ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 14: エカテリーナ宮殿 2


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今日は、エカテリーナ宮殿の外観と庭園を紹介します。

黄葉と湧き上がる白い雲が青空に映えて素晴らしい光景でした。

 

 

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番号1~6までの写真は、宮殿に沿って300mほど歩いた間に撮ったものです。

しかし、心躍る瞬間でした。

暖かい陽ざしに輝く黄葉、青空と緑の芝に映える青と白、金色に彩られた宮殿が実に素晴らしい。

 

 

 

 

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番号7と8の写真の黄葉の林はエカテリーナ宮殿に続く広大な庭園のほんの一部です。

バスに乗る前に、柵の外側から撮ったものや、バス走行中に撮ったものです。

 

 

 

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< 9.昼食のレストラン >

 

昼食はエカテリーナ宮殿から車で約5分離れた所にあるレストランで、団地の一角にありました。

下の写真中央の1階の建物です。

さっと通り雨が来たので道路が光っています。

 

いよいよこれでロシアともお別れで、次の国、エストニアに向かいます。

 

次回は、国境の町ナルヴァを紹介します。

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 49: religion and persecution 3: Persecution of Jewish people 1


中東に平和を! 49: 宗教と迫害 3: ユダヤ人の迫害 1

 

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< 1. Merchant of Venice >
< 1. ベニスの商人 >

Previous time, we knew how Islam had been seen from Europe.
From now on, I will investigate why Jewish people were oppressed.
There is a sad nature of human repeated.

 

前回、イスラムが西欧からどのように見られていたかを知りました。
これから、なぜユダヤ人は虐げられたかを探ります。
そこには繰り返して来た人類の悲しい性があります。

 

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Preface
At the start of taking up the problems of the Middle East, I had dissatisfaction toward the present conditions that Muslim in the Middle East was treated like a bad person unfairly, so I was going to investigate the truth.
However, the more I investigate, the more I feel a feeling of futility.

 

I can say that the most of failing to advancing the peace is due to the Middle East including the existence of radical extremists.
On the other hand, there are a lot of outside factors that embroiled the Middle East in armed conflicts.
The Middle East war began with the founding of Israel.
It seems a result of the counter action of Jewish people that had been persecuted in the Eurasian Continent.

 

I have handled various wars through my blog so far.
These also had many flash points in common with the Middle East.
One of them is a feeling of discrimination to produce antagonism or persecution.
はじめに
私は中東問題を取り上げるに当たり、中東のムスリムが不当に悪者扱いされる現状に不満を持ち、真実を探ろうとした。
しかし、調べれば調べるほど、空しくなってしまった。

 

確かに、和平が進まないのは暴虐な過激派の存在など中東の側に問題が多いと言える。
一方で、中東に紛争を呼び込んだ外部要因が数多く存在している。
中東戦争勃発はイスラエルの建国が切っ掛けでした。
それはユダヤ人がユーラシア大陸で受けた迫害の反動でした。

 

私は、今までブログで様々な戦争を扱って来ました。
それらにも、中東とほぼ共通する火種が存在しました。
その一つが、対立や迫害を生む差別感情です。

 

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< 3. anti-Semitic purges in Russia (pogrom)>
< 3.ロシアでのユダヤ人迫害(ポグロム) >

 

Jewish misfortunes
Looking around the world, I don’t know a race such as Jew that had been so despised and achieved success.
After the extinction of Israel, the Jew was scattered all over the world and continued being persecuted for 2,000 years, and accomplished the founding of Israel in the same area.
Now, it could say that the Jew is one of the world’s top race in knowledge, information, and capital power.
The Israel is an advanced industrial country, and an eminent military nation having nuclear weapon.

 

Why was this excellent race despised and persecuted for 2,000 years?
It originated in Jerusalem and arose from a grudge bred in Europe.
The grudge seems to have been amplified by a fervent devotion.

 
ユダヤ人の悲運
世界中見渡して、ユダヤ人ほど侮蔑され、かつ成功した民族を知りません。
ユダヤ人はイスラエル滅亡後、世界に離散し、2000年間迫害され続けた後、同じ地に建国を成し遂げた。
今やユダヤ人は知識や情報、資本力で世界有数の民族と言えるでしょう。
イスラエルは先進工業国であり、核兵器を持つ有数の軍事国家と言える。

 

なぜこれだけの事を成した優秀な民族が、2000年もの間、侮蔑され迫害されたのだろう。
それはエルサレムに始まり、西欧で醸成された怨念が災いしている。
その怨念は篤い信仰心によって増幅されたように思える。

 

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A Jewish tragedy
The most known tragedy will be the Holocaust by Nazis Germany.
While World War II, the German military killed 6 million Jews in concentration camps and forced labor.

 

Why did Hitler do such a reckless act?
Hitler described the reason in “Mein Kampf”.
“ It is our only purpose to achieve the existence and prosperity of our German race as Aryan that can create excellent culture.
….
The pacifism, democracy, and internationalism to antagonize Germany nationalism are means for world conquest by “Jewish race” as a destroyer of all culture. “

 

Why did Hitler hate Jew so much?
This happened in the process that Germany became a fascism from the bottom after World War I.
He professed the defeat and economic ruin of German were mainly due to Jew.
Jew was always despised as miser, betrayer and vulgar person than before.
Then, Hitler thought that necessary condition for the revival of Germany was to get Eastern Europe again by the fight with the Soviet Union.
On the other hand, anti-Semitic purges in Russia became harsh, and many Jews flowed into Eastern Europe from Russia.
Because Germans were afraid of the Soviet Union and communism, they worried about Jewish betrayal.
Thus, Germans obeyed racial discrimination of Hitler blindly.

 

This continues the next time.
ユダヤ人の悲劇
最も知られているのはナチス・ドイツによるホロコーストでしょう。
第二次世界大戦中、ドイツ軍は強制収容所と強制労働などで、600万人のユダヤ人を殺害した。

 

なぜヒトラーはこのような暴挙に出たのだろうか?
ヒトラーは「わが闘争」でその理由を述べている。
「文化を創造し得る『アーリア人種』たるドイツ民族の生存と繫栄こそが、唯一の目的であり、・・・
さらに、ドイツ民族主義に敵対する平和主義・民主主義・国際主義は、文化破壊者たる『ユダヤ人種』による世界制覇の手段である。」

 

なぜヒトラーはここまでユダヤ人を目の敵にしたのか。
これは第一次世界大戦後、どん底のドイツがファシズム化する過程で起こった。
彼はドイツの敗因と経済破綻の主因の一つをユダヤ人のせいにした。
かねてから、ユダヤ人は守銭奴で、裏切りが者で、低俗な民族と蔑視されていた。
またヒトラーはソ連と戦い、東欧を獲得することがドイツ再興の条件としていた。
一方、ユダヤ人迫害(ポグロム)が苛烈化し、ユダヤ人がロシアから東欧に流入していた。
ドイツ国民はソ連と共産主義を恐れていたので、ここでもユダヤ人の裏切りを懸念した。
こうして、ドイツ国民はヒトラーの人種差別に盲従することになった。

 
次に続きます。

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 13: エカテリーナ宮殿 1


 

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今日はサンクトペテルブルグ近郊にあるエカテリーナ宮殿を紹介します。

この日(9月30日)は快晴で、素晴らしい黄葉に囲まれた宮殿を存分に楽しみました。

 

 

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< 2. エカテリーナ宮殿 >

 

上の写真: 入場開始時間を待つ観光客の眼差しの向こうに宮殿が朝陽を浴びて輝いている。

 

下の写真: 右が宮殿、左が学習院で、奥に紅葉の街路樹に囲まれた通りが続いている。

詩人プーシキンはこの学習院の第一期生でした。

 

 

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< 3. エカテリーナ宮殿に入場 >

 

エカテリーナ宮殿について

ここはサンクトペテルブルグから南に約25km離れた所にあります。

ここ一帯にはかつての皇族の夏の宮殿と庭園が広がっています。

エカテリーナ宮殿は1724年、ピュートル大帝の妃、女帝エカテリーナ1世のために建設された。

 

 

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< 4.2階に上がる階段 >

 

見学者は1階で大きなコートや荷物を預け、2階に上がり見学を始めます。

 

 

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< 5. 大広間 1 >

 

度肝を抜かれた黄金に輝く大広間です。

秋の陽射しが部屋の隅々まで差し込み、金の装飾が燦然と輝き、眩しいくらいでした。

ここで小説「おろしや国酔夢譚」の大黒屋光太夫がエカテリーナ2世(大帝)に謁見して帰国を願い出た。

 

 

 

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< 6. 大広間から続く部屋 >

 

この向こうに、食堂やサロンが続く。

 

 

 

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< 7. 大広間 2 >

 

上の写真: 窓越しに庭の紅葉が見えている。

下の写真: 二つの陶器製のものは暖炉です。

 

 

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< 8.絵画の間 >

 

上の写真: 食堂。

大きな宮殿にしては非常に小さく、家族用の感じです。

 

下の写真: 絵画の間。

 

 

 

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< 9. 緑の間 >

 

古代ローマ風の浮彫がある食堂。

 

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< 10. 見学最後の部屋 >

 

上の写真: 見学最後の部屋。

床の木組みが美しい。

この部屋を抜けると、1階に降りて庭園に出ます。

 

下の写真: 宮殿の復元作業の展示。

1階の長い通路の両側に展示されています。

上部中央の写真は写真4.の階段だと思います。

 

この破壊は、第二次世界大戦中、ドイツ軍がこの宮殿を占領し撤退する時に起こした。

有名な「琥珀の間」もそっくり分解されて持ち去らてしまった。

今回、私達が見た「琥珀の間」は2003年に乏しい資料を頼りに再現されたものです。

残念ながら、「琥珀の間」は写真撮影が出来ませんでした。

 

 

 

あとがき

宮殿の素晴らしさに感動したのですが、大きい宮殿の割に見学した部屋が少ないので不思議に思っていた。

だが、復元作業の写真を見ると納得した。

現在のところ、修復された部屋はわずか29室らしい。

復元を行った館長らの英断と苦労に頭が下がります。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 48: religion and persecution 2: Prejudice against Islam


中東に平和を! 48: 宗教と迫害 2: イスラム教への偏見

 

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Previous time, we look at the antagonism and persecution that arise from Buddhism or Hinduism.
From now on, I look at the antagonism and persecution between religions (Judaism, Christianity, and Islam) that were born in the Middle East.

 

前回、仏教とヒンドゥー教がもたらした迫害や対立を見ました。
これから、中東で生まれた宗教、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の迫害や対立を見ます。

 
What is understood from previous examples of the Buddhism and Hinduism
Religion retained laws and social system of that time, and also kept the discrimination.
In addition, it regards the heresy with hostility to secure the legitimacy, and the antagonism arises.
The religious community will promote these strongly.

 

前回の仏教とヒンドゥー教の例からわかること
宗教は当時の規範や制度を遺存し、差別を温存することになる。
また正当性を確保する為に異端を敵視し、対立を生むことになる。
教団がこれらを強力に推し進めることになる。

 

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< 2. the Ottoman Empire was capturing Vienna >
< 2.オスマントルコのウイーン攻略 >
How did Europe cognize Islam?
“ It is fundamentally impossible that Muslim tolerably governs Christian countries.”
In the late 19th century, British prime minister Gladstone swore in this way.
He was a pious Christian and dominated during the colony expansion.

 

“The sword and Koran of Muhammad are the biggest enemy for civilization, freedom and truth since recorded history.”
In the late 19th century, Scottish Islamic scholar William Muir said in this way.
He was a colonial administrator in India, too.

 

There are still persons believing “the Koran or a sword” as words indicating the aggressiveness of the Islam, but this is only a forgery.

 

“This notorious swindler Muhammad was the founder of the heresy doctrine.”
It was written in a famous encyclopedia of the end of 17th century.

 
西欧はイスラム教をどう見ていたのか?

 

「ムスリムが文明化されたキリスト教徒諸民族の上に善政を、またはなんとか我慢できる統治を敷くなどは根本的に不可能だ。」
19世紀後半、英国の首相グラッドストンはこう言い放った。
彼は敬虔なキリスト教徒であり、植民地拡大期に君臨した人物です。

 

「ムハンマドの剣とコーランとは文明・自由・真理に対する有史以来最大の敵である。」
19世紀後半、スコットランドのイスラム学者ウィリアム・ミューアはこう言った。
彼はインド植民地の管理者でもあった。

 

今でも「コーランか剣か」をイスラム教の攻撃性を示す言葉として信じる向きがあるが、これは捏造に過ぎない。

 

「これぞ名うてのペテン師ムハンマド。宗教の名を語るに至った異端教説の始祖にして創立者」
非常に影響力のあった17世紀末の百科事典「東洋全書」に書かれている。

 

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< 3. Luther >
< 3. ルター >

 

In the beginning of 16th century, Luther criticized that the Roman Catholic Church had been made by devil in the Christendom as same as the heresy of Muhammad.
He was a theologian who became a pioneer of the Reformation, but he regarded heresy with hostility and also criticized Judaism severely.

 

The prejudice against the Islam does not seem to change from old days.
The prejudice of the westerner against the Muslim can be summarized into three words: sexual license, murder, and compulsory conversion.
This matches the image of “Thousand and One Nights (Arabian Nights)” introduced in Europe of 1704.

 
16世紀初め、ルターは、ローマ・カトリック教会のことを、ムハンマドの異端と同類であってキリスト教世界内部に悪魔がこしらえたものだと批判した。
彼は宗教改革の先駆けとなった神学者ですが、異端を敵視しユダヤ教も痛烈に批判している。

 

どうやら昔からイスラム教に対する偏見は変わらないようです。
ムスリムに対する西欧人の偏見は性的放縦や殺人、強制改宗に集約されます。
これは1704年、西欧に紹介された説話集「アラビアン・ナイト」のイメージに結び付きます。

 

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< 4. Egyptian conquest by Napoleon >
< 4. ナポレオンのエジプト遠征 >

 

Why did such prejudice be born, and why did it remain strongly?
The Islam worships the one God as same as Christianity, and two doctrines are similar.
However, it is different to deal with Jesus and the Trinity, etc.
Christian will regard it as heresy.

 

The Islam was an invader and menace for Europe since the birth period.
Actually, Spain in the west side and Austria in the east side were exposed to their aggression.
Most of Europe lacked the opportunity to know this area and only knew through Byzantine Empire at most.

 

However, Europe came to have confidence in own civilization when it experienced the Industrial Revolution (since the mid-18th century).
On the contrary, in the end of 18th century, Napoleon conquered Egypt, and Europe ruled the Middle East since the mid-19th century.
Europe had already colonized most parts of the world, but people resisting most stubbornly was only Muslim.

 

Thus, both religions deepened opposition feelings while having a sacred place in same Jerusalem.

 
This continues the next time.

 

なぜこのような偏見が生まれ、強固に生き続けたのでしょうか?
イスラム教はキリスト教と同じ唯一神を崇め、教義が似ています。
しかしながらイエスや三位一体の扱いなどで違いがあります。
これはキリスト教徒にとって異端に映るのでしょう。

 

西欧にとってイスラムは誕生期から侵略者であり、脅威であった。
実際、西側のスペインと東側のオーストリアは彼らの侵略に晒された。
西欧の多くはこの地域を知る機会に乏しく、せいぜいビザンチン帝国を通じてであった。

 

しかし西欧は産業革命(18世紀半ば~)を経る頃には、自らの文明に自信を持つようになった。
逆に、18世紀末、ナポレオンはエジプトに遠征し、西欧は19世紀半ば以降から中東を支配した。
既に西欧は世界の大半を植民地にしていたが、最も頑強に抵抗したのはムスリムだった。

 

こうして両宗教は聖地を同じエルサレムに持ちながら対立感情を深めていた。
次回に続きます。

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 12: ロシアの大型スーパー


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今日は、サンクトペテルブルグのホテル近くにある大型スーパーを紹介します。

またホテルからエカテリーナ宮殿到着までの景色も紹介します。

 

 

 

 

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< 2.宿泊したホテルと大型スーパー >

 

上の写真: 宿泊したホテルは空港近くのCrowne Plaza St. Petersburg Airport です。

中央の写真: ホテルの部屋から大型スーパーLENTAが右側に見えます。

下の写真:  LENTAの正面。

このスーパーは24時間営業です。

 

 

 

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< 3. レジ >

 

私達はホテル到着後と翌日の早朝、2回買い物に行きました。

日本の大型スーパーと同じ規模です。

 

 

 

 

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< 4. 衣類と家電製品 >

 

旅行時の為替は1ルーブルが約1.6円でした。

したがって、上の写真の衣類の値札は600~1900円で、日本と変わらない。

下の写真の家電製品の値札は1600~8000円で、日本よりも安いかもしれない。

私は中央の暖炉型ファンヒーターが気に入りましたが、後に各地のレストランで見ることになりました。

 

 

 

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< 5. パンと菓子の売り場 >

 

ここで面白い経験をしました。

 

私達は旅行前から本場のピロシキを食べようと計画していました。

ところが、食べる機会がなく、今日(9/30)にはロシアを離れてしまいます。

またこのスーパーにも、それらしきものが見つかりません

それで、店員やお客さんをつかまえては、「ピロシキ」「ピロシキ」と連呼して聞きました。

4人以上に聞いたと思いますが、皆、「ピロシキ」に近い発音をして、それぞれ異なる菓子パンやケーキ類を指差します。

わけがわかりません。

結局、私達はお客さんがよく買うパンを買って諦めました。

 

この日の、昼食時、現地ガイドにこのエピソードを伝えました。

彼曰く、ピロシキは中に総菜が入ったパンのことで、各地で異なる。

私達は、「パルナスのピロシキ」のような揚げたパンを探していたが、それは無かった。

 

私達は異国の文化や風習をいとも簡単に見誤るようです。。

「ロシアではもうピロシキを食べていない」と!

 

 

 

 

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< 6.果物や野菜の売り場 >

 

 

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< 7.他の売り場 >

 

スーパーにて

私達がニュースで見た1990年代のロシアの経済状況は酷かった。

当時、人々は物が無く、少ない配給品を買うために行列を作って並んだ。

またルーブルの価値が下落し、経済は崩壊しているように映った。

しかし、今回の旅行でモスクワとサンクトペテルブルグの大都市を見て、豊富な商品に驚いた。

ロシアの一人当たりのGDPは日本の6割ぐらいですが、このスーパーの商品価格は高くないので、暮らしは悪くないように思えた。

この経済復興を見れば、ロシアでのプーチン大統領人気が高いのもうなづける。

 

スーパー内の商品の説明書きに、一切英語表記がありません。

おそらくすべてロシア語表記なのでしょう。

これには困りました。

お菓子の計り売り器などの使い方が分からず、店員に聞いても、まったく通じません。

ロシアの閉鎖性が気になりました。

これでは欧米との意識のギャップは深まるばかりです。

 

 

 

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< 8.ホテルを出発 >

 

 

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< 9.エカテリーナ宮殿に近づいた >

 

今日は、快晴で紅葉が映えていました。

 

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< 10. エカテリーナ宮殿に到着 >

 

周囲はエカテリーナ宮殿の庭園です。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 47: religion and persecution 1: at the beginning


中東に平和を! 47: 宗教と迫害 1: はじめに

 

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I deal with antagonism and persecution that arise from religion as a theme from now on, and it was a flash point of the problems of the Middle East.
This is a pitiful reality that the human race is burdened with for many years.
Why will religion giving salvation to people produce antagonism and persecution?

 

これから中東問題の火種の一つ、宗教がもたらす対立や迫害を取り上げます。
これは人類が長年背負って来た痛ましい現実です。
なぜ人々に救いや安らぎを与えてくれる宗教が対立や迫害を生むのでしょうか?

 
Preface
I will clear up a misunderstanding first.

 

The antagonism and persecution start with distinguishing the relative (family or group) from other group.
We unconsciously perform this distinction routinely.
When uneasiness and dissatisfaction in a group increase, the distinction is shared by the group, and becomes discrimination.
The group uses a simple earmark for the discrimination.
The religion is only one of the mark like race, ethnic group, and sex.
But it can become more violent.

 
はじめに
最初に誤解を解いておきます。

 

対立や迫害は、人間が身内(家族や集団)とそれ以外の集団とに区別することで始まります。
私達は日常的に、この区別を無意識で行っています。
そして不安や不満が高まると、これが集団で共有され差別に発展にします。
集団はこの差別に単純明瞭な目印を利用します。
宗教も人種や民族、性別、貴賤などと同様の目印の一つに過ぎない。
ただ、より暴力的になることがある。

 

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< 2. Buddhist scriptures >
< 2. 経典「阿含経」 >

 

Various antagonism and persecution that arise from religion

As for Buddhism
An early Buddhist scriptures said,
“Buddha said to an elder, there are nine bad habits to women, and they are dirtiness and jealous, and have a bad mouth …..”

 

There are many sentences that dirty some kind of persons in other scriptures.
For example, ” One doing such evil deed must be an untouchable.” and ” You must not have friend doing unclean job.”
Naturally these scriptures do not prompt such discrimination, and use it to keep away a believer from evildoing.
Unfortunately the common ideas in India of the time have remand in the scriptures.

 

However, when it was handed down to Japan, it led to the justification of despising women and dirty persons.

 

宗教が生む様々な対立や迫害
仏教では
初期の仏教経典「増一阿含経」に曰く。
「世尊は長老に言った。女人には九の悪い習性があり、不浄で、悪口多し、嫉妬し、・・・。」

 

他の教典にも貶める文言が見られる。
例えば、「そんな悪事を働くのは栴陀羅(せんだら、インドの不可触民)だけだ!」「穢れた仕事をする者を友にするな!」などがある。
当然、経典は差別を煽っているのではなく、信者を悪行から遠ざける為に用いている。
残念ながら、当時のインド社会の通念が経典に遺存してしまった。

 

しかし、これが日本に伝わると、女性や穢れた者を蔑視することの正当化につながった。

 

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< 3. Armed monk >
< 3. 僧兵 >

 

In addition, in Japan, civil wars took place between denominations of the Buddhism.
In the 16th century during the Warring States period, the Nichiren-sect followers joined up with the military power of a daimyo and set fire to the Ikko sect temples in Kyoto.
And armed monks of Mt. Hiei were impatient of the Nichiren-sect followers gathering strength, and joined up with the military power of other daimyo, then set fire to the Nichiren-sect temples, and killed several thousand people in Kyoto.
Because each denomination competed for power, these happened.

 
また日本でも仏教の宗派間で内戦が起きている。
16世紀、戦国時代の京都で、日蓮宗徒が大名と組み、浄土真宗の寺院を焼き討ちした。
また、勢いを増す日蓮宗に業を煮やした比叡山(天台宗)は大名と組み、その僧兵が日蓮宗の寺院を焼き払い、数千人を殺害した。
これは各宗派が勢力を競った為に起こった。

 

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< 4. a Indian bamboo work group >
< 4. インドの竹細工集団 >

 

As for Hinduism
The Indian caste system (four hierarchies) was already stipulated in Brahmanism scripture of the Rig-Veda.
The scripture was created in the process that Aryan had invaded the north India more than 3,000 years ago and had conquered aboriginal people.
The class system was also stipulated in Manu Smriti established around A.D.

 

The reason of the caste system’s birth is not clear.
But I think that there were exclusive professional groups suitable for India, and it was strengthened by the logic of dirtiness that Brahman emphasized and the doctrine of the transmigration of souls.
Untouchable being under the four hierarchies has received miserable discrimination.

 
ヒンドゥー教では
インドのカースト制(4つの階層)は最古のバラモン教の聖典リグ=ヴェーダに既に規定されていた。
この聖典は3千年以上前にアーリア人が北インドに侵入し、先住民を支配する過程で生まれた。
紀元前後に成立したマヌ法典にも身分制が規定されている。

カースト制誕生の理由は明らかではないが、インドに適した排他的な職能集団があり、それをバラモンが強調する浄・不浄の論理と輪廻思想で強化し定着させたと考えられる。
4つの階層の更に下になる不可触民は悲惨な差別を受けている。

 

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< 5.  India-Pakistani wars and conflicts >
< 5. インド・パキスタン戦争 >

 

The colony dismantling of the U.K. in 1947 led to the India Pakistani wars that happened many times.
Hindus of the Indian majority and Muslims of the minority antagonized each other, and the latter insisted on separation.
The Muslims achieved independence as Pakistan, but more than ten million refugees flowed in mutually at this time, riots and slaughters occurred, and 1 million people died.
Until now, the antagonism continues due to this issue and possession of Kashmir.

 

This continues the next time.

 

幾度も起こったインド・パキスタン戦争の発端は、1947年の英国の植民地解体にあった。
インドの多数派のヒンドゥー教徒と少数派のイスラム教徒の対立が激化し、後者は分離を主張して譲らなかった。
イスラム教徒はパキスタンとして独立を果たしたが、この時に1千万人以上の難民が相互に流入し、暴動や虐殺が発生し100万人が死んだとされる。
この事とカシミール領有で、現在まで対立は続いている。

 
次回に続きます。

 

 

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蟹と紅葉を楽しみました 6: 秋の山野と海峡


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今日は、ドライブ途中で見た秋の山野と海峡を紹介します。

これで、今回の旅行記は終わります。

 

 

 

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< 2.9号線 >

 

ここは村岡辺り。

 

 

 

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< 3. 9号線 >

 

ここはハチ北口の辺り、若い頃、ハチ北にスキーに来ました。

 

 

 

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< 4.9号線  >

 

ここは関宮辺り。

 

 

 

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< 5.道の駅あさご 1 >

 

ここには播但連絡有料道路に乗る前に、昼食の為に立ち寄りました。

道の駅のすぐ横で綺麗な紅葉が見られました。

昔、家族で神鍋に行った後の帰り道、ここによく立ち寄りました。

 

 

 

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< 6.道の駅あさご 2 >

 

 

 

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< 7.道の駅あさご 3 >

 

 

 

明石海峡と裏六甲の眺め

次の22日、淡路島から神戸にバスで出ました。

この日は但馬旅行の2日間とは打って変わって素晴らしい天気でした。

バスの車窓から見た快晴の海と山の写真を紹介します。

 

 

 

 

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< 8.明石海峡大橋からの眺め >

 

淡路島から舞子に向かっているバスからの眺めです。

西側、瀬戸内海側を見ています。

淡路島はあまり紅葉しません。

 

 

 

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< 9.高速道路からの眺め 1 >

 

上の写真: 神戸淡路鳴門自動車道を見下ろしている。

 

下の写真: 阪神高速7号北神戸線からの眺め。

 

こちらは山は紅葉していました。

但馬の山々はもっと紅葉していたのですが、天気が悪かったので残念でした。

 

 

 

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< 10.高速道路からの眺め 2 >

 

阪神高速7号北神戸線からの眺め。

 

 

この連載は終了します。

ありがとうございました。

 

 

 

 

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蟹と紅葉を楽しみました 5: 竹田城跡


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*1

 

今日は、写真撮影で最も楽しみにしていた立雲峡と竹田城跡を紹介します。

立雲峡は雲海に浮かぶ竹田城跡の撮影で有名になった所です。

 

 

 

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< 2.立雲峡の登山道 >

 

中腹の駐車場まで車で行き、そこから第三、第二、第一展望台へと登ります。

一番高い第一展望台までは徒歩25分だそうです。

私は疲れたので一番近い第三展望台から撮影しました。

第三展望台は標高354mの竹田城跡と同じ高さにある。

駐車場からも撮影出来ます。

 

 

 

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< 3.第三展望台から竹田城跡 1 >

 

中央の古城山の山頂に石垣が微かに見えます。

北西方向を見ている。

 

今日は、今にも雨が降りそうな空模様で、霞んで見えます。

雲海は秋の明け方から午前8時頃までで、色々な気象条件が重なった時に見られるそうです。

そう簡単に雲海にお目にかかれないのでしょうか。

 

 

 

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<4. 第三展望台から竹田城跡 2 >

 

古城山の麓右下にJR竹田駅と寺町通りが見えます。

 

 

 

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< 5.第三展望台から寺町通り  >

 

麓のJR竹田駅と寺町通りです。

 

 

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< 6. 第三展望台から竹田城跡 3 >

 

 

 

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< 7. 第三展望台から竹田城跡 4 >

 

 

竹田城について

15世紀、応仁の乱で西軍の総大将であった山名宗全が、この山頂に城を築かせた。

戦国時代は太田氏が城主となり、播磨(瀬戸内海側)と但馬(日本海側)の国境を守る拠点となった。

織田軍の播磨攻めの折、1577年、羽柴秀吉により落城した。

最後の城主赤松氏が石積みの城郭を整備し、今に至っている。

 

 

 

 

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< 8.表米神社の下 >

 

ここは寺町通りの端になります。

山頂に石垣が見えます。

右下に表米神社への階段があり、そこから山頂まで登ることが出来ます。

 

 

 

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< 9.JR竹田駅 >

 

ちょうど電車が入って来ました。

南側を見ています。

 

 

 

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< 10. プラットホームから寺町通り >

 

寺町通りにはお寺が幾つも並んでおり、紅葉が美しかった。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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蟹と紅葉を楽しみました 4: 浜坂と湯村温泉


 

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< 1. 蟹のいけす >

 

 

今日は、蟹で賑わう浜坂漁港と湯村温泉の蟹料理を紹介します。

 

 

 

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< 2. 浜坂漁港 1 >

 

 

 

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< 3. 浜坂漁港 2 >

 

私は今年5月に、写真左手に見える鬼門崎を遊覧船で巡りました。

その時と打って変わって冬の気配が広がっていました、海はまだ荒れていませんでしたが。

この11月から蟹漁が解禁になったので、またやって来ました。

 

 

 

 

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< 4. 蟹の販売店 >

 

浜坂漁港にあるこの鮮魚店は観光バスなどで来た人で一杯でした。

おそらく観光バスは蟹の買い出しツアーでしょう。

ここの2階にレストランもあります。

皆さん、高い蟹をどんどん買っていくのには驚かされます。

 

 

 

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< 5. 高嶺の花 >

 

 

 

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< 6. 旅館「とみや」1 >

 

「とみや」の庭、右手奥にお気に入りの露天風呂があります。

私はここに泊まるのが2度目、それも半年後にまた来ました。

ここの料理と温泉が非常に気に入りました。

最も、割引の広告が新聞に出たので、飛びついた次第です。

 

 

 

 

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< 7. 旅館「とみや」2 >

 

今回、宿泊した部屋から素晴らしい紅葉を楽しむことができました。

ここはすぐ裏山が迫っており、自然な感じで秋を彩る木々が植えられていた。

 

 

 

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< 8. 旅館「とみや」3 >

 

上と同じ場所です。

不動明王が真っ赤な紅葉の中で立っているのが、如何にも日本的です。

 

 

夕食の蟹三昧

 

 

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< 9. 蟹料理 1>

 

A: 茹でたズワイガニと前菜。

B: カニ刺しと地魚お造り。

C: のどぐろの煮つけ

D: カニスキ。

E: 焼きカニ。

私が一番美味しいと思ったのは焼きカニでした。

 

 

 

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< 10. 蟹料理 2 >

 

F: カニ茶碗蒸しとカニ天ぷら。

G: カニ雑炊と漬物。

H: デザート。

 

やはり低料金なので蟹の大きさや量で見劣りしましたが、満腹になりました。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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蟹と紅葉を楽しみました 3: 高源寺


 

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今日は、紅葉で知られた高源寺を紹介します。

 

 

高源寺について

場所は丹波市青垣町にある臨済宗のお寺です。

山裾から山の斜面にかけて多くの仏閣が建てられている。

創建は14世紀ですが、戦国時代に焼失し、江戸時代に復興された。

 

 

 

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< 2. 高源寺の参道 >

 

 

 

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< 3. 惣門 >

 

上の写真: 惣門、最初の門。

 

下の写真: 惣門を入って右側の庭。

 

 

 

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< 4. 山門に向かう階段 >

 

 

 

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< 5. 山門 >

 

上の写真: 山門。

 

下の写真: 山門前から振り返る。

 

 

 

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< 6. 石碑 >

 

 

 

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< 7. 心字の池 >

 

奥の石垣の上から一筋の滝が流れ落ち、手前の「心字の池」に注いでいます。

 

 

 

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< 8. 方丈と鐘楼 >

 

下の写真: 方丈と鐘楼。

 

 

 

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< 9. 多宝塔 >

 

 

 

 

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< 10. 黄葉と紅葉 >

 

 

残念ながら、紅葉のピークは過ぎていました。

おそらく1週間前頃がピークだったのでしょう。

いつかまた来たいものです。

 

 

 

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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蟹と紅葉を楽しみました 2: 銀山湖から黒川渓谷へ


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今日は、銀山湖から黒川渓谷を紹介します。

 

 

 

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< 2.播但連絡有料道路 >

 

上の写真: 市川サービスエリアからの眺め。

下の写真: 播但連絡有料道路を走行中、フロントガラス越しの眺め。

 

 

 

 

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< 3. 銀山湖 1 >

 

霧雨が時折降る天気でしたが、雲がたなびく山々と紅葉が湖面に映えていました。

 

 

 

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< 4. 銀山湖 2 >

 

 

 

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< 5. 銀山湖 3 >

 

 

 

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< 6. 黒川渓谷、下流側を望む >

 

この場所がこの渓谷で紅葉が最も美しい所かどうかはわかりませんが、紅葉の盛りは過ぎていました。

川に沿って429号線が走っていたここで撮影しました。

銀山湖と黒川渓谷は標高400mを越えています。

 

 

 

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< 7. 黒川渓谷、上流側を望む  >

 

 

 

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< 8. 429号線を下って青垣を目指す  >

 

この道は急な下りが続き、かつ道幅が狭く、対抗車が来たらお手上げです。

それでも杉の森と笹の緑と紅葉が雨に濡れて鮮やかで、深山幽谷を堪能しました。

 

 

 

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< 9. 鹿野馬神社 >

 

目的の高源寺手前で偶然見つけた紅葉の美しい神社を見つけました。

 

 

 

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< 10. 鹿野馬神社の前から  >

 

上の写真: 今下って来た山側を振り返る。

下の写真: 神社の前に架かる橋の上から河岸のもみじを写す。

 

 

次回に続きます。

 

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蟹と紅葉を楽しみました 1: はじめに


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私は、2016年11月20と21日に丹波と但馬地方を訪れました。

あいにくの曇りでしたが、蟹と紅葉を楽しんで来ました。

今日は、概要を紹介します。

 

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< 2. ドライヴルート、上が北 >

 

青線が20日、赤線が21日の走行ルートです。

  • B、C、D、Eは主な訪問地です。

 

 

 

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< 3. A、銀山湖 >

 

 

 

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< 4. B、鹿野馬神社 >

 

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< 5. B、高源寺 >

 

 

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< 6. C、浜坂海岸 >

 

 

 

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< 7.ズワイガニ >

 

上の写真: C、浜坂漁港の水産物販売店の蟹。

下の写真: D、湯村温泉「とみや」の蟹料理。

 

 

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< 8. D、旅館の部屋から >

 

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< 9. E、立雲峡からの竹田城跡遠景 >

 

中央の山頂に城の石垣が見える。

 

 

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< 10. JR竹田駅 >

 

上の写真: E、JR竹田駅。

下の写真: 道の駅あさごの周辺。

 

 

次回に続きます。

 

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 11: サンクトペテルブルグ 5


 

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今日は、黄葉真っ盛りの公園を紹介します。

前回に続いて、ピュートル大帝の夏の宮殿の下の公園を散策します。

 

 

 

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< 2. 散策マップ >

 

赤線が散策ルートで、Sがスタート、Eが終わりを示します。

散策は2016年9月29日17:00~18:00で、雲が厚く覆っていました。

 

 

 

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風が少なかったこともあり、寒さはあまり感じませんでした。

こちらの秋の色は真っ赤ではなく黄金色というところでしょうか。

 

 

 

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< 4. アダムの噴水 >

 

上の写真: この噴水は放射状に延びる8本の道の交差部にある。

下の写真: これは海岸に近い方です。

 

 

 

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< 5.モン・プレジール宮殿 >

 

上の写真: モン・プレジール宮殿の庭先から、フィンランド湾を望む。

右端の突き出した部分は、噴水群から延びる運河の先になります。

 

下の写真: モン・プレジール宮殿の海側。

ピュートル大帝が最も初期に建てたもので、お気に入りだったそうです。

非常に小さな建物でした。

 

 

 

 

 

 

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< 6.モン・プレジール宮殿の庭  >

 

上の写真: モン・プレジール宮殿の庭。

下の写真: この道を真っすぐ行くとチェスの山の滝に行く。

 

 

 

 

 

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< 7. 太陽の噴水 >

 

上の写真: 太陽の噴水。

下の写真: いたずらの噴水。

中央に数個の小さな噴水があるのですが、その脇を通ろうとすると両側の木立の中から突然、何本もの噴水が噴出します。

それも無事な人もいれば、かなり濡れる人もいて、笑いの渦でした。

何処かで操作しているのでしょうが、わかりませんでした。

 

 

 

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< 9. ローマの噴水 >

 

上の写真: 鴨が泳いでいる池もありました。

下の写真: ローマの噴水。

右手の階段上のものが、チェスの山の滝です。

 

 

 

 

 

 

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< 10.チェスの山の滝 >

 

上の写真: チェスの山の滝を横から見ている。

下の写真: 坂道を上る途中に見えたレストラン。

昔は宮殿でした。

 

 

次回は、これまた壮麗なエカテリーナ宮殿を紹介します。

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 46: Now, something I think. 2


中東に平和を! 46: 今、思うこと 2

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< 1. KKK >
I looked at the absurdity of the Middle East last time.
From now on, I will look at negative side of the human family inviting the absurdity.

 

前回、中東の不条理をみました。
今後は、この不条理を招く人類の負の側面を見て行きます。

 

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< 2. agriculture of Jewish immigrants in Palestine >
< 2. パレスチナでのユダヤ移民の初期農業 >

 

The unintelligible absurdity
For example, would you image an economic competition between Jewish immigrants and indigenous Arab ?
The Jew bought land with much money, and surpassed indigenous Arab with richer investment capital and sophistication.
Do you think that it was a free competition and wasn’t a colonial rule?

 

If you think so, would you image a situation that immigrant group freely came in your neighborhood, buys up the land in large quantities, and does self-indulgently ?
Naturally your nation should establish a law and stop the action.

 

However, many indigenous groups couldn’t take this countermeasure.
One of the Palestinian tragedy is that the Jew having their own country could make a law freely, in contrast, the Arab had not their own country.
For example, the Jew admitted the Arab’s right to vote, but, did not allow the Arab to found their political party.
The Jew was very clever.

 

There is much mechanism producing such absurdity.
However, the world can’t well deal with these yet.
I will investigate problems common to all humankind that drove the Middle East into the miserable situation from now on.

 
見え難い不条理
例えば、パレスチナでのユダヤ人入植者と先住のアラブ人の経済競争を考えましょう。
ユダヤ人は金に飽かして土地を買い、さらに豊かな投資資本と高度な知識をもって、先住者を凌駕する。
皆さんは、これは自由競争であって、植民地支配じゃないと思いますか。

 

そう思われる方は、現実にあなたの近くに移住者が自由に入って来て、土地などを大量に買い占め好き放題にする状況を想定してください。
当然、国として法を定め対抗手段を取ることになる。

 

ところが、多くの先住集団はこの対抗手段が取れないのです。
パレスチナの悲劇の一つは、アラブ人には国が無く、国を持ったユダヤ人は都合の良いように法律を作ることが出来たことにあります。
例えばアラブ人に選挙権を認めても政党を作らせないとか。
実に巧です。

 

このような不条理を生むメカニズムは多々あります。
しかし、世界はこれらにまだうまく対処出来ていない。
これから中東を悲惨な状況に追い込んだ人類共通の問題点を見て行きたい。

 

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< 3. Jews of Warsaw being taken away by German military >
< 3. ドイツ軍に連行されるワルシャワのユダヤ人 >
Planned themes I take up from now on

 

1. About the relation between religion and law
We look at the relation between religion and law by means of comparing the birth of the world religions.
In the Islamic world, the all laws have evolved from the Koran.
Observing the Arab world from the outside, we may feel it a cause that has depressed the Middle East and has interrupted the modernization.
Therefore, through a comparison with the birth of the world religions, we get to know why the Islam had taken the legal system being different from others.
From there, we can understand a role of law.

 

2.About the birth of a terrorist
We previously saw the situation that terrorism of radical extremist was caused by intensified struggles in the Middle East.

 

This time, we spotlight an individual and investigate the relations of the terrorism outbreak between European society.
From there, we can know that discrimination and persecution might make people radical, and become a terrorist.
3.Why does religious persecution occur ?
In the Middle East, the opposition between pagans and denominations became tinderbox.
A problem of the Palestine was caused by the opposition between the Jew and Muslim, but there was the persecution of the Jewish people by the Christian first.
We look at why Christian came to persecute the Jew.
However, this is a phenomenon to be seen in every religions widely.

 

4. About some factors to exhaust the society, and to embroil it in devastating fighting.
There were the effect of a colony and the Cold War in the factors of the problems of the Middle East.
Damage and aftereffects that these two gave human family are serious, but reality people don’t recognize it so much.

 

The reason that people aren’t conscious of that much is because that the most of the cases were started on as national interest protection or defensive measure in an unknown area when a country gets involved in it.

 

These four themes formed negative side of the world history more or less.
Our peaceful society depends on how we deal with these factors.

 

This continues the next time.
今後、取り扱う予定のテーマ

 

1.宗教と法の関わりについて

 

ここでは、代表的な世界宗教の誕生を比較しながら、宗教と法の関わりを見ます。
イスラム世界ではすべての法律がコーランから発しています。
アラブの外から見れば、これが中東の近代化を阻害し停滞させている一因に見えるかもしれません。
そこで、幾つかの世界宗教の誕生と比較して、なぜイスラム教は他と異なる法制度を取るようにようになったかを見ます。
そこから法の役割が見えて来ます。

 
2.テロリストの誕生について

 

今まで中東内部の抗争激化から過激派のテロが生まれる状況を見て来ました。
今度は、個人にスポットを当て、欧州社会とテロ発生の関係を見つめます。
そこから差別と迫害が、人々を先鋭化させテロに走らせる可能性が見えて来ます。
3.なぜ宗教は迫害を生むのか

 

中東において、異教徒間や宗派間の対立は紛争の火種になっていました。
パレスチナ問題はユダヤ教徒とイスラム教徒との対立ですが、その前にキリスト教徒によるユダヤ教徒の迫害がありました。
ここでは、キリスト教徒がなぜユダヤ教徒を迫害するようになったかを見て行きます。
しかし、これは特定の宗教に限ったことではなく、広く宗教全般に見られる現象です。

 

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< 4. agriculture of Japanese immigrants in Manchuria >
< 4. 満州での日本人移民の農業 >

4.社会を疲弊させたり、紛争に巻き込む要因について

 

中東問題の要因に植民地と冷戦の影響がありました。
この二つが人類に与えた被害と後遺症は甚大なのですが、一般にはそれほど認識されていないのが現実です。

 

これがそれほど意識されない理由は、国がこれに手を染める時、多くは国益保護や防衛手段として始め、また多くの国民にとって見知らぬ地域で行われたからです。

 

これら4つのテーマは、大なり小なり世界史の負の側面を形作って来ました。
人類が如何にこの要因に対処するかで、平和な社会の到来が決まるでしょう
次回に続きます。

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Bring peace to the Middle East! 45: Now, something I think. 1


中東に平和を! 45: 今、思うこと 1

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I widely have investigated the problems of the Middle East till now.
Here, I marshal the problems and show next evolvement.

 

私は、今まで多方面から中東問題を見て来ました。
ここで、少し問題を整理し、今後の展開を示します。

 

About the problems of the Middle
The most important problem is civil wars and terrorism that keep happening in the Middle East.
Next problem is exhaustion, refugees, and worsening security in whole Middle East.
Furthermore, it is terrorism that keeps happening all over the world by Islamic extremists.
It is a serious problem that enormous casualties, refugees, and destruction of living area by bombing.
However, it doesn’t seem that the problems stop and peace comes.
For us being outsider, the damages will have become familiar objects.

 

On the other hand, Europe and America limit refugees of from the Middle East and regard more and more Muslims with hostility.
I am worrying whether it doesn’t cause further worsening.

 

The situation only gets more serious.

 
中東問題について
やはり一番の問題は、中東で起き続けている内戦とテロです。
次いで、中東全体の疲弊と難民、治安悪化です。
さらにイスラム過激派による世界各地のテロです。
膨大な死傷者や難民、爆撃による生活圏の破壊は甚大です。
しかし、これらが止み平和が来る兆しは見えません。
部外者である私達にとって、この被害も見慣れたものになってしまった。

 

一方、欧米では中東からの難民を制限し、ムスリムへの敵視しが深まっています。
これが更なる悪化を招かないかと心配です。

 

事態は深刻さを増すばかりです。

 

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*2

 

What an absurd world
At first, I wanted to clarify who worsened the Middle East.
Is there a fault in the Middle East?
Or, is there a fault in Europe and America?

 

In sum, the Middle East became impoverished by the colonization by Ottoman Empire, and by next Empires of Britain and France, and became a undemocratic society.
Furthermore, after World War II, the Britain and the United Nations left a cause of a conflict in Palestine at the time of its withdrawal from the Middle Eastern colony.
After the conflict began, Europe and America, and the Soviet Union supplied a large amount of weapon to both opposing group, for weapon sale and leadership competition in the Cold War and to protect their own interest.
Thus, the war enlarged and came to continue.

 

On the other hand, if the Middle East merged together and cooperated with the world, this situation would not become so terrible.
However, it was approximately impossible because of the aftereffects of the colony times.
The society was divided to prevent people’s solidarity of the nation and a lot of ignorant people was made by the colonial rule like always.
This still continues to bring evil in the world.
In the world, many countries that have an internal trouble and remain stagnant are almost the countries that became the colony once.

 
不条理な世界
私はこの連載を書くにあたって、誰が悪いのかを明らかにしたかった。
中東に非があるのか?
はたまた、欧米に非があるのか?

 

要約すると、オスマントルコ、次いで英仏による植民地化で中東は疲弊し非民主的な社会になってしまった。
さらに第二次世界大戦後、中東植民地からの撤収時、英国と国連はパレスチナに紛争の種を残した。
紛争が始まると、欧米とソ連は権益確保、武器販売と冷戦の覇権争いの為に、敵対する両方に武器を大量供給し、戦場は拡大し継続するようになった。

 

一方で、もし中東が大同団結し、世界と協力していればここまで事態は酷くならなかっただろう。
しかし、これも植民地時代の後遺症の為にほぼ不可能だった。
植民地支配によって、国民の団結を防止するために社会は分断され、また愚民化されたのです。
これは今でも世界に害悪をもたらしている。
世界で内紛を続け低迷している多くの国は、概ね植民地になっていた国です。

 

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*3

 

Who is bad? Who should take responsibility? 
In simple terms, one that damaged the Middle East is bad, and the responsibility of reviving is clear.
However, ethnic groups to have invaded and countries to have colonized didn’t once achieve appropriate responsibility.

 

Whom should we impose the obligation on to even if it is clear what is bad?
It will be impossible to impose the obligation of 500 years ago on current Turkish people, or impose the obligation of 100 years ago on current people of Britain and France.
By doing this, Spaniard may demand the compensation for damages of 700 years ago to the Middle East.
And, do you impose the obligation on Bush and Blair who bombed Iraq for Iraqi imputed crime?

 

It is hard to say, I think that to forget the grudge as Arab was unlucky is fast road to lucky.
Actually, defeated countries forgot the grudge, and achieved reconstruction by the help of large country of the winner.
In Asia, Vietnam and Japan will be the fine examples.

 

I feel so empty now.

 

This continue the next time.

 
誰が悪いのか? 誰が責任を取るべきか?
単純に考えれば、中東に損害を与えた方が悪く、回復させる責任も明確なはずです。
ところが、過去に侵略した民族や植民地を作った国が応分の責任を果たしたことはない。

 

仮に悪いとしても、誰に責任を取らせば良いのでしょうか?
500年前の責任を現在のトルコ国民に、100年前の責任を現在の英仏国民に、これは無理でしょう。
これを言えば、スペイン人は700年前の損害賠償を中東に請求するかもしれません。
また13年前、無実のイラクを爆撃したブッシュとブレアに責任を取ってもらいますか?

 

言い難いことですが、アラブの人は運が悪かったと諦め、気持ちを切り替えることが幸せへの近道だと思います。
実際、幾つかの敗れた国は過去を水に流し、勝者の大国の援助により復興を果たして来た。
アジアではベトナムと日本がその好例でしょう。

 

まったく空しい気持ちになります。

 
次回に続きます。

 

 

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 10: サンクトペテルブルグ 4


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< 1.サムソン像 >

 

 

サンクトぺテルブルグ観光で私が最も感動した風景を紹介します。

それはピュートル大帝の夏の宮殿の噴水群と黄葉です。

今回は、噴水群を紹介します。

 

 

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< 2.散策地図 >

 

上の写真: ピュートル大帝の夏の宮殿のほぼ全体が写っています。

上が北で、海岸沿いの庭園「下の庭園」の幅は東西に約4kmあります。

私達が観光したのは「下の庭園」の一部で、噴水群と赤枠の黄葉真っ盛りの庭園です。

私達はバスを降りて、Sから歩き始め、黄線に沿って徒歩でEまで行きました。

今回の写真はEまでの撮影分です。

 

下の写真: 大宮殿の前から海側に落ちる大滝と噴水群のある庭園。

上が南です。

 

 

 

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< 3.宮殿横を行く >

 

上の写真: 歩き始めると、素晴らしく紅葉した木々が私達を迎えてくれていました。

 

下の写真: この建物の右側から入場します。

 

 

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< 4. 眼下についに見えました >

 

待望の噴水群の全貌が見えて来ました。

今回のロシア旅行で、もっとも期待していた撮影スポットはここでした。

しかし、この時期は天候がすぐれず、雲に蔽われる可能性があった。

一方で、紅葉の時期でもあったので、私はこの時期の旅行に決めた。

おかげで想像を超える黄葉と噴水の両方を楽しむことが出来ました。

しかし残念なことに、ここを訪問したのは9月29日の16:30~18:00で、夕暮れが迫っていました。

肉眼では充分、美しさを堪能出来たのですが、写真では無理なようです。

 

 

 

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< 5.大宮殿中央の前から >

 

森の向こうはフィンランド湾です。

かつてピュートル大帝は船で、この運河に入り宮殿に横づけした。

 

 

ピュートル大帝の夏の宮殿について

北方戦争に勝利したピュートル大帝が建てた宮殿で、1724年に完成した。

建設には、フランス、イタリアなどから建築家や技術者が集められた。

噴水は、22km離れた水源から上の庭園まで水を引き、そこからパイプで落差を利用している。

まったくの自然の力による噴水です。

 

 

 

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< 6.金色に輝く彫像1 >

 

聖書を題材にした彫像が多いようです。

 

 

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< 7.金色に輝く彫像2 >

 

 

 

 

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< 8.金色に輝く彫像3  >

 

この大滝全体で、37体の銅像、64の噴水、142の水の噴出し口がある。

 

 

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< 9.大宮殿を望む1 >

 

上の写真: 池中央の像がサムソン像です。

サムソンがスウェーデンを象徴するライオンの口を引き裂いてる。

そしてその口から20mの高さまで水が噴出している。

 

 

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< 10. 大宮殿を望む2 >

 

 

次回は黄葉の庭園を散策します。

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 44: What is the cause ? 3


中東に平和を! 44: 何が原因か? 3

1

< 1. the Baltic Way joined three Baltic countries in 1989 >
< 1.1989年のバルト三国の人間の鎖 >

 

Last time, I considered the sparks of the Middle East that have caused wars and terrorism frequently.
This time, I investigate causes of the sparks furthermore.

前回、戦争とテロが頻発する中東社会の火種を考察しました。
今回は、さらにその原因を探ります。

 
Preface
In the Middle East, why can’t people join together ?
And why do they shut out the world by themselves?
There are scholars who obstinately insisted that it is a backwardness rooted in Islam.
They have a intention to justify their religion with despising Islam now, as with having despised Judaism once.

 

These causes, sparks, are deeply rooted in former colonial rule and poverty, but I think that these causes can be solved by the Middle East’s own.

 

はじめに
なぜ中東では大同団結が出来ず、自ら世界を閉ざしてしまうのでしょうか?
それをイスラム教に根差す後進性だと強弁する学者もいました。
彼らは、かつてユダヤ教、今はイスラム教を侮蔑することで自分の宗教を正当化すする意図を持っています。

 

これら火種は、かつての植民地支配や困窮が大きく影響しており、根は深いのですが、中東が自ら対処することで解決可能な原因と思われます。

 

2-2
< 2. a village and mosque of Upper Egypt >
< 2.上エジプトの村とモスク >

 
What is the cause to produce the sparks?
I think that three causes are big.

 

A : close nature
The range where people can sympathize is limited to small range such as a village or a tribe.
This tendency is strong in countryside in particular.

 

For example, when the Arab Spring happened in Egypt, the people were positive toward democratization at first, but became conservative after all.

 

In January, 2011, a large-scale demonstration occurred in Egypt by the aftermath of the Arab Spring, and the President Mubarak being a dictator left.
This revolution was mainly triggered by the young of the urban areas.
They demanded democratization and thought that it was the most important to stop military organization return and moneyed election by the local influential person.
However, when the parliamentary elections finished in November, 2011, the Islamic movement scored an emphatic victory as distinct from the pro-democracy movement.
This reason was such political party had not grown up, not only that but also people of countryside returned back to conservative. Annotation 1.

 

It is supposed that this was because people join together only within each village, tribe, and mosque (denomination).

 
火種を作る原因とは何か?
三つの原因が大きいと思います。

 

A: 閉鎖性
人々の共感出来る範囲が村や部族などの小さな範囲に限られている。
特に地方ではこの傾向が強い。

 

例えば、エジプトでアラブの春が起きた時、人々は一度は民主化に前向きになっていたが、結局は保守的になってしまった。

 

2011年1月、アラブの春の余波でエジプトに大規模なデモが発生し、独裁者のムバーラク大統領が辞めた。
これを主に担ったのは都市部の若者で、彼らは民主化を求め、そのためには軍制復帰と地方の有力者による金権選挙の阻止が最重要だと考えていた。
しかし、2011月11月、人民議会選挙が蓋を開けると、民主化勢力ではなくイスラム勢力が圧勝した。
これは政党が育っていない事もあるが、地方が保守に回帰してしまったことが大きい。注釈1.

 

この背景に、人々が村や部族、モスク(宗派)毎にまとまってしまうことが大きいと推測される。

 
B: low literacy rate

 

When the literacy rate being closely related to the above problem rises, the people can share same sense of values in more larger area. Annotation 2.
In addition, more people can adopt many success examples and get universal judgments of all of the world.
Thus, the people can perform a shift to democracy smoothly.

 

The literacy rate of some nations being stable comparatively, such as Turkey, Iran, Tunisia, and Egypt, early had increased relatively among the Middle East. Annotation 3.

 

B: 低い識字率
上記と密接に関わっている識字率が上昇してこそ、人々はより広い地域で価値観を共有出来るようになる。注釈2.
またより多くの人が世界の成功例や普遍的な見識を取り入れることが出来る。
こうして、人々は民主主義への移行をスムーズに行うことが可能になる。

 

安定しているトルコ、イラン、チュニジア、エジプトなどは比較的識字化が早かった。注釈3.

 

3

< 3. Koran >
< 3. コーラン >

 

C: an application of the Islamic law
I think that certain application have a problem.

 

Ulama (Islamic scholars) pronounces a fatwa (proclamation) for each occasion.

 

I understand the importance of having been pronounced the fatwa of jihad by paramount Ulama against invader once. Annotation 4.
However, I feel confused about Osama bin Laden pronounced “kill people of the United States and the ally” as a fatwa.
This problem is that various Muslims have pronounced a fatwa of starting a battle that will embroil the country and a large number of the citizens.
Naturally there are Ulama criticizing the behavior of the Islamic State.

 
C: イスラム法の適用
私は、一部の適用に問題があると考えます。

 

ウラマー(イスラム法学者)はファトワー(布告、裁断)を時に応じて発します。
過去に、最高位のウラマーが侵略者に対してジハードを発したことの重要性は理解します。注釈4.
しかし、ウサーマ・ビン・ラーディンがファトワー「アメリカと同盟国の国民を殺害せよ」を発したことに困惑します。
問題は、国や大勢の市民を巻き添えにする戦闘開始のファトワーを様々なムスリマが発していることにある。
当然、イスラム国の所業を非難するウラマーもいる。

 

In addition, an American Islamic law researcher indicated that the rigorism of Islam grows in strength in certain cases than the moderatism, in his book.
And he explains that most of Islamic extremists were poisoned by it. Annotation 5.

 

What is the problem?
In the Islamic world, the law of the country and religion law that based on the Koran are one in the same.
It should be usually one system of law in one country.
We think that personal rule, creed, and belief are free.
However, if things implicated in violence and armaments become free because of religion creed, the society clearly become conflict situation.
I think Muslims must limit the application of jihad for using violence, establish it as Islamic Sharia law, and it is necessary to disseminate it to Muslims widely.

 

The resolution of these causes can’t possibly be achieved overnight, but there would be not true solution unless doing so.
I ask your forgiveness as a outsider points out the problem.

 

This continues the next time.

 

また米国のイスラム法研究者が、その著書でイスラム教には穏健主義に対して厳格主義が勢力を持つことがあり、過激派はそれに毒されていると言う。注釈5.

 

何が問題なのでしょうか。
イスラム世界は国法とコーランを中心とした宗教法が混然一体となっています。
通常、一つの国には一つの法体系であるべきです。
私達からすれば、個人の規範や信条、信仰は自由であって良いのです。
しかし、暴力や軍事力に関わることまで宗教信条だとして放任すれば、社会は紛争状態になるのは明らかです。
ジハードの暴力的な適用について限定を設け、シャーリア(イジュマーなど)として定め、広くムスリマに周知させる必要があると思います。

 

これら原因は一朝一夕に解決出来ないが、これを放置して真の解決はないと思います。
部外者の私が問題を指摘することをお許しください。
次回に続きます。

 

注釈1.
この間の事情は加藤博・岩崎えり奈共著「現代アラブ社会」に詳しい。
注釈2.
エジプトの15~24歳の識字率は、1976年で51%であったものが、2006年で85%に上昇している。
これがアラブの春を呼び込んだと言える。
しかし、エジプトの地方(上エジプトなど)の文盲率(非識字率)は40%(2006年)を越える所があり、特に高齢者や女性に多い。
エジプト全体で若者の27%が義務教育を修了していない。
上記「現代アラブ社会」より。

これが民主化への阻害要因の一つになっていると考えられる。
注釈3.
この間の事情はエマニュエル・トッド著「アラブ革命はなぜ起きたか」に詳しい。
注釈4.
1830年、フランスがアルジェリアに侵略し始めると、イスラム教の指導者であったアブド・アルカーディールはジハードを宣言し、自ら軍を率いて戦った。
注釈5.
カリード・アブ・エル・ファドル著「イスラムへの誤解を超えて」に詳しい。

 

 

 

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 9: サンクトペテルブルグ 3


 

 

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< 1.聖イサク大聖堂 >

 

今日は、エルミタージュ美術館を退出してから、郊外のピュートル大帝夏の宮殿に到着するまでを紹介します。

これでサンクトぺテルブルグ市街とはお別れです。

 

 

 

 

 

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< 2.地図、すべて上が北です >

 

上の写真: 今回のサンクトぺテルブルグの観光ルート。

黄色の線は観光バスのルートで、赤丸が下車した観光地です。

A-Fは写真のおおよその撮影地点です。

 

下の地図: 右赤丸はサンクトぺテルブルグ観光地、左赤丸はピュートル大帝夏の宮殿(ぺテルゴーフ)を示します。

イサン聖堂からピュートル大帝夏の宮殿までの道のりは約30kmですが、バスは1時間半弱かかりました。

Gは途中に見た大きな団地です。

 

 

 

 

3

< 3.ネヴァ川沿いを行く >

 

上の写真: エミルタージュ美術館を出て間もなく見た対岸の宮殿らしい建物。

二枚共、ネヴァ川沿いのAから撮影した。

 

中央の写真: 川沿いに何隻もの軍艦が停泊していた。

 

下の写真: ネヴァ川を離れ、左に曲がってから見えた川。

 

 

 

 

4

< 4. 昼食のレストラン >

 

中央の写真: 昼食のレストラン。

ここでロシア料理のペリメニ(茹でた餃子風)を食べた。

今回のツアーの昼食と夕食は、すべてその地方の料理が出ました。

皆が美味しいというわけではないが、変わった食感や風味を楽しめました。

私はアルコールはビールしか飲みませんでしたが、地方それぞれの味を楽しみました。

これら料理は私の好奇心を充分満足させてくれました。

 

今回、特にニシン料理の美味しさが印象に残っています、30年以上前、北欧を訪れた時のニシン料理には辟易していたので。

残念ながら今回の旅行では、料理の写真は撮りませんでした。

 

 

 

 

5

< 5. モイカ川沿いを行く  >

 

上の写真: サンクトペテルブルク音楽院オペラ・バレエ劇場。

地図のB辺りから撮影。

右隣には、由緒あるマリインスキー劇場がある。

 

中央の写真: モイカ川の奥に聖イサク大聖堂が見える。

地図のB辺の橋の上から撮影。

 

下の写真: ユスポフ宮殿の正面。

帝政末期、暗躍した怪僧ラスプーチンが暗殺された場所。

地図のCの前から対岸を撮影。

 

 

 

6

< 6. イサク広場 >

 

上の写真: モイカ川を走る遊覧船か。

地図のCの後から対岸を撮影。

 

 

下の写真: イサク広場のニコライ1世の馬上像。

 

 

 

 

 

7

< 7.聖イサク大聖堂 >

 

上の写真: 聖イサク大聖堂。

帝政ロシアのシンボルとして1858年に建てられた。

 

下の写真: 聖イサク大聖堂前のイサク広場の木立の下に多くの鳥を見た。

 

 

 

 

8

< 8.市街とお別れ >

 

上2枚の写真: バスから見た市内の人々。

下の写真: 木々が黄葉し始めていた。

 

 

9

< 9.途中の非常に大きな団地 1 >

 

以下6枚の写真は地図のG点を中心とする赤線の範囲から撮影。

 

この団地の大きさは東西約9km、南北4kmで、サンクトペテルブルク市街に隣接する形で、察するに計画的に建設されたようです。

 

下の写真: この正面の道を4kmほど行くとバルト海で、そこまで団地は続いている。

モスクワも同じでしたが、市民の住居、アパートはこのように画一された味気ない古い建物が多いようです。

それでもスペースに余裕があり、緑も多い。

 

 

 

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< 10.途中の非常に大きな団地 2 >

 

中央の写真: 見かけた電車は新しいものもあるが、多くは古い。

 

下の写真: 集約されたショッピングエリアが見える。

 

 

 

11

< 11.ピュートル大帝夏の宮殿に近づく >

 

下の写真: この道でバスを降りて、徒歩で宮殿に向かう。

ここに来ると、街路樹の黄葉は見頃に近いようでした。

 

 

次回は、ピュートル大帝夏の宮殿の絶景を紹介します。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 43: What is the cause ? 2


中東に平和を! 43: 何が原因か? 2

 

1

*1

 

We looked at two causes of wars and terrorism that have been frequent in the Middle East last time.
I consider another important cause, sparks, this time.

 

前回、中東で戦争とテロが頻発する二つの原因を見ました。
今回は、もう一つの重要な原因、火種を考察します。

 

2a

*2

Preface
Last time, we looked that the problems of the Middle East became worse like sparks were blasted by strong wind in dry grassy grassland.
These two causes were aftereffects of once colony and the Cold War, and the biggest external cause.
Improvement to and coping with these are necessary, and besides, there is another important thing.
I think the Middle East should improve a cause that is inherent in the Middle East by oneself.
I assumed it “sparks”.
はじめに
前回、乾燥した草原の火種が強風に煽られようにして中東問題は深刻化したことを見ました。
二つの原因とは最大の外因である植民地の後遺症と冷戦でした。
これらへの改善と対処も必要ですが、もう一つ大事なことがあります。
それは中東に内在する原因で、中東自ら対処すべき問題だと思います。
私はそれを火種としました。

 

3

< 3. Scenery of Islamic towns >
< 3.イスラム世界の風景 >
What is the sparks?
In the Middle East, why do conflicts begin everywhere?

 

As for the problem in Palestine, Islam and Judaism strengthen exclusiveness each other and produced hatred and gap, so it is not said that the cause is only unilateral religion.
However, we must notice particular problems in the Middle East when we compare both handling of it.
The main problems are that they can’t merge together, and are to shut out the world by themselves.

 

Internal troubles, coups, and wars in the Middle East that I considered until now
came to worsen through a similar process.
The examples of the conflicts are President Nasser and Moslem Brotherhood (Sunni) in Egypt, President Assad (Alaouite) and Moslem Brotherhood in Syria, and Sunni (the mainstream of President Hussein’s era) and Shiite in Iraq.
Opposition between denominations or for modernization (secularization) is taking place among the same Muslims.

 

Why cannot they solve each other dissatisfaction by talking?
So they must oppose and fight each other.

 

In addition, the Islamic extremists such as the Islamic State are born almost every day, they cooperate each other in some cases, but they smash and absorb each other in most cases.
The numbers may exceed 50 in the Middle East.
They act apart even in this situation.

 
火種とは何か?
なぜ中東では、こうも至るところで抗争が始まってしまうのだろうか?

 

パレスチナ問題では、イスラム教とユダヤ教が互いに排他性を強固にし、憎悪や格差を生んでいたのであって、一方の宗教だけが元凶とは言えない。
しかし、両者の対応を見ていると中東特有の問題が浮かび上がって来ます。
その主なものは彼らが大同団結が出来ないことと、自ら世界を閉ざしていることです。

 

いままで考察した中東の内紛やクーデター、戦争、どれも同じような経緯を辿って、拡大し深刻化しました。
代表的な対立の例は、エジプトでのナセル大統領とムスリム同胞団(スンナ派)、シリアでのアサド大統領(アラウィ派)とムスリム同胞団、イラクでのスンナ派(フセイン大統領時代の主流)とシーア派です。
同じイスラム教徒の中で近代化(世俗派)や宗派間で対立が起きている。

 

なぜ彼らは不満を話し合いで解決出来ず、敵対し暴力に結び付けてしまうのか?

 

またイスラム国などのイスラム過激派は日々生まれ、協力することもあるが、潰し合い吸収されもしている。
その数はゆうに50を越えるのではないだろうか。
ここでもバラバラの動きをしている。

 

4

< 4. November 2015 Paris attacks >
< 4. 2015年のパリ同時多発テロ >

 

Furthermore, terrorism all over the world that the Islamic State performs and was initiated by al-Qaeda only drives Muslims all over the world into a corner surely and is the worst for everyone.
Once, anti-establishment terrorism plunges the leaders of own country into fear to aim to a policy changeover, but is different from it.
What will be different?
For example, three Baltic countries, Korea, and South Africa, in spite of being small countries, achieved the purpose with gaining cooperation of the world, particularly the Europe and America, to get out of the rule of large countries.
The nation-building of Israel is similar to it.
They have asked for understanding to the world and have avoided useless fight by transcending a difference in ideology or religion, and a historic grudge.
Though, it must have been worst condition for the Arab, because Europe and America was once ruler of the colonies and heathen countries.

 

Terrorism of Islamic extremist rightly goes against the times.

 

I think if the Middle East does not try to decrease such sparks, there is not the future of the Middle East.

 

The next time, I consider the cause that they shut out the world and can’t merge together.

 
さらに、アルカイダに始まり、イスラム国が行っている世界各地のテロは、世界のムスリマを確実に窮地に追い込むだけで、誰にとっても最悪です。
かつて反体制側のテロは自国の首脳を恐怖に落とし入れ、政策転換を図る狙いがあったが、これとは異なる。
何が違うのだろうか。

 

ここ1世紀、反体制側や弱小国の中には、世界の良心に訴え、世界を味方に付けて、体制挽回や独立を実現して来たところがある。
例えば、バルト三国や韓国、南アフリカなどは大国の支配から脱却するために、世界、特に欧米先進国の協力を得て小国ながら目的を達した。
イスラエルの建国も、これに似ている。
彼らはイデオロギーや宗教の違い、歴史的な遺恨を横に置いて、世界に理解を求め無駄な戦い避けて来た。
もっとも、アラブにとって欧米は異教徒であり植民地の支配者であったので厳しい条件ではあるのだが。

 

まさにイスラム過激派のテロは時代に逆行している。

 

この火種を減らす努力をする以外に中東に未来はないように思える。

 

次回は、大同団結が出来ず自ら世界を閉ざす原因について考察します。

 

 

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 8: サンクトペテルブルグ 2


 

1dscf7653-1

< 1.  黄金の「孔雀の時計」、パヴィリオンの間  >

 

今日は、エルミタージュ美術館の内部を紹介します。

妻がロシア旅行で最も愉しみにしていたのはこの美術館でした。

しかし大きな誤算がありました。

 

 

エルミタージュ美術館について

この美術館は1754年から建設された一番大きい冬宮のほか、小エルミタージュ、新・旧エルミタージュ、エルミタージュ劇場からなっている。

これらは18~19世紀ロシア建築の頂点と言われる。

 

エカテリーナ2世が1764年に美術品収集を始めたのが美術館の始まりでした。

収蔵品300万点はヨーロッパとロシアだけでなく、世界の先史時代からの遺物も含む。

展示室をすべて歩くと20km以上になる。

 

フラッシュを使用しなければ写真撮影は可能です。

 

 

2mapb

< 2.  美術館の配置図 >

 

美術館は3階まであるのですが、私達が見学した2階のみ紹介します。

以下の写真屋はこの配置図の部屋番号を使います。

 

 

 

3

< 3.  1階から2階へ >

 

上左の写真: ヨルダンのギャラリー。

私達が入館したのは冬宮のネヴァ川側、配置図の赤矢印からで、最初にこのギャラリーに来ました。

退館するのもここからでした。

 

上右の写真: 大使の階段(ヨルダン階段)、配置図の丸1番。

ヨルダンのギャラリーの突き当りにあり、ここから2階に上がる。

 

下の写真: 将軍の間。

大使の階段を上がったすぐ横の193室です。

 

 

 

4dsc06171-1

< 4.  大使の階段  >

 

この階段の写真がエルミタージュ美術館の紹介に最もよく使われている。

白を基調に金色の装飾と鏡の窓が華やかさ際立たせている。

 

 

 

5

< 5.  素晴らしい宮殿の間 1 >

 

上の写真: 紋章の間、195室。

最初に見る大広間で、美しいシャンデリアと黄金に輝く列柱に圧倒されます。

 

下左の写真: 1812年の祖国戦争の画廊、197室。

ナポレオン戦争に参加した300人の将軍の肖像画が壁一面に掛けられている。

 

下右の写真: 上記画廊を見学する少年と将軍の絵の一部。

 

 

 

 

6

< 6.  素晴らしい宮殿の間 2    >

 

上の写真: 西欧中世美術の画廊、259室。

 

中央の写真: 13~15世紀のイタリア美術の部屋、207室。

 

下の写真: オランダ美術の部屋、249室。

天井のデザインに特徴があります。

非常に暗いので写真の写りが良くない。

 

 

7

< 7.  素晴らしい宮殿の間 3    >

 

上の写真: 聖ゲオルギー(大玉座)の間、198室。

ここは皇帝による謁見の間で、正面にロマノフ王朝の紋章である双頭の鷲が描かれている。

 

下の写真: パヴィリオンの間、204室。

左にカラクリ時計の「孔雀の時計」が見える。

 

 

 

8

< 8. レオナルド・ダ・ヴィンチの部屋  >

 

上左の写真: 左下に「ブノアの聖母」が見える。

 

上右の写真: 美しい細工がされた扉。

 

下の写真: ダ・ヴィンチの作品。

右が「ブノアの聖母」、左が「リッタの聖母」。

 

http://hermitagemuseum.org/wps/portal/hermitage/panorama/panoramas-m-1/?lng=en

お薦めのエルミタージュ美術館の公式HPです。

このページで360度のバチャールビューが楽しめます。

映像は綺麗で、このダ・ヴィンチの作品の写真もここから借用しました。

ほぼすべての展示室が網羅されており、主要作品には英語の解説がついています。

 

 

 

9

< 9.  素晴らしい宮殿の間 4    >

 

上の写真: ラファエロの間、229室。

右側の窓の近くにラファエロの作品「コネスタビレの聖母」「聖家族」の絵が展示されている。

 

下左の写真: 17~18世紀のイタリア絵画の部屋、238室。

 

下右の写真: ピュートル大帝の(小玉座)の間、194室。

 

 

 

 

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< 10. ラファエロの回廊、227室  >

ラファエロの手によるヴァチカンのフレスコ画が壁一面に模写されている。

装飾で満ち溢れているが、落ち着きのある不思議な感じのする廊下です。

 

 

感想

今回、この美術館を実質見学した時間は待ち時間などを除くと1時間ぐらいでした。

日本語の現地ガイドに案内されて2階の一部を重点的に見て、後は通り過ぎただけでした。

またたくさんの見学者がいたので、スムーズに見ることが出来なかった。

この美術館の主要な作品をじっくり見たいなら、見学者の少ない時間帯を選び、1日半ぐらいかけなければいけないと思います。

 

私は1階にあるスキタイや中央アジアの遊牧民族の美術、ユーラシア大陸の先史美術を見たかったのですが、見ることが出来なかった。

今回は美術品をじっくり見ることが出来なかったが、建物の内装の美しさを堪能することが出来た。

 

今回の旅行は欲張って5か国を周遊する為に、一カ国を充分見ることが出来ない欠点がここに出た。

それでも、全体としては十分満足出来た旅行でした。

 

次回に続きます。

 

 

 

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