく書いていきますが、よろしくご理解のほどをお願いします。

ご意見と批判を歓迎しますので、どしどし御寄せください。

 

ありがとうございました。

 

 

 

 

注釈1.

JICAの研究員が指摘されていました。

この人は、世界各地の開発支援をつぶさに視察されたそうです。

以前は、中国が発展途上国に融資し建設し始めると、多くの中国人労働者が現地で工事をしていた。

その後、現地からの指摘があって中国は方針を変更し、現在は建設現場に中国人がほとんどいないそうです。

中国の融資額は増えているそうです。

私達の知らないところで、中国に変化が起きているのです。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 72: Why was it exhausted ? 10: When did the world stand at a crossroad? 1


中東に平和を! 72: なぜ疲弊したのか 10: 何が岐路になったのか? 1

 

1

< 1. Various countries >
< 1. 様々な国 >

A is Japan, H is Bolivia, I is Syria, and C is Switzerland.

Aは日本、Hはボリビア、Iはシリア、Cはスイスです。
Now in the world, there are countries that enjoy prosperity and peace, on the other hand, there are countries that suffer from poverty and conflict.
What was this gap caused by?
There is something we need to learn from it.

 

今、世界には繁栄と平和を享受している国がある一方で貧困と紛争に喘ぐ国がある。
この落差は何に起因しているのだろうか?
そこには我々が学ぶべきものがある。

 

2植民地の影響b
< 2. See the differences in the world >
< 2.世界各国の違いを見る >

Upper map: Gross domestic product, per-capita GNP. The rate is higher as much as the darker blue color.

Lower map: Degree of corrupt politics. the degree is worse as much as the darker red color.

 

上の図: 一人当たりの国内総生産GDP。濃い青色ほど高い。
下の図: 政府の腐敗度。濃い赤色ほど悪い。

 
Introduction
We may have accepted this gap as a matter of course.
But, what will you think abut it if this gap is caused by certain common cause?
Let’s see the current state of the world easily.

 

I think that the representative of good countries are A Japan, C Switzerland, D America, and E Australia. Annotation 1.
These countries have the high gross domestic product, are low degree of political corruption, and have not become civil war.

 

The countries over 180 on other continents are struggling mightily.
In many cases, the economy is stagnant, the public safety is bad, and the politics is corrupt.

 

Once America and Australia were colonies, but became a white country.
Switzerland has not become a colony.
Japan has never been dominated by other countries at all.

 

The common point among these is only that it is not a country of people (indigenous people) under colonial rule.
Besides, it is important that these countries have not experienced Communist dictatorship. Annotation 2.

 

はじめに
私達はこの落差を当然な事として受け入れている。
しかし、この落差がある共通の原因で起こっているとしたらどうだろうか?
世界の現状を簡単に見てみましょう。

 

順調な国の代表としてはA日本、Cスイス、Dアメリカ、Eオーストラリアでしょう。注釈1.
これらの国は国内総生産が高く、政治の腐敗度も低く、内戦もない。

 

他の大陸の180ヵ国を越える国々は悪戦苦闘している。
多くは経済が低迷し、治安が悪く、政治は腐敗している。

 

かつてアメリカとオーストラリアは植民地だったが、白人の国になった。
スイスは植民地になっていない。
日本はまったく他国に支配されたことがない。

 

これらに共通しているのは植民地支配を受けた人々(先住民)の国ではないことに尽きる。
他に、共産主義による独裁を経験していないことも重要です。注釈2.

 

3植民地2b

< 3. a few countries just did not experience colony >
< 3. 植民地を経験していない国 >

 

The world is almost full of colonized countries except for Europe, Russia and Japan.

植民地になっていない国はヨーロッパ、ロシア、日本を除いてほとんどない。

 

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< 4. 過酷な植民地化を逃れた国々 >

 

Countries that escaped from harsh colonization
Will a country always be exhausted if it became a colony?
Rare countries could escaped from the difficulty even if these countries were colonized and the indigenous people are a major part.

 

French Tahiti (annotation 4) in the South Atlantic Ocean and French Guiana in the South America are rather supported because the both are less resource or have harsh natural conditions.

 

F Botswana in Africa is a relatively smooth country even within harsh colonies.
The Botswana was the poorest country at the time of independence in 1966, but has achieved steady economic growth. Annotation 5.
This was because several kings cooperated and secured independence for own country through a diplomacy at that time.
But it seems an important reason is because there were no products or mineral resources in there.

 

In other words, a country without resources to rob escaped the difficulties.

 

B Thailand is only country that has kept up own independence even in colonized Southeast Asia, and has not experienced miserable civil war. Annotation 6.
This reason was because not only the excellent diplomacy skills of the royal family but also this area was a buffer zone of British forces and French forces.

 

As in Thailand, C Switzerland and A Japan in a small country could escape the difficulty of colonization by primarily geopolitical reasons.

 

Also, even if a country was a colony, the circumstances will change if white settlers account for the majority.

 

At that time, E Australia, was similar to D the U.S., could not make a social system to abuse the indigenous people and to rob the produce because of the barren land, so these settlers had to make an equal society for getting engaged in production by themselves.
In the meantime, the indigenous people were suffering the harsh destiny and reduced the population.

 

Summarizing the complicated history daringly, the common point among these countries is that a harsh domination structure by colonies did not form in it.
Unfortunately, these were rare cases.

 

This continues to the next time.

 

過酷な植民地化を逃れた国々
植民地になれば必ず疲弊すべき国になるのでしょうか。
例え植民地化され、先住民が主体の国でも稀に難を逃れた国はあります。注釈3.

 

南大西洋に浮かぶフランス領のタヒチ(注釈4)と南米のギアナは、資源が少ないか過酷な自然条件なため、むしろ支援を受けています。

 

Fボツワナは過酷な植民地となったアフリカにあって、比較的順調な国と言えます。
1966年の独立当時、最貧国でしたが、順調な経済成長を遂げています。
注釈5.
これは当時、複数の王が協力し外交によって自立性を維持したからでした。
しかし、ここでも重要なのは、ここには産物も鉱物資源もなかったからでした。

 

つまり、搾取すべき資源が無い国は難を逃れたのです。

 

Bタイは、植民地化された東南アジアにあって唯一独立を通し、内戦の憂き目に合っていない。注釈6.
これは王家の優れた外交手腕のおかげもあったが、実は、英仏勢力の緩衝地帯にあったからです。

このタイと同様に主に地政学的な理由で、小国のCスイスやA日本が植民地化の難を逃れたと言えます。

 
また、たとえ植民地だったとしても、白人移住者が大半を占めてしまうと状況は変わります。

 

EオーストラリアはDアメリカと同様なのですが、当時、不毛な大地ゆえに先住民を酷使し産物を奪取する社会体制が成り立たず、入植者達は自ら生産に携わる平等な社会を作るようになったのです。
この間に、先住民は過酷な憂き目に合い、人口を減らしていくことになるのですが。

複雑な歴史を敢えて要約すると、これらの国々の共通点は、植民地による苛烈な支配構造が出来なかったことです。
残念ながら、これらは稀なケースでしかないのですが。
次回に続きます。

 
注釈1.
他にも、西欧や北欧、北米に良好な国はあります。
西欧は植民地化を行った国なので省きます。

注釈2.
共産主義の独裁を経験した国も疲弊する国家へとなってしまうのですが、ここでは話を簡略化するために割愛します。

注釈3.
植民地になった国の多くは先住民(黒人、インディオなど)が主体です。
しかし、入植者の白人や強制連行された黒人が先住民より多い国もあります。

注釈4.
IMFによる国内総生産額 (一人当り購買力平価)では世界で46位(2012年)です。

注釈5.
世界銀行による国内総生産額 (一人当り購買力平価)では世界で69位(2013年)です。
これは世界の平均75位より高い。

注釈6.
今の王家になってからは内戦や戦争の難を逃れているが、軍部によるクーデターは幾度も起こっている。
その度に、王が仲裁に入り、事態の悪化を逃れている。

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Bring peace to the Middle East! 71: Why was it exhausted ? 9: The mentality of the imperialism 2


中東に平和を! 71: なぜ疲弊したのか 9: 帝国主義の心性 2

 

1

*1

 

We again look at last part of their real intention, and I sort out the points of it.

 

前回に続いて事例を数点記し、まとめます。
帝国主義に走った人々の心に迫ります。
Case E
Victor Yugo, a 19th-century French writer of “Les Miserables”, said as follows at a celebratory feast of slavery abolition commemoration in 1879.

“Please advance southward!
Africa has no history.
But Africa is important for our world.
If people live in Africa, they are savages.
Invest your excessive desire in Africa!
At the same time, solve all social problems! ”

While suing social justice in his own country, he was discriminatory against the non Western world. Annotation 1.

 
事例E
19世紀フランスの「レ・ミゼラブル」の著者ヴィクトル・ユーゴは1879年、奴隷制廃止記念の祝宴でこう述べた。

「 南下したまえ!
アフリカには歴史がない。
しかしアフリカは世界にとって重要だ。
アフリカに人が住んでいれば、それは未開的野蛮だ。
諸君の抱く過剰なものをアフリカにつぎこみ給え!
同時に諸君のもろもろの社会問題を解決し給え! 」

国内で社会的正義を訴える一方で、非西欧世界に対しては差別的でした。注釈1.

 

2-1-1
< 2. New Caledonia >
< 2. ニュー・カレドニア >

 

Case F
I quote the description of New Caledonia from a book written about the French colonies issued in 1888. Annotation 2.

“On this vast land, the population of 70 thousand were reduced to 23 thousand people for less than half a century.
The causes of the population decline were various.
…..
British, Spanish, American, Australian hunted indigenous people at the beginning of colonial occupation, but we did not hunt indigenous people.
France treats all barbarian as human, and we will not be criticized as the colonization upon a grave. ”

 
事例F
1888年に発行されたフランスの植民地について書かれた本から、ニュー・カレドニアの記述を引用します。注釈2.

「この広大な土地で半世紀も経ないうちに人口7万が2万3千人になった。
人口減少の原因はさまざまである。
・・・・
イギリス人、スペイン人、アメリカ人、オーストラリア人たちは植民地占領の当初に原住民狩りをしたが、我々は原住民狩りをしていない。
フランスは・・・すべての野蛮な民族に対して人間的であり、『墓場の上に植民化』しようとするといった非難を浴びることはないだろう。」

 
Case G
In 1905, one Catholic pastor said at a meeting for protection of indigenous people. Annotation 3.

” In France, people are punished for stealing and thieving, but why are not the same people punished for it in distant area that black people live near the equator in Africa, and Chinese wearing different clothes live in?
One reason of it is egoism.
This is forbidden by good sense and Christian spirit.
There are two types of morality here.
…..
Action that hurts us are forbidden to other person, and the same action is forgiven when we gain the benefit of it.
…..
We are expanding our influential sphere, making a marketing channel for products, doing colonization, and civilizing, etc. ”

 
事例G
1905年、ある原住民保護の集会で一人のカトリック牧師が言った。注釈3.

「フランス本国で泥棒や盗みは罰せられるのに、遠いアフリカの赤道下の黒人や衣服の違う中国人のところでは罰にならないのか。
エゴイズムによるものがある。
それは理性やキリスト教精神によっては禁じられているものだ。
二種類の道徳がある。
・・・
我々を害するものは他の人々には禁じられ、その同じことがわれわれの得になる時は許されている。
・・・我々の影響圏を拡大し、商品の販路をつくり、植民化し、劣った人種を文明化するなどいっているのだ。」

 

3

*3
Case H
I quote from an article on imperialism of “Histoirie de l’Europe” published in 1994. Annotation 4.

“The rise in this nationalism did not compromise the sense of solidarity of the entire Europe that had been handed down from generation to generation.
This is because, in large part, this emotion has been fostered by collective superiority consciousness towards other countries in the world.
Adversely, It was also strengthened from the fear of being threatened someday by foreign forces, especially Asian powers. ”

 
事例H
1994年刊行の歴史教科書の帝国主義から引用。注釈4.

「このナショナリズムの高まりは、長らく引き継がれてきたヨーロッパ全体の連帯感を損ないはしなかった。
というのは、この感情は世界の他の国々に対する、集団的な優越意識によって醸成されてきた、という部分が大きかったからである。
またそれは、裏返しに、いつの日か、外国の勢力、特にアジアの勢力によって脅かされるのではないかという恐怖心からも強められていた。」

 
Why did the West Europeans begin the imperialism?
Why did the people forgive their deprivation, even though people pulling the imperialism had economic and political incentives ?
I think that the people were able to avoid the guilty conscience by the following psychology.

* Superiority of Western European civilization: They considered different culture, social system, or custom as rudeness.

* Superiority of Christian : Anything was permitted for the purpose of missionary work towards heathen.

* Superiority of white folks: All folks except white folks were regarded as undeveloped.

* Fear of foreign civilization: They were anxious about invasion from Asia. Annotation 5.

* Competitive spirit within Western Europe: each country feared becoming a loser if lagging the competition.

These were created from the situation of the time, but if we think about it well, we can notice it may happen outside the Western Europe.

The important is that it happens at any time unless we hard control ourself.

This continues to the next time.

 

西欧人はなぜ帝国主義に走ったのか?
帝国主義を牽引した人々には経済的・政治的な動機があったとしても、なぜ国民はその収奪行為を許したのだろうか?
私は国民が以下の心理によって罪の意識を回避出来たと考える。

* 西欧文明の優越: 異なる文化・社会制度・風習を低俗と見なす。
* キリスト教の優越: 異教徒への宣教の為には何でも許される。
* 白人の優越: 白人以外の人種をすべて未発達と見なす。

* 異文明に対する恐怖: アジア等の侵略を懸念。注釈5.
* 西欧内の競争心: 競争に遅れると敗者になる恐怖。

これらは当時の状況から生まれたものですが、よくよく考えてみると西欧以外でも起こりうるものです。

要は、よほど自制しない限り何時でも起きることなのです。

 
次回に続きます。

 
注釈1.
参考文献「ヨーロッパがみた日本・アジア・アフリカ」のp45より.

注釈2.
同上のp174より.

注釈3.
同上のp182より.
注釈4.
同上のp151より.
詳しくは「ヨーロッパの歴史・欧州共通教科書」のp322より。

注釈5.
特に1905年の日露戦争後の日本に対して。

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Bring peace to the Middle East! 69: Why was it exhausted ? 7: The period background of imperialism 2


中東に平和を! 69: なぜ疲弊したのか 7: 帝国主義の時代背景 2

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*1

Last time we saw why the imperialism began.
However, the explanation lacks a certain something.

前回、なぜ帝国主義が始まったのかを見ました。
しかし、何か大事なことが抜けている。

 

2

*2

 

What did it lack?
In the previous explanation, it is difficult to understand why competition for getting parts of colony began in the 1880’s.
There must be a common motive for Western countries, and I think it eventually led to two great wars.

In the latter half of the 19th century, there are some important changes that occurred in the Western Europe.

A: Capital exports and emigrants from the Western Europe had doubled every 10 years.
For example, the development of steamboats expanded a maritime traffic, and the export value was growing every year.
After the Industrial Revolution, the economy and the science technology developed, so the difference in national power between the UK and the US or the Germany was decreasing in size.

B: Although the economic recession had already occurred repeatedly, finally a major depression lasted for about 20 years since 1873.
As a result, each country took a protective trade policy, and at a same time nationalist sentiment intensified.

C: A thought “The Western Europe is superior to the other world and develops” had been timely widespread .
The people adopted Darwin’s theory of evolution, and they were convinced that the excellent Western civilization was evolving through the principle of the survival of the fittest.

D: In 1884, 14 Western countries held a conference in Berlin, and decided the rules of partition of Africa, then after that the competition for getting parts of colony began.

At that time, the Africa was an unexplored area where fever disease spread in, and the colony of the Western Europe was only 10% in it.
A conflict occurred when countries (Belgium etc.) that had lagged behind in getting of colony tried to enter it.
In order to prevent this conflict, certain rule ” the country that first occupied and dominated colony is granted the control of it” was stipulated.
Thus, the competition began.

Although there is a part overlapping with the previous explanation, you may notice a strange something.

 
何が抜けているのか
前回の説明では、1880年代から植民地獲得競争がなぜ始まったが分かり難い。
やはり西欧諸国に共通する動機があるはずで、やがてそれが二度の大戦へと繋がったように思える。

19世紀後半、西欧に起きていた重要な変化を挙げます。

A: 西欧からの資本輸出と移民が10年毎に倍増した。
例えば蒸気船の進歩が海上交通を発展させ、輸出額は毎年伸びていった。
また産業革命後、経済と科学技術が発展し、これによって英国と米国やドイツなどの国力差が縮小した。

B: 既に景気後退が繰り返し生じていたが、ついに1873年から大不況が約20年間続いた。
これによって各国は保護貿易に転じ、また愛国主義の風潮が高まっていった。

C: まさにこの時期、「西欧は世界に優越し発展する」との思想が広まっていた。
彼らはダーウインの進化論を取り入れて、優れた西欧文明は適者生存により発展していると確信した。

D: 1884年、西欧14カ国がベルリン会議を開き、アフリカ分割のルールを決め、この後、植民地獲得競争が始まった。

当時、アフリカは熱病が蔓延する未開の地で、1割が西欧の植民地となっていただけであった。
そこで、植民地獲得に遅れをとっていた国(ベルギー)が参入しようとして衝突が起きた。
この争いを防ぐ為に、ルール「先に占領し支配した国が領有する」が定められた。
こうして競争が始まった。

これは前回の説明と重複するところもあるが、こうして見ると不思議な事に気づく。

 

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*3

What is it?
That is certain mentality of the Western Europe that appears in the above paragraph C and D, and it is probably more intense than East Asia.

If I were to use one word, it will be a feeling of superiority passing over a self-confidence of Westerners.
They who were Christian and White despised pagans and different races.
They understood a social system that was different from their society as deteriorating or undeveloped society.
What an inconsistent stance. Annotation 1.

 
それは何か
それは前述のC,D項に現れている西欧の心性で、おそらく東アジアより強烈と思われます。

敢えて言うならば、それは西欧人の自信を通り越した優越感でしょうか。
キリスト教徒であり白人である彼らは異教徒や異なる人種を蔑んだ。
彼らは自分達の社会制度と異なるものは劣化か未発達だと捉えるところがある。

例えば、欧米は東京裁判において日本を「平和に対する罪」などで裁いた。
この罪は侵略戦争に対して言っているのですが、この60年前のベルリン会議で、欧米は侵略を合法化していたのです。
如何にも矛盾しています。注釈1.

 

4

*4

 

What is the mentality of the imperialism?
In the age of European Imperialism, the brutality of the Western Europe that was shown in colonies was based on a strong discriminatory sentiments and contempt.

This would have lowered resistance sentiments toward exploiting and controlling the colonies.
Although this mentality was also common to the empire of Japan and the fascism of Nazi Germany.

Then, what has happened?
In 1914, the First World War began from one assassination incident in the Balkans.

In the competition for colony, the Western countries did not big fight against each other.
However, during the competition, eventually the greed of larger countries and the backlash of the colony must have exploded.

Knowing this process, the judgment of whether the imperialism was holding down internal conflicts or was preparing the world war depends upon the person.
I have the latter view.

This continues to the next time.

 

帝国主義の心性とは何か
帝国主義の時代、西欧が植民地で行った蛮行に通底しているのは、強烈な差別感情、蔑視でした。
これが植民地への搾取や支配への抵抗感を低くしたことでしょう。
もっとも、この心性は大日本帝国やナチスドイツのファシズムにも共通していたのですが。

 
その後、何が起きたのか
1914年、バルカン半島での一つの暗殺事件から第一次世界大戦が始まります。

植民地争奪では西欧各国は互いに大きな戦闘をすることはなかった。
しかし、植民地の獲得競争の中で、やがて大国の強欲と植民地の反発は爆発することになった。

この経緯を見て、帝国主義が内紛を抑えていたのか、はたまた世界大戦を準備していたのかは判断が別れます。
私は、後者の見方に立ちます。

 
次回に続きます。

 

 
注釈1.
この60年間の隔たりをどう見るのか。
それまでの西欧の激しい対立と戦争の歴史、特に二つの大戦の経験から、彼らは大いに反省し、自らも含めて侵略行為に制裁を科そうとしたのだろうか。
残念ながらそうは思えない。
米国による広島への原爆投下や、ベトナム戦争などから察すると、やはり欧米の異人種・異教徒への蔑視と復讐心は強烈で、自戒をあまり期待できないようです。

私は東京裁判の意義を認めるが、この心性に人類共通ではない特有の恐ろしさを見る。
しかし、この章では深く立ち入らない。

 
参考文献
帝国主義については下記図書を主に参考にしました。
「概説 世界経済史Ⅱ」p176-191.
「早わかり 世界史」p254-259.
「世界の歴史 帝国の時代8」第二章。
「世界歴史地図」ムーア著、第9章。
「丸善エンサイクロペディア 大百科」p1778.
「帝国主義」アンドリュー・ポーター著。

 

 

 

 

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 33: ワルシャワ3


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今日は、王宮広場からクラクフ郊外通りを紹介します。

紺碧の空に映える建物や通りを歩き、ショパンの関わりある場所を巡りました。

 

 

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< 2. 王宮広場 >

 

上の写真: 奥が、既に紹介した旧市街で、右手が旧王宮です。

中央に立っているのはジグムント3世の像です。

この王がポーランド・リトアニア共和国(1569-1795年間、現在のポーランド、リトアニア、ベラルーシ、ウクライナを含む大国)を継承し、1596年に首都をクラクフからワルシャワに移した。

 

下の写真: 旧市街を見ています。

建物の間の通りを行くと旧市街広場に戻ります。

 

 

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< 3.旧王宮 >

 

上の写真: 現在博物館になっている旧王宮。

ジグムント3世の居城だっただけでなく国会などしても使用された。

第二次世界大戦で完全に破壊されたが再建された。

 

中央の写真: 旧王宮の中庭。

 

下の写真: 中庭のポスター。

これらは1956年のポーランドのポズナン暴動とハンガリー動乱を扱っているようです。

この事件はソ連でフルシチョフがスターリン批判をしたことに端を発して、両国の民衆がソ連と自国の共産政権への不満から暴動となった。

ポーランドは自国で鎮圧し死傷者は百名ほどであった。

しかしハンガリーはソ連軍によって鎮圧され2万人近くが死に、20万人が難民となった。

 

 

 

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< 4.王の道を行く >

 

上の写真: 今回紹介するコース。

Sは王宮広場で、Eは徒歩観光の終点で、この間はクラクフ郊外通りです。

この通りを右側(南)に真っすぐ行くと、中心市街地の新世界通りを抜け、後に紹介するワジェンキ水上宮殿公園に至り、この道は「王の道」の一部です。

Aは大統領官邸、Bは道を挟んでチャプスキ宮殿とワルシャワ大学、Cは聖十字架教会、Hは私達のホテル。

 

中央の写真: 王宮広場からクラクフ郊外通りを見ている。

 

下の写真: クラクフ郊外通りから王宮広場の方を見ている。

 

 

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< 5.クラクフ郊外通り  >

 

上の写真: 王宮広場の方を見ている。

 

中央の写真: ポーランドの国民的詩人の像。

彼はショパンと同時期に活躍した。

 

下の写真: ”Kościół seminaryjny w Warszawie”

17世紀に造られ始め18世紀のファサードを持つカトリック教会。

詩人の像と大統領官邸の間にある。

 

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< 6.大統領官邸 >

 

上の写真: クラクフ郊外通りの中頃から南側を見ている。

 

中央の写真: 大統領官邸の前に立つポーランドの英雄像。

彼は19世紀始め、ナポレオンに従って祖国ポーランドの為に戦い、戦死した。

彼は池田理代子の漫画『天の涯まで ポーランド秘史』の主人公となっている。

 

奥の大統領官邸はかつて貴族の館で、18世紀に一部劇場として開放され、ここでショパンが初めてのピアノ演奏会を行った。

 

下の写真: 18世紀に建てられた後期バロック様式のヴィジトキ教会。

学生のショパンがこの教会の日曜ミサでオルガニストをしていた。

 

 

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< 7. ワルシャワ大学 >

 

上二つの写真: ワルシャワ大学。

かつてショパンはこの大学内の中・高等学校で学んだことがあった。

 

下の写真: クラクフ郊外通りの中頃から北側を見ている

 

 

 

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< 8.ショパンのゆかりの地 >

 

上の写真: ユニークな像が入り口を飾る建物。

 

下左の写真: かつてのチャプスキ宮殿、現在は美術アカデミー。

写真は正面左側の建物で、ショパン一家は1827~1830年までこの3階で暮らした。

1830年、彼がウィーン滞在中にワルシャワでロシアからの独立を求めて「十一月蜂起」が勃発し、帰国を断念し、パリに赴いた。

ショパンにとっては、ポーランドで最後の家となった。

 

下右の写真: これはショパンのベンチで、ショパンゆかりの地に幾つも置かれている。

ベンチには説明が書かれており、ボタンを押すとショパンの曲が流れてくる。

 

 

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< 9.聖十字架教会 >

 

上の写真: 鐘楼はクラクフ郊外通りのほぼ北の端に建つ聖十字架教会。

下二枚の写真: 聖十字架教会の内部。

ショパンの心臓が右の柱に埋められている。

彼は39歳の若さで肺結核でパリに死すが、彼は埋葬を嫌い、遺言に従いこの教会に眠ることになった。

 

 

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< 10.広場や通りの人々 1 >

 

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< 11. 広場や通りの人々 2 >

 

下の写真: 先ほど紹介した美術アカデミー(チャプスキ宮殿)の奥の建物。

 

 

ワルシャワ・ゲットについて

前回紹介した最高裁判所の脇にワルシャワ・ゲットーの境界跡と記念碑がありました。

その位置は下の地図の黒の矢印で、黒の楕円枠は城壁で囲まれた旧市街、黒の四角枠は私達のホテルです。

赤枠が第二次世界大戦中に設置したワルシャワ・ゲットーで、如何に巨大かがわかります。

 

私達はポーランドがホロコーストの主な舞台だったことを知っています。

一つには悪名高きアウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所がポーランドにあったからでしょう。

ナチス・ドイツが殺戮したユダヤ人約600万の内、300万人はポーランドに暮らすユダヤ人でした。

 

 

 

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< 12.ワルシャワ・ゲットー >

 

これらの地図と写真は1939年から1945年までのワルシャワ・ゲットーに関するものです。

*当時のワルシャワ・ゲットーが赤枠で示されています。

*1942年、ゲットーのユダヤ人の絶滅収容所への移送。

*1940年、ゲットーの壁建設

*1943年、ワルシャワ・ゲットーのユダヤ人が武装蜂起した報復にドイツ軍は街を焼き払い掃討した。

*1943年、ワルシャワ・ゲットー蜂起の鎮圧戦の最中に連行される人々。

 

 

私はユダヤ人で気になっていたことを、前回のポーランド女性に聞いてみた。

 

質問1:

「映画『シンドラーのリスト』では、ポーランド人がユダヤ人迫害に同調したように描かれているが、どう思いますか?」

 

答え:

「監督はユダヤ系アメリカ人なので迫害を際立ったさせるために、ポーランド人を悪く描いているのでしょう。

ポーランド人は、多くのユダヤ人を受け入れた国であり、他の場面ではユダヤ人を助けている」

 

質問2:

「リトアニアではユダヤ人がソ連の手先になって裏切り、ユダヤ人が嫌われたが、ポーランドではどうだったのか?」

 

答え:

答えは明瞭ではなかったが、ポーランド人はユダヤ人を嫌っていないと言いたいようでした。

 

 

ポーランドのユダヤ人 注釈1

ユダヤ人は中世より西欧での迫害を逃れて東欧への移住を進めていた。

西欧では、例え住むことが許されても、限られた町で職業と人数に制限があり、多くのユダヤ人の暮らしは劣悪で人数も少なかった。

 

ユダヤ人は15世紀にはすでにワルシャワで暮らしていた。

民族的に寛容なポーランドでは、ユダヤ人はごく一部の大都市の旧市街を除いて、基本的にどこでも自由に住むことができた。

18世紀末以降、緩和が進み、旧市街にユダヤ人が住むようになった。

19世紀半ばより、キリスト教徒もユダヤ教徒も比較的裕福な人々は近代市街地やその郊外へと居を移していき、旧市街などには貧困層が集中して住むようになった。

この状態は20世紀のはじめまで続いた。

この時代、ワルシャワのユダヤ人人口は急増し、ユダヤ人の自治共同体が急成長した。

第二次世界大戦直前のワルシャワ市には全人口の30%にあたる38万人のユダヤ人が暮らしていた。

ワルシャワは、ニューヨークに次いでユダヤ人人口の多い都市だった。

 

ワルシャワ・ゲットーの歴史

1939年、ドイツ軍がポーランドに侵攻し、ワルシャワは占領された。

ユダヤ人居住区でチフスが流行していた為、1940年、隔離の為にゲットーが建設され、その中に45万人が詰め込まれ封鎖された。

このユダヤ人は強制労働に駆り出され、食料配給は必要摂取カロリーの10分の1に過ぎなかった。

 

1942年7月、ユダヤ人の絶滅収容所への移送が始まるが、この時までに8万人が飢えと病で死亡していた。

これに抵抗してユダヤ人は暗殺を手始めに武装蜂起し、ワルシャワ・ゲットー蜂起を起こした。

しかしドイツ軍による1か月の鎮圧で、全住民は移動させられゲットーは破壊された。

住民は瓦礫で圧死し、捕虜は銃殺され、残りは強制収容所で死んだ。

 

1945年、ソ連軍が到着するまでにワルシャワで生き残ったユダヤ人は約200人だった。

 

次回に続く。

 

 

 

注釈1

説明は主にウィキペディアによる。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 51: 忠犬の何が悪いのか?


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*1

 
日本の未来は安倍首相の肩にかかっている。
去年まで、日本の政治は規定路線の延長から右旋回を始めたぐらいに思えた。
しかし、今回の日米首脳会談で、ある恐れが現実のものになった。

 
何が恐ろしいのか?
アベノミクスは変化があっても、せいぜいバブルの後に、より深い経済と財政の悪化を招くだけでしょう。
それは欧米の長年の悪戦苦闘の結果を見ればわかります。
それを遅れて真似ただけなのですから。

私が最も恐れるのは日本の安全保障です。
ここで二つの視点があります。

一つは、アジア大陸からの侵略です。
仮に中国や北朝鮮、ロシアが攻めて来た場合、まして核弾頭が撃ち込まれれば一たまりもありません。注釈1.
米国が後ろ盾になっていれば安心と思うのも無理はありません。

一方で、大戦後を振り返ればあることに気付きます。
戦争は核弾頭によるものではなくて、大国の周辺で果てしなき代理戦争が行われたことです。

ここで問題になるのは、日本の立位置です。
米国と敵対するのは危険ですが、さりとて、かつて侵略した中国と敵対するのも危険です。
やはり、ここはEUのように米国から一歩引いて民主主義と平和を守る自由主義圏の同胞として付き合うのが無難でしょう。

最大の問題は別にあります。
それは米国への従属です。
これは今までも議論されて来ましたが、今回、その懸念は現実のものとなった。

米国への従属がなぜ悪いのでしょうか?
中東やベトナム、アフガンの紛争を見ていると、米国は現地に親米政権(傀儡政権)を作り、望んでいたとまでは言えないが、代理戦争の一方の旗頭に祭り上げ、その結果、国民はどん底に叩き落された。
始めは米兵が世界の正義のために血を流してくれていたのですが、徐々に様変わりし、現在、現地は最新兵器の償却の場となった観がある。
歴史的に見て、欧米は異民族、異教徒を最後には利用するだけになった場合が多い。

 

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*2

 

日本は米国の属国になったのか?
これが問題です。
簡単に言えば、米国に操られ、言いなりになり、挙句は捨て駒になってしまうことが悲しいのです。

実は、私はこの手の情報を様々な本から知る機会があっても、今まで確証はなかった。
しかし、今は確信に近いものがあり、放置すると危険であり、早急に手を打つべきと考えます。

安倍政権になってからの米国寄りの姿勢、ましてや今回の首相の訪米を見ていると、露骨な米国追従です。
トランプ氏の発言を聞く限り、大方のEU首脳の反応こそが世界の平和と安全には正しいと思います。

しかし、今の日本はやわな指摘では済まされない状況にある。

特定秘密保護法や共謀罪の強引な成立には裏があったのです。
この一連の法整備には違和感があった。
かつての治安維持法の恐ろしさを知っていれば、強行採決など出来なかったはずです。

実は、これは米国から日本への指示だったのです。
小笠原みどり著「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」2016年11月刊(p90)でスノーデンが暴露しています。

彼は米国のアメリカ国家安全保障局 (NSA) および中央情報局 (CIA) の優秀な元局員で、横田基地のNSAでも業務していた。
彼は米国の悪辣な諜報行為、米国民だけでなく同盟諸国すら盗聴し監視する体制の底なしの闇に恐怖と怒りを持った。
最初、彼は長官に事実の公表を求めたが、否定されたので暴露せざるを得なくなった。

私はグリーンウォルド著「暴露:スノーデンが私に託したファイル」も読んでいますが、彼の米国を想い、将来を憂う真摯な態度に感銘を受けた。

一方、日本はこのように扱われても米国に対して全く異論を唱えない。
当然、防諜対策も米国への逆の諜報活動もしない。
実に今の日本政府は従順な忠犬というところでしょうか。

 

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*3

 

忠犬のどこが悪いのか?
きっとこんな指摘をする人がいるはずです。

実は、忠犬が悪いのでは無く、国民が知らない内に米国に操られていることなのです。

例えば、米情報機関は電話やメールをすべて盗聴しているので、政府にとって都合の悪い官僚や政治家の秘密を握り、マスコミに情報を流して、簡単に追い落とすことが出来ました。
現実に、米国ではベトナム戦争反対派の封じ込めなどの常套手段でした。

当然、日本でも行われており、確証とまでは言えませんが、野党や中国寄りの政治家などの追い落としは孫崎享著「戦後史の正体」で指摘されています。
日本での米情報機関による大々的な盗聴は揺るがない事実ですが、日本政府が何処まで積極的に追従しているかは闇の中です。

これを陰謀説と一笑に付することも出来ますが、ロシアのKGB出身のプーチン大統領、かつての東欧共産圏の監視社会などを思い起こせば、空恐ろしくなるはずです。
これは世界各国の政治史、宮廷ドラマではありふれた謀略に過ぎない。

米国の監視社会は世界にとっても危険の極みにあり、他山の石ではない。

 

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*4

 
結論
日本は米国への盲従を止め、少なくとも米国の監視下から脱して、EUの首脳並みの態度が取れるように方向を修正すべきです。
放置すれば、やがて大陸の境界に位置する日本列島は代理戦争の大きな災厄に見舞われるでしょう。

どうか、歴史を自力で確認し、何が真実かを見極めて頂きたい。

唯々、祈るばかりです。
「南無阿弥陀仏、アーメン、アッラー・・・」

 

 

注釈1.
迎撃ミサイルによる防御には限界があり、非現実的です。
このことは他の記事で幾度も解説しています。
実際問題、米ソの核開発競争を振り返れば、答えが無くて、その結果、核弾頭の廃棄物が山のように溜まっただけでした。

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Bring peace to the Middle East! 67: Why was it exhausted ? 5: History repeats itself


中東に平和を! 67: なぜ疲弊したのか 5: 歴史は繰り返す 

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< 1. a border fence along the US–Mexico border >
< 1. メキシコの壁  >

 

Last time we looked at that the treacherous social situation is occurring in the United States.
Here we trace back history a bit and examine this has been possible situation any time.

前回、危惧すべき社会状況が米国で起こっていることを見ました。
ここで少し歴史を遡り、このような状況がいつでも起こりうることを見ます。

 

2
< 2. Drought >
< 2. 旱魃  >

What is the president trying to sacrifice now?
The US president is trumpeting that other countries steal interests of the United States with unfair trade and that immigrants are depriving the public of their jobs.

Although there may be such an aspect, the many causes are due to the diplomacy and trade agreements in the past, and naturally the major nation (company) must have gained more profit.
For example, as a background of increasing Mexican immigrants, cheap imported corn from the US by the North American Free Trade Agreement (NAFTA) in 1994 robbed Mexico’s fifteen million farmers’ life. Annotation 1.

Furthermore, he is going to carry out terrible policies aiming only for prosperity of their own country on the sacrifice of other countries.

For example, he is trying to destroy the Framework Convention on Climate Change, but this will have a huge impact on the world.
Currently, the global warming is progressing, the drought in the world has already caused the rise in wheat prices repeatedly and it has caused sea level rise too.
With this discard, the US industry (16% of the world’s CO2 emission) will undoubtedly increase the emission.
And the unity of the world will be disturbed, then global warming will accelerate further.
As a result, huge hurricanes frequently must have come to the United States, and the world that passively observed it will pay the penalty.

The selfish policy of major nations will drive the world into a corner all the more because its national strength is large, with everything such as environment, war, or economy.

Actually, the current American society is similar to the era when Europe moved to imperialism from the 1870s, and also the time of Hitler’s dictatorship.

 
今、大統領は何を犠牲にしようとしているのか
米国大統領はしきりに他国が不公平な貿易で米国の利益を奪い、移民が国民の職を奪っていると喧伝している。

その一面はあるかもしれないが、多くは今までの外交や貿易協定によるもので、当然、大国(企業)がより利益を得ているはずです。
例えば、メキシコ移民が増大する背景に、1994年の北米自由貿易協定(NAFTA)による米国からの安価な輸入トウモロコシがメキシコの1500万人農民の仕事を奪った。注釈1.

さらに、他国の犠牲の上に自国の繁栄を目指す恐ろしい政策が行われようとしている。

例えば、気候変動枠組条約を破棄しようとしているが、これは世界に大打撃を与える。
現在、地球温暖化が進み、すでに世界で大旱魃による小麦価格の暴騰が繰り返され、また海面上昇を招いている。
この破棄により米国の産業(世界のCO2排出量の16%)は気兼ねなく排出を増やすだろう。
そして世界の結束は乱れ、さらに地球温暖化が加速することになるだろう。
その結果、米国には大型ハリケーンが頻繁に来襲し、それを傍観した世界にも報いは訪れる。

大国の身勝手な政策は、その国力が大きいだけに、環境・戦争・経済などあらゆることで益々世界を窮地に落とし入れることになる。

実は、今の米国社会はヨーロッパが1870年代から帝国主義に突き進んだ時代、またヒトラー独裁の時代と似ているのです。

 

3

*3
The time of Hitler
Here we can compare the current American society with the German society of the Nazis easily.

“Communists and Jews are putting our nation into turmoil! Let’s recover our former territory!”
Hitler’s statement was gaining tremendous popularity, and he was able to become a dictator.

What is it about Hitler took hold in the mind of people?
Its reason is due to that he attributed all cause of the deterioration to others, then proposed a method without pain for the public by sacrificing others (exclusion, expansion of territory).

Hitler is fascism, and Trump is called populism.
Although there are different things in these, there are similarities too.
The both deny existing elite layers (politicians, intellectuals, mass media) and declare that they can solve easily with exclusionary policies. Annotation 2.
And people who supported the two men are middle class in Germany and White in the United States.
People can easily accept the reckless proposal to sacrifice others if they become safe.

Furthermore, there are more interesting similar features.
At first, Hitler showed being on worker side and exclaiming against owners of capital.
However, from halfway, he sponged on some capitalists and accomplished the dictatorship with the cooperation of the military.

From the beginning, he didn’t have logical and constructive assertion, so the policy was only patchwork response.
When the people noticed that they were deceived by his snow job, it’s too late.

This continues to the next.

 
ヒトラーの時代
ここで今の米国社会とナチスのドイツ社会を簡単に比較します。

「共産主義者とユダヤ人が国家を混乱に陥れている! かつての領土を取り戻せ!」
このヒトラーの発言が絶大な人気を呼び、彼は独裁者になることができた。

ヒトラーの何が多くの心を捉えたのでしょうか。
それは悪化の原因を他者に帰し、自身は痛みを伴わない方法、つまり他者を犠牲にする方法(排除、領土拡大)を提案したからです。

ヒトラーはファシズムで、トランプはポピュリズムと呼ばれています。
これは異なるところもありますが、共通点があります。
二人は共に既存のエリート層(政治家、知識人、マスコミ)を否定し、排他的な手法でいとも簡単に解決すると明言する。注釈2.
そして二人を支持した人々はドイツでは中間層、米国では白人です。
人はいとも簡単に、自身が安泰なら他者を犠牲にする無謀な提案を受け入れてしまうのです。

さらに面白い類似の特徴があります。
ヒトラーは最初、労働者の味方で資本家を非難する素振りを見せていた。
しかし途中から裏で、一部の資本家にすがり、軍部の協力を得て独裁を成し遂げた。

元々、彼には論理的で建設的な主張がなかったので、政策はその場しのぎに過ぎなかった。
後に国民はその巧みさに騙されたと悔しがったが、後の祭りでした。
次回に続きます。

 

注釈1.
2017年1月、大統領はNAFTA再交渉を明言。

注釈2.
排他的な手法とは、ヒトラーの場合はアーリア人以外を強制排除(抹殺)、そして軍事力による自国の領土拡張でした。
トランプの場合は、白人とキリスト教徒以外の排除、保護貿易と2か国間交渉による自国優位です。

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 29: ビルニュス 4


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*1

 

 

今日で、ビルュニスとお別れです。

この日は、霧と紅葉に抱かれた街を堪能することが出来ました。

最後に、ロシアとバルト3国について感じたことを記します。

 

 

 

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< 2. 地図、黄色の矢印が北側 >

 

上の地図: 赤い線が旧市街の徒歩観光ルートです。

Gは夜明けの門で、赤いアドバルーン状の印は展望台です。

Pは聖ぺテロ&パウロ教会です。

 

下の図: 展望台からの眺めを再現しています。

赤いアドバルーン状の印が展望台です。

赤い線が旧市街の徒歩観光ルートで、中央の高い塔は聖ヨハネ教会です。

 

 

 

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< 3. 家並み >

 

民家や中庭などを撮影しました。

 

下の写真: 民芸店のある中庭。

壁に数体の聖人像などがはめ込まれ、木の右枝には木彫りのフクロウが見えます。

 

 

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< 4. 印象に残ったもの >

 

左上の写真: 夜明けの門のイコン。

少し時間が経ってから戻ってみると、窓が開いていて、イコンを見ることが出来ました。

 

右上の写真: 夜明けの門の直ぐ近くにあるテレサ教会の屋根の黄金の王冠。

この手の王冠は聖カジミエル教会にもあった。

私は他の国であまり見かけたことがない。

 

左下の写真: No.3の写真の中庭に面した民芸店。

ここは夜明けの門の外にありました。

 

右下の写真: No.5の写真の展望台の柵。

この無数の鍵は、恋人達が一生別れることが無いようにと鍵を掛けていったものです。

 

 

 

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< 5. 展望台Subačiaus apžvalgos aikštelė >

 

霧の為に、この写真ではうまく伝えられませんが、展望台の紅葉は素晴らしかった。

眼下に、紅葉する木々の向こうに数々の教会群が霧に霞んでいる景観は幻の中世を忍ばせます。

 

下の写真: 中央の一番高い鐘楼はビルニュス大学横の聖ヨハネ教会でしょう。

私達はあの前を右から左に通って行きました。

 

この目の前で、高々25年ほど前にソ連軍、75年ほど前にはドイツ、ポーランド、ソ連の軍隊が蹂躙していったのです。

 

 

 

 

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< 6. 聖ぺテロ&パウロ教会 1 >

 

驚きの教会です。

外見は小さく、それほど古くもなく、一見何の変哲もない教会でした。

しかし、内部に入るとその素晴らしさに目を奪われます。

かつてドイツの小さな村で見たヴィース教会の驚きを思い出します。

 

この教会は1668年から7年間で造られたが、内装には30年を要している。

これは当時の一将軍が、自分の廟として造らせたものでした。

中は2000体以上の漆喰彫刻で飾られている。

極彩色や黄金色による派手さはないが、白地一色の空間と彫刻群は地元の人にとって清楚で親しみのあるものになっているのだろう。

きっと人々はリトアニアの歴史や聖書、神話の世界に引き込まれていくことだろう。

 

 

 

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< 7. 聖ぺテロ&パウロ教会 2 >

 

 

 

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< 8.聖ぺテロ&パウロ教会 3  >

 

 

 

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< 9. 聖ぺテロ&パウロ教会 4 >

 

左の写真: 入退出扉側。

その扉の左側を拡大したものが下の写真です。

 

右の写真: 大鎌を持った骸骨の像。

ロシアとバルト三国の教会を訪れて、何カ所かで教会を出る時に、人間の死を連想させる絵や像を見かけた。

信者に生と死を意識させ、さらに復活を印象付ける場合もあった。

 

またロシアとバルト三国の教会を訪れて気が付いたのは、スペインの教会と違って、こちらにはイエスの痛ましい磔刑直後の生々しい像を見かけなかったことです。注釈1.

当然、十字架の像は別です。

 

 

 

 

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< 10. 様々な旧市街の光景 >

 

上の写真: ある店先。

カラフルな貸し自転車でしょう。

 

中央の写真: バルト三国の名物、琥珀。

 

現在でも世界の琥珀の90%はバルト海沿岸で算出される。

バルト三国は未開の地でヨーロッパの果てのイメージがある。

しかし、この地域で採れる琥珀は紀元前2千年紀から中東の文明に知られていた。

そして地中海からユーロッパを抜け、バルト諸国を通りエストニアの北端に至る。この「琥珀の道」が最古の交易ルートの一つとして活躍していた。

ローマ帝国が誕生する遥か前のことです。

 

 

下の写真: 道路沿いの民家の壁。

若い芸術家に作品の発表の場を提供しているのだそうです。

 

 

 

ロシアとバルト3国の旅行を通じて感じたこと。

まだポ-ランド訪問が残っていますが、バルト3国への思いを記します。

 

私が今回の旅行で知りたかった事の一つはバルト三国の苦しみでした。

また今のロシアは脅威なのかを知りたかった。

この二つは、バルト三国にとっては切実な問題です。

 

切実な問題とは

リトアニアは2015年9月から徴兵制を復活させたが、これは2014年からのロシア介入によるウクライナ内戦の二の舞を恐れているからです。

ちなみに人口325万のこの国の兵員は2万人ほどで、対するロシアは77万人です。

ロシアの脅威に対してバルト三国は、2004年にNATOに加盟し、2016年から更なる派遣軍の増強を受けている。

 

だが旅行中に、この軍事的な緊迫を感じる場面に出会うことはなかった。

しかし、バルト三国がロシア(ソ連)から受けた仕打ちを知れば、人々の恐怖は理解出来る。

さらに、各国に暮らすロシア住民とウクライナ内戦の発端を考えれば現実味を帯びてくる。

 

 

だがそれだけではない。

私がロシア旅行で会った二人のロシア人の話から、その恐怖はさらに現実味を帯びてくる。

彼らの発言について、既に、この旅行記で書いていますが、この件に関してまとめると以下になります。

 

「かつてソ連邦に属していた国は我々のものである。」

この発言はウクライナとチェチェンについて語ったものですが、バルトについても同様と推察します。

 

「ロシア人はバルトのような小国に関心はない。」

この発言の真意を汲み取るのは困難ですが、すぐ国境を接しているところに暮らす教養ある若者の発言にしては違和感がある。

 

また彼らと話していて、ロシアに批判的な話をすると、いとも簡単に「それは欧米のプロバガンダです」と吐き捨てる。

この口調に、私はロシアのマスコミを含めた情報統制とプロパガンダを感じる。

ちなみにロシアの「世界報道自由ランキング」は148位/180ヵ国です。注釈2.

 

ソ連邦の時代、バルトを含め東欧諸国の人々はモスクワによる徹底した情報統制を経験している。注釈3.

従って、バルトの人々は、例えロシア人が大らかであっても、国のプロパガンダによって侵略に肯定的になることを知っている。

おそらくは、ゴルバチョフやエリツインが潰えた後は、この情報統制が復活したのだろう。

 

またロシアはプーチンが大統領になった頃(2000-2008)に急成長を遂げたが。

その後、成長は止まり、毎年10%ほどのインフレを起こしている。

観光していて、私は地方の経済は取り残されていると感じた。

このような時、強面が売りのトップは、他の大国も同様だが、不満から国民の目を逸らす為に、外部に対して暴挙に出やすい。

 

私は少ない情報での感想だが、このような恐れを感じているバルト三国に同情している。

 

 

今思うこと

命を賭けて独立を望む小国があり、これを無視し軍事力で抑圧する大国がある。

往々にして当事国の国民や、外国の人は無関心である。

 

いつか、これら小国の自由と権利が踏みにじられる時がやって来るかもしれない。

このことを私達はアジアや中東でつぶさに見て来た。

私は彼らの自由と権利を世界が守るべきだと思う、これが世界の正義となるべきです。

 

幸い今、NATOが抑止力となってくれている。

もし、西欧がこの保護を放棄するれば、いずれこの地域が紛争地となり、やがて災厄は蔓延していくことになるだろう。

その過程は、中東紛争で見た通りです。

 

 

最も重要な事

大国の振る舞い(外交、経済政策)は影響が大きいだけに非常に重要です。

したがって大国は自ら正義を実践すべきであって、身勝手は抑制しなけらばならない。

身勝手な大国に対して、多数の国が団結して、方向転換を促すべきです。

ましてや、その大国への盲従する愚は避けるべきです。

 

また、世界が協力して報道の自由度を確保する体制作りが必要です。

米国やロシアなど大国の報道の自由度低下は不安です。

日本も最近は低下傾向にあり、ついに72位に転落し、世界で中位になってしまった。

 

 

次回に続きます。

 

注釈1.

スペイン・カスティーリャ=ラ・マンチャ州シウダー・レアル県、Puerto Lápice 村にあるカソリック教会Nuestra Señora Del Buen Consejoで、私はロー人形のようなイエスの生々しい痛ましい像を見ました。

 

注釈2.

国境なき記者団が発表する2016年度のもの。

米国は41位でした。

 

注釈3.

参考図書は「操られる情報」1984年刊、パウル・レンドヴァイ著。

 

 

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東京裁判とパール判事 1: 例え話


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*1

 

連載を始めるにあたり、このテーマの全体像を例え話にしてみました。

 

 

題名 「大泥棒とコソ泥と神様」

 

 

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或る所に大泥棒とコソ泥が競って人々に乱暴を働いていました。

とうとう、大泥棒はコソ泥を捕まえ、珍しく裁判にかけることにしました。

 

大泥棒

「お前達コソ泥は多くの人を殺し、物を奪い、人々を不幸のどん底に陥れた。

これは死罪に値する。」

 

コソ泥

「私達は大泥棒から身を守る為にコソ泥になった。

私達の残忍な殺し方が罪になるのなら、大泥棒の落とした爆弾の罪はもっと大きいはずです。

あなたがた大泥棒が数百年間行って来た事と比べれば、私達コソ泥のしたことなど屁でもない。」

 

大泥棒

「しかし、今回の大惨事はお前らコソ泥が始めたことで起きたことは明白である。

この裁判では、お前らに今回の大惨事の責任を問うものであり、過去のことは問題外である。」

 

コソ泥

「そりゃ片手落ちと言うものですよ。

ましてや泥棒同士の殺しや盗みを罰する法律はありやしません。

法律も無いのに、罰するなど泥棒の風上にも置きやしません。」

 

大泥棒

「却下する。証言を聞きなさい。」

 

被害者

「私達はこのコソ泥達に口では言えないほどの残虐な仕打ちを受けました。」

 

コソ泥の仲間A

「私は彼らにやり過ぎだと言ったのですが、逆に殺すぞと脅されました。」

 

大泥棒

「コソ泥の罪は明白であり、頭目は即刻、死刑とする。」

 

 

3

*3

 

ここで、一人の神様が現れ、大泥棒を諭しました。

「この裁判は間違っている。

コソ泥は大泥棒を真似たに過ぎない。

また、あなたがた泥棒は全員で泥棒間の争いを裁く法を作っていないではないか。」

 

一方、コソ泥にも諭しました。

「あなたがたはほんとうに酷いことをした。

法が無い以上、頭目の死刑は問題だが、あなた方は大いに反省しなければならない。

当然、残虐なことをした人は裁きを逃れない。」

 

 

コソ泥の仲間B

「さすが神様だ! 我々、コソ泥の汚名はそそがれた。

私達の仲間は悪くはなかったのだから、被害者に謝罪する必要はない。」

 

神様はコソ泥の家族たちにこう言い残しました。

「私がなぜ無罪と言ったのか、その真意を汲み取って欲しい。

このまま大泥棒の身勝手を許すと、益々増長し、人々はより大きな悲惨な目にあうだろう。

あなた方こそが、この試練を教訓とし泥棒稼業から足を洗うのです。

決して大泥棒と組せず、率先して世界から泥棒を無くすようにしなさい。

その為に、私は「日本は無罪」と言ったのです。」

 

今、この神様は雲間から悲しそうな目で下界を見ていることでしょう。

 

終わり。

 

この連載をいずれ始めます。

 

注釈

大泥棒は連合国、コソ泥は日本です。

大泥棒の数百年の行為とは帝国主義や植民地政策のことです。

大泥棒の爆弾とは原子爆弾のことです。

今回の大惨事とは第二次世界大戦、日中戦争、太平洋戦争です。

 

泥棒同士の争いとは国家間の戦争で、これを裁く国際法はまだない。

神様とはパール判事です。

大泥棒の身勝手とは、自衛と称して軍事介入し、冷戦下で代理戦争をやらせ、ベトナム戦争を行い、中東に介入し戦火を拡大させていることなどです。

 

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ドラマ「東京裁判」を見て


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今日は、素晴らしい再現ドラマ「東京裁判」を紹介します。

これはNHKのテレビ番組で、この12月12~15日に放送されたものです。

YouTubeで「東京裁判 NHKドラマ」が見れます。

 

 

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< 2. 実在の主役達 >

 

上の写真: 東京裁判の被告席。

中央の写真: 東条内閣。

下の写真: 東京裁判の11人の判事達。

 

 

 

はじめに

東京裁判は、勝者の意趣返し、または戦争否定に繋がったと評価が分かれている。

また私にとって東京裁判はいつか全貌を知らなければならない課題でした。

 

それは、「日本を戦争へと突き進ませた状況をどう見るか?」でした。

言い換えれば、「戦争の責任は国の指導者、国際状況、国民のいずれがより重いのか?」になる。

 

今一つは、「国際法(国家間で作った条約など)に期待を託せるのか?」でした。

言い換えれば、「国際法で国家や戦争を裁くことが可能か?」になる。

 

その答えは先送りになったが、私はドラマに救われた思いがした。

ドラマでは各国から派遣された11人の判事が「日本の戦争」に真剣に取り組み、篤く議論する姿が描かれていた。

彼らは「悲惨な戦争の再発防止」「残虐行為への懲罰」「厳密な法適用」「戦争への根源的な問い」など、それぞれの信条に従い議論し、ぶつかりまた協力して行く。

そして半年で終わるはずの裁判は2年半に及んだ。

 

超難題を抱える裁判の裏側を、各国の名優が演じ切った。

素晴らしい人間ドラマです。

 

 

東京裁判について、マイペディアよりコピー

 

「極東国際軍事裁判が正称。

1946年1月19日連合国最高司令官マッカーサーの命令で設立された極東国際軍事裁判所が日本の戦争指導者に対して行った裁判。

原告は米・英・中・ソのほか7ヵ国。

同年5月3日より東京市谷で開廷。

裁判長はオーストラリアのウェッブ。

首席検察官は米国のキーナン。

戦争犯罪を〈平和に対する罪〉〈殺人の罪〉〈通常の戦争犯罪と人道に対する罪〉に分けて満州事変以来の日本軍閥の侵略を追及。

1948年11月12日判決。

東条英機ら7名が絞首刑,荒木貞夫ら16名が終身禁錮。

ニュルンベルク裁判とともに二大国際裁判といわれる。」

 

 

日本の戦争

満州事変に始まり日中戦争へ、さらに真珠湾攻撃から太平洋戦争へと突き進んだ。

そして、最後は日本全土の空襲と原爆投下で終戦となった。

この第二次世界大戦で世界の人口の2.5%(民間人5500万人、軍人2500万人)が死んだ。

 

 

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< 3.日本の戦争 >

 

 

 

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< 4. ドラマのシーン 1>

 

上の映像: 判事達が裁判に臨むシーン。

先頭にいるのはオーストラリアのウエッブ裁判長。

 

下の映像: 判事全員が被告人の罪の有無、量刑について議論するシーン。

 

初めは、まとまっているように見えたが、やがて亀裂が走り始める。

その一つの論点は「平和に対する罪」で被告を裁けるかどうかでした。

 

実は、世界はながらく戦争を国家の権利(自衛権)と見なしていたのです。

どう法律家があがいても、戦争する国を止めることが出来なかったからです。

一方、戦闘手段の制限は12世紀頃から国際法として徐々に発展し、戦争犯罪が確定していった。

しかし、世界は第一次世界大戦後の壮絶な殺し合いを経験し、戦争を違法とするパリ不戦条約を発行した。

しかし、これは不完全であり、また戦争を再発させてしまった。

その反省から、第二次世界大戦中の1995年に連合国が中心となり「平和に対する罪」を規定した国際軍事裁判所憲章を急遽作った。

 

それに加え、様々な論点が波乱を呼んだ。

 

 

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< 5.ドラマのシーン2 >

 

一番上の写真: オランダのレ-リンク判事と竹山道雄(「ビルマの竪琴」の著者)との交友。

レ-リンク判事はパール判事に感化され、後に判決に対する反対意見書を提出した。

彼は事後法の問題は逃れえるが、日本の指導者への極刑は過ぎると反対した。

ドラマでは、彼が中心になっているように思える。

 

二番目の写真: 英国のパトリック判事(中央)が中心となって日本の戦争指導者に断固、極刑を課する多数派を結成する。

アメリカ、中国、フィリピン、ロシア、カナダ、ニュージーランドがこれに同調し、弱腰の裁判長の追い出しや判決文作成を担った。

彼らは国際軍事裁判所憲章の順守とニュルンベルク裁判の成果を損ねないことを盾にした。

そこには各国の事情や個人の偏見や復讐心が垣間見えた。

 

三番目の写真: インドのパール判事。

彼は当初から、法の恣意的な適用に断固反対し、1235ページに及ぶ別個の判決文を提出した。

日本の行った戦争犯罪を裁くことは可能だが、法のプロが事後法の「平和に対する罪」を適用することがあってはならないとした。

また焦土と化した日本を見て、欧米先進国の身勝手さと思い上がりを痛烈に批判した。

それは原爆投下、また世界に害悪をもたらした帝国主義、日本を軍事大国に追い込んだかもしれない行為を顧みない姿勢です。

 

四番目の写真: フランスのベルナール判事。

彼も法律家として、東京裁判が正当化出来ないとして、反対の立場から意見書を提出した。

 

 

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<6.資料 >

 

上の地図: 第二次世界大戦での日本の最大占領地。

中央の写真: マッカーサーと天皇。

二人は東京裁判での日米の主役でした。

 

下の写真: 実写フイルム。

東京裁判で日本側弁護人となった米国のブレイクニーの口からから発せらた驚くべき言葉。

「キッド提督の死が真珠湾攻撃による殺人罪になるならば、我々は、広島に原爆を投下した者の名を挙げることができる。」

 

 

あとがき

私はこの手のNHKの活躍を誇り思い感謝します。

これまでもNHKは、ベトナム戦争や日本の戦争について徹底した調査を行い、分かりやすい形で放送して来た。

このドラマはオランダ、カナダとの共同制作で、8年もの歳月をかけたらしい。

 

ドラマで描かれた赤裸々な葛藤や苦悶、断固意思を貫く人々が絡み合う血の通った論争シーン、どれもが私を魅了した。

 

一方で残念なこともある。

無理だとは思うが、国際法の今後、「世界が国家の不正義を裁くこと」の意味を語って欲しかった。

 

残念ながら、現在の状況を見るとパール判事の言った、「世界はまだ未成熟である」が70年後も変わらないようです。

相変わらず、大国は恣意的な戦闘や軍事援助を行い続け、止める算段がないどころか、深みにはまるばかりです。

 

お読みいただき感謝します。

 

 

 

 

 

 

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 13: エカテリーナ宮殿 1


 

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*1

 

今日はサンクトペテルブルグ近郊にあるエカテリーナ宮殿を紹介します。

この日(9月30日)は快晴で、素晴らしい黄葉に囲まれた宮殿を存分に楽しみました。

 

 

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< 2. エカテリーナ宮殿 >

 

上の写真: 入場開始時間を待つ観光客の眼差しの向こうに宮殿が朝陽を浴びて輝いている。

 

下の写真: 右が宮殿、左が学習院で、奥に紅葉の街路樹に囲まれた通りが続いている。

詩人プーシキンはこの学習院の第一期生でした。

 

 

3

< 3. エカテリーナ宮殿に入場 >

 

エカテリーナ宮殿について

ここはサンクトペテルブルグから南に約25km離れた所にあります。

ここ一帯にはかつての皇族の夏の宮殿と庭園が広がっています。

エカテリーナ宮殿は1724年、ピュートル大帝の妃、女帝エカテリーナ1世のために建設された。

 

 

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< 4.2階に上がる階段 >

 

見学者は1階で大きなコートや荷物を預け、2階に上がり見学を始めます。

 

 

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< 5. 大広間 1 >

 

度肝を抜かれた黄金に輝く大広間です。

秋の陽射しが部屋の隅々まで差し込み、金の装飾が燦然と輝き、眩しいくらいでした。

ここで小説「おろしや国酔夢譚」の大黒屋光太夫がエカテリーナ2世(大帝)に謁見して帰国を願い出た。

 

 

 

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< 6. 大広間から続く部屋 >

 

この向こうに、食堂やサロンが続く。

 

 

 

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< 7. 大広間 2 >

 

上の写真: 窓越しに庭の紅葉が見えている。

下の写真: 二つの陶器製のものは暖炉です。

 

 

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< 8.絵画の間 >

 

上の写真: 食堂。

大きな宮殿にしては非常に小さく、家族用の感じです。

 

下の写真: 絵画の間。

 

 

 

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< 9. 緑の間 >

 

古代ローマ風の浮彫がある食堂。

 

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< 10. 見学最後の部屋 >

 

上の写真: 見学最後の部屋。

床の木組みが美しい。

この部屋を抜けると、1階に降りて庭園に出ます。

 

下の写真: 宮殿の復元作業の展示。

1階の長い通路の両側に展示されています。

上部中央の写真は写真4.の階段だと思います。

 

この破壊は、第二次世界大戦中、ドイツ軍がこの宮殿を占領し撤退する時に起こした。

有名な「琥珀の間」もそっくり分解されて持ち去らてしまった。

今回、私達が見た「琥珀の間」は2003年に乏しい資料を頼りに再現されたものです。

残念ながら、「琥珀の間」は写真撮影が出来ませんでした。

 

 

 

あとがき

宮殿の素晴らしさに感動したのですが、大きい宮殿の割に見学した部屋が少ないので不思議に思っていた。

だが、復元作業の写真を見ると納得した。

現在のところ、修復された部屋はわずか29室らしい。

復元を行った館長らの英断と苦労に頭が下がります。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 47: religion and persecution 1: at the beginning


中東に平和を! 47: 宗教と迫害 1: はじめに

 

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*1

I deal with antagonism and persecution that arise from religion as a theme from now on, and it was a flash point of the problems of the Middle East.
This is a pitiful reality that the human race is burdened with for many years.
Why will religion giving salvation to people produce antagonism and persecution?

 

これから中東問題の火種の一つ、宗教がもたらす対立や迫害を取り上げます。
これは人類が長年背負って来た痛ましい現実です。
なぜ人々に救いや安らぎを与えてくれる宗教が対立や迫害を生むのでしょうか?

 
Preface
I will clear up a misunderstanding first.

 

The antagonism and persecution start with distinguishing the relative (family or group) from other group.
We unconsciously perform this distinction routinely.
When uneasiness and dissatisfaction in a group increase, the distinction is shared by the group, and becomes discrimination.
The group uses a simple earmark for the discrimination.
The religion is only one of the mark like race, ethnic group, and sex.
But it can become more violent.

 
はじめに
最初に誤解を解いておきます。

 

対立や迫害は、人間が身内(家族や集団)とそれ以外の集団とに区別することで始まります。
私達は日常的に、この区別を無意識で行っています。
そして不安や不満が高まると、これが集団で共有され差別に発展にします。
集団はこの差別に単純明瞭な目印を利用します。
宗教も人種や民族、性別、貴賤などと同様の目印の一つに過ぎない。
ただ、より暴力的になることがある。

 

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< 2. Buddhist scriptures >
< 2. 経典「阿含経」 >

 

Various antagonism and persecution that arise from religion

As for Buddhism
An early Buddhist scriptures said,
“Buddha said to an elder, there are nine bad habits to women, and they are dirtiness and jealous, and have a bad mouth …..”

 

There are many sentences that dirty some kind of persons in other scriptures.
For example, ” One doing such evil deed must be an untouchable.” and ” You must not have friend doing unclean job.”
Naturally these scriptures do not prompt such discrimination, and use it to keep away a believer from evildoing.
Unfortunately the common ideas in India of the time have remand in the scriptures.

 

However, when it was handed down to Japan, it led to the justification of despising women and dirty persons.

 

宗教が生む様々な対立や迫害
仏教では
初期の仏教経典「増一阿含経」に曰く。
「世尊は長老に言った。女人には九の悪い習性があり、不浄で、悪口多し、嫉妬し、・・・。」

 

他の教典にも貶める文言が見られる。
例えば、「そんな悪事を働くのは栴陀羅(せんだら、インドの不可触民)だけだ!」「穢れた仕事をする者を友にするな!」などがある。
当然、経典は差別を煽っているのではなく、信者を悪行から遠ざける為に用いている。
残念ながら、当時のインド社会の通念が経典に遺存してしまった。

 

しかし、これが日本に伝わると、女性や穢れた者を蔑視することの正当化につながった。

 

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< 3. Armed monk >
< 3. 僧兵 >

 

In addition, in Japan, civil wars took place between denominations of the Buddhism.
In the 16th century during the Warring States period, the Nichiren-sect followers joined up with the military power of a daimyo and set fire to the Ikko sect temples in Kyoto.
And armed monks of Mt. Hiei were impatient of the Nichiren-sect followers gathering strength, and joined up with the military power of other daimyo, then set fire to the Nichiren-sect temples, and killed several thousand people in Kyoto.
Because each denomination competed for power, these happened.

 
また日本でも仏教の宗派間で内戦が起きている。
16世紀、戦国時代の京都で、日蓮宗徒が大名と組み、浄土真宗の寺院を焼き討ちした。
また、勢いを増す日蓮宗に業を煮やした比叡山(天台宗)は大名と組み、その僧兵が日蓮宗の寺院を焼き払い、数千人を殺害した。
これは各宗派が勢力を競った為に起こった。

 

4

< 4. a Indian bamboo work group >
< 4. インドの竹細工集団 >

 

As for Hinduism
The Indian caste system (four hierarchies) was already stipulated in Brahmanism scripture of the Rig-Veda.
The scripture was created in the process that Aryan had invaded the north India more than 3,000 years ago and had conquered aboriginal people.
The class system was also stipulated in Manu Smriti established around A.D.

 

The reason of the caste system’s birth is not clear.
But I think that there were exclusive professional groups suitable for India, and it was strengthened by the logic of dirtiness that Brahman emphasized and the doctrine of the transmigration of souls.
Untouchable being under the four hierarchies has received miserable discrimination.

 
ヒンドゥー教では
インドのカースト制(4つの階層)は最古のバラモン教の聖典リグ=ヴェーダに既に規定されていた。
この聖典は3千年以上前にアーリア人が北インドに侵入し、先住民を支配する過程で生まれた。
紀元前後に成立したマヌ法典にも身分制が規定されている。

カースト制誕生の理由は明らかではないが、インドに適した排他的な職能集団があり、それをバラモンが強調する浄・不浄の論理と輪廻思想で強化し定着させたと考えられる。
4つの階層の更に下になる不可触民は悲惨な差別を受けている。

 

5
< 5.  India-Pakistani wars and conflicts >
< 5. インド・パキスタン戦争 >

 

The colony dismantling of the U.K. in 1947 led to the India Pakistani wars that happened many times.
Hindus of the Indian majority and Muslims of the minority antagonized each other, and the latter insisted on separation.
The Muslims achieved independence as Pakistan, but more than ten million refugees flowed in mutually at this time, riots and slaughters occurred, and 1 million people died.
Until now, the antagonism continues due to this issue and possession of Kashmir.

 

This continues the next time.

 

幾度も起こったインド・パキスタン戦争の発端は、1947年の英国の植民地解体にあった。
インドの多数派のヒンドゥー教徒と少数派のイスラム教徒の対立が激化し、後者は分離を主張して譲らなかった。
イスラム教徒はパキスタンとして独立を果たしたが、この時に1千万人以上の難民が相互に流入し、暴動や虐殺が発生し100万人が死んだとされる。
この事とカシミール領有で、現在まで対立は続いている。

 
次回に続きます。

 

 

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Bring peace to the Middle East! 46: Now, something I think. 2


中東に平和を! 46: 今、思うこと 2

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< 1. KKK >
I looked at the absurdity of the Middle East last time.
From now on, I will look at negative side of the human family inviting the absurdity.

 

前回、中東の不条理をみました。
今後は、この不条理を招く人類の負の側面を見て行きます。

 

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< 2. agriculture of Jewish immigrants in Palestine >
< 2. パレスチナでのユダヤ移民の初期農業 >

 

The unintelligible absurdity
For example, would you image an economic competition between Jewish immigrants and indigenous Arab ?
The Jew bought land with much money, and surpassed indigenous Arab with richer investment capital and sophistication.
Do you think that it was a free competition and wasn’t a colonial rule?

 

If you think so, would you image a situation that immigrant group freely came in your neighborhood, buys up the land in large quantities, and does self-indulgently ?
Naturally your nation should establish a law and stop the action.

 

However, many indigenous groups couldn’t take this countermeasure.
One of the Palestinian tragedy is that the Jew having their own country could make a law freely, in contrast, the Arab had not their own country.
For example, the Jew admitted the Arab’s right to vote, but, did not allow the Arab to found their political party.
The Jew was very clever.

 

There is much mechanism producing such absurdity.
However, the world can’t well deal with these yet.
I will investigate problems common to all humankind that drove the Middle East into the miserable situation from now on.

 
見え難い不条理
例えば、パレスチナでのユダヤ人入植者と先住のアラブ人の経済競争を考えましょう。
ユダヤ人は金に飽かして土地を買い、さらに豊かな投資資本と高度な知識をもって、先住者を凌駕する。
皆さんは、これは自由競争であって、植民地支配じゃないと思いますか。

 

そう思われる方は、現実にあなたの近くに移住者が自由に入って来て、土地などを大量に買い占め好き放題にする状況を想定してください。
当然、国として法を定め対抗手段を取ることになる。

 

ところが、多くの先住集団はこの対抗手段が取れないのです。
パレスチナの悲劇の一つは、アラブ人には国が無く、国を持ったユダヤ人は都合の良いように法律を作ることが出来たことにあります。
例えばアラブ人に選挙権を認めても政党を作らせないとか。
実に巧です。

 

このような不条理を生むメカニズムは多々あります。
しかし、世界はこれらにまだうまく対処出来ていない。
これから中東を悲惨な状況に追い込んだ人類共通の問題点を見て行きたい。

 

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< 3. Jews of Warsaw being taken away by German military >
< 3. ドイツ軍に連行されるワルシャワのユダヤ人 >
Planned themes I take up from now on

 

1. About the relation between religion and law
We look at the relation between religion and law by means of comparing the birth of the world religions.
In the Islamic world, the all laws have evolved from the Koran.
Observing the Arab world from the outside, we may feel it a cause that has depressed the Middle East and has interrupted the modernization.
Therefore, through a comparison with the birth of the world religions, we get to know why the Islam had taken the legal system being different from others.
From there, we can understand a role of law.

 

2.About the birth of a terrorist
We previously saw the situation that terrorism of radical extremist was caused by intensified struggles in the Middle East.

 

This time, we spotlight an individual and investigate the relations of the terrorism outbreak between European society.
From there, we can know that discrimination and persecution might make people radical, and become a terrorist.
3.Why does religious persecution occur ?
In the Middle East, the opposition between pagans and denominations became tinderbox.
A problem of the Palestine was caused by the opposition between the Jew and Muslim, but there was the persecution of the Jewish people by the Christian first.
We look at why Christian came to persecute the Jew.
However, this is a phenomenon to be seen in every religions widely.

 

4. About some factors to exhaust the society, and to embroil it in devastating fighting.
There were the effect of a colony and the Cold War in the factors of the problems of the Middle East.
Damage and aftereffects that these two gave human family are serious, but reality people don’t recognize it so much.

 

The reason that people aren’t conscious of that much is because that the most of the cases were started on as national interest protection or defensive measure in an unknown area when a country gets involved in it.

 

These four themes formed negative side of the world history more or less.
Our peaceful society depends on how we deal with these factors.

 

This continues the next time.
今後、取り扱う予定のテーマ

 

1.宗教と法の関わりについて

 

ここでは、代表的な世界宗教の誕生を比較しながら、宗教と法の関わりを見ます。
イスラム世界ではすべての法律がコーランから発しています。
アラブの外から見れば、これが中東の近代化を阻害し停滞させている一因に見えるかもしれません。
そこで、幾つかの世界宗教の誕生と比較して、なぜイスラム教は他と異なる法制度を取るようにようになったかを見ます。
そこから法の役割が見えて来ます。

 
2.テロリストの誕生について

 

今まで中東内部の抗争激化から過激派のテロが生まれる状況を見て来ました。
今度は、個人にスポットを当て、欧州社会とテロ発生の関係を見つめます。
そこから差別と迫害が、人々を先鋭化させテロに走らせる可能性が見えて来ます。
3.なぜ宗教は迫害を生むのか

 

中東において、異教徒間や宗派間の対立は紛争の火種になっていました。
パレスチナ問題はユダヤ教徒とイスラム教徒との対立ですが、その前にキリスト教徒によるユダヤ教徒の迫害がありました。
ここでは、キリスト教徒がなぜユダヤ教徒を迫害するようになったかを見て行きます。
しかし、これは特定の宗教に限ったことではなく、広く宗教全般に見られる現象です。

 

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< 4. agriculture of Japanese immigrants in Manchuria >
< 4. 満州での日本人移民の農業 >

4.社会を疲弊させたり、紛争に巻き込む要因について

 

中東問題の要因に植民地と冷戦の影響がありました。
この二つが人類に与えた被害と後遺症は甚大なのですが、一般にはそれほど認識されていないのが現実です。

 

これがそれほど意識されない理由は、国がこれに手を染める時、多くは国益保護や防衛手段として始め、また多くの国民にとって見知らぬ地域で行われたからです。

 

これら4つのテーマは、大なり小なり世界史の負の側面を形作って来ました。
人類が如何にこの要因に対処するかで、平和な社会の到来が決まるでしょう
次回に続きます。

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