晩秋の北関東をドライブしました 3: 富岡から草津温泉まで


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今回は、富岡製糸場のある富岡と草津までの道のりを紹介します。

写真は2019年10月17日14:30~16:30に撮ったものです。

偶然、富岡で秋祭りに出会いました。

 

 

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< 2.富岡の散策ルートと周遊観光バス >

 

 

上: 富岡製糸場へのルート、上が北。

私は上州富岡駅近くの富岡市市営無料駐車場から徒歩で富岡製糸場(赤枠)まで歩きました。

 

どちらかと言うと製糸場よりは、その町の雰囲気を見たいと思っていましたが、偶然にも祭りの最中に来ました。

この日が2年に一度の秋祭りの当日(12:00~16:00)で、駅前と市役所前は祭り一色でした。

それで祭りの様子を見たり、話を聞いていると、製糸場を見る時間が無くなりました。

 

本当は2年に一度、来年の今頃、富岡どんとまつりが行われます。

こちらは山車が本格的に飾られ、2日かけて練り歩くそうです。

 

 

下: 富岡市市営無料駐車場と富岡製糸場の間を周遊しているバス。

https://tomiokaseisi.com/entry69.html

 

製糸場の門まで行って、写真のバスがすぐやって来たので、これに乗って駐車場まで帰りました。

私は門を覗くだけで終わりました。

このバス(片道100円)は非常にお薦めです。

 

予想していなかったのですが、バスはくねくね曲がりながら、そして女性の車掌さんが通り過ぎるかつてのは繫華街をガイドしてくれたのです。

話を聞いていると、何の変哲も無い寂れた建物や狭い通りが、明治初期、富岡製糸場華やかりし頃にタイムスリップするようでした。

歩いて来た路地が、かっては何軒もの映画館がある歓楽街に、数十人の芸者がいた置屋通りだったりするのです。

 

 

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< 3. 秋祭り 1 >

 

 

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< 4.秋祭り 2 >

 

山車の屋根の上に人形などが見えますが、無いものもあります。

これらが富岡どんとまつりの時には、完璧に飾られるそうです。

間の年(今年)は、飾りつけが手抜きになるそうです。

 

 

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< 5. 富岡製糸場に向かう >

 

メインの通りのようです。

 

 

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< 6. 富岡製糸場 >

 

赤い星印が入場門で、周遊観光バスの停留所もあります。

富岡製糸場の大きさは280mx200mほどあり、一面は川に面しています。

非常に大きい印象を受けました。

 

 

 

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< 7. 周遊バスからの眺め >

 

上: 富岡製糸場の北側の塀が左側に見える。

 

下: この通りは当時、置屋街だったと説明されていたように思う。

 

 

* なぜ富岡製糸場がここに出来たのか?

 

気になり、バスの車掌さんに聞きました。

 

彼女の答え:

1 大量の水を使うが、良い川が横にあった。

2 周辺に養蚕農家が多かった(遥か昔から)。

3 近くに石炭の産地があった。

4 空き地が江戸時代から代官所用地として残っていた。

5 日本初の外国技術導入の工場建設だったが、住民は同意した。

 

当時、政府に建設を委嘱された人物は、長野県、群馬県、埼玉県を視察し、上記の理由でこの地に決定したようです。

近くに桐生があり、既に奈良時代からここら一帯は養蚕や絹織物で有名だった。

 

 

 

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< 8. 草津温泉までのルート >

 

上: 上が北。

茶色線: 足利学校から富岡まで75km。

 

黒線: 富岡から草津温泉まで94km。

この道は、軽井沢を抜け、見晴らしの良い有料道路から浅間山を見ながら走り、その後は林間を抜けて草津に向かう道です。

 

 

 

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< 9. 六里ヶ原休憩所より >

上: 東側から見た浅間山。

南側からは山頂付近で噴煙が昇っているのが見えた。

 

下: 進行方向の北側を見ている。

向こうは新潟で、白根山、苗場山や谷川岳のある方向です。

薄暗くなって来たので、これからあの山裾に向かうと思うと心細くなってきた。

 

軽井沢での渋滞もあり、草津に着いた時は真っ暗でした。

別のルートの方が良かったと思う。

 

 

北関東を走っていると、近畿とはかなり異なる山々が多い。

これまで見えていた赤城山、榛名山、浅間山、白根山など、ほとんどが火山で、碓氷峠のように鋭く立ち上がった崖を持つ山もある。

 

二つの大陸プレートがぶつかり、日本列島が折れ曲がり、険しい山並みが行く筋も隆起した所が北関東の群馬と言えるかもしれない。

 

走りながら百万年に及ぶ日本の成り立ちに思いを馳せた。

 

 

 

 

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< 10. 富岡に来て気が付いたこと >

 

なぜ、富岡や足利に歴史的なトピックがあるのか?

 

私には、北関東のこの二つの地はやはり東京から遠く、辺鄙な所に思える。

しかし、一方でこの地は奈良時代から既に発展していた土地とも言える。

 

上記、地図を見ると足利や新田の荘園があった所は、奈良時代(律令制時代)より東山道(奈良や京都から北の奥羽地方まで連なる道)上にあったことがわかる。

実は富岡も中山道や東山道の宿場町から10kmも離れていなかった。

 

更に、関東平野が最後に陸地になったのは縄文海進後の6千年前に過ぎない。

 

これらが重なって、この富岡と足利を結ぶラインが、関東では歴史的に重要な所になったのかもしれない。

そのようなことに気付かせてくれるドライブでした。

 

 

次回に続きます。

 

 

 

 

 

 

 

Categories: culture+society, 連載 晩秋の北関東, <japanese language, travel+photo, uncategorized | Tags: , , | Leave a comment

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