北欧3ヵ国を訪ねて 13: 戦争と平和


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< 1. デンマーク軍のコペンハーゲン凱旋 >

 

 

今日は、北欧三ヵ国の戦争と平和を取り上げます。

北欧は長い戦いの末に先駆的な外交政策を行い、自国だけでなく世界の平和に貢献している。

 

 

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< 2. 北欧の戦争 >

 

この地図は北欧三ヵ国(スウェーデン、ノルウェー、デンマーク)が如何に周辺諸国と戦争をして来たかを示す。

この地図はヴァイキング時代後の国家間の戦争を示している。

 

一方向の矢印は、一方的な戦争または侵攻を示し、黒は植民地化を示している。

周辺国以外の北欧の植民地は除いています。

両方向の矢印は通常の国家間の戦争です。

 

北欧の中ではスウェーデンとデンマークが、かって周辺諸国を併合し帝国と呼ばれた時代があった。

デンマークはユラン半島で大陸と陸続きなので、特に国境を接しているドイツと領土争いを長らく繰り返した。

写真1はその戦いの一つシュレースヴィヒ=ホルシュタイン戦争(19世紀)の一幕です。

 

 

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< 3. ストックホルムにて >

 

上の写真: ユールゴーデン島のヴァーサ博物館のヴァーサ号。

これは17世紀のスウェーデンの戦艦で、初航海で沈没したのを引き上げ復元したものです。

64門の大砲を有する堂々とした全長69mの戦艦が蘇っています。

 

この戦艦はスウェーデンによるバルト帝国の最盛期を象徴している。

スウェーデンは16世紀初頭よりバルト海周辺諸国を併合し、1618年に始まった30年戦争(最大の宗教戦争)にプロテスタント国として参戦した。

この戦艦はバルト海に面したドイツの港の攻城戦に投入される為に、1628年に重装備を重ねて出港したが沈没した。

30年戦争が終わった時、スウェーデンは北ドイツにも領土を得ていた。

 

下の写真: ガムラスタン(旧市街)の大広場。

バルト帝国を築いたヴァーサ王朝はこの大広場で起きた事件を契機に誕生したと言える。

 

1520年、この広場で「ストックホルムの血浴」と呼ばれる虐殺が起きた。

当時、北欧三ヵ国はデンマーク王家が支配するカルマル同盟を結んでいたが、スウェーデン国内では独立を目指す内戦が続いていた。

反乱軍を制圧したデンマーク王は晩餐会を開くと偽り、スウェーデンの有力者を招き、この広場で多数処刑した。

 

この裏切りに怒ったスウェーデンの人々は、この事件で父を虐殺されたヴァーサを指導者にして独立戦争を戦い抜き、3年後に独立を得た。

こうしてヴァーサ王朝が誕生した。

 

 

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< 4. オスロにて >

 

上の写真: ノルウェー抵抗運動博物館の外観。

小さな建物だが、地下にも展示場が広がっている。

 

建物に掲げられている肖像画はホーコン7世で、彼は第二次世界大戦でドイツの支配に抵抗したノルウェー王です。

これを描いた映画「ヒトラーに屈しなかった国王」が最近日本で上映された。

この博物館は当時の国民の抵抗運動を展示している。

 

 

下の写真: 博物館の展示。

 

 

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< 5. オスロ湾にて >

 

上の写真: 写真の左側の島がオスロ湾で最も狭いドレーバク水道にあるオスカシボルグ要塞Oscarsborg Fortressです。

フェリーからオスロ側(北側)を見ている。

 

実はこの要塞からの砲撃が「ヒトラーに屈しなかった国王」のストーリーを作ったと言える。

この要塞を守る指揮官がオスロ湾に侵入するドイツ艦隊に独断で砲撃し、その旗艦を撃沈した。

私は映画を見て、これが及び腰の政府や象徴的な存在であった国王親子に抵抗する機会を与えたように思った。

ノルウェー各地から攻め込んだドイツ軍は圧倒的に優勢だったが、王家と政府の逃避行、ホーコン7世の降伏拒否、そして英国への亡命によって、国民はナチスの支配を拒否した。

こうしてノルウェーのレジスタンスは終戦まで続いた。

 

下の写真: 映画「ヒトラーに屈しなかった国王」。

タイトルはノルウェー語で、「王のノー」です。

 

この映画はスぺタクルではなく、主に国王の葛藤を描き、銀幕から王家の役割と大国に抗う小国の悲哀がひしひしと伝わって来ました。

 

 

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< 6. クロンボ―城の地下 >

 

上の写真: デンマークのシェラン島北東部、幅7kmのエーレスンド海峡に睨みを利かすように建っているクロンボ―城。

 

下の写真: このクロンボ―城の地下に眠るホルガー・ダンスク像。

彼はフランク王国のカール大帝(8世紀)に歯向かった中世ヨーロッパの伝説上の英雄です。

やがてデンマークで、洞穴の眠れる英雄が国の有事に復活するというホルガー・ダンスク伝説が出現した。

 

第二次世界大戦中、デンマークもナチス・ドイツに占領されたが、この時のデンマークのレジスタンスは「ホルガー・ダンスク」と名乗った。

 

 

 

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< 7. ロスキレ湾とヴァイキング >

 

上の写真: この地はヴァイキング時代の拠点の一つでした。

ここにヴァイキング船博物館があります。

 

下の写真: これらは沈没していた5隻のヴァイキング船の内の2隻で、修復され復元されたものです。

 

オスロ湾は奥深く入り込んでいて水深が浅いのですが、幾筋かの細くて深くなっている水道があります。

11世紀、5隻の船は敵の襲撃を防ぐために、この水道の一つを塞ぐように沈められていた。

このロスキレは11世紀から15世紀半ばまでデンマーク王国の首都でした。

 

ヴァイキング時代は11世紀半ばで終焉するのですが、この頃には侵略する側から攻められる側にもなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

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< 8. コペンハーゲン港の要塞 >

 

上の写真: カステレット要塞。

この写真は運河クルーズ船から撮影したもので、右側に人形の像が見える。

 

この要塞は上空から見ると典型的な星型要塞で、17世紀半ばに造られた。

しかしその雄姿を忍ばせる面影はない。

コペンハーゲン港は幾度も大艦隊による大規模な破壊に遭い、古い姿を留めることができなかった。

 

 

下の写真: Trekroner Fort。

左側に見えるのがコペンハーゲン港の入り口にある島の要塞で、18世紀初頭に造られた。

 

ナポレオンが覇権を拡大する中で、中立を望んでいたデンマークではあったが、その圧力に負けてフランス側に付くと、フランスに敵対した英国は大艦隊をもってコペンハーゲンに来襲した。

1801年、デンマークとノルウエーの艦隊、そしてTrekroner Fortなどが英国艦隊を迎え撃ったが、あえなく敗北を喫した。

 

 

 

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< 9. フレデリクスボー城と絵 >

 

上の写真: フレデリクスボー城の中庭。

この城は16世紀中頃より19世紀中頃までデンマーク王の居城だった。

またこの期間はスウェーデンがカルマル同盟から独立していたが、ノルウェーはデンマークに統治され続けた時代にちょうど重なる。

この地はコペンハーゲンよりはオスロに近い場所と言える。

 

下の写真: フレデリクスボー城に掲げられていた絵。

額に「・・コペンハーゲン・・1659年2月10-11日」と銘記されていた。

この前年からスウェーデン軍は凍結した海峡を渡りコペンハーゲン港を攻略しており(氷上侵攻)、デンマークはこの敗北によってスウェーデン南部などの領土を失った。

 

スウェーデンが勢力を拡大し続ける中で、17世紀中頃からデンマークは小国へと没落していくことになった。

しかし、スウェーデン(バルト帝国と同盟軍)もヨーロッパを二分した大北方戦争(1700-1721年)でロシア帝国と同盟軍に破れ、没落することになった。

 

 

 

 

 

 

 

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< 10. ノルウエーの平和貢献 >

 

上の写真: オスロ湾に面して建つノーベル平和センター。

ノーベル平和賞と平和について展示。

 

ノーベル賞の創設者ノーベルはスウェーデンとノルウェー両国の和解と平和を祈念して「平和賞」の授与だけはノルウェーで行うことにした。

これはなぜなのか?

 

北欧三ヵ国の中でもっとも人口の少ないノルウェーは1450年からの長きに渡りデンマーク、次いでスウェーデンに支配され続けて来た。

やっと1905年、ノルウェーはデンマーク王家から王子を迎え、立憲君主制を樹立し、平和裏に独立を行った。

この王子が「ヒトラーに屈しなかった国王」のホーコン7世になった。

 

映画によると、彼がヒトラーに降伏しないと返答したのは、自分が国民に選ばれた象徴(王)に過ぎず、勝手に重大な決断をすべきでないと考えたからのようでした。

この王の自覚と身命を賭した行動は、国民との間に絶大な相互信頼があったからでしょう。

この王家の姿は、北欧各国に通じるものです。

 

 

下の写真:  陸軍博物館の横にあるノルウエー退役軍人協会の建物。

その前に止めてあるカーゴの絵は、ノルウエー軍のアフガンでの活動を示しているようです。

 

 

* あとがき

 

現在、北欧各国は中立政策を維持し、一方で紛争国の仲介外交と国連の平和維持軍派遣などで世界平和に貢献している。

 

北欧の中立政策は小国ゆえとヨーロッパの北辺にあることだけで成し得たのではない。

多くの大国に囲まれ、時には圧力に屈し、軍備を保有しながらも周辺国からの信頼を重視する外交は特筆に値する。

 

また北欧、特にノルウエーとスウェーデンは世界平和に貢献してきた。

 

両国は多くの内戦激しい地域、コソボやソマリア、アフガンなどに平和維持軍を派遣して来た。

スウェーデンの元外交官ハマーショルドは2代目国連事務総長を務め、コンゴ動乱の調停に活躍したが、その途上、原因不明の墜落事故で死去した。

またスウェーデンのストックホルム国際平和研究所はこの分野では有名です。

 

ノルウエーは中東和平で大きな足跡を残している。

敵対するイスラエルとPLOの仲立ちを行い1993年、オスロ合意を取り付けた。

しかし調印したイスラエル首相が同国の和平反対派によって暗殺され、画期的であったが結局、進展することはなかった。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 12: 北欧の住まい 2


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< 1. オスロ、赤枠A >

 

今日はノルウェーとデンマークの住まいを紹介します。

そこから北欧の豊かな暮らしぶりが窺えます。

 

 

 * オスロ

 

 

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< 2. 撮影位置を示す地図、上が北 >

 

写真は赤枠内か青線の車窓から撮ったものです。

上の地図: 撮影はオスロ中央駅からそれぞれ8km以内で行っています。

 

下の地図: 撮影は遠いところでコペンハーゲンから北と西に約各40km離れています。

 

 

 

 

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< 3.Sognsvann湖からの地下鉄から、青線B >

 

Sognsvann湖からオスロ中央駅までの地下鉄から見た住まい。

路線の半分ぐらいまではこのような緑豊かな住宅地が続きます。

 

 

 

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< 4.オスロ中央駅の近く >

 

上の写真: Sognsvann湖からの地下鉄から、オスロ中央駅の近く地下鉄が地下に潜る前に見えた高層アパート。青線B

 

下の写真: ビィグドイ地区に向かうバスに乗って、オスロ中心部の住宅街を通過中。赤枠C。

 

 

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< 5.ビィグドイ地区の高級住宅街、赤枠D >

 

斬新なデザインが目を惹いた。

さすが北欧デザインと思える建築が、伝統的な建築に調和して建てられているのを少なからず見た。

 

 

 

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< 6. 郊外の島Ormøyaの住宅、赤枠A >

 

オスロ中心部からUlvøya行きのバスに乗って、車窓から撮った。

これらは別荘のようにも見えるが、ここはオスロ中心部からのバスで8分ほどで来れるので、普通の住宅だと思われる。

 

 

 

 

* デンマーク

 

 

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< 7. ロスキレの住宅、赤枠E >

 

上の写真: ロスキレ湾沿いの対岸に見える住宅。

下の写真: ロスキレ湾の海岸からロスキレ駅に向かって少し進んだ所。

 

 

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< 8. 郊外の町の住宅 >

 

上の写真: ロスキレ大聖堂すぐ横の住宅。赤枠E.

右の高い建物がロスキレ大聖堂。

 

下の写真:  電車のLyngby駅の西側は直ぐ住宅街で、アパートが並ぶ。赤枠F.

駅の東側、反対側は表通りです。

 

 

 

 

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< 9. 野外博物館Frilandsmuseet周辺の住宅、赤枠F >

 

Lyngby駅から3km離れた野外博物館Frilandsmuseetに来ると、そこは緑豊かな住宅街でした。

この辺りは高級住宅街なのか、古い建物や広い敷地で木々に囲まれた住宅が多かった。

 

 

 

 

 

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< 10. 郊外と中心部の住宅 >

 

上の写真: Hillerød駅からヘルシンオア駅までの電車から。青線G。

この住宅エリアはヘルシンオア駅すぐ手前です。

 

下の写真: コペンハーゲン中央駅近くのアパート。赤枠H.

この建物の右半分が、今回私が泊まったホテルです。

このロ字型の建物の内側は広い庭になっており、この辺りのアパート(集合住宅)は同じような構造です。

この建物から500m以内に中央駅、チボリ公園、市役所、美術館があり、地価は高いはずですが高層の建物はない。

景観を守っているようです。

 

 

* 感想

 

まず驚いたことは、すべての住宅が新しいか、改修が行き届いているようで、スラム化したり、放置されているような住宅を一切見かけなかった。

 

私は、一応観光地ではあるが都市部から郊外まで北欧三ヵ国の様々な地域を見てまわった。

上記のことは北欧三ヵ国に共通しているようです。

いままで東欧、南欧、西欧を旅行し、バスや電車の車窓から郊外を見て来たが、北欧の郊外に低質か劣化した住宅や農家が無い国は初めてです。

北欧の首都もローマやリスボン、パリなどと比較して、建築群が古すぎて発展の足枷になっているようなことはなかった。

北欧は古い建築の完全復元にこだわっていないようで、再開発や増改築が進んでいるようです。

 

 

予想していなかったことなのですが、住宅に結構、多様性があった。

 

敷地の広い邸宅や斬新なデザインの高級住宅がある一方で郊外の駅近くには低層アパートがあることです。

これは住民の所得や所有資産に大きな開きがある表れなのでしょう。

けっして高福祉国家イコール画一的な暮らしではない。

 

 

また多くの住宅デザインに多様性があり、横並びではなく個性が主張されている。

また郊外では高い木立で住宅の敷地の境界を囲む傾向が強い。

 

これらの現象は北欧共通の国民性にあるのだろう。

多様性が目立つ、いま一つの理由は、これらの国の発展が主に戦後しばらくしてから起きた為に、新築が多いためだろう。

 

 

やはり日本との違いを大きく意識してしまう。

確かに北欧三ヵ国、そして首都の人口も日本の10分の1以下なのだが、それにしても都市部の住宅さえ自然に抱かれている。

 

一つには自転車で車の代替えを行っているように環境保全重視の姿勢がある。

今一つ見逃してはならないことは、日本のように会社勤めの疲れを癒すためのねぐらでしかない家ではなく、家族や友人と毎日を楽しく暮らすために北欧の家はあることです。

 

どちらが幸せな生き方かは一目瞭然です。

さらに北欧の方が所得は勝り、福祉も行き届いているのですから。

 

日本と北欧のこの違いは何に起因するのだろうか?

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 11: 北欧の住まい 1


 

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< 1.カールスタートの洒落た住まい >

 

 

これから2回に分けて北欧の住まいを紹介します。

そこから北欧のライフスタイルの一端が見えて来ます。

今回はスウェーデンを紹介します。

 

 

 

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< 2. 撮影位置の地図、 上が北 >

 

上の地図: 主にスウェーデンを示しています。

黒枠は下の地図の範囲で、ストックホルム市と周辺を示します。

青線がストックホルムからカールスタートまでの列車ルートです(おそらく)。

番号9の三枚の写真はこの列車の車窓から撮ったものです。

 

下の写真: 赤枠A、B、Cが撮影場所です。

 

 

 

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< 3. シグツーナと近郊、 赤枠A >

 

上の写真: シグツーナに向かうバスの車窓から。

森に囲まれた広い農地に数戸から十数戸が集合した住宅エリアが点在しています。

人々は、ここからバスでMärsta駅に出て、電車でストックホルム近郊に通勤が可能かもしれません。

 

下の写真: シグツーナの高台側の住宅。

ここらは別荘地なのか、広い敷地を持った邸宅が並んでいた。

 

 

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< 4. シグツーナの湖に面した住まい、赤枠A >

 

この家の右側の道路の隣には伝統的で洒落た感じのホテルがあります。

最高の立地の邸宅です。

 

 

 

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< 5. Älvsjö 駅の直ぐ北側の住宅地、赤枠B >

 

上の写真: ここはストックホルム中心部への通勤圏らしく低層のアパートが多く見られました。

 

このアパートのベランダが少し変わっていました。

ベランダはパイプで補強された簡易構造なのですが、大きく掃き出し窓からせり出しています。

そして、そこにはテーブルやチェアーが必ずと言っていいほど置かれていました。

ここで人々は緑が多い敷地で外の自然を楽しむのでしょう。

三人の人が来ている道を奥に進むと、直ぐに森が広がっていました。

 

 

下の写真: 直ぐ近くでは大規模な開発が進んでいました。

これはおそらく住宅だと思うのですが、左隣りは大きな学校がありました。

 

 

 

 

 

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< 6. Älvsjö 駅から東へ、赤枠B >

 

二枚の写真はÄlvsjö 駅からバスで墓地Sandsborg Cemeteryに行く途中の車窓からの写真です。

 

閑静な住宅街が広がっていました。

高木に囲まれた庭を持つ一戸建ての住宅が続いていました。

アパートがあっても、せいぜい数階建てが多い。

この住宅街を進んでいると、一度、一匹の鹿が横断して行くのが見られました。

 

これらの家は30数年前に訪れた時の住宅のイメージとは違うようです。

その時、11月はストックホルム北部(ウップサラ)の郊外は雪が積もっていました。

その郊外の家は木の温もりを感じさせ、伝統的で同じ色調のものが多く、また雪下ろしの為か急こう配の屋根が印象的でした。

 

シグツーナ郊外の家にはそんな雰囲気もありましたが、Älvsjö や都市近郊の家はデザイン、外壁、色調も様々です。

町並みを見ていると、朽ち果てた家は無く、改造されているのか一見する限りでは新しい建物のように見える。

 

 

 

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< 7.メーラレン湖の岸、赤枠C >

 

一見、これらは密集した別荘地帯かと思ったが、ここらからストックホルム中央駅まではトラムと地下鉄などで30分以内で行けるのです。

 

彼らの住まいは自然と一体、さらに最重要なことは家族との団らんのスペースであることなのです。

住まいには狭い庭であっても子供の遊具が置かれていたり、直ぐに水辺や林に行けることが重要なのでしょう。

そして通勤の便が良いことがこれに加わるのでしょう。

なにせ仕事が4時に終わって、直ぐに自然の中で家族と共に遊ぶのですから。

 

 

 

 

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< 8.ストックホルム中心部 >

 

当然、中心部に住む人もいます。

 

 

 

 

 

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< 9. 列車の窓から、一番上の地図の青線 >

 

車窓から眺めていると、多くは村ではなく数軒が集まった住宅エリアが森の中に点在しています。

農家は広大な敷地に一塊になって建っている。

おそらくは1家族のもでしょう。

時々、農家ではなく別荘風の家が森の中にポツンと点在している。

 

当然、駅に近づくと大きな街並みが見られます。

スウェーデンはやはり広大な原野や原生林が続く大地と言えます。

きっと土地の値段は安いはずです。

 

 

次回はオスロとデンマークの住まいを紹介します。 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 10: 出会った素敵な人々 2


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今日も次回に続いて旅行中、親切にして下さった方々とのエピソードを紹介します。

北欧の人々の心の温かさに感動です。

また日本に好印象を抱いている人の多さに驚きです。

 

 

* オスロにて

 

 

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< 2. オスロで >

 

朝、オスロのナショナルテアトレット駅に入って行くと、早々にどちらに行くべきかわからなくなりました。

この駅は地下鉄と郊外電車が入っており、ちょうど通勤時間でもあり沢山の人が足早に通りり過ぎて行きます。

私が立ちすくんでいると、一人の中年女性が近寄って来て、どうしたんですかと聞いてくれました。

私が行先を伝えると、乗るべきホームへの行き方を教えてくれました。

 

お陰で、スムーズに予定通りの地下鉄に乗れました。

 

 

この地下鉄に乗っていると、乳母車を押した男性が私の向かいに座り、「あなたは日本人ですか?」聞いて来ました。

私がイエスと答えると、彼は親し気に喋り始めました。

 

彼は数年前、長男を連れて奥さんと日本を1ヵ月旅行し、京都観光や富士山登頂をしたそうです。

写真の子は次男のようです。

彼は日本旅行のことが懐かしく、色々と話をしたいようでした。

私も1984年の前回と今回の北欧旅行について話をしました。

彼は私に多くの質問して来たのですが、私が答えあぐねている間に、彼の降りる駅に来てしまった。

私は英語の未熟さに腹立たしくなり、申し訳ない気持ちで一杯になりました。

 

彼は別れる少し前に、「あなたの今日の日程はどうなっていますか?」と聞いて来たので、私の日程表を見せると驚いていました。

それもそのはずで、この日は30分から1時間刻みで12カ所を巡る予定だったからです。

彼はこれから私が行くSognsvann Lakeは良い所ですよ、また次に訪れるコペンハーゲンは素晴らしと言ってくれた。

 

今思えば、予定を変更して、彼ともっと話しをすれば良かったと後悔しています。

 

なぜ北欧の人は、こうも私を日本人だと分かり、日本に好印象を持っているのだろうか?

この謎は解けないまま帰国することになった。

 

ここでも日本との違いに気づかされることになった。

それは彼が平日の午前中にも関わらず育児をしていること、また家族で1ヵ月間も海外旅行していることです。

北欧では年間5週間の有給休暇を取らなければならず、この内4週間の連続休暇が許されるのです。

これが長期の旅行を可能にしているのです。

 

既に述べましたが、女性だけでなく男性も育児休暇を取らなければならず、男性の取得すべき日数は増える傾向にあります。

これらのことが、北欧諸国の出生率を高め、労働者の意欲向上に繋がっているのです。

 

日本にはこの発想が欠落しています。

 

 

 

* デンマークにて

 

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< 3. オスキレ駅のバス停にて >

 

バイキング博物館行きのバスが分からず、バスターミナルに座っている若い女性に聞きました。

彼女は答えることが出来なくて、横にいた高齢の男性が代わりに教えてくれました。

教えられたターミナル番号に行き、来たバスに乗り、運転手に確認すると大丈夫とのことでした。

 

運転手の近くに座りたかったのですが、空きが無かったので奥の方に座りました。

発車してから私は車窓の景色を追い、どこで降りるか迷っていました。

すると前の方の女性が降りる時、こちらを向いて笑顔で「バイキング博物館、次ですよ」と教えてくれました。

 

皆、実に温かく迎えてくれた人々でした。

 

 

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< 4.野外博物館とヒレロズ駅で >

 

広い野外博物館内を巡っていると、出なければならない予定時間が近づきました。

私は出口への道に確信が持てず、かなり疲れて来たこともあり、ちょうど博物館の高齢の職人が目に入り、出口を尋ねました。

 

二言三言言葉を交わす内に、またもや彼は「あなたは日本人ですか?」と聞いて来ました。

わたしがそうですと答えると、「あなたはバスに乗るのですね?」と聞いて来たので、そうですと答えた。

すると彼はこちらに来なさいと言い、車両用のゲートまで一緒に行き、鍵を外しゲートを開けてくれました。

彼は終始笑顔でした。

 

そこから直ぐに広い道路に出て野外博物館前のバス停に迷わず辿りつくことが出来た。

 

 

ヒレロズ駅を降りて、フレデリクスボー城行きのバス停がわからず、近くを歩いている老齢の女性に尋ねました。

彼女は足腰が弱いにも関わらず、数十メートルを一緒に歩いてくれたが、結局わからないと残念そうに言った。

この時、運よく男性が通りがかり、彼女は彼に私を託して去りました。

彼はバスターミナルが見える所まで私を案内し、くどいほど302の番号を連呼し、私の理解を確認して去りました。

ここからバスに乗り、無事に目的地い着くことが出来ました。

 

旅行も2/3を終える頃には、私は迷う前に手当たり次第に誰かに聞くようになっていました。

私は図々しくなっている自分に驚きました。

 

 

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< 5. コペンハーゲンの王宮付近で >

 

上の写真は朝、クリスチャンスボー城の横の広場に行った時の事でした。

上の写真の広場で、骨董市が行われている予定でしたが、誰も居ません。

 

諦めて別の所に行こうとした時、一人の若い男性がわざわざ近づいて来て私に声をかけました。

私は不安になって無視して去ろうとしたのですが、彼は怪しいものではないと、申しわけなさそうに話しかけて来ました。

彼は私に手助けしたいと言っているようでした。

 

私は彼にここで骨董市があるはずだがと尋ねました。

すると彼はスマホを取り出し、調べて事情が分かったようでした。

彼は私に「あなたは英語が話せますか?」と聞き、私は「少し」と答えました。

彼は無い理由を説明したいようでしたが、私は聞くことを諦めました。

 

私は残念そうにしている彼に別れを告げて去りました。

他の観光を終えて、寄ってみると骨董市はやっていました。

始まる時間が異なっていたようです。

彼には悪いことをしてしまった。

 

 

下の写真は、王立図書館内のロビー付近です。

図書館に来れば、私のアンケートに答えてくれる人が居るかもしれないと思い訪れました。

すると喫茶の前に、二組の日本人の母子が座っていました。

 

話を聞くと、二人のお母さんは日本出身で、デンマークに来て暮らしているとの

ことでした。

二人からは貴重なデンマークの情報や感想を聞くことが出来ました。

後日、紹介します。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 9: 出会った素敵な人々 1


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今日は、旅行中、親切にして下さった方々、またお話をした方々とのエピソードを紹介します。

北欧の人々の温かさに本当に感動しました。

 

 

* はじめに

今回、私は老人で一人旅、しかも未熟な英語で行ってきました。

ツアーに参加せず、すべての手配を自分で行ったのも初めてでした。

海外旅行の経験はあったものの、ほとんどが初めての事でした。

 

当然、不安で一杯でした。

ほとんど毎日のようにハップニングが起こる中で、必死に周辺の人に片言の英語で助言を求め、例外なく、すべての人が親切に教えて下さった。

そして毎日の観光予定地5~8カ所のほとんどを訪問をすることが出来ました。

 

さらに北欧の人から私に声をかけて教えてくれたり、日本についてお話することもありました。

また時間が取れそうな場合、アンケートをお願いしたところ、声をかけた三人の人すべてが快諾してくれました。

 

今回の旅行はこれだけでも素晴らしいものでした。

 

 

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< 2. シグツーナ行きのバスで >

 

私はこのバス停から今回初めてトラベルカードを使うことになりました。

(トラベルカードはストックホルム市の公共交通機関が乗り放題になるパスで、期間限定で購入します。)

事前にトラベルカードの使い方は購入したストックホルム空港で聞いていたのですが、やはり不安でした。

 

待っていると目的のバス(バスのルート番号、行先が合致)が到着しました。

私は勇躍してバスに乗り込もうとすると、運転手が降りて来て私を制止しました。

私は立ちすくみました。

 

すると彼は運転手の交代だと行って笑みを浮かべました。

一緒に待っていたインドイラン系の青年が先にバスに乗り、運転席に座りました。

それに続いて私もバスに乗り込み、カードを読み取り機にタッチさせました。

 

そして私はこのバスがシグツーナに行くかどうかを運転手に尋ねました。

すると運転手は分からないと答えた。

私はバスを降りるべきか迷っていると、下の写真の男性がシグツーナに行くよと教えてくれました。

 

実は、迷っている時間があったのは、この運転手が新米らしく何分間もエンジンが掛からなかったからでした。

結局は、バスは動き、シグツーナに辿り着くことが出来ました。

 

今回の旅行は、このようなハプニングや触れ合い、助け舟で始まり、さらにこれ以上に驚くようなハプニングが毎日続くことになりました。

 

 

 

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< 3.ストックホルムの電車とホテルで >

 

ある電車に乗った時、珍しく座席の空きが少なかったので、男性一人が座っている4人掛けの席に座りました。

今まで、相席になることはないほど電車は空いており、また北欧の乗客は他人との接触を避ける傾向があるようです。

したがって私は馴れ馴れしくしないようにしていました。

 

すると南米からの移民に思えた彼は突如、にこやかに「あなたは日本人ですか?」と聞いて来ました。

彼は日本が好きで、特に「さむらい」が好きだと言っていました。

幾らか話してから、私は彼に「スウェーデンには何年前に来たのですか?」と聞くと、彼はこの国で生まれたと言った。

私の早とちりを謝った。

彼はおそらく二十歳代前半なので、移民二世なのでしょう。

そういえば着こなしが垢抜けしていた。

その後、幾らか会話を続けましたが、私の英語力不足もあって、話は噛み合わないことがあった。

それでも彼は電車を降りる時、満足な顔をして去って行きました。

 

これがこの旅行で最初の日本贔屓の方との出会いでした。

 

 

3連泊したホテルのフロントにイランインド系の男性がいて、やさしいそうなのでインド人なら英語が出来ると思い、彼にアンケートの記入を依頼しました。

(アンケート結果は後日紹介します。)

彼は快諾してくれて、英語のアンケート文を読み、記入を始めた。

彼は最初「スウェーデン語」で書いても良いかと聞いてきたが、英語で書くことを望むと、そうしてくれた。

彼はシリアスな質問に真剣に答えてくれた。

 

出身を記入する段になって彼はインド人ではなく、イラン人だと言うことがわかりました。

彼は20年前にこの国に来た。

若い頃、柔道をやっており、山下泰裕を尊敬しているとのことでした。

 

ここでもまた日本贔屓の方にあった。

 

 

 

4

< 4.ストックホルム中央駅周辺で >

 

私がユールゴーデン島行きのバス停を探している時でした。

 

初め、手当たり次第に二組の若い人に聞いたが、知らないのか、答えは得られなかった。

通りかかった高齢の女性に訪ねると、彼女は近くのバス停まで私と一緒に行ってくれてました。

彼女はそこが違うと分かるとまた戻り、少し離れた所にバス停があることを教えてくれて、途中まで一緒について来てくれました。

 

一人で、教えてくれた場所に行ってみると、道路は工事中でバス停は消えていました。

通りすがりの中年女性を見つけて、同じ質問をすると、彼女はバス停は無いので、中央駅の方に戻りなさいと、丁寧に教えてくれた。

 

この時の英語の説明が聞き取れなかったのか、大いに迷い、探し始めてから合計1時間ほど歩き回り、やっと駅前にある目的のバス停を見つけ、無事にバスに乗ることが出来た。

(交通機関の話は複雑なので、後にまとめて書きます。)

 

概ね、年配の人は片言の英語でも丁寧に対応してくれた。

 

 

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< 5. 空港で >

 

帰国時のことです。

 

ストックホルム空港で、北京行の飛行機に乗る為にゲートで待つことになりました。

わたしは最後のアンケート記入者を探しました。

優しそうな40代ぐらいの白人男性の横に座り、意を決してアンケートのお願いをしました。

すると彼は快諾してくれて英語で記入してくれました。

彼はスウェーデン人でした。

彼も非常に日本に好感を持っており、日本の良い所、自然、料理、酒などを連呼していました。

彼は私と話したいようでしたが、私は疲れと航空券のトラブルもあり、それ以上話をしませんでした。

(航空券のトラブルは後日紹介します)

無言が続いた後、彼は席を立って行きました。

 

 

私は英語が出来たらとつくづく後悔しました。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 8: 憩い愉しむ人々


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< 1.コペンハーゲンの運河  >

2018/06/07  Thu. 17:16 撮影

 

 

今日は、北欧のライフスタイルの一端を垣間見ます。

そこから日本には無い生き方や働き方が見えて来ます。

 

 

 

* スウェーデン

 

2

< 2. ストックホルム >

 

上の写真: ストックホルム大学の中庭。2018/06/01 Fri. 14:02 撮影。

 

大学の構内は非常に広く、このような広場はほんの一部にすぎない。

芝生に居るのは多くが若いグル―プでしたが、幼子を連れた父親もおり、様々な人々がここに来て、寛いでいるようです。

 

下の写真: 市内中央にある円形の広場Karlaplan。

2018/06/01 Fri. 16:55分 撮影。

 

老若男女のカップルや家族、または一人でベンチに腰かけていました。

 

 

3

< 3. メーラレン湖 >

 

上の写真: ヨットを楽しむ家族。2018/06/03 Sun. 10:36 撮影。

 

大小様々なボートやカヌーも見ました。

 

 

下の写真: 湖水浴を楽しむ人々。2018/06/03 Sun. 12:09 撮影。

 

泳いでいる人もいたが、日光浴で肌を焼く人が多かったように思う。

 

 

 

4

< 4. カールスタート >

 

上の写真: 河畔の広場で寛ぐ人々。2018/06/04 Mon. 16:45 撮影。

 

 

下の写真: 日光浴を楽しむ若い人々。2018/06/04 Mon. 17:13 撮影。

 

私がここに立っていると、若い女性グループが川にせり出した奥のテラスに行き、やおら服を脱ぎだした。

そしてビキニ姿になり日光浴を始めた。

 

 

皆さん! 撮影の時間を見て頂きたい。

この光景は平日の午後4時を過ぎたばかりなのです。

私がカールスタート駅を降りて町に出たのは午後4時半でした。

しかし町の至る所に市民が溢れ、公園や河畔で市民は寛いでいた。

つまり、4時になると市民は仕事を止め、皆が生活をエンジョイしているのです。

実は、私が34年前に北欧の企業視察を行った時も、5時になると社員たちは突然退社を始めたのです。

この光景が、目の前で再現されており、さらに1時間早いのです。

 

今回の旅行で、この光景は北欧三ヵ国に共通していることがわかりました。

現在、北欧では週33時間労働を目指しています。

つまり週休二日として9時出勤16時退社なのでしょう。

したがって朝8時台、ジョギングやサイクリングに汗を流している人が居ることは何ら不思議ではなかった。

 

翻って日本はどうでしょうか?

 

 

 

* ノルウェー、オスロ

 

 

5

< 5. 湖Sognsvann >

 

上の写真: 自転車で訪れた人。2018/06/05 Tue. 8:41 撮影。

 

 

下の写真: 湖畔をジョギングする人。2018/06/05 Tue. 8:41 撮影。

 

朝、湖に着いた時は非常に寒かった。

訪れたオスロでは、昼には20℃を越えるのですが、朝は5℃以下だったと思います。

冬、ここは雪に覆われ、クロスカントリースキー絶好の地になるのでしょう。

 

 

 

6

< 6. 郊外の島Ulvøyaに掛かる橋 >

 

上の写真: オスロ中心部から5kmほど湾に沿って南下した所にある島Ulvøyaに掛かる橋。

2018/06/05 Tue. 15:05 撮影。

 

下の写真: 橋の上からダイビングを楽しむ若者達。

2018/06/05 Tue. 15:06 撮影。

 

ここでも不思議に思ったのが、「彼らは平日のこの時間になぜここに居られるのか?」と言うことでした。

 

 

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< 7. オペラハウスの前 >

 

ギラギラ照りつける陽射しの中で寛ぐ人々。2018/06/05 Tue. 15:44 撮影。

 

湿気が少ないとはいえ、風が無いこの暑さの中、長く座っていることは私には辛い。

しかし、彼女らは太陽の陽射しを歓迎している。

 

 

 

* デンマーク

 

 

8

< 8. ロスキレ >

 

上の写真: 市立公園。2018/06/07 Thu. 13:17 撮影。

 

なぜ学生たちがこの時間に公園で遊んでいるのだろうか?

自然の中で過ごすことが学習課題なのだろうか?

 

 

下の写真: 大聖堂前の広場で寛ぐ市民。

2018/06/07 Thu. 13:44 撮影。

 

団体や観光バスを見かけなかったので、周辺からの訪問者、そしてほとんどが町の人だろう。

北欧三ヵ国で、首都から離れた町を観光していてると、このような光景をよく見た。

様々な町の広場では、市民は平日の午前午後にもかかわらず、このように寛いでいた。

 

 

 

9

< 9. コペンハーゲン、運河クルーズにて >

 

上の写真: 日光浴を楽しむ人々。2018/06/07 Thu. 16:39 撮影。

 

 

下の写真: 運河で泳ぐ子供達。2018/06/07 Thu. 16:42 撮影。

 

 

北欧の人々はなぜこうも太陽の陽射しを求めるのだろうか?

 

北欧の冬、例えばストックホルムの12月で太陽は9時頃に昇り15時頃には沈む。

さらに冬の間、ヨーロッパも含め、空は厚い雲で覆われ続けている。

酷い時は、ストックホルムの最低日照時間は一月十数時間ということもある。

私がかつて11月末に北欧を訪れた時、1週間ぶりに雲間から太陽が覗いた時、ツアー仲間は歓喜の声を上げた。

 

北欧にとって6~8月の陽射しは自然の最高の贈り物なのでしょう。

 

 

 

10

< 10. コペンハーゲン、ヘルシンオア >

 

上の写真: コペンハーゲン、ノアポート駅Nørreport St近くにある植物園。

2018/06/09 Sat. 15:13 撮影。

 

この辺りは王宮、美術館、博物館が多く、コペンハーゲン発祥の地ですが、緑溢れる公園も多い。

多くの人が公園の芝生に座り寛いでいた。

 

 

下の写真: ヘルシンオアの街。2018/06/08 Fri. 16:35 撮影。

 

クロンボー城への観光客は通常、この町中を通らず、港沿いに駅舎間を往復するだけのようです。

したがって町は静かで、市民が寛ぐ午後のひと時になっていた。

 

 

* あとがき

 

皆さんに一番知って頂きたい事は、北欧の人々は労働時間がかくも短く、家族や恋人、友達と日々エンジョイしていることです。

かつ、北欧五ヶ国の国民所得、産業の国際競争力、人間開発指数のランキングは世界でほとんどが上位10番以内、それもトップに並ぶのです。

 

先ずは世界にこのような国があり、自らこの道を切り開いて来たことを知って頂きたい。

この経緯や成功の要因を追い追い説明していくつもりです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 7: 行き交う人々


 

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< 1.ストックホルム中央駅 >

コンコースの地下1階から地上1階を見上げた。

 

 

今日は、北欧の街を行き交う人々の姿を通して北欧の今を紹介します。

そこには新鮮な驚きが幾つもありました。

 

 

*スウェーデン

 

 

2

< 2. ストックホルム >

 

上の写真: ストックホルム大学前の地下鉄駅Universitetet。

2018/06/01, Fri. 12:40 撮影。

彼らは隣の自然史博物館museum of natural historyを見学した学生かもしれません。

 

下の写真: Styrmansgatan通りをユールゴーデン島に渡る橋の方に向かって歩く人々。

2018/06/02, Sat. 13:11 撮影。

 

両日のストックホルムの最高気温は26と29℃で暑かったが、湿度が低いのかあまり苦にならなかった。

私は長袖を着ていましたが、半袖が主流でした。

 

 

3

< 3.Älvsjö駅、ストックホルム >

 

上の写真: 朝、駅横のバスターミナルでバスを待つ人々。

2018/06/03, Sun. 7:03 撮影。

実に多種多様な人種の女性が共にバスを待っています。

 

この光景が今の北欧を最もよく象徴していると思います。

私は34年前に北欧を訪れているのですが、最初に郊外のMärsta駅に着いた時、ある変化に驚きました。

それは都市部への出勤の為に駅に向かう人々の多種多様な人種構成でした。

かって白人以外はホテルのウェイターやボーイだけだったと記憶しています。

今や移民は郊外の町ÄlvsjöやMärstaでは普通に見かけます。

 

下の写真: ストックホルム中心街をHOP-ON, HOP-OFFバスで巡っている。

2018/06/03, Sun. 14:43 撮影。

 

 

4

< 4. Älvsjö、カールスタート >

 

上の写真:  朝、Älvsjöの町を散策。

2018/06/04, Mon. 7:13 撮影。

 

下の写真: カールスタートの街を散策。

2018/06/04, Mon. 17:03 撮影。

 

もう一つ、前回の訪問と比べて大きく異なっていたことがありました。

それは疾走する自転車です。

至る所、歩道より自転車道の方が広く、かつよく整備されており、逆に歩行者より自転車の方が優先されているように感じた。

自転車利用はエコと健康を重視した表れだと思います。

 

しかし旅行客はくれぐれも自転車道の自転車に気をつけて下さい。

自転車より自動車の方が歩行者には優しいように思います。

この光景はデンマークでより多くなります。

かってはなかった光景です。

 

 

 

*ノルウェー、オスロ

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< 5.オスロ >

 

上の写真: 朝の地下鉄駅Nationaltheatret stasjonの前。

2018/06/05, Tue. 7:58 撮影。

 

下の写真: オスロ中央駅前のバスタ―ミナル。

2018/06/05, Tue. 9:38 撮影。

 

都市部や郊外の観光地を観光している時、行き交う人々や旅行客は白人が多かった。

しかしほとんどの有名な観光地では中国系(大陸、台湾、香港)の団体を必ず見た。

アジア系の団体観光客では稀に韓国、タイ?、インド、日本を見かけた。

残念に思ったのは、アジア系で個人や数人のグループで旅行している人々は圧倒的に日本人以外だったことです。

ここでも中国系か東南アジア系が多い。

 

コペンハーゲンのホテルで旅行中の二人の日本女性を見て、少しほっとした。

 

 

 

 

 

 

 

6

< 6.オスロ湾周辺 >

 

上の写真: 市庁舎広場。

2018/06/05, Tue. 9:38 撮影。

 

下の写真: 都市開発中のオペラハウス東側のウオーターフロント。

工事現場の外を、男性が赤ちゃんを乗せた乳母車を押していた。

2018/06/05, Tue. 14:42 撮影。

 

実はこの1枚の写真は、北欧の暮らしのある状況をよく象徴しています。

それはイクメン(子育てする男性)です。

北欧を旅していると、1才ぐらいまでの赤ちゃんを乗せた乳母車を押している男性が非常に多く、見かけたのは女性と同数ぐらいだったと思う。

これは北欧の育児休業制度が整っており、おそらくは男性と女性がほぼ同じように1年ほどの育児休暇を取っている現れでしょう。

さらにそれは移民にも波及しているのでしょう。

 

 

 

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< 7. オペラハウス、国立劇場 >

 

上の写真: オペラハウスの横。

2018/06/05, Tue. 15:37 撮影。

この写真の前面の男女二人はスマホを操作中です。

 

これも驚いたことの一つなのですが、北欧の人々にとってスマホは不可欠な物になっていたことです。

電車内では、少しでも時間があれば隣同士で話をしている以外は各自スマホでネットサーフィン、メールチェックやミュージックに没頭している。

本を読んだり、ボーと孤独に浸っている人はほとんどいない。

 

下の写真: 国立劇場前の広場。

2018/06/05, Tue. 16:15 撮影。

 

写真の左奥に右手に紙コップ、白い帽子を被った老人が立っているが、彼は物乞いです。

私は北欧は高福祉国家だから物乞いがいないと思っていましたので、また驚きました。

数は少ないのですが、見かけたのは白人以外だったように思う。

特に、オスロが多かったように思います。

 

 

 

*デンマーク、コペンハーゲン

 

 

 

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< 8.コペンハーゲン >

 

上の写真: 観光客で賑わうストロイエ通り。

2018/06/07, Thu. 17:40 撮影。

 

下の写真: 地下鉄駅Christianshavnの前の通り。

2018/06/07, Thu. 18:28 撮影。

 

ヘッドホンをした人が自転車に乗っていますが、最初ストックホルムの街中を歩いている時、驚きました。

歩いていると、大きな声で喋りながら、後ろから自転車で疾走して行く人がいました。

彼の耳にはマイクが一体になったイヤホンがありました。

結構、自転車に乗りながらボリュームを上げて音楽を聴く人や喋り続けている人が多かった。

 

当然、このような電車や自転車のスマホの使用はかつては無かった。

このスマホ漬けの状態は一種のブームか、または北欧の他人と距離を置く心性と合致しているのかもしれません。

 

 

 

 

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< 9. 朝のコペンハーゲン中央駅、Lyngby駅 >

 

上の写真: 朝のコペンハーゲン中央駅のホーム。

2018/06/08, Fri. 7:48 撮影。

 

下の写真: 朝の郊外のLyngby駅。

2018/06/08, Fri. 8:49 撮影。

 

 

 

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< 10. 地下鉄内、トーベヘルネ >

 

上の写真: 地下鉄内。

2018/06/09, Sat. 12:55 撮影。

北欧では、自転車やペットを電車に持ち込むのは当たり前のようです。

 

下の写真: イスラエル広場にある屋内型の食品マーケットやレストラン街。

2018/06/09, Sat. 13:05 撮影。

 

 

*感じたこと

北欧が変化し、多様化し、成長していることを知った。

移民の多さ、スマホや自転車の普及が著しい。

スマホは購入時のキャッシュレス化や列車のeチケットとして使用され、IT化が進み、サービス産業の合理化に貢献している。

またイクメンの多さを見て、育児休業制度の普及を実感した。

 

34年前に北欧に来た時、北欧美人にうっとりし、今回楽しみにしていたのですが、当てが外れました。

スタイルの良い美人を見かけることはあるのですが、実に様々な容姿があり、どれが各国の典型的な美人なのかがわからなくなりました。

あまりにも人種が多様で、白人に限っても異なる容姿が北欧人、スラブ、ゲルマン、サーミ(北方遊牧民族)によるものかわからない。

 

ここまで人種の混合が進むと、例えば容姿でデンマーク人を規定出来なくなる。

それがこれからの国家の有り様なのかもしれない。

 

 

次回に続きます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 6: 北欧郊外の駅舎


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< 1. Hillerød駅、デンマーク >

 

今日は、北欧の地方や郊外の駅舎を紹介します。

郊外の電車や地下鉄の駅などです。

日本とはかなり異なった雰囲気があります。

 

 

* スウェーデン

 

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< 2. Märsta駅 >

 

この駅は人口3万人ほどの町Märstaにあります。

ここを鉄道で北上すれば大聖堂の有るUppsala、南下すればストックホルムを過ぎて、南部の海岸線の港Nynäshamnまで行くことが出来ます。

バスで行くと、直ぐ東にはストックホルム・アーランダ空港があり、また西に行くとシグツーナがあります。

ストックホルム中央駅まで通勤電車(ほぼ各停)で約40分かかります。

この町はストックホルム首都圏の陸側(ほぼ西側)の端にあたり、住宅地域として発展しているようです。

 

実は写真の建物は駅舎と言うよりコンビニで、駅の機能はホームにあります。

 

 

3

< 3.Älvsjö 駅 >

 

この駅はストックホルム市南部のÄlvsjöにあります。

人口の多いストックホルム市にあって、この町は人口密度が低く、緑の多い住宅地域として発展している。

ここには電車でストックホルム中央駅から3駅、およそ9分で来れます。

この駅を通過して南部や西部の国内に行くことが出来ます。

 

上の写真の駅舎はモダンで大きい。

この駅の南側(反対側)には、大きな見本市会場や大手スーパーWillys、ホテルなどがあります。

私の泊まったホテルは駅の北側直ぐにあり、交通の便が良く助かった。

 

 

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< 4. Sandsborg駅 >

 

この駅はストックホルムの南側にあり、ストックホルム中心部(T-Centralen)に通じる地下鉄の駅で、墓地Sandsborg Cemeteryの北の端にあります。

地下鉄と言っても、地下に潜るのはストックホルム中心部だけのようです。

この墓地の直ぐ南隣に世界遺産の「森の墓地」スクーグシェルコゴーデンSkogskyrkogårdenがあります。

 

 

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< 5. Karlstad 駅、カールスタート >

 

私はオスロ―に行く途中どこか地方都市に立ち寄りたいと思い、たまたまこの駅で2時間半ほどの乗り継ぎ時間を利用して街歩きを楽しむ予定でした。

上の写真の駅舎は大きくなく、下の写真のように長い一本のホームだけだが、いくつもの線路があり、数台の列車が待機していた。

 

この駅はノルウェーに接する州の州都カールスタート(人口6万)にあります。

この町はスウェーデン最大の湖Vänernに流れ込む川のデルタ地帯にあります。

美しい所だが海外からの観光客は少ないようです。

 

 

* ノルウェー

 

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< 6.Sognsvann駅 >

 

これは地下鉄の駅でオスロ中心部から北に延びる路線の端にあり、Jernbanetorget [T-bane] 駅から20分で行くことが出来る。

降りると、そこには大自然に囲まれた湖Sognsvannが待っていました。

オスロは小さいながらも地下鉄網は四方に延びています。

 

ノルウェーの駅舎は、他の二ヵ国と切符のシステムが違うこともあり、最もオープンな感じがします。

オスロパス(入場、交通機関フリー)を持っている者にとっては、駅は自由に出入り出来るが、素っ気ないとも言えます。

 

 

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< 7.Borgen駅 >

 

これも地下鉄駅で、上記の路線とは別で西に延びている。

この駅から東南に進むと、大きな墓苑Vestre gravlundを抜け、彫刻群で有名なヴィ-ゲラン公園に達する。

この路線はこの駅付近だけ地上に出るようです。

この公園の入口、東側には路面電車やバスの停留所が幾つかあります。

 

 

*デンマーク

 

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< 8. Roskilde駅、ロスキル >

 

この駅はコペンハーゲンの西方にあり、電車で20数分の所にあります。

ここはデンマーク最古の町の一つで、世界遺産の大聖堂があります。

この人口5万の町はロスキレ・フィヨルドの最奥にあり緑が多く風光明媚な所です。

 

 

 

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< 9. Lyngby駅 >

 

ここは野外博物館Frilandsmuseetを訪れる為に降りた駅です。

ここはコペンハーゲンから北に電車で20数分の所にあります。

私が降りた時間帯、朝8時台には都心からの通勤客が多数いました。

郊外の住宅街でもあり、勤務地でもあるようです。

 

 

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< 10. Helsingør駅、ヘルシンオア >

 

ここはデンマーク最大のシェラン島の北東端の人口4万弱の町にあります。

ここは鉄道の終点で、この町はエーレスンド海峡に面しています。

コペンハーゲン中央駅からここまで電車で50分弱かかります。

駅舎と言い、古い町並みが残り、また海峡に面してクロンボー城が建っている趣のある町でした。

 

同じ北欧でも、交通機関の切符のシステムの違いにより、駅の雰囲気や電車内部のデザインには違いがあります。

 

 

次回に続きます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 5: ヴァイキングの故地


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* 1

 

 

今日は、ヴァイキングの三つの故郷を簡単に紹介します。

ヴァイキングは今回して北欧三国から誕生しました。

それらが趣が異なれば、海岸や湖岸から生まれたことで共通しています。

 

 

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<2。ヴァイキングの航路>

 

赤丸が今回にされた場所で、ここにヴァイキングの有名な遺跡があります。

 

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<3。スウェーデン>

 

私が訪れたのは赤丸印のシグツーナSigtunaです。

ここはヴァイキング時代末期に栄えました。

実は、赤三角印のビルカBirkaの方がヴァイキングの遺跡としては有名なのですが、旅程の都合で省けました。

 

赤の線は、ヴァイキングの航路を想定しています。

スウェーデンの主なヴァイキングはこのメレンレン湖からバルルト海を中心に東方のロシアに向かい果ては黒海を抜け、イスラム圏と交易を行っていました。

 

 

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<4。シグツーナのルーン石碑>

 

上の写真:ルーン石碑。

ヴァイキング時代の8〜11世紀に良く作られた石碑の一つで、墓碑や旅に出た個人を讃える文などが刻まれていることが多い。

スカンディナヴィアの人々は、このような碑文以外に文字を残していたので中世以前の歴史は口述の神話に頼って得ることなく。

 

 

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<5、シグツーナの湖岸の港>

 

かつてはここからヴォイキングが船出していったのです。

 

 

 

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<6。ノルウェー>

 

私が訪れたのはオスロのビ​​グドイ地区にあるヴァイキング船博物館です。

この博物館には発掘された2艘のヴァイキング船があります。

このヴァイキング船が発掘された場所を赤丸で示しています。

 

赤の線は、ヴァイキングの航路を想定しています。

彼らは北海を抜け主に西方に進んだ、英国に侵入して北米大陸にしていました。

 

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<7。ヴァイキング船博物館>

 

上の写真:発掘された9世紀初頭のバイキング船。

この非常に大きな船を見ると、ノルウェーのヴァイキングが荒波を乗り越え、遠洋航海を成せたことがよく理解出来ます。

 

下の写真:地図の黒三角印鳥のフェリーから後部(北側)を見ている。

おそらくの南の島嶼部がヴァイキングの故地(発掘地)なのはしょ。

 

 

 

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<8。デンマーク>

 

私が訪れたのはロスキレのヴァイキング船博物館です。

この博物館には発掘された数艘のヴァイキング船があります。

このヴァイキング船はロスキレの湾から発見されました。

 

赤の線は、ヴァイキングの航路を想定しています。

デンマークのヴァイキングの有名な遺跡は他にユラン半島に2ヵ所ありますが、今回は遠かったの行っていません。

デンマークのヴァイキングは北海から英国、またはフランスの海岸や河川から大陸に侵入しました。

 

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<9。ロスキレのヴァイキング船博物館周>

 

上の写真:ヴァイキング船の造船技術が使えた船が数多く停留されていた。

 

下の写真:ロスキレ湾。

かってこの地にはヴァイキングの村があり、彼らは春になるとここから出撃していった。

 

 

いずれ博物館をもっと紹介します。

 

 

次回に続きます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 4: 北欧の三つの首都


 

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< 1. ノルウェーの首都オスロ >

 

 

今日は、北欧三国の首都を対比させながら簡単に紹介します。

首都はストックホルム、オスロ、コペンハーゲンです。

 

 

*スウェーデンの首都ストックホルム

この首都の人口は94万で、国の人口1000万人の約1割弱が住んでいる。

首都の位置は国土の中央南寄りにあり、バルト海に近い湖沼地帯にある。

 

 

 

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< 2. ストックホルム 

 

上の衛星写真: 首都の中心部を示す。

上が北です。

物差しの長さは8kmで、1目盛りは1kmです。

赤矢印は中央駅を示す。

旧市街ガムラ・スタンは矢印の右下の小さな島で、ここがこの首都の発祥の地です。

この港から東に進み島々を抜けるとバルト海、フィンランド湾、ボスニア湾に出ることが出来る。

矢印の周辺から上部左右が首都の中心地です。

 

下の写真: Strandvägen通りの古都をイメージさせる瀟洒な建物群。

この海岸通りからの川や島々の景色が素晴らしい。

喜々として歩く観光客達、待ちわびた陽射しを浴びる市民達、川面を行きかう多数の白い遊覧船が青空と紺碧の川面に映えている。

 

 

 

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< 3. ストックホルム中央駅 >

 

上の写真: 左手の白い建物が中央駅。

この駅には泣かされました。

地上部分は大きくない建物で単純に見えるのですが、地下6階まで蟻の巣のように複雑に各種交通機関の駅が張り巡らされている。

この駅が都市交通網の中心となっている。

 

下の写真: 同じ駅前の通り。

右手奥が中央駅になる。

 

 

 

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< 4. メラーレン川 >

 

上の写真: 左手に市庁舎、中央にガムラ・スタン、右手はセーデルマルム島です。

上流側の船から見ており、川は中央の島によって左右に分かれる。

 

下の写真: ユールゴーデン島に掛かる橋より下流を望む。

右がユールゴーデン島、左がノーベル公園です。

 

 

*ノルウェーの首都オスロ

この首都の人口は67万で、国の人口530万人の約1割強が住んでいる。

首都の位置は国土のほぼ南端、オスロフィヨルドの奥まった所にあり、北海に面している。

 

 

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< 5. オスロ >

 

上の衛星写真: 首都の中心部を示す。

上が北です。

物差しの長さは4.5kmで、1目盛りは1kmです。

赤矢印は中央駅を示す。

特に旧市街はなく、王宮や大聖堂が中央駅の西側にあり、このエリアが中心です。

この湾のウオーターフロントがどんどん開発されており、勢いを感じた。

 

下の写真: 中央駅の海側にあるオペラハウスの前から撮った。

斬新な設計の白い建物と紺碧の海が目に眩しい。

 

 

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< 6. 中央駅前 >

 

上の写真: 白い建物が中央駅の駅舎。

都市の中心部や観光地は小さくまとまっており、地下鉄はこの地下の駅を中心に延びており分かり易い。

 

下の写真: 駅前の北側にあるショッピングビル群を望む。

 

 

 

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< 7. カール・ヨハン通り >

 

上の写真: 王宮から中央駅まで真っすぐ延びるカール・ヨハン通り。

王宮側から撮影。

 

下の写真: オスロ湾の船上から、オスロの中心部を望む。

左が最近完成したショッピングセンターやレストラン街、中央の二つの塔が市庁舎、右にアーケシュフース城が見える。

 

 

 

*デンマークの首都コペンハーゲン

この首都の人口は60万で、国の人口580万人の約1割が住んでいる。

首都は大陸に繋がるユラン半島ではなく、東側の最大の島のさらに東端にある。

この地はバルト海と北海を結ぶ海峡に面し、スカンジナビア半島に近い。

この首都の位置は小国デンマークが隣接する大国ドイツとの距離を取り、かつバルト海交易を重視した為なのだろう。

この首都にも王宮はあっても俗に言う旧市街はない。

 

 

 

 

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< 8. コペンハーゲン >

 

上の衛星写真: 首都の中心部を示す。

上が北です。

物差しの長さは7kmで、1目盛りは1kmです。

赤矢印は中央駅を示す。

王宮や大聖堂は中央駅の北東にあり、このエリアが中心です。

運河が発達しており、かつての交易都市を彷彿とさせる。

 

下の写真: 王宮の一つクリスチャンスボー城が右手に見える。

 

 

 

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< 9. 中央駅 >

 

上の写真: 左手の赤い建物が中央駅で、右手にチボリ公園が見える。

下の写真: Nørreport 駅。

コペンハーゲンの二本の地下鉄は中央駅から電車で二駅行ったNørreport 駅を通っている。

この周辺に観光ポイントが多数あり、ウオーターフロントに出るのも便利です。

 

 

 

 

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< 10. ウオーターフロント >

 

上の写真: 右手の近代的な建物は今年出来た多目的スペースBLOXで、運河の対岸は南側になる。

王立図書館側から撮影。

 

下の写真: 隘路のような運河。

両脇には瀟洒な住宅が並び、市民は日光浴を楽しんでいた。

 

 

*三都に想うこと

同じ北欧、ヴァイキングの国とは言え、かなり地理的条件が異なり、三都の景観や雰囲気は異なる。

 

ストックホルムは湖沼地帯から発展したが大きい。

島には緑が多いが、陸地には大きな岩がある為か、起伏が多い。

この地は戦火を免れて来た為か旧市街が残っている。

 

オスロの中心部は狭い地にある為、こじんまりしており、少し行くと海か深い森林に出会う。

住宅街は湾を囲むように馬蹄形に伸びており、首都とは言え、自然と一体になった職住環境が魅力に思えた。

 

コペンハーゲンは湖沼地帯に出来たので最も平らな普通の都市景観と言える。

驚いたのは首都の人工的な運河が市民の憩いの場になっている事でした。

ストックホルムでは中心から外れた自然の河岸が憩いの場の中心になっていた。

この地には多くの要塞の護岸が目に付くが、幾度も戦火に遭い、旧市街は破壊されてしまった。

 

しかし違いはありながらも、三都は豊かな緑と清らかな水と共にある都市で共通している。

また自動車や人の密度が低く、その一方で自転車が使い易い都市となっており、エコが定着している。

三都市は古都のイメージを生かしながらも、斬新なデザインの建築を取り入れ、再生と増殖を繰り返しており、力強いエネルギーを感じた。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 3: 北欧の歴史的建築物


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<1.ガムラ・スタンス>

ストックホルムの旧市街に向かって坂を上がる。

王宮が右手に見える。

 

 

今日は北欧3カ国の歴史的な建築を紹介します。

各地の王宮、旧市街、教会、城塞または役所などです。

 

 

*スウェーデン

 

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<2。ガムラ・スタンス>

 

上の写真:王宮、13世紀に建築されたが火災に会い、18世紀中頃完成。

下の写真:大広場、左に大聖堂の鐘楼が見える。

 

 

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<3。ガムラ・スタントンのドイツ教会>

 

17世紀半ばに建築された。

旧市街にドイツ教会があることが、北欧の歴史のドイツとの深い繋がりを物語っている。

 

 

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<4。郊外の建築>

 

共にメレンレン湖に面して建てです。

上の写真:スカンジナビアで最も小さいシグツーナの市庁舎。

 

下の写真:ドローニングホルム宮殿。

16世紀初め、すみに城はあったが、現在の姿になったのは18世紀半ばです。

 

 

*ノルウェー

 

 

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<5。スタヴ教会(釜板教会)>

 

この種の木造教会は、かごで北欧にたくさん存在していました石造りに建て替えられています、今は30棟ほどがノルウェーに残っているだけになった。

これは13世紀に建てられたが、ノルウェー民族博物館に移築されたものです。

以前はフィヨルドの奥の丘の上に立てていた。

 

 

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<6。オスロ市内>

 

上の写真:現在も国王が暮らしている王宮。

19世紀半ばに完成。

 

下の写真:アーケシュフス城。

オスロ湾を見下ろす岬の岩の上に立っている。

建築は13世紀に始まり、幾度も戦火をくぐり抜けて来た。

 

 

*デンマーク

 

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<7。コペンハーゲン中心部>

 

上の写真:ローゼンボ – 離宮。

17世紀初頭に完成した。

 

下の写真:クリスチャンボー城。

この地が12世紀半ばに始まるコペンハーゲン発祥の地。

現在の建物は20世紀初頭のものです。

 

 

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<8。救世主教会>

 

鐘楼の螺旋階段がユニーク。

17世紀末の完成。

 

 

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<9.古都ロスキレの教会>

 

12世紀にデンマーク初の大聖堂として建立された。

 

 

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<10。コペンハーゲン郊外の城>

 

上の写真:フレデリスクボー城。

湖に浮かぶ島に建つこの城はかつて王城でした。

16世紀には建築されていたが、17世紀初頭に現在の形になった。

 

下の写真:クロンボー城。

この城はスウェーデンとその間の海峡に睨みを利かすように海岸に建てる。

この城はバルート海交易で幾何も係争の種になり、シェイクスピアの「ハムレット」の舞台にもなっている。

 

 

次回に続きます。

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 2: 北欧の自然


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No.1

Sigtuna(シグツーナ)の湖。6/01、9:00頃

 

 

今日は、北欧の雄大な自然と暮らしと共にある自然景観をハイライトで紹介します。

北欧の街、特に郊外の街では緑濃い木々は家々や憩いの場と一体です。

 

 

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< 2. 写真撮影の位置 >

 

写真下の番号は地図内の番号を示す。

 

 

 

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No.2 ストックホルムアーランダー空港近くで。6/01、7:30。

ホテルからバス停までを歩いているところ。

周囲は深い森林に覆われている。

 

No.3 シグツーナに向かうバスの車窓から。6/01、8:30。

シグツーナ直前の湖の眺め。

 

 

 

4

No.4 ストックホルムからドロットニングホルム宮殿に向かう遊覧船からの眺め。6/03、10:40.

片道1時間ほどの遊覧で眺めるメーラレン湖は最高でした(往復します)。

色とりどりの住宅、ボート、水辺で遊ぶ人々の姿が印象的でした。

 

No.5 郊外の街Älvsjöの住宅街。6/04, 8:00.

この駅前のホテルに3連泊し、朝、周辺を散策しました。

住宅街は緑で囲まれていました。

 

 

 

 

5

No.6 カールスタードに向かう列車から。6/04、13:45.

車窓から見る森の様子はサンクトペテルブルクやバルト三国と変わらないが、幾分緑が濃いようでした。

10月初旬と今回の6月初旬との季節の違いかもしれないが。

ストックホルム近郊だけは大きな岩盤が多く露出していました。

 

No.7 カールスタードの街。6/04、16:45.

この町は普通、観光で訪れる所ではないようです。

天気が良かったので、美しい川の流れと、それを囲む公園の緑が光輝き素晴らしかった。

 

 

 

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No.8 オスロに向かう列車から。6/04、21:50.

この日の列車はオスロ到着が予定より4時間半も遅れたので、車窓から白夜の原野を眺めることになりました。

遠くの原生林と水平線近くの夜空は赤味を帯び、他は薄黒くなって行きます。

この状況は24時頃近くまで続いた後、真っ暗になりました。

やがて朝3時頃には陽が昇り始めます。

 

No.9 オスロ郊外の湖Sognsvann。6/05、8:40.

オスロ中心部からの地下鉄の終点駅で、この景観を味わえます。

昼は最高気温24℃にもなるのですが、早朝は8℃で身が引き締まる実に清々しい朝でした。

ここも観光地ではなく、地元の人が湖畔で朝からジョギングしていました。

 

 

 

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No.10 フェリーから眺めたオスロ湾中央の西側を望む。6/06、17:00.

船が出航してから30分ほど経過しています。

 

No.11 フェリーからスカンジナビア半島に昇る朝陽を望む。6/07、4:30.

遠くに見えているのがスカンジナビア半島(スウェーデン)の大地です。

 

 

 

 

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No.12 古都ロスキレの湾を眺める。6/07、13:00.

湾の最深部から湾の開口部を眺めている。

かつてヴァイキングがここから旅立った。

 

No.13 湾を臨むロスキレの公園にて。6/07、13:10.

なぜか平日なのに市民や学生が公園内でくつろいでいた。

 

 

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No.14 郊外の都市LyngbyのThe Open Air Museum(Frilandsmuseet)横の公園にて。

6/08、9:30.

大きな公園の一角にある池を撮影。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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北欧3ヵ国を訪ねて 1: はじめに


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< 1. ストックホルム空港に到着 >

 

 

私はスカンジナビア3ヵ国を12日間旅行して来ました。

今回はまったく旅行会社に頼らず、初めて一人で海外旅行をしました。

旅行の概要を紹介します。

 

 

旅行の概要

期間: 2018年5月31日(木)~6月11日(月)

訪問先: スウェーデン、ノルウェー、デンマークの首都を中心に。

移動手段: 空路は北京経由のエアチャイナで往復、首都間の移動は列車とフェリー、観光はパス(公共交通機関乗り放題)と徒歩。

ホテル: 交通が便利でほぼ最安値のホテルに連泊した。

観光地: 主だったものは一通り見ました。

 

 

旅行を終えた感想

詳しい見聞や感想は今後紹介していきます。

 

・ 以前に比べ移民が非常に多くなり、また食文化や服装などに大きな変化があった。

 

・ スマホなどのIT技術による省力化が進み、また都市の再開発が進行中。

 

・ やはり経済と幸福度で優れていると感じた。但し、物価は高い。

 

・ 毎日のようにアクシデントがあり、毎日10時間の徒歩観光で疲れた。

 

・ 事前の予約と調査が役に立ち、拙い旅行用の英会話でも役に立った。

 

・ 毎日快晴で日が長いので良い旅行季節だった。

 

・ フリーならではのハプニングや人々の出会いを経験し、郊外や住宅街を散策し、人々の暮らしを直に知ることが出来た。

 

 

 

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< 2.旅行ルート、上が北、地図の縦の距離600km >

 

図の表示: 赤枠が観光範囲。黒線は鉄道。茶色線はフェリー。

 

空路でスウェーデンに入り、4泊した。

次いで、鉄道でオスロに向かう途中、カールスタートで下車し、1時間半ほど散策。

オスロで2連泊後、オスロ港から一泊するフェリーでコペンハーゲン港に着いた。

コペンハーゲンでは3連泊し、空路で帰国。

 

 

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< 3. ストックホルムと郊外 >

 

 

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< 4. ストックホルムの郊外 >

 

 

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< 5. カールスタート >

 

 

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< 6. ストックホルムの観光、上が北、地図の縦の距離50km >

 

図の表示: 赤枠が観光範囲。黒線は鉄道。緑線はバス。茶色線は船。黒四角はホテル、Aで1泊、Bで3連泊。ピンク四角は空港。

 

主な訪問地

1 シグツーナ : バイキング時代からの古い町、湖に面した景勝地。

2 ストックホルム大学と自然史博物館

3 ドロットニングホルム宮殿: 大きな庭園と湖に囲まれた宮殿。

4 スクーグシェルコゴーデン: 世界遺産「森の墓地」。間違って隣の墓地を見学した。

5 ストックホルム中心: ガムラ・スタン(旧市街)、ユールゴーデン島(スカンセン、博物館2か所)、歴史博物館など。

6 Nynäshamn: サイクリングとシーフードを楽しみにしていた南端の漁港に向かったが、鉄道が不通の為行けなかった。

 

 

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< 7. オスロの郊外 >

 

 

 

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< 8. オスロ湾 >

 

 

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< 9. オスロの観光、上が北、地図の縦の距離15km >

 

図の表示: 赤枠が観光範囲。黒線は鉄道。緑線はバス。茶色線は船。黒四角のホテルで2連泊。茶色四角はフェリー港。

 

主な訪問地

1 Sognsvann: 美しい湖。

2 ヴィーゲラン公園: 広い公園にユーモラスな人体彫刻群が並んでいる。

3 ビィグドイ地区: ノルウェー民族博物館、ヴァイキング船博物館、他の博物館2か所。

4 Ulvøya: 郊外にある二つの島を路線バスに乗ったまま訪ねた。

5 オスロ中心: ノーベル平和センター、オスロ市庁舎、アーケシュフース城、ノルウェー抵抗運動博物館、陸軍博物館、歴史博物館、国立美術館、王宮庭園など。

 

 

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< 10.コペンハーゲンの郊外 >

 

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< 11. コペンハーゲン >

 

 

 

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< 12. コペンハーゲンの観光、上が北、地図の縦の距離65km >

 

図の表示: 赤枠が観光範囲。黒線は鉄道。茶色線はフェリー。黒四角のホテルで3連泊。茶色四角はフェリー港。ピンク四角は空港。

 

主な訪問地

1 クロンボー城: ハムレットの舞台。

2 フレデリクスボー城: 湖に面した美しい城。

3 野外博物館: 広大な敷地にデンマークの古民家を移築。ノルウェー民族博物館、スカンセンと同種。

4 ロスキレ: 古都。大聖堂とヴァイキング博物館

5 コペンハーゲン中心: 国立博物館、クリスチャンボー城、骨董市、王立図書館、救世主教会、ローゼンボー離宮、国立美術館、植物園、運河クルーズ、労働者博物館、トーベヘルネ(マーケット)など。

 

 

 

この旅行で目指したもの

1984年に一度、スウェーデンとデンマークを訪問し、この時、この国の企業の経営姿勢、福祉政策、人々のライフスタイルに感銘を受けていた。

現在も、北欧5ヵ国(アイスランド、フィンランドも)は経済や国民の幸福度などで世界をリードし続けている。

自分の目で確認し、日本の現状の打開策を探りたかった。

 

 

 

この旅行記でお伝えしたいこと

・ フリーの旅行者に役立つ、実際に経験した役立ち情報、トラブル、観光情報を紹介します。

 

・ 北欧の人々の暮らしを写真で紹介します。

 

・ 北欧の社会・経済と歴史、ヴァイキングなどを解説予定。

 

・ 現地で出会った人々やアンケ―ト結果を紹介します。

 

どうか皆さん、特に若い人は北欧を旅して欲しい。

幸福で豊かな暮らしを手に入れている国があることを知って頂きたい。

そこでは日本と何が違うかを肌で感じることが出来るはずです。

 

国民全員が政治を担い、常に教育改革を行い、労働環境を整え、国際競争力を高めることにより良い生活を手に入れている姿がそこにはある。

 

 

次回に続きます。

 

 

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アンケートのお願い Can I ask you to write in a questionnaire?


3

北欧在住の方か、出身の方にアンケートをお願いします。

以下はアンケート用紙です。

下のコメント欄に記入をお願いします。

 

I would ask people living in Northern Europe or beeing from Northern Europe to write in a questionnaire.

The following is the questionnaire.

Please fill in this undermost comment column.

 

       * * * * *

 

今回、私が北欧三ヵ国を訪れたのは、日本が目指す理想の社会を見つける為です。

私は1984年、企業視察でデンマークとスウェーデンを訪れました。

その時、こちらが非常に素晴らしい国だと知りました。

 

・充実した福祉制度。

・女性や労働者の権利が守られている。

・家族を大事にし、生活を楽しんでいる。

・かつ所得が高く、所得格差が少ない。

 

現在、日本は長期の経済低迷、所得格差の拡大、政治腐敗が進んでいます。

日本は今こそ、北欧から多くの事を学ぶべきだと考えます。

そこで質問があります。

答えは短い文章か単語でも結構です。

答えは英語が有難いですが、母国語でも良い。

 

1. あなたの国で最も素晴らしいものは何だと思いますか?

三つほど書いてください。

例 ・平和、政治、人々など

 

2. 現在、あなたの国や生活で不安や不満はありますか?

例 ・経済成長、中立政策、移民政策など

 

3. 何があなたの国を良くしていると思いますか?

例 ・教育、バイキングの文化、スカンジナビアの自然など

 

4. 日本について知っていること、または感じていることはありますか?

例 経済大国、治安が良いなど

 

5. 大半の日本人は北欧について無知で、暗いイメージを持っています。

例 自殺が多い、税金が高い、娯楽や自由が少ないなど

 

最後に、よければ国名、地域、男女、名前を書いてください。

 

 

 * * * * *

 

I ask you some questions.

 

This time, I visited three Scandinavian countries in order to find a ideal society that Japan must aim for.

In 1984, I have visited Denmark and Sweden to inspect companies.

At this time, I learned that these countries are very wonderful.

 

  • Excellent welfare system.
  • The rights of women and workers are being protected.
  • People cherish the family and are enjoying a rich life.
  • Moreover, high income and low income disparity.

 

Present, Japan is experiencing long-term economic downturn, widening income disparity, and political corruption.

I think that Japan should learn a lot from Northern Europe now.

 

So I have some questions.

Your answers may be short sentences or some words.

Preferably, I want that you will answer in English, but your language is good too.

 

  1.  What do you think is the most wonderful thing in your country?

Please write about three.

For example:  peace, politics, people etc.

 

  1. Do you have anxieties or complaints with your country or your life ?

For example: economic growth, policy of neutrality, immigration policy etc.

 

  1. What do you think is the reason for improving your country more ?

For example: education, national character of Viking culture, Scandinavian nature etc.

 

  1. Is there anything you know or feel about Japan?

For example:  largest economic powers, very peaceful and orderly etc.

 

  1. Most Japanese are ignorant about Northern Europe and have a dark image.

For example:  many suicides, high tax, less entertainment and freedom, etc.

 

Finally, please write down your country name, region, gender, and name if you like.

Thank you for answersing !

 

 

* * 【Swedish】 * * *

 

Jag frågar dig några frågor.

 

Den här gången besökte jag tre skandinaviska länder för att hitta ett idealiskt samhälle som Japan måste sträva efter.

1984 har jag besökt Danmark och Sverige för att inspektera företag.

Vid den här tiden lärde jag mig att dessa länder är mycket underbara.

 

  • Utmärkt välfärdssystem.
  • Rättigheter för kvinnor och arbetstagare skyddas.
  • Folk värdar familjen och njuter av ett rikt liv ..
  • Dessutom, hög inkomst och låg inkomst skillnad.

 

För närvarande upplever Japan en långsiktig konjunkturnedgång, en ökad inkomstskillnad och politisk korruption.

Jag tycker att Japan borde lära sig mycket från norra Europa nu.

 

Så jag har några frågor.

Dina svar kan vara korta meningar eller några ord.

Helst vill jag att du kommer att svara på engelska, men ditt språk är också bra.

 

  1. Vad tycker du är den mest underbara sak i ditt land?

Var god skriv om tre.

Exempel: fred, politik, människor etc.

 

  1. Har du oro eller klagomål med ditt land eller ditt liv?

Exempel: ekonomisk tillväxt, neutralitetspolitik, invandringspolitik etc.

 

  1. Vad tycker du är det för att förbättra ditt land mer?

Exempel: utbildning, nationell karaktär av vikingskulturen, skandinavisk natur etc.

 

  1. Finns det något du känner eller känner till Japan?

Exempel: största ekonomiska makter, mycket fredlig och ordnad etc.

 

  1. De flesta japaner är okunniga om Nordeuropa och har en mörk bild.

Exempel: många självmord, hög skatt, mindre underhållning och frihet etc.

 

Slutligen, skriv ner ditt lands namn, region, kön och namn om du vill.

Tack för svar!

 

* * 【Norwegian】 * * *

 

Jeg spør deg noen spørsmål.

 

Denne gangen besøkte jeg tre skandinaviske land for å finne et ideelt samfunn som Japan må sikte på.

I 1984 har jeg besøkt Danmark og Sverige for å inspisere selskaper.

På denne tiden lærte jeg at disse landene er veldig fantastiske.

 

  • Utmerket velferdssystem.
  • Rettighetene til kvinner og arbeidstakere blir beskyttet.
  • Folk nyter familien og nyter et rikt liv ..
  • Videre høy inntekt og lav inntekt forskjell.

 

Present, Japan opplever langsiktig økonomisk nedgang, utvider inntektsforskjell og politisk korrupsjon.

Jeg tror at Japan bør lære mye fra Nord-Europa nå.

 

Så jeg har noen spørsmål.

Dine svar kan være korte setninger eller noen ord.

Jeg vil helst ha det du vil svare på engelsk, men ditt språk er også bra.

 

  1. Hva synes du er den mest fantastiske tingen i ditt land?

Vennligst skriv om tre.

Eksempler: fred, politikk, folk etc.

 

  1. Har du bekymringer eller klager med ditt land eller ditt liv?

Eksempler: økonomisk vekst, nøytralitetspolitikk, innvandringspolitikk mv.

 

  1. Hva tror du er grunnen til å forbedre landet ditt mer?

Eksempler: utdanning, nasjonal karakter av vikingekultur, skandinavisk natur etc.

 

  1. Er det noe du vet eller føler om Japan?

Eksempel: største økonomiske krefter, veldig fredelig og ordentlig osv.

 

  1. De fleste japanske er uvitende om Nord-Europa og har et mørkt bilde.

Eksempel: mange selvmord, høy skatt, mindre underholdning og frihet, etc.

 

Til slutt, skriv ned ditt lands navn, region, kjønn og navn hvis du vil.

Takk for svar!

 

 

* * 【Danish】 * * *

 

Jeg stiller dig nogle spørgsmål.

 

Denne gang besøgte jeg tre skandinaviske lande for at finde et ideelt samfund, som Japan må tilstræbe.

I 1984 har jeg besøgt Danmark og Sverige for at inspicere virksomheder.

På dette tidspunkt lærte jeg, at disse lande er meget vidunderlige.

 

  • Fremragende velfærdssystem.
  • Kvinders og arbejdstageres rettigheder beskyttes.
  • Folk nyder familien og nyder et rigt liv ..
  • Desuden højindkomst og lav indkomstforskel.

 

I øjeblikket oplever Japan en langsigtet økonomisk afmatning, udvidelse af indkomstforskellen og politisk korruption.

Jeg tror, ​​at Japan nu bør lære meget af Nordeuropa.

 

Så jeg har nogle spørgsmål.

Dine svar kan være korte sætninger eller nogle ord.

Jeg vil helst have, at du vil svare på engelsk, men dit sprog er også godt.

 

  1. Hvad synes du er den mest vidunderlige ting i dit land?

Skriv venligst ca. tre.

Eksempler: fred, politik, mennesker osv.

 

  1. Har du bekymringer eller klager over dit land eller dit liv?

Eksempler: økonomisk vækst, neutralitetspolitik, indvandringspolitik mv.

 

  1. Hvad tror du er grunden til at forbedre dit land mere?

Eksempler: Uddannelse, Vikingkulturens nationale karakter, Skandinavisk natur osv.

 

  1. Er der noget du kender eller føler om Japan?

Eksempel: Største økonomiske kræfter, meget fredelig og velordnet mv.

 

  1. De fleste japanske er uvidende om Nordeuropa og har et mørkt billede.

Eksempel: mange selvmord, høj skat, mindre underholdning og frihed mv.

 

Til sidst skal du skrive dit lands navn, region, køn og navn, hvis du vil.

Tak for svar!

 

 

 

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お知らせ! ブログを少し休みます


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申し訳ありませんが、ブログの投稿を少しの間休みます。

6月中旬より北欧訪問記を始める予定です。

 

6

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現状に危機感を持って記事を書いて来ましたが、目指す社会像が見えない。

そこでスウェーデン、ノルウェー、デンマークを自分の目で確かめることにしました。

 

私は1984年、視察旅行でスウェーデンとデンマークを訪れ、大きなカルチャーショックを受けました。

 

もう一度、34年後の変化を今度はじっくりと自分の目で確認したい。

この旅行は老人一人で、主に首都を中心に各国4日間の計12間で巡ります。

 

私は皆さんが北欧を身近に感じてもらえるような訪問記を書けることを願っています。

 

英語が出来ないので、これから1ヵ月猛特訓し、迷子にならないように準備します。

 

それでは失礼します。

 

 

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何か変ですよ! 119: 目次と検索


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*1

 

 

目次は「何か変ですよ!」と「デマ、偏見、盲点」の分です。

記事は2018年1月16日から4月26日までに投稿したものです。

 

 

各表示は以下の順です。

* 番号: タイトル

記事の要約

・キーワードや項目

 

 

 2

*2

 

 

** 目 次 「何か変ですよ!」 **

2018年3月5日~4月26日投稿分

 

*118: 救いはあるのか?3

日本の再生に不可欠な「米国の呪縛からの解放」と「野党に望むこと」。

・軍事と外交、経済と米国、経済界とのタイアップ

 

*117: 救いはあるのか? 2

先進国ではありえない日本女性の地位、だからこそ女性が改革に立ち上がるべき。

・衆院選結果、セクハラ、利用された拉致被害者、沖縄返還時の密約

 

*116: 救いはあるのか? 1

絶望の状況を脱する為に誰が立ち上がるべきか。

・長期低迷、幸福な社会、政治不信、島国根性、明治維新、野党、労働組合

 

*115: 誰の責任? 4

絶望の状況を生み、放置しているのは誰か、それは国民なのか。

・低い政治意識、放棄された政治教育、低い投票率、低い労働組合組織率

 

*114: 誰の責任? 3

安倍政権を倒閣することがゴールではない、悪循環を断つことこそ重要。

・米国三代大統領の教訓、自公政権継続、野党政権奪取

 

*113: 4/14神戸デモに参加して

デモ体験の報告。

 

*112: 誰の責任? 2

暴政を止める為に今国民がすべきこと、デモなど。

・内部告発、政治に無頓着な人々、安倍政権の問題点

 

*111: 誰の責任? 1

日本の衰退と腐敗の責任は安倍にあるのか、それとも国民にあるのか。

・行政の長として責任痛感、福島の原発事故、ヒトラー

 

 

 

3

*3

 

 

*110: 未来の壁 8

国政を武力を用いずに国民の手に戻した世界のデモを見ます。

・バルト三国の人間の鎖、ベトナム戦争反対、ベルリンの壁崩壊、女性リベリア大衆行動、米国のバス・ボイコット

 

*109: 未来の壁 7

海外に無関心で海外の歴史を知ろうとしない日本人。

・歴史修正主義、南京虐殺事件、アイヒマン、監獄実験、文化心理学

 

*108: 未来の壁 6

視野狭窄で身勝手な言動がまかり通り、日本の若者は海外への意欲を無くしている。

・貧困問題、国民主権、自衛戦争、世界のニュース、海外留学減少

 

*107: 未来の壁 5

なぜ日本では「報道の自由」が無視されるのか。

・証拠隠滅、隠蔽、記者クラブ、組織文化(村社会)、信頼される新聞、御用新聞

 

*106: 未来の壁 4

報道の自由が高い国ほど国民は幸福だが、北欧と日本の違いは・・・。

・北欧、報道の自由度ランキング、民主主義、経済民主主義、格差、幸福度

 

*105: 未来の壁 3

日本の報道の自由は危機的状況にある。

・NHK番組改ざん事件、特定秘密保護法、放送法改革、自民党が作ったネットウヨ、電波停止

 

*104: 未来の壁 2

自民党の根深い男尊女卑意識とその絶大な悪影響。

・セクハラ発言、原発賛成、出生率低下、賃金格差、社会進出遅れ

 

*103: 未来の壁 1

安倍政権が煽る古い労働観が国民を不幸にしている。

・働き方改革、渡邉美樹、労働時間、育児・有給休暇、北欧のライフスタイル

 

4

*4

 

*102: これからどうする 3

日本は益々成熟社会から取り残されつつあり、これは国際的な指標で明らか。

・世界幸福度、人間開発指数、報道の自由度、各紙比較、貧困率

 

*101: これからどうする 2

主婦が望む政策において安倍は百害あって一利なし。

・介護、平和、失業、地球温暖化、累積財政赤字、日本会議、再生可能エネルギー

 

*100: これからどうする 1

安倍政権による日本沈没、特に経済悪化の状況。

・賃金低下、企業利益増、世界株価高、バブル崩壊、日銀操作

 

 

 

5

*5

 

*99: 大活躍する???応援団

ひんしゅくを買う安倍友応援団の活躍は報道の劣化をよく示している。

・百田尚樹、青木、足立、高橋、山口、三浦、会食

 

*98: 恐ろしい腐敗力

安倍政権下での底なしの政治腐敗。

・中央省庁、安倍縁者、否定し続ける政府官僚、深刻な電凸、言論弾圧

 

*97: 何が最優先か?

麻生と自民国対委員長の発言から分かる正論が通じない政治。

・世襲、森友文書改ざん、佐川証人喚問、マイナンバー、朝日の証明義務、国政の腐敗防止策

 

*96: どちらが大事か?

国政の腐敗を無視するウヨは安倍しかいないと言うが、信用出来ない人物は危険極まりない。

・廃棄文書の発見、忖度、腐敗、バブル崩壊、戦争、連立政権

 

*95: 今、何かが崩れようとしている

森友文書改ざんから見える政府腐敗の深刻度。

・便宜供与、財務省、朝日新聞、政争の具、内閣人事局、安倍明恵

 

*94: 今、国民が問われていること

国民は悪化し続ける状況から目を逸らず、立ち上がるべきだ。

・経済衰退、格差拡大、財政赤字、行政の腐敗、バブル崩壊、政治家の劣化

 

*93: 怒れ、立ち上がれ公僕よ!

国民は独善的な首脳と加担する官僚に怒れ、公僕は立ち上がれ!

・森友・加計問題、レイプ事件もみ消し、働き改革の資料隠蔽、公害問題

 

6

*6

 

 

** 目 次 「デマ、偏見、盲点」 **

2018年2月6日~3月9日投稿分

 

 

*30: 暮らしのカラクリ 4: 煽られた競争

経済活性化に必要な競争力とは、完全な自由競争と規制の狭間で。

・国際競争力、間違った規制緩和、生産性と賃金、北欧の国際競争力

 

*29: 暮らしのカラクリ 3: カラクリを支える日本文化

ある日本文化が先進国への脱皮を困難にしており、国民はこれに気づくことが重要。

・忖度、自己責任、村社会、長子相続、独裁指向、個人軽視

 

*28: 暮らしのカラクリ 2: 賃上げは国を滅ぼす・・

労働者の賃金を上げると、国の経済力が落ちてしまうと言う妄言。

・賃金上昇は消費増、企業利益増でも貿易額増えない、為替が調整

 

*27: 暮らしのカラクリ 1: 少ない稼ぎは・・

賃金水準は社会的要因、主に生産性と労働界の結束力で決まる。

・ケインズ、労働組合、自己責任、首切り、夕暮れ社会

 

*26: 何がバブル崩壊と戦争勃発を引き起こすのか? 5

この世紀末から脱出する手立ては、かつての日本や世界にヒントがある。

・法制史、世界宗教、「無知、無関心、惰性、敵意」を克服

 

*25: 何がバブル崩壊と戦争勃発を引き起こすのか? 4

世紀末に駆り立てる貪欲、恐怖心、疑心暗鬼が蔓延る理由とは。

・脳内ホルモン、愛国心、格差拡大、大戦を知らない首脳、文明の衝突、政財界癒着、中間層が保守的

 

 

 

7

*7

 

 

*24: 何がバブル崩壊と戦争勃発を引き起こすのか? 3

失敗して来た戦争予防策とバブル崩壊に共通する感情の暴走。

・経済封鎖、軍拡競争、抜け駆けの心理、賭博、自由放任主義

 

*23: 何がバブル崩壊と戦争勃発を引き起こすのか? 2

ここ1世紀半ほどの主な戦争について、勃発の経緯を集約。

・ヒトラー、日本帝国、中立国

 

*22: 何がバブル崩壊と戦争勃発を引き起こすのか? 1

バブル崩壊のメカニズムを考えます。

・投機家、高率のレバレッジ、中央銀行、巨大な金融緩和、早急な資金回収

 

*21: 抑止力と規制緩和に共通する危さ

この二つの概念は単純で受け入れ易く利用され易いが、不完全で危険でもある。

・規制が無くて亡んだ文明、悪化する国民生活、核開発競争と銃蔓延は抑止力失敗例

 

8

*8

 

 

 

** 目 次 「何か変ですよ!」 **

2018年1月16日~1月26日投稿分

 

*92: 何が問題か? 15: なぜ改革から逃げるのか?

所得水準、幸福度、経済力が低下し続けているのに、なぜ改革を避けるのか。

・内部留保、対外資産、賃金、非正規雇用、ワーキングプア、パトロネージ、北欧

 

*91: 何が問題か? 14: 英国はなぜ衰退したのか?

19世紀後半に始まる英国の衰退は今の日本と同じです。

・工業生産高シェア、資本輸出、中産階級が豊かさを享受し保守化

 

*90: 何が問題か? 13: 過去・現在・未来に生きる

なぜ人々は経済の行く末を楽観するのか、これは5つの虚構に踊らされているから。

・インフレ、成長要因、金融緩和とバブル、日銀政策と財政破綻、所得格差

 

 

 

終わります。

 

 

 

 

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明石公園の桜 2


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*1

 

 

今日は桜見の後半です。

この日は、明石公園から港まで行き昼食をとりました。

快晴の明石海峡と対岸の淡路島を見ました。

 

 

 

2

< 2. 散策ルート >

 

上の地図: 赤枠が散策した範囲。上が北です。

 

下の地図: ピンク線が今日紹介する部分です。右側が北です。

ピンクの星印、広場から見上げる櫓と桜が風情があります。

Sは明石駅、Aは魚の棚、Rがレストランです。

 

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< 3. 本丸跡からの眺め >

 

南側を望む、下の広場は明石海峡公園内です。

その向こうに明石駅、繫華街、その向こうに明石海峡、さらに対岸の淡路島が見える。

 

 

 

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< 4. 本丸跡 >

 

下の写真: 南西の角にある坤櫓(ひつじさるやぐら)。

 

 

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< 5. 本丸跡を囲む城壁 >

 

 

 

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*6

 

 

 

 

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< 7.広場から本丸跡を望む >

 

 

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< 8. 明石港1 >

 

レストラン内から撮影、明石海峡大橋と淡路島が見える。

中央の写真は、明石港と淡路島の岩屋港を結ぶ高速艇です。

主に淡路島の通勤客が使用しています。

 

橋が掛かる前は、この海峡を古いタイプの船で渡ったものです。

冬、海が荒れるとデッキは波しぶきを被り船倉に入ることになり、まるでジェットコースターのような上下の揺れを味わうことになった。

冬の出張は覚悟がいりました。

 

今は、まったく乗らないのですが、高速艇であれば昔のような大きな揺れではなく、上下動は小さいがガツン、ガツンと来る揺れでしょう。

 

 

 

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< 9. 明石港2 >

 

右対岸に水産物の公設卸売場がり、奥に高速艇の発着場があります。

 

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< 10. 賑わう魚の棚 >

 

相変わらずに賑やかで、店頭の海産物を見ているだけで楽しいものです。

たこ焼きの明石焼き、焼きアナゴ、新鮮な魚介類の店が並びます。

 

 

これで終わります。

 

 

 

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何か変ですよ! 118: 救いはあるのか?3


 1

*1

 

 

今日は、乗り越えるべき難関を扱います。

私は明確な解決策を提示できない。

しかし、これこそが日本の再生に不可欠なのです。

 

 

 2

< 2. 泥沼化 >

 

 

はじめに

 

現在の自民党と官僚の腐敗、さらに社会経済の長期衰退に歯止めをかけるには、反省の無い与党を引きずり下ろすしかない。

そして二度と政治が腐敗し暴走しないように、与野党が牽制しあえる国会にしなければならない。

 

しかし、大問題が二つある。

 

A: 米国の呪縛からの解放

 

米国追従の何が問題なのかと思われるかもしれません。

しかし、二つの致命傷がある。

 

・ 独自外交が出来ないことで、より戦争に巻き込まれる可能性が高い。

・ 経済の呪縛―自由放任主義と米国お仕着せの政策が日本の経済をだめにして来た。

 

 

B: 未熟な野党

 

日本の野党は政権与党としての実績が少ない。

世界中、いつの時代にも新たな政党が政権を担い大変革を成し遂げて来た。

そうは言っても野党の経済運営と団結力は自民党に比べ力不足を否めない。

 

たとえ米国の呪縛が解けたとしても、経済と外交で新機軸を打ち出せるかは未知数です。

また官庁も自民党との癒着、腐敗で多くを期待出来ないだろう、志のある官僚もいるだろうが。

 

これではまさに前門の虎後門の狼です。

 

 

3

*3

 

 

* 軍事と外交

 

各国史をみると、どの国と軍事同盟を結ぶか、または中立で行くかが戦争の運命を決定づける。

 

日本は三大国(米国、中国、ロシア)に囲まれている。

 

頼りの米国は戦争の常習性があり、社会は益々怪しくなり衰退途上にある(金融界は好調)。

日本は米国から遠く、中国とロシアに対して米国の橋頭堡であり戦争勃発と共に廃墟になるだろう。

 

一方、中国とロシアは共に独裁国家で、盟友として信じるに足りない。

これらの傘下に入ったところで、やはり日本列島は米国への防波堤になるだけだろう。

 

視点を変えると、この中で日本を最も嫌悪しているのは侵略された国であり、さらに領土問題と資源獲得競争で紛争の危険性が高いのは中国(朝鮮半島も)です。

中国との戦争を米国に守ってもらう幻想より、戦争を未然に防止する方が得策ではないか。

歴史上繰り返されて来たように、日本は大国の覇権争いで前線基地になるのが落ちです。

 

戦史の常識から言って、国境を接し互いに敵意を持ちながら軍拡競争に励み、戦争を逃れた事例は無い。

一方、大国の侵略と戦い続けた隣国も、いざとなればこの大国と同盟を結ぶことは世界によくあることです。

 

残念なことに、日本は長年独立を守って来た自負心が逆に災いになっている。

実際は米国に牛耳られているのだが。

 

一方、日本が独立を守れるチャンスはある。

日本列島は三大国から海で隔ており、中ソにとっては米国の前線基地でなければ戦略的にそれほど重要ではないはず。

自衛隊の装備も2017年で世界7位と侮れない力がある。

 

こうしてみると、防衛力のみを堅持したまま、三大国と等距離外交か中立政策、そして中国との和解を深める以外、戦火を逃れる術はないだろう。

米国の抵抗は大きいが、他の理由もあり米国から離れる方が良い。

西欧や北欧とは今まで以上に強くむすびつく必要がある。

 

つまり「遠くの親類より近くの他人」です。

 

 

 

4

*4

 

 

* 経済と米国

 

戦後の日本経済、特に1980年代以降を振り返ると日本は米国の意のままに操られ、停滞の憂き目に合ったと言える。

確かに、敗戦後こそ米国の手助けは有難がったが。

 

例えばプラザ合意後の円高、押し付けの構造改悪、巨大な金融緩和と公共投資によるバブルです。

これは政府と官僚が米国の圧力に屈したことにある(安倍以前は少しづつ脱していたが)。

この結果、バブル崩壊による1990年代の失われた20年と膨大な財政赤字が生じた。

 

2008年、福田首相が突如辞任したのは、米国の身勝手な要求をはねつける為だった。

当時、リ―マンショックの処理に苦しんでいたブッシュ政権は日本の全外貨準備高にあたる1兆ドル(約100兆円)の提供を求めて来た(為替操作用の米国債の購入資金)。

(この後を引き継いだのは麻生・・)

 

自民党だけでなく経済界や経済学者、官僚、御用マスコミも米国追従を望む。

経済界がこれを望む理由の一つに、米国流の経済政策が企業優先だからです(注釈2)。

 

さらに米国主導の自由放任主義は世界に重く圧し掛かる。

 

主要なものでは富裕層優遇による世界的な格差拡大、拡大する金融緩和によるバブル崩壊の巨大化、タックスヘイブン等の世界的な税逃れを許すことによる各国への悪影響(国内の税収減と格差拡大、注釈1)などがある。

 

日本がこの悪化から抜け出すには米国と対等になることで自由放任主義を抑制することです。

日本はまだ自由主義経済国で2位の経済力があり、新たな道を北欧やドイツに学ぶことができるだろう。

 

 

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< 5. 2017年の悪魔の解散 >

 

 

 

* 野党に望むこと

 

今の小選挙区制では、野党の分裂は致命傷です。

今後も世界的に多党制は続くと考えられるので、選挙協力の道筋を確立して欲しい。

政策合意を持って、各政党の良さを生かす連立政権を誕生させるべきです。

 

政権奪取後、中選挙区制と比例代表制の選挙改革に取り組んで欲しい。

この点、すべてを捨てて団結出来る自民党は強い(不合理だが)。

 

安倍政権によって悪化した報道の自由度を、是非とも先進国水準に戻して欲しい。

 

前回の民主党の官僚への性急な改革と敵視の失敗を生かして欲しい。

中国の十八史略(紀元前から13世紀)を見ても、宦官や官吏の専横を打ち崩すことは並大抵ではない。

腐敗は深刻であるが、先ずは不正が蔓延らないシステム造りと公僕の意欲を引き出して頂きたい。

 

外交はこれまでの経緯と、実際は官僚が取り仕切っているので、先ずは新政府が長期ビジョン造りでリーダーシップを発揮して欲しい。

 

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< 6. 真実?、赤枠が安倍政権 >

 

 

* 経済界とのタイアップ

 

これが野党の最大課題となるでしょう。

国民の多くは外界の脅威がなくなれば、経済を最重視し、かつ短期的な結果を求める。

 

現在は2003年頃よりリーマンショック時を除いて失業率の低下が進んでいるが、30年以上にわたり経済成長率は低下の一途です。

現政策が続けばバブルで浮き沈みをしながら確実に日本の経済は衰退し、格差は拡大する。

 

しかし、これを短期間で是正し、経済を建て直した例が世界にない。

ドイツや北欧のように多くは低迷状態から年月を掛けて体制転換を行っており、日本のように繁栄の余韻の中での改革は難しい。

しかし、これが出来なければ19世紀の英国の衰退と同じになる。

 

この舵取りは非常に困難で、時間もかかる。

 

先ず、新政府は国民に実現出来るビジョンを提示し理解を得ることが重要です。

このためには経済界の協力が不可欠です。

 

しかし経済界はこれまでの優遇策と権益を捨てなければならず、並大抵のことでは協力しない。

だからと言って、これを労働界との全面対立では乗り切れない。

 

共に妥協して共に利を得る方向に持って行かなければならない。

この成功事例は北欧にあるが、歴史と文化の違いを乗り越えらえれるかが不明です。

これに失敗すると、政権は短命に終わることになる。

 

 

 

* 最後のお願い

 

現状の失業率低下とバブル景気で、日本の悪化や衰退、幸福先進国との違いに気付くことは難しい。

 

しかし、日増しに劣化している日本の現状は凝視すればわかるはずです。

 

唯々、始まったばかりのバブル崩壊の傷が深くないことを祈るだけです。

 

皆さんが悔いのない政治判断を行われることを切に期待します。

 

 

 

永らくお読みいただき有難うございました。

 

 

 

注釈1

国内の企業や富裕層の税逃れが進むと税収不足が起きるだけでなく、逆に彼らを国内に留める為に税率を低くすることになり、結局、庶民の税を上げることになる。

現状では、逃避する収益や資金に税を掛けることが出来ず、各国は軒並み税収悪化の一途を続けている。

経済学者のピケティやスティグリッツはこれを防止するために世界的な税制をそれぞれ提唱している。

しかし米国と追従する日本も、これら税制を無視している。

 

注釈2

2018/04/23、ロイター企業調査で安部首相続投「望ましい」が73%との結果が出た。

アベノミクスでバブル経済を煽り、非正規雇用や賃金圧縮、企業減税で経済界に貢献し、企業利益が鰻上りでは、上記は当然です。

そこには進行する政治腐敗を問題にしたり社会的貢献などの意識は皆無に近い。

 

 

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明石公園の桜 1


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*1

 

2018年3月30日、明石公園の桜を見に行きました。

桜はちょうど見頃を迎え始めたところで美しかった。

その後、町中を幾らか散歩しました。

 

 

2

< 2. 散策ルート >

 

上の地図: 赤枠が散策した範囲。上が北です。

 

下の地図: 赤線が今日紹介する部分です。右側が北です。

二つの白の星印の間が、桜が多い所です。

ピンク線は次回紹介する部分です。

 

 

 

3

< 3.お堀で >

 

JR明石駅を北側に出ると直ぐ明石城のお堀に出ます。

 

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< 4.城門跡から中に入る >

 

二枚の写真ともに、二つある櫓のうちの東側にある巽櫓が見える。

ここにを訪れるのは数年ぶりです。

 

 

5

< 5. 剛ノ池 >

 

最大の池です。

南の端から望むと、東岸と北岸に桜並木が今を盛りと咲いていました。

青空に映えて美しく、心も華やぐようです。

 

 

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< 6. 剛ノ池 2 >

 

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< 7. 剛ノ池 3 >

 

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< 8. 剛ノ池の北端 >

 

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< 9.こどもの村 >

 

これは公園の北端にあり、鬱蒼とした森の中にある遊び場で、桜が咲き誇っていました。

 

 

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*10

 

次回に続きます。

 

 

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何か変ですよ! 117: 救いはあるのか? 2


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< 1.世界で活躍する女性 >

ドイツ、ノルウェー、リベリア、台湾の大統領か首相。

 

 

前回、野党が立ち上がってこそ改革が可能なことを述べました

しかし、支援が必要です

ここで女性が大きな役割を果たすべきです。

 

 

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*2

 

 

はじめに

 

なぜ女性なのか?

 

前回見たように、明治維新で討幕が勢いを増したのは薩長同盟とこれを英国が支援したからでした。

今回の平成大改革では日本の女性が立ち上がるべきです。

 

二つ理由があります。

 

日本女性の立場は極めて低い、とても先進国とは言えない。

2017年の男女平等ランキングは世界144ヵ国中、なんと114位、それも安倍政権になってから悪化し続けている。注釈1.

 

虐げられている女性だからこそ、捨て身で大改革を担えるのです。

後は先進国並みの男女平等を得て、平和で暮らしやすい国にすべきです。

 

 

今一つは、選挙事情です。

2017年の衆院選得票を見ると、与党2553万票、野党4党2611万票(維新除く)でした。

与党の圧倒的勝利は小選挙区制の下で野党が分裂している為です。

295の小選挙区で、自民党は得票率48%で議席74%を得たのです。

獲得票が1位になればほぼ総取り出来るのです(民主党が政権を取った時も同じ)。

 

現在、投票率が54%と低いので、意識の高い女性が投票に加われば今こそ絶好のチャンスです。

女性の地位低下をストップする為に、女性が立ち上がり、与党への批判票を積み増しすれば、大改革が可能です。

ここで分散して投票すると元の木阿弥になるので、よく政党を選んでください。

 

 

 

* なぜ女性が立ち上がらなければならないのか?

 

ここで安倍政権下での悲惨な状況と、自民党政権の本質、長年の醜悪さを三つの事例から確認します。

彼らは見かけ平和や女性の味方を演じているが実質は最大の敵なのです。

 

 

3

*3

 

 

* 財務省福田事務次官のセクハラ事件

 

この事件について御用マスコミと芸能人、識者が政権擁護に必死です。

しかし重要なポイントは明確です。

 

A: 官庁でセクハラが蔓延していた。

福田や麻生、矢野などの発言を聞いていると、彼らは立場を利用しての女性へのセクハラにまったく罪悪感がない。

 

B: 安倍と周辺は平気で虚言を押し通すようなった。

これは加計・森友・日報問題を含めて、政府と官僚は徹底的に虚言と否定を繰り返している。

いくら真実が暴露されても、彼らは既存の法では責任を問うことが出来ない為、逃げるばかり。

 

C: 女性の取材はセクハラに晒されながら行われていた。

日本の報道の悲しさですが、記者は有力官僚や政治家と親密になることでしか情報を得られない(男も同じ)。

これが日本の報道水準の低さと、女性記者が虐げられる一因になっている。

 

D: 日本ではセクハラ被害者は権力によって潰される。

日本で女性のセクハラ被害者は、名乗り出れば晒し者になり、特に保守(ネットウヨ)の餌食になってしまう。

これは日本の後進性によるものですが、特に政府と自民党が加勢すると一層悲惨になる。

 

現在、詩織さんは悲惨な目にあっている。

安倍の縁者の番記者が彼女をレイプし、安倍の側近が逮捕を中止させ、これを訴えた彼女は逆にウヨから罵詈雑言を浴びせされ、危険を感じた彼女は有志の援助により海外に非難している(日本ではMeTooが通じない)。

 

このことが今回の麻生や官僚の権力剥き出しの強気発言になっている。

麻生は女性差別発言を繰り返しており、安倍内閣、自民党の体質をよく現している(悲惨)。

 

 

 

* 利用された拉致被害者

 

これは政治家が嘘によって人気を得ても犯罪にならないが、政治を悪化させた好例です。

安倍人気の一つに外交があり、安倍一人で拉致被害者を救ったことが喧伝されている。

安倍は選挙や、人気が翳ると必ず拉致被害者を持ち出し、自分の功績だと言い募る。

 

 

4

*4

 

 

北朝鮮拉致被害者・蓮池薫氏の兄で、「北朝鮮による拉致被害者家族連絡会」元副代表の蓮池透氏が真相を暴露している。

 

安倍はFacebookで「帰さないという自分の判断は正しかった」と書き込み、自分の手柄のように語っている。

蓮池氏によると、これは真っ赤なウソ。

 

朝日新聞に載ったインタビューで安倍は「5人を帰すかどうか、苦悩した」、また「5人の意見を集約しました」と語っているが、これもまた嘘。

 

「小泉訪朝時、同伴した安倍が日朝平壌宣言にサインをせず、席を立って帰るべきだと進言した」となっているが、これも嘘。

 

これら安倍の武勇伝は「闘う保守政治家」のイメージを作り上げ、右傾化する日本で一気に人気を取った。

これが排外ナショナリズムをさらに盛り上げ、軍備強化を後押している。

 

 

国会において、安倍は上記件の野党追及に対して「本の引用だけ」と一蹴した。

 

しかし現在、安倍らが追及されている事件はすべて新聞や雑誌によるもので、検察が先行しているものはない。

これは当然で、彼らは法律の抜け穴をかいくぐり、一切証拠を残さないようにしているのだから(探せば出て来ているのだが)。

つまり事件の解明は新聞や週刊誌に頼らなければならない。

 

 

知って頂きたい事は、人気を得る為に敵愾心や脅威を煽ることは、単に嘘つきを越えて、紛争の危機を高めてしまうことです。

この手の事例は世界史に事欠かない、ブッシュの9.11後で見せた人気取りと同じです。

 

 

 

* 恐ろしいほどの平和背徳

 

佐藤栄作と言えば自民党の輝ける首相です。

彼は日韓基本条約批准、非核三原則提唱、沖縄返還をなし遂げ、8年の連続在任記録を持っていた。

 

しかし彼は二つの背徳を冒していた。

 

 

5

*5

 

一つは、沖縄返還を巡って米国と交わした密約でした。

「有事の場合は沖縄への核持ち込みを日本が認める」

 

暴露されたのは彼の死の19年後(1994年)で、2009年に佐藤の自宅から覚書が発見された。

当然、国民は非核三原則を唱えてノーベル平和賞を受賞した彼が裏切っていたことなど露ほども疑わなかった(追及はあったが否定)。

核を持ち込まないと宣言しておきながら核配備を許し、これによってソ連の核攻撃の標的にもなっただろう。

 

 

さらに無自覚な愚行もあった。

 

大戦で日本は米国の無差別爆撃と原爆投下の悲劇を被った。

実は、この殺戮の立役者が米国のルメイ大将です。

 

既に原爆開発は進行していたが、トルーマン大統領や陸軍長官は使用に慎重であり、使用に当たって一般市民をターゲットにしないことを指示していた。

しかしルメイは原爆の初使用に固執し、無差別爆撃さえ厭わなかった。

 

佐藤首相と小泉防衛長官(小泉新次郎の祖父)が、このルメイ大将に自衛隊への貢献で勲一等を授与した(GHQ廃止の12年後)。

この時、天皇が直接手渡す“親授”が通例であるが、昭和天皇は親授を拒否した。当時、小泉は「功績と戦時の事情は別個に考えるもの」と述べた。

 

ルメイは後年、NHKの取材で戦争責任について聞かれると、この勲章を見せた(私は日本から称賛されたと)。

また彼は晩年、著書で「原爆を使用せずに戦争を終わらせることができたとしても、原爆投下は賢明な決定だった。なぜなら原爆投下が降伏交渉を早めた」と語っている。

 

自国民を大量虐殺した人物を、何の謝罪反省も無しに勲章までプレゼントする政府が世界にあるだろうか?(屈辱や正義とは無縁な政府)

 

 

 

* まとめ

 

多くの国民はこの三つの事件について目くじらを立てないかもしれない。

しかし、事は重大です。

 

・ 女性差別が改善されるどころか、悪化し続けている。

 

・ 政府首脳は危機を煽り平和を守る姿勢で人気を博す一方、危険な状況に追い込んでいる。

 

・ 政府首脳は以前から隠蔽や虚言を行っているが、今はいとも簡単に乱発するようになった。

 

・ 惨めなほど米国追従の根は深い。

 

・ 安倍政権になって、マスコミの弾圧と国民軽視が加速している。

 

 

この状況は、きっと女性の方であれば、何を差し置いても防ぎたいと考えるはずです。

男性は、どうしても腕力と経済を優先し、真の平和や安全、女性差別などを二の次にする傾向がある。

 

つまり女性こそが、平成大改革を担うべきなのです。

 

 

 

次回に続きます。

 

 

注釈1

男女平等ランキングは世界経済フォーラム(WEF)の「世界ジェンダー・ギャップ報告書(Global Gender Gap Report) 2017」を発表による。

格差が少ない1位から5位までは、アイスランド、ノルウェー、フィンランド、ルワンダ、スウェーデンと北欧が多い。

その他では、ドイツ12位、英国15位、米国49位、中国100位でいずれも日本より上です。

 

 

 

Categories: culture+society, <japanese language, politics | Tags: , | 2 Comments

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