地中海クルーズとカナリヤ諸島クルーズ 24: マデイラ島 2


 

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< 1. ラヴラドーレス市場の花屋 >

 

 

前回に続いてマデイラ島のフンシャルの街を紹介します。

 

 

 

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< 2. カテドラル >

1590年代に造られたマヌエル様式の教会。

この様式はポルトガルが16世紀の大航海時代の繁栄の中で生み出した過剰な装飾を施した建築様式で、リスボンのジェロニモス修道院、ベレンの塔が有名です。

しかし、私には外観は質素で素朴な建物に見えた。

 

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< 3.カテドラルとザルコの像 >

下の写真: アリアガ通りに立つザルコの像。

 

このザルコが、ポルトガルの大航海時代初期の1420年に、このマデイラ島を発見し、半分を領地として与えられた。

 

 

 

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< 4. サン・ローレンソ要塞とラヴラドーレス市場 >

上の写真: サン・ローレンソ要塞。

15世紀に建てられらた要塞ですが、外観は白亜の宮殿のイメージでした。

 

下の写真: ラヴラドーレス市場の外観。

観光客に一番人気かもしれません。

地上2階、地下1階のスペースにエキゾチックな花、果物、土産品、魚介類が売られています。

 

 

 

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< 5. ラヴラドーレス市場 >

さすがに地下の鮮魚店には観光客は少ない。

 

 

 

 

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< 6. 三つの通り >

 

この三枚の写真は、ラヴラドーレス市場を出て、アリアガ通りまでのスナップです。

 

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< 7. アリアガ通り1 >

上の写真: ポルトガルらしいアズレージョ(装飾タイル)。

下の写真: サン・フランシスコ庭園からアリアガ通りを見る。

 

 

 

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< 8. アリアガ通り2 >

下の写真: 天測儀の噴水。

 

 

 

 

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< 9. サンタ・カタリーナ公園 >

 

海を見下ろす丘全体が公園になっている。

 

 

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< 10. 公園から港を見下ろす >

 

これでマデイラ島ともお別れです。

 

 

次回に続きます。

 

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Bring peace to the Middle East! 22: about terrorism 2 : an assassination


中東に平和を! 22: テロについて 2: ある暗殺

 

1
< 1. Assassination of President Sadat >
< 1. サダト大統領の暗殺 >

From today, I use some examples as a reference and will look at the situation that massacre has been spread over in the Middle East.
This massacre includes battle, and terrorism (assassination, suicide attack) by the government side or the anti-government side.
we see the assassination of an important person by an extremist first.

今日から、中東で殺戮が蔓延していく状況を幾つかの事例を取り上げて見ていきます。
この殺戮には戦闘状態、政府側と反政府側によるテロ(暗殺、自爆攻撃)などがあります。
最初に、過激派による要人暗殺を見ます。

 

 

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< 2.  Sadat and Mubarak (the later President) at this incident >
< 2. この事件当時のサダトとムバラク(後の大統領) >

The assassination incident
In 1981, the Sadat President of Egypt was assassinated at the commemorative ceremony of the Fourth Middle East War (1973) that he began.
By this war, the Middle Eastern War (since 1948) between the Arabic countries and Israel that had been repeated for four times became the end.
However, Egypt first approved Israel among the Arabic countries by the conclusion of peace accords (1979), and cut off the Palestinian problem.
This seemed like a big betrayal from people and the Arabic countries.

暗殺事件
1981年、サダト・エジプト大統領は自ら始めた第4次中東戦争(1973年)の記念式典で暗殺された。
この戦争で、4回続いたアラブ諸国とイスラエルの中東戦争(1948年~)は終わった。
しかし、エジプトは平和条約締結(1979年)により、アラブで最初にイスラエルを承認し、パレスチナ問題を切り捨てた。
これは国民とアラブからすれば大きな裏切り行為に映った。

 

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< 3. the Fourth Middle East War  >
< 3.第4次中東戦争 >

I introduce a sentence of a thinker of an Islamic fanaticism that this assassination group had believed in.

“It is important that we fight against a near enemy than a far-off enemy.
We must flow the blood of Muslim until the achievement of the victory by the jihad.

It isn’t useful that we started the battle against the imperialism

It is our duty to concentrate on great cause of Islam, and establish divine law in our country, …

The battlefield of jihad exterminates the leaders of the unbeliever and is to replace it with complete discipline of Islam. ”
( from “What Went Wrong” )

They think that the leaders who held hands with Europe and America made own country and Arab countries confusing and slumping.

 

この暗殺グループが信奉していたイスラム過激思想家の文を紹介します。

「近い敵と戦うことは遠い敵と戦うよりも重要である。
ジハードではムスリムの血は勝利の達成まで流さなければならない。
・・・
帝国主義に対する闘争を開始することは誇るべき有用な仕事ではなく、時間つぶしであっ
た。

 

イスラムの大義に集中するのが我々の義務であり、我々の国に神の法を確立し、・・・。
ジハードの戦場は、不信仰者の指導部を根絶して、完全なイスラム的秩序と置き換えることにある。・・・」
(「イスラム世界はなぜ没落したのか?」p161より)

彼らは自国とアラブが低迷し混乱したのは欧米と手を結んだ指導者によると考えている。

 

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< 4. Nasser made a coup d’etat succeed >
< 4. クーデターを成功させたナセル >

Why did they go to extremes?
I cannot lump innumerable extremists, but as for the birth, there is peculiar circumstances of Middle Eastern and Arab.
It is Middle East war (between Israel and Palestine), the military intervention by Europe and America (supporting Israel and the Iraqi War etc.), and the despotic governance of Arab countries.
Here, I easily look back on the Egyptian sufferance history.

Egypt had experienced the long history of colonial ruled by different ethnic groups.
After Islamic Empire that achieved great unification, Egypt was ruled by Turkish dynasty since the thirteenth century, then by Osman empire, and was invaded by Napoleon in the 18th century.
Subsequently, it was governed by the Albanian dynasty (Muhammad Ali), next became a colony of Britain in the late 19th century, and became an token independence kingdom in the early 20th century.

An epoch of revolution began before long.
In 1952, an officer corps expelled an king by a military coup and worked on the modernization.
In 1956, President Nasser declared the nationalization of the Suez Canal, and after the second Middle East war against the Israel, Britain and France forces, he obtained this.
He received help of the Soviet Union for Aswan High Dam construction, and pushed forward construction of an Arabic socialist state.
However, in 1967, Nasser was defeated completely by the third Middle East war against Israel and reduced his prestige.

Military regimes like this in Egypt continued in common with other Arabic countries.

This continues the next time.

 
彼らはなぜ激化したのか?
無数にある過激派を一括りに論ずることは出来ませんが、その誕生には中東アラブに特有の事情があります。
それは中東戦争(イスラエルとパレスチナの対立)、欧米の政治・軍事介入(イスラエル支援、イラク戦争など)、アラブ諸国の強権的な政体などです。
ここでは、エジプトの苦難の歴史を簡単に振り返ります。

エジプトは悲運な長い歴史、異民族による支配の歴史を背負っていた。
大統一を果たしたイスラム帝国だったが、エジプトは13世紀からトルコ系王朝、次いでオスマン帝国に支配され、さらに18世紀ナポレオンに侵攻された。
続いてアルバニア系王朝(ムハンマド・アリー)の支配を受け、19世紀後半になると英国の植民地になり、20世紀初めに形だけの独立王国となる。

やがて画期が訪れます。
1952年、将校団が軍事クーデターで国王を追放し、近代化に取り組みます。
1956年、ナセル大統領はスエズ運河の国有化を宣言し、イスラエル・英仏軍との第2次中東戦争の末、これを手に入れた。
彼はアスワン・ハイ・ダム建設のため、ソ連の援助を受け、アラブ社会主義政策を進めた。
この時、エジプト国民とアラブ諸国は民族の隆盛が間近だと沸き立ち、エジプトはアラブの盟主となった。
しかし、1967年、ナセルはイスラエルとの第3次中東戦争で完敗し、名声を落としていった。

エジプトも他のアラブ諸国と同様に軍事独裁政権が続くことになった。

 
次回に続きます。

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地中海クルーズとカナリヤ諸島クルーズ 23: マデイラ島 1


 

1

< 1.ボタニカルガーデン >

 

今日から大西洋に浮かぶマデイラ島を紹介します。

我達が訪問したのは2016年3月9日10:00~15:00です。

この日は快晴に恵まれました。

 

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< 2. 朝、寄港 >

上の写真: 遠くに島影が見え始めた。

中央の写真: マデイラ島の東側。

下の写真: フンシャルの港から西側を望む。

 

 

 

マデイラ島について

ここはカサブランカから西に900km、テネリフェ島から北に500kmの位置にあります。

この島はポルトガル領マデイラ諸島の主島で、最大長さは57kmあり、人口は27万人です。

今回は、最大都市で首都のフンシャルに寄港し観光します。

 

この諸島はローマ時代から知られていたが、15世紀初め、大航海時代にいち早く乗り出したポルトガルによって植民地とされた。

その後、新大陸との重要な中継地として発展する。

交易で訪れたコロンブスがこの地の領主の娘と結婚し、フンシャルで航海論を学んだ。

現在は、ヨーロッパのリゾート地として、観光産業が主要産業になっている。

 

 

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< 3.地図、すべて上側が北側 >

上の写真: マデイラ島。

黄色枠が今回観光するフンシャル。

 

下の写真: フンシャルの拡大。

赤い楕円がクルーズ船、No。1はボタニカルガーデン、No.2はラヴラドーレス市場です。

黄色の線はフリーで徒歩観光したルートで、約2.5kmです。

 

 

 

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< 4. 街並み >

上の写真: 観光するフンシャルの中心部。

中央の写真: 海岸沿いの道路。

下の写真: 上記道路から山側を望む。

 

 

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< 5. ボタニカルガーデンに向かう >

 

私達のバスは曲がりくねった急峻な坂道を上って行く。

 

 

 

6あ

< 6. ボタニカルガーデン1 >

 

至る所、色とりどりの花が青空に映えていました。

ここはかって個人の別荘だった。

 

 

 

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< 7. ボタニカルガーデン2 >

 

緑も豊かです。

 

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< 8. ボタニカルガーデン3 >

 

さすが「大西洋の真珠」と謳われている景観です。

 

https://www.youtube.com/watch?v=rAIY7n2olmM

この公園を映した40秒のビデオ映像です。

 

 

 

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< 9. ボタニカルガーデン4 >

 

 

 

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< 10. ボタニカルガーデン5 >

 

ガーデンで出会った人々。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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Visiting from Tajima shore to Tango Peninsula 9:  Visiting Tango Peninsula 1


 

但馬海岸から丹後半島を巡って 9: 丹後半島を巡る 1

 

1

< 1. The island of Taiza fishing village >
< 1. 間人(たいざ)の城島 >

From today, I introduce Tango Peninsula in North Kyoto.
今日から、京都北部の丹後半島を紹介します。

 

2全体地図
< 2. maps of Tango Peninsula and Amino >
< 2. 丹後半島と網野の地図 >
Upper map: the red line is our route of Tango Peninsula.
The top of the map shows the north.
Today, I introduce No. 1 Amino, No. 2 Taiza, and No. 3 Tateiwa rock.

Lower map: this is a satellite photo that is a expansion of Amino (NO.1) in the upper map.
The top of the map shows the south.
No. 1 is the ancient burial mound of Choshi mountain I introduce today.
NO.2 is a peninsula with an ancient burial mound in the lake, NO.3 is the beach, and No. 4 is Amino fishing port that I introduced previous time.

上の地図: 赤線が私達がドライブした丹後半島のコースです。
上が北です。
今日、紹介するのはNo.1の網野、No.2の間人、No.3の立岩です。

下の図: 上図のNO.1の網野を拡大した衛星写真です。
上が南です。
今日、紹介する銚子山古墳はNO.1です。
NO.2は離湖の古墳がある半島、NO.3は八丁浜、NO.4は網野漁港で、前回紹介しました。

 

3銚子山
< 3.  the ancient burial mound of Choshi mountain >
< 3. 銚子山古墳 >
Upper map: this ancient burial mound was built on the edge of the small hill at the end of fourth century.
The top of the map shows the north.
We walked along the brown line.

Lower map: a detailed map of the ancient burial mound.
The large keyhole-shaped tomb mound in the center is 200 meters in the total length, 20 meters in height, and has two small ancient burial mounds at the both sides.
This ancient burial mound is the largest in the Sea of Japan side, and “ three ancient burial mounds by the Sea of the Japan” including it are all in this Tango Peninsula.

It suggests this area were connected to Yamato sovereignty in Nara, and this king had extensive authority.
In addition, we saw this area were connected with the continent at previous time.

上の地図: この古墳は小高い丘の端に、4世紀末に造られた。
上が北です。
私達は茶色の線を歩きました。

下の地図: 古墳の詳細図。
中央の前方後円墳は全長200メートル、高さ20メートルで、その両側に二つの小さな古墳を持っている。
この古墳は日本海側で最大級であり、丹後半島にはこれを含めた日本海三大古墳がある。

如何にこの地が奈良のヤマト王権に繋がり、ここの王が力を持っていたが伺える。
また、大陸とも繋がりがあったこも前回見ました。

 

 

4a

< 4. walking on the top of the ancient burial mound  >
< 4.古墳の頂上を歩く >
Upper photo: walking the northeast side of the burial mound.
You can see the steps at the end of the road.

Lower photo: a view of top like circle mound from under the steps.

上の写真: 古墳の前方部(北東側)を歩いている。
奥に階段が見える。

下の写真: 階段下から後円部の頂上を見ている。

 

5a

< 5. Views from the burial mound  >
< 5. 古墳からの眺め >
Upper photo: a view of seaside from the circle mound.
When it was built, under this mountain was a lagoon.

Lower photo: a view of the mountain side (southeast side) from the road.

上の写真: 後円部頂上から海側を見ている。
これはパノラマ合成写真で、通常より視野角は広い。
古墳が造られた当時は、この直ぐ下が潟湖だった。

下の写真: 前方部から山側(東南側)を見ている。
丘の上は畑作が行われていた。

 

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< 6. seashore on the way to Taiza >
< 6. 間人までの海岸 >
Upper photo: a small hill thrusting into the sea is around Taiza.
Lower photo: looking back at our road from Taiza.

上の写真: 海に突き出した小山が間人の城島です。
下の写真: 間人側から来た道を振り返る。

 

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< 7.  Taiza fishing village >
< 7. 間人(たいざ) >
Upper photo: a small island connecting the village with a bridge.
Central photo: a shrine in the island.
Lower photo: the fishing port.

This port is famous for snow crab, and this area has many legends concerning Prince Shotoku ( the 6th -7th century).
In addition, there was once a custom of facing a dead person toward continent and burying it.
This also indicates the connection with an Imperial Court of Nara in ancient times and with the continent.

上の写真: 城島。
中央の写真: 城島の神社。
下の写真:  間人漁港。

この地はズワイガニ(間人蟹)で有名で、聖徳太子に纏わる伝説が多い。
また、死者を大陸に向けて埋葬する風習がかって残っていた。
ここにも、奈良の古代朝廷と大陸の繋がりがあった。

 

8

<  8. inlet of the port >
< 8. 間人の入り江 >
we see colorful seaweeds in pellucid seawater.

透明な海中に色とりどりの海藻が見える。

 

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< 9.  going a circuit of the island >
< 9. 島を一周 >

 

10
< 10. Tateiwa rock >
< 10.立岩 >
高さ20mの柱状節理の岩が海岸に突き出している。

Impression
I was often surprised when I went round this peninsula without preparing.
This secluded area facing the Sea of Japan had ever the connection with continent and ancient Nara.
I find an ancient romance in original scenery of Japan.

This continues the next time.
感想
下調べもせずに、この地を巡っていると驚くことが多かった。
この日本海に面したへんぴな地が、かつては大陸と古代の奈良と繋がりがあったのです。
原風景の中に古代のロマンを見た。
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 21: about terrorism 1 : at the beginning


中東に平和を! 21: テロについて 1: はじめに 

 

1 パリ同時多発テロ

< 1. November 2015 Paris attacks >
< 1.パリ同時多発テロ >

From now, we consider miserable incidents happening in the Middle East and terrorism happening frequently in the world.
We will understand what is necessary to keep on our peace by knowing about the backdrops of these miserable incidents.

これから、中東で起こっている悲惨な事件や世界で頻発するテロについて考察します。
これら悲惨な事件の背景を知ることにより、平和を守るためには何が必要かがわかるでしょう。

 

 

2イスラエル軍

< 2. Invasion of the Israeli military >
< 2. イスラエル軍の侵攻 >

At the beginning
Many suicide attacks are repeated in the Middle East, and terrorism killing many citizens occurs frequently in Europe and America.
We feel resentment at the suicide bomb attacks that kill many citizens and it is above the comprehension to person living peacefully.
Recently, it becomes provocative and increases.
For half a century, in the Middle East, governments in many countries did military incursions and slaughtered many people, against them radical extremists massacred private citizen, and assassinations of main persons occurred also.
There isn’t a sign of their stopping.

There are two measures for this situation.
One of these is to make the arrest or a clean sweep of the radical extremists.
It is necessary to perform this by the armaments and police force, but it falls into the vicious circle, and it shows no sign of the settlement.
There is examples that succeeded by drastic treatment if looking back on history, but in this time the background of the terrorism becomes gigantic and spreads over the world.

Then other one of these is to remove the background generating the terrorism.
It is necessary to cut off the present vicious circle, but very difficult.

In first step, while performing the former measures, we understand the background of the terrorism, and people of the world need to acknowledge what we have to do to cut off the vicious circle.

はじめに
中東で自爆攻撃が繰り返され、さらに欧米で市民が殺害されるテロが続発しています。
私達は市民を巻き添えにする自爆テロに憤りを感じ、平和に暮らす者にとっては理解を越えます。
最近とみに、挑発的になり増加しています。
中東では、ここ半世紀、政権側からの軍事侵攻や虐殺、対して過激派による民間人殺戮が続き、また重要人物の暗殺も起きています。
止む気配はありません。

この状況に対して二つの対策があります。
一つは、テロ集団の逮捕か掃討でしょう。
これを軍事力や警察力で行う必要がありますが、悪循環に陥り、なかなか解決の目途がつきません。
歴史を遡れば、荒療治で成功した事例はありますが、今回はテロを生む背景が巨大化し世界に蔓延してしまっている。

次いで、テロを誘発している背景を取り除くことが考えれらます。
現状の悪循環を断ち切るには必要な事ですが、言うは易く行うは難しです。

とりあえず言えることは、前者の対策を実践しながら、テロ頻発の背景を理解し、悪循環を絶つ為に何をすべきかを世界の人が自覚することです。

 

 

3 過激派

< 3. radical extremists >
< 3.過激派 >

Questions about terrorists
“Why do they do suicide bombing attacks and assassination?”
“Are Muslims brutal?”
“Do they believe to go to heaven by terrorism (jihad)?”

In this serialization, I investigate the darkness of minds of people performing terrors and suicide bombing attack and the historic background where terrorism is repeated on.
As a result, you become to know the truth of the mentioned question, and will be to notice prejudice and preconception.

私達がテロリストに抱く疑問
「彼らはなぜ自爆テロや暗殺をするのか?」
「彼らムスリマは凶暴なのか?」
「彼らはテロ(ジハード=聖戦)によって天国に行けると信じているのか?」

この連載では、テロや自爆攻撃を行う人々の心の闇に迫り、テロが繰り返される歴史的背景を探ります。
このことにより、上記疑問に対する真実が見え始め、偏見や先入観に気づくことでしょう。

 

4ソンミ村

< 4. My Lai Massacre >
< 4.ソンミ村虐殺事件 >

What I would want you to doubt firstly
What does atrocity mean?
Is it a shooting rampage in America that happened recently and a terrorism by reckless driving truck in France ?
Is it one atom bomb dropped in Hiroshima or indiscriminate bombings in Chongqing or Dresden?
By their attacks, many citizens became victimized, but their attacks are different about under a non-wartime or wartime.

Dead people in the Vietnam War reached approximately 8 million people, but a incident when the United States had to withdraw from Vietnam was the slaughter of Son My village generated 504 dead people.
The degree that we cry with anger doesn’t depend on a number of dead people or massacre weapon, instead, depends on situation that we can feel it closely.

For example, it depends on whether the victim is accessible person or you can know the cruel situation by pictures.
In addition, the problem of “under wartime” is delicate, for example, the understanding about the Pearl Harbor attack is the opposite between Japan and the United States, and it is an indignation thing for the the United States.
We often justify own barbarity and try to escape from a sense of guilt.

It is difficult to judge slaughter fairly, and we often capture it superficially and emotionally
Nothing can be done about this, but it becomes to disturb the understanding and arbitration of dispute.

はじめに疑って欲しいこと
悲惨で残虐な行為とは何でしょうか?
最近起きた米国の銃乱射やフランスのトラック暴走によるテロでしょうか。
広島に落とされた一発の原爆、または重慶やドレスデンの無差別爆撃でしょうか。
非戦時下と戦時下の違いはありますが、これらは共に多くの市民が犠牲になっています。

ベトナム戦争で双方の死者は約800万人に達したが、米国が撤退をせざるを得なくなった切っ掛けはソンミ村虐殺事件の死者504人でした。

私達が悲憤にかられる度合は、死亡者の数や殺戮兵器によるのではなく、それが身近に感じられるかにかかっています。
例えば、被害者が身近であるか、残虐な状況が映像などによって知り得るかにかかっているのです。
また戦時下云々も微妙で、真珠湾攻撃は日米で捉え方が真逆で、米国民にとっては悲憤ものです。
人は往々にして、自らの残虐行為を正当化し罪の意識から逃れるものです。

私達は、虐殺を公平に判定することは難しく、多くは感情的で表面的に捉えることが多いのです。
これは仕方のないことですが、紛争の理解や仲裁には妨げになります。

 

5広島原爆

< 5. one atom bomb dropped in Hiroshima >
< 5.広島原爆投下 >

This continues the next time.

次回に続きます。

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地中海クルーズとカナリヤ諸島クルーズ 22: クルーズ船での愉しみ


1

< 1. レセプション・ホール >

 

今日は、クルーズ船内の楽しみ方を紹介します。

私達は初めて経験したのですが、大いに愉しみました。

詳しく奉公します。

 

 

 

2

< 2.エンタテイメント >

上の写真: 2000名収容のシアター。

中央の写真: たくさんのバーやカフェ、レストランで演奏が行われている。

下の写真: レセプション・ホールでのクラシック演奏。

 

私達夫婦は、ほぼ毎日、シアターで約90分のショーを見ました。

ショーは夜2回あり、夕食の前後で見れるようになっています。

入場は無料で、入退出も自由です。

ショーは歌(オペラのダイジェスト、ポップスなど)とダンス、アクロバットを融合させたもので、人気歌手の物真似もあります。

英語かイタリア語で行われますが、言葉を理解出来なくても楽しめます。

出演者は毎回同じで、新鮮味は欠けますがイタリアのショーを楽しめるのが一番です。

 

小編成のバンド演奏や歌は、毎夜、船内の6か所以上で無料で行われています。

多くの客が連れだってペッボトル(水)持参で、会話と音楽を楽しんでいました。

 

 

 

3

< 3. ダンスレッスン >

https://www.youtube.com/watch?v=NpDaW_FGH3k

ダンスレッスンの18秒間のビデオです。

 

毎日数回、何処かで30分以上のダンスレッスンが行われています。

自由に参加出来ます。

私は社交ダンスを期待していたのですが、多くはスピーディーでリズミカルなダンスが多い。

インストラクターは男女二人で、すべてを指導していました。

彼らは、チークダンス、フォークダンス、コミカルなダンス、はては太極拳まで教えてくれました。

 

私はステップについていくのがやっとでしたが、多くの参加者は楽しんでいました。

ダンスを愉しみにしている日本人客が多かったのには驚いた。

ダンスフロアーのあるバーが数か所あり、夜になるとダンスを楽しむことが出来ます。

外国の方と混じって、ダンスをするのも楽しいものです。

 

 

 

4

< 4. ゲーム >

毎日、何らかのゲームがあり、うまくやれば簡単な賞品がもらえます。

自由に参加できます。

私は一つだけ参加しました。

 

 

 

 

5

< 5. コンテスト >

コンテストも色々ありますが、これは料理コンテストです。

コックの手本を見聞きしてから、三人の参加者が競いました。

脇でいつも場を盛り上げる若いアシスタント達(メキシカンスタイル)が楽しい。

イタリア語が主で、英語も少し喋れるようです。

 

 

 

6

< 6. クラフト >

 

これは台紙と紙のリボンを使って作るクラフトです。

私達は3回ほど参加しましたが、直ぐに外国の人と親しくなれます。

日本人は概して器用なようです。

写真はイタリアの親子です。

 

 

 

 

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< 7. ちょっと贅沢 >

上の写真: 多くのお客さんは、このようなカフェやバーでくつろいでいます。

中央の写真: 私たちも、フォーマルデイナーにはそれなりの恰好で・・・

下の写真: 船内には常設のショップがあるのですが、クルーズも終わりかけると臨時の売店が並びます。

 

 

 

 

 

 

8

< 8. ジャグジー >

上の写真: 船首側から中央を眺める。

3月中旬なのですが天気が良い日には、デッキは人で一杯になる。

風が無ければ寒くありません。

 

下2枚の写真: 屋根付きプール。

 

私たちは終日クルーズの時に、ジャグジーに2回入りました。

湯温は少し低めですが、写真のような屋根付きジャグジーなら寒くはありません。

部屋で水着を着ておき、サンダルを履いてバスタオルを持って行きます。

何人かと一緒に入るのですが、嫌な思いをすることはありませんでした。

むしろ、世界中の人と気安く声をかけるチャンスでした。

イタリア?やドイツ?、シンガポールの人に声かけ、中には大変喜んでくれる人もいました。

 

 

 

 

9

< 9. デッキを散歩 >

上2枚の写真: 船首側から中央を眺める。

 

下の写真: 船尾側のプールがあるデッキ。

 

このデッキで写真撮影や散歩を楽しみました。

船尾側デッキは、船首側と違って広い視界が得られる。

 

 

 

10

< 10. 出会い >

上の写真: 早朝、写真撮影の為にデッキに出ていると、後ろから声をかける人がいました。

彼は、娘さんが日本人と結婚したことを私達に嬉しそうに話してくれました。

彼はイタリア人ですが、我々と片言の英語と日本語で歓談した。

 

ビュッフェやエレベーターなどでも、幾度が外国の方と言葉をかけ合うことがあった。

概ね気安く応対してくれるのはドイツ人のようです。

これはドイツ人が遠方からクルーズに来ることで客層が異なっているからかもしれません。

 

下の写真: 彼はレストランのボーイで、家族を残して出稼ぎに来ている。

彼の故郷はモーリシャスで、いつか帰って観光業で働くのが夢のようです。

日本人担当のボーイの多くは、東南アジアや南米の人でした。

 

クルーズ旅行とバス旅行の大きな違いは、外国の方と何日間も一緒に暮らすことで、思わぬ出会いがあるかもしれません。

 

 

感想

今回のツアー参加の動機は、大げさに言えば一生に一度、クルーズ旅行をしておきたかったからです。

初めての経験なので、色々不安があり、充分に準備しました。

結果は、スリに2回あった以外は、すべて予想以上の満足が得られました。

 

一方で、三つの事に気付きました。

やはり英語の出来ないことは残念でしたが、たとえ英語が出来ても、世界の人達(イタリア、フランス、スペイン、中国)と交流出来ないことを思い知りました。

もっとも遠方からクルーズに来る外国人は英語が話せる人もいるようでしたが。

 

イタリア人などヨーロッパのクルーズ客の様子を見ていると、寄港地での観光や、船内の楽しみ方に日本人と大きな違いがある。

彼らは日本人のように個人や夫婦がパック旅行で観光を楽しむのではなく、特に地元イタリア人は子連れの家族や親類縁者が大勢一緒に休暇を楽しむようです。

彼らは寄港地でも、徒歩かシャトルバスなどで現地に向かい、自由に街歩きを楽しむようです。

彼らにとってクルーズは贅沢な観光と言うより、皆でのんびり楽しむ船旅のようです。

 

私達夫婦にとってクルーズ旅行は合わないと感じた。

やはり好奇心を満足させる為には、バスで観光地を巡り、朝夕、ホテル周辺を精一杯歩き回り、探索する旅が私達には必要でした。

クルーズ旅行は異なる自然や国を一度に見れるメリットはあるのですが、バス旅行は地域全体の繋がり、自然や歴史、文化を全体で捉えることが出来る。

 

人によっては、食事などでツアー参加者との接触時間が長くなり、面倒臭くなるかもしれません。

結局、クルーズは余暇を楽しむ余裕があり、足腰が弱ってから参加すべきだと思った。

日本からのツアー同行者の多くは、私達よりも高齢でクルーズの常連さんでした。

 

今回は4回の終日クルーズがあり、色々参加して得難い経験をした。

これもまた楽しい旅だった。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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Visiting from Tajima shore to Tango Peninsula 8:  the early-morning view


但馬海岸から丹後半島を巡って : 朝の景色

 

 

 

1 

< 1.  Sunrise of the lake  >

< 1. 離湖の朝 >

 

I introduce the early-morning view of Amino town facing the Sea of Japan today.

I took a walk around two beaches, a lake and port early in the morning.

It was cloud in the morning, but there was attractive atmosphere.

 

今日は、日本海に面した網野町の朝の景色を紹介します。

早朝、池と港、そして二つの海岸を散策しました。

朝は雲が出ていましたが、風情がありました。

 

 

 

 

2 

< 2.  Sunrise of the lake >

< 2. 離湖の朝  >

The circumference of the lake is about 4 km, and it is the largest freshwater lake in North Kyoto.

A small mountain in the center is a peninsula, and is also an ancient burial mound.

An angler fixedly had looked at a surface of the lake.

 

周囲4kmの京都北部で最大の淡水湖で、海岸まで500mの位置にあります。

中央に見えるのが湖中央に突き出た半島部の小山で、古墳があります。

釣り人がじっと湖面を眺めていました。

 

3-1

3-02

 3-3

< 3.  A beach >

< 3. 八丁浜 >

Upper photo:  view of the west side from a center of the beach.

You can find Amino port in the back of the beach.

 

Central photo:  view of the east side from the west edge of the beach.

The scenery over the beach is Amino town that is famous for Tango Chirimen (a high-quality silk).

 

Lower photo: view of the north east side from the west edge of the beach.

Today, we are going to go in this direction and go around Tango Peninsula.

 

This big sandy beach will be full of swimmers in this summer.

 

https://www.youtube.com/watch?v=8e-DImZiZD8

I shot a video of this beach, and the video footage is 25 seconds.

 

上の写真: 浜の中央から西側を見ている。

奥に網野漁港が見えます。

 

中央の写真: 浜の西端から東側を見ている。

丹後ちりめんで有名な網野の町が広がっている。

 

下の写真: 浜の西端から北東を見ている。

今日は、この方向に進み丹後半島を一周します。

 

ここは大きな砂浜で、夏は海水浴客で賑わうことでしょう。

 

https://www.youtube.com/watch?v=8e-DImZiZD8

これはこの浜を映した25秒の映像です。

 

 

 4 港

< 4.  Amino fishing port >

< 4. 網野港 >

 

This port was made in the mouth of a river.

Upper photo:  view of seaside from a place on the breakwater.

Lower photo:  view of the upper stream from same place on the breakwater.

 

When I took a walk, I looked at a small Shinto shrine.

A signboard standing by the shrine said “here is the place of the Legend of Urashima Taro”.

The Urashima Taroa is a famous Japanese fable, and behind the story were concepts concerning Taoist immortality of ancient China.

I hit on an idea.

There are many ancient burial mounds in this Amino town.

This area is in an inconvenient location facing the Sea of Japan, and furthermore, the scale of the port is small.

Nevertheless, the scale of this Amino town is large.

I guess this area was a sea gateway to Korean Peninsula and Mainland China since ancient times.

I enjoyed thinking such thoughts.

 

On the next time, I introduce a maximum ancient burial mound in this district.

 

ここは河口に出来た漁港です。

上の写真: 防波堤に立ち海側を見ている。

下の写真: 防波堤に立ち、川の上流を見ている。

 

散歩していると小さな祠があり、浦島太郎伝説の地と書かれていました。

思い当たることがありました。

この網野町には古墳が多いのです。

さらに日本海に面した不便な地にあって、漁港が小さいにも関わらず、町の規模が大きいのです。

きっと、古来より朝鮮半島や中国大陸との海の玄関口だったのでしょう。

想像しているだけで楽しくなります。

 

次回、この地方で最大の古墳を紹介します。

 

 

 

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5-2

5-3

< 5. Kotohiki Beach >

< 5. 琴引浜 >

 

This beach is famous for Naki-suna(the sand making sounds when people walk on it), and a beautiful beach surrounded by a nature.

 

This continues next time.

 

ここは「鳴き砂」で知られた海岸で、自然に囲まれた美しい海水浴場です。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 20: Israeli-Palestinian conflict 2: voices of the young 2


1b*1

 

I again introduce the voice of youth living in Palestine and Israel.

 

回に続いて、パレスチナとイスラエルに住む若者の声を紹介します。

 

 

 2b

< 2.  Separation barrier >

< 2. 分離壁 >

 

Question, “ What do you think that Israel and Palestine become after 2,000 years?”

The answers for it are greatly different between both sides.

 

Persons answering “Independent” is 18 cases of the Palestinians, and 4 cases of the Israelis.

The “Independent” of the Palestinians includes “liberation, freedom, and we come back”.

It of the Israelis includes “liberation, opponent leaves, we rule”.

 

Next, as for the answers of the Palestinians, there are each 3 cases of “peace” and “ indistinctness”,  2 cases of “destruction and the worst”, and 1 case of “continuation” .

 

The Israeli opinions are split.

“destruction, atom bomb, and ruin”, “peace”, “continuation” are each 4 cases of the same number as “Independent”.

Next, there are each 3 cases of “ indistinctness” and “coexistence”, then each 1 case of “Palestine” and “which side only remains”.

 

質問 「2000年後のイスラエルとパレスチナはどうなっていると思いますか?」

この回答は、両者で大きく異なる。

 

「独立」と答えたのは、パレスチナ人で18件、イスラエル人で4件でした。

この「独立」には、パレスチナ人の回答「解放、自由、我々が戻る」を含めた。

イスラエル人の「解放、相手が去る、支配」を含めた。

 

パレスチナ人の回答で次いで多いものを挙げると、「平和」と「不明」の各3件、「破滅、最悪」の2件、「継続」の1件です。

 

イスラエル人の意見は分かれている。

「破滅、原爆、廃墟」、「平和」、「継続」が「独立」と同数の4件で並ぶ。

次いで「不明」と「共存」が3件で、「パレスチナ」と「どちらかの一方」が各1件ある。

 

There is same answer that means the result depends on God in common between both.

There are 3 cases of “the Messiah” in the Israelis, and 2 cases of “Allah and Koran” in the Palestinians.

 

The Palestinian youths are stronger than the Israeli youths, as their intention for exclusion and independence.

Israel has expanded the rule area with the overwhelming power, but the youths don’t feel a sense of relief.

I guess it from the total contents that they are pessimistic about the future and cling to a thread of hope.

 

両者に共通して、成り行きは「神」に依るとする回答がある。

イスラエルでは「救世主」の3件、パレスチナでは「神、コーラン」の2件です。

 

独立または他を排除の意思はパレスチナの若者の方がイスラエルの若者より強い。

圧倒する力で支配を広げるイスラエルだが、その若者達に安堵感は無い。

全体の文面から推察して共に将来に悲観的で、かすかな希望にすがっているように思える。

 

 

 3b

< 3.  Camp David Accords in 1978 >

< 3.1978年のキャンプ・デービッド合意、平和条約 >

 

Question, “Please tell me likable countries and hateful countries.”

I see the Palestinian answer at first.

 

As for the likable countries, the most is 12 cases of “home country”, next, 6 cases of “Iraq”, and 3 cases of ” the Arab and Islamic world”.

As for the hateful countries, the most is 14 cases of “U.S. A.”, next 13 cases of “Israel”, next, 3 cases of “Europe”, and 2 cases of ” the Arab and Islamic world”.

Curiously, Palestinian youths most dislike the United States than opponent Israel.

 

I see the Israeli answer.

As for the likable countries, the most is 17 cases of “home country”, next, 5 cases of “countries of other continents”, and 1 cases of “ indistinctness”.

As for the hateful countries, the most is each 7 cases of ” the Arab and Islamic world”and “ indistinctness”, next, each 3 cases of “anti-Judea” and “Europe and America”, and 1 case of ” home country”.

 

The Israeli youths dislike “the Arab and Islamic world” than belligerent Palestine again.

There is person that dislikes home country and criticizes himself, and we can look at this case in other answers.

 

 

質問 「好き国と嫌いな国を教えて下さい。」

先ず、パレスチナ人の回答を見る。

「好きな国」で最多は、「自国」の12件、次いで「イラク」の6件、「アラブ、イスラム」の3件です。

「嫌いな国」の最多は、「米国」の14件、次いで「イスラエル」の13件、欧州の3件、「アラブ、イスラム」の2件です。

奇妙な事に、パレスチナの若者は交戦国のイスラエルではなく、米国を一番に嫌っている。

 

イスラエル人の回答を見る。

「好きな国」で最多は、「自国」の17件、次いで「他の大陸の国」(国名は割愛)の5件、「不明」の2件です。

「嫌いな国」の最多は、「イスラム、アラブ」と「不明」の各7件、次いで「反ユダヤ」「欧米」の各3件、「自国」の1件です。

 

イスラエルの若者は、ここでも交戦国のパレスチナより周辺のアラブ全体を嫌っている。

イスラエルの若者には、他の回答でも見られたが自国を嫌い、自己批判する者がいる。

 

 

4

< 4. The Gulf War >

< 4.湾岸戦争 >

 

further note

I guess that the reason that Palestinian youths have a good feeling toward Iraq is a statement by President Hussein at the Gulf War in 1990.

He criticized President Bush that the United States had permitted Israel to invade Palestine but didn’t permit Iraq to invade Kuwait on the other hand.

In addition, the reason why the United States is disliked were various interference and big military campaigns against the Arab in the last half century, and Arabic people dislike likewise.

 

 

補足説明

パレスチナの若者がイラクに好感を持つのは、1990年の湾岸戦争前夜のフセイン大統領の発言にあると思われる。

彼は、米国がイスラエルのパレスチナ侵略を許すのに、クウェート侵攻を非難するのは片手落ちだとブッシュ大統領を批判した。

また米国が嫌われる理由は、ここ半世紀のアラブへの干渉や軍事行動にあり、アラブの民衆も同様に嫌っている。

 

 

 

5

< 5.  The current situation of West Ban. It could be over at any moment  >

< 5.ヨルダン川西岸の現状、パレスチナの自治は風前の灯火 >

 

Summary

This result shows the intention of the youths in ten years ago, but I felt a bit of brightness.

They think that Europe and America, and Arabic countries invited this war, aggravate it, and neglect it.

What is important is that Palestine and Israel don’t press the responsibility of the war only on the belligerent, and don’t dislike only it each other.

They love home country, but they seem not to think that they can pull themselves from this war.

 

A handful of a settlement activity that began approximately 70 years ago caused extraordinary numbers of people as the dead and refugees before long.

The youths seem to want to back away from this war on a personal basis, but the both antipathy comes to be deepened as a group.

And the weak seems to be destined to fall before long, and it is just such as a Jew broke up once 2,600 years ago.

 

 

This continue the next time.

 

 

まとめ

この結果は10年以上前の若者の気持ちを示しているのだが、私は少し明るさを感じた。

この若者達は、欧米とアラブ各国が紛争を招き、こじらせ、放置していると考えている。

重要なことは、パレスチナとイスラエルが、互いに一方的に交戦国だけに戦争開始の責任を押し付けたり、憎悪の対象にしていないことです。

しかし彼らは自国を愛する一方、絶望し現状から抜け出せるとは思っていないようです。

 

70年ほど前に始まった一握りの入植活動が、やがて途方もない死者と難民を生むようになった。

当事者の若者達は、個人として戦争から一歩身を引いているように思えるが、集団として対立は深くなるばかりです。

そして、弱者はやがて滅びる運命のように見える、かつてユダヤ人が2600年前に離散したように

 

次回に続く。

 

 

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地中海クルーズとカナリヤ諸島クルーズ 21: テネリフェ島 3


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*1

 

今日は、テネリフェ島の最大都市、州都のサンタ・クルス・デ・テネリフェの街歩きを紹介します。

雨も上がり素晴らしい天気になり爽やかなひとときを過ごしました。

 

 

 

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< 2. テイデ山からサンタ・クルス・デ・テネリフェへに向かう >

上の写真: かつては州都で世界遺産にもなっているラ・ラグーナ。

手前は飛行場の滑走路。

 

中央の写真: サンタ・クルス・デ・テネリフェの内陸側の街並み。

下の写真: 港に面した中心部のスペイン広場。

 

この街歩きは、2016年3月8日の14:30から約2時間、距離で約3km歩きました。

スペイン広場から始め、近くのスーパーに立ち寄り、公園を目指して上がり、後は下って、クルーズ船に乗船しました。

 

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< 3.街歩き開始 >

街並みは、自然あふれる小さな島とは思えない立派で落ち着いた雰囲気があります。

 

 

 

 

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< 4.ガルシア・サナブリア公園 に到着 >

下の写真: 公園に入ります。

垣根などはなく、入場はフリーです。

 

 

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< 5.ガルシア・サナブリア公園 1 >

下の写真: 公園の中心部にあるモニュメント。

 

 

 

 

 

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< 6.ガルシア・サナブリア公園 2 >

下の写真: 公園の見学を終えて休息をとったカフェ。

サービスや周囲の景観は良かった。

 

 

 

 

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< 7.港に向かって下る  >

幹線道路に沿って下る。

花や木々が至る所に配された落ち着いた観光都市の趣があります。

 

 

 

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< 8.港に到着  >

上の写真: Monumento a la victoria. 勝利の像。

この像は先ほどの道を下って、港に出た角にありました。

 

中央の写真: 私達のクルーズ船。

下の写真: 港に面した道路沿いの歩道。

 

 

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< 9.いよいよお別れです  >

上の写真: この下に降りて、クルーズ船の送迎バスに乗ります。

奥にスペイン広場が見えています。

 

下の写真: 船上から見たテイデ山。

写真中央に少し雪を被った頂きが、私たちが通過して来た外輪山の東側です。

夕刻になると、また雲が出てきました。

これでこの島ともお別れです。

 

感想

私が当初期待した大航海時代を忍ばせるものに触れる機会はなかったが、予想もしていなかった大自然の美しさを見ることが出来た。

 

この島は、15世紀までベルベル系の先住民が暮らす島に過ぎなかった。

しかし、スペインが大航海時代初期にここを占領し、やがてアメリカ大陸への中継地として発展した。

後に、イギリスがこの地の支配を狙ったが、この攻撃を跳ね返した。

その後、自由貿易港として栄え、リゾート地として栄えている。

 

大西洋の火山島の歴史と自然と今を垣間見ることが出来た1日でした。

 

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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何か変ですよ! 49: 岐路に立つ


1

*1

 

 

今まで、日本と世界の危惧すべき状況を概観して来ました。

最後に、我々は何を目指すべきかを考えます。

 

 

先ず、問題点を整理します。

 

日本の問題としては、以下の三つが重要でしょうか。

A: 経済対策のリフレ策の継続。

B: 憲法を改正して軍備を強化し米国との軍事同盟を強化。

C: 原発の推進。

 

一方、避けられない世界的な脅威が迫っていました。

D: 異常気象を頻発させる地球温暖化。

E: 食料や資源・エネルギーの枯渇。

F: 各地の内戦(中東紛争など)と難民の増加。

 

さらに、世界的に進行している脅威がありました。

G: 強権的(非民主的)で排外主義(非協調性)の風潮が益々強まっている。

 

 

2a

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何を優先すべきか

私は大惨事をもたらし、かつ一度始まれば加速して悪化する脅威に対処すべきだと考えます。

 

そのためには「世界の協力体制」を一層進めることです。

現実には、この21世紀になってから「対立する世界」へと悪化しています。

 

 

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< 3.タックスヘイブン >

 

世界が協力しなければならない理由

 

* 経済面

端的に言えば、政治不信を生む硬直化した政治は極端な経済格差が招いた。

例えば経済格差が少ない国ほど投票率が高く、政治不信が少ないと言える。

 

これを是正するには、富裕層への適正な累進課税が必要だが、これが野放しにされる言い訳に、世界的な課税が不可能だと言うのがある。

現状は、各国がバラバラに富裕層や企業に優遇税制、直言すれば脱税(タックスヘイブン)に手を貸して、景気対策と称して無駄な競争を続けている。

これも銃の保有と同じで、回りまわって大半の国民にしわ寄せが及んでいるのが現状です。

フロンガス規制など、世界は少しづつ世界的な規制を可能にして来た。

 

また、各国が市場を閉ざすことは、いずれ経済を悪化させるでしょう。

但し、現在、批判されているような不平等な結果を招く経済行為(グローバル化)を世界が規制する必要がある。

 

 

 

 

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< 4. 難民申請者数の推移、難民の実数は約2倍ある >

 

* 軍事面

端的に言えば、一部の大国の気ままな軍事侵攻が、世界各地に紛争を撒き散らしている。

確かに、一部では平和に貢献しているが、全体でみれば弊害の方が大きく、さらにその後遺症で世界は苦しむことになった。

冷戦時代の方が死傷者の多い代理戦争はあったが、今世紀になってから紛争地の拡大に伴って難民数はうなぎ上りです。

これがすべて軍事大国によるとは言えないが、恣意的な軍事侵攻、軍事や武器の援助、蔓延する武器が火に油を注いでいるのは疑いない。

 

 

* 政治面

現在、各国で排外主義や強権的な世論が沸き上がるようになり、世界は上記の問題を解決する為の協力体制を採ることが出来なくなりつつある。

 

 

 

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*5

 

*全体として

地球全体で起きる食料や資源・エネルギー源の枯渇、地球温暖化に対処するには、世界の協力体制が絶対に必要です。

 

 

こうして見てくると・・・

確かに、日本の現状に不安材料-巨大な累積赤字、将来不安な福祉制度、継続的な社会発展などはあるが、さらに重要なことがある。

円安、株高、企業収益、経済成長もどちらかと言えば、その影響は短期的な波のうねりに過ぎないだろう。

 

一番のポイントは、今まで来た道、特に欧米の悪しき先例を追い求め深入りるのか、数年先を見据え、先手を打ち始めるべきかと言う選択です。

当然、欧米の良い先例もたくさんあるので、それを見習う手もあるのですが。

 

 

これで今回の連載は終わります。

ご拝読ありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ! 48: 最大の脅威 2


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前回、一握りの富裕層に世界の富が集中し始めている状況を見ました。

今日は、これが引き起こす問題を検討します。

 

なぜ富が一部に集中することが悪いのでしょうか

私が最も恐れるのは、民主主義と協力体制が崩壊することにより世界が大惨事に見舞われることです。

崩壊に至る大まかなシナリオを説明します。

 

 

2

< 2. 世界各国のジニ係数、赤ほど格差が酷い >

 

一部の富裕層が巨額の資産を保有することで、豊富な資金を使い政治家と世論の操作を可能にする。

彼らは、自らに都合のよい施策を行い制度を改悪し、富裕層はさらに豊かになり、しわ寄せは政治的弱者に向かう。

こうして格差は拡大し続け、行き着くところまで行くことになる。

このシナリオは世界各地で繰り返し起こっている古代から中世、現代に続く歴史的事実です。

 

これが進むと、次の三つのことが起こるだろう。

 

A: 大半の国民は、無気力になり、政治不信が蔓延する。

 

B: 大半の国民は、募る不満を手頃な打開策やスケープゴートに求める。

 

C: 大半の国民は、ついに民主主義的な解決を放棄する。

 

このシナリオを現実にはあり得ないと思われるかもしれません。

しかし、すでにAのBの兆候を見ることが出来ます。

 

 

3

< 3. 欧米の投票率 >

 

 

その兆候とは何か

A項の無気力と政治不信は欧米で30~40年前から徐々に始まっていた。

 

欧米と日本で共通して、投票率の低下や二大政党から多党化へ、浮動票(無党派層)の拡大が続いています。注釈1.

これは政治不信が深まっていることの表れです。

これは格差拡大によって起こったと言うより、大変革時代の後の保守的傾向、良く言えば安定の時代がもたらしたと言える。

この初期は、一部の富裕層だけでなく、中間層を自任する人々にとっても良い時代だった。

一方、取り残された人々や下層の人々には夢のない時代だったのでしょう。

それでもまだ全員が経済成長を享受できたのです。

 

しかし、社会の深層で変化が起きていた。

多くの中間層と一部の富裕層すら所得を減らす一方、超富裕層の出現が耳目を集めるようになりました。

米国では80%以上の国民の所得が下がり続けて、格差は拡大を続けています。

これに国民が気が付いた時は既に手遅れで、政治や選挙は大金(米国ではロビストなど)に左右されるようになっていた。

こうなると、国民の不満や要望は政府に届かず、破れかぶれで手頃な打開策やスケープゴートが求められるようになった。

 

こうしてB項の状態が出現することになる。

これが現在のトランプ現象であり、英国のEU離脱です。

この前触れとして、欧州のネオナチやタカ派のポピュリズム(大衆迎合主義)が盛んになりつつあった。

 

4a

< 4. 崩れるかEUの結束 >

 

 

今はどの段階か

私はこのまま放置すれば、やがてC項の状態に至り、最悪、世界大戦が始まる可能性があると思います。

 

そのシナリオを語る前に知って頂きたいことがあります。

 

英国のEU離脱がわかりやすい例です。

話は遡るが、EUの誕生は第二次世界大戦の引き金になった独仏国境の石炭地帯を共同管理しようとして始まりました。

これは画期的な事でしたが、残念なことに各国は経済で協力するが、政治には干渉しないことで合意せざるを得なかった。

国家間の経済格差が大きい中での通貨統合は非常に困難なのですが、そのうえEU全体として管理出来ないのは問題でした。

そのことが、ギリシャの破綻などを招いてしまいました。

本来、米国のよう連邦制を執るべきだのですが、英国などは強く反対した。

 

つまり、EUの当初の目的は戦争回避だったのですが、いつの間にか共通経済圏に留まってしまったのです。

 

また今回の英国のEU離脱は、第二次世界大戦前に起こった世界恐慌を受けて各国が保護貿易に走ったことを連想させます。

この後、そのことにより世界経済は急速に悪化し、やがてファシズムの台頭を生む歪な世界へと変質していったのです。

 

 

5

*5

 

何が起きているのか

結局、多くの国民は見かけの経済成長から自分が取り残されていると気付き始め、訳も分からず不満を募らせることになった。

しかし、既に政治は彼らの意向を反映しなくなっていた。

この状況は先進国でもスェーデンやドイツ、日本と米国ではかなり違います。

さらに軽妙に語られる打開策はいつも不発に終わる中で、彼らは政治に不信を持つようになり、親から子へと不信感は伝染していった。

 

そして、現実に企業倒産や失業、難民の増加、福利厚生費の減額などに接すると、彼らは即効性のある打開策を求めるようになります。

 

このような不満が鬱積し信頼感が廃れた社会では、排外的で強権的な解決策を提示する指導者が好まれるようになります。

その理由は、短期的には他者を犠牲にすることであって、自分が不利益を負うことのない解決策だからです。

しかし、冷静に考えれば、これは回りまわって自らに降りかかる災厄となります。

これは、銃保持や前述の第二次世界大戦前後の教訓が示しています。

 

我々はこの状況にどう対処すれば良いのだろうか?

次回、考察します。

 

 

 

注釈1.

欧米の選挙や政党の動向について「絶望の選挙結果6、7:劣悪な政治文化4、5」で解説しています。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 47: 最大の脅威 1


 1-1

*1

 

 

前回、地球温暖化と資源枯渇の脅威が迫っている事を見ました。

しかし最も恐ろしいのは人間社会の劣化です。

今日は、この事について考察します。

 

 

はじめに

不思議な事に、交通事故や銃犯罪、原発事故、戦争、地球温暖化、資源枯渇の災厄に共通するものがあります。

それはローマ帝国やイースター島の文明崩壊と同じように、人間社会が生み出し、かつ制御が問われる惨事なのです。

 

これは実に単純な事実です。

これらは自然の限界もあるのですが、冷静になって科学的な見地に立ってば解決出来るはずです。

 

しかし、このことが出来ずに多くの文明崩壊や大参事は起こっています。

しかも現在、私の見るところでは世界は勢いを増して悪化しています。

 

 

 

2 タックスヘイブン-1

< 2. この世の天国、タックスヘイブン >

 

 

何が悪化しているのか

二つの悪化が目立ちます。

 

経済的な悪化: 1ファンドの投機買いに始まるアジア通貨危機よって東南アジアと東アジアは大参事に見舞われ、タイ一国だけで5万人の病死者が増加した。注釈1。

 

政治的な悪化: 米国の大統領候補トランプ氏の人気や英国のEU分離に見られる排外主義の横行です。

 

 

経済的な悪化の例

 

*パナマ文書に見られる租税回避。

これは富豪になればなるほど合法的に税逃れが出来ることを意味します。

おそらく世界の総資産の約10%(日本のGDPの約2倍)が隠され、税を逃れているでしょう。

 

*この30年間、米国を筆頭に欧州や日本でも進められている累進課税のなし崩し。

例えば、所得税の最高税率を低下させ富裕層を優遇して来たことなどです。

 

*グローバル化と自由競争の名のもとに巨大資本や大国の権威(正義、法、軍、情報など)を背景に、企業が後進国を食い物にし疲弊させている。

例えば、小麦や石油などの商品価格の操作などで、弱小国の産業や食料事情に打撃を与えている。

 

何が悪化をもたらしたのか

このことから直ぐ連想するのは、格差拡大とグローバル化でしょうか。

しかし、この理解は少し違います。

 

国内と国家間の格差は日を追って増し、格差拡大がさらなる拡大をもたらす社会要因(教育格差など)はありますが、結果に過ぎない。

その元凶は、既得権益層が巨大化し、世界や国家を方向付けるようになったことにあります。

 

 

3 税率-1

< 3.1980年代から始まった所得税の最高税率の低下 >

 

しかも、その発端は最近のことなのです。

富裕層を優遇する施策は、高々ここ30年ほど前から欧米で始まったのです。

20世紀前半、労働者の権利擁護によって賃金上昇が進み、経済成長(ニューディール政策などで)が起こったのですが、インフレが高進し、社会は制御不能に陥りました。

これを貨幣供給量の管理で一挙に沈静化させ、新たな時代が始まりました(マネタリズム)。

この時に、それまでの反動として政治や経済で自由主義が謳われたのです(サッチャー首相)。

 

当時、欧米の多くの国民はこの方向転換に拍手喝采したのです(レーガン大統領、中曽根首相)。

つまり、最初は国民の合意の下で行われたのです。

しかし、それは経済格差(所得格差、資産格差)を徐々に引き起こしていたのです。

 

 

その後、国民はこれにどのように対処したのでしょうか?

あえて言えば、皆は追認か放置したと言えます。

なぜ、欧米と日本の国民は自分の首を絞めることになる施策を受け入れ続けたのでしょうか。

これも単純なのです。

 

はじめは徐々にかつ深く進行していきました。

しかし、富が一度集中し始めると、あらゆる投機手法で資産は20年間で5倍にもなります。

例えば、資産は年平均利回り8%の20年間運用で4.7倍になりますが、米国の大規模運用では利回り6~10%が実績でした。

 

 

4 資産増加-1

< 4. 20年間の大富豪の資産増加率 >

 

そうすると、そのほんの一部の資金を政治や宣伝工作に使うだけで、政治家と世論を誘導出来ます。

金額に比例はしませんが、続ければ大きな影響を与えることが出来ます、日本の原発世論が反対から賛成に転換したように。

また2012年度の米国の大統領選挙と両院選挙の費用は総額約5000億円でしたが、これは数十人の大富豪が数%のポケットマネーを拠出するだけで事足りる金額です。

 

最近の米国の施策、富裕層への減税や一度成立した企業への公害規制法の破棄などをみれば一目瞭然です。

結局、豊富な政治資金(裏金、献金、広告費)を有する一握りの階層の誕生が元凶なのです。

これは企業の独占状態(カルテル)と同様の悪影響を及ぼすのです。

 

それでは国民はこの事に気がつかないのでしょうか?」

 

これは微妙ですが、むしろ次のスローガンに釣られてしまうようです。

「国を取り戻す」、「経済を復活させる」

これは最近の日本や英国のEU離脱派の専売特許ではなく、ヒトラー総統やレーガン大統領も使った心地良い、幾度も繰り替えされて来た謳い文句なのです。

 

 

5-1

< 5.格差拡大の状況 >

左図: 世界の経済格差(ジニ係数は1が最悪)は現在、高止まりしている。

右図: 主要国の国内の所得格差は猛烈に拡大中。

 

 

なぜこのようになってしまうのか?

一つには格差を告発し続けている経済学者ピケティやクルーグマンのように、既得権益の代表格である金融界から自立出来る学者は皆無に近いのです。

例えば、ホワイトハウスで金融政策を担うのは、ほとんどゴールドマン・サックスの人々です。

多くのエコノミストは政財界に繋がることで生きていけるのであり、同様なことが他でも見られます。

反権力を謳い文句に活躍できるのは少数で、貧弱な資金と情報、孤立に耐えなければならない。

 

その政財界側のエコノミストがピケティの世界的な累進課税や国内の所得税増税の提言について意見を聞かれたら、決まってこのように答えるでしょう。

「前者は現実に不可能だ。後者は、増税すれば富裕層が国外に逃げてしまい、結局は経済に逆効果だと!」

これを聞くと、多くの国民は、現行制度の延長でやらざるを得ないと諦めることになる。

 

また、わざわざ自国の格差問題を正直に公表する国はありません。

さらに感情に訴える御用新聞は偏向して伝えるでしょう。

一部のマスコミや研究者は真実を訴えるでしょうが、多くの人はそれに触れることはない。

これでは、国民はよほど悪化するまで気がつくことはない。

 

それにしても残念なのは、そのからくりを多くの人が知ろうとしないことです。

世界機関(国連、OECD)や海外の研究所などがインターネット上で分析結果を発表しているのですが。

 

 

次回に続きます。

 

 

注釈1

連載「ピケティの資本論 19: 今、世界で起きていること 2」

 

 

 

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Visiting from Tajima shore to Tango Peninsula 7: Daijyo-ji temple and Maruyama Ōkyo 2


但馬海岸から丹後半島を巡って 7: 大乗寺と円山応挙 2

 

 

 1

< 1.  an enlarged picture in the room of peacock by Ōkyo  >

< 1. 孔雀の間の絵:応挙筆 >

 

I introduce their pictures of Maruyama school in the reception hall of Daijyo-ji temple today.

I borrowed all the photos because persons could not photograph inside this hall.

Their photos are it of  Daijyoji TempleDigital Museum of the Maruyama Schoolhttp://museum.daijyoji.or.jp/index.html

I recommend you to visit it because it is splendid.

 

今日は、大乗寺、客殿にある応挙と円山派の絵を紹介します。

内部では撮影が出来ませんので、写真はすべて借用しました。

主に「大乗寺円山派デジタルミュージアム 」のものです。

ここは素晴らしいので閲覧されることをお薦めします。

 

 

 

2

< 2.  Inside the reception hall >

< 2. 客殿内部 >

Upper fig.:  number 1-9 are main sightseeing places in the first-floor.

There is the pictures which you should look at the corridor on the way.

number 10-11 are rooms in the second-floor.

 

Lower fig.: this shows the first-floor, and the whole and the rooms indicate the Mandala of Buddhism.

This image consists of a Buddhist image room (Kannon Bodhisattva) in the center of the hall, and the Four Devas that defends Buddhism world in four corners.

actually, the Four Devas statues aren’t put on it, and for example, the room at the east corner depicts  the agriculture scenes in connection with Jikokuten ( the Guardian of the East ) that rules economy and agriculture.

 

 

上の図: 番号1から9までが1階の主な見学場所です。

途中、廊下などにも見るべき絵があります。

番号10と11は2階です。

 

下の図: 1階部分の配置図で各部屋が真言の曼陀羅を模しています。

中央に仏間(観音様)があって、4隅に四天王が仏教世界を護持する形になっている。

実際に四天王像が置かれているわけではなく、例えば東の角の部屋は、東方を守護し生産・経済を司る持国天に因んで農耕の模様が描かれている。

また実際の方位とこの仏教上の方位とは異なります。

 

 

 

 3

< 3.  The room of agriculture, in 1795, room number 1. >

< 3.農業の間:呉春筆、1795年作、部屋番号1. >

Upper fig.:  Visitor passes through the entrance, opens the shoji ( sliding paper door), and goes into this room first.

Total painting on the fusuma (sliding door) of three sides depicted seasonal agriculture scenes from the right side.

 

Central fig.: This shows the scene of rice planting that is the enlarged picture of the second fusuma from the left of the upper fig.

Lower fig.:  this shows the threshing scene.

 

They are described only in the light and shade of the sumi (black ink), and person’s heads are largely described.

 

上の図: ここは玄関を抜けて、障子を開けて最初に入る部屋です。

3方の襖絵に、右側から、田植えから稲刈りまでが季節を追って描かれている。

 

中央の図: 上の図の左から2枚目の襖絵を拡大したもので、田植えを示す。

下の図: 稲刈り後の脱穀の様子。

 

すべて墨の濃淡だけで描かれており、呉春は頭部を大きく描く特徴がある。

 

 

 

 

 4

< 4.  the room of peacock by Ōkyo in 1795, room number 2.  >

< 4.孔雀の間、円山応挙筆、1795年作、部屋番号2. >

Upper fig.:  this room is the largest room and is in front of the Buddhist image room.

Pines and peacocks are drawn in gold foil only by the light and shade of sumi.

Parts that are thickly painted with sumi, pine needles and peacock’s wings look like green color.

It is mysterious.

 

Central fig.:  paintings on the fusuma in front of the Buddhist image room.

Lower fig.:  opening the fusuma.

 

Ōkyo died in several months after the completion of this picture.

 

上の図: この部屋は最大の部屋で仏間に面している。

松と孔雀が金箔地に墨の濃淡だけで描かれている。

この構図は本尊の観音の化仏である阿弥陀が孔雀に座することに由来している。

墨が濃く塗られた部分、孔雀の羽根や松葉は緑色に見えるから不思議です。

 

中央の図: 仏間に面した襖絵。

下の図: 同じ襖を開けたところ。

 

応挙はこの絵の完成後数か月後に逝去した。

 

 

 5

< 5.  The room of Japanese fiber banana by Ōkyo in 1787, room nouber 3. >

< 5.芭蕉の間、円山応挙筆、1787年作、部屋番号3 >

This room’s painting depicts a famous politician of Tang, a old man of the white clothing, in connection with Zochoten that rules government.

He drew this on the gold foil with color paints of blue, green, cinnabar, and sumi.

 

 

この部屋は政治を司る増長天に因んで、唐の政治家、郭子儀(白装束の老人)を描いています。

平和と安定の象徴で、お目出度い絵として描かれます。

これは金箔地に青、緑、朱の絵の具と墨で描いています。

 

 

 

 

 

 

 6

< 6. The room of landscapes by Ōkyo in 1787, room nouber 4.  >

< 6.山水の間、円山応挙筆、1787年作、部屋番号4. >

 

This room is for persons of high rank, and was made by exquisite workmanship.

Upper fig.:  these paintings describe that the water falling from deep mountains and dark valleys flows into the sea.

He drew it on the gold foil with only sumi.

 

Lower fig.:  there is a waterfall in deep mountains on the left side.

 

ここは位の高い人を迎えるための部屋で、凝った造りになっています。

上の図: 深山幽谷から流れ落ちる水が、やがて大海に注ぐ様子が描かれている。

中央隅の右側から流れ落ちた水が右に流れ、畳の下をくぐり、やがて左側の大海に至る。

金箔地に墨で描かれている。

 

下の図: 左が深山幽谷から流れ落ちる滝です。

 

 

 

 7

< 7.  The room of puppy, room number 6. >

< 7.狗子の間、山本守礼筆、部屋番号6. >[

Upper fig.:  opening shoji (sliding paper door ) and going in, we can see playing puppies under plum flowers.

Central fig.:  moreover, opening the fusuma(sliding door ), we can go into the room of mountains.

 

In the previous Japanese painting, dog was described as a holy thing, but Ōkyo preferably described puppies as everyday subject matter.

 

上の図: 障子を開けて入ると、梅の花の下で遊ぶ子犬たちに出会う。

中央の図: さらに襖を開けると、秀山の間に至る。

 

以前の日本画では、犬は獅子や狛犬など神聖なものとして描かれていたが、応挙は日常的な素材として子犬を好んで描いた。

 

 

 

 

 

 8

< 8.  Three rooms >

< 8.三つの部屋 >

Upper fig.:  the room of carp by Ōkyo in 1787, room number 5.

Central fig.:  the room of mountains in 1787, room number 7.

Lower fig.:  the room of immortal in 1787, room number 8.

 

上の図: 鯉の間、円山応挙筆、1787年、部屋番号5.

中央の図: 秀山の間、呉春筆、1787年、部屋番号7.

下の図: 仙人の間、秀雪亭筆、1787年、部屋番号8.

 

 

 

 9

< 9.  The room of envoy, room number 9. >

< 9.使者の間、山本守礼筆、部屋番号9. >

This theme is boys in China.

この部屋は兄弟の画家が二つのテーマで絵を描き、これは兄が描いた中国を題材にした「少年行図」です。

 

 

 

 10

< 10.  Two rooms on the second-floor >

< 10. 2階の二部屋 >

Upper two fig.:  the room of monkey by Nagasawa Rosetsu in 1795, room number 11.

It is this picture that I was surprised most.

The expression of the monkey is really rich, and there is dynamism.

This is drawn without a draft at a stroke, so it indicates great ability of the artist.

 

Lower two fig.:  the room of duck, room number 11.

The narrow painting on upper part of on the fusuma describes moth and butterfly.

 

上二枚の図: 猿の間、群猿図、長沢芦雪筆、1795年、部屋番号11.

私が最も驚いたのがこの絵です。

実に猿の表情が豊かで、躍動感がある。

これは下書きなしで一気呵成に描かれており、作者の力量がうかがえる。

 

下二枚の図: 鴨の間、梅花遊禽図、源埼筆、部屋番号10.

襖の上にある細長い絵が、山口素絢筆「蛾蝶図」です。

 

 

Impression

I feel that there are breathing paintings here.

There is also reproduction images here, but we can see their paintings as the placement of the paintings that the artist aimed at.

These all art works were made by Maruyama school.

 

Ōkyo and Maruyama school that were the mainstream in Kyoto in the middle of the Edo period.

It is amazing that their art works gather in the out-of-the-way place of the Sanin region.

 

This continues next time.

 

 

感想

生きている絵を見る思いがしました。

複製画になったものもあるが、作者が意図した絵の配置のままで、私たちは絵を見ることが出来ます。

襖絵だけでなく欄間の彫り物、掛け軸、屏風など、すべてが円山派のものです。

 

江戸時代中期、京都画壇を代表した応挙と円山派の絵が、この山陰の片田舎に集まっていたこと自体も驚きです。

これは応挙の恩返しもあったが、この寺に勢いがあったからだろう。

 

これら作品の制作中の1988年に、天明の京都大火が起こり、アトリエの寺と絵が消失したらしい。

それでも、絵は再度、描かれることになった。

当時の住職と応挙の心意気がすがすがしい。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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何か変ですよ! 46: 様々な脅威 2


1-1 

*1

 

 

今まで、交通事故、銃殺人、戦争勃発、原発事故の脅威について概観しました。

今日は、さらに深刻で避けがたい脅威について考察します。

前者は現実にある脅威なのですが、後者は地球上初めて起こるであろう脅威です。

 

はじめに

2010年12月に「アラブの春」が起きて、中東アラブは騒乱の渦に巻き込まれました。

この背景にこの地域の困窮や政治腐敗、市民意識や情報網の発達がありました。

しかし、さらには地球規模の穀物の高騰があったのです。

 

エジプトは必要な小麦の半分を輸入していますが、2010年に小麦価格が6年前の約2倍になっていたのです。

ただでさえ貧困ラインすれすれの生活をしていた若者は、耐えられない状況に追い込まれたのです。

 

近年、頻発する穀物価格の高騰はなぜ起こるのでしょうか。

地球温暖化による異常気象の頻発で、2010年にはロシアで干ばつが起き、これが上記の価格高騰の理由でした。

しかし米豪でも干ばつが繰り返され、収穫量は低下傾向にあり、高騰は続いています。

 

 

2-1-1

< 2. 小麦価格の高騰 >

 

 

今、世界で何が進行しているのか?

一つは、地球の限界または自然サイクルの崩壊です。

 

前述の地球温暖化による穀物収量減はほんの一例に過ぎません。

最近、やっと科学的事実として認知され始め、世界が協力して対策を取り始めた。

しかしまだ、産業界(特に米国)は高コスト化を嫌い、発展途上国も実施には二の足を踏んでいます。

その間、温暖化は進み、再生手段が見つかっていない以上、取返しのつかないことになる可能性が高い。

世界の水産資源も自然の産出では賄えず、養殖の増産で不足をカバーしています。

地下資源の枯渇は目前で、価格の高騰で節約と代替えが進み、なんとか凌いでいます。

 

今、温暖化ガス排出の制限や食料増産技術の開発、代替えの鉱物資源とエネルギーの開発に本腰を入れることが出来ればまだ間に合うかもしれません。

 

このまま放置すればどのような事態が起きるのでしょうか?

現在、難民の大量発生が欧州の分裂を生んでいますが、やがて難民の規模は拡大し、さらにアジアや他の大陸でも同様な事が起きるのは間違いありません。

異常気象の連続で食料生産と生活が出来なくなれば、必然でしょう。

 

今一つ恐れるのは、枯渇資源の獲得を巡って国家や地域が戦端を開くことです。

これは世界的な規模で起こるでしょう。

それこそ各国に自衛権があるのですから(冗談)。

核戦争や原発事故も怖いが、この脅威の方が確実に迫っています。

 

 

3-1

< 3. 異常気象の影響 >

 

 

私達はどうすれば良いのでしょうか?

前述した対策を世界が協力して実施する以外に道はありません。

それこそが、破滅を防ぐ唯一の方法です。

しかし、これが絶望的なのです。

 

その理由は現在の社会や経済システムにあります。

例えば、穀物価格の高騰は干ばつだけが原因ではないのです、大量の投機資金がそれを煽っているのです。

本来、商品市場で先物が開設されたのは商品(石油や小麦など)を利用する企業が価格の乱高下から経営を守るためのものでした。

 

 

4-1

< 4. 増加の一方の投機資金額、多くが短期的な売買益を狙う >

 

しかし、有り余る資金の暗躍は想像を絶する脅威を引き起こしています。

端的な例は、1997年にタイで起きたアジア通貨危機でした。

これは一ファンドが数兆円の利益を得る為に仕掛けた通貨の空売りに始まりました。

こうして、東南アジア各国は大幅な景気後退、大量失業者の発生、それに続く厚生予算などの低減で、多くの底辺の人々が病気を悪化させ、死亡に至りました。

これを救う為に、世界と日本は約1兆円の支援を行いました。

 

また地球温暖化について言えば、米国は最大の二酸化炭素を排出していながら、京都議定書の批准を拒否し、米国内で盛んに温暖化は虚偽であるとのキャンペーンが行われている。

これは産業界からの政治圧力と支援によるもので、銃保有のキャンペーンも同様です。

 

また、20世紀前半、大戦後の欧米の経済復活の指針となったケインズの総需要喚起政策(労働賃金の上昇など)が盛んに否定されている。

それは、その後のスタグフレーションを解決したフリードマンの貨幣供給管理を信奉する人々が行っているのだが、その実、彼らは現在の金融政策の実りを最も得ている富裕層なのです。

民衆がマスコミを通じて、これら温暖化無視、銃保有、金融政策拡大のキャンペーンを真に受けてしまう可能性は高い。

この扇情を行う人々は圧倒的に政治力と資金を有するのですから。

 

 

5-1

< 5. 投機資金増加の理由 >

世界の富豪の人数と資産が急増している。

現在、富豪1400人の資産総額は5.4兆ドル(日本のGDPに相当)になった。

またトップ62人の資産は世界の下位50%(36億人)の資産と同額になりました。

 

 

つまり、何も無いところから災厄を引き起こすのも人間社会だが、自然災害を最小に出来るのも人間社会なのです。

後者をうまく機能させることが最重要で、これが破壊されつつあることが最大の脅威なのです。

 

 

いつの世にも繰り返されて来た事

今、示した脅威は絵空ごとに過ぎないのでしょうか。

 

その例はローマ帝国やイースター島の末路に象徴されている。

共に、数百年をかけて繁栄を築き、やがて半世紀あまりで滅亡した。

ローマは異民族に滅ぼされたと言うより、これは切っ掛けに過ぎない。

領土拡大で繁栄を築いたが、やがて限界が来て、巨額の軍事費と異民族の軍隊に依存していたことが内部崩壊を招いたと言える。

 

太平洋上に浮かぶイースター島では、長らく各部族が森林伐採を自由に行っていたが、ついには競争となり、最後には森林資源を枯渇させて島を放棄することになった。

 

多くの文明はその内に崩壊の要因を抱え、ある時、人々はその兆候に気付くことになるのですが、時は既に遅しで、雪崩を打って崩壊へと向かうようです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ! 45: 様々な脅威 1


 

1

*1

 

前回、日本は自ら交通事故や銃犯罪を減らし安全を手に入れていることを見ました。

しかし、私たちの世界にはまだまだ脅威が溢れています。

身近なものに天災、原発事故、戦争があり、将来的には資源や食料の枯渇、難民、地球温暖化などが懸念されます。

少し問題点を整理しましょう。

 

 

前回に続いて

米国は銃規制が実施出来ずに袋小路に陥っているように見える。

島国の日本か見ればこの野放しは理解し難い。

一方で、英米のある州や都市だけで自ら銃規制を実施しているところもある。

厄介なのは、「自衛用の攻撃出来る武器」に矛盾がある。

特に殺傷性が高い武器ほど、例えばナイフよりもマシンガンほど被害を増大させることは明らかです。

 

 

 

 

3

*2

 

 

見えて来たもの

ここまで話が進めば、歴史を例に挙げなくても軍備が紛争や戦争を増大させることを理解出来ると思います。

もっとも現実に戦争を回避し侵略を防止するには軍備が必要で、その保有方法が重要なのですが。注釈1.

 

同様に、軍備と軍事同盟を正当化する為に、自衛権や集団的自衛権を持ち出すのも、短絡的と言えます。

自衛権や集団的自衛権(軍事同盟)について憲法学者に論争がありますが、軍事専門家(戦略研究者)にとっても軍事同盟の評価は難しく意見が別れています。

つまり、これらは戦争を防止する打ち出の小槌ではないのです。

 

これらは歴史的に、当然の事として受け入れられて来たが、2回の大戦を通じて世界はその恐ろしさを自覚しました。

しかし、残念ながら超大国の拒絶にあい国連憲章にその文言を入れることが出来なかった。

そして、また同じ道を突き進んでいる、まるで銃の氾濫と同じように。

 

核ミサイル攻撃や戦争ともなれば被害は甚大です。

数万人で済めばよいが、数百万人、いや地球に人類が住めなくなるかもしれません。

くれぐれも注意して事を進めなければなりません。

一度道を踏み外せば、戻れないことを肝に銘じて下さい。

 

 

 

2a

*3

 

原発事故について

今、日本は原発の利用で迷走しています。

 

一番のネックは原発事故をどう見るかです。

推進する政府や関連団体を信用する人々は事故を無視するだろうし、そうでない人は危険だと思うでしょう。

 

学者の試算では一基の事故で最悪の場合で数十万人が死に、その地域は永遠に汚染されたままになります。

しかし、現実にそのような大災害は起きていない。

チェルノブイリ原発事故による死者数は、各種団体が数十人から数万人以上と発表しています。

どちらにしても交通事故や殺人による累計死者数と比べると特に大きいわけではない。

経済を優先するなら、既存の原発を捨てるのは惜しいだろう。

 

一つ、事故に対する信頼性を判断するヒントがあります。

原発事故では、被害者は一般国民で、加害者は原発事業体とに別れています。

さらに高度な科学技術と巨大産業によって成り立つ事も見逃せません。

このようなケースでは、多くは情報の隠蔽や捏造が起こり問題点が国民に届かなくなります。

残念ながら、それを是正する文化は日本では未成熟です。注釈2.

 

 

4

*4

 

原発が普及するにつれ世界中で想定外の原発事故が起きている。

初期にあれほど楽観的だった米国や日本の関係者や学者は、事故が起こるたびに、安全基準を引き上げ続けて来ました。

これは今までの文明の利器とは異なります。

その違いは、設備の巨大さと放射能事故の異常さに由来します。

初期の安全性は各部品の寿命(確率)でしたが、最近の日本では耐震性で評価されています。

しかし最も恐ろしいのはヒューマンエラーで、他の利器に比べ一瞬のミスが大災害を招きます。注釈3.

 

今後もヒューマンエラーや地震、さらにはテロによる原発事故が心配です。

絶対起きないと言う方が科学的ではない。

そうは言っても、どのぐらいの規模で、何年後に起きるかはわからない。

百年前に大噴火を起こした火山島に住む人もいれば、4百年前に津波で村が壊滅しても人はその土地を離れず住むことになるものです。

なかなか、先の心配をすることは難しい。

 

こう考えればいかがでしょうか。

例えば、原発を小型化して各市町村に実施の判断を任せるのです。

仮定として、事故が起きれば最悪1000人の死者が出て、永久に村には住めないとする。

発生確率は、向こう30年間に10%(でたらめ)。

当然、この場合、補助金や奨励制度が一切無い条件です。

 

きっと、国民は妥当な判断をすることでしょう。

 

次回に続きます。

 

 

注釈1

連載「私たちの戦争」「人類の歩みと憲法」で少し詳しく説明しています。

 

注釈2

日本は集団への帰属意識が高く、組織内での内部告発が低調です。

また、国境無き記者団が発表しているように日本における報道の公正さの水準は低く、さらに低下傾向にあります。

また、報道圧迫の発言が政府高官や議員から出ても、国民の反応が低いことにも現れています。

このような状況では、企業や政府に都合の悪い情報は出なくなります。

 

注釈3.

連載「原発問題の深層」で少し詳しく説明しています。

 

 

 

 

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地中海とカナリヤ諸島クルーズ 20: テネリフェ島 2


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< 1. 外輪山の一つ >

 

今日は、テイデ山のカルデラを紹介します。

前回の雪景色とはまったく異なる別世界が広がります。

 

 

 

2map

< 2.カルデラの地図、上が北 >

青丸が前回紹介したレストランで、赤丸が今回、下車観光した地点です。

 

このカルデラは標高2100mにあり、広さは東西15km、南北10kmです。

 

 

 

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< 3.車窓から1 >

レストランを出発し、地図の赤丸地点に向かう。

進行方向の左側、主に南側を撮影したので、真昼の日差しが非常にまぶしかった。

 

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< 4.車窓から2 >

上の写真: 右上に前を行くバスが見える。

下の写真: 中央に一際高くそびえる標高2715mの外輪山が見える。

その右下が目的地(赤丸)です。

 

バスが進むに連れ、雪は無くなっていく。

このカルデラはテイデ山頂の南側にある為、強い日差しで雪が融ける。

 

 

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< 5.下車観光の始まり >

雪を頂いているのがテイデ山頂です。

 

 

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< 6.岩山からの眺望1 >

駐車場から少し岩場を登り、東南側と北東側を撮影した。

下側の写真は北東側で、左奥の方から私達は来た。

ここにはまったく雪が無く、むしろ砂漠の始まりのようです。

ここでSF映画の地球外惑星の舞台として数々の映画撮影が行われている。

 

7

< 7.岩山からの眺望2 >

同じ岩場から、北側と西側を撮影した。

この場所で撮影した22秒の映像です。

https://www.youtube.com/watch?v=JOcGKYWaF4M

 

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< 8. 駐車場周辺を散策 >

日差しはきついが爽やかだった。

 

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< 9. 帰りの車窓から1 >

またバスに乗り、来た道を戻る。

 

 

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< 10.帰りの車窓から2 >

この2枚はテイデ山頂の南斜面の下部を写している。

ところどころ、この雪原で遊ぶ人達を見た。

 

次回は、港近くのサンタ・クルスの町を紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ! 44: 本当に恐ろしいことは・・・


 1

 

安全や平和を守るには我々は何を優先すべきか?

身近な所にその答えはあります。

 

 

2

< 2. 日本の交通事故と銃による死者数 >

 

車社会と銃社会

日本では、交通事故の死者は毎年約4千人、銃による死者は毎年10人ほどで共に減少しています。

米国では、交通事故の死者は毎年約3万人、銃による死者は毎年約3万人で近年増加傾向にあります。

尚、米国の人口は日本よりも2.5倍多い。

 

両国共に、非常にたくさんの人が死んでいますが、日本の方が遥かに安全で平和です。

この違いにヒントがあり、最も本質的な視点が隠れています。

 

交通事故と銃犯罪には共通点があり、それは国民が被害者にも加害者にもなることです。

そこで、日本では加害者の発生を減らすべく、警察が交通違反と暴力団の取り締まりを強化することで、共にピークの1/4に減らすことが出来ました。

一方、米国では有効な施策がとれず、特に、銃による死者は増加傾向にあります。注釈1.

米国の一人一丁以上の銃保有率は、明らかに銃犯罪と自殺者の増大を招いている。注釈2.

 

そこには基本的な社会通念の違いがあります。注釈3.

日本では、銃は武器と考えられ禁止されているが、米国では逆に防具または抑止力とみなされ奨励されている。

 

3

< 3. 米国の交通事故と銃による死者数 >

上の図: 米国の銃社会の一面。

下の図:赤線が銃殺人、青線が交通事故死。

 

 

このことから言えること

人々は毎年多くの人が周囲で死亡していても、その事件や事故に自分が遭遇するとは考えず、ましてや加害者になるとは思わない。

しかし、加害者の発生を極力減らすことで、社会の安全性は格段に高まる。

米国社会は、銃によって死者だけでなく、あらゆる犯罪も増大させてしまった。

 

米国はなぜ日本のように銃規制が出来ないのだろうか?

色々理由はあるが、一つ重要なことがあります。

それは一度、銃が蔓延してしまうと、そこから徐々に銃を無くすことが困難だと言うことです。

その理由は、個人にとって銃使用(攻撃)のメリットは明確だが、保有する損失がほとんどないことで保有競争に陥り易いことによります。

しかし社会全体、長期的にみればその損失は非常に大きいのです。

この理解は重要で、最新科学でかなり解明されています。注釈4.

 

 

まだ解決手段は一つ残っており、かつて各国で、日本でも行われたことはあります。

 

 

4

< 4. タカハトゲーム >

重要な用件として、ハトは全員に餌が行き渡るメリット、タカは怪我をするデメリットがある。

 

皆さんに知って頂きたいこと

安全や平和を確保することは容易ではありません。

目先の危険や恐怖に目を奪われ、一歩道を踏み誤ると取り返しのつかないことが起こりうるのです。

そして逆戻りは困難で、行き着くところまで行ってしまうのです。

 

それは日本の明治維新から太平洋戦争への道、米国のトールマンドクトリンからベトナム戦争への道、英国の委任統治領パレスチナから中東戦争への道が語ってくれています。

このことから教訓を得ることは難しいが、一度進み始めると止めることが不可能だったことだけは理解出来るはずです。

 

一つの問題点が判明しても、まだまだ現実の恐怖や他の危険がこの社会にはあります。

 

次回に続きます。

 

 

注釈1

かつて米国の銃保有率は、銃規制世論の高まりを受けて低下傾向にあったのですが、現在はまた高まっている。

米国の二大政党は銃規制と銃擁護と正反対の政策を採っており、州や年代によって銃保有率と犯罪発生に差があります。

 

注釈2

テロ事件が起きると銃が買われ、その必要性が訴えられるが逆効果です。

米国の2003年から10年間の銃による死者は35万人で、テロによる死者は312人で、その差には1千倍の開きがある。(US版『WIRED』より)

むしろ銃が増えるほど、犯罪と自殺者が増える。

米国の自殺は銃によるものが多く、銃の保有率と自殺率はほぼ比例している。

この状況は、私の連載「私達の戦争17~22: 銃がもたらすもの1~6」で詳しく説明しています。

 

注釈3

米国では、憲法で自衛権として銃の保有と自警団が認められています。

これは建国時、英国から銃で独立を勝ち取った事、さらには北米原野を銃で開拓していった経緯が今に尾を引いていると言えます。

この自警団と各州の独立性を堅持する姿勢により、第二次世界大戦後の国連で米国が戦争拡大の主要因であった集団自衛権を強く唱えることになり、米国の離反を恐れた各国が条約に盛り込まざるを得なかったのです。

もし盛り込むことが出来なければ、米国議会が批准せず、国連による団結は瓦解したのです。

 

注釈4

この手の問題は、タカ―ハトゲームと呼ばれるゲーム理論で扱われています。

これは闘争を好む固体と闘争を好まない固体が、一つの集団内で淘汰を繰り返しながら安定する状態をシュミレーションしています。

その結果は多くの人にとって常識とは異なりますが、実際の動物社会と比較しながら研究が続いています。

この理解は、社会や進化への理解を助けてくれます。

本「進化ゲームとその展開」佐伯・亀田編著、共立出版刊をお奨めします。

認知科学、進化論、動物行動学、心理学で研究されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 19: Israeli-Palestinian conflict 1: voices of the young 1


中東の平和を! 19: イスラエルとパレスチナの紛争 1: 若者の声 1

 

 1あ

< 1. the book >

< 1. 本 >

 

I introduce voices of people living in Israel and Palestine where the conflict continues, several times.

My reference comes from the books reported on the actual place.

“Seeing the Middle East and Arab world in films” finished.

 

これから数回に分けて、紛争が続くパレスチナとイスラエルに住む人々の声を紹介します。

現地をルポした本を参照にします。

都合で、「映画に見る中東とアラブ世界」を終了しました。

 

The book

This book was published in 2003.

The book’s title means “would talk about own honest feeling”.

The author is Yagi Kenji, photographer, is addressing the Palestinian issue, and interviewed 100 people locally.

In the book, he introduces voices of Muslim and Judaist, the will of an Israeli refusenik or a Palestinian suicide bomber.

He does 15 common questions to 45 youths and the readers can understand their thought about the conflict.

The targets of the questions are 25 men, 20 women, 22 Judaist of Israeli, 21 Muslim of Palestinian, 2 persons from other religion, and their age is 15-25 years old.

 

I choose five cases from the questions, summarize the result and introduce my impression and the background in twice.

A note, total number of people isn’t equal to total number of the answers because the answers to the questions have the plural number.

 

 

参照する本

著者は八木健二、「正直な気持ちを話そう」(株)たちばな出版、2003年刊。

彼はカメラマンだが、パレスチナ問題に取り組み、現地で百人にインタビューした。

この本ではイスラム教徒とユダヤ教徒、両者の声と、イスラエルの兵役拒否者やパレスチナの自爆テロ犯の遺書も紹介している。

対象者45人に共通の質問15件を行い、若者の紛争への思いや考えがわかるようにしている。

質問の対象者は男25人、女性20人で、イスラル人(ユダヤ教徒)22人、パレスチナ人(イスラム教徒)21人、他宗教2人、年齢は15~25歳です。

 

私は2回に分けて、その質問の中から5件を選び、その結果を要約し、私の感想と背景について紹介します。

尚、質問に対する回答は複数がありますので、件数の合計と人数は一致しません。

 

 

2あ

< 2. Israel and autonomous Palestinian areas >

< 2. イスラエルとパレスチナ自治区 >

Black dashed line indicates the cease-fire line in 1949, green part does the autonomous Palestinian areas, cream part does Israeli territory, and many triangle marks are Israel forces garrisons.

 

黒破線が1949年の休戦ライン、緑色部がパレスチナ自治区、クリーム部がイスラエル支配地域、三角印がイスラエル軍駐屯地です。

 

 

Question, ” What do you think religion? Do you think that God exists?”

Something seeing from the answers

 

Their religious devotion is fervent, and all the Palestinians believe in God.

 

This may be caused by Palestinian is earnest Muslim, and in addition, their religious devotion is deep when the society becomes hopeless.

 

Four Israelis occasionally doubt God and think that God may bring an evil.

As Israel becomes dominant and rich, the young feels war-weariness from the protracted conflict.

 

質問 「宗教とは何だと思いますか? 神は存在すると思いますか?」

回答から見えるもの

 

両者共に信仰心は篤く、パレスチナ人全員が神を信じている。

 

 

これはパレスチナ人が熱心なイスラム教徒であることもあるが、社会が絶望的な時ほど信仰心が高まることに起因しているのかもしれない。

 

4人のイスラエル人は神に時折、疑いを持ち、災いをもたらす場合もあると考えている。

これはイスラエルが支配的で豊かになるに連れ、若者は長引く紛争に厭戦感を抱くようになったことが起因しているのだろう。

 

3

< 3. the conflict and change of the territory >

< 3. 紛争と領土の変化  >

4 pictures are arranged in order of the following titles from the top, the First Middle East War in 1948, Israeli territory (white) keeps spreading, and the Fourth Middle East War in 1973.

The bottom map shows the autonomous Palestinian areas of the current West Bank.

The red lines show the separation barrier described in mentioned “the other son”, and many blue points are the Jewish settlement that keeps increasing.

 

上から順番に、1948年の第一次中東戦争、拡大を続けるイスラエル領土(白色)、1973年の第四次中東戦争を示す。

一番下の地図は現在のヨルダン川西岸のパレスチナ自治区を示す。

赤線が映画「もうひとりの息子」で写されていた分離壁、青い点が増え続けるユダヤ人入植地です。

 

 

Question, “What is the war?”

Something seeing from the answers

 

質問 「戦争とは何ですか?」

回答から見えるもの

 

The most of them consider in common that the war is an evil and due to a stupid act objectively.

 

I feel that they have a feeling of war-weariness from a lot of the answers.

I think that they together come to regard themselves as the victims by the war and terrorism, during half a century from beginning of the war.

 

However, some Palestinians think they should continue the war for justice.

 

両者共に多くは、戦争は災いであり、愚かな行為であると客観的に見ている。

 

若者の多くは、剥き出しの貪欲さや弱肉強食が戦争をもたらしていると考えている。

また、多く回答から厭戦感が漂っている。

戦争を冷静に見ていると言うより、戦争開始から半世紀を経て、共に戦争やテロの被害者との気持ちが強いようです。

 

しかし、幾人かのパレスチナ人は正義の為に戦争を続行すべきだと考えている。

 

4

  • * 4

 

 

Question, ” Who is in fault concerning the war during this 50 – 100 years? “

Something seeing from the answers

 

質問 「この50年から100年の間、誰が悪いと思いますか?」

回答から見えるもの

 

I was surprised they one-sidedly don’t consider each antagonist in fault.

The answers indicating this are 11 cases of Palestinians, and 17 cases of Israelis, and this tendency is strong in Israeli.

 

I include “both side’s fault, no comment, obscurity, all the members, a fate, and nobody’s fault” in the answers.

The second most answers of Palestinian are 8 cases of neighboring countries (Arab, radicals, Jordan, Iran, Iraq), next 6 cases of the U.S.A, 5 cases of the U.K., and 3 cases of Israel.

There was not Palestinian answering own country is in fault.

 

私が驚いたのは、互いに敵対者を一方的に悪いと見なしていないことです。

 

これを示す回答は、パレスチナ人で11件、イスラエル人で17件あり、イスラエル人にその傾向が強い。

この回答には「両方が悪い、ノーコメント、不明、全員、運命、誰のせいでもない」を含めています。

 

パレスチナ人の回答で次いで多いものを挙げると、近隣諸国(アラブ、急進派、ヨルダン、イラン、イラク)の合計8件、米国の6件、英国の5件、イスラエルの3件が続く。

自国が悪いと答える人はいなかった。

 

 

The reasons that I suppose

  • l The Arab countries began the Middle East war, but they suffered a crushing defeat and recognized Israel with forsaking Palestine.
  • l The neighboring countries only arrange everything to suit their own convenience, and don’t rescue Palestine. Jordan of the east side seems to have been regarded that way in particular. And the oil-producing countries such as Saudi Arabia close to the United States, after all, it brings benefits to Israel.
  • l Various radicals repeat terrorism and let the conflict spread, but the neighboring countries (including Saudi Arabia, Syria, Iran) support each radical separately.
  • l The United States performed various interventions in the Middle East and the Islam zone (Arab and Afghan) more than half a century and planted the war and confusion.
  • l The U.K. established a border in the Middle East after the World War I without permission, and finally escaped when it became problems.

 

 

 

私が推測する彼らが悪いと見なす理由

  • * アラブ諸国は中東戦争を始めたが惨めな敗北を喫し、パレスチナを置き去りにしたままイスラエルを認めた。
  • * 近隣諸国は自国の都合しか念頭になく団結して救援してくれない。東隣のヨルダンは特にそう思われており、またサウジなど産油国は米国に擦り寄り、イスラエルを利することになる。
  • * 過激派がテロを繰り返し、紛争を拡大させているが、近隣諸国(サウジ、シリア、イランなど)はバラバラにそれぞれの過激派を支援している。
  • * 米国は、ここ半世紀以上、中東やイスラム圏(アラブとアフガン)に様々な介入を行い、戦火と混乱を植え付けた。
  • * 英国は、第一次世界大戦後、勝手に中東の国境を定め、もめると最後には逃げた。

 

 

The second most answers of Israeli are 2 cases of Arab, 2 cases of anti-Judea, 2 cases of Europe and America (include the U.K.), and next 1 case of the own country.

There wasn’t person answering Palestine is in fault.

 

 

イスラエル人で次いで多いものを挙げると。アラブ2件、反ユダヤ2件、欧米(英国含む)2件、自国の1件が続く。

パレスチナが悪いと答えた人はいなかった。

 

I was surprised there is the anti-Judea in the answers.

When the world criticizes the severe act of Israel, they seem to consider it as age-old discrimination against Jew (anti-Judea).

Israel became more and more high-handed (the right wing) since Prime Minister Rabin (winning Nobel Peace prize) of the moderates was assassinated in 1995 by the Jewish young man objecting to the peace.

As one of the outcome, the separation barrier began to be made in the West Bank since 2002, and the total extension becomes 700km now.

In contrast, the United Nations did censure resolution, and there is certain American Jew group that stood up to have to correct such Israeli excessive act.

 

The young of the both sides don’t blame the responsibility of the war on each other, and consider that the causes are due to both sides, Arabic neighbor countries, and European and American.

 

This continues next time.

 

ここで注目するのは、反ユダヤが挙がっていることです。

世界がイスラエルの苛酷な行為を非難すると、彼らは昔から続くユダヤ人差別(反ユダヤ)と受け取るようです。

1995年に穏健派のラビン首相(ノーベル平和賞受賞)が和平反対派のユダヤ人青年に暗殺されてから、イスラエルは益々、強権的(右翼的)になっている。

その現れとして、ヨルダン側西岸に分離壁が2002年から造られ始め、現在総延長は700kmにもなっている。

これに対して国連は非難決議をし、こうしたイスラエルの行き過ぎを是正すべきとして立ち上がった米国のユダヤ人団体もある。

 

両者の若者は概ね、戦争の責任を相手国だけに押し付けるのではなく、双方またはアラブ周辺国と欧米にあるとみている。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ 43: 何がちがうの・・


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  • * 1

 

 

私は技術者として、日々、新しい事や困難な事、また職場改善を行って来ました。

成功するには的確な分析と予測が不可欠でした。

そこで今日は、平和を求める意見の違いについて考察し、その対立がなぜ起きるかを見ます。

 

2

  • * 2

 

 

次の要望に対して、あなたはどう思いますか?

 

1問目

「ある集落が武装集団に襲われるようになり、村民が銃の携行を望んでいます。」

この現場は中東の紛争地域だとします。

 

2問目

「ある学校でいじめが横行しており、被害者の親が子供に武器の携行を望んでいます。」

これは日本の場合です。

 

3問目

「抗争相手の暴力団の規模が遥かに大きいので、部下が重火器の武装を望んでいます。」

あなたは日本の小さな暴力団の親分だとします。

 

3

  • * 3

 

 

どう答えますか

あなたは武器携行や武装に賛成、反対、それとも別の解決案を提示しますか。

 

武装に賛成する人は、弱者や被害者の身を思っての判断でしょう。

反対する人は、なぜそれを軽視するのだろうか。

反対する人は一度、武装を許すと巷に武器と暴力が氾濫し、むしろ被害が拡大すると考えるらしい。

 

どちらが正しいのでしょうか?

答えは皆さん次第ですが、幾つかのヒントはあります。

 

1問目は、多くの人は賛成するでしょう。

米国でテロ事件後に銃購入が増えるように、当事者の身になると武器携行を拒否するのは難しい。

しかし、中東での大国の武器供与による武力衝突の拡大、米国の銃社会における銃犯罪の増大を知ると賛成出来ない面もある。

そして一度、それを許すと逆戻りは不可能に思える。

 

これは大いに悩むところです。

犠牲や被害にこだわり手を打たずに放置すると災厄は大きくなるばかりです。

もし、第2次世界大戦で連合軍が10万人の戦傷者発生をためらい、ノルマンディー上陸作戦を敢行しなければ、死者5千万人を超えた戦争を終わらすことは出来なかったかもしれない。

また南アフリカで、マンデラが同胞1万人の虐殺被害にこだわって和睦を求めなかったら、アパルトヘイトは終わらなかったかもしれない。

凡人にはこんな判断は出来ないが、英断が世界を救った事例です。

 

 

2問目はあり得ない設定ですが、おそらく賛成する人はいないでしょう。

非力な我が子が暴力的ないじめを受けるかも知れないのに、権利として対抗手段(武器)をなぜ与えないのでしょうか。

一番の理由は、別の解決方法(学校がいじめを減らす対策)を採るべきだと考えるからでしょう。

これは、日本人が社会を信頼し、個人が紛争に直接手を出さないという暗黙の了解があるからでしょう(別の理由もあるが)。

私はこの事が平和の為に重要だと考えていますが、今回は触れません。

米国なら違う結果になるでしょう。

 

4

  • * 4

 

3問目では、おそらく、あなたは現実的に判断し武装闘争を諦め、相手の傘下に入ることでしょう。

 

このような事例は幾つもあります。

冷戦時代の米ソが保有していた核弾頭は合計5万発でしたが、この時、日本列島を迎撃ミサイル網でカバーすべきだと真剣に考えた人はいないでしょう。

今より、不透明で遙かに恐ろしい時代でした。

例え核弾頭の飛来を迎撃しても、一度核戦争が始まれば無意味だったからです。

もっとも迎撃も不可能でしたが。

 

北朝鮮ミサイルの迎撃は現時点で100%では無く、今後益々完全防御は遠のくでしょう。

まして中国やソ連の核攻撃まで含めると、迎撃構想は破綻します。

 

往々にして、核ミサイル配備の抑止効果よりも、近隣に核兵器開発や配備の競争を招くことになります。

このことは米ソの核開発競争が物語っています。

詳しくは「私達の戦争 44、45」で扱っています。

 

 

何がポイントか

この平和を求める議論が噛み合わないのには理由があります。

それは、ある人は現実の恐怖を重視し、別の人は未来に起きるかもしれないより大きな惨劇を予想するからです。

 

現実の恐怖心を無視出来ませんが、社会が共有した恐怖が些細な誤解や対立から徐々に高まり、さらにマスコミや政府によって煽られた事実は世界や日本に幾つもあります。

また、そのような発端と動機はいつの時代にも存在します。

 

一方、軍拡競争が戦争を招く事例も事欠かないが、今回もそうなると言い切ることは出来ません。

 

一つの事実に対して、なぜこうも認識が異なるのでしょうか。

ある人は現実の社会に概ね満足し、権威や秩序に信頼を置きます。

この人は社会の現状維持を望み、時には過去の美徳を礼賛することになります。

一方、異なる外部社会に対して排他的になる可能性が高いようです。

 

ある人は現実の社会に不満を持ち、権威や秩序に疑いを持ちます。

この人は社会の変革を求め、理想の形を想定することになります。

一方、外部社会にその理想の事例を見出そうとします。

 

両者は、信頼するものが異なり、自分に合った情報やマスコミを取捨選択するようになって行きます。

ついには、都合の悪い歴史や科学的な情報をそれぞれ無視するようになります。

こうなると、両者の意見の違いは埋まらなくなります。

 

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  • * 5

 

 

結論

知って頂きたいことは、それぞれ信頼している論理(平和を求める案)が、両者の脳にとって心地良いだけ、錯覚かも知れないことです。

 

そうであるなら、あなたの確信を疑ってみることをお薦めします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Visiting from Tajima shore to Tango Peninsula 6: Daijyo-ji temple and Maruyama Ōkyo 1


但馬海岸から丹後半島を巡って 6: 大乗寺と円山応挙 1

 

 1

< 1. a temple gate of Daijyo-ji >

< 1. 大乗寺の山門 >

 

Today, I introduce the temple being on the way to the mountain from Kasumi Port in Hyogo.

There were amazing things in the seemingly ordinary temple.

Many pictures of Maruyama Ōkyo and the pupils were breathing there.

I introduce them several times from now on.

 

今日は、兵庫県の香住港の山側にある寺を紹介します。

一見なんの変哲もない寺に凄いものがありました。

円山応挙と一門の絵がそこで生き続けているのです。

数回に分けて、紹介します。

 

 

About Daijyo-ji temple

This is a temple of the Shingon sect of Buddhism, and it is said that priest Gyogi founded it in the 8th century.

Afterwards, it became extinct, but a chief priest of it achieved the restoration in the end of 18th century of the latter half of the Edo era.

When this chief priest visited Kyoto, he knew the talent of Maruyama Ōkyo, and gave him much money.

After Maruyama Ōkyo became successful as an artist, he provided many pictures to this temple with 12 pupils to show its gratitude.

In this temple, there are more than one hundred of pictures and carvings, and the main works are still used in each room now.

So this temple is called Ōkyo temple.

 

 

 

大乗寺について

ここは真言宗の寺で、行基上人が8世紀に創建したと伝えられている。

その後、廃れていたが、江戸時代後期の18世紀末、ここの住職が再興をはたす。

この住職が京都訪問のおり、応挙の才能を知り、彼に銀三貫目(約50両?)を与えます。

応挙は大成したのち、その恩に報いるために、弟子12名とともにこの寺に絵を提供した。

百点を超える絵や彫り物があり、その主要なものが各部屋に今も当時のまま使用されています。

それで、ここは応挙寺とも呼ばれている。

 

 

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< 2. a main gate and the stone wall >

< 2.山門と石垣 >

 

 

 

 

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< 3. the entrance and an Ōkyo statue >

< 3.玄関の応挙像 >

Upper photo: if I passed through the main gate, I saw the excellent entrance hall that an Ōkyo statue was set in the center of.

Essentially, visitor enters the reception hall from this entrance hall, and opens the back shoji and enters a waiting room.

Tourist enters from kitchen of the right hand and pays the admission 800 yen.

And the tourist looks around many paintings of fusuma (sliding door), folding-screen paintings, and fretworks of ranma (transom) in the reception hall along with receiving explanation.

 

 

上の写真: 山門をくぐると立派な玄関が見え、その中央に応挙像があります。

本来、客はこの玄関から客殿に入り、この奥の障子を開けて農業の間(待合の座敷)に入ります。

見学者は、右手の庫裡(台所)から入り、入場料800円を支払います。

そして、説明を受けながら客殿の十数部屋の襖絵、屏風絵、欄間の彫り物を見て回ります。

 

 

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< 4. the reception hall and a masterpiece of Ōkyo >

< 4.客殿と応挙の代表作 >

Upper photo: the kitchen side of the reception hall.

This building is more than 200 years old.

 

Lower picture: this is a national treasure, the half of folding-screen paintings that Ōkyo described pine trees covered with snow, and other museum has this.

 

上の写真: 客殿の庫裡側。

2百年ほど経た立派な建物です。

 

下の絵: 国宝「雪松図屏風」の半分で、三井記念美術館蔵です。

 

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< 5. views of the main gate from in front of the reception hall  >

< 5. 客殿の前から山門側を見る >

 

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< 6. main buildings >

< 6. 主要な建築物 >

Upper photo: the reception hall.

Lower photo: The right hand is Kannon-do hall and the left hand is Yakushi-do hall.

 

上の写真: 客殿。

下の写真: 右手が観音堂で左側が薬師堂。

 

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< 7. views from in front of the Kannon-do hall >

< 7.観音堂から客殿を見る >

Upper photo: there is a garden between the reception hall and the left mountain, but I couldn’t see it.

Lower photo: Water just spouts out of the top point of a globular stone in the center of the stone washbasin.

The water flowing from the mountain gushed out of it intermittently, but I don’t understand the mechanism.

 

I introduce paintings of Ōkyo next time.

 

 

上の写真: 客殿と左の山の間に庭があるが、見学は出来ない。

下の写真: この手水鉢の中央にある宝珠の先から勢いよく水が飛び出している。

機構はわからないが、山から流れてくる水が間歇的に噴出していた。

 

次回から応挙らの絵を紹介します。

 

 

 

 

 

Categories: culture+society, history+evolution, <english language, <japanese language, Series: Visiting from Tajima shore to Tango Peninsula, travel+photo | Tags: , , , , , , | 2 Comments

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