私達の戦争 31: 摩訶不思議な解釈3


1右翼

  • * 1

 

今回は、対立する左派と右派の不思議を見ていきます。

ここにも紛争の種が見え隠れします。

 

2全人代3能

  • * 2、3

 

幾つかの不思議

例えば、今の中国で革命を目指す人々は左派でしょうか右派でしょうか?

恐らく中国政府はそれを右派、資本主義に毒された不穏分子と見なすことでしょう。

しかし、それは左派、少数民族弾圧や不平等を正す改革派かもしれません。

何か、おかしいですね。

 

例えば、15世紀に能を大成した世阿弥は左派か右派、どちらでしょうか?

本来、左派・右派は政治的な立場を指すのですが、ここでは所属集団での革新派・保守派を意味しています。

彼は、伝統的な猿楽を脱して、新たな演出(幽玄世界)を盛り込んだ革新派と言えるでしょう。

このような事例は現在の歌舞伎や伝統工芸に始まり、相続した大企業経営者にも見られます。

しかし、その多くの人は、立場上、保守的にならざるをえないでしょう。

 

 

 

ポイント

A.社会には、保守的な立場が、または革新的な立場が得策である集団・階層が存在し、大半の人々はどちらにも属さない。

B.一方、そのどちらかの集団に属していても、革新的な性向を持つ人と保守的な性向を持つ人が存在する。

 

社会や集団には、体制側と一体となり体制を堅持することが得策な保守的な立場が存在します。

現状に不満を持つ人々は、体制の変革を望むことになりますが、変革には労苦と危険が伴うので、すべてが革新的な立場とはなりません。

ここで重要なことは、通常、断固として体制堅持を望む立場は一部であり、多くは労苦と危険を共はない限り、より良い社会への変革を望む立場になる(貧富の差拡大期や、経済停滞時は特に)。

 

保守的か革新的な性向(脳機能)を持った人々は正規分布の両端の一部でしょう。

多くは中庸な性向を持っているでしょう。

一般的に保守的な性向は、社会変化を嫌い、容易に新しい主義や制度を信じないようです。

革新的な性向はこれと逆になります。

 

この結果

個人の保守・革新への態度の強弱は、それぞれの所属集団による立場と個人の性向の組合せで、それこそ十人十色となる。

例えば、保守的な性向を有する人が大企業と莫大な遺産を所有した場合は、最も保守的態度をとりやすくなるでしょう。

逆の場合も然りです。

 

 

何が問題なのでしょうか

上記の現象は自然な成り行きで、問題は恣意的な操作による偏りと対立です。

 

体制堅持を図る人々は、その目的の為に教宣活動を行うことになります。

その教宣は中庸な人々も含め、保守的な心情を奮い立たせることになります。

特に、保守的な性向を有する人はそれに乗りやすくなります。

当然、体制の変革を図る側も同様の試みを行う。

しかし通常、資金力・影響力に優れる体制堅持側が有利になります。

 

4原発反対5田母神

  • * 4、5

 

これは何を意味するのでしょうか?

右派・左派(保守・革新)の教宣活動は、目的達成こそが重要であって、その言説の論理や事実は重要でははないのです。

こんなことを言えば、立派な先生方にお叱りを受けるかもしれませんが。

 

例えば、他国の脅威は無視出来ないが原発事故の脅威は無視出来る日本の右派がいます。

世論調査の分析によれば、原発を嫌う人は科学に不信感を抱く傾向が強い(他の要因もある)。

普通に考えれば、科学に不振感を持ちやすい人は保守的な性向に多いはずです(推測)。

なぜこのようなことになるのでしょうか。

それは原発政策が米国の国益と一致したからで、その起源は敗戦時、政府が再建を全面的にGHQに委ねたことにあります(善悪を問わず)。

もし米国が石炭政策を取っていたら、現状は変わっていたでしょう(円高も同様)。

昔はいざ知らず、現状の共産大国が原発を否定し、日本の左派に反対の圧力をかけているとは思えません。

すると原発労組を抱える左派が原発反対になる理由は、科学的根拠か右派(長期与党政権)への反発からでしょう。

このような例、理論、心情すらも食い違う例はいくらでもあります。

例えば、米国の共和党はリンカーンの時代、革新派でしたが現在は保守派です。

 

 

まとめ

本来、革新的な性向(脳機能)と保守的な性向は釣り合っており、社会は適切な進歩と安定を手に入れることが出来るのです。

 

右派と左派の論争が噛み合わないのは、一方の論理が未熟からではないのです。

元々、保守派と革新派が作り上げた言説は一貫性や論理など疑わしいのです。

所詮、辻褄合わせの産物なのです。

そのあやふやな言説に、中庸な人々までが踊らされ、左右に大きく振れ対立することが問題なのです。

 

現在は、別の不安定な状況が世界の先進国で進行しています。

それは各国で政治への不信感亢進により政党離れが進んでいることと、貧富の差が拡大していることです。

この状況は、歴史的にみて、何かの不足の事態を切っ掛けにして、世論が大きく振れる危険性を孕んでいることです。

 

大事なことは、皆さん一人一人が、確かな視点を持たないと、振り回され悲劇を見ることになるかもしれないと言うことです。

 

 

 

Categories: <japanese language, mind, politics, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , , | Leave a comment

私達の戦争 30: 摩訶不思議な解釈2


1スターリン

  • * 1

 

今回は「左派が戦争をする」「右派が戦争をする」、この対立を取り上げます。

 

2カダフィー

  • * 2

 

左派が戦争すると思われている例

一部の人は、ヒトラーが凶暴な社会主義革命家だと信じているようです。

その根拠はヒトラーのナチスが国家社会主義ドイツ労働者党だからでしょう。

彼が国民に訴えたのは、ゲルマン民族の優越(反ユダヤ)と反共産、栄光の軍事大国復活でした。

彼は、当時の大不況と社会混乱にあって、上記スローガンで中産階級や農民、青少年を魅了し組織化したのです。

彼はバイエルン邦国で知名度が上がってくると、それまでの味方(過激な労働運動家)を切り捨て、旧来の軍部や資本家と手を結んでいきました。

その20年前、社会主義国を目指したドイツでしたが、当時は保守勢力と軍部が政権を担うようになっていました。

彼は一貫した主義や論理を持たず、総統になるために手段を選ばなかった。

国民は、ヒトラーの提案した夢にすがり信じたのです。

当時はファシズム(全体主義)が世界各地に吹き荒れ、独裁者が国を牛耳り軍事侵攻を始めた。

その代表格がイタリア、ドイツ、日本、スペインだった。

 

ではなぜ一部の人々はヒトラーに対して違った見方をするのでしょうか?

ポイント

A.「戦争をするのは共産主義者(左派)」「保守主義(右派)は戦争をしない」と信じたい人々がいる。

B.その事を訴える人々がいる。

 

この二つは共に右派と見なされ、同様に左派にもこの傾向があります。

ここで重要なことは訴える人と信じる人の二重構造になっていることです。

ちなみに日本の右派(保守派)は民族主義(排外主義)、軍事志向で、左派(急新派)は社会主義、平和志向と見なされています。

 

3イスラム

  • * 3

 

左派と右派、どちらが戦争をしたがるのでしょうか?

米国の民主党政権と共和党政権どちらが戦争をよりしていると思いますか?

簡単に言うと、ベトナム戦争は民主党大統領、イラク戦争は共和党大統領が始めました(事情は複雑ですが)。

ここでも両派で意見が対立することになります。

共産国家が軍事独裁や帝国主義になることは度々あり、典型的なのはスターリンでしょう。

日本では軍人が幾度もクーデターを起こし、軍部が政権を掌握するとやがて日中戦争へと向かって行きました。

これは右派のパターンでファシズム(全体主義)と呼ばれるものです。

かつて武力で植民地を従えた西欧の帝国主義国は共産主義と無縁でした。

今の米国は、どうでしょうか?

日本では好意的に見られていますが、中近東や南アメリカでは嫌われていることが多い。

それは自由主義の米国がここ半世紀あまりの間に、軍事介入や政権介入(諜報活動)を行ってきたからです。

 

4アミン

  • * 4

 

ポイント

C.特定の観念や主義だけが国家を戦争に向かわせるのではない。つまり右派、左派に関係なく戦争をするのです。

重要なことは、観念や主義が社会の合意形成や団結によく利用されることです。

多くは、国民が信じやすい観念や主義が唱えられ、盲目的に受け入れてしまっている間に、独裁や全体主義が完了し軍事国家となった。

一度、そうなると多くは壊滅状態になるまで突き進みます。

その観念や主義で重要なのは、事実や論理ではなく、如何に人々が信じ共有出来るかにあります。

その観念や主義の類には、共産主義や資本主義だけでなく民族や宗教、ドクトリン(他国の脅威への抑止論)があり、テロ対策や国益を守るなども同様でしょう。

 

5ムッソリーニー

  • * 5

 

まとめ

私達はどうしてもステレオタイプにものを見てしまいがちです。

その方が日常暮らしやすいからです。

一度、知らず知らずのうちに右派・左派どちらかに属してしまうと、例えば特定の新聞や報道番組に偏ってしまうと、それと異なる情報や見解は少なからず葛藤を生むので、やがて避け拒否するようになって行き、さらにその傾向は深まります。

このことが、多くの誤解に基づく左派と右派の対立を招くことになります。

 

次回は、左派・右派の不思議に迫ります。

 

 

 

 

Categories: <japanese language, politics, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , | Leave a comment

Nature of Nagano: Yashima bog in Mount Kirigamine. “霧ヶ峰高原の八島湿原”


       flower

  • * 1

 

I introduce a bog in fog today.

Here is the big bog in a plateau near Lake Suwa

 

今日は、霧に包まれた湿原を紹介します。

ここは諏訪湖に近い高原にある大きな湿原です。

 

 pond

< 2.   the pond in Yashima bog  >

 

We entered the bog at 8:00 on the morning of August 11.

It was an unlucky light rain, but many callers already had come.

We took a walk only small area.

I entered a big bog for the first time, and I surprised at many flowers.

The fantastic foggy scene, small colorful flowers, and the shining green leaf by light rain were very impressive.

 

 

私達は8月11日の朝8時に湿原に入りました。

あいにくの小雨でしたが、既にたくさんの訪問者が来ておられました。

私達はほんの一部だけを散策しました。

私は大きな湿原に入るのが始めてで、花々の豊富さに驚きました。

霧に包まれた幻想的な景観、精彩を放つ小さな花々、雨に光る緑の葉が印象的でした。

 

 bog

< 3. Yashima bog at clear day, by wikipedia >

 

Yashima bog is a high bog at 1632 meters high, and is located in the northwestern part of Mount Kirigamine.

This bog is 430000 square meters.

 

八島湿原は八ヶ岳中信高原国定公園・霧ヶ峰の北西部に位置する標高約1632mの高層湿原です。

湿原の広さは430000㎡あります。

 

boardwalk

< 4. a boardwalk >

bee butterfly

< 5. a bee and two butterflies   >

trees 

< 6. Trees had been hidden in a veil of fog >

 flower

 7. flowers >

 

If it was fine, I would have taken good picture.

I had thought being disappointed at first, but the walk in the gentle rain was good.

I recommend this bog to you.

Yashima Visitor Center HP, http://park2.wakwak.com/~vc527000/ 

 

晴れていれば良い写真が撮れたのに残念とは思いますが、小雨の中の散歩も良いものでした。

一度皆さんも行かれたら良いと思います。

八島ビジターセンターHP

ここに色々情報があります。

 

 

 

 

Categories: <english language, <japanese language, travel+photo | Tags: , , , , | 1 Comment

私達の戦争 29: 摩訶不思議な解釈


    1重装歩兵 

  • * 1

 

これから数回、軍隊や戦争にまつわる不思議な解釈について考えます。

今回は「人間は戦争をする動物である」を検討します。

 2真珠湾攻撃

*2

 

今まで取り上げてきた戦争の記事

連載「私達の戦争」

2~15 : アジア・太平洋戦争の実情を日本側からと侵攻を受けた国からみました。

17~22: 銃の普及が国や社会にどのような被害を与えているかをみました。

23   : 戦争がどのようにして始まるかを簡単にみました。

24~28: 戦争がどのように膨大な被害をもたらすかをみました。

 

他の記事

連載「戦争の誤謬1~23」   : 人類の戦争を多角的に取り上げました。

連載「人類の歩みと憲法1~17」: 人類が生みだした憲法と戦争防止の役割をみました。

「本の紹介『戦争と罪責』1~3」: 数人の日本兵による残虐行為の実態と心理をみました。

「図解ヒトラー総統の誕生」   : 15年間で一国を牛耳る過程を要約しました。

連載「社会と情報8~21」   : ベトナム戦争の舞台裏を米国中心にみました。

 

戦争を防止するには、知るべきことがたくさんあると思うのですが、更に大事なことはその先にあります。

そうは言っても、戦争を理解することに意味が無いと思っている方もおられるでしょう。

これから数回にわたり、戦争を容認し易い基本的な誤解を取り上げて検討します。

3未開

  • * 3

 

「人間は戦争をする動物である」について

戦争を否定すれば、「そんな無駄なこと、人類は戦争するように進化したのだから」とあざける人が出てくるものです。

 

確かに、動物で同類を徹底して殺すのはチンパンジーと人類だけです。

縄張り争いをする他の動物は、相手を噛むことはあっても殺すことは希です。

これは、強弱が判明すれば互いに深傷を負わない擬闘と呼ばれる行動です。

これは、毎回徹底的に殺し合いすれば双方が傷付き、結果、個体数の減少を招くからです。

こうして、この擬闘は進化の過程で定着したのです。

連載「心の起源8」が参考になります。

 

なぜ最も進化し地球を支配している2種類の大型類人猿は徹底した殺戮を行うのでしょうか。

定説はありませんが、おそらく感情(神経伝達物質分泌機能)と思考力の発達が根源でしょう。連載「憎しみを越えて」「心の起源」が参考になります。

上記二つの脳機能の進化は、帰属集団への共感を高め、集団社会を強化発展させ、長期的な展望を持った行動を生み、さらには文化・科学を育成・蓄積することを可能にしました。

一方で、このことは帰属集団以外を恐怖し敵視する副作用を生んでしまった。

このことが時に紛争、戦争を招くのです。

 

これは人類が旺盛な食料生産により、不適応の糖尿病を多発させてしまったようなものです。

これは人類の体が貧栄養状況に進化適応したからであり、糖尿病になるように進化したのではありません。

つまり糖尿病も紛争・戦争も不適応であり副作用なのです。

4道具を使うチンパンジー

  • * 4

 

一方、人類は有史以前から紛争を調停し抑制する手段を生みだして来ました。

その原初状態はチンパンジーにも見られます。

人類が有するようになった初期の手段(サンクション)は、部族の掟や文化、宗教の戒律に巧みに配されています。

やがて文字の誕生と共に法制度が成熟していき、やがて憲法の誕生にもなったのです。

5脳

  • * 5

 

つまり人類は進化の過程で副作用として戦争も行うようになったのですが、その副作用を押さえ込む工夫も発展させて来たのです。

どちらに圧倒されるかは皆さん次第です。

 

いずれ連載「法の歴史」を始めるつもりです。

 

 

 

 

 

Categories: history+evolution, <japanese language, opinion, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , , , | 2 Comments

Hot spring in Nagano Prefecture: “Yukawa hot spring, kappa’s hot spring” “湯川温泉、河童の湯”


1河童

  • * 1

 

I introduce you to a hot spring of Chino-shi, Nagano.

We took a morning bath in an unexpected turn of events.

I enjoyed a feeling of relaxation by it.

 

長野県茅野市の温泉を一つ紹介します。

ひょんなことから朝風呂に入りました。

ほっとした一時でした。

 

2温泉

< 2. the bathtub of ” kappa’s hot spring”, open-air bath is its outside >

 

The reason that I entered this hot spring

In order that we see a grandchild’s recital, we were scheduled to go to Nagano prefecture.

However, we had to cross Akashi strait Bridge hastily by night because typhoon 11 had approached.

And we drove all night, taking a nap in some service areas, and reached Lake Suwa service area early in the morning.

In this neighborhood, a hot spring that we can take a bath early from 7:00 a.m. was only “kappa’s hot spring”.

It is the place of around 25 minutes by car from Lake Suwa service area.

I intended to be the earliest visitor, but several persons had already taken a bath.

The structure of the hot spring was new, and it was clean.

While I had been taking the open-air bath along with getting sunlight of the morning and breathing mountain air, my fatigue seemed to melt.

 

 

温泉に入ったいきさつ

私ら夫婦は孫の発表会を見るために長野県に行く予定でした。

しかし台風11号が迫って来たので、急いで明石海峡大橋を夜までに渡らなければならなくなりました。

そしてサービスエリアで仮眠を取りながら夜通し走り、朝早く諏訪湖SAに到着しました。

この辺りで、一番早く朝7時から入れるのが、この「河童の湯」でした。

諏訪湖SAから車で25分ぐらいの所です。

一番早く入ったつもりでしたが、既に数人が入浴していました。

温泉の造りは新しく、清潔感がありました。

朝の陽光を浴び、山間の空気を吸いながら露天風呂に入っていると疲れが溶けていくようでした。

 

3白樺湖

< 3. Lake Shirakaba >

 

About kappa’s hot spring

Because it was rainy all morning in that day because of a typhoon, I took photographs on the next day.

This hot spring is halfway through a road leading to Lake Shirakaba and is in Yukawa village leaving a traditional feature in foot of a mountain.

 

河童の湯について

台風の為、この日の午前中は雨だったので、写真は次の日に撮りました。

この温泉は白樺湖に行く途中にあり、昔ながらの面影を残す山裾の村(湯川区)の中にあります。

 

4湯川区

< 4. There is ” kappa’s hot spring” in the small forest among the village of the photograph center. >

 

 5集合

< 5. Kappa’s hot spring, river Yukawa flowing along it, the Shinto shrine bordering it  >

 

It was built at 60 years or more ago, and it began from the public bathhouse of the village at first.

Suwa city and Chino city of Nagano have some hot spring and some public bathhouse.

The hot spring is water-clear (alkaline simple hot water) and the fountainhead temperature is 56℃.

The charge is 400 yen per one adult..

The origin of the name of this hot spring is from a folktale that Kappa was living in this river Yukawa.

Kappa is a mythical being, a good swimmer, and was usually seen as mischievous troublemakers or trickster figures.

Some trees of splendid Japan cedar of this shrine had a mark of “On-bashira”.

Are these used for the pillar of a festival or shrine pavilions?

 

I had a good time in an unexpected way.

I recommend it to you.

「湯川温泉、河童の湯」 http://www.lcv.ne.jp/~yugawa/kappa.htm

 

 

建設されたのは60年以上前で、最初、村の共同浴場から始まった。

長野県の諏訪市や茅野市は温泉や共同浴場が他にもあります。

温泉は無色透明(アルカリ性単純泉)で源泉温度は56℃です。

料金は大人400円です。

この温泉の名前の由来は、この湯川に河童が住んでいたと言う伝承があったからです。

河童は伝説上のもので、泳ぎが上手く、通常いたずら好きなトラブルメーカーと見なされます。

この神社の幾本かの立派な杉の木には御柱の印がありました。

これらは祭りか社殿の柱に使われるのでしょうか?

 

思わぬ良い一時を過ごしました。

皆さんにもお薦めします。

 

 

Categories: <english language, <japanese language, travel+photo | Tags: , , , , | 5 Comments

私達の戦争 28: 戦争は何をもたらすのか 5


1復讐

  • * 1

 

前回、国民が自由を奪われ困窮していく様子を見ました。

今回は、今後に関わる最も注意すべき問題を見ます。

 

2団結

  • * 2

 

忘れてはならないこと

誤って戦争が始まっても、本来、民主主義が機能していれば、国民は政府に和平へと向かわせることが可能だったはずです。

しかし一度、言論の自由と議会制民主主義が破壊されてしまうと、失敗を引き受けたくない為政者達は無謀な戦争を引き延ばすことが可能になる。

それは多くの戦争、特にアジア・太平洋戦争とベトナム戦争はその典型です。

 

次いで重要なことは、戦争で起きる虐殺が互いの憎しみを連鎖的に増幅させ、戦争拡大や次の戦争への呼び水に成ることです。

 

上記二つは表現すれば単純なのですが、残念ながら、この二つが絡み合い蟻地獄に落ち込んで行くのがほとんどの国家でした。

この悪循環を積極的に断ち切る意識と工夫、努力が必要です。

 

 

戦争は社会に後遺症を残し、次の災厄をもたらす

ほとんどの場合、上記の民主主義の破壊と復讐の連鎖は国家が戦争を意識した時から始まります。

しかし国家や国民が気づかない内に、次の争いの種を撒き散らし、戦争の芽を育てつつあるのです。

その多くは繰り返す紛争や戦争から生みだされるのです。

 

3 9 11

  • * 3

 

米国を例に見ます

このシリーズの「銃がもたらすもの1~6」で銃社会を考察したように、一度、銃や武器が蔓延し、軍需産業が巨大化してしまうと争いの種が増えて続け、減らすことが困難になります。

 

約190年前、米国はモンロー主義を掲げ他国の紛争に干渉しない外交方針であったが、2度の大戦を勝利し覇権国家となった後、益々、戦争をリードするようになっていった。

 

9.11事件後、大統領はテロ対策と称してマスコミ報道を統制し、外国だけでなく国民をも毎日大量に盗聴するようになった。

最初こそ、議会は秘密裏に実施することを承認したが、一度始まると誰も知らない内に、ホワイトハウスの一握り(NSA)によって米国も世界も透視され、報道は真実を語ることが出来なくなっていた。

これは前代未聞の事態であるだけに、先を予測することは困難だが恐らく大きな不幸、少なくととも一握りの人々に牛耳られる社会の到来を招くだろう。

おそらく第二次世界大戦時の成功体験がFBI、CIA、NSAによるインテリジェンス(情報)操作を発展させたのだろう。

そこには自国に降りかかる戦争を防止するためには、明確な戦闘行為以外の手段による他国への諜報活動(暗殺、武器援助、政府転覆・クーデター幇助など)は自衛の範囲と身勝手な解釈をしているからだろう。

しかしこれは非常に危険であり、別の項で説明します。

 

米国にはこれだけの灰汁が溜まり、増え続けているのです。

 

4日米同盟2

  • * 4

 

日本の例を見ます

前回、日本独特の下請け構造(二重構造)が日中戦争に始まる経済統制に起源することを見ました。

他にも色々あるのですが、今後に影響する最重要なものを一つ採り上げます。

 

見えにくいのですが、戦後のGHQ(連合国軍総司令部)の影響は、今も尾を引いている。

それは日本が戦後の大混乱を米国の腕力と経済力によって一気に処理し、自ら反省し乗り越える努力を放棄してしまったことにある。

それが起こり得たのは米国が日本を共産圏への防波堤にすることを望み、日本政府や民間もそれと引き換えに米国の腕力を望んだからです。

これは望んだ人々にとって、労働運動による混乱の早期鎮圧や経済復興には非常に有効だったろう。

しかし一番の懸念材料は、日本が米国追従から脱することが出来なくなってしまったことです(資1)。

相変わらず、米国の直接間接の抵抗に遭い自主外交路線を取れない政府・官僚・経済界・報道機関があるからです。

つまり米国の国益(日米同盟、反共産、貿易・金融・為替での米国追従)を犯すことが許されないのです。

現在変化しつつあるパワーバランスや世界の問題(資源枯渇、貿易協定、国連、核拡散など)に対して、日本は自ら最適な道を選ぶことが出来ないのです。

その始まりは、おそらく敗戦後の吉田首相の采配から生じたのでしょう。

 

5日米同盟

  • * 5

 

最後に

戦争がもたらす災厄を概観してきました。

 

戦争がもたらすことで重要なことは三つです。

  • 1.戦争は、想像を超える甚大な被害と困窮する生活を招き、自由と権利を奪う。
  • 2.戦争は、一度戦闘が始まると際限なく突き進む性質を持っている。
  • 3.戦争は、終戦後も後遺症を残し、再発の危機を孕むことになる。

 

戦争は計り知れない恐ろしさを持っているが、どん底の経験から反省し、乗り越えた国々も世界には存在します。

 

参考資料

資1:「戦後史の正体」孫崎享著、創元社、2012年刊

 

 

 

Categories: history+evolution, <japanese language, politics, Series : 私達の戦争, uncategorized | Tags: , , , , , | Leave a comment

私達の戦争 27: 戦争は何をもたらすのか 4


 1ポスター2

  • * 1

 

これまで見てきた戦争被害は死者や金額の多寡で表現出来ました。

戦争による兵士と民間人の傷病者の数は死者を遙かに凌ぐことになるが、不明瞭です。

しかしもっと恐ろしく、社会の更生を拒む根深いものがあります。

 

その他の被害

これまで扱っていない被害を列記します。

 

2ベトとドク

< 2. 結合双生児の分離手術後、家庭を持ったドクさん >

 

  • 1. ベトナム戦争での枯れ葉剤散布: 現在も約30万人の奇形児がいる。
  • 2. 戦場に埋設された地雷: 世界に1億個ある対人地雷で、和平後も死傷者が出ている。
  • 3. 毒ガス、都市爆撃、火炎放射器、原子爆弾など: これら無差別殺戮手段は主に今次大戦で開発されたもので、大量の民間人が死亡した。
  • 4. 精神を犯される兵士: 米国のイラク・アフガン戦争の結果、帰還兵の14%(10万人以上)が精神的な治療を受け、5万人以上が心的外傷後ストレス障害になった(資1)。日本でも太平洋戦争末期になると、還送戦病者の精神病患者比率は最大22%(学者により8%)になった(資2)。これは戦後の研究結果であり、当時、兵士が精神病に罹ることに気づいた医者は希だった。
  • 5. 人権や自由が無くなる: 戦争が始まるとあらゆる国家は戒厳令や様々な統制令を敷くことになる。徴兵制や言論統制などにより、否応なく国民を戦争遂行に向かわせる。

 

3ディア・ハンター

< 3.映画「ディア・ハンター」、ベトナム戦争帰還兵の心の傷を描いた >

 

日本の場合

アジア・太平洋戦争時、戦時体制が何をもたらしたのかを見ます。

 

  • 1.国民精神総動員法: 1937年、日中戦争開始共に施行。「国家の為に自己犠牲を尽くす国民」を育てる目的で大規模な宣伝広報が行われることになった。

 

  • 2.国家総動員法: 1938年施行。政府はこれによって労務・資金・物資・物価・企業・運輸・貿易・言論などほとんどの国民生活と企業活動を勅令で統制可能になった。つまり議会を通さず天皇の命令により、政府は戦争遂行へと大きく舵を切ることが出来るようになった。

 

  • 3.大政翼賛会: 1940年、太平洋戦争開始の1年前に結成。すべての政党を解体し、この会に一本化し、総裁である首相が、各都道府県から末端の町内会までを統括した。

 

  • 4.治安維持法: 1941年、太平洋戦争開始の9ヶ月前に大幅強化。これによりあらゆる政府批判を最大死刑で弾圧し、有無を言わせぬ体制が完了した。

 

4治安維持法

< 4.治安維持法 >

 

この軍部主導の全体主義的な計画経済がなければ苛酷な戦争を継続出来なかっただろう。

少ない食料と資源を国民で分かち、老若男女がすべての力を出し切り、資金・家財道具を供出し、お国のために身を捧げてこそ可能だった。

この過程で、地主制衰退や企業の利益抑制、技術学校設立などプラス面も無いではなかった、ほとんどは限定的だが。

このような一体化を成し得たのは一重に、国民の期待を担った貴公子近衛公と天皇制(統帥権干犯)のおかげだったろう。

 

 

いくつかのエピソード

1942年の翼賛選挙の無効票に書かれていた批判を見ます(以下、資4)。

 

「軍官専制世は真っ黒、資本家便乗搾取に踊る衆院萎えて色無し」(政治批判)

「翼賛会は国賊にして且つ憲法の大敵だ」

 

「南進して成果は挙がっても泣くは国民ばかりなり」(軍部批判)

「軍政をたおせ、戦争やめろ」

 

「債権の押し売りやめてくれ」(統制経済批判)

「米をあたえずんば死を与えよ馬鹿」

「産めよ増やせと言っても白米不足で生まれた子供は栄養不良だ。将来の日本民族を考えないか」

 

「官吏極楽商工地獄せめてなりたや守衛さん」(官吏、商工政策批判)

「あたらしい共産主義者岸(信介、商工大臣)を打ち殺せ」

「中小商工業者は犬猫にあらず、殺されてたまるか」

当時、軍需優先のため中小企業を強制的に改変・統合させ財閥系企業の系列に組み込んだ。これが現在の下請け制の原形となった。

 

5検閲

*5

 

国民の発言が露見するとどうなったのか、1942年の事件から(以下、資4)

「面白い話をこもごも聞きます。今日本は負戦さばかりだそうですね。発表ばかり勝った様にしているが、本当は負けているとのことだ」(職工の発言、誣告罪で送検)

「天皇の奴は暑い目寒い目を知らずに・・・、国民を奴隷扱いにして、・・いつかは政体が変わる」(新聞記者の発言、刑法で送検)

「俺は招集されて天皇陛下のために死ぬのは嫌だ。日本は皇室を倒さんと本当の幸福は来ないのだ」(事務所員の発言、不敬罪で懲役1年)

 

当時、学者や思想家、活動家の国策に沿わない著作は次々に発禁となった。

新聞は、当局に逆らうと新聞紙の供給制限(配給制)で脅され、さらに徹底した検閲で真実報道や批判が出来なかった。

それを越えて訴える者は獄中死を覚悟しなければならなかった。

国民は虚偽広報の中で真実から閉ざされ、疑うことも批判も出来ず、当然、改革を望むことは出来なかった。

こうして戦争開始と共に、国民はズルズルと国家と無理心中を強いられた。

 

次回は、「戦争は何をもたらすのか」を締めくくり、これからのために最も注意すべきことを書きます。

 

 

参考資料

資1:「世界を不幸にするアメリカの戦争経済」スティグリッツ共著、徳間書店、2008年刊。

資2:「戦争と罪責」野田正彰著、岩波書店、1998年刊。

資3:「概論 日本歴史」佐々木潤之介編、吉川弘文館、2000年刊。

資4:「アジア・太平洋戦争 日本の歴史20」集英社、森武麿著、1993年刊。

 

 

Categories: history+evolution, <japanese language, politics, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , , , , , | Leave a comment

Kobe shopping area and a concert


1演奏会 (2)

  • * 1

 

On this August 3, I attended a concert.

To Kobe Harborland of the concert hall, I walked through the arcade of Sannomiya and Motomachi in rain.

I introduce you to the shopping area and a concert today.

 

About the concert

My wife belonged to amateur’s string music ensemble, and it was the regular concert on that day.

Matukata hall to hold the concert was approximately full in spite of rain.

All programs were the music of Vivaldi and “four seasons” was also performed.

“L’estro Armonico” was fresh and was good for me.

 

 

この8月3日、私は演奏会に行きました。

演奏会場の神戸ハーバーランドまで、雨の中、私は三宮と元町のアーケードを歩いて行きました。

今日は、ショッピング街と演奏会を紹介します。

 

演奏会について

私の妻は、アマチュアの弦楽アンサンブルに所属しており、この日はその定期演奏会でした。

会場の松方ホールはほぼ満員で、雨にも関わらず有難いことでした。

演目は、すべてヴィヴァルディの曲で、「四季」も演奏されました。

私には「調和の霊感」が新鮮で良かった。

 

2演奏会

<2. the building of Matukata hall, a intermission, the lobby after the performance >

 

There is always good feeling of strain before a performance begins.

The lobby after the concert bustles with the chatting of the players and the visitors.

 

This ensemble is formed only by women of Kobe.

If having interest in this, please click to the HP of Ensemble Joint.

http://www.geocities.jp/ensemble_joint/top.html

 

演奏が始まる前は、いつも良い緊張感が漂います。

演奏会が終わったロビーは、演奏者達と来場されたお客様達の談笑で包まれます。

 

このアンサンブルは神戸の女性ばかりで結成されています。

関心のある方はアンサンブル・ジョワンのHPまで。

 

The arcade of Sannomiya and Motomachi

I introduce overseas tourist to some shops peculiar to Japan.

 

三宮と元町のアーケード

海外の旅行者に日本独特のお店を紹介します。

 

3店4

< 3. A: Uniqlo of casual wear, B: Sannomiya center street, C: drugstore, D: tax-free shop >

 

 4店1

< 4. store >

A: “Takoyaki” is Octopus dumplings. It seems that octopus dumplings are soaked in soup and are eaten. There was a queue in front of a store.

B: “Arare” is cubic rice crackers. This cracker is a kind of confectionery of baked rice cake. I like it being covered by soy sauce.

C: “Wagasi” is Japanese cake. It is a lot of pasted sweet cakes by older Japanese method.

D: Lacquerware is traditional crafts. It is a lot of lacquered wooden tableware.

 

A:たこ焼き。たこ焼きをおつゆに浸けて食べるようです。店の前に行列が出来ていました。

B:あられ。お米の焼き菓子で、醤油を塗ったものは私の大好物です。

C:和菓子。日本の昔からある甘い練ったお菓子が多い。

D:漆器。昔からの漆塗りの木製食器です。

 

5店2

< 5. store >

A: “Houcyou” is kitchen knife.

B: “Butudan” is a family Buddhist altar. Family condoles with the dead near relative.

C: “Kimono”. There are many traditional Japanese high-class kimonos.

D: “Ocya” is Japanese green tea.

 

A:包丁。料理に使うナイフです。

B:仏壇。各家庭にある仏教式の祭壇、弔い用です。

C:着物。日本の伝統的な高級な着物が多い。

D:茶葉。日本の緑茶です。

 

6店3

< 6. store >

A: ”UFO catcher” is a stuffed animal game machine. It is a game machine that children can catch toys and dolls by.

B: Portrait. The portraitist draws a portrait with your laughing face.

C: Meat of Kobe cow. There was a queue to buy croquettes.

D: Camera store.

 

I walked in a crowded arcade in unfortunate rain after so long, but was nice for a change.

 

 

A:UFOキャッチャー。これは子供がおもちゃを掴み取りするゲーム機です。

B:爆笑似顔絵。笑った顔で似顔絵を描く。

C:神戸牛の肉。コロッケを買う行列が出来ていた。

D:カメラ店。

 

 

あいにくの雨でしたが、久しぶりに都会の人混みの中を歩き、気分転換になりました。

Categories: <english language, <japanese language, travel+photo | Tags: , , , | 2 Comments

私達の戦争 26: 戦争は何をもたらすのか 3


 1闇市

  • * 1

 

今回は、戦争による日本の経済的損出を見ます。

主に日中戦争と太平洋戦争による国内の損出になります。

 

 2空襲

  • * 2

 

日本の経済的損出とは

これらの戦争によって日本経済は、中国と東南アジアの資源と市場を手中に収めたことにより、一時は回復した。

しかし敗戦と共に、流血によって獲得した広大な占領地を一瞬にして失い、さらに全国200以上の都市が半年ほどの空襲で焼野になってしまった。

しかしこれだけが損失では無い。

戦争が深まるに連れて国民の暮らしは困窮し、また過去数十年間の血税と借金による巨額の軍事支出は無に帰した。

さらに戦時中から終戦かけて訪れたハイパーインフレと経済混乱は、さらに国民に追い討ちをかけた。

 

おそらく入手出来るはずだったものより、遙かに失ったものが多く、人的損害を考慮すると、その差は更に拡大する。

 

3買い出し

*3

 

失ったものとは

日本の国富(金融資産含まず土地含む資産)の戦争被害額は643億円(空襲、艦砲射撃などによる直接被害額486億円)であった(資1)。

被害額は日中戦争が始まる2年前(1935年)の国富の34%だが、土地評価を除くと実に49%(資2)、その年の国民総生産の3.9倍資(資2)に達した。

国富被害額の大きいものは、壊滅的打撃を受けた船舶(被害率81%)と工業用機械器具(同34%)、建築物(同25%)で他は7~17%だが、この船舶不足は別の深刻な被害を招いた(資3)。

 

国家予算に占める軍事費は1928年の30%から上昇し続け、日中戦争中75%、太平洋戦争末期の1944年には80%に達した(資3)。

戦争期間中の国家予算(平均単年度)に対する総軍事費は、日清戦争で3.8倍(年分)、日露戦争で4.2倍、日中戦争・太平洋戦争で9.6倍に達した(資2)。

この三度の軍事費合計は国家予算の17.6倍(年分)になり、この無駄になった額は結局、国民の生活と命を奪うものでしかなかった。

当時の軍事費は、現在の常識とはかけ離れており国民所得に占める割合は、低い時の1926年で12%、満州事変開始の1931年で14%、太平洋戦争開始の1941年46%、末期の1944年には最高の151%にもなった(資2)。

(国民所得(間接税を除く)は当時の国民総生産の約80%前後だった。(資2))

これを可能にしたのは増税と赤字国債の大量発行だった。

国債発行額は終戦後の1949年までの15年間膨張し続け200倍になり、当然、卸売物価は日増しに高騰し200倍となり、戦後、ハイパーインフレが高止まりした(資4)。

政府は徹底した経済統制と物価統制を行ったが、焼け石に水だった。

この戦時体制により、行政費の圧縮、生活物質の欠乏が進み、生活は困窮していくことになった。

その一方で軍需優先は関連財閥を肥やし、1930年度国家予算の1/4の利益を三菱重工1社で出すようになっていた(資5)。

 

4昆虫食

*4

 

国民はどれほど困窮したのか

太平洋戦争末期のエピソードを紹介します(資6)。

週刊誌記事の「食べられるもの色々、虫の項」に「ゲンゴロウ虫の羽、足、頭をもぎ取り、腹だけ醤油漬けにして煮付ける」とある。

新聞記事に、「人間の小便から塩を採る方法」があり、これは政府が塩不足を克服する為に、始めていた自給製塩運動の一環であった。

井伏鱒二の小説に、「魚は、配給のものは、平気で焼いたり煮たりしたが、闇買いのものは焼くことを遠慮して煮ることにしていた。」

これは隣り近所に匂いが行くのをはばかったためです。

 

5栄養失調

*5

 

数字で確認すると

1941年に米が配給制になり、成人男子1人当たり主食配給量が330gから45年には300gになった(以下、資7)。

これに麦やトウモロコシなどの混ぜものが増え、さらに代用食として芋類が配給されようになった。

魚の配給は、36gから10gへと減少した。

当時の必要摂取カロリーは1日2200kカロリーだが、1400kカロリー(36%不足)に過ぎなかった。

敗戦後の51年には1200kカロリーの地域もあった(以下、資5)。

小学生の体重は8年間で1割減り、国民は栄養不良状態に落ち込んでいった。

為に公定価格の10倍から200倍の闇価格であらゆる生活物資を買わなければならなかった。

衣類も配給制になり、靴下は1人1年に1足、男物のパンツは13人に1枚となった。

 

6輸送船撃沈

*6

 

なぜこのようになったのか

複雑な事情が絡むのだが、大きく三つの要因がある。

一つは強大な米国と広大なアジア・太平洋地域で戦う為に、すべてを軍需生産に向けなければならなかった。

ゆえに生活関連物資の生産に資金と労働力を割けなかった。

一つは、成人男性が戦場にとられたことによる農家の労働力不足と化学肥料不足が、農作物生産を低下させた。

今一つは、輸入物資の途絶です。

1935年(日中戦争の2年前)の国民総生産に占める輸入額は15%あった(資2)。

そのほとんどが米国とアジアで占めていた。

しかし日中戦争から太平洋戦争に進むにしたがって、最初は連合国の経済封鎖、次いでほとんどの輸送船を失ったことにより、輸入額はピーク(1938年)の1/5.5となった(資4)。

せっかく手に入れた東南アジアからの資源も届かなくなっていた。

さらに輪をかけて、東南アジアも連合国からの経済封鎖に喘いだ。

 

こうして総合農業生産指数は、1940年から急激に下がり、敗戦の1045年には60%に落ち込んだ。

味噌、石鹸、衣類などの生活必需品の生産指数は、同期間で、50%から数%に落ち込んだ。

 

最後に

私には理解出来ない。

当時の相次ぐ、世界的な戦争と恐慌の繰り返しの中で、日本政府は必死の金融・経済政策で苦難を乗り越えようとした。

その解決策として満州に手を出し、次いで中国に向かった。

しかし、どう考えても中国から米国までを相手に戦うことは、無謀に過ぎる。

正に狂気としか言いようがない。

それが一度、戦争への道を歩み出した帝国の末路かもしれない。

古代アテネやローマ帝国、秦帝国と同じ轍を踏んだのだ。

 

 

参考資料

資1:「日本経済史」宮本又朗編、放送大学刊、2008年。

資2:「数字で見る日本の100年」矢野一郎監修、国勢社、1981年刊。

資3:「図説日本史」東京書籍、2006年刊。

資4:「図説日本経済史」竹中靖一編、学分社、1972年刊。

資5:「アジア・太平洋戦争 日本の歴史20」集英社、森武麿著、1993年刊。

資6:「戦後世界経済史」猪木武徳著、中公新書、2009年刊。

資7:「日本経済史」石井寛治著、東京大学出版会、1991年刊。

 

 

 

 

Categories: <japanese language, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , , , | Leave a comment

私達の戦争 25: 戦争は何をもたらすのか 2


1戦場

  • * 1

 

前回は人的損出を見ました。    

今回は経済的損出を見ます。

 

 2戦場2

  • * 2

 

最初に知って欲しいこと

戦争を始める為政者がよく使う台詞に、「我が国の国益や人命が奪われることは耐え難い」があります。

皆さんには、戦争によって得るものと戦争によって失うものを冷静に比べていただきたい。

 

米国の南北戦争で82万人が死にました。
後にある経済学者が試算しました。

「もし南部の奴隷所有者から国が奴隷を買い取り、その奴隷に土地と家畜を買い与えたとしても、その費用総額は戦争で失ったものよりも少なかった。」

 

ヒトラーは国民に、失った広大なドイツ帝国の領土を回復し、経済を飛躍させると約束し、軍事侵攻を正当化しました。

日本の為政者も、中国の資源と市場を得ることで、低迷する経済から脱することを企図しました。

その結果は、さんざんなものでした。

 

為政者が始める多くの戦争に共通していることは、「戦争を楽勝と見て、損出を無視し、かつ得るものは不明朗で、強いて言えば名誉など」ではないでしょうか。

 

4兵器

*3

 

驚くべき戦争コスト

スティグリッツの「世界を不幸にする戦争経済」から戦争のコストを見ます。

詳しくは「戦争の誤謬 15: 戦争による損出」にあります。

 

開戦直前、米国の国防長官は「必要なイラクの戦費は550億ドル(7兆円)」と言った。

(以下、2001年の為替レート125円で換算します)

 

イラク・アフガン侵攻による米国のコストを見ます。

総額58110億ドル(726兆円)にもなる。

これは2001年、米国の歳出18632億ドルの3.1倍になる。

また2001年、日本の実質GDP477兆円の1.5倍になる。

 

3ラムズヘルド

*4

 

コスト内訳(2007年までの計算で、実際はさらに膨らむ)

  1. 2001~2007年の実際の支出   : 6460億ドル  (81兆円)

ここで既に12倍にもなっており、如何に矮小化しているかが分かります。

  1. 将来必要な撤退、武器交換などの費用  : 9130億ドル (114兆円)
  2. 退役軍人の医療、障害補償、社会保障費用: 7170億ドル  (90兆円)
  3. その他軍事費(隠された国防費など)  : 4040億ドル  (51兆円)
  4. 利息コスト(ほとんどが借入金)    : 8160億ドル (102兆円)
  5. 費用見直し(低い兵士補償額など)   : 4150億ドル  (52兆円)
  6. マクロ経済の損出           : 19000億ドル(238兆円)

戦争による原油高が世界の景気低迷を招き、米国の輸出を減らしGDPが低下し税収が減る。さらに莫大な戦費の出費により国の負債総額が増えた。このような機会損出額は計り知れなく大きい。

 

この結果、米国と世界が得たものは・・・

私の知る限り、世界も米国も得たものは無かった。

安全保障は向上したでしょうか?

益々、米国は憎まれ、テロを誘発することになる。

イラクとアフガンは平和になったでしょうか?

予想以上に、混乱が続き、先は見えません。

 

米国の効果としては、J・ブッシュの一時的な人気と反テロへの熱狂、軍事産業の活況でした。

しかし、これは更なる災厄をもたらすことになった。

テロ対策として、アメリカ国家安全保障会議を中心に情報産業、マスコミ、議会が一体となり、無差別の情報収集(盗聴)と情報管理が秘密裏に進行されることになった。

これを告発したのがスノーデンでした。

 

5ブッシュ

  • * 5

 

まとめ

多くの戦争指導者は、当初得るものが多く、失うものが少なく見えるようです。

一つには、小競り合いだけで終わるとか、楽勝で勝利すると思いたがるようです。

いま一つは、目先に囚われて先の事を考えないか、反戦感情を生む詳細な被害予測など不要なのでしょう。

 

おそらく戦争をしたがる為政者は、政治力に長けているのでしょう。

彼は、真意を隠しながら自分の望む方向に持っていくには、国民に何を訴えれば良いのかが誰よりも理解出来、タイミングよく出来る人なのでしょう。

一方、そのような人は、俗に言う大局(?)は見えても、国民の痛みや先の損出は見たくないようです。

多くの戦争がそのことを物語っています。

 

 

 

Categories: <japanese language, politics, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , , | Leave a comment

私達の戦争 24: 戦争は何をもたらすのか


1シベリア抑留

  • * 1

 

前回、国家がいとも簡単に戦争を始めることを見ました。

今回から、戦争が国民に如何に広範囲に甚大な災厄をもたらすかを見ます。

それは、想定していた国益や損出と比べもにならない悲惨な結果を招きます。

 

 

戦争による損出

戦争には人的損出、経済的損出、社会的損出が目立つが、人権や精神的な損出も著しい。

戦争の影響が、終戦後も長く災いをもたらし続け、これがまた次の戦争を呼び込むことになる。

 

人的損出

 

2東京大空襲

  • * 2

 

第二次世界大戦の場合、資2(末尾の参考資料の番号)

大戦の死者は総数5000万~8000万人で、軍人は2200万~2500万人、民間人は3800万~5500万人です。

軍人は戦闘、傷病、捕虜などで死ぬが、民間人は爆撃、虐殺以外に強制労働、難民、飢饉などによる病死や餓死も多く、飢饉病気で1300万~2000万が死んだ。

 

飢饉では、日本軍の統治時代(1944年)、ベトナム北部で民間人40万人が餓死した。

この主因は天候不順で、他の要因も絡むが日本軍の転作政策や徴発が災いした。

爆撃では、米軍による東京大空襲(1945年)によって、1日で民間人8万人が死に4万人が負傷した。

この都市爆撃はこの大戦からドイツ、日本、連合国により多用された。

捕虜の強制労働では、ソ連によるシベリア抑留で、各国からの捕虜390万人の内、57万人が死亡し、54万人が未帰還となった(日本の抑留者60万人)。

これは苛酷な環境での強制労働が原因だが、ドイツや日本も捕虜に対して同様だった。

虐殺では、ドイツ軍によるユダヤ人600万人が最大だが、規模に差はあるが日本や多くの国が行った。

 

中国の民間死者は700万人~1600万人と多い。

これは日本軍や国民党軍、共産党軍以外に地方軍閥、馬賊、ゲリラが割拠しており、各勢力の戦闘に巻き込まれ、食料徴発や焦土作戦による病死や餓死が多く出たことも一因です。

 

アジア太平洋戦争時の日本の人的損出、資1

太平洋戦争開戦の1941年の総兵力は241万人、終戦の45年は717万人だった。

アジア太平洋戦争を通して906万人(人口約7100万人)が兵士動員され、その29%(260万人資2)が死んだ。

45年以降の米軍の大空襲により、全国で死者約50万人、負傷者102万人、罹災者約970万人が出た。

 

3沖縄戦

*3

 

太平洋戦争末期の沖縄戦の人的損出、資3

沖縄では本土決戦への時間稼ぎの為に、消耗戦を強いられた。

県民60万人の沖縄で連合軍18万人と日本軍9万が戦った。

日本の戦死者は軍人9万人、民間9万人で、このうち沖縄県民の死者は病死・餓死を含めると15万人に達した。

戦力不足を補う為に少年から老人まで沖縄男子2万人が根こそぎ動員され、さらに男女の学徒が動員された。

また県民は労働力・食料の徴発、戦闘中の壕からの追い出し、スパイ容疑処分、自決強要などを日本軍から受け死者が増大した。

結果、日本軍は壊滅状態、県民60万人のうち4人に一人が戦死した。

 

第二次世界大戦の人的損出、資2

戦争当事国60ヵ国の軍民死者の人口比は平均3.6%でした。

主要国の軍民死者の人口比はソ連12.6%、ドイツ9.3%、日本4%、中国2.9%。

軍民死者の人口比が著しく高い国は、欧州ではドイツやソ連に接した東欧やバルト三国でポーランド17%、リトアニア14%。

アジアは軍民死者の人口比が総じて高く、インド、仏領インドシナ、フィリピン、シンガポールで4~7%となり、日本軍と連合軍が戦った東南アジアに多い。

 

4難民キャンプ

*4

 

最近の戦争での民間人被害、資2、資4

最近の戦争では、爆撃により民家、施設、環境が軒並み破壊され、生活物資が入手困難になり、餓死を待つか難民にならざるを得ない。

コソボ紛争(1996年~)では、全戦死者は数千人だが、難民は100万人を越えた。

ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争(1992年~)では、人口430万人で難民200万人が発生した。

民族問題が絡むと難民は増大する。

2003年に始まるイラク戦争では、全戦死者2万人だが民間死者は50万~100万人とされる。

1997年のコンゴ紛争では、飢饉や伝染病蔓延などで540万人以上が死んだ。

 

5ボスニア紛争

*5

 

まとめ

全体主義に陥った国家(ソ連、ドイツ、日本)は第二次世界大戦を始め、他国の侵略だけでなく自国民にすら多大な犠牲を強いた。

これらの国は一党独裁、領土拡大、軍事優先、異民族蔑視で共通している。

このような体制の指導者は国益優先と称して、自国の兵士や民間人、まして他国民など眼中に無い。

沖縄戦のような惨状は、太平洋上のペリリュー島の戦い、インドのインパール作戦で既に始まっていた。

 

重要なことは、国が一人の異常者や主義によりミスリードされたのではなく、全体主義を招く風土が、これらの国にはあるのです。資5

 

 

参考資料

資1:「太平洋戦争 近代日本の軌跡5」由井正臣編、吉川弘文館、1995年刊

資2:Wikipedia「第二次世界大戦」他

資3:「アジア・太平洋戦争 日本の歴史20」森武麿著、集英社、1993年刊

資4:「よくわかる世界の紛争」毎日新聞社編、毎日新聞社、2011年刊

資5:「新ヨーロッパ大全Ⅰ、Ⅱ」エマニュエル・トッド著、藤原書店、1993年刊。この本はヨーロッパの宗教改革がなぜドイツ中西部で起きたかを、ヨーロッパ全土を人類学的に分析・解明したものです。中で全体主義に陥りやすい文化について触れています。

 

 

 

Categories: culture+society, history+evolution, <japanese language, politics, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , , , , | Leave a comment

I thank for having risen above 150000 people. I hope you will take good care of this.


   1

  • * 1

 

I am very glad today.

It is because the visitor total to my blog rose above 150,000 people (number of the access approximately 290,000).

I never knew it could be like this at first.

 

From the beginning to the present

At first, I began to create my blog post in April 2012.

Now, I have seven blogs for domestic, and two blogs for overseas.

For overseas, I have written in English with Japanese as much as possible.

 

 

今日は私にとって非常に嬉しい日になりました。

私のブログへの訪問者累計が15万人(アクセス数約29万)を突破したからです。

当初、このようになるとは夢にも思っていませんでした。

 

初めから現在まで

最初、ブログに投稿を始めたのは2012年4月でした。

現在、国内向け7ブログ、海外向け2ブログに投稿しています。

海外向けには、出来るだけ日本語と英語訳を併記しています。

 

2

  • * 2

 

About my blog

Most of articles are history, history of human and trips.

Then there is the introduction of Awaji Island, the opinion to society or current affairs, and the fable (social criticism).

There are many unfunny or boredom articles, nevertheless many people have visited my blog, and then I deeply appreciate.

I modify English sentence based on automatic translation in own way.

Two years has passed and I seem to be able to write English a little.

However, I deeply regret not to enough understand English articles of the overseas blog.

 

私のブログについて

記事の多くは歴史・人類史と旅行です。

他に社会や時事問題への意見、寓話(社会批判)、淡路島の紹介もあります。

あまり一般受けしない記事が多いので恐縮しています。

 

英語は自動翻訳をベースに、自分なりに修正を加えています。

2年が経ち、少しは英語が書けるようになった気がします。

しかし、まだまだ海外ブログの英語を理解出来ず、苦々しい思いをしています。

 

What I understood by doing it

I recently knew that the reaction to article had greatly varied in each blog site.

If current affairs are dealt with, the number of accesses of the domestic blog will easily go up.

However, the difference of the number of the access greatly varied in each blog site, when I criticize the war and the government.

In addition, the avid criticism against my article is from a lot of right wing, but the approbation against it is few comparatively.

I feel that something is strange.

 

It was good to put in English translation with effort after all.

The visitor to the blog became 85 nations in the world.

All the people exchanging opinions are proficient in English.

I am regrettable that I have not the ability to do it although there is a countless language in the world.

 

やっていてわかったこと

ブログによって記事への反応が大きく異なることを知りました。

時事問題を扱うと、国内ブログのアクセス数は上がり易い。

しかし戦争や政府を批判すると、ブログによってアクセス数に差が出来ます。

また記事への非難は圧倒的に右派からが多く、不思議なことに左派からの賛同もありません。

何か不思議な感じがします。

 

やはり英語訳を苦労して入れたことは良かった。

ブログへの訪問者は世界85ヵ国になりましたが、意見交換する人は皆英語が堪能です。

世界には無数の言語があるのに、私が出来ないばかりに残念です。

 

Episode of the overseas

When I treated the Buddha statue of fearful face, an African commented the sense of incongruity about “God of a fearful expression”.

I noticed the specialty of the Japanese culture at that time.

When I described how the bullying of Japan was severe, an American taught the present condition of U.S. bullying, and I was ashamed to my shortage of study.

When I treated Asura statue, an Indian taught me carefully about Hindu God of the origin.

When I treated the statue of Olmec civilization in Mexico, a British archaeologist introduced me to the related article kindly.

At one time, an American Republican Party backer put in assistive comment “If something happen in Japan, our country will help”.

When I introduced Hokuriku, there were many visits from France.

 

In this way, I am connecting with the world, and I am taught and my horizon spreads.

 

海外とのエピソード

怖い顔の仏像を扱った時、アフリカの人が「怖い表情の神」への違和感をコメントで書き込まれました。

日本文化の特殊性にハット気づかされた瞬間でした。

日本のいじめが酷い状況と記したら、米国の人が米国のいじめの現状を教えてくれ、私の勉強不足に恥じた次第です。

阿修羅像を扱った時、インドの人が、由来のヒンドゥー神について丁寧に教えてくれました。

メキシコのオルメカ文明の神像を扱った時、英国の考古学者が親切に関連記事を紹介してくれました。

ある時、米国の共和党支持者が「日本に何かあったら助ける」と支援のコメントを入れていただきました。

北陸を紹介するとフランスから、トルコを紹介するとロシアからたくさんの訪問がありました。

 

こうして世界と繋がり、教えていただき、私の視野が広がっていきます。

 

3

  • * 3

 

At the end

I am chased by writing my blog, and hectic day continues now.

However, it is worthwhile, there is hundreds of visitors every day and I keep trying.

 

I announce more attractive helpful articles at home and abroad, and will aim at making help that domestic and foreign people can understand together in future.

The next target is over 150,000 of annual visitors.

 

Thank you for your help and I’ll be counting on you.

 

最後に

現在、ブログ記事を書くために追われ、大忙しの毎日です。

しかしその甲斐があり、毎日、数百名の訪問があり、それを励みに頑張っています。

 

今後、さらに魅力ある役立つ記事を国内外に発表し、国内外の人が共に理解出来る一助になることを目指します。

次の目標は、年間訪問者15万人を目指します。

 

これからも皆さんよろしくお願いします。

 

 

 

 

Categories: <english language, <japanese language, uncategorized | Tags: | 11 Comments

私達の戦争 23: 戦争勃発


1チェチェン

  • * 1

 

戦争はどのようにして始まるのだろうか?

そして何が起きるのかを簡単に見てみましょう。

 

戦争は突然起きるのだろうか?

突如、入道雲が湧き上がり雷鳴が鳴り響くように・・

それとも湿った風が吹き始め、厚い雨雲が空一面を覆うようになって・・

ここ百年間の主な戦争を見ます。

 

  1. 1914年、第一次世界大戦

これは皇太子の暗殺に始まり、27ヵ国が二つの同盟に分かれ地球全域で4年間戦い、4000万人が死傷した。

 

  1. 1937年、日中戦争と太平洋戦争

これは数発の銃声に始まり、さらに太平洋戦争へと拡大し、日本一国がアジア・太平洋地域で8年間戦い、死者1900万人を出し、日本の死傷者300万人となった。

 

2太平洋戦争

  • * 2

 

  1. 1939年、第二次世界大戦

これは突然の軍隊侵攻で始まり、世界60ヵ国が二つの同盟に分かれ地球全域で6年間戦い、6500万人が死んだ。

 

 

  1. 1948年、パレスチナ紛争

昔からユダヤ人の帰還はあったのですが、この年のイスラエル建国によって、パレスチナ(アラブ人)の領土を奪い移住することが加速し、中東戦争と紛争が継続するようになった。

3パレスチナ

  • * 3

 

  1. 1950年、朝鮮戦争

これは突然の軍隊侵攻で始まり、韓国・国連軍が北朝鮮・中国軍と4年間戦い、600万人が死んだ。

 

  1. 1960年、ベトナム戦争

これは反政府軍が武装蜂起したことに始まり、このベトナム内戦に米と同盟軍が介入し、15年間戦い、800万の死者・行方不明者を出した。

 

  1. 1982年、フォークランド紛争

これは無人島が占拠されたことに始まり、英国とアルゼンチンが3ヶ月間戦い、死傷者3千人となった。

4フォークランド

  • * 4

 

  1. 1990年、ルワンダ内戦

これは植民地時代に優遇・差別された二つの民族間の対立から内戦が勃発し、100万人が虐殺された。

 

  1. 1991年、ユーゴスラビア紛争

これは90年の東欧民主化を切っ掛けに、ユーゴスラビア連邦内のから独立運動が相次いで起こり、やがて10年間の内戦となり、最後はNATOと国連の介入により収まった。

この紛争は主に5つの紛争からなり、内二つの紛争で11万人の死者が出た。

 

  1. 2001年、アフガニスタン紛争、2003年、イラク戦争

これらは共に2001年の同時多発テロを切っ掛けに、テロ阻止を唱え米国と有志連合がアフガニスタンとイラクへ軍事侵攻したことに始まる。

アフガニスタンでは今も戦闘継続中で戦傷者6万人(?)。

イラク戦争は、8年間で戦死者6万人、民間死者10~60万人を出した。

5アフガン

  • * 5

 

 

戦争は如何にして起きるのか?

上記の戦争を私の考える動機や原因で分類しました。

6表

  • * 6

 

これら原因の多くは戦闘当事者の一方や一部だけに強く影響し、双方で食い違うのが通例です。

多くの戦争は、上記のような動機や原因が複雑に絡まり、小さな事件や事故が引き金となるものです。

独裁者や軍部が戦争を始めようとしても、敵対国への憎悪や蔑視、領土や権益の喪失や回復がない限り国民は容易に従わないでしょう。

また政府は将来の脅威の芽を摘む為と称して侵攻し、抑止力の為と称して同盟を結ぶことがあるが、戦端を開き易くし、かつ余計に戦火を大きくすることもある。

一方で同盟軍や国連軍が助けになることもある。

 

重要なこと

何億人もの死傷者や難民を生む戦争は、権力者や軍部の独走、領土・権益確保、民族主義などが主な原因と考えられます。

 

次いで、他国や異民族への憎悪や蔑視こそが、戦争勃発と戦争継続への大きなエネルギーになっています。

これは年月と共に互いに増幅していくのが常で、自然に解消することはない。

残念なことに歴史的に見て、多くの人々は破局の後に、そのことに気が付くようです。

 

もう一つは、最近、抑止や戦争・テロを未然に防止するためと称し米国が主導する派兵が多いことです。

しかしこれは結果的に、放置するよりも大きな被害を生みだし、世界に武器と憎悪を蔓延させている。

 

戦争勃発は、ガソリン缶の周囲で火遊びしたり、炎天下にガソリン缶を放置したり、ガソリンを抜くためにドリルで缶に穴を開けるようにして起きるようなものでした。

 

 

Categories: <japanese language, politics, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , , , , | Leave a comment

A hot spring and a roadside station in Awaji island


 1松帆の郷

< 1. a view from the hot spring “美湯・松帆の郷”, by the HP >

 

Today I introduce you to a hot spring and a roadside station in the northern edge of Awaji island.

今日は、淡路の最北端にある温泉と道の駅を紹介します。

 

 2松帆の湯

< 2. a full view of the hot spring and Akashi Strait Bridge >

 

The hot spring “ village Matuho”

It is a hot spring on the hillside in northern edge of Awaji island.

This maximum charm is to be able to look at Akashi Strait Bridge and the strait from an open-air bath.

It is good to be soaking in a bathtub along with looking at the ship that goes back and forth leisurely.

There are a restaurant and a souvenir shop in this hot spring.

 

 

美湯・松帆の郷

ここは淡路島の北端に突き出した山の中腹にある温泉です。

ここの最大の魅力は露天風呂から明石海峡大橋と海峡を眺められることです。

のんびり行き交う船を見ながら湯船に浸かるのは良いものです。

この温泉にはレストランと土産物屋店があります。

 

3大橋

< 3. a view from the bathtub >

 

The roadside station “Awaji”

This view from here is also good, because this roadside station is just beside the biggest bridge.

There are a restaurant, a souvenir shop, and a seafood shop in it.

This restaurant serves Japanese-style and western-style meals.

Recently, our liking is the bowl of rice topped with sashimi in the seafood shop.

In the back of the shop, there is live-box that sharp-toothed eel, octopus and other fishes swim in.

I took a fancy for eating fresh delicacies of the sea at ease.

 

道の駅あわじ

ここは明石海峡大橋の直ぐ横にある道の駅で、ここからの明石海峡と大橋の眺めも良い。

ここにはレストラン、土産物店、海鮮丼店があります。

レストランの海峡楼には和洋食が揃っています。

最近、私達夫婦が気に入っているのは海鮮丼の海鮮館です。

この店の裏には生け簀があり、ハモやタコ、魚が泳いでいます。

気軽に新鮮な海の幸を食べられるのが気に入っています。

 

4全景

       

< 4. a full view of the roadside station >

 

 5店

< 5. the seafood shop >

 

6店内

< 6. the inside of the seafood shop >

 

7丼

< 7. the bowl of rice topped with sashimi, “焼穴子丼”, “しらすかまあげ丼” >

 

When you go to the shop, it is better to check to be able to eat wishing foods.

 

しらす等の魚介類は季節があるので、確認してから行くと良いでしょう。

 

 

 

 

 

Categories: <japanese language, travel+photo | Tags: , , , , , , | 5 Comments

私達の戦争 22: 銃がもたらすもの 6


1サラペイリン

*1

 

なぜ人々は悲惨な結果を招く銃を無くすことが出来ないのだろうか。

武器を巡り繰り返す確執、深みにはまり抜け出せない社会がそこにあります。

米国を中心に見ます。

 

米国の状況

 

2犯罪推移2

< グラフ1. 米国の犯罪と銃保有率の推移、by date of FBI and GunPlicy >

 

銃保有率(紺)は1993年の46%から2000年の34%へと24%減った。

それに連れて、暴力犯罪(黄)は33%減、殺人(ピンク)は42%減、窃盗(青)は24%減となった。

しかしその後、銃保有率は下がらず2010年の32%で下げ止まり、現在、銃の個人所持率は101%です。

そのためか死者数は2000年の10.2から2011年の10.3と微増した。

結局、英国同様、米国も銃規制がさらに深まることはなかった。

 

3世論調査

< グラフ2. 米国の銃規制に対する賛否世論の推移、by GALLUP >

 

銃規制賛成派は1959年に60%あったが、現在下がって26%となり、銃規制反対が73%と完全に逆転してしまった。

 

4兵器

*4

 

なぜ銃規制(改革)は進まないのか

経済力と政治が生む惰性

銃の製造額は年間1兆円程度だが、全米ライフル協会支援、銃規制反対キャンペーン、規制法案阻止のロビー対策等に、規制派に比べ潤沢な費用が使える。

長年、民主党は銃規制派で、共和党は規制反対派です。

共和党の支持母体に軍需産業と会員400万人の全米ライフル協会などがあり、どうしても選挙時、保守・タカ派色がより強くなる(巻頭写真は副大統領候補)。

ちなみに、米国の年間軍事予算70兆円、兵器製造額20兆円、兵器輸出額1兆円。

これらの事業継続の為に、世論操作や共和党側に潤沢な対策費が支払われることになる。

このメカニズムが社会を現状維持(保守)に向かわせることになる。

 

より重要な問題

それにしても、なぜ多くの人が規制賛成から反対に変わってしまうのだろうか?

一つには、人々の脳裏には大戦時の武器による悲惨さが鮮明であったが、やがて薄れていくことにある。

そこに多くの情報が危機や不安を煽ると、特にそれが直近で身近なものであればあるほど効果は絶大となる。

実際に、銃は蔓延してしまっているのですから。

ましてや膨大な情報により、銃規制の治安向上効果を否定され、それが先の事ならなおさらです。

この情報の大勢は上記の経済力と政治が生みだしたものです。

これは日本の原発賛否世論が広告宣伝費の大量投入で逆転していく様子と符合します。

 

最も重要な問題

人はどうしても、直近の大きな恐怖や不安に囚われてしまうと、前向きに先を見越した行動をとりにくい。

既に見たように、直感に反して銃の抑止力は社会全体から見れば無いに等しかった。

個々の場面では、銃は強盗を抑止出来たはずでしたが、社会全体から見れば攻撃力が抑止力を上回るからです。

問題は、人々がこの事に気が付かないのか、感情に支配されてしまっているからです。

 

なぜ気が付かないのでしょうか?

それは大きな認識の転換が必要だからです。

暴力や殺人を増大させた主原因は、無数の銃が無秩序に出回ったと言うことに尽きます。

日本が安全なのは、皆さんが銃を持つ警察を信頼し、個人が銃を放棄したからです。

危機と不安を解消させる解決策は簡単で、管理されている治安部隊だけが武器を持ち、他は禁止し、武器の総量を極小にすれば良いのです。

歴史的に見て、全人類(特に先進国)はこの方向ですべての安全保障(福祉、安全など)を向上させて来ました。

 

今一歩の踏み込みが必要なのですが、多くの社会(国家)は歴史(過去の経緯)に囚われてしまう。

 

得られた教訓

ここで銃を武器や軍備に置き換えてみましょう。

 

個々の自衛権を野放図にしてしまうと、むしろ逆に危険が増大する。

国々の安易な自衛権行使は、多くの紛争を生む可能性があり安全保障力を低下させる。

特に、多数の国が、互いに自衛権と称してつばぜりあいをすればより危険が増す。

本来、武器や軍備の「自衛」と言う概念はあやふやで、攻撃と防御の境界は定かではない。

同様に、武器や軍備の「抑止力」も実際には不完全で、直感とは異なる。

抑止理論は研究者でも定まらず、どちらかと言うと人類のユートピア的な概念です。

 

5民兵

*5

 

米国の銃社会から派生する幾多の問題

銃が蔓延する米国から多くの弊害がもたらされています。

 

* 武器輸出と援助

米国の武器製造額と輸出額は世界のトップで、テロ撲滅を声高に言う一方で、合法不法による武器がテロ組織や内戦地帯に供給されています。

 

* 軍事行動の正当化

有りもしない銃の抑止力を正当化するキャンペーンは軍事産業に多大な貢献をすることになる。

なぜなら軍備や軍隊を増強するとき、合意を得ようと必ず抑止力の向上を唱えるからです。

国民は、銃の抑止力を信じることにより、漠然とした国家間の抑止力も信じやすくなります。

相互確証破壊理論による核開発競争、トルーマン・ドクトリン(共産主義封じ込め)によるベトナム戦争、J・ブッシュから始まった国家安全保障局による世界規模の盗聴(スノーデンが暴露)などは際限なき抑止力(攻撃力)を是認することから始まる。

 

* 集団的自衛権

民兵(個人間の集団的自衛権)は米国で現実の問題です。

イスラエルの元首相ネタニヤフ氏が言っている。

 

「機関銃を規制することは、自衛のために武器を持つ権利を否定していることにはならない。私的な軍隊の存在を否定しようとするにすぎない。重装備の反政府民兵組織が数千人規模で存在し続けるアメリカの現状は、市民の自由のグロテスクな曲解であり、・・」

ここで言う反政府民兵組織とは、伝統的な民兵テキサス・レンジャーから武装極右組織のことでしょう。

 

次回から、別のテーマで日本の「戦争と平和」を考えます。

 

 

 

Categories: culture+society, <japanese language, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , | Leave a comment

私達の戦争 21: 銃がもたらすもの 5


1

  • * 1

 

今日も、前回に続いて銃所持推進派の指摘を検討します。

おそらくこの指摘が最も深層心理を突いているでしょう。

そこからは深い人間の葛藤と社会の闇が見えて来ます。

 

指摘1: 銃を規制すれば暴力犯罪が増える

 

 2 uk violent crime

< グラフ1. 英国の暴力・銃犯罪と登録銃の関係、1995~1999年、by Gun Facts >

 

このグラフからは、英国の1997年の銃規制によって犯罪が増えているように見える。

しかし奇妙なことに、暴力犯罪件数と登録銃の数が少なく、検討期間が短すぎる。

 

3 number of incidents

< グラフ2. England and Walesの暴力犯罪の長期推移、by Office for National Statistics >

 

このグラフでは1997年の銃規制後、強盗を除いて暴力犯罪(暴行、傷害)が半減している。

GunPolicyによると、England and Walesの銃による死者数/10万人は1995年の0.39から下がり続け、2011年に0.22と半減している。

この間、殺人件数/10万人は0.05から0.06に微増し、1件当たりの死者数が7.8から3.6と半減している。

この1件当たりの死者数の減少は米国と同様で、銃による殺人の特徴が顕著です。

この間、銃を含む全殺人件数/10万人は1.3から2002年に1.8まで上昇し、その後低下し1.0になった。

この2002年の全殺人件数が増加した時でも、銃による死者は増加していない。

The guardian(メディア)によると、銃の総数は1996年を100として、2001年に92まで減り、反転して2009年の103に増えた。

英国の銃所持率は、米国の101%に比べで6.2%(2007年)と低く、銃殺人による死者数/10万人は10.3に対して0.22とそれ以上に低い。

 

指摘1の検討結果

明らかに、英国は銃規制を英断したことにより、暴力犯罪と銃による死者を減らした。

しかし残念なことに、途中から銃の総量が減らず、暴力犯罪の減少が進んでいないようだ。

グラフ1は、銃擁護の為に都合の良いデータを抜き出したのだろう。

 

指摘2: 銃こそが強盗を防ぐ

 

4 米国強盗1

< グラフ3. 米国各州の銃の所帯保有率%と強盗件数/10万人、2010年、by date of FBI >

 

銃保有率20~40%でバラツキが大きく信頼性は低いが、銃の保有率の増加に対して両強盗事件は共に、始め増加し後に減少する。

「すべての強盗」については、銃の保有率が高い方で犯罪が減少しているようだ。

グラフ2で、英国が銃を規制しても強盗だけはあまり減らなかったの同じだ。

おそらくこのことが米国の市民感情を最も捉えて放さない「銃の必要性」だろう。

 

原野の一軒屋、夜中、玄関の外で鍵をこじ開ける音がする。

あなたは「おれは銃を持っているぞ!」と、見えない相手に向かって怒鳴る。

この気持ち、わかるような気がします。

 

5 米国暴行1

< グラフ4. 米国各州の銃の所帯保有率%と暴行件数/10万人、2010年、by date of FBI >

 

婦女子への暴行(加重暴行)と銃使用による暴行は共に、銃の保有率の増加に連れて若干増加するように見える。

 

考慮すべきこと

ここで重要なことは、仮に銃所持が強盗への抑止力になったとしても、殺人と暴行犯罪を増加させていることです。

18話のグラフ、この3、4のグラフから、銃保有率の増加による被害の増減を予想できる。

10万人当たりで見ると、すべての強盗は75から50件に減るが、銃殺人の死者は5から15人に増え、婦女子への暴行は150から250件に増える(正確ではない)。

さらに他に銃に関わる自殺や犯罪被害が加わる。

 

つまり、すべての犯罪被害を勘案すれば銃所持にメリットはないだろう。

 

もう一つ検討すべき課題がある

銃で強盗を追い払えるとも言えるが、逆に銃が強盗を容易にしているのではないか。

同様に、あらゆる暴力犯罪を増加させている可能性がある。

第18話のグラフ、この3、4、5のグラフに共通している銃保有率の低い時の犯罪の少なさは、それを物語るのではないか。

銃は攻撃力であり抑止力であり、それが相殺されながら上記のグラフ結果になっている。

相殺の度合いに影響しているのが、様々な銃規制法や社会・治安状況、暴力の文化などだろう。

 

6 assault and robbery

< グラフ5. 世界各国の暴行・強盗犯罪件数/10万人と銃所持率%、2006年、by REAL CLEAR SCIENCE >

 

対象国は先進国のようですが、不明。

銃所持率と暴行・強盗の犯罪率との関係は大きくばらついている。

それでも銃所持率が0%から10%に上昇するにつれ、強盗事件が急激に増加している。

暴行事件と銃所持率の大小には相関が無いようだ。

 

7 crime rate

< グラフ6.主要国の銃所持率%と全犯罪率/10万人、2007年、by The American Journal of Medicine >

 

対象国は欧米と先進国が主で社会状況は似ているはずだが、それでもバラツキが大きい。一応、全犯罪率と銃所持率には弱い相関がある。

グラフ5、6から言えることは、犯罪の多寡は銃所持率にも影響されているが、それよりも、その国の社会や文化状況に大きく依存していると言える。

 

結論

別の言い方をすれば、銃が無くても起こる強盗や暴行傷害に極度な不安を感じ、それらの犯罪を増やす銃で犯罪を減らす考えは、それこそ矛盾(ほことたて)している。

結局、一時的な不安や恐怖感が銃規制への抵抗を生み、暴力犯罪を減らす機会を失っている。

それを実現し、世界の模範になり、リード出来るのは日本だけかもしれない。

 

次回は、米国がこの事実にどう向き合っているのかを見ます。

そこからは戦争を肯定する姿勢も見え隠れします。

 

 

 

 

Categories: culture+society, <japanese language, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , | Leave a comment

私達の戦争 20: 銃がもたらすもの 4


hunting

*1

 

今回は、銃所持を強く支持する人々の意見を検討します。

彼らは、銃規制が無駄で、銃所持こそが暴力的犯罪を減らすと主張します。

検討していくうちに真実が浮かび上がります。

 

 意見1: 銃所持が多いから殺人が増えるわけではない。

これを検証します。

 

 homicide-rate

< グラフ1. 世界と米国各州の銃所持率%と殺人件数/10万人、by Zach Mortensen >

 

グラフ1を見ると、横軸の銃保有率と縦軸(対数目盛)の殺人件数は相関していないように見える。

青色の世界各国の分布は、むしろ銃所持率が増すと殺人件数はわずかに減るように見える。

茶色の米国各州の分布もそう思わせる。

しかし左端のワシントンDCは大都市で、ヴァージン諸島とプエルトリコはメキシコ湾の小さな島で、米国本土と犯罪状況がかなり異なる。

米国の大都市は一般に殺人件数(/10万人)が多く、銃所持率が地方より低いようです。

この三箇所を除外し、殺人件数でなく殺害された死者数でグラフにすると、前回のグラフ1になり、銃の増加は殺人の増加に関連していることがわかる。

 

gun-deaths

< グラフ2. 米国10州の殺人と銃の所帯保有率、2010年、by date of GunPolicy >

 

グラフ2を見ると、銃保有率の増加は殺人件数を若干増加させ、死者数をそれ以上に押し上げている。

この理由は不明だが、銃保有率が高くなると殺人事件1件当たりの死者が増えている。

このグラフで1件当たり死者数は2.0から5.7に増加しており、2010年の米国平均は2.9であった。

また、総べての殺人件数も増えているが、これは含まれている銃殺人の比率が大きいためです。

 

 

gun-deaths

< グラフ3. 主要国の銃所持率と銃による死者数/10万人、2007年、by The American Journal of Medicine >

 

グラフの両目盛は自然対数で、目盛4.6で100、2.3で10、0で1、-2.3で0.1を示す。

図示されている27ヵ国は欧米と先進国が主で、死者数の最小は日本で、ついで英国、オランダが少ない、最大は米国と南アフリカ、ついでスイス、フィンランドが多い。

明らかに銃所持率と殺人による死者数は相関している。

 

結論

銃所持率が増加すると銃による死者数が増える。

以下に示す要因を考慮し、よく似た社会や国で比較すれば、相関は更に明確になるだろう。

闇雲に異なる社会状況を一緒に扱うと、見える現象も見えなくなる。

 

銃殺人に関わる様々な要因

  •  今回、データを示さなかったが、治安が悪い(暴力犯罪の多さ)、経済格差が大きい、内戦状態などの社会状況では、銃所持率が低くても殺人は増える、南アフリカのように。

 

  • 逆に、グラフ3の右下方にあるアイスランドやドイツのように銃所持率が高くても、殺人が低くなる国もある。このような国は猟銃が多いとか、銃所持は可能だが登録や管理が厳しいからです。米国の銃殺人の多くは拳銃(ハンドガン)で行われている。

 

  •     今回、データを示さなかったが、暴力犯罪の率と銃所持率が共に低い国を比較すると銃所持率が高くなるにつれて、急に殺人件数が増える傾向が顕著だった。これは前回のグラフ1でも同様に銃による死者が増加した。対象は日本、ポルトガル、ハンガリー、ポーランド、オランダ、アイルランド、英国です。暴行・強盗事件発生率が0.8~6.7%、銃の所帯保有率が0.6~8.6%で、銃殺人件数/10万人が0.03~0.38でした。

 

次回は、最も微妙な「銃が身を守る」について検証します。

 

 

 

 

 

Categories: culture+society, <japanese language, politics, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , | Leave a comment

私達の戦争 19: 銃がもたらすもの 3


1

*1

 

今回から、銃が社会の安全に不可欠だとする根拠を検証します。

前回、銃が米国において安全を脅かしている状況を確認しました。

しかし、米国も含め世界は銃を減らす方向に動いていません。

そこには根深い武器への信奉があるからです。

 

2

*2

 

なぜ銃が必要と言われているのか?

米国には民間人の銃所持が必要と強く主張する人々が居ます。

 

よく「銃所持は権利」と言われます。

合衆国憲法修正第二条(権利の章典、第1~10条、1791年確定)

「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を保蔵しまた携帯する権利は、これを侵してはならない。」

 

私には、この法文をもって民間人が自由に銃を所持することを許することが合理的だとは考えられない。

規律ある民兵や州兵が武器を携行するのは当然であるが。

私は個人に自衛権はあるが、社会的利益―社会の安全を脅かす事態、と勘案して制約されて当然だと考える。

 

3

  • * 3

 

それには経緯がありました

合衆国憲法は、既に1988年に制定されていました。

この条文は、米国が英国と独立戦争(1775~83年)を戦い、独立後に基本的人権を追加した際に加えられた。

一方、この頃はまだ各州(邦)の独自性が強く、合衆国として一体化するのは1865年の南北戦争終結以降になります。

 

国民にとって武器を持つことは、国家の横暴(英国議会)に対して国民が革命(独立)を起こすために必要であった。

これは米国各州が連邦政府に対しても同様と考えられた。

米国では最初の入植時代(16世紀末)から西部開拓時代(1860~1890年)まで、入植者は銃によって先住民と戦って来た。

この二つが、銃(武器)を捨てられない発端と言えそうです。

 

4

  • * 4

 

これと似た例は日本にもあります

日本は憲法9条で戦争の放棄を謳い、戦力を保持しない、交戦権を認めないとしている。

そして現在まで、その演繹から集団的自衛権を認めないと憲法解釈されて来ました。

この経緯はいずれ見ますが、大事なことは憲法や解釈が草案当時の社会状況に強く影響されていることです。

憲法や解釈は、その時代の成功体験に基づく強い要請や、逆に失敗体験からの強い反省が込められているのです。

 

不思議なこと

いくら独立戦争や西部開拓時代に武器が重要だったとは言え、二百数十年から百数十年前の事を、デメリットがあるにも関わらず継承するのでしょうか?

米国は度々、憲法を追加修正し解釈変更を行って来たのに・・。

 

真の理由

そこには別の深い要因があると見るべきです。

一度、武器を持ってしまうと国民が合意して武器排除することはかなり困難があるようです。

たまたま日本は島国で侵略されることなく、かつ統一王朝が幾度も武器を放棄させて来たことが幸いしています。

日本では、身近に凶悪事件があっても、互いに注意を呼びかけるだけで、武器に頼らず警察に任せることになります。

そこに何の戸惑いもありません。

 

結局、武器の蔓延とそれへの不安が、さらに武器の所持へと悪循環を生む心理が問題なのです。

 

次回、武器所持推進派の根拠をデータで検討します。

 

 

 

 

Categories: culture+society, history+evolution, <japanese language, Series : 私達の戦争 | Tags: , , , | Leave a comment

私達の戦争 18: 銃がもたらすもの 2


1銃擁護

  • * 1

 

前回、銃が社会に蔓延していく状況を想定しました。

その悲惨な予想と共に、現在政府がよく使う軍事用語(自衛権、抑止力、集団的自衛権)が出て来ました。

正に、銃社会は小さな戦争の世界なのです。

 

銃と社会の関係とは

実は、社会学者などは銃所持率と犯罪率の相関を決めかねています。

例えば、銃の所持率が高くても銃殺人の発生率が低い国があり、世界を見れば、その関係に大きいバラツキがあるからです。

これは他の複数の要因が大きく影響しているからです。

しかし、それで終わってしまっては安直に過ぎます。

 

大事なことが三つあります

一つは、前回仮定した想定が、実際のデーターで確認出来ることです。

次いで自衛権や抑止力、集団的自衛権、軍拡などの概念を、銃社会から学ぶことが出来ます。

最後に、悲惨な暴力を生む社会と暴力を抑制出来る社会の違いを知ることです。

これらのことが、銃社会を分析することで見えて来ます。

 

それでは現実のデータを見ましょう

 

グラフ1: 米国の各州の銃保有率と銃による死者率、年度不明、by Mother Jones.

グラフの見方 

横軸は州毎の銃の各家庭保有率。

縦軸は銃殺人による人口10万人当たりの死者数。この数には銃による自殺者と他の凶器による死者を含めない。

2gun-ownership-deaths

*2

 

説明

グラフ上部右端のワイオミング州は、死者率18人/10万人、銃保有率63%で、

左端のハワイ州では3.5人、10%となる。

米国では市民の個人銃保有率は101%(2012年,by GunPolicy.Org)で人口よりも若干多い。

米国の家庭銃保有率の平均は34%(2012年,by GunPolicy.Org)。

2012年の銃による全米の死者数は32,163名で、10.3人/10万人(by GunPolicy.Org)。

ちなみに日本の個人銃保有率は0.6%で、全ハンドガン数は77丁(1999年)、他は猟銃のようなものだろう(by GunPolicy.Org)。

この保有率は少ない方から178ヵ国中14番目です。

日本の銃による死者数は2008年で11人、米の3/10000になる。

 

このグラフを見ると、明確に銃保有率と銃による死者率は比例している。

全体としてバラツキはあるが、よく見ると銃保有率が20%以下では保有率の上昇に伴い急に死者率が増加している。

 

地図1: 州毎の銃保有率と銃による死者率の分布、年度不明、 by P.A.P.-BLOG // HUMAN RIGHTS ETC.

地図の見方

左図 : 銃携帯を許す条例の4段階、一番厳しく許さないのが赤色、一番自由なのが紺色。実際には、州毎にさらに細かく銃規制が異なる。

右上図: 銃保有率の4段階、一番多いのが45%以上で濃い色、一番少ないのが25%以下で薄い色。

右下図: 銃による死者率の4段階、一番多いのが12人/10万人以上で濃い色、一番少ないのが8人/10万人以下で薄い色。

 

3MAP-GUN-FIGHT

*3

 

説明

この地図からも、銃保有率は銃携帯が制限されている州ほど低く、かつ銃による死者数もほぼ少ないことが分かる、南部のアラバマ州を除いて。

グラフ1で最も銃による死者率が高い州であったワイオミング州をWY、ルイジアナ州をLAで表記している。

両州を中心として中西部と南部の州に銃保有と銃殺人が偏っているように見える。

 

それはなぜなのか?

一つには、中西部(ワイオミング)は米国の中でも人口密度が最も低い地域になる。

一方、南部のルイジアナやミシシッピ、アラバマの人口密度は48州の中頃に位置している。

南部には心理学者ニスベットが指摘する暴力に訴えても名誉を守る文化がある。

概ね、この二つが理由のようだ。

 

地図2: 2012年11月、オバマ大統領選の選挙人獲得の分布、古村治彦の酔生夢死日記より。

地図の見方

赤色が共和党のロムニー氏が獲得した州、青色が民主党のオバマ氏の州。

 

4オバマ大統領選2012年

*4

 

説明

地図1と比べると、銃規制が厳しいか、銃保有率が低い所は概ね民主党の支持州が多いと言えそうです。

ただ獲得票の差はわずかなので、厳密な色分けとは言えない。

また民主党は都市部や人口密集地で得票が多い。

両党の銃規制に対する政策は、民主党が銃規制、共和党が銃所持奨励です。

 

判明したこと

  • 1. 銃保有率が高い州ほど銃による殺人が多い。
  • 2. 銃保有率は、州の銃規制条例におおよそ関係している。
  • 3. 銃規制の違いは二大政党の政策に関係している(次回詳しく)。
  • 4. 低い人口密度では銃保有率も銃殺人も増える(理由は不明)。
  • 5. 暴力を容認し易い文化では銃保有率も銃殺人も増える。

 

次回は、銃所持奨励派、逆の立場からデータを見ます。

 

 

Categories: culture+society, <japanese language, politics, Series : 私達の戦争 | Tags: , , | Leave a comment

私達の戦争 17: 銃がもたらすもの


1ガン

*1

 

「銃を持っている」と聞けば、多くの人は「恐い」と感じるのではないでしょうか?

日本は、ほとんど銃が無い非常に安全な社会で、素晴らしい国です。

銃のある世界を見渡せば、銃と安全、ひいては武器と平和の関係が見えて来ます。

 

2ガンショップ

*2

 

はじめに

なぜ手っ取り早い殺人手段の銃が、世界には蔓延しているのでしょうか?

米国では、銃の乱射事件がある度に、銃規制が話題になりますが、銃が減ることはありません。

もう蔓延してしまったので、仕方がないのでしょうか?

米国では、銃所持の賛成派と反対派がしのぎを削って方向が定まらないのです。

日本人なら、誰しも反対派に同意出来るような気がしますが・・・・

実は、銃社会には暴力と武器に対して根深い葛藤があるのです。

 

3子供のガン

* 3

 

皆さんはどう思われますか?

以下の仮定を、少し想像して下さい。

 

端緒A. あなたの住む町で強盗殺人事件が発生しました。

段階B. あなたは家族を守る為に銃を所持することにしました。

段階C. 数ヶ月経った頃には、町の全家庭が銃を所持するようになりました。

結果D. どうやら、この間、犯罪は減ったような気がします。

 

結果E. しかし、銃が社会全体に行き渡る頃から、殺人や犯罪が明らかに増えた気がします。

 

恐らく、ほとんどの日本人はこの仮定の結果Eを正しいと考えるでしょう。

中には、結果Eは間違いで、結果Dまでが正しいと信じる人もいるでしょう。

実は、この論点の食い違いが、米国民を一歩も前に進めなくしている理由の一つなのです。

 

この正解は、次回以降、公開されている犯罪データーから明確になります。

 

4銃乱射事件

* 4

 

何処に問題があるのでしょうか?

少し難しいですが、この仮定の中に「戦争と平和」を考えるヒントが隠れています。

 

銃の所持は自衛権の行使で、また抑止力を持ったことを意味します。

この抑止力の効果はあなたの銃所持が広く知れ渡る方が高まります。

なぜなら賊が知っていればあなたの家を襲うのを躊躇するでしょう。

銃所持を知った人は、誰しも銃所持に走るのは自然の成り行きです。

こうして段階Cが生じるでしょう。

 

もしこれらが正しいなら、いずれ社会全体が銃を所持した時、賊は何処を襲うのも同じになります。

結局、賊はあなたを避けることなく、より強行に犯罪を凶行するかもしれません。

また氾濫した銃によって発作的に安易な暴力や殺人、犯罪が増えるかもしれません。

こうして結果Eが生じるでしょう。

 

さらに町は自警団を作り、賊も対抗してより大集団を作ることになるでしょう。

これは集団的自衛権の行使です。

こうしてこの銃社会は、暴力と殺人、犯罪が横行するようになるはずです。

しかし、だからと言ってすべての銃所持の国が最悪の事態には至っていない。

 

次回、続いてこの問題を考えます。

 

 

 

 

Categories: culture+society, <japanese language, politics, Series : 私達の戦争 | Tags: , , | 2 Comments

Create a free website or blog at WordPress.com. The Adventure Journal Theme.

Follow

Get every new post delivered to your Inbox.

Join 1,036 other followers