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Bring peace to the Middle East! 75: Why was it exhausted ? 13: What happened in Congo ? 1


中東に平和を! 75 なぜ疲弊したのか 13: コンゴで何があったのか 1

 1-1

 

 

< 1.  a mine in Congo  >

< 1.コンゴの鉱山 >

 

 

 We are going to see how colonized countries were destined to become exhausted country.
I will mainly focus on Congo in Africa.
We will know there is the same situation as in the Middle East.

 

これから、植民地化された国がどのように運命づけられたのかを見ます。

主にアフリカのコンゴを中心に考察します。

そこには中東と同じ状況がありました。

 

 

2

< 2. the tragedy of Congo >

 

< 2.コンゴの悲劇 >

 

Congo Crisis, Congolese refugees, the murdered President Lumumba, and the dictator President Mobutu.

 

 

コンゴ動乱、コンゴ難民、殺害されたルムンバ大統領、独裁者モブツ。

 

Introduction

 

Without exception, African countries had begun to be invaded by Western Europe as early as the 15th century, became completely colonized by the end of the 19th century, and accomplished independence in the middle of the 20th century.
Many are still suffering from civil war, poverty, and corruption politics.
There is a common factor in the Middle East and South America.

 

はじめに

アフリカの国々は例外なしに、早くは15世紀から西欧に侵犯され、19世紀末には完全に分割され植民地となり、20世紀中頃にやっと独立を果たしました。

多くは未だに内戦、貧困、腐敗政治に苦しんでいます。

そこには中東や南米に見られる共通の病根が存在します。

 

 

3

<  3. the kingdom of Congo >

< 3. コンゴ王国 >

The capital city of kingdom of Congo ( the 17 – 18th century), a mask of Congo (today), a bronze statue (the 12 – 15th century) and a bronze ware ( the 9 – 10th century) in Nigeria, and a ivory horn of Congo ( the 14 – 17th century).

 

コンゴ王国の王都(17-18世紀)、コンゴの仮面(現代)、ナイジェリアの青銅像(12-15世紀)と青銅器(9-10世紀)、コンゴの象牙製ホーン(14-17世紀)。

 

 

4

 

< 4. Congo >

< 4. コンゴ >

Upper map: the distribution of Bantu languages that Congo belongs in.
Lower map: the Kingdom of Congo.

 

上の図: コンゴが属するバントゥ―語族の分布。

下の図: コンゴ王国。

 

Why do I choose the Congo?

 

The Congo in Africa can be said to be a miserable representative.
A number of dictators appeared in this country, the ethnic groups came into collision, and there were some civil wars to have killed many people.
Even now, in the Congo the economic downturn, the high mortality rate of infants and the high poverty rate continue, and only Congo is to left behind while other countries are beginning to grow.

This area has a jungle and savanna spreading in the vast basin where a long Congo River flows.
The area is comparable to most of Western Europe.
Here, there was the Kingdom of Congo that began in the 14th century, controlled a number of small countries, manufactured ironware and had a vast trading network.
That capital city had exceeded the population of London in the 16th century.

The language of Africa is diverse, but the Congolese language belongs to the Bantu language that occupies one third of Africa, and the Congo is located in the center.
This language family more quickly had used the ironware, advanced southward and expanded.

 

なぜコンゴなのか

アフリカの中でもコンゴは悲惨な代表と言えるでしょう。

この国では数多くの独裁者が出現し、民族が分裂し、多数の死者を出した内戦がありました。

現在も経済の低迷、幼児の高死亡率、高い貧困率が続いており、他の諸国が成長を始めているのに取り残された感がある。

 

この地は長大なコンゴ川が流れる広大な盆地にジャングルとサバンナが広がっています。

その面積は西ヨーロッパの大半に匹敵します。

ここには14世紀に始まるコンゴ王国があって、多数の小国を従え、鉄器を製造し広大な取引ネットワークを持っていた。

その王都は16世紀においてロンドンの人口を上回っていた。

 

アフリカの言語は多様だが、コンゴはアフリカの1/3を占めるバントゥー語族に属し、ちょうど中央に位置する。

この語族が最も早く鉄器を普及させ、やがて南下し拡大してしていった。

 

 

 

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< 5. The beginning of the Congolese tragedy >

< 5. コンゴの悲劇の始まり >

 

Upper map: When the Age of Discovery started in the 15th century, Portugal went southward along the west side of Africa, and first contacted the Kingdom of Congo.

Lower map: The Congo River basin and the present Congo that was divided in three countries.
A= République Démocratique du Congo. B= République du Congo. C= Cabinda of República de Angola.

 

 

上の図: 15世紀に大航海時代が始まるとポルトガルが最初にアフリカの西側を南下し、コンゴ王国と接触した。

 

下の図: コンゴ川流域と現在の3分割されたコンゴ。

A=コンゴ民主共和国、B=コンゴ共和国、C=アンゴラ領のカビンダ。

 

 

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< 6.  Current Congo >

< 6. 今のコンゴ >

Eventually a turning point arrived the west coast of Africa along with the beginning of the Age of Discovery.
Since this time, all disasters of colonies befell this area, then various proxy wars by the Cold War continued to hurt Africa.

In Africa, there are many countries shouldering a burden.
For example, countries suffering from civil war such as Somalia, Sudan, Rwanda and Sierra Leone, countries suffering from dictators such as Zimbabwe and Uganda, countries suffering from racial discrimination such as South Africa.

In particular, the Congo was subjected to the harsh treatment from the beginning, and is suffering for a long time.
If we look at the treatment the Congo received, we can understand the exhaustion of other African countries and the Middle Eastern.

 

 

This continues to the next time.

 

 

やがてヨーロッパの大航海時代の始まりと共にアフリカの西海岸に転機が訪れることになる。

これ以降、植民地のあらゆる災厄に始まり、冷戦による代理戦争、大国の干渉がアフリカを続けて襲う事になった。

 

これら不幸を背負った国々はアフリカに多々ある。

例えば内戦に苦しむソマリア、スーダン、ルワンダ、シエラレオネ、独裁者に苦しむジンバブエ、ウガンダ、人種差別に苦しめられた南アフリカなどです。

 

中でもコンゴは初期から過酷な仕打ちを受け、長く苦しむことになった。

コンゴでの仕打ちを見て行くと、他のアフリカや中東の疲弊がよくわかる。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 52: トランプの評価を巡って


1

*1

 

 

不思議なことがある。

大衆はなぜ突如として極端な行動に出るのだろうか?

トランプ大統領の選択がその好例です。

 

不思議なこと

私はトランプに関する本を6冊読んだが、トランプ大統領の評価は混乱している。

 

彼の就任は悪化している米国の現れか、彼の希代の才能ゆえか、それとも何かの間違いか?

我々は彼に期待すべきか、はたまた最悪の事態に備えるべきか?

これは世界にとって吉兆なのか、それとも凶兆なのか?

 

これら相矛盾する評価から、米国社会と世界の混沌が見えて来ます。

 

2

*2

 

 

相矛盾する評価

 

*トランプ氏に対する評価

意見は大きく二つに分かれる。

 

トランプを高評価する人は、彼は群を抜いた交渉力を持ち、幾多の困難を乗り越えたビジネスマンで、機を見るに敏だと言う。

また彼は自己資金で戦ったので既成勢力と無縁で、正直者だからと期待されている。

 

彼を否定する人は、彼は感情的、ナルシスト、守銭奴だから信用出来ないと言う。

また彼は政治経験がなく、極右で、煽動家だから危険だとされている。

 

 

*トランプ氏が選ばれた背景

概ね以下のように要約できる。

 

幾多の有力候補やヒラリーが嫌われ、投票率が低い背景に、ホワイトハウスへの根深い不信感があり、大衆は既成政治との断絶を求めた。

さらに白人層の危機感と女性蔑視が大きく作用した。

 

彼は大衆の不満(移民、ムスリム、派兵、失業など)を積極的に取り上げ、既成概念に囚われない解決法を示した。

それをデマゴーグと非難するマスコミと他候補に対して、彼は悪態とメール発信でやり込めることが出来た。

 

彼はテレビ番組の人気者であったが、当初、泡沫候補と見られていて、マスコミは興味本位に彼を扱ったことより、露出度が非常に高まった。

マスコミは彼の人気が出てから批判を始めたが、既成勢力と非難され、逆効果となった。

 

他に、米国における闇の支配者などの陰謀説もある。

 

 

*著者たちのトランプ大統領の評価

 

彼をレーガンやエリツインになぞらえ、彼こそが米国で創造的破壊を起こしてくれるとの期待がある。

確かに、他の候補では超富裕層による支配、戦争継続、移民増大、格差拡大が続く可能性がある。

 

当然、危険視する意見もある。

彼のほとんどの解決策はデタラメで、特に経済政策、結局は米国と世界を混乱に陥れる可能性が高いと見られている。

 

結局、ジリ貧になっていく白人層は、溺れる者は藁をも掴む心境のようだ。

日本もこうならないように願いたいのだが。

 

 

様々な疑問

 

A: 経済に創造的破壊は必要だが、大統領が旗を振ってうまく行くのだろうか?

 

歴史的には、イギリスの産業革命などのように、良い創造的破壊が起きる時は、それぞれの利益を代表する集団が交渉し妥協しながら自由裁量権を得て、イノベーションへの意欲が持続する時です。

残念ながら、現状は金権政治(超富裕層による支配)で社会の調整機能が失われているのですが。

 

彼が進める公害防止や金融規制などの緩和・撤廃、また相続税廃止などの富裕層減税は、明らかに弱者を増やすだけで、創造的破壊とは別物です。

 

世界を牽引している米国の情報通信などのイノベーションは政府の関与とは言えない、また移民も大きく関わっている。

 

 

 

B: 大統領に破壊を期待すると、何が起きるか?

 

レーガンの経済政策により、後に米国は双子の赤字と格差拡大で苦しむことになり、日本は円高を飲まされることになった。

 

エリツィンの経済政策により、ロシアはハイパーインフレを起こし経済破綻し、プーチンの独裁を招くことになった。

 

ヒトラーの例は既に述べました。

 

レーガンはインフレを抑制し冷戦終了を導いた、またエリツィンはソ連崩壊と共産経済の低迷からの脱出を導いたと言える。

 

結局、国民は混乱に備え、相当の覚悟が必要です。

 

 

 

C: 大統領に人格や見識は必要ないのだろうか?

 

例えば、彼は数度の倒産にもめげず大富豪に成り得たのだから素晴らしい胆力と能力を持っていると評価される。

見方を替えれば、幾度も借金を踏み倒し、従業員を路頭に迷わせたのだから、無計画で無責任な人間とも言える。

 

実際、彼のビジネス手法には違法まがいが目立ち、また脱税(節税)しているらしい。

はたしてこのような人物に国を任して良いのだろうか。

 

 

D: トランプを期待する心理の不思議。

 

概ねトランプを評価する著者らは共和党寄りのように思える。

彼らは民主党政権には辛辣だが、共和党への悪口がまったくない共通点がある。

逆も真なりですが。

 

例えば、ヒラリーは多額の献金を受け、戦争を拡大させ、裏で汚い事をしていると罵る。

また民主党政権は中東で手を打たなかったから戦火が拡大したと言い、一方でトランプは外国に干渉しないから、世界は平和になるとも言う。

中東を大きく混乱させたのはブッシュ親子だと思うのだが。

 

私は、どっちもどっちで、まだ民主党の方が少しましなように思えるが。

 

また、盛んに陰謀論を唱える福島隆彦は2016年7月出版の本で、ロックフェラーがトランプに決めたと自慢げに書いている。注釈1。

キッシンジャーとトランプの娘婿の父親は共にユダヤ系の大物であり、彼らが仲介したと説得的でした。

 

しかしその年の4月の彼の本を見ると、ロックフェラーがヒラリーに決めたと書いていた。注釈2.

 

陰謀論は読んでいてワクワクするが、少し考えれば腑に落ちないことが見えてくる。

 

 

まとめ

やはり、米国は病んでいる。

米国主導のグローバリズムによって世界も病んでいる。

グローバリズムが悪いわけでは無いが、自由放任が悪い。

 

いつしか、既得権益層が社会を牛耳り、格差拡大が蔓延し、大衆の団結を防ぐ為に疑心暗鬼が煽られ、分断が深まった。

そして社会を変えられない大衆が焦り、そしてポピュリズムによる大きな左右への揺れが起きた。

 

この状況は、帝国主義やファシズムを生み出した社会と酷似しているように思えるのだが。

この時も、ナショナリズムと保護主義が世界に蔓延して行き、2度の大戦へと繋がった、

 

皆さん、どうか自分の身を守る術を考えておいてください。

 

 

 

3

*3

 

 

参考文献の紹介

*「トランプがはじめた21世紀の南北戦争: アメリカ大統領選2016 」

渡辺由佳里著、2017年1月刊。

 

彼女は米国で長年暮らしているジャーナリスト。

この度の大統領選の集会などを直に取材し、市民の眼からレポートしている。

トランプを支持する人々(主に白人)の実態が良く伝わってくる。

彼女はヒラリー寄りで、リベラル派の惨敗に気落ちしている。

 

 

*「トランプ政権でこうなる! 日本経済 」

岩崎博充著、2016年12月刊。

 

彼は日本在住の経済ジャーナリスト。

この大統領選挙を取材ではなく資料や本から分析しているようです。

トランプが選ばれた背景を妥当な情報で分かりやすく解説している。

私の感じでは、中立的な立場で、トランプ政権の今後を占っている。

彼はトランプによって災いが起きることを恐れている。

 

 

*「なぜヒラリー・クリントンを大統領にしないのか? 」

佐藤 則男著、2015年11月刊。

 

彼はニューヨーク在住40年を超えるジャーナリスト。

書かれたのが序盤戦(予備選)の時期なので切実感はないが、米国大統領選の裏表を見せてくれる。

また序盤でのトランプへの悪評とヒラリーへの嫌悪感がよく伝わってくる。

彼は共和党寄りです。

 

 

*「トランプ大統領とアメリカの真実」

副島隆彦著、2016年7月刊。

 

彼はアメリカ政治思想研究の第一人者と自称している。

大統領選が混沌としている中で、早々とトランプで決まりと発言している。

本は読んでいて面白い。

米国の政治思想史や支配層の人脈を縦横に駆使しながら大統領選を鮮やかに分析している。

陰謀説で、踏み込んで断定する割には、2017年2月20現在において、多くが外れている。

極端で眉唾ものと思って読む分にはよい。

なぜか、この手の本はアマゾンでは評価が高い・・・。

 

 

*「『闇の支配者』最後の日々」

ベンジャミン・フルフォード著、2016年4月刊。

 

彼はカナダ出身のジャーナリストで日本に帰化。

この本ではトランプは扱われていませんが、米国の裏側を知りたいと思って読みました。

日本、米国、世界を股にかける闇の支配者が出て来ます。

私には、真贋を検証する力がありませんので、途中で放棄しました。

これもアマゾンでは評価が高い・・・。

 

 

*「トランプ・シフト これからの世界経済に備える14のこと」

塚口直史著、2016年12月刊。

 

彼は大成功しているヘッジファンドマネージャーで、世界の政治史にも見識がある。

この本は、トランプ後の世界の経済・金融を理解するには必見です。

経済用語が出て来て読みづらいところはあるが、読めば世界の現状と混乱の広がる様子を知ることが出来ます。

日本のアベノミクス、日銀政策についても明快な判定を下しています。

 

彼は、現実に大きな資金を運用する立場にある為、この危機にあって、今は様子待ち(手元流動性を高め)を行い、しっかりと備えるべきと警鐘を鳴らしています。

 

私がトランプの次に恐れているのは、中国経済の崩壊ですが、これがトランプによって更に悪化するかもしれない。

世界の悲運は、政府の些細な判断ミスや外交ミスの積み重ねで訪れるものです。

 

これで終わります。

 

 

注釈1

既述の「トランプ大統領とアメリカの真実」

 

 

注釈2

「マイナス金利「税」で凍りつく日本経済」副島 隆彦 著。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 69: Why was it exhausted ? 7: The period background of imperialism 2


中東に平和を! 69: なぜ疲弊したのか 7: 帝国主義の時代背景 2

1a

*1

Last time we saw why the imperialism began.
However, the explanation lacks a certain something.

前回、なぜ帝国主義が始まったのかを見ました。
しかし、何か大事なことが抜けている。

 

2

*2

 

What did it lack?
In the previous explanation, it is difficult to understand why competition for getting parts of colony began in the 1880’s.
There must be a common motive for Western countries, and I think it eventually led to two great wars.

In the latter half of the 19th century, there are some important changes that occurred in the Western Europe.

A: Capital exports and emigrants from the Western Europe had doubled every 10 years.
For example, the development of steamboats expanded a maritime traffic, and the export value was growing every year.
After the Industrial Revolution, the economy and the science technology developed, so the difference in national power between the UK and the US or the Germany was decreasing in size.

B: Although the economic recession had already occurred repeatedly, finally a major depression lasted for about 20 years since 1873.
As a result, each country took a protective trade policy, and at a same time nationalist sentiment intensified.

C: A thought “The Western Europe is superior to the other world and develops” had been timely widespread .
The people adopted Darwin’s theory of evolution, and they were convinced that the excellent Western civilization was evolving through the principle of the survival of the fittest.

D: In 1884, 14 Western countries held a conference in Berlin, and decided the rules of partition of Africa, then after that the competition for getting parts of colony began.

At that time, the Africa was an unexplored area where fever disease spread in, and the colony of the Western Europe was only 10% in it.
A conflict occurred when countries (Belgium etc.) that had lagged behind in getting of colony tried to enter it.
In order to prevent this conflict, certain rule ” the country that first occupied and dominated colony is granted the control of it” was stipulated.
Thus, the competition began.

Although there is a part overlapping with the previous explanation, you may notice a strange something.

 
何が抜けているのか
前回の説明では、1880年代から植民地獲得競争がなぜ始まったが分かり難い。
やはり西欧諸国に共通する動機があるはずで、やがてそれが二度の大戦へと繋がったように思える。

19世紀後半、西欧に起きていた重要な変化を挙げます。

A: 西欧からの資本輸出と移民が10年毎に倍増した。
例えば蒸気船の進歩が海上交通を発展させ、輸出額は毎年伸びていった。
また産業革命後、経済と科学技術が発展し、これによって英国と米国やドイツなどの国力差が縮小した。

B: 既に景気後退が繰り返し生じていたが、ついに1873年から大不況が約20年間続いた。
これによって各国は保護貿易に転じ、また愛国主義の風潮が高まっていった。

C: まさにこの時期、「西欧は世界に優越し発展する」との思想が広まっていた。
彼らはダーウインの進化論を取り入れて、優れた西欧文明は適者生存により発展していると確信した。

D: 1884年、西欧14カ国がベルリン会議を開き、アフリカ分割のルールを決め、この後、植民地獲得競争が始まった。

当時、アフリカは熱病が蔓延する未開の地で、1割が西欧の植民地となっていただけであった。
そこで、植民地獲得に遅れをとっていた国(ベルギー)が参入しようとして衝突が起きた。
この争いを防ぐ為に、ルール「先に占領し支配した国が領有する」が定められた。
こうして競争が始まった。

これは前回の説明と重複するところもあるが、こうして見ると不思議な事に気づく。

 

3

*3

What is it?
That is certain mentality of the Western Europe that appears in the above paragraph C and D, and it is probably more intense than East Asia.

If I were to use one word, it will be a feeling of superiority passing over a self-confidence of Westerners.
They who were Christian and White despised pagans and different races.
They understood a social system that was different from their society as deteriorating or undeveloped society.
What an inconsistent stance. Annotation 1.

 
それは何か
それは前述のC,D項に現れている西欧の心性で、おそらく東アジアより強烈と思われます。

敢えて言うならば、それは西欧人の自信を通り越した優越感でしょうか。
キリスト教徒であり白人である彼らは異教徒や異なる人種を蔑んだ。
彼らは自分達の社会制度と異なるものは劣化か未発達だと捉えるところがある。

例えば、欧米は東京裁判において日本を「平和に対する罪」などで裁いた。
この罪は侵略戦争に対して言っているのですが、この60年前のベルリン会議で、欧米は侵略を合法化していたのです。
如何にも矛盾しています。注釈1.

 

4

*4

 

What is the mentality of the imperialism?
In the age of European Imperialism, the brutality of the Western Europe that was shown in colonies was based on a strong discriminatory sentiments and contempt.

This would have lowered resistance sentiments toward exploiting and controlling the colonies.
Although this mentality was also common to the empire of Japan and the fascism of Nazi Germany.

Then, what has happened?
In 1914, the First World War began from one assassination incident in the Balkans.

In the competition for colony, the Western countries did not big fight against each other.
However, during the competition, eventually the greed of larger countries and the backlash of the colony must have exploded.

Knowing this process, the judgment of whether the imperialism was holding down internal conflicts or was preparing the world war depends upon the person.
I have the latter view.

This continues to the next time.

 

帝国主義の心性とは何か
帝国主義の時代、西欧が植民地で行った蛮行に通底しているのは、強烈な差別感情、蔑視でした。
これが植民地への搾取や支配への抵抗感を低くしたことでしょう。
もっとも、この心性は大日本帝国やナチスドイツのファシズムにも共通していたのですが。

 
その後、何が起きたのか
1914年、バルカン半島での一つの暗殺事件から第一次世界大戦が始まります。

植民地争奪では西欧各国は互いに大きな戦闘をすることはなかった。
しかし、植民地の獲得競争の中で、やがて大国の強欲と植民地の反発は爆発することになった。

この経緯を見て、帝国主義が内紛を抑えていたのか、はたまた世界大戦を準備していたのかは判断が別れます。
私は、後者の見方に立ちます。

 
次回に続きます。

 

 
注釈1.
この60年間の隔たりをどう見るのか。
それまでの西欧の激しい対立と戦争の歴史、特に二つの大戦の経験から、彼らは大いに反省し、自らも含めて侵略行為に制裁を科そうとしたのだろうか。
残念ながらそうは思えない。
米国による広島への原爆投下や、ベトナム戦争などから察すると、やはり欧米の異人種・異教徒への蔑視と復讐心は強烈で、自戒をあまり期待できないようです。

私は東京裁判の意義を認めるが、この心性に人類共通ではない特有の恐ろしさを見る。
しかし、この章では深く立ち入らない。

 
参考文献
帝国主義については下記図書を主に参考にしました。
「概説 世界経済史Ⅱ」p176-191.
「早わかり 世界史」p254-259.
「世界の歴史 帝国の時代8」第二章。
「世界歴史地図」ムーア著、第9章。
「丸善エンサイクロペディア 大百科」p1778.
「帝国主義」アンドリュー・ポーター著。

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 65: Why was it exhausted ? 3: Why is the selfishness permissible?


中東に平和を! 65: なぜ疲弊したのか3: なぜ身勝手がまかり通るのか 

 

1a

< 1. TPP support enterprises >
< 1.TPP支援企業 >

 

Last time, we saw the selfishness of major nations and multinationals.
Why is the selfishness permissible, and why does it continue to happen?
We look at the motive of the major nations from now on.

前回、大国と多国籍企業の身勝手を見ました。
何ぜ身勝手がまかり通り、起こり続けるのか?
これから大国の動機を探っていきます。

 

2
< 2. an apparel factory in Bangladesh collapsed in 2013 >
< 2.2013年、バングラデシュのアパレル工場のビルが倒壊 >

 
The selfishness of major nations that has been permissible
In this chapter, we are going to look at why many countries on the Earth can’t choose but be exhausted, but there is a thing we have to know before that.
That is to say, “Why have the major nations and multinationals repeated the selfishness, and why have the people been indifferent to it?”

For one thing, because major nations and multinationals were hardly punished even if it were sacrificing weaker nations and the citizens, as in the previous four cases.
These cases are relatively recent, the world yet can’t do something about these.

Why can’t we stop the situation that the many lives and property of weaker nations are being lost and human rights are being ignored?
The reason is that major nation has overwhelming power in economics, diplomacy and military power, so many countries follow it.
This is a reality that does not require explanation.
For example, it is evident when looking at the neglect of the UN Framework Convention on Climate Change(COP), the starting the Iraq war, and the veto in the U.N.

 
まかり通る大国の身勝手
この章では、地球上の多くの国が疲弊せざるを得なくなった理由を見て行くのですが、その前に知っておくべきことがあります。
それは、「なぜ大国と多国籍企業が身勝手を繰り返し、また多くの国民はそれに無関心なのか?」と言うことです。

一つには、前回の4つの事例のように大国と多国籍企業が弱小国やその国民を犠牲にしてもほとんど罰せられないことがあります。
これらの事例は比較的最近のもので、世界はこれらにまだ対処出来ていない。

なぜ、弱小国の膨大な人命や財産が失われ、人権が無視されているのに止めることが出来ないのでしょうか。
その理由は、大国は経済、外交、軍事力で圧倒的な力を持ち、多くの国が追従していることにある。
これは説明を要しない現実です。
例えば気候変動枠組条約の無視、イラク戦争開始、国連での拒否権などを見れば明らかです。

 

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< 3. Celebrities >
< 3. 著名人 >

Takenaka: a Japanese economist who espouses globalization.
Piketty: a French economist who raises an alarm over the disparity of the world.
Pal: an Indian lawyer who protested Western imperialism.

・竹中平蔵: グローバル化を信奉する日本のエコノミスト。
・ピケティ: 世界の格差に警鐘を鳴らすフランスの経済学者。
・パール: 欧米の帝国主義に異議を唱えたインドの法律家。

 
Furthermore, selfishness of multinationals
The multinational is the most leading player in globalization and sometimes causes major problems.
The remarkable points are a perpetrator of a bubble economy, and the pollution and poor labor conditions in developing countries.
Even if we abandon a tyranny of major nation, we want just preventing a tyranny of multinationals, but this also is difficult.

Today, the total sales of multinationals (60 thousand companies) account for more than half of the world’s total production, and two-thirds of the world trade is the trade among multinationals. Annotation 1.
The sales of No. 1 multinational (Walmart) in 2015 is next to Sweden, the 24th largest in the world in terms of nominal GDP.
Actually, the problem is not only the scale but also the control.
Multinational is not stateless, but are protected by the major nation that it belongs in.
According to James B. Glattfelder. Annotation 2.
737 major shareholders have the power to control 80% of the value of multinationals.
The number of this major shareholders is about 0.1% of the total, and the US and UK financial institutions account for most of it.
Furthermore, 146 shareholders being a key part of it can control 40% of the value of multinationals in the world.
In addition, 1,400 worldwide billionaires have 1.5% of the world’s total assets. Annotation 3.

Person accepting the current situation says that selfishness is just one aspect of globalization, and we only leave it. ( Takenaka etc.).
Meanwhile, there are persons who say that the world has to control the selfishness and establish world-wide justice (law) . (Piketty, Pal)

The times that this capital and companies of major nations began to embark on the world is during the Age of Discovery, next it was extremely fierce in the imperialist era, and continue to the present time.

This continues the next time.

 
さらに多国籍企業の身勝手
グローバル化の立役者であり、大きな問題を引き起こすのは多国籍企業です。
目立つものでは、バブルの張本人や低開発国での公害や劣悪な労働があります。
大国の横暴は諦めたとしても、企業の横暴ぐらいは防ぎたいと思うのは人情ですが、これが難しい。

現在、多国籍企業(6万社)の総売り上げは世界の総生産の半分以上を占め、世界貿易の3分の2は多国籍企業間の貿易です。注釈1.
2015年の多国籍企業No1(ウォルマート)の売り上げは、名目GDPで世界24位のスウェーデンの次に来ます。
実は、問題は規模だけでなく、その支配にあります。
多国籍企業は無国籍ではなく、その国籍がある先進国によって守られています。

James B. Glattfelderによれば。 注釈2.
737の大株主が多国籍企業の価値の80%をコントロールする力を持つ。
この737という大株主の数は全体の0.1%程度で、アメリカとイギリスの金融機関がほとんどを占めます。
さらにその中核部の146の株主が世界の多国籍企業の価値の40%をコントロールできるのです。
なお世界の億万長者1400人が世界総資産の1.5%を持っている。注釈3.

これらは米国や英国など一部の人々(超富裕層)が世界経済を、さらには国をもコントロール出来ることを示唆しています。

現状肯定派は、これらはグローバル化の一側面に過ぎなく、手の打ちようが無く、放任するしかないと言う(竹中平蔵など)。
一方、この身勝手を食い止め、世界共通の正義(法)を確立せよと言う人もいる(ピケティ、パール判事など)。

この大国の資本と企業が世界に乗り出すのは大航海時代に始まり、帝国主義時代で熾烈を極め、そして現代へと続いている。

 
次回に続きます。

 
注釈1.
下記から抜粋引用。
http://www.geocities.jp/isciscisc52/middle/isc52______link/table2_doi.htm

注釈2.
下記から抜粋引用。

発言者は下記書物の著者です。
Decoding Complexity: Uncovering Patterns in Economic Networks

注釈3.
ピケティの「21世紀の資本論」の図12-1、2より。

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Bring peace to the Middle East! 64: Why was it exhausted ? 2: selfishness of major nations and multinationals


中東に平和を! 64: なぜ疲弊したのか 2: 大国と多国籍企業の身勝手

 

1

*1

 

The selfishness is inconspicuous, but the damage of weaker nations is enormous.
This is deepening the division of the world.

大国の身勝手は目立たないのですが弱小国の被害は甚大です。
これにより世界の分断が深まっています。

 

2mennka

< 2. a particular of a subsidy policy >
< 2. 補助金政策の顛末 >

· cotton growers in the USA and Africa.
· the Graph shows a change of cotton price, and the red frame is in the time of Bush administration.

・米国とアフリカの綿花農家。
・グラフは綿花価格の推移、赤枠はブッシュ政権時。

 

Case A
In the time of the Bush administration, he doubled the cotton subsidies.
The USA issued the subsidies of $ 3 to 4 billion to 25,000 cotton growers.
This amounted to about 40% of the cotton production value of the USA, and the export price fell by this.
The cotton production value of the USA is the third largest in the world and accounts for 10%.

As a result, about 10 million farm families suffered a sever damage in Sub-Saharan Africa alone.
If this situation continues for several years, the small-scale farmers will not be able to recover.

Brazil, the production is the fifth highest in the world, sued the subsidy to the WTO, and the adjudication of a ban against the subsidy was issued.
While major nations say free trade, they sacrifice weaker nations by using all means such as export subsidies.
事例A
ブッシュ政権の時に、綿花の補助金を2倍に引き上げた。
米国は25000戸の綿花栽培農家に30~40億ドルの補助金を出した。
これは米国の綿花生産高の約40%になり、輸出価格はこの分下がった。
米国の綿花生産高は世界第3位で10%を占めている。

これによってサハラ以南のアフリカだけで約1000万戸の農家が打撃を受けた。
このようなことが数年も続くと、零細農家は再起不能になる。

生産高5位のブラジルはこの補助金をWTOに提訴し、補助金禁止の裁定が下された。
大国は自由貿易を謳っていながら輸出補助金などあらゆる手段を使い、弱小国を犠牲にする。

 

3ajia
< 3. Asian currency crisis >
< 3.アジア通貨危機 >

· Thailand of a victim country and the USA of a financial heaven.
· The damaged countries (orange), and the changes of the GDP in the time.

・被害国タイと金融天国の米国。
・被害国(橙色)とGDPの推移。

Case B
In 1997, the hedge fund led by George Soros suddenly made a short-sale against Thai currency, and the currency fell sharply (Asian currency crisis).
Thus, the economy of the five countries in which 500 million people live, mainly Southeast Asia suffered a sever damage, and the number of poverty rate and suicide doubled by the increase in unemployment.
Furthermore, the deaths from a disease also increased due to the reduction of welfare budget.
For this, the IMF and Japan etc. proffered a total of 5 trillion yen for the affirmative relief.

In exchange for the lives of about 100,000 blameless Asian, the speculators of major nation gained over several hundred billion yen in profit.
However, their conduct is not illegal and is also protected by major nations. Annotation 1
事例B
1997年、ジョージ・ソロスが率いるヘッジファンドがタイの通貨を空売りし、通貨が大幅に下落した(アジア通貨危機)。
そして、東南アジアなど5億人が暮らす5カ国の経済は大打撃を受け、失業の増大により貧困率と自殺者は概ね倍増した。
さらに福祉予算の削減により疾病による死者も増加した。
このためにIMFと日本などは合計5兆円の救済を行った。

罪のないアジアの約10万人の命と引き換えに、大国の投機家は数千億円以上の利益を得た。
ところが彼らの行為は違法ではないし、さらに大国によって守られてもいる。注釈1。

 

4bakuhatu0
< 4. Explosion accident at a chemical plant >
< 4.化学工場の爆発事故 >

· The exploded chemical plant, the injured persons, and the demonstrations.

・爆発した工場と被害者、デモ。
Case C
In 1984, a toxic gas outflow accident occurred in the chemical plant of “Union Carbide Corporation” of the USA in Bhopal, India, and thousands of people died.
After the accident, more than 20,000 people died and about 100,000 people suffer from health problems such as respiratory diseases and eye diseases.
About 600,000 people including the families are damaged.

The Indian government accused the management team of the factory to the court, but the USA refused to hand over a responsible person and he is still running away.
The amount of the compensation was 500 dollars per person and it was only one sixth of the bill, furthermore the damage is expanding by the outflowing material.
事例C
1984年、インド、ボパールの米国の化学工場「ユニオンカーバイト」で有毒ガス流出事故が発生し、数千人がなくなった。
事故後、2万人以上が死亡し、約10万人が呼吸器疾患や眼病などの健康被害を受けた。
家族を含めて総勢60万人近くが被害を受けた。

インド政府はこの工場の経営陣を裁判所に告発したが、米国は責任者の身柄引き渡しを拒み、彼は現在も逃亡中です。
賠償額は一人500ドルで訴訟請求額の6分の一に過ぎず、さらに流出物質により被害は拡大している。

 

 

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< 5. pollutants dumping from a mine >
< 5. 鉱山の汚染物質投棄 >

· the location of the mine and the polluted river.

・鉱山の位置と汚染された川。
Case D
The mine “Ok Tedi” of the world’s largest Australian resource development company had mined gold and copper in Papua New Guinea for more than 20 years.
This mine had earned 30% of the total export value of this country.

Eighty thousand tons of ore (pollutant) was kept flowing in the river every day.
Malformation occurred due to mineral poison, a large amount of earth and sand was accumulated in the entire downstream area, and enormous forest disappeared.
It is said that this recovery will take 200 years.

When this company was accused of the environmental destruction in 2002, it decided to close it in 2010, by considering depletion of the mine and huge damages compensation.
As a result, the local government had to clean up it.

This continues the next time.

 

事例D
世界最大のオーストラリア系資源開発会社の鉱山「オク・テディ」が20年以上、パプアニューギニアで金・銅を採掘していた。
この鉱山は、この国の輸出総額の3割を稼いでいた。

毎日8万トンの鉱石(汚染物質)を川に流し続けていた。
鉱毒で奇形が発生し、大量の土砂が下流全域に堆積し、膨大な森林が消滅した。
この回復には200年を要すると言われている。

この会社は2002年に環境破壊で訴えられると、鉱山の枯渇と膨大な損害賠償を考慮し、2010年に閉鎖することにした。
その結果、地元政府はこの後始末をしなければならなくなった。
次回に続きます。

 
注釈1.
ジョージ・ソロスは、タイの通貨管理がお粗末なので、どうせ誰かが仕掛けて破綻しただろうと言い、微塵も責任を感じていない。
これを例えるなら、衛生状態が悪い地域で病原菌を増殖させ、疫病が蔓延した後に薬剤を高値で売りつけるのと変わらない。
これで10万人の死者が出ても、世界は見過ごすだろうか。
大国のした事なら文句は言えないかもしれないが。

参考文献
「スティグリッツ教授の経済教室」スティグリッツ著。
「世界経済を不幸にしたグローバリズムの正体」スティグリッツ著。
「世界に格差をばら撒いたグローバリズムを正す」スティグリッツ著。

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ロシアとバルト3国、ポーランドを巡る旅 12: ロシアの大型スーパー


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*1

 

 

今日は、サンクトペテルブルグのホテル近くにある大型スーパーを紹介します。

またホテルからエカテリーナ宮殿到着までの景色も紹介します。

 

 

 

 

2

< 2.宿泊したホテルと大型スーパー >

 

上の写真: 宿泊したホテルは空港近くのCrowne Plaza St. Petersburg Airport です。

中央の写真: ホテルの部屋から大型スーパーLENTAが右側に見えます。

下の写真:  LENTAの正面。

このスーパーは24時間営業です。

 

 

 

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< 3. レジ >

 

私達はホテル到着後と翌日の早朝、2回買い物に行きました。

日本の大型スーパーと同じ規模です。

 

 

 

 

4

< 4. 衣類と家電製品 >

 

旅行時の為替は1ルーブルが約1.6円でした。

したがって、上の写真の衣類の値札は600~1900円で、日本と変わらない。

下の写真の家電製品の値札は1600~8000円で、日本よりも安いかもしれない。

私は中央の暖炉型ファンヒーターが気に入りましたが、後に各地のレストランで見ることになりました。

 

 

 

5

< 5. パンと菓子の売り場 >

 

ここで面白い経験をしました。

 

私達は旅行前から本場のピロシキを食べようと計画していました。

ところが、食べる機会がなく、今日(9/30)にはロシアを離れてしまいます。

またこのスーパーにも、それらしきものが見つかりません

それで、店員やお客さんをつかまえては、「ピロシキ」「ピロシキ」と連呼して聞きました。

4人以上に聞いたと思いますが、皆、「ピロシキ」に近い発音をして、それぞれ異なる菓子パンやケーキ類を指差します。

わけがわかりません。

結局、私達はお客さんがよく買うパンを買って諦めました。

 

この日の、昼食時、現地ガイドにこのエピソードを伝えました。

彼曰く、ピロシキは中に総菜が入ったパンのことで、各地で異なる。

私達は、「パルナスのピロシキ」のような揚げたパンを探していたが、それは無かった。

 

私達は異国の文化や風習をいとも簡単に見誤るようです。。

「ロシアではもうピロシキを食べていない」と!

 

 

 

 

6

< 6.果物や野菜の売り場 >

 

 

7

< 7.他の売り場 >

 

スーパーにて

私達がニュースで見た1990年代のロシアの経済状況は酷かった。

当時、人々は物が無く、少ない配給品を買うために行列を作って並んだ。

またルーブルの価値が下落し、経済は崩壊しているように映った。

しかし、今回の旅行でモスクワとサンクトペテルブルグの大都市を見て、豊富な商品に驚いた。

ロシアの一人当たりのGDPは日本の6割ぐらいですが、このスーパーの商品価格は高くないので、暮らしは悪くないように思えた。

この経済復興を見れば、ロシアでのプーチン大統領人気が高いのもうなづける。

 

スーパー内の商品の説明書きに、一切英語表記がありません。

おそらくすべてロシア語表記なのでしょう。

これには困りました。

お菓子の計り売り器などの使い方が分からず、店員に聞いても、まったく通じません。

ロシアの閉鎖性が気になりました。

これでは欧米との意識のギャップは深まるばかりです。

 

 

 

8

< 8.ホテルを出発 >

 

 

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< 9.エカテリーナ宮殿に近づいた >

 

今日は、快晴で紅葉が映えていました。

 

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< 10. エカテリーナ宮殿に到着 >

 

周囲はエカテリーナ宮殿の庭園です。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 46: Now, something I think. 2


中東に平和を! 46: 今、思うこと 2

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< 1. KKK >
I looked at the absurdity of the Middle East last time.
From now on, I will look at negative side of the human family inviting the absurdity.

 

前回、中東の不条理をみました。
今後は、この不条理を招く人類の負の側面を見て行きます。

 

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< 2. agriculture of Jewish immigrants in Palestine >
< 2. パレスチナでのユダヤ移民の初期農業 >

 

The unintelligible absurdity
For example, would you image an economic competition between Jewish immigrants and indigenous Arab ?
The Jew bought land with much money, and surpassed indigenous Arab with richer investment capital and sophistication.
Do you think that it was a free competition and wasn’t a colonial rule?

 

If you think so, would you image a situation that immigrant group freely came in your neighborhood, buys up the land in large quantities, and does self-indulgently ?
Naturally your nation should establish a law and stop the action.

 

However, many indigenous groups couldn’t take this countermeasure.
One of the Palestinian tragedy is that the Jew having their own country could make a law freely, in contrast, the Arab had not their own country.
For example, the Jew admitted the Arab’s right to vote, but, did not allow the Arab to found their political party.
The Jew was very clever.

 

There is much mechanism producing such absurdity.
However, the world can’t well deal with these yet.
I will investigate problems common to all humankind that drove the Middle East into the miserable situation from now on.

 
見え難い不条理
例えば、パレスチナでのユダヤ人入植者と先住のアラブ人の経済競争を考えましょう。
ユダヤ人は金に飽かして土地を買い、さらに豊かな投資資本と高度な知識をもって、先住者を凌駕する。
皆さんは、これは自由競争であって、植民地支配じゃないと思いますか。

 

そう思われる方は、現実にあなたの近くに移住者が自由に入って来て、土地などを大量に買い占め好き放題にする状況を想定してください。
当然、国として法を定め対抗手段を取ることになる。

 

ところが、多くの先住集団はこの対抗手段が取れないのです。
パレスチナの悲劇の一つは、アラブ人には国が無く、国を持ったユダヤ人は都合の良いように法律を作ることが出来たことにあります。
例えばアラブ人に選挙権を認めても政党を作らせないとか。
実に巧です。

 

このような不条理を生むメカニズムは多々あります。
しかし、世界はこれらにまだうまく対処出来ていない。
これから中東を悲惨な状況に追い込んだ人類共通の問題点を見て行きたい。

 

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< 3. Jews of Warsaw being taken away by German military >
< 3. ドイツ軍に連行されるワルシャワのユダヤ人 >
Planned themes I take up from now on

 

1. About the relation between religion and law
We look at the relation between religion and law by means of comparing the birth of the world religions.
In the Islamic world, the all laws have evolved from the Koran.
Observing the Arab world from the outside, we may feel it a cause that has depressed the Middle East and has interrupted the modernization.
Therefore, through a comparison with the birth of the world religions, we get to know why the Islam had taken the legal system being different from others.
From there, we can understand a role of law.

 

2.About the birth of a terrorist
We previously saw the situation that terrorism of radical extremist was caused by intensified struggles in the Middle East.

 

This time, we spotlight an individual and investigate the relations of the terrorism outbreak between European society.
From there, we can know that discrimination and persecution might make people radical, and become a terrorist.
3.Why does religious persecution occur ?
In the Middle East, the opposition between pagans and denominations became tinderbox.
A problem of the Palestine was caused by the opposition between the Jew and Muslim, but there was the persecution of the Jewish people by the Christian first.
We look at why Christian came to persecute the Jew.
However, this is a phenomenon to be seen in every religions widely.

 

4. About some factors to exhaust the society, and to embroil it in devastating fighting.
There were the effect of a colony and the Cold War in the factors of the problems of the Middle East.
Damage and aftereffects that these two gave human family are serious, but reality people don’t recognize it so much.

 

The reason that people aren’t conscious of that much is because that the most of the cases were started on as national interest protection or defensive measure in an unknown area when a country gets involved in it.

 

These four themes formed negative side of the world history more or less.
Our peaceful society depends on how we deal with these factors.

 

This continues the next time.
今後、取り扱う予定のテーマ

 

1.宗教と法の関わりについて

 

ここでは、代表的な世界宗教の誕生を比較しながら、宗教と法の関わりを見ます。
イスラム世界ではすべての法律がコーランから発しています。
アラブの外から見れば、これが中東の近代化を阻害し停滞させている一因に見えるかもしれません。
そこで、幾つかの世界宗教の誕生と比較して、なぜイスラム教は他と異なる法制度を取るようにようになったかを見ます。
そこから法の役割が見えて来ます。

 
2.テロリストの誕生について

 

今まで中東内部の抗争激化から過激派のテロが生まれる状況を見て来ました。
今度は、個人にスポットを当て、欧州社会とテロ発生の関係を見つめます。
そこから差別と迫害が、人々を先鋭化させテロに走らせる可能性が見えて来ます。
3.なぜ宗教は迫害を生むのか

 

中東において、異教徒間や宗派間の対立は紛争の火種になっていました。
パレスチナ問題はユダヤ教徒とイスラム教徒との対立ですが、その前にキリスト教徒によるユダヤ教徒の迫害がありました。
ここでは、キリスト教徒がなぜユダヤ教徒を迫害するようになったかを見て行きます。
しかし、これは特定の宗教に限ったことではなく、広く宗教全般に見られる現象です。

 

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< 4. agriculture of Japanese immigrants in Manchuria >
< 4. 満州での日本人移民の農業 >

4.社会を疲弊させたり、紛争に巻き込む要因について

 

中東問題の要因に植民地と冷戦の影響がありました。
この二つが人類に与えた被害と後遺症は甚大なのですが、一般にはそれほど認識されていないのが現実です。

 

これがそれほど意識されない理由は、国がこれに手を染める時、多くは国益保護や防衛手段として始め、また多くの国民にとって見知らぬ地域で行われたからです。

 

これら4つのテーマは、大なり小なり世界史の負の側面を形作って来ました。
人類が如何にこの要因に対処するかで、平和な社会の到来が決まるでしょう
次回に続きます。

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Something is strange! 50: Wonder of the U.S. presidential election


何か変ですよ! 50: 米国大統領選の不思議

 

1

*1
There is what I always have wondered about.
Why will people look the other way on future crises?
I look at such example in current the U.S. presidential election.

 

私は常々、不思議に思うことがあります。
なぜ人々は未来の危機から目を逸らすのでしょうか?
その例を米国大統領選から見ます。

 
Wonder of the U.S. presidential election
To emerge from current distressed condition, certain people refuse existing politician, and appeal the necessity of Donald Trump being a shrewd manager.
Will they appeal it knowing who invited the current distressed condition?

 

At every presidential election, they have chosen certain political party which used the dangerous means (reduction tax, favorable treatment of a wealthy class, monetary increase, deregulation) under the pretense of economic revitalization.
As a result, the economy of the U.S. rose, but financial crisis was repeated, and income gap continued to spread.
Some economists always sounded an alarm bell for this crisis.

 
米国大統領選の不思議
トランプ氏を支持する人々は、今の窮状から抜け出すには、既存の政治家ではだめで、経営者トランプ氏の辣腕が必要と訴える。
彼らは、誰が今の状況悪化を招いたかを知って訴えているのでしょうか?

 

彼らは大統領選の度に、経済活性化と称して危い手段(減税、富裕層優遇、貨幣増発、規制撤廃)を使う政党を選んだ。
その結果、米国の経済は上昇したが、金融危機は繰り返され所得格差は拡大する一方でした。
以前から、一部の経済学者はこの危機に警鐘を鳴らしていた。

 

2

< 2. The U.S. economic growth and a change of income >
< 2.米国の経済成長と所得の推移 >

 

Upper chart: a green line is the U.S. economic growth.
The economy increased to approximately 2.3 times between 1980 and 2010.

 

Lower chart: a change of each quintile income.
The highest income class increased to approximately 2 times between 1980 and 2010, but the lowest income class only increased to approximately 1.1 times in the same period.

 

上のグラフ: 緑線が米国の経済成長。
1980-2010年の間で約2.3倍に経済は拡大した。

下のグラフ: 年収5分位の年収の推移。
1966-2010年の間で、最高所得層は約2倍、最低所得層は約1.1倍に過ぎなかった。

 

3

< 3. changes of income differentials and political party approval rating in the U.S. >
< 3.米国の所得格差と政党支持率の推移 >

 

Upper chart: a dark blue line is a change of Gini coefficient in the U.S.
Three green frames show the political administration by other political party.
The bigger the Gini coefficient, the larger the income differentials.

 

Lower chart: a black line indicates the approval rating of unaffiliated voters.

 
The different political party have corrected the income differentials, so the Gini coefficient decreased, but it was like a drop in the ocean.

 

In addition, the ardent support to the political party decreased, and unaffiliated voters increased, and distrust of politics advanced.

 

They ignored these clear omen for 20 years, and only demanded near-term economic recovery.
In an extreme case, it may be said that they appealing invited this current distressed condition.
Furthermore, will they jump at the stopgap dangerous policy here?

 

I think this is mysterious.

 
上のグラフ: 紺色の線が米国のジニ係数の推移。
緑の枠が別の政党の政権時代。
ジニ係数の高い方が、所得格差が大きい。

 

下のグラフ: 黒線が無党派層の支持率。

 
別の政党は逆の手段を講じ格差を是正し、ジニ係数は低下したが、焼け石に水だった。
また政党への熱烈な支持が減り、無党派層が増えて、政治不信が進んでいた。

 

20年も前から、これら予兆は明らかだったのに、彼らはこれらを無視し目先の景気回復を求めた。
極論すれば、今、訴えている人々が、この窮状を招いたと言える。
さらに、ここで急場しのぎの危い政策に飛びつくのでしょうか?

 

私は、このことが不思議でならない。

 
Why will the people ignore omen of crisis?
The reason is mainly three.

 

1. Person does not notice the omen of the crisis.
This is because the person shows disinterest in it and is a lack of understanding about it.

 

2. Person can not evaluate which crisis is the most important.
Even if the person interested about future crises, it is difficult to evaluate them because future crises are almost innumerable.
For example, these crises are war, economic ruin, global warming, resource depletion, and refugees.

 

Furthermore, there is an embarrassing situation.
The huge vested interest group makes full use of political ability and propaganda.
Because of this, it becomes hard to see more and more what is true crisis.
For example, this vested interest group is people profiting from expansion of income gap, war, or oil consumption.

 

3. Person does not know good measure.
People being amateur cannot but choose opinion of the expert, and this is also difficult.

 

Thus, it is considerably difficult that person foresees future crisis, takes measures beforehand.

 
なぜ人々は危機の予兆を無視するのでしょうか?
その理由は大きく三つあります。

 

1.危機の予兆がわからない。
これは人々の無関心と無理解が一番大きい。

 

2.どの危機を重視すべきかがわからない。
関心があったとしても、将来の危機はほぼ無数にあるため、何を優先すべきが分からない。
例えば危機には戦争、経済破綻、地球温暖化、資源の枯渇、難民などがあります。

 

さらに厄介なのが、巨大な既得権益層が政治力とプロパガンダを駆使していることです。
これにより国民は何が真の危機かが益々見え難くなります。
既得権益層とは所得格差や戦争、石油消費などの拡大で利益を得る人々です。

 

3.対策がわからない。
素人の国民は専門家の説を取捨選択するしかなく、これがまた難しい。

 

結局、将来の危機を予見し、事前に対策することは、かなり困難なのです。

 

At the end
But, when I look back on world history, there were many crises that we must prevent the buds of at an early stage.

 

One of a large number of crises approaches the limit, and the crisis comes out in the open in response to something suddenly.
And the people lose cool, and may take a wrong course to the opposite direction.
This often caused the worst situation.

 

The typical case is fascism that happened in Germany or Japan after the imperialism era.

 

The most important is that people deepen understanding about social problem and history, keep monitoring the political developments, and deal with buds of crisis calmly.

 
最後に
それでも歴史を振り返ると、危機の芽を早めに摘んでよけば良かったと言うことは多い。

 

多数の危機のいずれかが限界に近づき、何かを切っ掛けにして危機が突然表面化することになります。
そして人々は、冷静さを失い舵を大きく逆方向に切り過ぎることがあります。
これが往々にして最悪の事態を招いて来た。

 

帝国主義時代の後に起こった、ドイツや日本のファシズムなどがその典型です。

 

重要なことは、国民が社会問題や歴史について理解を深め、日頃から政治を監視し、冷静に対処し続けることです。

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Bring peace to the Middle East! 23: about terrorism 3 : the background 1


中東に平和を! 23: テロについて3: その背景 1

 

1

*1

We again look at the internal conditions of Egypt, and the background for intensification of the armed struggle in the Middle East.

前回に続いて、エジプトの内情と中東での武装闘争激化の背景を見ていきます。

What was Egypt’s next move?
In 1970, Sadat of the same officer corps took office as the President after sudden death of Nasser.
At the time, Egypt had suffered economically as a result of the complete defeat in the Middle East war of six years ago, and the North Yemen civil war that Egypt sent most troops became bogged down, and it was the worst.
Therefore, he made ready careful and waged the fourth Middle East war in 1973, and he could take advantage during the beginning of the war.
However, as Israel recovered before long, the war reached a cease-fire by the mediation of United Nations and U.S.
Until this time, Sadat had a strategy victory.

エジプトが次に打った手
1970年、ナセルの急死に伴い同じ将校団のサダトが大統領に就任した。
当時のエジプトは、6年前の中東戦争完敗の痛手が大きく、また大半の自軍を投入していた北イエメン内戦が泥沼化し、最悪だった。
そこで彼は周到に準備し、1973年に第4次中東戦争を始め、緒戦を有利に進めた。
しかし、やがてイスラエルが挽回してくると、国連や米国の仲介により停戦を迎える。
ここまではサダトの作戦勝ちだった。

 

2
< 2. Camp David Accord. From the left side, delegates of Israel, the U.S., and Egypt  >
< 2. キャンプ・デービッド合意、左からイスラエル、米国、エジプトの代表 >

And he first concluded a peace treaty with Israel in Arab by Camp David Accord in 1978, and won Nobel Peace prize with the Israel prime minister.
This was impossible without the effort of the U.S. President, but became just like speculation of Israel that provoked it.
With this, he recovered Sinai Peninsula and the Suez Canal, but forsook the Palestinian independence that was an earnest desire of Arab.
Sadat aroused an antipathy of people, the Arabic countries sent a letter breaking off to him, and he was assassinated at last.

そして、彼は1978年、キャンプ・デービット合意により、アラブで最初にイスラエルとの平和条約を締結し、イスラエル首相と共にノーベル平和賞を受賞した。
これは米国大統領の奔走抜きには不可能だったが、誘ってきたイスラエルの思惑通りとなった。
これにより、彼はシナイ半島とスエズ運河を取り戻したが、アラブの悲願であったパレスチナの独立を見捨てた。
こうしてサダトは国民の反感を買い、アラブ諸国から絶縁状を叩き付けられ、ついには暗殺された。

 

3
< 3.  Israeli military >
< 3.イスラエル軍 >

In this time, what was taking place in the Middle East?
The repeated Middle East war caused a vast cost of war burden and internal trouble, and Egypt and the neighboring Arabic countries became weakened.
On the other hand, Israel became more and more great power.
Furthermore, the modernization and the socialist state construction that Nasser promoted caused autocracy and corruption.
Thus, the secularization of Nasser who aimed at the pan-Arabism (unification of Arab) and the complete independence from colony was considered failure.
The fall of leader Egypt showed that armed forces of the Arabic countries could not beat Israel anymore.
Extremists who already fought for liberation in Palestine had to depend on themselves alone.

この時代、中東で何が起きていたのか
度重なる中東戦争は莫大な戦費負担と内紛を招き、エジプトと周辺アラブ諸国は弱体化する一方、イスラエルは益々強国になっていった。
さらにナセルが推進した近代化と社会主義国家建設は、一党独裁と汚職を招いた。
こうして植民地からの完全な独立と汎アラブ主義(アラブ民族の統一)を目指したナセルの世俗化路線(イスラム色を弱める)は失敗だとみなされた。

盟主エジプトの凋落は、アラブ諸国の軍隊がもはやイスラエルに勝てないことを示した。
既にパレスチナ解放を目指して武装闘争を行っていた過激派にとって、自ら戦いとるしか道は無くなっていた。

 

4
< 4. Conference of the Non-Aligned Countries  >
< 4. 非同盟諸国会議 >
Why did Egypt dig itself into a hole?
Nasser regained the rule of Egypt in their own race after 2300 years, abolished a landlord system that was a corrupt practice and pushed forward the modernization daringly.
Furthermore, he repelled the intervention of suzerain Britain and France alone, supported the independence of each Arabic country and fought against Israel for Palestine.

But Nasser was decisively disadvantageous.
His supporting independent movements of the Arabic countries and having nonalignment policy was so obtrusive behavior for the U.S. that wanted to contain Soviet Union, and for Britain and France that had regrets about the Middle East.
Therefore, they not only bother him, but also the financial support and the military aid to Egypt were outrageous even if he wanted.
This let Nasser be nearer to the Soviet Union.
On the other hand, they enough supported Israel with arms supplies and atomic energy, because the Britain and France wanted to suppress Egypt and the U.S. could not go against a Jewish lobby group.
And world Jewish wealth was poured for supporting Israel.
Egypt did not have the prospects of success, because the Industry was undeveloped and only had a small amount of oil production.
Still, Nasser and Sadat fought alone.

Nasser performed the report of the war results being further from the truth in the Third Middle Eastern War in desperation.
He announced that the cause of the defeat was an assistance of the U.S. and hidden strategy.
There was arms supplies from the U.S. , but the hidden strategy was groundless.
This not only dishonored Nasser but also rose more a hatred for the Europe and America.

This continues the next time.

なぜエジプトは墓穴を掘ったのか
ナセルは2300年振りにエジプトの統治を自民族に取り戻し、悪弊だった大地主制を撤廃し、果敢に近代化を進めた。
さらに宗主国英仏の介入に一人で立ち向かい、アラブ各国の独立を支援し、パレスチナの為にイスラエルとも戦った。

だがナセルは圧倒的に不利だった。
彼のアラブの独立支援と非同盟主義は、中東に未練がある英仏にとっても、ソ連を封じ込めたい米国にとっても目障りだった。
したがって邪魔こそすれ、頼まれてもエジプトへの資金援助と軍事援助は論外だった。
このことが、一層ナセルをソ連寄りにさせた。
一方、ユダヤロビーに逆らえない米国とエジプトを抑えたい英仏はイスラエルに充分な武器と原子力で援助した。
世界のユダヤの富がイスラエル支援に注がれた。
これでは産業が未発達で産油量の少ないエジプトに勝算はなかった。
それでもナセルとサダトは孤軍奮闘した。

ナセルは第三次中東戦争の折、苦し紛れに日本の大本営発表と同じ真逆の戦果報告を行い、さらに敗因を米国の加担と陰謀のせいにした(武器供与はあったが陰謀は事実無根)。
これはナセルの名誉失墜だけでなく、アラブの欧米への憎悪をさらに駆り立てた。
次回に続きます。

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何か変ですよ! 48: 最大の脅威 2


1

*1

 

 

前回、一握りの富裕層に世界の富が集中し始めている状況を見ました。

今日は、これが引き起こす問題を検討します。

 

なぜ富が一部に集中することが悪いのでしょうか

私が最も恐れるのは、民主主義と協力体制が崩壊することにより世界が大惨事に見舞われることです。

崩壊に至る大まかなシナリオを説明します。

 

 

2

< 2. 世界各国のジニ係数、赤ほど格差が酷い >

 

一部の富裕層が巨額の資産を保有することで、豊富な資金を使い政治家と世論の操作を可能にする。

彼らは、自らに都合のよい施策を行い制度を改悪し、富裕層はさらに豊かになり、しわ寄せは政治的弱者に向かう。

こうして格差は拡大し続け、行き着くところまで行くことになる。

このシナリオは世界各地で繰り返し起こっている古代から中世、現代に続く歴史的事実です。

 

これが進むと、次の三つのことが起こるだろう。

 

A: 大半の国民は、無気力になり、政治不信が蔓延する。

 

B: 大半の国民は、募る不満を手頃な打開策やスケープゴートに求める。

 

C: 大半の国民は、ついに民主主義的な解決を放棄する。

 

このシナリオを現実にはあり得ないと思われるかもしれません。

しかし、すでにAのBの兆候を見ることが出来ます。

 

 

3

< 3. 欧米の投票率 >

 

 

その兆候とは何か

A項の無気力と政治不信は欧米で30~40年前から徐々に始まっていた。

 

欧米と日本で共通して、投票率の低下や二大政党から多党化へ、浮動票(無党派層)の拡大が続いています。注釈1.

これは政治不信が深まっていることの表れです。

これは格差拡大によって起こったと言うより、大変革時代の後の保守的傾向、良く言えば安定の時代がもたらしたと言える。

この初期は、一部の富裕層だけでなく、中間層を自任する人々にとっても良い時代だった。

一方、取り残された人々や下層の人々には夢のない時代だったのでしょう。

それでもまだ全員が経済成長を享受できたのです。

 

しかし、社会の深層で変化が起きていた。

多くの中間層と一部の富裕層すら所得を減らす一方、超富裕層の出現が耳目を集めるようになりました。

米国では80%以上の国民の所得が下がり続けて、格差は拡大を続けています。

これに国民が気が付いた時は既に手遅れで、政治や選挙は大金(米国ではロビストなど)に左右されるようになっていた。

こうなると、国民の不満や要望は政府に届かず、破れかぶれで手頃な打開策やスケープゴートが求められるようになった。

 

こうしてB項の状態が出現することになる。

これが現在のトランプ現象であり、英国のEU離脱です。

この前触れとして、欧州のネオナチやタカ派のポピュリズム(大衆迎合主義)が盛んになりつつあった。

 

4a

< 4. 崩れるかEUの結束 >

 

 

今はどの段階か

私はこのまま放置すれば、やがてC項の状態に至り、最悪、世界大戦が始まる可能性があると思います。

 

そのシナリオを語る前に知って頂きたいことがあります。

 

英国のEU離脱がわかりやすい例です。

話は遡るが、EUの誕生は第二次世界大戦の引き金になった独仏国境の石炭地帯を共同管理しようとして始まりました。

これは画期的な事でしたが、残念なことに各国は経済で協力するが、政治には干渉しないことで合意せざるを得なかった。

国家間の経済格差が大きい中での通貨統合は非常に困難なのですが、そのうえEU全体として管理出来ないのは問題でした。

そのことが、ギリシャの破綻などを招いてしまいました。

本来、米国のよう連邦制を執るべきだのですが、英国などは強く反対した。

 

つまり、EUの当初の目的は戦争回避だったのですが、いつの間にか共通経済圏に留まってしまったのです。

 

また今回の英国のEU離脱は、第二次世界大戦前に起こった世界恐慌を受けて各国が保護貿易に走ったことを連想させます。

この後、そのことにより世界経済は急速に悪化し、やがてファシズムの台頭を生む歪な世界へと変質していったのです。

 

 

5

*5

 

何が起きているのか

結局、多くの国民は見かけの経済成長から自分が取り残されていると気付き始め、訳も分からず不満を募らせることになった。

しかし、既に政治は彼らの意向を反映しなくなっていた。

この状況は先進国でもスェーデンやドイツ、日本と米国ではかなり違います。

さらに軽妙に語られる打開策はいつも不発に終わる中で、彼らは政治に不信を持つようになり、親から子へと不信感は伝染していった。

 

そして、現実に企業倒産や失業、難民の増加、福利厚生費の減額などに接すると、彼らは即効性のある打開策を求めるようになります。

 

このような不満が鬱積し信頼感が廃れた社会では、排外的で強権的な解決策を提示する指導者が好まれるようになります。

その理由は、短期的には他者を犠牲にすることであって、自分が不利益を負うことのない解決策だからです。

しかし、冷静に考えれば、これは回りまわって自らに降りかかる災厄となります。

これは、銃保持や前述の第二次世界大戦前後の教訓が示しています。

 

我々はこの状況にどう対処すれば良いのだろうか?

次回、考察します。

 

 

 

注釈1.

欧米の選挙や政党の動向について「絶望の選挙結果6、7:劣悪な政治文化4、5」で解説しています。

 

 

 

 

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何か変ですよ! 46: 様々な脅威 2


1-1 

*1

 

 

今まで、交通事故、銃殺人、戦争勃発、原発事故の脅威について概観しました。

今日は、さらに深刻で避けがたい脅威について考察します。

前者は現実にある脅威なのですが、後者は地球上初めて起こるであろう脅威です。

 

はじめに

2010年12月に「アラブの春」が起きて、中東アラブは騒乱の渦に巻き込まれました。

この背景にこの地域の困窮や政治腐敗、市民意識や情報網の発達がありました。

しかし、さらには地球規模の穀物の高騰があったのです。

 

エジプトは必要な小麦の半分を輸入していますが、2010年に小麦価格が6年前の約2倍になっていたのです。

ただでさえ貧困ラインすれすれの生活をしていた若者は、耐えられない状況に追い込まれたのです。

 

近年、頻発する穀物価格の高騰はなぜ起こるのでしょうか。

地球温暖化による異常気象の頻発で、2010年にはロシアで干ばつが起き、これが上記の価格高騰の理由でした。

しかし米豪でも干ばつが繰り返され、収穫量は低下傾向にあり、高騰は続いています。

 

 

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< 2. 小麦価格の高騰 >

 

 

今、世界で何が進行しているのか?

一つは、地球の限界または自然サイクルの崩壊です。

 

前述の地球温暖化による穀物収量減はほんの一例に過ぎません。

最近、やっと科学的事実として認知され始め、世界が協力して対策を取り始めた。

しかしまだ、産業界(特に米国)は高コスト化を嫌い、発展途上国も実施には二の足を踏んでいます。

その間、温暖化は進み、再生手段が見つかっていない以上、取返しのつかないことになる可能性が高い。

世界の水産資源も自然の産出では賄えず、養殖の増産で不足をカバーしています。

地下資源の枯渇は目前で、価格の高騰で節約と代替えが進み、なんとか凌いでいます。

 

今、温暖化ガス排出の制限や食料増産技術の開発、代替えの鉱物資源とエネルギーの開発に本腰を入れることが出来ればまだ間に合うかもしれません。

 

このまま放置すればどのような事態が起きるのでしょうか?

現在、難民の大量発生が欧州の分裂を生んでいますが、やがて難民の規模は拡大し、さらにアジアや他の大陸でも同様な事が起きるのは間違いありません。

異常気象の連続で食料生産と生活が出来なくなれば、必然でしょう。

 

今一つ恐れるのは、枯渇資源の獲得を巡って国家や地域が戦端を開くことです。

これは世界的な規模で起こるでしょう。

それこそ各国に自衛権があるのですから(冗談)。

核戦争や原発事故も怖いが、この脅威の方が確実に迫っています。

 

 

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< 3. 異常気象の影響 >

 

 

私達はどうすれば良いのでしょうか?

前述した対策を世界が協力して実施する以外に道はありません。

それこそが、破滅を防ぐ唯一の方法です。

しかし、これが絶望的なのです。

 

その理由は現在の社会や経済システムにあります。

例えば、穀物価格の高騰は干ばつだけが原因ではないのです、大量の投機資金がそれを煽っているのです。

本来、商品市場で先物が開設されたのは商品(石油や小麦など)を利用する企業が価格の乱高下から経営を守るためのものでした。

 

 

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< 4. 増加の一方の投機資金額、多くが短期的な売買益を狙う >

 

しかし、有り余る資金の暗躍は想像を絶する脅威を引き起こしています。

端的な例は、1997年にタイで起きたアジア通貨危機でした。

これは一ファンドが数兆円の利益を得る為に仕掛けた通貨の空売りに始まりました。

こうして、東南アジア各国は大幅な景気後退、大量失業者の発生、それに続く厚生予算などの低減で、多くの底辺の人々が病気を悪化させ、死亡に至りました。

これを救う為に、世界と日本は約1兆円の支援を行いました。

 

また地球温暖化について言えば、米国は最大の二酸化炭素を排出していながら、京都議定書の批准を拒否し、米国内で盛んに温暖化は虚偽であるとのキャンペーンが行われている。

これは産業界からの政治圧力と支援によるもので、銃保有のキャンペーンも同様です。

 

また、20世紀前半、大戦後の欧米の経済復活の指針となったケインズの総需要喚起政策(労働賃金の上昇など)が盛んに否定されている。

それは、その後のスタグフレーションを解決したフリードマンの貨幣供給管理を信奉する人々が行っているのだが、その実、彼らは現在の金融政策の実りを最も得ている富裕層なのです。

民衆がマスコミを通じて、これら温暖化無視、銃保有、金融政策拡大のキャンペーンを真に受けてしまう可能性は高い。

この扇情を行う人々は圧倒的に政治力と資金を有するのですから。

 

 

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< 5. 投機資金増加の理由 >

世界の富豪の人数と資産が急増している。

現在、富豪1400人の資産総額は5.4兆ドル(日本のGDPに相当)になった。

またトップ62人の資産は世界の下位50%(36億人)の資産と同額になりました。

 

 

つまり、何も無いところから災厄を引き起こすのも人間社会だが、自然災害を最小に出来るのも人間社会なのです。

後者をうまく機能させることが最重要で、これが破壊されつつあることが最大の脅威なのです。

 

 

いつの世にも繰り返されて来た事

今、示した脅威は絵空ごとに過ぎないのでしょうか。

 

その例はローマ帝国やイースター島の末路に象徴されている。

共に、数百年をかけて繁栄を築き、やがて半世紀あまりで滅亡した。

ローマは異民族に滅ぼされたと言うより、これは切っ掛けに過ぎない。

領土拡大で繁栄を築いたが、やがて限界が来て、巨額の軍事費と異民族の軍隊に依存していたことが内部崩壊を招いたと言える。

 

太平洋上に浮かぶイースター島では、長らく各部族が森林伐採を自由に行っていたが、ついには競争となり、最後には森林資源を枯渇させて島を放棄することになった。

 

多くの文明はその内に崩壊の要因を抱え、ある時、人々はその兆候に気付くことになるのですが、時は既に遅しで、雪崩を打って崩壊へと向かうようです。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ 42: 今、不思議な事が・・・


 

1

< 1. 寄付で豪華な返礼品 >

 

今、米国の大統領選挙で起きていることは、日本と無関係だろうか?

突如降って湧いたようなトランプ氏の過激な発言。

実は、これと日本の「ふるさと納税」が結びつくとしたら?

かいつまんで説明します。

  

 2

< 2. トランプ氏とふるさと納税? >

 

 

米国で起きていること

共和党のトランプ氏は排他的で、民主党のサンダース氏は社会主義志向で、双方とも主流から外れている。

しかし共通していることがある。

双方が両極端な主張を唱え、彼らを支持しているのは低所得層や若者層です。

既存の政党やホワイトハウスに絶望し爆発寸前に見えます。注釈1.

 

これはリフレ策を多く取り入れているヨーロッパ諸国も同様で、右傾化が目立っています。

この原因を難民問題とするのは早計で、これに遡る若年層の高失業率が長期にありました。

ここ半世紀にわたる欧米の経済政策と貧富の差の拡大がありました。

この不満に付け込むように過激で単純な解決案が発せられ、大衆は共鳴し始めている。

 

社会の鬱積しつつある不満を放置すると、何かを切っ掛けに突然爆発し、取り返しのつかないことになります。

歴史は繰り返します。注釈2

 

 

欧米の背景にあるもの

 

3a

< 3. 米国の経済状況 >

 

グラフA: 米国の経済は日本に比べて素晴らしい成長を遂げています。

これは一重に米国のFRBやホワイトハウスのお陰です。

 

グラフB:  グラフAの赤枠の時期、リーマンショックから景気回復までの期間の所得階層毎の実質所得の変化を示しています。

これは、バブルが弾けた後、上位20%の所得は回復するが、残り80%は益々貧しくなっていることを示しています。

 

グラフC: 1970年代以降(黄枠)、上位所得層10%の所得の伸び、シェア50%に今にも届きそうで、格差拡大は確実なのです。

この格差拡大の傾向は欧州も日本も同様ですが、まだ米国ほどには悪化していない。

この日米欧の格差について、私の別の連載で説明しています。注釈3

 

 

4

< 4. 踊る「ふるさと納税」 >

 

 

日本の状況はどうか 

不思議な事例として「ふるさと納税」を取り上げます。

これは納税と言うより寄付なので、個人の自由であり、故郷を思う気持ちを大事にしたい。

しかし、そこには現代を象徴する奇妙なからくりが潜んでいます。

功罪は色々あるでしょうが、ここでは3点について考察します。

 

 

先ず、経済効果を見ます

寄付受け取り側の自治体の多くは財政規模が小さく、税収不足に苦しんでいるはずで、寄付金はすぐに有効利用されるはずです。注釈4.

さらに返礼品(特産品)を地元業者に発注するのですから、地元経済の浮上に繋がる。

 

一方、「ふるさと納税者」が暮らす自治体の住民税と所得税はほぼ同額減額(控除)されます。

例えば、年間給与600万円の独身の場合、年間上限額77000円の「ふるさと納税」を行って、2000円の自己負担だけで残り全額75000円が税金控除されます。

こうして全国から返礼品目当てに別の地方に税金(寄付)が動くだけなのです。

そうは言っても全員が控除するわけではないので、全体で税収は若干増えるでしょう。(現在10%ぐらいか?)注釈5.

もちろん善意の人もいますので、ここでは大勢について語ります。

 

ここまでの説明では、経済効果はプラスマイナスゼロで、全体として増収分だけがメリットと言うことになります。

 

 

5

< 5. ふるさと納税の仕組み >

 

何が問題なのか

「ふるさと納税」の返礼品の相場が寄付の4割だとすれば、前述の例で77000円を寄付して30800円分の肉や魚、焼酎を受け取り、寄付をした人はそれらの購入費用を節約することになる。

この例では、2千円の手数料で15倍相当の商品が貰えるのです。

それも高額所得者になればなるほどその倍率(寄付限度額)がアップします。

この費用は国と自治体が負担、つまり国民の税金なのです。

現住所に納税している人にはこの特権がありません。

 

6a

< 6. ふるさと納税の問題点 「ふるさと納税制度の検証」より >

 

表4より、2013年の「ふるさと納税」は総額142億円、一人平均107000円で、その控除額は住民税43%、所得税34%の計77%でした。

赤線が示すように年を追うごとに、ほとんど控除されるようになっています。

 

表3の赤枠が示すように、所得階層別の寄付金額シェアは、2000万円~1億円の所得階層が35.2%を占め、彼らの所得税控除は最大の40%になっています。

また黄帯の所得層が、寄付金総額のちょうど中位になっています。

つまりこの制度は高額所得者に有利になっており、節税の一手段として便利です。

 

言い方を替えれば、高額所得者向けの還付金のようなもので、贅沢品の無駄遣いに税金が使われていることになる。

 

 

さらに本質的な問題がある

それは個人が税制を恣意的に差配していることです。

本来、税制の大きな役割に再分配制度があります。注釈6.

しかし現状は節税や返礼品欲しさに、特定の焼酎や高級牛肉の購入に税金が使われ、本来必要としている公共サービスや社会福祉などに使う分が減ることになります。

 

 

7

< 7. 何が起きているのか >

 

寄付してもらう自治体は5割の返礼を行っても損をしませんし、寄付する方は節税や節約が出来るので、ブームが加熱して当然です。

グラフDが示すように、「ふるさと納税」は、2013年142億円、2014年341億円、2015年1653億円と幾何級数的に増加しています。

日本は全国的に税収不足なのに、こんな愚かなことが起きているのです。

 

つまり、個人と自治体は我欲につられ、この基本的な社会システムをなし崩しにしているのです。

それを政府は便宜を図り、加勢しているのです。

なぜこのような事が起きるのでしょうか?

 

 

欧米と共通するもの

この「ふるさと納税」は、2008年に耳目を集め、軽い気持ちで始められた。

その後もエコノミストや政府はこの問題に触れない。

そして大方の国民は好感を持って傍観している。

 

皆が傍観している間に、高所得者層の節税や節約が進み、経済格差は徐々に広がって行くことになる。

さらに弱者をカバーする再分配制度も崩して行きますので、追い討ちをかけることになります。

 

グラフEが示すように、国民は日本政府の経済優先を信奉し盲従することにより、欧米と同じ道を急追しているのです。

 

「ふるさと納税」は些細な例ですが、気づかずに悪化を促進させている意味で特徴的な事例です。

これは違法でないタックスヘイブンや、所得税でなく消費税で増税したい政策と同じなのです。

 

今、国民の良識が問われているのです。

 

 

注釈

注釈1

クリントンが良いと言っているわけではありません。

ここ数十年、共和党と民主党への支持離れが徐々に進んでいました。

つまり、既存政党への失望は進んでいたのですが、今回、一気に噴出した。

 

注釈2

当然、ヨーロッパでリフレ策を採用していない国や、社会主義的な国、

難民を多く受け入れている国があり、状況は様々です。

しかし、どこかで難民問題に火がつくと燎原の火のように不満の捌け口として広がりました。

この状況は、19世紀半ばにヨーロッパで帝国主義が始まった時、1920年代にヒトラーが台頭した時と少し似ています。

 

注釈3

欧米の経済格差については「ピケティの資本論 12,14,29」で、

日本については「ピケティの資本論 25」で扱っています。

 

注釈4

税収不足の自治体ほど、寄付金は市民に直結する事業に直ぐ使用され、公共サービス向上と返礼品の売り上げ増で大いにメリットがあるはずです。

しかし、寄付が一過性のブームで終わる可能性がある為、自治体は計画的な事業計画が出来ない。

また返礼品競争の過熱は財政的なメリットを小さくしている。

 

注釈5

通常、寄付の税金控除は確定申告しなければなりません。

しかし、2015年4月からは「ふるさと納税」の控除手続きの簡易化と控除額アップを行いました。

色々、政府は通常の寄付に比べ優遇税制を行っています。

 

注釈6

再分配制度の目的には弱者救済や格差是正もありますが、景気浮揚の効果もあります。

例えば、還付金を高額所得者と低所得者のどちらに与える方が景気浮揚に繋がると思いますか。

低所得者ほど、その金を貯蓄出来ず消費に回さざるを得ないので、実体経済が循環し始めます。

一方、高額所得者は貯蓄か金融商品への投機の可能性が高い。

つまり、再分配制度を崩すことは、景気後退に繋がる可能性もあるのです。

 

 

 

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何か変ですよ 41: 今、何が重要なのか?


 1

  • * 1

 

 

今、日本政府は経済を好転させる努力をしています。

今の政策を加速させるべきだと言うエコノミストもいます。

今日は、この事を考察します。

 

私の経験から

私は30年以上、株にはじまり不動産や金、ファンドに投資して来ました。

そして色々失敗し、勉強した末に悟っていることがあります。

それは、エコノミストの画期的な理論や予測が、いとも簡単に外れることです。

また長いスパンで見ると先進国の経済には大きな底流があるように思えます。

 

現状はどうなっているのか

安部政権の誕生は2012年の12月でした。

そこで2012年度から2016年6月までの経済データーを見ます。

 

2a

< 2. 代表的な日本経済の指数の推移、「世界経済のネタ帳」より >

青枠は2012年から2016年の期間を示す。

 

グラフA: ドル円為替レートは約80円から最高124円をつけ、現在106円になった。

グラフB: 日経平均株価は約9000円から最高20600円をつけ、現在16700円に下落。

グラフC: インフレ率は約0%から最高2.8%をつけ、今年の予測―0.2%に低下。

グラフD: 実質GDP成長率は1.7%で始まり、その後低下し、今年の予測0.5%。

グラフCとDの予測値は2016年4月のIMFの値。

 

安部政権になってから、株高と円安は一度進んだが、現在、足踏みか反転傾向にも見える。

実質GDP成長率とインフレ率は、なかなか期待通りに行かないようです。

 

失業率は4.3%から徐々に低下し現在3.3%になっている。

これは前回説明した高齢者(団塊世代)の大量退職が続く為で、今後も続くことにより日本経済の足を引っ張ることになる。(グラフFで説明します)

 

 

現状をどう見るのか

株価上昇は起こせても、円安とインフレの定着、さらに経済成長させることは困難なようです。

以前にも書きましたが、2012年の日本の株高と円安への反転は、ヨーロッパの金融危機が去ったことが引き金になっている。

 

以前、私は構造改革が出来ず、相変わらず公共投資に頼るだけなら、リフレ策の方がまだましだと言いました。

リフレ策にはマイナス面もあるが、もしうまくいけば、デフレを脱却し景気回復と莫大な累積赤字の拡大を防ぐ可能性があった。

 

現状を見ると、今の経済政策を失敗とまで断定出来ないが、このまま過度な金融緩和を続けると重大な副作用を招く可能性がある。

 

 

何が問題なのか

一番、重要なことは将来の経済悪化を招くかもしれないことです。

 

一つのケースは、実体経済が良くならないで、だぶついた資金が金融資産(株などの投機資金)に集中し、やがてバブルが弾けることです。

他にも、災いをもたらすケースは幾通りもありますが。

 

3

< 3. 日本の一般会計税収の推移、「アダム・スミス2世の経済解説」より >

ピンク枠は2012~2014年の期間。

黒線は日経平均、赤線は名目GDP(インフレ率込み)、青棒は税収を示す。

 

グラフEから、現在、税収が増えてプライマリーバランス(基礎的財政収支)が良くなっていることがわかります。

このまま続ければ、税収が増え続け、構造改革や増税をしなくてもやがて赤字は無くなると政府は言います。

 

実は、これは幾度も繰り返して来た夢想です。

このグラフの2007年(リーマンショックの前年)も税収が増えていますが、その後は極端に減っています。

つまり、株価上昇(黒線)によって株価総額が数百兆円増加し税収が増えても、バブルが弾けると激減するのです。

結局、実体経済(赤線)は良くなるどころか、悪くなりました。

 

ここで本質的なことは、日本経済に潜在的な成長力があるのか、またその成長力の根源は何かを知ることです。

もし成長力が無いのに、金融だけで刺激すると既に指摘した問題が発生します。

 

 

 

日本に潜在的な成長力はあるのか

 

4b

< 4. 日本の人口と生産性の推移、「総務省」と「文部科学省」より >

 

人口構造と人口が一定であれば、生産性(労働、資本、技術)が上昇することにより経済は成長します。

しかしグラフFが示すように、1995年から生産年齢人口割合(一番上の折れ線)が減少の一途です。

つまり今後、数十年間、生産年齢人口(青棒)が減ることにより、生産性が一定でも経済は減速を強いられます。

このことはグラフGの生産性寄与度の合計よりも、GDP成長率(青線)が下がっていることでも確認できます。

(グラフ内の全要素生産性寄与度は、様々な経済指標から他の二つの寄与度を計算した残余で、この生産性による分析は不明瞭な所があります。)

 

それでは、なぜ生産性が長期に衰退傾向にあるのでしょうか?

実は、別の人口要因が生産性を低下させている可能性があるのです。

 

 

5a

< 5.平均寿命増加率とGDP成長率の関係、グラフIは厚生省のデーター使用 >

 

グラフHによれば、平均寿命は1950年から急激に伸び始め、2010年以降、その伸びは急速に鈍化している。

 

グラフIは、グラフHの平均寿命から増加率を計算しグラフにしたものです。

これによると、平均寿命の増加が戦後の1960~70年代の経済成長を呼び込み、その後の日本経済の長期低迷も説明しているように見える。

青枠は、敗戦後からベビーブームの高校生が就職し始めるまでの期間で、彼らが生産に関与していない時期です。

 

平均寿命が急速に延びる時、生活環境の好転と健康増進が起きており、人々は将来に希望を抱き、労働意欲に燃え、老後に備えて貯蓄します。

この高い貯蓄率が投資に向けられ、経済成長の好循環が起きると考えられます。

この相関は一部の経済学者によって確認されているが、まだ解明途上のように思います。

私は、文明史や人口学、社会学、心理学の視点から言って、もっともうまく説明していると思います。

 

もしこれが真実なら、今後、日本経済は容易に成長しないことになる。

 

 

結論

折に触れてブログに書いているが、現在の欧米の経済政策では、益々景気不景気の波が高くなり、国内と国家間の貧富の差が拡大し続け、破綻の可能性があると私は懸念しています。

 

真実に目を背け、行き過ぎた夢想に期待することは危険です。

真実に目を向け、対策を立てるなら、必ず道は開けるはずです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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何か変ですよ 40: 見たくない、知りたくないこと


 1

< 1.震災を受けた熊本城 >

 

今日は、日本で起きている不可思議な現象を追います。

それは将来訪れる可能性のある身と経済の危険についてです。

人は往々にして見たくないものにはそっぽを向くようです。

 

 

熊本地震との関わり

2016年4月14日に発生した熊本地震は震度7で、非常に強い揺れでした。

 

気になるのは、この時発生した最大加速度が1580ガルと言うことです。

例えば、この値は鹿児島県川内原発の耐震性基準620ガルの2.5倍です。

この基準は福島事故を受けて372ガルから引き上げられた。

 

ここで気づいて頂きたいことは、加速度が基準値を超えれば原子炉を破壊することです。

例えば、地震の加速度「ガル」が2.5倍になると原子炉に想定の2.5倍の力が働きます。

これは配管から容器、燃料棒などあらゆる部品を破壊する力が2.5倍になることを意味します。

 

2

< 2. 原子炉の破壊 >

左図: 原子炉容器と配管の振動シミュレーション。

赤部が強度的に弱い所で、加速度が増えるとこの部分から破壊が進む。

 

右図: 福島原発事故。

 

日本の地震で2008年の宮城岩手内陸地震の4022ガルが最大でした(基準の6.5倍)。

重要なのは、マグニチュードや震度、地震の深さではなく原子炉に作用する加速度なのです。

揺れの時間は瞬間であっても破壊します。

 

日本列島では、いつどこで、どれだけの加速度の地震が発生するか分からないのです。

 

 

3

< 3. 失業率の推移 >

 

高卒の就職状況との関わり

現在、私は高校で教えており、就職状況の好転は歓迎すべきことです。

しかし、気になることがある。

それは生徒達がアバノミクスのおかげで良くなっていると思い込んでいることです。

事実は、そんな楽天的なものではなく将来に不安がある。

 

先ず、失業率が低下している理由を見ましょう。

 

 

4

< 4. 日本の人口推移 >

 

このグラフから厳密な説明は出来ないのですが、その理由は理解しやすい。

15~64歳人口(棒グラフの青色)の低下は14歳以下人口(緑色)の低下よりはるかに急激です。

これは高校から大学までの学卒の就職希望者より、団塊世代の退職の方が多いことに関連しています。

つまり、このギャップが学卒の就職を有利にさせ、失業率の低下になっているのです。

 

それでは、なぜ今起きたかと言うと、主に改正高年齢者雇用安定法で企業の定年が5年ほど遅れたことによるのです。

つまり今回だけ後回しになっただけなのです。

 

具体的な数字で確認しましょう。

2010年度で団塊世代人口(61~63才)は669万人です。

退職が4年遅れるとして、2014年度の就職可能な若年人口(20~22才)は373万人です。注釈1

3年間の需給の差は296万人不足、退職者が圧倒的なのです。

 

2015年の全学卒者(高校、専修学校、高専、短大、大学)232万で、就職希望者92万人です。

2010年度の60歳人口230万人、これが5年後に退職するとしたら、その需給ギャップは138万人不足です。

これが1年間で起きたかもしれないのです。

 

実際は、他の世代や女性の就労等で、全就業者数はわずかながら増加し、定年延長で日本社会は急場を凌いでいます。

しかし今、人手不足が高齢者の多い中小企業を直撃しているはずです。

 

実は、問題はこれからなのです。

グラフのような生産年齢人口の減少を食い止めない限り、日本は景気後退を深めるでしょう。

欧米は、主に移民労働者の受け入れでこれを防いで来ました。

 

理由は簡単で、労働人口が減り、国民所得と需要が減り、総労働人口の減少分に応じて企業は規模の縮小に向かわざるを得ない。

ここで企業の淘汰が起こり、倒産が増えます。

この現象は、一人当たりのGDPが変わらなくても、減少の過渡期において起きます。

 

今、大事なことは、皆さん一人ひとりが他人任せでなく、社会で起きていることを直視することです。

 

 

注釈1: 就職可能な人口の20~22才は、私が目安に設定した年齢で、各種学卒の比で決めました。

 

 

 

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Bring peace to the Middle East! 3: About the Middle East and Arab


中東に平和を! 3: 中東とアラブについて

 

 1アラブ人

< 1. Arabian actor >

< 1. アラブ人俳優 >

 

Today, we easily look at the Middle East and Arab that we will talk about from now on.

今日は、これから話題にする中東とアラブについて簡単に見ます。 

 

The scenery of the Middle East

中東の景観

 

 2ネゲブヨルダンサウジ

< 2. The nature >

< 2.中東の自然 >

Upper photo: Negev Desert in Israel.

Central photo: Jordan.

Lower photo: Saudi Arabian desert.

 

There are a lot of hot and dry places in the Middle East, but there is green in highlands, oasis and great river basins.

 

上の写真: イスラエルのネゲブ砂漠。

中央の写真: ヨルダン。

下の写真: サウジアラビアの砂漠。

 

中東は高温で乾燥している所が多いが、高地やオアシス、大河流域には緑があります。

 

3農業

< 3. Agriculture >

< 3. 農業 >

Upper photo: Wheat field in Turkey.

Central photo: Date palm of the banks of the Nile River

Lower photo: Sheep raiser in Iran.

 

The human started agriculture in the Middle East.

 

上の写真: トルコの小麦畑。

中央の写真: ナイル河畔のナツメヤシ。

下の写真: イランの牧羊。

 

人類は中東で農耕を開始しました。

 

4産業

< 4. Economy >

< 4.経済 >

Upper photo: Souq (market) of Doha.

Central photo: Oil plant in Iran.

Lower photo: Dubai.

 

The economy of the Middle East was the agriculture and livestock farming since ancient times, and caravan trade was added to it later.

Over the past a century, the oil brought vast wealth to a lot of countries, and these accomplished the economic development.

 

上の写真: ドーハのスーク(市場)。

中央の写真: イランの石油プラント。

下の写真: ドバイ。

 

古来より、中東経済は農業と牧畜で、後に隊商交易が加わりました。

ここ一世紀ほどの間に、石油が莫大な富をもたらし、経済発展を遂げる国が現れました。

 

5バクダッドカイロ

< 5. Big city >

< 5. 大都市 >

Upper photo: Baghdad in Iraq.

Central photo: Jerusalem in Israel.

Lower photo: Cairo in Egypt.

 

上の写真: イラクの首都バクダッド。

中央の写真: イスラエルの首都エルサレム。

下の写真: エジプトの首都カイロ。

 

 

The range of the Middle East and Arab

 

中東とアラブの範囲

 

 6中東アラブ

< 6. The map >

< 6. 中東とアラブの地図 >

Upper map:   I call mainly a part of deep green (a small range) the Middle East.

Lower map: The deep green shows Arab countries.

 

The Arab means people speaking Arabic, but Berber, Black, Jew, and Christian also live in Arab countries.

Turkey and Iran belonging to the Middle East are not a country of Arab.

 

 

上の地図: 私は濃い緑色の狭い範囲を主に中東と呼びます。

下の地図: 濃い緑色がアラブ国家です。

 

アラブ人とはアラビア語を話す人々ですが、アラブ諸国にはベルベル人や黒人、ユダヤ人、キリスト教徒などが暮らしています。

中東に属するトルコ、イランはアラブ人の国ではありません。

 

About the religion

宗教について

 

7イスラム

 

< 7. Islam >

< 7. イスラム教 >

Upper photo: Worship in a mosque.

Lower photo: The sacred book Koran was written in Arabic.

 

The Middle East excepting Israel and the Arab countries are Islam.

The Islam is a world religion that was born last, and Muslim worships same one God that Judaism and Christianity do.

As for this religion, the religious power permeates the society deeply, but it hasn’t religious power structure in a lot of cases.

Many religious precepts continue to remain in the society, but man being like the Pope of Christianity doesn’t exist, verifies this fact.

 

上の写真: モスクでの礼拝。

下の写真: アラビア語で書かれた聖典コーラン。

 

中東とアラブの国々はイスラエルを除いてイスラム教です。

イスラム教は最後に生まれた世界宗教で、ユダヤ教とキリスト教と同じ唯一神を崇めています。

この宗教は、宗教的権威が社会に深く浸透しているが、権力機構を持たない。

それは多くの戒律が生き続ける一方、キリスト教の教皇が存在しないことに現れています。

 

 

 

 

8

< 8. Muslim country >

< 8. イスラム教徒の国 >

 

The Islamic world extends to east and west around the Mediterranean Sea and Indian Ocean.

イスラム圏は地中海とインド洋を囲むように東西に伸びています。

 

9宗教1

9宗教2

9宗教3

< 9. Religions of the world >

< 9. 世界の宗教 >

Two maps: The distribution of religions of the world.

地図 : 世界の宗教分布。

 

Lower graph: Religion having maximum population in the world is Christianity, the second is Islam, and the third is Hinduism.

The total becomes 66% of world population.

 

下のグラフ: 世界で、一番宗教人口が多いのはキリスト教、ついでイスラム教、ヒンドゥー教です。

この合計は世界の人口の66%になります。

 

Short history of the Middle East and Arab

This area became large Islamic Empire in about the eighth century, after that, the Islam world still extended, but soon it split into some countries.

And the Ottoman Empire of Turk ruled this area from the 13th century to early the 20th century.

The most of this area became each colony of Britain or France since the middle of the 19th century, and these countries became independent after World War I, but the two countries managed these.

 

This continues to next time.

 

中東とアラブの概略史

この地域が広大なイスラム帝国となったのは8世紀頃で、その後もイスラム圏は広がっていくのですが、幾つかに内部分裂を起こしました。

そしてトルコ人のオスマン帝国が、この地域を13世紀から20世紀初頭まで支配します。

この地域のほとんどは19世紀中頃から英仏の植民地になっており、各国は第一次世界大戦以降に独立したのですが、両国がそれを差配した。

 

 

次回に続きます。

 

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Bring peace to the Middle East! 1: At the start


 

中東に平和を! 1: はじめに

  1a

  • * 1

 

Our world is really amid big confusion now.

It is a far-off incident as for Japan, but the dispute occurring in the Middle East becomes more serious.

The disaster will spread to not only the West but also the world soon if it is not addressed immediately.

How should we confront the dispute of the Middle East?

 

今、世界は混乱の真っ直中にあります。

日本にとっては遠い出来事ですが、中東で起きている紛争は深刻さを増しています。

放置すれば災厄は欧米だけでなく、やがて世界に拡大するでしょう。

私たちは、中東の紛争にどう向き合えば良いのでしょうか?

 

 2

  • * 2

 

What is the problem?

By civil war, a vast amount of human life and property continue being lost, the environment and economy continue to be destroyed.

Enormous refugee occurred, and the confusion spread to the area accepting the refugee.

The causes of the conflict increased rather than decreased, and it came to spill all over the world.

Discrimination and hatred spread, and the world is being tormented by uneasiness, and the world cooperation system may collapse before long.

If this did happen, each countries become exclusive and iron hand, and have a much better chance to retreat and collide.

This is similar to the world headed for World War II.

 

 

 

何が問題か

中東の戦火により莫大な人命と財産が失われ、環境と経済が破壊されています。

膨大な難民が発生し、難民の受け入れ先でも混乱が広がっています。

紛争の火種は減るどころか増え続け、世界中に飛び火しています。

差別や憎悪が拡散し、世界は不安に苛まれ、やがて協調体制は崩れるでしょう。

そうすれば各国は閉鎖的で強権的になり、後退と衝突へと向かう可能性が高くなります。

これは第二次世界大戦へと向かったことに似ています。

 

I cannot see the sign of the convergence at all.

In war between nations once, they would have begun discussion for agreement to end the war if the disadvantage became remarkable.

However, the dispute in the Middle East transcends national borders, a lot of unidentifiable armed groups is concerned with it, furthermore the military aid by plural large countries accelerates the confusion.

The prolonged dispute makes the society that disorder and hatred prevail in, and would push our world at last into a society where crime and violence spread over.

 

Now I think that radical coping is necessary, but do not know how I understand the present conditions.

 

まったく収束の兆しは見えません。

かつて、国家間の戦争では、劣勢が顕著になると終戦協議が始まりました。

しかし、中東で起きている紛争は国境を越え、正体不明の武装集団が多数関わり、さらに複数の大国による軍事援助が混乱に拍車をかけています。

長引く紛争は、無秩序と憎悪をはびこらせ、ついには世界を犯罪と暴力が蔓延する社会へと突き落とすことになる。

 

今こそ、抜本的な対処が必要だと思うのですが、現状をどう理解してよいかわからない。

 

3

  • * 3

 

On the other hand, how do knowledgeable persons see Middle East conflict?

A “What Went Wrong?” by Bernard Lewis.

He is a famous American scholar about Mideastern history.

In this book, he explains that the backward predisposition of the Islamic world brought the slump and dispute of the civilization.

 

B “ The United States cannot beat the extremist organization IS” by Osamu Miyata.

He is an Islam researcher in Japan.

In this book, he explains that the Middle East conflict occurred by the intervention of Britain and France, and next America.

 

C “THE GREAT THEFT” by Khaled Abou El Fadl.

He is an American Islamic jurist.

In this book, he explains that Islamic extremists deviate from original Islam, and are abusing the jihad.

 

These opinions of knowledgeable persons all over the world are various, and I cannot see the truth.

 

I want to close in on the truth of the Middle East conflict, Islam and Arab from now on.

 

 

一方、識者は中東紛争をどう見ているのか

 

A バーナード・ルイス著「イスラム世界はなぜ没落したか?」

彼は米国の著名な中東史研究家で、この著書で、イスラム世界の後進的な体質が、文明の低迷と紛争をもたらしたとする。

 

B 宮田律著「アメリカはイスラム国に勝てない」

彼はイスラム研究者で、この著書で、中東紛争は初期に英仏、後に米国の介入が招いたとする。

 

C カリード・アブ・エル・ファドル著「イスラムへの誤解を越えて」

彼は米国のイスラム法学者で、この著書で、イスラム過激派は本来のイスラムから逸脱し、ジハードを悪用しているとする。

 

世界の識者の見解も様々で真実が見えない。

 

これから、中東紛争、イスラム教とアラブの真相に迫りたいと思います。

 

 

 

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Went around Croatia and Slovenia 17:  The wonder of Dubrovnik 3


クロアチア・スロベニアを巡って 17: ドゥブロブニクの不思議 3

 

     1

< 1. The Crusade was capturing Constantinople >

< 1. 十字軍によるコンスタンティノーブル攻略 >

 

Today, we look at huge wave undulation surrounding the Mediterranean Sea in those days.

The Keywords are the Byzantine Empire (the Eastern Roman Empire), Islamic power, the Crusade, the East-West trade and the Ottoman Empire.

 

今日は、当時の地中海を取り巻く大きなうねりを見ます。

キーワードはビザンティン(東ローマ帝国)、イスラム勢力、十字軍、東西交易、オスマンです。

 

 2

< 2. Byzantine territory. Blue dot is Dubrovnik >

< 2. ビザンティンの領土、青点がドゥブロブニク >

 

The Byzantine Empire (the Eastern Roman Empire)

In 476, the Western Roman Empire was ruined, but the Byzantine Empire continued in capital city Constantinople (Istanbul) in succession to the Roman Empire for approximately 1,000 years.

The emperors who reined over Church ruled over the territory having multiethnic population that lay astride Europe and Asia.

This Empire had got the usurpation of the throne many times, but was succeeded to as Christian country, exclusive Caesar’s country, and country that prided its biggest prosperity.

The Constantinople was Europe’s biggest city holding 400,000 people, and the prosperity was an object of envy from the east and west.

This prosperity was a blessing from the East-West trade between Europe and Asia.

 

However, it began to decline before long.

One factor was an antagonism between Europe and the Byzantine Empire, such as the birth of Holy Roman Emperor in the 10th century.

This might be due to the division between Catholic Church and Orthodox Church, and the Byzantine Empire becoming a Greek country.

At last, in 1202, the Constantinople was attacked by the fourth Crusade, and was plundered thoroughly and continued to decline after this.

This betrayal came at the instruction of Venice.

 

Other factor was largely a result of the rise of Asia power like Islamic power and the Ottoman Empire.

The Byzantine Empire fell by invasion of the Ottoman Empire in 1453.

 

ビザンティン(東ローマ帝国)

476年、西ローマ帝国は滅亡したが、ビザンティンはローマ帝国を継承して首都コンスタンティノープル(イスタンブール)で約千年間存続した。

教会の上に立つ皇帝が、多言語・他民族を抱えたヨーロッパとアジアに跨る領土を支配した。

この帝国は幾度も簒奪にあうが、キリスト教国、ローマ皇帝の国、最大の栄華を誇る国として継承された。

コンスタンティノープルは40万人を抱えるヨーロッパ最大の都市で、繁栄ぶりは東西から羨望の眼で見られていた。

この繁栄はヨーロッパとアジアの東西交易の賜であった。

 

しかしやがて陰り始めた。

一つは、神聖ローマ皇帝の誕生(10世紀)に見られる西欧とビザンティンとの対立でした。

これはカトリックと正教会の分裂、またビザンティンがギリシア語の国になったことが大きい。

ついに1202年、コンスタンティノープルは十字軍(第4回)に攻撃され徹底的に略奪され、この後、衰退の一途を辿った。

この裏切りはベネチア主導であった。

 

今一つは、アジア民族の勃興で、イスラム勢力とオスマンが大きかった。

ビザンティンは1453年オスマン帝国の侵攻により滅びた。

 

 

3

< 3. Territory of Islamic power. Blue dot is Dubrovnik. Red line is main route of the East-West trade. >

< 3. イスラム帝国の領土、青点がドゥブロブニク、赤線が東西交易ルート >

 

Islamic power

Islam was born in the Arabian Peninsula in the early seventh century, and Islamic power spread from the Iberian Peninsula to Iranian Plateau such as surrounding Europe at the end of the eighth century.

Furthermore, the Islamic power came to rule the west Mediterranean Sea.

 

During the 11th century and the 12th century, Christianity countries performed the Crusade for recapture of Palestine and fought against Islamic power.

Since about the 11th century, Muslim has begun to sell spice of the Indian Ocean to the Maritime republics of Italia via Egypt and the Red Sea.

This East-West trade to Europe continued even if it was broken off by wars.

In Europe, the demand for spice increased due to its growth since about the 12th century.

 

イスラム勢力

イスラム教はアラビア半島で7世紀初めに誕生したが、イスラム勢力は8世紀の終わりにはイベリア半島からイラン高原まで、ヨーロッパを囲むように拡大した。

さらにイスラム勢力は西地中海の制海権も握るようになった。

 

11~13世紀、キリスト教国はパレスチナの奪還を目指して十字軍遠征を行いイスラム勢力と戦った。

11世紀頃から、イスラム人はエジプト・紅海経由でインド洋の香辛料をイタリアの海洋国家に売り始めた。

戦争で途切れることはあっても、このヨーロッパとの東西交易は続いた。

12世紀頃から西欧は成長を始め、香辛料などの需要が旺盛になっていた。

 

 

4

< 4. Territory of Ottoman Empire. Red is Dubrovnik >

< 4. オスマンの領土、赤点がドゥブロブニク >

 

The Ottoman Empire

Turk who came over from the Central Asia began to take on power in Iran and Asia Minor.

The Ottoman Empire became powerful at the end of the thirteenth century, destroyed the Byzantine Empire later, and renamed the capital to Istanbul.

Before long, it moved toward the north in Balkan Peninsula and surrounded Vienna of Austria in 1529.

It was defeated by the Venetian navy at first, but controlled the sea of the Mediterranean Sea in the 16th century.

 

However, in the end of the 16th century, it abandoned Balkan Peninsula and reduced its rule areas, due to the offensive by Europe and the moving toward the south of Russia.

 

 

オスマン

中央アジアからやって来たトルコ人がイランと小アジアで勢力を持ち始めた。

13世紀末、オスマントルコが強大となり、後にビザンティンを滅ぼし、その首都をイスタンブールと改称した。

やがてオスマンは、バルカン半島を北上し1529年にはオーストリアのウィーンを包囲した。

初めこそベネチア海軍に負けたが、16世紀には地中海の制海権を握った。

 

しかし16世紀末にはヨーロッパの攻勢もあり、バルカン半島を放棄し、さらにロシアの南下により支配地を減らしていった。

 

 

5

< 5. Spice >

< 5. 香辛料 >

 

What divided the life and death of the three maritime republics

As for Dubrovnik, the change of the ruler of Balkan Peninsula was important.

As for Genoa and Venice, the movement of Egypt that was a linchpin of the East-West trade was important.

 

On the next time, we will see how this change of scenery influenced Dubrovnik and Europe.

 

3ヵ国の海洋都市国家にとって何が生死を分けたのか

ドゥブロブニクにとっては、バルカン半島の支配者の交替が重要でした。

ジェノバやベネチアにとっては、東西交易の要であったエジプトの動向が重要でした。

 

 

次回、この状況の変化がドゥブロブニクとヨーロッパにどう影響したかを見ます。

 

 

 

 

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Went around Croatia and Slovenia 16:  The wonder of Dubrovnik 2


クロアチア・スロベニアを巡って 16: ドゥブロブニクの不思議 2

1

< 1. Venice of the 18th century >

< 1. 18世紀のベネチア >

 

Today, I introduce the vicissitudes of Maritime republics around Italy in the medieval Mediterranean Sea.

We can see the nations tossed about by history, and the big undulation there.

 

今日は、中世の地中海、イタリアを中心にした海洋国家の盛衰を見ます。

そこからは歴史に翻弄される国家と大きなうねりが見えてきます。

 

2 期間

 

< 2. The periods that these Maritime republics flourished in >

< 2. 海洋都市国家の活躍年代 >

Maritime republics flourished

These are Amalfi, Pisa, Ancona, Genoa, Venice, and Ragusa.

 

Amalfi

It had participated actively first because it had belonged to the Byzantine Empire (Eastern Empire) from old times.

It played an active part in East-West trade by way of Egypt or Constantinople from the 9th to 10th century.

They first used a maritime law and a magnet in Europe.

However, in the 12th century, it was conquered by Norman that came from the north and finished.

 

 

駆け巡った海洋国家

それはアマルフィ、ピサ、アンコーナ、ジェノバ、ベネチアそしてラグーザです。

 

アマルフィ

ここは元々ビザンティン帝国(東ローマ帝国)に属していたことにより最初に活躍した海洋都市国家で、9~10世紀、エジプト、コンスタンティノープルとの東西交易で活躍した。

彼らはヨーロッパで最初に海事法と磁石をいち早く使っていた。

しかし12世紀、北方のノルマン人に征服され終焉を迎えた。

 

Pisa

It was an important military base and a trade place in the Rome Empire times.

It droved Islam power in the beginning of the 11th century and went into the west Mediterranean Sea and became a Maritime republic.

It participated in the Crusades later, expanded its territory, and got wealth by East-West trade.

However, it was beaten by Genoa that had competed for hegemony in the 13th century, subsequently was conquered by Firenze, and finished.

 

ピサ

ここはローマ帝政期、重要な軍事基地であり交易地であった。

11世紀の初めイスラム勢力を追い払って西地中海に進出し都市国家(コムーネ)となる。

後に十字軍に参加し、東方貿易でも富を得て領土を拡大した。

しかし13世紀、覇権を争うジェノバに敗戦し、次いでフィレンツェに征服され終わった。

 

Ancona

It was an important naval port facing the Adriatic Sea, and continued being ruled by many peoples.

After that, it belonged to the Byzantine Empire and became a Maritime republic since the 11th century.

It often conflicted with Venice, was always concluded an alliance to the Byzantine Empire and Ragusa, and participated in the Crusade.

In the 16th century, it was incorporated in the Rome Papal domain and lost the autonomy.

 

At this point in time, the remaining marine republics became Venice, Genoa, and Ragusa.

 

 

アンコーナ

ここはアドリア海に面した重要な軍港であったが、多くの民族に支配され続けた。

その後、ビザンティンに属し、11世紀に海洋都市国家となった。

ベネチアとはしばしば衝突し、常にビザンティン、ラグーザと同盟関係にあり、十字軍にも参加した。

16世紀、ローマ教皇領となり自治権を失った。

 

この時点で残った海洋国家はベネチア、ジェノバ、ラグーザとなった。

 

3ジェノバ

< 3. A power relationships of Genoa >

< 3.ジェノバの勢力図 >

 

Genoa

It prospered as a seaport town from the ancient times, went into the west Mediterranean Sea along with fighting against the Islam navy, and became a Maritime republic since the 11th century.

By participating in the Crusade, since the late half of the 13th century, it extended its influence in the Black Sea, the Aegean Sea and the east Mediterranean Sea, and built closely the relations with Spain, North Africa, and the northwest Europe.

For one century from the middle of the 16th century, Genoese moneylenders became bankers of Spanish kings, and they achieved the height of prosperity.

Their activity led the Age of Discovery like Columbus from Genoa.

Before long, it became a French possession, and finished at the beginning of 19th century.

 

ジェノバ

ここは古代から海港都市として栄え,11世紀以降、イスラム海軍と戦いつつ西地中海に進出し都市国家となった。

十字軍への参加により、13世紀後半から黒海、エーゲ海と東地中海にも勢力を広げ、スペイン、北アフリカ、北西ヨーロッパとの関係も緊密化した。

16世紀半ばからの1世紀間、ジェノバの金融業者はスペイン王の御用銀行家となり、最盛期を迎えた。

ジェノバ出身のコロンブスのように彼らの活躍が大航海時代をリードした。

やがて19世紀初め、フランス領となり終焉を迎えた。

 

 4ベネチア

< 4. A power relationships of Venice >

< 4.ベネチアの勢力図 >

 

Venice

It continued being exposed to invasions of other ethnic group, and it avoided the menace of Franks in the beginning of the 9th century, and started building towns in the coast wetlands zone.

It performed the naval buildup, and took control of the Adriatic Sea (Dalmatian seashore).

By sending reinforcements to the Byzantine Empire, it was given a tax exemption privilege by the Byzantine Empire, and firmly established the superiority in the trade of the east Mediterranean Sea.

It won by sea fights in Genoa that it conflicted at the end of the 14th century, and attained the supremacy of the east Mediterranean Sea.

Furthermore, it got the wealth by expeditions of the Crusade, grasped fully East-West trade between Europe and orient from the 13th century to the 15th century, and got vast wealth.

However, when the Ottoman Empire gained power, it was robbed of the territory of Venice, and was not able to stop own fall even if it won to the Ottoman by the Battle of Lepanto with the union of Spain in the end of the 16th century.

At last, it closed the history with Napoleon occupation in the end of the 18th century.

 

ベネチア

ここは異民族の侵入にさらされ続け、9世紀初め、フランク族(フランス)の脅威をさけて沿岸湖沼地帯に町づくりを開始した。

海軍増強を行ってアドリア海(ダルマチア海沿岸)を制し、援軍の提供によりビザンティン帝国から免税特権を与えられ、東地中海貿易で断然優位に立った。

競合するジェノバに14世紀末、海戦で勝利し東地中海の覇権を奪取した。

さらに十字軍遠征により富を得て、13~15世紀、オリエントと西欧を結ぶ東西交易を一手に握り、莫大な富を得た。

しかしオスマン帝国が台頭してくるとベネチアの領土は奪われ、16世紀末にスペインと組んだレパントの海戦でオスマンに勝利しても凋落を止めることは出来なかった。

ついに18世紀末、ナポレオンの占領とともに歴史を閉じた。

 

5ラグーザ

< 5. A power relationships of Ragusa >

< 5. ラグーザの勢力図 >

 

Ragusa (Dubrovnik)

I omit this history because I introduced it last time.

 

After all, three countries terminated in the Napoleon occupation together.

 

We will notice something here

The Activity of the three countries was restricted by the Byzantine Empire, Islam power, the Crusade, the East-West trade, and the Ottoman Empire mainly.

When we understand it, we can look at the skillfulness in the way of life of Dubrovnik.

 

This continues next time.

 

 

ラグーザ(ドゥブロブニク)

前回、この歴史を紹介しましたので省きます。

 

結局、3カ国は共にナポレオンの占領で終わった。

 

ここであることに気がつく

3カ国の活躍は、主にビザンティン、イスラム勢力、十字軍、東西交易、オスマンに規定されていたことです。

これがわかると、ドゥブロブニクの生き様の妙が見えてきます。

 

次回に続きます。

 

 

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Went around Croatia and Slovenia 15:  The wonder of Dubrovnik 1


クロアチア・スロベニアを巡って 15: ドゥブロブニクの不思議 1

 

1

< 1. The port of Dubrovnik  >

< 1. ドゥロブニクの港 >

 

How did this small city-state survive between great powers?

It was the history that this city-state had continued demanding freedom.

From today, I will chase the wonder of this rare marine city-state.

 

この小さな都市国家が如何にして大国の狭間で生き延びることが出来たのだろうか?

それは自由を求め続けた歴史でもありました。

今日から、この希有な海洋都市国家の不思議を追います。

 

Preface

When I visited this old city, I was first surprised at the huge rampart being disproportionate to the small town.

In the Middle Ages, there were a lot of free cities and seafaring countries, but there quietly was this small marine city-state that enjoyed freedom in a corner of tumultuous Balkan Peninsula.

The activity of Dubrovnik was indirectly connected with European Renaissance and the Age of Discovery.

For over 1000 years, there were various magnificent dramas of the clash of civilizations among Europe, Asia, and Africa, and the trade that extended to the Indian Ocean from the Mediterranean Sea.

 

I survey Dubrovnik that lived in the Middle Ages

There are romances between people and sea, and a hint to peace here.

 

 

はじめに

私がこの旧市街を訪ねて最初に驚いたのは、小さな町に不釣合いな巨大な城壁でした。

中世、自由都市や海洋国家は数多くあったが、この騒乱のバルカン半島の片隅で人知れず、自由を謳歌した小国があった。

ドゥロブニクの活躍はヨーロッパのルネサンスと大航海時代と間接的につながっていました。

そこには、ヨーロッパとアジア、アフリカの文明の衝突、さらに地中海からインド洋に跨る交易の千年に及ぶ壮大なドラマがありました。

 

これから中世世界に生きたドゥロブニクを概観します。

そこには人々と海を巡るロマン、さらには平和へのヒントがあります。

 

 

 2海洋国家

 

< 2. These seafaring countries of Italia were leaders of the Mediterranean Sea in the Middle Ages >

< 2. 中世、地中海の覇者となったイタリアの海洋共和国 >

 

Explanation 

A fig.: It shows 8 seafaring countries of Italy and the Adriatic Sea.

Red circles are 3 countries that played an active part in the sea until the last.

 

B fig.: The length of Venice main island is about 5 km.

C fig.:   The width of Genoa harbor is about 3 km.

D fig.:   The castle width of Dubrovnik that was capital of Republic of Ragusa is about 500 m.

 

Dubrovnik was very small compared with two great powers Venice and Genoa.

 

解説:

A図: イタリアとアドリア海にあった8カ国の海洋共和国を示す。

赤丸は最後まで活躍した三つの共和国です。

B図: ベネチアの本島、その長さ約5km。

C図: ジェノバの港、その巾は約3km。

D図: ラグーサの首都ドゥブロブニクの城砦、その巾は約500m。

 

ドゥブロブニクは二大強国ベネチアとジェノバに比べて遥かに小さかった。

 

 

3船2

 

< 3. A sailing ship that started to play an active part in the 15th century >

< 3. 15世紀に活躍し始めた帆船 >

 

The history of Dubrovnik

In the about 7th century, this town’s history began from a Roman that lived at current seaside across a small canal from Slav of the mountainside.

In the 13th century, both people filled up the canal and merged.

 

ドゥブロブニクの歴史

7世紀頃、町は、今の旧市街の海側にローマ人、山側にスラブ人が小運河を隔て住み着いたことに始まる。

13世紀、両者は運河を埋め立てて統合した。

 

 

4名称未設定-5

 

< 4. Around the Adriatic Sea in the middle 14th century >

< 4. 14世紀中頃のアドリア海周辺 >

 

After being ruled by many peoples, from the 6th century, Dubrovnik was dominated by Byzantine Empire, subsequently Venice (1204-1359), Hungary (1359-1526), and Ottoman Turkey.

From the 12th century, Dubrovnik traded between Italy and Balkan, and carried industrial products from Italy, or raw materials from Balkan.

The large ship appeared from the 13th century, and Dubrovnik had large merchant ships more than 180 in the 16th century.

The last of the 15th century, when Dubrovnik was dominated by Ottoman Turkey, its overland trade in Balkan became more active.

Furthermore, Dubrovnik’s sea trade spread from the Adriatic Sea and the Mediterranean Sea to the Black Sea, the Atlantic, and the Indian Ocean.

And Dubrovnik put the consulates in 50 cities and reached its peak.

 

幾多の民族に支配された後、6世紀からビザンティン帝国、次いでベネチア(1204‐1359),ハンガリー(1359‐1526)、やがてオスマン・トルコの庇護下にあった。

12世紀から、ドゥブロブニクはイタリアの諸都市とバルカンの交易を担い、イタリアからは工業製品を、バルカンからは原料を運んだ。

13世紀からは大型船が登場し、16世紀には180隻を超える大型商船を持った。

15世紀後半、オスマン・トルコの支配下に入ると、バルカンとの陸上交易が活発になった。

さらに海上交易の範囲はアドリア海や地中海だけでなく,黒海、大西洋、インド洋にも及び、50都市に領事館を置き、全盛期を迎えた。

 

 

5-旧総督邸

 

< 5. Rector’s Palace >

< 5.旧総督邸 >

 

In 1359, since Dubrovnik was dominated by Hungary, it came to reject a governor accredited from the imperial country.

And Dubrovnik nobles mutually elected their governor.

After this, they had been promoting the domestic administration and diplomatic policy as an independent country.

All nobles 18 years or older performed legislation and picked the execution member.

They limited governor’s tenure to 1 month and avoided dictatorship.

The commoner who supported the economy wasn’t able to participate in it, but an aristocratic democratic system was performed.

This situation was made possible mainly due to the huge rampart and a large amount of contribution.

 

But it began to decline before long.

When the Age of Discovery began on the Atlantic side, the importance of the east Mediterranean Sea decreased.

Dubrovnik took part in two wars of Europe in the 16th and the 17th century and suffered big damage.

Furthermore, it received a crushing blow by a major earthquake of 1667, and the overland trade reduced when the influence of Ottoman Turkey began to drop.

Finally, Dubrovnik’s republic was extinct by the occupation of Napoleon in 1808 and it was dominated by the Austria territory in 1814.

 

This continues next time.

 

 

1359年、ハンガリー庇護下に入ると、それまでの宗主国からの総督派遣を退け、ドゥブロブニクの貴族層が自らの総督を互選するようになった。

これ以降、独立国として内政・外交政策を推進していった。

18歳以上のすべての貴族が立法を行い、執行メンバーを選出した。

彼らは総督の任期は1ヶ月とし独裁を避けた。

経済を支えた平民は参加出来なかったが、貴族的民主制を行った。

これを可能にしたのは、如何なる攻撃にも耐える巨大な城壁と多額の貢納でした。

 

しかしやがて陰りが見え始める。

大西洋側で大航海時代が始まると、東地中海の重要度は低下していった。

ドゥブロブニクは16、17世紀とヨーロッパの戦争に加担して大きな損害を被った。

さらに、1667年の大地震で壊滅的打撃を受け、陸上交易もオスマン・トルコの勢威が下降し始めると縮小していった。

最後に1808年ナポレオンの占領によって共和国は消滅し、1814年にはオーストリア領となった。

 

次回に続きます。

 

 

 

 

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社会と情報 64: 戦った報道 21


       1 天津居留地

< 1. 天津の居留地、右のドームは日本企業の建物 >

 

今回は、満州に侵攻しなければならなかった経済的な理由を探ります。

主に満州と中国を中心に見ます。

 

 2 満州地図

< 2. 旧満州国 >

 

はじめに

「戦った報道 20」で見たように、満州事変勃発を受けた民間の主張は概ね「中国での排日行為と干渉を抑えて、移民促進と資源開発を行うこと」でした。

前者は既に中国に居留し商売や産業に従事している人々の安全と経済活動を守ってくれというものです。

後者は、国内の窮状を救う為の貧農と失業者の救済策であり、経済発展と軍需産業に必要な輸出入の促進を意味しています。

当然、政府(軍部)や国民が予想していなかった効果や失敗もあった。

3 移民2

< 3. 日本人の海外移住の推移。(株)ギアリンクスより >

移民と居留民 文献1.

日本人の移民(永住者)は1868年のハワイを皮切りに北米・南米へと増えていった。

さらに二つの戦争で獲得した植民地(朝鮮、台湾、南樺太、南洋諸島)へと移住者が増え、1910年30万人、1930年頃には移民総勢100万人に膨れ上がっていた。

ちなみに在朝日本人は1900年末で1万6千人から日露戦争後の1905年に4万2千人に膨れ上がっていた(移民、居留者)。

敗戦による日本への総海外引揚者数は軍人を除いて320万人に上った。

明治時代から多くの人が海外に移住し、植民地や租借地に居留し、あらゆる仕事に従事していた。

 4 満州移民

< 4. 拓務省による満州移民の募集 >

満州農業移民は満州事変の翌年に始まり、関東軍主導で敗戦までに約25万人が送り出され、多くは国内の小作貧農や子弟で、原野で農業に従事した。

1938年以降、満蒙開拓青少年義勇軍9万人(15~18才)がさらに送り込まれた。

彼ら移民の敗戦に伴う死亡者は8万人に上った。

これには理由がある。

軍は最初から「屯田兵制移民案要綱」を作成し、移民の5割はソ満国境の最前線、4割は抗日武装部隊が荒れ狂う地に送り込んだ。

つまり軍は、必要とあれば武器を持って盾となり、日常は農業者である屯田兵を目論んでいた。

さらに「満州移民500万人移住計画」を打ち挙げて、これにより満州人口の1割を日本人で占めることを目指した。

強壮な青年を集めて送り込めば満州は安泰になるかもしれないが、国内の農民と兵員が不足するのは明らかだった。

さらに悪いことに、日本移民用の土地は収奪に近く、また多くは地主となって中国人を使役したので現地人の憎しみは増すばかりだった。

こうしてソ連が侵攻してくると悲劇が起こった。

中国への居留民(一時滞在者)は1873年の上海から始まり、日露戦争、第一次世界大戦を経て、奉天などの中国東北部と青島などの都市に居留地が出来ていった。

1913年の中国の居留民総数は約4万人で、その内訳は物品販売業、鉄道などの運輸、工員の順に多く、これで50%を占めた。

つまり一攫千金をねらった中小商人の進出が居留民の代表的な姿だった。

資本進出                  文献2.

植民地の民族資本の割合を見る。

1929年、台湾の工場数で90%、職工数で62%、1928年、朝鮮の工場数で52%、従業者数で29%であった。

つまり残りは概ね日本資本で大企業ほど所有されていることになる。

満州では1932年、工場数の80%が民族資本であった。

しかし中国本土の紡績工場を国別の資本割合で見ると、1925年で中国56%、日本38%、英国6%で、1905年では日本は4%に過ぎなかったのが急速に伸びている。

何が言えるのか

日本が既に如何に経済的、人的に植民地と結びついていたかが分かります。

こうして農民も商工業者も大企業も、日本軍による満州と中国の支配を歓迎したのです。

また満州移民は軍事が優先であり農民の救済は二の次だった。

5

< 5.殖民地貿易と経済成長http://www.jkcf.or.jp/history_arch/first/3/06-0j_hori_j.pdf >

解説: 図―3より、満州事変後(赤枠)、満州は日本からの輸入が40%から85%へと著しく増大している。

図―4より、日本の植民地への輸出が他国への輸出を圧倒するようになって行く。

図2-bより、日本と植民地が共に経済成長を遂げている。

(ただし植民地の利益の大半は日本資本が握り、民族による経済格差が酷かったと考えられる)

それでは満州を手に入れたことで日本経済にメリットがあったのか? 文献3.

答えは、満洲を含めて植民地がなければ日本は立ち行かなかった。

そのメカニズムは複雑ですが、要点だけを記します。

A: 1920年代までの貿易体制が崩れ、日本は殖民地内の貿易に依存しなければならなかった。

米国への生糸輸出が世界恐慌と米国の人絹工業の発達によって決定的に縮小し、それまでの輸出超過から逆に輸入超過となった。

これにより外貨が入らずインドや欧州から原料や機械の購入が出来なくなった。

また金融政策変更(高橋蔵相)による円安で輸出が伸びたのだが、ブロック化していた世界各国と軋轢を生んだ。

また育ちつつあった日本の重化学工業も欧米の第一次世界大戦後の立ち直りによって競争力を失っていた。

当然、欧州からの設備購入は円安で手が届かなくなっただろう。

こうして日本の製品と資本の輸出は円ブロック(外貨不要、恣意的な関税で有利)の満洲・朝鮮・台湾に集中していった。

6 企業

< 6. 朝鮮の日本窒素の肥料工場と満州の撫順炭鉱 >

B: 現地での搾取による高収益

例えば、朝鮮で水力発電を利用した日本の窒素肥料会社が巨額の利益を上げた。

これは土地を奪い安い労賃で朝鮮人をこき使うことで可能になった。

実は、日本では労働運動が盛んになったことで、日本企業は規制の無い朝鮮に行ったのです。

一度は朝鮮にも規制を設けた日本だったが、外して日本企業に便宜を図った。

同様なことは満洲の日本鉱山でも起こった。

中国人の日当は朝鮮半島よりもさらに安く日本人賃金の1~2割で、粗末な食事でこき使われ、1日に40~50人が死んで埋められた。

撫順炭鉱だけでその数は30ヶ所に上った。

結局、植民地への巨額投資は軍事上か、さもなければ日本経済や企業の為であったと言える。

7

< 7. 軍需産業の躍進、http://www.meijigakuin.ac.jp/~hwakui/newkokusai.html >

解説: 破線が日本、赤枠が満州事変の翌年を示す。日本は満州を手に入れたことで、軍需産業を急速に発展させることが出来たようです。

まとめ

結論として以下のことが言える。

多くの人は、満州を支配することで経済的な恩恵があると漠然と思ったことだろう。

ほとんどの満州移民は満州の実態も農業も知らなかった。

それよりも中国と満州に関わる事業家や商工業者、海外居住者にとっては、現地の安泰は絶対であった。

しかし、それ以上に国防を先取りする人々が、国際関係の空隙を突いて、今しかないと戦端を開き、国策の変更を迫った。

こうして軍の移民政策と民間の期待した移民とは異なったものになった。

一方、満州や中国、東南アジアの支配は貿易悪化から好転へと導き、さらに軍需産業発展をもたらした。

その後の展開

しかしその好転は思わぬ不幸の始まりだった。

やがて、当初軍部が恐れていながらも楽観視していた事が立て続けに現実となり、太平洋戦争へと突き進んだ。

それは自らの侵攻ですべての仮想敵国を敵に回し、予想しうる最大の巨大兵力と戦うことになったからでした。

後追いで歴史を見ると軍部は実に都合の良い想定を繰り返し戦争に突入している。

初めに「最大の敵は攻めてこない」として満州に侵攻し、さらに「敵一国と短期決戦で決着する」とし太平洋戦争に突入したことに驚かされる。

まるで原発の想定外「大きい津波は起こらない」と同じ思考でした。

次回は、この軍部の驚くべき思考(戦略)の背景を追います。

文献1: 「岩波口座 近代日本と植民地 3」「岩波口座 近代日本と植民地 5」岩波書店刊。

文献2: 「日本経済史」石井寛治著、p278.「岩波口座 近代日本と植民地 3」p45.

文献3: 「集英社日本の歴史 20」p42~。

 

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