Awaji Island of early autumn: Nature that I found at my kitchen garden


cluster amaryllis

< 1. cluster amaryllis >

 

The voice of insects that told the vestiges of summer heat already disappeared and autumn came gradually.

From my yard and my kitchen garden, I introduce the autumn harvest and the breath.

 

暑さの名残を告げる虫の声も消え、いつしか秋が訪れました。

自宅の畑と庭から、秋の実りと息吹を紹介します。

 

 full moon on Osaka Bay 

< 2. full moon on Osaka Bay >

 

a full view of my kitchen garden, a fruit and a flower of pumpkin, eggplant 

< 3. a full view of my kitchen garden, a fruit and a flower of pumpkin, eggplant >

 

.  beans and flowers

< 4. beans and flowers >

 

This year is a good harvest

We did not need to buy other than cabbage and lettuce about vegetable for over one month, because the vegetables that could be taken from my kitchen garden were good harvests.

This summer, there were many delightful things.

Any one of two kinds of watermelons and oriental melons being fresh came to be provided at the dessert almost everyday.

The malus of my yard produced first the red fruit after ten years when we planted it.

 

今年は豊作

今年は畑から採れる野菜が豊作で、ここ1ヶ月以上、野菜でキャベツとレタス以外は買わずに済みました。

今年の夏は、嬉しいことがたくさんありました。

採れたての小玉ズイカ、黄ズイカ、まくわうりのいずれかが毎日のように食卓のデザートに上るようになりました。

庭の姫リンゴが、植えて10年経って初めて赤い実を付けました。

 

an insect and a butterfly, a watermelon, malus 

< 5. an insect and a butterfly, a watermelon, malus >

 

Impressive encounter

Although there were a lot of new things this year, I introduce to you impressive encounter at the end.

It was a time when I did watering to the green soybean that we planted as always every year.

Suddenly, a small brown thing went ahead several meters quickly.

If I looked gingerly, it was a small rabbit.

It is settling in for about one week.

Therefore the watering became my fun.

It seemed to have escaped from the mountain nearby.

The rabbit is not going to escape in a large way.

This situation is new one since we started the kitchen garden ten years ago.

Until now, I have had a chance to nurture a larva of swallowtail butterfly attaching to leaf of carrot.

It is a good old memory.

 

 

ときめく出会い

今年は始めてのことが多かったのですが、最後に感動的な出会いを紹介します。

それは毎年植えている枝豆にいつものように水やりをしている時でした。

突如、茶色の小さなものが数m小走りに動きました。

恐る恐るのぞくと小さなウサギでした。

ここ1週間ほどは、住み着いてくれています。

それからと言うもの、水やりが楽しくなりました。

近くの山から逃げて来たようです。

ウサギはまだ私達には懐いていませんが、大きく逃げようともしません。

このようなことは、10年前から畑をしてから始めてのことです。

今までに、人参の葉についたアゲハチョウの幼虫を蝶まで育てたことがありました。

幼虫の世話、蝶との別れが今でも、懐かしく思い出されます。

 

the rabbit

< 6. the rabbit >

 

I thank to be able to contact with this nature these days.

 

自然と触れ合えることに感謝する今日この頃です。

 

 

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私達の戦争 42: 質問に答えて「日本の失敗とは・・」4


1 226

  • * 1

 

今日が、「日本の失敗」について最後の考察になります。

前日の記事から続いています。

 

2日ソ中立

  • * 2

 

軍部の動き

陸海軍が定める方針(国策遂行要領)が、これまた不思議なものだった。

真珠湾攻撃の年、幾度も出される大方針は平和交渉と日米開戦準備の両論併記。

軍の派兵は中国侵攻の続行、満州への大幅増派(対ソ威圧)、日米開戦に備えて南方攻略(資源確保)の3論併記だった。

米国との和平交渉と言えば聞こえは良いが、米国が譲らない中国撤退を無視して妥協の余地なしとし、期限まで決めて進展するはずがない。

絶体絶命の経済封鎖をまったく予想せず、南方攻略で米英を怒らせ、それを自ら招いた。

2年前のノモンハンの惨敗に懲りず、自ら望み日ソ中立条約を結んだ2ヶ月後、裏切られたはずの独ソ戦好調に気分は変わり、満州に演習と称して大量派兵し再度ソ連を威圧した。

ドイツとの同盟が米国を押さえ、米国は交渉で譲歩し経済封鎖などの強気の手段を取らないはずだと確信し、当然手を打つこともなかった。

 

3仏印

*3

 

世界情勢、特に敵である英米情勢を無視し、運を天に任せ情勢変化があっても、誰も決断せずズルズルと成り行きに任せた。

奇襲攻撃で初戦を叩けば、南方の石油を手に入れ勝算ありとしたが、直ぐに制海権と制空権を握られ、タンカーが沈められ最後の頼みの南方からの石油は絶たれた。

これも戦史上繰り返されたことだが、一斉風靡した古き良き戦闘教義―日本の場合は海上で大艦巨砲、陸戦の突撃で島を占拠―に拘り、連敗を重ね、気づいても時既に遅しであった。

それにもまして奇襲攻撃は米国民の敵愾心を煽り、米英首脳は晴れて軍事協同を行えるようになった。

こうして米国は膨大な物量を持って独伊、ソ連と中国も見方につけて日本を追い込むことになった。

 

4蟻地獄

*4

 

蟻地獄で

日本の首脳は、あがけばあがくほど深みにはまり抜け出せない蟻地獄に落ちたようなものでした。

軍上層部の脳裏にあるのは、「勝てると進言し裁可を頂き続けた天皇や、犠牲にした幾多の英霊(太平洋戦争前で数十万人)、扇情で盛り上がった国民に、いまさらどの面下げて、領土と神国の名誉を捨てろと言えるものか」でした。

とことんやって、国土が焦土と化しても生まれ代わることが大事だ、そんなことを口にする軍人もいた。

政府首脳にしてみれば、自ら無謀な戦端を開くことは避けたいが、精一杯駆け引きをしていると、なぜか戦争になってしまった。

まさにそんな感じだった。

 

当時、国民は真の情報、必要な情報からは完全に閉ざされ、戦意高揚と国民一丸への教育宣伝が官民一体となって行われていた。

国民は、この政府や軍部首脳の実態を知ることはなかった。

こうして日本は無責任な軍部主導の政府によって戦争へと突き進んだ。

 

5明治憲法

*5

 

それでも真因は別にある

なぜ、このような政治状況になったかと言う問題が残る。

統帥権干犯、御前会議、軍閥支配の矛盾は目に余るが、なぜこうなったのか?

これら開戦時の政治状況は、明治維新に起因にしたものもあるが、日本が軍拡路線を推し進める過程で、主に軍人達が手に入れて来たものでした。

初期は、大国ロシアを仮想敵国とし、その橋頭堡として朝鮮半島を手に入れるべく日清、日露を戦い、圧勝した。

しかし満州を手に入れ、第一次世界大戦で漁夫の利でドイツから青島を手に入れた頃から、本土防衛より領土欲が増していくことになる。

かつて英国は日露戦争時、助けてくれた同盟国で、ドイツは第一次世界大戦では敵国だった。

やがて軍部は中国政策でうるさく干渉し始めた英米をソ連よりも仮想敵国とするようになった。

この間、幾度もあった冷害や恐慌に喘いだ国民は連戦連勝する内に、領土拡大に希望をつなげ、身内が敵国で殺されるに及んで戦争への抵抗感は消えていった。

当時、子供の出世の最上位は軍人となっていた。

 

政治制度(旧憲法)や政治文化など日本固有の問題もあるが、国家も国民も上記の歴史上繰り返されて来た「戦争の罠」にはまっていったのでした。

 

このことを皆さんに少しでも実感していただければ幸いです。

話はわかりやすさを優先し、厳密さを欠いていますのであしからず。

 

次回から、別のテーマになります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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私達の戦争 41: 質問に答えて「日本の失敗とは・・」3


1真珠湾攻撃

  • * 1

 

今日は、日本の失敗について考察します。

狭義には、太平洋戦争による大敗を指します。

だが重要なのは無謀な戦争をなぜ行ったかにあります。

 

 

日本の失敗とは何か?

多くの方は、太平洋戦争を失敗と見なすことで異論はないでしょう。

 

この戦争によって日本は多くの生命と生活、資産を失った。

遡る1世紀の間、国民の血と汗を注いで得た海外権益を一瞬のうちに消失した。

さらに隣国の怨念は消えるどころか、再燃しつつある。

おそらくこれが最も厄介な失敗になるだろう。

 

しかし、失敗と言われることに憤然とされる方もおられます。

少し、この点を検討しましょう。

 

2ヒトラー

  • * 2

 

「もし勝っていれば」

おそらく結果は同じでしょう。

世界に、かつての併合や植民地の後遺症はあるが、現在、植民地を持つ国は無い。

世界は、両大戦を契機に植民地を解放し、無法を粛正する趨勢になったのです。

日独伊は遅れて帝国主義の夢を追ったが、時代は変わり、大量破壊兵器と総力戦による大量殺戮と甚大な被害が世界を襲った。

一方、国民国家と海運の発達は、世界が協力して無法を正すようにもなった。

 

「大東亜共栄圏、植民地の解放と言う大義名分があった」

これが侵略のカモフラージュだったことは、被支配国の教科書で既に見ました。

もっとも被支配国には先客の侵略者がおり、日本が肩代わりしたとも言えなくもない。

どちらの被害が少なかったかは様々だろうが、残念なことに日本が最後だったのは痛い事実です。

3大統領

  • * 3

 

「米国にはめられて戦争をしてしまった」

これは一理あるが、並み居る皇軍の将や参謀が、ころっと騙されたとは・・。

日英米の軍縮会議で日本の軍艦は米の6割しか持てず、全量輸入に頼る石油(米から7割輸入)を突如禁輸される中で、勝利への一縷の望みは奇襲攻撃しか無かったと日本は考えた。

同情出来そうですね、しかし、少し待って下さい。

日本の軍艦所有量は国力差を示しており(実際は一桁違う)、日本の戦争意欲を挫く為に英米が石油禁輸に出ることは当然予想出来たはずです(以前から経済封鎖は段階的に進められていた)。

日本は、米国が要求を呑めば勝ち目の無い戦争を止めても良いと戦争準備をしたが、経済封鎖が始まると、後になればなるほど勝ち目は無くなると慌てふためいた。

単純に言えば、読みが甘すぎる、その場しのぎのつけが最後に回って来た。

 

ざっと見ても、失敗を取り繕うことは難しい。

重要なことは、なぜ無謀な戦争に突き進んだかにあります。

 

 4東條内閣

  • * 4

 

 

太平洋戦争は如何に始まったのか

既に、この連載「当事者が振り返る戦争とは」で見たように、軍中堅層は戦争で沸き立っていた。

満州や中国、仏印などで、現地の参謀などが独断で多くの戦端を開き、軍中央が渋々追認して来た。

しかも、彼らは罰せられることがなかった。

1930年代の相次ぐクーデターにより、軍の政権支配が始まり、血気と銃剣が国を動かすようになったのか。

天皇や政府、軍の首脳が彼らに振り回される、そんなことが考えられるだろうか。

 

外交では日英同盟破棄(1921年)、国連脱退、日独伊三国同盟締結、日ソ中立条約締結(1941年)が真珠湾攻撃の年まで進められていた。

これら政策は、当時破竹の勢いであったドイツと結び、中国侵攻に反対する米英を押さえ、隣国のソ連を鎮める算段であった。

しかし日本の読みはことごとく逆に作用し最悪の事態へと進んだ。

太平洋では役に立たないドイツとの同盟は、米国をむしろ態度硬化させただけで、さらにヒトラーの裏切りによるソ連侵攻は、米ソによる日本の挟み撃ちを招く結果となった。

しかも真珠湾攻撃の2日前、ドイツは半年前に始めたソ連への快進撃で20万人の死者を出してモスクワを目前に撤退を始め、早くも陰りが生じていた。

 

真珠湾攻撃を決する御前会議の前日(攻撃の9日前)、天皇は海軍のトップ二人を呼んで質問された。

「ドイツが欧州で戦争をやめたときはどうかね」

嶋田海相は答えた。

「ドイツは真から頼りになる国とは思っていません。ドイツが手を引きましても、差し支えありません」

 

5御前会議

  • * 5

 

この質疑には、この戦争主導体制の特徴がよく出ている。

海軍は、創設時の経緯で英米寄りであり、英米の情報量が多く、勝ち目のない戦争に反対であった。

陸軍は、これも創設時の経緯によりドイツ信奉で、米英を軽んじていた。

ここ20年ほど、政府と軍部内で、上記の対立を繰り返しながらも、ドイツの威光を借りて英米を黙らせる方向で進んでいた。

その前提が無くなることは国策の根幹が崩れるのであるが、大臣には当然のように対案もなく諦め口調であり、責任感も無い。

天皇も心配になり言葉を交わすが、軍指導部の提案を御前会議で予定通り裁可するのが常であった。

このような事例は枚挙に事欠かない。

国策の最高決定機関となっていた御前会議(天皇と政府首脳)の実態はこのようなものだった。

 

 

次回も続きます。

 

 

 

 

 

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私達の戦争 40: 質問に答えて「日本の失敗とは・・」2


 1スパルタ

  • * 1

 

今日は、戦争の失敗について考察します。

奥深い問題なので、要点だけを見ます。

 

 2ノルマンディ

  • * 2

 

戦争の成功と失敗(取り敢えず)

 

多くの人が成功と認める戦争

A.古代ギリシャが連合してペルシャの侵入を阻止した。

B.高句麗が隋の侵入を阻止した。

C.日本が元(元寇)の侵入を阻止した。

D.米国が連合してナチス・ドイツの侵攻を阻止した。

 

敵の侵略意図が明確で外交も含めて他に方策が無ければ、侵攻に対する自衛の戦争は当然です。

すべての戦争を否定し、失敗と言うわけではありません。

 

3第一次

  • * 3

 

成功とは言えない戦争

E.ペロポネソス戦争:全ギリシャがアテネとスパルタに分かれて70年間戦った。

F.第一次世界大戦:欧州全土で、欧州各国とロシアが二手に分かれて戦った。

G.ベトナム戦争:分断されたベトナムの一方に米国が加担し15年間戦った。

H.イラク戦争:米国と同盟国が武装解除を掲げイラクに侵攻し8年間戦った。

 

これらの戦争に共通しているのは、大義名分も無く、被害が甚大であったことです。

EとFでは、互いが領土や利権の拡大を狙い対立が深まった末の戦争でした。

互いに相手を悪の枢軸と見なしたが後で勘違いと判ることが多い。

勘違いとは、米国が、Gでベトナム側の戦う意図を民族独立では無く、恐怖視していた共産化と見なし、Hで大量破壊兵器が存在すると見なしたことです。

大抵、戦端は戦争被害の甚大さに思いが至らず開かれることになった。

あれよあれよと始まった戦争が全土を焦土にし、社会が疲弊し、人心が乱れ、悪くすれば次の戦争を招いた。

戦争を牽引した人々は、予想もしなかった被害の甚大さに、おそらく呆然としたことでしょう(私の考え過ぎかも)。

 

4イラク

  • * 4

 

これらの戦争を失敗と呼んでよいのではないでしょうか?

それでは何が失敗なのでしょうか。

それは戦った国々、勝者も敗者も互いに損耗し、特に国民のほとんどが辛酸を舐めただけだからです。

唯一ベトナム戦争では、数百万の人命と引き換えに独立と統一を得ることが出来た。

しかし、これも両国の反省の弁によれば、初期の段階で誤解を解く姿勢があれば、無傷に目標を達成出来たはずなのです。

 

戦争の何が問題なのか

上記の戦争は、真の勝者が無い戦争と言えます。

それでは勝利した戦争は、成功した戦争と言えるのでしょうか?

実は、最初のA・B・C・Dの戦争には後日談があるのです。

おおまかに言うと、これら大勝利した戦争が軍拡路線へと向かわせたのです。

 

A. 古代ギリシャは、アテネを盟主に軍事同盟化が進み、ギリシャ全土で利権を軍事力で奪い合う戦争と侵略が160年間続き、分裂と衰退を深め、最後はマケドニアに占領された。

 

B. 朝鮮半島は絶え間なく北方民族と中国から侵入を受け続け、その度に独力で跳ね返して来た。

軍事力は増したのだが、国土と民衆は疲弊していくばかりだった。

しかし2千年間で統一新羅と李朝鮮王朝は上手く侵略を逃れた。

国土の疲弊を救ったのは名誉と戦争を捨てた苦渋の外交にあると言えるだろう。

 

C. 真剣に受け取ってもらうとまずいのだが、日本はこの時をもって「神風」を大国と戦う時の精神的支柱とした。

不思議なことに、あの巨大な米国と戦ったベトナムにも「神風」信仰はあった。

日本と同じ頃、元寇がベトナムの海岸にも押し寄せ、同様に神風(台風)が吹き、撤退したことがあった。

地政学的に似ているベトナムと朝鮮半島は頑強なまでに侵略者に抵抗した。

 

D. 長らく孤立主義を任じていた米国は第一次世界大戦の軍需景気と末期の参戦から第二次世界大戦にかけて、一気に軍事超大国に変貌した。

その直後の朝鮮戦争において米国の力無しでは、今の韓国はなかった。

しかしその後、幾たびか世界の警察として貢献したこともあったが、やがてCIAの謀略や身勝手な軍事介入が増えつつある。

 

おぼろげながら、戦争を体験する事が、更なる恐ろしい悲劇を呼び込む様子を見てとれたと思います。

 

5秦

  • * 5

 

戦争による最大の問題とは何か

必要な派兵もあるし、受けて立たなければならない戦争もあるだろう。

その中にあって、繰り替えされる戦争の罠に国民はいつも注視すべきです。

それは、戦争の勝敗ではなく、戦時体制や軍事国家となって、歯止めが効かなくなる政治状況に陥ることです。

 

世界史を振り返ると、アッシリア、秦、古代アテネ、ローマ帝国、スペイン、イギリス、ドイツは軍事力により覇者となり、逆にその軍事依存体質により瓦解する宿命にあったと言えるだろう。

個々に見れば、多少事情は異なるだろうが。

要は、一度軍事国家となり戦争を経験すると政府も国民も、やがて戦争の甘い熱情の罠にはまり、抜けだせなくなるのです。

この経緯は、経済・心理・社会・政治・情報文化等のすべてが関わり進行します。

詳しくは連載「戦争の誤謬」「社会と情報」で扱っています。

 

失敗から学んだつもりでも、民主度が発展しても、時代や武器が変わっても、安心した頃にまた戦争の罠に取り憑かれるのです。

 

次回は日本を例に見ていきます。

 

 

 

 

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私達の戦争 39: 質問に答えて「日本の失敗とは・・」


1戦争

  • * 1

 

前回、「自虐史観は・・」を書いた折、「日本は何を失敗したのですか?」との質問がありました。

今日は、この質問を取り上げます。

 

コメントに感謝します

この連載を7月中旬から始めて、多くのコメントをいただきました。

賛否両論ありましたが、いずれも熱のこもった御意見をいただき感謝しています。

賛成のコメントは、当然ですが、私の理解と一致しており、安堵を得ます。

一方、反対の立場からの批判は厳しいですが、逆に、発憤することになります。

指摘された有用なポイントは、この連載で取り上げて解説してきました。

その意味でも、批判的な意見をありがたく思っています。

批判のコメントは私を悩ませますが、この連載をより深いものへと導いてくれるような気がします。

どうかこれからもどしどし賛否両論のコメントをお待ちしています。

 

2終戦

  • * 2

 

今回の質問

今回の質問はYAHOO!ブログ、アクアコンパス5に記入されたコメントです。

この質問を見た時、私は正直びっくりしました。

この連載で取り上げている戦争―主にアジア・太平洋戦争、を失敗でないと捉えられている人がいたことに驚きました。

しかし、よくよく自問自答してみると、当たり前の指摘でした。

私がこの連載を始めなければならないと思った理由は、まさにそこにあったからでした。

世の風潮が、軍事に頼り戦争を肯定する傾向が強まったからでした。

そこには、過去の戦争を失敗とする気持ちが無いのは当たり前です。

この問題をいつか書かなければならないと思っていましたが、私は避けていました。

それで決心しました、感謝!感謝!

 

3入隊

  • * 3

 

失敗について

ここでは質問者への解答も含めて、皆さんに「戦争から学ぶ」について語ります。

一般的な認識から始まり、最後は「日本の失敗」について説明します。

あることを失敗と見なすかは重要ですが、これまた自由です。

 

失敗の意味

「失敗」とは「人間の行為がもたらした仕損じ、やり損ない、上手く行かなかったこと」と定義しておきます。

 

例えば、地震が襲ったとしましょう。

皆は、倒壊した家の前で、呆然と立ち尽くしていたが、やがて復興に向けて動き始めました。

ある人は、これは天災であり、天罰だと諦めました。

彼は、悲しんでいても始まらないと考えたに違いありません。

別の人は、これは人災であり、家の強度不足や立地に問題があったと考えました。

彼は、現状復帰ではなく改良の上、再建することにしました。

 

本来、地震は天災ですが、人はそこからすらも、自らの行為に反省点を見出し、次ぎの行動に生かすものです。

この反省点を失敗と呼んでいいのではないでしょうか(責任はないでしょうが)。

 

4挺身隊

  • * 4

 

歴史から得るもの

この連載への批判の中に、「歴史から学ぶべき事はない」「過去は過去でしかない」「歴史にIfは無い」と言う意見もありました。

これらをすべて否定出来ないことも事実です。

 

確かに、歴史学者が過去について軽々しく是非を断じるのは問題でしょう。

しかし、一方で実践を旨とする人々、スポーツの監督に始まり軍事戦略家(孫子、トゥキディデス、クラウゼヴィッツ)まで過去から多くを学びます。

この学ぶ対象は、勝因もありますが、重要なのは相手の弱点や敗因(失敗)でしょう。

 

おそらく「歴史や過去から学ぶ価値」が無いと考える意識の中に、歴史認識と言う体系的な論理と、過去と現在との繋がり(共通する文化・精神の存在)に疑問を抱いていることがあるのでしょう。

これは当然の疑問であり、そうであるからこそ歴史を鵜呑みするのは危険で、歴史外も幅広く読み、確認しながら自問自答する姿勢は不可欠です。

 

もっともそんな暇はほとんどの人には無いはずです。

結局は、広く受け入れられている良書だけは目を通すことが肝要でしょう。

もう一つ言えることは、批判のコメントを書かれた人も、実は日本の過去に好感を持ち、通じるものを感じておられるはずです。

 

5ベトナム戦争

*5

 

戦争から学ぶ

今次の戦争を経験された人々はまだ周囲にたくさんおられます。

敗戦を迎え、多くの人は何を思ったのでしょうか。

当時、終戦を受け入れられない軍人はいたはずですが、一部に過ぎない。

「勝てると思っていた」「二度と悲惨な戦争はしたくない」が大勢でしょう。

 

しかし、戦争を知らない人々にとってそうではありません。

これは米国でも同様で、ベトナム戦争から40年も経つと、若者の多くは肯定するようになりました。

当時、大統領選の最重要な論点は戦争の終結だったにもかかわらず。

 

どうやら戦争には不思議な魔力が潜んでおり、戦争を生きた人々には筆舌に尽くせない悲惨と不条理があるのですが、戦争を指揮する人々や戦争を始める前の国民にはそうでも無いのです。

これは世界共通のようです。

ここに戦争を学ぶ必要があるのです。

どちらかと言うと、戦争の勝敗やいきさつに関わりなく、大いなる闘志と悲惨のギャップにこそ学ぶ価値はあるようです。

 

次回も続きます。

 

 

 

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私達の戦争 38: 自衛とは


1戦国自衛隊

*1

 

これから、戦争にまつわる基本的な概念について見ていきます。

例えば、自衛、集団的自衛権、抑止力、核迎撃システムなどです。

私達は、何気なく聞いていますが、これらはかなり不正確で矛盾を含んだ概念です。

 

 2自衛隊

  • * 2

 

自衛とは何か

自衛は自分で防衛することで、特に不明瞭さがあるとは思えない。

相手が攻撃してくれば、それを防御し、必要ならば相手を打ち負かすこともあります。

前者は自衛であり、後者は正当防衛と呼ばれるものです。

しかし、正当防衛のつもりが過剰防衛になることもあります。

 

日本は自衛隊を持っていますが、日本国憲法第9条では陸海空軍の戦力保持が否認されています。

自衛隊が戦力ならば憲法違反になるでしょう。

一方、日本が加盟している国連憲章第7条では、安全保障理事会が必要な措置をとるまでの間、自衛権の行使は出来るとされる。

国際的には自衛の戦力なら問題は無いことになります。

日本は憲法と国連憲章とどちらに制約されるのだろうか。

取り敢えず、日本の現状を容認する為に国連憲章の立場で話を進めます。

つまり自衛隊の戦力は自衛用であれば良いわけです。

 

3航空機

  • * 3

 

自衛の戦力とは

それでは自衛用の戦力とは何を指すのでしょうか?

戦闘機、艦船、ミサイル、核兵器は自衛用でしょうか、それとも攻撃用でしょうか。

それぞれの兵器の能力、例えば航続距離1000km以下なら自衛用でしょうか。

それとも兵器の数量、例えば1万トン以下の艦船で5隻まででしょうか。

 

仮想敵国の戦力が巨大であれば、それに対抗すべき自衛の範囲は変わるのでしょうか。

そうとするなら、仮想敵国が加盟する軍事同盟の戦力はさらに巨大となるでしょう

当然、逆も真なりで、最小の自衛戦力しか持たない国が、強大な戦力を有する国と軍事同盟を結ぶと、仮想的国から見れば自衛戦力を逸脱したことになるでしょう。

例えば、核兵器を持たない国が核兵器保有国と同盟すれば、仮想敵国からどのように見なされるでしょうか。

 

何か変ですよね

問題点を整理します。

各国の自衛(防衛)と攻撃の境界は、個別の自衛力に限定しても、あらゆる想定をするなら不定となります。

さらに同盟国全体の自衛力で見るなら、その境界の判定はほとんど絶望的です。

結論は簡単で、各国の戦力を自衛の範囲内と規定することに無理があるのです。

 

当時、国連憲章第7条に個別的・集団的自衛権を盛り込むかで、大いに紛糾したのです。

国連において、中小国はこの条項にかなり反対したのですが、米ソ大国を署名させるために妥協せざるを得なかったのです。

これを単に言葉の綾ではないかといぶかるかもしれませんが、取り敢えず、憲法や国際条約で自衛権を規定することに矛盾があることに気が付いていただければ幸いです。

 

4国連

  • * 4

 

真の問題とは

当時の各国代表は、法文の矛盾に反対したのではなく、二度の大戦の失敗を繰り返さない為に反対したのです。

歴史が示すように、各国は仮想敵国の戦力と競うように軍拡競争する宿命にあったのです。

その始まりは漠然とした自衛の戦力からでした。

つまり不確定な自衛力を認めてしまうと、暴走し軍拡競争に陥りやすいのです。

このことが最大の反省点だったのです。

 

防ぐ手はあるのか

一つの例を見ましょう。

日本国内では、銃刀法により自衛出来る武器が大幅に制限されています。

多くの国では、拳銃の所持が認められており、自衛権が擁護されているように見えます。

米国ではさらに、州兵だけでなく民兵組織(小規模な集団的自衛権)まで認められています。

日本は、当然、破防法等により、これは認められていません。

この連載「銃がもたらすもの」でも考察したように、どちらが国民の安全保障に有利だったかは、一目瞭然です。

 

ポイントは、自衛権の制約と統一した武器の制約にあります。

これが最も成功しているのは、世界広しといえども日本だけです。

 

5cia

*5

 

しかし自衛の問題はこれだけではない

過去と現実に起きている問題を箇条書きします。

 

  • 1.軍事衝突時の原因: 満州事変、ベトナム戦争のトンキン湾事件、ドイツ軍のポーランド侵攻のように正当防衛、挑発、虚構かの判定が困難です。紛争当事国が互いに正当防衛(自衛)と称することになる。

 

  • 2.核ミサイル迎撃: この抑止理論(防衛理論)も千変万化であり、結論としては自衛ではなく攻撃が主になる。後に扱います。

 

  • 3.諜報活動: 代表的なのが米国の国家安全保障局NSAと中央情報局CIAの暗躍です。これらの行うクーデター幇助、暗殺、情報操作、武器援助などによる他国の政敵排除は何処まで自衛なのでしょうか。CIAのある幹部は自衛の範囲と自著に記しているし、秘密裏に行われるので手の打ちようもない。

 

これらはどれも放置出来ない問題です。

 

最後に

少しややこしい話になりましたが、現実の適用や戦史を見る限り、その複雑さは想像を越えます。

大事なことは、当たり前と思っている大前提でも、これほど脆いのです。

それだけに社会の平和を維持することは困難なのです。

 

 

 

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I enjoyed the taste of Japan: 日本の味を楽しむ


1阪急東通

< 1. Hankyu Higashi-dori: 阪急東通 >

 

I introduce a course dish that I ate at a sushi bar of Umeda today.

 

今日は、梅田の寿司屋で食べたコース料理を紹介します。

 

 

2店外

< 2. Uoshin in Umeda: 魚心、梅田店 >

 

Introduction of the shop http://r.gnavi.co.jp/k121901/

I watched the introduction of this shop with a newspaper by chance.

This shop is “Uoshin” of sushi bar in Hankyu Higashi-dori of Umeda.

My eating course dish seems to be “ Kuzushi-Kaiseki, Takara-bune”.

This course dish was reasonably priced in proportion as large helping of dish.

This dish needs a reservation.

 

 

店の紹介 

新聞広告でたまたまこの店を見ました。

店は梅田の阪急東通にある寿司屋、魚心です。

食べた料理は「くずし懐石 宝船」だと思います。

このコース料理は盛りだくさんの割に値段がお手頃でした。

この料理は予約が必要です。

 

3店内

< 3. Inside of the shop    >

 

Introduction of the course dish

I introduce the dish in order of having been served.

 

料理の紹介

出た料理を順番に紹介します。

 

 4料理1

< 4. two food boxes”二段重箱” and roast beef salad >

 

Two food boxes: right box is the sliced raw fish of a tuna, etc. left box is assorted small sushi.

 

二段重箱: 右はマグロと鮮魚の刺身としらす。左は小さな寿司の盛り合わせ

 

5料理2

< 5. a hot pot of sharp-toothed eel ”ハモの柳川鍋仕立て” and tempura of a lobster >

 

The hot pot of sharp-toothed eel: Matsutake mushroom is in it.

The tempura of a lobster: Only this plate is for two people.

 

ハモの柳川鍋仕立て: 松茸が入っています。

ロブスターの天ぷら: この皿のみ二人分です。

 

6梅田 (2)

< 6. steamed egg hotchpotch, assorted sushi、bean paste soup >

The steamed egg hotchpotch: Snow crab is in it.

The assorted sushi: Sushi of an abalone, tuna, green onion, salmon roe, and conger eel.

The bean paste soup.

After this, a sherbet is as a dessert last.

 

ずわい蟹あんかけ茶碗蒸し: ずわい蟹に入り。

寿司盛り合わせ: 活きアワビ、マグロとろ炙り、芽ネギ、いくら、あなごの寿司。

赤だし味噌汁。

この後、最後にデザートとしてシャーベットが出ます。

 

After the meal

The cook cooks before the nose of our.

All clerk are amiable, and these dishes were provided timely.

The meal was a lot of kinds of seafood and very colorful.

We were able to enjoy the meal slowly.

Since the sizes of the Sushi and the Sashimi are small, young person may be unsatisfactory.

The taste seems to be equal to the price.

 

食事を終えて

板前さんが、目の前で料理をしてくれます。

愛想も良く、タイミングよく料理が出て来ます。

出てくる海の幸の種類が多く、彩りもよく、ゆっくり食事を楽しめました。

若い人には、寿司や刺身などの大きさが小さいので、もの足りないかもしれません。

味は、値段相応でしょうか。

 

7梅田

< 7. a night view of Umada >

 

Then, we became a good mood by having alcohol, did shopping in the underground center of Umeda, and left for our home.

 

この後、アルコールも入り、気を良くして梅田の地下街で買い物をして帰路につきました。

 

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私達の戦争37: 摩訶不思議な解釈9 「自虐史観は・・」


    1表紙 

  • * 1

 

「自虐史観は日本を貶(おとし)めるものだ」

この手の文言には、大いなる勘違いがひそんでいます。

そこにはアジア、特に島国である日本の精神風土が深く関わっています。

 

自虐史観とは

「自虐史観」は、戦後の歴史学会の主流だった歴史観を否定するために用いられた蔑称でした。

分かりやすく言うと、否定側の要望は、日本の失敗や悪口を告げ口するな、良い所を探せでした。

否定側から発行された「国民の歴史」は当時、一斉を風靡しました。

私も読みましたが、あまりにも見え透いた我田引水が多く、大学教授の書いた本とは信じ難かった。

要は、日本文化は中国や朝鮮半島から学んだものではなく、固有の洗練されたものであると言うことに尽きます。

美術工芸や建築については、現地を旅行すれば多くの継承が存在することは一目瞭然であり、世界の美術史とはそのようなものです。

継承を否定することには無理があります。

 

要は、日本は素晴らしい、隣国など比較に値しないと言いたかったようです。

当然、この手の論調は愛国の心情を揺さぶり感動すら与えるでしょうが。

 

2表紙4

  • * 2

 

不思議なこと

私は機械技術者として、企業の技術革新を担って来ました。

幾つかの日本初や世界初の加工品を立ち上げて来ました。

その経験から言うと、成功には「失敗を生かす」と「手堅く挑戦する」姿勢こそが不可欠でした。

私は困難な挑戦に立ち向かうべき時ほど、成功例よりも多くの失敗例から問題点を学び、事にあたりました。

技術的に成長しない人を見ていると、そこには共通して「失敗を徹底的に考察し、問題点を抽出する」姿勢が欠如していました。

 

ここで勘違いをしてはならないことは、「失敗が萎縮を生む」のではなく「失敗を生かさないから萎縮を招く」のです。

確かに、失敗を知らない人ほど大胆な行動に出ることはありますが、その結果は明らかです。

 

そうは言っても、やはり失敗ばかりでは萎縮してしまいます。

挑戦する気力は成功体験の積み重ねから生まれて来ます。

だからと言って、やる気を削がない為、「自信」や「誇り」を育てるために「失敗」から遠ざけることは本末転倒です。

 

3表紙2 

  • * 3

 

世界では

「ヨーロッパの歴史 欧州共通教科書 1994年版」から、第二次世界大戦について書かれている「犯罪」p345より抜粋します。

 

「ドイツ軍によって占領された国々の国民は、虐げられ、搾取された。数百万の人々が、ドイツの戦争経済のために働かなければならなかった。抵抗はことごとく暴力的に押さえ込まれ、ほんの少しでも疑いを持たれることは、そのまま死を意味していた。人質の処刑は組織的に行われた。中でもドイツ軍の占領が苛酷を極めたのは、東ヨーロッパにおいてであった。・・・『劣等民族としてのスラブ人』は、ドイツ人の奴隷にならなければならなかったのである。」

 

以前のドイツ国内向け教科書も、この共通教科書と同様に、生徒らに戦争の真実を知らせ、真摯に向き合わせる姿勢があった。

 

欧州各国、フランス、ベルギー、スイス、ドイツ、オーストリア、他に6ヵ国には、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)の否認を禁止する法律がある。

これは表現の自由を侵害すると指摘されることもあるが、この手の歴史的事実を虚偽とする行為は民族主義(反ユダヤ主義)やファシズム(ナチズム)を再発させるとし、毅然とした態度を取っている。

つまりドイツを含め欧州は戦争の真実を知るだけではなく、否定しないことも重要だと考えている。

 

4表紙5

  • * 4

 

素晴らしい日本の精神風土

自虐史観と罵り同調する人々は、日本の精神風土に誇りを持っている方が多いはずです。

もしこの精神風土が自虐史観とピッタリと一致していたらどうでしょうか?

 

心理学に文化心理学と言う分野があり、国や地域毎に異なる心理(国民性)を研究しています。

これによると米国は楽観主義で、東アジア(日本、中国、韓国)は悲観主義の傾向が強いのです。

 

「あるテニスプレーヤーがトーナメントで決勝戦に進出した場合を考えて下さい」

実験者が、各国の被験者に上記のシナリオを想定してもらい。

A:「この試合に勝つとタイトルを獲得し、トロフィーが授与されます」

B:「この試合に負けるとタイトルは取れず、トロフィーはもらえません」

次いで、どちらが被験者にとって重要であるかを評定してもらった。

米国人はAを、東アジアの人はBを選ぶ傾向がある。

これは東アジアの人々は、成功よりも失敗回避を重視していることを示している。

 

失敗を念頭に置き、社会へ気配りしながら行動することが悪い習性とは言えません。

それぞれの国の国民性に優劣はなく、その国の歴史や風土によって育てられたものです。

過去において、それが社会に適応した行動や意識だったのです。

 

5表紙3

*5

 

つまり、本来、日本人は失敗を生かす国民性なのです。

日本の「改善活動」は正にそれです。

抜きんでた個人の成果ではなく、皆が関わる不具合部分を皆で改善し成果を得るのです。

 

いつの間にか、一括りに自虐史観と蔑称する人が現れると、周囲を気にして「失敗を反省する」ことから萎縮してしまうのです。

それこそ日本の良さを自覚できずに「恥ずかしい」ことをしているように思えるのですが。

 

 

 

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私達の戦争36: 摩訶不思議な解釈8 「冷戦のおかげで・・」


1Untitled4
* 1

「冷戦が世界の紛争を防いだ」、この手の真相を確認します。

2map

< 2.2012年度、世界の武力紛争、茶=戦争、赤=小規模武力紛争、by UCDP >

私が最初に抱いた疑問
「冷戦後、世界で武力紛争が多発するようになった」
「冷戦の米ソ均衡が武力紛争を回避していた」
この手の言説を見聞きし、私は長らく答えを出せずにいました。
日頃、世界の紛争報道から察するに、この指摘は正しいようにも思えました。
しかし一方で、冷戦当時、米ソによる軍事援助と代理戦争が頻発していたのも事実でした。
アフガン、ベトナム、ソマリア、イラン、イラクなどの戦争・紛争がその例です。

私の推測では、冷戦は地域紛争を多発させたはずであり。
冷戦後は大量の武器が出回り、大国のたがが外れたことにより紛争が増えたのだろうと私は理解していました。
しかし、確信はなかった。

そこでデーターを探しました
今回紹介するグラフは、スウェーデンのウプサラ大学の平和紛争研究部(Uppsala Conflict Data Program)が収集・作成したものです。
このUCDPの資料は紛争解決学の分野で信頼出来るものだそうです。

3紛争件数2

< 3. 武力紛争の頻度、by UCDP >
用語: Extrastate =国家外、Interstate=国家間、Internationalised=国際化した内戦、Intrastate=内戦。

このグラフを見ると、第二次世界大戦後の冷戦期(1945~1989年)において内戦は増加し続け、1991年をピークに減少傾向にあることが明白です。
「冷戦が武力紛争を多発させていた」のは事実のようです。

一方で、大戦後、国家外(灰)と国家間(黄)の武力紛争は長期減少傾向にある。
1975年に国家外(灰)は無くなり、国家間紛争(黄)と国際化した内戦(黒)も一度大きく低下した。
この年はベトナム戦争が終結した年であり、この終結は72年にニクソン大統領による米中関係正常化が図られた結果です。

複数国同士による大規模な武力紛争(灰)の減少は、冷戦期、米ソ2強が均衡したからだと主張する軍事専門家がいる。
しかし、冷戦後、均衡が破れ米一強と中露の時代になっても国家外や国家間の武力紛争は増えなかった。
それに対して、彼らは核抑止力が現在も効いているからだと補足する。
しかし現在、核兵器の均衡は米露だけで、核保有は9ヵ国まで拡散し、不安定状態は深まっている。
既に銃社会で見たように、あてにならない抑止力よりも暴発の危険が増している。
むしろ米中、米ソの相互理解(関係正常化)が大規模な紛争を無くしたと言うのが事実ではないだろうか。

残念ながら、内戦(赤)は起こり続け、国際化した内戦(黒)は若干増加傾向にある。

 

4非国家的紛争

< 4.地域毎の非国家的紛争の頻度、by UCDP >

このグラフから、非国家的紛争がアフリカで大きく増加し、ここ数年は中近東でも急増していることがわかる。
冷戦後、新しい形態の紛争が増加している(以前の資料がないので不正確)。
この非国家的紛争とはテロや武装集団による紛争を指しているらしい。

冷戦をどう見たらよいのか
冷戦(二大覇権国の均衡)は、第三次世界大戦を防いだかもしれないが、数多くの地域紛争を招いた。
大戦が起きれば1億の人命を失うだろうが、ベトナム戦争だけで800万人が死んだ。
また冷戦期と冷戦後も含めて、難民の数は膨大である。
現在の非国家的紛争(テロなど)の火種は冷戦期に大きくなったように思える。
それは、2大強国が傘下の小国で、傀儡政権や転覆派に継続的で大規模な軍事援助を行い、対立を煽ったからで、アルカイダ、イラク、ソマリア、ベトナムなどはその例です。
さらにその火種は、両大戦に遡る植民地政策や領土・国境確定にあった。

つまり、単純に言えば、過去の戦争や侵略の後遺症、軍事力均衡頼みだけの対立が、災いを生み続けたと言える。
それを和らげたのは相互理解(関係正常化)であった。
第三次世界大戦の防止や核抑止力については、大国に近い軍事専門家の希望的観察であって、確実なことではない。

残念なこと
「冷戦が世界の紛争を防いだ」と声高に主張する人の著作を読んで思うことがある。
著作の中で、すべてをなで切りにし、「平和呆け」をなじるが、行き着くところは軍事力信奉と日本優位に尽きる。
この手の人は、雑多な知識を売り物にしているが、論理は稚拙で、データー提示も少なく、説得力に欠ける。
それこそ古代中国の孫子に始まり、18世紀のプロイセン軍人のクラウゼヴィッツが顔を覗かせる。
非常時に備え軍事力と戦略の必要性は理解出来るが、結論はことごとく過去の延長線上にある。
そこには紛争を解決するために人類が生みだした外交術や法概念の発展、近年の紛争解決学への関心が微塵も無い。
当然、視野の狭い戦争論に終始することになる。

このような論調に安易に乗らないこと願ってやまない。

 

 

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Shops of import foodstuff


1南京街門

  • * 1

When we go to Kobe, I introduce two shops of the import foodstuff that we drop in often.

 

私達が神戸に出たら、よく立ち寄る輸入食材の店を紹介します。

 

 2kaldi

  • * 2

  

Kaldi

This shop is located in Motomachi Shopping Arcade.

It is stocked with Euramerican import foodstuff.

Foodstuffs that we buy are mainly seasoning, and occasionally sweets.

 

この店は元町商店街にあります。

ここは欧米の輸入食材がよく揃っています。

私達が買うのは主に調味料で、お菓子を買うこともあります。

 

3南京街広場

4南京街

  • * 3、4

 

Kobe Chinatown

This Chinatown verges on Motomachi Shopping Arcade.

There are about 100 of Chinese restaurants, foodstuff shops, souvenir shops, etc.

It is always full of tourists.

This time, we had lunch here.

 

南京町

南京街は元町通りに接しています。

ここには百あまりの中華料理店や食材店、土産物店などが軒を並べています。

いつも観光客で一杯です。

今回は、昼食をここで食べました。

 

5林商店

  • * 5

 

Hayashi (or Lin) shop

This shop is in the east side of Kobe Chinatown.

It is stocked with the import foodstuff of Asia and developing countries.

 

I ask for the taste of Southeast Asia, China, and South Korea here.

It is Chinese tea.

These are seasoning or Pho (noodle soup) or coffee of Vietnam.

These are seasoning or curry of Thailand.

These are various kinds of seasoning (such as Doubanjiang) of China or Korea.

Otherwise, these are oyster sauce, spices, and chili sauce of each country.

I buy sweets and instant noodles occasionally.

 

We cook with these foodstuffs in my house and enjoy a trip feeling.

 

 

林商店

この店は南京街の東寄りにあります。

この店はアジアと発展途上国の食材が揃っています。

 

私はここで東南アジアや中国、韓国の味を求めます。

中国のプアール茶、ジャスミン茶など。

ベトナムの調味料ヌックナム、フォー、フォーの固形スープ、ベトナムコーヒー。

タイの調味料ナンプラー、タイカレー。

中国や韓国の各種ジャン(醤)、スープの素。

他に各国のオイスターソース、香辛料、チリソース。

たまにお菓子や即席麺を買います。

 

 

これら食材を使って家で調理し、旅行気分を楽しみます。

 

 

 

 

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私達の戦争 35: 摩訶不思議な解釈 7


1嫌韓

  • * 1

 

今回で国益は最後になります。

 

 

幾つかの注意点

国益に関して幾つかの注意点を記します。

 

2本1

  • * 2

 

政府やマスコミが訴える国益には、真意が隠されていることがある。

既に見た英国首相の発言や鳩山外交バッシングには「米国との同盟堅持」がありました。しかしなぜか日本ではその真意を隠すようです。

昔、左派が共産圏(コミンテル)との密着を隠そうとしたのと同じかもしれません。

 

3冷戦

  • * 3

 

国益をみる時、時間的な尺度(確実性)を考慮すべきです。

前回、ベトナム戦争介入の米国の動機をトルーマン・ドクトリン(共産主義封じ込め政策)にあると記しました。

これが観念的な国益である理由は、この遙か離れた地点での戦争介入が遠い将来の防衛を意図しており、現実に起こるかは不確実だからです。

つまり不確実な数十年先の恐れに対して現実の損害と比較勘案すべきです。

 

4いじめ

  • * 4

 

国益を論じる時、多くは自国の国益だけを問題にします。

前述の名誉を重視する人々にとって、他国の名誉は自国の名誉よりもかなり低いものでした。

しかしそれでは外交が成り立たず、まして対立や紛争を予防することは不可能でしょう。

情けない例えですが、いじめを行っている子供の多くは自分の感情や立場だけに囚われ、いじめられる側の子供の心を理解しません。

些細ないじめと思っていても、自殺者が出ているのです。

他国の国益も自国同様に理解する度量が不可欠です。

 

 

まとめ

単純化すれば、国益には政府寄りと国民寄りがあります。

 

例えば、軍事(安全保障)や領土問題で言えば、命や国土があってこその国民の権利だとよく言われます。

これは大局を見ているように思えますが、確かに全部失えばその通りです。

しかし多くの戦争が示すように、ほんの小さな島や地域の奪い合いから、数百から数百万人の命を失う結果に至ります。

かつて、日本の移民60万人が暮らす満州国を国際連盟に移管することに我慢できず、260万人の日本兵の命を失いました。

国益は現実的な損得を勘案しなければ危険です。

そうは言っても、大概、国は戦争が簡単に勝利し終了すると思って始めるのが常なので、こちらの方が問題かもしれませんが。

 

最重要なこと

結論は、国民の権利保全が先で、その為に国体や政府をどうすればよいかを問うべきです。

そうは言っても、国民の希望や思いは多様なので、国の政策は場合によっては集約された国益を扱わざるを得ません。

この間にあって何が重要かと言うと、国民の権利が守られ、国民の意思で正しく政府を制御出来ることにあります。

これは個々の国益の前提となるものです。

この権利と方法は憲法に規定されおり、最低これが保全されることです。

何らかの国益の為と称して憲法を変え、知ら間に徐々に民主主義が破壊されるようなことが、最も国益を損なう第一歩なのです。

 

残念ながら、このような不幸な事態は、世界各国で過去も現在も起こっています。

けっして、今の日本に無縁では無いのです。

 

5マスゴミ

  • * 5

 

ここで一つ注意が必要です

それでは、なぜ政府よりの国益を唱えるマスコミが力を持つようになるのでしょうか。

大きく二つの理由があり、要点だけを述べます。

 

領土問題が絡むと、国民も政府もナショナリズムに傾倒し始めます。

この傾向は、日本の国民性、島国、政治風土が変わっていないので、今でも強いでしょう。

いつも政府よりのマスコミは存在しますが、ナショナリズムが勃興すると、それに呼応すれば売上げが伸び、さらに政府はそのマスコミに協力を惜しみません。

こうして国内が次第に熱気を帯びてくると、相手国も刺激され共振を始め、やがて政府は引き下がれなくなります。

当然、反政府側のマスコミは逆に窮地に追い込まれます。

このことは日本のアジア・太平洋戦争への過程、米国の9.11事件後の状況がよく示しています。

現実に、ここ8年間の日中世論調査によると、互いを嫌う度合いが両国呼応するように上昇を続けています。

このまま放置すれば危険な状態になるでしょう。

その時、加担したマスコミも政府も責任は取らないでしょう。

それが現実でした。

詳しくは、後で取り上げるか、連載「社会と情報」で扱う予定です。

 

次回は、別の事案を扱います。

 

 

 

 

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私達の戦争 34: 摩訶不思議な解釈 6


1日中韓

  • * 1

 

前回に続いて、国益を考えます。

 

Newsweek(日本版)

1.2010年8月、菅の謝罪は日本の国益だ

内容:記者は「菅首相は日本の植民地支配が韓国に与えた苦しみを認めて謝罪した」ことは国益に叶うと記す。

 

2.2012年5月、鳩山外交バッシングを考える

内容:「日本のマスコミは「訪イランは国益に反する」で大バッシングを行った。この国益とは「米国に怒られない」である」と学者は論じた。

 

3.2009年10月、超大国中国の貫禄に英高級誌が逆ギレ

内容:「英紙が軍備の近代化を進める中国の無節操を批判するが、何処の大国も同じで、同様に「経済的な国益」を最優先することも同じだ」と学者が皮肉って指摘する。

 

ポイント

上の二つの記事は外交が相反する国益の板挟みになり、こじれている国際関係を自主的に修復する事と、名誉と日米同盟を守る事が対立していることを意味する。

日本の大半のマスコミは、紛争の火種拡大より、自国の名誉と日米同盟を重視している。

 

どこの国も大国の行動には敏感で苛立ち、安全保障や経済的な国益で振り回されることになる。

 

 

不明瞭な国益

こうも国益は多様で、立場により相反するものなのだろうか。

外交を論じる時、政府やマスコミは国益を多用するが、その真意を汲み取ることは困難です。

 

国益が唱えられる時、その損出が説明されることは少なく矮小化されるのが常です。

イラク戦争開始時、ホワイトハウスが宣言した戦費は実際の1/100でした。

日本政府も同様で、わざわざ正直に言わないでしょう。

それを解明するのがマスコミの役割でもあるのですが、残念です。

 

3赤穂浪士

  • * 2

 

一つ例を見てみましょう

「自国や先人の名誉を傷付けることは国益に反する」について

 

米国は第二次世界大戦終了からベトナム戦争まで、ある国益に囚われていました。

それは、巨大な共産帝国の侵攻を瀬戸際で粉砕することを仮想したドクトリンでした。

さらに、アジアの小国に侮られない為に力で押さえ込もうとする心理が働いていました(ホワイトハウス首脳達)。

これは黄色人種への偏見と表裏をなす白人の名誉意識と言えるかもしれません。

その結果、米国は多くの人命と税金を失った。

それは感情的・観念的な国益のために現実的・具体的な国益を無視したからと言えます。

 

9.11事件もそうですが、これ以降、米国はイラクやアフガンへの大規模な侵攻、一方で国内のマスコミ締め付けや国民の盗聴を秘密裏に進めるようになった。

名誉や復讐などの観念的・感情的な国益は国民に損出を無視させる強い効果があり、政治家は人気を手に入れ、強行策を打ちやすくなります。

 

2決闘

  • * 3

 

今ひとつ、単純な矛盾があります

「日本はいつまで中国や韓国に謝らなければならないのか?」とよく聞きます。

 

これは、現在の人々には先人の犯罪の責任が無いとする考えです。

通例の法概念に照らせば当然のように思えます。

しかし前述の「自国や先人の名誉を傷付けることは国益に反する」では、一転して先人への名誉毀損は、現在の国民に関わることだと主張しています。

実は、この二つの発言は同じ人々のものなのです。

何処か矛盾していますよね。

しかし、この人々にとって矛盾では無いのです、なぜなら他国の名誉より自国の名誉が遙かに重いからです。

 

これらの発言の根本的な欠陥は、多国間の国民が法も含めて共通意識が無いことを無視していることです。

遺恨がある国家間で、そのような杓子定規な言動が紛争を触発することは自然の成り行きです。

 

4本

  • * 4

 

名誉について

私は名誉を無視しろと言っているのではありません。

名誉は文化であり、歴史的にみて種々の役割を担って来ました。

しかし、時代の変化と共にその意味や価値は変わっているのです。

ここで名誉について簡単に説明します。

 

一つの機能に、侮られないと言う名誉は、かつて他者からの暴力を抑止する効果がありました。

これは日本にもありますが欧米の方で強く働いています。

しかし現代では暴力を抑制する機能が以前に比べ格段に働いています。

その名誉は価値を減じていますが、むしろ多くの喧嘩や紛争の火種になっています。

 

もう一つに、信頼されると言う名誉があり、個人が社会で安定的な立場を確保するには重要です。

これは欧米にもありますが、アジア、特に日本では重要で、現在も続いています。

国内の名誉毀損ならいざしらず、多国間の場合は判定も難しく、一方的に罵るだけでは本末転倒でしょう。

 

5本2

  • * 5

 

どちらにしても不明瞭な感情論や観念論で訴える国益には、冷静に対応する必要があります。

 

次回も続きます。

 

 

 

 

 

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International exchange concert between Japan and South Korea in Kobe


 1ポートピアホテル

< 1. PORTOPIA HOTEL >

 

I went to hear the Japan- South Korea joint classic concert.

I tell you about the impression.

 

私は日韓合同のクラシックコンサートを聴きに行きました。

その感動をお伝えします。

 

 2演奏

< 2. a intermission of the concert >

 

Summary

The concert was held in the big hole of PORTOPIA HOTEL in Kobe on August 23.

Program

  • l Performances with chorus are Arirang and others
  • l Tchaikovsky : Violin Concerto
  • l Dvorak: From the New World

 

The joint orchestra by the amateurs of Kobe and the professionals of Daegu performed the performance.

The host was a private music academy, Kobe city and Daegu city backed up it, and there are lots of private donations.

 

 

概要

コンサートは8月23日、神戸のポートピアホテル併設のホールで行われました。

演目

  • ・ 合唱付き演奏でアリラン、他
  • ・ チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲
  • ・ ドヴォルザーク:新世界

 

演奏は神戸のアマチュアと大邱のプロによる合同オーケストラが行いました。

主催は民間の音楽学校で、後援は神戸市と韓国大邱市、民間の寄付も多いようでした。

 

3三宮

< 3. Sannomiya >

 

What has impressed me?

At the beginning of the concert, there was several persons’ greeting, and then it got me thinking.

The female president of the music academy that had prepared this joint concert over three years spoke with deep feeling, for doing this international exchange by music.

After that, Korea’s consul general stationed in Kobe emphasized in halting Japanese that this international exchange would become a good harbinger in unhappy Japan-Korea relation.

 

Now, people feeling gratified with rebuking in website and telling hate speech about neighboring country is outstanding.

I felt a burst of power by seeing the wonderful living among heartless people,

 

 

感動したこと

演奏の始めに、何人かの挨拶があり、考えさせられました。

3年かけてこの合同演奏会を準備した音楽学校の女性主宰者は、音楽で国際交流をしたいの一念でここまでやって来たと感慨深げに語られました。

次いで、駐神戸大韓民国総領事はたどたどしい日本語で、憂うべき日韓関係にあって、民間による交流親善は良い前兆になると力説されていました。

 

巷では、ヘイトスピーチやウェブサイトで隣国をなじって溜飲を下げるが人々が目立ちます。

心ない人々の中にあって、素晴らしい生き方を見せていただくと、私にも力が湧いてきました。

 

4大邱

< 4. a morning of Deagu >

 

Performance

Korean young woman Yunran Kim played the solo of the violin concerto.

She was really stately and I was fascinated with her force.

The above-mentioned woman president found her for bringing up Korean musician.

Hyuseok Chang of Ascolti Korean Chamber Orchestra of Deagu conducted “From the New World”.

12 musicians participated from Korea all the way and one woman of them took the role of the concertmaster.

Including the Japanese chorus, the level of the performance was high.

 

 

韓国の若手女性Yunran Kimがヴァイオリン協奏曲のソロを演奏した。

これが実に堂々とし、その迫力に私は魅せられました。

前述の女性主宰者が韓国の演奏家を育てようと、彼女を発掘し援助しているそうです。

新世界は、大邱のオーケストラAscolti Korean Chamber Orchestraの指揮者Hyuseok Changが指揮された。

わざわざ韓国から12人の演奏家が参加し、コンサートミストレスも担当し、コンサートを行った。

日本の合唱団も含めて、演奏のレベルは高かった。

 

5ascolti

< 5. Hyuseok Chang conducting Ascolti Korean Chamber Orchestra >     

 

For a finale

There seemed to be a lot of resident South Korean among the audiences.

The players, the conductors, and the audiences of Japan and South Korea were impressed as one at that time.

 

最後に

聴衆には、多くの在日の方もおられたように思う。

日韓の演奏者と指揮者、聴衆が一体になって感動出来た一時でした。

 

6プラハ

< 6. Prague in Czech Republic >

 

The music is common to the world and has merit that all people can enjoy together(I cannot play).

The joint orchestra of South Korea and Japan played the music of Dvorak born in Czech Republic.

Under present melancholy Japan, it was really refreshed day.

 

 

音楽は世界共通で一緒に楽しめる良さがある(私は弾けないが)。

チェコ生まれのドヴォルザークの曲を、韓国と日本の合同オーケストラが奏でた。

今の憂鬱な日本にあって、実にすがすがしい1日だった。

 

 

 

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私達の戦争 33: 摩訶不思議な解釈5


     1国益

*1

 

今日は「国益」について考察します。

不思議なことに、「国益」は発言する人により意味がかなり異なります。

実例を挙げて見ていきます。

 

国益を巡る報道

2014年8月31日、各紙で「国益」を検索し、上位から目立った記事を取り上げます。

 

 2表紙1

  • * 2

 

産経新聞

1.2014年8月、防衛庁長官時代から自衛隊を“軽侮”していた加藤紘一氏

内容:「加藤氏は『国益を損なう政治家』の最たるもので、防衛長官時代に自衛隊を軽視し、共産党と朝日が好きだ」と書いた本の紹介。

 

2.2014年8月、『中国の大問題』丹羽宇一郎著 習政権のもろさから今後を分析

内容:「民間出身で中国をよく知る元駐日大使が、『中国の弱みに石を打て』と書き、経済的な国益を最優先に考えるべき」と書いた本の紹介。

 

3.2014年8月、慰安婦報道「事実ねじ曲げた朝日新聞」「日本の国益や先人の名誉傷付けた」

内容:「朝日が慰安婦報道で、嘘の慰安婦証言や吉田証言を取り上げ、事実を歪曲し日本の国益や先人の名誉が傷つけられた」とする講演を紹介。

 

ポイント

三つの記事から言えることは、国防を軽視することや日本国と先人の名誉を損ねることが国益に反し、中国を非難し、経済的国益を優先することが重要だとする立場が強調されている。

補足すれば、丹羽氏の「中国の大問題」は良書であり、記事「2.」の指摘は著者の主張全体とは逆になっています。

 

3表紙2

  • * 3

 

読売新聞

1.2014年4月、日米TPP、来週閣僚会議

内容:「菅官房長官は2日の記者会見で『国益をかけた最後の交渉をしている』と述べた」と報道。

 

2.2014年3月、『日ロ現場史』本田良一朝、書評

内容:「北海道根室漁民の拿捕との攻防を描き、北方領土問題を棚上げしておくことの愚策、また何を「国益」とみなすかも時代によって変化する、などの指摘」に評者は共感している。

 

ポイント

政府要人がここで言う「国益」はおそらく経済が主でしょうが、他の意味も含まれているでしょう。

後者では、領土問題が最たる国益であり、それを自ら勝ち取る姿勢こそが重要だとする立場が強調されている。

 

4表紙3

  • * 4

 

朝日新聞

1.2014年8月、戦争体験踏まえ反戦訴え

内容:「イラクから帰還した米兵が毎日18人前後も自殺する。『安倍首相には戦争の傷痕の大きさを考えたうえで、国益を考えてほしい』」とする講演を紹介。

 

2.2014年8月、米、シリア上空へ偵察機 「イスラム国」空爆拡大を検討

内容:国務省のサキ報道官は会見で、「米国の国益を守るときに、空爆にあたってアサド政権の承認は求めない」と述べた。

 

ポイント

戦争によって大いに国益が損なわれるが、その被害を被るのは主に国民であるとする立場が強調されている。

これまでの中東政策から察すると、ここでの米国の国益は、自国の将来に関わる安全保障が主であり、かつ経済的事由も含まれるでしょう。

もし世界平和を強調するなら、米国は「国益」の表現を使わなかったでしょう。

 

5表紙4

  • * 5

 

THE HUFFINGTON POST(日本版)

1.2014年5月4日、イギリスにおける国家機密と報道の自由について(3)

内容:記者はスノーデンによる米国の国家安全保障局NSAの機密暴露事件で「キャメロン首相は国益を損なうと非難した」を取り上げ、国民のプライバシー保護との関係を論じている。

 

2.2013年11月、小池百合子氏の「首相動静」発言をどう読むか?

内容:論者は「小池元防衛相のマスコミによる首相動静報道が、知る権利を超え、国益を失っている」の発言を批判し、問題無しと論じている。

 

ポイント

英国首相がここで言う国益は、米国との同盟堅持と英国の安全保障に関わっている。

この国益は、国民の権利―世界中の人々が不法に盗聴されプライバシー侵害を受けていること―よりも重要だとしている。

後者の発言は、公人の動静報道が安全保障上の障害か重要人物のプライバシー侵害を招くと指摘しており、国益とは安全保障か政府要人に関わっている。

 

要点

これで概ね傾向が掴めました。

国益とは、国体、政府、国民、国民の権利などがあり、具体的には領土、経済がありました。

しかし、中には過去の名誉から未来の安全保障(防衛)までも含んでいました。

 

次回、もう少し海外紙を紹介し、国益の意味をまとめます。

 

 

 

 

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私達の戦争 32: 摩訶不思議な解釈4


1尖閣

  • * 1

 

「この島が日本の領土であることは明白であり、我々に正義あり」

この手の発言の落とし穴を探ります。

 

正義について

声高に「正義」だからと迫られると、多くの人は尻込みされるのではないでしょうか。

かつて暴力(クーデター)を正当化する時、「正義」がよく使われました。

しかし、本来、「正義」は人類が長い年月をかけ育て来た重要な理念です。

その理念とは、社会秩序維持のために人々が守るべき行為の規範であり、それを法に規定することでした。

そこには何ら疑わしいものはありません。

 

正義は、個人の判断に託されるものではなく、社会が熟慮を重ね共有してきたものです。

多くは、司法にその判断を委ねることになります。

最近、したり顔で訴える「正義」が巷に溢れています。

この手は、煽るものほど論理が浅いので、先ず疑ってみましょう。

 

領土問題の正義

現在、日本は三つの島で領土問題を抱えています。

多くの戦争は領土問題から始まっているので、急速に危機が迫っていると言えます。

大概、その始まりは「この島は我々の領土であることが明白である」にあります。

この発言に基づく一方的な行為に正義はあるのでしょうか。

 

 2倭寇

  • * 2

 

両国が納得出来る明白な領有の証拠はあるのだろうか?

単純な想定を見るだけで答えはわかります。

 

例えば、5千年前に倭人がその島に流れついて住んだとします。

その後、海賊がその島を襲い、倭人は逃げ出しました。

次いで、隣国の漁師がその島を拠点にするようになりました。

このようなことが幾度も繰り返され、やがて両国の文書や地図にその島が記載されるようになりました。

初期は、互いの国が隣国と争ってまで、数ある遠い離れ小島をすべて領土にしようと思わないでしょう。

やがて漁民や海賊、海上交易民、国の船が島々と関わる頻度が増え、中には彼らから訴えられて始めて国がその島の重要性を認識することになるでしょう。

注意が必要なのは、国が統一途上にある段階では、各国間の海は境界人と呼ばれる海賊・海上交易民(倭寇)や漁民の生活の場でした。

広く活躍する境界人ほど、その集団は混血や複数民族を含み、複数の国を行き来する国籍不明の民でした。

このような状況で、いつの時点をもって領有の証拠とするのでしょうか。

 

 

一方的な占拠は可能なのだろうか?

上記のような曖昧な論拠―曖昧な条約や古地図を証拠に一方的な占拠は正しいのでしょうか?

例えば、長崎県の対馬は九州より韓国に近いが、なぜ日本の領土なのでしょうか?

対馬には複雑な交流史と流血―日本の大名・幕府と倭寇、朝鮮王朝との歴史があり、その果てに日本の領土になったのです。

日本国内で県境の変更なら武力紛争にはならないでしょう。

しかし両国は民族が異なり、さらに過去の遺恨が存在する中で、いがみ合うことなしに一方的な行為が可能と考える方が非常識でしょう。

歴史上、境界線の多くは力ずくか、トップ間の妥協の産物でした。

双方が納得出来ない、こじつけで境界を定めたところで、紛争の火種は大きくなるばかりです。

パレスチナ問題がその典型です。

 

正義はあるのか?

残念ながら「正義」を問うのは不毛だと考えます。

正義を問うには、二国間で「正義」の理念が共有出来る状態にならなければなりません。これは領土問題などの対立点が消えた和解後のことでしょう。

矛盾していますが。

 

国際司法裁判所で争うのも一つの手ですが、今の世界は、日本のような領土問題に判決を下すことが出来ないでしょう。

一方が、裁判を受託しない以上強制も出来ません。

日本はかつて満州国を否認された時、それを不服として国際連盟を脱退しています。

 

3コロンブス

4南極

5地図

*3,4,5

 

解決の道は・・、それは歴史にヒントがある

つい5世紀前までは、新しく発見した土地はその国のものだった。

コロンブスやマゼランらの探検によりポルトガルとスペインはアメリカ大陸を手に入れた。

南極大陸は、当初幾つかの国によって領有が主張されたが、現在、世界が共有し保護すべき地域となっている。

 

ドイツのザール地方は第二次世界大戦の導火線となった当時有数の炭田であった。

フランスは第一次世界大戦の恨みと賠償をここで果たそうとした。

ドイツはそれに対抗し、サボタージュさせた炭坑労働者に中央銀行で刷った給与を与え続け、その結果、巨大インフレを招いてしまい、ヒトラーに付け入る隙を与えてしまった。

両国の恨みは増すばかりであった。

 

第二次世界大戦後、フランスの提案により、その地域と隣接する国々が中心となり欧州石炭鉄鋼共同体を結成した。

これは石炭・鉄鋼の生産と市場を共同管理しようとするものでした。

提案はフランスだが、主要な炭田はドイツの領有であり、相互の信頼と譲歩がなければ事は成就しなかった。

これは仏独の1千年にわたる争いへの深い反省から生まれたものでした。

後に、これがEUに発展していくことになった。

 

まとめ

国境確定で意地を張り、憎しみを倍加させ、多大な犠牲を払ってから気づくより、初めから共同管理にすれば良い。

これからの地球では、少ない資源は世界の共同管理になっていくだろう。

幾つかの地下資源(希少金属など)は採掘可能年数が10年を切った。

 

素晴らしい前例を創った人類の智恵を、我々は生かすべきでしょう。

 

 

 

 

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私達の戦争 31: 摩訶不思議な解釈3


1右翼

  • * 1

 

今回は、対立する左派と右派の不思議を見ていきます。

ここにも紛争の種が見え隠れします。

 

2全人代3能

  • * 2、3

 

幾つかの不思議

例えば、今の中国で革命を目指す人々は左派でしょうか右派でしょうか?

恐らく中国政府はそれを右派、資本主義に毒された不穏分子と見なすことでしょう。

しかし、それは左派、少数民族弾圧や不平等を正す改革派かもしれません。

何か、おかしいですね。

 

例えば、15世紀に能を大成した世阿弥は左派か右派、どちらでしょうか?

本来、左派・右派は政治的な立場を指すのですが、ここでは所属集団での革新派・保守派を意味しています。

彼は、伝統的な猿楽を脱して、新たな演出(幽玄世界)を盛り込んだ革新派と言えるでしょう。

このような事例は現在の歌舞伎や伝統工芸に始まり、相続した大企業経営者にも見られます。

しかし、その多くの人は、立場上、保守的にならざるをえないでしょう。

 

 

 

ポイント

A.社会には、保守的な立場が、または革新的な立場が得策である集団・階層が存在し、大半の人々はどちらにも属さない。

B.一方、そのどちらかの集団に属していても、革新的な性向を持つ人と保守的な性向を持つ人が存在する。

 

社会や集団には、体制側と一体となり体制を堅持することが得策な保守的な立場が存在します。

現状に不満を持つ人々は、体制の変革を望むことになりますが、変革には労苦と危険が伴うので、すべてが革新的な立場とはなりません。

ここで重要なことは、通常、断固として体制堅持を望む立場は一部であり、多くは労苦と危険を共はない限り、より良い社会への変革を望む立場になる(貧富の差拡大期や、経済停滞時は特に)。

 

保守的か革新的な性向(脳機能)を持った人々は正規分布の両端の一部でしょう。

多くは中庸な性向を持っているでしょう。

一般的に保守的な性向は、社会変化を嫌い、容易に新しい主義や制度を信じないようです。

革新的な性向はこれと逆になります。

 

この結果

個人の保守・革新への態度の強弱は、それぞれの所属集団による立場と個人の性向の組合せで、それこそ十人十色となる。

例えば、保守的な性向を有する人が大企業と莫大な遺産を所有した場合は、最も保守的態度をとりやすくなるでしょう。

逆の場合も然りです。

 

 

何が問題なのでしょうか

上記の現象は自然な成り行きで、問題は恣意的な操作による偏りと対立です。

 

体制堅持を図る人々は、その目的の為に教宣活動を行うことになります。

その教宣は中庸な人々も含め、保守的な心情を奮い立たせることになります。

特に、保守的な性向を有する人はそれに乗りやすくなります。

当然、体制の変革を図る側も同様の試みを行う。

しかし通常、資金力・影響力に優れる体制堅持側が有利になります。

 

4原発反対5田母神

  • * 4、5

 

これは何を意味するのでしょうか?

右派・左派(保守・革新)の教宣活動は、目的達成こそが重要であって、その言説の論理や事実は重要でははないのです。

こんなことを言えば、立派な先生方にお叱りを受けるかもしれませんが。

 

例えば、他国の脅威は無視出来ないが原発事故の脅威は無視出来る日本の右派がいます。

世論調査の分析によれば、原発を嫌う人は科学に不信感を抱く傾向が強い(他の要因もある)。

普通に考えれば、科学に不振感を持ちやすい人は保守的な性向に多いはずです(推測)。

なぜこのようなことになるのでしょうか。

それは原発政策が米国の国益と一致したからで、その起源は敗戦時、政府が再建を全面的にGHQに委ねたことにあります(善悪を問わず)。

もし米国が石炭政策を取っていたら、現状は変わっていたでしょう(円高も同様)。

昔はいざ知らず、現状の共産大国が原発を否定し、日本の左派に反対の圧力をかけているとは思えません。

すると原発労組を抱える左派が原発反対になる理由は、科学的根拠か右派(長期与党政権)への反発からでしょう。

このような例、理論、心情すらも食い違う例はいくらでもあります。

例えば、米国の共和党はリンカーンの時代、革新派でしたが現在は保守派です。

 

 

まとめ

本来、革新的な性向(脳機能)と保守的な性向は釣り合っており、社会は適切な進歩と安定を手に入れることが出来るのです。

 

右派と左派の論争が噛み合わないのは、一方の論理が未熟からではないのです。

元々、保守派と革新派が作り上げた言説は一貫性や論理など疑わしいのです。

所詮、辻褄合わせの産物なのです。

そのあやふやな言説に、中庸な人々までが踊らされ、左右に大きく振れ対立することが問題なのです。

 

現在は、別の不安定な状況が世界の先進国で進行しています。

それは各国で政治への不信感亢進により政党離れが進んでいることと、貧富の差が拡大していることです。

この状況は、歴史的にみて、何かの不足の事態を切っ掛けにして、世論が大きく振れる危険性を孕んでいることです。

 

大事なことは、皆さん一人一人が、確かな視点を持たないと、振り回され悲劇を見ることになるかもしれないと言うことです。

 

 

 

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私達の戦争 30: 摩訶不思議な解釈2


1スターリン

  • * 1

 

今回は「左派が戦争をする」「右派が戦争をする」、この対立を取り上げます。

 

2カダフィー

  • * 2

 

左派が戦争すると思われている例

一部の人は、ヒトラーが凶暴な社会主義革命家だと信じているようです。

その根拠はヒトラーのナチスが国家社会主義ドイツ労働者党だからでしょう。

彼が国民に訴えたのは、ゲルマン民族の優越(反ユダヤ)と反共産、栄光の軍事大国復活でした。

彼は、当時の大不況と社会混乱にあって、上記スローガンで中産階級や農民、青少年を魅了し組織化したのです。

彼はバイエルン邦国で知名度が上がってくると、それまでの味方(過激な労働運動家)を切り捨て、旧来の軍部や資本家と手を結んでいきました。

その20年前、社会主義国を目指したドイツでしたが、当時は保守勢力と軍部が政権を担うようになっていました。

彼は一貫した主義や論理を持たず、総統になるために手段を選ばなかった。

国民は、ヒトラーの提案した夢にすがり信じたのです。

当時はファシズム(全体主義)が世界各地に吹き荒れ、独裁者が国を牛耳り軍事侵攻を始めた。

その代表格がイタリア、ドイツ、日本、スペインだった。

 

ではなぜ一部の人々はヒトラーに対して違った見方をするのでしょうか?

ポイント

A.「戦争をするのは共産主義者(左派)」「保守主義(右派)は戦争をしない」と信じたい人々がいる。

B.その事を訴える人々がいる。

 

この二つは共に右派と見なされ、同様に左派にもこの傾向があります。

ここで重要なことは訴える人と信じる人の二重構造になっていることです。

ちなみに日本の右派(保守派)は民族主義(排外主義)、軍事志向で、左派(急新派)は社会主義、平和志向と見なされています。

 

3イスラム

  • * 3

 

左派と右派、どちらが戦争をしたがるのでしょうか?

米国の民主党政権と共和党政権どちらが戦争をよりしていると思いますか?

簡単に言うと、ベトナム戦争は民主党大統領、イラク戦争は共和党大統領が始めました(事情は複雑ですが)。

ここでも両派で意見が対立することになります。

共産国家が軍事独裁や帝国主義になることは度々あり、典型的なのはスターリンでしょう。

日本では軍人が幾度もクーデターを起こし、軍部が政権を掌握するとやがて日中戦争へと向かって行きました。

これは右派のパターンでファシズム(全体主義)と呼ばれるものです。

かつて武力で植民地を従えた西欧の帝国主義国は共産主義と無縁でした。

今の米国は、どうでしょうか?

日本では好意的に見られていますが、中近東や南アメリカでは嫌われていることが多い。

それは自由主義の米国がここ半世紀あまりの間に、軍事介入や政権介入(諜報活動)を行ってきたからです。

 

4アミン

  • * 4

 

ポイント

C.特定の観念や主義だけが国家を戦争に向かわせるのではない。つまり右派、左派に関係なく戦争をするのです。

重要なことは、観念や主義が社会の合意形成や団結によく利用されることです。

多くは、国民が信じやすい観念や主義が唱えられ、盲目的に受け入れてしまっている間に、独裁や全体主義が完了し軍事国家となった。

一度、そうなると多くは壊滅状態になるまで突き進みます。

その観念や主義で重要なのは、事実や論理ではなく、如何に人々が信じ共有出来るかにあります。

その観念や主義の類には、共産主義や資本主義だけでなく民族や宗教、ドクトリン(他国の脅威への抑止論)があり、テロ対策や国益を守るなども同様でしょう。

 

5ムッソリーニー

  • * 5

 

まとめ

私達はどうしてもステレオタイプにものを見てしまいがちです。

その方が日常暮らしやすいからです。

一度、知らず知らずのうちに右派・左派どちらかに属してしまうと、例えば特定の新聞や報道番組に偏ってしまうと、それと異なる情報や見解は少なからず葛藤を生むので、やがて避け拒否するようになって行き、さらにその傾向は深まります。

このことが、多くの誤解に基づく左派と右派の対立を招くことになります。

 

次回は、左派・右派の不思議に迫ります。

 

 

 

 

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Nature of Nagano: Yashima bog in Mount Kirigamine. “霧ヶ峰高原の八島湿原”


       flower

  • * 1

 

I introduce a bog in fog today.

Here is the big bog in a plateau near Lake Suwa

 

今日は、霧に包まれた湿原を紹介します。

ここは諏訪湖に近い高原にある大きな湿原です。

 

 pond

< 2.   the pond in Yashima bog  >

 

We entered the bog at 8:00 on the morning of August 11.

It was an unlucky light rain, but many callers already had come.

We took a walk only small area.

I entered a big bog for the first time, and I surprised at many flowers.

The fantastic foggy scene, small colorful flowers, and the shining green leaf by light rain were very impressive.

 

 

私達は8月11日の朝8時に湿原に入りました。

あいにくの小雨でしたが、既にたくさんの訪問者が来ておられました。

私達はほんの一部だけを散策しました。

私は大きな湿原に入るのが始めてで、花々の豊富さに驚きました。

霧に包まれた幻想的な景観、精彩を放つ小さな花々、雨に光る緑の葉が印象的でした。

 

 bog

< 3. Yashima bog at clear day, by wikipedia >

 

Yashima bog is a high bog at 1632 meters high, and is located in the northwestern part of Mount Kirigamine.

This bog is 430000 square meters.

 

八島湿原は八ヶ岳中信高原国定公園・霧ヶ峰の北西部に位置する標高約1632mの高層湿原です。

湿原の広さは430000㎡あります。

 

boardwalk

< 4. a boardwalk >

bee butterfly

< 5. a bee and two butterflies   >

trees 

< 6. Trees had been hidden in a veil of fog >

 flower

 7. flowers >

 

If it was fine, I would have taken good picture.

I had thought being disappointed at first, but the walk in the gentle rain was good.

I recommend this bog to you.

Yashima Visitor Center HP, http://park2.wakwak.com/~vc527000/ 

 

晴れていれば良い写真が撮れたのに残念とは思いますが、小雨の中の散歩も良いものでした。

一度皆さんも行かれたら良いと思います。

八島ビジターセンターHP

ここに色々情報があります。

 

 

 

 

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私達の戦争 29: 摩訶不思議な解釈


    1重装歩兵 

  • * 1

 

これから数回、軍隊や戦争にまつわる不思議な解釈について考えます。

今回は「人間は戦争をする動物である」を検討します。

 2真珠湾攻撃

*2

 

今まで取り上げてきた戦争の記事

連載「私達の戦争」

2~15 : アジア・太平洋戦争の実情を日本側からと侵攻を受けた国からみました。

17~22: 銃の普及が国や社会にどのような被害を与えているかをみました。

23   : 戦争がどのようにして始まるかを簡単にみました。

24~28: 戦争がどのように膨大な被害をもたらすかをみました。

 

他の記事

連載「戦争の誤謬1~23」   : 人類の戦争を多角的に取り上げました。

連載「人類の歩みと憲法1~17」: 人類が生みだした憲法と戦争防止の役割をみました。

「本の紹介『戦争と罪責』1~3」: 数人の日本兵による残虐行為の実態と心理をみました。

「図解ヒトラー総統の誕生」   : 15年間で一国を牛耳る過程を要約しました。

連載「社会と情報8~21」   : ベトナム戦争の舞台裏を米国中心にみました。

 

戦争を防止するには、知るべきことがたくさんあると思うのですが、更に大事なことはその先にあります。

そうは言っても、戦争を理解することに意味が無いと思っている方もおられるでしょう。

これから数回にわたり、戦争を容認し易い基本的な誤解を取り上げて検討します。

3未開

  • * 3

 

「人間は戦争をする動物である」について

戦争を否定すれば、「そんな無駄なこと、人類は戦争するように進化したのだから」とあざける人が出てくるものです。

 

確かに、動物で同類を徹底して殺すのはチンパンジーと人類だけです。

縄張り争いをする他の動物は、相手を噛むことはあっても殺すことは希です。

これは、強弱が判明すれば互いに深傷を負わない擬闘と呼ばれる行動です。

これは、毎回徹底的に殺し合いすれば双方が傷付き、結果、個体数の減少を招くからです。

こうして、この擬闘は進化の過程で定着したのです。

連載「心の起源8」が参考になります。

 

なぜ最も進化し地球を支配している2種類の大型類人猿は徹底した殺戮を行うのでしょうか。

定説はありませんが、おそらく感情(神経伝達物質分泌機能)と思考力の発達が根源でしょう。連載「憎しみを越えて」「心の起源」が参考になります。

上記二つの脳機能の進化は、帰属集団への共感を高め、集団社会を強化発展させ、長期的な展望を持った行動を生み、さらには文化・科学を育成・蓄積することを可能にしました。

一方で、このことは帰属集団以外を恐怖し敵視する副作用を生んでしまった。

このことが時に紛争、戦争を招くのです。

 

これは人類が旺盛な食料生産により、不適応の糖尿病を多発させてしまったようなものです。

これは人類の体が貧栄養状況に進化適応したからであり、糖尿病になるように進化したのではありません。

つまり糖尿病も紛争・戦争も不適応であり副作用なのです。

4道具を使うチンパンジー

  • * 4

 

一方、人類は有史以前から紛争を調停し抑制する手段を生みだして来ました。

その原初状態はチンパンジーにも見られます。

人類が有するようになった初期の手段(サンクション)は、部族の掟や文化、宗教の戒律に巧みに配されています。

やがて文字の誕生と共に法制度が成熟していき、やがて憲法の誕生にもなったのです。

5脳

  • * 5

 

つまり人類は進化の過程で副作用として戦争も行うようになったのですが、その副作用を押さえ込む工夫も発展させて来たのです。

どちらに圧倒されるかは皆さん次第です。

 

いずれ連載「法の歴史」を始めるつもりです。

 

 

 

 

 

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Hot spring in Nagano Prefecture: “Yukawa hot spring, kappa’s hot spring” “湯川温泉、河童の湯”


1河童

  • * 1

 

I introduce you to a hot spring of Chino-shi, Nagano.

We took a morning bath in an unexpected turn of events.

I enjoyed a feeling of relaxation by it.

 

長野県茅野市の温泉を一つ紹介します。

ひょんなことから朝風呂に入りました。

ほっとした一時でした。

 

2温泉

< 2. the bathtub of ” kappa’s hot spring”, open-air bath is its outside >

 

The reason that I entered this hot spring

In order that we see a grandchild’s recital, we were scheduled to go to Nagano prefecture.

However, we had to cross Akashi strait Bridge hastily by night because typhoon 11 had approached.

And we drove all night, taking a nap in some service areas, and reached Lake Suwa service area early in the morning.

In this neighborhood, a hot spring that we can take a bath early from 7:00 a.m. was only “kappa’s hot spring”.

It is the place of around 25 minutes by car from Lake Suwa service area.

I intended to be the earliest visitor, but several persons had already taken a bath.

The structure of the hot spring was new, and it was clean.

While I had been taking the open-air bath along with getting sunlight of the morning and breathing mountain air, my fatigue seemed to melt.

 

 

温泉に入ったいきさつ

私ら夫婦は孫の発表会を見るために長野県に行く予定でした。

しかし台風11号が迫って来たので、急いで明石海峡大橋を夜までに渡らなければならなくなりました。

そしてサービスエリアで仮眠を取りながら夜通し走り、朝早く諏訪湖SAに到着しました。

この辺りで、一番早く朝7時から入れるのが、この「河童の湯」でした。

諏訪湖SAから車で25分ぐらいの所です。

一番早く入ったつもりでしたが、既に数人が入浴していました。

温泉の造りは新しく、清潔感がありました。

朝の陽光を浴び、山間の空気を吸いながら露天風呂に入っていると疲れが溶けていくようでした。

 

3白樺湖

< 3. Lake Shirakaba >

 

About kappa’s hot spring

Because it was rainy all morning in that day because of a typhoon, I took photographs on the next day.

This hot spring is halfway through a road leading to Lake Shirakaba and is in Yukawa village leaving a traditional feature in foot of a mountain.

 

河童の湯について

台風の為、この日の午前中は雨だったので、写真は次の日に撮りました。

この温泉は白樺湖に行く途中にあり、昔ながらの面影を残す山裾の村(湯川区)の中にあります。

 

4湯川区

< 4. There is ” kappa’s hot spring” in the small forest among the village of the photograph center. >

 

 5集合

< 5. Kappa’s hot spring, river Yukawa flowing along it, the Shinto shrine bordering it  >

 

It was built at 60 years or more ago, and it began from the public bathhouse of the village at first.

Suwa city and Chino city of Nagano have some hot spring and some public bathhouse.

The hot spring is water-clear (alkaline simple hot water) and the fountainhead temperature is 56℃.

The charge is 400 yen per one adult..

The origin of the name of this hot spring is from a folktale that Kappa was living in this river Yukawa.

Kappa is a mythical being, a good swimmer, and was usually seen as mischievous troublemakers or trickster figures.

Some trees of splendid Japan cedar of this shrine had a mark of “On-bashira”.

Are these used for the pillar of a festival or shrine pavilions?

 

I had a good time in an unexpected way.

I recommend it to you.

「湯川温泉、河童の湯」 http://www.lcv.ne.jp/~yugawa/kappa.htm

 

 

建設されたのは60年以上前で、最初、村の共同浴場から始まった。

長野県の諏訪市や茅野市は温泉や共同浴場が他にもあります。

温泉は無色透明(アルカリ性単純泉)で源泉温度は56℃です。

料金は大人400円です。

この温泉の名前の由来は、この湯川に河童が住んでいたと言う伝承があったからです。

河童は伝説上のもので、泳ぎが上手く、通常いたずら好きなトラブルメーカーと見なされます。

この神社の幾本かの立派な杉の木には御柱の印がありました。

これらは祭りか社殿の柱に使われるのでしょうか?

 

思わぬ良い一時を過ごしました。

皆さんにもお薦めします。

 

 

Categories: <english language, <japanese language, travel+photo | Tags: , , , , | 5 Comments

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