フランスを巡って 56: パリ散策4


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今日はパリ最古の通り、市民に人気のムフタール通りを紹介します。

この通りには多くの小さなマルシェや多国籍のレストランが並んでいます。

私達も1時間の間につい2回も食事してしまいました。

 

 

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< 2. 散策マップ >

 

上の地図: 上が北。

赤矢印4のシテ駅から地下鉄に乗り、途中オデオン駅とジュシュー駅で乗り換え、黒矢印5のプラス・モンジュ駅で降車しました。

 

下の地図: 左が北。

プラス・モンジュ駅を出て、Sから歩き始め赤線を右端まで行き、折り返して黄線のEで、往復1.2kmの散策を終えた。

散策したのは2017年5月27日(土)の18:00から19:30です。

Fは生牡蠣を食べた魚屋、Rはタルトを食べたレストラン、Pは楽しい人々と出会った公園です。

 

 

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< 3. 地下鉄駅 >

 

上の写真: 乗車したシテ駅。

 

下の写真: 乗り換えたオデオン駅。

 

 

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< 4. ムフタール通りに出た >

 

上の写真: 乗り換えたジュシュー駅。

 

下の写真: プラス・モンジュ駅を出た時は人出が少なかったが、ムフタール通りに出て、時間が経つうちに人が増えて来た。

 

 

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< 5. 楽しい! >

 

下の写真: このおじさんが手回しで管楽器を鳴らし、名調子の高い声で歌っていました。

笑顔と笑い声が素敵な人でした。

 

 

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< 6.教会 >

 

下の写真: 地図の右端付近にある教会。

 

 

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< 7. 折り返し付近 >

 

この辺りで散策を折り返しました。

通りや広場のテラスでは多くの人が食事と会話を楽しんでいました。

 

 

 

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< 8. 様々な店先 >

 

 

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< 9. 牡蠣を食べた魚屋 1 >

 

 

 

 

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< 10. 牡蠣を食べた魚屋 2 >

 

最初この前を通った時、この店でカップルが牡蠣を食べていたのを見ていました。

戻る途中、無性に食べたくなり意を決して店に飛び込みました。

 

声をかけると若い店員がメニューを持って来ました。

私達はわけも分からず、中間の値段のものを注文しました。

 

そして出て来たのが、この写真の生牡蠣とワインでした。

牡蠣は冷えていて実に美味しかった。

さらにワインがびっくりするほど美味しかった。

 

この日より、私達はシャルドネの虜になりました。

帰国後はフランス産やチリ産などの安いシャルドネを何本か買っては飲みましたが、二度と同じ味に出会うことはなかった。

 

このように美味しいものに出会うのも旅の楽しみです。

 

 

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< 11. メニュー >

 

これは注文時のメニューです。

帰国後、内容を調べました。

 

一番上のオレンジの下線は生牡蠣のフランス内の名産地を示し、「Hunters」は牡蠣を意味する。

オイスターの表示はどこにもなかった。

次の下線は牡蠣の等級を示すようです。

三番目の下線はワインのグラス売りで、4番目の下線はワインの種類「シャルドネ」を示す。

シャルドネは「白ワインの女王」と呼ばれ、シャルドネはブドウ品種の名前です。

 

この時、面白いエピソードがありました。

注文を受けた青年が、ワインのボトルを持って来てテーブルに置き、私達が驚いたのを見ると彼は笑みを浮かべ、さっと引き下がり、二つのグラスワインをもって来ました。

これは彼の冗談(ユーモア)で、私達を精一杯歓待してくれたのです。

 

実は、この青年はどうやら写真9の夫婦の息子のようで、このお父さんは私達観光客なんか相手にするなと言う態度を取っていました。

今回のフランス旅行では、幾度も若い人達の好意を感じることがありました。

 

海外で個人的にレストランなどに入るのは不安で失敗もしてきましたが、そこには束の間の出会いがあり、実に楽しいものとなります。

 

 

 

 

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< 12. タルトを食べた店 >

 

写真のように道路に面したショーケースにたくさんのタルトが並んでいます。

東南アジア系の女性が一人で店を切り盛りしていました。

非常に小さな店ですが、結構、お客さんが途切れず買いに来ていました。

私達は中に入って食べました。

焼き立てではない為か、特に美味しいとは思いませんでした。

 

 

次回はムフタール通りの残りとラ・デファンス到着までを紹介します。

 

 

 

 

 

 

 

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フランスを巡って 55: パリ散策3


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今日はカルチエ・ラタンからシテ島までの散策を紹介します。

ルートは大学街を抜けアラブ世界研究所からノートルダム大聖堂までです。

 

 

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< 2. 散策ルート、上が北 >

 

赤線が散策ルートで、地下鉄駅M1「クリュニー・ラ・ソルボンヌ」から歩き始め、地下鉄駅M2「シテ」まで行きました。

Sはソルボンヌ大学、Cは立ち寄ったカフェ、Aはアラブ世界研究所、Caはノートルダム大聖堂です。

私が歩いたパリ大学横の通りはエコール通りです。

 

このセーヌ川左岸のエコール通り一帯はカルチェ・ラタンと呼ばれ、ここはパリ誕生期からキリスト教の中心地で、やがて神学教育の場から現在の大学の街となりました。

シテ島はパリの起源となった所で、古くは様々な侵入者、バイキングなどを迎え撃つために要塞化した島でした。

 

 

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< 3. 地下鉄駅から地上に出る >

 

「クリュニー・ラ・ソルボンヌ」駅を出て、サン・ミシェル大通りを少し行き、左に曲がりエコール通りに入った。

 

 

 

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< 4.パリ3・4大学(ソルボンヌ) >

 

2枚の写真は共にパリ大学(地図S)ですが、この一帯にはパリ大学の13校が集中しており、ソルボンヌの名が冠せられている大学は上記含め3校だけです。

 

 

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< 5. エコール通りの光景 >

 

下の写真: 通り沿いにある公園。

 

途中、本屋や人通りが少ないので気が付いたのですが、私は散策ルートを間違っていました。

私が行きたかった所は学生街のあるラ・ソルボンヌ広場で、サン・ミシェル大通りを一筋早く左に曲がってしまっていた。

結局は、このまま歩いて行きました。

 

 

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< 6. カフェ >

 

上の写真: エコール通りの突き当りにパリ6・7大学が見える。

下の写真: パリ6・7大学の手前を左に曲がるとカフェ(地図C)があった。

カフェにカメラを向けると、テラス席の青年がピースサイン(V字の指)で応えてくれた。

トイレ休憩をするために中に入り、ドリンクを注文した。

 

 

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< 7. アラブ世界研究所 >

 

上の写真: カフェの中。

下の写真: アラブ世界研究所(地図A)。

 

当初、私がここに来たのはアラブの情報、アラブ料理、屋上からの眺望が目的でした。

中に入るとたくさんの人がおり、特別展が開催されていて、アラブ関係の書店もありました。

しかし、結局は屋上からの眺望を楽しむだけにしました。

 

 

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< 8. アラブ世界研究所からの眺め >

 

上の写真: 眼下にセーヌ川、左手にノートルダム大聖堂が見えます。

 

下の写真: 北方向を中心にパノラマ撮影した。

中央はサン・ルイ島です。

 

この屋上からの眺望は北方向には開けているのですが、南方向には障害の建物があります。

入場は無料です。

 

 

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< 9. セーヌ川の左岸 1 >

 

アラブ世界研究所を出て、セーヌ川沿いを行きました。

 

 

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< 10. セーヌ川の左岸 2 >

 

 

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< 11. シテ島に入る 1 >

 

多くの市民がそれぞれの楽しみ方でセーヌ川で憩っていました。

 

 

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< 12. シテ島に入る 2 >

 

上の写真: 橋の上からサン・ルイ島、東側を望む。

 

下の写真: ノートルダム大聖堂の正面。

中に入ろうと思ったのですが、大勢の人が行列をなしていたので止めました。

 

皆さんに注意を一つ!

大聖堂横を歩いていると南西アジア系の数人の若い女性が「アンケートをお願いします」としつこく寄って来ました。

恐らくはアンケート用紙に記入している間に財布をスルのが目的だと思います。

新手のスリでしょう。

 

 

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< 13. シテ島中央 >

 

下の写真: 最高裁判所。

 

 

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< 14. 花市 >

 

中央に緑が一杯の場所があり、ここが常設の花市でした。

 

 

次回に続く。

 

 

 

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何か変ですよ! 91: 何が問題か? 14: 英国はなぜ衰退したのか?


 

1バンコク博覧会

< 1. ロンドンの万国博覧会、1851年 >

 

 

今回は、繁栄を享受していた大国がなぜ没落したかを見ます。

そこでは今の日本とまっく同じことが起きていた。

誰しも自分の不幸の予兆を知りたくはないが、知れば心構えが変わるかも!

 

 

 

 

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< 2.栄枯盛衰 >

 

上は1876年のロンドン、下は20世紀初頭の米国の写真です。

 

 

*はじめに

かつて大英帝国は軍事的・経済的に世界を席巻し西欧文明、いや人類文明の模範でした。

しかし、その絶頂期にあった19世紀の後半からわずか数十年、急激に生気を失い、覇者の座を失った。

覇権国の栄枯盛衰は世の習いではあるが、資本主義社会で起こったその衰退過程が日本の低迷と恐ろしく似ているとしたら、どうでしょうか?

 

皆さんにこの英国の歴史から感じて頂きたいことが三つあります。

 

A: 衰退の原因はその社会が作り出していた。

B: 衰退の渦中にいながら人々はその欠陥を正すことが出来なかった。

C: 間違った手段で起死回生を企て一層社会は衰退し、さらに世界大戦へと突き進んだ。

 

歴史は過ぎ去ったものであり、まして外国のことなど関りがないと思われるかもしれないが、恐ろしいほど似たことが起きていたのです。

 

 

 

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< 3.英国の繁栄と衰退 >

 

赤枠は繁栄を極めた英国が19世紀後半から転落していく様子を示す。

 

 

*繁栄を極めた英国

17世紀、英国はピューリタン革命と名誉革命を経験し、いち早く議会が王権を牽制するまでになった。

16世紀以来、海外の領土を拡張していたことと、上記の社会体制の変化が相俟って、世界で最初の産業革命が英国で1760年代に興った。

19世紀半ばには「世界の工場」と称され、1851年にロンドンで始めて開かれた万国博覧会はその自信の現れだった。

 

 

 

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< 4. 帝国主義に拍車がかかる >

 

上は1886年の英国の植民地、下は1921年のものを示す。

この間に英国は中東とアフリカに侵略を開始した。

英国では何が起きていたのか?

 

 

*一方で破滅への道が準備されていた

1825年、過剰生産による恐慌が英国で始めて起こり、その後ほぼ10年ごとに恐慌は起こったが、19世紀前半の恐慌は主として英国内にとどまっていた。

しかし1857年に初の世界恐慌が勃発し、1873年の恐慌ではヨーロッパ(英国も)は22年間にわたる経済不況へと突入した。

 

一方、ヨーロッパ大陸ではフランス革命(1789年)が起こっていたが、その後のナポレオン戦争への勝利が列強による軍事同盟(ウィーン体制)を生み、逆に国内の自由主義を19世紀半ばまで抑圧することになった。

 

恐慌の翌年の1874年、英国では総選挙で帝国主義的外交を唱える保守党(貴族、大資本家が支援)が圧勝し、スエズ運河買収(1875年)、インドを直轄領からなる帝国化(1877年)へと推し進めることになった。

 

こうして英国を含めたヨーロッパ諸国は競い合って世界を植民地化し、ついには二度の世界大戦へと突き進んだ。

 

 

 

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< 5. 英国の衰退要因 >

 

上左のグラフは1914年の英国の資本輸出、上右のグラフは英国の資本輸出の推移(1816-1914年)を示し、下のグラフはその結果として工業生産高が伸びなくなっている状況を示す。

英国が衰退した最大の理由は膨大な資本輸出(他国の建設や設備への投資)にあり、これが国内投資を激減させ、国内産業の競争力の低下を招き衰退に至った。

 

 

 

*英国は自ら衰退の道を歩んでいた

二度の大戦で多くの国は戦火を被ったが、衰退する英国を尻目に米独日などは経済大国へと躍進することになる。

英国の衰退は1880年代には始まっており、20世紀の初頭には米独に追い抜かれていた。

衰退は英国で進行していた社会・経済の変化にうまく対応できなかったことによる。

 

英国は産業革命をやり遂げてはいたが、鉄と石炭の産業が中心であり、次代を担う電気やガスを中心とする重化学工業には対応出来ていなかった。

これは新規技術導入に消極的だったことによるものだが、かつての企業家精神は半世紀余りの間に完全に廃れていたからでした(保護政策)。

 

何が英国で起きていたのか?

産業革命により貿易は拡大し、人口は都市に集中し、都市労働者の生活スタイルが変わり、食料品や日用雑貨の大量輸入が不可欠になり、自由貿易が進められた。

すると国内生産の農作物価格が暴落し、大規模農場経営は行き詰まり、貴族(ジェントルマン)は資産を不動産から金融資産へと変えていった。

一方、勃興した産業資本家も金融資産を増やしていた。

 

産業革命当初、英国の輸出は旺盛で貿易黒字は優勢であったが、やがて輸入が上回り万年赤字になった。

しかし、世界トップシェアを占める海外貿易に伴う船賃収入や、それまでに蓄えた外貨(貿易黒字)による海外投資の利益が貿易赤字を上回るようになった。

こうして英国は世界の新興国や発展途上国に投資し、ますます資本家は貪るように海外投資で利益を得るようになっていった。

こうしてロンドンシテイは世界の金融をリードするようになったが、英国内への産業投資は尻すぼみとなり、競争力は衰えるばかりだった。

金融資本家は急成長し資金が不足する米国やドイツの産業や産業基盤(鉄道)に競って投資し、競合国の経済成長を助け、自国産業の衰退に加勢すらした。

 

さらに植民地への投資資金と植民者の安全確保の為と称して、植民地への軍事行動が国民の合意の下に行われることになり、帝国主義は国を挙げて行われていった。

 

 

*英国社会では何が起きていたのか

大英帝国の貿易と経済、植民地のシェアは世界で群を抜いてトップだった。

また大英帝国には莫大な資本蓄積があり、多数の大金融資本家(ロスチャイルド家)がおり、人々は繁栄を謳歌していた。

 

19世紀末から20世紀初頭の英国の人々の暮らしや意識を追ってみます(注釈1)。

 

・大都市の暮らしに憧れ、都市生活を享受した。

・その一方で地方暮らしや海外赴任を嫌い、遂には外貨を稼ぐ船員も激減した。

・添乗員兼通訳付きの海外向けパック旅行が大ブームとなった。

・国内旅行では温泉がブームになった。

・都市では展覧会、博覧会、スポーツ競技などのイベントが花盛りになった。

・古典は疎まれ、イラストの無い読み物は敬遠されるようになった。

・健康ブームとグルメブームが興った。

・理想主義、犠牲や粘り強く行うべき改革は嫌われ、「勝手気まま」が合言葉のポピュリズムが持てはやされた。

 

この時代は英国が築き上げた繁栄から半世紀以上が経過し、所得の増加や福祉向上が進み、都市生活が定着し、大量の中産階級が生まれていた。

しかし19世紀後半には経済が陰り始めたが、人々(中産階級)は更なる繁栄を求め、保身と海外展開に望みを託し保守化していった(注釈2)。

 

残念なことに、1世紀前の苦労やかつての克己心は忘れ去られ、快楽追及や利己的なものが重視されるようになっていた。

 

 

 

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< 6. 今繰り返されようとしている英国の世紀末 >

 

上のグラフは19世紀末の資本(投資利益)が労働(賃金収入)よりも如何に稼いだかを示し、凡そ7倍あった。

中央のグラフは、その結果として20世紀初頭、如何に所得格差が開いていたかを示し、両グラフから21世紀初頭も同じことが起こりつつあることを示している。

下のグラフは、最近の日本の民間資本の肥大化を示している。

 

この三つのグラフは、日本を筆頭に差はあるものの先進国では莫大な資本が百年前の世紀末を再現しつつあることを物語っている。

 

 

*日本と比べて

おそらくここまで読まれた方は、あまりにも現在の日本に似ていることに驚かれるはずです。

政治家、企業家や資本家、中産階級の嗜好と目指すものは両国で酷似しています。

 

内憂(恐慌や衰退)を国内で解決するのではなく、海外の植民地拡大に矛先を転じていました。

実は植民地政策は搾取する割には軍隊派遣や植民地への投資で赤字になるだけでなく、多くの自国民の血も流した。

現在の日本も似ていますが、1910年代の好景気を経て30年代に大陸進出する大正から昭和の初めとも似ています。

 

企業家や資本家はやがて保守的になり、蓄積した膨大な金融資産は国内に向かわず、海外に利を求め、国内投資は漸減し、自国の競争力は失われた。

これは国としては自分で自分の首を絞めるに等しいのですが、個々には最適な利殖行動の結果なのです。

 

中産階級の浮かれ具合は両国でまったく同じです。

しかも当時、この英国の浮かれ具合を古代ロ―マの衰退期と同じだと指摘した出版物が出たと言うから、歴史は繰り返すようです。

 

実は、もう一つ共通していることがあります。

それは社会が本当に衰退している時ほど、楽観論(衰退を無視)がまかり通るようです。

 

 

*まとめ

冒頭で述べた以下の三点について皆さんはどのように感じられたでしょうか?

 

A: 衰退の原因はその社会で生まれていた。

 

経済発展が経済(産業や金融)と社会(主力の階層)を変え、今度はこの社会が経済の不具合(業界保護と国内投資減)を制御出来なくなってしまった。

 

 

B: 衰退の渦中にいながら人々はその欠陥を正すことが出来なかった。

 

国の発展を牽引するはずの企業家や資本家は利益を求めるだけで、社会や国の衰退を顧みることはなかった。

 

C: 間違った手段で挽回を企て一層社会は衰退し、さらに世界大戦へと突き進んだ。

 

政治家や資本家は、国内経済の低迷打破に安易で国民の反発が少ない海外進出に舵を切った。

そして植民地の関係は泥沼化し、また列強との競争が激化し、やがて戦端を開くことになった。

 

 

*あとがき

英国の衰退を説明し、かつ日本の現状との類似を指摘することは難しい。

したがって、分かり易さと大きな流れを掴んで頂くために、かなりの歴史的事実や経済データーなどを割愛して、極端に論理を圧縮しています。

関心のある方は、以下の参考文献を参照してください。

 

 

次回に続きます。

 

 

注釈1: 文献「なぜ国家は衰退するのか」中西輝政著、1999年刊。

記事は主に第三章から抜粋。

 

注釈2: 文献「概説 西洋社会史」野崎直治編、1994年刊。

この分析は、Ⅳ-17の「帝国主義時代のイギリス社会」に詳しい。

 

ドイツ国民がナチスに傾倒して行った過程でも、保守化した中産階級(定義は異なるかも)が主役を成した(別の文献)。

 

 

参考文献

*「21世紀の資本」トマ・ピケティ著、2015年刊。

*「新版 概説イギリス史」青山吉信共編、1995年刊。

*「図説 イギリスの歴史」昭博著、2002年刊。

*「概説イギリス経済史」米川伸一編、昭和61年刊。

今回の英国経済衰退について最も詳しく書かれている。

*「概説世界経済史Ⅱ」ロンド・キャメロン共著、2013年刊。

今回の英国経済衰退についての要約と世界経済の関係が分かる。

*「現代のイギリス経済」中村靖志著、1999年刊。

今回の英国経済衰退について第一章に少し書かれている。

*「世界の歴史25 アジアと欧米世界」中央公論社刊、1998年刊。

今回の英国衰退期の歴史(社会、貿易、帝国主義)について詳しい。

*「世界経済の成長史1820~1992年」アンガス・マディソン著、2001年刊。

今回の英国経済衰退について世界経済の関係が分かる。

*「イギリス病・イタリア病・日本病」中村忠一著、昭和52年刊。

 

 

 

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フランスを巡って 54: パリ散策2


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今日はサン・ジェルマン・デ・プレ教会を紹介します。

この教会はパリに現存する最古の教会でロマネスク建築です。

このセーヌ川左岸の教会でパリの始まりを偲ぶことが出来るはずです。

 

 

 

 

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< 2. 散策の地図 >

 

上の地図: 乗り継いだ地下鉄と散策の場所を示します。上が北。

今日紹介するのは黒字No.2の青枠です。

 

中央の地図: おそらく6世紀頃のパリ。上が北。

フランク王国の最初の王朝(メロヴィング朝)が506年にパリを始めて首都にした。

セーヌ河の中州のシテ島に王宮が見え、ノートルダム大聖堂が後に出来ることになる。

赤い矢印がおそらくサン・ジェルマン・デ・プレ教会だと思います(地図の表記は異なりますが)。

 

下の地図: おそらく10世紀頃のパリ。左側が北。

シテ島を中心に左岸(地図右側)と右岸が城壁に囲まれ、町が拡大発展している。

この城壁は幾度も拡張され、19世紀に造られた城壁が現在のパリを囲むようになった。

赤い矢印がおそらくサン・ジェルマン・デ・プレ教会だと思います(表記は不明)。

 

 

 

 

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< 3. 地下鉄駅 >

 

上の写真: サン・ポール駅から地下鉄を乗り継ぎ、サン・ジェルマン・デ・プレ駅を目指す。

 

下の写真: 途中、地下鉄を乗り換えたシャトレ駅。

 

 

 

 

 

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< 4. 車内にて >

 

上の写真: 地下鉄の車内でカメラを向けると笑顔を返してくれた人。

今回のフランス旅行では、街角の人々のさりげない表情を撮りたいと思い、至る所でカメラを向けました。

中には嫌悪感を示す若い男性の視線に躊躇することはあったが、圧倒的に多くは笑顔で対応してくれ、ポーズを取る男性も居た。

フランス人の気さくさに惹かれました。

 

下の写真: サン・ジェルマン・デ・プレ教会の全景。

 

 

 

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< 5. サン・ジェルマン・デ・プレ教会外観 >

 

この教会は王都パリの最初期の歴史を物語る。

 

古くは、パリにはケルト人が住んいたが、紀元前後にローマ人に支配された。

当時は、シテ島と左岸に小さな集落があっただけだった。

その後、東方の異民族の侵略などにより荒廃した。

やがて勢力を拡大して来たフランク王国の初代王朝(メロヴィング朝)のクローヴィス王が506年にパリを首都にした。

 

542年、この王の子(キルデべルト王)がスペイン遠征の際、サラゴサで殉教した聖人の遺物を持ち帰った。

パリ司教サン・ジェルマンはこれを納めるためにこの教会を建築した。

この王はここに埋葬され、この教会は初代王朝の霊廟となった。

 

その後、フランク王国の分裂、バイキングの度重なる襲撃を経て、パリは王都から一地方都市になっていた。

987年、ユーグ・カペーはフランスの初代国王(カペー朝)に選ばれ、パリを首都にした。

 

この頃から12世紀にかけてパリは帝国の首都、学術と教会の拠点として発展していった。

政治と宗教生活の拠点であったシテ島では1163年、ノートルダム大聖堂の建設が始まった。

左岸(セーヌ川の南側)は教会が運営する様々な学校が置かれた学術の中心であり、後に大学の町へと発展した。

逆に、対岸の右岸(セーヌ川の北側)は商業と経済の中心として発展していった。

 

こうして、1136年頃にパリ北端のサン=ドニ大聖堂がゴシック建築で改造され、ゴシック建築がフランスで開花し、ヨーロッパに広がった。

 

 

 

 

 

 

 

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< 6. サン・ジェルマン・デ・プレ教会 1>

 

教会は修復工事中で観光客も少なかった。

教会内は暗く、ロマネスクらしい重厚で質素な趣がある。

この教会はロマネスク建築だが、後にゴシック様式で改造されている。

 

 

 

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< 7. サン・ジェルマン・デ・プレ教会 2 >

 

右下の写真: パリ司教サン・ジェルマンの像と礼拝堂。

彼がこの教会を建て、鐘楼の下に眠っている。

 

 

 

 

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< 8. サン・ジェルマン・デ・プレ教会 3 >

 

今は小さな教会だが、かつて8世紀と17世紀は大規模な修道院で隆盛を極めたが、フランス革命で多くを焼失した。

 

 

 

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< 9. サン・ジェルマン・デ・プレ教会前の交差点 >

 

上の写真: 右奥がレンヌ通りで南側を望む。

下の写真: サン・ジェルマン大通りの西側を望む。

 

 

 

 

 

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< 10. 地下鉄駅 2 >

 

上の写真: 路線が異なるのでオデオン駅まで歩き乗車。

マピヨン駅が近かったが、迷ってしまって次の駅まで行った。

 

下の写真: クリュニー・ラ・ソルボンヌ駅で降車。

ここから大学街を歩き、アラブ世界研究所に向かう。

 

 

次回紹介します。

 

 

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何か変ですよ! 90: 何が問題か? 13: 過去・現在・未来に生きる


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日本は平和で、人々は豊かさを享受しているようです。

しかしこのまま突き進むと、いずれ経済も平和も失う事態が来るとすれば・・

今、懸念すべきことはないのだろうか?

 

 

*はじめに

現在、進められているアベノミクス(円安誘導、株価下支え、金融緩和、リフレ策、規制緩和)に不安はないのだろうか?

 

確かに、円安になり株価は上昇し失業率は低下した。

一方で、インフレは起こらず、経済成長は芳しくなく、賃金は低下し続けている。

ゼロ金利政策と日銀の莫大な国債買い上げが続き、そして累積赤字は減少するどころか増大している。

 

多くの人々は、いずれ経済が上向くとの希望を抱いてるのだろうか?

そうなれば賃金が上昇し、累積赤字が減り、年金や医療介護体制も維持できると考えているのだろうか?

 

この楽観はどこから来るのだろうか?

 

 

*楽観論の陰にあるもの

政府や取り巻きが唱える楽観論の根拠は正しいのだろうか?

 

この楽観論の前提は非常に単純明快で、日本経済は刺激さえすれば昔のように高い成長を維持できると言うものです。

そして概ねアベノミクスはヘリコプターマネー(通貨増発)によるインフレ誘導で投資や消費を拡大させ、長期の経済停滞から脱却すると言うものです。

 

当初の円安は輸出企業を刺激し、また株高によって一部には好転の兆しがありましたが、それ以外では実体経済への好影響はあまりなく、効果は持続していないと言えます(つまりトリクルダウンがない)。

なお失業率の低下は、主に団塊世代の退職による代替え雇用によるものです。

 

ここで、楽観論で見えなくなっている懸念や問題点について考えてみます。

(難しい理屈は不要です)

 

日本経済は刺激さえすればほんとうに成長を始めるのでしょうか?

または一時成長しても後に大きな歪や災いが生じないのでしょうか?

 

A インフレになりさえすれば消費が増え、ほんとうに経済は上昇し続けるのか?

 

B 日本の経済は本当に成長出来るのか?

 

C かつてない金融緩和が破滅的な金融危機を招くのではないか?

 

D 日銀や政府の政策が将来、国民の負担や財政破綻に繋がらないのか?

 

E 高い経済成長が起きても、米国のようにならないのか?

 

楽観論を唱える識者はすべて上記の問題点を無視するか否定している。

 

 

 

*上記問題点に共通すること

それぞれの問題について様々な経済学者が激論を戦わせており、素人にはその正否を判断することは困難です。

右派左派、保守革新、米国寄りかで見方は大きく対立している。

しかも多くの人はこれらを予想出来ない不安な事として無視しているようです。

 

しかし、上記5つの問題が現実に進行しているか、過去に起きていた事を知れば、皆さんは問題の大きさを識ることになるはずです。

つまり、これは現実の問題なのです。

 

 

*グラフから読み解きます

 

 

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< 2. 日本と主要国の失業率、社会実情データ図録より >

 

失業率はリフレ策などの金融緩和によって繰り返されるバブル崩壊で増大している。

 

赤の縦線は米国のバブル崩壊の始まりを示し、米国の失業率(赤の折れ線)はバブル中に低下していても、崩壊後に急上昇を繰り返している。

黒の縦線は日本のバブル経済の崩壊の始まりを示す、その後の「失われた20年」の長期にわたる失業率の上昇が深刻です。

つまり、リフレ策を含む金融緩和は概ね経済の疲弊を繰り返すだけなのです。

 

 

 

A インフレになりさえすれば消費が増え、ほんとうに経済は上昇し続けるのか?

結論から言えば、アベノミクスのリフレ策は2013年から2017年の5年間の結果から見れば効果がなかった。

 

ただ円安と株高は当初効果があったが、これは2012年の欧州金融危機解消と海外投機筋の安倍政権誕生への期待によって起こったもので、いつまでも続くものではない(ファンダメンタルの改善ではなく海外の投機動向によるもの)。

物価上昇が起きない理由として原油安が足を引っ張っているとの指摘があるが、本来、原油安は進行している賃金低下を補うべきもので、むしろ円安による物価高が災いして消費全体が伸びなくなっている。

 

リフレ策の先輩である欧米の経済状況から、リフレ策は成功しているとは言えず、クルーグマンは財政出動が重要だと言っている(グラフ2はその一例)。

 

 

 

*グラフから読み解きます

 

 

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< 3.日本の潜在成長率、 日本銀行より >

 

このグラフは低下し続ける日本の潜在成長率(黒線)を示し、設備投資(資本ストック)の減少と生産性(TFP=全要素生産性)の低下が顕著です。

この潜在成長率の低下は1990年代の急減によって始まっているが、これはバブル経済(1986年12月から1991年2月までの51ヵ月間)の反動がもたらしたものです。

 

これ以来、経営者は資金(内部留保など)を長期に固定し予測困難な設備投資に使うより、手早く高利を稼げる海外証券などに投資するようになった。

つまり、経済を牽引すべき人々は実体経済への意欲を完全になくし、あり余る資金は金融経済、それも海外に儲けを求めるようになってしまった。

この資金が逆流しない限り、幾ら通貨が増発されても設備投資に向かず、金融商品に向かいバブルを煽るだけなのです。

 

この国内の実体経済を軽視する風潮が日本の衰退の元凶であり、かつて英国が没落へと突き進んだ道でもありました。

いま日本は戦後3位のアベノミクス景気と浮かれているが、またバブルが弾けると、かつて言われた「失われた20年」よりさらに長い衰退が待ち受けることになる。

人々は、幾度繰り返せば悟るのでしょうか?

 

 

 

B 日本の経済は本当に成長出来るのか?

結論は、日本経済は衰退の道を進んでおり、抜本的な対策を講じないと手遅れになる。

 

大規模な経済刺激策が一時、功を奏しても、その後に大きな反動が来るか、手遅れを招く。

アベノミクス(特に金融緩和)は一時的な興奮剤か、むしろ常習性の麻薬であり、真の経済・社会問題から目を逸らしてしまうことになる。

 

日本経済の成長力については潜在成長率や需給ギャップなど専門的な理解が必要になる。

しかし、今の日本とまったく同じ状況が19世紀の英国であったことを知れば、衰退の恐ろしさを実感できるはずです。

豊かで世界をリードしていた経済大国が半世紀の間に没落したのです。

つまり、衰退の真因に手を付けず、一方で成長力以上に通貨増発することはバブル崩壊とデフォルトを招くことになる。

 

 

*グラフから読み解きます

 

 

4グラフィックス4

< 4. 株価の推移 >

 

上のグラフ: 日経平均の推移。ウイキペディアより。

バブル経済で株価は高騰し繁栄したが、その後20年に及ぶ景気後退と手痛い後遺症を負ってしまった。

 

下のグラフ: 日経平均とNYダウの推移。YAHOO!ファイナンスより。

リーマンショック後、米国は直ぐに破綻の連鎖を食い止める為に大規模な救済(約200兆円)と金融緩和を行い、株価は上昇を始めた。

当時、日本は日銀のおかげで被害を抑えることが出来たが、現在アベノミクスにより株価は高騰している。

 

つまり、我々はいつか来た道を(バブル)をまた懲りずに進んでいる。

 

 

 

C かつてない金融緩和が破滅的な金融危機を招くのではないか?

金融危機はほぼ10年毎に繰り返されて来ており、ここ数年以内に確実に起きるでしょう。

 

バブルの発信源である米国を振り返ると、前回は2008年初頭のリーマンショック、前々回は2000年末のITバブル、さらに1987年のブラックマンデーと、その間隔は8~13年でした。

 

米英日中が行っている歴史上始まって以来のGDP成長率を上回る通貨増発は、莫大な資金が実体経済ではなくあらゆる高配当の投機(証券や為替)に注がれ、やがてバブル崩壊に至る。

このバブルを生む金融業界の体質は金融危機後、一時規制されることはあっても、後に景気刺激策として規制緩和され、元の木阿弥か一層酷いものとなる。

 

不思議な事に、日本政府寄りのエコノミストは当然としても、アベノミクスに異論を唱える民間シンクタンクのエコノミストでさえ、バブル崩壊をまともに取り上げていない。

政財界から距離を置いている少数の学者や識者は、これについて警鐘を鳴らしている。

米国も同様です。

 

このことは既に日本のエスタブリッシュメントが完全に一色に染め上げられ、国が衰退の道から抜け出せなくなっている証左でしょう。

 

 

*グラフから読み解きます

 

 

 

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< 5. 日銀の保有国債残高、By Bloomberg >

 

単純に考えて、政府が赤字国債を毎年30兆円発行して、それを直ぐ日銀が買い取る、これを永遠に続けて弊害が無ければ、こんな楽な財政運営はありません。

2017年末、日銀の保有国債残高は既に400兆円になり、アベノミクスの2013年初頭以来5年間で300兆円が買い足されています。

 

これこそ打ち出の小槌の大発明ですが、世界で日本の中央銀行ほど大量に購入している国もなければ、これを続けている国もありません。

米のFRBは金融緩和を止めて出口戦略を取り、国債を市中に戻しています。

 

つまり、日銀は早晩出口戦略を取らざるを得ず、かつスムーズな実施が必要なのですが、なぜかまったく沈黙を守っているのが不気味です。

 

 

 

D 日銀や政府の政策が将来、国民の負担や財政破綻に繋がらないのか?

私は国民の負担増と財政破綻の可能性はより高まっていると考える。

 

残念ながら自信を持って、現在の日銀と政府の金融政策が上記問題を招くと断言できません。

しかし、この恐れはアベノミクスによってより高まると感じています。

 

この理由は大きく二つあります。

一つは政府が現状のように赤字国債を発行し財政を拡大し続けるなら、早晩、国債を国民の資金だけで消化できなくなるでしょう。

 

日銀が大量の国債を買い取ってくれる現状では財政規律が緩み、国債増発は続くでしょう。

さらに家計資産の伸びの減少に加え、団塊世代の老後資金の預金引き出しが今後現実のものになります。

法人資産は増加していますが、これは低金利の内国債ではなく益々海外の高利の証券投資に向かうことになります。

 

当然、真の衰退の問題にメスを入れない限り、持続的な景気上昇が起こらないと考えます。

もしインフレが起きた場合、リフレ派が仮定するように金利上昇が経済成長率よりも低ければ良いのですが、恐らくは逆に金利の方が高騰する可能性もあります。

このようなことになれば、金利1%の上昇で累積赤字1000兆円の利払いだけで年間10兆円増え、利払費は現在の2倍を越え、累積赤字を減らすどころではない。

(逆の場合、GDP成長率が金利より高ければ数十年かけて累積赤字は減って行きます。)

こうして破綻(デフォルト)は近づくでしょう。

 

もう一つは日銀の出口戦略に関するもので、莫大な保有国債を市中に吐き出す時に問題となります。

私はこの問題の金融メカニズムを完全に理解出来ないのですが、複数の元日銀理事が警鐘をならしています。

 

結論は、将来、日銀の負債(おそらくは十数兆円から数十兆円)を国民が負担しなければならないと言うものです。

 

 

 

E 高い経済成長が起きたとしても、米国のようにならないのか?

結論は、確実に米国の二の舞になります。

 

つまり経済成長が起きても所得格差が拡大し、30年以上国民の90%が所得を減らしている米国社会が将来の日本の姿になるでしょう。

(「何か変ですよ! 87: 何が問題か? 10: そこにある未来」に詳しい)

 

今までと同様の政策、アベノミクスだけでなく自由主義経済と金融重視の米国追従の政策を取り続ける限り、この道を突き進むことになる。

 

 

*グラフから読み解きます

 

 

 

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< 6.主要国の経済推移、 日本経済復活の会より >

 

19世紀前半まで世界経済をリードしていた英国は半世紀(赤枠)ほどで衰退してしまった。

この衰退は今の日本の姿でもあるのです。

 

 

*次回は、かつての英国衰退から日本の現状を理解したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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フランスを巡って 53: パリ散策 1


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これから4回に分けて、パリの街を紹介します。

午後一杯かけて、中心部の5か所を巡りました。

この日も快晴で、パリの町と気さくな人々に触れ合いました。

 

 

はじめに

散策したのは、2017年5月27日の12:00~20:30です。

ルーブル美術館を正午に出て、ラ・デファンスに戻るまで地下鉄と徒歩で市内を巡りました。

この日は土曜日で至る所に市民が楽しく、くつろいでいました。

 

主に巡った所は市民が集い食事を楽しめるアンファン・ルージュの市場とムフタ―ル通です。

また歴史あるサン・ジェルマン・デプレ教会を訪れました。

さらに大学が並ぶエコール通りからセーヌ川沿いのアラブ世界研究所、ここからシテ島のノートルダム大聖堂まで歩きました。

 

交通機関はすべて地下鉄を利用しました。

 

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< 2. パリの散策マップ、上が北 >

 

地図の見方

赤矢印は地下鉄の乗車駅で、黒矢印は下車駅です。

赤の番号は乗車の順序です。

黒の曲線は乗り継ぎを示す。

青枠は散策した地域で、黒の番号は散策した順序を示す。

 

今回は、青枠の1番になります。

 

 

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< 3.地下鉄駅 >

 

上の写真: 最初の乗車駅、赤番号1のパレ・ロワイヤル ミュゼ・デュ・ルーブル駅。

 

下の写真: 最初の降車駅、アールゼ・メティエ駅。

 

 

 

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< 4. アールゼ・メティエ駅から歩き始める >

 

 

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< 5. アンファン・ルージュの市場に到着 >

 

この市場は「Rue de Bretagne」通りの交差点の角にある30m四方の市場です。

まさに庶民の市場の風情です。

観光客をほとんど見かけなかった。

 

 

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< 6. 昼食時 >

 

訪れたのが13:00頃だったので、食事処はごった返していました。

 

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< 7. アラブ風の料理を食べました >

 

上の写真: 右端の女性が注文を受付てくれる。

 

右下の写真: 注文した料理。

 

 

 

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< 8. アンファン・ルージュの市場を去る >

 

 

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< 9. カルナヴァレ館 >

 

下の写真: パリの歴史が見られる貴族の館であるカルナヴァレ館はあいにく閉館していました。

 

 

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< 10.サン・ポール駅まで歩く >

 

 

次回に続きます。

 

 

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雪山に群れる小鳥たち


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雪山で木の実を啄む小鳥の姿を紹介します。

数年前の1月末の信州にて撮影された写真です。

これらは知人より頂いたものです。

 

 

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< 2.ヒレンジャク >

 

写真2から7まではヒレンジャクだと思います。

この鳥はスズメ目なのですが、実に可愛い姿をしています。

また雪の中で群れて餌を啄む姿はけなげなでもあり、温もりも感じさせます。

 

 

 

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終わります。

 

 

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善光寺に初詣しました


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2018年1月5日、善光寺に初詣しました。

真新しい雪が境内を覆っていました。

たくさんの初詣客が訪れていました。

 

 

善光寺は長野市にあり、長野駅の北側2kmの所にあります。

善光寺は無宗派で、日本最古の三尊阿弥陀像が祀っられており、古くから信仰され広く知られていた。

 

冷気の中を歩くと、身が引き締まる思いがします。

雲が途切れると、眩しい陽射しが雪に照り返り、少し汗が滲むようになりました。

 

 

 

 

 

2

< 2. 仁王門 >

 

上の写真: 仁王門が近づいて来ました。

仁王門は長野駅の参道から最初に出会う門です。

 

下の写真: 仁王門をくぐり抜けてから振り返ったところ。

両側には1km以上にわたり飲食店や土産屋が続きます。

 

 

 

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< 3.本堂 >

 

 

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< 5. 山門 >

 

これは本堂の直前にある門。

この2階に上りました。

 

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< 6. 山門からの眺め 1 >

 

上の写真: 南側、長野駅に続く参道が見える。

 

下の写真: 西側の境内を望む。

 

 

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< 7. 山門からの眺め 2 >

 

北側の本堂を望む。

 

 

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< 8. 参道にて >

 

左の写真: 善光寺名物七味唐辛子の老舗「八幡屋礒五郎」の門松。

 

右の写真: 昼食に蕎麦を食べた「今むらそば本店」。

ほんとうに美味しかった。

 

 

 

 

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< 9. 暮れなずむ長野市 >

 

16:30頃、篠ノ井線で松本に向かって帰る電車より。

山間を走る電車から眼下に長野の盆地を見下ろす。

ここは雪国でした。

 

 

終わります。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 89: 何が問題か? 12: 退職後の生活?


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前回、若い皆さんの将来の生涯賃金を予測しました。

それは残念なものでしたが、さらに悲惨な状況が拍車をかけることになります。

それは退職金や年金の減額、医療介護費の高騰などのあらゆる付けが回って来ることです。

 

 

はじめに

前回、男性大卒の生涯賃金は40年後には30%低下し、現状の3億2千万円から2億3千万円になっていることを見ました。

この差額9600万円は2軒の新築が可能な金額ですが、この生涯賃金は非常に恵まれた正規雇用(年収800万の40年勤務)の人々のものです。

 

男性の正規と非正規の生涯賃金の現状の差43%を加味すれば、40年後の大卒男性の非正規の生涯賃金はついに60%も低下し、差額で1億9千万円低下、総額1億3千万円になる。

しかも、今後増え続ける非正規雇用は労働者の60~70%を占めるようになるでしょう。

 

労働者の大幅な収入低下は国の所得税と消費税収入の低下、社会保障(年金、医療・介護)の掛け金の減少を招きます。

これは将来、あなた方が受けるべき年金や医療介護費の不足に輪を掛けます。

 

しかし、最も大きな問題は労働者の可処分所得の減少が消費需要を長期に減少させ、貯蓄を不可能にさせることです。

これが景気や投資を後退させる悪循環を生むことになり、さらに累積財政赤字の償却を不可能にさせるでしょう。

 

つまり賃金低下だけが問題ではなく、経済や福祉に大きな災いをもたらすのです。

 

 

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声高な反論

こんな悲観的な未来は起こるはずがない、馬鹿げていると唱える人はいます。

 

例えば、現在60才定年を75才まで延ばせば、単純に39%(55年/40年)の生涯賃金の増加が見込めます。

おそらく高齢者の労働収入はかなり低下するので、この見込み通りにはいかない。

確かに増収するでしょうが、これが先進国のあるべきライフスタイルでしょうか?

北欧では異なる道を選んでいます。

 

 

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< 図3.2014年度版家計金融資産、TV東京より >

 

 

現在、家計の貯蓄総額900兆円の70%は60才以上の世帯が保有しています。

しかし団塊世代(今の70才前後)が今後、この貯蓄を老後資金として使い果たしていくことになるので、20年後にはかなり貯蓄額は減ることになる。

 

ここでまた、たとえ家計の貯蓄率が今後マイナスになっても、伸び続けている法人貯蓄(現在800兆円)によって国債(累積赤字1050兆円)は国内で消化出来き、国債の金利高騰は起こらないとの楽観論もある。

これも一見可能だと思わせる。

 

しかし懸念は既に進行している。

それは以前紹介した国内から海外への資金逃避(現在990兆円)です。

主にこれは証券投資(高利回り)に向かっている。

これは加速しているので、いずれ多くは日本国債に見向きもしなくなり、金利を大幅に上げない限り、資金は国内に戻ってこないでしょう。

かつてヒトラーがやったように海外投資の禁止をやれば別ですが。

 

もし金利が2%上昇するだけで国債償却費は年間21兆円増え、現在(H28年度)の償却費24兆円の倍、45兆円になります。

こうなればさらに赤字国債を増発しなければならない。

 

 

4

< 図4. 平成28年度一般会計予算、財務省より >

http://www.mof.go.jp/tax_policy/summary/condition/002.htm

 

 

しかし、まだ何とかネタを見つけ楽観論を煽る人々がいます。

 

それは、国には膨大な資産(H21年度で647兆円)があり、純債務はかなり小さいと言うものです。

つまり、いざとなればこれら資産を売却して、負債は1/3の372兆円に過ぎないと言うのです。

 

 

 

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< 図5.平成21年度国の財務(貸借対照表の資産部分)の概要、財務省より>

この年度の負債合計は1019兆円でした。

http://www.mof.go.jp/faq/seimu/03a.htm

 

 

例えば国道や堤防を誰が買ってくれるのでしょうか、これで先ず有形固定資産184.5兆円は諦めざるを得ません。

また私達の年金の蓄えを誰かに売っていいのでしょうか、これで運用寄託金121.4兆円もだめです。

91.7兆円の内、米国債購入の82兆円を売ってしまっていいのでしょうか?

実は、売ることは可能なのですが円高になってしまうことと、この購入資金は別の借金に頼っているので、資産とは言えないのです。

結局、こうして647兆円はすべて資産と呼べるものではないのです。

 

これは当然で、資産があるのなら初めから法律が禁止している赤字国債を発行しないはずです。

 

少し脱線したようです。

要は、定年延長策に期待できず、また賃金低下が招く景気後退と累積赤字の問題が未来に重くのしかかってくるのです。

 

ここで不思議なことに気づきます。

 

 

なぜ楽観論や諦めが蔓延るのでしょうか?

 

今後、悪化する少子高齢化、膨大な累積債務、賃金低下、福祉の低下、格差拡大に対して多くの国民はなぜ無関心なのでしょうか?

少なくとも危険だとか、許せないとの声はほとんど聞こえてこない。

 

一つは楽観論を煽るエコノミストやマスコミの存在が大きい。

なぜ彼らは上記の問題を真剣に捉え報道しないのでしょうか?

 

そのような立場を取る理由は三つほど考えられます。

  •  アベノミクスの信奉者。
  •  米国主導の自由主義経済の信奉者。
  •  政権や経済界の主流に属することで益を得る者。

 

この三つは重なって作用しています。

1.と2.の論説には共通する前提があります。

善意に解釈すれば、固く主義を貫いているとも受け取れますが・・・

 

そこには必ず景気が上向くと言う大前提があり、一方でバブル崩壊などを想定しないかまったく触れていないことです。

この論は、まるで一昔前の原発の安全神話と同じと言えますが、これよりも格段にたちが悪い。

なぜなら原発事故よりも遥かに高い確率でバブル崩壊とその甚大な経済的被害(金融危機)は繰り返されているのですから。

 

現状の景気拡大は、少しはアベノミクスのおかげもあるが、一番はリーマンショック後から続く大国3ヶ国とユーロ圏主導の歴史的な金融緩和によるものです。

逆にこれが危険のですが。

 

3.の立場は、狭い意味で森友学園、加計学園、元TBSの山口記者などに見られるものと根は同じです。

これらにはまったく善意が感じられない。

 

おそらくは、1,2,3.の立場で楽観論を煽る人々は、原発問題と同様に国民に対して無責任で自らの栄達にきゅうきゅうとしているだけなのでしょう。

特に、本来信頼されてしかるべきエコノミストや金融界のリーダーが幾度もバブル崩壊を見過ごし、挙句は煽ることもしてきました(リーマンショックの半年前ですら)。

 

 

もう一つは、この手の問題は素人の国民に理解することが困難・・・

 

残念ながら、どの問題の一つを取り上げても、学者やコメンテーターの意見は分かれている。

これを素人が両者の論説を読み比べて虚実を判断することは難しい。

マスコミは両論に分かれて対立しており、自ら納得できる論を導き出すのは更に難しい。

 

このような場合、私がお勧めする手立てがあります。

 

  •  海外の書物を参考にする。

出来れば米英の学者でないか、米国の主流ではない学者の著書が良い。

米国は完全に自由主義経済で覆い尽くされており、これが現在の弊害の元凶  なので、この外部に居る学者の説を拝聴することが必要です。

 

 

 

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< 図6. 2017年版、包括的成長指数(IGI)のランキング、エキサイト ニュースより >

https://www.excite.co.jp/News/economy_g/20170220/zuuonline_140151.html

IGIは世界109カ国・地域における不平等・貧困の解消への取り組み、総体的な生活水準の向上に対する努力を評価した指針です。

 

  •  優等生の国を参考にする。

米英の格差社会や低福祉の元凶とその対策を知る為には、戦後、異なる道(政策)を選んだ国々を知ることが必要です。

北欧やフランス、ドイツなどの政策とその成果を知ることで、現在の間違った政策に気付くことでしょう。

残念ながら、日本ではこの類の情報が故意に捻じ曲げられているか、避けられているように思う。

 

  •  歴史から学ぶ。

今の日本の現状は、19世紀後半の英国経済の衰退や20世紀前半の日本の大陸進出と似ているところがある。

 

英国の場合は、衰退が差し迫っているにもかかわらず、誰も動かずズルズルと深みにはまっていただけでした。

日本の場合は、様々なあがきを繰り返しながらも最悪の経済状況に至ると、あっさりと打開策は挙国一致で大陸への武力侵攻でまとまった。

そこには悲しいほどの甘い希望と他人任せの風潮があった。

 

  •  経済学は自然科学ではない。

私達が接するマスコミや経済学者の景気や経済指標の予測は当てにならないと思ってください。

一番重要な事は、経済学は自然科学のような計算によって正確に結果を予測できる学問ではないことです。

残念なことに、逆に信頼を得ようとして「私の説明や予測は確実です」と言う人ほど使用出来ず、科学者とは言えない。

 

著名なエコノミストの予測が如何に外れるかは、過去に予測している著書を見れば呆れるほどです。

外れる理由は、経済の諸条件の関わり合いが複雑なことと、予測する時は条件を限定せざるを得ないからです。

さらには、経済は論理的な動機よりもアニマルスプリット(動物的衝動)で大きく変動することがあるからです(バブル崩壊の切っ掛け)。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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フランスを巡って 52: ルーブル美術館


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< 1. ルーブル美術館に入る >

 

 

今日は、パリ観光の目玉、ルーブル美術館を紹介します。

その前に、パリの名所を少し案内します。

この5月27日も快晴でした。

 

 

私がルーブル美術館を訪れるのは3回目になります。

30年以上前に初めて訪れたこの美術館での興奮が忘れられません。

その巨大さと展示物の豊富さ、古代ギリシャとロ―マの彫刻群、中世ヨーロッパの絵画に圧倒されながらも、くまなく見ようとしたことが懐かしい。

 

今回は、前回のフリーと違ってツアーの見学なので、有名な美術品を足早に見ました。

 

 

 

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< 2. エッフェル塔 >

 

バスを下車して、シャイヨー宮から眺めた。

 

 

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< 3.凱旋門 >

 

上の写真: 車窓から見たコンコルド広場。

 

 

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< 4. オペラ座 >

 

上の写真: 車窓から見たオペラ座。

 

 

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< 5. 街の人々 >

 

 

ルーブル美術館にて

 

 

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< 6.瀕死の奴隷 >

 

下の写真: ミケランジェロの2体の作品。

手前が「瀕死の奴隷」、左が「抵抗する奴隷」。

 

 

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< 7. ミロのヴィーナス >

 

 

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< 8.サモトラケのニケ >

 

 

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< 9. モナリザのある部屋にて >

 

上の写真: 「モナリザ」を見入る人々。

モナリザの写真が上手く撮れなかったので、替わりに。

 

下の写真: 「カナの婚宴」

モナリザの向かいに掛けてあるルーブル最大の絵。

モナリザの前は人だかりが多いので、モナリザを遠くから眺めている人々。

 

 

 

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< 10. フランスの歴史を物語る絵 >

 

上の写真: 「ナポレオン1世の戴冠式」

下の写真: 「民衆を導く自由の女神」ドラクロワ作。

 

 

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< 11. ルーブル美術館を見終えて >

 

 

次回から、パリの街角を散策し、市民の暮らしを肌で感じます。

 

 

 

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フランスを巡って 51: 前衛都市ラ・デファンスに泊まって


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今日は、パリの宿泊地ラ・デファンスの2日間を紹介します。

5月27日の朝夕の散策と28日(日)の朝のスーパーマーケットの紹介です。

 

 

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< 2. ラ・デファンスの地図、共に上が北 >

 

上の地図: 左の赤丸がラ・デファンスの位置。

ここはパリのシテ島からおよそ10km西側にある近代的なビルが林立するところです。

 

下の衛星写真: 赤矢印はラ・デファンスのシンボル、高さ110mの「グランド・アルシュ」(大きな門)です。

白矢印は、このグランド・アルシュから延びる道路の先に凱旋門が見える方向を示す。

緑の矢印は、今回宿泊したホテル「ルネッサンス・ラ・デファンス」です。

ピンクの矢印は、今回自由散策で利用した地下鉄駅への入口です。

黄色の矢印は、5月28日、帰国日の午前中に訪れた大型スーパーの入口です。

 

 

 

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< 3. グランド・アルシュの広場 >

27日の朝8:00頃です。

 

上の写真: 宿泊したホテルが中央右寄りに見えます。

 

下の写真: 遠くに凱旋門が見えます。

 

 

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< 4. ラ・デファンスの地下鉄駅 >

 

上の写真: 地下に降りたところから駅を見下ろす。

切符売り場が見えている。

 

下の写真: 27日、20:30頃、パリの自由散策を終えて地下鉄で帰って来て、地上に出た所。

 

 

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< 5. グランド・アルシュの前から >

 

上の写真: 20:30頃、グランド・アルシュの階段に多くの市民が腰かけてくつろいでいた。

フランスらしく、様々な人種が見られた。

 

 

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< 6. 親子と交流 >

 

この階段で一組の親子を見つけ、妻が折り紙を見せた。

これは帆掛け船の折り紙で、船の舳先を子供に摘まんでもらい、一度目を抓むって目を開けると、摘まんでいる場所が帆に変わると言うものです。

子供は事情がよくわからないのですが、お父さんが喜んでくれたのが幸いでした。

 

 

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< 7. パリの散策を終えてホテルへ >

 

27日は、午後、パリ中をよく歩いたので疲れた。

次回、紹介します。

 

 

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< 8. 28日朝のグランド・アルシュの広場 >

 

東側を見ている。

 

 

 

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< 9. グランド・アルシュの真下にて >

 

上の写真: 西側を見ている。

下の写真: 見上げた所。

 

 

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< 10. グランド・アルシュ >

 

上の写真: 全景。

 

下の写真: 広場の南側にショッピング街があり、出発前、日曜日でも開いている大型スーパーマーケットに行きました。

最後の買い出しでした。

右手の階段を下りた所から入りました。

 

 

 

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< 11. 大型スーパーマーケット >

 

ここは「Auchan」で、日曜日でも8:00AMから開いていました。

非常に大きいので商品を探すのに苦労しました。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

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フランスを巡って 50: ベルサイユ宮殿


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今日は、ベルサイユ宮殿の中を紹介します。

 

 

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< 2. 観光地図 >

 

私達が見学したのは2階の主に番号1から19までです。

 

 

3

< 3. ルイ14世像 >

 

上の写真: 観光地図番号2「ヴィーナスの間」。

中央の像は「ローマ皇帝姿のルイ14世全身像」

 

下の写真: 観光地図番号7「戦争の間」。

中央の円形薄浮彫はオランダ戦争中にルイ14世がライン川を渡った姿。

 

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< 4. 鏡の回廊 >

 

鏡の回廊は観光地図の最上部。

 

 

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< 5. 王の居殿1 >

 

上の写真: 観光地図番号19の「閣議の間」。

 

下の写真: 観光地図番号18の「王の寝室」。

 

 

 

 

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< 6. 王の居殿2>

 

上の写真: 観光地図番号17の「牛眼の間」。

 

 

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< 8. 花壇を望む1 >

 

 

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< 9. 花壇を望む2 >

 

 

次回に続きます。

 

 

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何か変ですよ! 88: 何が問題か? 11: 生涯賃金の末路


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前回、日本の先輩格である英米で進行している衰退を見ました。

今日は、日本の悲惨な賃金の未来を考えます。

簡単な試算により、若い人の未来が明確になるはずです。

 

 

 

はじめに

一国の経済指標の変動や産業の盛衰を予測することは、たとえ数年から10年先であってもほとんど外れています。

1972年のローマクラブ発表の資源枯渇の予測も外れたと言えるでしょう。

 

これら予測が外れる理由は、極論すれば人々の欲望(嗜好)や危機意識(節制)が働き、状況が変わってしまったからと言えます。

 

日本政府がこれまでの政策を踏襲するとして、つまり抜本的な改革を行わないとして、40年後の未来を予測します。

 

ここで少し確認しておく必要があります。

実は、アベノミクスは日本経済を覚醒させる画期的な政策ではないのです。

日本はこの半世紀、画期的な復興をやり遂げる中で、初期には米国に助けてもらいながらも徐々に米国の言いなりになり、それが現在の社会経済の形を作りあげて来ました。

そしてアベノミクス以降、日本は英米主導のリフレ策(貨幣供給中心)に益々傾斜しています。

この結果は既に見たように、90%の米国民に惨めな結果を招いています。

 

結局、日本政府は「自由放任主義経済と金融重視」と「福祉政策縮小」によって、経済大国の夢を追い続ける従来の路線を強化しているだけなのです。

 

 

あなた方の生涯賃金

現在、日本の株価と企業業績は順調で好景気と言われています。

しかし私達労働者の賃金はここ20年ほど下がり続けています。

これは一時の好景気で修正出来ないことを前回確認しました。

 

なぜ労働者の賃金は下がり続けるのでしょうか?

現在、日本では不思議なことが起こり、特に日本が先頭を切って悪化しています。

この全体像は私達には見え難いものです。

 

 

 

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< 図2.生涯賃金の推移、 独立行政法人労働政策研究・研修機構より >

「ユースフル労働統計2016 ―労働統計加工指標集―」を借用。

 

このグラフは、同じ企業に勤めている社員で、後から入社する者は先に入社した者より、年々生涯賃金が低下していることを示しています。

この低下傾向は1990年代中頃から始まっています。

これは「何が問題か? 10: そこにある未来」の図9の高額所得者の所得シェアが上昇する時期とも合致します。

また「何が問題か? 3」の図3の企業所得の上昇時期、逆に賃金の下降時期とも一致します。

 

 

国民の賃金の低下を間接的に示すグラフを二つ示します。

 

 

 

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< 図3. 平均可処分所得の推移、ガベージニュースより >

 

可処分所得とは家計の収入から、税金や社会保険料を引いた値で、自由に使えるお金のことです。

ここでも1998年をピークに下がり、横這いを続けています。

既に、15年間で15%ほど、私達の自由に使える金が減っているのです。

つまり40年後は可処分所得が今より単純に40%(=40年/15年X15%)減ることになります。

その時は更に、極限の累積赤字額と少子高齢化の為に増税と社会保障負担金増が追い打ちをかけることになる。

 

 

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< 図4.主要先進国の家計貯蓄率、「投資を楽しむ」より >

 

日本とイギリスは共に家計貯蓄率が急激に低下しています。

日本の家庭は1991年をピークをつけ、その後、貯蓄に廻すお金が減り続け、遂に2014年には貯蓄を引き出す羽目にまで落ち込んだのです。

かつての日本は貯蓄の高さを誇り、これが高度経済成長(投資資金に廻ることにより)を支えたと言われていましたが、まるで夢のようです。

 

これらのグラフを見れば、日本の賃金が下がり続けていることが理解できると思います。

しかし、これでもまだアベノミクスに期待し、景気の好転がこの悪化を食い止めるはずだと信じる人もいるでしょう。

 

そこで、この賃金低下は景気とは別の根本的な要因によって起きていることを見ます。

 

 

 

何が国民の賃金を低下させているのか?

難しい話ではありません。

あなた方の身の周りで起きていることを少し疑うだけで、真実が見えるはずです。

 

 

 

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< 図5. 正・非正規雇用者数の推移、厚生労働省より >

「平成24年版 労働経済の分析」から借用。

 

正規雇用者数が長期にわたり増えない一方、非正規雇用者比率は益々増加傾向にあり、現在は40%に近いでしょう。

 

皆さんの多くは非正規雇用は仕方のないことと思っているはずです。

なぜなら政府や著名な経済学者、経済界は「産業構造の変化に対応して人材の流動性が必要」と説明しているからです。

実はこれは間違っていないのですが、問題はこの後にあるのです。

 

なぜ皆さんは、国が「同一労働同一賃金」「離職後の生活補助と再雇用向けの教育」を放置していても怒りの声を上げないのでしょうか?

 

ここが日本の致命傷とも言えるのですが、人権意識や民主主義が希薄なのです。

このことを放置している国は、やがて米英のようになってしまうでしょう。

これを守りながら経済成長を続けている北欧などが存在する事実は重要です。

 

 

 

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< 図6.正規・非正規の賃金カーブ、年収ガイドより >

 

このグラフは致命的です。

これを一人の生涯賃金のグラフと見立ててれば、正規と非正規の生涯年金の差は歴然としています。

しかもこの賃金グラフは年々低下する傾向にあります(後にわかります)。

さらに悪いことに、この半分しかない生涯賃金の非正規雇用が年々増加しているのですから、日本の労働者の所得は低下するのが当然です。

 

 

 

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< 図7. 正規・非正規の生涯賃金の差、年収ガイドより >

 

2015年度で男性の非正規の生涯賃金は正規の56%しかなく、女性で60%でした。

おそらく今後、正規の賃金も引きずられて低下するでしょう。

 

 

さらなる理由があります

賃金低下を招いている大きな理由の一つは非正規雇用とその雇用者数の増大、そして首切りの容易さと再就職の困難さです。

更に重要なことは、通貨供給一辺倒でバブルを繰り返す経済成長よりも、この是正措置の方が遥かに容易に賃金上昇(格差是正)と消費需要の喚起による経済成長が得られることです。

 

1980年代以降益々衰退を深めている背景に、大多数の労働者の劣悪化を放置し歓迎さえしている政府や経済界の姿勢があります。

 

 

 

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< 図8.先進国の労働分配率、独立行政法人産業研究所より >

 

労働分配率とは、企業の生産額から費用を差引いた額に占める労働者の賃金の比率です。

つまりグラフのように労働分配率が長期低下傾向にあり、日本の労働者の賃金は低下せざるを得ないのです。

米国も低下しているが、日本は真っ逆さまと言えます。

 

経済学者は、この労働分配率の低下をITが普及した為とか、様々な理由を挙げているが、私は合点がいかない。

 

現在行われている容易な派遣切り、長期失業者の増加、著しい賃金低下を放置していることが企業収益に安直に貢献している限り、賃金低下は今後も続くのは当然です。

これを何ら規制せず、また保護政策を採らないことが最大の問題なのです。

 

 

 

まとめ

皆さんの40年後の生涯賃金の低下を試算します。

 

 

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< 図9. 男性大卒の生涯賃金と日本の労働生産性の推移、独立行政法人労働政策研究・研修機構より >

このグラフは図2の男性大卒の生涯賃金と別の労働生産性のデーターを使用したものです。

 

横軸目盛りは1990年から2014年までの25年間です。

赤線は労働生産を、赤の破線はこの近似曲線を示し、右側縦軸にその%値を示す。

青と緑線は男性大卒の生涯賃金を、緑線はピークであった1994年以降を示す。緑色の破線はこの近似曲線を示し、左側縦軸にその金額(百万円)を示す。

 

40年後の男性大卒の生涯賃金は、近似式の「-2.397」X40年=96百万の低下になり、1994年の321百万の30%低下となります。

 

同様に40年後の労働生産性は、1991年の67より更に17%減少し、50%になっていることでしょう。

おそらく皆さんは、この計算結果を信じられないことでしょう。

これは大雑派な試算ではあるが、前述したように今の日本ではこれを上昇させる力がまったくないのです。

 

前回、英米の経済状況で確認したように景気は変動の末、悪化するだけ、さらに今後、日本は少子高齢化の影響で2060年までGDPの伸びは期待できない。

例え上昇しても今の税制や再分配制度(セフテイネット)では今後、一握りの高額所得者に所得が集中するだけです。

 

残念ながら、このような日本にしてしまった最大の要因は日本の文化や国民性にあります。

嘆いても仕方がありません。

一つ一つ、正しい方向に導いて行くしかないのです。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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フランスを巡って 49: ベルサイユ宮殿へ


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今日は、シャルトルの町からベルサイユ宮殿までを紹介します。

この日は2017年5月26日(金)で快晴でした。

このフランス旅行もこの日の午後と明日のパリ観光で終わります。

 

 

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< 2. ベルサイユ宮殿 >

 

今日紹介する写真の撮影場所は主に二カ所の赤丸です。

 

 

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< 3. シャルトルの町を去ります >

 

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< 4. シャルトル大聖堂 >

 

カトリック教会が新たな息吹を込めたゴシック建築と共に隆盛を迎えた時代、そんな息吹きを少し感じることが出来ました、

この時期は、まさにフランスだけでなくヨーロッパ全体が十字軍遠征やサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼でキリスト信仰に沸き立った時代でした。

 

 

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< 5. 途中の車窓から >

 

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< 6. ベルサイユの町へ >

 

 

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< 7. ベルサイユ宮殿前の広場 >

 

私のベルサイユ宮殿訪問は二回目ですが、30年以上前も非常にたくさんの人出でした。

 

 

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< 8. やっと宮殿敷地内に入れました >

 

予約時間より早く着いいたので、入場するまでに半時間以上待ちました。

 

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< 9. やはり豪華、贅沢な外観です >

 

 

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< 10. 多くの人が待つ広場を望む >

 

 

次回に続きます。

 

 

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何か変ですよ! 87: 何が問題か? 10: そこにある未来


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今回は、日本の未来を考えます。

これはバラ色ではないはずです。

なぜなら日本は疲弊していく先進国と同じ道を辿っているからです。

 

 

はじめに

既に、私のブログで憂うべき状況を幾度も取り上げてきましたが、今回は若い人々の未来に焦点を当てます。

 

将来、日本で深刻度が増す問題

A: 年金と退職金の大幅な減額

B: 生涯賃金の大幅な減少

C: 介護費と医療費の負担増

 

多くの若い人は未来に不安を抱いていないように見える。

彼らは、今までもそうであったようにこれからもうまく行くと信じたいはずです。

まして現在、日本は好景気なのだから、きっとこのまま良くなって行くと期待さえしているかもしれません。

 

しかし、私の想定する40年後の未来(今の20~30才代の人が60~70才代になる頃)は生活がかなり苦しくなっているでしょう。

今の60~70才代に比べ、彼らが自由に使えるお金はおそらく2~3割減るでしょう。

当然、彼らのこれから受け取る生涯賃金もかなり減り、貯蓄は益々困難になり、老後資金はかなり不足するはずです。

 

聞きたくも信じたくもないだろうが、悲惨な結果を容易に予測できます。

この予測を行う前に、悪化が現実に起きている事を知ってもらいたい。

その先例が既に日本が手本とする先進国で起こっているのです。

 

 

先進国で今、起きていること

経済が豊かであるはずの先進国で今、何が起きているのでしょうか?

 

 

 

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< 図2.米国のマルチ世代家族の人口比率と人口、by Pew >

http://www.pewresearch.org/fact-tank/2016/08/11/a-record-60-6-million-americans-live-in-multigenerational-households/

 

上のグラフ: マルチ世代家族で暮らす人口の比率。

下のグラフ: マルチ世代家族で暮らす人口、単位百万人。

米国の総人口は現在3.2億人。

 

このグラフから米国のマルチ世代家族(祖父母と親子の三世代家族)の人口が1980年代から増え始め、この傾向が加速している様子が見て取れます。

特に2008年以降、急増しています。

皆さんの中には、これは移民が増えた結果ではないかと疑う人もいるでしょう。

 

 

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< 図3. 米国の人種毎のマルチ世代家族の人口比率の変化、by Pew  >http://www.pewresearch.org/fact-tank/2016/08/11/a-record-60-6-million-americans-live-in-multigenerational-households/

 

 

このグラフから、確かにマルチ世代家族は白人以外で多いが、むしろ白人家族の増加率は多人種より若干多いと言える。

この変化は人種に関わらず米国のすべての家族で起きていると言えます。

 

 

 

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< 図4.英国で増え続けるマルチ世代家族数 >

“Multi-family households, 1996 to 2013, UK” by Office for National Statistics

https://www.ons.gov.uk/peoplepopulationandcommunity/birthsdeathsandmarriages/families/bulletins/familiesandhouseholds/2013-10-31

 

これは英国のマルチ世代家族の最近の傾向を示しています。

ここでもマルチ世代家族の家族数の増加が見られます。

特に2008年と2012年には急増しています。

但し英国の場合、総家族数(2016年1890万家族数)に占めるマルチ世代家族の割合は直近で1.5%に過ぎない。

 

この米英で起きている現象は、ある重要な経済の変化と関りがある。

 

 

この背景にあるもの

 

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< 図5. 米国の失業率の推移 >

https://www.bls.gov/spotlight/2012/recession/

 

このグラフから長期失業者が増加傾向にあることがわかります。

また1980年代前半と2008年以降(リーマンショック)は高失業率に見舞われています。

この時期と図2のマルチ世代家族の増加の時期はよく符合しています。

 

 

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< 図6. 英国の失業率とGDPの推移 >

https://www.economicshelp.org/blog/1778/unemployment/uk-unemployment-rate/

 

このグラフからリーマンショック以降、増加した失業率が高止まりしており、このグラフでは分からないがその余波は2012年まで続いた。

ここでも図4のマルチ世代家族の2回の増加時期が符合している。

 

つまり、マルチ世代家族が増えた背景には、失業率の増大があったのです。

失業者が増えると、その家族達が支え合うようになったと考えられます。

これを昔の温かい家族形態への回帰と諸手を挙げて喜ぶべきではないでしょう。

当然、所得の低下も起きています。

 

これには更に根の深い問題があるのです。

 

 

1980年代から英米で何が起きているのか?

 

 

 

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< 図7. 米国の所得階層毎の所得の推移、by TheAtlantic >

https://www.theatlantic.com/business/archive/2012/12/a-giant-statistical-round-up-of-the-income-inequality-crisis-in-16-charts/266074/

 

このグラフはバブル絶頂期(リーマンショック前)までの所得推移を示しているが、所得下位の60%までは1979年から30年間で17~59%も所得を減らしている。

それも上位1%の層が309%増やしているにも関わらず。

 

ここで是非とも知って頂きたい事は、経済が好調になれば所得が一時回復し失業率も低下するのですが、バブル崩壊を繰り返す内に確実に益々多くの人が所得を低下させ、長期失業者が増えると言う現実です。

このことは図5と図7からわかります。

 

もしあなたが、2007年の時点で図7の所得推移を見ているとしたら、きっと未来は洋々とし復活が約束されていると思ったことでしょう。

しかし、現実は非情でした。

 

 

 

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< 図8.米国の所得階層毎の平均所得の推移、by Business Insider >

http://www.businessinsider.com/chart-average-income-since-1917-2013-2

 

リーマンショック後の2011年には下位90%(赤線)の人までが1970年代よりも所得を10%以上減らすことになった。

実は、このことはITバブル崩壊後の2003年(図7)でも同様のことが起きていました。

 

もし今の日本の好景気が世界のバブル経済に起因しているのであれば、確実にこの先、2008年のリーマンショックを遥かに越える金融危機が世界を襲うでしょう。

 

現在、大国(米国、ユーロ圏、日本、中国)は歴史的な貨幣供給を行って来ており、日本だけはまだ継続さえしている。

従ってバブル崩壊はほぼ間違いないでしょう、いつ起こるかは予測できませんが。

 

なぜこのような不条理が米国中心に起きているのでしょうか?

 

 

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< 図9.高額所得者(1%)の所得シェアの推移、社会実情データ図録より >

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/4655.html

 

このグラフから平等を守ろうするフランスを除いて、特に米英で高額所得者の所得シェアが1980年代から急増しているのがわかります。

残念なことに、日本も少し遅れて1990年代後半から格差が拡大しています。

この時期は日本政府が米国流の金融改革(金融ビッグバンなどの自由化)を1996年から始めたのに対応しています。

 

 

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< 図10. 各国のGDPに対する社会的支出割合(福祉政策)、by wikipedia >

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A6%8F%E7%A5%89

 

この図から各国の社会的支出割合(再分配)の程度が分かり、右の方がより高い。

米英でのマルチ世代家族数の違いは、所得格差を是正するはずの社会的支出が両国で違うことによるのでしょう。

米国は赤線、英国は茶色線、日本は黒線、カナダは左側欄外にある。

福祉国家と呼ばれる北欧とフランスを青線で示す。

 

 

 

まとめ

つまり英米で起きている家族形態の変化は、繰り替えされるバブル崩壊によって引き起こされた長期失業者の増大と国民の所得低下がもたらしたものでした。

 

そしてこの失業率の増大と国民の所得低下、逆に高額所得者の著しい所得増加は1980年代から起きている。

 

これは既に紹介しているサッチャーとレーガンによる政策「自由放任主義経済と金融重視」と「小さな政府による福祉政策(再分配)の切り捨て」への転換が始まりです。

前者の経済政策については、多くの先進国で大なり小なり実施されており、特に日本は益々その度を強めています。

後者の社会政策についても、多くの先進国が倣っていますが、逆に北欧やフランスのように強めている国もあります。

 

したがって、日本が現状の米国追従の経済政策を続ける限り、やがて米国と同じか、さらに急激な少子高齢化が重なり悪化は深刻化するでしょう。

 

つまり日本の将来は大多数の国民にとって経済的困窮が必然なのです。

 

しかし、一つだけ希望があります。

北欧は同じ資本主義国家でありながら、その経済・社会政策(福祉国家)により高い幸福度と高い経済力を維持していることです。

いずれ紹介します。

 

 

次回は、日本の勤労者の惨めな未来を予測します。

 

 

 

 

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フランスを巡って 48: シャルトル大聖堂の内部


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今日は、シャルトル大聖堂の内部を紹介します。

 

 

 

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< 2. シャルトル大聖堂の構造 >

 

上の図: 平面の断面図。借用。

下の図: 上の図の赤矢印から見た俯瞰図。グーグルアースより。

 

 

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< 3.後陣(東端)の比較 >

 

上の写真: 初期ゴシック建築のシャルトル大聖堂の後陣。借用。

 

下の写真: ロマネスク建築のサント・マリー大修道院付属教会の後陣。借用。

 

ゴシック建築はパリ郊外のサン・ドニ教会の後陣改築から始まったが、続いて建てられたシャルトル大聖堂と以前のロマネスク建築の後陣を見比べると、両者の違いが明瞭になる。

 

この変革によって、後陣は大きな窓で開放的になり、鮮やに彩られたステンドグラスからの陽の光りが聖書の世界をより印象的に物語るようになった。

また主祭壇を囲む周歩廊は屋根が高く広く明るくなり、外側に放射状に配された礼拝堂への参拝がやり易くなった。

 

これによる全周の壁の荷重を軽減する為に幾つものフライング・バットレス(飛梁)が放射状に地上まで伸びている。

 

 

 

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< 4. 様々な光景 >

左上の写真: 美しい身廊のヴォールト。

 

右上の写真: 身廊中央の床に描かれた迷宮。

これは十字軍の時代、エルサレム巡礼が叶わぬ信者達に体験出来るように造られたと言われています。

 

左下の写真: 尖頭アーチのヴォールト。

ゴシック建築から半円アーチではなく、このような二つの円が頂点で交わる型になり、高さを自由に取れるようになった。

 

 

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< 5. ファサード(西中央の門)のバラ窓 >

 

下の写真: バラ窓下の3枚のステンドグラスの右端を拡大。

これは「エッセイの家計樹」と呼ばれ、最上段にイエスが座す。

 

 

 

 

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< 6. 南翼廊のバラ窓 >

 

左上の写真: バラ窓。

右上の写真: 南翼廊の左手(東側)の側廊に対になった二つステンドグラスが見える。

 

下の写真: 上記ステンドグラスの左手の最上段が「美しい絵ガラスの聖母」です。

ステンドグラスの黒い影はフライング・バットレスによるものでしょう。

 

 

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< 7. 様々なステンドグラス >

 

左下の写真: 北翼廊のバラ窓。

 

 

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< 8.青色が美しい >

 

撮影を失敗し、有名な「シャルトルの青」をうまく再現出来ませんでした。

 

 

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< 9. 身廊から内陣を望む >

 

明るい陽射しに包まれた内陣。

 

 

 

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< 10. 内陣を囲む壁の彫刻 >

 

周歩廊に沿ってこのような彫刻群が連なる。

 

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 86: 何が問題か? 9: 常識は非常識?


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前回は、今話題の忖度を巡る馬鹿々々しさを取り上げました。

今回は、トランプ大統領の評価を巡る奇妙さを取り上げます。

この二つから日本の常識が見えて来ます。

 

 

はじめに

この12月6日、トランプ氏は「エルサレムはイスラエルの首都」を承認した。

中東の荒廃と経緯を知る人々にとって、この宣言は平和を破壊する以外のなにものでもない。

彼は単に「私は選挙公約を実行した」と言っている。

ここでも大国の無自覚な横暴がまた繰り返された(ベトナム戦争、イラク戦争)。

 

主要国と近隣諸国の首脳、ローマ法王らはこの宣言に嫌悪感を示した。

 

そんな中で、日本の中枢はトランプ氏と親密な首相に忖度し(おもねり)だんまりを決め込んでいる。

 

日本では安倍首相は外交に長けており、米国のトランプ大統領との親密さに現れていると評価する向きがある。

その一方で、危なっかしいトランプ大統領に付き従うなどはもってのほかと、首相のスタンドプレーを危惧する向きもある。

 

この違いは概ね、右派と左派の違いと言えそうです。

本来、右派がポピュリズムのトランプ氏に好感を持つ理由は無いように思えるのですが(理由は後にわかります)。

 

ここでは、日本の右派が高評価するトランプ氏は海外からどのように評価されているかをみます。

このギャップを通じて、トランプ現象と彼との親密さを喜ぶ日本の危険性を考えます。

 

 

トランプ氏への世界の評価

 

 

 

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< 2. 2017年、トランプ氏の低い信頼度、by PEW 注1. >

 

カーキー色の左側横棒はトランプ氏を信頼しないパーセント、緑色の右側横棒は信頼のパーセントを示す。

西欧諸国や南米、日本でさえ圧倒的に彼を信頼していないことが歴然としている。

逆にロシアやイスラエル、フィリピンでは彼への信頼度が高いが、これらは強権的な国家で共通している。

アフリカのナイジェリアは政治の腐敗が深刻で混乱しており、強い大統領が求められているのかもしれない。

 

こうして見ると世界の大勢は、トランプ氏に不信任を突きつけているように思える。

 

 

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< 3. どの大統領が世界に正しいことをするでしょうか、by PEW >

 

韓国やカナダ、英国、オーストラリアはトランプ氏(茶色)よりもオバマ氏(赤色)を断然評価している。

ここでもイスラエルとロシアでは逆転している。

イスラエルは今回のトランプ氏の首都発言を期待していたのだろうか。

 

 

 

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< 4. 西欧におけるトランプ氏の評価はジュニア・ブッシュ氏と同様、by PEW  >

 

三人の米国大統領に対する西欧の評価の明暗が一目瞭然です。

 

 

結局、世界の良識(民度が高い国の国民)はトランプ氏をかなり低く評価している。

 

 

 

一方で高く評価する人々もいる

実は、違った見方がある。

安倍首相がトランプ氏と肝胆相照らす仲であるように、西欧各国のあるグループはトランプ氏を高評価している。

 

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< 5. ヨーロッパで右翼を支持する人々はトランプ氏を支持する、by PEW >

 

ヨーロッパ各国の代表的な右翼ポピュリスト政党を支持する人々のトランプ氏への評価は緑色の丸で示されるている。

この右翼を支持しない人々のトランプ氏への評価はカーキー色の丸で表示されている。

 

結局、すべての国で右翼に好感を持つ人々はトランプ氏にも好感を持つ。

ここでも、トランプ氏への評価が高い国は社会が疲弊している傾向がある。

これらの理由の一端が下のグラフからわかる。

 

 

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< 6. 世界37ヶ国によるトランプ氏の性格評価、by PEW >

 

世界の性格評価は、1位傲慢、2位不寛容、3位危険でかなり否定的に見られている。

続いて強いリーダーやカリスマ性で高評価を得ている。

 

如何にもトランプ氏はタカ派や右派が親しみを感じる性格を持ち合わせ、疲弊困憊している社会では彼に期待もするのだろう。

 

 

それでは米国民はどう見ているのだろうか

 

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< 7. 米国のトランプ氏への支持と不支持 >

 

トランプ氏は2017年1月20日の就任直後から不支持が増大し続けている。

 

つまり、世界だけでなく米国でもトランプ氏への人気と信頼は非常に低い。

 

 

まとめ

これらのことから推測出来ることをまとめます。

 

*トランプ氏は民度の高い先進国の首脳からは忌避されている。

*トランプ氏は世界中から世界の危険要因と見なされている。

*トランプ氏は右翼的な人々からは好感を持たれている。(疲弊しているか強権的な社会の人々も同様)

 

これから以下のことが言える

*トランプ氏に追従する首相は外交や戦争などで国を危険に陥れるか、強権的な体制へと導くかもしれない。

 

首相にすれば、米国の軍事的な庇護を得るにはこの道しかないと信じているのでしょう。

しかし私にはこのことすら危険性を孕み、ましてオバマ氏と合わず、トランプ氏と合うとの理由で追従することは更に危険だと考える。

 

 

さらに言うと

*米国はなぜこのような不人気で危険な大統領を自ら選択したのか?

 

これこそポピュリズムのなせる業であり、一度この罠にはまると取返しのつかないことになる好例です。

どうか破綻が訪れる前に米国民が良識を取り戻す日が来ることを望みます。

 

当然、世界が協力して、トランプ氏の暴走を食い止める必要がありそうです。

少なくても日本は暴走の片棒を担ぐことだけは止めましょう。

そうでないと日本はテロの再重要な標的になることでしょう。

 

次回に続きます。

 

 

 

注釈1

PEW(Pew Research Center)はアメリカ合衆国のワシントンD.C.を拠点としてアメリカ合衆国や世界における人々の問題意識や意見、傾向に関する情報を調査するシンクタンクです。

http://www.pewresearch.org/

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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晩秋の京都を訪ねて 4: 新京極商店街から木屋町通りへ


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今日で、京都散策の紹介を終えます。

帰路の途中、河原町周辺で夕食をとりました。

食事処を探しながらの散策でした。

 

 

 

 

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< 2. 散策ルート、上が北 >

 

赤線が散策ルートで、S地点から右上の「美よし」で食事し、

河原町駅で帰路につきました。

写真は撮影順に並んでいます。

 

 

 

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< 3. 新京極商店街の入口 >

 

 

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< 4.新京極商店街 >

 

 

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< 5.錦天満宮入口 >

 

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< 6.錦天満宮境内 >

 

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< 7. 河原町通り >

 

 

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< 8. 高瀬川 >

 

上の写真: 道端にあった小さな神社。

 

下の写真: 高瀬川。

この浅い川に沿って並ぶ古い町並みの風情が好きで、よく立ち寄ります。

もっとも帰りの阪急電車の始発駅が近くにあることもあるのですが。

 

 

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< 9. 麺処、美よし >

 

私達が夕食の為に立ち寄った所で、まったくの偶然でした。

入ると決めた理由は、高瀬川沿いにあることと、なぜか伝統を感じたからです。

どちらかと言えば古さを感じたからでした。

 

 

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< 10. 店の中 >

 

私は巻頭写真に似た蕎麦とかやく御飯、それにおばんざいを頼みました。

蕎麦の出汁が、少しからめでしたが美味しく、また独特の味でしたので、これはきっと京都の味だと納得しました。

またおばんざいや蕎麦の具の煮物は素朴な味だが良かった。

 

厨房で料理している人達の歳が80歳を越えているようなので、店は建て替えて新しいのですが、きっと老舗だと思った。

 

給仕している人に聞くと、ここの創業は昭和元年で、写真の団扇は芸子さんが持って来たものだそうです。

 

ひょんなことで京都を味わうことが出来ました。

 

 

昼には、北王路駅の北文化会館で大学オケの定期演奏会を聴いたのですが、ここでも京都らしさを味わったように思います。

 

今回は急に京都に紅葉を見に行くことを思い立ち、ついでに交響楽も聞きたいと思った。

それでこの定期演奏会に初めて来たのですが、舞台のオケのヴァイオリン奏者(第一と第二)が非常に少なく、さらに始まると素人(おそらく1年生)が混じているのがわかりました。

管楽器は頑張っており楽しむことも出来たのですが、演奏は残念な結果におわった。

コンマスなど数人のヴァイオリン奏者の孤軍奮闘が痛ましく、オケ演奏会でこのように痛々しい思いをしながら聞くのは初めてでした。

 

私が驚いたのは、聴衆に不平や不満などでざわめきが起こらなかったことです。

皆さん紳士的でした。

ひょっとしてこれは京都の良さなのかと思いました。

 

この若い演奏家達が、将来喜々として演奏出来ることを願って、会場を後にしました。

 

これで終わります。

 

 

 

 

 

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晩秋の京都を訪ねて 3: 下鴨神社 2


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今日は、河合神社を紹介します。

 

 

 

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< 2. 地図、 上が北 >

 

写真は表参道のSから撮影したものから順番に並んでいます。

 

 

 

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< 4.馬場に露店 >

 

表参道と西側に平行に伸びる馬場に多くの露天が並んでいた。

 

 

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< 5.河合神社の境内 >

 

境内に入った右側に鴨長明の住まいが再現されていた。

彼はこの神社の神官の子として生まれ、歌人として活躍した後に出家し、京都で写真のような小さな庵で暮らした。

 

 

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< 6. 深紅と金色が映える風景 >

 

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< 10. 鴨川の上流を望む >

 

市民や鳥たちが憩う川べり。

この日は雲も風もなく、歩き続けると汗が噴き出て来ました。

 

晩秋ではあるが、黄葉と紅葉を思う存分味わい、久しぶりの京都を満喫出来た。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ! 85: 何が問題か? 8: 摩訶不思議な言葉遊び


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前回は、日本だけでなく世界が右傾化している背景を見ました。

右傾化はハンチントンが指摘した文明の衝突が大きく影響している。

今回は、今起きている不思議な言葉遊びを見ます。

 

 

はじめに

今の日本の経済と政治は凋落を深めているように思える。

しかし、多くの人にはそうは映らない。

この違いを「何が問題か?」で解明したいと連載を始めました。

 

今まで、日本の経済先行きと所得格差、右傾化を取り上げて来ました。

しかし、これとて反対の立場から見れば正常に見えるらしい。

今回、この反対の立場の一端をみます。

 

 

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忖度を巡って

ある田舎の役場を退職した人に、私は「役場で忖度(そんたく)はどのような感じですか?」と聞きました。

彼は「そんなものは無いよ! 第一、忖度と言う言葉は急に出て来たものだから・・・」とあっさり否定されてしまった。

 

マスコミでは森友・加計問題、詩織さん事件で「忖度」が毎日のように騒がれています。

私は彼の口から、忖度の事例が聴きたかったのですが、拍子抜けでした。

 

忖度と言う言葉はあまり使われていなくても、出世を望む人の多くは上司の意向を汲み取り仕事をするのが当然で、実際に忖度はまかり通っているはずです。

これが出来ないと上司から「気配りの出来ない奴」と相手にされなくなるでしょう。

 

敏感な彼は、とっさに私の質問に政府批判を汲み取り(忖度し)、否定したのでしょう。

彼は如何にも強面で独断専行タイプでした。

 

「忖度」はあまり使われない言葉ですが、その意味するところは大概の人には分かり、日本の社会に定着した精神文化です。

どちらかと言うと良い意味で使われ、その意味は他者への配慮、気配り、推察などでしょう。

 

ある新聞記者が2003年に投稿した文に忖度を使っていた。

 

「・・。あえて忖度すれば、そのような錘(おもり)を心の中にぶら下げた人々が、数多く戦後の数十年を生きて来たのではないか。」

 

これは戦後、親しい人物が誰にも従軍中の体験を語らなかったことについて触れたものです。

 

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あるテレビのニュース番組で

以前、二人のコメンテーターが森友問題に関して答えていました。

 

司会者が「官僚は忖度するものですか?」とこの二人に尋ねました。

すると、一人は「忖度は当然あるはずです」と答えた。

もう一人は、「上級の官僚は忖度なんかしないですよ」と明言した。

 

私は聞いていて、奇異な感じを受けた。

忖度自体が悪いのではなくて、上司や利害関係にある人物の便宜を計り、法や手続きを曲げて、不公正なことをする事が悪いはずです。

このことは自明なのに、簡単に忖度を否定し、しかも下級の官僚ならやるでしょうとはぐらかす返答に、この人物の悪い忖度例(権力者へのおもねり)を見た。

 

この人物とは田崎史郎氏でした。

 

 

面白い座右の銘

ある官僚の座右の銘が「面従腹背」だそうです。

この意味は「うわべだけ上の者に従うふりをしているが、内心では従わないこと」で、通常悪い意味で使われます。

 

この官僚なら上の者(権力者)に忖度をするはずはなく、自ら便宜を計らない潔癖な官僚と言える。

それこそ田崎氏の弁に従うなら、正に上級官僚の手本と言えるかもしれない(笑い)。

もっとも出来る官僚達は政治屋を馬鹿にしているので、このような風潮が生まれと言え、やはり良い状況とは言えないが。

 

この官僚とは前文部科学省事務次官の前川喜平です。

 

 

これに輪を掛けて不可思議な事

実は、この前川氏を「官僚のクズ」と言い放った元官僚がいた。

 

この元官僚は「面従腹背などと言って逃げず、官僚なら正々堂々とクビを覚悟で仕事をしろ!」と前川氏を罵倒する。

私もそうあって欲しいと願うが、そうでないのが日本の悲しさ!

官僚組織は縦割社会の典型で、残念ながら長いものには巻かれろは日本の風土です。

 

かの田崎史郎氏は忖度しないのが上級官僚と言い放ったのに、ここではそれが仇になっている。

 

この元官僚とは岸博幸氏です。

 

 

 

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何がおかしいのか

おそらく私のこの説明を読んでも、二つの異なる立場は対立したままでしょう。

現政権内で忖度が災いを生んでいると考える人と、忖度など無いと考える人の溝は埋まらないでしょう。

 

簡単に言えば、忖度はありふれた日常の行為で、これを否定することに無理がある。

むしろ日本では出生する人ほど(仕事が出来る人ではない)、忖度出来るのが常識です。

重要なことは、忖度により不正が行われることです。

 

先述の役場の退職者や田崎氏、岸氏の立場は「忖度があった」ことを否定することにより、配下の不正行為を権力者(上司から首相まで)と切り離すことにあるようです。

つまり彼らは誰かの立場が悪くならないように忖度しているのです。

残念ながら、この態度も日本の組織でよく見られるトカゲの尻尾きりで、幾度も繰り返されて来ました。

 

 

悲しい事

今の日本の政治では不毛な口論が延々と続くだけです。

 

不毛なのは追及する側と追及される側だけではない。

それらに加勢し、さらにつまらない口論と煽動を行うマスコミに生きる人々が居る。

この人々の言説に留飲を下げ、憂さを晴らす人々が、さらに大勢居る。

これが最も悲しいことだろう。

 

 

私の知る限り、革新が続き、成長し続ける会社の社長は、部下が上司への無駄な忖度、おべっかなどをしないようにさせている。

小さな不正も積もれば、やがて山となるの例えです(笑い)。

日本の政治も私利私欲(党利党略)を離れ公正でありたいものです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

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