地中海とカナリヤ諸島クルーズ 12: 船内の案内


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< 1. デッキ15、16を見下ろす >

 

今日は、クルーズ船ファンタジアの船内を紹介します。

あらゆる楽しみやサービスが船内に詰め込まれています。

レストランと食事の紹介は別にします。

 

 

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< 2. デッキ図 >

 

一般乗客はデッキ5~18を使いますが、ヨットクラブには入れません。

デッキ8~13はすべて客室で、デッキ5だけ一部客室があります。

ほとんどのレストランやバーはデッキ5~7にあり、ブュッフェレストランだけがデッキ14にあります。

デッキ14~18でプールや日光浴が楽しめます。

 

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< 3. 標準的なMSCクルーズ船 >

 

船内には多数の設備があり広大ですので、早めに下見した方が良いです。

 

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< 4. 各種バーとラウンジ >

 

15以上のバーやラウンジがデッキ6、7に集中しています。

オープンの時間は様々ですが、注文しなくても利用出来ます。

毎日、5~6箇所で、軽音楽、クラシックの小バンドによる生演奏が夕方から深夜まであります。

ダンス音楽に合わせて、踊ることも出来ます。

ダンスレッスンも毎日、数回行われています。

昼はどこかでクラフトやゲームも行われます。

ほとんどが無料です。

 

 

 

 

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< 5. レセプション >

 

デッキ5~7のこの中央部に受付、ツアーオフィス、ラウンジがあります。

ここの吹き抜け部が最も華やかで、いつも多くの人がいます。

 

下の写真: デッキ7のこの通路はフォトショップになっています。

 

 

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< 6. デッキ15 >

上の写真: 船首側の屋内プールとジャクジー。

中央の写真: 天気の良い日は、ここにデッキチェアが並び日光浴を楽しむ人で一杯になります。

風が強い日は歩くのも困難になります。

中央に、デッキ14の大きな屋外プールとジャクジーがある。

 

下の写真: 船尾の屋外プールとジャクジー。

 

写真撮影にはこのデッキが一番です。

 

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< 7. アクティビティー >

上の写真: デッキ16の中央、奥のステージで、ダンスレッスン、体操、ゲームが毎日数回行われます。

中央の写真: デッキ14の船首側、奥にジム(無料)が見えます。

下の写真: デッキ5~7、この2000名収容のシアターで、毎日、夜2回公演があります。

演目は、歌と踊り、アクロバットで構成され、オペラ曲のダイジェスト、物真似ショーなど多彩です。

公演時間は1時間半ほど、自由席で、入退出も自由です。

イタリア語と英語が主で、日本語はありません。

 

 

 

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< 8. 客室 >

 

私達はキャビンに満足しました。

シャワーのみでしたが、快適に過ごせました。

ジャクジーやダンス後、幾度シャワーを使っても、清掃が行われ、バスタオルが交換されます。

 

客室のデッキでは、部屋を出ると通路だけで、外の景色を見ることが出来ません。

 

エレベーターは4ヶ所にありますが、中央のエレベーターはいつも込みます。

したがって、デッキ間の移動は前後のエレベーターを使用するのが良いでしょう。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 10: Seeing the Middle East and Arab world in films 3: Schindler’s List


中東に平和を! 10: 映画に見る中東とアラブ世界 3: シンドラーのリスト

 

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  • * 1

 

Today, I introduce the masterpiece “Schindler’s List”.

This describes a Jewish genocide (the Holocaust) that happened during World War II.

You will get a flash of anger and feel tears welling up.

 

今日は、名作「シンドラーのリスト」を取り上げます。

第二次世界大戦中に起こったユダヤ人の大量虐殺(ホロコースト)を扱っています。

涙と怒りが込み上げてくる映画です。

 

 

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< 2. Setting of the film, 1939-1945 >

< 2. 映画の舞台、1939-1945年 >

Upper map:   Beginning the World War II, Germany invaded the east mainly.

Lower map:   A map of the Holocaust during the World War II.

Star mark is city with ghetto, skeleton mark is extermination camp, and black mark is concentration camp (prison or forced-labor camp).

Red arrow shows Krakow where a factory of Schindler was in Poland.

There is Auschwitz extermination camp near that.

 

For a long time, Jewish people of Europe have emigrated to Eastern Europe and America for escaping from persecution, but the situation turned worse since when Nazi began autocracy in 1933.

Besides, when German military invaded Eastern Europe, Jewish people were forcibly shut in by ghetto and camp, and their escape and emigration became mostly impossible.

 

 

上の地図: 第二次世界大戦が始まると、ドイツは主に東方に侵攻した。

下の地図: 大戦中のホロコースト地図。

星印はゲットー(居住地)、ドクロ印は絶滅収容所、黒四角は他の収容所(監獄、強制労働所)です。

赤矢印は、シンドラーの工場があったポーランドのクラクフです。

近くにアウシュヴィッツ絶滅収容所があります。

 

以前から西欧のユダヤ人は迫害を逃れ東欧や新大陸などに移住していたが、ナチスが独裁を始めた1933年頃から状況は悪化した。

しかもドイツ軍が東欧に侵攻してくると、ユダヤ人は強制的にゲットーや収容所に閉じ込められ、ほとんどが逃亡や移住が不可能になった。

 

Summary of the film

― Production ―

It was made in The U.S.A. in 1993.

The director is Steven Spielberg, and Liam Neeson is playing the role of Schindler.

 

― Contents ―

It is a fictionalization of true-life story.

The setting is Poland under German military occupation during World War II.

A German businessman Schindler aimed at making a profit in the war, and came over here from Germany.

He bought a deceased company and employed Jews from ghetto as cheap laborer and entrusted a Jewish accountant with the management.

Because he was a playboy and a member of Nazi party, he ingratiated himself to Schutzstaffel (SS), and his company accomplished rapid growth as a munitions factory, by being provided with the benefit of the military.

 

However, since a coldhearted man was assigned a new post of the head chief at near Płaszów Concentration Camp, the massacre and cruelty to Jews became widespread.

When the danger approaches Jewish workers of his factory before long, he has a change of heart, and begins to devote himself to Jewish relief.

 

Furthermore, he plans harboring Jews as the personnel necessary for his munitions factory, for preventing Jews from being sent to extermination camp.

Therefore, he makes “List”, corrupts and deceives the Schutzstaffel (SS) by himself almost, and succeeds in their rescue.

He became penniless at last.

 

More than 1100 Jews were able to survive after the war in this way.

 

 

映画の概要

―制作―

米国、1993年、スティーヴン・スピルバーグ監督、リーアム・ニーソン主演(シンドラー役)。

 

―内容―

この映画は実話を題材にしています。

舞台は第二次世界大戦中のドイツ軍占領下のポーランドで、ドイツ人実業家シンドラーは戦争で一儲けを狙いドイツからやって来た。

彼は潰れた工場を買い取り、安価な労働力としてゲットーのユダヤ人を雇い、ユダヤ人会計士に経営を任せていた。

彼は遊び人でナチ党員でもあったので、ナチス親衛隊にうまく取り入り、軍需工場として便宜を図ってもらいながら急成長を遂げる。

 

しかし、近くのプワシュフ強制収容所に冷酷な所長が赴任してくると、ユダヤ人への虐待や殺戮が横行するようになる。

やがて工場に働くユダヤ人にも危険が迫って来ると、彼の心境に変化が現れ、ユダヤ人の救援に心砕くようになる。

 

さらに、彼はユダヤ人が絶滅収容所に送られるの防ぐ為に、ユダヤ人を軍需工場要員として匿うことを企てる。

その為に「リスト」を作り、ほぼ彼一人で親衛隊員らを買収し騙し、見事救出に成功する。

ついに彼は無一文になった。

 

こうして、1100人以上のユダヤ人が戦後も生き残ることが出来た。

 

 

Story

ストーリー

 

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< 3. Storm of persecution >

< 3.迫害の嵐 >

 

Poland occupied by the German military became a hell for Jews.

They were discriminated against by the citizen, too.

 

ドイツ軍に占領されたポーランドはユダヤ人にとって地獄になった。

彼らは市民からも差別された。

 

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< 4. Schindler >

< 4. シンドラー >

Central photo: A Jewish accountant and Schindler.

 

真中の写真: ユダヤ人会計士とシンドラー。

 

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< 5. A new head chief of Concentration Camp >

< 5.新しい収容所所長 >

 

The head chief described by this film despised Jews abnormally and massacred them without hesitating.

He, Amon Göth was actual person and was executed in the war criminals after the war.

 

映画で描かれている所長は、異常なまでにユダヤ人を蔑視し、殺戮を躊躇せずに行った。

彼、アーモン・ゲートは実在の人物で、戦後、戦争犯罪人で死刑になった。

 

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< 6. Rescure >

< 6.救出 >

 

Schindler makes “List” and negotiates with Göth head chief or other soldiers.

The rescue from freight trains protected by many German soldiers is very dramatic.

 

シンドラーはリストを作成し、ゲート所長ら軍人らと交渉する。

ドイツ兵に守られた貨物列車からの救出劇はハラハラドキドキの連続です。

 

 

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< 7. The last >

< 7. ラスト >

Upper photo: He is presented a gold ring by Jews saved by him.

Lower photo: By his will, his grave was made in Israel.

The bereaved families of the people he rescued gathered around it.

 

上の写真: 救ったユダヤ人から、金歯から作った指輪をプレゼントされる。

下の写真: 彼の遺言により、墓はイスラエルに設けられた。

その周りに、彼が救った人々の遺族が集まった。

 

 

What was running on in this time?

この時代に何が起きていたのか

 

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< 8. Jewish emigration before the world war >

< 8.大戦までのユダヤ人の移住 >

From the late 19th century, Jews immigrated to the East Coast (mainly New York) of the American for escaping from persecution.

It was continued after when Hitler began autocracy in Germany in 1933.

Later, they come to have political ability to move the United States and are supporting Israel strongly.

 

19世紀後半から、ユダヤ人は迫害を逃れ、米国の東海岸(ニューヨーク)へと多くが移住していた。

それはドイツでヒットラーが独裁を始めた1933年以降も続いた。

後に、彼らは米国を動かす政治力を持つようになり、強力にイスラエルを支援することになる。

 

 

 

 

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< 9. Jewish emigration after the world war  >

< 9.大戦後のユダヤ人の移住 >

 

Jews who lived in Palestine in 1917 was approximately 50,000 people, but the population was increased by the emigration such as people expelled from Nazis, following the British mandatory administration times,

After the forming of the Israeli state in 1948, the population increased rapidly and became 8 million at the present day.

 

1917年、パレスチナの地に住むユダヤ人は5万人ほどだったが、英国の委任統治時代を経て、ナチスに追われた人達などの移住で増加した。

1948年のイスラエル建国以降は、その数は急速に膨れ上がり、現在800万人となった。

 

 

Lesson of the history

The Jew that was despised so much is a strong people like supporting Israel and the United States now.

At this moment, it is hard to imagine the persecution for 2000 years by Christian in Europe.

 

The people that had been persecuted seem to have begun new persecution.

It seems to be difficult to cut off the persecuted fear.

The prohibition to the doctrine violation that every religion has may cause justification of persecution.

 

This continues next time.

 

 

歴史の教訓

あれほど蔑視されたユダヤ人は、現在、イスラエルや米国を支える強力な民族となった。

欧州のキリスト教徒による2千年の迫害はまるで嘘のようです。

 

迫害された人々は新たな迫害を始めたようです。

迫害された恐怖を、断ち切ることは難しいようです。

あらゆる宗教が持つ教義違反への戒めは迫害の正当化を招くことがある。

 

次回に続きます。

 

 

 

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地中海とカナリヤ諸島クルーズ 11: バルセロナ 2


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< 1. グエル邸の屋上の煙突 >

 

今日は、賑わう市場と世界遺産のグエル邸を紹介します。

これらはランブラス通りにあります。

 

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< 2. サン・ジョセップ市場 1 >

 

この市場はランブラス通りに面している。

なんでも揃っているが青果・鮮魚・菓子類が目立ちました。

果物の多彩でカラフルさに目を奪われました。

 

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< 3. サン・ジョセップ市場 2 >

お菓子の手作りのセットやカラフルさは見ているだけでも楽しくなります。

市民もいるのですが、多くは観光客で大賑わいでした。

 

 

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< 4. ランブラス通り >

下の写真: 右の建物がオペラのリセウ大劇場です。

 

街路樹は冬の装いですが、日差しのある所では暖かく気持ちが良かった。

世界中から観光客が来ているようです。

 

 

 

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< 5. 通りとゲエル邸 >

上の写真: ランブラス通りと交わる通り。

下の写真: 別の通りに面したグエル邸の正面。

思ったより小さい、これが世界遺産?

ところが中に入って驚き!!

 

 

 

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< 6. グエル邸 1 >

上の写真: 地下の厩舎。

下の写真: 地下から1階への階段途中から見上げた。

この建物は地下1階、地上4階です。

 

 

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< 7. グエル邸 2 >

上の写真: 中2階の玄関。

ちなみに1階は馬車庫で、どおりで暗かった。

 

真中の写真: 上の写真の階段を昇っているところ。

下の写真: 階段を昇ったところにある部屋で、窓の外が玄関のある通り側です。

この2階がメインフロアで、ここだけでおよそ9つの部屋がある。

 

 

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< 8. グエル邸 3 >

2階中央にある吹き抜けが圧巻でした。

見たことのないような装飾パターンの数々、さらに抑制の効いた、冷たさを感じる色調には驚かせる。

金色が使われていても派手さはない。

階段や窓のデザインは、それぞれに個性がある。

 

 

 

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< 9. グエル邸 4 >

上の写真: 吹き抜けの天井を見上げた。

下の写真: 4階の寝室の一つ。

 

この建物はアントニ・ガウディが34歳、1886年(-1890年)に建築した個人の邸宅です。

彼が建築家としてデビューして3年目の初期の作品です。

 

感想

狭い敷地にも関わらず、巧みな構成によって多彩な部屋の数々が生まれている。

また吹き抜けは狭さを感じさせない。

その天井を見たとき、色調は異なるが、サグラダ・ファミリアの天井に通じる有機的なものを感じた。

 

木組みの天井やあらゆる装飾にヨーロッパの様式、アルハンブラ宮殿に見るイスラム様式、大航海時代のスペインのムデハル様式、ポルトガルのマヌエル様式を感じることが出来た。

私は、ここでもガウディの凄さに感動した。

 

 

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< 10. バルセロナとの別れ >

 

これで2度目のバルセロナともお別れです。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 9: Seeing the Middle East and Arab world in films 2: Lawrence of Arabia


 

中東に平和を! 9: 映画に見る中東とアラブ世界 2: アラビアのロレンス

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Today, I introduce the epic “Lawrence of Arabia”.

The scene of men fighting in desert was pictured by splendid beautiful images and music.

It is one of the unforgettable movies.

 

今日は、大作「アラビアのロレンス」を取り上げます。

砂漠で戦う男達の姿が、素晴らしい映像美と音楽で描かれています。

忘れられない映画の一つです。              

 

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< 2. Setting of the film, 1916-1918 >

< 2. 映画の舞台、1916-1918年 >

A brown line is a railroad that was an important supply route of the Ottoman Empire.

 

The red marks show the main setting.

No.1 is Cairo, the capital of British protected country Egypt at that time, and there was a headquarters of the British military.

No.2 is Medina, one of the Holy sites of Islam being comparable to Mecca, and father of Faisal I who appeared in this film had ruled over this eastern coast of the Red Sea (Kingdom of Hejaz).

No.3 is Aqaba, and there was a fortress of the Ottoman Empire here because having been a strategic point of the marine traffic at that time, therefore it was an obstacle of supply route for the British military.

No.4 is Damascus, and was a provincial capital of the Ottoman Empire at that time.

 

The light red range is desert Nafud that Lawrence succeeded in traversing.

 

茶色の線はオスマン帝国の重要な補給路であった鉄道です。

 

赤丸は主要な舞台です。

No.1は カイロで、当時、英国の保護国エジプトの首都で英軍の司令部があった。

No.2はメデイナで、メッカと並ぶイスラム教の聖都の一つで、この映画に登場するファサル1世の父がこの紅海東岸一帯(ヒジャーズ王国)を支配していた。

No.3はアカバで、海上交通の要衝で、当時、オスマン帝国の要塞があり、英国軍にとって補給路の障害であった。

No.4はダマスカスで、当時、オスマン帝国の州都の役割を担っていた。

 

薄い赤の範囲はネフド砂漠で、ロレンスは過酷な横断に成功する。

 

 

Summary of the film

― Production ―

The U.K. made it in 1962. The director is David Lean and Peter O’Toole is playing the role of Lawrence.

 

― Contents ―

It is a fictionalization of true-life epic historical story.

The setting is the west side of Saudi Arabia in 1916-1918 of the last of the World War I.

British officer Lawrence was first ordered reconnaissance of Prince Faisal who had led a struggle for independence of Arab.

However, he led the struggle of Arab, and before long succeeded in attack of fortress and railroad of the Ottoman Empire.

At last, he and Arab captured Damascus by themselves, and the Ottoman Empire collapsed by the attack of the British military.

 

However, after the victory, the national congress by the Arabic patriarch became out of control due to clash of their egos.

And Lawrence left the Middle East in frustration.

 

 

映画の概要

―制作―

英国、1962年。デヴィッド・リーン監督、ピーター・オトゥール主演(ロレンス役)。

 

―内容―

この映画は実話を題材にしています。

舞台は第一次世界大戦末期(1916-1918)のサウジアラビア西部です。

英国の将校ロレンスは、最初、ファサル1世が率いるアラブ独立闘争の偵察を命じられる。

しかし、やがて彼はアラブ独立闘争の先頭に立ち、オスマン帝国の要塞や鉄道の攻撃に成功する。

遂にアラブの部族だけでダマスカスを攻略し、そして英軍の進攻によりオスマン帝国は瓦解した。

 

しかし勝利を得たアラブの族長らによる国民会議は、エゴがぶつかり合い収拾がつかなくなる。

そして、ロレンスは失意のうちに中東を去る。

 

 

Story

ストーリー

 

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  • * 3

Upper photo: Lawrence gets orders in a headquarters of the British military of Cairo.

Central photo: Prince Faisal who leads a struggle for independence of Arab.

Lower photo: The discourse with the Prince Faisal in Medina neighborhood.

Here, Lawrence deviates from his reconnaissance duty, proposes a major offensive and will lead in the struggle later.

 

上の写真: カイロの英軍司令部で命令を受けるロレンス・

真中の写真: アラブ反乱軍のリーダーであるファイサル王子。

下の写真: メデイナ近くでファイサル王子との会談。

ここでロレンスは偵察任務から逸脱し、大攻勢を提言し、後に率先することになる。

 

 

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  • * 4

Upper photo: The Arabic patriarchs being main players in the struggle get together.

Central photo: They begin an easy advance while riding on camels.

Lower photo: This Aqaba fortress just before their attack.

 

上の写真: 戦いの主役、アラブの族長が勢ぞろい。

真中の写真: 駱駝に乗って快進撃を始める。

下の写真: 攻撃直前のアカバ要塞。

 

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  • * 5

Upper photo: Just blasted railroad.

2nd photo from top: The Arabic patriarchs recognize Lawrence, and a clothes of the patriarch is presented to him.

3rd photo from top: Arab alternates between hope and despair to spoils.

 

Lower photo: They attack to a strategic place Damascus of Ottoman military.

 

上の写真: 鉄道の爆破。

上から2番目の写真: アラブの族長達から認めら、族長の衣服を贈与されたロレンス。

上から3番目の写真: 略奪品に一喜一憂するアラブの族長。

下の写真: オスマン軍の要衝ダマスカスへ侵攻。

 

 

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Upper photo: Lawrence angers at confused Arab national congress in Damascus.

Central photo: Lawrence became an unneeded man for Prince Faisal and the U.K.

Lower photo: An actual photo. The center is the Prince Faisal, and the right back of that is Lawrence.

 

上の写真: ダマスカスでの、混乱するアラブ国民会議に怒るロレンス。

真中の写真: ファイサル王子と英国にとって不要となったロレンス。

下の写真: 実物写真。中央がファイサル王子、右後がロレンス。

 

Highlight

A delicate white handsome man adapts himself to desert and Arab, and he comes to be recognized as a hero by his strategy and courage.

However, during the battle, desire for revenge and overconfidence come to lead him to madness.

 

When the struggle is over, in contrast with his deep sympathy for Arab, the situation goes.

The heroic image of Lawrence becomes the interference for occupation policy of mother country, the U.K., and for Arabic patriarchs that wish themselves independence.

The scene that Lawrence is leaving in frustration seems to indicate confusion of the Middle East.

 

After that, Britain and France are adept at managing Arabic patriarchs, draw boundary lines in the Middle East, and will allocate King and inhabitants to the territory.

As a result, Syria, Iraq, Lebanon, and Jordan were created.

 

 

見所

華奢で白人の美男子が砂漠とアラブの部族に溶け込み、彼の戦略と勇気によって、やがて彼は英雄と見なされる。

しかし彼の心は戦いの中で復讐心と過信が錯綜し、狂気を帯びていく。

 

戦いが終わってみると、彼のアラブへの篤き思いとは裏腹に、事態は進行していく。

自らの手で独立を切望するアラブの族長達と母国英国の占領政策にとってロレンスの英雄像は邪魔になった。

ロレンスの消沈して去る姿は、中東の混迷を予感させる。

 

その後、英仏がアラブの族長達を手玉に取り、中東を線引きし、王や住民をその領地にあてがうことになる。

こうして、シリア、イラク、レバノン、ヨルダンなどが生まれた。

 

 

Problem point

At that time of movie release, I didn’t mind that the film had described Arab as thoroughly barbarian and ignorant.

But I have a feeling of strangeness of it now.

It is connected with an Indian coming out by horse opera of Hollywood.

 

This continues next time

 

 

問題点

公開当時、気にならなかったのですが、今はアラブの族長達が徹底して野蛮で無知に描かれていることに違和感を持ちます。

ハリウッドの西部劇映画で出てくるインディアンに通じるものがある。

一方的に、彼ら弱者の欠点を並べ立て、敵に仕立て上げ勧善懲悪を楽しむところがある。

歴史や社会を知れば真実は見えてくるのですが、これらメディアによって多くの人はこの白人優位に納得してしまうようです。

 

 

次回に続く。

 

 

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Cruise of the Mediterranean Sea and Canary Islands 10: Barcelona 1


地中海とカナリヤ諸島クルーズ 10: バルセロナ 1

 1

< 1.  Passeig de Gracia >

< 1. グラシア大通り >

 

We freely enjoyed walking around Barcelona a half day.

I introduce the way of personal trip that we started from our cruise ship, and one episode.

 

私達は、半日、自由にバルセロナの町歩きを楽しみました。

クルーズ船からの個人行動の仕方とエピソードを紹介します。

 

 

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< 2. We just enter Barcelona port >

< 2. いよいよバルセロナに寄航 >

Upper photo: Whole view of Barcelona.

Central photo: Our ship is stopping at the terminal of MSC Cruises where a big ship is in the left side.

Lower photo: “Excursion” is a ticket office of local optional tour in our ship.

 

Our ship stopped at the port at 13:00, and left at 18:00, March 4, 2016.

We refused a city sightseeing of our tour because we had come once, and got the free trip.

So, in the Excursion, I purchased the ticket of shuttle bus connecting our ship and the city (1-2 in map).

When our ship stopped at a port, the Excursion in the morning was always crowded and we tired with confirming the contents of ticket and purchasing it with poor English.

There is not person who can speak Japanese in the Excursion, and probably Italian and English seem to be mainly used.

 

There was a woman crew who can speak Japanese in our ship, but she is not helpful immediately all the time.

 

上の写真: バルセロナの遠景。

真中の写真: 左側で大きな船が着岸している所がMSCクルーズのターミナルです。

下の写真: エクスカーション、船内の現地オプショナルツアーのチケット発売所。

 

船は2016年3月4日(金)、13:00に寄航し(下船開始)、18:00に出航した。

私達は一度訪れているので、ツアー会社の市内観光を断り、自由散策にしました。

その為に、上記エクスカーションで、市内までの往復バス(地図、1~2間)のチケットを購入しました。

ここは寄航日の朝、いつも混雑しており、下手な英語での内容確認や購入は疲れます。

この受付には日本語が出来る人はおらず、おそらくイタリア語と英語などが主のようです。

 

日本語の出来る人が船内に一人いるが、いつも直ぐ役立つわけではない。

 

 

 

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< 3. Map of Barcelona >

< 3. バルセロナ地図 >

Upper photo: Map shows our ship and the route of walking for sightseeing.

A blue mark indicates our ship, and a yellow mark indicates Casa Batllo being in the distance.

The number 1-2 is the route of the shuttle bus, 2-3 is it of walking, and 3-4 is it of metro we used.

 

Lower photo: The route of walking for sightseeing.

After getting off the metro, we went from No.4 to No.2 while doing sightseeing, and came back by the shuttle bus.

In the shuttle bus, the first train and the last train were decided, and it did shuttle service during it.

This kind of shuttle bus varies in the service contents and running by each port of call.

Please confirm it with newspaper “Daily program” (Japanese edition) of the ship in the night before sightseeing.

 

上の地図: クルーズ船から町歩きまでの道筋。

青丸は私達のクルーズ船、黄丸は最も遠い観光地カサ・バトリョです。

番号1~2は往復バス、2~3は徒歩、3~4は地下鉄の利用です。

 

下の地図: 町歩きの道筋。

地下鉄下車後は徒歩で、4から途中観光しながら2まで歩き、また往復バスに乗って帰りました。

往復バスは始発と終発が決まっていて、ピストン運転でした。

この種類の往復バスは、寄港地で運行内容や催行の有無が異なります。

前日の夜に届く船内新聞「デイリープログラム」(日本語版)で確認してください。

 

 

 

 

4あ

< 4. Monument a Colom >

< 4. コロンブスの塔 >

 

We got off the shuttle bus, and started to walk.

It was fine weather, and the wind felt good.

 

往復バスを降りて、いよいよ歩き始めます。

快晴で、風は心地よく、素晴らしい日和でした。

 

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< 5. Metro >

< 5. 地下鉄 >

 

We arrived at an entrance of street Las Rambles.

Then, we get on Metro running through the underground of this street, and go to station Passeig de Gracia.

I had a hard time for a while to buy the ticket.

 

ランブランス通りの入り口に来ました。

ここで両替所を見つけて入ったのですが、先客二人を待つだけで大変な時間がかかりました。

船内で、両替をしておくべきだった。

 

次いで、この通りの下を走る地下鉄に乗り、バセイジ・デ・グラシア駅まで行きます。

切符を買うのにひとしきり苦労し、地下鉄に乗り込んだ。

 

Trouble!!

We got off at the objective station, and were walking on the platform.

Then a young woman asked us from our backside.

“ Now, I think something has been stolen from you. ”

When I saw my waist porch, the zipper had been opened.

That reminds me, two Asians surrounded me in the inside of the train,

And one man of them stared at a station nameplate of the upper part, and called a station name repeatedly.

I was preoccupied with it.

In the opportunity, one woman of them would try to steal.

 

After all, I had nothing stolen, because I hadn’t valuables and money.

Actually, on previous day, my wife had her wallet stolen from her shoulder-back while the sightseeing in Genoa.

So I handed her my wallet.

Our couple suffered pickpocket damage for the two day in a row.

 

We thanked the young woman and parted.

 

トラブル発生!!

そして、目的の駅で降り、ホームを歩いていました。

すると若い女性が後ろから、何か盗まれていませんかと私に尋ねてきた。

私のウエストポーチを見ると、チャックが開いていました。

そう言えば、車内で、アジア系の男女二人が私を囲み、しきりに上側の駅名表示板を指差し、駅名を連呼していた。

私もつられて、その表示板に気を取られていた。

その隙に、女がすろうとしたのでしょう。

 

結局は、何も取られていませんでした。

そこには貴重品とお金が無かったからです。

実は、前日、妻がジェノバで市内観光の折、ショルダーバックから財布をすられ、現金などを無くしていた。

それで私の財布を妻に渡していたのです。

 

私は、前年、リスボンで未然にスリを防止していたので、盗まれないと自負していたのですが、2日続けて、夫婦がスリ被害にあった。

 

その若い女性に感謝して別れました。

 

 

 

 

 

6

< 6. Casa Batllo and street Passeig de Gracia >

< 6.カサ・バトリョとグラシア大通り >

Upper photo: Gaudi refurbished Casa Batllo in 1906.

Central photo: A view toward the sea side on street Passeig de Gracia.

Lower photo: A view toward the mountain side on street Passeig de Gracia.

 

上の写真: ガウディが1906年に改修したカサ・バトリョ。

真中の写真: Passeig de Gracia グラシア大通りで海側を望む。

下の写真: グラシア大通りで山側を望む。

 

 

 

 

7

< 7. Placa del Catalunya 1 >

< 7.カタルーニャ広場 1 >

Central photo: The fountain of Placa del Catalunya.

Lower photo: A department store facing the Placa del Catalunya.

We entered in here for a purpose of restroom, but there was not it.

But there was a big supermarket in the underground of it, and we bought foodstuffs as a souvenir.

 

真中の写真: カタルーニャ広場の噴水。

下の写真: カタルーニャ広場に面したデパート。

ここにはトイレが目的で入ったのですが無かった。

地下に大きなスーパーが有り、土産用に食品等を購入しました。

 

 

 

8あ

< 8. Placa del Catalunya 2 >

< 8. カタルーニャ広場 2 >

 

Many citizen were relaxing in Placa del Cataluny

カタルーニャ広場では多くの人々が寛いでいました。

 

 

9

< 9. Street Las Rambles 1 >

< 9. ランブラス通り 1 >

Upper photo: An entrance of street Las Rambles where we just entered from Placa del Catalunya.

 

上の写真: カタルーニャ広場からランブラス通りに入った所。

 

 

10

< 10. Street Las Rambles 2 >

< 10. ランブラス通り 2 >

Various human events on the street.

 

通りで見かけた人間模様。

 

Impression

One thing that I expected for this Cruise trip is to contact with people of the world.

We visited 3 countries in Europe and 1 country in Africa, and had contact with the people of over a dozen countries in our ship.

 

After experienced this trouble, our trip became a challenging trip that we had contact with the people of the world.

 

This continues next time.

 

感想

今回のクルーズ旅行に期待したものに、世界中の人々との触れ合いがあります。

ヨーロッパ3ヵ国とアフリカ一ヵ国を訪問し、そして船内で十ヵ国以上の人々と交流することになります。

 

トラブルも経験したが、世界中の人との出会いにチャレンジする旅行になりました。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 8: Seeing the Middle East and Arab world in films 1: The beginning


中東に平和を! 8: 映画に見る中東とアラブ世界 1: はじめに

 

 1

< 1. A scene of Lawrence of Arabia (film) >

< 1. アラビアのロレンスの1場面 >

 

Did you see two films, “Lawrence of Arabia” and “Schindler’s List”?

We approach the heart of the Middle East and Arab world through some films in installments from now on.

I easily introduce these films today.

 

皆さんは、映画「アラビアのロレンス」や「シンドラーのリスト」を見られたことがありますか。

これから数回に分けて、いくつかの名作を通じて、中東とアラブの世界に迫ります。

今日は、扱う映画を簡単に紹介します。

 

The beginning

By these films, we can feel an intimate connection with the current problems or history that this area has its own burden of.

I comment on the point of the history and society by using these films.

 

はじめに

これら映画は、誇張や事実と異なる所はありますが、この地域が背負っている歴史や現状の問題を身近に感じさせてくれます。

私は、映画を材料に、歴史や社会のポイントを解説します。

 

 

 2

< 2. Map showing the setting of these films >

< 2. 映画の舞台 >

The number in the map is number of the film.

 

地図中の番号は映画の番号です。

 

 

Films that I will introduce

紹介する映画

 

 3

  • * 3

 

  1. “Lawrence of Arabia”

Production: The United Kingdom, in 1962.

Contents: A fictionalization of true-life epic historical story.

The setting is Saudi Arabia in 1916-1918 of the last of the World War I.

British army officer Lawrence led a revolt of Arab, and led to the Ottoman Empire collapse from the rear.

All borders of the Middle East and Arab will have been decided after this.

 

1 映画「アラビアのロレンス」

制作: 英国、1962年。

内容: 実話を映画化。

舞台は第一次世界大戦末期(1916-1918)のサウジアラビアで、英国の将校ロレンスがアラブの反乱を先導し、オスマン帝国を背後から崩壊へと導いた。

この後、中東とアラブの国境が決まって行くことになります。

 

4

  • * 4

 

  1. “Schindler’s List”

Production: The United Sates, in 1993.

Contents: A fictionalization of true-life historical story.

The setting is an occupied territory by Germany army in Eastern Europe during the World War II.

A German businessman Schindler saved the life of 1,100 Jews of the employee.

Part of them wished to go to Israel as a new world.

 

2 映画「シンドラーのリスト」

制作: 米国、1993年。

内容: 実話を映画化。

舞台は第二次世界大戦中のドイツ軍占領地の東欧で、ドイツ人実業家シンドラーが従業員のユダヤ人1100名の命を救った。

彼らの一部はイスラエルに新天地を求めた。

 

 

5

  • * 5

 

  1. “The Four Feathers”

Production: The United Sates and the United Kingdom, in 2002.

Contents: A fictionalization of a novel.

The setting is the Sudan in North East Africa and the United Kingdom in the last of the 19th century.

One young army officer is torn between irrational domination in Africa by the U.K. and friends fighting the battlefield.

 

 

3 映画「サハラに舞う羽根」

制作: 英米合作、2002年。

内容: 小説の映画化。

舞台は19世紀末の英国とスーダンで、一人の若い士官は英国のアフリカ支配の不合理と戦場で戦う友人の間で葛藤する。

 

 

6

< 6. “The Wind and the Lion” and “Ertuğrul 1890” >

< 6. 「風とライオン」と「海難1890」 >

 

  1. “The Wind and the Lion”

Production: The United Sates, in 1975.

Contents: Fictionalization of a fighting story of true-life man.

This setting is Morocco that Europe and America have intervened in the early 20th century.

Berber, the head of a family, that rose in rebellion but he was defeated at last.

 

4 映画「風とライオン」

制作: 米国、1975年。

内容: 実在の人物を題材にした映画。

舞台は20世紀初頭の欧米が介入するモロッコで、ベルベル人の族長が反乱を企て、最後には敗れる。

 

  1. “Ertuğrul 1890”

Production: Japan and Turkey, in 2015.

Contents: Fictionalization connected two true-life historical stories.

In 1985 at the outbreak of the Iran-Iraq war, only Turkey sent a rescue airplane and saved many Japanese.

This is perhaps a repayment to Japanese villagers having rescued crews from the Turkish warship that went onto rocks in the coast of Wakayama in 1890.

 

5 映画「海難」

制作: 日本・トルコ合作、2015年。

内容: 二つの実話を結びつけた映画。

イラン・イラク戦争勃発時の1985年、トルコだけが救援機を飛ばし日本人を救ってくれた。

これは1890年の和歌山沖で座礁したトルコ軍艦から村民達が乗組員を救出したことへの恩返しだった。

 

 

7

  • * 7

 

  1. “Terraferma”

Production: Italy and France, in 2011.

Contents: Fiction.

This setting is in the present day, and is a small island being crowded with tourists in southern Italy.

The story started when young fisherman rescued refugees who had drifted here from Africa.

 

 

6 映画「海と大陸」

制作: イタリア、2011年。

内容: 舞台は現代、イタリア南部の観光で賑わう小さな島で、若い漁師がアフリカから流れついた難民を救ったことから話は展開する。

 

 

8

  • * 8

 

  1. “The Other Son”

Production: France, in 2012.

Contents: Fiction.

This setting is modern Israel, and one fact suddenly plunged two families of Palestine and Israel into emotional turmoil.

It was that the two family’s sons were switched at birth.

 

This continues next time.

 

7 映画「もうひとりの息子」

制作: フランス、2012年。

内容: 舞台は現代のイスラエルで、ある事実がパレスチナとイスラエルの二つの家族を深い葛藤へと陥れた。

それは互いの息子が出生時に取り違えられていたことでした。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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地中海とカナリヤ諸島クルーズ 9: クルーズ船からの眺め


 

1

 

今日は、クルーズ船からの眺めを紹介します。

洋上の船から見る景色には、観光バスや海岸から見る景色と異なる趣があります。

 

 

2

< 2.船からの眺め >

上の写真: ビュッフェレストランからの眺め。

真中の写真: バーからの眺め。

下の写真: 部屋のベランダからの眺め。

ここからの撮影はほとんどありません。

良いシャッターチャンスを得る為に、ほとんど15階のデッキで撮影しました。

但し、いつも船首から船尾まで、毎日幾度も走り回っていました。

他の場所からの撮影は視界が遮られ、汚れたガラス窓越しになるので適していません。

三脚は風、揺れ、手摺りがあり使えませんでした。

 

3

< 3.明け方から真夜中まで >

上の写真: 明け方の大西洋上。

下の写真: 真夜中のジブラルタル海峡、スペイン側の灯り。

 

撮影のタイミングは、キャビン内のテレビと毎日配られる船内新聞で凡そわかります。

テレビは船の位置を常時示しており、ライブカメラが船上の明るさを教えてくれます。

船内新聞に日の出、日の入り時刻が明記されています。

但し、時差に気をつけてください。

 

 

4

< 4.カサブランカの港 >

上の写真: 早朝、カサブランカの港に接近。

下の写真: 夕暮れ、出航を待つ。

 

5

< 5.テネリフェ島 >

上の写真: 早朝、島の灯りが見え始めた。

下の写真: 1時間後の入港直前。

 

6

< 6. マラガ港への入港 >

夜明け前に入港し、30分の間に船の上から洋上の日の出を拝んだ。

 

ビデオ

このビデオの時間は20秒です。

https://www.youtube.com/watch?v=YV4l7E4EcAo

 

 

7

< 7.朝陽に向かう船 >

イタリアのチビタベッキア港へと向かう船。

それはちょうど、日の出を追いかける形になりました。

 

 

8

< 8.港の眺め >

上の写真: 朝のマデイラ島の港。

下の写真: バルセロナを出航時、多くの海鳥が見送ってくれた。

 

 

9

< 9.早朝、ジェノバ港へ >

これでクルーズが終わります。

 

感想

一番の楽しみは、日の出と日の入りで、遮るものがありません。

次いで港への入港で、特に明け方の島への接近は心躍るものがあります。

但し、日没は夕食時間とすべて重なったので、コース料理を止めてブッフェにし、写真を撮りました。

 

鳥の見送りや漁船の出入りなどは風情があるのですが、クルーズ船が着岸する港は大きすぎて期待外れでした。

夜の海峡通過や星空を眺めるのは良いのですが、写真が撮れません。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 7: A popular book 2


中東に平和を! 7: 人気がある本 2

 

 1

< 1. The first President Ataturk of Turkey >

< 1.トルコの初代大統領アタチュルク >

 

I examine again above-referenced book “ What Went Wrong? Western Impact and Middle Eastern Response”

前回に続いて、本「イスラム世界はなぜ没落したか?」を検討します。

 

Disappointing result of this book

The author in this book radically despises the Islamic society of the Middle East.

He introduces poor performances that the administration officials of the past Islamic nations did in the diplomacy or the politics, and so he induces laughter.

Most of Westerner taking pride in advanced society may recognize the Islamic society is stagnation.

However, his book has unfair writing style that you cannot see in normal history book.

For example, as for apprehending the society, he picks up some trifling anecdotes from the Ottoman Empire several hundred years ago, and doesn’t describe it with a holistic approach such as economy, and therefore it becomes emotional.

If modern Japan is evaluated as an underdeveloped country by an anecdote of the Edo Period, can Japanese understand it?

 

この本の残念な点

この本は中東のイスラム社会を侮蔑することに終始している。

過去のイスラム国家の外交や政治、あるいは高官のお粗末さを紹介し笑いを誘う。

先進社会を自負する欧米人から見れば、この社会は停滞に写るだろう。

しかし、通常の歴史書ではありえない公正さを欠いた書き方です。

 

例えば、数百年前のオスマン帝国を話題に取り上げ、些末な逸話で笑いを取り、経済など全体的に捉えるのではなく情緒的なものが多い。

もし江戸時代の逸話をもって現代の日本も後進国であると嘲笑されても、あなは納得するだろうか。

 

2

< 2. Istanbul was a capital of Ottoman Empire >

< 2. オスマン帝国の首都だったイスタンブール >

 

Let us say that there will be bad political culture that keeps on living in the present day in the Islamic world.

If so, from hopeless Ottoman Empire, why would a republican system of government be born?

Moreover, it had secular politics, separation of power, creation of a constitution, and woman’s suffrage.

And Turkey developed the economy smoothly.

 

Here, the author says, “ The success was largely due to that Ataturk had had a Western air.”

On the other hand, he presses the reason that Arab cannot modernize, because Arab hates westernization, being unlike a Turk.

Such a self-serving argument is seen everywhere.

 

In other words, he uses any topic for criticism, but completely ignores the result that you should recognize.

However, unfortunately, this book became a bestseller in the United States.

 

The society that he should curse with is not large Islamic world, but the Middle East then Arab being Israeli enemy.

 

一歩譲って、イスラム世界には現代に通ずる低俗な文化が存在するとしよう。

もしそうであれば、その絶望的なオスマン帝国から、なぜ政教分離、三権分立、憲法制定、女性参政権を行った共和制が生まれたのだろうか。

そして、トルコは順調に経済を発展させて来た。

 

ここで著者は言う、「その成功はアタチュルクが西洋かぶれしていたおかげだと」。

一方で、アラブ人が近代化出来ないのは、トルコ人と違って西洋化を嫌悪するからだと責めでしょう。

このような我田引水が至るところに見られる。

 

要は、彼は批難すべき話題は何でも使うが、認めるべき成果を完全に無視している。

しかし、残念なことに米国ではこれがベストセラーになった。

 

彼が罵るべき社会は広大なイスラム圏ではなく、中東、それもイスラエルの敵であるアラブなのです。

 

3

< 3. Royal families of Saudi Arabia>

< 3. サウジ王家 >

 

However, his indication about the Middle East is important

  1. Lack of civil society (p166, explanatory notes 1): It is inclined toward authoritarian monarchy and dictatorial government.
  2. Lack of tolerance (p170): It punishes severely Islamic law violator.
  3. Backlash against laicism (p159): It dislikes separation of church and state, and desires to back to the source of Islam.
  4. Backlash against Western Europe (p235): To hate Western Europe is to shut an only modernization.
  5. Can’t do self-criticism (p252): It attribute current slump of Arab to the European and American developed country.

 

しかし彼の指摘は重要です

 

A 市民社会の欠如(p166、注釈1): 権威主義的で王制や独裁制に陥り易い。

B 寛容性の欠如(p170): イスラム法違反に厳しく、寛容性を持たない。

C 世俗主義への反発(p159): 政教分離を嫌い、イスラム教の原点回帰を望む。

D 西欧への反発(p235): 西欧を嫌悪することは、唯一の近代化を閉ざす。

E 自己批判が出来ない(p252): 現在のアラブの低迷を欧米先進国のせいにする。

 

4

< 4. Bourkha of Islamic clothes  >

< 4. イスラムの風習ブルカ >

 

What is on the authorial mind seems following opinion.

“ Decaying Arab has held unjust hostile sentiments against Western Europe, and has given birth to terrorism.

We should fight them firmly.”

 

I will explain about the error of his indication, and the background later.

 

This continues next time.

 

Explanatory notes1: The number is the page of the Japanese edition book with mention of related matters.

 

 

著者の念頭にあるのは、“腐敗しているアラブは西欧に言われ無き敵対感情を抱き、テロを生みだしており、西欧は毅然と戦いを挑むべきである”でしょうか。

 

後に、私はこれら指摘の誤りと、その背景について説明を試みます。

 

次回に続きます。

 

 

注釈1: 関連事項の記載がある日本語版著書のページ。

 

 

 

 

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Cruise of the Mediterranean Sea and Canary Islands 8: Cloud and wind, or sky and sea


地中海とカナリヤ諸島クルーズ 8: 雲と風、そして空と海

 

1

< 1.No1 >

View of the rising sun from our ship on the Atlantic on the way to Tenerife island from Casablanca.

カサブランカからテネリフェ島に行く途中の船上から見た大西洋上の朝陽。

 

ビデオ

This video footage is 20 seconds.

https://www.youtube.com/watch?v=32LsDvifQaE

このビデオは20秒です

 

I will introduce various sceneries that we could see only in Cruise from now on.

This theme is “Cloud and wind”, and it is beautiful gift of nature that highlights sky and sea.

 

これからクルーズならではの変化に富んだ景色を紹介していきます。

今日のテーマは「雲と風」、それは空と海を彩る大きな自然の表情です。

 

 

 

2 map

< 2. Map indicating the photo locations >

< 2.写真の撮影地を示す地図 >

The numerical value in the map is it of photos.

The red number indicates the photo that I took on the way to Tenerife island from Genoa.

The white number indicates the photo that I took on the way to Rome from Tenerife island.

 

地図上の番号は写真の番号です。

赤字はジェノバからテネリフェ島に行くまでに撮影した写真で、白字はそこからローマまでの帰りに撮影でした写真です。

 

 

3a

< 3. The upper photo is No.2, the lower it is No.3 >

< 3.上はNo2、下はNo3 >

No.2:   View of the rising sun from our ship on the Mediterranean Sea on the way to Barcelona.

No.3:   At little distance from Barcelona.

 

No2: バルセロナに向かう地中海上で見た朝陽。

No3: バルセロナの近く。

 

 

4a

< 4. The upper photo is No.4, the lower it is No.5  >

< 4. 上はNo4、下はNo5 >

No.4:   In Barcelona.

No.5:   View from our ship on the Mediterranean Sea on the way to Casablanca from Barcelona.

 

No4: バルセロナの町中で。

No5: バルセロナからカサブランカに向かう地中海上。

 

 

5a

< 5. The upper photo is No.6, the lower it is No.7  >

< 5.上はNo6,下はNo7 >

No.6 and No.7: View from our ship on the Mediterranean Sea on the way to Casablanca from Barcelona.

The sea in that day became the swelling wave, and our ship continued rolling all day.

When we went in the Atlantic, our ship often continued rolling, but I didn’t get seasick.

When I walked through the ship, except in the case of my wobbling slightly wasn’t problem.

 

No.7:   A ship like a cargo boat is seen out at sea, but I almost didn’t see a ship on the sea.

 

No6、No7: バルセロナからカサブランカに向かう途中の地中海上で。

この日は海のうねりが大きく、船が1日中揺れ続けた。

大西洋に出た時も、日によって揺れることがあるが船酔いすることは無かった。

しいて言えば、船中を歩く時に若干ふらつく事ぐらいが問題でした。

 

No7: 沖に貨物船らしい船が見えますが、洋上で船に巡り合うことはほとんどなかった。

 

 

6

< 6. The upper photo is No.8, the lower it is No.9  >

< 6.上はNo8,下はNo9 >

No.8:   Hassan II mosque in Casablanca before noon.

It mists with the sea breeze.

 

No.9:   The big wave from the Atlantic is lapping the shore of Casablanca in the afternoon.

 

 

No8: カサブランカのハッサン2世モスク、昼前。

海からの潮風で霞んでいる。

 

No9: カサブランカの海岸に打寄せる大西洋の大きな波、午後。

 

 

7<  7. The upper photo is No.10, the lower it is No.11 >

<  7.上はNo10,下はNo11 >

No.10:   View from our ship on the Atlantic on the way to Tenerife island from Casablanca in the afternoon.

No.11:   At little distance from Tenerife island in the morning.

We can see two vanishing ships like a ferry that seems to connect with remote islands.

I could not see fishing boat on the sea.

 

No10: カサブランカからテネリフェ島に向かう途中の大西洋上、午後。

No11: テネリフェ島の近く、朝。

離島を連絡するフェリーが遠くに見えます。

漁船を見かけることはありませんでした。

 

 

8

< 8. No.12 >

< 8.No12 >

 

The snow and sea of clouds of Mount Teide in Tenerife island in the afternoon.

テネリフェ島のテイデ山の雪と雲海、昼過ぎ。

 

 

9

< 9. The upper photo is No.13, the lower it is No.14 >

< 9.上はNo13,下はNo14 >

 

It was immediately after departing from Tenerife island in the early evening.

This weather turned bad suddenly when visiting at this port in morning and departing from it in an evening.

 

テネリフェ島を出航直後、夕刻。

テネリフェ島は、私達が朝に寄航し、夕に出航する時に限って、急に天候が悪化した。

我々は、午後、晴れ間が覗く中、この島の市街を散策した。

 

10

< 10. The upper photo is No.15, the lower it is No.16 >

< 10.上はNo15,下はNo16 >

No.15:   Madeira island in the afternoon.

No.16: It was immediately after departing from Malaga port at noon.

 

No15: マディラ島、昼。

No16: スペインのマラガ港を出航直後、午後。

 

Sentiments

A part of reasons why I chose this cruise tour was that I wanted to see the stormy Mediterranean Sea of winter, and also see the Canary Islands that was involved with a beginning of the Age of Discovery.

My wish was fulfilled.

 

This continues next time.

 

感想

私がこの旅行ツアーを選んだ理由の中に、荒れる冬の地中海と大航海時代の先駆けになったカナリヤ諸島を見たいことがありました。

その望みは叶えられました。

真冬ではないが、荒れる海を経験し、天候が急変する大西洋上の火山島に遭遇することが出来ました。

 

2016年3月3日からの12日間クルーズを選択したことは正解でした。

イタリアは少し寒いが、他の寄港地は過ごしやすく、天候にも恵まれました。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 6: A popular book 1


中東に平和を! 6: 人気がある本 1

 

 

 1

< 1. The book >

< 1. 本  >

 

 

Today, I introduce a popular book,” What Went Wrong? Western Impact and Middle Eastern Response”

 

今日は、人気がある本「イスラム世界はなぜ没落したか?」を紹介します。

 

Summary of this book

The author is Bernard Lewis, and he is an authority in the history study of the Middle East in the U.S.A.

The following summary of this book is a quote from a comment of the translation supervisor, Akira Usuki.

 

“ In the first place, Islamic world had an advanced civilization, and actually, was superior to the politics, economy, military and culture of the Christendom of Europe.

However, the Muslim have been satisfied with the world of their self-centeredness, ignored the modernization such as the technology development that Europe accomplished, and have delayed.

Coming into the 19th century, Islamic world experienced the colonization by the European Great Powers.

 

In the result, Muslim did not change oneself, and directed their ire toward the European colonialism first.

And next, they do it toward the United States after the World War II.

The author says that they haven’t made effort to reorganize oneself. ”

 

 

本の概要

著者は米国の中東史研究の権威バーナード・ルイスです。

この本の要約を監訳者臼杵陽のコメントから引用します。

 

「そもそもイスラムは先進的な文明をもっており、実際、ヨーロッパ・キリスト教世界に対して政治的、経済的、軍事的、文化的に優越していた。

ところが、ヨーロッパが成し遂げたテクノロジーの発展などの近大化に対してムスリム自身は唯我独尊の世界に充足して停滞してしまい、イスラム世界は19世紀に入るとヨーロッパ列強による植民地化を経験してしまう。

・・・結果的に、ムスリムは自らを変えるのではなく、怒りの矛先を最初はヨーロッパ植民地主義に向け、そして第二次世界大戦後はアメリカに責任の転嫁をし、みずからを変革する努力怠ってきたというものである。」

 

 

 

2

< 2. A street corner of Arab >

< 2. アラブの街角 >

 

Something that existed in the background of this book

The book became a bestseller of the consecutive top for 15 weeks in the New York Times in 2002.

When I saw the current evaluation for this book in English version of Amazon.com, it was 3.5, and the number of the reviews was 190.

It is still strongly popular.

 

This book is easy to read because it is a jumble of several lectures, but lacks coherence.

However, some fanatics will be encouraged by his encyclopedic knowledge and straightforward explanation.

This is the best book for certain people.

 

この本の背景にあるもの

この本は2002年、ニューヨーク・タイムズで15週連続トップのベストセラーになった。

アマゾン英語版で現在の評価を見ると星3.5でレビュー数は190件でした。

いまだに根強い人気があります。

 

この本は、数編の講演原稿を集めたもので読みやすいのですが、まとまりに欠けます。

しかし、彼の博覧強記と単純明快な語りに、熱狂者達は勇気づけられるでしょう。

これは、ある人々には最良の書です。

 

 

3

< 3. September 11 attacks and neo-conservatives  >

< 3. 同時多発テロとネオコン >

 

Upon receiving the news of ”the September 11 attacks in 2001″, the advice from the author about the Middle Eastern policy was very appreciated by Vice President Cheney.

He was an instructor of the neo-conservatives (neo-con) of the Bush administration in those days.

When the fighting spirit became heated in the United States and the United States began to invade Afghan, and next would do Iraq, this book was just published.

 

He seemed to have converted to an adviser of the Middle Eastern policy from a historian since about 1980s.

In these days, Israel had won the Arab–Israeli conflict, invaded Lebanon, massacred refugees in it, and made PLO weaken.

But Israel came to receive criticism strongly from the world and Arab.

He was a Jewish family.

 

著者が2001年の同時多発テロ事件を受けて行った中東政策の進言はチェイニー副大統領から非常に感謝された。

当時、彼はブッシュ政権のネオコン(新保守主義)の指南役でした。

まさに米国で戦意が沸騰し、アフガンからイラクへと侵攻する時期に、この本が刊行された。

 

彼は、1980年代(?)より歴史家から中東政策のアドバイザーに転向したようです。

この時期、イスラエルは中東戦争に勝利し、レバノン侵攻と難民虐殺を行い、PLOを弱体化させたが、世界とアラブから強く非難を受けるようになっていた。

彼はユダヤの家系であった。

 

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< 4. Palestine Liberation Organization >

< 4. PLO >

 

My impression

I strongly felt prejudice and searing commentary that we have never seen in books written by well-known historian, especially because the author used the one-sided exposition.

However, on the other hand, his indication about the Arab world includes some things that I cannot ignore.

I strongly thought that I must write this serialization when I read this book.

 

On the next time, I examine the main point about his indication.

 

私の感想

著者の一方的な語りに、私は著名な歴史家には見られない偏見と煽情を強く感じた。

しかし、一方で彼のアラブ世界への指摘には無視出来ないものがある。

私がこの連載を書かなければならないと強く思ったのは、この本を読んだからでした。

 

次回、著者の指摘について要点を検討します。

 

 

 

 

 

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Cruise of the Mediterranean Sea and Canary Islands 7: Genoa 2


地中海とカナリヤ諸島クルーズ 7: ジェノバ 2

 

1

< 1. We were a departure from this port just before sunset >

< 1.日没前に出港 >

 

I introduce the boarding our cruise ship and the departure from this port today.

今日は、クルーズ船への乗船と出港を紹介します。   

 

 

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< 2. Genoa Port, by Google Earth >

< 2. ジェノバ港、グーグル・アースより >

 

The blue frame shows a terminal of MSC Cruises and a Cruise ship.

The red frame shows the area where we went sightseeing today, and it was surrounded by a castle wall in the Middle Ages.

 

青枠はMSCクルーズのターミナルとクルーズ船です。

赤枠が今回観光した場所で、中世、城壁に囲まれていた場所です。

 

 

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< 3. Finally, we board to our cruise ship >

< 3. いよいよクルーズ船に乗船 >

Central photo: The old-looking terminal building of MSC Cruises is seen on the left.

Lower photo: Our Cruise ship.

 

真中の写真: MSCクルーズの古風なターミナルビルが左手に見えた。

下の写真: これから乗船する船です。

 

 

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< 4. Our boarding procedure in the terminal building >

< 4. MSCのターミナルで乗船手続き >

Upper photo: In the first floor at about 13:00.

We deposit our suitcases here, and these are carried to our room before the evening.

 

Central photo: A procedure counter is seen in the backside of the 2nd floor.

There is a sales store of the convenient drink packages before going to the counter.

But, it is not necessary to purchase it hastily here.

Later, we can purchase it in buffet-style restaurant.

 

Lower photo: We do the boarding procedure on this counter.

We had to wait in line for a long time, because the most of the passenger should go on board here.

We get the cruise card in exchange for our passport respectively at this counter.

The processing was early.

 

Our payment in the ship is possible all with this card.

This card serves as our identification and the room key.

The restaurant and table where I have to go for meals is appointed in the card.

 

上の写真: 13:00頃、1階。

スーツケースなどはここで預け、夕方までに各部屋に運ばれます。

 

真中の写真: 2階の奥に手続きカウンターが見えます。

カウンターに行く前に、便利なドリンクパッケージの販売所があります。

ここで急いで購入する必要はありません。

後で、ブュッフェなどで購入出来ます。

 

下の写真: このカウンターで乗船手続きを行います。

乗客の大半が、ここで乗船するはずなので、かなりの行列でした。

このカウンターでパスポートと引き換えにクルーズカードを各自貰います。

処理は早いです。

 

船内の支払いはこのカード一枚ですべて出来ます。

カードは部屋のキーと身分証明を兼ねています。

カードには食事をするレストランとテーブルが指定されています。

 

 

 

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< 5. Let’s board it! >

< 5.さあ乗船! >

Upper photo: I go across a bridge, and board this huge ship.

Here, I went through a security check, and my card immediately was necessary.

 

Central photo: I put our baggage in my room, and went a buffet-style restaurant for a late lunch after 15:00.

 

Lower photo: For the emergency drill, we bring a life jacket of our room and have to go to appointed room in time that a broadcast has appointed.

The room for the emergency drill is different in each room, and there is mention at the door of our room.

If you show your card, a person in front of all elevators can tell you where to go.

 

上の写真: いよいよブリッジを渡り巨大な船に乗船します。

ここで、早速、ボディチェックがあり、カードが必要です。

 

真中の写真: 部屋に手荷物を置き、15:00過ぎに遅い昼食をブュッフェでとりました。

 

下の写真: 避難訓練の時間が放送されますので、部屋の救命胴衣を持参して向かいます。

それぞれの部屋により訓練場所が違い、部屋のドアにその記載があります。

カードを見せれば、エレベーターの所で係員が教えてくれます。

 

 

 

 

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< 6. Introduction of our cruise ship 1 >

< 6.クルーズ船の紹介 1 >

 

This time, we get on a ship, Fantasia.

It is 333 m in total length, has 14 floors only on the deck for the passenger, and the passenger surpasses 3,000 people.

My first impression is clean, big, and new.

 

今回、私達が乗る船はファンタジアです。

全長333mで、乗客用デッキだけで14階もあり、乗客は3千名を越えます。

一番の印象は、非常に大きいことと新しく清潔なことです。

 

Our room was a cabin with balcony in the twelfth-floor.

Cabins of this ship are 11 kinds, and the dimensions of each cabin are further different.

The first impression is open and comfortable room.

I was slightly uneasy due to only using shower, but came to think that it is usefully soon.

 

私達の部屋は12階のバルコニー付きキャビンでした。

この船のキャビンは11種あり、広さも異なります。

一番の印象は、開放的で快適な部屋でした。

シャワーだけなので少し不安でしたが、やがて便利に思うようになりました。

 

 

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< 7. Introduction of our cruise ship 2 >

< 7.クルーズ船の紹介 2 >

 

This shows standard equipment for passenger of the ship that this MSC Cruises have.

This ship had everything, but I thought that I cannot enjoy it all due to too spacious.

 

このクルーズ会社の標準的な乗客用装備を示しています。

ここには何でも揃っているが、広くてすべてを楽しむことは出来ない印象でした。

 

 

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< 8. Views of Genoa from the cruise ship >

< 8.クルーズ船からジェノバを見る >

Upper photo: The cityscape to the right side from the center is the place that we went sightseeing today.

 

上の写真: 中央から右手の町並みが、今日、観光した場所です。

 

This video footage is 15 seconds.

15秒のビデオ映像です。

 

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< 9. We are departure from Genoa soon >

< 9.いよいよ出港 >

 

The departure was 17 o’clock, and many passengers regretted at parting.

Before long, I noticed that we had been surrounded by many foreign passengers.

 

出港は17:00で、多くの乗客が別れを惜しんでいました。

いつの間にか、私達は外人乗客に囲まれていました。

 

 

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< 10. Departure >

< 10. 出港! >

 

 

This video footage is 18 seconds.

 

We part from Genoa, go to Barcelona tomorrow, and we are departure to long cruise coming back to Italy, Rome ten days later.

I introduce the details of the cruise ship later.

This continues next time.

 

18秒のビデオ映像です。

 

ジェノバと別れ、明日はバルセロナで、10日後にイタリア、ローマに戻る長いクルーズへと出発です。

クルーズ船内の詳細は後に紹介します。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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Cruise of the Mediterranean Sea and Canary Islands 6: Genoa 1


地中海とカナリヤ諸島クルーズ 6: ジェノバ 1

 

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< 1. Piazza De Ferrari >

< 1.フェッラーリ広場 >

 

I introduce Genoa.

There was the remnant which Genoa played an active part as a Maritime nation in those days.

After this sightseeing, we got on a Cruise ship and departed from this port in the early evening.

 

今日は、ジェノバの町を紹介します。

ここには、かつて海洋都市国家として活躍した当時の姿がありました。

観光後、この港からクルーズ船に乗って、夕方出港しました。     

 

 

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< 2. Maps of Genoa >

< 2. ジェノバの地図 >

The upper part of two maps shows the north.

 

Upper photo: A yellow line shows the route from Milan, and a blue line does the sea route of our Cruise ship.

A red frame shows the range of the lower map.

 

Lower map: The red line shows our sightseeing route by foot, and we started in S and finished at F.

The distance on foot is approximately 1.5km.

The sightseeing took approximately one hour from 11:30, on March 3, 2016.

 

2枚の地図の上側は北です。

 

上の地図: 黄線がミラノから来たルート、青線がクルーズ船の出港を示す。

赤い方形が下の地図の範囲です。

 

下の地図: 赤線が徒歩ルートで、Sから始めてFで終わりました。

徒歩距離は約1.5kmです。

観光は、2016年3月3日、11:30から1時間ほどでした。

 

 

 

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< 3. A house of Columbus >

< 3. コロンブスの家 >

 

Upper photo: We just arrived at Genoa by bus.

Central photo: A house of Columbus.  

This building was restored on the remains of his birthplace.

 

上の写真: バスでジェノバに到着。

真中の写真: コロンブスの家。これは生家跡の上に復元されたものです。

下の写真: 12世紀の教会の回廊を復元したもの。

 

 

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< 4. Gate of the Middle Ages, “Porta Soprana” >

< 4.中世の門「Porta Soprana」 >

 

Upper photo: The obverse and reverse sides of the gate.

There was the castle wall that surrounded the mountainside of Genoa, and a gate at here once.

This gate was again restored as thing made between the 9th century and the 12th century.

 

Lower photo: We passed through the gate and went to Piazza De Ferrari.

The dome roof of a cathedral was seen over there.

 

上の写真: 城門の表と裏。

かつてジェノバの山側を囲む城壁があり、ここに門があった。

これは9世紀から12世紀に作られた門を復元したものです。

 

下の写真: 門を抜けて、フェッラーリ広場に向かう。

向こうに、大聖堂のドーム屋根が見える。

 

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< 5. Piazza De Ferrari >

< 5.フェッラーリ広場 >

 

Upper photo: The center is a securities exchange.

Central photo: The center is an art academy and art museum.

Lower photo: The right is an opera house.

 

This open space is the center of Genoa and also is the center of finance and business.

 

A video footage of Piazza De Ferrari is 13 seconds.

https://youtu.be/hpFaU6_8kxM

 

上の写真: 中央が証券取引所。

真中の写真: 中央が美術学校と美術館。

下の写真: 右がオペラハウス。

 

この広場はジェノバの中心であり、ここは金融とビジネスの中心地です。

 

13秒のビデオ映像です。

 

 

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< 6. Via Garibaldi >

< 6.ガリバルディ通り >

This street and palaces “Palazzo” is World Heritage Sites.

The decoration of these fronts was excellent, but when we entered it, I was amazed.

 

In the 16th century, Genoa gave up a declining Mediterranean trade, and financed Spain progressing to the Age of Discovery, and then Genoa accomplished revival.

In the times of the prosperity, the merchants provided their homes as the guesthouse that they invite noble people in.

These guesthouses have lined this street.

 

この通りと「パラッツォ」宮殿群は世界遺産です。

表の飾りも立派なのですが、中に入って驚愕しました。

 

16世紀、ジェノバは翳ってきた地中海貿易に見切りを付け、大航海時代に向かうスペインへの融資で復興を遂げた。

その隆盛の時代に、商人達が自宅を高貴な人々を迎える迎賓館として提供した。

この迎賓館がこの通りに並んでいる。

 

 

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< 7. One of the guesthouses, “Palazzo Carrega-Cataldi” 1 >

< 7.迎賓館の一つ「Palazzo Carrega-Cataldi」1 >

 

Upper photo: Going up the stairs.

Lower photo: Overlooking the first floor from the upper part of stairs.

 

This is used as the chamber of commerce now.

 

上の写真: 階段を上って2階に。

下の写真: 階段の上部から1階を見下ろす。

 

現在、商工会議所として使われている。

 

 

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< 8. “Palazzo Carrega-Cataldi” 2 >

< 8.「Palazzo Carrega-Cataldi」2 >

Upper photo: The first-floor ceiling.

Lower photo: The second floor.

 

上の写真: 1階の天井。

下の写真: 2階。

 

 

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< 9. “Palazzo Carrega-Cataldi” 3 >

< 9.「Palazzo Carrega-Cataldi」3 >

Upper photo: Rooms around a courtyard.

Lower photo: A conference room.

It was redecorated by rococo style with many gold in the 18th century.

When I looked at it, I just remembered the impression of a time I saw the Pilgrimage Church of Wies in Germany.

 

上の写真: 中庭を囲む部屋。

下の写真: 会議室。

18世紀、金を多用したロココ様式に改装された。

私は、ドイツのヴィースの巡礼教会を見たときの感動が蘇った。

 

 

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< 10. “Palazzo Carrega-Cataldi” 4 >

< 10.「Palazzo Carrega-Cataldi」4  >

The expansion of the conference room.

会議室の拡大。

 

 

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< 11. Other palaces >

< 11. 他の宮殿 >

Central photo: Entrance hall of one of the palaces, “Palazzo Podestà”.

Lower photo: The courtyard is right behind the entrance hall.

 

A video footage of Via Garibaldi is 13 seconds.

https://youtu.be/kZVgtF9gu1s

 

On the next time, I introduce the boarding a Cruise ship and the departure from this port.

 

真中の写真: 宮殿の一つ「Palazzo Podestà」の玄関ホール。

下の写真: 「Palazzo Podestà」の玄関ホールを抜けた先にある中庭。

 

13秒のビデオ映像です。

 

次回は、クルーズ船への乗船と出港を紹介します。

 

 

 

 

 

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何か変ですよ 40: 見たくない、知りたくないこと


 1

< 1.震災を受けた熊本城 >

 

今日は、日本で起きている不可思議な現象を追います。

それは将来訪れる可能性のある身と経済の危険についてです。

人は往々にして見たくないものにはそっぽを向くようです。

 

 

熊本地震との関わり

2016年4月14日に発生した熊本地震は震度7で、非常に強い揺れでした。

 

気になるのは、この時発生した最大加速度が1580ガルと言うことです。

例えば、この値は鹿児島県川内原発の耐震性基準620ガルの2.5倍です。

この基準は福島事故を受けて372ガルから引き上げられた。

 

ここで気づいて頂きたいことは、加速度が基準値を超えれば原子炉を破壊することです。

例えば、地震の加速度「ガル」が2.5倍になると原子炉に想定の2.5倍の力が働きます。

これは配管から容器、燃料棒などあらゆる部品を破壊する力が2.5倍になることを意味します。

 

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< 2. 原子炉の破壊 >

左図: 原子炉容器と配管の振動シミュレーション。

赤部が強度的に弱い所で、加速度が増えるとこの部分から破壊が進む。

 

右図: 福島原発事故。

 

日本の地震で2008年の宮城岩手内陸地震の4022ガルが最大でした(基準の6.5倍)。

重要なのは、マグニチュードや震度、地震の深さではなく原子炉に作用する加速度なのです。

揺れの時間は瞬間であっても破壊します。

 

日本列島では、いつどこで、どれだけの加速度の地震が発生するか分からないのです。

 

 

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< 3. 失業率の推移 >

 

高卒の就職状況との関わり

現在、私は高校で教えており、就職状況の好転は歓迎すべきことです。

しかし、気になることがある。

それは生徒達がアバノミクスのおかげで良くなっていると思い込んでいることです。

事実は、そんな楽天的なものではなく将来に不安がある。

 

先ず、失業率が低下している理由を見ましょう。

 

 

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< 4. 日本の人口推移 >

 

このグラフから厳密な説明は出来ないのですが、その理由は理解しやすい。

15~64歳人口(棒グラフの青色)の低下は14歳以下人口(緑色)の低下よりはるかに急激です。

これは高校から大学までの学卒の就職希望者より、団塊世代の退職の方が多いことに関連しています。

つまり、このギャップが学卒の就職を有利にさせ、失業率の低下になっているのです。

 

それでは、なぜ今起きたかと言うと、主に改正高年齢者雇用安定法で企業の定年が5年ほど遅れたことによるのです。

つまり今回だけ後回しになっただけなのです。

 

具体的な数字で確認しましょう。

2010年度で団塊世代人口(61~63才)は669万人です。

退職が4年遅れるとして、2014年度の就職可能な若年人口(20~22才)は373万人です。注釈1

3年間の需給の差は296万人不足、退職者が圧倒的なのです。

 

2015年の全学卒者(高校、専修学校、高専、短大、大学)232万で、就職希望者92万人です。

2010年度の60歳人口230万人、これが5年後に退職するとしたら、その需給ギャップは138万人不足です。

これが1年間で起きたかもしれないのです。

 

実際は、他の世代や女性の就労等で、全就業者数はわずかながら増加し、定年延長で日本社会は急場を凌いでいます。

しかし今、人手不足が高齢者の多い中小企業を直撃しているはずです。

 

実は、問題はこれからなのです。

グラフのような生産年齢人口の減少を食い止めない限り、日本は景気後退を深めるでしょう。

欧米は、主に移民労働者の受け入れでこれを防いで来ました。

 

理由は簡単で、労働人口が減り、国民所得と需要が減り、総労働人口の減少分に応じて企業は規模の縮小に向かわざるを得ない。

ここで企業の淘汰が起こり、倒産が増えます。

この現象は、一人当たりのGDPが変わらなくても、減少の過渡期において起きます。

 

今、大事なことは、皆さん一人ひとりが他人任せでなく、社会で起きていることを直視することです。

 

 

注釈1: 就職可能な人口の20~22才は、私が目安に設定した年齢で、各種学卒の比で決めました。

 

 

 

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甘利問題、「政治的向かい風」の中で強制捜査着手を決断した検察


都市再生機構(UR)と建設会社との間の補償交渉に介入した甘利元経済財政再生TPP担当大臣の元秘書らが、同社総務…

Source: 甘利問題、「政治的向かい風」の中で強制捜査着手を決断した検察

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Bring peace to the Middle East! 5:   Outline of conflicts in the Middle East 2


 

中東に平和を! 5: 中東の紛争のあらまし 2        

 

 

 1

 

Today, we look at the factors of the Middle Eastern side causing the expansion of the conflict.

今日は、紛争拡大を招いている中東の要因を見ます。

 

2 

 

Flash point of internal opposition

In this area, there are countries of republican institutions, but most are monarchy or military government.

If the people demand reform, they must conflict with the despotic government, so the large-scale demonstration such as “the Arab Spring” is at the beginning.

 

There were invariably the severely oppressing and White Terror by Israel or the Arabic governments before the attack and suicide bombing by the radicals increased in each place.

Which started the fight first is always ambiguous, but the powerless people receive overwhelming violence by them.

There is full of hatred and distrust against each other, and it makes a situation that they cannot talk.

This situation began around the middle of the 20th century and it continues turning worse.

 

 

対立の火種

この地域には共和制の国もあるが、ほとんどが王制か軍事政権です。

国民は改革を求めるなら、この強権的な政府と抗争することになり、「アラブの春」のような大規模デモによる訴えは始めてだった。

 

各地で過激派の攻撃や自爆テロが増大する前に、必ずイスラエルやアラブ政府による大弾圧や白色テロがあった。

どちらが先に手を出したかは微妙だが、非力な民衆側は圧倒的な暴力を受けることになる。

両者には不信と憎しみが渦巻き、対話不能な状況がある。

この状況はおおよそ20世紀中頃から始まり、悪化し続けている。

 

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There is other flash point of internal opposition, too

As for ethnic antagonism, there is not only an antagonism between Palestine and Israel, but also it among Arab and Turkey and Iran, and furthermore there is a struggle for independence of Kurd.

 

As for the religion, there is an antagonism between Shiite and Sunni Muslims, and it between Muslim and Christian in Lebanon.

 

Thus, each country performs a diversion and a trick to the adverse country for a territory or petroleum in addition to the mentioned antagonism, and it develops into an armed power conflict at last

The most skillful with it is maybe Israel and the Mossad (Israel’s intelligence agency).

 

対立の火種は他にもある。

民族対立はパレスチナとイスラエルの間だけでなく、アラブとトルコ、イランにもあり、さらにクルド人の独立闘争がある。

 

宗教ではイスラム教のシーア派とスンニ派の対立、レバノンでのイスラム教徒とキリスト教徒の対立もある。

 

こうして各国は上記対立に加え、領土や石油が絡み、相手国に牽制や謀略を行い、遂には武力紛争に発展する。

最も巧みなのがイスラエルであり、モサド(イスラエル諜報特務庁)でしょう。

 

 

 

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The reason why radicals increased

As the First Middle East War and the Afghan Civil War, in the Islamic world, there is a tradition that volunteer soldiers participate in a war across a border and Islamic tribes support it.

 

In addition, a thought of back to the source also has been in a part of Islam, and this has applied for the strict interpretation of the doctrine.

When fighting against an invader (enemy), a person of power of the Islamic world often used a word ” Jihad ” historically.

The radicals borrow these by preference.

 

There are two reasons why this trend increases currently.

One is that oil-producing countries of the monarchy support the radicals operating in other countries.

In particular, Saudi Arabia has a deep connection with a radical since the birth of the nation.

Another one is that the whole Arab have expected for the Islamic Renaissance since about 1980, as reaction in despair about the policy (modernization, westernization) of the previous nationalism.

 

過激派が増加した理由

第一次中東戦争やアフガニスタン紛争のように、イスラム圏では同朋が侵略されると、義勇兵が国境を越えて参戦し、部族が支援する伝統がある。

 

また、イスラム教にも原点回帰の思想が一部にあり、これが教理の厳格な解釈を求めている。

「聖戦」は、歴史的にイスラム圏の権力者などにより侵略者(敵)と戦う時に発せられることがあった。

これらを過激派が都合よく借用している。

 

現在、この風潮が勢力を増している理由が二つある。

一つは、王制の石油産出国が他国で活動する過激派を支援していることです。

特にサウジアラビアは国家誕生時から過激派と深い繋がりがある。

 

もう一つは、1980年頃より、アラブ全体で、それまでの民族主義の政策(近代化、欧米化)に失望し、反動としてイスラム復興に期待するようになったことです。

 

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Further geopolitical reason

The Middle East was a strategic point linking the east and west from ancient times, and became a ground of a struggle for ruling power due to being the point of contact of each continent.

Furthermore, petroleum and Palestinian issue affected it, so Europe, the Soviet Union, and the United States increased the interference and support.

Thus, The most countries of the Middle East nears the top of country importing weapons in the world, excepting large countries such as China, and became the major consuming areas of weapons.

 

Over the past century, oil-producing countries like Saudi Arabia and Gulf countries is enabling the maintenance of monarchy and reinforcement of armaments, by keeping close friendship with European nations and the United States.

This becomes a reason why the radicals increased and Arab countries split.

 

さらに地政学的な理由がある

古来より、中東は東西を結ぶ要衝の地で、各大陸の接点であったことにより覇権争いの地となった。

さらに石油とパレスチナ問題が絡み欧州・ソ連・米国の干渉と支援が増大した。

こうして中東各国は、中国などの大国を除けば武器輸入の上位になり、一大消費地となった。

 

この1世紀の間、サウジアラビアや湾岸諸国等の石油産出国は欧米と親密さを保ちながら、王制の維持と軍備強化を可能にしている。

このことが、過激派の増殖とアラブが分裂する理由にもなっている。

 

Finally

It becomes a remote cause of the conflict of the Middle East in the early 20th century that a Jew began settling in Jerusalem.

Originally, Arab was nomad in desert, and had not border and nation awareness.

However, suddenly the borders of straight lines were drawn, their ground was divided in pieces, and they were imposed king and the territory upon.

This was an ending of the colonial policy of Britain and France that began at the middle of the 19th century.

 

This continues next time.

 

最後に

この地の紛争は、20世紀始めに、ユダヤ人がエルサレムに入植を始めたことが遠因になっている。

元来、アラブは砂漠の遊牧民であり、国境や国民意識は無かった。

それが突如、直線の国境を引かれ分割され、王や領土をあてがわれた。

これは19世紀中頃に始まる英仏の植民地政策の結末だった。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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淡路島 国営明石海峡公園 12: 咲き誇るチューリップ


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今日は、今を盛りと咲くチューリップのクローズアップ写真を紹介します。

写真は2106年4月9日、明石海峡公園で撮ったものです。

チューリップが園内全体に咲く様子は去年の「淡路島 国営明石海峡公園 3、4、5」を見てください。

 

 

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チューリップは美しい!

それにしてもチューリップを見ていると、不思議な気持ちになります。

 

その種類は世界で6千種類以上あり、その色は金と銀を除いて無いものはなく、黒に近い色まである。

原種の可憐で小ぶりの花と比べ、現在の花びらの形は様々で、華美と言えるかもしれない。

まるで世界中のデザイナーが競い合い、晴れやかな女性のドレスをお披露目しているようです。

 

晴れた日の陽射しを浴びるチューリップを見ると、心が浮き浮きし、その美しさに幻惑されそうです。

あたかも蜜蜂が、花芯に吸いつけられるように。

 

 

 

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Cruise of the Mediterranean Sea and Canary Islands 5: Scenery between Milan and Genoa


 

地中海とカナリヤ諸島クルーズ 5: ミラノからジェノバへ

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Please enjoy the drive between Milan and Genoa today.

The view out of our bus was splendid scenery of northern Italy.

 

今日は、皆さんにミラノからジェノバまでのドライブを楽しんでもらいます。

素晴らしいイタリア北部の景観が続きます。

 

 

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< 2. The route of our bus >

< 2. バスのルート >

 

The upper photo is the north.

The yellow mark is our hotel, Novotel Milan Malpensa Airport.

The red line is the route from Milan to Genoa, and the distance is 140km.

 

写真上部は北です。

黄マークは宿泊地で、マルペンサ空港近くのホテル、ノボテルです。

赤線はミラノからジェノバへのルートで、距離は140kmです。

 

3

< 3. Around our hotel 1 >

< 3. ホテル周辺 1 >

Upper photo: Our hotel in the left side.

Other photos: A quiet residential area around it.

 

We walked around nearby it in the early morning, about 7:00 on March 3, 2016.

When we took a walk, watchdogs of each house begun to bark.

We met several people going to work.

 

上の写真: 左手にホテルが見えます。

他の写真: 周辺の閑静な住宅街です。

 

2016年3月3日、朝7時頃、散策しました。

立派な住宅が続くのですが、散歩していると各家から番犬が吠え出しました。

出勤する数人に出会いました。

 

4

< 4. Around our hotel 2 >

< 4.ホテルの周辺 2 >

 

The opposite side of the residential area was a natural park.

住宅の反対側は、自然公園になっていました。

5

< 5. Views from the bus window 1 >

< 5.車窓から 1 >

 

Our bus left the hotel at 9:00 and arrived at Genoa after 11:00.

I took these photos (No. 5 – 9) in the right side of the bus, so I looked at mainly the west side.

These photos are arranged in order of photography time.

 

Snowcapped Alps and fertile farmland spread out before us.

Cereal culture (corn, rice, etc.) and livestock farming seem to be popular here.

 

私たちのバスはホテルを9時に出発して11時過ぎにはジェノバに到着しました。

写真(No.5から9)は進行方向右側(主に西側)を撮りました。

写真は撮影時間の順番に並んでいます。

 

雪を戴いたアルプスと肥沃な平野が広がっています。

穀物栽培(トウモロコシ、米など)と牧畜が盛んなようです。

 

 

6

< 6. Views from the bus window 2 >

< 6.車窓から 2 >

 

7

< 7. Views from the bus window 3 >

< 7.車窓から 3 >

 

この川はイタリア最長のポー川だと思います。

この辺りから、アルプスは遠くなっていきます。

 

 

8

< 8. Views from the bus window 4 >

< 8.車窓から 4 >

 

9

< 9. Views from the bus window 5 >

< 9.車窓から 5 >

 

10

< 10. Views from the bus window 6 >

< 10.車窓から 6 >

I took these pictures on the way to Milan from Genoa, at about 9:00 A.M. on March 14.

I took them in the right side of the bus, so I looked at mainly the east side.

 

この写真は、ジェノバからミラノへの帰路、3月14日の午前中9時半頃、進行方向右側(主に東側)を撮影したものです。

 

 

11

< 11. Views from the bus window 7 >

< 11.車窓から 7 >

 

We approached mountains with approaching Genoa.

 

No. 11 and 12 photos include photos that I took when I went to and came back from Genoa.

But these photos are arranged in order of going ahead to Genoa.

 

ジェノバに近づくと、山が近づいて来ました。

 

No.11と12の写真は、往復時の撮影が混じっていますが、写真の並びはジェノバに向かっているように配置しています。

 

12

< 12. Views from the bus window 8 >

< 12. 車窓から 8 >

 

I saw the Mediterranean Sea that glistened in the sunlight below my eyes when I got over the mountains.

The city area of Genoa spreads out on the left side.

 

This continues to next time.

 

山を越えると、眼下に陽光輝く地中海が見えて来ました。

左側にジェノバの市街地が広がっています。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 4:   Outline of conflicts in the Middle East


中東に平和を! 4: 中東の紛争のあらまし 1

 

    1

< 1. ISIL=Islamic State in Iraq and the Levant  >

< 1. ISIL=イスラム国 >

 

We look at the outline of conflicts in the Middle East

中東の紛争の概要を見ます。

 

 2 シリア軍の空爆

< 2. Air strike of the Syrian Army >

< 2. シリア軍の空爆 >

 

Tracing the history of the conflicts

Now, our prime concern seems to be a cruel armed group ISIL, and frequent terrorism.

 

The rise of ISIL was started from a civil war of Syria in 2011.

This is due to that Syrian royal family that severely oppressed the domestic democratization intensified the armed struggle.

Furthermore, it was due to the democratization “The Arab Spring” that started in 2010, and the Iraqi War that continued from 2003 to 2011.

 

When this democratization succeeded in several countries, non-democratic countries (monarchy oil-producing countries) in Arab played the oppression against it all at once.

The Iraqi War under the leadership of the United States defeated dictator Hussein, but it produced many armed groups within the country by the breakdown of order and the exhaustion of the economic blockade over a long time.

 

Islamic extremists that had battled in Afghanistan with receiving help of America in early times came back to the Middle East, and battled as anti-Americanism and anti-Establishmentarian.

 

紛争を遡る

今、最大の関心事は残虐な武装集団イスラム国(IS)と頻発するテロでしょう。

 

イスラム国の台頭は2011年のシリア内戦に端を発している。

これはシリア王家が民主化運動を大弾圧して、シリア国内で武装闘争が激化したことによる。

さらに2010年に始まる民主化運動「アラブの春」とイラク戦争(2003~2011年)が起因している。

 

この民主化運動が数カ国で成功するとアラブの非民主的な国(王制産油国など)が一斉に抑圧に回った。

米主導のイラク戦争は独裁者フセインを倒したが、秩序崩壊とそれまでの経済封鎖による疲弊で、イラク国内に武装勢力を割拠させることになった。

 

さらに、アフガニスタンで、初期には米国の援助を受けて戦っていたイスラム過激派が中東に戻り、反米・反体制側に加勢した。

 

3 アラブの春

< 3. The Arab Spring >

< 3. アラブの春 >

 

But there is flash point from before

One of that is a sequence of following incidents, the overthrow of the Iran government in 1953, the Iran-Iraq war from 1980 to 1988, and the Gulf War against Iraq in 1990.

The United States intervened in all cases, foiled the democratic reform, provided military aid to Iraq and led the outbreak of the war.

 

This has supplied a large quantity of weapons to the Middle East, and caused the social dilapidation.

Furthermore, the deep distrust was implanted in people’s breast.

In addition, the deterioration of security caused the prevalence of Mafia and smuggling, and it became the money source of radical extremists.

 

しかし火種は以前からあった

一つはイラン政権打倒(1953年)、イラン・イラク戦争(1980~1988年)とイラクとの湾岸戦争(1990~1991年)です。

これらに米国が介入し、民主的な改革を潰し、イラクに軍事援助を行い、また開戦を主導した。

これは中東に大量の武器を供給し、また社会の荒廃を招き、人々に不信感を植え付けた。

また治安悪化が、過激派の資金源になるマフィアや密輸を横行させることにもなった。

 

Another one is Palestinian issue.

Since the nation-building of Israel in 1948, Arab countries fought against Israel four times, and it has extended over Lebanon before long.

 

This has intensified military attack and terrorism between Israel and Palestine.

As a result, Palestine has weakened, and the refugees run away to Arab countries.

Thus, The Arab came to hate the U.K. that permitted the nation-building of Israel, and the United States that continued to support Israel.

In Palestine, a Judaist, a Muslim and a Christian had coexisted peacefully until the 19th century.

 

もう一つはパレスチナ問題です。

1948年のイスラエル建国以来、アラブ諸国はイスラエルと4回の戦争を行い、やがてレバノン内戦へと拡大した。

 

これはイスラエルとパレスチナ間の軍事攻撃とテロを激化させた。

この結果、パレスチナは弱体化し、難民はアラブ諸国に逃げた。

こうして、アラブの民衆はイスラエルの建国を許した英国、イスラエルを支援する米国を憎むようになった。

19世紀までのパレスチナは、ユダヤ教徒、イスラム教徒、キリスト教徒が平和に共存していた。

 

4 湾岸戦争

< 4. The Gulf War >

< 4. 湾岸戦争 >

 

The European and American intervention in the Middle East began at colonial times of Britain and France.

In the cold war era, the opposition between the Soviet Union and the United States, and the oil generation enlarged the intervention more.

Of course, the Soviet Union (Russia) strikes a blow for another, and provides the military aid.

 

The United States contributed to many conflict resolutions as the world police over the past century.

It was the United States to have led a peace negotiation of Palestine most.

Nevertheless, like the Korean War and the Vietnam War, there were light and shade between these military operations.

 

On the next time, we look at the peculiar problem that intensifies the conflict in the Middle East.

 

中東における欧米の介入は英仏の植民地時代から始まり、冷戦時代のソ連と米国の対立と石油がさらに介入を増大させた。

当然、ソ連(ロシア)も他方に加担し軍事援助を行っている。

 

米国はここ1世紀、世界の警察として、多くの紛争解決に貢献して来た。

パレスチナの和平交渉を最も主導したのは米国でした。

ただ朝鮮戦争とベトナム戦争のように、その軍事行動には明暗があります。

 

 

次回は、紛争が激化する中東特有の問題を見ます。

 

 

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Cruise of the Mediterranean Sea and Canary Islands 4: Milan 3


 地中海とカナリヤ諸島クルーズ 4: ミラノ 3

1

< 1. Galleria  >

< 1.ガッレリア  >

 

I introduce around Milan Cathedral being the center of Milan today.

I was surprised at the enormousness.

 

今日は、ミラノの中心地、ドゥオモ周辺を紹介します。

巨大さに驚きました。

 

 

 

2

< 2. Piazza della Scala 1 >

< 2. スカラ座広場 1 >

Upper photo: Piazza della Scala.

There is a statue of Leonardo da Vinci on the left side and La Scala on the right side across the road.

 

Lower photo: Teatro alla Scala. 

 

上の写真: スカラ座広場。

左手にレオナルド・ダ・ヴィンチ像、道路を挟んで右側にスカラ座がある。

 

下の写真: スカラ座。

 

 

3

< 3. Piazza della Scala 2 >

< 3.スカラ座広場 2  >

Upper photo: The statue of Leonardo da Vinci.

Lower photo: Galleria Vittorio Emanuele II.

 

上の写真: レオナルド・ダ・ヴィンチ像。

下の写真: ヴィットリオ・エマヌエーレ2世のガッレリア。

 

 

4

< 4. In the Galleria  >

< 4. ガッレリア  >

This glass-vaulted huge arcade was completed in1877.

This street with many expensive stores standing side by side connects Piazza della Scala to Piazza del Duomo.

I was impressed by the elegance and hugeness.

 

このガラス張りの巨大なアーケードは1877年に完成した。

高級店が軒を並べたこの通りを抜けると、スカラ座広場からドゥオモ広場に出る。

その上品さと大きさに感動した。

 

 

5

< 5. Piazza del Duomo  >

< 5.ドゥオモ広場  >

Upper photo: Another gate of Galleria.

Lower photo: Milan Cathedral, Duomo.

 

This Cathedral standing in the center of Milan dedicated to the Virgin Mary took nearly 500 years to complete in 1813, and producing the spires and decorations were finished through the 19th century.

This is a Gothic architecture and is the each second cathedral in the world in volume or area.

If it is fine, the white marble will be glittering.

A Video footage of Piazza del Duomo is 13 seconds.

https://www.youtube.com/watch?v=2WczNrgc7us

 

上の写真: ガッレリアの出口。

下の写真: ドゥモオ。

ミラノの中心に立つこの大聖堂は聖母マリアに献納され、500年の歳月をかけて1813年に完成し、19世紀を通じて、尖塔と装飾が仕上げられた。

この大聖堂は最大級のゴシック建築で、体積と広さで共に世界で2番目です。

晴れていれば白の大理石が光輝いていたことだろう。

 

 

ドゥオモ広場のビデオ映像、13秒。

 

6

< 6. Milan Cathedral  >

< 6. ドゥモオ  >

 

There are 135 spires, and a golden statue of the Virgin Mary is standing on the tallest one.

 

尖塔が135本あり、一番高い位置に金のマリア像がある。

 

 

7

< 7. Inside Milan Cathedral 1 >

< 7.ドゥモオ内部 1 >

 

I felt straightening up myself by going into the forest of huge pillars, high ceiling and space of dusky light.

 

林立する巨大な柱、高い天井、薄暗い空間に私は身が引き締まる思いがした。

 

8

< 8. Inside Milan Cathedral 2  >

< 8.ドゥモオ内部 2  >

Right photo: Stained glass of the New Testament.

This is the sixth thing of the right wall from entrance gate, and was produced in the 15th century.

There are nearly 50 Stained glasses made in the 15-20th century in the cathedral, and this was bright color and it drew attention.

 

右の写真: 新約聖書のステンドグラス。

これは入って右側から6番目のもので、製作は15世紀です。

ここには15~20世紀のステンドグラスが50ほどありますが、これが鮮やかで目を惹きました。

 

 

 

 

9

< 9.   Inside Milan Cathedral 3 >

< 9. ドゥモオ内部 3 >

 

 

10

< 10. In Galleria >

< 10. ガッレリアにて >

Upper photo: Tiles of the floor are beautiful.

Lower photo: Thing a woman is treading on is the crotch of an ox being the emblem of Turin.

There is a legend that woman becomes happiness when she will turn right round here.

 

 

A Video footage of Galleria is 17 seconds.

https://youtu.be/q2oHPzVVtNY

 

I introduce beautiful scenery between Milan and Genoa on the next time.

 

 

上の写真: 床のタイルが美しい。

下の写真: 女性が踏みつけているのは牡牛の股間で、トリノの紋章です。

女性がここで1回転すると幸せが訪れる言い伝えがある。

 

ガッレリアのビデオ映像、17秒。

 

 

次回は、ミラノからジェノバまでの景色を紹介します。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 3: About the Middle East and Arab


中東に平和を! 3: 中東とアラブについて

 

 1アラブ人

< 1. Arabian actor >

< 1. アラブ人俳優 >

 

Today, we easily look at the Middle East and Arab that we will talk about from now on.

今日は、これから話題にする中東とアラブについて簡単に見ます。 

 

The scenery of the Middle East

中東の景観

 

 2ネゲブヨルダンサウジ

< 2. The nature >

< 2.中東の自然 >

Upper photo: Negev Desert in Israel.

Central photo: Jordan.

Lower photo: Saudi Arabian desert.

 

There are a lot of hot and dry places in the Middle East, but there is green in highlands, oasis and great river basins.

 

上の写真: イスラエルのネゲブ砂漠。

中央の写真: ヨルダン。

下の写真: サウジアラビアの砂漠。

 

中東は高温で乾燥している所が多いが、高地やオアシス、大河流域には緑があります。

 

3農業

< 3. Agriculture >

< 3. 農業 >

Upper photo: Wheat field in Turkey.

Central photo: Date palm of the banks of the Nile River

Lower photo: Sheep raiser in Iran.

 

The human started agriculture in the Middle East.

 

上の写真: トルコの小麦畑。

中央の写真: ナイル河畔のナツメヤシ。

下の写真: イランの牧羊。

 

人類は中東で農耕を開始しました。

 

4産業

< 4. Economy >

< 4.経済 >

Upper photo: Souq (market) of Doha.

Central photo: Oil plant in Iran.

Lower photo: Dubai.

 

The economy of the Middle East was the agriculture and livestock farming since ancient times, and caravan trade was added to it later.

Over the past a century, the oil brought vast wealth to a lot of countries, and these accomplished the economic development.

 

上の写真: ドーハのスーク(市場)。

中央の写真: イランの石油プラント。

下の写真: ドバイ。

 

古来より、中東経済は農業と牧畜で、後に隊商交易が加わりました。

ここ一世紀ほどの間に、石油が莫大な富をもたらし、経済発展を遂げる国が現れました。

 

5バクダッドカイロ

< 5. Big city >

< 5. 大都市 >

Upper photo: Baghdad in Iraq.

Central photo: Jerusalem in Israel.

Lower photo: Cairo in Egypt.

 

上の写真: イラクの首都バクダッド。

中央の写真: イスラエルの首都エルサレム。

下の写真: エジプトの首都カイロ。

 

 

The range of the Middle East and Arab

 

中東とアラブの範囲

 

 6中東アラブ

< 6. The map >

< 6. 中東とアラブの地図 >

Upper map:   I call mainly a part of deep green (a small range) the Middle East.

Lower map: The deep green shows Arab countries.

 

The Arab means people speaking Arabic, but Berber, Black, Jew, and Christian also live in Arab countries.

Turkey and Iran belonging to the Middle East are not a country of Arab.

 

 

上の地図: 私は濃い緑色の狭い範囲を主に中東と呼びます。

下の地図: 濃い緑色がアラブ国家です。

 

アラブ人とはアラビア語を話す人々ですが、アラブ諸国にはベルベル人や黒人、ユダヤ人、キリスト教徒などが暮らしています。

中東に属するトルコ、イランはアラブ人の国ではありません。

 

About the religion

宗教について

 

7イスラム

 

< 7. Islam >

< 7. イスラム教 >

Upper photo: Worship in a mosque.

Lower photo: The sacred book Koran was written in Arabic.

 

The Middle East excepting Israel and the Arab countries are Islam.

The Islam is a world religion that was born last, and Muslim worships same one God that Judaism and Christianity do.

As for this religion, the religious power permeates the society deeply, but it hasn’t religious power structure in a lot of cases.

Many religious precepts continue to remain in the society, but man being like the Pope of Christianity doesn’t exist, verifies this fact.

 

上の写真: モスクでの礼拝。

下の写真: アラビア語で書かれた聖典コーラン。

 

中東とアラブの国々はイスラエルを除いてイスラム教です。

イスラム教は最後に生まれた世界宗教で、ユダヤ教とキリスト教と同じ唯一神を崇めています。

この宗教は、宗教的権威が社会に深く浸透しているが、権力機構を持たない。

それは多くの戒律が生き続ける一方、キリスト教の教皇が存在しないことに現れています。

 

 

 

 

8

< 8. Muslim country >

< 8. イスラム教徒の国 >

 

The Islamic world extends to east and west around the Mediterranean Sea and Indian Ocean.

イスラム圏は地中海とインド洋を囲むように東西に伸びています。

 

9宗教1

9宗教2

9宗教3

< 9. Religions of the world >

< 9. 世界の宗教 >

Two maps: The distribution of religions of the world.

地図 : 世界の宗教分布。

 

Lower graph: Religion having maximum population in the world is Christianity, the second is Islam, and the third is Hinduism.

The total becomes 66% of world population.

 

下のグラフ: 世界で、一番宗教人口が多いのはキリスト教、ついでイスラム教、ヒンドゥー教です。

この合計は世界の人口の66%になります。

 

Short history of the Middle East and Arab

This area became large Islamic Empire in about the eighth century, after that, the Islam world still extended, but soon it split into some countries.

And the Ottoman Empire of Turk ruled this area from the 13th century to early the 20th century.

The most of this area became each colony of Britain or France since the middle of the 19th century, and these countries became independent after World War I, but the two countries managed these.

 

This continues to next time.

 

中東とアラブの概略史

この地域が広大なイスラム帝国となったのは8世紀頃で、その後もイスラム圏は広がっていくのですが、幾つかに内部分裂を起こしました。

そしてトルコ人のオスマン帝国が、この地域を13世紀から20世紀初頭まで支配します。

この地域のほとんどは19世紀中頃から英仏の植民地になっており、各国は第一次世界大戦以降に独立したのですが、両国がそれを差配した。

 

 

次回に続きます。

 

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