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何か変ですよ! 54: 捨てることが出来るか


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誰しも既存のものに固執していると、発展のチャンスを失うことがある。

しかし、なかなか馴れ親しんでいるものをキッパリと捨て去ることは難しい。

今の社会について、少し考えてみましょう。

 

 

はじめに

手描きで行っていたデザインを、これからパソコンで描きなさいと言われれば、特に年配者には苦痛だろう。

慣れたやり方を捨てるのは辛いものです。

 

一念発起して海外に飛躍を求めるなら、人は友や故郷と別れなければならない。

サラリーマンは定年退職すると、それまでの収入や地位を捨てなければならない。

買った物を捨てることが出来ない人は、やがて家中が不用品で一杯になってしまうだろう。

 

捨てることは、結構辛い意思決定を伴います。

 

しかし今日、皆さんと考えたい問題は、社会や人類の未来についてです。

 

私達は多くの新しい技術や社会システム、思想を得て進歩して来ました。

一方で、私達は同時に多くのものを捨てて来ました。

 

我々が特別に意識せずとも、古いものが自然と廃れていくこともありますが、逆になかなか捨てることが困難な場合もあります。

 

知って頂きたい事は、かつて人類が捨てることを英断し、新しい局面を切り開いて来た事実です。

これなくして今の人類社会はなかったのです。

 

 

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人類は何を捨てて来たのか?

最も古いものとしては、四足歩行ではないでしょうか。

二足歩行で手が使えるようになった化石人類は、早く走れて安定性のある四足歩行を捨てることになりました。

 

歴史時代になって、人類は科学的な思考を取り入れたことにより多くの事を捨てて来ました。

それまで人々は病気や不幸の多くは、遥か昔の因果や実体のない穢れなどによると考えていました。

医学や技術の進歩と共に、これらは迷信と見なされ廃れて行きました。

新しい宗教を生み出したイエスや釈迦、孔子でさえ、一歩進んだ科学的理解を持っていました。

 

これらは長い年月をかけて発展し人類に多大な影響を与えました。

 

身近なもので、陳腐になってしまったものにはどのようなものがあるでしょか?

レコード盤、そろばん、戦艦大和などは明快な例でしょう。

いずれもこれら道具や武器は性能が劣ってしまったので使われなくなりました。

これらの転換を止めることは難しい。

 

逆に転換が困難なものもあります。

フロンガス、洗浄用の有機溶剤、自動車の排ガスなどです。

 

フロンガスはオゾン層を破壊することがわかり、現在、世界が協力して使用制限を行っています。

毒性の強い有機溶剤や排ガスも規制されるようになりました。

これらの規制は、社会の安全性の点からは必要なものでしたが、経済コストとの兼ね合いで、産業界から強い反対がありました。

 

逆の事例もあります。

日本が石炭から石油に転換を図る時、落命の危険がありながらも失業を恐れた労働者側は転換に反対しました。

一方、産業界側は石油の方がコスト的に優位だったこともあり、大きな労働争議となったが、結局、転換が図られました。

これで良かったのですが。

 

 

今の社会の礎となっているもので、大きな発想の転換が必要だったものには何があったでしょうか?

 

土地所有、特許状、株式会社、金本位制などは大きな転機となりました。

 

古くは、部族社会において土地は概ね共有であり私有ではありませんでした。

 

かって特許状の主なものは、王が恣意的に商人などに独占権を与えていたのですが、やがて、画期的な発明に対して国が発明家に独占権を与えるようになりました。

 

以前、事業者は負債を全額返済すべきでしたが、株式会社になると出資金(資本)の範囲だけの返済責務を負うだけになりました。

 

現在の経済と産業の発展は、この三つの要素が機能してこそだと言えます。

 

かつて金本位制は国家経済の安定に不可欠だと考えられていました。

貨幣が金に兌換出来ることで信用が得られ、また国も金保有量に応じた歳出しか出来ず、野放図を抑えることになりました。

現在は、これを放棄することにより経済成長(金融)を比較的自由にコントロール出来るようになりました。

 

我々は個人から国家、世界まで多くの事と決別して来たのです。

 

 

何が問題なのか?

人類と社会はより良くなるために、かつての栄光や習慣的なもの、また危険で害を及ぼす物など使用を止めるようになりました。

 

規模の大きい転換はけっして容易ではなく、あらゆる既得権益層(産業側や労働側など)の抵抗がありました。

また人々の意識転換が必要なものもありました。

 

今、私が問題だと思うのは二つです。

 

一つは原子力産業です。

福島の原発事故被害の甚大さ、東芝の原子力事業の膨大な負債を見れば、これからも国が原子力産業を推し進めてくべきものとは思えません。

これは単純に既得権益層の擁護と惰性から続けているだけに過ぎない。

 

人類が幾度も乗り越えて来た捨てることの英断を、今こそ行うべきです。

 

 

いま一つは、トランプ現象と関わる問題です。

米国が主導して来た野放図なグロ―バル化によって、米国の中間層以下の労働者は仕事を無くして来ました。

 

グローバル化は世界にとって必然であり、国全体として経済的メリットを享受することは明らかです。

しかし、各国の競争力のない産業はやがて衰退する運命にあることも明白です。

この部分が、あたかも自己責任として放置されて来た結果、不満が爆発した。

 

ここに二つの問題があります。

一つは、グローバル化の恩恵が偏在しており、逆にそのしわ寄せが労働者にのしかかり続けていたのです。

つまり所得格差で拡大であり、米国は特に大きくなっています

これは政府サイドの問題です。

 

もう一つは、労働者側の問題です。

誰しも仕事していれば理解出来るはずです。

皆さんは作業方法の変化や、製品と業種の栄枯盛衰を身に染みて感じているはずです。

すべて国任せで、仕事や企業の衰退を補うことは出来ません。

 

やはり、自ら変化や衰退に備えて、自己の革新を日頃から行わなければなりません。

今や米国は、かっての英国病のように、国力の衰退だけでなく、精神的にも衰退しているようです。

 

 

何が大事なのか?

国政でも、個人でも、既成や惰性と決別し、前に向かっていく心意気をもたなくてはいけない。

 

それが出来ない社会は衰退するしかいないのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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海外旅行のすすめ 1: はじめに


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< 1.ホーチミンにて >

 

 

私は約30年で海外30ヵ国以上を訪れました。

そして様々な感動を得て、多くの事を学びました。

これから皆さんに海外旅行の素晴らしさをお伝えしたいと思います。

 

 

はじめに

これからお話することは海外の絶景や観光地の事より、主に私がそこで何を感じ、何を知ったかについてです。

 

私は周囲の多くの人が海外旅行に興味を持っていないことに驚かされます。

これはこれで良いのですが、それらの人の多くは海外事情に無頓着で、特に欧米先進国の良さに疎い。

海外を知らないと、どうしても井の中の蛙に陥りがちです。

 

もっとも今の私は好奇心が疼くから海外旅行に行っているようなものですが。

 

日頃、思索し、本を読み、調査結果をブログに書くようになると、海外旅行で知った生きた知識は本当にありがたい。

また私はある商品開発で海外の見聞がヒットに繋がりました。

 

 

私が海外旅行に関心を持ち始めたのは、私の父がプラント設置のためによく長期海外出張したからでした。

その後、私が勤めた会社で、海外へ視察や慰安旅行に度々行くことになりました。

サラ―リマン時代は、暇が無くて海外旅行には行けなかったのですが、早々と定年してからは、毎年、夫婦で海外旅行を楽しんでいます。

 

これから、私の様々な海外旅行の体験を元に、皆さんに旅行の素晴らしさ、喜び、得たものを紹介したいと思います。

 

 

 

私が訪れた海外

私の訪問先の概略を紹介します。

 

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2b

< 2A、B. 私が訪れた海外 >

 

赤枠と赤線は、私が旅行や視察で訪れた地域です。

日本に近い所から紹介します。

夫婦で行っていない場合のみ特記します。

ツアーとは旅行会社の企画旅行のことです。

既にブログで紹介している旅行記は「タイトル」を付記します。

ブログサイトによっては上記旅行記を削除している場合があります。

 

 

  •  韓国

計3回旅行し、内1回は慰安旅行で3日間のソウル観光で、残り2回は4日間の周遊ツアーで行きました。

 

1回目のツアーでは夢中になっていた韓国歴史ドラマ「ソドンヨ」「チャングム」と景観が重なり大いに盛り上がりました。

連載「韓国旅行」は2回目のツアーです。

 

 

  •  中国

計7回訪問し、内3回は慰安旅行で北京、上海、香港・広州をそれぞれ3日間で観光しました。

工作機見本市の視察の為に、上海に行きました。

 

厦門(アモイ)を訪ね、中国の友人の案内で4日間の心温まるディープな旅行を楽しみました。

「驚きの要塞住居」。

 

5日間の西安・洛陽を巡るツアーに私一人が参加しました。

「秦の始皇帝の兵馬俑」。

桂林5日間のツアーで行きました。

連載「桂林を訪れました」。

 

80年代、大都市広州を深夜一人で街歩きをして、中国の発展を確信することが出来ました。

中国を旅行していて歴史遺産の保存状況が悪いので興覚めすることも多いのですが、それでも日本に深く影響を与えた様々な事跡を見ることは感動的です。

また30年の間、幾度も訪問し、その経済や技術の発展の凄さを見ることは愉しみです。

 

 

  •  台湾

計2回旅行し、内1回は台北3日間の慰安旅行で、これが私の初めての海外旅行でした。

後に5日間の台湾一周ツアーで行きました。

「台湾旅行1: 太魯閣(タロコ)峡谷」。

 

1回目当時、台湾は白色テロの末期だったのですが、夜中、一人での街歩きで印象は大きく異なりました。

2回目では、中国本土に比べて短いその歴史と日本の植民地時代の名残に気付かされる旅になりました。

 

 

  •  ベトナムとタイ

1回だけですが、初めてのタイプの海外旅行をしました。

連載「ベトナム旅行」。

姪の結婚式参加に合わせて、ホーチミンとバンコックを中心に9日間の自由旅行を計画し、ホーチミンではベトナムの友人と久しぶりの再開を果たしました。

 

現地の友人に案内してもらう旅はこれで2回目になりましたが、その国の文化や生活、社会状況を知るには最高の贅沢でした。

 

 

  •  トルコとエジプト

トルコ一周とカイロを巡る13日間のツアーで行きました。

連載「トルコ旅行」、「トロイ」、「サッカラのピラミッド」。

夫婦で最初のアジア外の旅行でした。

 

この旅で、トルコの地方の生活を見てイスラム圏に対する偏見が消え、逆にかつての覇者エジプトの経済低迷に関心を持つようになりました。

 

 

  •  パリ、スイス(2都市)、ドイツ(3都市)、コペンハーゲン、ストックホルム

これは私の最初の視察旅行で、ヨーロッパを代表する工場の視察と観光も加えた1週間以上の旅行でした。

 

私はこの旅行で、西欧の労働や生活スタイル、街並み、社会制度の素晴らしさを身をもって知ることになりました。

 

 

7. ドイツのハーノーバーメッセ(国際見本市)見学

これは2回目の視察旅行で、パリ観光以外はハンブルグに連泊し、3日間列車で見本市会場に通いました。

 

私は、この見本市の巨大さに驚き、また機械や機械工具の優れたデザインに感銘を受け、後に製品開発にその発送を生かすことが出来ました。

 

 

8. ドイツ、オーストリア、ハンガリー、チェコ、スロバキア

12日間ほどで、ドイツ・中欧・東欧を巡るツアーで行きました。

「ハルシュタット」、連載「チェスキー・クルムロフ」。

 

この旅を一言でいうと、中世の街にタイムスリップし、ロマンチックに酔いしれた一時でした。

 

 

  •  スペインとポルトガル

スペインの東北部を除いて主要な観光地を訪れる13日間のツーで行きました。

連載「スペインとポルトガルを巡る旅」。

 

イスラムとキリスト教文化の対立と融合の歴史、大航海時代の胎動、広大な荒野と少し古びた街並みを味わった旅になりました。

 

 

  •  ドバイ、クロアチア、スロベニア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ

バルカン半島のアドリア海に接する国を巡る9日間のツアーで行きました。

連載「クロアチア・スロベニアを巡って」。

 

天気に恵まれたせいもあるのですが、アドリア海と共に生きる暮らしと中世海洋都市国家の面影が鮮明に今でも思いだされます。

さらに内陸部の複雑な民族混合の歴史が招いた内戦を深く理解することにもなりました。

 

 

  •  地中海とカナリヤ諸島を巡るクルーズ

15日間で、イタリア(3都市)、スペイン(2都市と島)、モロッコ(1都市)、ポルトガル(島のみ)を観光付きクルーズツアーで行きました。

連載「地中海とカナリヤ諸島クルーズ」。

初めてのクルーズでした。

 

大西洋に浮かべ島々への早朝の着岸、カサブランカとバルセロナの街歩きが楽しい思い出になりました。

 

  •  ロシア、バルト三国、ワルシャワ

9日間のツアーで行きました。

連載「ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅」。

 

大陸北方の自然の厳しさと黄葉の美しさを見ることが出来ました。

また、この地の歴史と社会状況に興味を持って旅立ったのですが、現地での観察と人々との対話が、大いに私の理解を深めることになりました。

 

 

 

今後、私が行きたい海外

まだまだ行きたい所はあるのですが、旅行資金がそろそろ底をつきそうなので、希望だけを記します。

 

3a map3a

3b

< 3A、B. 今後、私が行きたい海外 >

 

青枠は今年と来年中に行きたい優先度の高い国です。

 

  •  フランス一周

南仏、ストラスブール、パリ、モンサンミッシェルなどを2週間ほどで巡りたい。

 

  •  バリ島滞在

海岸リゾートと山間部のウブドにそれぞれ滞在し、じっくり自然と文化に浸りたい。

 

  •  米国一周

世界のリーダー米国の首都と東海岸、西海岸、南部、中西部の代表的な5都市を2週間ぐらいで見て回りたい。

そこで社会と文化、人々に触れ合いたい。

 

 

ピンク枠は出来れば半数は行きたい海外。

東側から順番に紹介します。

 

  •  南米ペルー

インダス文明の遺跡とイグアスの滝を訪れたい。

 

  •  メキシコ

現代のメキシコ社会、マヤ文明の遺跡とカリブ海を見たい。

 

  •  インド

現代のインド社会を見て、仏教とヒンドゥー教の遺跡を巡りたい。

 

  •  イラン

悪の枢軸と呼ばれながらも内戦の無い強固なイスラム社会、さらに昔ながらのたたずまいを残すイスラム都市とペルシャの遺跡を巡りたい。

 

  •  イスラエル

中東問題の震源地、ユダヤ教とキリスト教の誕生の地、人類農耕の揺籃の地を巡りたい。

 

  •  ギリシャとクレタ島

難民問題で揺れるギリシャを見て、古代ギリシャ文明、エーゲ海文明とビザンチン文化の遺跡、エーゲ海を巡りたい。

 

  •  バルカン半島とブルガリア、ルーマニア

民族大移動の通り道、東西南北の文化が衝突し混淆する地域を訪れたい。

前回はセルビアやマケドニアを旅していない。

 

  •  南アフリカ

アフリカの南端、動物の王国、アパルトヘイトの国を見たい。

 

  •  ベネルックス三国

オランダ、ベルギーを巡りたい。

 

  •  英国周遊

西欧史を理解するには英国は省けない。

 

  •  再び中国

まだ敦煌(シルクロード)、開封、大連(旧満州)、雲南、成都を訪れていないが、

大連と雲南は出来れば行きたい。

 

 

補足

利用したツアー会社は、ジャンボツアーズ3回、JTB1回、残りはすべてトラピックスです。

好みの旅行がありクラブツーリズムを予約することはあったのですが、結局はキャンセルしています。

自由旅行ではファイブスタークラブを1回使いました。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 72: Why was it exhausted ? 10: When did the world stand at a crossroad? 1


中東に平和を! 72: なぜ疲弊したのか 10: 何が岐路になったのか? 1

 

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< 1. Various countries >
< 1. 様々な国 >

A is Japan, H is Bolivia, I is Syria, and C is Switzerland.

Aは日本、Hはボリビア、Iはシリア、Cはスイスです。
Now in the world, there are countries that enjoy prosperity and peace, on the other hand, there are countries that suffer from poverty and conflict.
What was this gap caused by?
There is something we need to learn from it.

 

今、世界には繁栄と平和を享受している国がある一方で貧困と紛争に喘ぐ国がある。
この落差は何に起因しているのだろうか?
そこには我々が学ぶべきものがある。

 

2植民地の影響b
< 2. See the differences in the world >
< 2.世界各国の違いを見る >

Upper map: Gross domestic product, per-capita GNP. The rate is higher as much as the darker blue color.

Lower map: Degree of corrupt politics. the degree is worse as much as the darker red color.

 

上の図: 一人当たりの国内総生産GDP。濃い青色ほど高い。
下の図: 政府の腐敗度。濃い赤色ほど悪い。

 
Introduction
We may have accepted this gap as a matter of course.
But, what will you think abut it if this gap is caused by certain common cause?
Let’s see the current state of the world easily.

 

I think that the representative of good countries are A Japan, C Switzerland, D America, and E Australia. Annotation 1.
These countries have the high gross domestic product, are low degree of political corruption, and have not become civil war.

 

The countries over 180 on other continents are struggling mightily.
In many cases, the economy is stagnant, the public safety is bad, and the politics is corrupt.

 

Once America and Australia were colonies, but became a white country.
Switzerland has not become a colony.
Japan has never been dominated by other countries at all.

 

The common point among these is only that it is not a country of people (indigenous people) under colonial rule.
Besides, it is important that these countries have not experienced Communist dictatorship. Annotation 2.

 

はじめに
私達はこの落差を当然な事として受け入れている。
しかし、この落差がある共通の原因で起こっているとしたらどうだろうか?
世界の現状を簡単に見てみましょう。

 

順調な国の代表としてはA日本、Cスイス、Dアメリカ、Eオーストラリアでしょう。注釈1.
これらの国は国内総生産が高く、政治の腐敗度も低く、内戦もない。

 

他の大陸の180ヵ国を越える国々は悪戦苦闘している。
多くは経済が低迷し、治安が悪く、政治は腐敗している。

 

かつてアメリカとオーストラリアは植民地だったが、白人の国になった。
スイスは植民地になっていない。
日本はまったく他国に支配されたことがない。

 

これらに共通しているのは植民地支配を受けた人々(先住民)の国ではないことに尽きる。
他に、共産主義による独裁を経験していないことも重要です。注釈2.

 

3植民地2b

< 3. a few countries just did not experience colony >
< 3. 植民地を経験していない国 >

 

The world is almost full of colonized countries except for Europe, Russia and Japan.

植民地になっていない国はヨーロッパ、ロシア、日本を除いてほとんどない。

 

4aaa

< 4. 過酷な植民地化を逃れた国々 >

 

Countries that escaped from harsh colonization
Will a country always be exhausted if it became a colony?
Rare countries could escaped from the difficulty even if these countries were colonized and the indigenous people are a major part.

 

French Tahiti (annotation 4) in the South Atlantic Ocean and French Guiana in the South America are rather supported because the both are less resource or have harsh natural conditions.

 

F Botswana in Africa is a relatively smooth country even within harsh colonies.
The Botswana was the poorest country at the time of independence in 1966, but has achieved steady economic growth. Annotation 5.
This was because several kings cooperated and secured independence for own country through a diplomacy at that time.
But it seems an important reason is because there were no products or mineral resources in there.

 

In other words, a country without resources to rob escaped the difficulties.

 

B Thailand is only country that has kept up own independence even in colonized Southeast Asia, and has not experienced miserable civil war. Annotation 6.
This reason was because not only the excellent diplomacy skills of the royal family but also this area was a buffer zone of British forces and French forces.

 

As in Thailand, C Switzerland and A Japan in a small country could escape the difficulty of colonization by primarily geopolitical reasons.

 

Also, even if a country was a colony, the circumstances will change if white settlers account for the majority.

 

At that time, E Australia, was similar to D the U.S., could not make a social system to abuse the indigenous people and to rob the produce because of the barren land, so these settlers had to make an equal society for getting engaged in production by themselves.
In the meantime, the indigenous people were suffering the harsh destiny and reduced the population.

 

Summarizing the complicated history daringly, the common point among these countries is that a harsh domination structure by colonies did not form in it.
Unfortunately, these were rare cases.

 

This continues to the next time.

 

過酷な植民地化を逃れた国々
植民地になれば必ず疲弊すべき国になるのでしょうか。
例え植民地化され、先住民が主体の国でも稀に難を逃れた国はあります。注釈3.

 

南大西洋に浮かぶフランス領のタヒチ(注釈4)と南米のギアナは、資源が少ないか過酷な自然条件なため、むしろ支援を受けています。

 

Fボツワナは過酷な植民地となったアフリカにあって、比較的順調な国と言えます。
1966年の独立当時、最貧国でしたが、順調な経済成長を遂げています。
注釈5.
これは当時、複数の王が協力し外交によって自立性を維持したからでした。
しかし、ここでも重要なのは、ここには産物も鉱物資源もなかったからでした。

 

つまり、搾取すべき資源が無い国は難を逃れたのです。

 

Bタイは、植民地化された東南アジアにあって唯一独立を通し、内戦の憂き目に合っていない。注釈6.
これは王家の優れた外交手腕のおかげもあったが、実は、英仏勢力の緩衝地帯にあったからです。

このタイと同様に主に地政学的な理由で、小国のCスイスやA日本が植民地化の難を逃れたと言えます。

 
また、たとえ植民地だったとしても、白人移住者が大半を占めてしまうと状況は変わります。

 

EオーストラリアはDアメリカと同様なのですが、当時、不毛な大地ゆえに先住民を酷使し産物を奪取する社会体制が成り立たず、入植者達は自ら生産に携わる平等な社会を作るようになったのです。
この間に、先住民は過酷な憂き目に合い、人口を減らしていくことになるのですが。

複雑な歴史を敢えて要約すると、これらの国々の共通点は、植民地による苛烈な支配構造が出来なかったことです。
残念ながら、これらは稀なケースでしかないのですが。
次回に続きます。

 
注釈1.
他にも、西欧や北欧、北米に良好な国はあります。
西欧は植民地化を行った国なので省きます。

注釈2.
共産主義の独裁を経験した国も疲弊する国家へとなってしまうのですが、ここでは話を簡略化するために割愛します。

注釈3.
植民地になった国の多くは先住民(黒人、インディオなど)が主体です。
しかし、入植者の白人や強制連行された黒人が先住民より多い国もあります。

注釈4.
IMFによる国内総生産額 (一人当り購買力平価)では世界で46位(2012年)です。

注釈5.
世界銀行による国内総生産額 (一人当り購買力平価)では世界で69位(2013年)です。
これは世界の平均75位より高い。

注釈6.
今の王家になってからは内戦や戦争の難を逃れているが、軍部によるクーデターは幾度も起こっている。
その度に、王が仲裁に入り、事態の悪化を逃れている。

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Bring peace to the Middle East! 71: Why was it exhausted ? 9: The mentality of the imperialism 2


中東に平和を! 71: なぜ疲弊したのか 9: 帝国主義の心性 2

 

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We again look at last part of their real intention, and I sort out the points of it.

 

前回に続いて事例を数点記し、まとめます。
帝国主義に走った人々の心に迫ります。
Case E
Victor Yugo, a 19th-century French writer of “Les Miserables”, said as follows at a celebratory feast of slavery abolition commemoration in 1879.

“Please advance southward!
Africa has no history.
But Africa is important for our world.
If people live in Africa, they are savages.
Invest your excessive desire in Africa!
At the same time, solve all social problems! ”

While suing social justice in his own country, he was discriminatory against the non Western world. Annotation 1.

 
事例E
19世紀フランスの「レ・ミゼラブル」の著者ヴィクトル・ユーゴは1879年、奴隷制廃止記念の祝宴でこう述べた。

「 南下したまえ!
アフリカには歴史がない。
しかしアフリカは世界にとって重要だ。
アフリカに人が住んでいれば、それは未開的野蛮だ。
諸君の抱く過剰なものをアフリカにつぎこみ給え!
同時に諸君のもろもろの社会問題を解決し給え! 」

国内で社会的正義を訴える一方で、非西欧世界に対しては差別的でした。注釈1.

 

2-1-1
< 2. New Caledonia >
< 2. ニュー・カレドニア >

 

Case F
I quote the description of New Caledonia from a book written about the French colonies issued in 1888. Annotation 2.

“On this vast land, the population of 70 thousand were reduced to 23 thousand people for less than half a century.
The causes of the population decline were various.
…..
British, Spanish, American, Australian hunted indigenous people at the beginning of colonial occupation, but we did not hunt indigenous people.
France treats all barbarian as human, and we will not be criticized as the colonization upon a grave. ”

 
事例F
1888年に発行されたフランスの植民地について書かれた本から、ニュー・カレドニアの記述を引用します。注釈2.

「この広大な土地で半世紀も経ないうちに人口7万が2万3千人になった。
人口減少の原因はさまざまである。
・・・・
イギリス人、スペイン人、アメリカ人、オーストラリア人たちは植民地占領の当初に原住民狩りをしたが、我々は原住民狩りをしていない。
フランスは・・・すべての野蛮な民族に対して人間的であり、『墓場の上に植民化』しようとするといった非難を浴びることはないだろう。」

 
Case G
In 1905, one Catholic pastor said at a meeting for protection of indigenous people. Annotation 3.

” In France, people are punished for stealing and thieving, but why are not the same people punished for it in distant area that black people live near the equator in Africa, and Chinese wearing different clothes live in?
One reason of it is egoism.
This is forbidden by good sense and Christian spirit.
There are two types of morality here.
…..
Action that hurts us are forbidden to other person, and the same action is forgiven when we gain the benefit of it.
…..
We are expanding our influential sphere, making a marketing channel for products, doing colonization, and civilizing, etc. ”

 
事例G
1905年、ある原住民保護の集会で一人のカトリック牧師が言った。注釈3.

「フランス本国で泥棒や盗みは罰せられるのに、遠いアフリカの赤道下の黒人や衣服の違う中国人のところでは罰にならないのか。
エゴイズムによるものがある。
それは理性やキリスト教精神によっては禁じられているものだ。
二種類の道徳がある。
・・・
我々を害するものは他の人々には禁じられ、その同じことがわれわれの得になる時は許されている。
・・・我々の影響圏を拡大し、商品の販路をつくり、植民化し、劣った人種を文明化するなどいっているのだ。」

 

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*3
Case H
I quote from an article on imperialism of “Histoirie de l’Europe” published in 1994. Annotation 4.

“The rise in this nationalism did not compromise the sense of solidarity of the entire Europe that had been handed down from generation to generation.
This is because, in large part, this emotion has been fostered by collective superiority consciousness towards other countries in the world.
Adversely, It was also strengthened from the fear of being threatened someday by foreign forces, especially Asian powers. ”

 
事例H
1994年刊行の歴史教科書の帝国主義から引用。注釈4.

「このナショナリズムの高まりは、長らく引き継がれてきたヨーロッパ全体の連帯感を損ないはしなかった。
というのは、この感情は世界の他の国々に対する、集団的な優越意識によって醸成されてきた、という部分が大きかったからである。
またそれは、裏返しに、いつの日か、外国の勢力、特にアジアの勢力によって脅かされるのではないかという恐怖心からも強められていた。」

 
Why did the West Europeans begin the imperialism?
Why did the people forgive their deprivation, even though people pulling the imperialism had economic and political incentives ?
I think that the people were able to avoid the guilty conscience by the following psychology.

* Superiority of Western European civilization: They considered different culture, social system, or custom as rudeness.

* Superiority of Christian : Anything was permitted for the purpose of missionary work towards heathen.

* Superiority of white folks: All folks except white folks were regarded as undeveloped.

* Fear of foreign civilization: They were anxious about invasion from Asia. Annotation 5.

* Competitive spirit within Western Europe: each country feared becoming a loser if lagging the competition.

These were created from the situation of the time, but if we think about it well, we can notice it may happen outside the Western Europe.

The important is that it happens at any time unless we hard control ourself.

This continues to the next time.

 

西欧人はなぜ帝国主義に走ったのか?
帝国主義を牽引した人々には経済的・政治的な動機があったとしても、なぜ国民はその収奪行為を許したのだろうか?
私は国民が以下の心理によって罪の意識を回避出来たと考える。

* 西欧文明の優越: 異なる文化・社会制度・風習を低俗と見なす。
* キリスト教の優越: 異教徒への宣教の為には何でも許される。
* 白人の優越: 白人以外の人種をすべて未発達と見なす。

* 異文明に対する恐怖: アジア等の侵略を懸念。注釈5.
* 西欧内の競争心: 競争に遅れると敗者になる恐怖。

これらは当時の状況から生まれたものですが、よくよく考えてみると西欧以外でも起こりうるものです。

要は、よほど自制しない限り何時でも起きることなのです。

 
次回に続きます。

 
注釈1.
参考文献「ヨーロッパがみた日本・アジア・アフリカ」のp45より.

注釈2.
同上のp174より.

注釈3.
同上のp182より.
注釈4.
同上のp151より.
詳しくは「ヨーロッパの歴史・欧州共通教科書」のp322より。

注釈5.
特に1905年の日露戦争後の日本に対して。

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Bring peace to the Middle East! 70: Why was it exhausted ? 8: The mentality of the imperialism 1


中東に平和を! 70: なぜ疲弊したのか 8: 帝国主義の心性 1

1

*1

Last time I explained about the mentality of Western Europe that advanced the imperialism.
This time, we look at a part of their real intention.

前回、帝国主義を進めた西欧の心性について語りました。
今回は、その本音を垣間みることにします。

 

2

*2
Case A
We focus on Xavier that is famous for having brought Christianity for the first time to Japan.
He was from Spanish aristocrat and founded the Society of Jesus as an elite unit of the Pope and was responsible for the Counter-Reformation. Annotation 1.

He aimed at Goa of India for missionary work to the world and missioned for several years.
In 1546, he asked to open a European-style religious trial in India.
At that time, the witch-hunting and the bonfires of the Inquisition were raging in Spain.

After he departed to Japan, Several dozen Hindus were burnt as heretic for a reason of having used a magic. Annotation 2.

 
事例A
日本に初めてキリスト教を伝えたことで有名なザビエルを見ます。
彼はスペインの貴族出身で、教皇の精鋭部隊として「イエズス会」を創立し、対抗宗教改革を担った。注釈1.

世界宣教の為にインドのゴアを目指し、数年宣教している。
この時の1546年、彼はインドで欧州式の宗教裁判を開くように求めている。
当時、スペインでは魔女狩りや異端審判が吹き荒れていた。

彼が日本に発った後、ヒンドゥ教徒が魔法を使うとして数十名が異端者として火刑になっている。注釈2.

 

3
*3
Case B
The following sentence is a quoted from the French philosopher Montesquieu’s book “The Spirit of Laws” in the 18th century. Annotation 3.

“I can’t think that our God who is very wise bestowed a good soul on the black body.
……
……
If we think that they are human being, people would assume that we are not Christians”

He had made humanitarian remarks, but the blacks were different things for him.

For example, Columbus arrived in Haiti of the Caribbean Sea in 1492.
There, the indigenous Indians were massacred, black slaves were carried from Africa instead of them, and had to work.
In the 18th century, France occupied Haiti and was producing great wealth by sugarcane and coffee cultivation.
And Montesquieu was indirectly profiting from the blacks slave trading.

The following sentence is a quoted from the pamphlet that defended the slave trade at that time.

“A slave merchant who is a pioneer of civilization is a temporal monk.
They save miserable pagans from barbarity, fanaticism, and superstitions.

Bringing black slaves to the United States is to open the gate of heaven for them. ”

 
事例B
18世紀フランスの哲学者モンテスキューの著書「法の精神」から引用します。注釈3.

「きわめて賢明な存在である神が、魂を、特に善良な魂を、真っ黒な肉体に宿らしめたことなど考えられない。
・・・・
・・・・
もし我々が彼らを人間と考えるならば、人々は我々のことをキリスト教徒ではないと考えるだろう。」

彼は人道主義的な発言をしてはいたが、黒人は別扱いでした。

例えば、カリブ海に浮かぶハイチに1492年、コロンブスが到着した。
先住民のインディアンが大量虐殺され、代わりに黒人奴隷が運ばれて来た。
18世紀になると、フランスがハイチを占領し、サトウキビとコヒー栽培で巨万の富を生み出していた。
そしてモンテスキューは間接的に黒人奴隷売買で利益を得ていた。

また当時の黒人奴隷貿易を擁護したパンフレットより。

「文明の先駆者である奴隷商人は俗世の修道士である。
彼らは哀れな異教徒を野蛮、狂信、迷信より救ってやるのだ。
黒人奴隷をアメリカに上陸させることで天国の門を開いてやっているのだ。」

 
事例C
1834年、フランスの政治家、詩人のラマルティーヌは議会で発言した。注釈4.
彼は財政的な理由でアルジェを放棄することに反対した。

「我々はアルジェを手放すことは絶対にない。
・・アルジェがフランスにすべての必要な利益をもたらさない場合、軍事的植民地として、また未開の野蛮に対する文明の前衛として、さらに我々に属する海である地中海に浮かぶ船として、・・・」

彼はアルジェを放棄しアラブに渡すことは文明の野蛮化に他ならないと言う。
Case D
In 1853, certain French aristocrat wrote “An Essay on the Inequality of the Human Races”, it was enthusiastically accepted, and became a racist Bible for Nazis later. Annotation 5.

“ For 30 years, we frequently hear that we have civilized other people in the world and tried to bring civilization to delayed kingdoms.
Well observe, but it was useless.
From olden days, I do not believe that any results have been obtained by it.
…….
…….
The civilization depends on whether the people in the kingdom are extinguished or are mixed with our white race. ”

“The black race stands under the stairs.
……
The yellow race has poor physical energy and is apathy.
White people are blessed with brainpower, and has strong reflective consciousness.
They have a sense for usefulness, it is wider and higher than the yellow race, and is more brave and ideal. ”

This continues to the next time.

 
事例D
1853-55年、フランス貴族が「人種不平等論」を著し、熱狂的に受け入れられ、後にナチスから人種主義の聖書とされた。注釈5.

「我々のところでは、この30年来、世界の他の人々を文明化し、しかじかの国に文明をもたらすということを頻繁に耳にする。
よく観察したが無駄である。
今も昔もそれによって何らかの結果が得られたとは思わない。
・・・
・・・(文明化)はその国の人々を消滅させるか人種的に混ぜ合わせるかによってである。」

「黒色人種は階段の下に立っている。
・・・
黄色人種は肉体的エネルギーが乏しく、また無感動なむきがある。
・・・
白人は反省する力というか、力強い知力に恵まれている。
彼らは有用性に対する感覚を持っているが、それは黄色人種よりも広く高く、より勇敢で理想的である。」

 
次回に続きます。

 
注釈1.
参考文献「ヨーロッパがみた日本・アジア・アフリカ」p30より.

注釈2.
この火刑はザビエルの意向ではないかもしれないが、彼らは異教徒に厳しい

ゴアで宗教裁判が行われたのは、当時、この地がポルトガル領インドの首府であり、ローマ教会布教の中心地になっていたからです。
もしかしたら、日本が西欧の植民地になっていれば同じことが起きたかもしれない。
注釈3.
参考文献、同上のp61,62より.
注釈4.
参考文献、同上のp90より.
注釈5.
同上のp99,100より.

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何か変ですよ! 52: トランプの評価を巡って


1

*1

 

 

不思議なことがある。

大衆はなぜ突如として極端な行動に出るのだろうか?

トランプ大統領の選択がその好例です。

 

不思議なこと

私はトランプに関する本を6冊読んだが、トランプ大統領の評価は混乱している。

 

彼の就任は悪化している米国の現れか、彼の希代の才能ゆえか、それとも何かの間違いか?

我々は彼に期待すべきか、はたまた最悪の事態に備えるべきか?

これは世界にとって吉兆なのか、それとも凶兆なのか?

 

これら相矛盾する評価から、米国社会と世界の混沌が見えて来ます。

 

2

*2

 

 

相矛盾する評価

 

*トランプ氏に対する評価

意見は大きく二つに分かれる。

 

トランプを高評価する人は、彼は群を抜いた交渉力を持ち、幾多の困難を乗り越えたビジネスマンで、機を見るに敏だと言う。

また彼は自己資金で戦ったので既成勢力と無縁で、正直者だからと期待されている。

 

彼を否定する人は、彼は感情的、ナルシスト、守銭奴だから信用出来ないと言う。

また彼は政治経験がなく、極右で、煽動家だから危険だとされている。

 

 

*トランプ氏が選ばれた背景

概ね以下のように要約できる。

 

幾多の有力候補やヒラリーが嫌われ、投票率が低い背景に、ホワイトハウスへの根深い不信感があり、大衆は既成政治との断絶を求めた。

さらに白人層の危機感と女性蔑視が大きく作用した。

 

彼は大衆の不満(移民、ムスリム、派兵、失業など)を積極的に取り上げ、既成概念に囚われない解決法を示した。

それをデマゴーグと非難するマスコミと他候補に対して、彼は悪態とメール発信でやり込めることが出来た。

 

彼はテレビ番組の人気者であったが、当初、泡沫候補と見られていて、マスコミは興味本位に彼を扱ったことより、露出度が非常に高まった。

マスコミは彼の人気が出てから批判を始めたが、既成勢力と非難され、逆効果となった。

 

他に、米国における闇の支配者などの陰謀説もある。

 

 

*著者たちのトランプ大統領の評価

 

彼をレーガンやエリツインになぞらえ、彼こそが米国で創造的破壊を起こしてくれるとの期待がある。

確かに、他の候補では超富裕層による支配、戦争継続、移民増大、格差拡大が続く可能性がある。

 

当然、危険視する意見もある。

彼のほとんどの解決策はデタラメで、特に経済政策、結局は米国と世界を混乱に陥れる可能性が高いと見られている。

 

結局、ジリ貧になっていく白人層は、溺れる者は藁をも掴む心境のようだ。

日本もこうならないように願いたいのだが。

 

 

様々な疑問

 

A: 経済に創造的破壊は必要だが、大統領が旗を振ってうまく行くのだろうか?

 

歴史的には、イギリスの産業革命などのように、良い創造的破壊が起きる時は、それぞれの利益を代表する集団が交渉し妥協しながら自由裁量権を得て、イノベーションへの意欲が持続する時です。

残念ながら、現状は金権政治(超富裕層による支配)で社会の調整機能が失われているのですが。

 

彼が進める公害防止や金融規制などの緩和・撤廃、また相続税廃止などの富裕層減税は、明らかに弱者を増やすだけで、創造的破壊とは別物です。

 

世界を牽引している米国の情報通信などのイノベーションは政府の関与とは言えない、また移民も大きく関わっている。

 

 

 

B: 大統領に破壊を期待すると、何が起きるか?

 

レーガンの経済政策により、後に米国は双子の赤字と格差拡大で苦しむことになり、日本は円高を飲まされることになった。

 

エリツィンの経済政策により、ロシアはハイパーインフレを起こし経済破綻し、プーチンの独裁を招くことになった。

 

ヒトラーの例は既に述べました。

 

レーガンはインフレを抑制し冷戦終了を導いた、またエリツィンはソ連崩壊と共産経済の低迷からの脱出を導いたと言える。

 

結局、国民は混乱に備え、相当の覚悟が必要です。

 

 

 

C: 大統領に人格や見識は必要ないのだろうか?

 

例えば、彼は数度の倒産にもめげず大富豪に成り得たのだから素晴らしい胆力と能力を持っていると評価される。

見方を替えれば、幾度も借金を踏み倒し、従業員を路頭に迷わせたのだから、無計画で無責任な人間とも言える。

 

実際、彼のビジネス手法には違法まがいが目立ち、また脱税(節税)しているらしい。

はたしてこのような人物に国を任して良いのだろうか。

 

 

D: トランプを期待する心理の不思議。

 

概ねトランプを評価する著者らは共和党寄りのように思える。

彼らは民主党政権には辛辣だが、共和党への悪口がまったくない共通点がある。

逆も真なりですが。

 

例えば、ヒラリーは多額の献金を受け、戦争を拡大させ、裏で汚い事をしていると罵る。

また民主党政権は中東で手を打たなかったから戦火が拡大したと言い、一方でトランプは外国に干渉しないから、世界は平和になるとも言う。

中東を大きく混乱させたのはブッシュ親子だと思うのだが。

 

私は、どっちもどっちで、まだ民主党の方が少しましなように思えるが。

 

また、盛んに陰謀論を唱える福島隆彦は2016年7月出版の本で、ロックフェラーがトランプに決めたと自慢げに書いている。注釈1。

キッシンジャーとトランプの娘婿の父親は共にユダヤ系の大物であり、彼らが仲介したと説得的でした。

 

しかしその年の4月の彼の本を見ると、ロックフェラーがヒラリーに決めたと書いていた。注釈2.

 

陰謀論は読んでいてワクワクするが、少し考えれば腑に落ちないことが見えてくる。

 

 

まとめ

やはり、米国は病んでいる。

米国主導のグローバリズムによって世界も病んでいる。

グローバリズムが悪いわけでは無いが、自由放任が悪い。

 

いつしか、既得権益層が社会を牛耳り、格差拡大が蔓延し、大衆の団結を防ぐ為に疑心暗鬼が煽られ、分断が深まった。

そして社会を変えられない大衆が焦り、そしてポピュリズムによる大きな左右への揺れが起きた。

 

この状況は、帝国主義やファシズムを生み出した社会と酷似しているように思えるのだが。

この時も、ナショナリズムと保護主義が世界に蔓延して行き、2度の大戦へと繋がった、

 

皆さん、どうか自分の身を守る術を考えておいてください。

 

 

 

3

*3

 

 

参考文献の紹介

*「トランプがはじめた21世紀の南北戦争: アメリカ大統領選2016 」

渡辺由佳里著、2017年1月刊。

 

彼女は米国で長年暮らしているジャーナリスト。

この度の大統領選の集会などを直に取材し、市民の眼からレポートしている。

トランプを支持する人々(主に白人)の実態が良く伝わってくる。

彼女はヒラリー寄りで、リベラル派の惨敗に気落ちしている。

 

 

*「トランプ政権でこうなる! 日本経済 」

岩崎博充著、2016年12月刊。

 

彼は日本在住の経済ジャーナリスト。

この大統領選挙を取材ではなく資料や本から分析しているようです。

トランプが選ばれた背景を妥当な情報で分かりやすく解説している。

私の感じでは、中立的な立場で、トランプ政権の今後を占っている。

彼はトランプによって災いが起きることを恐れている。

 

 

*「なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか? 」

佐藤 則男著、2015年11月刊。

 

彼はニューヨーク在住40年を超えるジャーナリスト。

書かれたのが序盤戦(予備選)の時期なので切実感はないが、米国大統領選の裏表を見せてくれる。

また序盤でのトランプへの悪評とヒラリーへの嫌悪感がよく伝わってくる。

彼は共和党寄りです。

 

 

*「トランプ大統領とアメリカの真実」

副島隆彦著、2016年7月刊。

 

彼はアメリカ政治思想研究の第一人者と自称している。

大統領選が混沌としている中で、早々とトランプで決まりと発言している。

本は読んでいて面白い。

米国の政治思想史や支配層の人脈を縦横に駆使しながら大統領選を鮮やかに分析している。

陰謀説で、踏み込んで断定する割には、2017年2月20現在において、多くが外れている。

極端で眉唾ものと思って読む分にはよい。

なぜか、この手の本はアマゾンでは評価が高い・・・。

 

 

*「『闇の支配者』最後の日々」

ベンジャミン・フルフォード著、2016年4月刊。

 

彼はカナダ出身のジャーナリストで日本に帰化。

この本ではトランプは扱われていませんが、米国の裏側を知りたいと思って読みました。

日本、米国、世界を股にかける闇の支配者が出て来ます。

私には、真贋を検証する力がありませんので、途中で放棄しました。

これもアマゾンでは評価が高い・・・。

 

 

*「トランプ・シフト これからの世界経済に備える14のこと」

塚口直史著、2016年12月刊。

 

彼は大成功しているヘッジファンドマネージャーで、世界の政治史にも見識がある。

この本は、トランプ後の世界の経済・金融を理解するには必見です。

経済用語が出て来て読みづらいところはあるが、読めば世界の現状と混乱の広がる様子を知ることが出来ます。

日本のアベノミクス、日銀政策についても明快な判定を下しています。

 

彼は、現実に大きな資金を運用する立場にある為、この危機にあって、今は様子待ち(手元流動性を高め)を行い、しっかりと備えるべきと警鐘を鳴らしています。

 

私がトランプの次に恐れているのは、中国経済の崩壊ですが、これがトランプによって更に悪化するかもしれない。

世界の悲運は、政府の些細な判断ミスや外交ミスの積み重ねで訪れるものです。

 

これで終わります。

 

 

注釈1

既述の「トランプ大統領とアメリカの真実」

 

 

注釈2

「マイナス金利「税」で凍りつく日本経済」副島 隆彦 著。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 69: Why was it exhausted ? 7: The period background of imperialism 2


中東に平和を! 69: なぜ疲弊したのか 7: 帝国主義の時代背景 2

1a

*1

Last time we saw why the imperialism began.
However, the explanation lacks a certain something.

前回、なぜ帝国主義が始まったのかを見ました。
しかし、何か大事なことが抜けている。

 

2

*2

 

What did it lack?
In the previous explanation, it is difficult to understand why competition for getting parts of colony began in the 1880’s.
There must be a common motive for Western countries, and I think it eventually led to two great wars.

In the latter half of the 19th century, there are some important changes that occurred in the Western Europe.

A: Capital exports and emigrants from the Western Europe had doubled every 10 years.
For example, the development of steamboats expanded a maritime traffic, and the export value was growing every year.
After the Industrial Revolution, the economy and the science technology developed, so the difference in national power between the UK and the US or the Germany was decreasing in size.

B: Although the economic recession had already occurred repeatedly, finally a major depression lasted for about 20 years since 1873.
As a result, each country took a protective trade policy, and at a same time nationalist sentiment intensified.

C: A thought “The Western Europe is superior to the other world and develops” had been timely widespread .
The people adopted Darwin’s theory of evolution, and they were convinced that the excellent Western civilization was evolving through the principle of the survival of the fittest.

D: In 1884, 14 Western countries held a conference in Berlin, and decided the rules of partition of Africa, then after that the competition for getting parts of colony began.

At that time, the Africa was an unexplored area where fever disease spread in, and the colony of the Western Europe was only 10% in it.
A conflict occurred when countries (Belgium etc.) that had lagged behind in getting of colony tried to enter it.
In order to prevent this conflict, certain rule ” the country that first occupied and dominated colony is granted the control of it” was stipulated.
Thus, the competition began.

Although there is a part overlapping with the previous explanation, you may notice a strange something.

 
何が抜けているのか
前回の説明では、1880年代から植民地獲得競争がなぜ始まったが分かり難い。
やはり西欧諸国に共通する動機があるはずで、やがてそれが二度の大戦へと繋がったように思える。

19世紀後半、西欧に起きていた重要な変化を挙げます。

A: 西欧からの資本輸出と移民が10年毎に倍増した。
例えば蒸気船の進歩が海上交通を発展させ、輸出額は毎年伸びていった。
また産業革命後、経済と科学技術が発展し、これによって英国と米国やドイツなどの国力差が縮小した。

B: 既に景気後退が繰り返し生じていたが、ついに1873年から大不況が約20年間続いた。
これによって各国は保護貿易に転じ、また愛国主義の風潮が高まっていった。

C: まさにこの時期、「西欧は世界に優越し発展する」との思想が広まっていた。
彼らはダーウインの進化論を取り入れて、優れた西欧文明は適者生存により発展していると確信した。

D: 1884年、西欧14カ国がベルリン会議を開き、アフリカ分割のルールを決め、この後、植民地獲得競争が始まった。

当時、アフリカは熱病が蔓延する未開の地で、1割が西欧の植民地となっていただけであった。
そこで、植民地獲得に遅れをとっていた国(ベルギー)が参入しようとして衝突が起きた。
この争いを防ぐ為に、ルール「先に占領し支配した国が領有する」が定められた。
こうして競争が始まった。

これは前回の説明と重複するところもあるが、こうして見ると不思議な事に気づく。

 

3

*3

What is it?
That is certain mentality of the Western Europe that appears in the above paragraph C and D, and it is probably more intense than East Asia.

If I were to use one word, it will be a feeling of superiority passing over a self-confidence of Westerners.
They who were Christian and White despised pagans and different races.
They understood a social system that was different from their society as deteriorating or undeveloped society.
What an inconsistent stance. Annotation 1.

 
それは何か
それは前述のC,D項に現れている西欧の心性で、おそらく東アジアより強烈と思われます。

敢えて言うならば、それは西欧人の自信を通り越した優越感でしょうか。
キリスト教徒であり白人である彼らは異教徒や異なる人種を蔑んだ。
彼らは自分達の社会制度と異なるものは劣化か未発達だと捉えるところがある。

例えば、欧米は東京裁判において日本を「平和に対する罪」などで裁いた。
この罪は侵略戦争に対して言っているのですが、この60年前のベルリン会議で、欧米は侵略を合法化していたのです。
如何にも矛盾しています。注釈1.

 

4

*4

 

What is the mentality of the imperialism?
In the age of European Imperialism, the brutality of the Western Europe that was shown in colonies was based on a strong discriminatory sentiments and contempt.

This would have lowered resistance sentiments toward exploiting and controlling the colonies.
Although this mentality was also common to the empire of Japan and the fascism of Nazi Germany.

Then, what has happened?
In 1914, the First World War began from one assassination incident in the Balkans.

In the competition for colony, the Western countries did not big fight against each other.
However, during the competition, eventually the greed of larger countries and the backlash of the colony must have exploded.

Knowing this process, the judgment of whether the imperialism was holding down internal conflicts or was preparing the world war depends upon the person.
I have the latter view.

This continues to the next time.

 

帝国主義の心性とは何か
帝国主義の時代、西欧が植民地で行った蛮行に通底しているのは、強烈な差別感情、蔑視でした。
これが植民地への搾取や支配への抵抗感を低くしたことでしょう。
もっとも、この心性は大日本帝国やナチスドイツのファシズムにも共通していたのですが。

 
その後、何が起きたのか
1914年、バルカン半島での一つの暗殺事件から第一次世界大戦が始まります。

植民地争奪では西欧各国は互いに大きな戦闘をすることはなかった。
しかし、植民地の獲得競争の中で、やがて大国の強欲と植民地の反発は爆発することになった。

この経緯を見て、帝国主義が内紛を抑えていたのか、はたまた世界大戦を準備していたのかは判断が別れます。
私は、後者の見方に立ちます。

 
次回に続きます。

 

 
注釈1.
この60年間の隔たりをどう見るのか。
それまでの西欧の激しい対立と戦争の歴史、特に二つの大戦の経験から、彼らは大いに反省し、自らも含めて侵略行為に制裁を科そうとしたのだろうか。
残念ながらそうは思えない。
米国による広島への原爆投下や、ベトナム戦争などから察すると、やはり欧米の異人種・異教徒への蔑視と復讐心は強烈で、自戒をあまり期待できないようです。

私は東京裁判の意義を認めるが、この心性に人類共通ではない特有の恐ろしさを見る。
しかし、この章では深く立ち入らない。

 
参考文献
帝国主義については下記図書を主に参考にしました。
「概説 世界経済史Ⅱ」p176-191.
「早わかり 世界史」p254-259.
「世界の歴史 帝国の時代8」第二章。
「世界歴史地図」ムーア著、第9章。
「丸善エンサイクロペディア 大百科」p1778.
「帝国主義」アンドリュー・ポーター著。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 51: 忠犬の何が悪いのか?


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*1

 
日本の未来は安倍首相の肩にかかっている。
去年まで、日本の政治は規定路線の延長から右旋回を始めたぐらいに思えた。
しかし、今回の日米首脳会談で、ある恐れが現実のものになった。

 
何が恐ろしいのか?
アベノミクスは変化があっても、せいぜいバブルの後に、より深い経済と財政の悪化を招くだけでしょう。
それは欧米の長年の悪戦苦闘の結果を見ればわかります。
それを遅れて真似ただけなのですから。

私が最も恐れるのは日本の安全保障です。
ここで二つの視点があります。

一つは、アジア大陸からの侵略です。
仮に中国や北朝鮮、ロシアが攻めて来た場合、まして核弾頭が撃ち込まれれば一たまりもありません。注釈1.
米国が後ろ盾になっていれば安心と思うのも無理はありません。

一方で、大戦後を振り返ればあることに気付きます。
戦争は核弾頭によるものではなくて、大国の周辺で果てしなき代理戦争が行われたことです。

ここで問題になるのは、日本の立位置です。
米国と敵対するのは危険ですが、さりとて、かつて侵略した中国と敵対するのも危険です。
やはり、ここはEUのように米国から一歩引いて民主主義と平和を守る自由主義圏の同胞として付き合うのが無難でしょう。

最大の問題は別にあります。
それは米国への従属です。
これは今までも議論されて来ましたが、今回、その懸念は現実のものとなった。

米国への従属がなぜ悪いのでしょうか?
中東やベトナム、アフガンの紛争を見ていると、米国は現地に親米政権(傀儡政権)を作り、望んでいたとまでは言えないが、代理戦争の一方の旗頭に祭り上げ、その結果、国民はどん底に叩き落された。
始めは米兵が世界の正義のために血を流してくれていたのですが、徐々に様変わりし、現在、現地は最新兵器の償却の場となった観がある。
歴史的に見て、欧米は異民族、異教徒を最後には利用するだけになった場合が多い。

 

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*2

 

日本は米国の属国になったのか?
これが問題です。
簡単に言えば、米国に操られ、言いなりになり、挙句は捨て駒になってしまうことが悲しいのです。

実は、私はこの手の情報を様々な本から知る機会があっても、今まで確証はなかった。
しかし、今は確信に近いものがあり、放置すると危険であり、早急に手を打つべきと考えます。

安倍政権になってからの米国寄りの姿勢、ましてや今回の首相の訪米を見ていると、露骨な米国追従です。
トランプ氏の発言を聞く限り、大方のEU首脳の反応こそが世界の平和と安全には正しいと思います。

しかし、今の日本はやわな指摘では済まされない状況にある。

特定秘密保護法や共謀罪の強引な成立には裏があったのです。
この一連の法整備には違和感があった。
かつての治安維持法の恐ろしさを知っていれば、強行採決など出来なかったはずです。

実は、これは米国から日本への指示だったのです。
小笠原みどり著「スノーデン、監視社会の恐怖を語る」2016年11月刊(p90)でスノーデンが暴露しています。

彼は米国のアメリカ国家安全保障局 (NSA) および中央情報局 (CIA) の優秀な元局員で、横田基地のNSAでも業務していた。
彼は米国の悪辣な諜報行為、米国民だけでなく同盟諸国すら盗聴し監視する体制の底なしの闇に恐怖と怒りを持った。
最初、彼は長官に事実の公表を求めたが、否定されたので暴露せざるを得なくなった。

私はグリーンウォルド著「暴露:スノーデンが私に託したファイル」も読んでいますが、彼の米国を想い、将来を憂う真摯な態度に感銘を受けた。

一方、日本はこのように扱われても米国に対して全く異論を唱えない。
当然、防諜対策も米国への逆の諜報活動もしない。
実に今の日本政府は従順な忠犬というところでしょうか。

 

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*3

 

忠犬のどこが悪いのか?
きっとこんな指摘をする人がいるはずです。

実は、忠犬が悪いのでは無く、国民が知らない内に米国に操られていることなのです。

例えば、米情報機関は電話やメールをすべて盗聴しているので、政府にとって都合の悪い官僚や政治家の秘密を握り、マスコミに情報を流して、簡単に追い落とすことが出来ました。
現実に、米国ではベトナム戦争反対派の封じ込めなどの常套手段でした。

当然、日本でも行われており、確証とまでは言えませんが、野党や中国寄りの政治家などの追い落としは孫崎享著「戦後史の正体」で指摘されています。
日本での米情報機関による大々的な盗聴は揺るがない事実ですが、日本政府が何処まで積極的に追従しているかは闇の中です。

これを陰謀説と一笑に付することも出来ますが、ロシアのKGB出身のプーチン大統領、かつての東欧共産圏の監視社会などを思い起こせば、空恐ろしくなるはずです。
これは世界各国の政治史、宮廷ドラマではありふれた謀略に過ぎない。

米国の監視社会は世界にとっても危険の極みにあり、他山の石ではない。

 

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*4

 
結論
日本は米国への盲従を止め、少なくとも米国の監視下から脱して、EUの首脳並みの態度が取れるように方向を修正すべきです。
放置すれば、やがて大陸の境界に位置する日本列島は代理戦争の大きな災厄に見舞われるでしょう。

どうか、歴史を自力で確認し、何が真実かを見極めて頂きたい。

唯々、祈るばかりです。
「南無阿弥陀仏、アーメン、アッラー・・・」

 

 

注釈1.
迎撃ミサイルによる防御には限界があり、非現実的です。
このことは他の記事で幾度も解説しています。
実際問題、米ソの核開発競争を振り返れば、答えが無くて、その結果、核弾頭の廃棄物が山のように溜まっただけでした。

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Bring peace to the Middle East! 68: Why was it exhausted ? 6: The period background of imperialism 1


中東に平和を! 68: なぜ疲弊したのか 6: 帝国主義の時代背景 1

 

1
*1
We have seen who has scattered the disaster to the world until now.
It seemed like ordinary people fascinated by demons.
However, this eventually will push our world into the mire.

これまで誰が世界に災厄を撒き散らしたのかを見て来ました。
それは悪魔に魅入られた普通の人々のように思える。
しかし、このことがやがて世界を泥沼に突き落とすことになる。

 

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< 2. colonial countries that were once controlled by Western Europe >
< 2. かつてヨーロッパの植民地だった国 >

 

Introduction
Later, we see that the imperialism which colonized almost all countries of this earth was deeply involved in the confusion and conflicts of present developing countries.
But before that, there is something we need to confirm.

That is to say, why was the imperialism that was selfish, violent and ruthless done by the people.
Why did the people do the inhumane exploitation?
Why could the people be cruel to indigenous people?
This was at most half a century ago.

Until now, we’ve looked at some cases, but people easily sacrifice other people.
If the imperialism was done by not so much demon but consensus of ordinary people, even now, their minds do not change, it may be a possibility of repeating easily.

 

はじめに
後に、地球上のほぼすべての国を植民地化した帝国主義が、現在の発展途上国の混迷と止まない紛争に深く関わっていることを見ます。
しかし、その前に確認したいことがあります。

それは身勝手で、暴力的で、無慈悲であった帝国主義がなぜ行われたのかと言うことです。
なぜ人々は人道に反する搾取を行ったのか?
またなぜ人々は先住民に対してあれほど残虐になれたのか?
これはたかだか半世紀前のことです。

今まで、事例を見て来ましたが、人々はいとも簡単に他者を犠牲にします。
もし、帝国主義が悪魔ではなく普通の人々の総意で行われていたとしたら。
今でも、その心性は変わらず、容易に繰り返す可能性があるかもしれません。

 

3

*3

 

What is the imperialism?
It is a policy to make other country a colony and dependent country by military power.
Although there was an expansionism and conquestism from a long time ago, especially it refers to the policy done by nations that became a monopoly capitalism stage since the end of the 19th century.
It began with the African division of Western Europe and then spread to the world.

The essential point is like that, but strangely the opinion of historians about it has divided.
The imperialism is an undeniable fact, but they can not identify its motive.
It is largely divided into three opinions. Annotation 1.

A: A capitalist state developed through the industrial revolution was seeking many export destinations for not only goods but also excessive capital to the world.

B: At that time, economic depression repeatedly had occurred, income disparity was bigger than now, the dissatisfaction was accumulating in the countries.
In addition, the reversal of economic power was occurring among countries having many colonies (Britain) and countries no having it (Germany).
Thus, the Western European countries tried to divert the public’s dissatisfaction by making an advance outside the area, and it became a competition.

C: The imperialism progressed sequentially by the interaction between the ruling side and the colonial side, and the factors differed from region to region.
In addition to the two above-mentioned reasons, the major factors were for recovering the losses due to prohibition of a slave trade, and the resistance and looting in the locale against the Westerners’ residents and immigrants.
After all, it was tangled with the past Western intervention, and it headed for further intervention.

In other words, rather than that the imperialism was initiated for a purpose, it can be said that it occurred as a result of various factors overlapping.

 
帝国主義とは何か

軍事力で他国を植民地や従属国にする政策。
古くから膨張主義や征服主義はあったが、特に19世紀末以降、独占資本主義段階に至った国家が行った政策を指す。
これは西欧のアフリカ分割から始まり、その後、世界に蔓延していった。

要点はこうなるが、不思議なことに歴史学者の意見が分かれている。
帝国主義の事実は動かせないのですが、その動機を確定出来ないのです。
大きく三つに分かれています。注釈1.

A: 産業革命を経て発展した資本主義国家は、商品だけでなく過剰な資本の輸出先を世界に求めていた。

B: 当時、恐慌が繰り返し発生し、今より所得格差は大きく、国内に不満が鬱積していた。
また植民地を多く持つ国(英国など)とそうでない国(ドイツ)で経済力の逆転が起こりつつあった。
こうして西欧諸国は、域外に進出することで国民の不満をそらそうとし、競争することにもなった。

C: 帝国主義は支配側と植民地側との相互作用で順次進行し、地域ごとで要因が異なる。
主要な要因としては、上記二つの理由に加えて、奴隷貿易の禁止による損失挽回の動き、西欧人の居留民や移民に対する現地の抵抗や略奪などがある。
これにしても、以前からの西欧の介入で紛糾し、さらなる介入を招いたことになる。

つまり、帝国主義は目的を持って始められたと言うよりは、対立国との競争、国内の不満回避、植民地との紛争を巡って、いつしか泥沼に突き進んだしまったと言える。

 

4

*4

 

Something seen from a misunderstanding
There are persons who say that the former action is not exploitation against East Asia because the Empire of Japan made huge investments (dam and railroad) for it.

Actually, the imperialist countries of the Western Europe came to have large loss due to deployment of troops and investment in the locale, and the people disliked it in the late stage.
Even so, the governments continued to take the policy for securing the colonial security and prestige of the state.

Similarly in Japan, the people amassed a huge debt (foreign bonds) for the war, lost everything in the defeat, and had to keep returning the foreign bonds even after the war.

In other words, in the time of the imperialism, it expanded because there were people got profit even though the government and the people were suffering.

 

This continues to the next time.

 
誤解の先に見えるもの
かつて大日本帝国は東アジアに莫大な投資(ダム、鉄道など)をしたのだから、搾取ではないと言う人がいる。

実は、西欧の帝国主義国家も軍隊派遣や現地への投資で、政府としては損失が大きく、末期には国民に嫌われていた。
それでも植民地の安全確保や国家の威信の為に続行された。

日本も同様で、戦争の為に莫大な借金(外債)を行い、敗戦ですべてを失っただけでなく、戦後も外債を返却し続けなければならなかった。

つまり、帝国主義の時代、政府と国民は苦しんでいても、利を得る存在があるからこそ拡大していったのです。
次回に続きます。

 
注釈1.
この説明は主に「講座/世界史5 強者の論理/帝国主義の時代」p.44を参考にしています。

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 32: ワルシャワ2


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*1

 

 

今日は、快晴の旧市街を紹介します。

前回紹介した早朝歩いた場所と幾分重なりますが、ガイドの説明を聞くと印象はがらっと変わりました。

 

 

 

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< 2. 地図 >

 

上の地図: 早朝歩いたルートです。上が東側です。

緑線が行きのルートで、青線が行きと異なる帰りのル-トです。

緑字のSはホテルで、赤字のSはツアーの徒歩観光の起点です。

赤字のDは城壁で囲まれた旧市街の中心に位置するマーケット・プレイスです。

上の川はポーランド最長のヴィスワ川です。

 

中央の地図: ツアーの徒歩観光のルートです。上が東側です。

S:起点。 A:ワルシャワ・ゲットの記念碑。 B: キュリー博物館。 C:城門バルバカン。 D: 旧市街のマーケット・プレイス。 E: 展望台。 F:聖ヨハネ大聖堂。

 

下の地図: ポーランドとワルシャワを示す。上が北側です。

 

 

 

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< 3. クランシスキ宮殿とワルシャワ蜂起記念碑 >

 

上の写真: 左にクランシスキ宮殿、右に最高裁判所。

 

下の写真: 最高裁判所の前のワルシャワ蜂起記念碑。

ワルシャワ蜂起については後で解説します。

地図のS地点から撮影。

 

 

 

 

 

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< 4. ワルシャワ・ゲットの記念碑 >

 

上の写真: 最高裁判所の横。

 

下の写真: ワルシャワ・ゲットの境界跡と記念碑。

地図のA地点で撮影。

ワルシャワ・ゲットの解説は次回行います。

 

 

 

 

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< 5. 新市街 >

 

上の写真: 北側を見ている。

地図のB地点で撮影。

すぐ右手の白い建物はキュリー博物館です。

彼女は放射能の研究で最初のノーベル賞をもらった。

彼女はここで生まれ、青春時代を過ごし、学業と研究の為にポーランドを出てパリに移り住んだ。

当時、ポーランドは帝政ロシアに併合されており、教育者だった両親ら知識層は行動を制約されていた。

 

下の写真: 南側を見ている。

ここを真っすぐ行くと旧市街の城門に至る。

 

 

 

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< 6. 旧市街の城門 >

 

上の写真: 旧市街の城門バルバカン。

最初は16世紀に造られたが、第二次世界大戦で破壊され、1952年に17世紀の様式で再現された。

地図のC地点で撮影。

 

下の写真: 旧市街の広場に向かう通路。

 

 

 

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< 7.マーケット・プレイス  >

 

上下の写真: マーケット・プレイス。

18世紀末までワルシャワの中心でした。

1944年のワルシャワ蜂起に対するドイツ軍の報復で完全に破壊されたが、1950年代に再建された。

地図のD地点で撮影。

 

 

 

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< 8. 旧市街のたたずまい >

 

上の写真: ハトが青空に舞い上がる。

この地は幾度も強国ロシア(ソ連)とドイツに交互に、または同時に蹂躙されて来た。

今度こそは平和が長く続きますように祈ります。

 

下左の写真: これは何の変哲もない古い民家の門に見えるのですが、再建時、瓦礫となった石材や美術記録など頼りに忠実に再現されたものです。

戦火の傷跡が生々しい。

 

下左の写真: 屋根に取り付けられたドラゴン。

 

 

 

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< 9. 展望台 >

 

上の写真: マーケット・プレイスの裏手にある展望台からヴィスワ川を望む。

地図のE地点で撮影。

 

中央の写真: 展望台から聖ヨハネ大聖堂の裏手に行く途中。

バルコニーの支えの部分に銃弾の跡が見える。

これはワルシャワ蜂起の激戦の痕跡です。

 

下の写真: 聖ヨハネ大聖堂の裏手。

地図のF地点付近。

 

 

 

 

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< 10. 聖ヨハネ大聖堂周辺 >

 

上左の写真: 右のレンガ建築が聖ヨハネ大聖堂の側壁です。

塔の下のトンネルを抜けると聖ヨハネ大聖堂の正面の通路に出ます。

地図のF地点付近。

 

上右の写真: 指さしているのはポーランド抵抗の印です。

上述のトンネルの中ほどにありました。

至る所に見られます。

 

下の写真: 上述の聖ヨハネ大聖堂の側壁に埋め込まれた軽戦車のキャタピラ。

ワルシャワ蜂起のものです。

 

 

 

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< 11. 聖ヨハネ大聖堂の正面 >

 

すぐ右が聖ヨハネ大聖堂の正面です。

この通路を行くとマーケット・プレイスに出ます。

地図のF地点付近。

 

 

 

ワルシャワ蜂起

第二次大戦末期に起こったポーランド地下軍とワルシャワ市民によるドイツ占領軍に対する蜂起。

ソ連軍によるワルシャワ解放が目前と思われた1944年7月下旬に一斉蜂起した。

8月1日、ほとんどの市民が蜂起に参加し市の中心部が解放された。

ソ連は進軍するかに見えたが、ヴィスワ川対岸で停止して、いっさいの援助をしなかった。

ようやく9月10日以降、ポーランド人部隊の渡河作戦を許したが、蜂起を救うには遅すぎた。

孤立した蜂起軍と市民はドイツ軍によって徹底的に全市を破壊され20万の死者を出した。

ついにワルシャワ蜂起は10月2日の降伏で無惨に終わった。

 

この時のソ連(スターリンがトップ)の行動は、反ソ感情の強いポーランドが衰弱してから占領する方が得策と考えたからでした。

 

 

 

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< 12. ワルシャワ蜂起 >

 

A: 赤枠はポーランド地下軍が蜂起した場所。

黒の四角は私達のホテル、黒の円枠は旧市街の城壁。

 

B: ドイツ軍が占領しているビルを銃撃するポーランド兵士。

 

C: ワルシャワ蜂起62周年の再現シーン。

 

D: 当時の若いポーランド兵士。

 

E: 旧市街で戦うポーランド兵士。

写真9や10で見た戦闘の傷跡はこの時のものです。

 

F: ドイツ軍によって破壊され炎上する旧市街。

 

G: 完全に破壊されたワルシャワ。

 

 

現在のワルシャワの人はこの蜂起をどのように見ているのだろうか?

直接、一人のポーランド女性と日本語で話すことが出来ましたので、質疑を要約します。

 

質問1:

「皆さんはドイツとロシアについてどう思っているのでしょうか?」

 

答え:

「ポーランド人にとって両国は長年の侵略国であるが、ロシアを嫌っています。

ドイツは戦後、謝罪したが、ロシアはその事実を否定しているからです。」

 

参考:

<カチンの森事件>不誠実な一例として。

1940年、ソ連軍はポーランド侵攻時、ポーランド将兵らの捕虜を2万人以上銃殺した。

ソ連は事件発覚後もドイツの犯行としていたが、ゴルバチョフが再調査し、1990年、事実を認め遺憾の意を示した。

 

 

質問2:

「皆さんはワルシャワ蜂起をどう見ているのですか?」

 

答え:

「毎年、議論されているが評価が分かれています。

 

悪いとする意見

将来ある多くのインテリゲンチャが若死にし、生き残った青年では将来を担うには力不足であった。

また関係のない多くの人が巻き添えになって死んだ。

 

良いとする意見

戦う伝説が作られた。

人々は、これからも他国の理不尽に対し戦う勇気を持つことが出来るだろう。」

 

 

私の感想

リトアニアでも同様でしたが、大国の侵略に対し蜂起したことに自画自賛だけで終わらない姿勢が素晴らしい。

 

ワルシャワ蜂起は、結局、ソ連に支配され続けただけなので、私には無駄死に思える。

しかし、今回巡って来た東欧四ヵ国の異民族支配への強い抵抗に、私は想像以上の篤い想いを見た。

だからと言って、私達日本人は経験したことのないこの想いをたやすく理解出来るとは思えない。

 

私達が、この想いを少しでも理解しょうとするなら、他国を戦争で侵略した後に取るべき態度とは何かが自ずと解るはずです。

それはこの女性が言った「謝罪したドイツを許している」からも明白です。

 

残念ながら日本は島国で平和に暮らして来たことが、他者への理解で災いしているように思える。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 67: Why was it exhausted ? 5: History repeats itself


中東に平和を! 67: なぜ疲弊したのか 5: 歴史は繰り返す 

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< 1. a border fence along the US–Mexico border >
< 1. メキシコの壁  >

 

Last time we looked at that the treacherous social situation is occurring in the United States.
Here we trace back history a bit and examine this has been possible situation any time.

前回、危惧すべき社会状況が米国で起こっていることを見ました。
ここで少し歴史を遡り、このような状況がいつでも起こりうることを見ます。

 

2
< 2. Drought >
< 2. 旱魃  >

What is the president trying to sacrifice now?
The US president is trumpeting that other countries steal interests of the United States with unfair trade and that immigrants are depriving the public of their jobs.

Although there may be such an aspect, the many causes are due to the diplomacy and trade agreements in the past, and naturally the major nation (company) must have gained more profit.
For example, as a background of increasing Mexican immigrants, cheap imported corn from the US by the North American Free Trade Agreement (NAFTA) in 1994 robbed Mexico’s fifteen million farmers’ life. Annotation 1.

Furthermore, he is going to carry out terrible policies aiming only for prosperity of their own country on the sacrifice of other countries.

For example, he is trying to destroy the Framework Convention on Climate Change, but this will have a huge impact on the world.
Currently, the global warming is progressing, the drought in the world has already caused the rise in wheat prices repeatedly and it has caused sea level rise too.
With this discard, the US industry (16% of the world’s CO2 emission) will undoubtedly increase the emission.
And the unity of the world will be disturbed, then global warming will accelerate further.
As a result, huge hurricanes frequently must have come to the United States, and the world that passively observed it will pay the penalty.

The selfish policy of major nations will drive the world into a corner all the more because its national strength is large, with everything such as environment, war, or economy.

Actually, the current American society is similar to the era when Europe moved to imperialism from the 1870s, and also the time of Hitler’s dictatorship.

 
今、大統領は何を犠牲にしようとしているのか
米国大統領はしきりに他国が不公平な貿易で米国の利益を奪い、移民が国民の職を奪っていると喧伝している。

その一面はあるかもしれないが、多くは今までの外交や貿易協定によるもので、当然、大国(企業)がより利益を得ているはずです。
例えば、メキシコ移民が増大する背景に、1994年の北米自由貿易協定(NAFTA)による米国からの安価な輸入トウモロコシがメキシコの1500万人農民の仕事を奪った。注釈1.

さらに、他国の犠牲の上に自国の繁栄を目指す恐ろしい政策が行われようとしている。

例えば、気候変動枠組条約を破棄しようとしているが、これは世界に大打撃を与える。
現在、地球温暖化が進み、すでに世界で大旱魃による小麦価格の暴騰が繰り返され、また海面上昇を招いている。
この破棄により米国の産業(世界のCO2排出量の16%)は気兼ねなく排出を増やすだろう。
そして世界の結束は乱れ、さらに地球温暖化が加速することになるだろう。
その結果、米国には大型ハリケーンが頻繁に来襲し、それを傍観した世界にも報いは訪れる。

大国の身勝手な政策は、その国力が大きいだけに、環境・戦争・経済などあらゆることで益々世界を窮地に落とし入れることになる。

実は、今の米国社会はヨーロッパが1870年代から帝国主義に突き進んだ時代、またヒトラー独裁の時代と似ているのです。

 

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The time of Hitler
Here we can compare the current American society with the German society of the Nazis easily.

“Communists and Jews are putting our nation into turmoil! Let’s recover our former territory!”
Hitler’s statement was gaining tremendous popularity, and he was able to become a dictator.

What is it about Hitler took hold in the mind of people?
Its reason is due to that he attributed all cause of the deterioration to others, then proposed a method without pain for the public by sacrificing others (exclusion, expansion of territory).

Hitler is fascism, and Trump is called populism.
Although there are different things in these, there are similarities too.
The both deny existing elite layers (politicians, intellectuals, mass media) and declare that they can solve easily with exclusionary policies. Annotation 2.
And people who supported the two men are middle class in Germany and White in the United States.
People can easily accept the reckless proposal to sacrifice others if they become safe.

Furthermore, there are more interesting similar features.
At first, Hitler showed being on worker side and exclaiming against owners of capital.
However, from halfway, he sponged on some capitalists and accomplished the dictatorship with the cooperation of the military.

From the beginning, he didn’t have logical and constructive assertion, so the policy was only patchwork response.
When the people noticed that they were deceived by his snow job, it’s too late.

This continues to the next.

 
ヒトラーの時代
ここで今の米国社会とナチスのドイツ社会を簡単に比較します。

「共産主義者とユダヤ人が国家を混乱に陥れている! かつての領土を取り戻せ!」
このヒトラーの発言が絶大な人気を呼び、彼は独裁者になることができた。

ヒトラーの何が多くの心を捉えたのでしょうか。
それは悪化の原因を他者に帰し、自身は痛みを伴わない方法、つまり他者を犠牲にする方法(排除、領土拡大)を提案したからです。

ヒトラーはファシズムで、トランプはポピュリズムと呼ばれています。
これは異なるところもありますが、共通点があります。
二人は共に既存のエリート層(政治家、知識人、マスコミ)を否定し、排他的な手法でいとも簡単に解決すると明言する。注釈2.
そして二人を支持した人々はドイツでは中間層、米国では白人です。
人はいとも簡単に、自身が安泰なら他者を犠牲にする無謀な提案を受け入れてしまうのです。

さらに面白い類似の特徴があります。
ヒトラーは最初、労働者の味方で資本家を非難する素振りを見せていた。
しかし途中から裏で、一部の資本家にすがり、軍部の協力を得て独裁を成し遂げた。

元々、彼には論理的で建設的な主張がなかったので、政策はその場しのぎに過ぎなかった。
後に国民はその巧みさに騙されたと悔しがったが、後の祭りでした。
次回に続きます。

 

注釈1.
2017年1月、大統領はNAFTA再交渉を明言。

注釈2.
排他的な手法とは、ヒトラーの場合はアーリア人以外を強制排除(抹殺)、そして軍事力による自国の領土拡張でした。
トランプの場合は、白人とキリスト教徒以外の排除、保護貿易と2か国間交渉による自国優位です。

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Bring peace to the Middle East! 66: Why was it exhausted ? 4: When do major nations become selfishness?


中東に平和を! 66: なぜ疲弊したのか4: 大国が身勝手になる時

 

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< 1. Actress Meryl Streep >
< 1. 女優メリル・ストリープ >

Last time, we looked at a situation that the selfishness of major nations and multinationals is permissible.
So why are the people indifferent to sacrificing other countries?

前回、大国と多国籍企業の身勝手が許される状況を見ました。
それでは、なぜ国民は他国を犠牲にすることに無関心なのでしょうか。

 

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< 2. Celebrities >
< 2. 著名人 >

*Trump: he became from a businessman to the U.S. president.
*Paul O’Neill: he is a former Treasury Secretary who was a businessman and criticized unscrupulous tax cuts and monetary easing.
*Krugman: he is a worldwide economist who continues to point out the main factor of income disparity in the US.
*Oliver Stone: he is a film director who continues to criticize the US politics.

・トランプ: 実業家から米国大統領に。
・ポール・オニール: 無節操な減税や金融緩和を批判した実業家で元財務長官。
・クルーグマン: 所得格差の元凶を指摘し続ける米国経済学者。
・オリバー・ストーン: 米国政治を批判し続ける映画監督。

 
Why are the people indifferent to sacrificing others?
Why do the people forgive that their governments and companies are scattering disasters to other countries?

Knowing that fact, the people may stop their selfishness.
However, many people would never dare to know what is happening on the other side of the earth.

Since many people started to suffer damage to themselves, maybe make it a problem.
Taking the Vietnam War as an example, the fact of the war was hardly conveyed to American citizens by press restraints.
Finally, when the citizens realized the volume of the death of the US soldier on television news, the opposition campaign became the whole country.
For many citizens, the enormity of the dead and damage in the Vietnam were secondary.

But only the lack of information or the indifference is not a problem.
Rather, there is a case that people actively sacrifice others.
This has been repeated in the world.

 
なぜ国民は他者を犠牲にすることに無関心なのか
自国の政府や企業が、他国災厄を撒き散らしていることをなぜ国民は許すのだろうか?

その実態を知れば、国民はその身勝手を阻止するかもしれない。
しかし、多くの国民は地球の反対側で起こっている事を敢えて知ろうとはしない。

多くは自国民に被害が及び始めて、問題にする。
ベトナム戦争を例に挙げれば、戦争の実情は報道規制により米国民になかなか伝わらなかった。
やっとテレビで米兵の死者の多さが実感出来るようになると、反対運動は国民的なものとなった。
多くの人にとって、ベトナム人の死者や被害の甚大さは二の次でした。

しかしこの情報不足や無関心だけが問題ではない。
むしろ、積極的に他者を犠牲にする場合がある。
これは世界で繰り返されて来た。
What has happened in the United States now
In this presidential election, the Americans demanded a major change.
While there are people who welcome this result (White, wealthy people, financier), there are people who have a sense of crisis. (immigration, and Meryl Streep)
And there are people who believe that military intervention to other countries will decrease because they believe the president’s statement. (Oliver Stone) Annotation 1.
But I can not rest assured of it.

Thing I feel insecure is the American society
The US society has been kept away from the true, and the decoupling already occurs , so has an emotional confrontation with each other. Annotation 2.
This time, people inflamed by dissatisfaction became more exclusive and violent.

In such situation, what will happen?
Now, people who is inflamed by emotion and place their hope on the president belong to the middle class and try to protect themselves, so it is easy to sacrifice others. Annotation 3.
This is consistent with the President’s statements.

I am concerned about policy recommendation that the president almost denies the status quo and lacks coherence.
For example, an economic history shows that to run toward protectionism invited a contraction of the world economy . Annotation 4.
In addition, it is dangerous to make other people into a scapegoat to divert people’s eyes from a source of discontent.
Until now, there is a fact that policies for the purpose of economic recovery, money-easing, tax cuts, and destruction of universal health insurance coverage, have repeated the collapse of the bubble, and have expanded the income disparity. (Krugman, Paul O’Neill)

As long as people ignore it, poverty will not change even if it is temporarily well, and the decoupling will only deepen.
In a word, a society that is becoming emotional rather than logical has a high possibility of heading a bad direction.

Thus, a major nation that began to take selfish behavior will spread every disaster to the world.

This continues the next time.

 
今、米国で起きていること
今回の大統領選で米国民は大きな変革を求めた。
この結果を歓迎する人々(白人、富裕層、金融屋など)がいる一方、危機感を抱く人々がいる(移民、メリル・ストリープなど)。
大統領の発言を信じれば他国への軍事干渉が減ると期待する人がいる(オリバー・ストーン)。注釈1.
しかし、私は安心出来ない。

私が不安に思うのは米国社会です。
米国社会は真実から遠ざけられ、既に分断され、各集団が激しく対立している。注釈2.
そして今回、不満を煽られた各集団は、より排他的で暴力的になった。

このような場合、何が起きるだろうか?
今、扇情され大統領に望みを託している人々は中間層に属し、自らの保身を前提にしているので、他者を犠牲にしやすい。注釈3.
これは大統領の発言と一致する。

大統領の現状否定や一貫性のない政策提言にも不安がある。
例えば、保護主義に走ることがいずれ世界経済の収縮を招くことは経済史が示すところです。注釈4.
さらに、他者をスケープゴートすることにより、不満の元凶から人々の目を逸らさせているのも危険です。
今まで、経済回復を謳いバブル崩壊を繰り返して来た政策(金融緩和、減税、皆保険制破棄)こそが所得格差を拡大させている事実がある(クルーグマン、ポール・オニールなどが指摘)。

これらを無視している限り、一時は浮かれても貧困は変わらず、分断はより深まるだけです。
一言で言えば、論理的でなく感情的になっている社会では、悪い方向に向かう可能性が高い。

こうして身勝手な行動を取り始めた大国は世界に災厄を撒き散らすことになります。
次回に続きます。

 
注釈1.
オリバーの指摘のように、強権的なイメージのあったニクソンとレーガンは、突如として米中や米ソ間の緊張を劇的に改善させた。
これらは想像を越えたものでしたが、必ずしも両大統領の功績とは言えない。
前者はベトナム戦争泥沼化に対する国民の絶大な怒り、後者はゴルバチョフのペレストロイカがあってのことでした。

米国の軍事行動は軍産複合体によるもので、せいぜい大統領はそれを少し抑えられる程度だろう。
よほど国民の側に立って判断する大統領でないと期待できない。
トランプの言っていることが信じられないのは、彼の違法まがいのビジネスで、弱者を虐げることに平気な事を知れば当然です。
NHK、1月31日放送のBS世界のドキュメンタリー「“強欲時代”のスーパースター~ドナルド・トランプ」が実態をよく示しています。

 
注釈2.
米国の対立の構図は、白人とマイノリティー、低学歴と高学歴、キリスト教と無宗教、男性と女性などが主なものです。
この指摘は、本「トランプがはじめた21世紀の南北戦争」から引用。

なぜこの対立が米国で生まれたのでしょうか?
それは度重なる金融危機(最近では2008年)による著しい所得格差の拡大が根にある。
中間層の没落と貧困層拡大をしり目に一部の超富裕層がより巨大化している。
前者は不満を募らせるが、一方で超富裕層は保身の為に、莫大な資金を投じて日常的に宣伝工作や選挙誘導を行う。

例えば、米国のコーク兄弟(二人の資産を合わせると世界一の800億ドルになる)の裏の政治活動が有名です。
代表的なものは保守強硬派のティー・パーティーへの資金援助、地球温暖化否定のキャンペーン、疑心暗鬼に陥らせることになるエリート批判などです。

さらに多大な影響を与えているのが、レーガンに始まりブッシュで進められたメディア所有規制の緩和です。
この結果、メディア、主に放送は一握りの大企業に独占され、娯楽化が顕著になった。
批判的でシリアスなニュースは無くなり、欲情を煽る娯楽番組ばかりとなりました。
さらに輪をかけて地方紙の廃刊が続いています。
こうして、選挙戦前半でトランプは面白可笑しく扱われ人気が出て、必要な情報が国民に伝わらなかった。
結局、これもホワイトハウスが大企業に操られたからでした。

また2001年の同時多発テロ以降、メディアはホワイトハウスに逆らわないようになり、都合の悪い情報を流さなくなりました。

こうして、国民は真実や必要な情報から遠ざかってしまった。
また、国民は超富裕層にとって都合の悪い真因から目を逸らされ、互いに反駁するだけになってしまった。

その結果、莫大な資金が必要な大統領選挙もあり、米国社会は悪化し続けていても、誰も止めることが出来なかった。

その意味では、今回の大統領選挙は画期的でしたが、危さの本質は変わらないので、むしろ危険が増したと思う。

 
注釈3.
一方、不満を煽られた人々が底辺層であれば、保身ではなく、抜本的な社会改革(革命)を目指すことになる。
これは、これで危険なのですが、先ずは内部の破壊と創成に向かうことになる。
その後、外部に向かうこともある。

それでは上層部、富裕層が不満を持てばどうなるのでしょうか?
それは既に見たように、豊富な資金にものを言わせ、現状の政治・マスコミ・学者を操るだけなので、多くの人には変化がわからないことになる。

 
注釈4.
保護主義だけを取り上げて絶対悪いとは言えないが、一気に進めれば世界の貿易額は確実に収縮し、消費財などが高くなり、低所得者を圧迫することになりかねない。
何か他の政策で補うのであれば、現状のグローバル化の欠点である国内の低賃金競争や為替でメリットが出るかもしれない。

しかし、確立した経済理論による裏打ちの無い経済政策の乱発では、破綻する可能性が高いように思う。
また、おそらくは、グローバル化で富を蓄積して来た超富裕層は、保護主義をすり抜ける不公正な政策をとらせるだろう。
私にはこちらの方が怖い。

本来は、問題にされているグローバル化による弊害は世界的な法の網(罰則、税制、規制)でコントロールすべきです。
これでは遠回りしているだけです。

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 29: ビルニュス 4


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*1

 

 

今日で、ビルュニスとお別れです。

この日は、霧と紅葉に抱かれた街を堪能することが出来ました。

最後に、ロシアとバルト3国について感じたことを記します。

 

 

 

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< 2. 地図、黄色の矢印が北側 >

 

上の地図: 赤い線が旧市街の徒歩観光ルートです。

Gは夜明けの門で、赤いアドバルーン状の印は展望台です。

Pは聖ぺテロ&パウロ教会です。

 

下の図: 展望台からの眺めを再現しています。

赤いアドバルーン状の印が展望台です。

赤い線が旧市街の徒歩観光ルートで、中央の高い塔は聖ヨハネ教会です。

 

 

 

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< 3. 家並み >

 

民家や中庭などを撮影しました。

 

下の写真: 民芸店のある中庭。

壁に数体の聖人像などがはめ込まれ、木の右枝には木彫りのフクロウが見えます。

 

 

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< 4. 印象に残ったもの >

 

左上の写真: 夜明けの門のイコン。

少し時間が経ってから戻ってみると、窓が開いていて、イコンを見ることが出来ました。

 

右上の写真: 夜明けの門の直ぐ近くにあるテレサ教会の屋根の黄金の王冠。

この手の王冠は聖カジミエル教会にもあった。

私は他の国であまり見かけたことがない。

 

左下の写真: No.3の写真の中庭に面した民芸店。

ここは夜明けの門の外にありました。

 

右下の写真: No.5の写真の展望台の柵。

この無数の鍵は、恋人達が一生別れることが無いようにと鍵を掛けていったものです。

 

 

 

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< 5. 展望台Subačiaus apžvalgos aikštelė >

 

霧の為に、この写真ではうまく伝えられませんが、展望台の紅葉は素晴らしかった。

眼下に、紅葉する木々の向こうに数々の教会群が霧に霞んでいる景観は幻の中世を忍ばせます。

 

下の写真: 中央の一番高い鐘楼はビルニュス大学横の聖ヨハネ教会でしょう。

私達はあの前を右から左に通って行きました。

 

この目の前で、高々25年ほど前にソ連軍、75年ほど前にはドイツ、ポーランド、ソ連の軍隊が蹂躙していったのです。

 

 

 

 

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< 6. 聖ぺテロ&パウロ教会 1 >

 

驚きの教会です。

外見は小さく、それほど古くもなく、一見何の変哲もない教会でした。

しかし、内部に入るとその素晴らしさに目を奪われます。

かつてドイツの小さな村で見たヴィース教会の驚きを思い出します。

 

この教会は1668年から7年間で造られたが、内装には30年を要している。

これは当時の一将軍が、自分の廟として造らせたものでした。

中は2000体以上の漆喰彫刻で飾られている。

極彩色や黄金色による派手さはないが、白地一色の空間と彫刻群は地元の人にとって清楚で親しみのあるものになっているのだろう。

きっと人々はリトアニアの歴史や聖書、神話の世界に引き込まれていくことだろう。

 

 

 

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< 7. 聖ぺテロ&パウロ教会 2 >

 

 

 

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< 8.聖ぺテロ&パウロ教会 3  >

 

 

 

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< 9. 聖ぺテロ&パウロ教会 4 >

 

左の写真: 入退出扉側。

その扉の左側を拡大したものが下の写真です。

 

右の写真: 大鎌を持った骸骨の像。

ロシアとバルト三国の教会を訪れて、何カ所かで教会を出る時に、人間の死を連想させる絵や像を見かけた。

信者に生と死を意識させ、さらに復活を印象付ける場合もあった。

 

またロシアとバルト三国の教会を訪れて気が付いたのは、スペインの教会と違って、こちらにはイエスの痛ましい磔刑直後の生々しい像を見かけなかったことです。注釈1.

当然、十字架の像は別です。

 

 

 

 

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< 10. 様々な旧市街の光景 >

 

上の写真: ある店先。

カラフルな貸し自転車でしょう。

 

中央の写真: バルト三国の名物、琥珀。

 

現在でも世界の琥珀の90%はバルト海沿岸で算出される。

バルト三国は未開の地でヨーロッパの果てのイメージがある。

しかし、この地域で採れる琥珀は紀元前2千年紀から中東の文明に知られていた。

そして地中海からユーロッパを抜け、バルト諸国を通りエストニアの北端に至る。この「琥珀の道」が最古の交易ルートの一つとして活躍していた。

ローマ帝国が誕生する遥か前のことです。

 

 

下の写真: 道路沿いの民家の壁。

若い芸術家に作品の発表の場を提供しているのだそうです。

 

 

 

ロシアとバルト3国の旅行を通じて感じたこと。

まだポ-ランド訪問が残っていますが、バルト3国への思いを記します。

 

私が今回の旅行で知りたかった事の一つはバルト三国の苦しみでした。

また今のロシアは脅威なのかを知りたかった。

この二つは、バルト三国にとっては切実な問題です。

 

切実な問題とは

リトアニアは2015年9月から徴兵制を復活させたが、これは2014年からのロシア介入によるウクライナ内戦の二の舞を恐れているからです。

ちなみに人口325万のこの国の兵員は2万人ほどで、対するロシアは77万人です。

ロシアの脅威に対してバルト三国は、2004年にNATOに加盟し、2016年から更なる派遣軍の増強を受けている。

 

だが旅行中に、この軍事的な緊迫を感じる場面に出会うことはなかった。

しかし、バルト三国がロシア(ソ連)から受けた仕打ちを知れば、人々の恐怖は理解出来る。

さらに、各国に暮らすロシア住民とウクライナ内戦の発端を考えれば現実味を帯びてくる。

 

 

だがそれだけではない。

私がロシア旅行で会った二人のロシア人の話から、その恐怖はさらに現実味を帯びてくる。

彼らの発言について、既に、この旅行記で書いていますが、この件に関してまとめると以下になります。

 

「かつてソ連邦に属していた国は我々のものである。」

この発言はウクライナとチェチェンについて語ったものですが、バルトについても同様と推察します。

 

「ロシア人はバルトのような小国に関心はない。」

この発言の真意を汲み取るのは困難ですが、すぐ国境を接しているところに暮らす教養ある若者の発言にしては違和感がある。

 

また彼らと話していて、ロシアに批判的な話をすると、いとも簡単に「それは欧米のプロバガンダです」と吐き捨てる。

この口調に、私はロシアのマスコミを含めた情報統制とプロパガンダを感じる。

ちなみにロシアの「世界報道自由ランキング」は148位/180ヵ国です。注釈2.

 

ソ連邦の時代、バルトを含め東欧諸国の人々はモスクワによる徹底した情報統制を経験している。注釈3.

従って、バルトの人々は、例えロシア人が大らかであっても、国のプロパガンダによって侵略に肯定的になることを知っている。

おそらくは、ゴルバチョフやエリツインが潰えた後は、この情報統制が復活したのだろう。

 

またロシアはプーチンが大統領になった頃(2000-2008)に急成長を遂げたが。

その後、成長は止まり、毎年10%ほどのインフレを起こしている。

観光していて、私は地方の経済は取り残されていると感じた。

このような時、強面が売りのトップは、他の大国も同様だが、不満から国民の目を逸らす為に、外部に対して暴挙に出やすい。

 

私は少ない情報での感想だが、このような恐れを感じているバルト三国に同情している。

 

 

今思うこと

命を賭けて独立を望む小国があり、これを無視し軍事力で抑圧する大国がある。

往々にして当事国の国民や、外国の人は無関心である。

 

いつか、これら小国の自由と権利が踏みにじられる時がやって来るかもしれない。

このことを私達はアジアや中東でつぶさに見て来た。

私は彼らの自由と権利を世界が守るべきだと思う、これが世界の正義となるべきです。

 

幸い今、NATOが抑止力となってくれている。

もし、西欧がこの保護を放棄するれば、いずれこの地域が紛争地となり、やがて災厄は蔓延していくことになるだろう。

その過程は、中東紛争で見た通りです。

 

 

最も重要な事

大国の振る舞い(外交、経済政策)は影響が大きいだけに非常に重要です。

したがって大国は自ら正義を実践すべきであって、身勝手は抑制しなけらばならない。

身勝手な大国に対して、多数の国が団結して、方向転換を促すべきです。

ましてや、その大国への盲従する愚は避けるべきです。

 

また、世界が協力して報道の自由度を確保する体制作りが必要です。

米国やロシアなど大国の報道の自由度低下は不安です。

日本も最近は低下傾向にあり、ついに72位に転落し、世界で中位になってしまった。

 

 

次回に続きます。

 

注釈1.

スペイン・カスティーリャ=ラ・マンチャ州シウダー・レアル県、Puerto Lápice 村にあるカソリック教会Nuestra Señora Del Buen Consejoで、私はロー人形のようなイエスの生々しい痛ましい像を見ました。

 

注釈2.

国境なき記者団が発表する2016年度のもの。

米国は41位でした。

 

注釈3.

参考図書は「操られる情報」1984年刊、パウル・レンドヴァイ著。

 

 

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Bring peace to the Middle East! 64: Why was it exhausted ? 2: selfishness of major nations and multinationals


中東に平和を! 64: なぜ疲弊したのか 2: 大国と多国籍企業の身勝手

 

1

*1

 

The selfishness is inconspicuous, but the damage of weaker nations is enormous.
This is deepening the division of the world.

大国の身勝手は目立たないのですが弱小国の被害は甚大です。
これにより世界の分断が深まっています。

 

2mennka

< 2. a particular of a subsidy policy >
< 2. 補助金政策の顛末 >

· cotton growers in the USA and Africa.
· the Graph shows a change of cotton price, and the red frame is in the time of Bush administration.

・米国とアフリカの綿花農家。
・グラフは綿花価格の推移、赤枠はブッシュ政権時。

 

Case A
In the time of the Bush administration, he doubled the cotton subsidies.
The USA issued the subsidies of $ 3 to 4 billion to 25,000 cotton growers.
This amounted to about 40% of the cotton production value of the USA, and the export price fell by this.
The cotton production value of the USA is the third largest in the world and accounts for 10%.

As a result, about 10 million farm families suffered a sever damage in Sub-Saharan Africa alone.
If this situation continues for several years, the small-scale farmers will not be able to recover.

Brazil, the production is the fifth highest in the world, sued the subsidy to the WTO, and the adjudication of a ban against the subsidy was issued.
While major nations say free trade, they sacrifice weaker nations by using all means such as export subsidies.
事例A
ブッシュ政権の時に、綿花の補助金を2倍に引き上げた。
米国は25000戸の綿花栽培農家に30~40億ドルの補助金を出した。
これは米国の綿花生産高の約40%になり、輸出価格はこの分下がった。
米国の綿花生産高は世界第3位で10%を占めている。

これによってサハラ以南のアフリカだけで約1000万戸の農家が打撃を受けた。
このようなことが数年も続くと、零細農家は再起不能になる。

生産高5位のブラジルはこの補助金をWTOに提訴し、補助金禁止の裁定が下された。
大国は自由貿易を謳っていながら輸出補助金などあらゆる手段を使い、弱小国を犠牲にする。

 

3ajia
< 3. Asian currency crisis >
< 3.アジア通貨危機 >

· Thailand of a victim country and the USA of a financial heaven.
· The damaged countries (orange), and the changes of the GDP in the time.

・被害国タイと金融天国の米国。
・被害国(橙色)とGDPの推移。

Case B
In 1997, the hedge fund led by George Soros suddenly made a short-sale against Thai currency, and the currency fell sharply (Asian currency crisis).
Thus, the economy of the five countries in which 500 million people live, mainly Southeast Asia suffered a sever damage, and the number of poverty rate and suicide doubled by the increase in unemployment.
Furthermore, the deaths from a disease also increased due to the reduction of welfare budget.
For this, the IMF and Japan etc. proffered a total of 5 trillion yen for the affirmative relief.

In exchange for the lives of about 100,000 blameless Asian, the speculators of major nation gained over several hundred billion yen in profit.
However, their conduct is not illegal and is also protected by major nations. Annotation 1
事例B
1997年、ジョージ・ソロスが率いるヘッジファンドがタイの通貨を空売りし、通貨が大幅に下落した(アジア通貨危機)。
そして、東南アジアなど5億人が暮らす5カ国の経済は大打撃を受け、失業の増大により貧困率と自殺者は概ね倍増した。
さらに福祉予算の削減により疾病による死者も増加した。
このためにIMFと日本などは合計5兆円の救済を行った。

罪のないアジアの約10万人の命と引き換えに、大国の投機家は数千億円以上の利益を得た。
ところが彼らの行為は違法ではないし、さらに大国によって守られてもいる。注釈1。

 

4bakuhatu0
< 4. Explosion accident at a chemical plant >
< 4.化学工場の爆発事故 >

· The exploded chemical plant, the injured persons, and the demonstrations.

・爆発した工場と被害者、デモ。
Case C
In 1984, a toxic gas outflow accident occurred in the chemical plant of “Union Carbide Corporation” of the USA in Bhopal, India, and thousands of people died.
After the accident, more than 20,000 people died and about 100,000 people suffer from health problems such as respiratory diseases and eye diseases.
About 600,000 people including the families are damaged.

The Indian government accused the management team of the factory to the court, but the USA refused to hand over a responsible person and he is still running away.
The amount of the compensation was 500 dollars per person and it was only one sixth of the bill, furthermore the damage is expanding by the outflowing material.
事例C
1984年、インド、ボパールの米国の化学工場「ユニオンカーバイト」で有毒ガス流出事故が発生し、数千人がなくなった。
事故後、2万人以上が死亡し、約10万人が呼吸器疾患や眼病などの健康被害を受けた。
家族を含めて総勢60万人近くが被害を受けた。

インド政府はこの工場の経営陣を裁判所に告発したが、米国は責任者の身柄引き渡しを拒み、彼は現在も逃亡中です。
賠償額は一人500ドルで訴訟請求額の6分の一に過ぎず、さらに流出物質により被害は拡大している。

 

 

5papua3

< 5. pollutants dumping from a mine >
< 5. 鉱山の汚染物質投棄 >

· the location of the mine and the polluted river.

・鉱山の位置と汚染された川。
Case D
The mine “Ok Tedi” of the world’s largest Australian resource development company had mined gold and copper in Papua New Guinea for more than 20 years.
This mine had earned 30% of the total export value of this country.

Eighty thousand tons of ore (pollutant) was kept flowing in the river every day.
Malformation occurred due to mineral poison, a large amount of earth and sand was accumulated in the entire downstream area, and enormous forest disappeared.
It is said that this recovery will take 200 years.

When this company was accused of the environmental destruction in 2002, it decided to close it in 2010, by considering depletion of the mine and huge damages compensation.
As a result, the local government had to clean up it.

This continues the next time.

 

事例D
世界最大のオーストラリア系資源開発会社の鉱山「オク・テディ」が20年以上、パプアニューギニアで金・銅を採掘していた。
この鉱山は、この国の輸出総額の3割を稼いでいた。

毎日8万トンの鉱石(汚染物質)を川に流し続けていた。
鉱毒で奇形が発生し、大量の土砂が下流全域に堆積し、膨大な森林が消滅した。
この回復には200年を要すると言われている。

この会社は2002年に環境破壊で訴えられると、鉱山の枯渇と膨大な損害賠償を考慮し、2010年に閉鎖することにした。
その結果、地元政府はこの後始末をしなければならなくなった。
次回に続きます。

 
注釈1.
ジョージ・ソロスは、タイの通貨管理がお粗末なので、どうせ誰かが仕掛けて破綻しただろうと言い、微塵も責任を感じていない。
これを例えるなら、衛生状態が悪い地域で病原菌を増殖させ、疫病が蔓延した後に薬剤を高値で売りつけるのと変わらない。
これで10万人の死者が出ても、世界は見過ごすだろうか。
大国のした事なら文句は言えないかもしれないが。

参考文献
「スティグリッツ教授の経済教室」スティグリッツ著。
「世界経済を不幸にしたグローバリズムの正体」スティグリッツ著。
「世界に格差をばら撒いたグローバリズムを正す」スティグリッツ著。

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Bring peace to the Middle East! 63: Why was it exhausted ? 1: Introduction


中東に平和を! 63: なぜ疲弊したのか 1 :はじめに

1afu

*1
From now on, we are going to pursue the troublesome problems related not only to the Middle East but also to the world.
It is about many societies that had to be exhausted.

これから中東だけでなく世界に関わる厄介な問題を追います。
それは疲弊せざるを得なかった多くの社会のことです。

 

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*2

 

Introduction
We have seen the conflict of the Middle East until now and if keeping track of its origin and background, you must notice the tremendous darkness.
Many people seem to know it, but actually don’t know it.

About ten years ago, I have asked three men about some conflicts.

Question 1, “Why are there many civil wars in Africa?”

The answer, “I am sure the reason is because each tribe is blocked by jungle.”

Question 2, “Why are there less conflicts in Southeast Asia (Continent)?”

The answer, “I think it is because each country is blocked by several mountain ranges.”

Question 3, “Do you think it was good that the Cold War ended?”

The answer, ” The world got worse. The world was peaceful because the United States and the Soviet Union were facing each other, but the civil wars began to occur in various places since then.”

Those who answered were ordinary men, but I think their social consciousness was somewhat high.
What do you think of their answers?
It seems to be like certainly true.
At that time, in the process of looking for the answer, I felt a little query about the answers, but I could not deny it.

After all, it is necessary to know the truth to understand the problems of the Middle East.

 
はじめに
今まで中東の紛争を見て来ましたが、その起源や背景を追って行くと、途方もない闇に気付くことになります。
多くの方は、このことを知っているようで知らない。

十年ほど前、私は身近な三人に紛争について質問したことがあります。

質問1 「なぜアフリカに内戦が多いのでしょうか?」

答え 「それは各部族がジャングルで遮らているからに決まっている。」

質問2 「東南アジア(大陸部)はなぜ紛争が少ないのでしょうか?」

答え 「それは各国が幾つもの山脈によって遮られているからだと思う。」

質問3 「冷戦が終わって良かったと思いますか?」

答え 「悪くなった。米ソが睨み合っているからこそ世界は平和だったのに、タガが外れたから各地で内戦が起きたではないか。」

答えた方は一般の人ですが、社会意識は若干高いと思います。
皆さんはこの答えをどう思いますか。
一理あるようにも思えますね。
当時、私は答えを模索中で、この答えに疑問を持ったのですが否定出来なかった。

やはり中東問題を理解するには真実を知る必要があります。

 

3tai

*3

 
What does it mean to know this truth?
There are three stages.

A: There are structural factors that certain society (nation) continues to be exhausted.

B: Many of its origins occurred by external pressure.

C: Everyone else is indifferent to the external pressure.

You can consider two examples.

Case 1
A large earthquake hit an island and half of the houses collapsed.
On the other hand, the fields and the fishing ground were safe.
All residents were able to help each other, receive assistance from nearby islands, and the island returned to normal living.

Case 2
A gold mine was discovered on an island, and eventually struggle began.
A continental merchant who knew it sold the islanders weapons and the battle became decisive.
This winner and the merchant gained wealth.
Later, when a massive earthquake struck the island, nobody helped each other, and it turned into a battlefield again.

This simple cases illustrates the mentioned three stages.
I think you roughly understand about the stage A and B.
I think it is difficult to understand the stage C.
The problem is to say that people of the continent do not know the acts of the merchant and are indifferent about it.
But actually, the people of the continent indirectly got the economic benefit, and the islanders were holding a grudge against it.

 

この真実を知るとは、どのような事なのか?
三つの段階があります。

A 社会(国家)が疲弊し続ける構造的要因がある。

B その起源の多くは外圧によって起こった。

C 他者はその外圧に無頓着である。

二つの例で考えてみます。

事例1
ある島を大地震が襲い、家屋の半分は倒壊した。
一方、田畑や漁場は無事だった。
住民は助け合い、近隣の島からも援助を受けて、やがて島は平常の暮らしに戻った。

事例2
ある島で金鉱が発見され、やがていがみ合いが始まった。
それを知った大陸の商人が武器を売り、勝敗は決した。
この勝者と商人は富を得た。
その後、大地震が島を襲った時、誰も助ける者はなく、また戦場と化した。

この単純な事例は前述の三つの段階を説明しています。
段階AとBについては雰囲気が分かっていただけると思います。
段階Cは分かり難いと思います。
問題は、その商人の行為を大陸の人は知ることもなく、無頓着だと言うことです。
実は、大陸の人は間接的に経済的に潤い、かつ島の人からは恨まれているのです。

 

4pos
*4

 

What I want to clear
From now on, we pursue the disasters brought by colonization (imperialism) for centuries and the Cold War for half a century.
Countries that didn’t suffer this disaster doesn’t seem to exceed 10 among 200 countries.
The important point is not the hugeness of the casualties and deprivation but what reason a lot of societies had to continue to be exhausted.

Unless we can understand this, human beings deepens the breakup, and there is a possibility of entering the century of war again.

My way of doing deals with some representative facts and will summarize its structure.

This continues the next time.

 
これから明らかにすること
これから私達は、数百年間の植民地化(帝国主義)と半世紀の冷戦がもたらした災いを追います。
この災いを受けなかったのは世界200国中、10カ国を越えないでしょう。
重視すべきは、死傷者や収奪の甚大さではなく、どのようして多くの社会が疲弊し続けることになったかと言うことです。

これを理解できない限り、人類は分裂を深める、再び戦争の世紀に突入する可能性があるからです。

進め方は、幾つかの代表的な事実を扱い、その構造を概括することになります。
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 62: Religion and Politics 2


中東に平和を! 62: 宗教と政治 2

1ko

*1

 
Last time, we thought about religion and politics.
We think about contemporary relationship between religion and law this time.

前回、宗教と政治について考えました。
今回は現代の宗教と法の関係について考えます。

 

2binrada

*2

 

About Holy War (Jihad)
The problem that we are most concerned about the Islam of the Middle East seems to be jihad.

Extremism advocating jihad is abnormal beliefs from a standpoint of moderate beliefs being the overwhelming majority of Muslim.
However, the extremism (rigorism) continues to live historically, and then is in Saudi Arabia now.
Although, biased beliefs such as fundamentalism are also in other religions.

What is the problem?
First of all, currently, it is to admonish the jihad ( fatwa for starting an armed struggle) very easily.
Furthermore, there is no end to the number of men who participate in it with indignation and support it.
In the past, there were many cases that voluntary armies contributed in the world, but the current state of the Middle East is a lawlessness without controlling, and the some groups may be a group of thieves.

 

聖戦(ジハード)について
私達が中東のイスラム教で一番気になる問題はジハードでしょう。

ジハードを唱える過激思想は、穏健なムスリム全体から見れば異常なものです。
しかし、過激思想(厳格派)は歴史上も、現在のサウジアラビアにも生き続けています。
もっとも、他の宗教でも原理主義など偏向した思想は存在します。

何が問題なのでしょうか。
先ず、現在、ジハード(武力闘争開始のファトワー)がいとも簡単に発せられていることです。
さらに、それに義憤を感じて参加する人、また支援する組織が後を絶たないことです。
かつて世界には義勇軍が貢献した例は多々ありますが、中東の現状は統率なしの無法状態で、盗賊団になり下がている場合もある。

 

3abu

<3. Father of liberation of Algeria >
< 3. アルジェリア解放の父 >

Jihad is one of the obligations for Muslim, and means “effort” and “struggle”.
Once, it was declared at a defense of their community and an attack on enemy, and it is something they can’t do without.
However, the current jihads only expand many conflicts and deepen cracks between people.

The problem is not interpretation of the jihad (holy war) or the extremism beliefs.
The essence is “Islamic law can not punish jihad involving violence as a crime”.
Looking back on legal history of the world, most society has been advancing the concept of justice in time with the change, and unifying it in time with the unity of countries.
Then, people has been creating a social system for achieving the justice.
In conclusion, it is necessary to move away from the Islamic law to go to the national law.
In other words, the society has to be controlled by a legal system built by a democratic regime (separation of the three branches of government),
ジハードはムスリムにとって「努力」「奮闘」の意味で義務の一つです。
かつて、共同体の防衛や進攻に際し宣言され、共同体に無くてはならないものでした。
しかし、現状のジハードは紛争を拡大させ、亀裂を深めるだけです。

問題はジハード(聖戦)の解釈や過激思想にあるのではない。
本質は「イスラム法では暴力を伴うジハードを犯罪として処罰出来ない」ことにあると考えます。
世界の法制史を振り返ると、社会は発展と統合に合わせて正義の概念を変え、かつ統一し、それを実現する社会体制を造り挙げて来たのです。

結論を言うと、イスラム法から国法への脱皮、つまり民主的な政体(三権分立)で築かれた法制度に社会を委ねることです。

 

4pa-ru

< 4. Radhabinod Pal >
< 4. パール判事 >

Indian Pearl Judge who advocated Japan’s innocence in the Tokyo Tribunal of War Criminals said as below.

“The law is a dynamic human force that allows to survive our human society”

He said that the law must express “truth” (Hindu law), but to keep the social order, and it is essential that humans continue to improve the law.

There is a possibility that current Islamic legal system(the relationship between Sharia and national law)can not adapt successfully to real society.
Especially as for violence involving people in conflict, it is necessary to apply strict law, and it can’t be said that it is merely the difference of interpretation.
For this purpose, people have got to consolidate the democratic administrative body that has a consistent legislation, judicature, and section getting tough on crime.

This is a secular politics.

However, it may not be necessary to accomplish this at a stroke.
Even in Iran of a Islamic Republic, the status of women is improving.
I think lots of Ulema widely cooperate and should begin from improving application of jihad.

I start another theme from next time.

 

東京裁判で日本無罪論を唱えたインドのパール判事はこう述べています。

「法は人間社会の存続を可能とする動的な人間力である」注釈1.

彼は、法は「真理」(ヒンドゥー法)を表現しなければならないが、社会秩序を保持する為に、人間が法を改善し続けることこそが必要不可欠と言っている。

現在のイスラム圏の法制度、シャリーアと国法の関係は、現実社会に対応出来なくなっている可能性があります。
特に社会を紛争に巻き込む暴力に対しては、厳格な法の適用が必要で、解釈の違いで済まされないのです。
この為には民主的で一貫性のある立法、裁く司法、犯罪を取り締まる行政が整備されなければならない。

これは政教分離と言えるでしょう。

但し、これを一気呵成に成し遂げるこ必要はないかもしれません。
イスラム共和制のイランでさえ、女性の地位は向上しつつある。
広くウラマーが協力し、ジハードの適用から改善していくべきだと思います。
次回からは別のテーマで始めます。

 
注釈1.
この文は1984年の東京裁判研究会からの引用です。
彼はヒンドゥー法を専攻し、インドの法学部教授や裁判所判事、国連国際法委員長を歴任した。
彼の日本無罪論は、日本に戦争や虐殺に対する責任はあるが、法的に侵略罪を問うことが出来ないと言うものです。

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Bring peace to the Middle East! 60: when religions were born 8: concluding section


中東に平和を! 60: 宗教が誕生する時 8: 最後に

 

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*1

Until now, I reviewed the birth of five religions.
We saw how each religion was advancing the division of roles among the politics and law.
This time, it is a summary.

 
今まで、五つの宗教の誕生を概観しました。
各宗教はどのようにして政治や法との住み分けが進んだかを見ました。
今回は、まとめになります。

 

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*2

Summary
What was common in the birth of Judaism, Christianity, Buddhism, Confucianism, Islam?

It can be said that all these religions brought about stability to the society by renewing old religions.
However, the circumstances of the doctrine and religious group were different depending on the religion, society, and politics at the time of the birth.
In a confused society, when existing religion and national system were strong, the religion had a tendency to break away from the precepts and laws like Christianity, Buddhism, and Confucianism.
Development of science (medicine) and thought was indispensable for breaking away from them, but I don’t mention here.
Even though they tended to avoid law and politics at the birth, these religions were adopted by state religion because of their doctrines, and developed greatly.
Eventually they became incorporated into politics.

 
まとめ
ユダヤ教やキリスト教、仏教、儒教、イスラム教の誕生時に共通していたものは何か?

これら宗教はすべて、古い宗教を刷新して社会に安定をもたらしたと言える。
但し、誕生時の宗教や社会、政治の状況により、その教義や教団の有り様は異なった。

混乱している社会にあって、既存の宗教や国家体制が強固な場合、キリスト教や仏教、儒教のように戒律や法から脱皮する傾向にあった。
この脱皮には科学(医学)や思想の発展が不可欠だったが、ここでは触れません。
たとえ誕生時に法と政治を避ける傾向にあっても、これら宗教はその教義ゆえに国教に採用されて大きく発展し、結局は政治に組み込まれていった。

 
I see the difference of these religions about engagement with the politics and law.
Christianity that had the laws and religious precepts basing on the Old Testament had to coexist with Roman Law due to it was nearing completion already from the beginning.
Even powerful religious group had been withdrawing from politics due to a power struggle between pope and emperor in the 12th century at the beginning, next undergoing religious reform, and the separation of religion from politics in the French Revolution of the 18th century at last.

Since Buddhism and Confucianism originally denied the law ruling society and the rule of God, after having become state religion, they treated only religious precepts and rituals, and did not interfere with politics and law.

ここで宗教毎の政治と法との関わりの違いを見ておきます。
キリスト教は旧約聖書に基づく戒律や法を発展させていたが、既に完成域にあったローマ法と初期から共存していくことになった。
さすがの強力な教団も社会の発展に伴って、12世紀の教皇と皇帝の権力争い(叙任権闘争)に始まり、宗教改革を経て、18世紀のフランス革命での政教分離により、政治から撤退せざるを得なかった。

仏教と儒教は、元々、社会を治める法や神による支配を否定していたので、国教になった後、祭儀や戒律だけを扱い、政治と法整備に干渉しなかった。

On the other hand, even in the same confused society, when a solidarity and unity of the society became top priority due to existing religions or social systems were immature, the religious precepts and norms were emphasized like Judaism and Islam.
Therefore, both religions developed together with these newborn states from the birth.
That is to say, religion, politics and laws were united.
Hinduism was also close to it.

However, there was a difference in the subsequent development.
The Palestine that was rebuild at the same time as the birth of Judaism was ruined at the 1st century A.D.
The Jews that scattered around the world had lived in a small closed group, so they never participated in the politics and laws of the country themselves.
But, currently it has changed in the United States and Israel.

一方、同じ混乱している社会にあっても、既存宗教や社会体制が未成熟な場合、団結や社会の統一が最優先になった場合、ユダヤ教やイスラム教のように戒律や規範を重視することになった。
したがって両宗教は、その誕生時から新生国家と一体となって発展した。
つまり宗教と政治、法が一体でした。
ヒンドゥー教もこれに近い。

しかし、その後の展開には差があった。
ユダヤ教の誕生と共に再建されたパレスチナの国は紀元後滅亡した。
世界に散らばったユダヤ人は小さな閉鎖的な集団で暮らしたので、自ら国の政治や法と関わることはなかった。
現在、それは米国やイスラエルで様変わりした。

 
Meanwhile, the Islamic empire that continued to expand the area broke up in the 9th century, and several caliphs came to have comparable power to each other.
Furthermore, the real power of politics changed from caliph to monarch (sultan, emir), and Muslim lost original supreme leader (caliph).
However, the role of the religious law (Sharia) continues to live by the Koran and the Islamic community.

 
At the end
Something I wanted to indicate in this chapter “when religions were born” is that each religion is reviving the social circumstances of about 2000 years ago, as the religion had played a role in the birth.

Next time, I consider about the relationship between contemporary religion and politics.
一方、領域を拡大し続けたイスラム帝国も9世紀には分裂し、複数のカリフが鼎立するようになった。
さらにカリフから政治の実権は君主(スルタン、アミール)に移り、イスラム教は本来の最高指導者(カリフ)を失った。
しかし、コーランとイスラム共同体によって宗教法(シャーリア)の役割は生き続けている。

 
最後に
私がこの章「宗教が誕生する時」で示したかったことは、宗教は誕生時の役割を担ったことにより、逆に約2000年前の社会を蘇らせることです。

 
次回は、現代の宗教と政治の関係について考えます。

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 24: リガ 3


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*1

 

今日は、首都リガ紹介の3回目です。

 

 

2

< 2. リガの地図 >

 

地図: 今回紹介する範囲で、上が南です。

黄色線が徒歩観光ルート。

Sは前回に続いて聖ペテロ教会、Aは猫の家、Bは火薬塔、Cはスウェーデン門、Dは聖ヤコブ教会、Eはドゥァマ広場。

 

下左の写真: 前回紹介した聖ペテロ教会。

 

下右の写真: 猫の家に向かっていく途中の通り。

 

 

3

< 3. 猫の家 >

 

上の写真: 猫の家はリーヴ広場に面している。

 

下の写真: 猫の家。

屋根の上の猫は、かつて反対方向を向いていた。

この家の裕福なラトビア商人が、ビッグ・ギルドに加わりたいと願った。

しかしギルドはドイツ人が支配的であった為、拒否された。

そこで怒った商人は、猫の尻をギルドに向けた。

 

 

4

< 4. 火薬塔 >

 

上左の写真: 薬草酒の販売店。

添乗員に連れられて皆は店内に入りました。

試飲するとアルコールが効いて、雨に濡れて冷えた体が一気に火照りました。

結局、小瓶を買いました。

このリガの町には、いくつか同様の店があるようです。

 

上右の写真: これで2度目の火薬塔です。

 

下の写真: 奥に赤いレンガ積みの城壁があり、さらに奥に火薬塔の緑の屋根が見えます。

写真のすぐ右側にスウェーデン門がある。

前日の夜、この通りの左側のレストランで食事をしました。

 

 

 

5

< 5. スウェーデン門の今昔 >

 

上の写真: 現在のスウェーデン門。

左が外側から、右が内側から写した写真です。

 

下の写真: 1991年のバリケード事件の写真。

スウェーデン門の外側にはトラックを置き、内側で市民が暖を取っています。

 

 

6

< 6.聖ヤコブ教会 >

 

上の写真: 聖ヤコブ教会の横から見たイェーカバ通り。

突き当りにドゥァマ広場が見える。

右側に碑が見え、「1991年、バリケード」と書かれている。

 

下の写真: 聖ヤコブ教会。

この教会の最初の記録は13世紀と古く、15世紀に建て直された。

 

 

7

< 7. ラトビア国会議事堂の今昔 >

 

上の写真: ラトビア国会議事堂。

この建物はイェーカバ通りに面し、聖ヤコブ教会と向き合っている。

 

下の写真: 1991年のバリケード事件の写真。

右にラトビア国会議事堂、左に聖ヤコブ教会が見える。

多くの市民が集まっており、数台のトラックが見える。

 

 

8

< 8. 三人兄弟 >

 

上の写真: 「三人兄弟」の建物を左右から見ている。

 

下の写真: この三つの建物は中世の住宅で、外観は当時の姿をほぼ保っている。

右の17番が15世紀のもので、リガの一般住宅としては最も古い。

中央の19番が17世紀中頃のもの。

左の21番が17世紀後半のもので、土地が少なくなった為か窮屈になっている。

しかし窓税の廃止により、17番に比べて窓を大きくとっている。

 

 

 

9

< 9. 昼食のレストラン >

 

ここは聖ヤコブ教会のすぐ近くにあるニンニク料理の店です。

私は始めてニンニク入りのビールを飲みました。

美味しく、温まりました。

 

 

10

< 10. ドゥァマ広場に戻って来ました >

 

下の写真: イェーカバ通りからドゥァマ広場のリガ大聖堂の雄姿を再び見ることになりました。

右に少し見る赤い建物は証券取引所で、風格があります。

 

 

11

< 11. ドゥァマ広場の今昔 >

 

下の写真: 1991年1月のバリケード事件の写真。

上下の写真はほぼ同じ位置から撮影しています。

ここでも多くの市民と車が集まっています。

 

 

 

12

< 12. バリケード事件 >

 

1991年1月のバリケード事件について

1991年の8月までに、すべてのバルト三国がソ連の軛を脱し独立した。

そして同年12月にソ連は崩壊した。

ラトビアで起きたこの事件は、これらと深く関わっていました。

 

既に紹介したように、1988年、エストニアのタリンで「歌う革命」が起きていた。

これを境に、バルト三国はソ連支配からの独立を共同で目指し始めました。

 

一方、ソ連国内ではゴルバチョフ主導のペレストロイカにより、連邦内の各共和国の意見が反映されるようになっていた。

しかしモスクワでは旧体制への揺り戻しが起き、混乱していた。

こうした中、リトアニアが1990年3月、一番に独立を宣言しました。

 

すると1991年1月、リトアニアの首都ビルニュスで親モスクワ派がデモを敢行し、これに呼応してソ連軍の戦車が侵攻し、14人の死者と数百人の負傷者が出た。

この様子はメディアを通じて世界に伝えられ、世界の同情を集めた。

 

この翌日、ソ連軍はリガの占拠を開始した。

これに対して数万の市民は車や廃材を持ち込み、旧市街の要所にバリケードを造り、非暴力で防衛した。

この日(13日)、エリツインがタリンを訪問し、エストニアの支持を表明した。

1月20日、モスクワで10万人のデモが起こり、バルト三国への支持を訴えた。

 

こうして同年の8月、残り二か国は独立宣言に至る。

この間のリガの死傷者は6人でした。

 

 

あとがき

この美しく静かな中世の街並みと石畳は、バルト三国の人々の自由への熱望と英知を秘めていたのです。

バルト三国は数百年に及ぶ異民族や最後のソ連による支配に喘ぎ続けていた。

しかし彼らは、非暴力と三国の協力をもって、さらに世界の支持を得て、ほぼ無欠の革命と独立を成し遂げたのです。

 

私はこの事件の写真を見ながら、その石畳の上に立っていた自分に熱いものを感じています。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 59: when religions were born 7: Islam 2


中東に平和を! 59: 宗教が誕生する時 7: イスラム教 2

 

1
*1

I again investigate the birth of Islam.

前回に続いて、イスラム教の誕生を追います。

 

2

< 2. oasis town >
< 2. オアシス都市 >

What Muhammad indicated
Since immigrating to the Medina, he reigned as a religious leader, a commander of the military, and a policymaker of the town.
He was acknowledged by many people and tribes as a superior commander through a distribution of loot and a release of slaves, and also as a prophet who appeared in Arabia.
He thoroughly fought against antagonistic tribes, behaved generously to obedient tribes, and eventually created a solid empire tied by faith.
As a result of this, a peace came to the peninsula where was constantly at war.

ムハンマドが示したもの
彼はメディナへの移住以降、宗教指導者、軍の司令官、また町の為政者として君臨した。
彼は戦利品の分配や奴隷の解放などによって、優れた統率者として、またアラビアに出現した預言者として多くの人々と部族から認められた。
彼は、対立する部族には徹底抗戦し、従う部族には寛大に接し、やがて信仰で結ばれた強固な帝国を作り上げた。
これによって抗争が絶えなかった半島に平安が訪れた。

God’s revelation lasted until his later years, and because he was illiterate, the revelation was handed down orally by his disciples.
The Koran was compiled at 20 years after his death.
Hadith is an important book next to the Koran.
This was a book that Muhammad’s words and actions handed down and was compiled from around the 9th century.

神の啓示は彼の晩年まで続き、彼は文盲であった為、啓示は弟子たちの口頭により伝承された。
コーランは彼の死後20年経ってから編纂された。
コーランに次ぐ重要な書物としてハディースがある。
これはムハンマドの言葉や行動が伝承されたもので、9世紀頃から編纂された。

 

3-2

< 3. Film “Lawrence of Arabia” >
< 3.映画「アラビアのロレンス」 >

Point of the doctrine
Muhammad himself said I am not God but the last prophet.
Islam had received the same God Allah as Christianity and Judaism.
But he said the revelation was given to Muhammad because the above religions had made a mistake.
In these three monotheism doctrines, there are many similarities such as “resurrection”, “prohibition of idolatry”, “angel” and so on, and Islam is similar to Judaism in “pork evasion” and “emphasis on precepts”.
The duty of Muslims is Aqidah and Five Pillars, and well-known faith, prayer, Charity, fasting, pilgrimage to Mecca are the Five Pillars.

教義のポイント
ムハンマド自身が、私は神では無く最後の預言者と言っている。
またイスラム教はキリスト教とユダヤ教と同じ唯一神アッラーを戴くが、前述の宗教は間違いを犯しているのでムハンマドに啓示が下ったのだとする。
これら三つの一神教の教義には「復活」「偶像崇拝禁止」「天使」などの共通点も多く、イスラム教は「豚肉忌避」「戒律重視」でユダヤ教と似ている。
イスラム教徒の義務は六信五行で、よく知られている信仰告白、礼拝、喜捨、断食、巡礼が五行にあたる。

 

4
< 4. Islamic prayer >
< 4. イスラムの礼拝 >

Point of the Islam
Muslims have very large numbers of laws and norms, not just their obligations to God, and then their scope of application extends to every detail of life situations, marriage, heritage, trade, punishment, trial and so on.
Many of them, such as “Jihad”, “polygamy system”, “ban of interest” and so on, were effective for rule the chaos in the 6th century.

イスラム教のポイント
イスラム教には法と規範が非常に多く、神への義務だけでなく、その適用範囲はあらゆる生活場面、結婚、遺産、交易、刑罰、裁判などの細部に至る。
そこにある「聖戦」「一夫多妻制」「利息禁止」などは、多くが6世紀の乱世を治めるには効果を発揮したものでした。

The law of early Islamic community was only the Islamic law (Sharia).
Besides the Koran and Hadith, laws were added daily by the agreement of the community and Islamic scholars (Ulama).
There is also an admonition (Fatwa) by Ulama.
Currently it is used in conjunction with the law of the country.

In the early Muslimic country, the calipf (leader) who took over Muhammad had the highest authority of the religion.
Before long, the monarch (Sultan) became to grasp the real power of politics and religion.
The characteristic of the Islamic society is basically that there is no full-time religious worker and does not have a hierarchical governance structure.
This is based on the principle that Muslims are all equal, and it is still being.
There are educational institutions (universities) such as Islamic law scholars.

This continues to the next.

 
初期のイスラム共同体の法はイスラム法(シャリーア)のみでした。
それはコーランやハディーズ以外に、共同体やイスラム法学者(ウラマー)の合意によって日々、法は追加されていった。
またウラマーによる勧告(ファトワー)も行われている。
現在は国家の法と併用されている。

初期のイスラム国家ではムハンマドを引き継いだカリフ(指導者)が宗教の最高権威者であった。
やがて君主(スルタン)が政治と宗教の実権を握るようになっていった。

イスラム社会の特徴は、基本的に専従の宗教従事者がなく、階層的な支配構造を有していないことです。
これはムスリマはすべて平等であるという原則によるもので現在も貫かれている。
尚、イスラム法学者などの教育機関(大学)は存在します。
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 58: when religions were born 6: Islam 1


中東に平和を! 58: 宗教が誕生する時 6: イスラム教 1

 

1
< 1. the Kaaba in Mecca >
< 1. メッカのカーバ神殿 >

I investigate the birth of Islam in twice.

二回に分けて、イスラム教の誕生を追います。

 

2b

< 2. Three trade routes >
< 2. 三つの交易ルート >

 
The age when Muhammad (around 570 – 632) was born
Two ancient civilizations were born in the Middle East, but the desert Arabian Peninsula was out of the area.
Country began to be born in the southwest and northern parts of the peninsula since about A.D., and several countries had contested there in about the 3 rd century.
Cities were born in plateaus and oases, camel caravans in the desert were responsible for trade, and caravan cities were made in the routes.
Nomads who were living in tents made tribal societies, sometimes joined hands and at other times separated from others, and repeatedly had fought.
There were three routes of east-west trade on the Peninsula, two sea routes going through the Persian Gulf (blue line) and the Red Sea (red line), and a land route (brown line) parallel to the Red Sea.
Mecca where Muhammad was born was one of the caravan cities in this land route.

 

ムハンマド(570頃―632年)が生まれた時代
二つの古代文明が中東で誕生していたが、砂漠のアラビア半島は園外だった。
紀元前後から半島の西南端と北部に国が誕生し始め、3世紀頃になると数ヵ国が分立するようになった。
高原やオアシスには都市が生まれ、砂漠ではラクダの隊商が交易を担い、隊商都市も出来た。
天幕で暮らす遊牧民は部族社会を造り、離散集合を繰り返し抗争していた。
半島には三本の東西交易のルートとしてペルシャ湾(青線)と紅海(赤線)を行く海上ルート、それに紅海に並行した陸上ルート(茶線)があった。
ムハンマドが生まれたメッカはこの陸上ルートの隊商都市の一つだった。

 

The Persia and the Byzantine Empire of the two great empires were fighting each other, it began to influence the whole peninsula since about the 4th century.
With this, civilization and the sophistication of weapons advanced throughout the peninsula.
On the other hand, when the Persia and the Byzantine Empire entered a peace treaty in the second half of the sixth century, the main trade route became the Persian Gulf, the caravan cities of the land route declined, the nomadic population increased in reverse, and the conflict intensified.
This is “Jahiliyyah” in Islam.
However, in the beginning of the 7th century, when both empires began war, trade route returned to the land route.

 
4世紀頃から、二大帝国のペルシャとビザンチンは互いに争いながら半島全域まで影響を及ぼし始めた。
これにより半島全体に文明化と武器の高度化が進んだ。
一方、ペルシャとビザンチンが6世紀後半に平和条約を結ぶと、交易ルートはペルシャ湾が主になり、陸上ルートの隊商都市が衰退し、遊牧民が増大し、抗争が激化することになった。
これがイスラムで言う「無明時代」です。
しかし、7世紀始め、両帝国が戦争を始めるとまた陸上ルートに交易が戻った。

At that time, the north-south ethnic groups of the peninsula deepened exchanges and had Arabic of common language.
In the peninsula, there was a polytheism of idolatry, but Christianity propagation progressed by the influence of the two great empires.
Judaism also had spread by Diaspora Jewry, and many Jews had lived in Medina.
In Mecca, there was the Kaaba that many statues were enshrined since a long time ago.

当時、半島の南北の民族は交流を深め、共通語のアラビア語を持つようになっていた。
半島には偶像崇拝の多神教があったが、二大帝国の影響によりキリスト教の布教が進んでいた。
また離散民によってユダヤ教も広まり、メディナには多くのユダヤ教徒が住んでいた。
メッカには古くから多くの像を祭った多神教のカーバ神殿があった。

 

 

3a

< 3. Muhammad in Medina >
< 3. メディナのムハンマド >

The act of the Muhammad
He was born as a member of a large tribe of Mecca, was married and had succeeded in commerce trading, but suddenly, heard the revelation of Allah of the one God at about the age of 40.
Because he preached this, made a group of believers, and accused the idolatry of the Kaaba, they were persecuted by ruler class in Mecca.
However, people of the Medina impressed with his doctrine asked him to save mess of the town.
Then, he moved to the Medina with his believers and family (Hijra).
Before long, he conflicted with Jewish in the Medina about ritual, defeated them in battle, and completed a strong Islamic community “Ummah”.
Then he won the fight against Mecca’s army corps.
He died shortly after dominating Mecca, but already the Islam had spread throughout the Arabian Peninsula.

This continues the next time.

 
ムハンマドの行い
彼はメッカの大部族の一員として生まれ、結婚し隊商交易で成功していたが、40歳頃、突如、唯一神アッラーの啓示を聞いた。
彼はこれを説いて信徒集団を作り、カーバ神殿の偶像崇拝を非難した為、彼らはメッカの支配層から迫害を受けた。
彼の教説に感銘を受けたメディナの人々が、彼に町の混乱を救って欲しいと要請した。
彼は信徒達や家族と共にメディナに移り住んだ(ヒジュラ)。
やがて、彼はメディナのユダヤ教徒と儀礼で対立し、これを戦闘で破り、強固なイスラム共同体「ウンマ」を完成させた。
次いでメッカの軍団との戦いに勝利した。
彼はメッカを支配後、まもなく死去したが、すでにイスラムはアラビア半島の全土に及んでいた。

次回に続きます。

 

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