フランスを巡って 48: シャルトル大聖堂の内部


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今日は、シャルトル大聖堂の内部を紹介します。

 

 

 

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< 2. シャルトル大聖堂の構造 >

 

上の図: 平面の断面図。借用。

下の図: 上の図の赤矢印から見た俯瞰図。グーグルアースより。

 

 

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< 3.後陣(東端)の比較 >

 

上の写真: 初期ゴシック建築のシャルトル大聖堂の後陣。借用。

 

下の写真: ロマネスク建築のサント・マリー大修道院付属教会の後陣。借用。

 

ゴシック建築はパリ郊外のサン・ドニ教会の後陣改築から始まったが、続いて建てられたシャルトル大聖堂と以前のロマネスク建築の後陣を見比べると、両者の違いが明瞭になる。

 

この変革によって、後陣は大きな窓で開放的になり、鮮やに彩られたステンドグラスからの陽の光りが聖書の世界をより印象的に物語るようになった。

また主祭壇を囲む周歩廊は屋根が高く広く明るくなり、外側に放射状に配された礼拝堂への参拝がやり易くなった。

 

これによる全周の壁の荷重を軽減する為に幾つものフライング・バットレス(飛梁)が放射状に地上まで伸びている。

 

 

 

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< 4. 様々な光景 >

左上の写真: 美しい身廊のヴォールト。

 

右上の写真: 身廊中央の床に描かれた迷宮。

これは十字軍の時代、エルサレム巡礼が叶わぬ信者達に体験出来るように造られたと言われています。

 

左下の写真: 尖頭アーチのヴォールト。

ゴシック建築から半円アーチではなく、このような二つの円が頂点で交わる型になり、高さを自由に取れるようになった。

 

 

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< 5. ファサード(西中央の門)のバラ窓 >

 

下の写真: バラ窓下の3枚のステンドグラスの右端を拡大。

これは「エッセイの家計樹」と呼ばれ、最上段にイエスが座す。

 

 

 

 

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< 6. 南翼廊のバラ窓 >

 

左上の写真: バラ窓。

右上の写真: 南翼廊の左手(東側)の側廊に対になった二つステンドグラスが見える。

 

下の写真: 上記ステンドグラスの左手の最上段が「美しい絵ガラスの聖母」です。

ステンドグラスの黒い影はフライング・バットレスによるものでしょう。

 

 

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< 7. 様々なステンドグラス >

 

左下の写真: 北翼廊のバラ窓。

 

 

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< 8.青色が美しい >

 

撮影を失敗し、有名な「シャルトルの青」をうまく再現出来ませんでした。

 

 

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< 9. 身廊から内陣を望む >

 

明るい陽射しに包まれた内陣。

 

 

 

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< 10. 内陣を囲む壁の彫刻 >

 

周歩廊に沿ってこのような彫刻群が連なる。

 

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 86: 何が問題か? 9: 常識は非常識?


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前回は、今話題の忖度を巡る馬鹿々々しさを取り上げました。

今回は、トランプ大統領の評価を巡る奇妙さを取り上げます。

この二つから日本の常識が見えて来ます。

 

 

はじめに

この12月6日、トランプ氏は「エルサレムはイスラエルの首都」を承認した。

中東の荒廃と経緯を知る人々にとって、この宣言は平和を破壊する以外のなにものでもない。

彼は単に「私は選挙公約を実行した」と言っている。

ここでも大国の無自覚な横暴がまた繰り返された(ベトナム戦争、イラク戦争)。

 

主要国と近隣諸国の首脳、ローマ法王らはこの宣言に嫌悪感を示した。

 

そんな中で、日本の中枢はトランプ氏と親密な首相に忖度し(おもねり)だんまりを決め込んでいる。

 

日本では安倍首相は外交に長けており、米国のトランプ大統領との親密さに現れていると評価する向きがある。

その一方で、危なっかしいトランプ大統領に付き従うなどはもってのほかと、首相のスタンドプレーを危惧する向きもある。

 

この違いは概ね、右派と左派の違いと言えそうです。

本来、右派がポピュリズムのトランプ氏に好感を持つ理由は無いように思えるのですが(理由は後にわかります)。

 

ここでは、日本の右派が高評価するトランプ氏は海外からどのように評価されているかをみます。

このギャップを通じて、トランプ現象と彼との親密さを喜ぶ日本の危険性を考えます。

 

 

トランプ氏への世界の評価

 

 

 

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< 2. 2017年、トランプ氏の低い信頼度、by PEW 注1. >

 

カーキー色の左側横棒はトランプ氏を信頼しないパーセント、緑色の右側横棒は信頼のパーセントを示す。

西欧諸国や南米、日本でさえ圧倒的に彼を信頼していないことが歴然としている。

逆にロシアやイスラエル、フィリピンでは彼への信頼度が高いが、これらは強権的な国家で共通している。

アフリカのナイジェリアは政治の腐敗が深刻で混乱しており、強い大統領が求められているのかもしれない。

 

こうして見ると世界の大勢は、トランプ氏に不信任を突きつけているように思える。

 

 

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< 3. どの大統領が世界に正しいことをするでしょうか、by PEW >

 

韓国やカナダ、英国、オーストラリアはトランプ氏(茶色)よりもオバマ氏(赤色)を断然評価している。

ここでもイスラエルとロシアでは逆転している。

イスラエルは今回のトランプ氏の首都発言を期待していたのだろうか。

 

 

 

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< 4. 西欧におけるトランプ氏の評価はジュニア・ブッシュ氏と同様、by PEW  >

 

三人の米国大統領に対する西欧の評価の明暗が一目瞭然です。

 

 

結局、世界の良識(民度が高い国の国民)はトランプ氏をかなり低く評価している。

 

 

 

一方で高く評価する人々もいる

実は、違った見方がある。

安倍首相がトランプ氏と肝胆相照らす仲であるように、西欧各国のあるグループはトランプ氏を高評価している。

 

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< 5. ヨーロッパで右翼を支持する人々はトランプ氏を支持する、by PEW >

 

ヨーロッパ各国の代表的な右翼ポピュリスト政党を支持する人々のトランプ氏への評価は緑色の丸で示されるている。

この右翼を支持しない人々のトランプ氏への評価はカーキー色の丸で表示されている。

 

結局、すべての国で右翼に好感を持つ人々はトランプ氏にも好感を持つ。

ここでも、トランプ氏への評価が高い国は社会が疲弊している傾向がある。

これらの理由の一端が下のグラフからわかる。

 

 

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< 6. 世界37ヶ国によるトランプ氏の性格評価、by PEW >

 

世界の性格評価は、1位傲慢、2位不寛容、3位危険でかなり否定的に見られている。

続いて強いリーダーやカリスマ性で高評価を得ている。

 

如何にもトランプ氏はタカ派や右派が親しみを感じる性格を持ち合わせ、疲弊困憊している社会では彼に期待もするのだろう。

 

 

それでは米国民はどう見ているのだろうか

 

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< 7. 米国のトランプ氏への支持と不支持 >

 

トランプ氏は2017年1月20日の就任直後から不支持が増大し続けている。

 

つまり、世界だけでなく米国でもトランプ氏への人気と信頼は非常に低い。

 

 

まとめ

これらのことから推測出来ることをまとめます。

 

*トランプ氏は民度の高い先進国の首脳からは忌避されている。

*トランプ氏は世界中から世界の危険要因と見なされている。

*トランプ氏は右翼的な人々からは好感を持たれている。(疲弊しているか強権的な社会の人々も同様)

 

これから以下のことが言える

*トランプ氏に追従する首相は外交や戦争などで国を危険に陥れるか、強権的な体制へと導くかもしれない。

 

首相にすれば、米国の軍事的な庇護を得るにはこの道しかないと信じているのでしょう。

しかし私にはこのことすら危険性を孕み、ましてオバマ氏と合わず、トランプ氏と合うとの理由で追従することは更に危険だと考える。

 

 

さらに言うと

*米国はなぜこのような不人気で危険な大統領を自ら選択したのか?

 

これこそポピュリズムのなせる業であり、一度この罠にはまると取返しのつかないことになる好例です。

どうか破綻が訪れる前に米国民が良識を取り戻す日が来ることを望みます。

 

当然、世界が協力して、トランプ氏の暴走を食い止める必要がありそうです。

少なくても日本は暴走の片棒を担ぐことだけは止めましょう。

そうでないと日本はテロの再重要な標的になることでしょう。

 

次回に続きます。

 

 

 

注釈1

PEW(Pew Research Center)はアメリカ合衆国のワシントンD.C.を拠点としてアメリカ合衆国や世界における人々の問題意識や意見、傾向に関する情報を調査するシンクタンクです。

http://www.pewresearch.org/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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晩秋の京都を訪ねて 4: 新京極商店街から木屋町通りへ


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今日で、京都散策の紹介を終えます。

帰路の途中、河原町周辺で夕食をとりました。

食事処を探しながらの散策でした。

 

 

 

 

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< 2. 散策ルート、上が北 >

 

赤線が散策ルートで、S地点から右上の「美よし」で食事し、

河原町駅で帰路につきました。

写真は撮影順に並んでいます。

 

 

 

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< 3. 新京極商店街の入口 >

 

 

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< 4.新京極商店街 >

 

 

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< 5.錦天満宮入口 >

 

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< 6.錦天満宮境内 >

 

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< 7. 河原町通り >

 

 

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< 8. 高瀬川 >

 

上の写真: 道端にあった小さな神社。

 

下の写真: 高瀬川。

この浅い川に沿って並ぶ古い町並みの風情が好きで、よく立ち寄ります。

もっとも帰りの阪急電車の始発駅が近くにあることもあるのですが。

 

 

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< 9. 麺処、美よし >

 

私達が夕食の為に立ち寄った所で、まったくの偶然でした。

入ると決めた理由は、高瀬川沿いにあることと、なぜか伝統を感じたからです。

どちらかと言えば古さを感じたからでした。

 

 

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< 10. 店の中 >

 

私は巻頭写真に似た蕎麦とかやく御飯、それにおばんざいを頼みました。

蕎麦の出汁が、少しからめでしたが美味しく、また独特の味でしたので、これはきっと京都の味だと納得しました。

またおばんざいや蕎麦の具の煮物は素朴な味だが良かった。

 

厨房で料理している人達の歳が80歳を越えているようなので、店は建て替えて新しいのですが、きっと老舗だと思った。

 

給仕している人に聞くと、ここの創業は昭和元年で、写真の団扇は芸子さんが持って来たものだそうです。

 

ひょんなことで京都を味わうことが出来ました。

 

 

昼には、北王路駅の北文化会館で大学オケの定期演奏会を聴いたのですが、ここでも京都らしさを味わったように思います。

 

今回は急に京都に紅葉を見に行くことを思い立ち、ついでに交響楽も聞きたいと思った。

それでこの定期演奏会に初めて来たのですが、舞台のオケのヴァイオリン奏者(第一と第二)が非常に少なく、さらに始まると素人(おそらく1年生)が混じているのがわかりました。

管楽器は頑張っており楽しむことも出来たのですが、演奏は残念な結果におわった。

コンマスなど数人のヴァイオリン奏者の孤軍奮闘が痛ましく、オケ演奏会でこのように痛々しい思いをしながら聞くのは初めてでした。

 

私が驚いたのは、聴衆に不平や不満などでざわめきが起こらなかったことです。

皆さん紳士的でした。

ひょっとしてこれは京都の良さなのかと思いました。

 

この若い演奏家達が、将来喜々として演奏出来ることを願って、会場を後にしました。

 

これで終わります。

 

 

 

 

 

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晩秋の京都を訪ねて 3: 下鴨神社 2


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今日は、河合神社を紹介します。

 

 

 

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< 2. 地図、 上が北 >

 

写真は表参道のSから撮影したものから順番に並んでいます。

 

 

 

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< 4.馬場に露店 >

 

表参道と西側に平行に伸びる馬場に多くの露天が並んでいた。

 

 

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< 5.河合神社の境内 >

 

境内に入った右側に鴨長明の住まいが再現されていた。

彼はこの神社の神官の子として生まれ、歌人として活躍した後に出家し、京都で写真のような小さな庵で暮らした。

 

 

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< 6. 深紅と金色が映える風景 >

 

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< 10. 鴨川の上流を望む >

 

市民や鳥たちが憩う川べり。

この日は雲も風もなく、歩き続けると汗が噴き出て来ました。

 

晩秋ではあるが、黄葉と紅葉を思う存分味わい、久しぶりの京都を満喫出来た。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ! 85: 何が問題か? 8: 摩訶不思議な言葉遊び


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前回は、日本だけでなく世界が右傾化している背景を見ました。

右傾化はハンチントンが指摘した文明の衝突が大きく影響している。

今回は、今起きている不思議な言葉遊びを見ます。

 

 

はじめに

今の日本の経済と政治は凋落を深めているように思える。

しかし、多くの人にはそうは映らない。

この違いを「何が問題か?」で解明したいと連載を始めました。

 

今まで、日本の経済先行きと所得格差、右傾化を取り上げて来ました。

しかし、これとて反対の立場から見れば正常に見えるらしい。

今回、この反対の立場の一端をみます。

 

 

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忖度を巡って

ある田舎の役場を退職した人に、私は「役場で忖度(そんたく)はどのような感じですか?」と聞きました。

彼は「そんなものは無いよ! 第一、忖度と言う言葉は急に出て来たものだから・・・」とあっさり否定されてしまった。

 

マスコミでは森友・加計問題、詩織さん事件で「忖度」が毎日のように騒がれています。

私は彼の口から、忖度の事例が聴きたかったのですが、拍子抜けでした。

 

忖度と言う言葉はあまり使われていなくても、出世を望む人の多くは上司の意向を汲み取り仕事をするのが当然で、実際に忖度はまかり通っているはずです。

これが出来ないと上司から「気配りの出来ない奴」と相手にされなくなるでしょう。

 

敏感な彼は、とっさに私の質問に政府批判を汲み取り(忖度し)、否定したのでしょう。

彼は如何にも強面で独断専行タイプでした。

 

「忖度」はあまり使われない言葉ですが、その意味するところは大概の人には分かり、日本の社会に定着した精神文化です。

どちらかと言うと良い意味で使われ、その意味は他者への配慮、気配り、推察などでしょう。

 

ある新聞記者が2003年に投稿した文に忖度を使っていた。

 

「・・。あえて忖度すれば、そのような錘(おもり)を心の中にぶら下げた人々が、数多く戦後の数十年を生きて来たのではないか。」

 

これは戦後、親しい人物が誰にも従軍中の体験を語らなかったことについて触れたものです。

 

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あるテレビのニュース番組で

以前、二人のコメンテーターが森友問題に関して答えていました。

 

司会者が「官僚は忖度するものですか?」とこの二人に尋ねました。

すると、一人は「忖度は当然あるはずです」と答えた。

もう一人は、「上級の官僚は忖度なんかしないですよ」と明言した。

 

私は聞いていて、奇異な感じを受けた。

忖度自体が悪いのではなくて、上司や利害関係にある人物の便宜を計り、法や手続きを曲げて、不公正なことをする事が悪いはずです。

このことは自明なのに、簡単に忖度を否定し、しかも下級の官僚ならやるでしょうとはぐらかす返答に、この人物の悪い忖度例(権力者へのおもねり)を見た。

 

この人物とは田崎史郎氏でした。

 

 

面白い座右の銘

ある官僚の座右の銘が「面従腹背」だそうです。

この意味は「うわべだけ上の者に従うふりをしているが、内心では従わないこと」で、通常悪い意味で使われます。

 

この官僚なら上の者(権力者)に忖度をするはずはなく、自ら便宜を計らない潔癖な官僚と言える。

それこそ田崎氏の弁に従うなら、正に上級官僚の手本と言えるかもしれない(笑い)。

もっとも出来る官僚達は政治屋を馬鹿にしているので、このような風潮が生まれと言え、やはり良い状況とは言えないが。

 

この官僚とは前文部科学省事務次官の前川喜平です。

 

 

これに輪を掛けて不可思議な事

実は、この前川氏を「官僚のクズ」と言い放った元官僚がいた。

 

この元官僚は「面従腹背などと言って逃げず、官僚なら正々堂々とクビを覚悟で仕事をしろ!」と前川氏を罵倒する。

私もそうあって欲しいと願うが、そうでないのが日本の悲しさ!

官僚組織は縦割社会の典型で、残念ながら長いものには巻かれろは日本の風土です。

 

かの田崎史郎氏は忖度しないのが上級官僚と言い放ったのに、ここではそれが仇になっている。

 

この元官僚とは岸博幸氏です。

 

 

 

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何がおかしいのか

おそらく私のこの説明を読んでも、二つの異なる立場は対立したままでしょう。

現政権内で忖度が災いを生んでいると考える人と、忖度など無いと考える人の溝は埋まらないでしょう。

 

簡単に言えば、忖度はありふれた日常の行為で、これを否定することに無理がある。

むしろ日本では出生する人ほど(仕事が出来る人ではない)、忖度出来るのが常識です。

重要なことは、忖度により不正が行われることです。

 

先述の役場の退職者や田崎氏、岸氏の立場は「忖度があった」ことを否定することにより、配下の不正行為を権力者(上司から首相まで)と切り離すことにあるようです。

つまり彼らは誰かの立場が悪くならないように忖度しているのです。

残念ながら、この態度も日本の組織でよく見られるトカゲの尻尾きりで、幾度も繰り返されて来ました。

 

 

悲しい事

今の日本の政治では不毛な口論が延々と続くだけです。

 

不毛なのは追及する側と追及される側だけではない。

それらに加勢し、さらにつまらない口論と煽動を行うマスコミに生きる人々が居る。

この人々の言説に留飲を下げ、憂さを晴らす人々が、さらに大勢居る。

これが最も悲しいことだろう。

 

 

私の知る限り、革新が続き、成長し続ける会社の社長は、部下が上司への無駄な忖度、おべっかなどをしないようにさせている。

小さな不正も積もれば、やがて山となるの例えです(笑い)。

日本の政治も私利私欲(党利党略)を離れ公正でありたいものです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

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晩秋の京都を訪ねて 2: 下鴨神社 1


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今日は、京都植物園を出てから下鴨神社までを紹介します。

神社はたくさんの人出でした。

 

 

 

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< 2. 地図、上が北 >

 

 

上の地図: 赤線が今回紹介する散策ルートで、京都植物園の正門Sからスタートし住宅街を抜け、下鴨神社に入りました。

 

下の地図: 下鴨神社境内の散策ルートです。

 

写真は概ね、撮影時間順に並んでいます。

 

 

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< 3.植物園とお別れ >

 

上の写真: 植物園の正門から内部(北側)を望む。

下の写真: 鴨川の上流(北側)を望む。

 

 

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< 4. 鴨川 >

 

上の写真: 鴨川の下流を望む。

下の写真: 北大路の東側を望む。

 

 

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< 5. 下鴨本通り >

 

下の写真: 下鴨神社参道の案内が見える。

 

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< 6. いよいよ下鴨神社 >

 

上の写真: 西参道の先に鳥居が見えた。

 

下の写真: 手前が舞台、右奥が本殿に至る中門です。

 

子供が七五三の着物を着て、緊張した面持ちで両親に連れられている姿を至るところで見た。

度々、子供に「かわいいね」「おめでとう」と声を掛けると、お母さんが微笑んで感謝の言葉を返してくれた。

気持ちの良い一時でした。

 

 

 

 

 

 

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< 7.立派な楼門 >

 

これは表参道から塀に囲まれた社殿に入る為の楼門。

上の写真: 社殿境内から見た。

結婚の新郎新婦が記念写真を撮っていた。

 

下の写真: 表参道側から楼門を見た。

 

 

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< 8. 表参道を行く1 >

 

まるで原野のような糺の森(ただすのもり)を抜ける。

 

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< 9. 様々な紅葉 >

 

薄暗く濃い緑の森の中で、赤や黄、茶色に色づいた木の葉が陽を受け輝いている。

 

下の写真: 表参道の東側を流れる泉川の風情。

 

 

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< 10. 表参道を行く2 >

 

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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晩秋の京都を訪ねて 1: 京都植物園


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2017年12月3日、京都の洛北を散策しました。

快晴の中、大学オケを聴き、紅葉を愛で、食事を楽しみました。

今日は、京都植物園の紅葉を紹介します。

 

 

 

 

 

 

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< 2. 京都の散策ルート、上が北 >

 

赤線が徒歩のル―トで、矢印は地下鉄やバス、電車の昇降駅です。

 

この日の日程

朝の9時過ぎに烏丸線北山駅を出て、京都植物園と下賀茂神社の紅葉を楽しんだ。

その後、市バスで烏丸線北大路駅に行き、昼食後、京都北文化会館で大学オケを聴いた。

次に、烏丸線で烏丸駅に行き、そこから新京極通りまで行った。

新京極通りに入り、蛸薬師堂の手前を右に折れ、高瀬川に出た。

そこで夕食を食べ、木屋町通りを抜け、阪急河原町駅から帰路に着いた。

 

 

 

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< 3. 植物園のマップ、上が北 >

 

赤線が散策ルートで、上の北山門から入り、正門から出た。

アルファベットは主な写真撮影地点。

概ね写真は撮影順に並んでいる。

 

 

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*4.

 

下の写真: 池、地図のAの近く。

 

 

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< 5. 池の周辺 >

 

地図のA~B。

落ち葉の絨毯が晩秋を漂わせる。

 

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< 6. 蓮池 >

 

地図のB。

 

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< 7. 様々な紅葉 >

 

地図のA~D。

 

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地図のD.

 

 

 

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< 9. 圧巻の紅葉 >

 

地図のE。あじさい園にて。

 

一本の巨木(ホウ)がまさに紅葉真っ盛りでした。

黄色から深紅のグラデーションに染まった葉が幾重にも重なり、青空を背景に輝いていました。

この瞬間、来た甲斐があったと思えた。

 

実は、植物園に入って最初に池の周辺の紅葉を見た時は見頃を過ぎ、かなり落葉していたのでガッカリした。

何とか、写真は見栄えのするものを選んで撮れましたが、1週間早ければ良かったのにと後悔していました。

また実際に見た色と写真の色は異なり、下の写真の紅葉の色はも少し黄色味がかっていた。

 

 

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ポプラの紅葉が青空に映えていました。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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フランスを巡って 47: シャルトル 1


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今日は、シャルトルの町と大聖堂の外観を紹介します。

この大聖堂は初期ゴシック建築とステンドグラスの青色で有名です。

この日も、快晴で爽やかな観光になりました。

 

 

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< 2. 地図、上が北 >

 

上の地図: 赤丸のシャルトルはパリの西90kmのところにあり、途中にベルサイユがあります。

シャルトルの南にはロワール川沿いの都市オルレアンがあります。

シャルトルの人口は4万人と大きくはなく、広大な麦畑の中に浮かぶ島のような都市です。

 

下の衛星写真: 私達は街の中央広場でバスを降り、S点から徒歩で大聖堂を見学して、また戻りました。

 

 

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< 3. ゴシック大聖堂の由来 >

 

上の地図: ゴシック建築が始まる当時のフランス(カペー朝)領土の変遷図。

カペー朝の領土は青、英国系は赤。

赤丸がシャルトル、茶色丸がパリ。

 

下の絵 : ゴシック建築とその前のロマネスク建築の特徴を示す。

 

 

私は以前から、ゴシック建築がなぜこの地で花開いたかのが気になっていました。

その経緯を簡単にまとめておきます。

 

ゴシック建築は、パリ北側の郊外にあるサン・ドニ王室修道院聖堂の1136年からの部分的改築に始まった。

ここは歴代フランス君主の墓所でした。

 

これに続いて、シャルトルのノートルダム大聖堂(マリアに捧げれらた)は、サン・ドニに続いて1145年から建築が始まった。

しかし途中の大火災で西側正面を残して全焼し、1194~1220年に再建が成った。

この大聖堂は現存する初期ゴシック建築物で最古であり最上級の建築になる。

その後、この建築様式はフランス全土からヨーロッパに広まり、ルネサンス期まで続いた。

 

それではなぜこの地にゴシック建築が花開いたのか?

 

フランク王国が三つに分裂して出来た西フランク王国も987年に断絶し、その後、カペー朝がフランス王家を継承し14世紀まで続いた。

このカペー朝は設立当初、権力基盤が弱く、パリ周辺のみ(左地図の青部分)を領有するだけであった。

 

しかしカペー朝は周辺の教会勢力(司教座)を支配下に置いており、特にサン・ドニ修道院の修道院長シュジェールがこの王朝の伸張に尽力することになった。

この修道院長がサン・ドニ修道院の内陣(祭祀の中心的な場所)と周歩廊を画期的な空間へと改造し、これがゴシック建築の緒となった。

彼の指示によって。ロマネスクの重厚で狭く暗い部屋は、神の光が差す温かみのある空間へと変貌した。

そしてこの修道院長の友人であったシャルトルの司教は大聖堂をゴシック様式で建築した。

 

つまり成長期にあった王朝とキリスト教会が一緒になってフランスを盛り上げる為に、神の国の新しい教会を体現したと言えそうです。

 

 

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< 4.広場で >

 

 

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< 5.広場から大聖堂へ >

 

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< 6. 大聖堂 >

 

左下の写真: 西正面の左の塔にはゴシック建築の美しさがある。

右下の写真: この像は焼け残ったことによりゴシック最初期の作品となった。

これらはロマネスクの像に比べ、写実的になりつつある。

 

 

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< 7. 西正面(ファサード) >

 

 

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< 9. 大聖堂周辺の街並み >

 

 

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< 10. シャルトルの町 >

 

次回に続きます。

 

 

 

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フランスを巡って 46: シャルトルへ


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今日は最後の宿泊地パリを目指し、途中、シャルトルの大聖堂を訪問します。

ロワール渓谷からイル・ド・フランスの大穀倉地帯に入って行きます。

この日も快晴でした。

 

 

 

 

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< 2. バス走行ルート >

 

旅行日10日目、2017年5月26日(金)、朝8時にホテルを出発し、シャルトルの町に到着したのは午前10時過ぎでした。

 

今回紹介する写真にはロワール渓谷のものはなく、出発後1時間を経たボース平野を抜け、シャルトルの町に入った写真です。

 

 

 

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< 3.静寂に包まれたトゥールの町 >

 

朝8時、ホテルをツアーバスで出発した。

 

 

 

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< 4. ボース平野 >

 

出発後1時間を経る頃には起伏の残る平野から、只々広大な平野が広がっていました。

 

 

 

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< 7. シャルトルの町 >

 

シャルトルの町に入って来ました。

かわいい家並みが続きます。

 

 

 

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< 9. シャルトルの中央広場に到着 >

 

次回に続きます。

 

 

 

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何か変ですよ! 84: 何が問題か? 7


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前回、今の若者の政治意識とその背景について語りました。

しかし、その説明は不完全で、中途で終わっていました。

今回は、この補足と右翼化について考察します。

 

 

はじめに

今の若者の政治意識には無関心か右翼化が顕著です。

 

この無関心の理由として、私は先進国に共通している政治への不信感(無党派層)の増大を挙げました。

当然、日本は戦後、欧米と併進して来たのですから免れることは出来ません。

 

さらに日本に顕著な若者の人口比率の低下が、政治意識の低迷を招いていると指摘しました。

この影響の逆の証左として、団塊の世代による学生運動を例示しました。

この学生運動に懲りた政府は学校教育において生徒の目を政治から逸らすようにして来ました。

これが他の先進国に比べ政治への無関心を増長させた。

 

以上が、前回の要点です。

 

ただ、前回の説明で分かり難いのは、途中に非正規雇用の問題を入れた事かもしれません。

今の若者は他人から自身の政治意識が低いと言われてもピンと来ないでしょう。

そこで、あなた方の未来はかつてないほど悲惨であることを例示して、この状況においても今の政治に異論を唱えないのは政治意識が低いことになると知って欲しかった。

 

しかし、右翼化の説明を前回行っていませんでした。

 

 

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右翼化している実感はあるのか?

最初に日本のみならず世界が右翼化していることを確認します。

 

当然ですが、多くの右翼化している人々にとって自身は正常であり、偏っていないと思われているはずです。

一部の人は、これを認識しているか、確たる信念をお持ちのことだと思います。

これは左翼化も同じですが、今は世界が右翼化しています。

 

世界の右翼化とは、とりあえず愛国主義(自民族優先)、さらには強権(武力も含む)による排他主義の横行と言えます。

これは欧州での右翼政党の台頭、そして米国のトランプ大統領、日本の安倍首相の誕生の経緯や言動から明瞭です。

そして、この三つの現象は呼応するように起きました。

当然、右翼政党の党首とこれら首相や大統領は非常に気が合い、当然、オバマやメルケルとは合わない。

 

彼らの発言の「イスラム教徒を追い出そう」と「メキシコ人は強姦犯だ」が人気を博するのは社会が右翼化しているからです。

首相の国連演説での「多くの日本人が北朝鮮に拉致されたまま」と「私の討論をただ一点、北朝鮮に関して集中せざるを得ません」も同様の効果があります。

もっとも、この発言をそう理解しない人もいるはずです。

 

それではなぜ世界も日本も右翼化してしまったのでしょうか?

 

 

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なぜ世界は右翼化したのか?

この背景は複雑ですが、世界を見渡すと、ここ30年ほど大きな戦争は無いが、至るところで紛争が多発し、長期化するようになりました。

その結果、難民が増大し、これがまた対立を招いています。

これが欧米の右傾化に関わっている。

 

実は、このことを的確に指摘していた人物がいた。

サミュエル・P・ハンティントンは1996年の著書「文明の衝突」で、今後世界は文明間で紛争を激化させるとした。

この本は世界の右傾化の背景、つまり文明や宗教間の対立が深まる経緯をうまく説明しています。

 

「文明の衝突」のポイントを要約しておきます。

  • 20世紀前半に、多くの国が西欧の植民地支配から脱し、これらの国は低迷や成長を経験した。

 

  • グローバル化によって異文明間で深い接触が起こり、拒否反応が現れた。

 

  • イスラムの人口増加が他の文明を凌ぎ、また若者人口も増え、社会は熱気を帯び、前述の要因も加わり自文明への自覚が深まり、1980年代より宗教復興運動がイスラム圏で起こった。

 

  • 紛争が起きると世界の同一宗教圏から義勇兵と兵器、資金が紛争当事者に送られ紛争が拡大し長期化するようになった。これを可能にしたのもグローバル化です。

 

  • 冷戦終了(1989年)により、イデオロギー対立は紛争の原因で無くなった。

 

  • アフガニスタン戦争でのソ連軍撤退(1989年)が、ムスリムの団結(義勇軍派遣など)が勝利を生むとの確信をイスラム圏に与えた。

 

  • 紛争への肩入れはどの宗教圏(キリスト教、ユダヤ教など)も行っているが、イスラム圏は石油産出などで経済力をつけ、紛争への援助が潤沢になった。

 

  • 紛争を多発させる要因として、西欧のキリスト教圏とかつての植民地のイスラム圏の怨念があり、さらに米国の度重なる軍事介入(湾岸、イラクなど)が憎しみを増大させた。

 

  • 紛争を長引かせる要因として、イスラム圏には調停を主導出来る覇権国がないことがある。他の宗教圏ではヒンドゥー教のインド、正教会のロシア、キリスト教の一体化した欧米がその役割を担う。

 

これらが世界各地に紛争を多発させ社会経済を疲弊させ難民を増やし、その結果、欧州国内に排他的なムード(右傾化)をもたらした。

 

 

 

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さらに一歩踏み込んで

米国や日本、中国の右傾化には上記とは異なる要因も働いています。

 

米国は著しい経済格差が国内の分断を招いています。

経済大国になった中国は、資源確保などもあり覇権を目指し右傾化を強めることになった。

日本は、東アジアの周辺諸国の台頭と米国の軍事戦略の一環で右傾化しています。

ハンチントンはその著書で、米国は日本の中国寄りを阻止することが必要だと説いている。

日本は1世紀前から世界の最強国、英国に始まりドイツ、米国へといとも簡単に宗旨替えを行って来た。

 

これらが加わり、徐々に対立を煽り煽られて右傾化した世界にあって日本も右傾化を強めることになった。

そして日本の若者の一部が右傾化に強く染まっていったのです。

保守化(体制維持)するのはどちらかと言えば高齢者に多いが、愛国主義から強く排他的になるのは若者に多くなる。

 

 

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最後に

私はハンチントンの説を全面的に肯定しませんが、その著書の500頁に及ぶ洞察力と論理展開には驚嘆しました。

 

彼の説で気になることを数点挙げておきます。

一つは、「文明の衝突」が各宗教圏の対立に起因すると言う説明が弱いように思う。

その論拠は実際の戦闘集団の対立関係から推測出来るのですが、さらに社会学的、宗教心理学的、経済的な分析が欲しかった。

 

今一つは、論述の多くは戦争の開始と拡大に重点があり、仲裁関係の記述が少ないことです。

実際、著者が言うように終息を迎えた紛争は少ないのだが。

これは平和解決学の視点が弱く、戦争と外交の分析としては偏っているように思う。

 

しかし著者が唱える「文明の衝突」を回避する手段には重要なものがある。

 

一つ目は、米国が他国の紛争に軍事介入しない事。

二つ目は、紛争の調停をスムーズにする為に、イスラム圏の代表国を安保理の理事国などに加えることです(主要国による任期制の交代)。

 

 

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次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

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フランスを巡って 45: トゥールへ


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今日は、シャンボール城を出て、ホテルがあるトゥールまでの眺めを紹介します。

この日はキリスト昇天祭の休日で、ロワール川で憩う市民の姿が印象的でした。

撮影したのは2017年5月25日の17時から20時までと、翌朝の朝6時台です。

 

 

 

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< 2.バスのルートとトゥールの地図、上が北です >

上の地図: シャンボール城からトゥールまでのバスのルート。

ほとんどロワール川沿いを走りました。

 

下の衛星写真: HはホテルH、Sは市庁舎、Rは夕食のレストランを示しています。

レストランはメインストリートにあり、またホテルの直ぐ隣が鉄道駅です。

さらに北側にロワール川が流れています。

 

 

 

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< 3. シャンボール城付近の村 >

 

 

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< 5. ロワール川1 >

 

上と下の写真: 自然豊かな堤や河川敷に多くの車が見えます。

 

 

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< 6. ロワール川2 >

 

中央の写真: 川遊びをしているようだが、何をしているかは分からない。

 

下の写真: 河原でくつろぐ人々とキャンピングカーが見える。

フランスの至る所で、走っているキャンピングカーや何十台も駐車しているキャンピングカーを見た。

羨ましい限りです。

 

 

 

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< 7. ロワール川3 >

 

家族で楽しんでいるサイクリングを見ました。

 

 

 

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< 8. ロワール川4 >

 

上と中央の写真: 河原の砂地や林で、たくさんの家族で休日を楽しんでいた。

 

 

 

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< 9. トゥールに到着 >

 

上の写真: 右手中央が鉄道駅、左側にホテルが見える。

 

下の写真: 左手中央が市庁舎です。

 

 

 

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< 10. 市庁舎前のメインストリート >

 

上の写真: メインストリートの街路樹の下に設けられたレストランのテラス席。

地図のRです。

私達はこの一角で夕食をとりました。

 

 

 

 

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< 11. 鉄道駅1 >

 

翌朝、朝6時台に訪れました。

 

 

 

 

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< 12. 鉄道駅2 >

 

下の写真: 1台のピアノが置いてありました。

旅の思い出に弾けたらどんなに良いだろう・・・

まったく弾けないのが残念です。

 

 

 

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< 13. 鉄道駅3 >

 

 

次回に続きます。

 

 

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何か変ですよ! 83: 何が問題か? 6


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今の若者の政治離れと右傾化の一端を探ってみます。

そこには単純で普遍的な理由があったのです。

若者は好んで苦境から目をそらしているわけではない。

 

 

はじめに

先進国では軒並み、熱烈な政党支持者が減り、無党派層が増え、少数政党分立の傾向を深めた。

これは日本も同じです。

 

なぜこのようなことが起きたのでしょうか?

以前、私のブログでもこの問題を取り上げました。

この原因は、長引く経済と社会の低迷、例えば格差拡大や失業者の増大などに有効な手立てを打つことが出来ない政府にあった。

同時に、国民は長らく政治を牛耳る議員や官僚、また彼ら操っているエスタブリッシュメントに怒りを覚える一方で打破する手立てを持てず、諦めていた。

国民は、自分たちの希望や意思が政治に反映されないことに苛立ち、閉塞感を持っていた。

 

その一方、日本に限っては、長期低迷の経済にあっても国民はまだ格差拡大を深刻に捉えておらず、また社会は混乱もなく平和でした。

そして国民は概ね社会に満足している。

 

多くの日本人は閉塞感を抱いていないのだろうか?

私の見る所、政府を信じていると言うよりは日本社会への安心感のようなものがあるようです。

つまり、「何とかなる」と感じているのでしょう。

 

 

 

 

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< 2. 非正規雇用比率の推移、ガベージニュースより >

 

このグラフから若年労働者の非正規が増加傾向にあることがわかります。

 

 

 

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< 3. 男性の非正規雇用の状況 >

上のグラフはガベージニュースより、下のグラフは非正規雇用フォーラム・福岡より借用しています。

 

現時点では中高年層の非正規は少ないが、将来、景気の浮き沈みで多少変化するものの、中高年層にも拡大するのは間違いない。

それに応じて大半の労働者の所得は増加することなく横這いとなり、巷には低所得者が蔓延することになる。

こうならないとする根拠も政策もない。

 

実は女性の方が非正規率が高く、賃金も安く、状況は深刻です。

 

 

 

なぜこのような意識のズレが起きるのでしょうか?

今までも指摘して来ましたが、ここ20~30年の経済データーは明らかに低迷を示しています。

 

例えば、現実の社会を見てみましょう。

将来、労働者の数割が生涯非正規雇用になり、定期的に首を切られ、年収が0か200万円前後で一生暮らさざるを得ないとしたら将来の見通しが立つでしょうか?

これは若年労働者ほど厳しいが、今の自由放任主義経済のシステムが続くなら将来さらに深刻さを増すことになる。

そしてこのことが経済を更に低迷させることになる。

 

先ず、生活に不可欠な大きな生涯費用としては住居費5000万円(家賃購入共)、二人の子供の教育費3000万円、一人の医療介護費の自己負担額700万円(総額3100万円)が最低必要になり、合計8700万円でしょうか。

非正規の彼が運よく80年の生涯で、30年間毎年200万円稼げたとして、計6000万円です。

ここから税金(所得税、消費税)と社会保険料(医療・介護・年金)が徴収され、食費・衣料・水道光熱費を出費したら、収入がある時でも可処分所得は年間100万以下で計3000万円以下でしょう。

これで収入の無い時の生活費を賄い、さらに住居費と子供の教育費、医療介護費を支払うことは不可能です。

 

とてもじゃないが、結婚ができず住居や子供を持てず、医療介護も受けられない。

逆に結婚し、収入を合算して助け合う道もあるが、やはり生活はできないでしょう。

さらに彼らが退職の年齢になっても退職金は無く、年金は雀の涙です。

これでは結婚出来ないホームレスが1千万人を越える時代が来るかもしれない。

 

ここで不思議に想うのは、最も被害に合うと分かっている若年労働者が今の政治に無関心でこれを放置し、さらに右傾化に惹かれ肯定までしていることです。

さらに、不思議なのはより恩恵を受けている高齢者の方が政治に不満を持っているのです。

 

 

 

次のグラフから上記の理由が見えて来ます

 

 

 

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< 4. 日本の若者の人口比率 >

 

このグラフは日本の人口に占める15~24歳の割合の推移を示しています。

この15~24歳の割合は1965年にピークを示しています。

 

当時の社会はこれに同期するように大きなうねりを経験しました。

1960年代半ばから反戦運動、1968年頃から東大闘争、そして日本の学生運動は1970年まで燃え盛りました。

また1960年代半ばからフォークソングがブームとなりました。

世界的な流れがあってのことですが、日本の若者は呼応したのです。

 

実は戦後の復興期、1947年からの3年間に806万人と言う大量の子供が生まれ、彼らが20歳になったのが1967~1969年だったのです。

彼らを団塊の世代と言い、彼らの中には「学生は世の中をよくするために身を挺して立ち上がるべきだ」との信念に共感する者が少なからずいたのです。

 

 

 

 

 

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< 5. 日本の経済成長率 >

 

学生運動が盛り上がった1965~1970年は高度経済成長期(1954~1973年)でした。

けっして、この時代は沈滞した希望の無い時代では無かったのです。

むしろ、彼らは戦後の貧しさから抜け出す為に必死に働き、また苦悩しながら社会を変革しようとした希望多き時代だったのです。

その彼らは現在、退職し70~72歳になっています。

 

つまり、若年層が多い時代、彼らは政府を批判し、社会を改革しようとしたのです。

そして年をとっても、まだ社会を変えるべきだと思っている人がいるのです。

 

 

 

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一つだけ指摘するなら

結局、今の若者は平和と安逸に慣れてしまい、社会に対する若者らしい情熱を失ってしまったように見えるが、その大きな要因の一つは、単純に若年層の人口割合が学生運動華やかりし頃の半分にも落ち込んでしまったからと言えそうです。

この相関は人口統計学で指摘されています。

 

今の若い人に知って頂きたいことは、かつて若い世代(団塊の世代)が社会問題に立ち上がった事実です。

そして、あなた方の将来は団塊の世代の将来と比べものにならないほど劣悪なのです。

 

もう一つ指摘するなら、あなた方はかつての学生運動の反動で、政府(文科省)の通達により、学校で政治的なことから目を逸らすように教育されてしまつたのです。

これがさらに日本の政治文化を劣化させることになったのです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

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フランスを巡って 44: シャンボール城


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今日はシャンボール城を紹介します。

外観だけの紹介になります。

 

 

ロワールの古城

百年戦争に勝利したシャルル7世がシノン城(今は廃墟)に宮廷を移してから約160年間、ロワール川流域はフランスの政治・文化の中心でした。

貴族たちはこぞって城を建て、華やかな宮廷絵巻を繰り広げますが、やがて歴史の舞台はパリ郊外に移って行きました。

 

この流域には、中世期の要塞、王家の城、ルネッサンス期の邸宅、古い田園屋敷、壮大な聖堂など、現在も無数の歴史的建造物が残っています。

フランソワ1世やシャルル7世といった王家の人々や、レオナルド・ダ・ヴィンチなどの芸術家がロワールの景観に魅了され、この地で暮らしました。

ロワール河流域の800㎞に渡る一地帯にある21の城館が2000年よりユネスコ世界遺産に登録された。

美しいシャンボール城、シュノンソー城、アンボワーズ城、シュヴェルニー城などが代表的です。

 

 

 

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< 2. Map、上が北です >

 

上の地図: ロワール川流域の主要な城館。

訪問したはAのシュノンソー城、Bのシャンボール城です。

 

下の地図: シャンボール城の衛星写真。

見学は駐車場Pから川の向かいVまで徒歩で行きました。

見学は自由時間で行ったが、時間もなく入館しませんでした。

 

 

 

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< 3. 駐車場から城まで >

 

 

 

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< 4. 橋を渡り、ビューポイントへ >

 

 

 

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< 5. 広大な森が広がっています >

 

 

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< 6. 不思議な外観 >

 

この城は美しいとの評判ですが、私には屋根の上を埋め尽くす無数の煙突か尖塔が不気味に思えた。

 

 

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シャンボール城はロワール川流域の城館では最大です。

この敷地面積はパリ市の大きさに匹敵し、ヨーロッパ最大の森林公園で、多くの野生動物が生息しているそうです。

 

このロワール川流域の城館は、ジャンヌ・ダルクとレオナルド・ダ・ヴィンチと深く関わっている。

 

この地域の発展はシャルル7世がこの地に城を構えたのが始まりでしたが、これを可能にしたのがジャンヌ・ダルクでした。

それは、彼女が少し上流のオルレアンを開放したの機に敗戦色濃い百年戦争が形勢が逆転し、シャルル7世はフランス王の戴冠を行うことが出来たからです。

 

このシャンボール城を建てのはフランソワ1世ですが、彼はミラノ遠征でイタリア・ルネッサンス文化に魅入られ、フランス・ルネサンスを開花させることになりました。

そこで彼はレオナルド・ダ・ヴィンチを呼び寄せ厚遇し、ダ・ヴィンチはこの地で死んだ。

シャンボール城の螺旋階段のアイデアはレオナルド・ダ・ヴィンチのものだそうです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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何か変ですよ! 82: 何が問題か? 5


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< 1. 旧約の預言者イザヤ >

古くから警鐘を鳴らす人はいたのだが、ユダヤ人は聞かなかった。

 

 

前回、大半の労働者にとって悪化している経済の現状を確認した。

それはここ半世紀の日本と先進国の経済政策が生み出したものでした。

しかし、問題の核心は別にあり、さらに根が深い。

 

 

 

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< 2.世界に占める日本のGDP >

 http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/no170-f7b5.htmlより

 

 

はじめに

前回紹介した、三つの政治経済の潮流。

A: 1980年代からの米国主導による自由放任主義経済。

B: ここ半世紀の日本与党の企業優先の政治。

C: 2013年からのアベノミクス。

 

私はこの三つが今の世界と日本をさらに劣化させ行くと見ています。

劣化とは、繰り返す倒産と失業で国民の大半は所得を減らし、中央政府への信頼を無くし、追い打ちをかけて国家債務のデフォルトが起こり、遂には争乱へと進むことを意味します。

私はこのことをこれまでのブログで取り上げて来ました。

 

Aの問題点については、世界的に著名な経済学者クルーグマン、スティグリッツ、ジャック・アタリ、ピケティ、経済評論家ジェフ・マドリックが指摘しています。

BとCについては、国内の一部の経済学者が指摘しています。

 

しかし、残念ながら多勢に無勢で、社会を変革する力にはなっていない。

この少数派の警鐘は、既得権益側による圧倒的な情報量と印象操作で掻き消えてしまうのでしょうか。

または不景気と好景気が繰り返されていれば、じんわりと社会経済が衰退を深めていても、人々は一縷の望みを託し現状にすがりついてしまうのでしょうか。

しかし、一度衰退が始まると、そんなわずかな望みさえも冷酷に踏みにじって来た。

それが歴史でした。

 

 

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< 3. かつての栄光、実は一人当たりの実力は? >

 

 

衰退に人々はどのように向き合ったのか?

かつて栄華を誇った国が衰退した例は数知れずあった。

古くは都市国家アテネ、ローマ帝国、スペイン、オスマントルコ、英国、ソ連がそうでした。

これらの国が衰退したのは、いずれも一人の権力者による失策が原因ではなかった。

むしろ起死回生を願い、末期にすら改革に立ち上がった人々がいた。

しかしその思いは既得権益層の抵抗と根付いた社会の流れにかき消されていった。

つまり、かつては繁栄をもたらした社会経済のシステムが社会に根を張り、これが逆に世界や国内の変化に対応できずに自壊していった。

 

衰退する運命にある文明や国は、どうあがいても再起が不可能なのかもしれない。

おそらく今のままでは米国そして追従する日本がこれに続くことになるでしょう。

両国のここ半世紀の経済データーを見ていると悲観せざるを得ない。

しかし、その一方で既に衰退した国もあれば方向転換を成し遂げた国(北欧やドイツなど)がヨーロッパ内にも存在する。

 

やはり、人類の英知を持ってすれば可能なのかもしれない。

もし国民や政府が真摯に警鐘に耳を傾け、痛みを伴っても方向転換を図っていれば良かったと思うターニングポイントが過去に少なからずあった。

いつの時代も、社会経済の異常や危険の芽を鋭敏に察知し、勇気をもって指摘した人は存在した。

日本が第二次世界大戦へと突き進む過程においても、その危険性を議員やジャーナリスト、言論人が命を張って訴えていた。

残念ながら、かき消されてしまったが・・・。

 

 

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< 4. 英国の辿った道、それは・・・ >

http://ajer.cocolog-nifty.com/blog/2015/01/no170-f7b5.htmlより

 

 

なぜ人々は警鐘に耳を傾けないのだろうか?

今の日本で想定される幾つかの理由を挙げます。

 

D: 政治に期待せず無関心な人々の増加。

E: パトロンとクライアントの関係が強い政治文化、「ジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)」の言葉で代表される。

F: 偏った報道や印象操作による洗脳。

G: 孤立した日本文明の弊害や歴史に根差すもの。

H: 人類に共通した心理。

 

いくら警鐘を鳴らす人が出ても、それを拒絶したり無視する人々が多くては話にならない。

これに怒っても事は解決には向かわない。

 

少しでも多くの人が、未来の危機を認識出来るかにかかっている。

私は、上記の理由が如何に重要な認識を阻害しているかをこの連載で明らかにしたい。

そして、未来の危機を回避し、子供や孫の世が平和で豊かになることを望見ます。

 

 

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< 5. 日本のターニングポイント  >

http://www.huffingtonpost.jp/yoshifumi-nakajima/japan-decline_b_7452352.html  より

 

この赤線を上下逆にするとグラフ2の山にほぼ重なるので不思議です。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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フランスを巡って 43: シャンポール城に向かう


 

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今日は、同じロワール地方にあるシャンポール城までの車窓の景色を紹介します。

走ったのは、2017年5月25日(木)の午後でした。

 

 

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< 2.地図、上が北 >

 

バスがシュノンソー城を出発したのは13:20頃で、シャンポール城に到着したのは16:30でした。

この時も快晴で、雲一つなかった。

地図の青線は走行ルートを示しますが、この道を通過したかは確信がありません。

ただロワール川沿いを走ったことは確かです。

 

以下の写真のほとんど撮影順に並んでいますが、数枚は異なります。

 

 

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< 4. ロワール川 >

 

フランスの幾つかの大河沿いを走ったが、セメントでの護岸工事がなされていないことに感心した。

それは都市周辺でも変わらない。

そして河原の自然の緑が至る所、憩いの場となっていた。

 

なだらか地形がこの川の風景を許すのか、おそらく生活を楽しむ人々の思いが、この景観を守り育ているのだろう。

フランスの経済は良くはないが、国民はそれを凌ぐ生活の場を得ており羨ましい気がする。

 

 

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< 5. ロワール川沿いの城 >

 

 

 

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< 6. ロワール川沿いでサイクリングを楽しむ人々 >

 

 

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< 7. 乗馬を楽しむ人々 >

 

 

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次回に続きます。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 81:  何が問題か? 4


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前回、日本の賃金が下がり続けている状況を知りました。

その一方、企業は空前の利益を上げ続けています。

それでは企業の好業績は私達に恵みをもたらすのでしょうか?

 

 

豊かになった企業は日本経済を救うのか?

政府は大企業が儲けなければ、庶民に恩恵が行かないと言う。

今後、企業が賃金を上げ、設備投資をしてくれればそうなるのだが。

この可能性を調べてみましょう。

 

 

 

 

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< 2. 豊かになった企業がしていること >

 

 

上のグラフ: 東洋経済 山田記者のグラフ。

 

労働分配率が長期低下傾向にあり、さらにリーマンショック後も低下し続けている。

こうして企業は労働分配率(付加価値に占める賃金)を下げ続ける一方で、内部留保を長期にわたり積み上げている。

もっともこの内部留保が設備投資に向かえば日本経済は浮上するのだが・・・・

そこで下のグラフを見てください。

 

下のグラフ: 日本政策投資銀行 田中氏のグラフ。

これは民間企業の設備投資額のGDPに占める割合を示している。

一目瞭然だが、企業は内部留保(資金)が潤沢にあるにも関わらず、設備投資を抑えている。

これでは生産性向上は見込めない(設備投資だけが生産性の要素ではありませんが)。

 

これでは踏んだり蹴ったりだ!

 

 

それでは企業のあり余った資金は何処に向かっているのか?

 

 

 

3

< 3. 企業が目指していること >

 

上のグラフ: 日本政策投資銀行 田中氏のグラフ。

これは企業家が抱く期待成長率と設備投資の関係を示す。

 

このグラフは、設備投資が少ないのは企業家マインドの冷え込みに起因していることを示している。

 

政府は声高に法人減税は景気浮揚策と説くが、どうだろうか。

米財務長官時、ポール・オニールは「まともな経営者は法人税が減税されたからと言って、むやみに設備投資を行わない。」とブッシュに進言していた。

企業や富裕層への大減税は米国のレーガンや子ブッシュの例が示すように、概ね赤字を増やしただけでした。

だがこの手の減税は米国主導により先進国は安売り競争の状態に陥っている。

 

 

下のグラフ: 内閣府の国民経済計算(GDP統計)より。

これは設備投資と財貨の輸出、海外からの所得の推移を示している。

このグラフから日本経済の成熟度、悪く言えば衰退の始まりが見える。

 

設備投資(青線)は横這いなのに、海外に資金(赤線)がドンドン流れ、そして海外に蓄積された資金のもたらす利益(灰色)がドンドン還流し、その傾向が益々強まっている様子が分かる。

(但し、このグラフの資金は家計と企業の分を含んでいる)

 

この状況を肯定するエコノミストもいるが、これが続けば企業は国内ではなく海外に投資し続けることになり、やがて国内産業が衰退することになる。

実は、これは19世紀、英国が衰退した状況と似ている。

 

しかし政府は意欲の萎えた企業に法人減税や公共投資、金融緩和で大量のカンフル剤(通貨供給)を大量投与し続けて来た。

一方で、消費者には消費増税、賃金低下、非正規雇用、低金利、円安(生活用品高)で負荷をかける一方です。

 

この結果、労働者減とも重なり消費が増えず、膨大な資金は実需に繋がらず、巨大な投機資金となって世界を駆け巡り、いずれどこかでバブル崩壊が起こり、金融危機が繰り返される。

こうして、軒並み先進国は膨大な累積赤字を積み上げ、破綻の道を進むことになる。

 

 

最後に日本経済を俯瞰してみましょう

 

 

 

4

< 4.GDPと消費と賃金の推移、内閣府の国民経済計算(GDP統計)より >

 

このグラフは、企業が所得と内部留保を増やす一方で、労働者が賃金低下によって貯蓄分を減らすことで消費を続けている状況を反映している。

この間、家計の貯蓄の伸び率はドンドン低下している。

 

国内総生産の半分を占める家計消費が伸びなければ、国内総生産は伸びず、経済成長はあり得ない。

さらに低調な設備投資が足を引っ張る。

21年間で賃金が10%低下するなかで、国民は家計消費を6%増やしたが、国内総生産は2%低下した。

 

皆さんは、何が問題なのかが見えて来たでしょうか?

 

 

まとめ

上記の説明は大雑把な説明ですが、大まかに日本が何をして来たか、そして何を重視し何を放置して来たかがわかったと思います。

 

今の状況を作りだしている三つの政治経済の潮流とは何か?

A: 1980年代からの米国主導による自由放任主義経済の潮流。

B: ここ半世紀の与党の企業優先の政治の潮流。

C: 2013年からのアベノミクスの潮流。

 

今の日本の経済状況は、上記三つの潮流が合流したものですが、結局、この三つは米国の圧力(構造改革要求、プラザ合意など)と米国主導による自由放任主義経済で繋がっています。

 

日本国民としては、「先ずは企業が豊かになり、やがてトリクルダウンの恩恵を受ける」と言う政府の言葉を信じたいでしょう。

しかし、米国と日本の過去40年間の実績から、今後もバブルが繰り返され、賃金低下と所得格差の悪化は必然です。

 

 

私達は疑いの目を持ち、自ら検証する姿勢を捨てるべきではありません

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 80:  何が問題か? 3


1

*1

 

 

前回、日本の失業率低下と賃金上昇の背景を見ました。

しかし、何らかの天井が賃金の上昇を遮っているようでした。

また、今回の景気好転には手放しで喜べない事情があります。

 

 

はじめに

前回、今回の失業率低下と賃金上昇はアベノミクスの効果と断定出来ないことを見ました。

また、この二つの指標は単に景気好転で決まるものでないことも見ました。

 

これから日本の経済状況を規定している三つの政治経済の潮流と、賃金の

上昇を抑えている正体を明らかにします。

 

 

景気好転の切っ掛け

前回のNo4のグラフから、失業率は2009年で、就業者数は2010年で底を打ち、その後上昇を始めました。

所定内給与は2010と2011年に上昇したが、2012と2013年に一度低下し、その後また上昇しています。

この背景を簡単に確認します。

 

 

 

2

< 2. 日本の輸出・輸入額の推移、日本貿易会HPより >

 

グラフ中の番号⑧で示すように、2010年にはリーマンショック後の景気回復が世界的に進んだことにより、貿易が急伸した。

しかし⑨で示すように、2011年から2012年にかけてはEUの金融危機と東北大震災で輸出が減り、金融危機回避による円安と復興需要で輸入額が急増した。

 

つまり、アベノミクスの効果を否定出来ないが、大きな流れとしては株価上昇や円安と同様に世界経済の立ち直り時期と一致したことが一番でしょう。

 

しかし実はこれが大きな不安要因でもあるのです。

今回の景気回復は、リ―マンショック後の米欧中による歴史的な巨額の貨幣供給が呼び水となっており、実体経済の10倍を越える資金が投機の為に世界中を駆け巡っています。

 

おそらく1~3年以内にバブルが破裂し、世界はより深い金融危機に見舞われ、日本は巨大な金融緩和の反動で今までにない倒産規模と大量の失業に見舞われるでしょう。

こうして、次のグラフ「賃金と企業所得の推移」の青の直線の延長が暗示するように労働者の賃金は更に低下することになる。

このことは、過去40年間の米国の所得の推移からも明白です。

この間のメカニズムは連載「日本の問題、世界の問題」で説明しています。

 

この世界的な不安要因は、三つの内で最も大きな政治経済の潮流、自由放任主義経済がもたらしたものです。

 

 

 

なぜ日本の賃金は天井につかえてしまったのか?

世界経済が好調で、欧米の中央銀行が金融緩和からの出口戦略を取り始めたと言うのに、日本の賃金はなぜほんの少ししか上がらないのだろうか?

 

何が災いしているのだろうか?

労働者の働きが悪いのか、それとも経営者の財布の口が閉まったままのか?

 

 

 

3

< 3. 日本の賃金はなぜ下がるのか? >

 

上のグラフ: みずほ総合研究所高田氏のグラフ。

日本と米国、ドイツの賃金の伸び率とその寄与度がわかる。

 

日本の賃金の伸び率は、2005~2010年に下降から上昇に転じたが、微々たるものです。

米独と大きく異なるのはインフレへの期待が低いことで、これはデフレだから当然です。

かつて世界に誇った日本の労働生産性は低下の一途で、これが問題です。

さらに2010~15年に関しては、労働分配率の低下が賃金を抑制している。

 

 

下のグラフ: 内閣府の国民経済計算(GDP統計)より。

左軸は賃金、右軸は民間企業の所得で、単位は共に10億円です。

 

このグラフから、国民の賃金はバブル崩壊の度に下がり続け、長期低下傾向にあることがわかる。

青の直線は賃金の線形近似で、概ね21年間で10%低下(約23兆円低下)している。

それに比べて、民間企業の所得は21年間で218%上昇(33兆円増加)している。

 

つまり答えは簡単で、民間企業は法人減税などの優遇策により所得を増やす一方、労働者は非正規などの解雇容易化で賃金を抑えられて来たのです。

(賃金低下のメカニズムはもっと複雑ですが、これが主要な要因でしょう)

更に悲しいことに、労働者は逆累進課税の極みの消費税でも苦しむのです。

 

この労働者軽視で企業優先の政策、つまり日本の長期政権による政策が二つ目の潮流です。

 

ところが問題はこれだけでは済まないのです。

 

 

次回は、この企業優先の政策がもたらす結果について考察します。

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ! 79:  何が問題か? 2


1

*1

 

 

現在、日本や世界がどんな方向に進んでいるのか?

簡単に言えば、大多数の国民にとって国政は劣化し、生活は苦しくなっているのでしょうか?

これが把握出来ていなければ話にならない。

 

 

はじめに

ある人々は、日本は素晴らしい国だと言う。

逆に、このままでは日本は破局を迎えると言う。

 

また、この軍事的緊張にあって日本は再軍備に向かうべきだと言う。

逆に、このままでは日本は戦争に巻き込まれると言う。

 

どちらが正しいのか?

この認識の差は、どこから生じているのか?

 

人々は事実、社会や経済のデーターをどう見ているのか?

人々はそれぞれ保守的な脳や革新的な脳を持っている為なのか?

人々はマスコミや大きな力に洗脳され偏向してしまったのか?

 

いや、こんな高次元の話ではない。

単に、人々は分からない事、悩ましい事、どうせ政治はよそ事と考えているからこそ判断せず行動しないだけなのか?

いや違う、現状に満足しているからこそ変化を嫌い、政治的判断を保留しているのか?

 

ここである経済指標から日本経済の真の姿を追ってみましょう。

 

 

対立する経済への評価

ここに内閣府作成のグラフがあります。

 

2

< 2. 如何にアベノミクスは成功しているか! >

 

このグラフは現政権の成果を高らかに歌い上げています。

A: 失業率はドンドン下がっている。

B: パートの平均時給はドンドン上がっている。

C: 企業収益も少し上がっている。

(実はBとCのグラフは錯覚を利用しています。上昇率はどちらが高いでしょうか?)

 

ここで疑問が湧いて来ます。

こんなに経済指標が良いのなら、なぜ私達の周囲で景気の良い話が無いのか?

ひょっとしたら私だけが取り残された不運な人間なのかと思いたくもなります。

 

待てよ!

失業率が下がれば賃金が上昇するはずだが、現実にそうはなっていない。

何か裏がありそうだ!

 

 

3

< 3. 少し真実が見え始める >

 

上のグラフ: 内閣府作成のグラフ。

このグラフから三つの事がわかる。

 

一つは、人口減少による労働力人口減が効いて、2008年のリーマンショック時の不景気から2012年までの失業率低下を説明できる。

2012年以降は、後に説明する理由により就業者数が増えて失業率の低下を維持している。

もう一つは、団塊の世代の定年延長や働かねばならない女性が増えたことにより、労働力人口が増加し失業率の低下(人手不足)が緩やかになっている。

 

 

中央のグラフ: 第一生命経済研究所経済調査部永濱氏のグラフ。

上記の説明を裏付けているグラフです。

 

下のグラフ: 同上。

青線と緑線の差は非自発的離職者の率を示し、2009年よりその差は縮まっている。

非自発的離職者とは、辞めたくないのに会社を辞めざるを得なくなった失業者を指し、2016年ではまだ55万人以上が存在している。

これが企業が賃金を上げなくても人を採用出来る理由の一つになっている。

 

 

4

< 4. 失業率と賃金の関係 >

 

この二つも第一生命経済研究所経済調査部永濱氏のグラフです。

 

上のグラフ: 働きたくても就業環境が厳しい、適当な仕事がない、または出産や介護などで就職活動をあきらめている人を加算していくと失業率が上がって行く。

やむなく非正規で働き、正規採用への就職活動を諦めている人も加算していくと、広義の失業率は10%近くまで上昇する。

 

下のグラフ: すべてを加えた広義の失業率が低下してこそ賃金が上昇し、やっと経済学理論と一致することを、このグラフは示している。

 

また以下のことがわかる。

 

広義の失業率はここ8年ほどかけて低下し、安倍政権誕生前から始まっていた。

賃金上昇は安倍政権誕生(2012年12月末)の翌年から始まっている。

しかし今回の賃金上昇は前回(2005、2008年)より高い失業率低下にもかかわらず抑制されているように見える。

 

これらの事実は日本の経済政策のある実態を反映している。

次回、この謎に迫ります。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 78:  何が問題か? 1


1

*1

 

 

今回の2017年第48回衆議院選挙を見ていて戸惑うことがある。

議員達の情けない行動やその結果もさることながら、多くの国民が現状をどのように認識しているのかさっぱりわからない。

今回の選挙から見えて来る日本の問題を考えます。

 

 2

*2

 

 

はじめに

獲得した与党の議席数は313で野党は152でした。

結果は与党がほぼ議席を維持した。

あれだけ評判を落とし続けていた首相が再認された。

選挙結果こそが民意のすべてだと豪語する人もいる。

 

一方、比例と小選挙区の合計得票数は、与党(自民、公明)で5300万票、野党(希望、共産、立憲、維新、他)で5800万票でした。

これが民意だと悔しがる人もいる。

低い投票率53.6%からすれば、棄権が少なくなれば状況は好転したと信じる人もいるだろう。

 

二つの民意の違いは、選挙制度(小選挙区制)と野党のマネジメントの未熟さ(敵失)の結果だと言える。

しかし私には、さらに深い問題が日本にはあるように思える。

そしてこれが日本を将来取返しのつかいない状況に追い込むことになる。

 

3

*3

 

私が恐れる危険な兆候

私が一番恐れるのは日本や世界が破滅の道を進み、いつかは戦争に巻き込まれることです。

 

これまで、この連載で見て来ましたが、先進国、特に米英が先導し、そして日本などが追従しているように思う。

ここでは危険な兆候だけについて見ます。

 

4

*4

 

世界について

A 自由放任主義が経済を破綻させる。

B 右翼化やナショナリズムが嵩じて戦端が開く。

C 核兵器が益々拡散し、人類崩壊に繋がる。

C 気候変動と資源の枯渇が紛争を招く。

D 覇権国家の盛衰が混乱を生む。

 

 

日本について

E 人口減が衰退を招く。

F 人々の村意識が災いを招く。

 

幸か不幸か、これら兆候が何年後に現実の災厄となるかは誰にもわかりません。

ただ確実に近づいているとは言える。

 

人々は破滅の兆候を無視しているのでしょうか?

それは知らないから、または信じたくないからでしょうか?

日々の糧や楽しみに目を奪われ、先の事は考えたくないのでしょうか?

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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フランスを巡って 42: シュノンソー城 2


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*1

 

 

 

今日は、シュノンソー城の内部を紹介します。

こじんまりした女の館で、それぞれの部屋やホールに特徴がありました。

非常にたくさんの観光客で混んでいました。

 

 

 

2

< 2. 城内マップ >

 

上の写真: 上流から見ている。

下の地図: 城は4階建てで、1階の様子を示す。上が上流。

1番は護衛兵の間、2番は礼拝堂、3番はディアーヌ・ド・ポワティエの部屋。

6番はギャラリー、9番はルイ14世の居室。

7番は階段を下りた所にある厨房。

 

3

< 3. 代々の女城主 >

 

この城は外観が美しく、ロワールの古城のなかでも1,2を争うと言われています。

この立役者が上記の7人の女性で、実に様々な女性らしい物語が秘められていました。

 

この城は16世紀の創建ですが、2番目の城主は国王の寵姫ディアーヌです。

この国王の正妻であったカトリーヌは国王の死後、ディアーヌを追い出し、主となり、橋の上にギャラリーを作り、この城は盛時を迎えた。

庭園にはこの二人の名が付けられている。

 

5番目のルイーズ・ド・ロレーヌは夫の国王が暗殺された後、白い喪服をまとい、この城の一室で祈りに人生を捧げました。

6番目のルイーズ・デュパンは啓蒙思想の知識人として有名で、モンテスキュー、ヴォルテール、ルソーといった哲学者をサロンに招き、シュノンソー城はかつて

の栄光を取り戻した。

またフランス革命の暴動から、この城を守った。

 

7番目のマルグリットは資産家の娘で、破産するまで城の修復に資産を投じた。

8番目の実業家の娘シモーヌは、第一次世界大戦中、このギャラリーを病院に改築し、2000人以上の負傷兵を自ら看護した。

 

 

 

 

4

< 4. ルイ14世の居室 >

 

 

 

5

< 5. ディアーヌ・ド・ポワティエの居室 >

 

 

6

< 6. ルイーズ・ド・ロレーヌの居室 >

 

上の写真: 三階のルイーズ・ド・ロレーヌの居室。

彼女はこの薄暗い一室に籠って、弔い続けた。

 

左下の写真: 三階のホール。

右下の写真: 一階の護衛兵の間のタペストリー。

 

 

7

< 7. ギャラリー >

 

上の写真: 1階のギャラリー。

下の写真: 2階のホール。

 

 

 

8

< 8.フランソワ一世の居室 >

 

 

9

< 9. 厨房 >

 

 

10

< 10. 通路など >

 

 

次回に続きます。

 

 

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